【CP】帝国難民キャンプ 1-3
人の欲には限りがない。
金も払わず腹一杯食べても、食欲のかわりに他の欲が刺激されるだけだ。
「だからもっと寄越せと言ってるんだ」
「倉庫に置いておくより俺達が守った方が安全だろ」
その日、帝国貴族にして新人授恵者であるリュシエンヌ・テタールのもとへ押しかけたのも、自らの欲に飲まれた者達だった。
食料があれば食料のない者にどんな要求だって出来る。
そんな考えが顔に出ていた。
「既に必要な分は渡しています」
リュシエンヌは恐怖はしていない。
戦闘になれば斧を振り回すだけで勝てる相手だ。
元兵士か現役の賊かは分からないが、授恵者とそれ以外の力の差はかなり大きい。
だが、武力で制圧しても別の問題が出来てしまうので手を出せない。
「小娘がっ」
薄汚れた兵士風の男がリュシエンヌに掴みかかろうとする。
そのとき、男の仲間と思われる者が、慌てた様子で男を制止した。
「斧のねーちゃーん! いねーのかー!?」
この場の誰にとっても聞き慣れた声が響く。
短期間で強盗や盗賊を10人近く殺し、それだけ殺したのに罪悪感を全く感じていない少年がやって来る。
暴徒寸前の男達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「なんだよ今の。挨拶くらいしろよな」
少なくとも挨拶はするリットがテントに入る。
「斧のねーちゃん久しぶり! これ土産」
土で汚れた顔に笑顔を浮かべ、宝物のように差し出したのは間引いたカブの葉である。
貴族に献上する物としても、妙齢の女性にプレゼントする物としても不適だ。
だが、難民キャンプの主導的立場にあるリュシエンヌの目には魅力的に映る。
「畑で育ったのですね」
健康維持には新鮮な野菜が必要であることを、貴族であるリュシエンヌは知っている。
種や農具は援助されたものでも、この地の畑で穫れたというのも素晴らしい。
「俺の畑は全然だけどなー」
落ち込むリットは帽子を被ったままだ。
間引いた葉っぱを入れた籠をテントに運び込むスラム出身者の方がまだ礼儀を心得ている。
「ところでさー、さっきのなに? 新しく来た連中?」
キャンプが成立した頃からの仲なので、リュシエンヌへ子供らしい表情を向けてくる。
彼女は言い淀む。
嘘偽りなく伝えると、分かった! と頷いて制裁しに行くのが目に見えているからだ。
なお、リットが彼等の顔を知らないのは彼等がリットを避けているためである。
「リットさん、相談があります」
先程の男達に怯えて震えていたリオン・レスティが、意を決した顔でリットを見た。
「なんかあったのか? 俺に出来ることならするけど」
リットにとって、リオン達はキャンプで新しく出来た友人であると同時に話が分かるお貴族様だ。
余程酷い命令でない限り素直に聞く。
「冒険者の皆さんのお陰で物資が届くようになりました」
キャンプから出て物資を集めなくても冬を越せそうだ。
冒険者のお陰で出来た余裕を浪費してしまう者もいるだろう。
だが、リット達がしているように開墾を始めることも、冒険者が忙しい中可能性を調べてくれた井戸を掘ることだって出来る。
「冒険者ってすげーよな! 俺も手伝ったんだけど邪魔にならないのがせーいっぱいだったぜ!」
得意げに鼻をこするリットを微笑ましく眺めようとするが、表情が強張ってしまう。
「それを目当てに来た人達を、20人引き受けて欲しいのです」
難民キャンプは冒険者の助けもあって衣食住が整った。
その噂が広がり、衣食住が満たされていない人々が集まってきている。
王国まで逃げ延びたものの職も住処も得られなかった者もいれば、山野でサバイバルじみた生活をしていた者までいる。
彼等を放置すれば、先程集まっていた連中の食い物にされてしまう。
「またかよー」
リットが肩を落とす。
「たまには剣振って解決する仕事をくれよ」
