【DA】リーンエスの耳
ナハティガル=ラー/ ウィリアム・リーンエス
『ノベルタイトル:竜の半身と放浪王子』おおくまねこ
●
「お前が畑泥棒で間違いないようだな」
銀髪の男が冷たい殺気を放ちながら呟くと、夜の畑の真ん中で野菜を食い漁っていた獣はむくり、と身を起こした。ソレはジャガーによく似た姿をした、二足歩行の人と獣の中間のような生き物だった。服や、武器は身に着けていない。
「グルルルル……」
ジャガーは敵意を剥き出しにして、銀髪の男――ナハティガル=ラーを睨み付けている。ナハティガルは腰の双剣を抜き放ちながら、立ち上がった獣を観察した。
(――獣人 ……いや、二足歩行の魔獣か。知性が感じられない)
獣人であれば、『人類』だ。交渉の余地がある。しかし言語が通じないのであれば、害獣として駆除する他はない。この大陸では物盗りが問答無用で死罪となる地域もあるが、ナハティガルは慈悲深くジャガーに警告した。
「警告だ。獣のフリをしている泥棒なら両手を上げろ。近寄れば斬る」
しかし、やはり通じなかったのか、ジャガーは唸り声を上げて飛びかかってきた。本物の肉食獣を思わせる凄まじい速度でナハティガルとの距離を詰めたジャガーは、大きく口を開き、爪を振り上げた。
ナハティガルの双眸がすう、と細まり、銀色の閃光が闇を切り裂いて三度走る。――数秒後、月光が照らしたのは、神速の連撃で獣を四に分断して勝利したナハティガルの姿だった。
「これで依頼は完了だな」
●
翌日の朝、ナハティガルが村で事の次第を報告すると、依頼人には大層感謝された。この村はさほど裕福ではなく、報酬は相場よりも少し安かったが。村長はせめてものお礼にと、通常の報酬にオマケして、この村のスタンプが押されたスタンプラリーの台紙と、隣にある街の宿泊チケットを一枚とナハティガルに譲ってくれた。領主が地域振興政策として、領内の村や町に配っているものらしい。ちなみに依頼料もいくらかは領主の負担になるようだ。
(『貴族派』から『集権派』への鞍替えをいち早く宣言した領主だけはあるな。統治能力は低くはないようだ)
ナハティガルはこの土地を治める貴族の評価を改めつつ、村長に礼を言った。
「ありがたく受け取らせてもらう。帰りにでも寄ってみよう」
朝早くに村を出たナハティガルは、その日のうちにチケットの街 を訪れていた。
「ここがエトラか。歴史のある芸術的な像があるという話だが……」
ナハティガルは、少しそわそわした様子で進んでいく。もう少しこの領地を観察しておきたかったと言う理由もあるが、ナハティガルは芸術にはうるさい。観光地であるこの街の目玉らしい『名もなき剣士 が口から水を吐いている像』もせっかくなので見ておきたかったのだ。案内看板に従ってしばらく歩くと、口から水を吐く名もなき剣士の像と、獅子と魚のキメラの像が対峙している像が置いてある泉を見付けた。
「――なるほど、芸術的だ」
その奇抜なデザインにナハティガルは感嘆する。どういう仕組みで像が口から水を吐いているのかは定かではないが、たぶん紋具か神具なのだろう。
(しかし、この像、そこはかとなくウィリアムに似ている気がするな……血縁だからか? それとも、ウィリアムが意図的に服装を先祖に似せているのか?)
ナハティガルはふと、この像に少し似ている第二王子に思いを馳せた。
「あれ、その銀髪はもしかしてナハティガルじゃないか?」
「!?」
聞き覚えのある声に、ナハティガルはぎょっとした。ピクリと端正な眉を吊り上げたナハティガルは、ばっと声の聞こえた方を振り向く。そこには……。
「やあ、ナハティガル! こんなところで会うなんて奇遇だね!」
爽やかな笑顔を向けてくる、金髪碧眼の好青年がいた。
(これは偶然か?)
あまりな偶然に驚くナハティガルだったが、努めて平静を装い、爽やかな 笑顔を浮かべるその人物に返答する。
「なぜ、アンタがここにいる。ウィリアム王子?」
●
ナハティガルに問われ、ウィリアムは人差し指を立ててウインクした。
「おっと。今はウィルで頼むよ。今はお忍びだからね」
「ああ、そうだったな」
ウィリアムに、ナハティガルは苦笑する。冒険者ウィルの正体がウィリアムであることは公然の秘密だが、一応建前上は別人扱いらしい。
「実は今、僕は時間をつぶしているんだ。ビッグオウム便が出るまで少し時間があってね。せっかくここであったことだし、僕と遊んでくれないか?」
(第二王子 が俺と?)
