【鬼哭】決戦:かくて小鬼は神理に挑む
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シナリオID:2804
オープニング
「『イダの刻印』にまつわるゴブリンの暴走の件について、事態の収拾の為にヴィントへ訪れていたブラックデスの最高幹部のサチコ卿がドン・ゴーフルの方針に異を唱えた。帝国国内にて乱暴狼藉を行った角で国外退去の処分となったのは、諸君も知っているであろう」
ヴィントより引き連れた精兵二千、並びに協力者の冒険者を前に、帝国軍のバルディオン将軍は現在までの状況をそう概説した。
「そのサチコ卿は傘下のゴブリンと共に帝国を出て東へ向かい、イェルノー荒野の神代の遺跡にて『神化の儀式』なるものを行っている。我々の目的は、『神化の儀式』を阻止する事だ」
ゴブリン種族におけるイダ・バルダスとドン・ゴーフルの間の支配権の綱引きに、サチコが新たなゴブリンの神として名乗りを上げようという状況だ。ゴールディのゴブリンにとっては種族の未来を決する一大事であり、帝国としても貴重な同盟者の将来に関わる事変に、座視しているという選択は無かった。
「イダ・バルダス皇妃は『ゴブリンはゴブリンらしく』と述べたという。影響を受けたゴブリンは亜人へ先祖返りしたり、理性をとどめていたとしても普段より狂暴となるなどの問題行為を起こしていた。我が帝国は『イダ皇妃に導かれたゴブリン』と未来を築く事は難しい。不慮の事態に倒れたドン・ゴーフルに代わり、その対処にやってきたサチコ卿も、裏ではイダ皇妃と通じていた……、と思われる」
歯切れがやや悪いのは、ドン・ゴーフルへの絶対忠誠を他国にまで知られていたサチコが本当にイダと手を組んでいるのか。組んでいたとして、どこまでの深い関係なのかといった情報が不足しているからだ。もしかしたら、サチコはイダとは異なるゴブリンの未来像を持っているのかも知れなかった。しかし、今回の作戦においては、極論すればゴブリンの神が誰となるかすら、最も重要な点とは言えない。この数百年、極北から動いた事の無い征竜が南下し、人の前にその姿を現している。
「この戦闘は、見ての通り征竜の監視下にある。レイウェスト殿下によれば、かの竜は『神の座に至り、世界に害を為す存在』を滅ぼさんと動くらしい。我々がここでサチコ卿を止められなければ、征竜がその力を振るうであろう」
帝国軍は、征竜の暴威から人を守る事を国是としている。征竜が動く前に、未然に食い止めるのもその一環であるというのは、さすがに詭弁かもしれないが。現実問題として、征竜がイェルノー荒野をさらなる荒れ地に変える事を防げるのは、この場にいる面々だけであろう。いや、この場にだけ、ではなかった。
「我々はあの遺跡を守るゴブリンやクリーパー達と交戦、排除する。しかし、それだけでは儀式の完了までに遺跡を制圧する事は難しい。本命は、こことは違う場所にから遺跡内部へと直接乗り込む奇襲部隊である」
最大戦力を陽動とする奇襲は詭道の類だが、成功すれば効果は大きい。この場の敵は中小のクリーパーと、ブラックデス傘下の実行部隊と思しきゴブリン達だ。このゴブリンは捕縛できれば、イダの刻印の影響を解除する事も叶うかもしれない。敢えて今回の作戦で口にされる事は無かったが、総指揮官であるレイウェスト・バルダス皇子の意向がゴブリンの可能な限りの不殺である事は、将兵にも知られていた。
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ヒトの支配の及ばぬ秘境には凶悪な魔獣も多く、ビッグオウムですら乗り付けるには危険が多い。それ故に、ドン・ゴーフルの前に立つ冒険者達は徒歩でサウゼル大樹海を縦断してきた。道中の案内役であったメドゥの指先のロコは、冒険者からの警戒の目に配慮して決戦の場にはいない。
「作戦は聞いてるな? ここからサチコが儀式をやっている場所に乗り込む」
ドン・ゴーフルはサウゼルの遺構とイェルノー荒野の神代の遺跡を繋ぐ『門』を開く事に注力せねばならない。アキュアリスタと違い、補助装置もなく独力で為すのはかなりの難事だ。
「この場所の事は、サチコも知っている。だからよォ、俺がここに来て、道を繋ごうとすることも読まれている筈だ。イダの奴もいるからな、場所はずらされると思った方がいい。おそらく敵もわんさか待ち構えてらァ」
きっと、転移の先は逸らされて待ち伏せを受けるだろう。が、そうだとしてもその場所は遺跡の中に違いはない。外部での防衛線を突破して遺跡を制圧するのに比べれば、はるかに早く乗り込める。
「本当は、ここがその正念場だったんだがなァ」
ドン・ゴーフルはそこまで口にしてから、頭を振った。
「アキュアリスタに、もう一つ裏口が見つかったっていうじゃねェか。だから、ここは本命に見せかけた陽動その2って訳だ」
ドン・ゴーフルは、この事態にあってサチコはもはや助からぬと覚悟していた。外部の制圧を陽動に、中に乗り込んで最後の防衛線を突破して、辿り着くころにはもうサチコは人に戻れぬようになっているだろう、と。しかし、アキュアリスタ遺跡の門は警戒されていない、筈だ。サチコの周囲の守りが薄くなった儀式の場へ直接乗り込めば、もしかしたら間に合う。儀式が取り返しのつかぬ段階に進む前に、止める事が出来るかもしれない。
「ここで暴れればあっちが通りやすくなる。ここは派手な活躍で目立ったりはできねェ場所になるがよォ。あのバカ娘を止める為に、力を貸してくれや」
居並ぶ冒険者へ、『ゴブリンの神』ドン・ゴーフルは、親の顔を見せて頭を下げた。
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更に、同刻。アキュアリスタ市の中心にある遺跡にも冒険者が集っていた。ドン・ゴーフルが言った『もう一つの裏口』だ。元メドゥの指先のアダムは逃走の為にこの装置を使おうとしたが、果たせずに囚われた。その後の尋問で彼はこの装置の使用方法その他の情報を吐いている。
「これを動かしたら、イェルノー荒野まで行けるのか。神代の遺跡とは、何でもありだな」
転移装置を動かすため、魔女ラピスラズリがこの場にいる。アダムに拠れば、門を開けていられるのは一時間程度。一度開けば安定化するそうだが、ラピスラズリが門を通れば操作者を失った門は程なく閉じるだろう。
「直接殴り込んでサチコという奴をどうにかする、というのがここでやるべき事だ。シンプルだろう?」
『神化の儀式』を止める方法も考えねばならない。サチコを気絶させればいいのか。儀式場を物理的に破壊すれば何とかなるのか。儀式場から引き離せばいいのか。引き離す場合どの程度の距離がいるのか。最悪、彼女を殺すしかないのか。考えられる手段は幾つもある。
「もちろん、その後の事も考えないといけない」
遺跡外部やサウゼル大樹海から攻撃している面々と合流しに動くのか。その場で待機するのか。あるいはそれ以外のルートを取って脱出を試みるのか。戦うべき相手は少ないが、考えるべき事は他の場所よりも多いかも知れなかった。
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全軍への指示を出し終えたバルディオンは、危険な任務に手を挙げた少数の冒険者と面談していた。
「征竜の監視と、場合によっては阻止を願いたい。これは、場合によっては極めて危険な任務となろう」
現在は、遺跡周囲に展開しているサチコ配下の面々からも、帝国軍や冒険者からも離れた岩山に征竜は降り立っている。しかし、竜といえばブレス。征竜の吐息は山をも穿つという、その伝承の一部でも真実であれば、遺跡のサチコを攻撃しようと思えばいつでもできそうな位置だ。
「かの竜は解決を人間に、というか殿下に委ねた。失敗になる寸前まで手は出さないだろうと殿下は仰せだったが……」
サチコが神に至る、と判断すれば周囲の損害などは顧みずに動くだろう、とも話していたらしい。この場にいる者に求められているのは、征竜が妙な事を始めぬように気を惹く事だ。話しかけて返事があるかどうかはともかく、反応を伺う事は出来るだろう。主戦場から割いてまで冒険者を差し向ける理由はほかにもある。
「戦場にはクリーパーがいる。力の差も理解せずに征竜へ仕掛けるクリーパーがいた場合、そしてそれに征竜が対処しようとした場合には予期せぬ破壊が起きる可能性がある。その阻止も、合わせて依頼したい」
巨大生物はだいたい加減という言葉を知らないのだ。雑魚クリーパーがうっとおしいからと征竜が反撃に出る事も防がねばならない。具体的には、寄って来るクリーパーは征竜へちょっかいを出す前に狩る必要があるだろう。
解説
マスターより
リプレイ
サチコが行う『神化の儀式』を阻止するために多くの冒険者が動く中、イェルノー荒野ではバルディオン将軍率いる帝国軍と、遺跡を守るゴブリン達が衝突していた。
「単純な攻撃を仕掛けて来る者ばかりのようだ。陣をできるだけ崩さないように気を付けながら攻撃を受け止め、反対に連中を拘束していこう」
指揮官という訳では全く無いが、前線で宝剣マフダルを携えているクーネさんが周囲に呼びかけると、鼓舞された兵士達が頷き返す。不殺を貫きたいレイウェストの意向を受け、兵士達はゴブリン達をできるだけ気絶へ追い込もうとしていた。
(操られて戦うなんて悲しすぎるからね……ボクら、みたいにさ)
リリアンもぐっと力を込めて、槍の柄でゴブリンを強打する。
「敵は南北に広がっていますが、いずれの方向も層の厚さは概ね均一のようですね……この見た目からでは、指揮官ゴブリンの居場所は掴めません。散開して、指揮官ゴブリンを探しましょう」
ネーヴェ・グラヌローザは、五感を総動員して頭上から周囲を俯瞰しているような視点を得ると、敵の布陣の仕方からそう判断し、テレパスも介して呼びかける。
授恵者や理知的な動きを見せている者、周囲への指示出しを行っている者を見定め、優先して倒す――それが冒険者達の立てた戦略であった。
「見つけたわ」
ルベア・ベルニはスキルを用いて兵士に切りかかるゴブリンの姿を見付け、ギーゼラ達にテレパスで知らせていた。
「あのゴブリンも随分と戦闘慣れしているように見えるね、早めに仕留めた方が良いと思う」
