【DA】リーンエスの耳

ザザ=ステルヴィナ/ ノイマン・アガスティア

『ノベルタイトル:賢人は尋ね、道化師は嗤う』弓月 蒼
●『隠者』

 北方辺境騎士団。それは、『王国』内に数多存在する中でも有数の知名度を誇る。
 同時にその戦死者数、人員損耗率でも群を抜いて高い値を示す騎士団の名だ。

 国防の主戦力を担う為、予備兵員・後方支援要員含め構成員は五千名を数える一大戦闘集団である。
 国内でも有数の大規模戦力だが、これは元々対『帝国』を見据えた為の組織構成だと言って良い。

 故に“帝都奪還戦”が成功し、無事レイウェスト皇子主導の帝室復興が成ったなら徐々に縮小する見込みだ。
 とは言えそれは先の展望でありすぐではない。現時点『王国』は『帝国』の復興支援を掲げているが。

 それは王室と同皇子との関係性に大きく依存する国策であり、依然“国境”である事に変わりはないからだ。
 その性質上、構成員には多彩な技能と確実な戦闘能力が求められ、平時の業務ですら多忙を極める。

 必要に迫られ生じた実力主義・成果主義により他種族を積極的に団員に取り入れている等、独自の特徴を持つ。
 結果、現在。北方辺境騎士団ではその中枢に唯人(ヒューマン)ではなく森人(エルフ)が君臨している。

 辺境騎士団序列第二位『隠者』――――ノイマン・アガスティア。
 長くを生きる森人(エルフ)であり、先代北方辺境伯在爵時よりの譜代の騎士。

 魔法使いとしての力量は底が知れず、指揮手腕は今代のアーチボルト辺境伯に匹敵するとされ――――
 仕事放棄(ボイコット)の常連として、騎士団内に広く知られている人物だ。

 ■

 王国北方、『城塞都市』ノストガルデン内――――北方辺境伯領執政府。
 資料室に人らしき塊が蠢く。それを目にした『蒼騎士』ザザ・ステルヴィナ曰く――――

「……もしかして、ノイマンさんって凄く良い加減な人なのかしら」

「ふふふ、良くぞその真実を見抜いたね、流石だよザザ君。やはり天才か」

「せめて働く素振りを見せて欲しいんですけど」

「だって働きたくない……もういっそ揚げパンになりたぁーい! 甘くてほかほかの揚げパンに……っ!」

 駄々を捏ねる。としか言いようのない仕草で、性別不明の森人(エルフ)が床で手足を振り回していた。
 体躯は華奢で小柄ではあるのだろうが、年齢は良い齢を――――本当に良い齢をした大人の筈である。

 勿論根本的にやろうと思わないと言う前提はあるが。例えやろうと思っても一寸出来る仕草ではない。
 ザザとて試しに真似してみようと思ったとして出来るかと言えば相当厳しい。普通は良識と羞恥心が先に立つ。

 そもそも当たり前が過ぎるが。今日とて執政府まで遊びに来ている訳では無い。
 帝都までの遠征時に不足した物資の輸送を急がせる為、わざわざ、早馬をとばしてやって来たのだ。

 本当はザザだけで十分な仕事だったのだが。あくまで“内定”である以上そこまではさせられないと。
 ノイマンが付いて来た理由が“遠征で溜まった不平不満(フラストレーション)の解消”である事は。

 別に慧眼など無くとも一目瞭然である。物理的邪魔にはなっても、微塵も職務の助けにはならない。

「何がしたくて付いてらっしゃったんです?」

「街で食べ歩きとか」

「今緊急任務中なのよねー……」

 緊急時でなくとも、遠征している精鋭以外半数ほどの正騎士や従騎士、後方支援人員は街に滞在している。
 顔が知れ渡っている『隠者』が帝都奪還遠征中にお気楽に食べ歩きしていたら、即発見即捕縛だろう。

