【竜盤】決戦:ドワーフ王国解放戦線
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シナリオID:1673
オープニング
――マミダ地域南西部、テンゼン西の草原。
ばさり、と。一羽のビッグオウムがドワーフ達の頭上を通過する。その背には、フードを被った小柄なゴブリンの姿があった。
「来たゾ」
後方へ退避するオウムを見送るでもなく、ドワーフ達は草の上に設置した大連弩の弦をめいっぱい引き絞る。西に広がる森は、彼らの姿をギリギリまで隠してくれるはずだ。
「――撃てぇッ!!!」
太陽を背に現れた2体の飛竜を射程に捉えるなり、連弩が無数の矢を発射する。無残に翼を引き裂かれて墜ちた1体には屈強な戦士達が突撃し、空に残る1体には弓兵達の牽制の矢が幾筋も飛んだ。
「……帰ったか。これで何体目だ?」
咆哮を上げ、慌てて都市マミダ方面へと引き返していく飛竜の背を見送りながら、黒髭のドワーフがニヤリと笑う。
「いい子だ。バイアーディスにしっかり伝えてくれよ」
●
「ひっ……た、助け――!」
テンゼンよりさらに西。マミダ地域の南東端に位置する都市マミダ。
黒き鱗の邪竜バイアーディスは、命乞いするドワーフ女の胸を太刀の如き爪で突き貫いた。
「やはり一匹ずつ殺したところで、いつまで経っても上には上がれん。アイオーンは惜しいことをしたものだ」
独り言を漏らし、女の死骸を振り払う。
邪竜として――否、この世界に生きる全ての生命の頂点へと達し、征竜をも超えるには。
逃げ回る小鼠を追い殺すのみでは永遠に足りない。
アイオーンが石と魔法陣の構築法を入手したのは渡りに船だった。
都市の生命を一息にエーテルと化し、バイアーディスという器を壊さぬよう注ぎ込む。一足飛びに力を得ることを望む彼にとって、それは夢の技術だったのだ。
しかし、都市マミダの魔法陣は未だ完成していない。アイオーンは倒れ、テンゼンでの起動実験すら実行されることはなかった。
アイオーンは魔法陣の構築法を遺しているが、計画の練り直しが必要だ。
「ドワーフ共め。大人しく俺の糧となれば良いものを」
ドワーフ達がこの都市マミダを攻めんとしていることは、バイアーディスも察知している。彼らはテンゼンに兵力を集結させ、偵察に出た飛竜達を新兵器とやらで次々と射殺し、時には都市マミダの至近まで現れては石を投じていた。
アイオーンを討ち舞い上がっているのだろう。「邪竜恐るるに足らず」などと、バイアーディスの実力も知らぬまま叫び続けている。
どこからか漏れ聞こえた噂では、ドワーフ王国は今日より5日後に都市マミダ攻めを計画しているという。
テンゼンには『匠王』シグルラン率いるドワーフ王国軍、そして――冒険者が続々と集められているという話だ。
「冒険者……強者が集い、王手をかけんと動き出したか。ふはは! 構わん。全ての生命は俺に奪われる運命にあるのだからな!」
今、ロスガリア大陸で最も強者が集う地――テンゼン。
そこに舞い降り、殺し尽くしてしまえば。
彼らの持つ力は。エーテルは。全てバイアーディスの糧となる。
「攻められるのを待つまでもない。全て、狩り尽くしてくれるわ!!!」
●
「バイアーディスに動きがあります。飛竜を集め、いわゆる出撃準備を始めたようですね」
「超ウケる~~! 作戦第一ダンカイ成功じゃんね!」
都市マミダから帰還したシノビによりバイアーディスの動きを把握した『匠王』シグルランと『シャルガネの女将』キサキ・アカネは、思わず両手を叩き合って喜ぶ。
偵察に向かってくる飛竜を殺し、あえて逃げ帰らせた。時には都市マミダの至近まで食い込み、大音声でバイアーディスを挑発しながら投石までした。
そして最後には、シノビを通じて都市マミダにまで届く噂を流したのだ。テンゼンに兵力を集め、冒険者達を呼び寄せ、攻勢に出る日は近いと。
一つ一つの策は小さく、地味なものだ。
しかし、参謀役と目されていたアイオーンを失い、ひたすらに力を求めるのみのバイアーディスならば。いずれ必ず釣り出せると、シグルラン達は確信していた。
「よぉ~~っし! そんじゃ、アタシ達も始めちゃおっか! えへへ……キサキっち、説明はおねがいしマス♪」
「まったく、あなたはいつも……。わかりました。ではシグルランにかわって、私が皆さんに今回の作戦について説明しますね」
シグルランに背中を押され、キサキが仕方なさそうに前へ出る。テンゼン市内の広場に集められた冒険者達と向かい合い、台の上に乗ったドワーフ達に地図を広げさせた。
「今回の作戦の目標は、2つあります。第一に、このマミダ地域を襲った邪竜バイアーディスの討伐。そして第二に、ここテンゼンの西に位置する都市マミダの奪還です」
「都市マミダって、このマミダ地域の中心地なんだよね」
シグルランが地図を指さしながら補足する。都市マミダは火酒の産地らしく、そこを取り戻さんとするドワーフ達の戦意は異様なまでに高い。
「バイアーディス討伐ですが、作戦は主に3段階です。私達が持つ切り札も3つ。1つ目は、強大な敵との戦いに慣れた授恵者である冒険者の皆さん。2つ目は、皆さんの協力も得て開発した複数の対邪竜武器。3つ目は、敵の技術を逆用して武器化した改造魔法陣です」
冒険者の間から聞こえた「改造魔法陣?」という問いに、キサキは小さく頷いた。都市を取り囲む城壁の四隅に建つ監視塔を順に指し、仕組みを説明し始める。
「バイアーディスは都市に特殊な魔法陣を構築し、それを起動することで都市内全ての生命をエーテルに換え、吸収するつもりでした。そうすることで、効率よく自身を強化したいのでしょう。ですが、ドワーフ王国は魔法陣の解析に成功し、これをバイアーディスに対する攻撃手段となるよう改変しました」
詳細な理論はキサキにも理解しきれていない様子だったが、彼女が説明した改造魔法陣の効果は、ある意味で単純だ。
魔法陣は、都市内の生物の命を奪うことなく、一部のエーテルを吸い上げるに留める。そして、魔法陣の核であり、変換したエーテルをバイアーディスが無理なく受け容れられるようその性質や流れを調整する役割を担う『エーテル石』の作用を書き換える。吸い上げたエーテルを“増幅”し、何の調整も行わないまま一気にバイアーディスへと注ぎ込む形に変えてしまったのだ。
「元々あった魔法陣と石の働きから考えても、バイアーディスの肉体は都市一つ分のエーテルを一度に吸収できる器ではないでしょう。過剰なエーテルを注ぎ込まれ、それを受け容れきれなければ。彼は自我を失って暴走し、やがて崩壊を始めるはずです」
食べすぎって体に良くないからね~。と暢気に笑うシグルラン。キサキは続けて、作戦概要の説明へと移った。
「今回の作戦で皆さんは、主に4つの役割を担っていただきます。1つ目は、バイアーディスの足止めです。バイアーディスは間もなく都市マミダを飛び立ち、ここテンゼンへ向かってくるでしょう。テンゼン西の草原でバイアーディスを迎え討ち、対邪竜武器も利用してダメージを与え、足止めをしていただきます。バイアーディスをテンゼンから見える位置で押しとどめること、転進させないこと、そして出来る限りダメージを与えることが求められます」
次に、キサキは地図上のテンゼンを指し示す。
「2つ目は、テンゼン防衛と改造魔法陣の起動補助です。バイアーディスの足止めに成功しても、配下のワイバーン部隊の多くはこのテンゼンまで到達するでしょう。市内中央のバザールとその周辺には、私達の作戦に協力してバイアーディスに注ぎ込むためのエーテルを提供してくれる住民の皆さん、それから負傷したメルトウォールの捕虜達が集められています。都市を防衛し、彼らを守ってください。また、魔法陣のある4つの監視塔が襲撃を受ける可能性もありますので、ここも防衛する必要があります。南西の塔には、タイミングを見て魔法陣の起動を行う魔術師の方が1人いますので、彼の儀式の邪魔をされないよう、ワイバーンの動きに気をつけてください」
幾人かの冒険者が、南西の塔へと視線を向ける。その魔術師とやらは、今のところ顔を見せるつもりがないようだ。
「3つ目は、バイアーディスへの突撃です。対邪竜武器で弱体化し、過剰なエーテル摂取で暴走するバイアーディスに一斉攻撃を仕掛け、確実に、早急に討ち取ることが求められます。もちろん、この段階でも対邪竜武器を利用します。エーテルの過剰摂取によりバイアーディスの肉体はいずれ崩壊すると思われますが、死亡までにどれほどの時間を要するのか、実際に死亡するのかは読めません。自我を失い、暴走した邪竜が万が一にもテンゼンや他の都市へ飛んで行くようなことがあれば、甚大な被害が出るでしょう。その場で、必ず討ち取っていただきたいのです」
最後にキサキが指さしたのは、バイアーディス迎撃予定地より更に西。都市マミダだ。
「最後は、都市マミダの奪還です。ここでは、バイアーディスにより住民もメルトウォールも関係なく虐殺が行われていました。まだ多くの人々が都市内に囚われています。バイアーディスが討ち取られても、配下のワイバーン、ドラゴンが市内に残る状況です。……そんな中、都市マミダ内のメルトウォール幹部との接触に成功した諜報員がいます」
シノビ、というワードを聞いて、キサキに何か問いたげな者もチラホラいるようだ。キサキはそっと人差し指を唇に当てて、穏やかに説明を続ける。
「都市マミダの住民達は、バイアーディスやその配下の支配から逃れるため、メルトウォールと手を組んで一斉蜂起を計画しています。ドワーフ王国は彼らへの支援を約束しました。彼らには、『次にバイアーディスが都市マミダを飛び立ったら、蜂起の時。狼煙を上げろ』と伝えています。皆さんはシノビについて都市マミダの至近に潜み、蜂起の狼煙が上がったら一気に市内へ突入してください。市内にはドラゴン部隊が、空にはワイバーン部隊がいると予想されます。市内のメルトウォール兵と協力してそれらを掃討しつつ、住民達を守り、市外へ避難させてください」
メルトウォール。バイアーディスとアイオーンに従い、このマミダ地域を強襲・占拠した武装組織。敵であるはずの彼らと共闘するという話に、冒険者達の間に大きなざわめきが起きた。
「……それから」
しかし、キサキはさらに続ける。シグルランが指さした先――広場の入口にはなんと、ヒューマンやゴブリン、ハーフビーストなど様々な種族の人々と、コボルト、オーガ、魔獣達が集まっていた。
「ここ、テンゼンの防衛にも彼らメルトウォールが加わります。彼らは先のテンゼン奪還戦や近隣の戦闘で捕虜となりました。ドワーフ王国は彼らを許すつもりはありませんが、その命をかけてでもバイアーディスに一矢報いたいという彼らの希望を受け入れます。少しでも戦力が欲しい……という事情もありますが」
「……ま、この戦いの後、メルトウォールをどうするってのは考えるケド。すっっごい反省してるみたいだし、死んでもいいから戦わせてくれって泣かれちゃ、ダメって言えないじゃん??」
相変わらず暢気に頭を掻くシグルランを、見下ろすように。
南西の塔の窓から、赤黒の鱗に覆われたリザードマンが顔を覗かせていた。
ばさり、と。一羽のビッグオウムがドワーフ達の頭上を通過する。その背には、フードを被った小柄なゴブリンの姿があった。
「来たゾ」
後方へ退避するオウムを見送るでもなく、ドワーフ達は草の上に設置した大連弩の弦をめいっぱい引き絞る。西に広がる森は、彼らの姿をギリギリまで隠してくれるはずだ。
「――撃てぇッ!!!」
太陽を背に現れた2体の飛竜を射程に捉えるなり、連弩が無数の矢を発射する。無残に翼を引き裂かれて墜ちた1体には屈強な戦士達が突撃し、空に残る1体には弓兵達の牽制の矢が幾筋も飛んだ。
「……帰ったか。これで何体目だ?」
咆哮を上げ、慌てて都市マミダ方面へと引き返していく飛竜の背を見送りながら、黒髭のドワーフがニヤリと笑う。
「いい子だ。バイアーディスにしっかり伝えてくれよ」
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「ひっ……た、助け――!」
テンゼンよりさらに西。マミダ地域の南東端に位置する都市マミダ。
黒き鱗の邪竜バイアーディスは、命乞いするドワーフ女の胸を太刀の如き爪で突き貫いた。
「やはり一匹ずつ殺したところで、いつまで経っても上には上がれん。アイオーンは惜しいことをしたものだ」
独り言を漏らし、女の死骸を振り払う。
邪竜として――否、この世界に生きる全ての生命の頂点へと達し、征竜をも超えるには。
逃げ回る小鼠を追い殺すのみでは永遠に足りない。
アイオーンが石と魔法陣の構築法を入手したのは渡りに船だった。
都市の生命を一息にエーテルと化し、バイアーディスという器を壊さぬよう注ぎ込む。一足飛びに力を得ることを望む彼にとって、それは夢の技術だったのだ。
しかし、都市マミダの魔法陣は未だ完成していない。アイオーンは倒れ、テンゼンでの起動実験すら実行されることはなかった。
アイオーンは魔法陣の構築法を遺しているが、計画の練り直しが必要だ。
「ドワーフ共め。大人しく俺の糧となれば良いものを」
ドワーフ達がこの都市マミダを攻めんとしていることは、バイアーディスも察知している。彼らはテンゼンに兵力を集結させ、偵察に出た飛竜達を新兵器とやらで次々と射殺し、時には都市マミダの至近まで現れては石を投じていた。
アイオーンを討ち舞い上がっているのだろう。「邪竜恐るるに足らず」などと、バイアーディスの実力も知らぬまま叫び続けている。
どこからか漏れ聞こえた噂では、ドワーフ王国は今日より5日後に都市マミダ攻めを計画しているという。
テンゼンには『匠王』シグルラン率いるドワーフ王国軍、そして――冒険者が続々と集められているという話だ。
「冒険者……強者が集い、王手をかけんと動き出したか。ふはは! 構わん。全ての生命は俺に奪われる運命にあるのだからな!」
今、ロスガリア大陸で最も強者が集う地――テンゼン。
そこに舞い降り、殺し尽くしてしまえば。
彼らの持つ力は。エーテルは。全てバイアーディスの糧となる。
「攻められるのを待つまでもない。全て、狩り尽くしてくれるわ!!!」
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「バイアーディスに動きがあります。飛竜を集め、いわゆる出撃準備を始めたようですね」
「超ウケる~~! 作戦第一ダンカイ成功じゃんね!」
都市マミダから帰還したシノビによりバイアーディスの動きを把握した『匠王』シグルランと『シャルガネの女将』キサキ・アカネは、思わず両手を叩き合って喜ぶ。
偵察に向かってくる飛竜を殺し、あえて逃げ帰らせた。時には都市マミダの至近まで食い込み、大音声でバイアーディスを挑発しながら投石までした。
そして最後には、シノビを通じて都市マミダにまで届く噂を流したのだ。テンゼンに兵力を集め、冒険者達を呼び寄せ、攻勢に出る日は近いと。
一つ一つの策は小さく、地味なものだ。
しかし、参謀役と目されていたアイオーンを失い、ひたすらに力を求めるのみのバイアーディスならば。いずれ必ず釣り出せると、シグルラン達は確信していた。
「よぉ~~っし! そんじゃ、アタシ達も始めちゃおっか! えへへ……キサキっち、説明はおねがいしマス♪」
「まったく、あなたはいつも……。わかりました。ではシグルランにかわって、私が皆さんに今回の作戦について説明しますね」
シグルランに背中を押され、キサキが仕方なさそうに前へ出る。テンゼン市内の広場に集められた冒険者達と向かい合い、台の上に乗ったドワーフ達に地図を広げさせた。
「今回の作戦の目標は、2つあります。第一に、このマミダ地域を襲った邪竜バイアーディスの討伐。そして第二に、ここテンゼンの西に位置する都市マミダの奪還です」
「都市マミダって、このマミダ地域の中心地なんだよね」
シグルランが地図を指さしながら補足する。都市マミダは火酒の産地らしく、そこを取り戻さんとするドワーフ達の戦意は異様なまでに高い。
「バイアーディス討伐ですが、作戦は主に3段階です。私達が持つ切り札も3つ。1つ目は、強大な敵との戦いに慣れた授恵者である冒険者の皆さん。2つ目は、皆さんの協力も得て開発した複数の対邪竜武器。3つ目は、敵の技術を逆用して武器化した改造魔法陣です」
冒険者の間から聞こえた「改造魔法陣?」という問いに、キサキは小さく頷いた。都市を取り囲む城壁の四隅に建つ監視塔を順に指し、仕組みを説明し始める。
「バイアーディスは都市に特殊な魔法陣を構築し、それを起動することで都市内全ての生命をエーテルに換え、吸収するつもりでした。そうすることで、効率よく自身を強化したいのでしょう。ですが、ドワーフ王国は魔法陣の解析に成功し、これをバイアーディスに対する攻撃手段となるよう改変しました」
詳細な理論はキサキにも理解しきれていない様子だったが、彼女が説明した改造魔法陣の効果は、ある意味で単純だ。
魔法陣は、都市内の生物の命を奪うことなく、一部のエーテルを吸い上げるに留める。そして、魔法陣の核であり、変換したエーテルをバイアーディスが無理なく受け容れられるようその性質や流れを調整する役割を担う『エーテル石』の作用を書き換える。吸い上げたエーテルを“増幅”し、何の調整も行わないまま一気にバイアーディスへと注ぎ込む形に変えてしまったのだ。
「元々あった魔法陣と石の働きから考えても、バイアーディスの肉体は都市一つ分のエーテルを一度に吸収できる器ではないでしょう。過剰なエーテルを注ぎ込まれ、それを受け容れきれなければ。彼は自我を失って暴走し、やがて崩壊を始めるはずです」
食べすぎって体に良くないからね~。と暢気に笑うシグルラン。キサキは続けて、作戦概要の説明へと移った。
「今回の作戦で皆さんは、主に4つの役割を担っていただきます。1つ目は、バイアーディスの足止めです。バイアーディスは間もなく都市マミダを飛び立ち、ここテンゼンへ向かってくるでしょう。テンゼン西の草原でバイアーディスを迎え討ち、対邪竜武器も利用してダメージを与え、足止めをしていただきます。バイアーディスをテンゼンから見える位置で押しとどめること、転進させないこと、そして出来る限りダメージを与えることが求められます」
次に、キサキは地図上のテンゼンを指し示す。
「2つ目は、テンゼン防衛と改造魔法陣の起動補助です。バイアーディスの足止めに成功しても、配下のワイバーン部隊の多くはこのテンゼンまで到達するでしょう。市内中央のバザールとその周辺には、私達の作戦に協力してバイアーディスに注ぎ込むためのエーテルを提供してくれる住民の皆さん、それから負傷したメルトウォールの捕虜達が集められています。都市を防衛し、彼らを守ってください。また、魔法陣のある4つの監視塔が襲撃を受ける可能性もありますので、ここも防衛する必要があります。南西の塔には、タイミングを見て魔法陣の起動を行う魔術師の方が1人いますので、彼の儀式の邪魔をされないよう、ワイバーンの動きに気をつけてください」
幾人かの冒険者が、南西の塔へと視線を向ける。その魔術師とやらは、今のところ顔を見せるつもりがないようだ。
「3つ目は、バイアーディスへの突撃です。対邪竜武器で弱体化し、過剰なエーテル摂取で暴走するバイアーディスに一斉攻撃を仕掛け、確実に、早急に討ち取ることが求められます。もちろん、この段階でも対邪竜武器を利用します。エーテルの過剰摂取によりバイアーディスの肉体はいずれ崩壊すると思われますが、死亡までにどれほどの時間を要するのか、実際に死亡するのかは読めません。自我を失い、暴走した邪竜が万が一にもテンゼンや他の都市へ飛んで行くようなことがあれば、甚大な被害が出るでしょう。その場で、必ず討ち取っていただきたいのです」
最後にキサキが指さしたのは、バイアーディス迎撃予定地より更に西。都市マミダだ。
「最後は、都市マミダの奪還です。ここでは、バイアーディスにより住民もメルトウォールも関係なく虐殺が行われていました。まだ多くの人々が都市内に囚われています。バイアーディスが討ち取られても、配下のワイバーン、ドラゴンが市内に残る状況です。……そんな中、都市マミダ内のメルトウォール幹部との接触に成功した諜報員がいます」
シノビ、というワードを聞いて、キサキに何か問いたげな者もチラホラいるようだ。キサキはそっと人差し指を唇に当てて、穏やかに説明を続ける。
「都市マミダの住民達は、バイアーディスやその配下の支配から逃れるため、メルトウォールと手を組んで一斉蜂起を計画しています。ドワーフ王国は彼らへの支援を約束しました。彼らには、『次にバイアーディスが都市マミダを飛び立ったら、蜂起の時。狼煙を上げろ』と伝えています。皆さんはシノビについて都市マミダの至近に潜み、蜂起の狼煙が上がったら一気に市内へ突入してください。市内にはドラゴン部隊が、空にはワイバーン部隊がいると予想されます。市内のメルトウォール兵と協力してそれらを掃討しつつ、住民達を守り、市外へ避難させてください」
メルトウォール。バイアーディスとアイオーンに従い、このマミダ地域を強襲・占拠した武装組織。敵であるはずの彼らと共闘するという話に、冒険者達の間に大きなざわめきが起きた。
「……それから」
しかし、キサキはさらに続ける。シグルランが指さした先――広場の入口にはなんと、ヒューマンやゴブリン、ハーフビーストなど様々な種族の人々と、コボルト、オーガ、魔獣達が集まっていた。
「ここ、テンゼンの防衛にも彼らメルトウォールが加わります。彼らは先のテンゼン奪還戦や近隣の戦闘で捕虜となりました。ドワーフ王国は彼らを許すつもりはありませんが、その命をかけてでもバイアーディスに一矢報いたいという彼らの希望を受け入れます。少しでも戦力が欲しい……という事情もありますが」
「……ま、この戦いの後、メルトウォールをどうするってのは考えるケド。すっっごい反省してるみたいだし、死んでもいいから戦わせてくれって泣かれちゃ、ダメって言えないじゃん??」
相変わらず暢気に頭を掻くシグルランを、見下ろすように。
南西の塔の窓から、赤黒の鱗に覆われたリザードマンが顔を覗かせていた。
解説
■連動特設ページ・イメージノベル
今回の作戦で使用する「対邪竜武器」の詳細については、「関連用語・情報」をご覧ください。
https://alpaca-connect.com/world/world0/event/event14_db_detail
■相談場所について
このシナリオの相談スレッドのみの運用ですと、閲覧に際し非常に重くなる可能性があることや、戦域が多岐にわたるため、別個相談用のコミュニティを用意いたしました。
【竜盤】決戦シナリオ相談場
https://alpaca-connect.com/world/world0/community/Id2qaaDd6et2tty4T3sZ
・戦域単位での募集や挨拶
・パーティの募集・案内
・【タグ】説明スレッド
また、パーティ内での個別の相談については、上記コミュニティ以外を使用してくださってもかまいません。
■【重要】プレイングの書き方
・今回参加する戦域を右記の形式で【一行目に】記載ください。:【1】【2】【3】【4】
・パーティや協調行動を示すタグは【二行目】で指定してください。タグでの指定は必ず【一つまで】となります:【匠王護衛隊】など
例
【1】
【匠王護衛隊】
(プレイング本文)
・【タグ】内容の説明(何を目的とするか、運用方針など)については、「相談用コミュニティ」の専用スレッドに【200文字以内】で記載ください。200字を越えた場合はタグそのものを無効といたします。
■戦域
【1】テンゼン西の草原。バイアーディスの迎撃および足止め
▼状況
ドワーフ王国軍と共にテンゼン西の草原地帯に待機。飛来するバイアーディスを迎撃し、足止めする。
作戦としては、バイアーディスを発見し次第、『匠王』シグルランの挑発および対邪竜武器「バリスタ・レーヴァテイン(連弩)」による「竜殺酒ヤシオノシコミ(酩酊状態を引き起こす毒酒)」を塗布した矢の射撃を開始。地上へ落とす、または着陸させる必要がある。
地上戦に移行した後、「バリスタ・レーヴァテイン」による射撃、「バリスタ・リジル」による「拡酸対竜弾(物防・魔防低下効果のある酸弾)」の射撃が予定されている。
冒険者とドワーフ王国の授恵者精鋭部隊は、各射撃の合間や射撃終了後にバイアーディスへの攻撃を行う。
▼味方戦力
・シグルラン
刀を武器とするウォーリア。戦闘はそれほど好まないが、バイアーディスへの挑発(罵詈雑言)には自信がある。工兵隊と授恵者精鋭部隊の指揮を執る。
・ドワーフ王国工兵隊
「バリスタ・レーヴァテイン」2基と「バリスタ・リジル」2基、従来の大型バリスタ8基の射手と作業者。約30名。冒険者から発射タイミングなどの相談があれば検討する。
・授恵者精鋭部隊
ドワーフ王国の授恵者戦士20名。ウォーリアを中心に、シューターもいる。
▼敵戦力
・バイアーディス
全長20m(頭胴長13m)の巨大な邪竜。硬く黒い鱗に全身を覆われ、飛行できる翼を持つ。会話はできるが性格は暴力的。他者を殺害することでエーテルを収奪し、自身を恒久的に強化する能力を持つ。邪竜の中でも特に強力な個体であると推測される。
極めて強力な炎と吹雪のブレスを使い分け、手指の爪は刀剣並みに長く鋭い。尾による薙ぎ払い、羽ばたきの風圧による【吹飛】にも注意。炎弾などの遠距離魔法攻撃も予想される。
・ワイバーン × 3
バイアーディスの親衛隊。全長8m(頭胴長4m)。飛行、噛みつき、引っ掻き。尾の薙ぎ払い、炎のブレスを使い分ける。
【2】テンゼン防衛および改造魔法陣死守
▼状況
メルトウォール捕虜隊と協力し、テンゼンに西から飛来するワイバーン部隊から都市を防衛する。
都市は城壁に囲まれており、城壁上での戦闘も可能。周囲は草原で見通しが良い。
市内は高い建物が少なく、中心部に位置する大規模なバザールとして使われる石造りの建物の中に、住民とメルトウォールの負傷兵が部屋を分けて収容されている。
城壁の四隅に魔法陣を有する三階建ての監視塔があり、南西の塔では魔法陣の起動を担う魔術師が儀式を行っている。
▼味方戦力
・キサキ・アカネ
シャルガネ居住区の宿屋街の女将。シグルランにかわり、バザール付近の広場で全体の指揮を執る。戦闘能力は不明。
・魔術師
南西の塔で魔法陣起動のための儀式を行っている赤と黒の鱗を持つリザードマンの魔術師。フード付きの長衣をまとっている。戦闘には参加しない。
・ドワーフ王国工兵隊
「バリスタ・レーヴァテイン」1基と従来の大型バリスタ5基の射手と作業者。約20名。城壁上からワイバーンを狙う。冒険者から発射タイミングなどの相談があれば検討する。
・メルトウォール捕虜隊
各クラスの授恵者がおり、計10名。非授恵者兵30名(剣士、弓兵)。魔獣使い2名。2.5mのダイアウルフの群れ6頭。移動阻害を付与する糸を放てる4mの大蜘蛛1匹。カタコトで会話できる特異個体コボルト&特異個体オーガ各1名、一般コボルト20名(剣と弓で武装)。
バザールの防衛と城壁外での迎撃を主に担当するが、冒険者から行動の提案があれば検討する。
▼敵戦力
・ワイバーン × 10~
全長5m(頭胴長3m)。飛行、噛みつき、引っ掻き。尾の薙ぎ払い、炎のブレスを使い分ける。
【3】改造魔法陣および対邪竜武器による弱体化直後、バイアーディスに突撃
▼状況
改造魔法陣により大量のエーテルを注ぎ込まれ、暴走するバイアーディスに突撃し、迅速に討ち取る。
エーテルを摂取した直後は動きが止まると予想されるため、ドワーフ王国工兵隊の「バリスタ・リジル」による「拡酸対竜弾(物防・魔防低下効果のある酸弾)」の射撃、投石器「楯を壊すもの(ランドグリーズ)」による投石、パイルバンカー「勝利を促す者(シグルドリーヴァ)」による打撃を行い、バイアーディスを最大限弱体化させる予定。
冒険者と授恵者精鋭部隊は、その後に一斉攻撃を仕掛ける。
▼味方戦力
・アダム
元メドゥの指先幹部で、現ブラックデス構成員。魔術師を連れてきたついでにドワーフ王国に協力しており、ビッグオウムに乗ってやや離れた位置から射撃や攻撃の好機を光球による合図で教えてくれる。場合によっては戦闘も行う。
・ドワーフ王国工兵隊
「バリスタ・レーヴァテイン」2基と「バリスタ・リジル」2基、従来の大型バリスタ8基、パイルバンカー「勝利を促す者(シグルドリーヴァ)」1基、投石器「楯を壊すもの(ランドグリーズ)」1基の射手や作業者。【1】と合わせて約70名。冒険者から発射タイミングなどの相談があれば検討する。
・授恵者精鋭部隊
ドワーフ王国の授恵者戦士20名。ウォーリアを中心に、シューターもいる。ウォーリアの一部は試作型チェーンソーブレードを使用する。
▼敵戦力
・バイアーディス
【1】と同様。ただし、この時点では自我を失って暴走し、会話は不可能と思われる。
【4】都市マミダ奪還。都市内に突入し、蜂起したメルトウォールと共に敵軍掃討。住民避難誘導。
▼状況
都市マミダは城壁に囲まれ、東西南北に城門がある。住民とメルトウォールが市内で上げる狼煙を合図に、投石器「轟かす者(フリスト)」による投石で南の城門付近を破壊。市内へ突入する。突入経路は都市南側の城門、またはシノビの誘導で秘密の地下通路を通って城壁内(都市南西の端)に出ることができる。
市内はドワーフ王国第二都市群の中心都市だけに建物が密集している。中心に時計塔と広場がある。
メルトウォールと協力し、バイアーディス配下のワイバーンやドラゴンを掃討。住民を守り、市外へ避難させる。
▼味方戦力
・辺境都市群シノビ部隊 × 人数不明
秘密の小径を使い、冒険者とドワーフ王国工兵隊を都市マミダ至近まで誘導。必要に応じて市内への潜入誘導や戦闘を行う。
・都市マミダ駐留メルトウォール
各クラスの授恵者がおり、計約20名。非授恵者兵約150名(剣士、弓兵)。魔獣使い10名。詳細は不明だが、大型~小型の様々な魔獣を操る。カタコトで会話できる特異個体コボルト2名、一般コボルト約100名(剣と弓で武装)。
市内で住民を守りながらドラゴンやワイバーンと戦っている。冒険者と出会い、行動の提案があれば検討する。
▼敵戦力
・ワイバーン × 5~
全長5m(頭胴長3m)。飛行、噛みつき、引っ掻き。尾の薙ぎ払い、炎のブレスを使い分ける。
・ドラゴン × 5~
全長2~5m(頭胴長1~3m)。比較的小型の若いドラゴンが多い。飛行能力はなく、噛みつき、引っ掻き。尾の薙ぎ払い、炎や毒のブレスを使い分ける。
■決戦シナリオについて
・参加者にはこのシナリオでの働きに応じた褒章が付与されます。将来的にPCの皆さんの功績を表す重要なアイテムになりますので、大切に保管してくださいね!