あなたはやり過ぎるから駄目、とリュシエンヌに容赦なく言われてますます凹む。
「ま、いいさ。他人の面倒を見れるくらいになったってことだからな」
リットの憧れは冒険者だ。
強く、賢く、リット達を救ってくれる余裕まで持っている。
だから、出来る範囲で真似しようとしている。
「それじゃ場所割当ててくれよ。畑も作ったから手狭なんだよ最近」
許可も得ずに地図を引っ張り出してくる。
難民キャンプという言葉に当てはまる範囲は広い。
リオンが旗頭であるレスティ家領民達とリット達スラム出身者は別々に暮らしているし、今日騒ぎを起こした者達も別の集団だ。
平地にテントを張るのではなく廃村に住み着いた人々もいる。
土地の価値は低いが、面積としては広大だった。
「そこかー。やっぱ川から遠くなるよな」
「駄目でしょうか?」
「そりゃもっと近い方がいいけどよ。いい土地を独り占めしたら揉めるのは分かるよ」
リットの集団には子供が多い。
川で水を汲んでテントまで運ぶのも重労働だ。
「井戸とか掘れねぇかなぁ」
「そう、ですね。畑を広げていくなら用水も必要です」
「理想は上下水道ですけど、最低限公衆便所は整備しないと」
しばらく考え込み、考え込んでいた内容に気付いてそれぞれが笑みが浮かべる。
明日生き延びることを必死に考えていたキャンプ立ち上げ当初とは何もかもが違う。
「んで、誰に頼めばいーんだ?」
悪意のない瞳が貴族2人を映す。
「それは……」
期待の目で見られても困る。
井戸も用水路も建設には高度な知識と技術が必要であり、貴族といっても元の領地と切り離された2人が用意するのは困難だ。
王国貴族や同盟商人に頼んだとしたら、報酬としてキャンプ住民全員の未来を求められてもおかしくない。
「冒険者の皆さんにお願いするしか」
「井戸や水路の計画も、冒険者の方が持ち込んだものですし」
「お、おう。いつも通りに冒険者のねーちゃんやにーちゃんに頼ればいーんだな」
冒険者が、命綱であった。
執筆:馬車猪
金も払わず腹一杯食べても、食欲のかわりに他の欲が刺激されるだけだ。
「だからもっと寄越せと言ってるんだ」
「倉庫に置いておくより俺達が守った方が安全だろ」
その日、帝国貴族にして新人授恵者であるリュシエンヌ・テタールのもとへ押しかけたのも、自らの欲に飲まれた者達だった。
食料があれば食料のない者にどんな要求だって出来る。
そんな考えが顔に出ていた。
「既に必要な分は渡しています」
リュシエンヌは恐怖はしていない。
戦闘になれば斧を振り回すだけで勝てる相手だ。
元兵士か現役の賊かは分からないが、授恵者とそれ以外の力の差はかなり大きい。
だが、武力で制圧しても別の問題が出来てしまうので手を出せない。
「小娘がっ」
薄汚れた兵士風の男がリュシエンヌに掴みかかろうとする。
そのとき、男の仲間と思われる者が、慌てた様子で男を制止した。
「斧のねーちゃーん! いねーのかー!?」
この場の誰にとっても聞き慣れた声が響く。
短期間で強盗や盗賊を10人近く殺し、それだけ殺したのに罪悪感を全く感じていない少年がやって来る。
暴徒寸前の男達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「なんだよ今の。挨拶くらいしろよな」
少なくとも挨拶はするリットがテントに入る。
「斧のねーちゃん久しぶり! これ土産」
土で汚れた顔に笑顔を浮かべ、宝物のように差し出したのは間引いたカブの葉である。
貴族に献上する物としても、妙齢の女性にプレゼントする物としても不適だ。
だが、難民キャンプの主導的立場にあるリュシエンヌの目には魅力的に映る。
「畑で育ったのですね」
健康維持には新鮮な野菜が必要であることを、貴族であるリュシエンヌは知っている。
種や農具は援助されたものでも、この地の畑で穫れたというのも素晴らしい。
「俺の畑は全然だけどなー」