意外な申し出にナハティガルは目を丸くしたが、
「いいだろう。こんな機会はまたとないしな」
と、返答したのだった。
●
リーンエス王国第二王子ウィリアム・リーンエス。国王ジョージ4世と王妃ルイーズの息子にして、王太子エドワードの弟。年齢は今年で31歳。伝統的に滅多に人前に姿を見せないとされるリーンエス王家の中でも例外的に、「冒険者ウィル」という名義で大陸各地に出没する『放浪王子』。高貴な血を持つだけでなく、授恵者としても極めて高い実力を有する彼は、冒険者達の中でも一目置かれている。そんな彼は各地で浮名を流しつつも、特定のパートナーはいないとされていたが、つい先日、バデーニ公爵家に婿入り――つまり、臣籍降下することが電撃的に発表された。そして王家が第二王子の臣籍降下と同時に発表したのが、『集権派』の構想。権益の拡大を狙う貴族派でも、権益の維持を願う王党派でもなく、時が来れば全ての権利を王家へ奉還する事を約した王国貴族第三の派閥である。
また、結果としてリザードマンの血を引く者 と婚約することになった妹メアリーを援護する意図か、ウィリアムは異種族出身の者を含めて広く花嫁(側室と愛妾)を募集するとも宣言したことも記憶に新しい。
「忙しそうなアンタがここにいたこともそうだが、俺の名を覚えてくれていたとは、意外だった」
「そうかい? 僕は同じ依頼を受けた人のことは忘れないよ。特に、優秀な人はね。忙しいのは否定しない。今日はなに、優雅な独身生活最後の思い出作りというやつさ」
場所を町の酒場に移した二人は、一緒に軽食を食べていた。この酒場はギルドの店で、裏にはビッグオウムの発着所もある。今は冒険者ウィルとして活動しているからか。
「……」
ナハティガルは穏やかに微笑むウィリアムを値踏みするように盗み見る。ウィリアムはナハティガルの顔をしっかり記憶しているようだ。だが、ナハティガルが王家と対立する貴族派貴族の筆頭であるライゼンナクト家の嫡子、『竜の仔』アルベイルの腹心、『竜の半身』であることも知られているのだろうか。
(仮に竜の仔を守る為に戦わざるを得なくなったとしたら。――俺はこの男に勝てるのだろうか?)
ナハティガル個人としては王子の評価は非常に高く、『敵には回したくない男』である。だが、王子がこちらをどう思っているのか――それ以前に、ナハティガルについてどの程度情報を持っているのかは、ナハティガルには見当もつかなかった。
「そういえば、ゴブリンは食事の時には楽器を演奏しながら食べるんだっけ?」
ウィリアムがサンドイッチをつまみながら尋ねると、ナハティガルは頷いた。
「ああ、王国貴族から――いや、ヒューマンからすると、『行儀が悪い』と思うかもしれない作法ゆえに、異種族の前では控える者も多いがな」
(俺がゴブリンであることも把握されている……いや、角で分かるか?)
