【極域】竜の里

真柄 葉

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シナリオID:1426

オープニング


「まるでお伽噺に聞く妖精の里だな……」

 目の前に広がる光景にレイウェストは溜息をこぼした。
 極寒の極北にあって、ここだけは別世界。まさに『妖精の国』のようであった。

「なかなか素敵な所でしょ?」

 極行遣北使(ノルデン・ボーテ)を案内するヒルルクが振り向いて声をかける。
 決して豊かな土地という訳ではない。それでも今まで見て来た極北の中にあれば天国とすら思えるような場所だった。
 ヒルルクは勝手知ったる我が家のように、草原を走る細い道を進んでいる。

「この先に征竜が居るのだな」
「うーん、征竜様いらっしゃるかしら」
「なに、それはどういう事だ」
「あ、見えた」

 聞き返すレイウェストを無視して、ヒルルクは前方を指さした。
 そこには低い柵で囲われた集落の様なものが見える。

「あそこが私の故郷よ。ようこそ『竜の里(ドラグエンダ)』へ!」

●
 ヒルルクの帰還と、新たな来訪者。『竜の里(ドラグエンダ)』は数十年、下手をすれば数百年ぶりの来客に湧き立っていた。

「これはすごい歓待ぶりだな」
「まぁ、人が来る事なんてない所だから仕方ないわよ」

 里を訪れた極行遣北使(ノルデン・ボーテ)は、里の民からの熱烈な歓迎を受ける。里の者達は慌てた様子で、歓待の宴の用意を始めていた。

「征竜の巫女よ。先ほどの話はどういう事だ。ここに征竜はいないのか」
「ええ、今ここにはいらっしゃらないわ」
「……おい、話が違うではないか」

 軽く答えたヒルルクに、レイウェストは鋭く睨み付ける。

「そんな怖い顔しなくても会わせてあげるから。もうちょっと待ってて」
「此処まで来させておいて、待てとはどういう事だ」
「どういう事って、そういう事よ。今はまだダメ。折角この里に来たんだから、宴にでも参加していなさいよね」
「そんなものはどうでもいい! 私は早々に征竜に会わねばならぬのだ!」

 はぐらかす様に答えるヒルルクに、レイウェストは語気を強めた。

「黙りなさい、亡国の皇子。これ以上、身勝手で無礼な発言を繰り返すようであれば、征竜の巫女の名において、即刻、会見を中止します」
「なっ!」

 突然の変貌にレイウェストは絶句する。
 ヒルルクの表情は今まで見た事ないほどに威厳に満ち、レイウェストに鋭い視線を向けている。

「……征竜の巫女の言に従おう」
「そ。わかったのならそれでいいわ。ほら、もうすぐ宴が始まるみたいよ」

 一転、元に戻ったヒルルクは、里の者達が用意した宴の舞台を指さした。

●
 宴は住民総出で催された。質素ながらも心のこもった料理の数々が並び、酒まで提供される。それは、けっして華やかではないが、不思議と心が落ち着くもてなしだった。
 里を訪れた者達は皆、極北の地で出会った温かく優しい人たちの笑顔に、心を溶かす。

「なに、我々は征竜に会えないのか」

 そんな中、リカルダは里の者から聞いた話に驚いた。

「征竜様な! ちゃんと様を付けろよ、不敬だぞ」
「そ、そうだな。すまない、会えぬとわかって取り乱してしまった」
「ほんと気を付けろよ。征竜様に知れたらお叱りだけじゃすまないぞ?」
「う、うむ。以後気を付けよう」

 眉を顰める里の者に謝罪したリカルダは、改めて考える。
 ここは征竜を信奉する者達が作り上げ、そして征竜が守護する里。住民達は皆、征竜を主と崇めているのだろう。
 今は波風を立てるのは得策ではない、せめてレイウェストが征竜と面会を果たすまでは……。

「ひぇ、将軍に絡んでるぞ、あいつ」

 そんな光景を遠巻きに見ていたロルフが縮み上がる。

「予想通りといいますか……筋金入りですね」

 一方、リカルダを敬愛するエメは、絡んできた里の者に冷ややかな視線を向けた。

「やっぱここは征竜の狂信者ばかりなのか……?」
「そんな事を言っていたら追い出されますよ。確かに、過去の文献でも極北に向かったのは征竜の信奉者と記されています。この里に居る全ての人々が、征竜様への信仰心の篤い信者でしょうね」
「うげ……宗教は勘弁してほしいぜ」
「宗教……なのでしょうか。そこは議論の余地がありますが、征竜を信奉するという意味では確かに宗教に近いのかもしれませんね」

 と、エメは来訪者たちを歓待する里の者へ視線を向けた。
 種族は様々。色々な人種がいるが、どの者を見ても穏やかな笑みを湛えている。
 それがかえってうすら寒く感じてしまうのは、帝国と征竜の関係を叩き込まれてきた帝国軍人だからだろうか。
 二人はそれ以上語らず、宴の中へと入っていった。

