【怨都】決戦:怨讐の都に闇と舞え
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シナリオID:2628
オープニング
「やあ、ウィリアム。年老いた叔母さんのために王都の守りを棄ててくるなんて、身内思いだねぇ」
リーンエス王国北東部コートネイ伯爵領領都『ケイレブ』。篝火が照らす広場の中央で、黒い襯衣の青年が愉快そうに片手を振った。
「……。夜中に僕を呼び出せるのは美女だけかと思っていたよ。君が『メドゥの右腕』かい?」
対するウィリアム・リーンエスの表情には、余裕がない。
目の前の青年は、メドゥの指先の大幹部を示す『右腕』の称号を名乗る吸血鬼だ。ある晩突然に帝国過激派を引き連れてこの街を襲い、瞬く間に陥落させたという。その上、予め配下に誘拐させていた王妹キャサリン・リーンエスと生き残りの住民十数名を人質とし、交渉相手としてウィリアムを指名した。
(長く廃嫡されていた王族とはいえ、堂々と見捨てるわけにもいかない。伯爵領の領民も一緒なら猶更だ。……こちらの事情を良くわかっている)
吸血鬼と化したニコラ・ゴルティエ元侯爵の王都襲撃が予想される中、メドゥの右腕の招待に応じて此処まで来られたのは、ウィリアム本人と王国騎士10名、緊急の依頼を受けてくれた冒険者達だけだ。大幹部相手にどこまで戦えるかは、わからない。
「そう。自己紹介が遅れたけど、僕が『メドゥの右腕』だよ。……ああ、心配しないで。人質は知り合いが面倒みてるからね。街の中にはいるよ」
人質の姿が見えないことを不審がる王国騎士達の表情を見てか、右腕はアハハと軽い調子で笑いながら言う。
その背後で蠢くのは、まるで巨人の如き怪物だ。
真っ赤な鮮血を集めて人型に整えたような外見――というのが比喩ではないことは、周囲に漂う血の匂いが証明している。
逃げ延びたコートネイ伯爵令嬢によれば、それは何らかの魔術によって生み出された血の魔人。メドゥの右腕によって惨殺された人々が流した大量の血液が寄り集まり、見上げるほどの怪物と化しているのだと言う。
「それで、右腕君は僕と何を交渉したい? 人質と引き換えに要求したいことでもあるのかい?」
「もちろん。ウィリアム、僕はね……君に死んでもらいたい」
「何故だい? 僕は所詮、第二王子に過ぎない。死んだところで王家への影響は限定的だ」
腰に帯びた剣を意識しながら、ウィリアムは右腕の赫眼を真正面から見据えた。
「王家っていうか……君に死んでほしいんだよ、ウィリアム。左腕ちゃんは君に価値があるなんて言うんだけど、僕には全然そう思えなくて。だから――」
目を細め、値踏みするようにウィリアムを見返す右腕。
巨大な怪物が血の匂いを振り撒きながら歩み出て、獣にも似た咆哮と共に真っ赤な腕を大きく振り下ろした。
「とりあえずさ、コイツと戦って勝ってみせてよ。君達が勝ったら人質は返すし、負けたら全員死んでウィリアムも死ぬ。シンプルな取引じゃない?」
「成程ね。右腕君はその間、高みの見物ってわけか。随分と――」
蜘蛛の巣のように罅割れた石畳に目を遣り、ウィリアムが再び視線を上げた――その時。
重量感のある足音を伴って、ウィリアムにとってはあまり聞きたくない声が夜空に響き渡った。
「ウィリアム! ウィリアム! ウィリアァァァム!!」
「「……グリゼルダ?」」
王国騎士と冒険者達が一斉に身構える中、恐竜めいた姿のキメラゾンビに乗った黒いウェディングドレスの女が広場に乱入してくる。
ウィリアムと右腕は、ほぼ同時に眉を寄せた。
「聞いて頂戴、ウィリアム! その男は貴方の美しい瞳すらも傷つけるつもりよ!! その上、貴方とアランが無関係だの何だの訳の分からないことを言って、赤い糸で結ばれた私達を引き裂こうとしているわ!!」
「別に二人の仲はどうでもいいけど。頭だけ残せなんて面倒くさすぎること言うから……」
「黙りなさい右腕! 貴方がそういうつもりでしたら、私は断固戦わせていただきます! ……ああウィリアム、貴方と私の記念すべき共同作業ね。さあ、貴方の瞳を守るために戦いましょう! こんな混沌魔術の血人形、私達の愛の力で捻りつぶしてあげるわ!」
面倒そうに頭を掻く右腕と、脳天から湯気が上がりそうなほど怒り狂った『青の親指』グリゼルダ。
二人の間に何があったかは、グリゼルダが概ね解説してくれている。
「……。嬉しいよ、グリゼルダ。僕のピンチに駆け付けてくれるなんて」
ウィリアムは微笑み、乙女のように頬を染めるグリゼルダへ熱い視線を送った。
「君の言う通りだ。僕達の真の愛を、あの卑しい吸血鬼に見せつけてやろうじゃないか!」
●
王都近郊、ウェザーランス子爵領。防衛戦力を有さぬ王党派貴族の小領地。
王国南方の貴族派大貴族『バルヴィック侯爵家』所属の『迅雷騎士団』が其処へ侵入したのは、ウィリアムが王都を離れ、クローディア・ゴルティエ元侯爵夫人の処刑が実行される前日のことだった。
斥候によれば、王都を目指して進む騎士団の中に現当主オーガスタス・D・バルヴィックの姿はなく、グレイシャ・O・ベルグリーズなるエルフの女が総指揮を執っていると考えられる。
ウェザーランス子爵家からの退去要請に従う様子はなく、王家への叛意を問われようとも兵を進めた迅雷騎士団。王家はそれをバルヴィック侯爵家による国家叛逆とし、直ちに王国騎士団と冒険者達を差し向けた。
――ゴルティエ元侯爵らの襲撃に際し、王都の防衛戦力を削ぐことがバルヴィック侯爵の目的ではないか。
堂々と隊を成して他家の領地を進む迅雷騎士団の姿に、そのような声が挙がらなかったわけではない。
だからと言って、王都の目前まで迫った彼らを迎え討たぬ選択肢もない。
「――迅雷の騎士に告ぐ」
処刑前日の夕刻、ウェザーランス子爵領。
森を背にして王都へと向く迅雷騎士団へ、王国騎士団隊長の言葉が届いた。
「王家に弓引く逆賊としてこの場で散るか、今直ぐ剣を置きバルヴィックの元を去るか。よもや、レギンレイヴやファブランドの末路を知らぬわけではなかろう」
隊列を組んだまま、微動だにしない迅雷騎士団。
王国側の提案を馬耳東風といった風情で聞き流した第三騎士長グレイシャは、「うるさいわねえ」と一言もらしたのみ。ちらりと見遣った先では、第二騎士長ラズロー・ヴェトールが熱のない眼差しを王国騎士団に向けていた。
返答がわりの光弾を敵の目前へと放り投げ、グレイシャは沈みゆく太陽を眩しそうに仰ぎ見た。
●
「どうして庶民を殺した程度で、私が処刑されなければなりませんの!? 庶民など放っておけば犬猫のように増えるのですから、千人殺したところで王国には何の害もありませんわ!!」
処刑当日、未明。
王都グランスパーダ内、都市の北端に在る広場に引き出された罪人クローディア・ゴルティエ元侯爵夫人は、未だに己の無実を訴えていた。
篝火に照らされた彼女の主張を聞く者など居ない。広場の中央には処刑台。王国騎士団近衛隊と冒険者達が周囲を固め、ゴルティエ元侯爵ら吸血鬼達の来襲を待ち構える。
「レイノーラ卿。わたくしは聖剣の守りに加わります。お父様達――王族の警護は、あなたの隊に任せますわ」
「――命に代えても、御守りします。……いいのか、メアリー。一緒に来れば守ってやれるぜ?」
冒険者達を連れ、王城の中庭に在るという『王家の聖剣』のもとへ向かおうとするメアリー・リーンエス。王国騎士団近衛隊の一隊を率いるハスラム・レイノーラが、自身の末息子よりも年若い王女を一度だけ呼び止めた。
「わたくしは王女です。命の価値はお兄様が上。かつ授恵者であるならば、命を棄ててでも聖剣を……王国の民を守る義務があります」
「抜ければ王国に“災厄”をもたらす『王家の聖剣』か……吸血鬼共にアレが抜けるとは思えねぇが、触れさせるわけにもいかねぇしな」
メドゥの左腕は、冒険者達に警告した。
ゴルティエ元侯爵が愛妻の奪還を企てていると。そして、ウィリアムの命と『王家の聖剣』の在処にも注意を払う必要があると。
真意はわからずとも、彼女の言葉は、メドゥの指先の目が聖剣にも向いていることを示している。
「『王家の聖剣』が王城の中庭に突き刺さっているなどと、知る者は少ないですが。仮にゴルティエ元侯爵らが知っているとすれば……警戒するに越したことはありませんわ」
メアリーとハスラムは互いに頷き、逆方向へと踵を返す。
メドゥの右腕やバルヴィックの兵に戦力を奪われ、王都に残ったのは王国騎士団の近衛隊中心とした部隊と衛兵、貴族達の私兵、そして一部の冒険者達のみ。うち衛兵と貴族の私兵達は、外出禁止令を敷かれた王都民の警護と警邏で手一杯だ。近衛とて、王の守備に過半を割く。
霧や動物にも姿を変える吸血鬼達は、王都を囲む城壁など夜闇に紛れて容易く越えるだろう。元が授恵者であれば、壁を走り、音を消す者も居るかもしれない。堅固な王城の城壁とて、彼らの侵入を防ぐには足りないはずだ。
処刑場と王城の中庭。
戦力の分散を避け、敵が必ず向かってくるであろう地点で待ち構える。
あえて侵入しやすい『警備の穴』を作ることで敵を誘い、有利な状況を生み出すことも可能だろう。
静けさに満ちた王都グランスパーダに、吸血鬼達の影が迫る。
長い夜が始まろうとしていた。
リーンエス王国北東部コートネイ伯爵領領都『ケイレブ』。篝火が照らす広場の中央で、黒い襯衣の青年が愉快そうに片手を振った。
「……。夜中に僕を呼び出せるのは美女だけかと思っていたよ。君が『メドゥの右腕』かい?」
対するウィリアム・リーンエスの表情には、余裕がない。
目の前の青年は、メドゥの指先の大幹部を示す『右腕』の称号を名乗る吸血鬼だ。ある晩突然に帝国過激派を引き連れてこの街を襲い、瞬く間に陥落させたという。その上、予め配下に誘拐させていた王妹キャサリン・リーンエスと生き残りの住民十数名を人質とし、交渉相手としてウィリアムを指名した。
(長く廃嫡されていた王族とはいえ、堂々と見捨てるわけにもいかない。伯爵領の領民も一緒なら猶更だ。……こちらの事情を良くわかっている)
吸血鬼と化したニコラ・ゴルティエ元侯爵の王都襲撃が予想される中、メドゥの右腕の招待に応じて此処まで来られたのは、ウィリアム本人と王国騎士10名、緊急の依頼を受けてくれた冒険者達だけだ。大幹部相手にどこまで戦えるかは、わからない。
「そう。自己紹介が遅れたけど、僕が『メドゥの右腕』だよ。……ああ、心配しないで。人質は知り合いが面倒みてるからね。街の中にはいるよ」
人質の姿が見えないことを不審がる王国騎士達の表情を見てか、右腕はアハハと軽い調子で笑いながら言う。
その背後で蠢くのは、まるで巨人の如き怪物だ。
真っ赤な鮮血を集めて人型に整えたような外見――というのが比喩ではないことは、周囲に漂う血の匂いが証明している。
逃げ延びたコートネイ伯爵令嬢によれば、それは何らかの魔術によって生み出された血の魔人。メドゥの右腕によって惨殺された人々が流した大量の血液が寄り集まり、見上げるほどの怪物と化しているのだと言う。
「それで、右腕君は僕と何を交渉したい? 人質と引き換えに要求したいことでもあるのかい?」
「もちろん。ウィリアム、僕はね……君に死んでもらいたい」
「何故だい? 僕は所詮、第二王子に過ぎない。死んだところで王家への影響は限定的だ」
腰に帯びた剣を意識しながら、ウィリアムは右腕の赫眼を真正面から見据えた。
「王家っていうか……君に死んでほしいんだよ、ウィリアム。左腕ちゃんは君に価値があるなんて言うんだけど、僕には全然そう思えなくて。だから――」
目を細め、値踏みするようにウィリアムを見返す右腕。
巨大な怪物が血の匂いを振り撒きながら歩み出て、獣にも似た咆哮と共に真っ赤な腕を大きく振り下ろした。
「とりあえずさ、コイツと戦って勝ってみせてよ。君達が勝ったら人質は返すし、負けたら全員死んでウィリアムも死ぬ。シンプルな取引じゃない?」
「成程ね。右腕君はその間、高みの見物ってわけか。随分と――」
蜘蛛の巣のように罅割れた石畳に目を遣り、ウィリアムが再び視線を上げた――その時。
重量感のある足音を伴って、ウィリアムにとってはあまり聞きたくない声が夜空に響き渡った。
「ウィリアム! ウィリアム! ウィリアァァァム!!」
「「……グリゼルダ?」」
王国騎士と冒険者達が一斉に身構える中、恐竜めいた姿のキメラゾンビに乗った黒いウェディングドレスの女が広場に乱入してくる。
ウィリアムと右腕は、ほぼ同時に眉を寄せた。
「聞いて頂戴、ウィリアム! その男は貴方の美しい瞳すらも傷つけるつもりよ!! その上、貴方とアランが無関係だの何だの訳の分からないことを言って、赤い糸で結ばれた私達を引き裂こうとしているわ!!」
「別に二人の仲はどうでもいいけど。頭だけ残せなんて面倒くさすぎること言うから……」
「黙りなさい右腕! 貴方がそういうつもりでしたら、私は断固戦わせていただきます! ……ああウィリアム、貴方と私の記念すべき共同作業ね。さあ、貴方の瞳を守るために戦いましょう! こんな混沌魔術の血人形、私達の愛の力で捻りつぶしてあげるわ!」
面倒そうに頭を掻く右腕と、脳天から湯気が上がりそうなほど怒り狂った『青の親指』グリゼルダ。
二人の間に何があったかは、グリゼルダが概ね解説してくれている。
「……。嬉しいよ、グリゼルダ。僕のピンチに駆け付けてくれるなんて」
ウィリアムは微笑み、乙女のように頬を染めるグリゼルダへ熱い視線を送った。
「君の言う通りだ。僕達の真の愛を、あの卑しい吸血鬼に見せつけてやろうじゃないか!」
●
王都近郊、ウェザーランス子爵領。防衛戦力を有さぬ王党派貴族の小領地。
王国南方の貴族派大貴族『バルヴィック侯爵家』所属の『迅雷騎士団』が其処へ侵入したのは、ウィリアムが王都を離れ、クローディア・ゴルティエ元侯爵夫人の処刑が実行される前日のことだった。
斥候によれば、王都を目指して進む騎士団の中に現当主オーガスタス・D・バルヴィックの姿はなく、グレイシャ・O・ベルグリーズなるエルフの女が総指揮を執っていると考えられる。
ウェザーランス子爵家からの退去要請に従う様子はなく、王家への叛意を問われようとも兵を進めた迅雷騎士団。王家はそれをバルヴィック侯爵家による国家叛逆とし、直ちに王国騎士団と冒険者達を差し向けた。
――ゴルティエ元侯爵らの襲撃に際し、王都の防衛戦力を削ぐことがバルヴィック侯爵の目的ではないか。
堂々と隊を成して他家の領地を進む迅雷騎士団の姿に、そのような声が挙がらなかったわけではない。
だからと言って、王都の目前まで迫った彼らを迎え討たぬ選択肢もない。
「――迅雷の騎士に告ぐ」
処刑前日の夕刻、ウェザーランス子爵領。
森を背にして王都へと向く迅雷騎士団へ、王国騎士団隊長の言葉が届いた。
「王家に弓引く逆賊としてこの場で散るか、今直ぐ剣を置きバルヴィックの元を去るか。よもや、レギンレイヴやファブランドの末路を知らぬわけではなかろう」
隊列を組んだまま、微動だにしない迅雷騎士団。
王国側の提案を馬耳東風といった風情で聞き流した第三騎士長グレイシャは、「うるさいわねえ」と一言もらしたのみ。ちらりと見遣った先では、第二騎士長ラズロー・ヴェトールが熱のない眼差しを王国騎士団に向けていた。
返答がわりの光弾を敵の目前へと放り投げ、グレイシャは沈みゆく太陽を眩しそうに仰ぎ見た。
●
「どうして庶民を殺した程度で、私が処刑されなければなりませんの!? 庶民など放っておけば犬猫のように増えるのですから、千人殺したところで王国には何の害もありませんわ!!」
処刑当日、未明。
王都グランスパーダ内、都市の北端に在る広場に引き出された罪人クローディア・ゴルティエ元侯爵夫人は、未だに己の無実を訴えていた。
篝火に照らされた彼女の主張を聞く者など居ない。広場の中央には処刑台。王国騎士団近衛隊と冒険者達が周囲を固め、ゴルティエ元侯爵ら吸血鬼達の来襲を待ち構える。
「レイノーラ卿。わたくしは聖剣の守りに加わります。お父様達――王族の警護は、あなたの隊に任せますわ」
「――命に代えても、御守りします。……いいのか、メアリー。一緒に来れば守ってやれるぜ?」
冒険者達を連れ、王城の中庭に在るという『王家の聖剣』のもとへ向かおうとするメアリー・リーンエス。王国騎士団近衛隊の一隊を率いるハスラム・レイノーラが、自身の末息子よりも年若い王女を一度だけ呼び止めた。
「わたくしは王女です。命の価値はお兄様が上。かつ授恵者であるならば、命を棄ててでも聖剣を……王国の民を守る義務があります」
「抜ければ王国に“災厄”をもたらす『王家の聖剣』か……吸血鬼共にアレが抜けるとは思えねぇが、触れさせるわけにもいかねぇしな」
メドゥの左腕は、冒険者達に警告した。
ゴルティエ元侯爵が愛妻の奪還を企てていると。そして、ウィリアムの命と『王家の聖剣』の在処にも注意を払う必要があると。
真意はわからずとも、彼女の言葉は、メドゥの指先の目が聖剣にも向いていることを示している。
「『王家の聖剣』が王城の中庭に突き刺さっているなどと、知る者は少ないですが。仮にゴルティエ元侯爵らが知っているとすれば……警戒するに越したことはありませんわ」
メアリーとハスラムは互いに頷き、逆方向へと踵を返す。
メドゥの右腕やバルヴィックの兵に戦力を奪われ、王都に残ったのは王国騎士団の近衛隊中心とした部隊と衛兵、貴族達の私兵、そして一部の冒険者達のみ。うち衛兵と貴族の私兵達は、外出禁止令を敷かれた王都民の警護と警邏で手一杯だ。近衛とて、王の守備に過半を割く。
霧や動物にも姿を変える吸血鬼達は、王都を囲む城壁など夜闇に紛れて容易く越えるだろう。元が授恵者であれば、壁を走り、音を消す者も居るかもしれない。堅固な王城の城壁とて、彼らの侵入を防ぐには足りないはずだ。
処刑場と王城の中庭。
戦力の分散を避け、敵が必ず向かってくるであろう地点で待ち構える。
あえて侵入しやすい『警備の穴』を作ることで敵を誘い、有利な状況を生み出すことも可能だろう。
静けさに満ちた王都グランスパーダに、吸血鬼達の影が迫る。
長い夜が始まろうとしていた。
解説
■連動特設ページ・イメージノベル
https://alpaca-connect.com/world/world0/event/event32_top2
■相談場所について
このシナリオの相談スレッドのみの運用ですと、閲覧に際し非常に重くなる可能性があることや、戦域が多岐にわたるため、別個相談用のコミュニティを用意いたしました。
【怨都】決戦シナリオ相談場
https://alpaca-connect.com/world/world0/community/WpLKXkIebu7LVlflej5s
・戦域単位での募集や挨拶
・パーティの募集・案内
・【タグ】説明スレッド
また、パーティ内での個別の相談については、上記コミュニティ以外を使用してくださってもかまいません。
■【重要】プレイングの書き方
・今回参加する戦域を右記の形式で【一行目に】記載ください。:【1】【2】【3】
・パーティや協調行動を示すタグは【二行目】で指定してください。タグでの指定は必ず【一つまで】となります:【王城防衛】【聖剣護衛隊】など
例
【1】
【王城防衛】
(プレイング本文)
・【タグ】とは、「パーティの集まり」がどういった行動指針をとるのか、ということを示す表記です。お友達同士の参加や、特定の目的の行動をする場合、同じ【タグ】を表記していることで判定に用いられます。
・同じ【タグ】で戦域が分かれることは問題ありません。
・【タグ】内容の説明(何を目的とするか、運用方針など)については、「相談用コミュニティ」の専用スレッドに【200文字以内】で記載ください。200字を越えた場合はタグそのものを無効といたします。
■戦域
【1】リーンエス王国 首都グランスパーダ
▼状況
戦いは深夜となる。
王都グランスパーダにて、吸血鬼ニコラ・ゴルティエ元侯爵と配下の吸血鬼達を迎え討ち、殲滅する。
王都の城壁と警備はさほど堅固ではなく、吸血鬼の能力をもってすれば突破は容易と考えられる。クローディア元侯爵夫人の処刑は都市の北端の広場にて、夜明けを待って実行されることが公表済。ゴルティエ元侯爵は愛妻の居るこの広場(処刑場)を襲撃すると考えられる。また、王城の中庭庭園内の小さな祠に在る『王家の聖剣』を吸血鬼達が狙っている可能性が高く、その警護も必要になる。
王族は王城の東塔に避難し近衛騎士隊が護衛についている。王族も全員が授恵者であり、万が一襲撃を受けても近衛隊と共に対処が可能。
処刑場と中庭、王城内は篝火などの灯りで照らされているが、それ以外の場所は暗所も多い。王都の北側の危険区域の住民は退避済み。
▼味方戦力
・メアリー・リーンエス
リーンエス王家の末っ子にして唯一の王女。シーフの授恵者でもあるが、実力は並の冒険者レベル。王城の中庭で聖剣の護衛を行う。武器は2本の短剣。
・王国騎士団近衛隊
リーンエス王家に使える王国騎士団のうち、王族の警護を務める隊。冒険者と共に聖剣や処刑場、王都の警護の任に就くのは授恵者20名ほど。冒険者からの提案があれば内容次第で受け入れる。残りの授恵者・非授恵者は王城の城門など要所の護りや王族の警護の任に就いている。授恵者は手練れ揃い。非授恵者でも駆け出し授恵者程度の実力がある者が多い。
・ハスラム・レイノーラ
王国騎士団近衛隊のうち一隊の隊長を務める騎士。配下の騎士達と共に王城東塔で国王夫妻・王太子夫妻とその息子の警護を行う。
▼敵戦力
・二コラ・ゴルティエ元侯爵
王都の法衣貴族であったが、裏で人身売買など悪事に手を染めていたことが明らかになり逃亡。帝国過激派とメドゥの指先の手を借りて、愛妻クローディアの奪還と王家への復讐を誓う。吸血鬼と化しており、霧化や身体強化などの能力を持っているらしい。
・吸血鬼×?
