【帝国】帝国奪還連動 南部編エピローグ

●帝国南部都市ヴィント
ヴィント奪還作戦は成功した。バルディオン将軍が半年前に立てた予想に比べれば、驚くほどに被害は少ない。勝因は様々あるだろうが、一つだけあげるならば。
「冒険者か。力ある者がまとまって動くだけで、こうも違うとはな」
犠牲者が少なかった理由は単純だ。強力な敵がいる場所、危険が予想される場所に一般人の兵士をあてなかった。たとえ駆け出しの授恵者であっても、死ににくさに関しては一般人との間には厳然とした格差がある。分かっていても、かつてはそのような用兵は論じるまでもなかった。変化と言えば、他にもある。
「昨年の私は、貴君らの事を良く知っているつもりであったが……、こうして共に戦う事ができようとは想像もしていなかった」
日頃感情を露わにしないバルディオンだが、その声音には深い感謝の意が見えた。寡黙な武人の目が赤い事を、周囲はあえて指摘はしない。
「儂は、事が戦であれば助力を断っていた。あくまで此度の仕儀は討伐であろう?」
「確かに。クリーパーに亜人ども、テロリスト相手であれば、私達は人類として一致団結できる……、ということでしょうね」
バルディオンが不思議に思う心中を零せば、リザードマンの大酋長たるアシムベート・グリオウと王国から派遣されたメルヴィン・トマス・アーチボルト辺境伯がそれぞれの言葉を返す。確かに、この戦場には人類の敵が見事に揃ってはいた。
「ヴィントの様子はどうであったか、教えて頂きたい」
「市中へ踏み込んでいた冒険者は引き上げています。夜が近いので偵察を入れてはいませんが、現在分かっている範囲で良ければ」
問われた辺境伯が前置きつきで述べた言によれば、幽界樹は跡形もなく消えたらしい。その、跡形となくという部分が問題ではあった。
「市の中心部に、大穴ができたと? なるほど、根を張っていた部分か……」
「水が湧いたようで、小さな湖のようになっています。詳しくは調査を待つ必要があるでしょう」
調べるならば相応の準備が必要だ。難敵を倒したとはいえ、ヴィント市内が安全になるのはもう少し先になろう。とりあえずの安全地帯は、現在連合軍が陣を張っている駐屯所跡地だけと言える。そこも、陣から少し離れれば安全は保障されていない。
「ヤコブ・ヴィリアンは確かにこの手で討ち取ったが……、残党を追いきれはしなかった」
「ふむ……。そうであったか。では、お主が本懐を遂げた事に祝意を表そう」
淡々と言うバルディオンに、アシムベートは安堵の息を漏らした。この武人の魂はまだ燃え尽きた様子はない。愛息の死を弄んだ外道を、冒険者たちの配慮によって自ら討ち取れたことが幸いしたのか。
「蟻亜人の女王も倒されたようだが、生き残りはまだうろついているようだな」
「ゾンビもクリーパーもだ。それを退治してから、ようやく復興に掛かれよう」
「……そのお手伝いは、私達もさせて頂きます」
それまで沈黙を保っていたサチコが口を挟んだ。ゴールディの意志は、帝国復興を支援することにある。ドン・ゴーフルと約定を交わしたレイウェスト・バルダス皇子が存命の間は、その方針が変わる事はないだろう。
「殿下へは先ほど、早馬で勝報を遅らせた。届いて居る頃かもしれぬな……」
●王国北部 帝国難民キャンプ
英雄の死がコボルトの夢を終わらせた。
人類の授恵者にすら立ち向かっていたコボルトの群れから、闘志も誇りも砕けて消えた。
「罠、か?」
主戦場からずいぶんと離れた場所で、傷だらけの地元エルフが矢をつがえたまま警戒する。
「おぉい!」
ロモズ歩兵団の一般兵が遠くで手を振っている。