ナハティガルはどんどん警戒心を強めていく。雲の上の人物であるはずの男が自分のプロフィールを詳細に把握しているというのは、光栄というよりも、不気味さが先に立つ。ウィリアムはどちらかというと、政治的には敵対派閥の存在だからかもしれないが。とうていくつろいでいるようには見えないナハティガルの気持ちを看破しているのかいないのか、ウィリアムは柔和に笑うと、酒場の隅に置いてあった棚を指差した。
「ナハティガル、あれで僕と遊ばないかい?」
ウィリアムが示した方向には、王国で遊ばれているいくつかのボードゲームやカードゲームが置かれていた。
「……いいだろう。何をする? できれば俺もやったことがある物の方がいいが……この国の遊戯にはそれほど詳しくはなくてな」
「じゃあ、チェスなんてどうだい? この中では一番ポピュラーだと思うけど」
「ああ、問題ない。じゃあ、チェスで勝負だ」
「じゃあ君がコインを投げてくれ。表か裏か当てられたら先攻をもらうよ」
「いいだろう」
ナハティガルは銀貨を空中に放り、手の甲でキャッチした。
「表かな」
ナハティガルが手をどけると、そこには数字の面があった。つまり、表――ウィリアムの先攻だ。
●
(せっかくの機会だ。こちらからも探りを入れさせてもらうか)
ナハティガルは駒を動かしながら、気になっていたことをウィリアムに尋ねてみることにした。おそらく自分よりも上手のチェスプレイヤーであろうウィリアムの動揺を誘う、心理戦の一環でもある。
「『集権派』設立までの手並みは見事だった。――全体の絵図を引いたのは果たして誰なのか……?」
すると、ウィリアムは涼しげな表情を崩さずに答えた。
「全て僕個人の意思だと言うつもりはない。家族や臣下とももちろん相談はしたよ。王子でなくても家族や周りの人と相談してから結婚を決めるのは普通じゃないかな?」
ウィリアムは肩をすくめながら言った。もういい年齢だったとはいえ、王子であるウィリアムの結婚に王家や法衣貴族(王城勤務の内政担当貴族)の意向が関与していないはずもない。ウィリアムが言う「家族や臣下」とは、そういう意味なのだろう。
「フォルトゥナの学園長就任と学園の方向転換の段階から、集権派の構想はすでにあったのか?」
「いやあ、どうかな。……二年前だと、まだメアリーとレイウェストの婚約も決まってなかったし」
ウィリアムはイエスともノーとも答えず、ナハティガルの追求を躱した。盤上の駒も二人のやりとりを反映したかのように、のらりくらりと逃げるウィリアムのキングと、それを追うナハティガルという構図となった。しかし、やはりチェスでは一日の長があったのか、ウィリアムはナハティガルをうまく罠に誘い、手薄になったナハティガルの王に逆にチェックをかけてきた。ナハティガルのキングに――逃げ場はない。
「チェックメイト。僕の勝ちだね」
「もう一度頼む」
「いいとも。まだ時間はある。今度は先手は君に譲るよ」
●
白と黒が入れ替わる。今度はナハティガルが白 で、ウィリアムが黒 、だ。にこにこと駒を並べ直すウィリアムは快勝してご機嫌なようにしか見えない。
(こうして見ると、ただの気ままな貴族の次男坊にしか見えないが……ウィリアム王子が見た通りの昼行燈な訳がない。だが、彼個人から政治的野心は感じない。寧ろ、真に恐るべきは――彼が矢面に立つ事でフリーハンドで行動できる者――国王 と王太子 なのかもしれない)
「諸侯が力を持ちすぎている現状では改革など不可能だからな。王家が進める『中央集権化』については理解している」
「ありがとう。この国は長い間、貴族至上主義、ヒューマン至上主義が続いてきたからね。形になるのが何代先になるかは分からないけど、僕達王家はその現状を変えたいと思っているんだ」
ナハティガルが王家の思想に賛意を示すと、ウィリアムは微笑んだ。
「だが――王家はなぜ改革をする気になった? アンタ達貴族は伝統を重んじる。理由もなく改革を進めるとは思えない。何か、きっかけでもあったのか」
(恐らく、集権派の構想自体は学園改革の段階ですでにあったはず……ならば、改革はメアリーと婚約したレイウェストの素性が発覚するより前から準備が進められていたはずだ)
この質問は意外だったのか、ウィリアムの手が一瞬止まった。
「もちろん、この国の未来を良くするためだよ。国王陛下 や王妃 には、それ以外にも何か別の思惑があるのかもしれないけど」
ウィリアムは一瞬だけ憂いを秘めた表情をしたが、すぐにまたいつもの微笑みに戻った。
(今の表情は……? 何かウィリアムにも知らされていない事情がある、可能性もあるか)
「そうか。意見が対立したりはしていないようだな」
「家族の仲は良好だよ。王妃 には、僕は若い頃の父によく似ていると言われたりもするね」
「それは何よりだ。だが、聞きようによっては、『僕の方が兄より王にふさわしい』と言っているように取れなくもないぞ」
「おっと。これは手厳しいな。もちろん、国王に一度も憧れたことが無いとは言わないけど、今更王位に執着はないよ。だったら臣籍降下なんてしないさ」
(だろうな。ウィリアムは臣籍降下には納得しているように見える……王家から無理やり叩き出されたはずもないだろう)