ゴルティエ元侯爵の子・孫吸血鬼のほか、恐らくメドゥの右腕の子・孫吸血鬼も行動を共にしていると考えられる。ゴルティエ元侯爵の血統であれば霧化と身体強化の能力を必ず持つ。メドゥの右腕の子孫吸血鬼の特徴は不明。元授恵者も多いらしく、授恵者としてのスキルにも注意。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領(危険)
▼状況
戦いは深夜となる。
リーンエス王国北東部の小領地コートネイ伯爵領、領都でもある街『ケレイブ』にて、メドゥの右腕と帝国過激派が王妹キャサリン・リーンエスおよび住民十数名を人質に取っている。メドゥの右腕の要求は『混沌の怪物』の撃破。達成した場合は人質を返還すると言っている。
戦場は中央に時計塔のある広場。広場とその周辺は篝火に照らされているが、それ以外は月明りしかなく暗い。城壁もない田舎街であり、徒歩で外縁部を一周すると20分ほど。
街のどこかに人質が隠されているようで、混沌の怪物との戦闘中に別動隊として捜索しても良い。
▼味方戦力
・ウィリアム・リーンエス
リーンエス王国第二王子。メドゥの右腕に命を狙われている。大陸有数の強力なウォーリアだが、以前グリゼルダに一対一で敗北したことがある。武器は大剣。
・王国騎士×10
王国騎士団の授恵者。各クラス2名ずつおり、実力は中堅~高レベルPC以上でまちまち。冒険者からの提案があれば内容次第で受け入れる。
・グリゼルダ
メドゥの指先幹部『青の親指』であり、卓越した能力を持つ死霊術師。頑丈かつパンチが強力。背中の第三の腕で大鎌も操る。ウィリアムの眼球に執着しており、その取扱いを巡ってメドゥの右腕と対立したところでウィリアムに丸め込まれ、友軍となった。あまり話は通じない。
・キメラゾンビ×4
グリゼルダが操るクリーパーの死体を繋ぎ合わせたゾンビ。2~3mの肉食恐竜のような姿をしている。グリゼルダが操っている限りは友軍扱い。
▼敵戦力
・メドゥの右腕
メドゥの指先大幹部。中肉中背の青年の姿をした吸血鬼で、混沌魔術の使い手らしい。非授恵者ならば一瞬で血と肉片に変えるほどの力を持つ。混沌の怪物を操ってはいるが、基本的には屋根の上で観戦するつもりのよう。
・混沌の怪物×1
全高10m、横幅1へクス以上ある巨大な人型の怪物。殺害された人々の血液を材料として、混沌魔術により生み出されたもの。液体であり攻撃が通りにくいようだが、手足など特定の場所を瞬間的に硬化させての打撃が可能。目撃者によると衝撃波のような遠距離範囲攻撃も行うらしい。
・帝国過激派×10以下
授恵者数名。ケレイブの街のどこかに居るらしく、人質の見張りなどが役目のようだ。
【3】リーンエス王国 ウェザーランス子爵領
▼状況
戦いは処刑前日の夕刻から夜となる。
王都グランスパーダ近郊のウェザーランス子爵領に、王国南方の貴族派大貴族バルヴィック侯爵家の私設騎士団『迅雷騎士団』が侵入。バルヴィック家に叛意ありと見做し、子爵領内にて迎え討つ。
戦場は草原であり、迅雷騎士団は森を背に布陣している。戦闘が短時間で終わればゴルティエ元侯爵らの王都襲撃に間に合うかもしれないが、バルヴィックの狙いが王都の戦力減と時間稼ぎである可能性もあり、早期決着は困難とみられている。
日没後は月明りのみとなり、暗い。王国騎士団の授恵者は暗視やエンライト等の用意を、非授恵者の一部も松明などの用意をしているが、夜間戦闘において十分ではない可能性がある。
▼味方戦力
・王国騎士団
王国騎士団の授恵者隊20名と非授恵者隊100名。授恵者は各クラス4名ずつ。実力は中堅~高レベルPC以上でまちまちだが、帝国崩壊以前からの授恵者比率が高い。非授恵者も一般兵士レベルから駆け出し授恵者レベルまで実力はばらけている。冒険者からの提案があれば内容次第で受け入れる。
▼敵戦力
・バルヴィック侯爵家『迅雷騎士団』
バルヴィック侯爵家に属する私設騎士団。同家は第一から第三の騎士団を有するが、今回遠征してきたのは第二騎士隊と第三騎士隊を中心とした150名ほどらしい。うち輜重隊など非戦闘要員は森を隔てた後方に陣を置いており、王国騎士団や冒険者と対するのは隊長2名を含めた110名強。第一騎士隊から数名の授恵者が同道している可能性がある。
・ラズロー・ヴェトール
約100名の第二騎士隊を率いる隊長。王国騎士位を有するウォーリアで、個人戦闘力が高い。第二騎士隊の授恵者比率は8%ほどで、非授恵者が大多数を占める。
・グレイシャ・O・ベルグリーズ
第三騎士隊を率いる隊長であり、遠征軍全体の総指揮を執るエルフの女性。同一の攻撃魔法を二連続で発動させる未知系統の魔法を操るキャスター。約50名の第三騎士隊のうち戦場に居るのは授恵者10名ほど。残りは非戦闘要員のため後方に留まっているようだ。
■決戦シナリオについて
・参加者にはこのシナリオでの働きに応じた褒章が付与されます。将来的にPCの皆さんの功績を表す重要なアイテムになりますので、大切に保管してくださいね!
マスターより
決戦シナリオのリプレイ執筆は複数のマスターが担当いたしますが、基本的な判定は運営サイドで行います。
リプレイ
【3】リーンエス王国 ウェザーランス子爵領(担当マスター:弓月蒼)
●
――――陽が沈みつつある。急ぎ決着を付けねば。
王都近郊――――ウェザーランス子爵領。王国騎士団隊長は焼けた空を見上げ呟いた。
時節はあまり良く無い。いずれ劣らぬ熟達の騎士、備えは怠っていないが陽が落ちれば死角が一気に増える。
ナハティガル=ラーからの提言は騎士団隊長にも届いている。彼ら授恵者を前面に立て、非授恵者はその後方より矢を浴びせかけるというものだ。
元より非授恵者である騎士達の役割は敵手の牽制であり、弓の鍛錬は欠かせない訳だが。
冒険者らによる戦場精査と布陣提案によって、"一方的犠牲"はある程度抑えられる見込みだ。とは言え――――
(……この布陣、迅雷の狙いは、やはり時間稼ぎか)
【竜獣】の一角。幽体となり索敵に出たリヒャルトはその全貌を一瞥して淡々と結論付けた。
ウェザーランス領内を進む間に、敵の総数は割れている。援軍も伏兵も無い。
戦力で勝る王国騎士団と冒険者に、迅雷は攻め手を譲った。山なりに飛ぶ矢の支援のもと、じりじりと前衛が間合いを詰めるのが眼下に見える。
幽体で念話は使えない。戻って伝えないと、と踵を返す背後では射手の撃ち合いが始まっていた。
「下がらずそのままで大丈夫です、私が見ています!」
授恵者の射手の矢は並の盾など容易に貫いて来る。その勢いに僅か浮足立った最前列の王国騎士の背後。
シエラ・フォン・リシェイラが鼓舞の声を掛けながら矢傷を癒していく。肩に載った栗鼠がチチッと鳴いた。
戦況は澱の絆を通じて彼女の仲間、【操蝶】の面々へ伝わっている。
防御を強化する堅牢の祈りを捧げながら。シエラはじわりと、けれど確実に敵陣の前衛へと距離を詰めていき。
一方、独自の予測でこの戦場そのものを囮と見たイヴェール・イリュジオンは、戦闘の開始を後目に『夜鷹』領へ駆けだした。
冒険者は貴重な戦力ではあるが、あくまでも協力者。戦線離脱を止める程の余裕は無く、王国騎士は彼女の背を見送るに留まった。
イヴェールの行動開始と機を同じくして前線が動く。
矢の応酬では、双方の授恵者は崩せない。シエラと同様に、最前線を回復で支えていたナタリア・フィッツジェラルドは魔法の距離に近づいた所で流星煌を撃ち込んだ。
「まあ……あっちも態々、陽射しと対面で陣を張りはしませんか」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクも流星煌を前列に撃ち込んだ。第二騎士隊長がどこにいるのかが分からねば、奇襲の算段も立てられない。
采配を見れば凡そ分かる。相手の狙いは"時間稼ぎ"だ。なら、じっくり囲んで磨り潰すべきか。
そんな流れが脳裏を過ぎった、直後。それは文字通り裏切り同然、定石などまるで無視して前線に現れた。
■
「! 敵――――敵兵です……!」
歩兵での集団戦は近接兵同士が距離を詰め、最終的には隊伍を組んで正面からぶつかり合うものだ。崩しも無く、揺らしも無く、正面から少数での突入などというのは常軌を逸している。
エルナ・クルプファルツをはじめ多くの冒険者達が『第二騎士長』の所在に最初から注目していたが、彼は指揮官らしい行動を取らず、兵に紛れていた。
成程、ここまでの敵部隊の動きがかくも鈍重だったのも、当然であろう。擦り切れた麻の外套を翻し電撃の様に陣を割った影。
エルナの背後、西に展開した弓兵が側面の敵へ矢の雨を降らす。僅かに足を止めた敵兵の向こう側へ、エルナは目を凝らす。
影が薙ぎ払った槍が授恵者、非授恵者問わず十に近い騎士を巻き込んだのを見て、一斉射で撃たなかった備えが生きた。
中距離圏。一方的攻撃可能な立ち位置。王国騎士を巻き込まぬ様に放った鋭射は澱を帯びて、しかしまさかの空を切る。
(――――嘘……!?)
「お、強そうなのが居るじゃねェか! テメェもオレの武勇伝にしてやるぜ!」
そんなエルナが窮地と見てか。隊伍を割って進み出て来たナキルが意気揚々と剣を抜く。
「武勇伝ねえ……威勢が良い奴は嫌いじゃねえ。来るか?」
「言われなくとも――――雷神剣!!」
蒼剣に稲光が走り、眩い閃光が剣身を包む。その一撃は天の轟雷――――不断で以て文字通りの必殺を為すが故に。
打ち合いは二度。その一撃を"最低限の傷"で躱した『光槍』の槍が、小人としては長身の彼の腹部を貫く。
「見えているわ、それ以上は――――やらせない」
止めとならなかったのは一重に。傾きつつある日の影にも、視野の狭さにも対策を講じ。
"いざ"と言う時の為に攪乱射撃を備えていたユニス・ソロアーヌ・アクエリリーアの存在が有ればこそ。
その射撃精度は槍使いの回避能力を上回りはせず、形としてはあくまで威嚇射撃に留まる物ではあるが。
さりとて射手の射程圏は広い。男が態々ユニスを追いかける事を苦に思う程度には。
「あー……やっぱ安酒は駄目だな、気分悪ぃわ頭痛ぇわ……」
面倒そうに嘆息したその槍使いが、第二騎士隊隊長『光槍』で在る事を疑う者は最早誰も居なかった。
最前線に出現した敵部隊の長。これを狙わんとする冒険者は多く、王国騎士もまた裏切り者を前に黙ってはいない。形勢はここで大きく動いた。
ラズローに続かんと第二騎士隊が突撃陣形を取ろうとした、その側面にエリザ・A・ミシャールの渾身の一矢が炸裂する。
「迂回に時間が掛かったが、肝心な所には間に合ったかい?」
「ミシャール殿、それがしは行くぞ――――」
動揺する第二騎士隊へ、ゴブリアを先頭に【竜獣】が突撃した。彼らは第二騎士隊を真横に断ち割る勢いで『光槍』へ向け前進する。一方、ラズローが斬り込んだ先では。
「行け、コハク……!」
流星煌を撃ち込みつつ、ナタリアが護衛のコハクを解き放った。エルナの傍らにいたセロリ・サーティーンとネロの両名も、突出、孤立したラズローへ向かい、ラズローの背後を塞ぐ位置にアウレーリアが雷精を招く。
「セロリ先輩……!」
「……はい。これでも――――喰らえ……!」
黒兎が首を刈らんと地を滑る様に距離を詰め、セロリがそれに合わせて獅子咆で注意を奪わんとする。
2人の連携は予定通りの物。だが、ネロの三連撃はその悉くに槍を合わされ掠めた分の手傷に留まり。
セロリの咆哮はと言えば帯びた澱の密度の問題だろう。抵抗され、弾かれる。だが――――
「大物、発見……だよ!」
両の月が空を切ったネロの背の影から跳び出した、コハクの漆黒の双刃がラズローの槍と競り合い高い音を立て。
「トゥーリ殿! フェイサル殿!」
「――――抑え込めば、良いね?」
「承知した。奴らの刃は届かせんよ」
フェイサル・セイフの蒼焔の共鳴により引き上げられた身体能力を最大限生かし。
ハリス・アル・ターミルとトゥーリの両名が『光槍』への進路上で大きな障害となる授恵者と相対する。
相手は治療師だ。持久戦に長ける2人であれば、時間は掛かろうとまず敗北の芽は薄く。
「逆賊なら、非授恵者でも非殺という訳は当然ないのよね?」
露悪的に嗤ってみせたヴィノニスが放つ静寂の領域の光球が『光槍』ごと周囲を巻き込む。
そうして出来た道を駆け抜ければ、其処は足を縛られたラズローの真後ろ。
「まさか卑怯とは言うまいな――――!」
ゴブリアが澱の光を放ち、放つは竜の突貫。だが『光槍』は背後に眼が付いているかの如く槍を回し、応手の一突きに仕留めて息を一つ吐いた。
畳みかける冒険者達に対し切り抜けた、その僅かな油断。
ここまで来て誰が疑うだろう伏兵の存在を。気配を殺し、姿を隠し、機を伺った……"毒蝙蝠"は、見逃さない。
「……! ――――しま」
「くふふ……気付いたか。じゃが――――もう遅い」
エルナ、ナキル、ネロ、コハク、ゴブリア。5人が繋ぎ、それ以上に多くの仲間が拓いた細い糸を手繰る様に。
夕霧の死齎刃が、『光槍』の擦り切れた外套に鮮血の華を描く。
■
「ウェザーランス子爵は、『迅雷』やメドゥの指先と繋がりがある可能性が有ります」
レティシア・レインフィールの注意喚起の真偽は、王国騎士には分からない。多くの戦力を割く訳にはいかず、非授恵者の騎士から数名を子爵の動向確認に割くこととなった。
治療師は幾ら居ても困らず、代わりに其方へ回って欲しいと依頼されれば否やは無く。
レティシアが後方支援に駆け出した頃――――次の動きは、敵本隊の更に後方で始まった。
「――――まず、2人と」
【花鳥】の面々は先ず、大きく森の中で迂回する進路を取った。
彼女らの目的は物資などを置く『後方陣地』。
輜重隊に属している者は殆ど非授恵者であり危険性は低い。
サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ程の技量で有れば、2人を気付かれる事無く殺せる程に。
「で、森は今どんな感じ?」
「恐らく、確り警戒網が張られていますね……」
森の中で斥候を倒しながら後方陣地近くまで移動したところで、サフィラが問う。木々の間に糸で簡易罠を張っていたコルネリウス・アーラは木陰に隠れ難しい顔で状況を探った。
初期に張った糸のいくつかがこれ見よがしに切られていたのは、彼女たちの到来を既に知っているという意思表示だろう。
「このまま突入するのは危険?」
「もう少し森の中で削った方が良いんじゃないかにゃあ? だって――――」
何せ一度点火したらもう最後までやり切るしかない。準備は大事、と。
デイジー・ロックウェルの問にサフィラが応じようとした頃。しかしその時は間近に迫っていた。
「そんじゃ、敵の賢さに賭けてみるさっ」
アリア・ティーダのそんな掛け声と共に、盾を構えた王国騎士が突入して来たからだ。
こうなってしまえば隠密も奇襲も有りはしない。
「敵襲! 敵襲だ……!」
アリアが投げた閃光塗弾による光と爆音が周囲に混乱を齎す。
補給兵達はアリアの見込んだ通り賢かった。右往左往する様子もなく早々に撤退を決め、取る物もとりあえず一目散に逃げ去る方針らしい。
「あら、同じことを考えている人がこんなに居たのね?」
故、その山猫の半獣人。リンセ・クアルト・アポストㇽが何気なく後方陣地の放火に参加していたとしても。
とやかく言う者などいる筈もない。デイジーに到っては自分も燃やす気しか無かった側でもあり。
「ま、正々堂々とは行かないけど、これも国を守るためよね!」
戦の正道とは元より詭道である。デイジーが周囲の補給物資に蒸留酒を振り掛けリンセが火を点けると。
枯葉などが多く敷き詰められていた事もあるだろう。後方陣地は思いの他良く燃えた。
――――他方、草原の最前線。彼の首を狙う冒険者達が『光槍』へと追い縋る。
彼の騎士も既に満身創痍。夕霧の与えた傷口からは鮮血が止まらず、正面からはコハクらが激しく攻め立て休ませようとはしない。だが、あともう一押しが崩れない。
移動阻害の呪いは解け、退路を一瞥するも。其処にはゴブリアこそ欠いたがいまだ健在の【竜獣】の前衛が立ちはだかり、彼の孤立を企図する。
後方は乱戦の只中、飯塚・麦穂が時折放つ『流星煌』が『残響』と『光槍』の視界を遮り、合流を赦さない。
「させるかよ……婆ちゃんは、俺が護るって決めてんだよおおおおお……ッ!」
フェイサルの回復支援もあればこそ、類稀な回避能力も含めトゥーリには未だ多少余裕があった。
だが、その咆哮。野性の獣じみた殺気に一瞬はっきりと気圧され彼女は悟る。
(出来れば捕獲したいと思ってたけど、この人……!)