マスターより
※※アルパカコネクト運営より※※
決戦シナリオのリプレイ執筆は複数のマスターが担当いたしますが、基本的な判定は運営サイドで行います。
リプレイ
【1】テンゼン西の草原。バイアーディスの迎撃および足止め(執筆担当マスター:馬車猪)
●
主食とするには小さすぎ、無視するには不愉快すぎた。
「尻尾と腹をみせて逃げてるよウケるー!」
ドワーフが腹を抱えて笑っている。
邪竜の力を認識できる程度には強いのに全く恐れていない。
「頭の悪い方の邪竜でございますね!」
隣のネズミはさらにひどい。
「逃げんのか? ほら餌やるよトカゲ野郎!」
最下級のワイバーンでも無視するような餌を放り投げ、徹底して見下ろす目つきで見上げてくる。
このハリーヌ・ヨツユビが完全に弱者であればバイアーディスも無視して飛び続けただろう。
だがこのネズミは、使い捨てとはいえ手下を殺しに殺した冒険者の一員だ。
「殺す」
漆黒の邪竜は凝った言葉を使う余裕も無くし、翼を閉じて急降下を開始した。よく見れば、ネズミの周りには冒険者らしき者達が群れている。ここを狩り尽くしてからテンゼンを目指しても損はないだろう。
ワイバーンの咆哮やサウンドボマーの大音量でうるさくても、ハーヴィは優れた聴覚で個々の翼の音まで把握している。
「少しでも多く、中ててもらわないとね」
ファヌはバリスタの射手達に輝腕をかけてまわり敵の位置と速度と向きも知らせる。
冒険者に対して使えば控えめな支援でも、彼等にとっては命中率が数割増えることもある大きな支援だ。
「この距離でブレスを使わなかったのは……油断しましたね」
同じ狙いの仲間達と同じく、何度も魔乱印を使っていたオゴスはようやく手応えを感じた。
術に対する凄まじい抵抗力を持つ邪竜は短時間で回復してしまうだろうが、今この瞬間だけはブレスを吐いても攻撃魔法を撃っても威力3割減だ。
殺意の視線がオゴスを捉える。
オゴスは強い危険を感じても表には出さず、兵器群とは逆方向に離脱し時間を稼ぐ。
猛加速していた邪竜の速度が急減する。
無色無臭の重力の罠がバイアーディスを捕らえたのだ。
「打撃を浴びせるのは後。今は弱体化と時間稼ぎを」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは術を魔霞に切り替え、実質一度しかないだろう機会を待つ。
シグルランはこっそりハンドサインを使う。
歯を食いしばり恐怖と緊張に耐えていた工兵達が静かに引き金を引いた。
最初に届いたのは太い矢の群れだ。
高速で飛び強靱な鱗と筋肉を持つ邪竜には少ししか刺さらない。なのに体調がいきなり悪化した。ぐらり、と傾いだ体を、翼を大きく羽ばたかせて水平に戻す。
「なんだと」
竜殺酒ヤシオノシコミ。
酒という名称がついていても実質は絶大な威力の毒だ。
わずかに鱗を貫いた矢尻から酒が広がり神経を冒している。
「小細工をっ?」
次に着弾したのは矢でも槍でもなく陶器製の器だ。
意表をつかれて混乱し、膨大な生命と抵抗でも毒から回復しきれない巨体に次々被弾。複数の色が混ざった強力な酸をぶちまけられる。
邪竜の苦鳴が轟く。
名剣名刀に匹敵する強度を持つ鱗が斑に溶け、筋肉と神経が外気に晒される。
翼の動きと姿勢が乱れ、邪竜の高度が地表から10メートルを切った。
アウレーリア達が攻撃を行う中、ハーヴィは邪竜を巻き込みアーケインを使う。
蠢く白い光は巨大な網のようで、邪竜を不意に大きく失速させた。
飛行物体にとって速度は高度に直結し、速度を失う事は落下を、すなわち地表との接触を意味する。
邪竜とは比較にならない大きさの大地が、鱗という装甲を数割失った邪竜を襲った。
第2の苦鳴が轟く。
大地との接触の瞬間にファヌが仕掛けた祈雷が発動。
はるか高空から落ちてきた雷が、回避を一切許さず直撃して打撃を浴びせる。
「再装填急げ!」
覚悟を決めてその場に留まり作業を続けるドワーフ工兵に、ローリー・R・テイワズが陶器がみしりと詰まった箱を渡す。
「助か……」
ドワーフが礼を言おうとしたときにはローリーはその場にいない。
不時着の衝撃で発生した土煙の中に自ら飛び込んだのだ。
「やっつけるデース!」
ローリーが心配した通りに、あいは今日も元気に向こう見ずだ。
一時的に動きが鈍り狙い易くなった竜翼に射出爪をめり込ませる。
機嫌良く次の爪を装填していると、怒りすぎて人類の言葉を使うことを忘れた邪竜が小癪な人類を潰そうと魔力の弾を放った。
(竜が片翼を失うのは人類が片足を失うのと同じはず)
ローリーは逆方向から別の翼を弓で攻め、邪竜に自らを意識させることであいへの危険を低下させる。
邪竜相手でも相手の攻撃が散漫なら対処は可能だ。
あいはアクセラレイターを使って魔力弾の回避に成功する。
そして2人は、土煙が消える前に撤退を完遂した。
代わって仕掛けるのは【月陽】のゼラルム・エルホワイトとサニー・フォン・オルライトだ。
墜落したつもりはなくても地に足が触れている邪竜に対し、テレパスを使い連絡をとり全く同じタイミングで閃光塗弾を叩きつける。
直進すれば眼球直撃コースだが、微かに頭を傾けるだけで狙いは数メートル逸れる。
しかし、閃光の有効距離だ。
膨大な生命と怪物級の身体能力を誇る邪竜も、その距離で直視すると多少ではあるが動きが乱れる。
ゼラルムはカースを使い、呪いで邪竜の周囲を満たす。邪竜は抵抗も強大だが何度も繰り返せばいずれは貫通する。
ゼラルムがカースを見事成功させたのを見て取ると、サニーは鋼爪に赤光のエーテルを纏わせて邪竜へと走る。
音と土煙で意思疎通が困難な戦場も、テレパスを使う2人にとってはいつも通りでしかなかった。
●
(バイアーディスの急な転進に着いてきたワイバーンは3体、だけ)
シグルランは口元が釣り上がりそうになるのを我慢する。
冒険者と砲撃部隊の健闘で、邪竜はおそらく予定通りテンゼンへ向かった4体目以降を呼ぶ余裕がない。今は慢心故にその必要性すら感じていないだろうが、いずれ数の差が生きる時が来るはずだ。
「いつでもいけますぜ!」
ドワーフ王国の授恵者戦士20名を代表し、分厚い鎧と身の丈ほどのある戦斧の戦士が獰猛な笑みを浮かべる。
邪竜には及ばないとはいえ高速飛行と火炎ブレスを使いこなすワイバーンは脅威だ。3体を相手にすれば全滅する可能性大。
それを全て承知の上でシグルランは命令を下す。
20人の決死隊が、バイアーディスへの援護を防ぐため邪竜親衛隊に対し突撃を開始した。
戦場では全てが同時に動いている。
高回避のティトが時間を稼いでセロンガード・シュタインドルフが弓矢で打撃を与えRe✕が援護する。
他にも多数が邪竜への攻撃を行い、しかし邪竜を倒すには力が足りず足止めも十分ではない。
度重なる挑発で頭に血が上り切ったバイアーディスが、地面を蹴って翼で加速し冒険者を置き去りにしてシグルランを狙う。
これまでの攻防で少しは疲労しているのか、牙にも爪にもエーテルが籠もっていない物理攻撃であった。それでも、当たれば無事では済まない。
「ここは通さない」
ナタリア・フィッツジェラルドの祈りが強固な六角柱をこの世に出現させる。
城壁も易々崩せる威力を持つ巨体が、傷一つつけることもできずに柱に乗り上げる。
強靱な筋肉と骨格により内臓へのダメージはないものの、シグルランへの突撃は完全に失敗した。
邪竜の目が細められる。
限度を超えた怒りが思考を活発にさせ、次の手を即座に打たせる。
勢いよく大きな尻尾が振られ、反動で尻尾より大きな体がするりと移動。
光の柱を避け、多少大回りではあるがシグルランに対して再度の突撃を仕掛けようとした瞬間、視界の隅に見慣れぬ獣の腕が見える。
無視すれば良いはずなのに、無意識に目で追ってしまい重要な時間が数秒無駄になった。
「獣ごときにっ」
「動物未満の倫理観しか持たないあなたが言いますか」
キリアン・フィッツジェラルドはエーテルリンク済みのゴリラにZOCの解除と逃走を命令する。
実際に目の当たりにして分かった事だが、まともに戦えば一度の攻防でエーテルリンク中のキリアンごと戦死しかねないからだ。
キリアン自身はスキルによる偵察と射撃で以てワイバーンを牽制し、邪竜との合流を妨げていた。
●
「え?」
死を覚悟したドワーフの目の前に鉄壁が出現する。
大きな音が響き、ワイバーンは牙を跳ね返されて涙目だ。
「【風雅】。助太刀する」
建てたのはライナ・フレイヴァルツだ。
通常時でも強力な魔力を強化した上でのアイアンウォールは、激怒したワイバーンのブレスを受け止めてなお健在だった。
「勝ったらエイルが竜田揚げ馳走してくれるんやろ? 頑張るさぁ!」
ワイバーンの動きが鈍ったところに【赤竜】のフリューリングスルフト=ティエラが乱入する。
移動速度が鈍っても攻撃力は健在だ。
長い尻尾の振り回しと鋭い爪が飛んでくるのをなんとか回避。嵐のような連撃を繰り出し反撃する。
「ところで竜田揚げってなに?」
危地にあっても冗談っぽい言動ができるほど落ち着いて、精鋭ワイバーンの体力と生命を確実に削っていた。
(邪竜は戦闘に夢中で話す余裕もない。好機だ)
エイル・ビュセファスが口を開く。
「止まれ」
フリューに翼を狙われたワイバーンが回避の途中で動きを乱す。
棒立ちよりも不利な状態で傷を負い、片翼が完全に力を失い重りに変わる。
(動揺はしたか)
喉の形が違うので邪竜の声を正確に真似することはできない。ワイバーンは人語も理解できないため、バイアーディスの声を真似ても命令だと誤認させるのは難しい。
しかし咆哮に似た音を出す程度なら可能で、それをサウンドボマーで大きくすれば邪竜のような大声を出せる。
精強なワイバーン3体が、攻撃力を持たない声により一時的に混乱した。
「今じゃぁ!」
ドワーフ達が飛び掛かる。
ワイバーンの反撃を受け何人も深い傷を負うのと引き替えに、重い武器を何度もぶつけてワイバーン1体を挽肉のできそこないに変えた。
「でかい的だな」
アルバス・ロウルもシーザーロアを使いワイバーンを引きつけている。
「バリスタを燃やされては敵わんからな」
敵の行動にパターンを見つけ、適切に刺激を与えることで兵器群へ向かわせない。
ドワーフ工兵は冒険者ほど頑丈ではないので、目立ちはしないが非常に重要な役割だ。
「避けてください!」
フロマーシュ・ダイヤドロップが警告する。
生き残りのワイバーン2体のうち1体が、ドワーフ達に向けていた注意をフロマーシュへ向かうようねじ曲げられる。
ほっとするドワーフ達だが勘違いだ。
細く束ねた凶悪極まる邪竜ブレスが真っ直ぐに伸び、1箇所に集中しすぎたドワーフを焼き尽くそうとしていた。
バイアーディスやワイバーンの長射程攻撃を警戒し、敵の動きを見ていたライナが術を使う。
新たな鉄壁はブレスを受け止めて赤熱し、しかし数秒の時間を稼いでから消滅する。
威力の落ちた熱の塊が、慌てて飛び退いたドワーフとワイバーンをかすめて遠くへ消えた。
フロマーシュは無傷に近いワイバーンと正面から戦っている。
ナタリアに堅甲をかけてもらえたので傷は浅いが1人で勝てる相手ではない。時間稼ぎできただけでも勲章ものの敵だ。
「嬢ちゃんを死なせるなっ!」
ドワーフが暑苦しくもう1頭に襲いかかる。
最初は20対3で相打ち覚悟だったのに、今は敵は減り冒険者が味方にいる。
10以上の重量武器が同時に命中。鱗を越え中身にまで傷を負ったワイバーンが怒りの声をあげた。
「っ」
フロマーシュが苦しい息を吐く。
爪と尻尾相手に高速で切り結ぶのが大変だったが、彼女が時間を稼いでいる間に他の冒険者達がワイバーンを背後から強襲した。
●
「頼るぞ、良いか?」
「まかせて」
毒酒を槍先に塗り終えたカルフ・オルヴォが静かに問うと、邪竜という強敵が近付いてくるのにセオ・ウルジオが穏やかに答えた。
空という己にのみ圧倒的な場所に戻ろうとした邪竜に、他の冒険者とは別方向から襲いかかる。
巨大で素早い尻尾という特級の危険を見つからずに掻い潜り、鱗が溶けたままの肌に槍を深々突き刺し、しかしカルフの攻撃は終わらない。
槍から手を離し、槍に結びつけたロープを手に持ち邪竜の周りをぐるりと回る。
気付いた瞬間邪竜の怒りが思考を塗り潰す。
筋肉を隆起させてロープを吹き飛ばすが既に空のことは忘れていた。
「こっちです!」
セオが光の柱を建てる。
高位授恵者が一撃で潰れるかもしれない体当たりも、魔力を帯びていないなら柱には通用しない。
セオが援護してくれると確信していたからカルフも危険を冒せたのだ。
邪竜の脚が大地を蹴る。
ただそれだけで光の柱から離れ、別の集団への襲撃を可能にする。
「ルーカ!」
その襲撃に見事に割り込み防いだエリック・ルンガルディエールが焦っている。
骨は痛み内臓には衝突時の衝撃で違和感が。一撃で倒れ伏さないだけでもエリックの耐久力は尋常ではない。
しかし、守り抜く覚悟はあるが、正面から打ち合えば後10秒もたないと本能が警告している。
守られた側のルーカ・ルンガルディエールにも余裕はない。
ルーカが使った堅甲でエリックが死なずに済んだのは確かだが、失われた体力を補うのに自分のヒールだけでは到底たりない。
「っ、分かった」
エリックが表情を歪めて後退に移る。
邪竜はルーカに止めを刺そうとして、ルーカの技で攻撃失敗を強制させられる。
ルーカは邪竜の目元に傷を1つ残し、エリックに追いつき守られながら素早く後退した。
「貴方の牙など恐れはしないわ!」
不敵に笑うロゼットに呼びかけられ邪竜が反応する。
(あぶなっ)
雑だが超威力の一撃を躱せたのは半ば偶然。
しかし開きっぱなしの大きな口に竜殺酒入り水袋を放り込んだのはロゼットの作戦と勇敢な行動による成果だ。
(矢で撃ち込むより、毒酒の回りが遅い?)
怒りと不快感で注意が散漫になった邪竜に音を消してラモンが迫り、恐るべき水準の付与術で以て縛糸刃の効果に抵抗を貫通させる。
「では私はこれで」
ハイディングで気配を消し即逃亡する。
邪竜の殺気はますます強まり、質量を感じてしまうほど濃く重く凶悪になっていた。
バリスタの一部が矢を放つ。
最初の砲撃に比べれば数は少ないが、矢尻の光は邪竜に面倒な閃光弾のことを思い出させ、僅かに足を止める。
(光が弱い。不発か? 正規の使用法じゃないもんな。でもそう動くならこっちのもんだぜ)
閃光塗弾の提供者であるイズル・M・ヴォルゴールは、邪竜の足止めと時間稼ぎという役割に忠実だ。
姿はお姫様のようなエルフが、ダマスカス鋼の槍を見事に操り鱗のない肌に突き立てる。
打撃も与えたがそれ以上に効いたのは破鎧砕だ。
エフィルミアは槍を引き抜く動作で巨大な質量との接触を回避。一撃離脱を徹底して攻撃を受けないよう立ち回る。
「部位破壊するよ、役目だし……」
ヘレン・ワーグナーは【雀】の仲間が作ってくれた好機を活かす。
危険を冒して接近し、破鎧砕がまだ効いている邪竜へ強打を浴びせる。
非常に大きいので攻撃する方向を意識すれば翼も狙い易い。
「翼をもぎ取られたらただのトカゲだよねー」
が、膨大な生命に支えられているためか、破壊には至らない。
「小賢しいわっ」
多数のデバフを受け、鱗に至っては再生も始まっていないのに、バイアーディスの攻撃力は戦闘開始前から変わらない。
ただし怒りの度合いは違う。この小賢しい攻撃を仕切っている、ドワーフの女へと怒りの全てが向いていた。
綺麗に勝とうとする意識など既に昔に消えて、ときどき飛んでくる大型矢や投石や特殊弾に当たるのも構わず憎悪の対象を狙う。
「ワイバーンを!」
シグルランは自分の身を案じ戻ろうと浮足立ったドワーフの精鋭達に厳命する。冒険者と共に、あと少しで押し切れるかどうかの瀬戸際だった。
精鋭ワイバーンが生き残り、バイアーディスに合流されれば策が成った後の戦いの難しさが格段に変わる。だから己の身よりワイバーンへの対処を優先させる。
「余裕がないな雌鼠よッ!」
「っ」
シグルランは覚悟を決めた。
バイアーディスは彼女だけを狙い、これまで以上に被弾しながら一直線に向かって来る。
近くにいるのは冒険者がたった1人だ。
「この程度ぉっ!」
ハルハン・ツァガーンナルの盾と竜爪の間で大量の火花が散る。
不快感に目を細めた邪竜が突き飛ばした瞬間ツァガーンナルが猛然と加速し、元の位置に戻るだけでなくシグルランをしっかりと庇う。
「シグルランは女の子ですから。ボクも怖いですが、絶対、守り抜きます! 安心してください」
大きな背中と優しい声に、シグルランの視界が涙で滲む。
(魔法陣が発動してくれないと、もうっ……)
そのツァガーンナルも、そろそろ限界であった。
【2】テンゼン防衛および改造魔法陣死守(執筆担当マスター:空色みなも)
●
西空を黒く染める影。
邪竜バイアーディスと別れたワイバーンの群れが、都市テンゼンに迫ろうとしていた。
「来たね。さあ開戦の合図だ」
都市の西側に陣取っていた【勇牙】のうち、斥候に出ていたヴィナスが思いきり笛を鳴らす。
魔法陣の起動に勤しむ魔術師は、四隅にある監視塔のうち、南西の塔に。
その南西の塔を起点とし、西側の城壁上に【戦誼】は展開していた。
「大きい個体なら、きっと飛ぶ音も大きい、はず……と思って耳を澄ませてた、けど。おかげで笛もよく、聞こえた」
ユズはもはや十分に目視できる位置までワイバーンたちが近づいたのを確認し、魔術具の水晶球を手に身構える。
「バリスタ隊にも射撃の合図については伝えておいた」
「じゃあ、いよいよ私たちの出番というわけだね」
海神・江流の言葉にシルヴィア・A・カペルが頷き。
シルヴィアは城壁上の仲間たちへエーテルの波動を浴びせ、力を大きく引き出す青白いオーラをまとわせた。
「よろしく頼むよ」
そう呟いて、円筒形の缶を手にしたシルヴィア。
缶についたピンを引き抜くと、城壁へ迫るワイバーンの一体に向け放る。
刹那、激しい閃光が戦場を照らした。
閃光塗弾――その光を合図に、南西塔付近に配置されていたバリスタ・レーヴァテインがドワーフ王国工兵隊により猛威を振るう。
三連結された巨大な弩により放たれたクォレルが、詰め込まれた小さな矢をワイバーンへとまき散らす。
「すごい……と、見とれてないで、ボクも戦わないと」
バリスタによる射撃に合わせ、ユズも水晶球から緑の光弾を飛ばす。
光弾はワイバーンの胴で炸裂し、その鱗を脆くした。
「トカゲに空は不釣り合いですわ」
城壁の下にはリリリリスが控えており、ワイバーンに向け閃光塗弾をもう一度。
それを合図にし、再びのバリスタ射撃がワイバーンを襲う。
「あぁ、戦場で傷つく人たちが、僕を、私を必要としているよ!」
恍惚を顔に浮かべながら仲間たちの傷を癒して回っていたギーゼラ。
今は杖を手に、浮上しようとするワイバーンへ光球の雨を降らせ、頭上から叩いていた。
「江流さんにも僕の力が必要ですよね!?」
「ああ頼む、ギーゼラちゃん」
ギーゼラは武器を怨念の籠った肉叩きに持ち替えると、江流の持つ二振りの刀に強化の光を施す。
「ここは任せたよ、ルベア」
「任されたわ、シルヴィアさん」
同様に、シルヴィアもルベア・ベルニの得物である二本の短剣を眩い光で包んだ。
「さて、いくわよ」
そしてルベアは城壁の上から、シーフの驚異的な跳躍法により宙へと踏み出す。
しかし、そのままでは地に落ちる――かと思われたその時、ルベアはエーテルを爆発的に噴出し、宙を駆けた。
「なるほどな、そういう順で動けば――」
同様の技を持つ江流がそれを見て続き、二人分の影が空を往く。
「墜ちなさい」
「落ちろっ!」
ワイバーンの頭上をとったルベアと江流。
二人は強化により研ぎ澄まされた各々の武器を以て、ワイバーンの背に流れるような三連撃をそれぞれ浴びせた。
これにはワイバーンもたまらず墜落し、大地にその身を叩きつけられる。
「待ってましたわ!」
そこへリリリリスが盾でぶちかまし、ワイバーンの巨体がふわりと浮く。
上空にいる他のワイバーンへぶつけ――たかったが、上手く当てるのは流石に容易ではない。
「む……ですが、私がいる限りここは通しませんわ!」
体を起こしたワイバーンと城壁の間を塞ぐように、リリリリスは立ちはだかる。
その上空では、ルベアと江流が城壁へと引き返して行くのが見えた。
「希望者さえいれば、この盾で味方を上空へ打ち上げることもできたのですが」
二人を追って迫りくるワイバーンの爪を、ガルシアは瞬間的に光を収束させた盾で受け止める。
ガルシアは鍛え上げられた太刀にエーテルを乗せてワイバーンに叩きつけ、ワイバーンの動きを鈍らせたのだった。
●
『塔のほうに一体向かっているよ。指揮個体ではなさそうだけど』
「了解した。こちらは俺たちが死守する」
同じ【戦誼】のシルヴィアから、思念の通信を受け取ったエル=バ=ノイアン。
「……あんたたちのこと、口を挟むつもりはないが、ここで死なれては都合が悪いからな」
南西塔にいたノイアンは、傍らに立つリザードマンの魔術師をちらりと見やる。
フードから覗く顔の鱗こそ赤と黒に見えるが、どうにも見覚えのある魔術師からはしかし、返事はない。
儀式に没頭しているがゆえか、それとも生来の寡黙さゆえか――それは分からないが。
「なんにしても、守ることには変わりはない」
窓にワイバーンの姿を認めたノイアンは、己の盾に強化の光をまとわせる。
魔術師を庇える位置を保ったまま、ノイアンは祭刀にまとわせた光塊をワイバーンへ叩きつけた。
「私が護衛についたからには、大船に乗ったつもりでいて頂きましょう」
イヴェール・イリュジオンは窓の外に見えるワイバーンに矢を射かけ、仕込んであったエーテルを炸裂させる。
「させませんよ」
それに憤ったワイバーンの吐きかけてくるブレスが魔術師に襲い掛からんとするも、イヴェールの盾に阻まれた。
「一都市分のエーテル量を個人で制御するなんて、普通に考えて馬鹿げている……が、ふざけた竜種に一泡吹かせるってならそれも一興」
外傷治療などを請け負うグレイブ・ヤードも、魔術師の直衛としてこの場にいた。
儀式そのものの負担をグレイブが負うことは難しいが、その他の煩わしい負担なら引き受けられる。
「サブの制御、兼、浄化への調整手段、はあったほうがいいのだがな……。よく言うだろ、強者ほど毒杯に倒れる、と」
グレイブの視線の先では、魔術師が儀式を成し遂げんと集中する姿があった。
●
ワイバーンたちがなお迫る西空に、突如、濃煙の幕が張られる。
西城壁上で待機していた【対空】各員による煙幕だ。
「だいたいのワイバーンは煙を迂回してくるみたいだね」
「すぐに各隊にお伝えします!」
隊形の端で警戒にあたっていたサロは、思念による通信が可能なララヴェル・ララフェルに観測情報を伝える。
「みなさん、どうか無事に凱旋しましょう」
相棒のゴリラを前に立たせたララヴェルは、思念を各隊に送るとともに、祭刀を手に仲間たちへ防具の強化支援を施していく。
「羽を狙ってみようかね」
煙を迂回しようと側面を晒したワイバーンへ、サロはエーテルを込めた矢を送り込む。
片羽に狙いをつけてみたが、炸裂したエーテルはワイバーンの全身を包み込むに余りある範囲を持っていた。
だがこれはこれで、与えた損害としては大きい。
「飛んでる敵はぁー! 撃ち落とす! のである!」
ポコ・アルデバラッドも炸裂するエーテルをまとった矢でワイバーンを撃ちまくっている。
「山から下りてきて最初の獲物がワイバーンとか……ふふ、面白いじゃない。相棒には負担をかけちゃうけど、後でおやつあげるから我慢してね」
そして、狼を連れたリー・シュバルツラプターはエーテルの力により強力な一射を放っている。
「ここを狙ってくれ!」
ロウトフェダーは波動による索敵で煙幕越しにワイバーンの位置を特定し、炸裂する矢で仲間の狙うべき場所を示していた。
「よし、もうすぐチャンスがくるはずだ……例のヤツ、準備はいいか!?」
煙を迂回したワイバーンが集結しつつあるのを見たロウトフェダーが声をかけると。
それに頷いたリーが狼を傍らに呼び寄せ、サロが栗鼠を肩に乗せる。
そしてロウトフェダー自身も肩に栗鼠が控えているのを確認すると――。
「流、星、射ァ!」
ロウトフェダーの合図とともに、相棒を連れた三人それぞれから強烈な一射が放たれる。
戦場を流れ星のように駆け抜けた射撃は、ワイバーン数体を貫いた。
しかし、生命力を注ぎ込んだ一撃の代償は大きい。
討ち漏らしたワイバーンが、大きく傷ついた三人に迫る――。
「安心せい、肉壁のわしがおる!」
そこへ満を持して登場したのが、それまで射撃陣の応援をしていたジョン・ベアーだ。
突っ込んでくるワイバーンの前に立ち塞がることで、後衛が立て直すまでの時間を稼ぐ。
うっかりすれば射手に犠牲が出てもおかしくない状況を、ジョンの護衛が守り切った。
「傷は我が治してやろう!」
ポコは射手たちの傷が癒せるようになった頃を見計らい、治療の術を施していくのだった。
「私の得手は相手の能力低下。つまり、貴方たちのとっておきが、私の後ならより効くのよ。最高のタイミングを作るわ」
一方で、【勇牙】のミツキ・アインホルンは西城壁上の工兵隊に対し語りかけていた。
工兵たちはミツキの頼もしい態度に力づけられたようで、深く頷き配置につく。
「今よ!」
ミツキがエーテルの糸でワイバーンを絡めとり、回避行動を妨げたところへ、工兵隊のバリスタによる射撃が襲う。
「戦線維持のためには、あなたたちにも欠けてもらうわけにはいかないからね」
ルーンス・ラグネルはブレスの余波などでこれまでに負傷した工兵隊の治療にあたっていた。
工兵のただれた皮膚が、淡い光に包まれると見る間に綺麗になっていく。
特に非授恵者は脆いため、こうした回復支援はその命を繋ぐために大きく役立った。
自身が落とされては戦線を維持できないことが分かっているルーンスは、自らの身を護るように立ち回るのも忘れない。
「リザードマンの魔術師……? 赤と黒の鱗、ならエフレム様とは違うようですけど」
スィーリーンはちらりと南西塔に視線を向けつつ、そのようなことを呟いてみせる。
(……エフレム様、きっと事情があるのだと信じています)
しかしスィーリーンも心中では魔術師のことを想っていた。
南西塔に近づこうとするワイバーンに、一瞬の溜めから光波を放つスィーリーン。
戦場の空を、一筋の光が引き裂いた――。
●
魔術師こそ南西の塔で儀式を行っているが、魔法陣は四隅の塔それぞれに存在する。
そして北西にそびえる監視塔には、専任を表明する冒険者がいなかった。