「――古来より諜報機関のトップは最も優秀な者がなる。その次に作戦参謀と補給管理担当か。人前に姿を現さない国王や王太子は?」
「両親や兄を差し置いて、この僕が最も優秀とは嬉しい評価だね。」
相変わらず、ウィリアムはのらりくらりとナハティガルの質問を躱す。だが、そちらに意を取られたのか、ウィリアムの攻め手は少し緩んだ。ナハティガルはその隙を突き、果敢に攻める。結果は、三回連続で同一局面になったことによるドローだった。
「一勝一分けか。まだ少しだけ時間はあるけど、どうする?」
ウィリアムはニコニコと笑っている
「もちろん、付き合ってもらうぞ、ウィリアム」
「いいとも。この遊戯 の決着を付けよう、ナハティガル」
●
再び白と黒が入れ替わる。今度はナハティガルが後攻 となった。ナハティガルはクイーンの前のポーンを最初に動かし、猛攻をかけた。ウィリアムは容易くナハティガルのポーンを討ち取るが、それはナハティガルの計算の内だ。
「クイーンズ・ギャンビット……短期決戦がお好みというわけだね」
「ああ、犠牲を払わずに勝利を得ることはできない。もう一度、アンタのキングを奪 らせてもらう」
「それは楽しみだ」
互いの首元を狙い合う竜の決闘のような、激しい攻防が盤面で繰り広げられる。だが、決着がつくまでにそう時間はかからなかった。ウィリアムがクイーンを動かした時、ナハティガルは渋い顔をした。次はナハティガルの番だが、合法的に動かせる駒が一つもない状況となったのだ。
「――ステイルメイトか」
「ああ、この場合は引き分けだね。一勝二分けで僕の勝ちだ」
ウィリアムはにっこり笑った。
(一歩及ばず、か)
ナハティガルはくやしそうにため息を吐く。その時、甲高いビッグオウムの声が外から聞こえた。
『迷子の、お呼び出しをイタシマス。リーンエス王国よりお越しの、冒険者ウィルサマ! 冒険者ウィルサマ! ハッチャクジョまで、すぐ来てクダサイ!』
「おっと。もうこんな時間か。ありがとうナハティガル。とても楽しかったよ」
ウィリアムは微笑むと、食事代として金貨を一枚置き、颯爽と去っていった。
「ウィリアム……やはり敵には回したくない男だ」
「お前が畑泥棒で間違いないようだな」
銀髪の男が冷たい殺気を放ちながら呟くと、夜の畑の真ん中で野菜を食い漁っていた獣はむくり、と身を起こした。ソレはジャガーによく似た姿をした、二足歩行の人と獣の中間のような生き物だった。服や、武器は身に着けていない。
「グルルルル……」
ジャガーは敵意を剥き出しにして、銀髪の男――ナハティガル=ラーを睨み付けている。ナハティガルは腰の双剣を抜き放ちながら、立ち上がった獣を観察した。
(――獣人 ……いや、二足歩行の魔獣か。知性が感じられない)
獣人であれば、『人類』だ。交渉の余地がある。しかし言語が通じないのであれば、害獣として駆除する他はない。この大陸では物盗りが問答無用で死罪となる地域もあるが、ナハティガルは慈悲深くジャガーに警告した。
「警告だ。獣のフリをしている泥棒なら両手を上げろ。近寄れば斬る」
しかし、やはり通じなかったのか、ジャガーは唸り声を上げて飛びかかってきた。本物の肉食獣を思わせる凄まじい速度でナハティガルとの距離を詰めたジャガーは、大きく口を開き、爪を振り上げた。
ナハティガルの双眸がすう、と細まり、銀色の閃光が闇を切り裂いて三度走る。――数秒後、月光が照らしたのは、神速の連撃で獣を四に分断して勝利したナハティガルの姿だった。
「これで依頼は完了だな」
●
翌日の朝、ナハティガルが村で事の次第を報告すると、依頼人には大層感謝された。この村はさほど裕福ではなく、報酬は相場よりも少し安かったが。村長はせめてものお礼にと、通常の報酬にオマケして、この村のスタンプが押されたスタンプラリーの台紙と、隣にある街の宿泊チケットを一枚とナハティガルに譲ってくれた。領主が地域振興政策として、領内の村や町に配っているものらしい。ちなみに依頼料もいくらかは領主の負担になるようだ。
(『貴族派』から『集権派』への鞍替えをいち早く宣言した領主だけはあるな。統治能力は低くはないようだ)
ナハティガルはこの土地を治める貴族の評価を改めつつ、村長に礼を言った。
「ありがたく受け取らせてもらう。帰りにでも寄ってみよう」
朝早くに村を出たナハティガルは、その日のうちにチケットの街 を訪れていた。
「ここがエトラか。歴史のある芸術的な像があるという話だが……」
ナハティガルは、少しそわそわした様子で進んでいく。もう少しこの領地を観察しておきたかったと言う理由もあるが、ナハティガルは芸術にはうるさい。観光地であるこの街の目玉らしい『名もなき剣士 が口から水を吐いている像』もせっかくなので見ておきたかったのだ。案内看板に従ってしばらく歩くと、口から水を吐く名もなき剣士の像と、獅子と魚のキメラの像が対峙している像が置いてある泉を見付けた。
「――なるほど、芸術的だ」
その奇抜なデザインにナハティガルは感嘆する。どういう仕組みで像が口から水を吐いているのかは定かではないが、たぶん紋具か神具なのだろう。
(しかし、この像、そこはかとなくウィリアムに似ている気がするな……血縁だからか? それとも、ウィリアムが意図的に服装を先祖に似せているのか?)