「こっちにも一体いるわ……アーケインストリームで足止めしておくから、その間に何とかしましょう」
シルヴィア・A・カペルはインク壺の蓋を取ると、対象のゴブリンにそれをぶちまけて目印にする。それとは別の方角で五感を総動員し、頭上から周囲を俯瞰していたアウレーリア・フォン・ネーベルベルクは、敵集団をまとめて拘束して時間稼ぎを試みていた。
続々と流れ込む情報に、ギーゼラが判断を下す。
「江流さん、ルベアさんの方へ加勢に行きましょう。【睡狼】の皆さん、シルヴィアさんの方へ動けますか?」
「了解。エヴァン、向こうだ」
ギーゼラからテレパスで連絡を受け取ったカルフ・オルヴォが、エヴァン・ピオネロ達とシルヴィアの加勢に向かう。
駆けつけざまにエヴァンの放った空間爆砕は指揮官ポジションのゴブリンだけに痛手を負わせ、竜鉄の大太刀を抜いたカルフの鋭撃が更にそれに続いた。
「ブラックデスのゴブリンさん、引いてはいただけませんか?」
「できるか! サチコ様の為――いや、我々ゴブリンの未来の為に、ここは通さん!」
エヴァンは何とか説得で事態を解決できないかと呼びかけを試みるが、ゴブリン側がそれを受け入れることは無かった。
理性が残っていようとも、話し合いで解決できないのであれば――仕方ない。エヴァンは相手を戦闘不能へと追い込むべく、魔弾を飛ばす。
戦場は広いが、各所にテレパスを使える者達が散らばっているおかげで情報は迅速に伝達され、冒険者達は縦横無尽に動き回る。そんな彼らの手によって、ゴブリン達の中にいる指揮官ポジションのゴブリン達は次々と、戦闘不能へ追い込まれていく。
「はい、そこまでですよ」
一方、ゼラルム・エルホワイトが巻き起こした氷嵐は、最前線に立つゴブリン達を纏めて倒していた。もちろん、命を奪うつもりは無く、ノービスタクトを振るって繰り出される攻撃の威力は決して高くは無い。
「サニー、頼む」
「了解だよ、任せて!」
エーテルの光の縄で拘束した暴徒ゴブリンは、サニー・フォン・オルライトが予め展開しておいた収容用のゲルへと運んでいく。瞬間的に加速し駆け抜けていくサニーの移動は、あっという間だ。
(ルウ氏にイダの刻印への対応をお願いするのは、戦闘後になりそうですね)
戦況に余裕があれば頼みたい所だったが、数で優位に立つゴブリン達を抑えるのは簡単ではない。しばらく、その余裕は無さそうだった。
「クリーパーが来たわ!」
ゴブリン達の向こう側から、中型小型の一群がやって来るのを見たファヌは、声を張り上げながら天へと祈りを捧げる。辺りに出現した透明な霧は、暴徒ゴブリンを避けるようにしてクリーパー達の方へ広がっていく。
「――清らなる神 忘れられた夢の上 風は巡る 花の香を纏いて――」
その間に、シルヴィアは風のエーテルで作られたリラを招喚すると譚詩曲を紡いだ。その旋律は風となって、周囲の仲間達を鼓舞していく。
「纏まって向かって来るなら、纏めて倒すまでだ!」
駆けつけたアルバス・ロウルは、そのまま巨大な光塊を武器に纏わせて目いっぱい振り下ろした。よろめくクリーパー達に、更にセオ・ウルジオが追い打ちをかける。
「陣が歪んでいる、立て直せ!」
テス・アウレアは兵士達に警告を飛ばしながらメテオライトを降らせていく。彼らの攻撃によって小型クリーパーが掃討されていくのを見た海神 江流は、すぐさま突進してきた中型クリーパーを身を挺して食い止め、カウンターで二刀流による超高速三段連撃を繰り出す。
「――せき止めるよ!」
リリアンは武器にエーテル光をまとわせて長大な刃と成すと、同時に不可視のエーテルを張り巡らせ、迫って来るクリーパー達を足止めする。
「クリーパー相手なら手加減など考える必要は無い、やる事は簡単だな」
ロドリック・アルカインもアーケインテンペストを放ち、中型クリーパー達の足止めに動く。その更に向こう側を狙って、エーテルで構築された光り輝く球状の存在を発生させたのはラーナフである。
「呪いの神髄をお見せしよう」
エーテル光は中型クリーパー達へ纏わりついて、その移動を阻害する。
「く……! バラバラに動いてもダメだ、クリーパーと足並みを揃えて攻めろ!」
中型クリーパーの前進が完全に止まったことで狂ったタイミングを整え、足並みを揃えて攻勢に出ようと呼びかける指揮官ゴブリンの姿に、すぐさま反応したのはアンジェだ。
「向こうに、指揮官がいます……閃光塗弾を使うので……切り込んでください……っ」
テレパスと口頭で味方に知らせながら、閃光塗弾のピンを抜く。瞬間的に辺りが眩い光に包まれ、ゴブリン達が混乱する中をセオが一気に駆け抜けた。
「その意識……刈り取ってやる……!」
神霊達の腕が伸び、指揮官ゴブリンに纏わりついて締め上げていく。それを見たゴブリンが、癒しのエーテルを放って救出を試みる。が、
「ちょっと寝てて貰えるかな?」
そのゴブリンにはエルシー・サリバンの構えた弓から飛んだ矢が刺さる。敵側のヒーラーを優先的に潰すことに主眼を置き、エーテルリンクを結んだ栗鼠の目も借りながら対象となるゴブリンを探していたエルシーだからこその、素早い対応だった。
「手伝うわ」
すかさず短剣を構えたルベアが衝撃刃を飛ばし、エイル・アーティライトも彼らを支援するため、光輝くエーテルを高速で収束させて光弾を撃ち放つ。
「纏めて吹き飛ばすよ……!」
瞬間的に多くの生命エネルギーを転化し、魔力を強く増幅させたテスが、空間爆砕を放つ。その衝撃にヒーラーは倒れ、指揮官ゴブリンも苦悶の声を漏らした。
「ロウル様、支援します」
「助かる」
サシャ・テーリングはアルバスと彼の持つ大剣を淡い透明な光で包み、その攻撃性能を強化する。サシャからの援護を受けながら構えたアルバスは、威力を重視したとても強力な一撃を指揮官ゴブリンへと叩き込む。
「いくわよ……!」
駆け付けたアウレーリアも、空間爆砕で周囲のクリーパーごと敵を纏めて貫いていく。そこに、カルフの一撃が叩き込まれ、指揮官ゴブリンが落ちると、再び周囲のゴブリン達の足並みが乱れていった。
「今のうちにクリーパー達を倒しちゃおう」
エルシーの放った貫通衝撃射がクリーパー達を纏めて攻撃し、ロドリックの杖の先から飛んだ、魔矢が中型クリーパーを貫く。徹底的に足止めされた中型クリーパーは、駆け付けた冒険者達に包囲され、一体、また一体と撃破されていく。
そんな中、ラーナフは戦闘不能に追い込まれた指揮官ゴブリンを光縛呪で縛り上げていた。
「拾える命は拾わないと。もったいないだろう?」
今は敵対する形になっているゴブリンであっても――そう願う気持ちは、この場にいる帝国軍の兵士達や、冒険者達に共通するものだった。
そんな戦場の一角、布陣する帝国軍のちょうど中央付近に、良い匂いが漂い始めていた。
「ゴブちゃんたちお腹すいているのネ~? こっちにアルマちゃんのつくったごはんあるヨ」
ハイ! と梅・雨陽が振り返った先には、アルマ・ヴァレンタイン達と、彼女らが用意した料理の数々があった。
ライオネル・ギシュムが梱包した大量の食材を運び込み、アルマが中心となって腕を振るった出来立ての料理は、戦場とは思えないほどに美味しそうな匂いを、これでもか! と漂わせている。
「ゴブ!?」
「腹減ったゴブ」
「メシ食わせろゴブー!」
「ゴブブー!」
イダの刻印で理性を失い暴徒と化したゴブリン達は腹を空かせていた。その眼前に美味しそうな料理を並べた結果、ゴブリン達は勢い良くそれに飛びついた。本能的な動き――理性の残る、指揮官ゴブリン達の動きではないと見なしたロイ・アウレアやネーヴェ達は、人数が過剰になり過ぎないよう気を配りながら暴徒ゴブリン達を敢えて、布陣する帝国軍の内部へと通した。
「はい、どうぞ。たくさんあるからね、順番に……うわっ」
皿を配るルルト・アーキスを、押し倒す勢いで殺到する暴徒ゴブリン達。腹の鳴る音に追い立てられ、きゅうきゅう切なく唸る胃袋へ料理を掻っ込んでいく姿は、しかしやがて、ぐらぐらとバランスを崩して倒れ込んでいく。
「おっ、効いてきたみたいだね毒キノコ」
それらの料理には、ライオネルが運んできた毒キノコを、調理のみならず薬学にも詳しいアルマが程度を見極めて使っていた。暴徒ゴブリン達は青褪め、苦し気に唸りながら転がっている。
「あっちのゴブリンさん達も、すっかり酔っぱらってるみたいだねー」
アルマが見ている先では、酩酊したゴブリン達がバランスを崩して倒れている。こちらのゴブリン達が食べた料理には、火酒がたっぷりと混ぜてあり、多くのゴブリンに酔いが回っている。
「どんどん縛り上げるですよ」
すっかり抵抗力の無い状態に陥った暴徒ゴブリン達を、ハル・チフはエーテルの光の縄で拘束していく。ときどき酒に強い暴徒ゴブリンがしぶとく耐えているが、
「えいっ」
宿り木の短杖で思いっきり殴って、強制的に昏倒させて、やはり同じように縛り上げていく。
「雨陽、次入れてOKだよ」
「ラジャー!」
一通り縛り上げ、収容用のゲルに放り込むと、ルルトが合図し更なる暴徒ゴブリン達へと『料理』を振る舞う。
戦場に荒れ狂う料理の嵐は、これだけでは無かった。
「お腹を空かせたなら、人も異種族も関係ありません。皆様に私の料理をふるまって差し上げますわ!」
用意されたのはリリリリスが創意工夫を凝らした至高の皿! ……と、平凡な皿。食欲に駆られたゴブリン達は、面白味の無い平凡な皿にガツガツ飛びつくが、やはりここは至高の一皿で持て成さなければ――!
「まあ! 失神するほど美味しかったんですわね!」
目を白黒させて倒れる暴徒ゴブリン達の様子に微笑みながら、屍(死んでない)の山を築いていくリリリリス。ギーゼラは、そんな悶絶する暴徒ゴブリン達へにこやかに語り掛けた。
「大丈夫、僕が助けてあげますからね」
さあ向こうで寝ていましょう、とギーゼラは彼らを陣の内側へと招き、サニーらに託して運んでもらう。
「ケーキは至上にして至高――さあ、食べてください」
言うが早いかレイヤ・ダライ=カホールは、暴徒ゴブリンの口の中にパウンドケーキをねじ込んでいた。
「モゴモゴモゴブッ」
口いっぱいになった暴徒ゴブリンに、レイヤは粛々と人魚の神の教えについて語る。それは、『神化の儀式』には――神へ至るには『信仰』が必要なのではないか、と考えたレイヤが辿り着いた結論であった。
(ゴブリンの神と人魚の神を布教し、イダとサチコへの信仰を薄めさせてみせます……!)