「そもそも何でこの僕が貴族共の我儘を叶える為に行ったり来たりしないといけないんだろう……」

「御自分から挙手為されたのでは」

「ノリで。まさか我が君がOK出すとは思わないでしょおー? 全くいつまでも真面目っ子なんだから」

「それメルヴィン様は悪くなくありません?」

 尚。ザザの方は口だけは別に動かしつつも補給物資の単価を確認して追加請求の書類を書いている。
 何もせずに寝転んで駄弁っているのはその直属の上司だけである。構図がおかしい。

 反面教師としてはこの上ない存在だが、教育ってそういう物ではないだろう。
 と――――不意に普段から着けている腕輪に手が触れる。ある騎士の……形見に。

(本当。ノイマンさんとアストリッドさんを抱えて良く回っていた物よね……)

 幾ら実力主義、成果主義とは言っても。それは騎士団が全体的に事務仕事が苦手にもなる訳だ。
 まさか自分が幹部候補として受け入れられたのはそんな理由だったのではないか、などと。

 そんな益体も無い想像すらも浮かぶが。そこまで考えてふと気が付いた。
 今であれば、心の何処かで蟠っていたこの疑問に、答えが得られるのでは?

 何せ判定を下した内の1人が今まさに、仕事をするでもなく手伝うでもなく床に転がっているのだから。
 良く考えてみると全然意味が分からないが。如何せん『隠者』の思考は最初から割と意味不明だった。

 ならせめて――――自分が疑問に思っていることにくらい、解答を貰っても良い筈だろう。

 ■

「ノイマンさんはどうして、私を幹部候補として受け入れてくれたの?」

 そう問い掛けた時、ノイマンは特にこれと言って何か反応(リアクション)があるでもなく。
 駄々を捏ねるのにも疲れたのか両手を伸ばして天井を見上げていた。寝転んだまま。

『虚無』と名付けられた前衛芸術の様だが、そんな事を言ったら前衛芸術家に失礼だろう。
 唯人(ヒューマン)基準ならそれはただ駄目な大人であり、森人(エルフ)目線でもやはり駄目な大人だった。

「ん-……君は自分に自信がないかな?」

「どうかしら……そんな事は無い心算だけれど。寄る辺が無い、と言う意味ならそうかもしれないわ」

「であれば、こう考えてみてはどうだろう。寄る辺を失っていた、けれど力はある森人(エルフ)。
 あらゆる面が僕らにとって都合が良かった。君は選ばれるべくして僕らに選ばれた……と」

「それは……そうだったら、もっと分かりやすかったんでしょうけどね」

 苦笑いを浮かべる他は無い。2人の主。メルヴィン・トマス・アーチボルトと言う男を少しでも。
 そう、新参のザザでも理解出来る程度に知っていれば、それが事実ではないことは分かる。

 彼は本当に真っ直ぐな、嘘の吐けない性質だ。都合の良い相手を利用すると言う発想がまず浮かばない。
 そしてノイマンは逆に測り知れない程捻くれた性質に見える。そんな分かり易い理由では動かない。

「……もしかして、長命種である森人(エルフ)が欲しかったのかしら」

「あー、なるほど? でもまあそれは無いかな。種族なんて澱の適性基準でしかないし」

「……?」

『隠者』は時折こういう聞き流してしまいそうな。けれど良く考えると意味の分からない表現を使う。

 この人は一体いつから生きているのだろう

 ……唯人(ヒューマン)の先祖返りであるザザにはいわゆる森人(エルフ)の常識が分からない。
 ただ、何に付けても“本気”の色が一切伺えないノイマンからは、世捨て人……ともまた少し違う。

 文字通り、世界の階梯(レイヤー)のズレ、の様な物を感じることが少なくなかった。
 最初は生粋の森人(エルフ)社会育ちと唯人(ヒューマン)社会育ちの差かとも思ったのだが。

 どうもそういった段階の話ではなさそうだと。ザザは、最近になって薄々気付きつつある。
 見た目こそそれほど齢の差があるようにも見えないが……もしかすると。

(思う以上に……それこそ百歳以上とか――――相当なご高齢……だったりするのかも)