ナハティガルはふと、この像に少し似ている第二王子に思いを馳せた。
「あれ、その銀髪はもしかしてナハティガルじゃないか?」
「!?」
聞き覚えのある声に、ナハティガルはぎょっとした。ピクリと端正な眉を吊り上げたナハティガルは、ばっと声の聞こえた方を振り向く。そこには……。
「やあ、ナハティガル! こんなところで会うなんて奇遇だね!」
爽やかな笑顔を向けてくる、金髪碧眼の好青年がいた。
(これは偶然か?)
あまりな偶然に驚くナハティガルだったが、努めて平静を装い、爽やかな 笑顔を浮かべるその人物に返答する。
「なぜ、アンタがここにいる。ウィリアム王子?」
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ナハティガルに問われ、ウィリアムは人差し指を立ててウインクした。
「おっと。今はウィルで頼むよ。今はお忍びだからね」
「ああ、そうだったな」
ウィリアムに、ナハティガルは苦笑する。冒険者ウィルの正体がウィリアムであることは公然の秘密だが、一応建前上は別人扱いらしい。
「実は今、僕は時間をつぶしているんだ。ビッグオウム便が出るまで少し時間があってね。せっかくここであったことだし、僕と遊んでくれないか?」
(第二王子 が俺と?)
意外な申し出にナハティガルは目を丸くしたが、
「いいだろう。こんな機会はまたとないしな」
と、返答したのだった。
●
リーンエス王国第二王子ウィリアム・リーンエス。国王ジョージ4世と王妃ルイーズの息子にして、王太子エドワードの弟。年齢は今年で31歳。伝統的に滅多に人前に姿を見せないとされるリーンエス王家の中でも例外的に、「冒険者ウィル」という名義で大陸各地に出没する『放浪王子』。高貴な血を持つだけでなく、授恵者としても極めて高い実力を有する彼は、冒険者達の中でも一目置かれている。そんな彼は各地で浮名を流しつつも、特定のパートナーはいないとされていたが、つい先日、バデーニ公爵家に婿入り――つまり、臣籍降下することが電撃的に発表された。そして王家が第二王子の臣籍降下と同時に発表したのが、『集権派』の構想。権益の拡大を狙う貴族派でも、権益の維持を願う王党派でもなく、時が来れば全ての権利を王家へ奉還する事を約した王国貴族第三の派閥である。
また、結果としてリザードマンの血を引く者 と婚約することになった妹メアリーを援護する意図か、ウィリアムは異種族出身の者を含めて広く花嫁(側室と愛妾)を募集するとも宣言したことも記憶に新しい。
「忙しそうなアンタがここにいたこともそうだが、俺の名を覚えてくれていたとは、意外だった」
「そうかい? 僕は同じ依頼を受けた人のことは忘れないよ。特に、優秀な人はね。忙しいのは否定しない。今日はなに、優雅な独身生活最後の思い出作りというやつさ」
場所を町の酒場に移した二人は、一緒に軽食を食べていた。この酒場はギルドの店で、裏にはビッグオウムの発着所もある。今は冒険者ウィルとして活動しているからか。
「……」
ナハティガルは穏やかに微笑むウィリアムを値踏みするように盗み見る。ウィリアムはナハティガルの顔をしっかり記憶しているようだ。だが、ナハティガルが王家と対立する貴族派貴族の筆頭であるライゼンナクト家の嫡子、『竜の仔』アルベイルの腹心、『竜の半身』であることも知られているのだろうか。
(仮に竜の仔を守る為に戦わざるを得なくなったとしたら。――俺はこの男に勝てるのだろうか?)