ケーキを抱えていることで、レイヤの元にも暴徒ゴブリン達が近付いて来るが……彼らに信仰が芽生えたかどうかは、定かではない。
「まずい、暴徒ゴブリンが別の意味で暴徒になりそうだぞ」
そんな中、ゴブリン達の様子を見ていたダムド・フィリスが声を上げる。料理の数々は確かに暴徒ゴブリン達の気を引いたが――それは有効過ぎるほどにゴブリンの気を引き、料理を求める暴徒ゴブリンが勢い良く押し寄せる状況を招いていた。
「内部にこれ以上ゴブリンが入り過ぎるのは良くない」
「テレパスですぐ皆に知らせよう」
陣形が崩れすぎては逆効果だ。ロイの言葉に頷いて雨陽が思念を送り、それを受けた者が更にまた連絡を飛ばす。
その間にネーヴェはエーテルを数多の雪の結晶として解き放って、周囲の兵士達ごと、皆のエーテルを増幅・上昇させていく。
「悪いが、ストップだ」
ダマスカス鋼の盾を構えたカルフがゴブリン達を押し戻すように食い止め、ダムドも巧みな身のこなしで帝国軍側の陣形を乱すゴブリンの足止めに動く。ハルは、ちょっぴり申し訳なさそうな顔をしながら、男ゴブリンの急所を杖で強打した。
「もう少し、持ち堪えてください……!」
後方からはアンジェが光輝くエーテルの波動で周囲の兵士や冒険者達を纏めて癒し、陣形の維持に努める皆を支える。
「皆! 向こうが手薄だ! あちらに回り込んで一気に攻め込むぞ!」
「おおおおお!」
「ゴブゴブ!」
そんな中、ゴブリン側に大きく回り込んで動こうとする一団があった。指揮しているのは、なんとテテリカである。自分が同じゴブリンであることを生かし、暴徒ゴブリン達の中に紛れ込んだテテリカは、マメホコリの力を借りて、無駄に迂回の多いルートを選定しながら一団を指揮することで、暴徒ゴブリンの一部を無力化させることに成功していた。
そうしてゴブリン達を抑え、態勢の立て直しを図る。傷付いた前衛の仲間達にはネーヴェの癒しの光が飛び、戦線を維持するための活力を与えていく。
だが、
「今がチャンスだ! 一気に帝国軍を切り崩せ!」
南寄りの一角で、今までずっと後方に控えていたらしい指揮官ゴブリンが攻撃を指示している。その波に乗った暴徒ゴブリン達の勢いに、数で負ける帝国軍側は堪えきれない。
「先に行く。ギーゼラは連絡を優先してくれ」
それを遠目に見た江流は、ホライゾナルジャンプで一気に跳んだ。脇差【神楽】での峰打ちで暴徒ゴブリンを倒し、更に道を切り開いて跳ぶと、二刀流による超高速三段連撃を指揮官ゴブリンに叩き込む。
「もう少しだけ、耐えて!」
ファヌは周囲の帝国兵達に呼びかけると、眩く光輝くエーテルを武器にまとわせ、痛烈な一撃を叩き込む。そこへ、後ろから飛来したのは、エイルが放ったフリーズボルト。炸裂した氷の矢は冷気と共に指揮官ゴブリンへ纏わりつく。
「そこだ!」
更に駆けつけたロイが爆発的に鋭く射出した矢が、指揮官ゴブリンを貫く。
指揮官ゴブリンは後ろへ下がって攻撃の射程から逃れ、周囲への指示を継続しようとするが、江流はそれを許さない。
「ぐあああっ!」
指揮官ゴブリンが倒れると、統率者を失ったゴブリン達の足並みが乱れる。ロイ達は傷付いた兵士の穴埋めをするように布陣すると、素早く状況の立て直しに動く。
その間に、駆け付けたディレイン・オールドケイジが眩く温かい太陽光に似た癒しの光を周囲へ放っていた。そのまま手早く診療用具セットを取り出し、負傷した帝国兵の治療に当たる。
「ぼろぼろの人が前にいても良いことないよ。命あっての物種だからね」
無事な仲間に後を託すのも大事なことだと呼びかけるディレインの言葉に、帝国兵たちは神妙な顔つきで頷く。負傷兵が下がって陣形を組み直したところで、口を開いたのはサシャだった。
「帝国軍の皆さま、あと一息ですわ」
サシャは温かく励ますように呼び掛けながら、ハウリング・オブ・ブルーフレアを周囲の皆へ与えていく。
開戦時には数で劣っていた帝国軍と冒険者であったが、様々な戦略を駆使して対処に当たったことで戦況は有利に動き、じわじわと前進を続けていった。
「この調子ならば、ここは大丈夫だろう」
先を予見したかのように口にしたクーネさんは、後は奇襲部隊次第だなと小さく呟くと、征竜が居座る岩山の方を静かに見やる。
「…………」
何かを口にしたのか、しなかったのか。いずれにせよ、この時クーネさんの声を聞いた者はいなかった。
【2】サウゼル大樹海遺跡→裏口陽動(担当マスター:馬車猪)
(ゴブリンの神になる、でございますか。壮大な親子喧嘩でございますねぇ)
ハリーヌ・ヨツユビの態度は丁寧だが表情は深刻だ。
サチコ傘下の戦力だけでも強いのにイダ・バルダスからの増援までいる。口にはしなくても愚痴の1つも零したくなる。
「良かったら私達に一番槍譲ってくれませんか? その方が範囲攻撃をぶちかましやすいので」
【雷鎚】のセラフィナ・M・ベイリーの説得は相手を思いやる気持ちが籠もっているだけでなく冷静な判断にも基づいている。
だからこそゴブリンも耳を傾けるしかない。
「俺達が逆に突破されたときの残党処理とドンの直衛を頼むよ」
キオルティスも今は真剣だ。
ブレイドはスキルを使って壊れても本人は死なない分身を作成する。
命と戦力の有効活用を目の前で見せつけられたゴブリンは、情でも理でも納得するしかない。
「オレら冒険者が先陣を切る。アンタらはドンを頼んだぜ」
ヒーラーとしては凄腕でも、特別頑丈ではないギャメルが最前列に立つ。
危険を正しく認識し、当然のように恐怖に襲われ口元がひきつっている。
しかし閃光塗弾を構えた腕は震えてはいない。
構えているのはギャメル達【雷鎚】だけでもない。
【喫茶】やエミリア・シバも参加し、実に13個が門の開いた直後に一斉に投擲される。
閃光塗弾は投擲の気配を悟られれば失敗しやすい。しかし、突然投げ込まれたものが同時に10以上炸裂すれば、咄嗟に閃光から目を守る動作も間に合うまい。
援護を受けた者達が突入する。
そこは人工物であるのに非常に広大な空間で、ゴブリンと中型と大型のクリーパーが門を多重の半円状に包囲して集中攻撃できる態勢を完成させていた。
「同胞を善導するがストレガ故」
判断に使えるのは1秒にも満たず、敵の攻撃が始まるまではもっと短い時間しかない。
それでもストレガ・L・リベルガストラなら銃眼光壁1つ程度は建てられる。
中型クリーパーが飛ばした毒酸は壁を越えられない。
「敵ゴブリンは一時的に行動不能。クリーパーはゴブリンが邪魔で射線を確保しにくいのだ」
ストレガの言葉に頷き、斥候として駆け出したブレイドの分身が、毒酸を浴びて崩壊する。
分身は回避できないとはいえ、本体同様高速移動できる分身を仕留める敵の攻撃はかなり正確だ。
【豹狼】のウォーゼルは危険を覚悟して最初に突入した1人だ。
双波で敵を捉えて敵の位置だけでなく戦術も探る。
「通路に伏兵はいませんっ」
双波は情報収集で非常に役立つスキルだ。
疾風足で戦場を駆ける彼を大型1体と中型数体が狙う。しかしその見事な回避術に翻弄される。
そんなウォーゼルと組んだパルドも索敵が巧みで、しかも罠の解除技術まで優れている。
だからこそ双波を飛ばし、罠を探す。
(門の傍に罠は無いな)
パルドは軽装の敵を短剣で斬りつける。
まだ味方の大部分は門の向こうだ。
リューイ=ヴァレンゴルトが罠の有無に気を配りながら門をくぐる。
「ゴールディを出て行った俺が、自分の種族自体の命運が掛かった戦いに関われる、か」
大剣を手に目についた敵へと斬りかかり、確実に前へ前へと進んで後続が突入しても渋滞しなくてすむ空間の確保を試みる。戦術的に考えるとそうするしかない。
オゴスのスキルが発動し彼の主観的には周囲の時間が少しだけ停止する。
罠を看破するには時間が足らず、しかし敵戦力や配置の把握は可能だ。
(敵数が多い。じきに乱戦になりそうだ)
時間が動き出してからも確認した敵配置の詳細を仲間へ知らせる。
「こっちのクレネルは無事ですっ」
東雲・更紗の銃眼光壁は1度の魔法攻撃に耐えた。
まだ魔法を行使していない大型クリーパーは、下半身の獣が特大ではあるが冒険者との間にいるサチコの部下が邪魔で狙いを定めにくくなっている。
更紗の周囲に自然に冒険者が集まる。
壁を通して敵を視認可能な銃眼光壁は、その防御力以上に役に立っている。
敵の第2撃。
一部の敵は既に視力を回復させている。クリーパーや彼らの猛攻が既にダメージを負った壁を破壊する。
更紗はエーテルバリアを展開して深刻なダメージだけは防ぎ、大型クリーパーに見劣りしない魔力で撃ち合いを開始した。
魔法による壁が生じては消える戦場で、セラフィナがスタティックフィールドを展開する。
冒険者の側面から背後へ進み、完全包囲の形になりかけていた異形の獣の移動速度が激減して包囲が不完全なままになる。
敵の密度は高く、十分狙う時間がなくても攻撃術を使えば敵のどれかに必ず当たって流血を強いることができた。
まだ門の向こうに残っていた冒険者も続々と突入を開始する。
俊敏かつ高速の異形の獣20体が各々に接近を試みるが各種の壁が邪魔で攻めきらない。
壁の遮蔽を活かして冒険者達が門の通過に成功。冒険者の数がクリーパーの数を上回りつつも、サチコの部下達が完全に視力を取り戻した中で乱戦が始まる。
「どこからでもかかって来なさい!」
ロゼットは光縛封を防壁として使う。
門の向こうへ行かせないことを第1にエーテルブローの殴打で迎撃。第2に味方を死なせないことを優先し、魔矢で視界内の味方を援護していく。
(捨て駒を買って出るような人こそ、生きていて欲しいから)
ロゼット達でなければ、とっくに全滅していただろう。
壁の消費も早いが治癒術の消費速度も負けていない。
「腹ぁくくったがきっついな!」
ギャメルは盾を構えヒールに専念するので精一杯だ。
「まさかこれで待ち伏せしてたつもりなんですか?」
アリッグ・レイダーは礼儀正しく敵を煽りながら、【雷鎚】の面々を中心に傷を癒やし、超視覚による周辺観察も行っている。
なお光縛封はとっくに消費済みだ。
仲間から共有される情報では、門の付近に罠らしい罠はない。
しかし拮抗した混戦でうっかり罠に嵌まればそこから一気に崩れかねない。円形広場全体の安全確認ができるまで、大胆な策を繰り出す余裕はなかった。
「あった。ここなら……」
アルシエラ・ライゼルは広場の端に、土が剥き出しになった地面を見つける。
担架を立てて穴掘り紋具を使えば、即席の特殊地形ができた。敵ゴブリンの目は誤魔化せないだろうが、クリーパー相手なら暫くの間役に立つかもしれない。
ユークリア・フィナンシェはアルシエラによる射撃支援を受けながら、召喚した光の腕で獣を締め上げる。