そのことにいち早く気付き、北西の塔へと急ぎ向かったのがレイヤ・ダライ=カホールだ。
「ギシュムは……いえ、ディズルの民たちはみな心配してましたよ――ってエフレムさんに伝えたかったんですけど、難しいですよね」
北西の塔に駆け付けたレイヤは、鉄壁を呼び出すことでワイバーンのブレスから魔法陣を守った。
「わたしには魔法陣を理解することも難しいようですが……守ることならできます!」
レイヤは鉄壁の効果が尽きれば、時に障壁をまとうことで身を挺して魔法陣を庇う。
「うわあぁ、ワイバーン大きくないですか!? ……すぅー。はぁ、よし」
「落ち着きましたか? 行きますよ!」
そうして持ち堪えている間に、ノルン・クーゲルとシルク・メイプルリーフが駆け付けるのが間に合った。
ノルンは深呼吸により恐怖心を抑え込むと、ワイバーンに向け矢を放つ。
エーテルを込めた矢を受け、ワイバーンの回避動作が鈍ったところへ、今度は狙いすました一射を放つノルン。
「ここまでよく耐えましたね。もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます……さすがに来世を迎えることになるかと思いました」
シルクから治療術を受けることで、魔法陣を庇い続けて満身創痍であったレイヤもどうにか一命をとりとめることができたのだった。
●
城壁や塔での攻防を受け、ワイバーンの何体かは地上へと墜落していた。
そうしたワイバーンに対し、地上に展開していたメルトウォール捕虜隊や【竜落とし】の面々が対処にあたる。
「受けた傷はオレが癒す、頼んだぞ」
戦闘開始前、ゲルトはベアトリーチェ・カロッサには短剣への強化を、キリクと自身には防具への強化を施していた。
さらに、メンバーへ守護の光も付与していく。
「飛竜落としか……なんだかドキドキするな」
キリクが弓に番えた矢の周囲が、陽炎のように揺らぐ。
強い重力波のエーテルをまとい、光が歪められているのだ。
ひょうと射られ、ワイバーンに突き立った矢の重力波が、ワイバーンの動きを縛める。
「よっと!」
高度を落としたワイバーンの背に、ベアトリーチェが母蜘蛛糸で綯われたロープの助けを借りて素早く飛び乗った。
ベアトリーチェはそのまま手にした短剣でワイバーンの首を掻き切ろうとし――ワイバーンに存在を気づかれていたため少し手許が狂い、その鱗をやや抉り取るに留まる。
「ちぇっ。でもそれなりの痛手は与えたはず!」
「焦らず、確実に倒せということだな」
飛び降りたベアトリーチェを襲おうとするワイバーンにゲルトが向かい、盾で押さえ込む。
そのまま三人は、ワイバーンを仕留めるまで戦い続けたのだった。
●
西の城壁ではワイバーンの群れと、それを通すまいと奮闘する冒険者たちとの攻防が続いていた。
「飛び回るのはこっちも得意、ってね?」
言葉通り、エルケ・シャルフは城壁周辺を縦横無尽に動いていた。
時にエーテル毒をまとわせた刃によるワイバーンとの近接戦闘、時に負傷者の搬送と実に忙しく飛び回っている。
「難しいことは判らないからさ。倒すことに少し協力しとくよ」
壁を駆けていたダムド・フィリスが、ワイバーンの背に飛び乗った。
ダムドは、両の手に持った暗器による三連撃でワイバーンの背を切り刻み、置き土産に魔力を衰えさせる印を刻むと長居はせずに飛び降りた。
「お、あのワイバーン、ちょっと他とは違うような気がするね」
壁を駆けて城壁に戻っていたヴィナスは、ワイバーンの群れの中に一際、動きのよい個体を見つける。
心なしか、他のワイバーンもその個体に追従して動いているように見えた。
「見た目じゃ大差ないワイバーンだけど……ちょっとばかり目立って貰おうかな」
件の個体がリーダー格であると目星をつけたヴィナス。
閃光塗弾を手にすると、例によってピンを抜く――のではなしに、缶から内袋を取り出した。
「そらっ!」
ヴィナスが袋を叩きつけると、中に詰まった塗料がリーダー格のワイバーンにべったりと。
言葉では特徴を伝達しにくいリーダー格のワイバーンを、目印によって他の仲間に知らせることに成功した。
リーダー格のワイバーンはそのまま他のワイバーン数体を連れ、城壁を超えようとする。
それを、都市内に展開していた【勇牙】が迎え撃つ。
「ロスタム、ショカセキ――俺は約束を果たすために戻ったぜ!」
ハヤト=ガラン=ヴォルファングは、先の戦いで捕虜となっていたメルトウォール所属者の名を叫ぶ。
二人がテンゼンの戦闘に参加しているかは定かではないが、ハヤトは今や友軍となった捕虜隊と協働するつもりだ。
「頼まぁ!」
ハヤトは特異個体オーガに依頼し、目印のついたワイバーンへ自身を思いきりぶん投げてもらった。
「うるぁ!」
アクロバティックに宙を舞いながら、リーダー格のワイバーンの翼を短剣で切り裂いたハヤトは、城壁に張り付けた母蜘蛛糸のロープを命綱に使うことで軟着陸。
「久しぶりの傭兵としての仕事です。仲間のためにも、頑張って働きましょう」
合わせるようにカノン・エルグが空中のワイバーンへ魔法の巨岩を放つと、激しい爆発が巻き起こり。
無数の礫が、リーダー格ワイバーンの体表を抉った。
「今が狙い目だな」
炎のブレスによる延焼に備え、カイン・ステラの荷物には水袋もあったが、幸いワイバーンのブレスが魔法性のもので鎮火が早く、今のところは使用せずに済んでいた。
ならば攻めに集中すればよいと、カインが弓でワイバーンリーダーに狙いをつける。
一直線にリーダー個体の翼へと吸い込まれた矢の、込められたエーテルにより生じた重力波が翼の動作を妨げた。
「襲うものあれば全力をもって滅する、それがネフリの信ずる神の教えですの!」
地上付近まで高度を落としたリーダー格に、ネフリティス=N=クリスタロスが肉薄。
ネフリティスの構える祭刀は自身の手で強化が施され、淡く光り輝いていた。
「滅びよ、なのです!」
ネフリティスがさらに光の増した祭刀で鋭く切りつけると、ワイバーンを率いたリーダーは永久に沈黙したのだった。
●
「リーダーらしき個体は討たれたぞ! 統率を失ったワイバーンはなお東を目指している、気を付けたまえ!」
テンゼンの都市内に、増幅され、爆音となったロベリアの声が響く。
ワイバーンは人語を解さないので、情報伝達に声を使っても作戦を気取られる心配はないのが強みだ。
負傷者の手当を担うロベリアがいたのは中心部のバザール付近であったが、そこにもワイバーンは現れ始めていた。
「魔法陣の儀式はきっと成るはずです。それまでどうにか持ち堪えてください」
バザール付近では、キサキ・アカネが全体の指揮をとっており、その指示伝達には【勇牙】の面々も一役買っていた。
キサキの指揮に応え、メルトウォール捕虜隊がワイバーンへと打ちかかる。
その中には、コボルトや、魔獣使いに操られた魔獣などの姿もあった。
少なくとも今この戦場において、種族の枠を超えた共闘が成り立っている。
それが最初に種族融和を唱えたバイア―ディスを討ち果たすための団結、というのは何の皮肉であろうか。
「……ま、杞憂ならよかったわ。雑用だけでも役には立つでしょうし」
デイジー・ロックウェルは雑用にあたりながら、捕虜隊の中にスパイが紛れていることを警戒していた。
しかし捕虜隊の士気の高さを見てとって、これ以上の心配は不要と悟る。
「救える命を取りこぼしはせんし、邪竜の牙など届かせぬ。それが我らの戦い故に」
こうした戦いで次々と出る負傷者は、バザール内のフェイサル・セイフが癒していた。
運び込まれる負傷者の中には、コボルトなど亜人の姿もある。
治療術に自負のあるフェイサルは、軽傷者は簡易な手当てを行う者に任せ、自身は重傷者を担当するのだった。
●
ワイバーンたちはリーダー格を失うも、一部は東側にある二つの塔に到達していた。
「ついにここまで来ましたか」
北東の塔を守るナンチ・ヤジナイが、鋭い目つきでワイバーンを見据える。
ナンチは猛然と駆けてワイバーンを弓の射程内に収めると、次々と矢を射かけていく。
「ダメよ、余所見なんて寂しいわ」
夜空のような霧でワイバーンを包み込み、自身へと夢中にさせたのは【綺譚】のアンネエルカ。
瞬間的に能力を向上させた守りで、地上へと向かってきたワイバーンを受け止める。
これにより、アンネエルカはワイバーンを地上に釘付けにすることに成功した。
「クレア、翔べ!」
「目指せ、ワイバーンライダー!」
ワイバーンが高度を落としてきたのを見て、アーシェル・G・クラインが叫ぶ。
クレア・エクレールがアーシェルの背を蹴り、爆発的なエーテルの噴出により宙に踊り出した。
ワイバーンの背に乗ると、クレアは母蜘蛛糸でワイバーンの首を絡めようとする。
糸はすぐに引き千切られてしまうが、クレアはエーテル毒をまとわせた暗器でワイバーンを苦しめた。
「尾を振り回されたらやっかいだ。切り離すぞ!」
アーシェルは暴れるワイバーンを抑え込みながら、エーテルをまとわせた大剣をワイバーンの脚へと打ち込む。
エーテルに身体を蝕まれ、見るからに動作が鈍っていくワイバーン。
「こんなデカブツとやりあう機会がないから、楽しみだな」
アルフィー・リッパーの持つ黒猫の尾は、言葉とは裏腹にふるふると震えている。
「大丈夫、あなたならできるわ。怖いのがなくなるおまじないよ」
同じく黒猫の特徴を持つルフィナ・ヴィオレットは、そんなアルフィーをそっと抱く。
それで震えを止めたアルフィーは、果敢にワイバーンへと向かう。
ワイバーンの後方に回り込み、赤光をまとった細剣をワイバーンの尻尾に突き刺すアルフィー。
すると赤い光は糸となり、ワイバーンの尻尾を縛り付けた。
激しく抵抗するワイバーンにより受けたアルフィーの傷を、ルフィナが癒していく――。
都市の東側に展開する【綺譚】は、同時に南東の塔の守りにもついていた。
「監視塔を守り、魔術師という方のやることを見届けましょうか」
ナハト・シュライバーは塔に向かうワイバーンの視界を煙幕により潰す。
ワイバーンの認識からナハトが外れようとする間に、ワイバーンが煙を迂回してしまったため不意打ちはならなかったが、ナハトは体勢を崩したワイバーンの翼に矢を射ることに成功した。
「飛竜に地面の良さも教えてやろうじゃないか」
ローザリカ・L・ディオールが杖を上空のワイバーンへと突き付けると、鋭い魔法の光が飛翔し、ワイバーンの翼を貫く。
「飛竜落としか。鴨撃ちよりも楽しいかもね」
ジュスト・ヴェルジーはステッキの鷲を象った持ち手を握り、振るう。
ワイバーンにエーテルの煌めきが収束したかと思うと、途端、巻き起こる暴風。
強風にあおられ、たまらず体が傾ぐワイバーン。
そこへジュストは緑色の光弾で翼を撃ち、その皮膜を脆くする。
「あらあら、勇敢なのは若さですわね」
追い打ちをかけるように、フィリスティア・リュナ・ブルーメルティスによる氷の矢がワイバーンの翼に炸裂。
翼が凍り付いたように羽ばたきを鈍らせ、ワイバーンはついに大地へと引きずり降ろされる。
「ワイバーンはブレスで抵抗するつもりのようですわ」
「飛竜などの好きにさせるものか」
フィリスティアの鳴らした警鐘に反応し、ローザリカが薔薇色に彩られた扇をワイバーンに向ける。
ワイバーンは光の壁に取り囲まれ、ブレスが冒険者たちに届くことはなかった――。
●
「もう大丈夫。私が皆さんをお守りします」
ミア=リゼルが小花の装飾が施された細剣を構えて念じると、友軍の負傷者の傷が見る間に塞がっていく。
南西塔の根本に設けられた医療拠点には、友軍を中心に続々と負傷者が運び込まれていた。
負傷者の治療にあたるだけでなく、時には稲妻を荒れ狂わせる霧で医療拠点に近づく敵を追い払ったり、ミアは大忙しである。
いつまでこのような状況が続くのか――戦場に立つ者たちが焦りを感じ始めた、その時。
四隅にある塔が、激しい輝きを放ち始める。
まるで雷が走った時のように、空が白く染まり。
刹那、テンゼンに集ったありとあらゆる者たちが――敵味方を問わず――ふっ、と体から何かが抜き取られるような感覚を覚えた。
はっとして西へ目を向けた者の視界には。
遠く草原で戦っていたバイアーディスが、ぴたりと動きを止めたのが映った――。
【3】改造魔法陣および対邪竜武器による弱体化直後、バイアーディスに突撃(執筆担当マスター:革酎)
●
西にマミダ、東にテンゼンを望む大草原。
膝丈の草が大海原の様に広がる穏やかな風景だ。だがその中で巨大な異形が苦しげに呻き、のたうち回る様な勢いで身じろぎし続けている。
邪竜バイアーディスの肉体に突如として異変が生じた。その原因を、冒険者とドワーフ王国兵はビッグオウムで上空を舞うアダムからの合図で知った。テンゼンでの秘策が発動したのだ。
ここでシグルランが采配を振るった。バイアーディスが動けぬこの瞬間こそが、新兵器の威力を発揮すべき時である。
最初にバリスタ・レーヴァテインとバリスタ・リジルが口火を切った。二基ずつ用意された強力な対邪竜バリスタは破壊の嵐を邪竜に叩きつけた。
まず、大量の矢が一気に邪竜の全身を呑み込んだ。次いで特製酸弾頭の群れが邪竜の硬い鱗のそこかしこを溶解せしめる。
更に投石器『楯を壊すもの(ランドグリーズ)』とパイルバンカー『勝利を促す者(シグルドリーヴァ)』を有効射程まで接近させる必要があったが、理性を失った邪竜とはいえ、そのままで距離を詰めるのは危険に過ぎた。
そこで【騒隠】のテテリカと【誘撃】のルチル・プルメリア・グレイハーツが同時に動いた。ふたりはいずれも濃煙炸弾を駆使した視界遮断策を用意していた。
(アタイは左の視界。テテリカは右)
ルチルがテテリカの栗鼠に身振りで示す。これを受けて、今度はテテリカが中央を進む【兵】のセリオス・オーガストに手信号を送った。
(俺とルチルで視界を少しの間、潰す)
セリオスはテテリカに頷き返してから、邪竜との距離を詰め始めた仲間達の後に続く。セリオスは射撃技能を選択し、攻撃に専念する運びとなっていた。
直後、邪竜と友軍の間に煙幕の壁が立ち昇った。敵の視界が遮られ、投石器とパイルバンカーが馬蹄を轟かせて同時に急速接近を開始。
更に【兵】と【誘撃】、【騒隠】をはじめとする面々が各配置へと走り始めた。
煙幕を張ったテテリカとルチルもすぐさま攻撃に切り替え、各々の火力で邪竜の注意力を分散させる。尤も、今の邪竜に精神的余裕があるとも思えなかったが。
ともあれ、ここからが本当の勝負だ。
対バイアーディス、第二ラウンドの幕開けである。
●
激痛に我を忘れた邪竜は煙幕に隠れた投石器とパイルバンカーの接近を簡単に許した。
頭上からは巨石が降り注ぎ、地上からは巨大な槍が獰猛な勢いで迫る。邪竜は躱す余裕も無く、まともに喰らった。
如何に理性が失われているとはいえ、邪竜の反撃は天災に近い。兵器群を打ち込むため肉薄したドワーフ王国工兵隊はすぐさま離脱しなければならない。邪竜は咆哮を轟かせ、統制の利かないまま巨大な尾や脚を振り回し始めた。
「おっとと、危ない危ない……さあドワーフ達、ここは退くのが吉だ」
ラッパを吹き鳴らしながら、【騒隠】のアデッサ・ハーレイが呑気に呼びかける。ギャメルも同じくラッパで勇壮な旋律を奏で、邪竜の意識を撤退するドワーフ王国工兵隊から逸らすことに成功した。役目を終えた投石機とパイルバンカーだけが邪竜の怒りを受けて吹き飛ばされる。
「恨みはたっぷり買ってんだろ……清算の時だぜ」
吹き口を離して不敵にいい放つギャメル。招霊呪怨縛を発動し、敵の意識を自らに向けさせた。
一方アデッサは邪竜の注意を引きつけながらも、顔馴染みとなったドワーフ達のバリスタ隊に翼への攻撃を指示し、早い段階から第二射の狙いを絞らせておいた。これが後々大きな成果を生むことになる。
ドワーフ王国工兵隊が撤退すると同時に、正面からはエルゼリオ・レイノーラとザザ=ステルヴィナが、側面ではトーラとナハティガル=ラーがそれぞれの位置を取った。
「まだ理性は戻っていないみたいだね」
「だったら、今がチャンス!」
エルゼリオが邪竜の前脚目掛けて突撃し、ザザは銃眼光壁で守りを固めながら魔力を叩き込む。この銃眼光壁は邪竜にとっては初見ではあったが、前脚の破壊力にはそう長くは持たないだろう。
一方のエルゼリオも守りを固めてはいるが、スキルの構成上も自身の防御力に重きを置いた訳ではない。幾らか打撃を叩き込んだところで一度は退く必要があった。
その間に、トーラが死角から魔弾を駆使しての一撃離脱戦術に入った。こちらも即座に致命傷を与えるには至らないが、破壊の積み重ねは決して馬鹿には出来ない。
「ナハティガルさん! アダムさんは動いてくれそう?」
突入の瞬間を伺っているナハティガルの傍らへと後退した時、トーラは息を弾ませて訊いた。ナハティガルは煙幕の中で頭上を見上げる。
「まだ早い。確実に打撃を積み重ねなければ、邪竜はアダムの術には引っかからないだろう」
ナハティガルには邪竜を仕留める秘策があったが、今はまだ早い。戦いには流れがある。その流れを掴み切るまでは動くべきではない。
そんなものなのかと感心しつつ、トーラは再び一撃離脱戦術へと入った。
●
コルネリウス・アーラは今回【誘撃】の一員として邪竜討伐に加わったが、培ってきた防御戦術はここでも変わらない。
ゲルダ・クラインとコルネリウスの二大防壁という形で挑む【誘撃】は、ふたりの防御力をどこまで維持出来るかが勝負の鍵となる。
この時、邪竜は正気を取り戻しつつあった。過剰エーテルにより巨躯が崩壊し始めた為に、却って理性を取り戻した格好だった。直後、巨大な口から呪詛の咆哮が響く。
「馬鹿な、こんな筈では……話が違うぞ!」
誰に対する怒りなのか、冒険者達には分からない。分からないながらも彼らは四方八方から挑みかかり、巨体のそこかしこに打撃を叩き込もうとしている。流石にこれは拙いと踏んだのか、邪竜は傷ついた翼を広げて頭上の優位を取り戻そうとした。
ところがバリスタ隊の猛攻が片翼へと集中。更には幾人もの冒険者が同じ翼への攻撃を加え、飛び立つ間もなく邪竜は飛行能力を失ってしまった。
満身創痍の邪竜は地上での突破を余儀無くされた。その為には目の前のふたり、コルネリウスとゲルダを薙ぎ払わなければならない。その場で巨体を回転させ、渾身の力を込めた尾の一撃が炸裂した。
ところが弾き飛ばされたコルネリウスとゲルダは膨大な打撃を喰らいつつも即座に立ち上がり、再び盾となる位置へと舞い戻ってきた。
何という体力、何という防御力。鍛えられた力と装備、重ねられた支援の成せる技で、通常では到底、あり得ない。
「まだまだ、これぐらいでは倒れません」
「コルネリウス様、どこまでもご一緒します」
ふたりの女傑の気合に、他の冒険者達が応えた。
まずは蒋・璃龍だ。
「そう何度も攻撃はやらせない、です」
盾ふたりに邪竜の意識が向いている間に強打可能な間合いへと飛び込んでいた璃龍は、翼に続いて後ろ脚への打撃に全膂力を投入した。邪竜は全く意識していなかったらしく、ほとんど何の防御姿勢も取らないまま、璃龍の渾身の一撃を浴びた。
「轟け! 蒼穹雷閃!」
今度はゲルダの傍らから、サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブのしなやかな体躯が弾ける様な勢いで跳び出した。これまでの攻撃で防御力が格段に落ちている箇所に、必殺の一撃を叩き込む。その次の瞬間には盾役ふたりの後方へと姿を消す見事な離脱ぶりであった。
璃龍とサフィラの瞬間的な強襲に加え、ルチルの放つ鏃がじわじわと体力を奪う。邪竜は苛立ち始めた。
この間、リサ・ベイカーとマレーネ・シェーンベルグが僅かな隙を衝いてコルネリウスとゲルダへの治癒を施術していた。素早い回復対応が継戦力の土台となることを、ふたりはよく理解していた。
「よし、応急措置ですけど、これでひとまずは大丈夫です!」
「でもあんまり、はりきってはいけませんわよ。せっかくのびじんさんが、だいなしになってしまいますから」
リサとマレーネの応援は、盾役のふたりにとっては何にも代え難い。敵の圧倒的な攻撃を受ける身にとってはリサとマレーネこそが生命線ともいえる存在だったのだ。
その時、邪竜の後方で璃龍と共に連撃を叩き込んでいたアヴェラ・ウッチェロが合流してきた。アヴェラは回避盾として、一旦ここは任せて欲しいと言葉を添えた。
リサもマレーネも連続しての治癒施術は、確かに辛い。アヴェラが少しでも盾役を引き受けてくれるのなら、これは大いに助かる。
「さ……負ける準備は出来ていて?」
アヴェラはコルネリウスとゲルダを若干後退させて、一歩踏み出した。しかし邪竜の攻撃が炸裂する前に、後方から膨大な魔力の破壊波が奔流となって巨体に襲い掛かる。
リディリディ・トゥラ・イェレミースの魔法攻撃だ。邪竜が巨大な顎を上下に開いた瞬間、竜息吹を阻止する為に第一射を放ったのである。
傍らではイズレンディル・パラリムが、銃眼光壁の設置失敗に小首を捻っている。彼は邪竜の顎の内側への設置を狙った様だが、上手く作動しなかった。
だが、失敗をいつまでも引きずるイズレンディルではない。
「今の攻撃で敵も竜息吹のタイミングには慎重になるでしょう。撃たせないのが最大の防御にもなりますし」
「はい、パラリムさん。次、行きます」
回避盾のアヴェラ、必殺の高火力魔術のリディリディ、そして多彩な魔法攻撃を操るイズレンディル。
邪竜は怒りと同時に、驚きも覚えていた。
人間とは、これ程までに手強い相手だったのか、と。
●
「アイオーン以上の知者が、まさか鼠共の中に居たとはな。今までの貴様らの小細工は全て時を稼ぐ為、窮鼠猫を噛むとはこのことか」
話す間にもエーテルが己が身を蝕むことを感じる。死を悟ったバイアーディスの鋭い眼光の中から嘲りの色が消えた。慢心を捨て、最強の生物としての誇りを全面に押し出し、人間達との最後の勝負に挑む。
邪竜が覚悟を決めた――それは恐るべき強敵として覚醒した瞬間だった。
対する人間側はコルネリウス、ゲルダ、アヴェラが尚も盾役として機能している。攻撃の手を一気に進めるのは今、この時しかない。
「案外、逃げるって発想は無かったか」
邪竜の逃亡を予測していたディアンは肩透かしを食った気分ではあったが、敵が逃げないなら全力で挑むばかりだと気を取り直し、翼が失われた側面から攻撃を仕掛けた。
そのディアンと偶然肩を並べたのが、ハッタ・ムラムラだった。
「何やかんやで、めっちゃ殴れば大体死ぬ」
という神からのお告げを聞いたらしいハッタは、何事に於いても相手を弱らせてからが勝負だと心得ている。今の邪竜が、まさにそうだ。
ところがディアンとハッタを押しのける様な勢いで突撃を仕掛ける者が居た。ナキルである。
当初ナキルは投石器での弾頭特攻を希望していたが、諸々の理由から却下された。
仕方が無いので何とか好機を捉え、自身の足で突入するしかない。それがまさに今だった。
「これでも喰らえッ! 雷神剣ーッ!」
雷の如き勢い。ディアンとハッタも、負けじとナキルの後に続いた。
一方、ベルク・オスマットとフレイヤ・サンライズの両名は徹底して邪竜の後方に照準を絞っていた。狙うは圧倒的な破壊力を誇る長い尾だ。
「もう結構、打撃入ってると思うんだけどな」
未だ切り落とせない現状にフレイヤは不満を示したが、ベルクは違う。フレイヤの大太刀攻撃を補助しつつ、状況を常に観察し続けてきたベルクは、邪竜の尾を用いた攻撃回数が減ってきている事実を把握していた。
しかしその脅威が除かれた訳ではない。まだ手を緩めて良い段階ではなかった。
その時、リディリディの仕掛けた銃眼光壁が邪竜の尾の動きを阻害した。チャンスとばかりにフレイヤは再度の攻撃を仕掛け、ベルクがそのサポートに入る。二撃、三撃と刃を叩き込むフレイヤの手には、確かな手応えがあった。
ここで邪竜は後方に蹴りを放ってきた。尾に意識を向けていたふたりは不意打ちを喰らったが、しかし大事に至らなかったのはフェミナ・ノ・リビディーネが咄嗟に飛び込んできて、治癒を施術してくれたお陰だった。
「大丈夫です。誰も、死なせません」
フェミナに窮地を救われ、ふたりはほっと安堵した。邪竜の尾は未だ健在だが、ここまでの攻撃で相当に打撃が蓄積されている筈だ。フェミナも尾への攻撃の重要性は理解しているらしく、引き続きこの場に留まって支援してくれる様だ。
「倒しましょう。それが生き残る為の唯一の道です」
フェミナの声は穏やかだが、しかし同時に力強くもあった。盾役には回復役が絶対に必要だが、それは攻撃専任者に対しても同様だろう。
●
ヨル・スレイマンの支援で邪竜の背中に飛び乗り、首元近くまで登ってきたナハシュだったが、既に先客が居た。【兵】のサイラスだ。
サイラスは母蜘蛛糸のロープを活用し、バランスを取って至近距離からの打撃を加え続けていた。
「お、固定具無しで登ってくるのは危ないぞ」
「うーん、やっぱ厳しいかなぁ」
得物を振るいながら笑うサイラスに、ナハシュは頭を掻いた。この激しい戦闘中ではエリアサイレンスも途切れてしまい、話も通じる。ならばと邪竜の片目を貰おうと画策したが、こちらも単独では無理かも知れない。
その時、ルチルの放った矢が邪竜の左目に深々と突き刺さった。ナハシュはここぞとばかりに刃を振るい、同じく左目を抉る。流石にくり抜くまでには至らなかったが、これは相当な打撃となった筈だ。
が、次の瞬間にはナハシュは振り落とされていた。サイラスの様に固定具を用意していなかったのだから、当然といえば当然だ。
「目的は、果たせたかい?」
ヨルが駆け寄ってきてナハシュを戦闘区域外まで引っ張っていった。墜落で全身をしたたかに打ち付けたナハシュに治癒術を施しつつ、邪竜に視線を向ける。戦況はいよいよ、終盤に入ろうとしている様だ。
「土産に片目を潰せたから、まぁ良しとするか」
邪竜の背で見晴らしの良い草原を堪能出来たし、ナハシュとしては満足だ。
ヨルはただ、苦笑するばかりであったが。
その頃、邪竜の背の上では同じくフリーダ=ブロムヴィストとキオルティスが取り付いていたが、フリーダはロープが上手く掛からず、強烈な一撃を叩き込んだ後、そのまま落ちてしまった。
「落ちなさいという天啓がございましたので!」
「ははは……それ、本当かい?」
他の【兵】の面々を母蜘蛛糸のロープで引き揚げてから、キオルティスは呆れ顔で軽く笑った。如何にもフリーダらしいといえばらしいのだが、この局面で彼女らしさを発揮するのも如何なものか。
それは兎も角、キオルティスは邪竜の首に得物を集中的に叩き込んでいた。が、矢張り鱗が相当に硬く、簡単には刃が通らない。