――――無理だ。これは、死兵だ。きっと最期まで止まらない。なら、せめて――――此処で。
踏み込み騎士槍を引くも相手が早い。応手の様に放たれた光の槍をハリスが庇い。
「やれ――――トゥーリ!!」
夕焼けの下、篭もった声に背を押され身体ごとぶつかる勢いで我武者羅に突き出した穂先が槍の騎士の心の臓を貫いた。
■
――――日が暮れつつある草原では、未だ戦闘が続いていた。
迅雷騎士団第二騎士隊長『光槍』の敗死によって、徐々に逃亡兵が出始めている。
早急に迅雷騎士団を瓦解させ、王都へ引き上げたい王国騎士団も武器を捨てて逃げる者を追う構えは見せず、降伏や逃亡を後押ししていた。
逃亡も降伏も良しとせぬ第二騎士隊の生き残りは森へ押し込まれつつあるが、それは後方から支援に徹する第三騎士隊との合流を意味しており――――
「見える範囲で敵影が減って来ましたね。そろそろ負傷兵を回収に動いた方が良いですか?」
「追撃を逃れる為に防壁を設置したのだ。皆、怪我したら無理せず退くといいのだ」
其処に来てエイル・アーティライトとストレガ・L・リベルガストラ。魔法使い2人が存在感を発揮する。
最後まで踏み止まる敵の、特に非授恵者を優先して掃射するエイルによって、敵の死出の道連れにされかけた味方の負傷兵が逃げ果せ。
光球と銃眼光壁。更には追撃封じの雷精の嵐で以て確保された安全圏。
その内側では、こちらもやはり2人の治療師が傷付き倒れた王国騎士達の命を支えようと駆け回っていた。
「何は無くとも、数が数ですから。お互い手分けして事に当たりましょう?」
「分かりました。"地の母"の名において、傷病者への奉仕はお任せ下さい……!」
ファーシル・クリスティアとアルフィンレーヌ。半ば従軍治療師と化している両名は後方における治療の要である。
勿論王国騎士団にも治療師は居るが、前線と後方、双方を支えられる程潤沢ではない。
「痛い、痛いよ……母さん」「腕、あれ、俺の……腕……」「あああ、早く、治療師はまだか……」
王家に忠誠を誓った騎士達であろうと、戦えば傷付き、四肢が千切れ喪失もする。それを支えるは治療師の本懐。
戦の現実は華々しい勝利にだけ有る訳ではない。そうして――――一方、森の中では。
(どうやら奥に行った連中の作戦は首尾よくいったようだな)
ヴァンゲルス・ロッドは、木々の間に松明を設置していた。騎士団から借りてマジカルポケットに詰め込んだ松明はまだあるが、一人で回れる範囲には限度もある。
しかし、その明りは戻って来る味方にとっては道標の役割を果たした。
「――――ましたコルネリウス様、あの方です……」
「……貴方が、松明の人ですか?」
「……お前さん達、もしかしなくとも味方、か?」
輜重隊を炎上させ、後退する【花鳥】や王国騎士らを先導するフクシア・S・シュルツがコルネリウスへと声を掛ける。ヴァンゲルスが応じてからしばしの時を経て、第二騎士隊が瓦解しつつある戦場の後方へ、ほぼ無傷の彼女達が辿り着いた。
そしてそこが凡そ、残余の迅雷騎士団にとって撤退の可不可を分ける最後の分水嶺。
伝令から『光槍』敗死の報告を受け、その古エルフはゆっくり立ち上がった。
「そう……ラズくんも、逝ってしまったのね……」
光は第三騎士隊の中より降り注ぐ。隊列を組んで迫っていた王国騎士達の盾が吹き飛び、直後同じ衝撃がもう一度。
無数の爆音。杖を向けた先が悉く爆ぜる。火力の化物と言うべき魔法使いが其処には居た。
(グレイシャが動いた……か)
森の側に陣取り、これまで後方から弓矢での妨害を続けていたルチル・プルメリア・グレイハーツは攻める事を決断する。
相棒の分身体で偵察していた彼女は、輜重隊に向かった味方が戻ってきている事も理解しており、化物が本格的に動き出した理由であろうと推測した。
「ルチル、私はどうしたら良いのかな?」
「もう逃げたい奴らは逃げただろう。逃げ道を塞いでから派手に撃ち込んでやるといいさ」
応じて、ファム=ゴートは周囲に雷精を招き澱嵐を構築した。
「激流よ、在れ」
水流が炸裂し、水浸しでは到底済まない轟音が森に轟き。――――冒険者達は、灰色の魔女と相対す。
■
「気を付けて下さい。あれが『残響』。優秀な魔法使い《キャスター》と聞いています」
「これだけの戦力が釣れた時点で凡そ目的は達成されている気がするんですが、退く気はないですか」
草原と森の境界。第三騎士隊の本隊と対峙していた冒険者達の1人。リコリス・アデュラリアの言に。
ゼラルム・エルホワイトが嘆息する。第三騎士隊は小勢ながら授恵者が主体の精鋭のようだ。
もっと早くに第二騎士隊を見捨てていれば。無傷で退く事も叶ったであろう。今はもう退路は無い。
(ちょっと遠過ぎるかな……)
隣でサニー・フォン・オルライトが目算で距離を測るも、敵は護衛すら健在だ。崩れてもいない敵中へ斬り込めば、『光槍』の二の舞になろう。正面から押すしかない。
「貴女がこの隊の指揮官ですね? お相手――――お願いします……!」
そうして【焔】が一角、ゲルダ・クラインが支援役のリサ・ベイカーの蒼焔を帯びて駆け出すのを皮切りとして。
この日最後の死戦が幕を開ける。『残響』の周囲に展開される光の魔法陣。それが"高速精密超魔法"と呼ばれる物だ。
加え彼女の部下たる治療師達もまた蒼焔) の共鳴を奏でると。
灰色の魔女は杖を振る。ゲルダが咆哮し自らに矛先を向けるよう試みるも、強烈に抵抗された感触に焦りが混じる。
「"世界よ、謳え"」
ヤバい。と、肌感覚で理解出来た。あれは"直撃を受ければ生半可な者では壊滅を余儀なくされる一撃"だと。
故に、隠れて距離を詰めていたルチルは位置が悟られる事を覚悟で濃煙炸弾を放った。二発。敵も味方も、全てが煙に包まれる。
煙の中で光が無数に炸裂し、樹々が薙ぎ倒され土煙が上がる。そんな轟音の中――――
「わか……り、ました」
炸裂する光芒に目を焼かれながらトーラが呻く。我が身を晒して放った技巧解析( ) は灰色の魔女の『残響』を暴く。
性質はスキルの複製( ) 。だが、1手1回、最大10回と言う制限。
つまりはグレイシャがもう一人いるような物だ。とはいえ、これまでに使った数から見て残り回数は半数ほどか。正面を守るゲルダやリサならば耐えきれよう。
しかし、この戦場には非授恵者の騎士も多数いる。ナハティガルとアデッサ・ハーレイは後先など汲まず煙の中への突入を選ぶ。
「機( ) を合わせろ」「言われるまでもねえ――――!」
先ずアデッサが竜の突貫( ) で庇い( ) に入った護衛を吹き飛ばすと。
続くナハティガルが三連撃を『残響( ) 』へ叩き込む。だが、それだけであれば明らかに手が不足していただろう。
しかしこの場には第三騎士隊に対応する総戦力が集っている。ゼラルムが紅蓮の炎を纏う巨弾を放ちその礫を周囲に散らすと。
サニーが彼を担ぎ、グレイシャの攻撃範囲から回収する。
「今です。畳み掛けてください」
リコリスの魔法阻害( ) こそ魔法抵抗の前に弾かれるも、続く流星煌( ) が騎士の一部を更に削り。
そうして、ゲルダが更に一歩踏み込むと、『残響( ) 』護衛の戦士( ) が割り込んだ。
(……だ、大丈夫でしょうか。でも、今? いいえ、きっと……今!)
ラティア・ミゼリアは森に潜んでいた。自信が無く、同様に潜んでいた【操蝶】が攻めに転じた後も、この時この場面に到るまで潜み続けていた。
けれど『残響』の護衛が初めて傍を離れたこの瞬間。彼女の目にはそれが隙と映った。稀有な程の確かな――――隙と。
澱を宿したその矢はまるで必然的に死角から放たれ。暗殺の常套句と言えるその一射は、時に死神に例えられる。
「――――! まだ伏兵……!?」
後方よりの直撃。駄目押しの様なその一本の矢が灰の魔女の覚悟の糸を切った。
ゲルダと競り合う戦士の他、吹き飛ばされていたもう一人の護衛が道を塞ぎ、グレイシャは遂に撤退を口にする。
「……撤収します。逃げられる者は各自森に紛れ帰還して下さい」
まさか、この段に及んでという驚愕を第三騎士隊の授恵者達は顔に出さなかった。
彼女はあくまで魔法使い( ) であり戦士ではない。
だが、冒険者達に彼女を逃がしてやる義理などは無く。ザザ=ステルヴィナの雷精の流渦( ) が彼女の脚を絡め取る。
「この程度……」
グレイシャはその呪縛に対し、熟練のキャスターとして正しい対応をした。すなわち、雷精( ) には雷精( ) ――。
普段ならば、グレイシャの卓越した魔力はザザの渾身の魔法をも上書きしただろう。
しかし、交戦の中で撃ち込まれたトーラの魔乱印が彼女のエーテルを乱していた。
「嘘、そんな」
まさかの事態に動揺しつつも、畳み掛けられる様に放たれる魔法、追い縋る【焔】の面々を第三騎士隊が決死で抑える中、撤退を急ぐ。が、ザザの雷精( ) に絡めとられたままのその速度は絶望的に遅い。
木々を遮蔽に逃げようとするグレイシャ。しかし最後の陥穽は其処に在った。
赤い肌の亜人( ) が、身を潜めた木陰から刹那を割る速さで地を駆け無防備な灰色の魔女の背中を刺す。
ハヤト=ガラン=ヴォルファングの練りに練った暗殺撃( ) 。
此処まで傷を負っては。騎士隊の回復任せであった魔女は、最早立てない。
「悪ぃが。こっちも事情があってよ。このまま来て貰うぜ」
「……あら……でも、もう……何をしても手遅れだと思うわぁ」
その問答を最後に昏倒し、ハヤトに捕えられたグレイシャを見て。まだ奮戦していた第三騎士隊の生き残りも抵抗を辞めて剣を置いた。
かくてウェザーランス領の戦いは決着を迎え――――戦局は次なる地、コートネイ伯爵領へと移り行く。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-1(担当マスター:馬車猪)
(人のにおいより血の臭いの方が強い。好き勝手にやりやがって)
ルイドが内心舌打ちする。
暗視能力がある彼には、街のあちこちにある無残な破壊痕と街路に転がる人々がよく見える。
そして、鼻( ) によって既に事切れていることが分かってしまう。
(今は敵の首より生きている人質だ)
無差別にばらまかれる殺意に気付いて怪物相手に先手をとる。
わざと派手な術で応戦しながら、人質捜索班と別れ交戦を開始した。
冒険者の五感は優れてはいるが、広場を出れば光源は月明りのみ。スキル( ) がなければ常識の範囲の優秀さでしかない。
ティト達も足と五感を酷使し人質を捜しているが、見つかるのは死体や犬猫、繋がれたままの馬ばかりだ。
(隠れ方が巧い。何かからくりがあるのか?)
暗視能力を持ち壁歩きで建物群をショートカット可能でしかも双波( ) まで使えるパルドが疑念を抱く。
パルドの勘は街の外れの倉庫群が怪しいと囁いているのだが、このままだとまずい気がする。
その時、大きな大きな白フェレットが闇の中から駆け寄って来た。
サラとエーテルリンク中の個体で、テレパスほどではないが身振りで多少の意思疎通が可能だ。
街の中心から離れるほどサラのスキル( ) が活躍する。
サラは暗視能力も備えているので昼と変わらずだ。
(わたしたちが探していることに気付いている。今ここにいることにも?)
後半は勘でしかないが確信に近い。
だから念には念のつもりでペット( ) 経由でパルドの様子を確認し、タイミングを合わせてエーテル波を放つ。
サラの捜波には何も反応しない。
だが、サラの捜波が来るのが分かっていたとしか思えない位置で、パルドの波が20人近い気配を捉えた。
パルドは周囲へ合図を送る。特にテレパスは状況を詳しく説明できるので効果は絶大だ。
フェレットも大急ぎで走って冒険者をかき集める。
(人が住める構造ではないのに十……九人?)
テレパスによる連絡網を担うペルゼィックが1番正確に事態の深刻さを把握している。
このような街の状況で20人近くが偶然に固まっていることは考えられない。
(急いで向かえ)
連絡網を利用しサラとパルドがいる場所に味方を急行させる。
ペルゼィック自身は、連絡( ) 網と怪物以外に対する警戒を継続するためその場に残り、事態を見守った。
(今だ!)
その瞬間、誰もがそう思考した。
ウォーゼルが投げた閃光塗弾が薄く開けられた鎧戸から倉庫に入って炸裂。
入れ替わりに飛び出た光弾が中堅上位のキャスター並の威力で複数の冒険者を襲う。
リディリディ・トゥラ・イェレミースがエーテルを術に整える手際は見事と表現するしかない。
光ではなく熱に頼る視覚( ) は敵にも味方にも惑わされずに現状を正しく把握する。
「えい」
大気が呻く。
無色の衝撃が生じ、しかしその破壊力は敵( ) だけを狙い撃つ。
術に組み込まれた敵味方識別機能は正常に作動していた。
(待ち構えられていたのか。人質をっ)
ウォーゼルは危険を承知で倉庫に突入して授恵者( ) の迎撃を受ける。
敵の負傷の分有利ではあるが目の前の1人以外を足止めすることは難しく、五感( ) と双波で得た情報を倉庫の外へ送ることを優先するしかなくなる。見て取った敵は5人、人質は14人。
「人質を救出できれば王子も楽になるはずよ」
続いて乗り込んだロゼットはエンライトで戦場を照らす。
自身は暗視も看破も使えるが味方の目は多いほど良いのだ。
無論攻撃の手は抜かない。
ロゼットほどの手練れは敵の中にいないので神迅縛鎖もよく効き、アークインパルスで圧倒する。
しかしそれは個々の戦いだ。ロゼット達全員が押してはいても敵の全員は拘束できない。
外道ではあっても判断力には優れた1人が、縛り上げた人質へ近付き冒険者を脅そうとした。
「貴様も手伝え」
賊( ) は隣に見知った姿を見て微かに安堵する。
だがそれは本物ではなく、卓越した変装技術とエーテルによる変化も組み合わせたエミリア・シバだ。
エミリアは文字通りの全力を、油断を見せた授恵者( ) に叩き込む。
授恵者は呆然とした目をエミリアに向けたまま倒れ伏す。
「そことここに隠し通路」
透視能力は潜入や侵攻のときだけでなく防戦でも有効だ。
確保した人質の再奪還や人質を狙われ脅迫される可能性は低くなった。
●
ベルク・オスマットはエーテル波を打ったら即移動する。
これは、敵の感波を警戒する【雀】のエフィルミアの助言に従った結果だ。
今の所、敵の捜波は感じない。こちら( ) の位置はまだ敵に露見していないはずだ。
「性格はともかく実力はある第二王子( ) と何故かこっち側に付いたグリゼルダがいるなら、あっちは大丈夫だろう」
だから捜索と救出に全力を出せる。
領主館に宗波を撃つと反応があった。近隣にいた【雀】ら数名へ声をかけ潜入する。
明りは無い。ベルク自身は暗視能力がないのでやや不利だが、ヴィルヘルミナや【雀】に暗視能力持ちが多いので全体としては有利だ。
(『右腕』は勝ったら人質を返すとの事だが、『生かして』とは言ってない)
ヴィルヘルミナは悪党を信頼などしない。
狭い廊下を駆け、迎撃に来た帝国過激派( ) に真正面から突撃する。
彼女に特に工夫はないしそもそも必要ない。
圧倒的な攻撃力と精妙な武技が、身軽な前衛( ) を一撃で戦闘不能に追い込み敵の戦列を崩壊させる。
エフィルミアはヴィルヘルミナとは対照的なやり方だ。
残るキャスターは仲間に任せ、疾風足で先を急ぐ。
ベルクから教えられた位置へ捜波を飛ばして3つの反応を捉える。
そこには不安そうな市民風の男2人と、厳重に捕縛された老女がいた。
「皆、生きてるー?」
ヘレン・ワーグナーには耳( ) と鼻( ) があるが地下なので3人が誰かすぐには分からない。
が、耳と鼻が1人を囲んでいる2人に何となく違和感を覚えている。
イズル・M・ヴォルゴールが夜煌石の首飾りにエーテルを通して発光させる。
想像通りに1人は事前に聞いた王妹( ) の姿で、口を塞がれているが視線で何かを訴えてくる。
(予想が当たってしまったな)
ライフアンカーをキャサリンに繋げた上で、いつでもスケープセイントをキャサリンに使えるように意識を切り替えた。
正体がバレたと察した偽住民が短剣を抜き、王妹( ) に向けると同時に、イズルと同じ【雀】に属するヘレンが突進。
賊( ) と人質( ) の間に割り込み、片側からの悪意を防ぎとめる。
だがそれで十分。
(人質のフリをした伏兵は2人だけか。予想より甘い)
悪意を煮詰めたような策を覚悟していたが敵の行動は予想の範囲内だ。
敵の手数は人数の割に多いが数秒ならイズルの対策( ) で耐えられる。
そして数秒あれば非授恵者の老人とはいえ即死はしない。事態に気付いた冒険者達が駆けつけ賊を鎮圧するのは簡単だ。
エフィルミアが建物の外に出て夜空に向かって魔矢を撃つ。
王妹( ) を生きたまま救出した以上ここに留まる理由はない。
光の矢を数本打ち上げて合図を終えたエフィルミア達は、王妹( ) を抱え戦場からの離脱を開始した。街の他の位置からも合図が上がっており、人質たちは無事に救出されたようだ。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-2(担当マスター:おおくまねこ)
「さあ、ゲーム開始だ。なんか予定外の人( ) もそっちに混ざっちゃったけど、この『混沌の怪物』と戦ってみせてよ!」
民家の屋根の上で高みの見物を決め込むメドゥの右腕と共に、全高10メートルの鮮血の魔人、『混沌の怪物』が咆哮と共に腕を水平に薙ぎ払った。その瞬間、津波のような赤い衝撃波が広場に吹き荒れ、冒険者達へと一直線に襲い掛かる。巨人の外見から、近接攻撃が主と見ていたウィリアムは意表を突かれた顔で盾を掲げた。
「ウィリアム王子! 危ない!」
ウィリアムの傍らにいた【アルタイル】のアルバス・ロウルは咄嗟( ) に彼の前に割って入った。
「王子、下がれ……! 右腕……貴様の好きには……させん」
ウィリアムを庇い、衝撃波をまともに受けたアルバスはそれだけを言い残し、血だまりに沈む。他の冒険者や王国の騎士達も多くの者が衝撃波を食らい、後方支援担当のキリク、ゲルト、ダニエル・ヘリントン、アルマ・ヴァレンタイン、ネーヴェ・グラヌローザは回復魔法による戦線の立て直しを始めた。
「ウィリアァアアム( ) !! 目は、目は無事かしら!?」
キメラゾンビ一体を犠牲にして衝撃波を凌いでいたグリゼルダはウィリアムへと駆け寄ろうとした。
「すまない! ここは下がらせてもらう!」
だがウィリアムはこの戦場で自分こそが焦点と認識している。アルバスの言葉に従い、更に後方へと後退していく。冒険者達はメドゥの指先幹部( ) の魔の手からウィリアムを庇うように間に割って入った。
「グリゼルダ。ウィリアム王子が落ち着いたら結婚式のプランを相談したいそうだから、さっさと怪物を倒しましょう」
ファヌはグリゼルダを混沌の怪物にけしかけるべく、そっと囁いた。
「まあ! ウィリアム( ) がそう言っていたのね! ええ、そうね! 私、式場は海の見える丘の上の教会がいいわ! 誓いの口づけの時には光線と鳩も飛ばしましょう! 右腕! あくまで私達のバージンロードに立ちはだかるというのなら、容赦はしません!」
ファヌの虚言でやる気を出したグリゼルダは、残る三体のキメラゾンビを怪物へとけしかけた。凄まじい唸り声をあげながら、三体の恐竜が怪物へと食らいつく。
「ウィリアム( ) は私が守るわ!」
突進したグリゼルダが渾身の右ストレートを叩き込むと怪物の肩の付け根から腕が千切れ飛び、ばしゃんと時計塔の壁に叩きつけられた。しかし、右腕が苦笑しながら手を一振りすると再び血が集まって腕の形を成す。
「みんな、奴に続け!」
ゲルトはハウリング・オブ・ブルーフレアを【パン屋】全員にかけた。蒼い炎に包まれた【パン屋】達は、グリゼルダに負けじと、怪物に集中攻撃を仕掛けた。
「ボクたちもやるよ! みんな!」
「「おお!」」
11人組の【兵】達もアルマの『ウェイブ・オブ・インフィニティロア』を受け、一斉に怪物への反撃を開始した。
「よし、始めるぞ!」
「援護します!」
セリオス・オーガストとキリアン・フィッツジェラルドは前衛たちの突撃を援護する為、一斉に矢を放った。混沌の怪物に命中する寸前に破裂したセリオスの炸光矢は怪物に無数の穴を穿ち、液体で構成された怪物の足を飛沫へと変えた。その直後、キリアンの貫通衝撃射が怪物の胴を抉り、ごっそりと胴体を抉りとった。同時に【パン屋】らも動く。
「なんで貴女ここにいるんですか、燃やしますよ?」
「なぜここにいるのかですって? 愚問ね! ウィリアム( ) を守るために決まっているでしょう!」
【パン屋】のルアンナ・ミュラーは友軍面しているグリゼルダを威嚇しつつ、混沌の怪物の足元へとアーケインを撃ち込む。稲妻に纏わりつかれ、機動力を削がれた怪物は後退したウィリアムの追撃を断念したのか、オープンスタンスとなり、【パン屋】達を迎え撃つ構えだ。咆哮と共に再び赤い衝撃波が飛ぶが、ルアンナはエーテルバリアで衝撃波を凌いだ。グリゼルダは今度はモロに衝撃波を喰らったが、気合で耐えたようだ。
「混沌魔術の怪物……強敵ですね」
ネーヴェ・グラヌローザは全霊のエーテルを藍玉の白銀杖へと注ぎこんだ。杖が発光すると同時に、彼女の周囲に雪の結晶が舞い落ちる。溶けた雪を吸収し、ネーヴェと周りの冒険者達のエーテルは強壮さを増した。
「このまま組織がバラバラになるなら、内ゲバも歓迎するんだけどねー」
初手の衝撃波を飛び越えて回避していたベアトリーチェ・カロッサは呟くと、軽やかに再度怪物の衝撃波を躱し、暗針と短剣を連続で怪物に突き立てた。
「うう、ゾンビが近くにいると匂いますね……」
クローリカは顔をしかめながら、細剣を一閃した、剣圧で怪物の足のあたりから飛沫が飛び散るが、怪物はおかまいなしに拳を振り下ろしてきた。クローリカは怪物の一撃を盾で受け止め、態勢を立て直した。
「仲間はやらせないぞ」
キリクは怪物目掛け、矢を射かけた。
(ああ、グリゼルダごとまとめて撃ちたい!)