「長い戦いになりそうですね……!」
敵も味方も、まだまだ元気だった。
●
ゴブリンのウォーリアが血走った目で指揮をする。
(回復役を潰されたら今度こそ立て直せん)
戦闘力だけでなく判断も高レベルなウォーリアを、じっと観察する目があった。
門の向こうはブラックデスに任せ、シエラ・フォン・リシェイラは戦場を覗き込んでいる。
(種族の垣根無く、とは私も唄いますが、これが事実その光景なんでしょうかね)
シエラは味方だけでなく敵も観察している。
(あの方が隊長さんですね。ウォーリアさんなのに後ろの方にいます)
つまり守りの要だ。
後衛を守るため巧妙に動くウォーリアに光縛封を使い戦場から切り離す。自力での脱出が難しいウォーリアの救出に手を割くべきか、ゴブリン達に迷いが生じた。
「狙い難いでございますね」
ハリーヌがメテオライトを射程内にいる敵に当てる。
敵の被害は少ないが今は注意を引きつけるのが重要なので十分役割は果たしている。
最前衛として敵中に飛び込んだセロリ・サーティーンの振り回す光塊は、効率よく中型や大型のクリーパーへダメージを与える。
その活躍は【喫茶】の仲間によって支えられている。
多くの敵を闘気槌の範囲に捉えるということは、多くの敵の攻撃に晒されやすくなる。それに耐えてダメージを与えるには援護が非常に重要だ。
「セロリさん」
キリアン・フィッツジェラルドが合図を送る。
残りわずかな範囲攻撃スキルで、最優先目標として定めた敵の前にいる敵を弱らせ突撃の準備を整える。
セロリだけでなく【喫茶】の皆に意図が伝わった。
ナタリア・フィッツジェラルドが無言でセロリの傷を癒やす。既にライフアンカーも使い、セロリに万が一のことがあっても救える手立ては整えている。
「セロリお兄さん」
アドルフ・ジーノは堅甲で支援する。
視線を向けずに守りから切り離された目標を窺うと、まだ自分が危うい位置にいることに気付いていない。
「……」
突撃の合図に声は使わない。
セロリは門突入前にもアドルフから受け取ったバフを信じ、強酸毒と大型の群れにわずかにある疎な部分に突入する。
酸と巨大な脚がぶつかり生命力が大きく削られる。
大慌てで戻ってきたシーフが立ち塞がる。
セロリは突破できなかった。勢いのままにシーフを打ち倒し、強引に道を開ける。
ナタリアが巨大な魔力を攻撃力として扱い前へ出る。
セロリの後退を支援するための行動であると同時に、ヒーラー狩りを継続するための行動でもある。自身が狙われていることにヒーラーが気づくも、もう遅い。
既に消耗していた異形の獣が倒れて障害物と化し、その上を飛び越えたキリアンの曲射が直接目標の命を削っていく。
「ラケル、魔法ばんばん撃つ」
頬に在る賢者の石が静かに光る。
ラケルは火力特化のキャスターであり、大技を使った後も高い攻撃力を保っている。目標を狙って倒すには十分だ。
最高の護衛から切り離され、盾にしていた中型クリーパーを倒された彼女は、自らの強みを真正面から叩きつけるラケルに抵抗しきれない。
必死に意識を保とうとしたのに、戦闘力ごと意識を刈り取られた。
「大型接近!」
アドルフが警告を発すると防御に自信がない者達が後退する。
(耐えられるか……な)
アドルフは回復能力を維持しているが、大型クリーパーはまだ3体とも残っていて、勝敗の天秤がどちらに傾くかまだ分からなかった。
●
リス分身は物理的な罠は触れても作動せず作動せず看破能力も高くない。
しかし別の視点から敵を観察する効果はかなり大きい。エルナ・クルプファルツが敵の配置を注視しながら炸光矢を炸裂させた横で、ブレイドが声をあげた。
「南の通路前に落とし穴、大規模だ」
双波、看破技術、スカウトの心得まで身につけた彼の技は、円形広場に仕掛けられた罠を正確に見抜く。
「北側にもあるな。気を付けてくれ」
同じく罠を探していたヴァンゲルス・ロッドやエミリア、パルドもまた、広場の罠が南北通路前の落とし穴だけであることを確認した。
誤って踏み抜かぬよう仲間達に罠の位置を伝え、戦闘を継続する。
エルナの矢が、生き残りの前衛に守られた敵後衛を狙う。
機動力に長けたエミリアが疾風足を活かしてクリーパーを大きく迂回し後衛に襲いかかる。
防御の薄い相手に連撃の効果は絶大で、血に塗れた弓と矢が固い地面に転がった。
敵の反撃も苛烈だ。
実行部隊精鋭と中型クリーパーの数は減ったが大型は全て健在。
エミリアの高水準の回避技術があっても長くはもたない。
ファーシル・クリスティアがその強力な癒やしの力をエミリアに集中する。
(敵の攻撃が多いですね)
多数対多数の戦いでは援護や回復が間に合わない場面を0にはできず、遊撃的に癒やせるファーシルがいなければ重傷者か最悪それ以上が数人出ていたかもしれない。
ファーシルは、一瞬でも手の空いた冒険者に声をかけて連携し前衛への支援を続けていた。
「初陣がなんと戦争のような現場となってしまいました!」
西谷・歩夢は巫女の大幣で中型を殴り倒す。
死角から強酸毒が飛んでくるのを、予め見えていたかのように防御。
ペットは戦いながらでも繋がっているので情報面での命綱だ。
「おや?」
弓と矢で打撃と状態異常を与えたのだが、敵の反応や様子が先程までと変わっている気がした。
付与は得意なので抵抗を撃ち抜いたのは予想通り。数秒前までは術や矢が当たっても体の表面で止まっていたのに、今は奥深くまで刺さっている。
敵ヒーラーが倒れたことで敵勢にバフをかけ直す者がいなくなったのだ。
その情報は、歩夢が属する【喫茶】だけでなく、この方面の全員に伝わった。
(見つけた)
シャドウは杖を持つ敵へ迫る。
敵前衛と強酸毒の弾幕が防ごうとするが間に合わない。シャドウは見事な回避で負傷を最小限にして刃を繰り出す。
(これで新たなデバフはない)
使い込んだ刃物による連撃が、キャスターの息の根を止めた。
「無理はしないでね」
アドルフは負傷していたキオルティスの治療を終える。
「できればそうしたいんだけどね?」
キオルティスはいつもの態度を変えず、しかし敵を見る目は静かだ。
バフを失いデバフを押しつけられ、盾を失った個体の背後から背中に駆け上がり上半身を切り裂いた。
冒険者が一気に押し込む。
光の六角柱から解放された大剣使いのゴブリンが加わっても、劣勢に傾いたサチコ側戦力は絶望的な戦いを続けることしかできない。
数で勝っていた敵はいつしか冒険者の数を下回り、一体、また一体と遺跡の床に転がっていった。
●
「暗いわね」
エミリアは夜煌石の首飾りを掲げる。
門の出口とは違って通路の中は暗い。罠を仕掛けるのも伏兵を配置するにも容易な場所だ。
「やっと戦いが終わったでございますね」
ハリーヌは南側の通路の近くで超聴覚に集中している。
「奥から何か音が聞こえるな。……そっち押さえてくれ」
罠解除の技術を持つヴァンゲルスとブレイドが、通路の前に仕掛けられた悪辣な罠を1つずつ作動させ、無害にしていった。
彼らはその技量と集中力で持って徹底的に調べ上げ、ただの穴に戻せたと断言する。
「飛び越えられそうだな。これで通れる」
ヴァンゲルスは息を吐いて緊張を緩めた。
「当たりはどっちだ?」
罠の残骸を捨ててパルドが発言する。
門を除けば出入り口は通路は北と南の2つの通路のみ。
聞こえる音は似たようなもので、判断する材料はそれだけだ。
ヴァンゲルスやハリーヌら超聴覚を使える者には、どちらからも同じ戦闘音や人の声が聞こえる。双波で調べると100メートル進んでも分岐はなく、互いに合流もしていない。
「どっちも同じ場所に繋がってる……か?」
ギャメルは覚悟を決めて灯りを用意する。
冒険者は2手に別れて通路の奥へ向かう。
通路の中には罠も伏兵もなく、冒険者達は一本道をひたすらに走っていく。どれほど進んだ頃だろうか。徐々に大きくなっていた戦闘の音は、いつの間にか途絶えていた。
●
シエラはロープでぐるぐる巻きにしたゴブリンを引きずり門を潜る。
「戻りまし……た?」
門を維持していたはずのドンの全身が、シエラの目の前でフンワリした光に包まれている。徐々に強くなるその光は、神聖なものに感じられた。
【3】アキュアリスタ遺跡→儀式場強襲(担当マスター:おおくまねこ)
『歓迎するわ、冒険者達。サチコの献身と愛も美しいけれど、この子を止めようとする貴方達の決意もまた美しいものね!』
魂の奥底にまで響いてくるような女の声。アキュアリスタ遺跡からイェルノー遺跡へと繋がる『門』を開き、儀式場を強襲した冒険者達は、最大限に警戒を強めた。
儀式場は100m四方ほどの方形で、『門』の位置は南の端。北辺の中央付近の祭壇の前にサチコとその護衛がいた。この襲撃はサチコの予想外だったのか、サチコの護衛は少数のようだ。だが――。
サチコを守るように立ちはだかるのは、かのイダ・バルダスが操る巨大な黒薔薇竜のクリーパー。以前の闘いで失った首は再生できなかったようだが、その恐ろしさは冒険者ギルドにも伝えられている。
「冒険者? 一体どこから――いえ、追及は後で良いでしょう」
驚くサチコの声。その声に反応し、彼女の近くにいる護衛達はすぐに門の方に向き直った。
「あれがイダの黒薔薇竜か! 行くぞ、サフィラ!」
「合点承知の助!」
サチコたちが迎撃を開始するよりも早く、【勇牙】ハヤト=ガラン=ヴォルファングとサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブが矢のように門から飛び出した。一瞬で黒薔薇竜の頭を駆け上がったハヤトは、竜の顔目掛けて閃光塗弾の原液をぶちまけた。足の速いハヤトより少し遅れたものの、ギリギリまで黒薔薇竜に近づいたサフィラは、黒薔薇竜の頭に閃光塗弾を投げつけた。
「「おりゃー!! くらえ目潰し!!!」」
『あら、眩しいわ。見えないじゃないの』
「クソ、駄目か!」
この戦場を見ていたイダの抗議の声が聞こえてきたが、黒薔薇竜は正確に冒険者達を捕捉して動いている。クリーパーだけあり、視覚を頼りとしないようだ。
「あのクリーパー、こないだのヤツだね! おじさんも踏ん張りますかぁ!」
まだ門の外側にいたアラン・スミシーの全身から蒼い炎が迸る。アランのエーテルに包まれ、門を潜り抜けようとしていた冒険者達に活力が満ちた。
「またあいつかよ! 先手必勝だ!」
「アダムが教えてくれた情報、無駄にはしない」
青い炎を纏い、【遠足】ナハシュと【花鳥】のレピド・クロサイトが門から飛び出した。ナハシュは黒薔薇竜にあまり近づかず、少し離れた位置で静止する。
(これで、ここにはあの草の壁は作れねーだろ! そして、お次はこいつだ! イダの集中を乱す!)