ナハティガル個人としては王子の評価は非常に高く、『敵には回したくない男』である。だが、王子がこちらをどう思っているのか――それ以前に、ナハティガルについてどの程度情報を持っているのかは、ナハティガルには見当もつかなかった。
「そういえば、ゴブリンは食事の時には楽器を演奏しながら食べるんだっけ?」
ウィリアムがサンドイッチをつまみながら尋ねると、ナハティガルは頷いた。
「ああ、王国貴族から――いや、ヒューマンからすると、『行儀が悪い』と思うかもしれない作法ゆえに、異種族の前では控える者も多いがな」
(俺がゴブリンであることも把握されている……いや、角で分かるか?)
ナハティガルはどんどん警戒心を強めていく。雲の上の人物であるはずの男が自分のプロフィールを詳細に把握しているというのは、光栄というよりも、不気味さが先に立つ。ウィリアムはどちらかというと、政治的には敵対派閥の存在だからかもしれないが。とうていくつろいでいるようには見えないナハティガルの気持ちを看破しているのかいないのか、ウィリアムは柔和に笑うと、酒場の隅に置いてあった棚を指差した。
「ナハティガル、あれで僕と遊ばないかい?」
ウィリアムが示した方向には、王国で遊ばれているいくつかのボードゲームやカードゲームが置かれていた。
「……いいだろう。何をする? できれば俺もやったことがある物の方がいいが……この国の遊戯にはそれほど詳しくはなくてな」
「じゃあ、チェスなんてどうだい? この中では一番ポピュラーだと思うけど」
「ああ、問題ない。じゃあ、チェスで勝負だ」
「じゃあ君がコインを投げてくれ。表か裏か当てられたら先攻をもらうよ」
「いいだろう」
ナハティガルは銀貨を空中に放り、手の甲でキャッチした。
「表かな」
ナハティガルが手をどけると、そこには数字の面があった。つまり、表――ウィリアムの先攻だ。
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(せっかくの機会だ。こちらからも探りを入れさせてもらうか)
ナハティガルは駒を動かしながら、気になっていたことをウィリアムに尋ねてみることにした。おそらく自分よりも上手のチェスプレイヤーであろうウィリアムの動揺を誘う、心理戦の一環でもある。
「『集権派』設立までの手並みは見事だった。――全体の絵図を引いたのは果たして誰なのか……?」
すると、ウィリアムは涼しげな表情を崩さずに答えた。
「全て僕個人の意思だと言うつもりはない。家族や臣下とももちろん相談はしたよ。王子でなくても家族や周りの人と相談してから結婚を決めるのは普通じゃないかな?」
ウィリアムは肩をすくめながら言った。もういい年齢だったとはいえ、王子であるウィリアムの結婚に王家や法衣貴族(王城勤務の内政担当貴族)の意向が関与していないはずもない。ウィリアムが言う「家族や臣下」とは、そういう意味なのだろう。
「フォルトゥナの学園長就任と学園の方向転換の段階から、集権派の構想はすでにあったのか?」
「いやあ、どうかな。……二年前だと、まだメアリーとレイウェストの婚約も決まってなかったし」
ウィリアムはイエスともノーとも答えず、ナハティガルの追求を躱した。盤上の駒も二人のやりとりを反映したかのように、のらりくらりと逃げるウィリアムのキングと、それを追うナハティガルという構図となった。しかし、やはりチェスでは一日の長があったのか、ウィリアムはナハティガルをうまく罠に誘い、手薄になったナハティガルの王に逆にチェックをかけてきた。ナハティガルのキングに――逃げ場はない。
「チェックメイト。僕の勝ちだね」
「もう一度頼む」
「いいとも。まだ時間はある。今度は先手は君に譲るよ」
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白と黒が入れ替わる。今度はナハティガルが白 で、ウィリアムが黒 、だ。にこにこと駒を並べ直すウィリアムは快勝してご機嫌なようにしか見えない。
(こうして見ると、ただの気ままな貴族の次男坊にしか見えないが……ウィリアム王子が見た通りの昼行燈な訳がない。だが、彼個人から政治的野心は感じない。寧ろ、真に恐るべきは――彼が矢面に立つ事でフリーハンドで行動できる者――国王 と王太子 なのかもしれない)