ならばと、キオルティスに邪竜の背中へ引き上げて貰っていたケン・Z・ブラッドリーが気合満点の一撃を叩き込んだ。
「盛者必衰、驕れる者久しからず。てめぇは人間を舐め過ぎたんだよ……雲耀の一刀、喰らって逝けよ!」
今度こそ首を落とせたかと期待したが、まだ邪竜の頸部は健在だ。鱗には無数の傷が入っているが、砕くまでには至っていない。
地上の面々も、手数で攻めているが、決定打が足りない。
「中々そう簡単には首は貰えんか」
邪竜の一撃を喰らって尚も立ち上がったアルベルト=V=シュタールシュヴェーアト。彼の剣技は相当な打撃を加えた筈だが、とどめを刺すには至っていなかった。
「一旦、退くぞ。うぬのその負傷、尋常ではない」
ウォン・ジンユゥに諭され、アルベルトは渋々ながら頷いた。ウォンの防御支援を受けてもこの状態だ。無理は禁物であろう。
「私とアスティンさんで注意を引きます。その間に後退を」
シャーリー・ブラウンがアスティン・ヴェルラインと共に、邪竜の顔面付近に矢を集中させ始めた。生憎ながら相棒の狼グレイではロープ上を走ることが出来ず接近戦には参加出来なかったが、アルベルトとウォンの後退を支援する力にはなれた。
「閃光塗弾は駄目だったし、普通に炸光矢で攻めた方が良さそうだね」
アスティンは早い段階で閃光塗弾を試していたが、邪竜は瞼を閉じることでこれを回避していた。結局のところ、頼れるのは自身の技能のみというのが現状だった。
しかし、悲観する必要は無い。邪竜は相当に弱っている。もうひと押しだ。ここを乗り切れば、勝てる。
苦しい時間帯だが、それは相手も同じだった。
ここでグレイ・ナックラーが邪竜の足元に稲光を走らせ、動きを一瞬封じた。スタティックフィールドでの目潰しも考えたのだが、範囲型の魔法で顔を狙うのは噛み合わず、さりとて普通に使えば味方も巻き込んでしまうのでそちらは諦める。
「さぁて、次は顔面にメテオライトなんぞはどうかな?」
薄く笑うグレイ。その笑みが一瞬で消えた。
邪竜が渾身の力を振り絞り、竜息吹の態勢に入ったからだ。
●
竜息吹はしかし、不発に終わった。
イズレンディルとザザが銃眼光壁を咄嗟の連携で射線を塞ぐように設置し、更にレティシア・レインフィールが仕掛けた光縛封が時間差防壁となった。邪竜が最後の望みを託した必殺の一撃は、僅かな距離を不完全に焼いただけで相殺された。
「あら、狙った訳ではございませんが……上手く、防ぎ切ることが出来ましたわね」
徹底して回復や支援役に自らを任じていたレティシアだったが、思わぬ形で冒険者達を窮地から救った。
するとここで、ヴィルヘルミナが猛然と突撃した。竜息吹を駆使した邪竜に隙が生じていたのである。
「……灼雷」
竜息吹放射の為に仁王立ちとなっていた邪竜の右膝を、見事に砕いてみせた。邪竜は体勢を崩して腹這いとなったが、咄嗟に剣の様な鉤爪を振るう。が、それよりも早くサマエラ=フォリウムの魔弾が襲い掛かり、ヴィルヘルミナへの反撃を阻止した。
「もう少しだ。敵は切り札を封じられ、動揺している。ここで一気に攻めるぞ」
サマエラの支援を受けたヴィルヘルミナが再度の突撃態勢に入ったが、邪竜は最後の力でもう片方の豪腕を振り回してきた。
流石にこの一撃は竜息吹をしのいだ直後のコルネリウスやゲルダに防ぎ切れるかどうか、というところでシグルド・オルセンが割り込んできた。
実にシグルドの防御力は彼女達をも凌駕していた。
「……これが邪竜の一撃か。成程、重い」
最終局面でコルネリウス、ゲルダに次ぐ強力な盾の登場に、冒険者側は勢いづいた。
この時、アダムが動いた。ナハティガルの要請に従い、大量のエーテルを練り上げて『偽太陽』を発動させたのである。眩い程の光量が頭上から降り注ぎ、攻撃魔法と誤認した邪竜は思わず頭を下げた。
迂闊だった。打撃が蓄積して満身創痍となった邪竜は判断力が大いに鈍り、この局面で弱点を晒してはならぬという鉄則を破ってしまったのだ。
喉が、手の届く高さでがら空きになった。背面から後頸部は硬い鱗で覆われているが、喉はその可動構造上、柔らかい上に防御力が極めて薄い。
所謂、逆鱗と呼ばれる部位だった。
最初にナハティガルが走った。次いでヴィルヘルミナ、更には【兵】や【騒隠】、【誘撃】の攻撃主力達が一斉に殺到する。ドワーフ王国の授恵者で構成される精鋭部隊も、試作型チェーンソーブレードを振るって突撃した。
暴虐の限りを尽くしてきた邪竜バイアーディスは遂に、斃れた。
大地に突っ伏し、緑の草原を鮮血で紅く染めてゆく。
「鼠め、次から次へと……これが、お前達の強さだと? ふふふ、良かろう……俺は死ぬ。強者たる俺を踏み越えて先へいくが良い、人間共よ」
ここでバイアーディスは、事切れた。しかし何かから解き放たれたかのような最後の声に呪詛の念は無く、長い生の最後に本当の強者と巡り会え、エーテル崩壊による死ではなく戦いの中で果てる事が出来た満足感だけがあった。
巨大な遺骸は、ドワーフ王国が持ち帰る運びとなった。が、一部の冒険者がおこぼれとばかりに鱗や爪先を持ち帰るのを、シグルランは止めなかった。
「良いんじゃね? 使いこなせるなら、やってみてもさぁ」
それが彼女のスタンスらしかった。
【4-1】都市マミダ奪還。蜂起したメルトウォールと共に敵軍掃討。住民避難誘導(執筆担当マスター:そうすけ)
●
【小救】が身を潜める森の一角にはまだ、バイアーディス討伐の報告は届いていない。だが、風に乗りかすかに聞えてくる叫声と喚声が、いまが攻め時と都市マミダ奪還の合図を送ってきている。
風に揺れる草葉の音を聞きながら、カズマ クレセントブラッドは細剣の柄を握りしめた。
――もう待てない。
すると伝令犬が草原を走ってきて、投石機の横で待機する兵士の足元に素早く滑り込んだ。
首輪に結ばれた指示書を兵士が読み上げ、技師が投石器「轟かす者」の角度と方向を微調整する。
「準備よし、撃て!」
兵士が槌を振り下ろして引き金を叩くと、轟かす者はゴンという衝撃音と共に人よりも大きな岩を宙に放った。
南の城門付近の壁に大穴があいた。砂煙を盛大に上げながら城壁が大穴から崩れる。
授恵者たちは一斉に森を飛び出した。
カズマはエーテルを乗せた黒爪剣を横薙ぎに振るい、穴の前に山積する瓦礫を吹き飛ばした。
「俺が道を開く、どんどん行け!」
返す手で、山から転がり落ちて来きた瓦礫をさらに薙ぎ払う。
集まってきた翼竜たちが、傍らを駆け抜けていく【竜滅】ら冒険者を狙い急降下してきた。
ウォルナ・パイパースが長杖を標的に突きつける。
「避難の邪魔はさせないわよ」
紅蓮の輝きを放つ炎玉が、派手な炎の尾をひきながら飛び出した。翼竜たちの鼻先で炸裂し、広がった爆炎が竜翼を飲み込む。
カズマは火の粉を払いながら声を上げ、捜波で見つけた人々の位置を仲間たちに告げた。
断末魔をあげながら落下してきた翼竜の横を、バクル・バスリーとミウミがくぐり抜けていく。
授恵者たちに救いを求めて、燃える建物の影から親子が走り出てきた。
親子が出て来た建物の影にはまだ二人とどまっている。
リズ・ジェイド・フローレンスは親子の服の火を消し、魔法で火傷を癒した。
「そこのあなたたちも早く!」
足をすくませている二人に声をかけると、やっと走り出した。
親子たちを壁の外へ逃がしたリズとカズマ、ウォルナの三人は、すぐに先行した二人に追いついた。
合流した数十人の市民とともに、街からの脱出を目指す。
途中、不要な戦闘を避けるためにバクルが角々で鏡を出して先を確認する。三度目の曲がり角で、その用心が報われた。
「ストップ」
「どうしたでありますか、バスリー氏?」
「ドラゴンだ。ボクがシーザーロアで引き付けるから走り抜けて」
「ドラゴンが邪魔なら蹴散らすまでよ!」
杖を構えるリズを制して、ミウミは急いで地図を広げた。
「避難する人もいるので危険であります。この先は諦めて、進路変更するでありますよ!」
ミウミに導かれ、一行はシノビの地下通路を目指すことにした。
●
2班に分かれ、市中を左回りと右回りでそれぞれ駆ける【竜滅】は、途中でメルトウォールと合流して味方を増やしていった。
敵の気配を感知したサラとだわの二人は、曲がり角と空を睨んで臨戦態勢だ。
「だわおにいちゃん、……ドラゴン、来る、よ。上からも」
先に姿を現わしたのは、空の翼竜だった。
メルトウォールのシューターたちが先制攻撃を仕掛ける。魔法の矢を連射して弾幕を張り、降下してきた翼竜の強襲を阻んだ。
弾幕をついて翼竜の首が地上に伸びてきて、不運なコボルト兵が一体、腕を食いちぎられそうになる。
「……させるか」
だわは翼竜の横っ面にシーザーロアの殺意を叩きつけた。獰猛な顔がぐるりと彼の方へ向き、コボルト兵は慌てて後退する。そこへ、曲がり角からドラゴンが躍り出てきた。
「だめっ」
サラは弓を引いて、ドラゴンの片目を潰す。咆哮をあげる竜の横腹目掛け、メルトウォール兵たちが殺到していった。
【竜滅】の別班。ドゥーンフォルトが声を張って人々に避難を呼びかける。
「自分たちが必ず守りますから、逃げてください」
――と、唐突に殺気が引き、翼の風切り音が遠のいた。
(これは……。敵の軍勢が息を継いだ瞬間、か)
ドゥーンフォルトがそう思うと、視界の端で嵐丸が笑った。聴覚がするどい嵐丸も同じことを感じとっていたらしい。
次の刹那、再び全ての音が甦る。
上空に翼竜が二体、前方の建物の影からドラゴンが現われた。狙われていたのは彼らではなく、少し離れたメルトウォール兵だ。
ブレスの巻き込みを警戒して位置取りを変えたドゥーンフォルトが、シーザーロアを放つ。
殺意を叩きつけられたドラゴンは、怒りに震えて上体を仰け反らせた。
「隙あり! 拙者の全力、受けてみよ!」
嵐丸の研ぎ澄まされた雷の一閃が、無防備にさらされたドラゴンの柔らかい胸を襲う。
白銀の光を放つ大太刀が肉を裂き、骨を断ち、その奥に守られた心臓を切った。
授恵者たちを翼を広げた翼竜の黒い影が覆った。
その時、燻る壁を軽やかに駆け上る影が一つ。
ブレイドだ。
東雲・更紗が魔弾を飛ばして敵の降下軌道を反らせ、ブレイドをサポートする。
「竜がたくさんですよー、ブレイドさん」
「事が済んだらドラゴンステーキにありつくとするか」
一気に屋根まで駆け上ったブレイドは、エアーライドを発動させて空へ跳んだ。
片手をマジカルポケットに突っ込んで大型楽器を取りだす。
「落ちて肉になれ!」
目と鼻の先に迫った翼竜に大型楽器を投げつけた。
鼻を折られた翼竜がすぐ横を跳んでいた仲間にぶつかって、もつれながら落下する。
落ちて地響きを立てた翼竜の一体に、更紗はフリーズボルトをかけた。
首を起こしたもう一体の頭を、母蜘蛛糸のロープを壁に張りつけたブレイドが振り子運動の蹴りで叩いて気絶させる。
ストレガ・L・リベルガストラが応援に駆けつけてきた。
「トドメは任せるのだ!」
ストレガは体の周りに小さな光球をいくつも出現させると、折り重なった翼竜たちに向けて放った。
「喰われる前に喰う。ドラゴンステーキにしてやるのだ」
無数の光弾が敵を貫き、断末魔の悲鳴があたりに響いた。
●
時計塔に近い中心地。
翼竜は避難誘導を行う授恵者たちのすぐ真上にまで達しており、旋回して隙を窺っている。
すぐに強襲してこないのは、メルトウォール軍が放った牽制の魔法が効いて警戒しているからだろうか。
リコリス・アデュラリアは眼前のドラゴンの呼吸音に注意深く耳を傾けた。
(――くる)
予兆を得たリコリスは、即座に警告の笛を吹き鳴らす。同時に非授恵者を含むメルトウォール軍および避難住民たちを護るようにアイアンウォールを設置した。
ドラゴンから黒炎のブレスが吐き出された。
アリオン・リューは咄嗟に避けたが、ブレスが通った後は石畳が焼けてただれ、辛うじて防ぎとめたアイアンウォールを溶け焦がす。
竜の姿をした敵とその力に思わず怯んだ。
(僕は――。征竜様に認められる騎士になるんだ!)
片手半剣を手にドラゴンの後ろへ回り込む。仲間の支援を受けながら、気合一閃、長い尾の根元に刃を振り降ろした。
名もなき刃は鮮やかな軌跡を描き、ドラゴンの尾を覆っていた鱗とその下の肉を切断した。
流れ出した鮮血が、黒い鱗を赤く染める。
激痛にのたうつドラゴンを、魔力を高めたロドリック・アルカインのフレイムゲイズが襲う。
真っ赤にのたうつ魔力の炎が、巨大な渦となってドラゴンを直撃した。炎に纏わりつかれたドラゴンに、四方から巨大な緑のトカゲが襲いかかる。
「味方、なのだよな?」
ロドリックの疑問ももっともなことで、巨大トカゲの傍にメルトウォールの魔獣使いがいなければ、敵同士で仲間割れしているようにしか見えない。
いまのうちに、と授恵者たちの元へ走る市民に翼竜が襲いかかる。
ルスト・ブレイズリーは短剣に赤光のエーテルをまとわせると、砂埃を立てて着地した翼竜の首を斬りつけた。
太刀傷に沿って光糸に変じたエーテルが勢いよく這い、首から背の翼に掛けて幾重にも巻きつく。
ルストは短剣を持った腕をぐっと引き下げた。
「伏せ! ……いい子ね。みんなが行くまでじっとしてて」
もがく翼竜の横を、【風花】とアリア・ティーダが駆け抜けていく。
●
【AHL】【ふしぎ亭】【豺狼】ら一部の冒険者たちは、シノビの地下通路を使い、都市南西の端からマミダ内部に侵入していた。
ウォーゼルが真っ先に地上に飛び出し、空を警戒する。
「ワイバーンはいません。俺はいまから屋根に上がります」
次いでパルドが飛び出し、全方向に探波を走らせた。
ウォーゼルがテレパスで知らせてきた敵の位置と動きを後続の仲間たちに手短に伝える一方で、探波で察知した地形情報と天眼を駆使して安全な避難ルートを探る。
(パルド、左の角を曲がったところ。人々を連れたメルトウォール軍がいるよ)
(こっちも見つけた。まずい、ドラゴンが近くにいるぞ。急いで合流して、ここに連れてこよう)
二人が救助に向かった直後、地響きをたてながらドラゴンが建物の角から姿を現した。
【AHL】と【ふしぎ亭】の面々が迎え撃つ。
ドラゴンの両足首に狙いを定め一斉攻撃を加える。
エーテルの斬撃が、魔力の矢が、蒼脚竜目がけて雨の如く降り注ぎ、固いドラゴンの表皮もこの攻撃にあっさりめくれあがって無残に骨を晒した。
咆哮をあげて巨体が倒れる。
どう、と地面が揺れて土埃が上がった。
ドラゴンにトドメを刺した後、マリイ・パルティスの鼬を背に張りつかせたシニング・W・テュパラとララベル・サン・ディーベルの二人は、それぞれ別の建物の壁を駆けあがった。
東西に分かれて広く戦場を俯瞰し、それぞれの仲間に向かうべき場所と敵の動向を伝える。
【AHL】と【ふしぎ亭】の面々は市民を救うべく二手に分かれた。
マリイはテュパラと同行する鼬から随時戦況を得て、目的地までの最短ルートを味方に伝える。
「そこの角を右です」
先で、ごう、と風が渦巻く音がした。たたらを踏んで立ち止まる。とたん、青い翼が視界を遮った。
地上に降りた翼竜が嘴で攻撃してくる。
「自ら下りてくれたのは好都合です!」
放たれた風読みの矢が翼竜の片翼を破いた。
駆けつけて来たメルトウォールの亜人たちと、ルカ・アインス・シュテルンが身振り手振りをくわえて連携を図る。
ルカは翼竜の嘴を盾で防ぎながら、傷ついた彼らの回復を行った。
「なんで俺は最前線にいるかね」、と大剣を振りながらぼやくのはウィレムだ。
片翼の翼竜が自分の上にさしかかった時、ウィレムは残る翼へと衝撃刃を放った。
予想もしなかった致命的な一撃を被った翼竜は、墜落の瞬間に甲高い声をあげた。それを聞いて別の翼竜が北から飛んできた。
通りの反対側からは、メルトウォール軍に連れられた市民たちが逃げてくる。
すぐこの場から引き離さなくては。
「おい羽トカゲ、何しに来てるのか知らないがこっち来い」
翼竜を挑発し、自らおとりになったウィレムは、大きな樽を幾つも並べた酒屋へ走った。
ひょいと樽の上を跳び越えて店内へ。
「頼む」
「任せろ」
鋼の短弓に矢を番えたSvart・Nattが樽の上に顔を出す。
空気を瞬時に切り裂く鋭い音をたてて弦が弾け、矢が音もなく滑るように放たれた。店内を覗き込んだ翼竜が出会いがしらの矢にぎょっとして身を引く。
Svartは樽の後ろで立ちあがると、テレパスで市民を逃がすテュパラに状況を伝えた。
(東の空から翼竜がくる。避難を急いでくれ)
了解、とテュパラが返礼する。
その時、南の空に閃光塗弾による光が瞬いた。
●
シェオルはしつこく突いてくる翼竜の嘴を、腐食性のエーテルを纏わせた刃で切りつけた。
たちまち嘴が腐り崩れる。
だが、すぐに別の翼竜が嘴を失った仲間を押しのけて、嘴を突っ込んできた。
狭い行き止まりの路地の果て、背後に庇った子供たちの泣き声が大きくなる。自分一人ならいくらでも逃げようがあるが、この子達を見捨てていくわけにはいかない。
(まだ……来ないの、かな)
矢を番え、翼竜の目を狙って撃つ。
――と、翼竜の姿が消えた。
「お待たせ!」
見上げた先にララベルの笑顔があった。
閃光塗弾の光を見た【ふしぎ亭】が救助に駆けつけてきたのだ。
「さぁ僕達が一人でも多くの人を助ける、道標になるよ! アリエッタ、彼らを連れて先に西の城門へ」
アリエッタがさっきまで翼竜たちが塞いでいた路地の先に顔を出した。
シェオルとともにうずくまる子供たちを抱き起す。
「あたしと一緒に街の外へいこうね」
一行を上から見送ったララベルは、テレパスを駆使する一方で、シノビたちとも連携して避難ルート上にいる敵を遊撃的に叩き、恋人のアルラ・ニグラスとともに精力的に西城門への避難路を確保していった。
アルラは有事に置いてもお色気を隠す気はない。
(ラキスケも……まぁ市民的には生きる気力になるかもだし?)
健全な色気は生きる気力と戦う力を奮い起こさせる、と信じているのだ。
楓月・千弦はペットの栗鼠とともに屋内に隠れている人々を見つけ出しては、安全な逃走ルートを教えて逃がしていく。
若いカップルの背を押して逃がした直後、栗鼠が鳴き声をあげた。
竜翼の旋風が髪を揺らす前にはもう、千弦は矢を番えた弓を敵の目に突きつけていた。引き金を絞り、エーテルの矢を放つ。
倒された翼竜の元に続々と他の翼竜が集まり出した。
仲間を守るため、ゴルバルティアが果敢に修羅場へ飛び込む。
「数がいりゃいいってもんじゃないぜ」
鋭い嘴を盾で弾き返しながら、ゴルバルティアは光の刃を纏わせた短剣を振り回した。
同時に修羅場の外側から、メルトウォール軍と共闘したテュリン・ヴィングが急降下する翼竜たちの背めがけて高速展開式超魔法で強化したメテオライトを叩き込む。
「あなたたちの好きにはさせないわ!」
爆音が止み煙が晴れたあと、翼竜はみな翼を失い地に落ちていた。暴れる敵をゴルバルティアが抑え込み、テュリンや千弦が駆逐していく。
近くの建物の四階にあるバルコニーから遠見していたヒロ・テスタロッサが、肩で息をしているゴルバルティアたちに声を落とす。
「東からドラゴンがきている。北は火災が広がっているから、みんなを連れて真っ直ぐ西へ向かって」
下からヒロは、という声が返ってきた。
「あたし? 他に逃げ遅れた人がいないか探すよ。今は人々が孤立してる――その点と点をつないで、線にするのが仕事だから♪」
●
アリアの指示を受けて、メルトウォール兵たちが都市中央の広場上空を旋回する翼竜たちに武器での攻撃や魔術の詠唱を始めた。
「撃て!」
【風花】のエミリア・シバとメルトウォール兵が放った無数の光球が、翼竜の群れに殺到した。
翼を焼かれた翼竜が次々に墜落していく。
ラティア・ミゼリアは普段は小さく縮こまらせている体を、めいいっぱい伸ばした。敵に向かって凛と胸を張ることで自分自身を鼓舞する。
「私を欺こうとしても無駄です」
ラティアは軽傷にも関わらずフェイクで落下してくる翼竜を鋭い観察力で見つけ出しては、精密射撃で翼を破いていく。一度地に落としてしまえば、メルトウォール兵の数が物を言う。反撃を受けつつも一匹ずつ倒していった。
広場掌握の手ごたえを感じたエミリアは、あとを仲間たちに任せて時計塔へ走った。
壁歩きで天辺迄まで登り、屋根に上がるとすぐにハイディングをかけて敵の目から己の姿を隠す。
時計塔の屋根からはマミダ市内が一望できた。
メルトウォールの戦士が落ちた翼竜の首を掻き切る横で、アリアは次の行動を考えた。
(住民を避難させるにはもっと人と時間が必要だね)
時計塔近くの建物に目が吸い寄せられた。頑丈そうなよろい戸の上に銀行の看板がかかっている。金銀を守る丈夫な造り……一時避難の場所にうってつけだ。
アリアの意図を察したララノアも、翼竜の反撃を受けて怪我をしたメルトウォール兵の肩を担ぎ上げながら銀行へ向かう。
「支え合って……皆で生き残りまし! えっおー!」
重傷者を最優先に、力仕事を手伝ってもらえそうな男性を次に。人々の怪我の手当てをしていると、時計塔のエミリアからテレパスが届いた。
「地図が広げられるテーブルと灯りをくださいまし!」
エミリアからの様々な情報を基に、ララノアは地図に避難ルートを書き込んでいく。
「アリア様、ルートの安全が確保できましたら、ラティア様に馬車を使って怪我人を西の城門へ運んでいただきましゅ」
同時に、外で戦うラティアへはテレパスで指示を飛ばしていた。
「西の城門? シノビの地下通路ではないのかな?」
「はい。エミリア様によると、たった今【ふしぎ亭】の皆様が西の城門を解放したそうです」
マミダ掌握の戦いは大きく動き出していた。
【4-2】都市マミダ奪還。蜂起したメルトウォールと共に敵軍掃討。住民避難誘導(執筆担当マスター:陵かなめ)
●
都市マミダでは、戦いの音がそこここで響いている。
投石器で南城門や周辺の城壁は破壊され、そこから雪崩込んだ冒険者たちがそれぞれの役割を果たそうと飛び回っていた。西城門が開かれ、住民たちを市外へ逃がすための道も増えている。
【喫茶】は未だ戦闘が続く市中からの脱出が困難な住民の避難に力を注いでいた。
「どうしよう、どうすればいいの?」
ネーヴェ・グラヌローザが動けない女性に駆け寄り声をかける。
「大丈夫です、必ず私達が皆様方を安全な場所へとお連れ致します」
そう言って、馬車へと視線を向けた。
「あ……ありがとう」
安堵した様子で馬車へ向かう女性を見送り、ネーヴェは周囲の住民たちにも訴える。
「まずは馬車まで移動しましょう。順番にご案内します」
その言葉を聞いて住民たちが移動を始めた。
Alexandra・Hexe・Claudiaは住民の避難拠点の様子を確認して馬車を引く。
すでに時計塔付近は拠点化された。銀行など周辺の建物に集められていた住民たちを避難させることが第一の課題となるだろう。
近くに敵の影はない。
それでも慎重に周囲の様子を探る。
「今なら馬車を走らせることができます」
ネロが頷く。
「目指すは戦闘区域外だね。僕も護衛するから、一気に抜けちゃおう」
Alexandraはネロの言葉を聞いて、馬車の周辺をもう一度確認する。
ネロも周囲を警戒した。
「うん、出発してもいいと思うよ」
敵の襲撃がない今がチャンスだ。
二人は避難させる住民を荷台に積んで戦闘区域外を目指した。
時計塔周辺に集められた大勢の住民たちの輸送が始まる。
「この経路は行けそうです! 馬車は目立たないように帆布を被せましょう」
エルナ・クルプファルツは準備しておいた帆布を広げた。
街路と同色のそれは、敵からの目くらましに十分な役割を果たしそうだ。
戦闘によって崩れてしまった経路もあるけれど、まだ住民を逃がすだけの道は残っている。
ハリス・アル・ターミルが瓦礫の上でもたついている子供に手を伸ばした。
子供、そして老人を優先して馬車に乗せていく。
「慌てなくても大丈夫、待っています」
「ありがとうございます。ああ、良かった」
ハリスの言葉を聞いて、住民たちがほっと安心したように息を漏らす。
「では馬車を走らせます。お願いしたいのは警護と追撃阻止です」
「マモル、ワカル」
人間の言葉を理解できるコボルトが頷いた。
キーゼはハリスの馬車を守るように走る。
「移送は順調のようですね。シノビ部隊がうまくやってくれたようです」
打ち合わせしていた通り、住民の誘導に手を貸してくれたようだ。
「さあ戦闘区域外を目指しましょう」
「警護はお任せします」
ハリスの馬車が速度を上げた。
馬車の後方には数体のコボルトの姿。守ってほしいという意志は伝わったようだ。
住民の避難待機所は時計塔周辺だけではない。【喫茶】は事前に目星をつけていた市中の路地や建物の死角などにも人々を集め、馬車で回っていた。
「この場所に集まった住民はこれで全部なの?」
コハクは都市の一角に作られた待機所の周辺を警戒していた。
同じく周囲を警戒していたカメリア・ローレンスが申し出る。
「逃げ遅れた人がいないか、周囲を確認してくるわ」
勿論、ここから離れすぎないようにすることが前提だ。
コハクが頷いた。
震えていた一人の住民がコハクに問う。
「……ここは大丈夫なのでしょうか?」
「万が一敵が迷い込んできても、これがあるから」
手元の槍をくるりと回してみせると、住民は安心したように頭を下げた。
カメリアが瓦礫の間で膝を抱えていた子供を見つけた。
「こっちよ、ゆっくり引き上げるわ」
子供を抱き上げる。すると、ぎゅっと服を握られた。
エデル=マグノリアたちも馬車を走らせていた。荷馬車に乗っているのは、高齢者や子供たち、それに負傷していた住民だ。
「パヴェル様、ここを曲がったら一本道よ。敵からも丸見えだわ」
案の定、馬車が角を曲がると同時にズシンと地響きが聞こえてきた。
比較的小型のドラゴンが遠くの後方に見える。
「……あと少しで外よ」
どうかそれまで馬車を走らせたい。
エデルの声にパヴェル・A・サムルガチェフがいち早く反応した。
「おう、承知した。ここでしっかり止めておくとしようか」
すぐに魔法の鉄壁を馬車の後方の地面へ形成する。
分厚い鉄の壁は、強力なバリケードの役割を果たすだろう。
少しの間であれば敵の追撃を邪魔することができるはずだ。
「速度を上げて走れェ」
「はい!」
パヴェルが馬車の荷台に飛び乗った。同時にエデルが黒汗馬の速度を上げる。
荷馬車はドラゴンを振り切るように、真っ直ぐ駆け抜けていった。
「馬車は逃げることができたようですね」
ヴァレリア・ブランシェ・ウィザースプーンは去っていく馬車を見送った。
「ヴオォオオオ!」
鉄の壁に行く手を阻まれたドラゴンが吠える。