「聞け、イダ! 『ウィリアムは生まれたままの姿になったレイウェストを好色な目で見つめると――』」
ナハシュはどこからか仕入れてきたウィル×レイの過激派ドゥジンシの暗唱を始めた。ゴブリンが皇妃へのセクハラを敢行した歴史的瞬間である。だが、クリーパー(イダ)からは特に反応はなかった。
「お前に弱体化は有効らしいな」
レピドは黒薔薇竜の首の一本に駆け寄ると、暗針を突き立てた。暗針からレピドのエーテルが侵食していくが、強靭なエーテルがレピドのエーテルを弾き飛ばしてしまった。
(失敗したか。だが手ごたえはあった。成功するまで何度でも繰り返してやる)
(大勢で対決した時点で戦闘が開始され、話すタイミングは失せる。サチコを説得するなら今しかない!)
黒薔薇竜が動き出すよりも早く、ドン・ゴーフルがサチコのすぐ近くまで駆け抜けた。無論本物ではない。正体は【四葉】のナハティガル=ラーだ。
「サチコ! 今すぐ儀式をやめろ!」
偽ドンが呼びかけると、『消えない炎』に包まれたサチコは、一瞬驚いたような表情を浮かべた後、ギロリと|偽ドンを睨みつけた。
『ウルルルルルル』
黒薔薇竜は不気味な唸り声を上げると、自分に纏わりつく冒険者を振り払って一瞬で飛行形態へと変形し、天井の辺りまで上昇、門の前に急降下した。着地と同時に再び戦闘形態に戻った黒薔薇竜はその巨体でサチコへの移動ルートを潰すと同時に、植物の壁で自身の周囲を完全に覆ってしまった。
「イダ……門を塞ぐ気か」
「邪魔者はさっさと焼却するにかぎるのぅ」
【兵】のセリオス・オーガストとグレイ・ナックラーは黒薔薇竜の障壁目掛け、巨大な光の矢と爆炎を放った。両者の攻撃で障壁は表面が焦げ、絡み合う蔦に穴が穿たれたが、破壊にまでは至っていない。すぐさま、【勇牙】や【兵】、【花鳥】の残りの面々、そしてパヴェル・A・サムルガチェフ、エル、ラビリアらが黒薔薇竜の障壁を叩き潰すべく、門から走り出て攻撃を開始する。
「これがイダの……なるほど、手ごわそうだよね」
他隊であろうとサポートは滞らせまいと、【勇牙】クラルスは視界に入った【花鳥】リディリディ・トゥラ・イェレミースに堅甲をかけた。
「今回はぁ、久しぶりのぉ、戦いなんですよぅ」
【勇牙】バルー・キップリングは鋼の斧を振り上げ、力いっぱい黒薔薇竜の障壁へと叩きつけた。食い込んだ斧が蔦を引きちぎり、蔦が数本引きちぎれる。
「出やがったな。……と、いきなり引き籠もりやがったか」
「イダ! 貴様の思い通りにはさせない!」
【兵】ケン・Z・ブラッドリーとアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは障壁に接近し、斬撃を浴びせた。大太刀と黒い大剣によってついに障壁の一部が破壊され、奥の黒薔薇竜が剥き出しになる。
「はぁい、お仕事するよっ」
ネロはその隙間から黒薔薇竜へと魔乱印を浴びせた。だが、手ごたえはない。ネロはぺろりと舌を出し、次のチャンスを待つことにした。
「皆さん。僕が援護します」
ダニエル・ヘリントンはアランの『ハウリング・オブ・ブルーフレア』の範囲外にいた【兵】のメンバーへとブルーフレアをかけた。今回ダニエルは自身は前に出ず、衛生兵に徹するつもりだ。
「前回落とした首が治っていないようですね。啓示でも『ここで仕留めておかないともっと巨大化して再登場する恐れがあります』と出ていました」
フリーダ=ブロムヴィストは障壁の裂け目を狙い、鋭い突きを撃ちこむ。空気を切り裂いて飛んだ突きが黒薔薇竜の首まで届き、首に小さな穴を開けた。【兵】が攻勢に出る中、【花鳥】は相手の攻撃を引き付けて戦線を維持している。
「……あのときの、竜」
ミゼリア・L・ステュクスはぽつりと呟くと、黒いエーテルを纏って黒薔薇竜へと肉薄し、処刑剣での一撃を浴びせた。あまり効いていない様子だが構わない。もとより、ミゼリアは囮役だ。
「ミゼリアさん、危なくなったらすぐ後退してくださいね」
コルネリウス・アーラはいつでもミゼリアのカバーに入れるように構えつつ、黒薔薇竜の障壁の境界面に立った。竜の展開する植物の障壁は障害物があると欠けてしまう性質を突くためだ。障壁を再び出す際には、そこが隙となるだろう。
「薔薇の竜のクリーパー……長期戦はまずそうですね」
リディリディは呟きながら、黒薔薇竜の障壁に向けて魔矢を撃ちこんだ。その一撃で植物の障壁の一角が吹き飛び、更に穴が空いた。
「イダ操る黒薔薇竜! 相手にとって不足無し! 武神よ御照覧あれですぅ!」
ネフリティス=N=クリスタロスはこじ開けられた障壁の隙間を駆け抜け、果敢に黒薔薇竜に接近すると、祭刀を黒薔薇竜へと叩きつけた。
「皆様、固まって下さい!」
フクシア・S・シュルツは中衛に向けて勇気が湧いてくるという噂の魔法をかけた。フクシアのエーテルに包まれ、中衛たちの防御力が高まる。
「ナハシュ! すぐに戻ってくるんだ! こいつはこのまま門を塞ぐつもりだ!」
【遠足】ヨル・スレイマンは相方に呼びかけながら、障壁の隙間に向けて硬貨を指で弾いた。エーテルを纏った硬貨は魔弾と化し、黒薔薇竜の首に無数の穴を穿つ。
「ちょこまか動き回られるとかなわねぇからなぁ。じっとしててもらうぜぇ」
パヴェルが四葉草の三叉棍を掲げると、光輝く大きな球が黒薔薇竜へと纏わりついた。さらにパヴェルは自軍の後衛への接近を防ぐため、自分の近くにも稲妻の結界を張った。
『ウルルルルル』
冒険者達の攻撃を受けた黒薔薇竜は二本の首を鞭のように動かし、ネフリティスとミゼリアに強烈な反撃をお見舞いした。巨大な牙で噛みつかれたネフリティスは吹き飛ばされ、地面に頭から突っ込んだ。一声吠えると、黒薔薇竜は削られていた障壁を補強しようとしたが、冒険者が立っている場所には壁が生じない。
「門の前にいるのは邪魔、どいて」
ラビリアは障壁の隙間から黒薔薇竜に突進すると、短剣で切りつけ、すぐに障壁の外側まで戻って来た。ラビリアの短剣は黒薔薇竜の胴に傷を入れたが、刻んだ傷はしゅるしゅると塞がってしまった。よく見れば、他の冒険者達が与えた傷ももう塞がっている。この強靭な生命力がこのクリーパーの武器なのだろう。
(縛糸刃……弾かれた。魔術抵抗も強い……)
「ネフリティス様、しっかり! 絶対に脱落者は出させません!」
「誰も倒れさせはしない……皆で生きて帰るのよ」
「すぐに治療、します」
「まだ……ネフリは戦えますですぅ……」
フェミナ・ノ・リビディーネの解呪とエデル=マグノリア、エル、クラルスの手厚いヒールにより、ネフリティスは意識を取り戻した。
「私はここで待機でいいんだな?」
「ああ、ラピスはそのままここにいてくれってさ。門を開けっ放しにしとくのはあんたにしかできないから」
「分かった。私抜きであの化け物の相手ができるのか不安だが、そういうなら任せよう」
未だ門をくぐらず、アキュリスタ遺跡側にいるラピスラズリの問いかけにナキルが答えた。ラピスラズリが門をくぐれば、門は閉じてしまう。それを防ぐため、ラピスラズリはあえて門をくぐらず、門を維持することに専念していた。サチコを門を通して儀式場の外へと叩き出すことで儀式を強制的に中断させる――それが【四葉】ゲルダ・クラインらの発案した冒険者達の切り札なのだ。サチコの護衛や遠距離攻撃からラピスラズリを守るため、ナキルとリコリス・アデュラリア、マトンがアキュリスタ遺跡側に残っていた。
●
『あの門、邪魔ね』
黒薔薇竜は門を維持しているラピスラズリを狙おうとしたが、門は黒薔薇竜がくぐるには小さすぎた。クリーパーは仕方なく、薔薇の刃の竜巻を門目掛けて放ち、ラピスラズリを巻き込もうとした。轟轟とうねる黒い竜巻は門へと飛びこみ、アキュアリスタ側にいたラピスラズリを襲わんとするが――。
「皆さん、こちらへ!」
イヴェール・イリュジオンのエーテルのバリヤーとリコリスが展開していた光の壁が竜巻を防ぎ切った。
「させねえ!」
「ラピスラズリさんを守るッス!」
稲妻のような蒼い剣閃と魔弾が黒薔薇竜を襲った。ラピスラズリの護衛として門の外に残っていたナキルとマトンの攻撃だ。
「ラピスラズリ、あと四歩右へ。クリーパーのあの巨体では門は超えられない。あなたが見えなくなれば直接狙うことはできなくなるはずです」
戦術眼をもとにイヴェールがそう助言する。冒険者の過半数が必死に黒薔薇竜たちを抑えている間、サチコ対応班のメンバーは黒薔薇竜の脇をすり抜け、サチコの近くまで移動していった。
●
「イダの目的は小鬼の退化だ。神になるようにお前を唆して破滅させ、弱った俺が神になんざなれなくなるように妨害することが狙いだろうぜ」
ドンに扮したナハティガルはサチコへと呼びかける。しかし、サチコは怒りを目に滾らせ、ナハティガルへと燃え盛る焔を浴びせかけた。
「黙りなさい、ドンの偽物め。その姿ならば私の動揺を誘えるとでも思ったのですか?」
ナハティガルはあらゆるスキルを駆使し、サチコの『消えない炎』や護衛達の攻撃を必死に躱し、当たってしまった際にはローザリカ・L・ディオールが掛けていたライフアンカーで辛うじてしのいだが、スキルの残量はそろそろ怪しくなってきた。一方、サチコの体を覆うエーテルの光は少しずつだが強くなってきている。『神化』の儀式が進行しつつあるのだ。黒薔薇竜の妨害を潜り抜け、他の冒険者達が駆けつけたのはその時だった。
(この遺跡……神代のものだって話か。遺跡の方は古すぎてよくわからんが、サチコの杖はこの遺跡とは関係なさそうだな)
ペルゼィックは儀式場の様子をつぶさに観察したが、ロストテクノロジーの結晶である神代の遺跡をその場で見て解析することは困難だった。ただ、サチコの杖の方は恐らくもっと新しい年代のものだろうとは分かる。儀式そのものとは恐らく関係はなさそうだ。
(敵はキャスターのサチコ以外にシーフ1名、ウォーリア2名、ヒーラー1名です!)