「諸侯が力を持ちすぎている現状では改革など不可能だからな。王家が進める『中央集権化』については理解している」
「ありがとう。この国は長い間、貴族至上主義、ヒューマン至上主義が続いてきたからね。形になるのが何代先になるかは分からないけど、僕達王家はその現状を変えたいと思っているんだ」
ナハティガルが王家の思想に賛意を示すと、ウィリアムは微笑んだ。
「だが――王家はなぜ改革をする気になった? アンタ達貴族は伝統を重んじる。理由もなく改革を進めるとは思えない。何か、きっかけでもあったのか」
(恐らく、集権派の構想自体は学園改革の段階ですでにあったはず……ならば、改革はメアリーと婚約したレイウェストの素性が発覚するより前から準備が進められていたはずだ)
この質問は意外だったのか、ウィリアムの手が一瞬止まった。
「もちろん、この国の未来を良くするためだよ。国王陛下 や王妃 には、それ以外にも何か別の思惑があるのかもしれないけど」
ウィリアムは一瞬だけ憂いを秘めた表情をしたが、すぐにまたいつもの微笑みに戻った。
(今の表情は……? 何かウィリアムにも知らされていない事情がある、可能性もあるか)
「そうか。意見が対立したりはしていないようだな」
「家族の仲は良好だよ。王妃 には、僕は若い頃の父によく似ていると言われたりもするね」
「それは何よりだ。だが、聞きようによっては、『僕の方が兄より王にふさわしい』と言っているように取れなくもないぞ」
「おっと。これは手厳しいな。もちろん、国王に一度も憧れたことが無いとは言わないけど、今更王位に執着はないよ。だったら臣籍降下なんてしないさ」
(だろうな。ウィリアムは臣籍降下には納得しているように見える……王家から無理やり叩き出されたはずもないだろう)
「――古来より諜報機関のトップは最も優秀な者がなる。その次に作戦参謀と補給管理担当か。人前に姿を現さない国王や王太子は?」
「両親や兄を差し置いて、この僕が最も優秀とは嬉しい評価だね。」
相変わらず、ウィリアムはのらりくらりとナハティガルの質問を躱す。だが、そちらに意を取られたのか、ウィリアムの攻め手は少し緩んだ。ナハティガルはその隙を突き、果敢に攻める。結果は、三回連続で同一局面になったことによるドローだった。
「一勝一分けか。まだ少しだけ時間はあるけど、どうする?」
ウィリアムはニコニコと笑っている
「もちろん、付き合ってもらうぞ、ウィリアム」
「いいとも。この遊戯 の決着を付けよう、ナハティガル」
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再び白と黒が入れ替わる。今度はナハティガルが後攻 となった。ナハティガルはクイーンの前のポーンを最初に動かし、猛攻をかけた。ウィリアムは容易くナハティガルのポーンを討ち取るが、それはナハティガルの計算の内だ。
「クイーンズ・ギャンビット……短期決戦がお好みというわけだね」
「ああ、犠牲を払わずに勝利を得ることはできない。もう一度、アンタのキングを奪 らせてもらう」
「それは楽しみだ」
互いの首元を狙い合う竜の決闘のような、激しい攻防が盤面で繰り広げられる。だが、決着がつくまでにそう時間はかからなかった。ウィリアムがクイーンを動かした時、ナハティガルは渋い顔をした。次はナハティガルの番だが、合法的に動かせる駒が一つもない状況となったのだ。
「――ステイルメイトか」
「ああ、この場合は引き分けだね。一勝二分けで僕の勝ちだ」
ウィリアムはにっこり笑った。
(一歩及ばず、か)
ナハティガルはくやしそうにため息を吐く。その時、甲高いビッグオウムの声が外から聞こえた。
『迷子の、お呼び出しをイタシマス。リーンエス王国よりお越しの、冒険者ウィルサマ! 冒険者ウィルサマ! ハッチャクジョまで、すぐ来てクダサイ!』
「おっと。もうこんな時間か。ありがとうナハティガル。とても楽しかったよ」
ウィリアムは微笑むと、食事代として金貨を一枚置き、颯爽と去っていった。
「ウィリアム……やはり敵には回したくない男だ」
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。