ルアンナはそんな衝動に抗い、混沌の怪物だけが巻き込まれる位置に『氷嵐』を撃ち込んだ。液体でできている怪物を氷結させるのが狙いだ。しかし怪物が氷結したのは一瞬だけで、隙を作るには至らなかった。
それに、怪物は液体で出来ているせいか、冒険者達(+α)がいくら攻撃をしかけても、すぐに元通りになってしまう。千切れたはずの腕も飛び散った血液を吸収することでいつのまにか再生していた。再生力に胡坐をかいているのか、回避や防御は甘いようだ。
「首が落とせるか、一応試してみるか?」
ケン・Z・ブラッドリーは混沌の怪物の首目掛けて大太刀を振り抜き、衝撃刃を叩きつけた。狙い通り怪物の首はぼとりと落ちたが、すぐに断面が盛り上がり、新しい頭ができた。
(あいつからも目を離さんようにしないとな)
ケンは横目でちらりとグリゼルダの方を見る。今は一応味方だが、グリゼルダが今もウィリアムの命を狙っていることに変わりはないのだ。ウィリアムが隙を見せれば、必ずあの女は裏切るだろう。
「混沌の怪物! 俺が貴様を討つ!!」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは雄叫びと共に混沌の怪物へと突進すると、漆黒の両手剣を叩きつけた。熟練の冒険者でなければ視認できぬほど鋭い一撃は怪物の体を大きく抉り、ばしゃんと赤い液体が飛び散った。怪物は右腕を振り上げると、インパクトの瞬間だけ拳を硬化させ、アルベルトの頭部を思い切り殴りつけた。
「がはっ……!」
アルベルトはエーテルで体を硬化させ、なんとか怪物の一撃に耐える。すかさずダニエルの放ったサイドヒールがアルベルトへと飛び、彼の額の流血がおさまった。
「【兵】の皆さん。僕が援護します」
ダニエルはアルマの『ウェイブ・オブ・インフィニティロア』の効果が切れた瞬間、すかさず『ハウリング・オブ・ブルーフレア』を発動した。蒼い炎のように揺らめくエーテルが【兵】達を包み込み、今度はダニエルのエーテルが彼らを守る。前衛が身をもって相手を食い止める中、敵の特徴を知ろうという面々は観察に余念がない。
「液体ならば、範囲攻撃魔法で散らせるでしょうか」
スィーリーンは前衛を巻き込まぬよう怪物の上半身を狙い、攻撃範囲の広い爆炎を叩き込んでみた。やはり再生はするようだが、一度に大きく体を削られると少し再生に時間を要するようだ。
「ウオオオオ!」
「みんな、この壁の後ろに! また衝撃波が来るぞ!」
再び怪物が咆哮し両腕を振り上げた時、衝撃波の兆候を察知したウィリアムが『アイアンヴェール』を放ち、周囲に安全地帯を形成した。その直後、再び赤い津波が冒険者達を覆う。負傷者が続出するも、光の壁に守られ死者は出ていない。
「上手く凌いだね。けど、そろそろ一人ぐらい死ぬかな?」
「やらせん!」
右腕が他人事のように呟くと、セリオスは怪物の下半身を虎の子のバスターアローで吹き飛ばした。
「メドゥの右腕……参戦してこないなら、彼は放置していいでしょう」
衝撃波もへっちゃらだったフリーダ=ブロムヴィストは足を再生して立ち上がろうとしている怪物に白金のパラッシュで突きをお見舞いし、その体に穴を穿った。怪物はフリーダへと触腕で反撃を叩き込むが、エーテルでアダマンタイト化し盾で受けたフリーダは何とか耐え抜く。
(あの怪物……右腕の操り人形なのか、それともある程度自律しているのか。エーテルリンクのように五感は共有されているのか……そして、怪物に『核( ) 』はあるのか。その辺りを見極める必要があるね)
【アルタイル】のルルト・アーキスは混沌の怪物だけではなく、高見の見物を決め込んでいる右腕と、混沌の怪物の動きをも注視している。バディのアルバスが一瞬で戦闘不能に追い込まれたのは予想外だったが、彼のおかげで倒されることがこちらの敗北条件となるウィリアム王子は未だ無傷だ。
(『右腕』は怪物が大きく移動する際に怪物に視線をやるけど、いつも怪物を注視しているわけじゃない。つまり、怪物と五感は共有はしてなくて、怪物はある程度自律して行動しているということかな)
「敵は三人……目を離すわけにはいかんな……」
グレイ・ナックラーは戦場から少し離れた位置に構え、混沌の怪物、メドゥの右腕。グリゼルダの三者が全員見える位置に陣取っていた。動きの初動で邪魔すべく、怪物が体を変形するタイミングに合わせて【爆炎】を撃ち込んだ。怪物は飛び散った肉体を繋ぎわせることで再生可能だが、大きく飛び散ると肉体の再構成に時間がかかるようだ。
「液体だから、切ったり叩いたりしても効果が薄いようですね、なら、硬化した瞬間を狙えないでしょうか……!」
ネーヴェの放った魔弾が怪物の右腕に命中し、右腕がもげた。
「武神カサヴァの使徒の名にかけて、倒してみせますぅ!」
ネフリティス=N=クリスタロスは祭刀を振り上げ、猛然と怪物へ突っ込んだ。怪物は拳を振り上げ、ネフリティスへと振り下ろした。
「そこですぅ!」
ネフリティスは怪物の拳を反応強化で回避し、反撃のエーテルブローをお見舞いした。
「魔術で生み出した魔物ならどこかに核があるはず。この巨体なら核は体の中心のあたりかしら」
豊富な魔法知識を有するテュリン・ヴィングは類似する魔法の体系の知識から、そう類推した。テュリンは高速で周囲のエーテルをかき集め、冷気の弾丸に変え、怪物の胴体を狙って叩きつける。しかし、氷結は一瞬で砕かれ、中を窺う事は出来ない。
「二人ならできる!」
「「ゆゆうじょうパパワー!」」
それを見ていたアルマと東雲( ) ・更紗( ) は力を合わせ、特大の魔矢を放った。怪物の体がごっそりと抉れ、右半身が四割ほど吹き飛んだ。
「! やっぱり! 胸のあたりに怪物の核があるわ!」
体が再生する瞬間、左胸に黒い石のようなものが見えた事を見逃さなかったテュリンは大声で叫んだ。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-3(担当マスター:馬車猪)
混沌の怪物との戦いが続く広場。冒険者達の意を汲んで怪物への接近を避けた王子は、幸いなことにまだ無傷だ。
「右前方から帝国過激派らしき人影が2体接近中。建物の屋上にも注意をお願いします」
「わかりました。まず回復いきますよー!」
エデル=マグノリアの口調は礼儀正しくそして事務的だ。ユークリア・フィナンシェは対照的に朗らかな口調で返事をすると、傷ついた王国騎士達を柔らかな光で癒した。力を取り戻した数人の騎士達が、敵増援の方向へ駆け出していく。
エデルは後方に下げた王子を護りながら、暗視能力で視界を確保。天眼で( ) 認識することで怪物やメドゥの右腕と味方の位置を把握し、周囲の味方へ的確に指示を出していた。
非常に有効なので【癒花】以外の冒険者だけでなく王国騎士達もエデルの情報に耳を傾けるようになっている。
「僕は、前衛に出てもいいと思ってるんだけどね? 核も発見されたようだし」
「駄目です」
王子の心情を推測して制止する。
いざというとき( ) の対策はあるが数が限られている。
敵の底が見えない状況では、このまま守られて貰うしかない。やれやれと肩を竦めて怪物を見据え、不可視の衝撃を放つ王子。遠隔とはいえ強烈な一撃が怪物の血液を激しく散らした。
(エデル様から情報は届いています。『右腕』があそこにいますから……)
フェミナ・ノ・リビディーネはエデルの指示に従い王子の近くにいる。
リヴァーオブヴァイタルは対象の傷が完全に癒える希少な術だ。
王子( ) のような特に優れた前衛授恵者との相性は抜群で、リヴァーオブヴァイタルの使用可能回数が王子( ) を含む王国( ) 側戦力の耐久力を底支えしている。
(グリゼルダもいつ襲いかかってくるか分かりませんもの。切り札( ) を使わずに済むならそれはそれで成功ですね)
フェミナは王子の喪失阻止を最優先に行動していた。
「……アレは、たくさんの人の血で……」
アンジェはほとんど目まで隠すフード付きのマントを被ったまま、冒険者と騎士と怪物による死闘を見守る。
(狙われてるのは、ウィリアム・リーンエス王子様? だったら、この人が立ってれば大丈夫、なのかな……)
前線に向かう仲間を支援はするが最優先はフェミナと同様、王子に対しリヴァーオブヴァイタルを使える状態を維持することだ。
そうすることで、『右腕』や瞳に恋する女( ) が乱入してきても対抗可能な状態を維持する。
『右腕』は守りを固めた王子周辺をつまらなそうに見て、血の巨人の足元で何やらちょこまかしているパンダに視線を移した。
「掃除屋パンダちゃんを襲うなよ」
ハッタ・ムラムラは水の入ったバケツを下ろしてモップと雑巾で血を掃除する。
血を利用した強化と回復が行われると判断しての、敵の意図を邪魔する目的の行動だ。
(突飛な発想と行動力だねぇ。面白いなぁ~)
『右腕』の視線を浴びたパンダが、少し寒気を感じていた。
遠くで小さな光が瞬く。
人質救出の合図が2つ。うち1つは王妹救出の合図だ。
それを確認したセラフィナ・M・ベイリーは、直前までの猛攻とは一変してアイアンウォールを立て、王子へ人質奪還の成功を報告した。
「そうか。ならば守られる対象の僕は長居しないほうが良さそうだ。すまないが、この場は任せるよ」
守られる側の王子は護衛の騎士と共に後退へ転じた。鉄の壁をメドゥの指先( ) の目から逃れるため有効活用している。
「上が察しがいいと楽ですね」
セラフィナは万一こちらに向かって来たとしても足止めとなるよう、念を入れてスタティックフィールドを放ちながら、その背を見送った。
人質救出が伝わっていないグリゼルダや、気付いているだろうに動く様子のない『右腕』を放置し、王子は混乱する戦場を後に、危急の王都へと引き返していくのだった。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-4(担当マスター:おおくまねこ)
●
「みんな、あとは頼んだよ。僕は愛を探してくる」
人質救出完了の報を聞いたウィリアムは冒険者達に目配せし、戦線を離脱した。右腕は気づいていたようだが、特にウィリアムを追うそぶりは見せなかった。冒険者達は、混沌の怪物を仕留めるべく、果敢に挑み続けていた。すでにグリゼルダのキメラゾンビは全滅。怪物の強力な攻撃により、前衛にも何名か戦闘不能者が出ている。
「早く、核を……!」
「私達が押さえつけていられる間に……!」
前衛でも特に頑丈なクローリカとフリーダは血みどろになりながらも、怪物の眼前に立ち続けていた。
「そろそろ終わりますか?」
更紗はクレネルウォールを張り、その陰にブレイドと共に身を隠していた。ブレイドは壁越しに怪物にエーテルアナライズをかけ、怪物のスキルの解析を試みる。
(最初に使った広範囲の衝撃波は幅15m、長さ60m、使用回数は全部で10回!)
「ああ、分かったぞ! あの衝撃波は直線状にしか飛ばせないらしい! みんな、怪物を取り囲むような形で攻撃してくれ!」
解析を終えたブレイドは叫んだ。冒険者達はブレイドの情報を即座に戦術に組み込み、怪物を包囲するように陣形を変えた。
「魔錆じゃ! 今のうちに核を狙え!」
グレイが杖をかざすと、混沌の怪物の全身に錆のような斑点が浮かび上がった。その瞬間、アルベルトとベアトリーチェが息もつかせぬ速さで連続攻撃を仕掛け、ついに核にヒビが入った。
「パワーをメテオに!」
「いいですとも!」
「「ダブルメテオ!!」」
ブレイドと更紗の合体魔法が炸裂する。大粒の光の雨が怪物の全身を貫き、ついに怪物の核たる黒い石が砕け散った。核を失った混沌の怪物は形を維持できなくなり、ばしゃん、と音を立てて血の染みに還った。
●
「あはは、すごいね~」
右腕はパチパチと拍手すると、屋根の上から降りて来た。冒険者達は油断なく構え、右腕を睨み付けた。
「あら? ウィリアムがいないわ!? どこへ行ったの!?」
「彼なら、愛を探しにいきましたですぅ」
ネフリティスがそう告げると、グリゼルダは激昂した。
「なんですって! 愛ならここにあるじゃない!」
ウィリアムを追い、どこかに去ろうとする満身創痍のグリゼルダ。しかし、ケンが横から盾で体当たりし、不意討ちを受けたグリゼルダは吹き飛ばされた。
「おっと! そうはさせんぞ」
「逃がすと思いますか?」
キリアンも曲がる矢を放ち、グリゼルダの踵( ) へと突き刺した。
「ここは通しません」
「おぬしを王子の元に行かせるわけにはいかんな」
スィーリーンとグレイはアーケインとスタティックフィールドを放ち、グリゼルダを拘束した。残っていた王国騎士達もぞろぞろとグリゼルダの前に集まり、剣を構える。
「ああああ忌々しい! やはり冒険者( ) とは相容れないようね! 私とウィリアム( ) の仲を引き裂こうだなんて! 貴方達に人の心はないの!?」
グリゼルダは確かに強敵だが、鮮血の魔人の攻撃を最前線で受け止め続けた現在の状態では、冒険者に勝てる筈もない。メドゥの右腕としては、ここで彼女がいなくなってしまうのはもったいないと感じたようだ。
「うん、今夜はここらでお開きにしようか。延長戦はまた今度にしてくれ」
右腕は屋根の上から飛び降りると、誰も反応できない速度でグリゼルダの後頭部をぶん殴り、意識を刈り取った。場に出ていたオブジェクト( ) は、右腕の踵の音と共に広がった血の匂いのする霧にかき消される。そのまま気絶した彼女を担ぎ上げ、再び屋根の上へと着地した。
「ウィリアムを仕留められなかったのは残念だけど、今日は楽しかったよ。またどこかで会いたいね」
メドゥの右腕はそう言い残し、軽やかに闇の中へと消えていった。
【1】リーンエス王国 首都グランスパーダ-1(担当マスター:革酎)
王都グランスパーダ、深夜の北端広場。
そこに据えられたクローディア・ゴルティエ元侯爵夫人の処刑場とその周辺は、激しい戦闘の渦に巻き込まれていた。
「姿を見せなければ、今すぐに処刑する」
処刑台の上で、侯爵夫人へ杖を突き付けた【暁】のジュスト・ウェルジーの声が響く。
「これより、我が愛しき妻クローディアを奪還せしめんとす……皆の者、続け!」
応じるように闇から姿を現した吸血鬼二コラ・ゴルティエが吠えると、その子吸血鬼20人が一斉に鬨の声を上げ、二コラを筆頭として吸血鬼達が次々と霧化し、処刑台へと殺到し始めた。
迎え撃つは王国近衛騎士と冒険者達。
メドゥの右腕の子吸血鬼は即座には突撃せず、周辺の篝火やランタンを次々と破壊してゆくが、これに対して【赤翼】シャルロット・エクレールが即座に対応。広場が完全なる闇に覆われることを阻止した。暗視などの備えのある者も多いが、闇は吸血鬼たちの独壇場だ。光はあるに越したことはない。
「どうも光のトリオでーす! 闇は散れっ!」
「エンライトじゃ持久戦になった時に足りねぇんだよ」
シャルロットの放つ光源にダメ出ししながら、【赤翼】エイル・ビュセファスが自らが発光することで光源確保の補助になると同時に、攻撃支援に全力を投入し、回復の必要に備えた。
「光り輝くエイル・ビュセファスの降臨さぁ! 赤翼一番風! 疾くいくさぁ!」
暗視に加えて索敵能力も併せ持つ【赤翼】フリューリングスルフト=ティエラが、迫り来る吸血鬼の群れに対して高い機動力で立ち向かう。
右腕の吸血鬼達は罠を警戒し、慎重に周囲を探っているが、二コラとその子吸血鬼達は依然として猛然と突っ込んでくる。
但し、吸血鬼とていつまでも霧化していられる訳では無い。実体へと戻る隙を衝いてシャルロットが攻撃魔法を叩き込み、同時にフリューリングスルフトが素早く間合いを詰めて子吸血鬼共に次々と刃を打ち込んでいった。巧みに霧と変じて攻撃を回避する者もいるが、間に合わずにダメージを受ける者もいる。
「今のうちに少しでも多く仕留めろ!」
エイルが仲間達へと告げる。三人の迎撃と読みは、二コラ達の勢いを大きく削いだ。
●
しかし人数の点から見ても、【赤翼】だけで敵勢を抑えるのは不可能だ。
そこで厚い守りを展開する【戦誼】の面々の出番となる。
「私( ) 、リリリリスがお相手致しますわ!」
声高に吠える【戦誼】リリリリス。彼女のシーザーロアは然程の効果は発揮しなかったが、元々敵は処刑台を目指して殺到してくるのだから、こちらから出向いて叩けば良いだけの話である。
そのリリリリスの後方では、【戦誼】ギーゼラが彼女の為に回復支援を務めつつ、二コラ達に不敵な笑みを向けていた。
「貴方の愛は愛ではないでしょう? 愛するひとの為にといえば何でも許されると思ってる屑!」
「下賤な者に愛の何たるかが分かる訳もない。失せろ」
二コラは愛する者の為なら何をしても良いと考えており、ギーゼラが煽ってみせたところで、だから何だという反応しか返さなかった。
敵の勢いが止まらないと見て、【戦誼】ガルシアが凄まじい速度で間合いを詰めてから殺界を仕掛けた。が、ニコラらは再び霧と変じて殺意の圧をすり抜ける。
「全く、何から何まで面倒な相手ですね」
殺界が効かないと見て眉を顰めるガルシア。リリリリスと並んで防衛線を構築するが、矢張りどうしても霧化している敵には間を抜けられてしまう。
処刑台近くへは、レピド・クロサイトがエンライトで光を発しつつ、迎撃に飛び込んできた。
「……これが嫌悪か」
ニコラの身勝手な言動にクローディアの様子を思い返して不快な思いを新たにしつつ、レピドは実体化した吸血鬼に素早い斬撃を叩き込んだ。
「味方にすり替わってる吸血鬼は、居ないみたいだね」
レピドと同じく、処刑台近くで迎撃に当たったリリアンが、得物を振るいながら闇の中に視界を走らせた。ヒトと吸血鬼の体温の違いで見分けようというのだが、味方の中におかしな姿は無かった。
「まとめて攻撃するよ。射線を空けてくれ!」
その時、別方向からラーナフの警鐘の声が響いたが、それを聞いても、身を挺して相手を防いでいる前衛に場所を動く自由はない。ならばとメテオライトやフレイムゲイズを飛ばしていたが、この状況では彼の攻撃が例え近衛騎士を巻き込んでも文句は出なかったであろう。
●
冒険者達や近衛騎士らの防衛線を何とか突破した二コラと子は、【暁】のミレイユ・ヴェルジー、アルエット・アステールの二人と対峙した。
処刑台上からはジュスト・ヴェルジーに杖を突き付けられたクローディアの、
「助けて、二コラ様ァッ!」
という悲痛な叫び声が降ってくる。怒気を高めたニコラらが再び霧と化して前進した。
「ここは私がッ!」
ミレイユが飛び出し、霧化が解けた所へ肉弾戦を挑む構えを見せた。アルエットもこの少し前までは別の作業に取り組んでいたが、今はそれも終わってサポートに入る。ミレイユのシーザーロアは吸血鬼相手には然程の効果を見せておらず、敵はお構いなしに更に霧化を繰り返して突破を図ろうとしている。
二コラは子吸血鬼達に冒険者の対処を任せ、自身は一気に処刑台上へと走った。
この時、二コラは先程までの突進力をやや弱めている。処刑台上の愛する妻の様子がおかしいこと( ) を、訝しんでいたのだ。
そして、気づいた。二コラの視界に飛び込んできたのはクローディアではなく、愛する妻に扮した【暁】ローザリカ・L・ディオールだった。ニコラが駆け込んできた直後、ローザリカは必中の祈雷を展開した。流石にそこまで動けば、バレるというものだ。
「き、貴様! 何故、妻の姿を!」
「よく知っているさ。彼女にとどめを刺したのはこの僕なのだから」
狼狽する二コラにローザリカは挑発を重ねた。
更に横合いから、偽クローディアの声を担当していた【暁】クレア・エクレールが飛び出してきた。先程まで二コラに対し、
「どこに居るの?」
と弱々しげに呼び掛けていた人物とは思えない程の肉迫ぶりであった。
かくして、処刑台上は一気に乱戦へと突入した。狭い台上での戦いはお互いに逃げ場が無く、双方掠り傷程度では済まない。
●
この時、それまで様子を伺っていた右腕の子吸血鬼達が一斉に動き出した。
彼らは戦場に不審な点を見つけた事で、処刑台上に居るクローディアが偽物ではないかと疑っていた。
即ち、処刑台の下だ。そこに怪しい生命反応がある。ローザリカが正体を現したことで、もはや偽物に配慮する必要はないと、処刑台へ向けて攻撃魔法を叩きこんだ。ニコラやその子らを器用に避けて闇色の衝撃が炸裂する。アルエットが慌てて回復を開始したが、対二コラで冒険者が集まっていた事もあり、かなりの痛手だ。
このまま突破、ニコラらへの合流を許せば拙いことになる――ニコラらの対処を冒険者に任せた近衛騎士達と【戦誼】ライオネル・ギシュムがその行く手に立ちはだかるが、霧に変じた者、動物に変じた者などは巧みにその阻止線を掻い潜る。
「俺は皆の盾だ! 俺が居る限り、誰も傷つけさせない!」
それでもライオネルは近衛騎士と肩を並べて右腕の子吸血鬼達に挑みかかり、幾人かの突破を防いだ。
「我が妻の姿を盗んだ偽物め、覚悟せ……貴様、何奴!?」
「先に囮はバレてしまったようだが、隙だらけだな」
一方、処刑台上では爆破で痛々しい姿となっていたローザリカへとニコラが駆け抜ける。しかし、そこにいたのは寸前に位置を入れ替えて待ち構えて居た【戦誼】海神 江流であった。怒りの対象を見失い、愛する妻も行方がしれず。頭が真っ白になった二コラへ、毒撃を叩き込んだ。
「2度も逃がしはしない」
「ごふっ」
横から、爆破をエーテルバリアとローザリカのライフアンカーでなんとか耐えていたジュストが、収束したエーテルをぶち当てる。呆然とし、どす黒い血をまき散らしつつも、ニコラの頑健な吸血鬼の身体はまだ耐えた。
「サイラス、後は任せた!」
台上から退こうとする二コラを敢えて追わず、江流はそれまで潜んでいた【戦誼】サイラスへと呼びかける。
飛び出したサイラスは驚く程の素早い斬撃で二コラに背後から斬りかかった。冷静さを失っていた二コラは、霧化して躱すことも出来ない。
「よぉし、イケた。一気に畳み込めば何とか勝ち切れるで」
江流とサイラスの連携に続いてローザリカの置き土産の応雷が炸裂し、二コラは更に追い込まれた。遅まきながら霧化して逃れようとするも、【戦誼】ルベア・ベルニがマーキングしていた為、動きは完璧に読み切られていた。
「行かせないわよ」
ルベアは霧と化したニコラへぴたりと追随し、身をもって他の仲間にその位置を知らしめる。これではさしもの二コラも逃れ切れない。仕方無く、霧化を解除した二コラの目の前で【戦誼】のエル=バ=ノイアンが投げつけた閃光塗弾が炸裂した。
「うぐ、私はまだ死ぬわけにはいかない。クローディア……!」
「王家に仇なす者を、カペルは許さない」
ノイアンとタイミングを合わせ、シルヴィア・A・カペルが光弾の雨を降らせる。
「逃がさない……!」
続いてユズが、空間爆砕を仕掛けた。更にシルヴィアが前進して二コラ達に打撃を叩き込む。その間、ノイアンが子吸血鬼達の攻撃をひとりで請け負い、シルヴィアの盾として刃を振るい続けた。
ニコラを逃がすまいとする冒険者達の連携攻撃の前に、その身で主を庇った子吸血鬼も次々と息絶えていく。しかし、冒険者や近衛騎士の守りを突破したはずの右腕の子らはニコラの窮地に手を差し伸べはしなかった。
●
処刑台が爆音と共に大きく揺れ、ニコラが激しい反撃を受けた直後。
処刑台の真下に掘られていた穴の中から、【暁】のナハト・シュライバーが内部に侵入してきた右腕の子吸血鬼の強大な攻撃魔法を浴びて土砂ごと弾き出された。躱す事も出来ぬ閉所で強烈な攻撃を受ければ、体力に余裕のないシューターではひとたまりもない。
(くッ……矢張り、さっきの感覚は……)