ナハト・シュライバーはテレパスでこっそり仲間にサチコ陣営の内訳を所持武器からそう予測し、伝達した。
【削月】【雀】【操蝶】【パン屋】やソロの冒険者達はサチコの護衛達と交戦を始めたが、状況はあまり良くはなかった。回避に優れるシーフ以外の敵は、サチコの放った味方は傷つけない『消えない炎』の中から出て来ず、時間稼ぎを狙っていたからだ。その為、シーフ以外の護衛を狙う冒険者達は、遠距離から攻撃を仕掛けるか、ダメージ覚悟で炎に飛び込むかの二択を強いられていた。
「パン屋、ファイトです! 護衛とサチコさんを引き離します!」
【パン屋】のルアンナ・ミュラーの掛け声と共に、ゲルト、ベアトリーチェ・カロッサ、キリク、クローリカは炎に守られたサチコとその護衛へ近づく覚悟を決めた。
「サチコの消えない炎には気を付けるんだぞ!」
ゲルトはハウリング・ブルーフレアを解き放ち、青い炎の加護をパン屋の全員に与えた。
「数は少ないですが、一人一人が手ごわいようですね。精鋭だけ残しましたか」
クローリカは消えない炎に飛び込むと、細剣を一閃し、まとめて護衛を薙ぎ払う。ヒーラーには届かなかったが、ウォーリアには一撃を与えることができた。
「サチコさん! 儀式をやめないのなら燃やします!」
ルアンナはサチコ目掛け、爆炎を放った。しかし、護衛のウォーリアが割り込み、炎を受けたのはサチコではなく護衛だった。
「喰らえ、サチコちゃん! って、あつっ!」
ルアンナの爆炎を目晦ましにし、ベアトリーチェ・カロッサはサチコを守る消えない炎にお構いなしに突っ込み、サチコへと暗針を撃ちこんだ。しかし、サチコはベアトリーチェの攻撃に合わせるように爆発を起こし、彼女を針の間合いの外へはじき出す。
「近づくと燃えるのか。厄介だな」
キリクはベアトリーチェを援護すべく、護衛のウォーリアに重力弾を撃ちこんだ。弾は効果を発揮し、護衛の動きが目に見えて鈍くなる。
「サチコ様に近づくな!」
サチコの護衛のシーフが説得を諦めて攻勢に転じたナハティガルを排除せんと、短剣を手に迫る。ナハティガルは護衛の攻撃を最後の神眼法で躱した。
「このままシーフを仕留めます!」
「吹っ飛べ!」
【雀】のエフィルミア、イズル・M・ヴォルゴールがシーフを左右から挟み撃ちにした。シーフはなりふり構わずエーテルを消費し、二人の挟撃を躱したが、態勢を崩したシーフの背後には、ヘレン・ワーグナーが迫っていた。
「獲物を譲る気は無いよ……」
「く……!」
ヘレンの盾が勢いよく背中にめり込み、シーフは儀式場の端まで吹き飛ばされた。
「父や母の言葉が、今なら少し分かる」
姿を隠していた【操蝶】のファム=ゴートはシーフに稲妻の結界を浴びせ、駄目押しとばかりに機動力を殺した。
「あいつがヒーラーだね!」
敵の装備をよく観察し、護衛のヒーラーを看破したフリューリングスルフト=ティエラは、一気に踏み込むと、ヒーラーに三連撃を浴びせかけた。
(固い!)
仕留め損ねたことを直感し、フリューリングスルフトはバックステップで敵の間合いから離脱した。ヒーラーは後衛についており、サチコの消えない炎の中心からは少し離れた位置にいる。敵の連携の隙を突けば、ヒット&アウェイは十分可能だ。
(厳しい戦いですね……ならば、私は癒し手として皆様の傷を癒しましょう)
レティシア・レインフィールはサチコ対応班の回復役に回り、護衛との戦いや消えない炎で傷付いていく冒険者達へと回復魔法をかけ続けた。
●
戦いが始まって数分。サチコの護衛達が押されつつある中、再生を繰り返す黒薔薇竜は未だ二本の首を残し、門の入口に居座ったまま、冒険者達を攻め立てていた。 注意を引き続けている【花鳥】の消耗は特に大きく、防御を固めようとも削って来る毒のせいでヒーラーの手が追いつかない。
『ウルルルルル』
黒薔薇竜は首をもたげ、カバーに入ったネロとミゼリアへと襲い掛かった。
「あははっ、こっちだよー!」
残像で噛みつき攻撃を緊急回避したネロは、おどけるように笑った。が、奥の手を切った彼にもう盾役の補助は務まらない。毒のダメージが積み重なったミゼリアと交代しようとコルネリウスが障壁位置から動こうとした、その瞬間。
「……あ」
黒薔薇竜の巨大な顎に挟まれ、盾を持った腕ごと千切られたのは【花鳥】のミゼリア・L・ステュクスだった。そのまま振るわれた牙は腰の辺りを無造作に食いちぎり、不味そうに盾を吐き出した。
「ミゼリアさんッ!!」
上から降って来たミゼリアの血を浴びたコルネリウスが叫んだ。
「……まだ、生きてます」
戦死したと思われたミゼリアは『屍骸傀儡』のスキルでちぎれた部位をすぐに再生し、再び立ち上がった。
「心臓に悪いですね、そのスキル……しばらく休んでいて下さい」
「ごめんなさい……」
胸をなでおろしたコルネリウスは黒薔薇竜に体ごと剣を叩きつけた。コルネリウスと交代したミゼリアが一旦後ろへと下がっていく。
「喰らいなさい!」
フクシアは、敵討ちとばかりに障壁の隙間を狙って射線を通して祈雷を設置、黒薔薇竜に雷を浴びせた。黒薔薇竜は再び植物の防壁を展開しようとしたが、それを許す冒険者達ではない。ナハシュやヨルが妨害に入ったため、再生された障壁は今回も隙間だらけになってしまった。完全な形で発動できたのは不意を突いた最初の一度のみ。おまけに精製した障壁も【兵】らが速攻で障壁を叩き潰してしまうため、黒薔薇竜の本体は確実に生命力を削られ続けていた。
「あいつ、門の前から動かねえな……門を意地でも消したいのかぁ?」
パヴェルはクリーパーが空に逃げて回復を図ることを危惧していたが、クリーパーがそれをする気配はない。クリーパー……というかイダは門を塞ぐことに執着しているように見える。
●
一方、サチコと交戦中の冒険者達の戦いも趨勢は冒険者側に傾きつつあった。護衛達の必死の抵抗やサチコの『消えない炎』によるサポートにより、冒険者達のダメージは拡大していたものの、人数が違う。敵の消耗はこちら以上に激しく、陣形が崩れつつあったからだ。
「消えない炎……やはり厄介だな」
ゲルトが『解呪』をかけると、絶賛炎上中だったベアトリーチェの炎が消えた。ゲルトのブルーフレアの青い輝きは残ったままだが、こちらは支援魔法なので害はなく、むしろありがたいものである。
「今ですわ! はあああああっ!」
その動きを読んできたミレイユ・ヴェルジーはウォーリアに側面から盾で体当たりした。小柄な少女とは思えぬ怪力を発揮したミレイユのぶちかましをうけたウォーリアは数十メートル吹き飛ばされ、サチコから引き離された。
「えーい!」
ミレイユに続き、可愛らしい声と共に、【削月】のアンネエルカがサチコの護衛のヒーラーに盾ごとタックルをぶちかました。威力は全く可愛くはなく、ヒーラーは数十メートル先まで吹き飛ばされた。
「陣形が崩れたね。ここだ!」
母蜘蛛のロープを使い、秘かに儀式場の高所に陣取っていたサロは、敵の陣形が崩れたタイミングを見計らって濃煙炸弾を撃ち込んだ。モクモクとエーテルの煙がたちこめ、護衛やサチコたちはお互いの位置が分からなくなった。冒険者達にも影響は出ているが、この煙幕はすでに近づいている者同士には影響を与えない。今の状況は冒険者の方が有利だ。
「よし、ヒーラーは引き離した。今です……!」
ナハトは、サチコ目掛け、濃煙炸弾を放った。エーテルの煙に包まれ、戦場に混乱が生まれた。護衛達はともかくサチコを守らんと、サチコの方へと集合しようとしたが――。
「このまま狩る!」
クレア・エクレールは吹っ飛んでいったヒーラーを追いかけ、そのまま追い抜いた。背後を取ったクレアは死神の牙を突き立て、ヒーラーにトドメを刺した。
(チャンスだな、ここでサチコを仕留める!)
ルイドは、サチコの首を刈り取らんと漆黒鎌を振るった。飛来する衝撃刃に、サチコの反応は間に合っていない。
「させん!」
しかし、すんでのところでもう一人のウォーリアが我が身を盾にサチコを庇った。身代わりとなったウォーリアには深い傷が刻まれ、血が零れる。
「このっ……!」
「きゃああああああ!」
怒りに燃えるサチコは業火を冒険者達へと浴びせかける。激しい炎に包まれたミレイユは鎧と盾に光の膜を纏わせて耐えたが、直撃を受けたアンネエルカとルイドが崩れ落ちる。いや、倒れたルイドは再び立ち上がり、戦線に穴を開けはしない。
「長く続けば、僕達の回復も持たないぞ!」
「そうですね。これは少し、厳しいかも?」
ヒーラーのいない【削月】の面々へ、【四葉】のローザリカとリサ・ベイカーが回復を飛ばす。
●
黒薔薇竜との戦いは冒険者達が有利な状況で推移していた。前衛ウォーリア達のダメージは大きいが、大人数の冒険者達は手堅い戦いでじわじわと黒薔薇竜の生命力を削ぎ続けている。このまま時間をかければ、黒薔薇竜を排除できるだろう。だが――。
(サフィラ! サチコの体を覆ってる光が強くなっていってる。長期戦だと間に合わないかもしれない)
(え、ヤバくね?)
サチコの儀式の進展をクレアからテレパスで通報されたサフィラは、危険を冒してでも迅速に倒さねばならぬ状態にいち早く気付いた。
「みんな、聞いて! 急がないと、サチコが神様になっちゃうよ!」
「なんだと!? おい、みんな、急いで黒薔薇竜を倒せ! 早くサチコを外に出さねえと、サチコが超パワーアップしちまうかもしれねえ!」
ラピスラズリに開けたままにして貰っている門を用いて、サチコを儀式場から叩き出そうというのが【四葉】の考案した作戦だった。しかし、門を塞ぐ黒薔薇竜がその邪魔をしている。ハヤトの叫びを聞き、対黒薔薇竜班の冒険者達は総攻撃を開始した。もはや一刻の猶予もならない。儀式が完成するより前に、サチコを儀式場から叩き出さねば。
「これは最後の手段ですが……!」
意を決したリディリディは愛用の杖に魔力を注ぎ込みながら、黒薔薇竜の懐へと近づいて行く。
(食らいなさい!)