「そっちは無事かぁ?」
「あ、あぁ」
答えた瞬間が致命的な隙だ。
しかし、コボルトは絶好の好機を攻撃には使わず逃走を開始する。
「無事だ」
英雄に率いられたコボルトはもういない。
エルフが放った矢が、コボルトをただの害獣として射殺した。
丘から歓声が響いている。
風に乗って血の臭いが漂ってはいるが、肌が粟立つような気配は既にない。
「殿下、お体が」
「構わない。英雄達に挨拶するのが私の仕事だ」
起き上がるだけでも辛いはずのレイウェストが、少数の護衛兵だけを連れて天幕から進み出る。
「殿下ぁ! やりましたぁっ!!」
歩兵団から急派された伝令は誇らしげだ。
皇子は鷹揚にうなずいて答え、伝令に勝利の実感を与える。
(うまくいったか)
自らを囮にするという賭けに勝った。
英雄に率いられたコボルトの部族も、メドゥの指先の暗殺者も冒険者の手により壊滅した。
レイウェストは顔には出さず安堵する。
ようやく周囲を見る余裕もできたようで、無邪気に喜ぶ難民の子供達に気付いた。
皇子に気付いた母親が慌てる。
しかし子供達を見る優しい目に赤面して、子供から不思議そうな目で見上げられた。
「殿下!」
歩兵団とは装備が違う兵士が駆けてくる。
授恵者の兵士。ヴァイセントラフ砦からの伝令だ。
「『天霧りに消ゆる幽界樹』の消滅を確認しました。ヴィント奪還、成功でありますっっ」
皇子と護衛兵だけに聞こえる小声で報告したのだが、隠そうとしても隠せない喜びが言葉より雄弁に勝利を知らせる。
「帰れるんだ」
「ヴィントに……」
難民達は戸惑い、喜び、しかし歓声はあまり上がらない。
住む場所すら借り物の難民から正規の街の住民や土地持ちの農家に戻れると気付いて、笑顔のまま熱い涙を流している。
「ヴィントねぇ」
「もうこのキャンプは開墾が進んでるんだ。ヴィントに戻ってスラムの住民やるよりゃここに残る方がマシさ」
難民の中に温度差はある。
それでも、今だけは悲しみとも絶望とも無縁であった。
●ヴァイセントラフ砦
「結果は予定通りだけど、ここまでうまくいくとは。あの子は運が良い」
ヴァイセントラフ砦で戦勝の知らせを受け取ったウィリアム・リーンエス第二王子はそう呟いた。正式の報告以外に、手の者からの詳細も届いている。実際に戦場に立ったわけではないにせよ、この大一番に『皇帝が持つ剣の主』として関わったレイウェストの立場はもう盤石だろう。勝利を手にした兵士たちは指揮官のバルディオンの名と共にレイウェストの名を叫んでいたという。
「これで一安心、か。ただの第八皇子のままでは立場に不安もあったけど、ここまで求心力がついたらもう蔑ろにされる事はないだろうね」
名実ともに、彼こそが帝国の残党の代表として認知されたとみて良い。一つの旗のもとにまとまりを見せるかつての敵国を思えば、自国の状況に苦笑が浮かんだ。ちょうど、次に広げていたのは国内の報告書だ。パンクリアース学園が端的に言って荒れているらしい。長年で腐って膿んだ社会構造が、子供達の園という弱い場所で噴き出したともいえる。いや、その場所を選んで暴発させたとみるべきだろう。
「確かに最近の一部貴族は目に余る所があるけれども。フフ、第三極で冒険者を招き入れるというのは、荒療治だよ?」
あの女傑ならそれでも何とか収めきるだろうか。案外、彼女の思惑すら超えた変化の嵐が吹き込むやもしれない。激務の間を縫って、また母校へ足を運んでみるのも面白そうだ、とウィリアムは人の悪い笑みを浮かべていた。
執筆:紀藤トキ(●帝国南部都市ヴィント/●ヴァイセントラフ砦)