交戦開始の寸前、ナハトは何者かが自身とクローディアの位置を見抜いたことを察知していたが、そこで即座に飛び出すという選択肢は無かった。下手に出て行けばより早い段階で二コラは台上のローザリカが偽物と見抜かれ、ニコラを追い詰めることはできなかっただろう。
幸い、クローディアは未だ冒険者側の手の内だ。夫人の状況を注視し、即座に駆けつけてきたアステルがクローディアを担ぎ上げた。処刑台の粉砕と混乱の中、キオルティスが縛り上げられたクローディアの姿をフェイクカバーで模倣し、右腕の子らを一瞬戸惑わせる。しかし、敵はすぐに作戦を修正した。疑わしいならばクローディアを二人とも確保してしまえば良い、と。
この思い切りの良さはアステルにもキオルティスにも想定外だった。
「拙いな……すぐに離脱を!」
「だ、駄目、間に合わない……!」
キオルティスが呼びかけるも、クローディアを担ぎ上げたままのアステルでは到底逃げ切れない。右腕の子吸血鬼達はそんなふたりの狼狽などまるで無視したまま、アステルを一気に打ち倒して昏倒させた。
だが結局、ナハトからキオルティス、アステルと繋いだ僅かな時間を有意義なものとしたのは冒険者の側だった。ニコラとその子吸血鬼たちは、冒険者らの猛攻に耐えきれなかったのだ。
「夫人は確保したが……ニコラが死んだか。右腕様は『成就しなかった愛ほど悲しいものはない』とおっしゃっていたな……」
「ここで共に死なせてやるのが、情けであろう」
どの道、今のクローディアは連れて逃げても足手纏いにしかならない。右腕の子吸血鬼達はドライに判断し、クローディアを投げ捨てて即座に撤退していった。ニコラが逃げ延びれた可能性は低かろうが、彼の命がある間に夫人の奪還が成っていれば、夫人だけでも助けてくれなどと口にしたやもしれない。その場合には、右腕の子らも判断を変えて夫人を連れ去ろうとした可能性はある。王国にとって、余計な禍根をこの一戦で絶てたのは最善の結果であった。
その鮮やかな引き際には冒険者達も、そして近衛騎士達も感心するというよりは、寧ろただ呆れた。
いずれにせよ――北端広場の攻防はこうして、決着を見た。
【1】リーンエス王国 首都グランスパーダ-2(担当マスター:岩岡志摩)
●迎撃開始
王城中庭では、【サウナ】所属のヨル・スレイマンが予めメアリー・リーンエス王女の許可を得た上で、ナハシュと共にゲルと家庭用本格サウナキットを使って聖剣の祠を覆う作業を行い、敵が聖剣に到達するまでの障害を増やしていた。
2つのゲルが立ち並ぶ中、その中央にメアリー王女が聖剣と共に陣取る。
「聖剣を奪われるわけにはまいりません」
ただしメアリー王女の傍にある聖剣は、ハーヴィの幻影スキルで生成された偽物だ。
(これでターゲット誤認を狙うことは出来そうだよね)
ハーヴィは警戒は他の仲間に任せて幻影を出す事に注力し、吸血鬼達を待ち構える。
「揃いのマントで秘密結社っぽいだろ!」
【結社】を纏めるギャメルは、本来の装備を隠す偽装も兼ねて、同じ【結社】所属の冒険者達と共に揃いのマントで身を包んでいる。
「えへへーキレーな庭園だねぇ!」
「マルミット。ちゃんと作戦通りに動けて?」
マルミットは篝火に照らされる中庭の光景に感嘆の声をあげると、ナジクが釘を刺す。
「わかってるよー。ちゃんと作戦通りに動くってば」
「そう。理解しているようですわね」
短いやり取りの後、マルミットとナジクはそれぞれ配置につく。
「祠にあると聞いていたが、あれが聖剣か?」
「脇の建物には人間がいるな。おそらく兵の詰め所であろう」
吸血鬼達はハーヴィの狙い通り幻影を本物だと錯覚した。祠がゲルで隠されていた事も、誤認を後押ししたのだろう。闇の中から霧に姿を変えメアリー王女のもとへ押し寄せる。
しかしその動きは【探知】所属のサロが駆使するサーマルアイによって捕捉されていた。
直ちにサロは矢に布を巻き付け、閃光塗弾の塗料を塗るとダマスカス鋼の弓を吸血鬼に向け、弦を鳴らす。
「これが俺からの通達だよ」
サロの放った矢は霧化した吸血鬼に刺さらずそのまま通過したが、周囲の仲間達に対して吸血鬼の位置を報せる効果を発揮する。
「霧と化すれば音も立てる事は無いだろうが……匂いはどうだろうか」
暗視や捜波に加え、超嗅覚を駆使して霧と化した吸血鬼を探るレタラ・スマリは察知した敵の方角に向け光の矢( ) を放った。だが、霧化した吸血鬼には物理も魔法も攻撃は通じないらしい。その情報は周囲の冒険者達によって瞬く間にテレパスで周知されていく。
「なに、観察なら此方も負けておらん!」
【探知】を束ねるポコ・アルデバラッドも、サロと手分けする形で警戒を続ける。
ポコは中庭に立つ木から暗視を駆使して警戒にあたり、ホークアイによる効果もあってか吸血鬼達の看破に成功すると、サロが発見できた敵も含め、その位置や数をテレパスで周囲に伝達する。
味方から連絡を受けたモネタ・シャローニャやRe✕達が先陣を切り、吸血鬼とぶつかり合う。【結社】のオゴスは壁歩きで登った城壁に張り付き、シーフながら魔導書を手にして魔弾を放っていた。予想外の角度で飛んできた攻撃に、吸血鬼が驚愕する。
「おのれ! こざかしい」
闇夜で赤い眼が輝き、一瞬我を失ったオゴスがふらつくが、ギャメルの解呪が不調を癒した。
中庭を見下ろせる位置にはテテリカの栗鼠が腹ばいになり、敵の探索を続けている。
(俺も敵の群れを感知したぞ。場所と数だが――)
ペットからの情報を受け取りつつ、テテリカ自身もエーテルの波動( ) を暗い場所へと放ち、敵の気配を捉えていた。得られた情報はすぐに他の仲間に伝え、味方の迎撃を支援する。
「抜けば災厄が襲う聖剣……本当でございましょうかねぇ?」
ハリーヌ・ヨツユビは聖剣にまつわる伝承の真偽を疑っていたが、今は超聴覚や暗視、地面に置いたランタンを頼りに迎撃を続ける。
「王都から逃げた負け犬侯爵が! 本物の聖剣はコッチだぜ!」
ハリーヌは二コラ・ゴルティエ元侯爵配下と思しき吸血鬼達に向けて嘘を叫ぶと、それに釣られた1体に向けインベイシブアローを放ち、撃ち抜く。
ハリーヌの矢に込められた不可視のエーテルが凶悪なまでに吸血鬼の身を蝕み、その生命を削り取っていく。
●乱戦
ここでメドゥの右腕配下の吸血鬼( ) 達は、二コラの子にあたる吸血鬼達を囮として使い、中庭に置かれた篝火を範囲攻撃で破壊し始める。
「機動的に各所の篝火を守ります」
アリオン・リューが馬のコバルデに乗ると、暗視スキルとたいまつで視界を確保しながら破壊された篝火のもとへ駆けつける。
そしてアリオンは散らばった木片をかき集めて篝火へと戻し、たいまつで再点灯する作業を続けるが、単身で多数の光源を守り切るのは難しい。
篝火の明るさが薄れていく中、右腕の子達はある者は霧と化し、ある者は動物に身を変えてメアリー王女のもとへ突き進む。だが、ニコラの子らを見逃さなかった冒険者の監視網はその姿も捕えていた。
(行くぞ!)
(了解ッス。ここで足止めするッスよ)
ここで【結社】所属のナジク、マトンのアーケインが敵の正面に展開し、それを乗り切ったところへマルミットが駆けつけ、殺界を展開して待ち受ける。
首尾よく一部を足止めしたところで閃く爆光で攻撃力を上げたマトンが無数の小光弾( ) を叩きこんだ。
「聖剣を狙った理由を知りてえが、捕虜になる気は無さそうだな」
ナジクが舌打ちする。足止めされた吸血鬼は【結社】ら数に勝る冒険者を相手に一歩も引かず、他の同胞を先へ進ませようと抵抗した。
彼らの献身もあり、右腕の子達の中でも精強な個体を中心とした一群が迂回や霧化での突破を成功させ、霧となって聖剣のもとへ迫る。
「近衛は私に構わず、聖剣を狙う者を討つのです!」
自身の身を散らしても良い覚悟のメアリー王女はそう指示を出すが、吸血鬼の狙いは聖剣だけでなく、王家の血もだ。吸血鬼の攻撃が近衛騎士と共に守りにつくメアリーを容赦なく巻き込む。
「メアリーさんを庇うのは、ボクの役目だよ」
エルゼリオ・レイノーラがスケープセイントを駆使して吸血鬼からのダメージを自身へと移し替え、メアリー王女を一度庇うことに成功する。この戦場の最大戦力である近衛騎士達はそれぞれが強力な吸血鬼に対抗せざるを得ず、メアリーの防衛には専念できない。
「オレ達だけじゃ、回復が追いつかないんだ」
さして強くもないのに狙われる立場のメアリー王女の護衛についていたのは、同じドゥジン教徒であるレタラと、エルゼリオの2人のみ。殺到する敵から守り切るには数が足りず、潜り抜けた敵の爪先がついにメアリー王女の身を抉り飛ばす。
「殿下!」
「隙ありじゃぞ」
主の危地に思わず隙を見せた近衛騎士の一人へ、吸血鬼が斬り込んだが、【探知】所属のレコーディアが強引に割り込んだ。
「今ですよ!」
「かたじけない」
レコ―ディアに身体で武器を奪われた吸血鬼は形勢逆転し、近衛騎士に討ち取られた。昏倒したメアリーは、追撃をエルゼリオが二度目のスケープセイントで肩代わりし、レタラの必死の回復で何とか生を繋いでいる。
大人数同士の戦場ではない。人類側の大駒が一人生き残り、吸血鬼の強者が一人沈んだこの瞬間、形勢は確かに人類側に傾いた。
(左腕さん、の、警告の目的、は、何?)
激戦の中、エルは思考をめぐらせた。
(聖剣……。リーンエス王国の土地が豊かなのと、関係、ある?)
思案しながらもエルはグラヴィティボルトを放った。炸裂したエーテルが吸血鬼に纏わりついて、聖剣に向かう動きを鈍らせる。
「こざかしい、下民は我らに頭を垂れて居ればよいものを!」
ニコラの子らしき吸血鬼が悪態をついた。
「貴種たる意味も忘れた腐敗の徒が、よくもまあ言えたものです」
グレイブ・ヤードは、招霊呪怨縛によって召喚した霊魂と思しき朧げな光を吸血鬼にまとわせ、呪いと共に動きを束縛する。支援で足止めされたところへ、二人の近衛騎士が左右から斬り込んだ。
(聖剣を守るべきはこの国の王族であり騎士であるべきだ)
グレイブはまた一体の吸血鬼が滅ぶ様子に一つ頷く。それらの犠牲を乗り越えて、吸血鬼がさらに前へ進むが。
「隠れ潜んでいるのがそちらだけとは思わない事だ」
それまで隠蔽スキルで身を潜め、警戒を続けていたサマエラ=フォリウムが迎え撃った。
収束させたエーテルを開放して爆発的な衝撃力を吸血鬼の身に炸裂させ、吸血鬼の足止めに成功する。だが、仲間の犠牲もものともせずに吸血鬼は聖剣へ殺到した。
「幾ら仲間を失おうと、この聖剣を奪えれば我らの勝利よ」
「待て、様子がおかしい。まさか、幻か!?」
乱戦の中、範囲攻撃に晒されても揺るぎもしない姿から吸血鬼はようやく偽装に気が付いた。王女の追撃よりも聖剣の優先順位が上。しかし、視えている聖剣が偽物ならば?
「確か聖剣は祠内に入っていると聞いた」
ニコラの子の呟きを耳にした右腕の子達は立ち並ぶ2つのゲルに疑いの目を向け、その両方を攻撃した。
攻撃を受け破壊されたゲルより、それまで暗視や透視、宗波を駆使して外を警戒していたナハシュと、テレパスを介し情報を共有していたヨルが姿を見せる。
「意外と早かったね」
ヨルの呟きと前後して、ナハシュは今魔法を撃ち込んだばかりの右腕の子へと突っ込んだ。
「状況は大体把握済みだ。まずはお前からだよな」
そのままナハシュは竜爪の籠手と竜牙の暗針を交互に振るい、超高速三段連撃( ) を叩きこむ。たまらず後退しかかったところを、追いついた近衛騎士が畳みかけた。仲間の窮地に、獣面の吸血鬼が援護に入ろうとするが。
「呪いのお裾分けだ」
ヨルがアビスを発動すると、吸血鬼の足元よりどす黒い何かが人の形や腕を形成して絡みついた。
「……おのれ、謀られたか。しかし、右腕様の指示は絶対……引く事などできぬ」
人類を侮り、力押しに頼った吸血鬼たちはここまでに戦力を失い過ぎた。敵地である王城の中、犠牲を覚悟で速攻しようとした策は間違いではないが、空ぶればリスクだけが結果として重くのしかかる。
吸血鬼は相次いで強力な個体を失い、冒険者や近衛騎士はその数を保っている。相打ちにすらできていない時点で、既に形勢は逆転していた。それでも撤退を選ばぬ吸血鬼達は、最後の力で突撃するも、聖剣に手が届くことなく次々と討ち取られ――。
王城中庭での死闘は、吸血鬼達の全滅という形で幕を閉じた。
●
――――陽が沈みつつある。急ぎ決着を付けねば。
王都近郊――――ウェザーランス子爵領。王国騎士団隊長は焼けた空を見上げ呟いた。
時節はあまり良く無い。いずれ劣らぬ熟達の騎士、備えは怠っていないが陽が落ちれば死角が一気に増える。
ナハティガル=ラーからの提言は騎士団隊長にも届いている。彼ら授恵者を前面に立て、非授恵者はその後方より矢を浴びせかけるというものだ。
元より非授恵者である騎士達の役割は敵手の牽制であり、弓の鍛錬は欠かせない訳だが。
冒険者らによる戦場精査と布陣提案によって、"一方的犠牲"はある程度抑えられる見込みだ。とは言え――――
(……この布陣、迅雷の狙いは、やはり時間稼ぎか)
【竜獣】の一角。幽体となり索敵に出たリヒャルトはその全貌を一瞥して淡々と結論付けた。
ウェザーランス領内を進む間に、敵の総数は割れている。援軍も伏兵も無い。
戦力で勝る王国騎士団と冒険者に、迅雷は攻め手を譲った。山なりに飛ぶ矢の支援のもと、じりじりと前衛が間合いを詰めるのが眼下に見える。
幽体で念話は使えない。戻って伝えないと、と踵を返す背後では射手の撃ち合いが始まっていた。
「下がらずそのままで大丈夫です、私が見ています!」
授恵者の射手の矢は並の盾など容易に貫いて来る。その勢いに僅か浮足立った最前列の王国騎士の背後。
シエラ・フォン・リシェイラが鼓舞の声を掛けながら矢傷を癒していく。肩に載った栗鼠がチチッと鳴いた。
戦況は澱の絆を通じて彼女の仲間、【操蝶】の面々へ伝わっている。
防御を強化する堅牢の祈りを捧げながら。シエラはじわりと、けれど確実に敵陣の前衛へと距離を詰めていき。
一方、独自の予測でこの戦場そのものを囮と見たイヴェール・イリュジオンは、戦闘の開始を後目に『夜鷹』領へ駆けだした。
冒険者は貴重な戦力ではあるが、あくまでも協力者。戦線離脱を止める程の余裕は無く、王国騎士は彼女の背を見送るに留まった。
イヴェールの行動開始と機を同じくして前線が動く。
矢の応酬では、双方の授恵者は崩せない。シエラと同様に、最前線を回復で支えていたナタリア・フィッツジェラルドは魔法の距離に近づいた所で流星煌を撃ち込んだ。
「まあ……あっちも態々、陽射しと対面で陣を張りはしませんか」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクも流星煌を前列に撃ち込んだ。第二騎士隊長がどこにいるのかが分からねば、奇襲の算段も立てられない。
采配を見れば凡そ分かる。相手の狙いは"時間稼ぎ"だ。なら、じっくり囲んで磨り潰すべきか。
そんな流れが脳裏を過ぎった、直後。それは文字通り裏切り同然、定石などまるで無視して前線に現れた。
■
「! 敵――――敵兵です……!」
歩兵での集団戦は近接兵同士が距離を詰め、最終的には隊伍を組んで正面からぶつかり合うものだ。崩しも無く、揺らしも無く、正面から少数での突入などというのは常軌を逸している。
エルナ・クルプファルツをはじめ多くの冒険者達が『第二騎士長』の所在に最初から注目していたが、彼は指揮官らしい行動を取らず、兵に紛れていた。
成程、ここまでの敵部隊の動きがかくも鈍重だったのも、当然であろう。擦り切れた麻の外套を翻し電撃の様に陣を割った影。
エルナの背後、西に展開した弓兵が側面の敵へ矢の雨を降らす。僅かに足を止めた敵兵の向こう側へ、エルナは目を凝らす。
影が薙ぎ払った槍が授恵者、非授恵者問わず十に近い騎士を巻き込んだのを見て、一斉射で撃たなかった備えが生きた。
中距離圏。一方的攻撃可能な立ち位置。王国騎士を巻き込まぬ様に放った鋭射は澱を帯びて、しかしまさかの空を切る。
(――――嘘……!?)
「お、強そうなのが居るじゃねェか! テメェもオレの武勇伝にしてやるぜ!」
そんなエルナが窮地と見てか。隊伍を割って進み出て来たナキルが意気揚々と剣を抜く。
「武勇伝ねえ……威勢が良い奴は嫌いじゃねえ。来るか?」
「言われなくとも――――雷神剣!!」
蒼剣に稲光が走り、眩い閃光が剣身を包む。その一撃は天の轟雷――――不断で以て文字通りの必殺を為すが故に。
打ち合いは二度。その一撃を"最低限の傷"で躱した『光槍』の槍が、小人としては長身の彼の腹部を貫く。
「見えているわ、それ以上は――――やらせない」
止めとならなかったのは一重に。傾きつつある日の影にも、視野の狭さにも対策を講じ。
"いざ"と言う時の為に攪乱射撃を備えていたユニス・ソロアーヌ・アクエリリーアの存在が有ればこそ。
その射撃精度は槍使いの回避能力を上回りはせず、形としてはあくまで威嚇射撃に留まる物ではあるが。
さりとて射手の射程圏は広い。男が態々ユニスを追いかける事を苦に思う程度には。
「あー……やっぱ安酒は駄目だな、気分悪ぃわ頭痛ぇわ……」
面倒そうに嘆息したその槍使いが、第二騎士隊隊長『光槍』で在る事を疑う者は最早誰も居なかった。
最前線に出現した敵部隊の長。これを狙わんとする冒険者は多く、王国騎士もまた裏切り者を前に黙ってはいない。形勢はここで大きく動いた。
ラズローに続かんと第二騎士隊が突撃陣形を取ろうとした、その側面にエリザ・A・ミシャールの渾身の一矢が炸裂する。
「迂回に時間が掛かったが、肝心な所には間に合ったかい?」
「ミシャール殿、それがしは行くぞ――――」
動揺する第二騎士隊へ、ゴブリアを先頭に【竜獣】が突撃した。彼らは第二騎士隊を真横に断ち割る勢いで『光槍』へ向け前進する。一方、ラズローが斬り込んだ先では。
「行け、コハク……!」
流星煌を撃ち込みつつ、ナタリアが護衛のコハクを解き放った。エルナの傍らにいたセロリ・サーティーンとネロの両名も、突出、孤立したラズローへ向かい、ラズローの背後を塞ぐ位置にアウレーリアが雷精を招く。
「セロリ先輩……!」
「……はい。これでも――――喰らえ……!」
黒兎が首を刈らんと地を滑る様に距離を詰め、セロリがそれに合わせて獅子咆で注意を奪わんとする。
2人の連携は予定通りの物。だが、ネロの三連撃はその悉くに槍を合わされ掠めた分の手傷に留まり。
セロリの咆哮はと言えば帯びた澱の密度の問題だろう。抵抗され、弾かれる。だが――――
「大物、発見……だよ!」
両の月が空を切ったネロの背の影から跳び出した、コハクの漆黒の双刃がラズローの槍と競り合い高い音を立て。
「トゥーリ殿! フェイサル殿!」
「――――抑え込めば、良いね?」
「承知した。奴らの刃は届かせんよ」
フェイサル・セイフの蒼焔の共鳴により引き上げられた身体能力を最大限生かし。
ハリス・アル・ターミルとトゥーリの両名が『光槍』への進路上で大きな障害となる授恵者と相対する。
相手は治療師だ。持久戦に長ける2人であれば、時間は掛かろうとまず敗北の芽は薄く。
「逆賊なら、非授恵者でも非殺という訳は当然ないのよね?」
露悪的に嗤ってみせたヴィノニスが放つ静寂の領域の光球が『光槍』ごと周囲を巻き込む。
そうして出来た道を駆け抜ければ、其処は足を縛られたラズローの真後ろ。
「まさか卑怯とは言うまいな――――!」
ゴブリアが澱の光を放ち、放つは竜の突貫。だが『光槍』は背後に眼が付いているかの如く槍を回し、応手の一突きに仕留めて息を一つ吐いた。
畳みかける冒険者達に対し切り抜けた、その僅かな油断。
ここまで来て誰が疑うだろう伏兵の存在を。気配を殺し、姿を隠し、機を伺った……"毒蝙蝠"は、見逃さない。
「……! ――――しま」
「くふふ……気付いたか。じゃが――――もう遅い」
エルナ、ナキル、ネロ、コハク、ゴブリア。5人が繋ぎ、それ以上に多くの仲間が拓いた細い糸を手繰る様に。
夕霧の死齎刃が、『光槍』の擦り切れた外套に鮮血の華を描く。
■
「ウェザーランス子爵は、『迅雷』やメドゥの指先と繋がりがある可能性が有ります」
レティシア・レインフィールの注意喚起の真偽は、王国騎士には分からない。多くの戦力を割く訳にはいかず、非授恵者の騎士から数名を子爵の動向確認に割くこととなった。
治療師は幾ら居ても困らず、代わりに其方へ回って欲しいと依頼されれば否やは無く。
レティシアが後方支援に駆け出した頃――――次の動きは、敵本隊の更に後方で始まった。
「――――まず、2人と」
【花鳥】の面々は先ず、大きく森の中で迂回する進路を取った。
彼女らの目的は物資などを置く『後方陣地』。
輜重隊に属している者は殆ど非授恵者であり危険性は低い。
サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ程の技量で有れば、2人を気付かれる事無く殺せる程に。
「で、森は今どんな感じ?」
「恐らく、確り警戒網が張られていますね……」
森の中で斥候を倒しながら後方陣地近くまで移動したところで、サフィラが問う。木々の間に糸で簡易罠を張っていたコルネリウス・アーラは木陰に隠れ難しい顔で状況を探った。
初期に張った糸のいくつかがこれ見よがしに切られていたのは、彼女たちの到来を既に知っているという意思表示だろう。
「このまま突入するのは危険?」
「もう少し森の中で削った方が良いんじゃないかにゃあ? だって――――」
何せ一度点火したらもう最後までやり切るしかない。準備は大事、と。
デイジー・ロックウェルの問にサフィラが応じようとした頃。しかしその時は間近に迫っていた。
「そんじゃ、敵の賢さに賭けてみるさっ」
アリア・ティーダのそんな掛け声と共に、盾を構えた王国騎士が突入して来たからだ。
こうなってしまえば隠密も奇襲も有りはしない。
「敵襲! 敵襲だ……!」
アリアが投げた閃光塗弾による光と爆音が周囲に混乱を齎す。
補給兵達はアリアの見込んだ通り賢かった。右往左往する様子もなく早々に撤退を決め、取る物もとりあえず一目散に逃げ去る方針らしい。
「あら、同じことを考えている人がこんなに居たのね?」
故、その山猫の半獣人。リンセ・クアルト・アポストㇽが何気なく後方陣地の放火に参加していたとしても。
とやかく言う者などいる筈もない。デイジーに到っては自分も燃やす気しか無かった側でもあり。
「ま、正々堂々とは行かないけど、これも国を守るためよね!」
戦の正道とは元より詭道である。デイジーが周囲の補給物資に蒸留酒を振り掛けリンセが火を点けると。
枯葉などが多く敷き詰められていた事もあるだろう。後方陣地は思いの他良く燃えた。
――――他方、草原の最前線。彼の首を狙う冒険者達が『光槍』へと追い縋る。
彼の騎士も既に満身創痍。夕霧の与えた傷口からは鮮血が止まらず、正面からはコハクらが激しく攻め立て休ませようとはしない。だが、あともう一押しが崩れない。
移動阻害の呪いは解け、退路を一瞥するも。其処にはゴブリアこそ欠いたがいまだ健在の【竜獣】の前衛が立ちはだかり、彼の孤立を企図する。
後方は乱戦の只中、飯塚・麦穂が時折放つ『流星煌』が『残響』と『光槍』の視界を遮り、合流を赦さない。
「させるかよ……婆ちゃんは、俺が護るって決めてんだよおおおおお……ッ!」
フェイサルの回復支援もあればこそ、類稀な回避能力も含めトゥーリには未だ多少余裕があった。
だが、その咆哮。野性の獣じみた殺気に一瞬はっきりと気圧され彼女は悟る。
(出来れば捕獲したいと思ってたけど、この人……!)