「さすがのドラゴンも、その壁をすぐには突き破れないでしょう」
そして自身もアイアンウォールを展開させた。
鉄の壁が再びドラゴンの進行を防ぐ。
「今のうちに、少しでも遠くへ行ってください」
これで馬車の住民たちは大丈夫だと、ヴァレリアは思った。
避難拠点にバリケードを作り上げた【黒槿】は、突進してくるドラゴンとの混戦になっていた。
「悠人、バリケードが破られたわ。右手からドラゴンよ!」
シャロン・ラ・モリエールは悠人・ラドルファスに注意喚起をしつつ六角形の柱を作り出す。即席のバリケードではドラゴンの突進を防ぐことはできなかったようだ。
だが戦いそのものに負けたわけではない。
ドラゴンが光縛封に阻まれ失速したところに、悠人が飛び込んだ。
「アンタの相手は俺だ」
勢い良くエーテルを叩きつけシーザーロアを放つ。
「コォオオオッ」
ドラゴンが吠えた。視線は悠人に釘付けになる。
「次は上から来るわよ」
敵は地を這うものばかりではない。
シャロンが次に皆へ送った情報は、上空を旋回するワイバーンだ。
悠人が地面を蹴り、その場を離れた。
「月、いけるか?」
「空の敵は、まかせてー」
月は高威力の魔法を練り上げて光の矢を作り出す。
狙うのはワイバーンの翼。
あれは、ドラゴンとタイミングを合わせて襲ってきた個体だ。
光の矢が放たれる。
地上から上空に光の線が走りワイバーンの片翼を貫いた。
その間にシャロンは住民たちを誘導し、幼子を抱えて狭い路地に体を滑り込ませる。
ドラゴンの注意を引きながら、悠人も走り続けた。
ザッハークは家屋の屋根に登って敵の動きを見ていた。
「次は西からドラゴンだ」
ザッハークが声をかけると、拠点を守るメルトウォールの兵士たちに緊張の色が走った。
「落ち着け! 必ずペアで行動し、負傷した者はすぐに交代じゃ」
地図を片手に指示を出していたラオ=レイが共闘者たちを励ます。
自身は最前列に躍り出てドラゴンへ猛毒の刃を向けた。
最初の一撃を叩き込むと、周囲の兵士たちも弾かれたように追撃を繰り出す。
「忘れるな! これは生きるための戦い! 皆で生き、祝杯をあげるぞい!」
「おおお! 行くぞ!」
ドラゴンのブレスや爪は強烈だったけれど、幾重にも重ねた人員配置が功を奏し、交代で戦い続けることができた。
傷ついた戦闘員にはザッハークがヒールをかける。メルトウォールである彼は「なぜ?」とでも言いたげに首を傾げた。
「……メルトウォールだか何だか、それがしには関係ない。共に戦う者を見捨てはしない」
ただ、それだけのことだった。
戦いの火はますます大きくなっていく。
瓦礫が崩れる音に、飛び交うブレスに、住民たちは怯えていた。
「下がっていてください。敵を排除します」
巨大な光塊を纏わせた武器を振るうのはトウカ・S・ブラッドリーだ。
拠点に突撃してきたドラゴンに向かって猛然と斬りかかっていく。
「グォォオオオッ」
切りつけられたドラゴンは激高して、炎のブレスを吐き出した。トウカは炎に焼かれながらその場を一旦退く。
「こっちだ、回復するぜ」
それを見たオキナ・F・ブラッドリーがすぐにヒールでトウカの傷を癒やした。
自分たちの背後には、避難を待つ住民たち。
二人は体勢を立て直し、再びドラゴンに向かっていった。
仲間たちが死闘を繰り広げる中、逃げ遅れた住民の捜索を行うのも授恵者の役目だった。
「ご案内ありがとうございます。魔獣使いさんですか?」
フラム・アニムスと大福はシノビの協力を得てメルトウォールの魔獣使いに協力要請をする。
魔獣使い達は、多くの魔獣を従えていた。
大型の魔獣は負傷者を運搬する事もできるだろう。小型の魔獣は仲間との連絡役も可能とのこと。
「さっそく、逃げ遅れた人たちを探しましょう」
「もちろんだ」
魔獣使いの協力は取り付けた。
フラム自身も周囲の温度を探りながら、捜索を始める。
戦闘の混乱に巻き込まれ、負傷した市民も多い。
大福たちのチームが見つけたのは、足を折り動けなくなった男性だった。
「熊さん、安全な拠点まで運んであげてほしいのだ~!」
「承知した」
大福が提案すると、魔獣使いはすぐに熊のような魔獣を使い男性を抱え上げる。
魔獣をうまく使い、仲間と連携できているようだ。あらゆる感覚を駆使して大福は住民の捜索を続けた。
セオドア・カザツキも慎重に耳を澄ませ目を凝らし、逃げ遅れた者を探した。
自分の杞憂であればそれが一番良いが、もし老人や子供が置き去りにされていたら? そう思うと捜索にも力が入る。
その時、小さなうめき声が聞こえてきた。
すぐに壁を蹴って家屋を飛び越える。その目に、うずくまる老人の姿が映った。
「今助けます」
「ああ……ありがとう」
セオドアは老人の体を起こし仲間へ信号を送った。
信号を見て駆けつけたのはヴァンゲルス・ロッドだ。
「大丈夫か? 手を貸すぞ」
二人、協力して老人を路地から移動させる。
「救援所まで運搬しよう。ああ、担げば一人で行けそうだ」
ヴァンゲルスは老人を傷つけないよう慎重に担ぎ上げた。
「それじゃあ、お願いしようかな。私はもう少し捜索するよ」
「この様子じゃあ、まだ孤立した住民がいるかもしれねぇな」
二人は現状を共有しながら、戦場と化した都市を見つめた。
エルはじっとワイバーンの動きを見る。交戦しているのは住民とそれを守るメルトウォールの兵士だ。
「やらせません」
エルは射程内まで走り、ダマスカス鋼の魔弓に矢を番えた。
矢の先端にエーテルを収束させ、一気に解き放つ。
矢は弧を描いて飛びワイバーンの翼を貫いた。
「助かった……!」
住民を守っていたメルトウォールの兵士が声を上げる。
【睡狼】のエルシー・サリバンは栗鼠の分身を作り出した。
「高いところから、しっかりと見張るよ」
栗鼠と自分と、6つの目で戦場を見渡す。
住民の避難が順調だということが分かった。上空のワイバーンは【睡狼】が戦って引きつけている。馬車を走らせている仲間たちも、街中を走るドラゴンをうまく避けているようだ。
「まだ待機所に誘導できていない集団がいるよ!」
エルシーは慌ててメルトウォールの兵士に声をかけた。
待機所にたどり着くことさえできれば、きっと馬車で逃げることができる。
エルシーとメルトウォールの兵士は共同して逃げ遅れている住民を待機所まで誘導した。
一方、バーネット・フォーサイスは都市中央の時計塔を駆け上がり戦場を見ていた。
「南に向けて馬車が走ったぞ! 上空のワイバーンが近い」
伝令をメルトウォールに頼み、更に視線を走らせる。テレパスも飛ばしたが、【睡狼】の仲間が受け取れたかどうかは分からない。それでも、地上の誰かには届いているはずだ。
「いいぞ、敵を引きつけてくれよ」
仲間が次々に敵と交戦を始めた。
ロイ・アウレアはバーネットに同行させた栗鼠から送られてくる映像を見ていた。
「ワイバーンが馬車に近づいているぞ、こっちだ!」
メルトウォールに伝言を頼みながら、近くにいるハル・チフに声をかける。
「了解、先行します」
ハルはその瞬間、一気に加速して戦場を駆け抜けた。
作戦通りにワイバーンを誘導しようとも考えたが、馬車を確実に逃がすほうが先決だ。
勢いのまま地面を蹴り、壁を伝って敵のもとへ。
「落ちろ――!」
空中にジャンプして闘気槌を叩き込んだ。
「シャァアア」
打たれたワイバーンは、空中で体を捻り尾でハルの身体を薙ぎ払う。
「く……」
咄嗟に受けの態勢を取るが、ハルの身体が地面に叩きつけられた。
追撃のためワイバーンが急降下する。
その時、ロイの合図が聞こえた。
「狙い放て!」
自らも矢を放ち、メルトウォールの兵士にも攻撃するよう促す。
矢を嫌いワイバーンの軌道が逸れた。
その間に、ハルは飛び起きてその場を離れる。
次の瞬間ワイバーンが地上に飛び込んできた。
待っていましたとばかりに、ライオネル・ギシュムが飛び込んでくる。
エーテル光を身に纏い、大きく踏み込んで盾とともに突撃。
「目を回しちゃえ!」
ワイバーンに体当たりを仕掛けた。
ぶつかる瞬間の衝撃でワイバーンが吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたワイバーンは近くの壁に激突した。
「さあ、袋叩きだ!」
授恵者、そしてメルトウォールの兵士たちがワイバーンに攻撃を叩き込む。
「ぶつけるのネ。うふふダイターンネ!」
梅・雨陽は合図を聞いて短弓を構えた。
エーテルを矢に纏わせて、起き上がったワイバーンを狙い撃つ。
仲間の攻撃も次々命中しているようだ。
「ワイバーンもドラゴンも格好いいけどネ、焼かれたり踏まれたりするのは嫌ヨ」
「……ッ」
やがてワイバーンが力尽きる。
授恵者たちは次の敵を求めて走り出した。
ルルト・アーキスの瞳に空を旋回するワイバーンが映る。
「狙うよ!」
矢を番え、その翼を見据えた。
「バックアップはお任せを」
サシャ・テーリングはそう言うとルルトの矢を淡い光で包み込む。
矢の威力が跳ね上がったことを感じ取ったルルトが、角度をつけて貫通衝撃射を放った。鋭い一撃がワイバーンの翼を射抜く。
バランスを崩したワイバーンが落下を始めた。
続けて、追撃を。
そう思った時、サシャがルルトを止めた。
「続けてワイバーンがもう一匹来ます!」
タイミングを合わせたかのように、上空からワイバーンが飛来する。
「狙われてるようだよ! 先に撃ち落とそう!」
ルルトはそう言って狙いを変えた。
二人は協力して、もう一匹のワイバーンも撃ち落とす。
しかし致命傷までは届かない。
それに気づいたアルマ・ヴァレンタインが、光輝を放つ六角形の柱を作り出した。
落ちてきたワイバーンを光縛封に捕らえる。
「押さえておくよ! 集中して撃破していこう!」
ワイバーンが柱に身体をぶつけて暴れた。
だが、逃さない。
「昨日の敵は今日の友! 大切なのは住民の皆を無事に逃がす事だよ!」
アルマはメルトウォールの兵士に声をかけ、攻撃を促した。
光縛封が切れた瞬間、兵士たちの攻撃がワイバーンに集中する。
それは、共闘といえる光景だと思った。
一方、テス・クラルスもメルトウォールの弓兵たちと共に走っていた。
彼らが辿り着いたのは屋根の上。敵の追い込み場所に決めた袋小路が見える位置だ。
「敵が来たら、高度を上げられないよう牽制してくれ」
そう言って、今は待機するよう指示を出す。
弓兵たちがズラリ並んで伏せた。
あとは仲間が敵を誘導してくれるはずだ。
エヴァン・ピオネロはワイバーンを低空に引き付けて走りながら声を張り上げた。
「さあ、ぼくはここです!」
キャスターではあるが、戦闘が激しい今は囮にならざるを得ない。わざと目立つように、袋小路までの道を駆け抜ける。
ワイバーンは旋回して巨大な爪で攻撃を仕掛けてきた。
「……っ」
ある程度予測して致命傷は避けたが、殴られた衝撃と抉られた箇所が熱い。
それでも、エヴァンは走った。
追い込み場所の袋小路が見える。
再びワイバーンが急降下してきた。すんでのところで、回避してやり過ごす。
そしてエヴァンは叫んだ。
「テス師匠――っ!」
ありったけのエーテルをかき集め、ワイバーンの前方に巨大な壁を形成。
壁がワイバーンを打ったのか、それともワイバーンが壁に激突したのか。
ワイバーンは目を回し落下した。
「メルト達、その恨みを叩き込んでやれ!」
テスが合図の声を上げる。自身は稲妻を呼び、ワイバーンを逃さぬよう囲い込んだ。
待機していた弓兵が一斉にワイバーンを狙って攻撃を繰り出す。
たまらず、ワイバーンが力尽きた。
戦っている仲間を回復させていたファーシル・クリスティアがふと上空を見上げた。
「ワイバーンの影が消えたのでしょうか?」
上空からのブレスが止んでいると思う。
まだ気は抜けないものの、上空を舞うワイバーンはいないようだ。
「今なら避難に集中できるかもしれません」
ファーシルはその時、西城門から走って逃げる住民たちの姿を見た。
敵の数が減り、冒険者の助けがなくとも動ける住民が都市外へ走り始めたのだ。
待機所から最後の馬車が出発しようとしていた。
「これで最後です。行ってください」
ハリスが馬車を送り出す。もう住民は残っていない。
「あと一息、ドラゴンを討伐するぞ」
悠人が仲間たちに声をかける。
皆が最後の力を振り絞り戦った。
「狙って、確実に沈めていこう」
テスの合図でいっせいに矢が放たれた。
やがて、最後のドラゴンが力尽きる。
「安心してほしいのだ~! 取り残された住民はいないのだ~」
街中を捜索していた大福の声が聞こえた。
その場に居た皆が、いっとき、言葉を失った。
もう戦うべき敵は居ない。
もう怯えて震える住民は居ない。
「どうやら、やり遂げたようじゃ」
レイが呟く。
その一言は、またたく間に浸透していった。
「やった!」
「やったぞ!」
授恵者たちは勝利に湧いた。敵をすべて掃討し、都市マミダを奪還したのだ。
「おい! 狼煙が上がっている!」
「テンゼン方面だよ」
重要な、そして、とても良い報せを順に告げているようなそれは――。
バイアーディスの討伐成功を報せるものだったという。
監修:アルパカコネクト運営
●
主食とするには小さすぎ、無視するには不愉快すぎた。
「尻尾と腹をみせて逃げてるよウケるー!」
ドワーフが腹を抱えて笑っている。
邪竜の力を認識できる程度には強いのに全く恐れていない。
「頭の悪い方の邪竜でございますね!」
隣のネズミはさらにひどい。
「逃げんのか? ほら餌やるよトカゲ野郎!」
最下級のワイバーンでも無視するような餌を放り投げ、徹底して見下ろす目つきで見上げてくる。
このハリーヌ・ヨツユビが完全に弱者であればバイアーディスも無視して飛び続けただろう。
だがこのネズミは、使い捨てとはいえ手下を殺しに殺した冒険者の一員だ。
「殺す」
漆黒の邪竜は凝った言葉を使う余裕も無くし、翼を閉じて急降下を開始した。よく見れば、ネズミの周りには冒険者らしき者達が群れている。ここを狩り尽くしてからテンゼンを目指しても損はないだろう。
ワイバーンの咆哮やサウンドボマーの大音量でうるさくても、ハーヴィは優れた聴覚で個々の翼の音まで把握している。
「少しでも多く、中ててもらわないとね」
ファヌはバリスタの射手達に輝腕をかけてまわり敵の位置と速度と向きも知らせる。
冒険者に対して使えば控えめな支援でも、彼等にとっては命中率が数割増えることもある大きな支援だ。
「この距離でブレスを使わなかったのは……油断しましたね」
同じ狙いの仲間達と同じく、何度も魔乱印を使っていたオゴスはようやく手応えを感じた。
術に対する凄まじい抵抗力を持つ邪竜は短時間で回復してしまうだろうが、今この瞬間だけはブレスを吐いても攻撃魔法を撃っても威力3割減だ。
殺意の視線がオゴスを捉える。
オゴスは強い危険を感じても表には出さず、兵器群とは逆方向に離脱し時間を稼ぐ。
猛加速していた邪竜の速度が急減する。
無色無臭の重力の罠がバイアーディスを捕らえたのだ。
「打撃を浴びせるのは後。今は弱体化と時間稼ぎを」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは術を魔霞に切り替え、実質一度しかないだろう機会を待つ。
シグルランはこっそりハンドサインを使う。
歯を食いしばり恐怖と緊張に耐えていた工兵達が静かに引き金を引いた。
最初に届いたのは太い矢の群れだ。
高速で飛び強靱な鱗と筋肉を持つ邪竜には少ししか刺さらない。なのに体調がいきなり悪化した。ぐらり、と傾いだ体を、翼を大きく羽ばたかせて水平に戻す。
「なんだと」
竜殺酒ヤシオノシコミ。
酒という名称がついていても実質は絶大な威力の毒だ。
わずかに鱗を貫いた矢尻から酒が広がり神経を冒している。
「小細工をっ?」
次に着弾したのは矢でも槍でもなく陶器製の器だ。
意表をつかれて混乱し、膨大な生命と抵抗でも毒から回復しきれない巨体に次々被弾。複数の色が混ざった強力な酸をぶちまけられる。
邪竜の苦鳴が轟く。
名剣名刀に匹敵する強度を持つ鱗が斑に溶け、筋肉と神経が外気に晒される。
翼の動きと姿勢が乱れ、邪竜の高度が地表から10メートルを切った。
アウレーリア達が攻撃を行う中、ハーヴィは邪竜を巻き込みアーケインを使う。
蠢く白い光は巨大な網のようで、邪竜を不意に大きく失速させた。
飛行物体にとって速度は高度に直結し、速度を失う事は落下を、すなわち地表との接触を意味する。
邪竜とは比較にならない大きさの大地が、鱗という装甲を数割失った邪竜を襲った。
第2の苦鳴が轟く。
大地との接触の瞬間にファヌが仕掛けた祈雷が発動。
はるか高空から落ちてきた雷が、回避を一切許さず直撃して打撃を浴びせる。
「再装填急げ!」
覚悟を決めてその場に留まり作業を続けるドワーフ工兵に、ローリー・R・テイワズが陶器がみしりと詰まった箱を渡す。
「助か……」
ドワーフが礼を言おうとしたときにはローリーはその場にいない。
不時着の衝撃で発生した土煙の中に自ら飛び込んだのだ。
「やっつけるデース!」
ローリーが心配した通りに、あいは今日も元気に向こう見ずだ。
一時的に動きが鈍り狙い易くなった竜翼に射出爪をめり込ませる。
機嫌良く次の爪を装填していると、怒りすぎて人類の言葉を使うことを忘れた邪竜が小癪な人類を潰そうと魔力の弾を放った。
(竜が片翼を失うのは人類が片足を失うのと同じはず)
ローリーは逆方向から別の翼を弓で攻め、邪竜に自らを意識させることであいへの危険を低下させる。
邪竜相手でも相手の攻撃が散漫なら対処は可能だ。
あいはアクセラレイターを使って魔力弾の回避に成功する。
そして2人は、土煙が消える前に撤退を完遂した。
代わって仕掛けるのは【月陽】のゼラルム・エルホワイトとサニー・フォン・オルライトだ。
墜落したつもりはなくても地に足が触れている邪竜に対し、テレパスを使い連絡をとり全く同じタイミングで閃光塗弾を叩きつける。
直進すれば眼球直撃コースだが、微かに頭を傾けるだけで狙いは数メートル逸れる。
しかし、閃光の有効距離だ。
膨大な生命と怪物級の身体能力を誇る邪竜も、その距離で直視すると多少ではあるが動きが乱れる。
ゼラルムはカースを使い、呪いで邪竜の周囲を満たす。邪竜は抵抗も強大だが何度も繰り返せばいずれは貫通する。
ゼラルムがカースを見事成功させたのを見て取ると、サニーは鋼爪に赤光のエーテルを纏わせて邪竜へと走る。
音と土煙で意思疎通が困難な戦場も、テレパスを使う2人にとってはいつも通りでしかなかった。
●
(バイアーディスの急な転進に着いてきたワイバーンは3体、だけ)
シグルランは口元が釣り上がりそうになるのを我慢する。
冒険者と砲撃部隊の健闘で、邪竜はおそらく予定通りテンゼンへ向かった4体目以降を呼ぶ余裕がない。今は慢心故にその必要性すら感じていないだろうが、いずれ数の差が生きる時が来るはずだ。
「いつでもいけますぜ!」
ドワーフ王国の授恵者戦士20名を代表し、分厚い鎧と身の丈ほどのある戦斧の戦士が獰猛な笑みを浮かべる。
邪竜には及ばないとはいえ高速飛行と火炎ブレスを使いこなすワイバーンは脅威だ。3体を相手にすれば全滅する可能性大。
それを全て承知の上でシグルランは命令を下す。
20人の決死隊が、バイアーディスへの援護を防ぐため邪竜親衛隊に対し突撃を開始した。
戦場では全てが同時に動いている。
高回避のティトが時間を稼いでセロンガード・シュタインドルフが弓矢で打撃を与えRe✕が援護する。
他にも多数が邪竜への攻撃を行い、しかし邪竜を倒すには力が足りず足止めも十分ではない。
度重なる挑発で頭に血が上り切ったバイアーディスが、地面を蹴って翼で加速し冒険者を置き去りにしてシグルランを狙う。
これまでの攻防で少しは疲労しているのか、牙にも爪にもエーテルが籠もっていない物理攻撃であった。それでも、当たれば無事では済まない。
「ここは通さない」
ナタリア・フィッツジェラルドの祈りが強固な六角柱をこの世に出現させる。
城壁も易々崩せる威力を持つ巨体が、傷一つつけることもできずに柱に乗り上げる。
強靱な筋肉と骨格により内臓へのダメージはないものの、シグルランへの突撃は完全に失敗した。
邪竜の目が細められる。
限度を超えた怒りが思考を活発にさせ、次の手を即座に打たせる。
勢いよく大きな尻尾が振られ、反動で尻尾より大きな体がするりと移動。
光の柱を避け、多少大回りではあるがシグルランに対して再度の突撃を仕掛けようとした瞬間、視界の隅に見慣れぬ獣の腕が見える。
無視すれば良いはずなのに、無意識に目で追ってしまい重要な時間が数秒無駄になった。
「獣ごときにっ」
「動物未満の倫理観しか持たないあなたが言いますか」
キリアン・フィッツジェラルドはエーテルリンク済みのゴリラにZOCの解除と逃走を命令する。
実際に目の当たりにして分かった事だが、まともに戦えば一度の攻防でエーテルリンク中のキリアンごと戦死しかねないからだ。
キリアン自身はスキルによる偵察と射撃で以てワイバーンを牽制し、邪竜との合流を妨げていた。
●
「え?」
死を覚悟したドワーフの目の前に鉄壁が出現する。
大きな音が響き、ワイバーンは牙を跳ね返されて涙目だ。
「【風雅】。助太刀する」
建てたのはライナ・フレイヴァルツだ。
通常時でも強力な魔力を強化した上でのアイアンウォールは、激怒したワイバーンのブレスを受け止めてなお健在だった。
「勝ったらエイルが竜田揚げ馳走してくれるんやろ? 頑張るさぁ!」
ワイバーンの動きが鈍ったところに【赤竜】のフリューリングスルフト=ティエラが乱入する。
移動速度が鈍っても攻撃力は健在だ。
長い尻尾の振り回しと鋭い爪が飛んでくるのをなんとか回避。嵐のような連撃を繰り出し反撃する。
「ところで竜田揚げってなに?」
危地にあっても冗談っぽい言動ができるほど落ち着いて、精鋭ワイバーンの体力と生命を確実に削っていた。
(邪竜は戦闘に夢中で話す余裕もない。好機だ)
エイル・ビュセファスが口を開く。
「止まれ」
フリューに翼を狙われたワイバーンが回避の途中で動きを乱す。
棒立ちよりも不利な状態で傷を負い、片翼が完全に力を失い重りに変わる。
(動揺はしたか)
喉の形が違うので邪竜の声を正確に真似することはできない。ワイバーンは人語も理解できないため、バイアーディスの声を真似ても命令だと誤認させるのは難しい。
しかし咆哮に似た音を出す程度なら可能で、それをサウンドボマーで大きくすれば邪竜のような大声を出せる。
精強なワイバーン3体が、攻撃力を持たない声により一時的に混乱した。
「今じゃぁ!」
ドワーフ達が飛び掛かる。
ワイバーンの反撃を受け何人も深い傷を負うのと引き替えに、重い武器を何度もぶつけてワイバーン1体を挽肉のできそこないに変えた。
「でかい的だな」
アルバス・ロウルもシーザーロアを使いワイバーンを引きつけている。
「バリスタを燃やされては敵わんからな」
敵の行動にパターンを見つけ、適切に刺激を与えることで兵器群へ向かわせない。
ドワーフ工兵は冒険者ほど頑丈ではないので、目立ちはしないが非常に重要な役割だ。
「避けてください!」
フロマーシュ・ダイヤドロップが警告する。
生き残りのワイバーン2体のうち1体が、ドワーフ達に向けていた注意をフロマーシュへ向かうようねじ曲げられる。
ほっとするドワーフ達だが勘違いだ。
細く束ねた凶悪極まる邪竜ブレスが真っ直ぐに伸び、1箇所に集中しすぎたドワーフを焼き尽くそうとしていた。
バイアーディスやワイバーンの長射程攻撃を警戒し、敵の動きを見ていたライナが術を使う。
新たな鉄壁はブレスを受け止めて赤熱し、しかし数秒の時間を稼いでから消滅する。
威力の落ちた熱の塊が、慌てて飛び退いたドワーフとワイバーンをかすめて遠くへ消えた。
フロマーシュは無傷に近いワイバーンと正面から戦っている。
ナタリアに堅甲をかけてもらえたので傷は浅いが1人で勝てる相手ではない。時間稼ぎできただけでも勲章ものの敵だ。
「嬢ちゃんを死なせるなっ!」
ドワーフが暑苦しくもう1頭に襲いかかる。
最初は20対3で相打ち覚悟だったのに、今は敵は減り冒険者が味方にいる。
10以上の重量武器が同時に命中。鱗を越え中身にまで傷を負ったワイバーンが怒りの声をあげた。
「っ」
フロマーシュが苦しい息を吐く。
爪と尻尾相手に高速で切り結ぶのが大変だったが、彼女が時間を稼いでいる間に他の冒険者達がワイバーンを背後から強襲した。
●
「頼るぞ、良いか?」
「まかせて」
毒酒を槍先に塗り終えたカルフ・オルヴォが静かに問うと、邪竜という強敵が近付いてくるのにセオ・ウルジオが穏やかに答えた。
空という己にのみ圧倒的な場所に戻ろうとした邪竜に、他の冒険者とは別方向から襲いかかる。
巨大で素早い尻尾という特級の危険を見つからずに掻い潜り、鱗が溶けたままの肌に槍を深々突き刺し、しかしカルフの攻撃は終わらない。
槍から手を離し、槍に結びつけたロープを手に持ち邪竜の周りをぐるりと回る。
気付いた瞬間邪竜の怒りが思考を塗り潰す。
筋肉を隆起させてロープを吹き飛ばすが既に空のことは忘れていた。
「こっちです!」
セオが光の柱を建てる。
高位授恵者が一撃で潰れるかもしれない体当たりも、魔力を帯びていないなら柱には通用しない。
セオが援護してくれると確信していたからカルフも危険を冒せたのだ。
邪竜の脚が大地を蹴る。
ただそれだけで光の柱から離れ、別の集団への襲撃を可能にする。
「ルーカ!」
その襲撃に見事に割り込み防いだエリック・ルンガルディエールが焦っている。
骨は痛み内臓には衝突時の衝撃で違和感が。一撃で倒れ伏さないだけでもエリックの耐久力は尋常ではない。
しかし、守り抜く覚悟はあるが、正面から打ち合えば後10秒もたないと本能が警告している。
守られた側のルーカ・ルンガルディエールにも余裕はない。
ルーカが使った堅甲でエリックが死なずに済んだのは確かだが、失われた体力を補うのに自分のヒールだけでは到底たりない。
「っ、分かった」
エリックが表情を歪めて後退に移る。
邪竜はルーカに止めを刺そうとして、ルーカの技で攻撃失敗を強制させられる。
ルーカは邪竜の目元に傷を1つ残し、エリックに追いつき守られながら素早く後退した。
「貴方の牙など恐れはしないわ!」
不敵に笑うロゼットに呼びかけられ邪竜が反応する。
(あぶなっ)
雑だが超威力の一撃を躱せたのは半ば偶然。
しかし開きっぱなしの大きな口に竜殺酒入り水袋を放り込んだのはロゼットの作戦と勇敢な行動による成果だ。
(矢で撃ち込むより、毒酒の回りが遅い?)