馬車猪(●王国北部 帝国難民キャンプ)
ヴィント奪還作戦は成功した。バルディオン将軍が半年前に立てた予想に比べれば、驚くほどに被害は少ない。勝因は様々あるだろうが、一つだけあげるならば。
「冒険者か。力ある者がまとまって動くだけで、こうも違うとはな」
犠牲者が少なかった理由は単純だ。強力な敵がいる場所、危険が予想される場所に一般人の兵士をあてなかった。たとえ駆け出しの授恵者であっても、死ににくさに関しては一般人との間には厳然とした格差がある。分かっていても、かつてはそのような用兵は論じるまでもなかった。変化と言えば、他にもある。
「昨年の私は、貴君らの事を良く知っているつもりであったが……、こうして共に戦う事ができようとは想像もしていなかった」
日頃感情を露わにしないバルディオンだが、その声音には深い感謝の意が見えた。寡黙な武人の目が赤い事を、周囲はあえて指摘はしない。
「儂は、事が戦であれば助力を断っていた。あくまで此度の仕儀は討伐であろう?」
「確かに。クリーパーに亜人ども、テロリスト相手であれば、私達は人類として一致団結できる……、ということでしょうね」
バルディオンが不思議に思う心中を零せば、リザードマンの大酋長たるアシムベート・グリオウと王国から派遣されたメルヴィン・トマス・アーチボルト辺境伯がそれぞれの言葉を返す。確かに、この戦場には人類の敵が見事に揃ってはいた。
「ヴィントの様子はどうであったか、教えて頂きたい」
「市中へ踏み込んでいた冒険者は引き上げています。夜が近いので偵察を入れてはいませんが、現在分かっている範囲で良ければ」
問われた辺境伯が前置きつきで述べた言によれば、幽界樹は跡形もなく消えたらしい。その、跡形となくという部分が問題ではあった。
「市の中心部に、大穴ができたと? なるほど、根を張っていた部分か……」
「水が湧いたようで、小さな湖のようになっています。詳しくは調査を待つ必要があるでしょう」
調べるならば相応の準備が必要だ。難敵を倒したとはいえ、ヴィント市内が安全になるのはもう少し先になろう。とりあえずの安全地帯は、現在連合軍が陣を張っている駐屯所跡地だけと言える。そこも、陣から少し離れれば安全は保障されていない。
「ヤコブ・ヴィリアンは確かにこの手で討ち取ったが……、残党を追いきれはしなかった」
「ふむ……。そうであったか。では、お主が本懐を遂げた事に祝意を表そう」
淡々と言うバルディオンに、アシムベートは安堵の息を漏らした。この武人の魂はまだ燃え尽きた様子はない。愛息の死を弄んだ外道を、冒険者たちの配慮によって自ら討ち取れたことが幸いしたのか。
「蟻亜人の女王も倒されたようだが、生き残りはまだうろついているようだな」
「ゾンビもクリーパーもだ。それを退治してから、ようやく復興に掛かれよう」
「……そのお手伝いは、私達もさせて頂きます」
それまで沈黙を保っていたサチコが口を挟んだ。ゴールディの意志は、帝国復興を支援することにある。ドン・ゴーフルと約定を交わしたレイウェスト・バルダス皇子が存命の間は、その方針が変わる事はないだろう。
「殿下へは先ほど、早馬で勝報を遅らせた。届いて居る頃かもしれぬな……」
●王国北部 帝国難民キャンプ
英雄の死がコボルトの夢を終わらせた。
人類の授恵者にすら立ち向かっていたコボルトの群れから、闘志も誇りも砕けて消えた。
「罠、か?」
主戦場からずいぶんと離れた場所で、傷だらけの地元エルフが矢をつがえたまま警戒する。
「おぉい!」
ロモズ歩兵団の一般兵が遠くで手を振っている。
「そっちは無事かぁ?」