――――無理だ。これは、死兵だ。きっと最期まで止まらない。なら、せめて――――此処で。
踏み込み騎士槍を引くも相手が早い。応手の様に放たれた光の槍をハリスが庇い。
「やれ――――トゥーリ!!」
夕焼けの下、篭もった声に背を押され身体ごとぶつかる勢いで我武者羅に突き出した穂先が槍の騎士の心の臓を貫いた。
■
――――日が暮れつつある草原では、未だ戦闘が続いていた。
迅雷騎士団第二騎士隊長『光槍』の敗死によって、徐々に逃亡兵が出始めている。
早急に迅雷騎士団を瓦解させ、王都へ引き上げたい王国騎士団も武器を捨てて逃げる者を追う構えは見せず、降伏や逃亡を後押ししていた。
逃亡も降伏も良しとせぬ第二騎士隊の生き残りは森へ押し込まれつつあるが、それは後方から支援に徹する第三騎士隊との合流を意味しており――――
「見える範囲で敵影が減って来ましたね。そろそろ負傷兵を回収に動いた方が良いですか?」
「追撃を逃れる為に防壁を設置したのだ。皆、怪我したら無理せず退くといいのだ」
其処に来てエイル・アーティライトとストレガ・L・リベルガストラ。魔法使い2人が存在感を発揮する。
最後まで踏み止まる敵の、特に非授恵者を優先して掃射するエイルによって、敵の死出の道連れにされかけた味方の負傷兵が逃げ果せ。
光球と銃眼光壁。更には追撃封じの雷精の嵐で以て確保された安全圏。
その内側では、こちらもやはり2人の治療師が傷付き倒れた王国騎士達の命を支えようと駆け回っていた。
「何は無くとも、数が数ですから。お互い手分けして事に当たりましょう?」
「分かりました。"地の母"の名において、傷病者への奉仕はお任せ下さい……!」
ファーシル・クリスティアとアルフィンレーヌ。半ば従軍治療師と化している両名は後方における治療の要である。
勿論王国騎士団にも治療師は居るが、前線と後方、双方を支えられる程潤沢ではない。
「痛い、痛いよ……母さん」「腕、あれ、俺の……腕……」「あああ、早く、治療師はまだか……」
王家に忠誠を誓った騎士達であろうと、戦えば傷付き、四肢が千切れ喪失もする。それを支えるは治療師の本懐。
戦の現実は華々しい勝利にだけ有る訳ではない。そうして――――一方、森の中では。
(どうやら奥に行った連中の作戦は首尾よくいったようだな)
ヴァンゲルス・ロッドは、木々の間に松明を設置していた。騎士団から借りてマジカルポケットに詰め込んだ松明はまだあるが、一人で回れる範囲には限度もある。
しかし、その明りは戻って来る味方にとっては道標の役割を果たした。
「――――ましたコルネリウス様、あの方です……」
「……貴方が、松明の人ですか?」
「……お前さん達、もしかしなくとも味方、か?」
輜重隊を炎上させ、後退する【花鳥】や王国騎士らを先導するフクシア・S・シュルツがコルネリウスへと声を掛ける。ヴァンゲルスが応じてからしばしの時を経て、第二騎士隊が瓦解しつつある戦場の後方へ、ほぼ無傷の彼女達が辿り着いた。
そしてそこが凡そ、残余の迅雷騎士団にとって撤退の可不可を分ける最後の分水嶺。
伝令から『光槍』敗死の報告を受け、その古エルフはゆっくり立ち上がった。
「そう……ラズくんも、逝ってしまったのね……」
光は第三騎士隊の中より降り注ぐ。隊列を組んで迫っていた王国騎士達の盾が吹き飛び、直後同じ衝撃がもう一度。
無数の爆音。杖を向けた先が悉く爆ぜる。火力の化物と言うべき魔法使いが其処には居た。
(グレイシャが動いた……か)
森の側に陣取り、これまで後方から弓矢での妨害を続けていたルチル・プルメリア・グレイハーツは攻める事を決断する。
相棒の分身体で偵察していた彼女は、輜重隊に向かった味方が戻ってきている事も理解しており、化物が本格的に動き出した理由であろうと推測した。
「ルチル、私はどうしたら良いのかな?」
「もう逃げたい奴らは逃げただろう。逃げ道を塞いでから派手に撃ち込んでやるといいさ」
応じて、ファム=ゴートは周囲に雷精を招き澱嵐を構築した。
「激流よ、在れ」
水流が炸裂し、水浸しでは到底済まない轟音が森に轟き。――――冒険者達は、灰色の魔女と相対す。
■
「気を付けて下さい。あれが『残響』。優秀な魔法使い《キャスター》と聞いています」
「これだけの戦力が釣れた時点で凡そ目的は達成されている気がするんですが、退く気はないですか」
草原と森の境界。第三騎士隊の本隊と対峙していた冒険者達の1人。リコリス・アデュラリアの言に。
ゼラルム・エルホワイトが嘆息する。第三騎士隊は小勢ながら授恵者が主体の精鋭のようだ。
もっと早くに第二騎士隊を見捨てていれば。無傷で退く事も叶ったであろう。今はもう退路は無い。
(ちょっと遠過ぎるかな……)
隣でサニー・フォン・オルライトが目算で距離を測るも、敵は護衛すら健在だ。崩れてもいない敵中へ斬り込めば、『光槍』の二の舞になろう。正面から押すしかない。
「貴女がこの隊の指揮官ですね? お相手――――お願いします……!」
そうして【焔】が一角、ゲルダ・クラインが支援役のリサ・ベイカーの蒼焔を帯びて駆け出すのを皮切りとして。
この日最後の死戦が幕を開ける。『残響』の周囲に展開される光の魔法陣。それが"高速精密超魔法"と呼ばれる物だ。
加え彼女の部下たる治療師達もまた蒼焔
灰色の魔女は杖を振る。ゲルダが咆哮し自らに矛先を向けるよう試みるも、強烈に抵抗された感触に焦りが混じる。
「"世界よ、謳え"」
ヤバい。と、肌感覚で理解出来た。あれは"直撃を受ければ生半可な者では壊滅を余儀なくされる一撃"だと。
故に、隠れて距離を詰めていたルチルは位置が悟られる事を覚悟で濃煙炸弾を放った。二発。敵も味方も、全てが煙に包まれる。
煙の中で光が無数に炸裂し、樹々が薙ぎ倒され土煙が上がる。そんな轟音の中――――
「わか……り、ました」
炸裂する光芒に目を焼かれながらトーラが呻く。我が身を晒して放った技巧解析
性質はスキルの複製
つまりはグレイシャがもう一人いるような物だ。とはいえ、これまでに使った数から見て残り回数は半数ほどか。正面を守るゲルダやリサならば耐えきれよう。
しかし、この戦場には非授恵者の騎士も多数いる。ナハティガルとアデッサ・ハーレイは後先など汲まず煙の中への突入を選ぶ。
「機
先ずアデッサが竜の突貫
続くナハティガルが三連撃を『残響
しかしこの場には第三騎士隊に対応する総戦力が集っている。ゼラルムが紅蓮の炎を纏う巨弾を放ちその礫を周囲に散らすと。
サニーが彼を担ぎ、グレイシャの攻撃範囲から回収する。
「今です。畳み掛けてください」
リコリスの魔法阻害
そうして、ゲルダが更に一歩踏み込むと、『残響
(……だ、大丈夫でしょうか。でも、今? いいえ、きっと……今!)
ラティア・ミゼリアは森に潜んでいた。自信が無く、同様に潜んでいた【操蝶】が攻めに転じた後も、この時この場面に到るまで潜み続けていた。
けれど『残響』の護衛が初めて傍を離れたこの瞬間。彼女の目にはそれが隙と映った。稀有な程の確かな――――隙と。
澱を宿したその矢はまるで必然的に死角から放たれ。暗殺の常套句と言えるその一射は、時に死神に例えられる。
「――――! まだ伏兵……!?」
後方よりの直撃。駄目押しの様なその一本の矢が灰の魔女の覚悟の糸を切った。
ゲルダと競り合う戦士の他、吹き飛ばされていたもう一人の護衛が道を塞ぎ、グレイシャは遂に撤退を口にする。
「……撤収します。逃げられる者は各自森に紛れ帰還して下さい」
まさか、この段に及んでという驚愕を第三騎士隊の授恵者達は顔に出さなかった。
彼女はあくまで魔法使い
だが、冒険者達に彼女を逃がしてやる義理などは無く。ザザ=ステルヴィナの雷精の流渦
「この程度……」
グレイシャはその呪縛に対し、熟練のキャスターとして正しい対応をした。すなわち、雷精
普段ならば、グレイシャの卓越した魔力はザザの渾身の魔法をも上書きしただろう。
しかし、交戦の中で撃ち込まれたトーラの魔乱印が彼女のエーテルを乱していた。
「嘘、そんな」
まさかの事態に動揺しつつも、畳み掛けられる様に放たれる魔法、追い縋る【焔】の面々を第三騎士隊が決死で抑える中、撤退を急ぐ。が、ザザの雷精
木々を遮蔽に逃げようとするグレイシャ。しかし最後の陥穽は其処に在った。
赤い肌の亜人
ハヤト=ガラン=ヴォルファングの練りに練った暗殺撃
此処まで傷を負っては。騎士隊の回復任せであった魔女は、最早立てない。
「悪ぃが。こっちも事情があってよ。このまま来て貰うぜ」
「……あら……でも、もう……何をしても手遅れだと思うわぁ」
その問答を最後に昏倒し、ハヤトに捕えられたグレイシャを見て。まだ奮戦していた第三騎士隊の生き残りも抵抗を辞めて剣を置いた。
かくてウェザーランス領の戦いは決着を迎え――――戦局は次なる地、コートネイ伯爵領へと移り行く。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-1(担当マスター:馬車猪)
(人のにおいより血の臭いの方が強い。好き勝手にやりやがって)
ルイドが内心舌打ちする。
暗視能力がある彼には、街のあちこちにある無残な破壊痕と街路に転がる人々がよく見える。
そして、鼻
(今は敵の首より生きている人質だ)
無差別にばらまかれる殺意に気付いて怪物相手に先手をとる。
わざと派手な術で応戦しながら、人質捜索班と別れ交戦を開始した。
冒険者の五感は優れてはいるが、広場を出れば光源は月明りのみ。スキル
ティト達も足と五感を酷使し人質を捜しているが、見つかるのは死体や犬猫、繋がれたままの馬ばかりだ。
(隠れ方が巧い。何かからくりがあるのか?)
暗視能力を持ち壁歩きで建物群をショートカット可能でしかも双波
パルドの勘は街の外れの倉庫群が怪しいと囁いているのだが、このままだとまずい気がする。
その時、大きな大きな白フェレットが闇の中から駆け寄って来た。
サラとエーテルリンク中の個体で、テレパスほどではないが身振りで多少の意思疎通が可能だ。
街の中心から離れるほどサラのスキル
サラは暗視能力も備えているので昼と変わらずだ。
(わたしたちが探していることに気付いている。今ここにいることにも?)
後半は勘でしかないが確信に近い。
だから念には念のつもりでペット
サラの捜波には何も反応しない。
だが、サラの捜波が来るのが分かっていたとしか思えない位置で、パルドの波が20人近い気配を捉えた。
パルドは周囲へ合図を送る。特にテレパスは状況を詳しく説明できるので効果は絶大だ。
フェレットも大急ぎで走って冒険者をかき集める。
(人が住める構造ではないのに十……九人?)
テレパスによる連絡網を担うペルゼィックが1番正確に事態の深刻さを把握している。
このような街の状況で20人近くが偶然に固まっていることは考えられない。
(急いで向かえ)
連絡網を利用しサラとパルドがいる場所に味方を急行させる。
ペルゼィック自身は、連絡
(今だ!)
その瞬間、誰もがそう思考した。
ウォーゼルが投げた閃光塗弾が薄く開けられた鎧戸から倉庫に入って炸裂。
入れ替わりに飛び出た光弾が中堅上位のキャスター並の威力で複数の冒険者を襲う。
リディリディ・トゥラ・イェレミースがエーテルを術に整える手際は見事と表現するしかない。
光ではなく熱に頼る視覚
「えい」
大気が呻く。
無色の衝撃が生じ、しかしその破壊力は敵
術に組み込まれた敵味方識別機能は正常に作動していた。
(待ち構えられていたのか。人質をっ)
ウォーゼルは危険を承知で倉庫に突入して授恵者
敵の負傷の分有利ではあるが目の前の1人以外を足止めすることは難しく、五感
「人質を救出できれば王子も楽になるはずよ」
続いて乗り込んだロゼットはエンライトで戦場を照らす。
自身は暗視も看破も使えるが味方の目は多いほど良いのだ。
無論攻撃の手は抜かない。
ロゼットほどの手練れは敵の中にいないので神迅縛鎖もよく効き、アークインパルスで圧倒する。
しかしそれは個々の戦いだ。ロゼット達全員が押してはいても敵の全員は拘束できない。
外道ではあっても判断力には優れた1人が、縛り上げた人質へ近付き冒険者を脅そうとした。
「貴様も手伝え」
賊
だがそれは本物ではなく、卓越した変装技術とエーテルによる変化も組み合わせたエミリア・シバだ。
エミリアは文字通りの全力を、油断を見せた授恵者
授恵者は呆然とした目をエミリアに向けたまま倒れ伏す。
「そことここに隠し通路」
透視能力は潜入や侵攻のときだけでなく防戦でも有効だ。
確保した人質の再奪還や人質を狙われ脅迫される可能性は低くなった。
●
ベルク・オスマットはエーテル波を打ったら即移動する。
これは、敵の感波を警戒する【雀】のエフィルミアの助言に従った結果だ。
今の所、敵の捜波は感じない。こちら
「性格はともかく実力はある第二王子
だから捜索と救出に全力を出せる。
領主館に宗波を撃つと反応があった。近隣にいた【雀】ら数名へ声をかけ潜入する。
明りは無い。ベルク自身は暗視能力がないのでやや不利だが、ヴィルヘルミナや【雀】に暗視能力持ちが多いので全体としては有利だ。
(『右腕』は勝ったら人質を返すとの事だが、『生かして』とは言ってない)
ヴィルヘルミナは悪党を信頼などしない。
狭い廊下を駆け、迎撃に来た帝国過激派
彼女に特に工夫はないしそもそも必要ない。
圧倒的な攻撃力と精妙な武技が、身軽な前衛
エフィルミアはヴィルヘルミナとは対照的なやり方だ。
残るキャスターは仲間に任せ、疾風足で先を急ぐ。
ベルクから教えられた位置へ捜波を飛ばして3つの反応を捉える。
そこには不安そうな市民風の男2人と、厳重に捕縛された老女がいた。
「皆、生きてるー?」
ヘレン・ワーグナーには耳
が、耳と鼻が1人を囲んでいる2人に何となく違和感を覚えている。
イズル・M・ヴォルゴールが夜煌石の首飾りにエーテルを通して発光させる。
想像通りに1人は事前に聞いた王妹
(予想が当たってしまったな)
ライフアンカーをキャサリンに繋げた上で、いつでもスケープセイントをキャサリンに使えるように意識を切り替えた。
正体がバレたと察した偽住民が短剣を抜き、王妹
賊
だがそれで十分。
(人質のフリをした伏兵は2人だけか。予想より甘い)
悪意を煮詰めたような策を覚悟していたが敵の行動は予想の範囲内だ。
敵の手数は人数の割に多いが数秒ならイズルの対策
そして数秒あれば非授恵者の老人とはいえ即死はしない。事態に気付いた冒険者達が駆けつけ賊を鎮圧するのは簡単だ。
エフィルミアが建物の外に出て夜空に向かって魔矢を撃つ。
王妹
光の矢を数本打ち上げて合図を終えたエフィルミア達は、王妹
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-2(担当マスター:おおくまねこ)
「さあ、ゲーム開始だ。なんか予定外の人
民家の屋根の上で高みの見物を決め込むメドゥの右腕と共に、全高10メートルの鮮血の魔人、『混沌の怪物』が咆哮と共に腕を水平に薙ぎ払った。その瞬間、津波のような赤い衝撃波が広場に吹き荒れ、冒険者達へと一直線に襲い掛かる。巨人の外見から、近接攻撃が主と見ていたウィリアムは意表を突かれた顔で盾を掲げた。
「ウィリアム王子! 危ない!」
ウィリアムの傍らにいた【アルタイル】のアルバス・ロウルは咄嗟
「王子、下がれ……! 右腕……貴様の好きには……させん」
ウィリアムを庇い、衝撃波をまともに受けたアルバスはそれだけを言い残し、血だまりに沈む。他の冒険者や王国の騎士達も多くの者が衝撃波を食らい、後方支援担当のキリク、ゲルト、ダニエル・ヘリントン、アルマ・ヴァレンタイン、ネーヴェ・グラヌローザは回復魔法による戦線の立て直しを始めた。
「ウィリアァアアム
キメラゾンビ一体を犠牲にして衝撃波を凌いでいたグリゼルダはウィリアムへと駆け寄ろうとした。
「すまない! ここは下がらせてもらう!」
だがウィリアムはこの戦場で自分こそが焦点と認識している。アルバスの言葉に従い、更に後方へと後退していく。冒険者達はメドゥの指先幹部
「グリゼルダ。ウィリアム王子が落ち着いたら結婚式のプランを相談したいそうだから、さっさと怪物を倒しましょう」
ファヌはグリゼルダを混沌の怪物にけしかけるべく、そっと囁いた。
「まあ! ウィリアム
ファヌの虚言でやる気を出したグリゼルダは、残る三体のキメラゾンビを怪物へとけしかけた。凄まじい唸り声をあげながら、三体の恐竜が怪物へと食らいつく。
「ウィリアム
突進したグリゼルダが渾身の右ストレートを叩き込むと怪物の肩の付け根から腕が千切れ飛び、ばしゃんと時計塔の壁に叩きつけられた。しかし、右腕が苦笑しながら手を一振りすると再び血が集まって腕の形を成す。
「みんな、奴に続け!」
ゲルトはハウリング・オブ・ブルーフレアを【パン屋】全員にかけた。蒼い炎に包まれた【パン屋】達は、グリゼルダに負けじと、怪物に集中攻撃を仕掛けた。
「ボクたちもやるよ! みんな!」
「「おお!」」
11人組の【兵】達もアルマの『ウェイブ・オブ・インフィニティロア』を受け、一斉に怪物への反撃を開始した。
「よし、始めるぞ!」
「援護します!」
セリオス・オーガストとキリアン・フィッツジェラルドは前衛たちの突撃を援護する為、一斉に矢を放った。混沌の怪物に命中する寸前に破裂したセリオスの炸光矢は怪物に無数の穴を穿ち、液体で構成された怪物の足を飛沫へと変えた。その直後、キリアンの貫通衝撃射が怪物の胴を抉り、ごっそりと胴体を抉りとった。同時に【パン屋】らも動く。
「なんで貴女ここにいるんですか、燃やしますよ?」
「なぜここにいるのかですって? 愚問ね! ウィリアム
【パン屋】のルアンナ・ミュラーは友軍面しているグリゼルダを威嚇しつつ、混沌の怪物の足元へとアーケインを撃ち込む。稲妻に纏わりつかれ、機動力を削がれた怪物は後退したウィリアムの追撃を断念したのか、オープンスタンスとなり、【パン屋】達を迎え撃つ構えだ。咆哮と共に再び赤い衝撃波が飛ぶが、ルアンナはエーテルバリアで衝撃波を凌いだ。グリゼルダは今度はモロに衝撃波を喰らったが、気合で耐えたようだ。
「混沌魔術の怪物……強敵ですね」
ネーヴェ・グラヌローザは全霊のエーテルを藍玉の白銀杖へと注ぎこんだ。杖が発光すると同時に、彼女の周囲に雪の結晶が舞い落ちる。溶けた雪を吸収し、ネーヴェと周りの冒険者達のエーテルは強壮さを増した。
「このまま組織がバラバラになるなら、内ゲバも歓迎するんだけどねー」
初手の衝撃波を飛び越えて回避していたベアトリーチェ・カロッサは呟くと、軽やかに再度怪物の衝撃波を躱し、暗針と短剣を連続で怪物に突き立てた。
「うう、ゾンビが近くにいると匂いますね……」
クローリカは顔をしかめながら、細剣を一閃した、剣圧で怪物の足のあたりから飛沫が飛び散るが、怪物はおかまいなしに拳を振り下ろしてきた。クローリカは怪物の一撃を盾で受け止め、態勢を立て直した。
「仲間はやらせないぞ」
キリクは怪物目掛け、矢を射かけた。
(ああ、グリゼルダごとまとめて撃ちたい!)