怒りと不快感で注意が散漫になった邪竜に音を消してラモンが迫り、恐るべき水準の付与術で以て縛糸刃の効果に抵抗を貫通させる。
「では私はこれで」
ハイディングで気配を消し即逃亡する。
邪竜の殺気はますます強まり、質量を感じてしまうほど濃く重く凶悪になっていた。
バリスタの一部が矢を放つ。
最初の砲撃に比べれば数は少ないが、矢尻の光は邪竜に面倒な閃光弾のことを思い出させ、僅かに足を止める。
(光が弱い。不発か? 正規の使用法じゃないもんな。でもそう動くならこっちのもんだぜ)
閃光塗弾の提供者であるイズル・M・ヴォルゴールは、邪竜の足止めと時間稼ぎという役割に忠実だ。
姿はお姫様のようなエルフが、ダマスカス鋼の槍を見事に操り鱗のない肌に突き立てる。
打撃も与えたがそれ以上に効いたのは破鎧砕だ。
エフィルミアは槍を引き抜く動作で巨大な質量との接触を回避。一撃離脱を徹底して攻撃を受けないよう立ち回る。
「部位破壊するよ、役目だし……」
ヘレン・ワーグナーは【雀】の仲間が作ってくれた好機を活かす。
危険を冒して接近し、破鎧砕がまだ効いている邪竜へ強打を浴びせる。
非常に大きいので攻撃する方向を意識すれば翼も狙い易い。
「翼をもぎ取られたらただのトカゲだよねー」
が、膨大な生命に支えられているためか、破壊には至らない。
「小賢しいわっ」
多数のデバフを受け、鱗に至っては再生も始まっていないのに、バイアーディスの攻撃力は戦闘開始前から変わらない。
ただし怒りの度合いは違う。この小賢しい攻撃を仕切っている、ドワーフの女へと怒りの全てが向いていた。
綺麗に勝とうとする意識など既に昔に消えて、ときどき飛んでくる大型矢や投石や特殊弾に当たるのも構わず憎悪の対象を狙う。
「ワイバーンを!」
シグルランは自分の身を案じ戻ろうと浮足立ったドワーフの精鋭達に厳命する。冒険者と共に、あと少しで押し切れるかどうかの瀬戸際だった。
精鋭ワイバーンが生き残り、バイアーディスに合流されれば策が成った後の戦いの難しさが格段に変わる。だから己の身よりワイバーンへの対処を優先させる。
「余裕がないな雌鼠よッ!」
「っ」
シグルランは覚悟を決めた。
バイアーディスは彼女だけを狙い、これまで以上に被弾しながら一直線に向かって来る。
近くにいるのは冒険者がたった1人だ。
「この程度ぉっ!」
ハルハン・ツァガーンナルの盾と竜爪の間で大量の火花が散る。
不快感に目を細めた邪竜が突き飛ばした瞬間ツァガーンナルが猛然と加速し、元の位置に戻るだけでなくシグルランをしっかりと庇う。
「シグルランは女の子ですから。ボクも怖いですが、絶対、守り抜きます! 安心してください」
大きな背中と優しい声に、シグルランの視界が涙で滲む。
(魔法陣が発動してくれないと、もうっ……)
そのツァガーンナルも、そろそろ限界であった。
【2】テンゼン防衛および改造魔法陣死守(執筆担当マスター:空色みなも)
●
西空を黒く染める影。
邪竜バイアーディスと別れたワイバーンの群れが、都市テンゼンに迫ろうとしていた。
「来たね。さあ開戦の合図だ」
都市の西側に陣取っていた【勇牙】のうち、斥候に出ていたヴィナスが思いきり笛を鳴らす。
魔法陣の起動に勤しむ魔術師は、四隅にある監視塔のうち、南西の塔に。
その南西の塔を起点とし、西側の城壁上に【戦誼】は展開していた。
「大きい個体なら、きっと飛ぶ音も大きい、はず……と思って耳を澄ませてた、けど。おかげで笛もよく、聞こえた」
ユズはもはや十分に目視できる位置までワイバーンたちが近づいたのを確認し、魔術具の水晶球を手に身構える。
「バリスタ隊にも射撃の合図については伝えておいた」
「じゃあ、いよいよ私たちの出番というわけだね」
海神・江流の言葉にシルヴィア・A・カペルが頷き。
シルヴィアは城壁上の仲間たちへエーテルの波動を浴びせ、力を大きく引き出す青白いオーラをまとわせた。
「よろしく頼むよ」
そう呟いて、円筒形の缶を手にしたシルヴィア。
缶についたピンを引き抜くと、城壁へ迫るワイバーンの一体に向け放る。
刹那、激しい閃光が戦場を照らした。
閃光塗弾――その光を合図に、南西塔付近に配置されていたバリスタ・レーヴァテインがドワーフ王国工兵隊により猛威を振るう。
三連結された巨大な弩により放たれたクォレルが、詰め込まれた小さな矢をワイバーンへとまき散らす。
「すごい……と、見とれてないで、ボクも戦わないと」
バリスタによる射撃に合わせ、ユズも水晶球から緑の光弾を飛ばす。
光弾はワイバーンの胴で炸裂し、その鱗を脆くした。
「トカゲに空は不釣り合いですわ」
城壁の下にはリリリリスが控えており、ワイバーンに向け閃光塗弾をもう一度。
それを合図にし、再びのバリスタ射撃がワイバーンを襲う。
「あぁ、戦場で傷つく人たちが、僕を、私を必要としているよ!」
恍惚を顔に浮かべながら仲間たちの傷を癒して回っていたギーゼラ。
今は杖を手に、浮上しようとするワイバーンへ光球の雨を降らせ、頭上から叩いていた。
「江流さんにも僕の力が必要ですよね!?」
「ああ頼む、ギーゼラちゃん」
ギーゼラは武器を怨念の籠った肉叩きに持ち替えると、江流の持つ二振りの刀に強化の光を施す。
「ここは任せたよ、ルベア」
「任されたわ、シルヴィアさん」
同様に、シルヴィアもルベア・ベルニの得物である二本の短剣を眩い光で包んだ。
「さて、いくわよ」
そしてルベアは城壁の上から、シーフの驚異的な跳躍法により宙へと踏み出す。
しかし、そのままでは地に落ちる――かと思われたその時、ルベアはエーテルを爆発的に噴出し、宙を駆けた。
「なるほどな、そういう順で動けば――」
同様の技を持つ江流がそれを見て続き、二人分の影が空を往く。
「墜ちなさい」
「落ちろっ!」
ワイバーンの頭上をとったルベアと江流。
二人は強化により研ぎ澄まされた各々の武器を以て、ワイバーンの背に流れるような三連撃をそれぞれ浴びせた。
これにはワイバーンもたまらず墜落し、大地にその身を叩きつけられる。
「待ってましたわ!」
そこへリリリリスが盾でぶちかまし、ワイバーンの巨体がふわりと浮く。
上空にいる他のワイバーンへぶつけ――たかったが、上手く当てるのは流石に容易ではない。
「む……ですが、私がいる限りここは通しませんわ!」
体を起こしたワイバーンと城壁の間を塞ぐように、リリリリスは立ちはだかる。
その上空では、ルベアと江流が城壁へと引き返して行くのが見えた。
「希望者さえいれば、この盾で味方を上空へ打ち上げることもできたのですが」
二人を追って迫りくるワイバーンの爪を、ガルシアは瞬間的に光を収束させた盾で受け止める。
ガルシアは鍛え上げられた太刀にエーテルを乗せてワイバーンに叩きつけ、ワイバーンの動きを鈍らせたのだった。
●
『塔のほうに一体向かっているよ。指揮個体ではなさそうだけど』
「了解した。こちらは俺たちが死守する」
同じ【戦誼】のシルヴィアから、思念の通信を受け取ったエル=バ=ノイアン。
「……あんたたちのこと、口を挟むつもりはないが、ここで死なれては都合が悪いからな」
南西塔にいたノイアンは、傍らに立つリザードマンの魔術師をちらりと見やる。
フードから覗く顔の鱗こそ赤と黒に見えるが、どうにも見覚えのある魔術師からはしかし、返事はない。
儀式に没頭しているがゆえか、それとも生来の寡黙さゆえか――それは分からないが。
「なんにしても、守ることには変わりはない」
窓にワイバーンの姿を認めたノイアンは、己の盾に強化の光をまとわせる。
魔術師を庇える位置を保ったまま、ノイアンは祭刀にまとわせた光塊をワイバーンへ叩きつけた。
「私が護衛についたからには、大船に乗ったつもりでいて頂きましょう」
イヴェール・イリュジオンは窓の外に見えるワイバーンに矢を射かけ、仕込んであったエーテルを炸裂させる。
「させませんよ」
それに憤ったワイバーンの吐きかけてくるブレスが魔術師に襲い掛からんとするも、イヴェールの盾に阻まれた。
「一都市分のエーテル量を個人で制御するなんて、普通に考えて馬鹿げている……が、ふざけた竜種に一泡吹かせるってならそれも一興」
外傷治療などを請け負うグレイブ・ヤードも、魔術師の直衛としてこの場にいた。
儀式そのものの負担をグレイブが負うことは難しいが、その他の煩わしい負担なら引き受けられる。
「サブの制御、兼、浄化への調整手段、はあったほうがいいのだがな……。よく言うだろ、強者ほど毒杯に倒れる、と」
グレイブの視線の先では、魔術師が儀式を成し遂げんと集中する姿があった。
●
ワイバーンたちがなお迫る西空に、突如、濃煙の幕が張られる。
西城壁上で待機していた【対空】各員による煙幕だ。
「だいたいのワイバーンは煙を迂回してくるみたいだね」
「すぐに各隊にお伝えします!」
隊形の端で警戒にあたっていたサロは、思念による通信が可能なララヴェル・ララフェルに観測情報を伝える。
「みなさん、どうか無事に凱旋しましょう」
相棒のゴリラを前に立たせたララヴェルは、思念を各隊に送るとともに、祭刀を手に仲間たちへ防具の強化支援を施していく。
「羽を狙ってみようかね」
煙を迂回しようと側面を晒したワイバーンへ、サロはエーテルを込めた矢を送り込む。
片羽に狙いをつけてみたが、炸裂したエーテルはワイバーンの全身を包み込むに余りある範囲を持っていた。
だがこれはこれで、与えた損害としては大きい。
「飛んでる敵はぁー! 撃ち落とす! のである!」
ポコ・アルデバラッドも炸裂するエーテルをまとった矢でワイバーンを撃ちまくっている。
「山から下りてきて最初の獲物がワイバーンとか……ふふ、面白いじゃない。相棒には負担をかけちゃうけど、後でおやつあげるから我慢してね」
そして、狼を連れたリー・シュバルツラプターはエーテルの力により強力な一射を放っている。
「ここを狙ってくれ!」
ロウトフェダーは波動による索敵で煙幕越しにワイバーンの位置を特定し、炸裂する矢で仲間の狙うべき場所を示していた。
「よし、もうすぐチャンスがくるはずだ……例のヤツ、準備はいいか!?」
煙を迂回したワイバーンが集結しつつあるのを見たロウトフェダーが声をかけると。
それに頷いたリーが狼を傍らに呼び寄せ、サロが栗鼠を肩に乗せる。
そしてロウトフェダー自身も肩に栗鼠が控えているのを確認すると――。
「流、星、射ァ!」
ロウトフェダーの合図とともに、相棒を連れた三人それぞれから強烈な一射が放たれる。
戦場を流れ星のように駆け抜けた射撃は、ワイバーン数体を貫いた。
しかし、生命力を注ぎ込んだ一撃の代償は大きい。
討ち漏らしたワイバーンが、大きく傷ついた三人に迫る――。
「安心せい、肉壁のわしがおる!」
そこへ満を持して登場したのが、それまで射撃陣の応援をしていたジョン・ベアーだ。
突っ込んでくるワイバーンの前に立ち塞がることで、後衛が立て直すまでの時間を稼ぐ。
うっかりすれば射手に犠牲が出てもおかしくない状況を、ジョンの護衛が守り切った。
「傷は我が治してやろう!」
ポコは射手たちの傷が癒せるようになった頃を見計らい、治療の術を施していくのだった。
「私の得手は相手の能力低下。つまり、貴方たちのとっておきが、私の後ならより効くのよ。最高のタイミングを作るわ」
一方で、【勇牙】のミツキ・アインホルンは西城壁上の工兵隊に対し語りかけていた。
工兵たちはミツキの頼もしい態度に力づけられたようで、深く頷き配置につく。
「今よ!」
ミツキがエーテルの糸でワイバーンを絡めとり、回避行動を妨げたところへ、工兵隊のバリスタによる射撃が襲う。
「戦線維持のためには、あなたたちにも欠けてもらうわけにはいかないからね」
ルーンス・ラグネルはブレスの余波などでこれまでに負傷した工兵隊の治療にあたっていた。
工兵のただれた皮膚が、淡い光に包まれると見る間に綺麗になっていく。
特に非授恵者は脆いため、こうした回復支援はその命を繋ぐために大きく役立った。
自身が落とされては戦線を維持できないことが分かっているルーンスは、自らの身を護るように立ち回るのも忘れない。
「リザードマンの魔術師……? 赤と黒の鱗、ならエフレム様とは違うようですけど」
スィーリーンはちらりと南西塔に視線を向けつつ、そのようなことを呟いてみせる。
(……エフレム様、きっと事情があるのだと信じています)
しかしスィーリーンも心中では魔術師のことを想っていた。
南西塔に近づこうとするワイバーンに、一瞬の溜めから光波を放つスィーリーン。
戦場の空を、一筋の光が引き裂いた――。
●
魔術師こそ南西の塔で儀式を行っているが、魔法陣は四隅の塔それぞれに存在する。
そして北西にそびえる監視塔には、専任を表明する冒険者がいなかった。
そのことにいち早く気付き、北西の塔へと急ぎ向かったのがレイヤ・ダライ=カホールだ。
「ギシュムは……いえ、ディズルの民たちはみな心配してましたよ――ってエフレムさんに伝えたかったんですけど、難しいですよね」
北西の塔に駆け付けたレイヤは、鉄壁を呼び出すことでワイバーンのブレスから魔法陣を守った。
「わたしには魔法陣を理解することも難しいようですが……守ることならできます!」
レイヤは鉄壁の効果が尽きれば、時に障壁をまとうことで身を挺して魔法陣を庇う。
「うわあぁ、ワイバーン大きくないですか!? ……すぅー。はぁ、よし」
「落ち着きましたか? 行きますよ!」
そうして持ち堪えている間に、ノルン・クーゲルとシルク・メイプルリーフが駆け付けるのが間に合った。
ノルンは深呼吸により恐怖心を抑え込むと、ワイバーンに向け矢を放つ。
エーテルを込めた矢を受け、ワイバーンの回避動作が鈍ったところへ、今度は狙いすました一射を放つノルン。
「ここまでよく耐えましたね。もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます……さすがに来世を迎えることになるかと思いました」
シルクから治療術を受けることで、魔法陣を庇い続けて満身創痍であったレイヤもどうにか一命をとりとめることができたのだった。
●
城壁や塔での攻防を受け、ワイバーンの何体かは地上へと墜落していた。
そうしたワイバーンに対し、地上に展開していたメルトウォール捕虜隊や【竜落とし】の面々が対処にあたる。
「受けた傷はオレが癒す、頼んだぞ」
戦闘開始前、ゲルトはベアトリーチェ・カロッサには短剣への強化を、キリクと自身には防具への強化を施していた。
さらに、メンバーへ守護の光も付与していく。
「飛竜落としか……なんだかドキドキするな」
キリクが弓に番えた矢の周囲が、陽炎のように揺らぐ。
強い重力波のエーテルをまとい、光が歪められているのだ。
ひょうと射られ、ワイバーンに突き立った矢の重力波が、ワイバーンの動きを縛める。
「よっと!」
高度を落としたワイバーンの背に、ベアトリーチェが母蜘蛛糸で綯われたロープの助けを借りて素早く飛び乗った。
ベアトリーチェはそのまま手にした短剣でワイバーンの首を掻き切ろうとし――ワイバーンに存在を気づかれていたため少し手許が狂い、その鱗をやや抉り取るに留まる。
「ちぇっ。でもそれなりの痛手は与えたはず!」
「焦らず、確実に倒せということだな」
飛び降りたベアトリーチェを襲おうとするワイバーンにゲルトが向かい、盾で押さえ込む。
そのまま三人は、ワイバーンを仕留めるまで戦い続けたのだった。
●
西の城壁ではワイバーンの群れと、それを通すまいと奮闘する冒険者たちとの攻防が続いていた。
「飛び回るのはこっちも得意、ってね?」
言葉通り、エルケ・シャルフは城壁周辺を縦横無尽に動いていた。
時にエーテル毒をまとわせた刃によるワイバーンとの近接戦闘、時に負傷者の搬送と実に忙しく飛び回っている。
「難しいことは判らないからさ。倒すことに少し協力しとくよ」
壁を駆けていたダムド・フィリスが、ワイバーンの背に飛び乗った。
ダムドは、両の手に持った暗器による三連撃でワイバーンの背を切り刻み、置き土産に魔力を衰えさせる印を刻むと長居はせずに飛び降りた。
「お、あのワイバーン、ちょっと他とは違うような気がするね」
壁を駆けて城壁に戻っていたヴィナスは、ワイバーンの群れの中に一際、動きのよい個体を見つける。
心なしか、他のワイバーンもその個体に追従して動いているように見えた。
「見た目じゃ大差ないワイバーンだけど……ちょっとばかり目立って貰おうかな」
件の個体がリーダー格であると目星をつけたヴィナス。
閃光塗弾を手にすると、例によってピンを抜く――のではなしに、缶から内袋を取り出した。
「そらっ!」
ヴィナスが袋を叩きつけると、中に詰まった塗料がリーダー格のワイバーンにべったりと。
言葉では特徴を伝達しにくいリーダー格のワイバーンを、目印によって他の仲間に知らせることに成功した。
リーダー格のワイバーンはそのまま他のワイバーン数体を連れ、城壁を超えようとする。
それを、都市内に展開していた【勇牙】が迎え撃つ。
「ロスタム、ショカセキ――俺は約束を果たすために戻ったぜ!」
ハヤト=ガラン=ヴォルファングは、先の戦いで捕虜となっていたメルトウォール所属者の名を叫ぶ。
二人がテンゼンの戦闘に参加しているかは定かではないが、ハヤトは今や友軍となった捕虜隊と協働するつもりだ。
「頼まぁ!」
ハヤトは特異個体オーガに依頼し、目印のついたワイバーンへ自身を思いきりぶん投げてもらった。
「うるぁ!」
アクロバティックに宙を舞いながら、リーダー格のワイバーンの翼を短剣で切り裂いたハヤトは、城壁に張り付けた母蜘蛛糸のロープを命綱に使うことで軟着陸。
「久しぶりの傭兵としての仕事です。仲間のためにも、頑張って働きましょう」
合わせるようにカノン・エルグが空中のワイバーンへ魔法の巨岩を放つと、激しい爆発が巻き起こり。
無数の礫が、リーダー格ワイバーンの体表を抉った。
「今が狙い目だな」
炎のブレスによる延焼に備え、カイン・ステラの荷物には水袋もあったが、幸いワイバーンのブレスが魔法性のもので鎮火が早く、今のところは使用せずに済んでいた。
ならば攻めに集中すればよいと、カインが弓でワイバーンリーダーに狙いをつける。
一直線にリーダー個体の翼へと吸い込まれた矢の、込められたエーテルにより生じた重力波が翼の動作を妨げた。
「襲うものあれば全力をもって滅する、それがネフリの信ずる神の教えですの!」
地上付近まで高度を落としたリーダー格に、ネフリティス=N=クリスタロスが肉薄。
ネフリティスの構える祭刀は自身の手で強化が施され、淡く光り輝いていた。
「滅びよ、なのです!」
ネフリティスがさらに光の増した祭刀で鋭く切りつけると、ワイバーンを率いたリーダーは永久に沈黙したのだった。
●
「リーダーらしき個体は討たれたぞ! 統率を失ったワイバーンはなお東を目指している、気を付けたまえ!」
テンゼンの都市内に、増幅され、爆音となったロベリアの声が響く。
ワイバーンは人語を解さないので、情報伝達に声を使っても作戦を気取られる心配はないのが強みだ。
負傷者の手当を担うロベリアがいたのは中心部のバザール付近であったが、そこにもワイバーンは現れ始めていた。
「魔法陣の儀式はきっと成るはずです。それまでどうにか持ち堪えてください」
バザール付近では、キサキ・アカネが全体の指揮をとっており、その指示伝達には【勇牙】の面々も一役買っていた。
キサキの指揮に応え、メルトウォール捕虜隊がワイバーンへと打ちかかる。
その中には、コボルトや、魔獣使いに操られた魔獣などの姿もあった。
少なくとも今この戦場において、種族の枠を超えた共闘が成り立っている。
それが最初に種族融和を唱えたバイア―ディスを討ち果たすための団結、というのは何の皮肉であろうか。
「……ま、杞憂ならよかったわ。雑用だけでも役には立つでしょうし」
デイジー・ロックウェルは雑用にあたりながら、捕虜隊の中にスパイが紛れていることを警戒していた。
しかし捕虜隊の士気の高さを見てとって、これ以上の心配は不要と悟る。
「救える命を取りこぼしはせんし、邪竜の牙など届かせぬ。それが我らの戦い故に」
こうした戦いで次々と出る負傷者は、バザール内のフェイサル・セイフが癒していた。
運び込まれる負傷者の中には、コボルトなど亜人の姿もある。
治療術に自負のあるフェイサルは、軽傷者は簡易な手当てを行う者に任せ、自身は重傷者を担当するのだった。
●
ワイバーンたちはリーダー格を失うも、一部は東側にある二つの塔に到達していた。
「ついにここまで来ましたか」
北東の塔を守るナンチ・ヤジナイが、鋭い目つきでワイバーンを見据える。
ナンチは猛然と駆けてワイバーンを弓の射程内に収めると、次々と矢を射かけていく。
「ダメよ、余所見なんて寂しいわ」
夜空のような霧でワイバーンを包み込み、自身へと夢中にさせたのは【綺譚】のアンネエルカ。
瞬間的に能力を向上させた守りで、地上へと向かってきたワイバーンを受け止める。
これにより、アンネエルカはワイバーンを地上に釘付けにすることに成功した。
「クレア、翔べ!」
「目指せ、ワイバーンライダー!」
ワイバーンが高度を落としてきたのを見て、アーシェル・G・クラインが叫ぶ。
クレア・エクレールがアーシェルの背を蹴り、爆発的なエーテルの噴出により宙に踊り出した。
ワイバーンの背に乗ると、クレアは母蜘蛛糸でワイバーンの首を絡めようとする。
糸はすぐに引き千切られてしまうが、クレアはエーテル毒をまとわせた暗器でワイバーンを苦しめた。
「尾を振り回されたらやっかいだ。切り離すぞ!」
アーシェルは暴れるワイバーンを抑え込みながら、エーテルをまとわせた大剣をワイバーンの脚へと打ち込む。
エーテルに身体を蝕まれ、見るからに動作が鈍っていくワイバーン。
「こんなデカブツとやりあう機会がないから、楽しみだな」
アルフィー・リッパーの持つ黒猫の尾は、言葉とは裏腹にふるふると震えている。
「大丈夫、あなたならできるわ。怖いのがなくなるおまじないよ」
同じく黒猫の特徴を持つルフィナ・ヴィオレットは、そんなアルフィーをそっと抱く。
それで震えを止めたアルフィーは、果敢にワイバーンへと向かう。
ワイバーンの後方に回り込み、赤光をまとった細剣をワイバーンの尻尾に突き刺すアルフィー。
すると赤い光は糸となり、ワイバーンの尻尾を縛り付けた。
激しく抵抗するワイバーンにより受けたアルフィーの傷を、ルフィナが癒していく――。
都市の東側に展開する【綺譚】は、同時に南東の塔の守りにもついていた。
「監視塔を守り、魔術師という方のやることを見届けましょうか」
ナハト・シュライバーは塔に向かうワイバーンの視界を煙幕により潰す。
ワイバーンの認識からナハトが外れようとする間に、ワイバーンが煙を迂回してしまったため不意打ちはならなかったが、ナハトは体勢を崩したワイバーンの翼に矢を射ることに成功した。
「飛竜に地面の良さも教えてやろうじゃないか」
ローザリカ・L・ディオールが杖を上空のワイバーンへと突き付けると、鋭い魔法の光が飛翔し、ワイバーンの翼を貫く。
「飛竜落としか。鴨撃ちよりも楽しいかもね」
ジュスト・ヴェルジーはステッキの鷲を象った持ち手を握り、振るう。
ワイバーンにエーテルの煌めきが収束したかと思うと、途端、巻き起こる暴風。
強風にあおられ、たまらず体が傾ぐワイバーン。
そこへジュストは緑色の光弾で翼を撃ち、その皮膜を脆くする。
「あらあら、勇敢なのは若さですわね」
追い打ちをかけるように、フィリスティア・リュナ・ブルーメルティスによる氷の矢がワイバーンの翼に炸裂。
翼が凍り付いたように羽ばたきを鈍らせ、ワイバーンはついに大地へと引きずり降ろされる。
「ワイバーンはブレスで抵抗するつもりのようですわ」
「飛竜などの好きにさせるものか」
フィリスティアの鳴らした警鐘に反応し、ローザリカが薔薇色に彩られた扇をワイバーンに向ける。
ワイバーンは光の壁に取り囲まれ、ブレスが冒険者たちに届くことはなかった――。
●
「もう大丈夫。私が皆さんをお守りします」
ミア=リゼルが小花の装飾が施された細剣を構えて念じると、友軍の負傷者の傷が見る間に塞がっていく。
南西塔の根本に設けられた医療拠点には、友軍を中心に続々と負傷者が運び込まれていた。
負傷者の治療にあたるだけでなく、時には稲妻を荒れ狂わせる霧で医療拠点に近づく敵を追い払ったり、ミアは大忙しである。
いつまでこのような状況が続くのか――戦場に立つ者たちが焦りを感じ始めた、その時。
四隅にある塔が、激しい輝きを放ち始める。
まるで雷が走った時のように、空が白く染まり。
刹那、テンゼンに集ったありとあらゆる者たちが――敵味方を問わず――ふっ、と体から何かが抜き取られるような感覚を覚えた。
はっとして西へ目を向けた者の視界には。
遠く草原で戦っていたバイアーディスが、ぴたりと動きを止めたのが映った――。
【3】改造魔法陣および対邪竜武器による弱体化直後、バイアーディスに突撃(執筆担当マスター:革酎)
●
西にマミダ、東にテンゼンを望む大草原。
膝丈の草が大海原の様に広がる穏やかな風景だ。だがその中で巨大な異形が苦しげに呻き、のたうち回る様な勢いで身じろぎし続けている。
邪竜バイアーディスの肉体に突如として異変が生じた。その原因を、冒険者とドワーフ王国兵はビッグオウムで上空を舞うアダムからの合図で知った。テンゼンでの秘策が発動したのだ。
ここでシグルランが采配を振るった。バイアーディスが動けぬこの瞬間こそが、新兵器の威力を発揮すべき時である。
最初にバリスタ・レーヴァテインとバリスタ・リジルが口火を切った。二基ずつ用意された強力な対邪竜バリスタは破壊の嵐を邪竜に叩きつけた。
まず、大量の矢が一気に邪竜の全身を呑み込んだ。次いで特製酸弾頭の群れが邪竜の硬い鱗のそこかしこを溶解せしめる。
更に投石器『楯を壊すもの(ランドグリーズ)』とパイルバンカー『勝利を促す者(シグルドリーヴァ)』を有効射程まで接近させる必要があったが、理性を失った邪竜とはいえ、そのままで距離を詰めるのは危険に過ぎた。
そこで【騒隠】のテテリカと【誘撃】のルチル・プルメリア・グレイハーツが同時に動いた。ふたりはいずれも濃煙炸弾を駆使した視界遮断策を用意していた。
(アタイは左の視界。テテリカは右)
ルチルがテテリカの栗鼠に身振りで示す。これを受けて、今度はテテリカが中央を進む【兵】のセリオス・オーガストに手信号を送った。
(俺とルチルで視界を少しの間、潰す)
セリオスはテテリカに頷き返してから、邪竜との距離を詰め始めた仲間達の後に続く。セリオスは射撃技能を選択し、攻撃に専念する運びとなっていた。
直後、邪竜と友軍の間に煙幕の壁が立ち昇った。敵の視界が遮られ、投石器とパイルバンカーが馬蹄を轟かせて同時に急速接近を開始。
更に【兵】と【誘撃】、【騒隠】をはじめとする面々が各配置へと走り始めた。
煙幕を張ったテテリカとルチルもすぐさま攻撃に切り替え、各々の火力で邪竜の注意力を分散させる。尤も、今の邪竜に精神的余裕があるとも思えなかったが。
ともあれ、ここからが本当の勝負だ。
対バイアーディス、第二ラウンドの幕開けである。
●
激痛に我を忘れた邪竜は煙幕に隠れた投石器とパイルバンカーの接近を簡単に許した。
頭上からは巨石が降り注ぎ、地上からは巨大な槍が獰猛な勢いで迫る。邪竜は躱す余裕も無く、まともに喰らった。
如何に理性が失われているとはいえ、邪竜の反撃は天災に近い。兵器群を打ち込むため肉薄したドワーフ王国工兵隊はすぐさま離脱しなければならない。邪竜は咆哮を轟かせ、統制の利かないまま巨大な尾や脚を振り回し始めた。
「おっとと、危ない危ない……さあドワーフ達、ここは退くのが吉だ」
ラッパを吹き鳴らしながら、【騒隠】のアデッサ・ハーレイが呑気に呼びかける。ギャメルも同じくラッパで勇壮な旋律を奏で、邪竜の意識を撤退するドワーフ王国工兵隊から逸らすことに成功した。役目を終えた投石機とパイルバンカーだけが邪竜の怒りを受けて吹き飛ばされる。
「恨みはたっぷり買ってんだろ……清算の時だぜ」
吹き口を離して不敵にいい放つギャメル。招霊呪怨縛を発動し、敵の意識を自らに向けさせた。
一方アデッサは邪竜の注意を引きつけながらも、顔馴染みとなったドワーフ達のバリスタ隊に翼への攻撃を指示し、早い段階から第二射の狙いを絞らせておいた。これが後々大きな成果を生むことになる。