リディリディが莫大な量のエーテルを籠めて振り抜いた杖は、命中と同時に大爆発し、黒薔薇竜の首の一本を跡形もなく消し飛ばした!
『美しい魔法ね! 今日一番の輝きだわ! 御褒美を上げなくちゃ!』
イダはリディリディを褒め称えながら、反撃の薔薇の竜巻を放った。コルネリウスもミゼリアも咄嗟には動けず、直撃を受けたリディリディは全身を切り刻まれ、大地へと崩れ落ちた。そのまま踏みつぶそうとした黒薔薇竜の動きが止まり、足がボロボロと崩れ出す。無尽蔵に見えたついに耐久力も底をついたようだ。
「誰か! 急いでそのエルフさんを下がらせてもらえないかな?!」
「分かった。俺が行く」
クラルスの怒号と共にヒールが飛び、意識を失っているリディリディを大急ぎでレピドが回収した。リディリディはパーティの最後尾に移送され、ヒーラーたちの手厚い看護を受けた。
●
「イダ! お前の遊びもここまでだ!」
リディリディと入れ替わるように黒薔薇竜に突進したアルベルトは、残った最後の首目掛け、黒い大剣を叩きつけた。その一撃で黒薔薇竜の首は斬り落とされ、ついに黒薔薇竜は動きを止めた。
●
「今です! サチコのガードが手薄になりました!」
天眼で戦況を俯瞰していた【四葉】のリサが仲間達の火傷をハイパーヒーリングオーラで癒しながら叫んだ。サチコは護衛を剥がされてノーガードだ。門から叩き出すチャンスは今しかない!
「仕掛けるわ。合わせてジュストさん」
「分かった! 来たれ、雷光纏いし翼竜。我は求める眩き息吹!」
ザザ=ステルヴィナが放った魔霞と、ジュスト・ヴェルジーの『雷嵐舞踏竜』がサチコを襲う。その瞬間、視界を奪われた上に行動不能となったサチコの前へと、小さな影が飛びこんできた。
「ゲルダちゃん、GO!」
「ここで決めます! いっけぇえええええええ!!」
リサの声援を受けたゲルダは雄叫びを上げると、|エーテルの鎖《バーバリアンデスチェーン』を伸ばし、サチコの体をぐいっと引き寄せた。その瞬間、サチコの景色がスローモーションになり、サチコの脳裏には優しかった父との思い出が一瞬で流れた。
「ドン――私は――」
ドガッ!
ゲルダはサチコの顔面を盾で力いっぱい殴りつけた。渾身のドラゴンチャリオッツを食らったサチコはボールのように吹き飛ばされる。サチコの行く手にあったのは、ラピスラズリが開けっ放しにしていた、アキュアリスタへと繋がる『門』!
吹き飛ばされ、儀式場から叩き出されたサチコはゴロゴロと遺跡の床を転がり、そのまま動かなくなった。
「今ッす!」
サチコが門の外へと叩き出された瞬間、すかさずマトンは鉄の壁で門を物理的に塞いでしまった。これでもう、サチコは容易には儀式場には帰還できない!
「おのれ、よくもサチコ様を!」
「おっと、ここは通さないよ」
イズルはウォーリアの道を塞ぎ、戦槌でぶん殴った。まだ動ける護衛のウォーリア達は【削月】【雀】らに制止され、サチコの救援にかけつけることはかなわなかった。
●
『貴方達は素敵ね、結局魔女抜きでこの子を倒してしまうなんて』
二本の首を落とされ、ぼろぼろと崩れていくクリーパーの体から、イダの機嫌良さそうな声が聞こえてきた。
「いつまでも高みの見物できると思うなよ。その首もこいつみたく叩き斬ってやるからな!!」
大太刀をクリーパーに向け、ケンは苛立たし気に叫んだ。
「エスタル、の、夢の女神、は、あなた、です、か?」
エルは以前から気になっていたことをイダへと尋ねた。
『ええ、そうよ』
「なぜ、エスタルの人たち、を、助けた、の、です、か?」
『なぜ? 生きたいと望む人々を導くことに理由は必要かしら。それに、草人達と幸せに暮らすエスタルの人達は美しかったでしょう?』
エルの問いかけに答え、上機嫌で問い返すイダ。彼女の言葉に、エルは答えられなかった。
「君は誰からも理解は得られない。これまでも、これからも独りだよ」
ヨルがそう告げると、イダは愉快げに笑う。
『貴方は、貴方にとっての太陽の眩しさを誰かに理解してもらわないといけないの? ましてやその輝きを曇らせる誰かを、貴方は許せるのかしら? また会いましょう、冒険者達。今度は息子も一緒だといいわね』
その言葉を最後に、イダの黒薔薇竜は形を保てなくなり、跡形もなく消滅した。
「私は……負けたのですね」
サチコが意識を取り戻した時、彼女を包んでいた光はもう消えていた。ラピスラズリの護衛についていたナキル、マトン、リコリスが彼女の周囲を取り囲み、様子を伺っていた。
「サチコ様。お父上は貴女を頼らず、お一人で全てを背負われた。それが、悲しかったのでは? お父上を救う方法を私達と共に、改めて考えませんか?」
レティシアがサチコへと語りかけると、サチコは項垂れたまま答えなかった。
【4】征竜対応(担当マスター:真柄 葉)
「左翼に小型3! 誘い込んで横撃を加えるんだっ!」
卓越した戦術眼を持ち、天眼で戦場を俯瞰するエルゼリオ・レイノーラの指示が飛ぶ。
「任せるのだっ! 粽っ!」
応えた大福が鋭く矢を放つと共に、相棒の粽に追撃させた。
「正面、来るよ! ハリスさん!」
「はいっ!」
一際大きなクリーパー集団の前にハリス・アル・ターミルが立ち塞がる。そして、彼の後ろには最愛のトゥーリが控え、親友であるフェイサル・セイフが支える。
三人は数で圧倒しようと襲い来る群れに正面から立ち塞がると、ハリスの強靭な肉体で押しとどめ、フェイサル、トゥーリの連携で威勢をそぎ落としていく。
同時にアステル、Re✕等、他の冒険者達が岩山を包囲する様に陣を敷き、散発的に攻勢を仕掛けてくる敵へ対処していた――――。
●
征竜のエーテルを嗅ぎつけ、敵が襲来する少し前――――。
「私は征竜様を信仰し、巫女ヒルルクの導きによりその想いを強めた者。願わくば、その御名の下に剣を振るい、盾となり戦う事をお許しください」
「そういう訳で、クリーパーの対処はこちらに任せて貰えたら幸いだ。なに、我々自身を守るためにもなるしな」
アリオン・リューとサマエラ=フォリウムが問いかけると、しばらく間があってから、征竜は視線を動かさず小さく頷いた。二人は反応があった事に驚きつつも頷き合うと、迫りくる敵へ向き直る。
「竜様竜様、いつものありがとうの気持ちを込めて、祭壇を設置したいんだけどいいかな?」
クリーパー集団へ冒険者達が向かっていく中、アリア・ティーダがした突然の提案に、征竜は特に興味を示さずただ小さく顎を引いた。それを肯定ととったアリアは、腕まくりして祭壇の建築を始める。
「ふむ、祭壇か」
「……祭壇、のようですね」
「うむ。祭壇と言えばあれだ」
「……は、はい、あれですね」
そんなアリアの祭壇建設を機と見たのか、ハッタ・ムラムラとラティア・ミゼリアが突如として征竜の前に躍り出た。
「征竜、ただ待つのも暇だろう。おれがいいものを見せてやろう」
ハッタは突然『魅惑のパンダダンス』を繰り出す。
「……お、お気に召さないようなら言ってください。すぐに止めますので」
ラティアは魅惑のボd――――演奏を奏で始めた。
言葉を発さず、ただ軽やかに舞い、そして回転する。一度見たが最後、目を離すことが出来ないダンスで魅了するハッタ。
チラチラと征竜の顔色をうかがいながら、おっかなびっくり演奏を続けるラティア。
しかし征竜は二人の演舞をちらりと見ただけで、視線を遺跡へと戻してしまった。
「征竜様と同じ場所に居れる僥倖。身に余る光栄に存じます」
つれない態度にもめげずハッタとラティアが『魅惑』を続ける中、スィーリーンは征竜の足元へと歩みより、優雅に頭を下げる。
「……時に征竜様。貴方様にとって『神座に至る者』は排除の対象でありましょう。では、エフレム様もそうなるのでしょうか。イダ様の意向に従っているだけだとしても……?」
スィーリーンは心に秘めた悲哀を見せる事無く問いかける。しかし、彼女の心とは裏腹に征竜からの返事はなかった――――。
●
「三方同時っ! たくさん来てるよっ!!」
祭壇を設置し終えたアリアは、戦場で回復手を担う傍ら、閃光塗弾の光をもって戦況報告にも一役買っていた。
「戦力三分! 各個撃破するんだっ!」
アリアの合図を受け、エルゼリオの戦況把握と判断が冴える。
「『左腕』は征竜さまを狙っている……この千載一遇のチャンスを逃すとは思えません」
そんなエルゼリオの横で戦場を見つめながらトーラが探しているのは、メドゥの左腕の姿だった。持てるスキルを最大限駆使し、警戒を続ける――――。
「トゥーリ殿!」
「うんっ!」
クリーパーたちを正面から押しとどめるハリスとトゥーリが、同時に広範囲攻撃を放つ。
「今のうちに回復を。まだ攻勢は止みそうにないからな」
広範囲攻撃にはじけ飛んだ残敵を掃討しつつ、フェイサルが二人にヒールをかけた。
「流石、征竜様の御威光といったところでしょうか。迫りくる敵の数が多い」
「そこ、褒める所じゃないと思うんだよっ!」
征竜から漏れるエーテルを威光と言ってのけるハリスに、トゥーリは憤慨。ぽくぽくとその背中を叩く。
「じゃれているのも結構だが、次が来るぞ」
そんな微笑ましい光景に秘かに口元を緩めながらも、フェイサルが戦場を指さした――――。
「ちっ、数だけは多いな……!」
「所詮雑魚ですよ。相手にはなりません」
一方、左翼ではサマエラとヴィルヘルミナを筆頭とする冒険者達がクリーパーに当たっていた。
サマエラの魔矢を抜けてきた敵を、ヴィルヘルミナが狙い違わず射貫き、征竜の元へ一匹たりとも通さない。
「ここから先にはいかせないのだっ!」
「うんっ! まだ聞きたい事、やりたい事は残っているからねっ!」
右翼では大福、ハーヴィを主戦力に、クリーパーたちの攻撃から岩山を守る。
「アタイ達の眼を掻い潜れるとは思わない事だね」
遊撃手として動くルチル・プルメリア・グレイハーツ、サララ ココノカの二人は、主力が討ち漏らしたクリーパーたちを相手取っていた。
「敵影7時方向、距離100――――確認、対応を開始します」
ルチルの矢の援護を受けつつ、サララは戦場を駆ける。
防衛網を抜けてきたクリーパーへと対峙したサララは、持ち前の速度で敵を翻弄。振り払おうと攻撃してくる相手の力を逆に利用し、その場へと釘付けにした。