ルアンナはそんな衝動に抗い、混沌の怪物だけが巻き込まれる位置に『氷嵐』を撃ち込んだ。液体でできている怪物を氷結させるのが狙いだ。しかし怪物が氷結したのは一瞬だけで、隙を作るには至らなかった。
それに、怪物は液体で出来ているせいか、冒険者達(+α)がいくら攻撃をしかけても、すぐに元通りになってしまう。千切れたはずの腕も飛び散った血液を吸収することでいつのまにか再生していた。再生力に胡坐をかいているのか、回避や防御は甘いようだ。
「首が落とせるか、一応試してみるか?」
ケン・Z・ブラッドリーは混沌の怪物の首目掛けて大太刀を振り抜き、衝撃刃を叩きつけた。狙い通り怪物の首はぼとりと落ちたが、すぐに断面が盛り上がり、新しい頭ができた。
(あいつからも目を離さんようにしないとな)
ケンは横目でちらりとグリゼルダの方を見る。今は一応味方だが、グリゼルダが今もウィリアムの命を狙っていることに変わりはないのだ。ウィリアムが隙を見せれば、必ずあの女は裏切るだろう。
「混沌の怪物! 俺が貴様を討つ!!」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトは雄叫びと共に混沌の怪物へと突進すると、漆黒の両手剣を叩きつけた。熟練の冒険者でなければ視認できぬほど鋭い一撃は怪物の体を大きく抉り、ばしゃんと赤い液体が飛び散った。怪物は右腕を振り上げると、インパクトの瞬間だけ拳を硬化させ、アルベルトの頭部を思い切り殴りつけた。
「がはっ……!」
アルベルトはエーテルで体を硬化させ、なんとか怪物の一撃に耐える。すかさずダニエルの放ったサイドヒールがアルベルトへと飛び、彼の額の流血がおさまった。
「【兵】の皆さん。僕が援護します」
ダニエルはアルマの『ウェイブ・オブ・インフィニティロア』の効果が切れた瞬間、すかさず『ハウリング・オブ・ブルーフレア』を発動した。蒼い炎のように揺らめくエーテルが【兵】達を包み込み、今度はダニエルのエーテルが彼らを守る。前衛が身をもって相手を食い止める中、敵の特徴を知ろうという面々は観察に余念がない。
「液体ならば、範囲攻撃魔法で散らせるでしょうか」
スィーリーンは前衛を巻き込まぬよう怪物の上半身を狙い、攻撃範囲の広い爆炎を叩き込んでみた。やはり再生はするようだが、一度に大きく体を削られると少し再生に時間を要するようだ。
「ウオオオオ!」
「みんな、この壁の後ろに! また衝撃波が来るぞ!」
再び怪物が咆哮し両腕を振り上げた時、衝撃波の兆候を察知したウィリアムが『アイアンヴェール』を放ち、周囲に安全地帯を形成した。その直後、再び赤い津波が冒険者達を覆う。負傷者が続出するも、光の壁に守られ死者は出ていない。
「上手く凌いだね。けど、そろそろ一人ぐらい死ぬかな?」
「やらせん!」
右腕が他人事のように呟くと、セリオスは怪物の下半身を虎の子のバスターアローで吹き飛ばした。
「メドゥの右腕……参戦してこないなら、彼は放置していいでしょう」
衝撃波もへっちゃらだったフリーダ=ブロムヴィストは足を再生して立ち上がろうとしている怪物に白金のパラッシュで突きをお見舞いし、その体に穴を穿った。怪物はフリーダへと触腕で反撃を叩き込むが、エーテルでアダマンタイト化し盾で受けたフリーダは何とか耐え抜く。
(あの怪物……右腕の操り人形なのか、それともある程度自律しているのか。エーテルリンクのように五感は共有されているのか……そして、怪物に『核
【アルタイル】のルルト・アーキスは混沌の怪物だけではなく、高見の見物を決め込んでいる右腕と、混沌の怪物の動きをも注視している。バディのアルバスが一瞬で戦闘不能に追い込まれたのは予想外だったが、彼のおかげで倒されることがこちらの敗北条件となるウィリアム王子は未だ無傷だ。
(『右腕』は怪物が大きく移動する際に怪物に視線をやるけど、いつも怪物を注視しているわけじゃない。つまり、怪物と五感は共有はしてなくて、怪物はある程度自律して行動しているということかな)
「敵は三人……目を離すわけにはいかんな……」
グレイ・ナックラーは戦場から少し離れた位置に構え、混沌の怪物、メドゥの右腕。グリゼルダの三者が全員見える位置に陣取っていた。動きの初動で邪魔すべく、怪物が体を変形するタイミングに合わせて【爆炎】を撃ち込んだ。怪物は飛び散った肉体を繋ぎわせることで再生可能だが、大きく飛び散ると肉体の再構成に時間がかかるようだ。
「液体だから、切ったり叩いたりしても効果が薄いようですね、なら、硬化した瞬間を狙えないでしょうか……!」
ネーヴェの放った魔弾が怪物の右腕に命中し、右腕がもげた。
「武神カサヴァの使徒の名にかけて、倒してみせますぅ!」
ネフリティス=N=クリスタロスは祭刀を振り上げ、猛然と怪物へ突っ込んだ。怪物は拳を振り上げ、ネフリティスへと振り下ろした。
「そこですぅ!」
ネフリティスは怪物の拳を反応強化で回避し、反撃のエーテルブローをお見舞いした。
「魔術で生み出した魔物ならどこかに核があるはず。この巨体なら核は体の中心のあたりかしら」
豊富な魔法知識を有するテュリン・ヴィングは類似する魔法の体系の知識から、そう類推した。テュリンは高速で周囲のエーテルをかき集め、冷気の弾丸に変え、怪物の胴体を狙って叩きつける。しかし、氷結は一瞬で砕かれ、中を窺う事は出来ない。
「二人ならできる!」
「「ゆゆうじょうパパワー!」」
それを見ていたアルマと東雲
「! やっぱり! 胸のあたりに怪物の核があるわ!」
体が再生する瞬間、左胸に黒い石のようなものが見えた事を見逃さなかったテュリンは大声で叫んだ。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-3(担当マスター:馬車猪)
混沌の怪物との戦いが続く広場。冒険者達の意を汲んで怪物への接近を避けた王子は、幸いなことにまだ無傷だ。
「右前方から帝国過激派らしき人影が2体接近中。建物の屋上にも注意をお願いします」
「わかりました。まず回復いきますよー!」
エデル=マグノリアの口調は礼儀正しくそして事務的だ。ユークリア・フィナンシェは対照的に朗らかな口調で返事をすると、傷ついた王国騎士達を柔らかな光で癒した。力を取り戻した数人の騎士達が、敵増援の方向へ駆け出していく。
エデルは後方に下げた王子を護りながら、暗視能力で視界を確保。天眼で
非常に有効なので【癒花】以外の冒険者だけでなく王国騎士達もエデルの情報に耳を傾けるようになっている。
「僕は、前衛に出てもいいと思ってるんだけどね? 核も発見されたようだし」
「駄目です」
王子の心情を推測して制止する。
いざというとき
敵の底が見えない状況では、このまま守られて貰うしかない。やれやれと肩を竦めて怪物を見据え、不可視の衝撃を放つ王子。遠隔とはいえ強烈な一撃が怪物の血液を激しく散らした。
(エデル様から情報は届いています。『右腕』があそこにいますから……)
フェミナ・ノ・リビディーネはエデルの指示に従い王子の近くにいる。
リヴァーオブヴァイタルは対象の傷が完全に癒える希少な術だ。
王子
(グリゼルダもいつ襲いかかってくるか分かりませんもの。切り札
フェミナは王子の喪失阻止を最優先に行動していた。
「……アレは、たくさんの人の血で……」
アンジェはほとんど目まで隠すフード付きのマントを被ったまま、冒険者と騎士と怪物による死闘を見守る。
(狙われてるのは、ウィリアム・リーンエス王子様? だったら、この人が立ってれば大丈夫、なのかな……)
前線に向かう仲間を支援はするが最優先はフェミナと同様、王子に対しリヴァーオブヴァイタルを使える状態を維持することだ。
そうすることで、『右腕』や瞳に恋する女
『右腕』は守りを固めた王子周辺をつまらなそうに見て、血の巨人の足元で何やらちょこまかしているパンダに視線を移した。
「掃除屋パンダちゃんを襲うなよ」
ハッタ・ムラムラは水の入ったバケツを下ろしてモップと雑巾で血を掃除する。
血を利用した強化と回復が行われると判断しての、敵の意図を邪魔する目的の行動だ。
(突飛な発想と行動力だねぇ。面白いなぁ~)
『右腕』の視線を浴びたパンダが、少し寒気を感じていた。
遠くで小さな光が瞬く。
人質救出の合図が2つ。うち1つは王妹救出の合図だ。
それを確認したセラフィナ・M・ベイリーは、直前までの猛攻とは一変してアイアンウォールを立て、王子へ人質奪還の成功を報告した。
「そうか。ならば守られる対象の僕は長居しないほうが良さそうだ。すまないが、この場は任せるよ」
守られる側の王子は護衛の騎士と共に後退へ転じた。鉄の壁をメドゥの指先
「上が察しがいいと楽ですね」
セラフィナは万一こちらに向かって来たとしても足止めとなるよう、念を入れてスタティックフィールドを放ちながら、その背を見送った。
人質救出が伝わっていないグリゼルダや、気付いているだろうに動く様子のない『右腕』を放置し、王子は混乱する戦場を後に、危急の王都へと引き返していくのだった。
【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領-4(担当マスター:おおくまねこ)
●
「みんな、あとは頼んだよ。僕は愛を探してくる」
人質救出完了の報を聞いたウィリアムは冒険者達に目配せし、戦線を離脱した。右腕は気づいていたようだが、特にウィリアムを追うそぶりは見せなかった。冒険者達は、混沌の怪物を仕留めるべく、果敢に挑み続けていた。すでにグリゼルダのキメラゾンビは全滅。怪物の強力な攻撃により、前衛にも何名か戦闘不能者が出ている。
「早く、核を……!」
「私達が押さえつけていられる間に……!」
前衛でも特に頑丈なクローリカとフリーダは血みどろになりながらも、怪物の眼前に立ち続けていた。
「そろそろ終わりますか?」
更紗はクレネルウォールを張り、その陰にブレイドと共に身を隠していた。ブレイドは壁越しに怪物にエーテルアナライズをかけ、怪物のスキルの解析を試みる。
(最初に使った広範囲の衝撃波は幅15m、長さ60m、使用回数は全部で10回!)
「ああ、分かったぞ! あの衝撃波は直線状にしか飛ばせないらしい! みんな、怪物を取り囲むような形で攻撃してくれ!」
解析を終えたブレイドは叫んだ。冒険者達はブレイドの情報を即座に戦術に組み込み、怪物を包囲するように陣形を変えた。
「魔錆じゃ! 今のうちに核を狙え!」
グレイが杖をかざすと、混沌の怪物の全身に錆のような斑点が浮かび上がった。その瞬間、アルベルトとベアトリーチェが息もつかせぬ速さで連続攻撃を仕掛け、ついに核にヒビが入った。
「パワーをメテオに!」
「いいですとも!」
「「ダブルメテオ!!」」
ブレイドと更紗の合体魔法が炸裂する。大粒の光の雨が怪物の全身を貫き、ついに怪物の核たる黒い石が砕け散った。核を失った混沌の怪物は形を維持できなくなり、ばしゃん、と音を立てて血の染みに還った。
●
「あはは、すごいね~」
右腕はパチパチと拍手すると、屋根の上から降りて来た。冒険者達は油断なく構え、右腕を睨み付けた。
「あら? ウィリアムがいないわ!? どこへ行ったの!?」
「彼なら、愛を探しにいきましたですぅ」
ネフリティスがそう告げると、グリゼルダは激昂した。
「なんですって! 愛ならここにあるじゃない!」
ウィリアムを追い、どこかに去ろうとする満身創痍のグリゼルダ。しかし、ケンが横から盾で体当たりし、不意討ちを受けたグリゼルダは吹き飛ばされた。
「おっと! そうはさせんぞ」
「逃がすと思いますか?」
キリアンも曲がる矢を放ち、グリゼルダの踵
「ここは通しません」
「おぬしを王子の元に行かせるわけにはいかんな」
スィーリーンとグレイはアーケインとスタティックフィールドを放ち、グリゼルダを拘束した。残っていた王国騎士達もぞろぞろとグリゼルダの前に集まり、剣を構える。
「ああああ忌々しい! やはり冒険者
グリゼルダは確かに強敵だが、鮮血の魔人の攻撃を最前線で受け止め続けた現在の状態では、冒険者に勝てる筈もない。メドゥの右腕としては、ここで彼女がいなくなってしまうのはもったいないと感じたようだ。
「うん、今夜はここらでお開きにしようか。延長戦はまた今度にしてくれ」
右腕は屋根の上から飛び降りると、誰も反応できない速度でグリゼルダの後頭部をぶん殴り、意識を刈り取った。場に出ていたオブジェクト
「ウィリアムを仕留められなかったのは残念だけど、今日は楽しかったよ。またどこかで会いたいね」
メドゥの右腕はそう言い残し、軽やかに闇の中へと消えていった。
【1】リーンエス王国 首都グランスパーダ-1(担当マスター:革酎)
王都グランスパーダ、深夜の北端広場。
そこに据えられたクローディア・ゴルティエ元侯爵夫人の処刑場とその周辺は、激しい戦闘の渦に巻き込まれていた。
「姿を見せなければ、今すぐに処刑する」
処刑台の上で、侯爵夫人へ杖を突き付けた【暁】のジュスト・ウェルジーの声が響く。
「これより、我が愛しき妻クローディアを奪還せしめんとす……皆の者、続け!」
応じるように闇から姿を現した吸血鬼二コラ・ゴルティエが吠えると、その子吸血鬼20人が一斉に鬨の声を上げ、二コラを筆頭として吸血鬼達が次々と霧化し、処刑台へと殺到し始めた。
迎え撃つは王国近衛騎士と冒険者達。
メドゥの右腕の子吸血鬼は即座には突撃せず、周辺の篝火やランタンを次々と破壊してゆくが、これに対して【赤翼】シャルロット・エクレールが即座に対応。広場が完全なる闇に覆われることを阻止した。暗視などの備えのある者も多いが、闇は吸血鬼たちの独壇場だ。光はあるに越したことはない。
「どうも光のトリオでーす! 闇は散れっ!」
「エンライトじゃ持久戦になった時に足りねぇんだよ」
シャルロットの放つ光源にダメ出ししながら、【赤翼】エイル・ビュセファスが自らが発光することで光源確保の補助になると同時に、攻撃支援に全力を投入し、回復の必要に備えた。
「光り輝くエイル・ビュセファスの降臨さぁ! 赤翼一番風! 疾くいくさぁ!」
暗視に加えて索敵能力も併せ持つ【赤翼】フリューリングスルフト=ティエラが、迫り来る吸血鬼の群れに対して高い機動力で立ち向かう。
右腕の吸血鬼達は罠を警戒し、慎重に周囲を探っているが、二コラとその子吸血鬼達は依然として猛然と突っ込んでくる。
但し、吸血鬼とていつまでも霧化していられる訳では無い。実体へと戻る隙を衝いてシャルロットが攻撃魔法を叩き込み、同時にフリューリングスルフトが素早く間合いを詰めて子吸血鬼共に次々と刃を打ち込んでいった。巧みに霧と変じて攻撃を回避する者もいるが、間に合わずにダメージを受ける者もいる。
「今のうちに少しでも多く仕留めろ!」
エイルが仲間達へと告げる。三人の迎撃と読みは、二コラ達の勢いを大きく削いだ。
●
しかし人数の点から見ても、【赤翼】だけで敵勢を抑えるのは不可能だ。
そこで厚い守りを展開する【戦誼】の面々の出番となる。
「私
声高に吠える【戦誼】リリリリス。彼女のシーザーロアは然程の効果は発揮しなかったが、元々敵は処刑台を目指して殺到してくるのだから、こちらから出向いて叩けば良いだけの話である。
そのリリリリスの後方では、【戦誼】ギーゼラが彼女の為に回復支援を務めつつ、二コラ達に不敵な笑みを向けていた。
「貴方の愛は愛ではないでしょう? 愛するひとの為にといえば何でも許されると思ってる屑!」
「下賤な者に愛の何たるかが分かる訳もない。失せろ」
二コラは愛する者の為なら何をしても良いと考えており、ギーゼラが煽ってみせたところで、だから何だという反応しか返さなかった。
敵の勢いが止まらないと見て、【戦誼】ガルシアが凄まじい速度で間合いを詰めてから殺界を仕掛けた。が、ニコラらは再び霧と変じて殺意の圧をすり抜ける。
「全く、何から何まで面倒な相手ですね」
殺界が効かないと見て眉を顰めるガルシア。リリリリスと並んで防衛線を構築するが、矢張りどうしても霧化している敵には間を抜けられてしまう。
処刑台近くへは、レピド・クロサイトがエンライトで光を発しつつ、迎撃に飛び込んできた。
「……これが嫌悪か」
ニコラの身勝手な言動にクローディアの様子を思い返して不快な思いを新たにしつつ、レピドは実体化した吸血鬼に素早い斬撃を叩き込んだ。
「味方にすり替わってる吸血鬼は、居ないみたいだね」
レピドと同じく、処刑台近くで迎撃に当たったリリアンが、得物を振るいながら闇の中に視界を走らせた。ヒトと吸血鬼の体温の違いで見分けようというのだが、味方の中におかしな姿は無かった。
「まとめて攻撃するよ。射線を空けてくれ!」
その時、別方向からラーナフの警鐘の声が響いたが、それを聞いても、身を挺して相手を防いでいる前衛に場所を動く自由はない。ならばとメテオライトやフレイムゲイズを飛ばしていたが、この状況では彼の攻撃が例え近衛騎士を巻き込んでも文句は出なかったであろう。
●
冒険者達や近衛騎士らの防衛線を何とか突破した二コラと子は、【暁】のミレイユ・ヴェルジー、アルエット・アステールの二人と対峙した。
処刑台上からはジュスト・ヴェルジーに杖を突き付けられたクローディアの、
「助けて、二コラ様ァッ!」
という悲痛な叫び声が降ってくる。怒気を高めたニコラらが再び霧と化して前進した。
「ここは私がッ!」
ミレイユが飛び出し、霧化が解けた所へ肉弾戦を挑む構えを見せた。アルエットもこの少し前までは別の作業に取り組んでいたが、今はそれも終わってサポートに入る。ミレイユのシーザーロアは吸血鬼相手には然程の効果を見せておらず、敵はお構いなしに更に霧化を繰り返して突破を図ろうとしている。
二コラは子吸血鬼達に冒険者の対処を任せ、自身は一気に処刑台上へと走った。
この時、二コラは先程までの突進力をやや弱めている。処刑台上の愛する妻の様子がおかしいこと
そして、気づいた。二コラの視界に飛び込んできたのはクローディアではなく、愛する妻に扮した【暁】ローザリカ・L・ディオールだった。ニコラが駆け込んできた直後、ローザリカは必中の祈雷を展開した。流石にそこまで動けば、バレるというものだ。
「き、貴様! 何故、妻の姿を!」
「よく知っているさ。彼女にとどめを刺したのはこの僕なのだから」
狼狽する二コラにローザリカは挑発を重ねた。
更に横合いから、偽クローディアの声を担当していた【暁】クレア・エクレールが飛び出してきた。先程まで二コラに対し、
「どこに居るの?」
と弱々しげに呼び掛けていた人物とは思えない程の肉迫ぶりであった。
かくして、処刑台上は一気に乱戦へと突入した。狭い台上での戦いはお互いに逃げ場が無く、双方掠り傷程度では済まない。
●
この時、それまで様子を伺っていた右腕の子吸血鬼達が一斉に動き出した。
彼らは戦場に不審な点を見つけた事で、処刑台上に居るクローディアが偽物ではないかと疑っていた。
即ち、処刑台の下だ。そこに怪しい生命反応がある。ローザリカが正体を現したことで、もはや偽物に配慮する必要はないと、処刑台へ向けて攻撃魔法を叩きこんだ。ニコラやその子らを器用に避けて闇色の衝撃が炸裂する。アルエットが慌てて回復を開始したが、対二コラで冒険者が集まっていた事もあり、かなりの痛手だ。
このまま突破、ニコラらへの合流を許せば拙いことになる――ニコラらの対処を冒険者に任せた近衛騎士達と【戦誼】ライオネル・ギシュムがその行く手に立ちはだかるが、霧に変じた者、動物に変じた者などは巧みにその阻止線を掻い潜る。
「俺は皆の盾だ! 俺が居る限り、誰も傷つけさせない!」