ドワーフ王国工兵隊が撤退すると同時に、正面からはエルゼリオ・レイノーラとザザ=ステルヴィナが、側面ではトーラとナハティガル=ラーがそれぞれの位置を取った。
「まだ理性は戻っていないみたいだね」
「だったら、今がチャンス!」
エルゼリオが邪竜の前脚目掛けて突撃し、ザザは銃眼光壁で守りを固めながら魔力を叩き込む。この銃眼光壁は邪竜にとっては初見ではあったが、前脚の破壊力にはそう長くは持たないだろう。
一方のエルゼリオも守りを固めてはいるが、スキルの構成上も自身の防御力に重きを置いた訳ではない。幾らか打撃を叩き込んだところで一度は退く必要があった。
その間に、トーラが死角から魔弾を駆使しての一撃離脱戦術に入った。こちらも即座に致命傷を与えるには至らないが、破壊の積み重ねは決して馬鹿には出来ない。
「ナハティガルさん! アダムさんは動いてくれそう?」
突入の瞬間を伺っているナハティガルの傍らへと後退した時、トーラは息を弾ませて訊いた。ナハティガルは煙幕の中で頭上を見上げる。
「まだ早い。確実に打撃を積み重ねなければ、邪竜はアダムの術には引っかからないだろう」
ナハティガルには邪竜を仕留める秘策があったが、今はまだ早い。戦いには流れがある。その流れを掴み切るまでは動くべきではない。
そんなものなのかと感心しつつ、トーラは再び一撃離脱戦術へと入った。
●
コルネリウス・アーラは今回【誘撃】の一員として邪竜討伐に加わったが、培ってきた防御戦術はここでも変わらない。
ゲルダ・クラインとコルネリウスの二大防壁という形で挑む【誘撃】は、ふたりの防御力をどこまで維持出来るかが勝負の鍵となる。
この時、邪竜は正気を取り戻しつつあった。過剰エーテルにより巨躯が崩壊し始めた為に、却って理性を取り戻した格好だった。直後、巨大な口から呪詛の咆哮が響く。
「馬鹿な、こんな筈では……話が違うぞ!」
誰に対する怒りなのか、冒険者達には分からない。分からないながらも彼らは四方八方から挑みかかり、巨体のそこかしこに打撃を叩き込もうとしている。流石にこれは拙いと踏んだのか、邪竜は傷ついた翼を広げて頭上の優位を取り戻そうとした。
ところがバリスタ隊の猛攻が片翼へと集中。更には幾人もの冒険者が同じ翼への攻撃を加え、飛び立つ間もなく邪竜は飛行能力を失ってしまった。
満身創痍の邪竜は地上での突破を余儀無くされた。その為には目の前のふたり、コルネリウスとゲルダを薙ぎ払わなければならない。その場で巨体を回転させ、渾身の力を込めた尾の一撃が炸裂した。
ところが弾き飛ばされたコルネリウスとゲルダは膨大な打撃を喰らいつつも即座に立ち上がり、再び盾となる位置へと舞い戻ってきた。
何という体力、何という防御力。鍛えられた力と装備、重ねられた支援の成せる技で、通常では到底、あり得ない。
「まだまだ、これぐらいでは倒れません」
「コルネリウス様、どこまでもご一緒します」
ふたりの女傑の気合に、他の冒険者達が応えた。
まずは蒋・璃龍だ。
「そう何度も攻撃はやらせない、です」
盾ふたりに邪竜の意識が向いている間に強打可能な間合いへと飛び込んでいた璃龍は、翼に続いて後ろ脚への打撃に全膂力を投入した。邪竜は全く意識していなかったらしく、ほとんど何の防御姿勢も取らないまま、璃龍の渾身の一撃を浴びた。
「轟け! 蒼穹雷閃!」
今度はゲルダの傍らから、サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブのしなやかな体躯が弾ける様な勢いで跳び出した。これまでの攻撃で防御力が格段に落ちている箇所に、必殺の一撃を叩き込む。その次の瞬間には盾役ふたりの後方へと姿を消す見事な離脱ぶりであった。
璃龍とサフィラの瞬間的な強襲に加え、ルチルの放つ鏃がじわじわと体力を奪う。邪竜は苛立ち始めた。
この間、リサ・ベイカーとマレーネ・シェーンベルグが僅かな隙を衝いてコルネリウスとゲルダへの治癒を施術していた。素早い回復対応が継戦力の土台となることを、ふたりはよく理解していた。
「よし、応急措置ですけど、これでひとまずは大丈夫です!」
「でもあんまり、はりきってはいけませんわよ。せっかくのびじんさんが、だいなしになってしまいますから」
リサとマレーネの応援は、盾役のふたりにとっては何にも代え難い。敵の圧倒的な攻撃を受ける身にとってはリサとマレーネこそが生命線ともいえる存在だったのだ。
その時、邪竜の後方で璃龍と共に連撃を叩き込んでいたアヴェラ・ウッチェロが合流してきた。アヴェラは回避盾として、一旦ここは任せて欲しいと言葉を添えた。
リサもマレーネも連続しての治癒施術は、確かに辛い。アヴェラが少しでも盾役を引き受けてくれるのなら、これは大いに助かる。
「さ……負ける準備は出来ていて?」
アヴェラはコルネリウスとゲルダを若干後退させて、一歩踏み出した。しかし邪竜の攻撃が炸裂する前に、後方から膨大な魔力の破壊波が奔流となって巨体に襲い掛かる。
リディリディ・トゥラ・イェレミースの魔法攻撃だ。邪竜が巨大な顎を上下に開いた瞬間、竜息吹を阻止する為に第一射を放ったのである。
傍らではイズレンディル・パラリムが、銃眼光壁の設置失敗に小首を捻っている。彼は邪竜の顎の内側への設置を狙った様だが、上手く作動しなかった。
だが、失敗をいつまでも引きずるイズレンディルではない。
「今の攻撃で敵も竜息吹のタイミングには慎重になるでしょう。撃たせないのが最大の防御にもなりますし」
「はい、パラリムさん。次、行きます」
回避盾のアヴェラ、必殺の高火力魔術のリディリディ、そして多彩な魔法攻撃を操るイズレンディル。
邪竜は怒りと同時に、驚きも覚えていた。
人間とは、これ程までに手強い相手だったのか、と。
●
「アイオーン以上の知者が、まさか鼠共の中に居たとはな。今までの貴様らの小細工は全て時を稼ぐ為、窮鼠猫を噛むとはこのことか」
話す間にもエーテルが己が身を蝕むことを感じる。死を悟ったバイアーディスの鋭い眼光の中から嘲りの色が消えた。慢心を捨て、最強の生物としての誇りを全面に押し出し、人間達との最後の勝負に挑む。
邪竜が覚悟を決めた――それは恐るべき強敵として覚醒した瞬間だった。
対する人間側はコルネリウス、ゲルダ、アヴェラが尚も盾役として機能している。攻撃の手を一気に進めるのは今、この時しかない。
「案外、逃げるって発想は無かったか」
邪竜の逃亡を予測していたディアンは肩透かしを食った気分ではあったが、敵が逃げないなら全力で挑むばかりだと気を取り直し、翼が失われた側面から攻撃を仕掛けた。
そのディアンと偶然肩を並べたのが、ハッタ・ムラムラだった。
「何やかんやで、めっちゃ殴れば大体死ぬ」
という神からのお告げを聞いたらしいハッタは、何事に於いても相手を弱らせてからが勝負だと心得ている。今の邪竜が、まさにそうだ。
ところがディアンとハッタを押しのける様な勢いで突撃を仕掛ける者が居た。ナキルである。
当初ナキルは投石器での弾頭特攻を希望していたが、諸々の理由から却下された。
仕方が無いので何とか好機を捉え、自身の足で突入するしかない。それがまさに今だった。
「これでも喰らえッ! 雷神剣ーッ!」
雷の如き勢い。ディアンとハッタも、負けじとナキルの後に続いた。
一方、ベルク・オスマットとフレイヤ・サンライズの両名は徹底して邪竜の後方に照準を絞っていた。狙うは圧倒的な破壊力を誇る長い尾だ。
「もう結構、打撃入ってると思うんだけどな」
未だ切り落とせない現状にフレイヤは不満を示したが、ベルクは違う。フレイヤの大太刀攻撃を補助しつつ、状況を常に観察し続けてきたベルクは、邪竜の尾を用いた攻撃回数が減ってきている事実を把握していた。
しかしその脅威が除かれた訳ではない。まだ手を緩めて良い段階ではなかった。
その時、リディリディの仕掛けた銃眼光壁が邪竜の尾の動きを阻害した。チャンスとばかりにフレイヤは再度の攻撃を仕掛け、ベルクがそのサポートに入る。二撃、三撃と刃を叩き込むフレイヤの手には、確かな手応えがあった。
ここで邪竜は後方に蹴りを放ってきた。尾に意識を向けていたふたりは不意打ちを喰らったが、しかし大事に至らなかったのはフェミナ・ノ・リビディーネが咄嗟に飛び込んできて、治癒を施術してくれたお陰だった。
「大丈夫です。誰も、死なせません」
フェミナに窮地を救われ、ふたりはほっと安堵した。邪竜の尾は未だ健在だが、ここまでの攻撃で相当に打撃が蓄積されている筈だ。フェミナも尾への攻撃の重要性は理解しているらしく、引き続きこの場に留まって支援してくれる様だ。
「倒しましょう。それが生き残る為の唯一の道です」
フェミナの声は穏やかだが、しかし同時に力強くもあった。盾役には回復役が絶対に必要だが、それは攻撃専任者に対しても同様だろう。
●
ヨル・スレイマンの支援で邪竜の背中に飛び乗り、首元近くまで登ってきたナハシュだったが、既に先客が居た。【兵】のサイラスだ。
サイラスは母蜘蛛糸のロープを活用し、バランスを取って至近距離からの打撃を加え続けていた。
「お、固定具無しで登ってくるのは危ないぞ」
「うーん、やっぱ厳しいかなぁ」
得物を振るいながら笑うサイラスに、ナハシュは頭を掻いた。この激しい戦闘中ではエリアサイレンスも途切れてしまい、話も通じる。ならばと邪竜の片目を貰おうと画策したが、こちらも単独では無理かも知れない。
その時、ルチルの放った矢が邪竜の左目に深々と突き刺さった。ナハシュはここぞとばかりに刃を振るい、同じく左目を抉る。流石にくり抜くまでには至らなかったが、これは相当な打撃となった筈だ。
が、次の瞬間にはナハシュは振り落とされていた。サイラスの様に固定具を用意していなかったのだから、当然といえば当然だ。
「目的は、果たせたかい?」
ヨルが駆け寄ってきてナハシュを戦闘区域外まで引っ張っていった。墜落で全身をしたたかに打ち付けたナハシュに治癒術を施しつつ、邪竜に視線を向ける。戦況はいよいよ、終盤に入ろうとしている様だ。
「土産に片目を潰せたから、まぁ良しとするか」
邪竜の背で見晴らしの良い草原を堪能出来たし、ナハシュとしては満足だ。
ヨルはただ、苦笑するばかりであったが。
その頃、邪竜の背の上では同じくフリーダ=ブロムヴィストとキオルティスが取り付いていたが、フリーダはロープが上手く掛からず、強烈な一撃を叩き込んだ後、そのまま落ちてしまった。
「落ちなさいという天啓がございましたので!」
「ははは……それ、本当かい?」
他の【兵】の面々を母蜘蛛糸のロープで引き揚げてから、キオルティスは呆れ顔で軽く笑った。如何にもフリーダらしいといえばらしいのだが、この局面で彼女らしさを発揮するのも如何なものか。
それは兎も角、キオルティスは邪竜の首に得物を集中的に叩き込んでいた。が、矢張り鱗が相当に硬く、簡単には刃が通らない。
ならばと、キオルティスに邪竜の背中へ引き上げて貰っていたケン・Z・ブラッドリーが気合満点の一撃を叩き込んだ。
「盛者必衰、驕れる者久しからず。てめぇは人間を舐め過ぎたんだよ……雲耀の一刀、喰らって逝けよ!」
今度こそ首を落とせたかと期待したが、まだ邪竜の頸部は健在だ。鱗には無数の傷が入っているが、砕くまでには至っていない。
地上の面々も、手数で攻めているが、決定打が足りない。
「中々そう簡単には首は貰えんか」
邪竜の一撃を喰らって尚も立ち上がったアルベルト=V=シュタールシュヴェーアト。彼の剣技は相当な打撃を加えた筈だが、とどめを刺すには至っていなかった。
「一旦、退くぞ。うぬのその負傷、尋常ではない」
ウォン・ジンユゥに諭され、アルベルトは渋々ながら頷いた。ウォンの防御支援を受けてもこの状態だ。無理は禁物であろう。
「私とアスティンさんで注意を引きます。その間に後退を」
シャーリー・ブラウンがアスティン・ヴェルラインと共に、邪竜の顔面付近に矢を集中させ始めた。生憎ながら相棒の狼グレイではロープ上を走ることが出来ず接近戦には参加出来なかったが、アルベルトとウォンの後退を支援する力にはなれた。
「閃光塗弾は駄目だったし、普通に炸光矢で攻めた方が良さそうだね」
アスティンは早い段階で閃光塗弾を試していたが、邪竜は瞼を閉じることでこれを回避していた。結局のところ、頼れるのは自身の技能のみというのが現状だった。
しかし、悲観する必要は無い。邪竜は相当に弱っている。もうひと押しだ。ここを乗り切れば、勝てる。
苦しい時間帯だが、それは相手も同じだった。
ここでグレイ・ナックラーが邪竜の足元に稲光を走らせ、動きを一瞬封じた。スタティックフィールドでの目潰しも考えたのだが、範囲型の魔法で顔を狙うのは噛み合わず、さりとて普通に使えば味方も巻き込んでしまうのでそちらは諦める。
「さぁて、次は顔面にメテオライトなんぞはどうかな?」
薄く笑うグレイ。その笑みが一瞬で消えた。
邪竜が渾身の力を振り絞り、竜息吹の態勢に入ったからだ。
●
竜息吹はしかし、不発に終わった。
イズレンディルとザザが銃眼光壁を咄嗟の連携で射線を塞ぐように設置し、更にレティシア・レインフィールが仕掛けた光縛封が時間差防壁となった。邪竜が最後の望みを託した必殺の一撃は、僅かな距離を不完全に焼いただけで相殺された。
「あら、狙った訳ではございませんが……上手く、防ぎ切ることが出来ましたわね」
徹底して回復や支援役に自らを任じていたレティシアだったが、思わぬ形で冒険者達を窮地から救った。
するとここで、ヴィルヘルミナが猛然と突撃した。竜息吹を駆使した邪竜に隙が生じていたのである。
「……灼雷」
竜息吹放射の為に仁王立ちとなっていた邪竜の右膝を、見事に砕いてみせた。邪竜は体勢を崩して腹這いとなったが、咄嗟に剣の様な鉤爪を振るう。が、それよりも早くサマエラ=フォリウムの魔弾が襲い掛かり、ヴィルヘルミナへの反撃を阻止した。
「もう少しだ。敵は切り札を封じられ、動揺している。ここで一気に攻めるぞ」
サマエラの支援を受けたヴィルヘルミナが再度の突撃態勢に入ったが、邪竜は最後の力でもう片方の豪腕を振り回してきた。
流石にこの一撃は竜息吹をしのいだ直後のコルネリウスやゲルダに防ぎ切れるかどうか、というところでシグルド・オルセンが割り込んできた。
実にシグルドの防御力は彼女達をも凌駕していた。
「……これが邪竜の一撃か。成程、重い」
最終局面でコルネリウス、ゲルダに次ぐ強力な盾の登場に、冒険者側は勢いづいた。
この時、アダムが動いた。ナハティガルの要請に従い、大量のエーテルを練り上げて『偽太陽』を発動させたのである。眩い程の光量が頭上から降り注ぎ、攻撃魔法と誤認した邪竜は思わず頭を下げた。
迂闊だった。打撃が蓄積して満身創痍となった邪竜は判断力が大いに鈍り、この局面で弱点を晒してはならぬという鉄則を破ってしまったのだ。
喉が、手の届く高さでがら空きになった。背面から後頸部は硬い鱗で覆われているが、喉はその可動構造上、柔らかい上に防御力が極めて薄い。
所謂、逆鱗と呼ばれる部位だった。
最初にナハティガルが走った。次いでヴィルヘルミナ、更には【兵】や【騒隠】、【誘撃】の攻撃主力達が一斉に殺到する。ドワーフ王国の授恵者で構成される精鋭部隊も、試作型チェーンソーブレードを振るって突撃した。
暴虐の限りを尽くしてきた邪竜バイアーディスは遂に、斃れた。
大地に突っ伏し、緑の草原を鮮血で紅く染めてゆく。
「鼠め、次から次へと……これが、お前達の強さだと? ふふふ、良かろう……俺は死ぬ。強者たる俺を踏み越えて先へいくが良い、人間共よ」
ここでバイアーディスは、事切れた。しかし何かから解き放たれたかのような最後の声に呪詛の念は無く、長い生の最後に本当の強者と巡り会え、エーテル崩壊による死ではなく戦いの中で果てる事が出来た満足感だけがあった。
巨大な遺骸は、ドワーフ王国が持ち帰る運びとなった。が、一部の冒険者がおこぼれとばかりに鱗や爪先を持ち帰るのを、シグルランは止めなかった。
「良いんじゃね? 使いこなせるなら、やってみてもさぁ」
それが彼女のスタンスらしかった。
【4-1】都市マミダ奪還。蜂起したメルトウォールと共に敵軍掃討。住民避難誘導(執筆担当マスター:そうすけ)
●
【小救】が身を潜める森の一角にはまだ、バイアーディス討伐の報告は届いていない。だが、風に乗りかすかに聞えてくる叫声と喚声が、いまが攻め時と都市マミダ奪還の合図を送ってきている。
風に揺れる草葉の音を聞きながら、カズマ クレセントブラッドは細剣の柄を握りしめた。
――もう待てない。
すると伝令犬が草原を走ってきて、投石機の横で待機する兵士の足元に素早く滑り込んだ。
首輪に結ばれた指示書を兵士が読み上げ、技師が投石器「轟かす者」の角度と方向を微調整する。
「準備よし、撃て!」
兵士が槌を振り下ろして引き金を叩くと、轟かす者はゴンという衝撃音と共に人よりも大きな岩を宙に放った。
南の城門付近の壁に大穴があいた。砂煙を盛大に上げながら城壁が大穴から崩れる。
授恵者たちは一斉に森を飛び出した。
カズマはエーテルを乗せた黒爪剣を横薙ぎに振るい、穴の前に山積する瓦礫を吹き飛ばした。
「俺が道を開く、どんどん行け!」
返す手で、山から転がり落ちて来きた瓦礫をさらに薙ぎ払う。
集まってきた翼竜たちが、傍らを駆け抜けていく【竜滅】ら冒険者を狙い急降下してきた。
ウォルナ・パイパースが長杖を標的に突きつける。
「避難の邪魔はさせないわよ」
紅蓮の輝きを放つ炎玉が、派手な炎の尾をひきながら飛び出した。翼竜たちの鼻先で炸裂し、広がった爆炎が竜翼を飲み込む。
カズマは火の粉を払いながら声を上げ、捜波で見つけた人々の位置を仲間たちに告げた。
断末魔をあげながら落下してきた翼竜の横を、バクル・バスリーとミウミがくぐり抜けていく。
授恵者たちに救いを求めて、燃える建物の影から親子が走り出てきた。
親子が出て来た建物の影にはまだ二人とどまっている。
リズ・ジェイド・フローレンスは親子の服の火を消し、魔法で火傷を癒した。
「そこのあなたたちも早く!」
足をすくませている二人に声をかけると、やっと走り出した。
親子たちを壁の外へ逃がしたリズとカズマ、ウォルナの三人は、すぐに先行した二人に追いついた。
合流した数十人の市民とともに、街からの脱出を目指す。
途中、不要な戦闘を避けるためにバクルが角々で鏡を出して先を確認する。三度目の曲がり角で、その用心が報われた。
「ストップ」
「どうしたでありますか、バスリー氏?」
「ドラゴンだ。ボクがシーザーロアで引き付けるから走り抜けて」
「ドラゴンが邪魔なら蹴散らすまでよ!」
杖を構えるリズを制して、ミウミは急いで地図を広げた。
「避難する人もいるので危険であります。この先は諦めて、進路変更するでありますよ!」
ミウミに導かれ、一行はシノビの地下通路を目指すことにした。
●
2班に分かれ、市中を左回りと右回りでそれぞれ駆ける【竜滅】は、途中でメルトウォールと合流して味方を増やしていった。
敵の気配を感知したサラとだわの二人は、曲がり角と空を睨んで臨戦態勢だ。
「だわおにいちゃん、……ドラゴン、来る、よ。上からも」
先に姿を現わしたのは、空の翼竜だった。
メルトウォールのシューターたちが先制攻撃を仕掛ける。魔法の矢を連射して弾幕を張り、降下してきた翼竜の強襲を阻んだ。
弾幕をついて翼竜の首が地上に伸びてきて、不運なコボルト兵が一体、腕を食いちぎられそうになる。
「……させるか」
だわは翼竜の横っ面にシーザーロアの殺意を叩きつけた。獰猛な顔がぐるりと彼の方へ向き、コボルト兵は慌てて後退する。そこへ、曲がり角からドラゴンが躍り出てきた。
「だめっ」
サラは弓を引いて、ドラゴンの片目を潰す。咆哮をあげる竜の横腹目掛け、メルトウォール兵たちが殺到していった。
【竜滅】の別班。ドゥーンフォルトが声を張って人々に避難を呼びかける。
「自分たちが必ず守りますから、逃げてください」
――と、唐突に殺気が引き、翼の風切り音が遠のいた。
(これは……。敵の軍勢が息を継いだ瞬間、か)
ドゥーンフォルトがそう思うと、視界の端で嵐丸が笑った。聴覚がするどい嵐丸も同じことを感じとっていたらしい。
次の刹那、再び全ての音が甦る。
上空に翼竜が二体、前方の建物の影からドラゴンが現われた。狙われていたのは彼らではなく、少し離れたメルトウォール兵だ。
ブレスの巻き込みを警戒して位置取りを変えたドゥーンフォルトが、シーザーロアを放つ。
殺意を叩きつけられたドラゴンは、怒りに震えて上体を仰け反らせた。
「隙あり! 拙者の全力、受けてみよ!」
嵐丸の研ぎ澄まされた雷の一閃が、無防備にさらされたドラゴンの柔らかい胸を襲う。
白銀の光を放つ大太刀が肉を裂き、骨を断ち、その奥に守られた心臓を切った。
授恵者たちを翼を広げた翼竜の黒い影が覆った。
その時、燻る壁を軽やかに駆け上る影が一つ。
ブレイドだ。
東雲・更紗が魔弾を飛ばして敵の降下軌道を反らせ、ブレイドをサポートする。
「竜がたくさんですよー、ブレイドさん」
「事が済んだらドラゴンステーキにありつくとするか」
一気に屋根まで駆け上ったブレイドは、エアーライドを発動させて空へ跳んだ。
片手をマジカルポケットに突っ込んで大型楽器を取りだす。
「落ちて肉になれ!」
目と鼻の先に迫った翼竜に大型楽器を投げつけた。
鼻を折られた翼竜がすぐ横を跳んでいた仲間にぶつかって、もつれながら落下する。
落ちて地響きを立てた翼竜の一体に、更紗はフリーズボルトをかけた。
首を起こしたもう一体の頭を、母蜘蛛糸のロープを壁に張りつけたブレイドが振り子運動の蹴りで叩いて気絶させる。
ストレガ・L・リベルガストラが応援に駆けつけてきた。
「トドメは任せるのだ!」
ストレガは体の周りに小さな光球をいくつも出現させると、折り重なった翼竜たちに向けて放った。
「喰われる前に喰う。ドラゴンステーキにしてやるのだ」
無数の光弾が敵を貫き、断末魔の悲鳴があたりに響いた。
●
時計塔に近い中心地。
翼竜は避難誘導を行う授恵者たちのすぐ真上にまで達しており、旋回して隙を窺っている。
すぐに強襲してこないのは、メルトウォール軍が放った牽制の魔法が効いて警戒しているからだろうか。
リコリス・アデュラリアは眼前のドラゴンの呼吸音に注意深く耳を傾けた。
(――くる)
予兆を得たリコリスは、即座に警告の笛を吹き鳴らす。同時に非授恵者を含むメルトウォール軍および避難住民たちを護るようにアイアンウォールを設置した。
ドラゴンから黒炎のブレスが吐き出された。
アリオン・リューは咄嗟に避けたが、ブレスが通った後は石畳が焼けてただれ、辛うじて防ぎとめたアイアンウォールを溶け焦がす。
竜の姿をした敵とその力に思わず怯んだ。
(僕は――。征竜様に認められる騎士になるんだ!)
片手半剣を手にドラゴンの後ろへ回り込む。仲間の支援を受けながら、気合一閃、長い尾の根元に刃を振り降ろした。
名もなき刃は鮮やかな軌跡を描き、ドラゴンの尾を覆っていた鱗とその下の肉を切断した。
流れ出した鮮血が、黒い鱗を赤く染める。
激痛にのたうつドラゴンを、魔力を高めたロドリック・アルカインのフレイムゲイズが襲う。
真っ赤にのたうつ魔力の炎が、巨大な渦となってドラゴンを直撃した。炎に纏わりつかれたドラゴンに、四方から巨大な緑のトカゲが襲いかかる。
「味方、なのだよな?」
ロドリックの疑問ももっともなことで、巨大トカゲの傍にメルトウォールの魔獣使いがいなければ、敵同士で仲間割れしているようにしか見えない。
いまのうちに、と授恵者たちの元へ走る市民に翼竜が襲いかかる。
ルスト・ブレイズリーは短剣に赤光のエーテルをまとわせると、砂埃を立てて着地した翼竜の首を斬りつけた。
太刀傷に沿って光糸に変じたエーテルが勢いよく這い、首から背の翼に掛けて幾重にも巻きつく。
ルストは短剣を持った腕をぐっと引き下げた。
「伏せ! ……いい子ね。みんなが行くまでじっとしてて」
もがく翼竜の横を、【風花】とアリア・ティーダが駆け抜けていく。
●
【AHL】【ふしぎ亭】【豺狼】ら一部の冒険者たちは、シノビの地下通路を使い、都市南西の端からマミダ内部に侵入していた。
ウォーゼルが真っ先に地上に飛び出し、空を警戒する。
「ワイバーンはいません。俺はいまから屋根に上がります」
次いでパルドが飛び出し、全方向に探波を走らせた。
ウォーゼルがテレパスで知らせてきた敵の位置と動きを後続の仲間たちに手短に伝える一方で、探波で察知した地形情報と天眼を駆使して安全な避難ルートを探る。
(パルド、左の角を曲がったところ。人々を連れたメルトウォール軍がいるよ)
(こっちも見つけた。まずい、ドラゴンが近くにいるぞ。急いで合流して、ここに連れてこよう)
二人が救助に向かった直後、地響きをたてながらドラゴンが建物の角から姿を現した。
【AHL】と【ふしぎ亭】の面々が迎え撃つ。
ドラゴンの両足首に狙いを定め一斉攻撃を加える。
エーテルの斬撃が、魔力の矢が、蒼脚竜目がけて雨の如く降り注ぎ、固いドラゴンの表皮もこの攻撃にあっさりめくれあがって無残に骨を晒した。
咆哮をあげて巨体が倒れる。
どう、と地面が揺れて土埃が上がった。
ドラゴンにトドメを刺した後、マリイ・パルティスの鼬を背に張りつかせたシニング・W・テュパラとララベル・サン・ディーベルの二人は、それぞれ別の建物の壁を駆けあがった。
東西に分かれて広く戦場を俯瞰し、それぞれの仲間に向かうべき場所と敵の動向を伝える。
【AHL】と【ふしぎ亭】の面々は市民を救うべく二手に分かれた。
マリイはテュパラと同行する鼬から随時戦況を得て、目的地までの最短ルートを味方に伝える。
「そこの角を右です」
先で、ごう、と風が渦巻く音がした。たたらを踏んで立ち止まる。とたん、青い翼が視界を遮った。
地上に降りた翼竜が嘴で攻撃してくる。
「自ら下りてくれたのは好都合です!」
放たれた風読みの矢が翼竜の片翼を破いた。
駆けつけて来たメルトウォールの亜人たちと、ルカ・アインス・シュテルンが身振り手振りをくわえて連携を図る。
ルカは翼竜の嘴を盾で防ぎながら、傷ついた彼らの回復を行った。
「なんで俺は最前線にいるかね」、と大剣を振りながらぼやくのはウィレムだ。
片翼の翼竜が自分の上にさしかかった時、ウィレムは残る翼へと衝撃刃を放った。
予想もしなかった致命的な一撃を被った翼竜は、墜落の瞬間に甲高い声をあげた。それを聞いて別の翼竜が北から飛んできた。
通りの反対側からは、メルトウォール軍に連れられた市民たちが逃げてくる。
すぐこの場から引き離さなくては。
「おい羽トカゲ、何しに来てるのか知らないがこっち来い」
翼竜を挑発し、自らおとりになったウィレムは、大きな樽を幾つも並べた酒屋へ走った。
ひょいと樽の上を跳び越えて店内へ。
「頼む」
「任せろ」
鋼の短弓に矢を番えたSvart・Nattが樽の上に顔を出す。
空気を瞬時に切り裂く鋭い音をたてて弦が弾け、矢が音もなく滑るように放たれた。店内を覗き込んだ翼竜が出会いがしらの矢にぎょっとして身を引く。
Svartは樽の後ろで立ちあがると、テレパスで市民を逃がすテュパラに状況を伝えた。
(東の空から翼竜がくる。避難を急いでくれ)
了解、とテュパラが返礼する。
その時、南の空に閃光塗弾による光が瞬いた。
●
シェオルはしつこく突いてくる翼竜の嘴を、腐食性のエーテルを纏わせた刃で切りつけた。
たちまち嘴が腐り崩れる。
だが、すぐに別の翼竜が嘴を失った仲間を押しのけて、嘴を突っ込んできた。
狭い行き止まりの路地の果て、背後に庇った子供たちの泣き声が大きくなる。自分一人ならいくらでも逃げようがあるが、この子達を見捨てていくわけにはいかない。
(まだ……来ないの、かな)
矢を番え、翼竜の目を狙って撃つ。
――と、翼竜の姿が消えた。
「お待たせ!」
見上げた先にララベルの笑顔があった。
閃光塗弾の光を見た【ふしぎ亭】が救助に駆けつけてきたのだ。
「さぁ僕達が一人でも多くの人を助ける、道標になるよ! アリエッタ、彼らを連れて先に西の城門へ」
アリエッタがさっきまで翼竜たちが塞いでいた路地の先に顔を出した。
シェオルとともにうずくまる子供たちを抱き起す。
「あたしと一緒に街の外へいこうね」
一行を上から見送ったララベルは、テレパスを駆使する一方で、シノビたちとも連携して避難ルート上にいる敵を遊撃的に叩き、恋人のアルラ・ニグラスとともに精力的に西城門への避難路を確保していった。
アルラは有事に置いてもお色気を隠す気はない。
(ラキスケも……まぁ市民的には生きる気力になるかもだし?)