 もし、自分の四倍近い時を生きているのだとすれば。それは最早想像の埒外だ。
 そしてそんな与太話を冗談で済ませない、“何か”がこの『隠者』には、あるように感じる。

「でもそうだね。僕から言えることは2つ。1つは君が選ばれたのは、君が君だからだと言うこと。
 そして2つ。我が君は、少なくとも君が期待をかけるには相応しい人間だ。と言うこと……かな」

 その魔法使いは子供のように笑う。けれど、それは“笑いを象っている”に過ぎないのではないだろうか。

●『蒼騎士』

 かりかりと、羽ペンと羊皮紙が擦れる音だけが響く。
 ノイマンは床に転がっているのに飽きたのか、何やら書き物をしていた。書類ではない。

 何故其処が断言出来るのかと言えば、書類の類はザザが全部片付けているからだ。
 果たして。現状内定でしかないから“そこまではさせられない”――――とは、一体何だったのか。

「そう言えば、ノイマンさんは此方に来て長いのよね」

「そーだね。先代が子供の頃からのご縁だから」

 先代、カリヨン・ランドル・アーチボルト辺境伯は謎の多い人物だ。
 史実として残っている情報だけで言えば、戦場よりも治世に向く穏やかな人格者と言う印象だが。

 その戦歴は凄まじいの一言であり、『帝国』では『南の死神』――――と、呼ぶ者すら居たと言う。
 加えて、その生誕ははっきりしているにも関わらず、没歴は凡そ確実と言える記録が無い。

 現メルヴィン辺境伯が跡を継いだ直後に、まるで霧か霞でも掛かった様に消息が辿れなくなるのだ。
 一応王国史上の死亡記録自体はある様だが、何処までが信用して良い物か。

 ある意味、その生き証人と言って良い『隠者』が此処に居る訳だが。
 何故か其処を深く掘り下げるのは躊躇われ。代わりに兼ねてから考えていた質問を投げ直す。

「森人(エルフ)なのに、どうして『王国』の為に働いていらっしゃるの?」

「うん? 『王国』に為に働いたことなんてないし、多分これから先もないんじゃないかなあ」

 ペン先が走る音だけが続き、暫しの間の後。言葉を咀嚼し、ザザが顔を上げた。

「え?」

「え?」

 言われて、ノイマンがきょとんとした顔で羊皮紙から顔を上げる。
 互いに疑問符が浮いてはいるが、恐らく意味合いは全く――――真逆と言えるほど異なる事だろう。

 明らかに。『隠者』は、『王国』に、然程興味がない。

「あれ。そういう話じゃなかった?」

「いえ、そういう話ではあるのだけど……ではどうして北方辺境伯領に?」

「偶然、偶々かな。興味がある物を探して世界中を彷徨って、その結論がこの土地だった。
 より正確に言うなら――――見たい物が見られそうな場所が……と言うべきかなあ」

 その意味する所は、正確には分からないが。その発言から幾つか汲み取れた事はある。
 ノイマンに忠誠なんて殊勝な物は無い。その心性は徹頭徹尾自らの興味関心を最上位としている。

 そして彼の魔法使いには明確に何かしら目的があり――――その目的の為に此処に居るということ。
 加えて言えば、その主体的実行者は“『隠者』ではない”ということまで。

 けれど、分からない。北方辺境は確かに揉め事が多い土地ではあるが。しかしそれだけだ。
 今後『帝国』が再興し『王国』と国交が成れば、一層“どこにでもある商都”の一つになるだろう。

 にも拘わらず。――――何故、“この土地だ”と――――そう考えたのだろうか。

 ■

「ノイマンさんって、御幾つなの?」

 これは聞いてはいけない事の類なのだろうと。そう思ってはいたのに問うてしまったのは。
 余りにもその真意が掴めない為だった。問えば問うほど疑問は振り募るばかり。

 気持ちの悪い、何と無しにすっきりしない感覚がずっと後を引いている。

「うーん……? あ、そう言えば書類仕事は終わった?」

「ええまあ、あと少しよ。……でも何かこのやりとりおかしくないかしら」

「気のせいでしょ。あ、それで年齢ね。百五十超えた位から数えるの辞めちゃったからなあ」

 今何年だっけ、と手を折る『隠者』を前に、ザザが呆気に取られた顔でその仕草を見る。
 百五十以上。ザザの4倍どころか5倍より多い。森人(エルフ)でも“老人”と呼んで良い年齢だ。