それでもライオネルは近衛騎士と肩を並べて右腕の子吸血鬼達に挑みかかり、幾人かの突破を防いだ。
「我が妻の姿を盗んだ偽物め、覚悟せ……貴様、何奴!?」
「先に囮はバレてしまったようだが、隙だらけだな」
一方、処刑台上では爆破で痛々しい姿となっていたローザリカへとニコラが駆け抜ける。しかし、そこにいたのは寸前に位置を入れ替えて待ち構えて居た【戦誼】海神 江流であった。怒りの対象を見失い、愛する妻も行方がしれず。頭が真っ白になった二コラへ、毒撃を叩き込んだ。
「2度も逃がしはしない」
「ごふっ」
横から、爆破をエーテルバリアとローザリカのライフアンカーでなんとか耐えていたジュストが、収束したエーテルをぶち当てる。呆然とし、どす黒い血をまき散らしつつも、ニコラの頑健な吸血鬼の身体はまだ耐えた。
「サイラス、後は任せた!」
台上から退こうとする二コラを敢えて追わず、江流はそれまで潜んでいた【戦誼】サイラスへと呼びかける。
飛び出したサイラスは驚く程の素早い斬撃で二コラに背後から斬りかかった。冷静さを失っていた二コラは、霧化して躱すことも出来ない。
「よぉし、イケた。一気に畳み込めば何とか勝ち切れるで」
江流とサイラスの連携に続いてローザリカの置き土産の応雷が炸裂し、二コラは更に追い込まれた。遅まきながら霧化して逃れようとするも、【戦誼】ルベア・ベルニがマーキングしていた為、動きは完璧に読み切られていた。
「行かせないわよ」
ルベアは霧と化したニコラへぴたりと追随し、身をもって他の仲間にその位置を知らしめる。これではさしもの二コラも逃れ切れない。仕方無く、霧化を解除した二コラの目の前で【戦誼】のエル=バ=ノイアンが投げつけた閃光塗弾が炸裂した。
「うぐ、私はまだ死ぬわけにはいかない。クローディア……!」
「王家に仇なす者を、カペルは許さない」
ノイアンとタイミングを合わせ、シルヴィア・A・カペルが光弾の雨を降らせる。
「逃がさない……!」
続いてユズが、空間爆砕を仕掛けた。更にシルヴィアが前進して二コラ達に打撃を叩き込む。その間、ノイアンが子吸血鬼達の攻撃をひとりで請け負い、シルヴィアの盾として刃を振るい続けた。
ニコラを逃がすまいとする冒険者達の連携攻撃の前に、その身で主を庇った子吸血鬼も次々と息絶えていく。しかし、冒険者や近衛騎士の守りを突破したはずの右腕の子らはニコラの窮地に手を差し伸べはしなかった。
●
処刑台が爆音と共に大きく揺れ、ニコラが激しい反撃を受けた直後。
処刑台の真下に掘られていた穴の中から、【暁】のナハト・シュライバーが内部に侵入してきた右腕の子吸血鬼の強大な攻撃魔法を浴びて土砂ごと弾き出された。躱す事も出来ぬ閉所で強烈な攻撃を受ければ、体力に余裕のないシューターではひとたまりもない。
(くッ……矢張り、さっきの感覚は……)
交戦開始の寸前、ナハトは何者かが自身とクローディアの位置を見抜いたことを察知していたが、そこで即座に飛び出すという選択肢は無かった。下手に出て行けばより早い段階で二コラは台上のローザリカが偽物と見抜かれ、ニコラを追い詰めることはできなかっただろう。
幸い、クローディアは未だ冒険者側の手の内だ。夫人の状況を注視し、即座に駆けつけてきたアステルがクローディアを担ぎ上げた。処刑台の粉砕と混乱の中、キオルティスが縛り上げられたクローディアの姿をフェイクカバーで模倣し、右腕の子らを一瞬戸惑わせる。しかし、敵はすぐに作戦を修正した。疑わしいならばクローディアを二人とも確保してしまえば良い、と。
この思い切りの良さはアステルにもキオルティスにも想定外だった。
「拙いな……すぐに離脱を!」
「だ、駄目、間に合わない……!」
キオルティスが呼びかけるも、クローディアを担ぎ上げたままのアステルでは到底逃げ切れない。右腕の子吸血鬼達はそんなふたりの狼狽などまるで無視したまま、アステルを一気に打ち倒して昏倒させた。
だが結局、ナハトからキオルティス、アステルと繋いだ僅かな時間を有意義なものとしたのは冒険者の側だった。ニコラとその子吸血鬼たちは、冒険者らの猛攻に耐えきれなかったのだ。
「夫人は確保したが……ニコラが死んだか。右腕様は『成就しなかった愛ほど悲しいものはない』とおっしゃっていたな……」
「ここで共に死なせてやるのが、情けであろう」
どの道、今のクローディアは連れて逃げても足手纏いにしかならない。右腕の子吸血鬼達はドライに判断し、クローディアを投げ捨てて即座に撤退していった。ニコラが逃げ延びれた可能性は低かろうが、彼の命がある間に夫人の奪還が成っていれば、夫人だけでも助けてくれなどと口にしたやもしれない。その場合には、右腕の子らも判断を変えて夫人を連れ去ろうとした可能性はある。王国にとって、余計な禍根をこの一戦で絶てたのは最善の結果であった。
その鮮やかな引き際には冒険者達も、そして近衛騎士達も感心するというよりは、寧ろただ呆れた。
いずれにせよ――北端広場の攻防はこうして、決着を見た。
【1】リーンエス王国 首都グランスパーダ-2(担当マスター:岩岡志摩)
●迎撃開始
王城中庭では、【サウナ】所属のヨル・スレイマンが予めメアリー・リーンエス王女の許可を得た上で、ナハシュと共にゲルと家庭用本格サウナキットを使って聖剣の祠を覆う作業を行い、敵が聖剣に到達するまでの障害を増やしていた。
2つのゲルが立ち並ぶ中、その中央にメアリー王女が聖剣と共に陣取る。
「聖剣を奪われるわけにはまいりません」
ただしメアリー王女の傍にある聖剣は、ハーヴィの幻影スキルで生成された偽物だ。
(これでターゲット誤認を狙うことは出来そうだよね)
ハーヴィは警戒は他の仲間に任せて幻影を出す事に注力し、吸血鬼達を待ち構える。
「揃いのマントで秘密結社っぽいだろ!」
【結社】を纏めるギャメルは、本来の装備を隠す偽装も兼ねて、同じ【結社】所属の冒険者達と共に揃いのマントで身を包んでいる。
「えへへーキレーな庭園だねぇ!」
「マルミット。ちゃんと作戦通りに動けて?」
マルミットは篝火に照らされる中庭の光景に感嘆の声をあげると、ナジクが釘を刺す。
「わかってるよー。ちゃんと作戦通りに動くってば」
「そう。理解しているようですわね」
短いやり取りの後、マルミットとナジクはそれぞれ配置につく。
「祠にあると聞いていたが、あれが聖剣か?」
「脇の建物には人間がいるな。おそらく兵の詰め所であろう」
吸血鬼達はハーヴィの狙い通り幻影を本物だと錯覚した。祠がゲルで隠されていた事も、誤認を後押ししたのだろう。闇の中から霧に姿を変えメアリー王女のもとへ押し寄せる。
しかしその動きは【探知】所属のサロが駆使するサーマルアイによって捕捉されていた。
直ちにサロは矢に布を巻き付け、閃光塗弾の塗料を塗るとダマスカス鋼の弓を吸血鬼に向け、弦を鳴らす。
「これが俺からの通達だよ」
サロの放った矢は霧化した吸血鬼に刺さらずそのまま通過したが、周囲の仲間達に対して吸血鬼の位置を報せる効果を発揮する。
「霧と化すれば音も立てる事は無いだろうが……匂いはどうだろうか」
暗視や捜波に加え、超嗅覚を駆使して霧と化した吸血鬼を探るレタラ・スマリは察知した敵の方角に向け光の矢
「なに、観察なら此方も負けておらん!」
【探知】を束ねるポコ・アルデバラッドも、サロと手分けする形で警戒を続ける。
ポコは中庭に立つ木から暗視を駆使して警戒にあたり、ホークアイによる効果もあってか吸血鬼達の看破に成功すると、サロが発見できた敵も含め、その位置や数をテレパスで周囲に伝達する。
味方から連絡を受けたモネタ・シャローニャやRe✕達が先陣を切り、吸血鬼とぶつかり合う。【結社】のオゴスは壁歩きで登った城壁に張り付き、シーフながら魔導書を手にして魔弾を放っていた。予想外の角度で飛んできた攻撃に、吸血鬼が驚愕する。
「おのれ! こざかしい」
闇夜で赤い眼が輝き、一瞬我を失ったオゴスがふらつくが、ギャメルの解呪が不調を癒した。
中庭を見下ろせる位置にはテテリカの栗鼠が腹ばいになり、敵の探索を続けている。
(俺も敵の群れを感知したぞ。場所と数だが――)
ペットからの情報を受け取りつつ、テテリカ自身もエーテルの波動
「抜けば災厄が襲う聖剣……本当でございましょうかねぇ?」
ハリーヌ・ヨツユビは聖剣にまつわる伝承の真偽を疑っていたが、今は超聴覚や暗視、地面に置いたランタンを頼りに迎撃を続ける。
「王都から逃げた負け犬侯爵が! 本物の聖剣はコッチだぜ!」
ハリーヌは二コラ・ゴルティエ元侯爵配下と思しき吸血鬼達に向けて嘘を叫ぶと、それに釣られた1体に向けインベイシブアローを放ち、撃ち抜く。
ハリーヌの矢に込められた不可視のエーテルが凶悪なまでに吸血鬼の身を蝕み、その生命を削り取っていく。
●乱戦
ここでメドゥの右腕配下の吸血鬼
「機動的に各所の篝火を守ります」
アリオン・リューが馬のコバルデに乗ると、暗視スキルとたいまつで視界を確保しながら破壊された篝火のもとへ駆けつける。
そしてアリオンは散らばった木片をかき集めて篝火へと戻し、たいまつで再点灯する作業を続けるが、単身で多数の光源を守り切るのは難しい。
篝火の明るさが薄れていく中、右腕の子達はある者は霧と化し、ある者は動物に身を変えてメアリー王女のもとへ突き進む。だが、ニコラの子らを見逃さなかった冒険者の監視網はその姿も捕えていた。
(行くぞ!)
(了解ッス。ここで足止めするッスよ)
ここで【結社】所属のナジク、マトンのアーケインが敵の正面に展開し、それを乗り切ったところへマルミットが駆けつけ、殺界を展開して待ち受ける。
首尾よく一部を足止めしたところで閃く爆光で攻撃力を上げたマトンが無数の小光弾
「聖剣を狙った理由を知りてえが、捕虜になる気は無さそうだな」
ナジクが舌打ちする。足止めされた吸血鬼は【結社】ら数に勝る冒険者を相手に一歩も引かず、他の同胞を先へ進ませようと抵抗した。
彼らの献身もあり、右腕の子達の中でも精強な個体を中心とした一群が迂回や霧化での突破を成功させ、霧となって聖剣のもとへ迫る。
「近衛は私に構わず、聖剣を狙う者を討つのです!」
自身の身を散らしても良い覚悟のメアリー王女はそう指示を出すが、吸血鬼の狙いは聖剣だけでなく、王家の血もだ。吸血鬼の攻撃が近衛騎士と共に守りにつくメアリーを容赦なく巻き込む。
「メアリーさんを庇うのは、ボクの役目だよ」
エルゼリオ・レイノーラがスケープセイントを駆使して吸血鬼からのダメージを自身へと移し替え、メアリー王女を一度庇うことに成功する。この戦場の最大戦力である近衛騎士達はそれぞれが強力な吸血鬼に対抗せざるを得ず、メアリーの防衛には専念できない。
「オレ達だけじゃ、回復が追いつかないんだ」
さして強くもないのに狙われる立場のメアリー王女の護衛についていたのは、同じドゥジン教徒であるレタラと、エルゼリオの2人のみ。殺到する敵から守り切るには数が足りず、潜り抜けた敵の爪先がついにメアリー王女の身を抉り飛ばす。
「殿下!」
「隙ありじゃぞ」
主の危地に思わず隙を見せた近衛騎士の一人へ、吸血鬼が斬り込んだが、【探知】所属のレコーディアが強引に割り込んだ。
「今ですよ!」
「かたじけない」
レコ―ディアに身体で武器を奪われた吸血鬼は形勢逆転し、近衛騎士に討ち取られた。昏倒したメアリーは、追撃をエルゼリオが二度目のスケープセイントで肩代わりし、レタラの必死の回復で何とか生を繋いでいる。
大人数同士の戦場ではない。人類側の大駒が一人生き残り、吸血鬼の強者が一人沈んだこの瞬間、形勢は確かに人類側に傾いた。
(左腕さん、の、警告の目的、は、何?)
激戦の中、エルは思考をめぐらせた。
(聖剣……。リーンエス王国の土地が豊かなのと、関係、ある?)
思案しながらもエルはグラヴィティボルトを放った。炸裂したエーテルが吸血鬼に纏わりついて、聖剣に向かう動きを鈍らせる。
「こざかしい、下民は我らに頭を垂れて居ればよいものを!」
ニコラの子らしき吸血鬼が悪態をついた。
「貴種たる意味も忘れた腐敗の徒が、よくもまあ言えたものです」
グレイブ・ヤードは、招霊呪怨縛によって召喚した霊魂と思しき朧げな光を吸血鬼にまとわせ、呪いと共に動きを束縛する。支援で足止めされたところへ、二人の近衛騎士が左右から斬り込んだ。
(聖剣を守るべきはこの国の王族であり騎士であるべきだ)
グレイブはまた一体の吸血鬼が滅ぶ様子に一つ頷く。それらの犠牲を乗り越えて、吸血鬼がさらに前へ進むが。
「隠れ潜んでいるのがそちらだけとは思わない事だ」
それまで隠蔽スキルで身を潜め、警戒を続けていたサマエラ=フォリウムが迎え撃った。
収束させたエーテルを開放して爆発的な衝撃力を吸血鬼の身に炸裂させ、吸血鬼の足止めに成功する。だが、仲間の犠牲もものともせずに吸血鬼は聖剣へ殺到した。
「幾ら仲間を失おうと、この聖剣を奪えれば我らの勝利よ」
「待て、様子がおかしい。まさか、幻か!?」
乱戦の中、範囲攻撃に晒されても揺るぎもしない姿から吸血鬼はようやく偽装に気が付いた。王女の追撃よりも聖剣の優先順位が上。しかし、視えている聖剣が偽物ならば?
「確か聖剣は祠内に入っていると聞いた」
ニコラの子の呟きを耳にした右腕の子達は立ち並ぶ2つのゲルに疑いの目を向け、その両方を攻撃した。
攻撃を受け破壊されたゲルより、それまで暗視や透視、宗波を駆使して外を警戒していたナハシュと、テレパスを介し情報を共有していたヨルが姿を見せる。
「意外と早かったね」
ヨルの呟きと前後して、ナハシュは今魔法を撃ち込んだばかりの右腕の子へと突っ込んだ。
「状況は大体把握済みだ。まずはお前からだよな」
そのままナハシュは竜爪の籠手と竜牙の暗針を交互に振るい、超高速三段連撃
「呪いのお裾分けだ」
ヨルがアビスを発動すると、吸血鬼の足元よりどす黒い何かが人の形や腕を形成して絡みついた。
「……おのれ、謀られたか。しかし、右腕様の指示は絶対……引く事などできぬ」
人類を侮り、力押しに頼った吸血鬼たちはここまでに戦力を失い過ぎた。敵地である王城の中、犠牲を覚悟で速攻しようとした策は間違いではないが、空ぶればリスクだけが結果として重くのしかかる。
吸血鬼は相次いで強力な個体を失い、冒険者や近衛騎士はその数を保っている。相打ちにすらできていない時点で、既に形勢は逆転していた。それでも撤退を選ばぬ吸血鬼達は、最後の力で突撃するも、聖剣に手が届くことなく次々と討ち取られ――。
王城中庭での死闘は、吸血鬼達の全滅という形で幕を閉じた。
マスターコメント
「【怨都】決戦:怨讐の都に闇と舞え」へのご参加ありがとうございました。お疲れさまでした!
一国の王都を守る戦い、そしてどの戦場も強敵揃いという緊張感の中、素晴らしい発想力と連携、痒い所に手が届くようなポイントをおさえたプレイングを多数いただきました。
結果は、どの戦場でも王国・冒険者側の大勝利です。
ご参加いただきました皆様に感謝申し上げます。
「特別褒賞・負傷者一覧」とエピローグノベルも更新しておりますので、TOPまたは連動特設ページからご確認くださいませ!
決戦シナリオ非常に難しい 報酬:多い131 / 1〜9999人
2022年12月05日 17時31分08秒 公開
大成功
参加者
トゥーリ
ハッタ・ムラムラ
イヴェール・アーチボルト
ヨル・スレイマン
飯塚・麦穂
エリザ・A・ミシャール
ゲルダ・クライン
コルネリウス・アーラ
エイル・アーティライト
リンセ・クアルト・アポストㇽ
リヒャルト
ゴブリア
ケン・Z・ブラッドリー
シエラ・フォン・リシェイラ
アデッサ・ハーレイ
ゼラルム・エルホワイト
サニー・フォン・オルライト
- サイラス
エルゼリオ・レイノーラ
ルアンナ・ミュラー
エルナ・クルプファルツ
ユークリア・フィナンシェ
ナハシュ
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアト
アリア・ティーダ
シャルロット・エクレール
スィーリーン
リサ・ベイカー
フリーダ=ブロムヴィスト
リリリリス
ザザ=ステルヴィナ
ベルク・オスマット
ヴィルヘルミナ
ハリス・アル・ターミル
ルチル・プルメリア・グレイハーツ
ルルト・アーキス
レティシア・R・クラティアス
- イェレミース トゥラ リディリディ
ストレガ・L・リベルガストラ
グレイブ・ヤード
ファム=ゴート
ギャメル
エフィルミア
サフィラ・アズラク・ヴォルファング
ヘレン・ワーグナー
リコリス・アデュラリア
ギーゼラ
キリク
セリオス・オーガスト
イズル・M・ヴォルゴール
ハヤト=ガラン=ヴォルファング
アルマ・ヴァレンタイン
アリオン・リュー
ゲルト
フェイサル・セイフ
アルフィンレーヌ
フリューリングスルフト=ティエラ
クローリカ
海神 江流
エイル・ビュセファス
サマエラ=フォリウム
テュリン・ヴィング
ファーシル・クリスティア
ロゼット
トーラ
ネフリティス=N=クリスタロス
- アステル
クレア・エクレール
キオルティス
コハク
ナハティガル=ラー
ナキル
テテリカ
オゴス
ヴィノニス
ナハト・シュライバー
エミリア・シバ
ネーヴェ・グラヌローザ
ラティア・ミゼリア
- ラーナフ
ガルシア
ベアトリーチェ・カロッサ
ハリーヌ・ヨツユビ
ティト
サロ
- ポコ・アルデバラッド
グレイ・ナックラー
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク
ナタリア・フィッツジェラルド
エル=バ=ノイアン
ルベア・ベルニ
シルヴィア・A・カペル
ハーヴィ
モネタ・シャローニャ
エル
エデル=マグノリア
アルバス・ロウル
ユズ
ライオネル・ギシュム
- ファヌ
ヴァンゲルス・ロッド
キリアン・フィッツジェラルド
パルド
ウォーゼル
ブレイド
夕霧
デイジー・ロックウェル
- Re✕
ネロ
ジュスト・V・ケレス
サラ
東雲・更紗
フェミナ・ノ・リビディーネ
ローザリカ・D・ケレス
- シュルツ S フクシア
レタラ・スマリ
マルミット
ナジク
ペルゼィック
ミレイユ・ヴェルジー
- リリアン
セロリ・サーティーン
ルイド
マトン
- レコーディア
アルエット・アステール
セラフィナ・M・ベイリー
アンジェ
レピド・クロサイト
ダニエル・ヘリントン
- ユニス・ソロアーヌ・アクエリリーア
相談掲示板
シーフのトーラです。 わたしは【3】の戦域に行きますので、ご一緒する方はよろしくお願いします!
ヒーラーのロゼットよ。よろしくね。 今回は【2】リーンエス王国 コートネイ伯爵領(危険)で、 人質の捜索と、できれば保護までを目指して行動するわ。 怪物の相手も考えはしたのだけど、メドゥの右腕が約束を守るか 怪しいし、人質を取り返せば撤退の判断もしやすくなりそうだから。 【雷鎚】というタグで、協力者も募集するわ。 捜索は個人でも出来るけど、見張りの帝国過激派の排除や救出は、 安全にいきたいから。興味があればコミュニティを訪ねてみてね。
キャスターのジュストだ。 今回は【1】で二コラ・ゴルティエ元侯爵の討伐に尽力する。 ……逃がした責任もあるからね。 【怨都】決戦シナリオ相談場でパーティの募集や複数パーティでの共闘呼び掛けもする予定だから、同一戦域の皆はよろしく頼むよ。
キャスターのルアンナです。 【2】でドロドロ怪物と戦う予定です。氷魔法を持っていって、固まった所を集中攻撃しましょうか。 …それにしても、なんでアレ(グリゼルダ)がこっち側にいるんですか。燃やしていいです? 「ダメですよ!」