健全な色気は生きる気力と戦う力を奮い起こさせる、と信じているのだ。
楓月・千弦はペットの栗鼠とともに屋内に隠れている人々を見つけ出しては、安全な逃走ルートを教えて逃がしていく。
若いカップルの背を押して逃がした直後、栗鼠が鳴き声をあげた。
竜翼の旋風が髪を揺らす前にはもう、千弦は矢を番えた弓を敵の目に突きつけていた。引き金を絞り、エーテルの矢を放つ。
倒された翼竜の元に続々と他の翼竜が集まり出した。
仲間を守るため、ゴルバルティアが果敢に修羅場へ飛び込む。
「数がいりゃいいってもんじゃないぜ」
鋭い嘴を盾で弾き返しながら、ゴルバルティアは光の刃を纏わせた短剣を振り回した。
同時に修羅場の外側から、メルトウォール軍と共闘したテュリン・ヴィングが急降下する翼竜たちの背めがけて高速展開式超魔法で強化したメテオライトを叩き込む。
「あなたたちの好きにはさせないわ!」
爆音が止み煙が晴れたあと、翼竜はみな翼を失い地に落ちていた。暴れる敵をゴルバルティアが抑え込み、テュリンや千弦が駆逐していく。
近くの建物の四階にあるバルコニーから遠見していたヒロ・テスタロッサが、肩で息をしているゴルバルティアたちに声を落とす。
「東からドラゴンがきている。北は火災が広がっているから、みんなを連れて真っ直ぐ西へ向かって」
下からヒロは、という声が返ってきた。
「あたし? 他に逃げ遅れた人がいないか探すよ。今は人々が孤立してる――その点と点をつないで、線にするのが仕事だから♪」
●
アリアの指示を受けて、メルトウォール兵たちが都市中央の広場上空を旋回する翼竜たちに武器での攻撃や魔術の詠唱を始めた。
「撃て!」
【風花】のエミリア・シバとメルトウォール兵が放った無数の光球が、翼竜の群れに殺到した。
翼を焼かれた翼竜が次々に墜落していく。
ラティア・ミゼリアは普段は小さく縮こまらせている体を、めいいっぱい伸ばした。敵に向かって凛と胸を張ることで自分自身を鼓舞する。
「私を欺こうとしても無駄です」
ラティアは軽傷にも関わらずフェイクで落下してくる翼竜を鋭い観察力で見つけ出しては、精密射撃で翼を破いていく。一度地に落としてしまえば、メルトウォール兵の数が物を言う。反撃を受けつつも一匹ずつ倒していった。
広場掌握の手ごたえを感じたエミリアは、あとを仲間たちに任せて時計塔へ走った。
壁歩きで天辺迄まで登り、屋根に上がるとすぐにハイディングをかけて敵の目から己の姿を隠す。
時計塔の屋根からはマミダ市内が一望できた。
メルトウォールの戦士が落ちた翼竜の首を掻き切る横で、アリアは次の行動を考えた。
(住民を避難させるにはもっと人と時間が必要だね)
時計塔近くの建物に目が吸い寄せられた。頑丈そうなよろい戸の上に銀行の看板がかかっている。金銀を守る丈夫な造り……一時避難の場所にうってつけだ。
アリアの意図を察したララノアも、翼竜の反撃を受けて怪我をしたメルトウォール兵の肩を担ぎ上げながら銀行へ向かう。
「支え合って……皆で生き残りまし! えっおー!」
重傷者を最優先に、力仕事を手伝ってもらえそうな男性を次に。人々の怪我の手当てをしていると、時計塔のエミリアからテレパスが届いた。
「地図が広げられるテーブルと灯りをくださいまし!」
エミリアからの様々な情報を基に、ララノアは地図に避難ルートを書き込んでいく。
「アリア様、ルートの安全が確保できましたら、ラティア様に馬車を使って怪我人を西の城門へ運んでいただきましゅ」
同時に、外で戦うラティアへはテレパスで指示を飛ばしていた。
「西の城門? シノビの地下通路ではないのかな?」
「はい。エミリア様によると、たった今【ふしぎ亭】の皆様が西の城門を解放したそうです」
マミダ掌握の戦いは大きく動き出していた。
【4-2】都市マミダ奪還。蜂起したメルトウォールと共に敵軍掃討。住民避難誘導(執筆担当マスター:陵かなめ)
●
都市マミダでは、戦いの音がそこここで響いている。
投石器で南城門や周辺の城壁は破壊され、そこから雪崩込んだ冒険者たちがそれぞれの役割を果たそうと飛び回っていた。西城門が開かれ、住民たちを市外へ逃がすための道も増えている。
【喫茶】は未だ戦闘が続く市中からの脱出が困難な住民の避難に力を注いでいた。
「どうしよう、どうすればいいの?」
ネーヴェ・グラヌローザが動けない女性に駆け寄り声をかける。
「大丈夫です、必ず私達が皆様方を安全な場所へとお連れ致します」
そう言って、馬車へと視線を向けた。
「あ……ありがとう」
安堵した様子で馬車へ向かう女性を見送り、ネーヴェは周囲の住民たちにも訴える。
「まずは馬車まで移動しましょう。順番にご案内します」
その言葉を聞いて住民たちが移動を始めた。
Alexandra・Hexe・Claudiaは住民の避難拠点の様子を確認して馬車を引く。
すでに時計塔付近は拠点化された。銀行など周辺の建物に集められていた住民たちを避難させることが第一の課題となるだろう。
近くに敵の影はない。
それでも慎重に周囲の様子を探る。
「今なら馬車を走らせることができます」
ネロが頷く。
「目指すは戦闘区域外だね。僕も護衛するから、一気に抜けちゃおう」
Alexandraはネロの言葉を聞いて、馬車の周辺をもう一度確認する。
ネロも周囲を警戒した。
「うん、出発してもいいと思うよ」
敵の襲撃がない今がチャンスだ。
二人は避難させる住民を荷台に積んで戦闘区域外を目指した。
時計塔周辺に集められた大勢の住民たちの輸送が始まる。
「この経路は行けそうです! 馬車は目立たないように帆布を被せましょう」
エルナ・クルプファルツは準備しておいた帆布を広げた。
街路と同色のそれは、敵からの目くらましに十分な役割を果たしそうだ。
戦闘によって崩れてしまった経路もあるけれど、まだ住民を逃がすだけの道は残っている。
ハリス・アル・ターミルが瓦礫の上でもたついている子供に手を伸ばした。
子供、そして老人を優先して馬車に乗せていく。
「慌てなくても大丈夫、待っています」
「ありがとうございます。ああ、良かった」
ハリスの言葉を聞いて、住民たちがほっと安心したように息を漏らす。
「では馬車を走らせます。お願いしたいのは警護と追撃阻止です」
「マモル、ワカル」
人間の言葉を理解できるコボルトが頷いた。
キーゼはハリスの馬車を守るように走る。
「移送は順調のようですね。シノビ部隊がうまくやってくれたようです」
打ち合わせしていた通り、住民の誘導に手を貸してくれたようだ。
「さあ戦闘区域外を目指しましょう」
「警護はお任せします」
ハリスの馬車が速度を上げた。
馬車の後方には数体のコボルトの姿。守ってほしいという意志は伝わったようだ。
住民の避難待機所は時計塔周辺だけではない。【喫茶】は事前に目星をつけていた市中の路地や建物の死角などにも人々を集め、馬車で回っていた。
「この場所に集まった住民はこれで全部なの?」
コハクは都市の一角に作られた待機所の周辺を警戒していた。
同じく周囲を警戒していたカメリア・ローレンスが申し出る。
「逃げ遅れた人がいないか、周囲を確認してくるわ」
勿論、ここから離れすぎないようにすることが前提だ。
コハクが頷いた。
震えていた一人の住民がコハクに問う。
「……ここは大丈夫なのでしょうか?」
「万が一敵が迷い込んできても、これがあるから」
手元の槍をくるりと回してみせると、住民は安心したように頭を下げた。
カメリアが瓦礫の間で膝を抱えていた子供を見つけた。
「こっちよ、ゆっくり引き上げるわ」
子供を抱き上げる。すると、ぎゅっと服を握られた。
エデル=マグノリアたちも馬車を走らせていた。荷馬車に乗っているのは、高齢者や子供たち、それに負傷していた住民だ。
「パヴェル様、ここを曲がったら一本道よ。敵からも丸見えだわ」
案の定、馬車が角を曲がると同時にズシンと地響きが聞こえてきた。
比較的小型のドラゴンが遠くの後方に見える。
「……あと少しで外よ」
どうかそれまで馬車を走らせたい。
エデルの声にパヴェル・A・サムルガチェフがいち早く反応した。
「おう、承知した。ここでしっかり止めておくとしようか」
すぐに魔法の鉄壁を馬車の後方の地面へ形成する。
分厚い鉄の壁は、強力なバリケードの役割を果たすだろう。
少しの間であれば敵の追撃を邪魔することができるはずだ。
「速度を上げて走れェ」
「はい!」
パヴェルが馬車の荷台に飛び乗った。同時にエデルが黒汗馬の速度を上げる。
荷馬車はドラゴンを振り切るように、真っ直ぐ駆け抜けていった。
「馬車は逃げることができたようですね」
ヴァレリア・ブランシェ・ウィザースプーンは去っていく馬車を見送った。
「ヴオォオオオ!」
鉄の壁に行く手を阻まれたドラゴンが吠える。
「さすがのドラゴンも、その壁をすぐには突き破れないでしょう」
そして自身もアイアンウォールを展開させた。
鉄の壁が再びドラゴンの進行を防ぐ。
「今のうちに、少しでも遠くへ行ってください」
これで馬車の住民たちは大丈夫だと、ヴァレリアは思った。
避難拠点にバリケードを作り上げた【黒槿】は、突進してくるドラゴンとの混戦になっていた。
「悠人、バリケードが破られたわ。右手からドラゴンよ!」
シャロン・ラ・モリエールは悠人・ラドルファスに注意喚起をしつつ六角形の柱を作り出す。即席のバリケードではドラゴンの突進を防ぐことはできなかったようだ。
だが戦いそのものに負けたわけではない。
ドラゴンが光縛封に阻まれ失速したところに、悠人が飛び込んだ。
「アンタの相手は俺だ」
勢い良くエーテルを叩きつけシーザーロアを放つ。
「コォオオオッ」
ドラゴンが吠えた。視線は悠人に釘付けになる。
「次は上から来るわよ」
敵は地を這うものばかりではない。
シャロンが次に皆へ送った情報は、上空を旋回するワイバーンだ。
悠人が地面を蹴り、その場を離れた。
「月、いけるか?」
「空の敵は、まかせてー」
月は高威力の魔法を練り上げて光の矢を作り出す。
狙うのはワイバーンの翼。
あれは、ドラゴンとタイミングを合わせて襲ってきた個体だ。
光の矢が放たれる。
地上から上空に光の線が走りワイバーンの片翼を貫いた。
その間にシャロンは住民たちを誘導し、幼子を抱えて狭い路地に体を滑り込ませる。
ドラゴンの注意を引きながら、悠人も走り続けた。
ザッハークは家屋の屋根に登って敵の動きを見ていた。
「次は西からドラゴンだ」
ザッハークが声をかけると、拠点を守るメルトウォールの兵士たちに緊張の色が走った。
「落ち着け! 必ずペアで行動し、負傷した者はすぐに交代じゃ」
地図を片手に指示を出していたラオ=レイが共闘者たちを励ます。
自身は最前列に躍り出てドラゴンへ猛毒の刃を向けた。
最初の一撃を叩き込むと、周囲の兵士たちも弾かれたように追撃を繰り出す。
「忘れるな! これは生きるための戦い! 皆で生き、祝杯をあげるぞい!」
「おおお! 行くぞ!」
ドラゴンのブレスや爪は強烈だったけれど、幾重にも重ねた人員配置が功を奏し、交代で戦い続けることができた。
傷ついた戦闘員にはザッハークがヒールをかける。メルトウォールである彼は「なぜ?」とでも言いたげに首を傾げた。
「……メルトウォールだか何だか、それがしには関係ない。共に戦う者を見捨てはしない」
ただ、それだけのことだった。
戦いの火はますます大きくなっていく。
瓦礫が崩れる音に、飛び交うブレスに、住民たちは怯えていた。
「下がっていてください。敵を排除します」
巨大な光塊を纏わせた武器を振るうのはトウカ・S・ブラッドリーだ。
拠点に突撃してきたドラゴンに向かって猛然と斬りかかっていく。
「グォォオオオッ」
切りつけられたドラゴンは激高して、炎のブレスを吐き出した。トウカは炎に焼かれながらその場を一旦退く。
「こっちだ、回復するぜ」
それを見たオキナ・F・ブラッドリーがすぐにヒールでトウカの傷を癒やした。
自分たちの背後には、避難を待つ住民たち。
二人は体勢を立て直し、再びドラゴンに向かっていった。
仲間たちが死闘を繰り広げる中、逃げ遅れた住民の捜索を行うのも授恵者の役目だった。
「ご案内ありがとうございます。魔獣使いさんですか?」
フラム・アニムスと大福はシノビの協力を得てメルトウォールの魔獣使いに協力要請をする。
魔獣使い達は、多くの魔獣を従えていた。
大型の魔獣は負傷者を運搬する事もできるだろう。小型の魔獣は仲間との連絡役も可能とのこと。
「さっそく、逃げ遅れた人たちを探しましょう」
「もちろんだ」
魔獣使いの協力は取り付けた。
フラム自身も周囲の温度を探りながら、捜索を始める。
戦闘の混乱に巻き込まれ、負傷した市民も多い。
大福たちのチームが見つけたのは、足を折り動けなくなった男性だった。
「熊さん、安全な拠点まで運んであげてほしいのだ~!」
「承知した」
大福が提案すると、魔獣使いはすぐに熊のような魔獣を使い男性を抱え上げる。
魔獣をうまく使い、仲間と連携できているようだ。あらゆる感覚を駆使して大福は住民の捜索を続けた。
セオドア・カザツキも慎重に耳を澄ませ目を凝らし、逃げ遅れた者を探した。
自分の杞憂であればそれが一番良いが、もし老人や子供が置き去りにされていたら? そう思うと捜索にも力が入る。
その時、小さなうめき声が聞こえてきた。
すぐに壁を蹴って家屋を飛び越える。その目に、うずくまる老人の姿が映った。
「今助けます」
「ああ……ありがとう」
セオドアは老人の体を起こし仲間へ信号を送った。
信号を見て駆けつけたのはヴァンゲルス・ロッドだ。
「大丈夫か? 手を貸すぞ」
二人、協力して老人を路地から移動させる。
「救援所まで運搬しよう。ああ、担げば一人で行けそうだ」
ヴァンゲルスは老人を傷つけないよう慎重に担ぎ上げた。
「それじゃあ、お願いしようかな。私はもう少し捜索するよ」
「この様子じゃあ、まだ孤立した住民がいるかもしれねぇな」
二人は現状を共有しながら、戦場と化した都市を見つめた。
エルはじっとワイバーンの動きを見る。交戦しているのは住民とそれを守るメルトウォールの兵士だ。
「やらせません」
エルは射程内まで走り、ダマスカス鋼の魔弓に矢を番えた。
矢の先端にエーテルを収束させ、一気に解き放つ。
矢は弧を描いて飛びワイバーンの翼を貫いた。
「助かった……!」
住民を守っていたメルトウォールの兵士が声を上げる。
【睡狼】のエルシー・サリバンは栗鼠の分身を作り出した。
「高いところから、しっかりと見張るよ」
栗鼠と自分と、6つの目で戦場を見渡す。
住民の避難が順調だということが分かった。上空のワイバーンは【睡狼】が戦って引きつけている。馬車を走らせている仲間たちも、街中を走るドラゴンをうまく避けているようだ。
「まだ待機所に誘導できていない集団がいるよ!」
エルシーは慌ててメルトウォールの兵士に声をかけた。
待機所にたどり着くことさえできれば、きっと馬車で逃げることができる。
エルシーとメルトウォールの兵士は共同して逃げ遅れている住民を待機所まで誘導した。
一方、バーネット・フォーサイスは都市中央の時計塔を駆け上がり戦場を見ていた。
「南に向けて馬車が走ったぞ! 上空のワイバーンが近い」
伝令をメルトウォールに頼み、更に視線を走らせる。テレパスも飛ばしたが、【睡狼】の仲間が受け取れたかどうかは分からない。それでも、地上の誰かには届いているはずだ。
「いいぞ、敵を引きつけてくれよ」
仲間が次々に敵と交戦を始めた。
ロイ・アウレアはバーネットに同行させた栗鼠から送られてくる映像を見ていた。
「ワイバーンが馬車に近づいているぞ、こっちだ!」
メルトウォールに伝言を頼みながら、近くにいるハル・チフに声をかける。
「了解、先行します」
ハルはその瞬間、一気に加速して戦場を駆け抜けた。
作戦通りにワイバーンを誘導しようとも考えたが、馬車を確実に逃がすほうが先決だ。
勢いのまま地面を蹴り、壁を伝って敵のもとへ。
「落ちろ――!」
空中にジャンプして闘気槌を叩き込んだ。
「シャァアア」
打たれたワイバーンは、空中で体を捻り尾でハルの身体を薙ぎ払う。
「く……」
咄嗟に受けの態勢を取るが、ハルの身体が地面に叩きつけられた。
追撃のためワイバーンが急降下する。
その時、ロイの合図が聞こえた。
「狙い放て!」
自らも矢を放ち、メルトウォールの兵士にも攻撃するよう促す。
矢を嫌いワイバーンの軌道が逸れた。
その間に、ハルは飛び起きてその場を離れる。
次の瞬間ワイバーンが地上に飛び込んできた。
待っていましたとばかりに、ライオネル・ギシュムが飛び込んでくる。
エーテル光を身に纏い、大きく踏み込んで盾とともに突撃。
「目を回しちゃえ!」
ワイバーンに体当たりを仕掛けた。
ぶつかる瞬間の衝撃でワイバーンが吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたワイバーンは近くの壁に激突した。
「さあ、袋叩きだ!」
授恵者、そしてメルトウォールの兵士たちがワイバーンに攻撃を叩き込む。
「ぶつけるのネ。うふふダイターンネ!」
梅・雨陽は合図を聞いて短弓を構えた。
エーテルを矢に纏わせて、起き上がったワイバーンを狙い撃つ。
仲間の攻撃も次々命中しているようだ。
「ワイバーンもドラゴンも格好いいけどネ、焼かれたり踏まれたりするのは嫌ヨ」
「……ッ」
やがてワイバーンが力尽きる。
授恵者たちは次の敵を求めて走り出した。
ルルト・アーキスの瞳に空を旋回するワイバーンが映る。
「狙うよ!」
矢を番え、その翼を見据えた。
「バックアップはお任せを」
サシャ・テーリングはそう言うとルルトの矢を淡い光で包み込む。
矢の威力が跳ね上がったことを感じ取ったルルトが、角度をつけて貫通衝撃射を放った。鋭い一撃がワイバーンの翼を射抜く。
バランスを崩したワイバーンが落下を始めた。
続けて、追撃を。
そう思った時、サシャがルルトを止めた。
「続けてワイバーンがもう一匹来ます!」
タイミングを合わせたかのように、上空からワイバーンが飛来する。
「狙われてるようだよ! 先に撃ち落とそう!」
ルルトはそう言って狙いを変えた。
二人は協力して、もう一匹のワイバーンも撃ち落とす。
しかし致命傷までは届かない。
それに気づいたアルマ・ヴァレンタインが、光輝を放つ六角形の柱を作り出した。
落ちてきたワイバーンを光縛封に捕らえる。
「押さえておくよ! 集中して撃破していこう!」
ワイバーンが柱に身体をぶつけて暴れた。
だが、逃さない。
「昨日の敵は今日の友! 大切なのは住民の皆を無事に逃がす事だよ!」
アルマはメルトウォールの兵士に声をかけ、攻撃を促した。
光縛封が切れた瞬間、兵士たちの攻撃がワイバーンに集中する。
それは、共闘といえる光景だと思った。
一方、テス・クラルスもメルトウォールの弓兵たちと共に走っていた。
彼らが辿り着いたのは屋根の上。敵の追い込み場所に決めた袋小路が見える位置だ。
「敵が来たら、高度を上げられないよう牽制してくれ」
そう言って、今は待機するよう指示を出す。
弓兵たちがズラリ並んで伏せた。
あとは仲間が敵を誘導してくれるはずだ。
エヴァン・ピオネロはワイバーンを低空に引き付けて走りながら声を張り上げた。
「さあ、ぼくはここです!」
キャスターではあるが、戦闘が激しい今は囮にならざるを得ない。わざと目立つように、袋小路までの道を駆け抜ける。
ワイバーンは旋回して巨大な爪で攻撃を仕掛けてきた。
「……っ」
ある程度予測して致命傷は避けたが、殴られた衝撃と抉られた箇所が熱い。
それでも、エヴァンは走った。
追い込み場所の袋小路が見える。
再びワイバーンが急降下してきた。すんでのところで、回避してやり過ごす。
そしてエヴァンは叫んだ。
「テス師匠――っ!」
ありったけのエーテルをかき集め、ワイバーンの前方に巨大な壁を形成。
壁がワイバーンを打ったのか、それともワイバーンが壁に激突したのか。
ワイバーンは目を回し落下した。
「メルト達、その恨みを叩き込んでやれ!」
テスが合図の声を上げる。自身は稲妻を呼び、ワイバーンを逃さぬよう囲い込んだ。
待機していた弓兵が一斉にワイバーンを狙って攻撃を繰り出す。
たまらず、ワイバーンが力尽きた。
戦っている仲間を回復させていたファーシル・クリスティアがふと上空を見上げた。
「ワイバーンの影が消えたのでしょうか?」
上空からのブレスが止んでいると思う。
まだ気は抜けないものの、上空を舞うワイバーンはいないようだ。
「今なら避難に集中できるかもしれません」
ファーシルはその時、西城門から走って逃げる住民たちの姿を見た。
敵の数が減り、冒険者の助けがなくとも動ける住民が都市外へ走り始めたのだ。
待機所から最後の馬車が出発しようとしていた。
「これで最後です。行ってください」
ハリスが馬車を送り出す。もう住民は残っていない。
「あと一息、ドラゴンを討伐するぞ」
悠人が仲間たちに声をかける。
皆が最後の力を振り絞り戦った。
「狙って、確実に沈めていこう」
テスの合図でいっせいに矢が放たれた。
やがて、最後のドラゴンが力尽きる。
「安心してほしいのだ~! 取り残された住民はいないのだ~」
街中を捜索していた大福の声が聞こえた。
その場に居た皆が、いっとき、言葉を失った。
もう戦うべき敵は居ない。
もう怯えて震える住民は居ない。
「どうやら、やり遂げたようじゃ」
レイが呟く。
その一言は、またたく間に浸透していった。
「やった!」
「やったぞ!」
授恵者たちは勝利に湧いた。敵をすべて掃討し、都市マミダを奪還したのだ。
「おい! 狼煙が上がっている!」
「テンゼン方面だよ」
重要な、そして、とても良い報せを順に告げているようなそれは――。
バイアーディスの討伐成功を報せるものだったという。
監修:アルパカコネクト運営
マスターコメント
「【竜盤】決戦:ドワーフ王国解放戦線」ご参加ありがとうございました。お疲れさまでした!
邪竜バイアーディスは討ち取られ、都市マミダ、テンゼン両都市での戦いも無事に終結いたしました。各戦域で巧みな連携やキラリと光るプレイングが敵を圧倒し、スムーズな住民避難を実現していました。
ご参加いただきました皆様に感謝申し上げます。
「特別褒章一覧」とエピローグノベルも更新しておりますので、TOPまたは連動特設ページからご確認くださいませ!
決戦シナリオ非常に難しい 報酬:多い184 / 1〜9999人
2021年12月13日 17時57分04秒 公開
大成功
参加者
ハッタ・ムラムラ
蒋・璃龍
バクル・バスリー
イヴェール・アーチボルト
- メイプルリーフ シルク
ヨル・スレイマン
ゲルダ・クライン
コルネリウス・アーラ
ミツキ・アインホルン
アンネエルカ
セオドア・カザツキ
ケン・Z・ブラッドリー
アデッサ・ハーレイ
ゼラルム・エルホワイト
サニー・フォン・オルライト
- サイラス
エルゼリオ・レイノーラ
カノン・エルグ
エルナ・クルプファルツ
ナハシュ
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアト
ウォン・ジンユゥ
アリア・ティーダ
スィーリーン
Svart・Natt
リサ・ベイカー
テス・アウレア
フリーダ=ブロムヴィスト
リリリリス
ザザ=ステルヴィナ
パヴェル・A・サムルガチェフ
ディアン
ベルク・オスマット
ジョン・ベアー
ヴィルヘルミナ
ハリス・アル・ターミル
ルチル・プルメリア・グレイハーツ
ルルト・アーキス
レティシア・R・クラティアス
カメリア・ローレンス
シニング・W・テュパラ
- イェレミース トゥラ リディリディ
ストレガ・L・リベルガストラ
グレイブ・ヤード
イズレンディル・パラリム
ウォルナ・パイパース
ギャメル
マリイ・パルティス
エフィルミア
サフィラ・アズラク・ヴォルファング
ロイ・アウレア
ヘレン・ワーグナー
リコリス・アデュラリア
ギーゼラ
ヴィナス
キリク
ヒロ・テスタロッサ
セリオス・オーガスト
シャロン・ラ・モリエール
イズル・M・ヴォルゴール
ハヤト=ガラン=ヴォルファング
アルマ・ヴァレンタイン
シャーリー・ブラウン
アルラ・ニグラス
ララベル・サン・ディーベル
アリオン・リュー
ゲルト
ゴルバルティア
フェイサル・セイフ
カイン・ステラ
フリューリングスルフト=ティエラ
アスティン・ヴェルライン
レイヤ・ダライ=カホール
ロベリア
海神 江流
アヴェラ・ウッチェロ
エイル・ビュセファス
サマエラ=フォリウム
エルケ・シャルフ
テュリン・ヴィング
ファーシル・クリスティア
ロゼット
- キーゼ
トーラ
エリック・ルンガルディエール
ネフリティス=N=クリスタロス
ルーカ・ルンガルディエール
ライナ・フレイヴァルツ
バーネット・フォーサイス
クレア・エクレール
キオルティス
悠人・ラドルファス
Alexandra・Hexe・Claudia
梅・雨陽
セロンガード・シュタインドルフ
ロドリック・アルカイン
コハク
ナハティガル=ラー
ナキル
アーシェル・G・クライン
フィリスティア・リュナ・ブルーメルティス
テテリカ
ナンチ・ヤジナイ
ミウミ
アリエッタ
ララノア・グラヌローザ
ルスト・ブレイズリー
フロマーシュ・ダイヤドロップ
ロウトフェダー
オゴス
マレーネ・シェーンベルグ
ナハト・シュライバー
エルシー・サリバン
ハル・チフ
エヴァン・ピオネロ
楓月・千弦
エミリア・シバ
ネーヴェ・グラヌローザ
月
ラティア・ミゼリア
ハルハン・ツァガーンナル
ガルシア
ベアトリーチェ・カロッサ
あい
ハリーヌ・ヨツユビ
ティト
サロ
ララヴェル・ララフェル
- ポコ・アルデバラッド
グレイ・ナックラー
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク
フラム・アニムス
カズマ クレセントブラッド
ローリー・R・テイワズ
ナタリア・フィッツジェラルド
トウカ・S・ブラッドリー
- オキナ・F・ブラッドリー
カルフ・オルヴォ
大福
エル=バ=ノイアン
ルベア・ベルニ
シルヴィア・A・カペル
アルフィー・リッパー
ハーヴィ
ルーンス・ラグネル
エル
エデル=マグノリア
アルバス・ロウル
ユズ
ライオネル・ギシュム
- ファヌ
ヴァンゲルス・ロッド
キリアン・フィッツジェラルド
フレイヤ・サンライズ
サシャ・テーリング
ダムド・フィリス
セオ・ウルジオ
パルド
ウォーゼル
ルフィナ・ヴィオレット
ルカ・アインス・シュテルン
シグルド・オルセン
ブレイド
デイジー・ロックウェル
ミア=リゼル
- Re✕
シェオル
ヴァレリア・ブランシェ・ウィザースプーン
リズ・ジェイド・フローレンス
ドゥーンフォルト
- ザッハーク
ノルン・クーゲル
ネロ
嵐丸
ジュスト・V・ケレス
だわ
サラ
ラオ=レイ
東雲・更紗
フェミナ・ノ・リビディーネ
ラモン
ローザリカ・D・ケレス
- リー・シュバルツラプター
- ウィレム
相談掲示板
ヒーラーの神官戦士ロゼットというわ。よろしくね。 選択肢【1】で、バイアーディスの足止めに動くつもりで、 「足止め」の通り、邪竜の足を潰すことを目的に考えてるわ。 【雷鎚】というタグのグループで、共闘してくれる人を 募集したいから、興味がわいたら教会プレイヤっていう コミュニティを訪ねてみてちょうだい。検討よろしく。
今回は【雷鎚】タグの募集は取り下げるわ。 【1】には行くつもりだから、同じ行き先の人はよろしくね。
シーフのトーラです。 わたしは【3】に行くつもりなので、ご一緒する方はよろしくお願いします! 他の戦域の方も頑張りましょう!!
ナキルだ、よろしくな! 【3】に行くぜ。 ちっと思い付いた事を試す。ってカンジだから、不発前提になっちまうし その時はテキトーに突撃でもしてるぜ。
赤翼……じゃなかった、今回は「赤翼隊がドラゴンを竜田揚げにすべく参った!」の略で【赤竜】代表、フリューリングスルフト!長いからフリューで良ぇよ♪ 【1】でワイバーン(を竜田揚げにすべくその肉)を狙いに行きます! よろしくねー!