「敵個体停止……! 対応願います……!」
クリーパーを足止めしたサララが叫ぶと同時、鋭い矢が敵の急所を貫く。
サララの足止めに動きを止めたクリーパーは、ルチルの矢の格好の的でしかなかった――――。
「この程度の傷ならまだ戦えるでしょう。さぁ征竜様の為にお立ち下さい」
そして、後方では怪我人にグレイブ・ヤードがヒールをかけて回る。
(征竜……ドン・ゴーフルの神化を止めて何とする)
味方を癒しながら、グレイブは考えていた。ゴブリンは神を作る事で知性と理性を得た。自分達もそうではないと言い切れないのではないかと。
しかし、ゴブリンについても、ヒトについても答えは出ない。それを問うべき相手はここには居ないのだから――――。
●
征竜を守ろうと奮闘した冒険者達の手によって、あれだけいたクリーパー達は、そのほとんどが倒された。
しかし、彼等の献身も征竜からすれば些末事。奮戦には目もくれず、征竜は遺跡から視線を外さない。
(この態度……)
そんな征竜の姿をヴィルヘルミナはじっと見つめる。ドンの事もそうだが、サチコが神化へ至ることへの警戒心が高すぎる。例えば、殻で閉じたこの世界のエーテル量は決まっており、神へと至る者が現れればそのバランスが崩れる――といったことがあるのだろうか。それとも、単に変化を嫌っているだけか……。ヴィルヘルミナはじっと征竜を見つめる。
「征竜様、クリーパーは片付けました。だから教えてください!」
ヴィルヘルミナが見つめる中、ハーヴィと大福が征竜の前に立った。
二人はこの戦場の近くにヒルルクの気配を感じ、鋭い嗅覚と思念感応をもって彼女を探した。しかし、ついにその姿を見つけることができず、彼女の主である征竜にその居場所を聞きに来たのだ。
「ヒルルクさんの居場所を!」
『……我が巫女の 居場所か』
「そうなのだ! この近くにいるはずなのだ!」
「お願いします! 僕達は彼女に会わないといけない!」
二人はわずかに残った匂いと残留思念から感じていた。ヒルルクがひどく傷付いている事を。だから懸命に訴えかける。彼女に会わなければならないと。
『彼の者ならば 南西へ 去った』
「南西……! 大福さん!」
「うんなのだっ!」
無感情な征竜の返事にもハーヴィと大福は礼を言うと、すぐに南西へ向け駆け出した。
「征竜様! どうしてヒルルクさんの事を無視するんですか! せめて、沈黙の理由を教えてあげてください!」
「その通り。誠心より貴方へ仕えてきた巫女へ、どうかお声を……!」
二人と代わるように、征竜の前に立ったのはエルゼリオとハリスだった。
『――何故』
嘆願するようなハリスの言葉を聞くと、征竜はゆっくり視線を動かした。二人の脳内に、声が届く。
『彼の者への宣は 幾度も 出して居ろう』
声を聞いた二人が驚いていると、一転、今度は威厳に満ちた声が響いた。
「いませんよ! 彼女はずっとあなたの言葉を待っているはずだ!」
「声を届けるだけでなく、言葉を交わす事を! どうか……!」
「そうです! どうしてヒルルクを突き放すんですか! あの子に興味ないんですか! それとも成長させる為ですか!」
「ああ、そうだ。迷える者の声に応え道を示す、それが出来ずして何が世界を守る竜か!」
更にフェイサルやトーラまで加わり、征竜に訴えかける。
『理解できぬ』
『急を要さぬならば 待たせよ』
『我とて 待たせた事は 無い』
しかし、その真意は征竜へ届かない。
四人がいくら言葉を重ねても、征竜の理解は得られなかった。
「これが竜という種か……」
征竜からは微塵も悪意を感じない。ただ本当にわかっていないのだ、ヒトの心が。
考え方も、時間の感覚も、視ているものも、全てがヒトとは違う。これが悠久を生きる『世界の守護者』という種か。
ルチルはともすれば噴きだしそうになる感情を押さえ、征竜の前に立った。
「イダの目的は何だ。何か知っている事があるのなら教えて欲しい」
『神座に至らんとし 世に害を為すもの』
「……大雑把すぎないか。それじゃ何もわからない」
『後は 知らぬ』
きっちり説明しろと問い詰めるルチルに、征竜はそれ以上、言葉を送ることはなかった。
「征竜よ、此度御身が動きし事、それだけの事態ではあるのやもしれませぬが、供回りをつけぬはいくらこの世に比する者無き超越たる身であろうとも不用心かと」
再び無言で遺跡を見つめる征竜にヤウズ・オスマットは問う。さっさと巫女を呼べと言葉の裏に秘しながら。
しかし、征竜は何も応えない。興味がないのか、それとも『比する者無き超越者』の自信か。
「応えぬか。ならば」
と、妹に代わり姉のベルク・オスマットが征竜へ向かった。
「征竜よ、何故に此度は直接出張ってきた。昏睡状態だったドンとは違い、意識はあるがサチコ程度ならそなたの巫女ヒルルクでも十分殺せるだろう」
『足らぬ』
『神座へ至らんとするその時 巫女では足らぬ』
「足らぬ、だと……? 神化とはそれほどのものなのか。あれほどの力を持つヒルルクですら、手を出せぬほどの」
なおも問いかけるベルクに、征竜は応えない。ただ真っ直ぐに、遺跡で起こらんとする事に注視し続け――――。
ふと、遥か南へと視線を動かした。
マスターコメント
決戦シナリオ非常に難しい 報酬:多い133 / 1〜9999人
2023年02月27日 17時10分15秒 公開
参加者
トゥーリ
ハッタ・ムラムラ
イヴェール・アーチボルト
- クラルス
ヨル・スレイマン
ゲルダ・クライン
コルネリウス・アーラ
アンネエルカ
エイル・アーティライト
ケン・Z・ブラッドリー
シエラ・フォン・リシェイラ
ゼラルム・エルホワイト
サニー・フォン・オルライト
エルゼリオ・レイノーラ
ルアンナ・ミュラー
エルナ・クルプファルツ
ユークリア・フィナンシェ
ナハシュ
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアト
アリア・ティーダ
スィーリーン
リサ・ベイカー
テス・アウレア
フリーダ=ブロムヴィスト
リリリリス
ザザ=ステルヴィナ
パヴェル・A・サムルガチェフ
ベルク・オスマット
ヴィルヘルミナ
ハリス・アル・ターミル
ルチル・プルメリア・グレイハーツ
ルルト・アーキス
レティシア・R・クラティアス
バルー・キップリング
- イェレミース トゥラ リディリディ
アドルフ・ジーノ
ストレガ・L・リベルガストラ
グレイブ・ヤード
ファム=ゴート
ギャメル
エフィルミア
サフィラ・アズラク・ヴォルファング
ロイ・アウレア
ヘレン・ワーグナー
リコリス・アデュラリア
ギーゼラ
キリク
セリオス・オーガスト
イズル・M・ヴォルゴール
ハヤト=ガラン=ヴォルファング
アルマ・ヴァレンタイン
アリオン・リュー
ゲルト
フェイサル・セイフ
フリューリングスルフト=ティエラ
ディレイン・オールドケイジ
レイヤ・ダライ=カホール
クローリカ
海神 江流
サマエラ=フォリウム
ファーシル・クリスティア
ロゼット
トーラ
ネフリティス=N=クリスタロス
- アステル
クレア・エクレール
キオルティス
梅・雨陽
ロドリック・アルカイン
ナハティガル=ラー
ナキル
テテリカ
サララ ココノカ
オゴス
ナハト・シュライバー
エルシー・サリバン
ハル・チフ
エヴァン・ピオネロ
エミリア・シバ
ネーヴェ・グラヌローザ
ラティア・ミゼリア
- ラーナフ
ベアトリーチェ・カロッサ
ハリーヌ・ヨツユビ
サロ
グレイ・ナックラー
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク
ナタリア・フィッツジェラルド
カルフ・オルヴォ
大福
ルベア・ベルニ
シルヴィア・A・カペル
ハーヴィ
エル
エデル=マグノリア
アルバス・ロウル
ライオネル・ギシュム
- ファヌ
ヴァンゲルス・ロッド
キリアン・フィッツジェラルド
サシャ・テーリング
ダムド・フィリス
セオ・ウルジオ
パルド
ウォーゼル
ブレイド
- Re✕
ネロ
ジュスト・V・ケレス
東雲・更紗
フェミナ・ノ・リビディーネ
ローザリカ・D・ケレス
アリッグ・レイダー
- シュルツ S フクシア
アルシエラ・ライゼル
ペルゼィック
ミレイユ・ヴェルジー
- リリアン
ヤウズ・オスマット
セロリ・サーティーン
ルイド
マトン
ラビリア
セラフィナ・M・ベイリー
アンジェ
アラン・スミシー
レピド・クロサイト
ダニエル・ヘリントン
- リューイ=ヴァレンゴルト
ミゼリア・L・ステュクス
西谷・歩夢
ラケル
シャドウ
相談掲示板
おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! 決戦相談の方でもメンバー募集はさせて貰ってるがこっちでも表明しとくぜ! 【3】アキュアリスタ遺跡→儀式場強襲(危険) 今回俺達ブレイブファング傭兵団の方針は、サチコを止めに行く!! 集まる人数次第だが、まずはサチコを止めるのに最大の障壁となるであろう黒薔薇竜の撃破と同時進行でサチコ自身の神に至る儀式を止めに動く班とに分かれて動く感じで考えてる。 黒薔薇竜との戦いとなりゃあ、命懸けになることは必至だからな、我こそはって血の気の多い奴は大歓迎だぜ♪ 一緒に戦ってくれるメンバーを募集してっから良ければ傭兵団の方にも顔出ししに来てくれよな! https://alpaca-connect.com/world/world0/community/BL95hacTWpq5LK1hh5pn
ヒーラーの神官戦士ロゼットよ。頑張りましょう。 「【2】サウゼル大樹海遺跡→裏口陽動」への参加を考えているわ。 できれば、『捨て駒』を買って出ているブラックデスの ゴブリンに代わって門の通過、第1陣を引き受けたいなと。 ドン・ゴーフルや、ゴールディのために命を捨てられる ゴブリン達、彼らみたいな人こそ長く生きていて欲しいから。 1人で出来ることじゃないし、【2】に行く人で一緒に 第1陣をやってくれる人がいれば共闘したいわ。 相談場で同行メンバーの募集をかけさせてもらうから、 興味が湧いたらコミュニティを訪ねてみてちょうだい。