『灰火の守部』こと、グレイオンスの例を見れば見た目と年齢が不一致であるにしても程がある。
 そうして――――思い返してみれば。似たような驚きを得た人物にもう一人心当たりがあった。

 凡そ二百年を超える年月を生きているとされる少女の姿の魔女――――『赤の薬指』だ。

(……つまり、そういうこと?)

 何かしらの一線を超えた者。超越者。そういった話は帝都奪還に於ける道程で幾らも耳にしたが。
 眼前の魔法使いはそういった“境界に在る者”の一人なのだろうか。寿命を――――超越している――――?

「どしたのザザ君。何か顔色悪いみたいだけれど」

 途端。眼前に居る人物が何か得体の知れない物の様に思えて来て、ザザは視線を逸らした。
 不意に浮かんだ仮説とも言えない直感は粗も多く、確信するにはあまりに色々と足りていない。

 だからこれはあくまで感覚的な物だ。知性ではなく感覚で、『隠者』の持つ“異常性”を探知した。
 探知出来てしまった。それは――――つまり――――或いは。

「弟子にして下さい」

「……は?」

 意を決して、目線を合わす。ノイマンから見れば突然の申し出も、ザザにとってそうではなかった。

「え、あれ何。冗談……じゃ無さそうだね。どしたの、疲労? 書類仕事コワ……」

「其処までじゃないわよ! こほん。ノイマンさんは要するに、この国はどうでも良いんでしょう?」

「まあ、狭義的には違うけれど広義的にはそうだね」

「でもそう言って気紛れに出奔なんてされたら皆が困る訳よね。勿論私も」

「まあ、広義的には別にだけれど狭義的にはそうだね」

 首を傾げつつも、しないとは言わない。これは全く無駄打ちではないという事だ。
 であればとザザも畳み掛ける。『隠者』の善悪判断はかなり怪しいが、その知恵と知識は本物だ。

「――――つまり、ノイマンさんには後継者が必要だと思うのよ。私の為にも、あなたの為にも」

「……なるほど? ……なるほどおー……? うーん、まあ、無い。では、無い、かなあ」

 一頻り考え込んだ末、その魔法使いは一本指を立てて頷いた。
 ザザとて、真っ向から通せるとは思っていない。けれど……可能性の種は、植えた。

 ■

「今の僕にはまだ何とも言えないかな。それこそお互い、帝都奪還戦で死ぬ可能性だってある。
 ただ熱意は買おう。そうだなー……うん、まあー……何にせよ一旦区切りがついたらだね」

 その時改めて申し出たなら、応じてあげるかもしれないし、あげないかもしれない

 言って笑った顔を見て。ザザにはふと、思い当たる物があった。
 大陸各所を旅していた頃。時に仕事を共にすることもあった大道芸人たち。その一人。

 顔に白塗りの化粧(メイク)を施し、笑顔を描いて滑稽に振る舞う。笑い道化(ジェスター)の姿。
 彼らは笑う。例え笑いたくなくとも。彼らは笑う。そうすれば人は笑うと知っているから。

 彼らは笑う。笑い方を忘れようとも。彼らは笑う。そうすれば人の振りが出来るのだから。
 ――――ああそうか。と言う納得があった。聞いていた話と眼前の事実が合致した。

 人は、人に生まれるのではない。人になるのだ。そしてそれは、神へ至るには重荷なのだろう。
 例え望もうと、望むまいと。道化は嗤う。その確からしい根源を忘れても。

 その魔法使いはいつも子供のように笑った――――まるで難題を前に、解を持たない子供のように。

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