落ち込むリットは帽子を被ったままだ。
間引いた葉っぱを入れた籠をテントに運び込むスラム出身者の方がまだ礼儀を心得ている。
「ところでさー、さっきのなに? 新しく来た連中?」
キャンプが成立した頃からの仲なので、リュシエンヌへ子供らしい表情を向けてくる。
彼女は言い淀む。
嘘偽りなく伝えると、分かった! と頷いて制裁しに行くのが目に見えているからだ。
なお、リットが彼等の顔を知らないのは彼等がリットを避けているためである。
「リットさん、相談があります」
先程の男達に怯えて震えていたリオン・レスティが、意を決した顔でリットを見た。
「なんかあったのか? 俺に出来ることならするけど」
リットにとって、リオン達はキャンプで新しく出来た友人であると同時に話が分かるお貴族様だ。
余程酷い命令でない限り素直に聞く。
「冒険者の皆さんのお陰で物資が届くようになりました」
キャンプから出て物資を集めなくても冬を越せそうだ。
冒険者のお陰で出来た余裕を浪費してしまう者もいるだろう。
だが、リット達がしているように開墾を始めることも、冒険者が忙しい中可能性を調べてくれた井戸を掘ることだって出来る。
「冒険者ってすげーよな! 俺も手伝ったんだけど邪魔にならないのがせーいっぱいだったぜ!」
得意げに鼻をこするリットを微笑ましく眺めようとするが、表情が強張ってしまう。
「それを目当てに来た人達を、20人引き受けて欲しいのです」
難民キャンプは冒険者の助けもあって衣食住が整った。
その噂が広がり、衣食住が満たされていない人々が集まってきている。
王国まで逃げ延びたものの職も住処も得られなかった者もいれば、山野でサバイバルじみた生活をしていた者までいる。
彼等を放置すれば、先程集まっていた連中の食い物にされてしまう。
「またかよー」
リットが肩を落とす。
「たまには剣振って解決する仕事をくれよ」
あなたはやり過ぎるから駄目、とリュシエンヌに容赦なく言われてますます凹む。
「ま、いいさ。他人の面倒を見れるくらいになったってことだからな」
リットの憧れは冒険者だ。
強く、賢く、リット達を救ってくれる余裕まで持っている。
だから、出来る範囲で真似しようとしている。
「それじゃ場所割当ててくれよ。畑も作ったから手狭なんだよ最近」
許可も得ずに地図を引っ張り出してくる。
難民キャンプという言葉に当てはまる範囲は広い。
リオンが旗頭であるレスティ家領民達とリット達スラム出身者は別々に暮らしているし、今日騒ぎを起こした者達も別の集団だ。
平地にテントを張るのではなく廃村に住み着いた人々もいる。
土地の価値は低いが、面積としては広大だった。
「そこかー。やっぱ川から遠くなるよな」
「駄目でしょうか?」
「そりゃもっと近い方がいいけどよ。いい土地を独り占めしたら揉めるのは分かるよ」
リットの集団には子供が多い。
川で水を汲んでテントまで運ぶのも重労働だ。
「井戸とか掘れねぇかなぁ」
「そう、ですね。畑を広げていくなら用水も必要です」
「理想は上下水道ですけど、最低限公衆便所は整備しないと」
しばらく考え込み、考え込んでいた内容に気付いてそれぞれが笑みが浮かべる。
明日生き延びることを必死に考えていたキャンプ立ち上げ当初とは何もかもが違う。
「んで、誰に頼めばいーんだ?」
悪意のない瞳が貴族2人を映す。
「それは……」
期待の目で見られても困る。
井戸も用水路も建設には高度な知識と技術が必要であり、貴族といっても元の領地と切り離された2人が用意するのは困難だ。
王国貴族や同盟商人に頼んだとしたら、報酬としてキャンプ住民全員の未来を求められてもおかしくない。
「冒険者の皆さんにお願いするしか」
「井戸や水路の計画も、冒険者の方が持ち込んだものですし」
「お、おう。いつも通りに冒険者のねーちゃんやにーちゃんに頼ればいーんだな」
冒険者が、命綱であった。
執筆:馬車猪