「あ、あぁ」
答えた瞬間が致命的な隙だ。
しかし、コボルトは絶好の好機を攻撃には使わず逃走を開始する。
「無事だ」
英雄に率いられたコボルトはもういない。
エルフが放った矢が、コボルトをただの害獣として射殺した。
丘から歓声が響いている。
風に乗って血の臭いが漂ってはいるが、肌が粟立つような気配は既にない。
「殿下、お体が」
「構わない。英雄達に挨拶するのが私の仕事だ」
起き上がるだけでも辛いはずのレイウェストが、少数の護衛兵だけを連れて天幕から進み出る。
「殿下ぁ! やりましたぁっ!!」
歩兵団から急派された伝令は誇らしげだ。
皇子は鷹揚にうなずいて答え、伝令に勝利の実感を与える。
(うまくいったか)
自らを囮にするという賭けに勝った。
英雄に率いられたコボルトの部族も、メドゥの指先の暗殺者も冒険者の手により壊滅した。
レイウェストは顔には出さず安堵する。
ようやく周囲を見る余裕もできたようで、無邪気に喜ぶ難民の子供達に気付いた。
皇子に気付いた母親が慌てる。
しかし子供達を見る優しい目に赤面して、子供から不思議そうな目で見上げられた。
「殿下!」
歩兵団とは装備が違う兵士が駆けてくる。
授恵者の兵士。ヴァイセントラフ砦からの伝令だ。
「『天霧りに消ゆる幽界樹』の消滅を確認しました。ヴィント奪還、成功でありますっっ」
皇子と護衛兵だけに聞こえる小声で報告したのだが、隠そうとしても隠せない喜びが言葉より雄弁に勝利を知らせる。
「帰れるんだ」
「ヴィントに……」
難民達は戸惑い、喜び、しかし歓声はあまり上がらない。
住む場所すら借り物の難民から正規の街の住民や土地持ちの農家に戻れると気付いて、笑顔のまま熱い涙を流している。
「ヴィントねぇ」
「もうこのキャンプは開墾が進んでるんだ。ヴィントに戻ってスラムの住民やるよりゃここに残る方がマシさ」
難民の中に温度差はある。
それでも、今だけは悲しみとも絶望とも無縁であった。
●ヴァイセントラフ砦
「結果は予定通りだけど、ここまでうまくいくとは。あの子は運が良い」
ヴァイセントラフ砦で戦勝の知らせを受け取ったウィリアム・リーンエス第二王子はそう呟いた。正式の報告以外に、手の者からの詳細も届いている。実際に戦場に立ったわけではないにせよ、この大一番に『皇帝が持つ剣の主』として関わったレイウェストの立場はもう盤石だろう。勝利を手にした兵士たちは指揮官のバルディオンの名と共にレイウェストの名を叫んでいたという。
「これで一安心、か。ただの第八皇子のままでは立場に不安もあったけど、ここまで求心力がついたらもう蔑ろにされる事はないだろうね」
名実ともに、彼こそが帝国の残党の代表として認知されたとみて良い。一つの旗のもとにまとまりを見せるかつての敵国を思えば、自国の状況に苦笑が浮かんだ。ちょうど、次に広げていたのは国内の報告書だ。パンクリアース学園が端的に言って荒れているらしい。長年で腐って膿んだ社会構造が、子供達の園という弱い場所で噴き出したともいえる。いや、その場所を選んで暴発させたとみるべきだろう。
「確かに最近の一部貴族は目に余る所があるけれども。フフ、第三極で冒険者を招き入れるというのは、荒療治だよ?」
あの女傑ならそれでも何とか収めきるだろうか。案外、彼女の思惑すら超えた変化の嵐が吹き込むやもしれない。激務の間を縫って、また母校へ足を運んでみるのも面白そうだ、とウィリアムは人の悪い笑みを浮かべていた。
執筆:紀藤トキ(●帝国南部都市ヴィント/●ヴァイセントラフ砦)
馬車猪(●王国北部 帝国難民キャンプ)