●
「殿下、今何と」
「そのままの意味だ。リカルダ、帝国北部方面総指揮官として、北方軍を結成して欲しい」
「しかし、北方は帝国でも未開の地も多い場所。その中で徴兵し、軍を作れとお命じになられるのですか?」
「そうだ。私はフェンガリを見て思った。帝国北部にはあの大崩壊を生き延びた民たちがまだ多数いる。それらを併合し、北方から王都へと攻め入る為の軍と成してほしい」
「……しかし」
「人を集めたとて、それが烏合の衆だというのはわかっている。だが、それでもリカルダの元であれば精鋭へと変貌する。そう思っているのだ」
 リカルダは無言でレイウェストを見つめる。
「帝都を取り戻すため。働いてはくれぬか、リカルダ」
「……はっ、ご命令しかと承りました。これより南下し、徴兵の途へと就きます」
「わかってくれたか、リカルダ」
「お傍を離れます事を、ご容赦ください、殿下」
「頼りにしているぞ、リカルダ将軍」
 レイウェストの差し出した手を両手で握りしめ、リカルダは深く頭を垂れた。

●
 歓迎の宴から人知れず離れたレイウェストとヒルルクは、集落の外れへと向かっていた。

「これは……」

 小さな丘を越えた先に広がっていた景色に、レイウェストは息を飲む。
 厳寒の極北にあって異質の空間であるこの集落でも、ここは更に際立っていた。大木はおろか植物さえまばらな集落にあって、この場所だけは花々が咲き乱れているのだ。
 その美しさは、帝都でこの世の美を数多見て来たレイウェストですら感嘆の声を漏らすほど。

「レイウェスト、征竜さまがお待ちです」

 幻想郷の様な景色に魅入っていたレイウェストを、同道するヒルルクが静かに諫める。

「う、うむ」

 レイウェストはヒルルクの声に押される様に、花畑の中に整えられた砂利道を進んでいった。

 ここに暮らす人々の顔は明るい。そして彼らが住まう地もまた暖かだった。
 極北という極限の環境の中、この集落だけは切り取られたように別世界だ。

――これもすべて征竜の加護がなせる業か。

 そんな事を思いながらレイウェストは、ヒルルクの後を歩み続ける。

 そして、どれほど歩いただろうか。あまりに幻想的な景色と雰囲気に時間的な感覚が狂う中、ヒルルクが脚を止めた。

「これは……」

 見ればヒルルクの前に古びた石碑がある。
 石のようであり金属での様でもある不思議な石碑。文字も何も書かれていない1m程のそれに、ヒルルクが手を触れた。

「征竜さま、シルトラース帝国第八皇位継承権保持者レイウェスト・バルダスを連れてまいりました」

 ヒルルクは静かに瞳を閉じると、淀みなく言葉を紡ぐ。

「――お待たせしました。この碑にお触りください」

 レイウェストが呆然と見つめる中、石から手を離したヒルルクが顔を上げ、場所を譲った。

「う、うむ」

 レイウェストはヒルルクの言われるままに、石碑へと手をかざす。
 その瞬間、石碑から光が溢れ、世界が白く染まった――。

解説

●目的 歓迎の宴に参加してください。 ●場所 ヒルルクの故郷であり征竜が護る場所『|竜の里《ドラグエンダ》』。 極寒の極北にあって、ここだけはまるで「妖精の国」。春のような陽気と緑が広がる穏やかな土地です。 背の高い木などは生えていませんが、沢山の緑と清らかな泉があり、征竜のシンパが穏やかに暮らしています。 ●人物 レイウェスト・バルダス 帝国の皇子様。征竜に会う為にこの地を訪れた。 リカルダ・アーレンス 帝国軍将軍。レイウェストの命で南へと戻る予定。 エメ リカルダの副官。彼女にくっついて戻る予定。 ロルフ リカルダの副官。レイウェストについて残る予定。 ケイル 巨人族の少年。少年といっても50年くらい生きてる。 ●征竜のシンパ 遥か過去、征竜を追ってこの地へと辿り着いた信者達の子孫です。 独自の征竜信仰を持っており、征竜様LOVEな皆さんです。 ●補足 この里の人々は皆さんが「征竜のシンパ」だと信じて疑いません。極北なんて厳しすぎる場所をわざわざ越えてやってくるような人間は征竜の信者しかいないと信じているからです。 征竜に対して敵対的な行動や侮蔑等したら、追い出されるかもしれませんのでお気を付けください。 ※極北で生きる民だけあって、みんなめちゃ強いです。 征竜と会いたい方もいらっしゃるかと思いますが、この里に暮らす住民でさえも滅多に会えないので、今回は会えません。申し訳ありません。 ただ、花園に入っていただくことは可能ですので、征竜を近くに感じたい方は、どうぞ石碑に触れてみてください。 ◆調理をお考えの方へ 残念ながら、この|竜の里《ドラグエンダ》への道中があまりに過酷なため、南から大した食材は持ち込めません。調味料や携帯食などかさばらない食材であれば持ち込み可能とします。 ※マジカルポケットは? と思われるかもしれませんが、マジカルポケットもフル活用してやっと踏破できる道のりですので、持ち込みは必要最小限でお願いします。 この里は温かいので、野菜も採れますし果実も少しはあります。それをわけてもらって調理していただくことは可能です。 肉もありますが、全てクリーパー肉です。一応食用に加工してありますので、うまく使って調理してください。 この里の住民は長く南方との接点がありませんので、最近発見・発明された料理とかは受けがいいかと思います。 お酒も造られていますが……一体何で造られているんでしょうね。

マスターより

ついに辿り着いたーーー!! というわけで、ようこそヒルルクの故郷『竜の里《ドラグエンダ》』へ!! この度、歓待の宴を主宰させていただきます、真柄 葉(まがら よう)と申します。 さて、今回は宴のお話です。ちょっと特殊な環境ではありますが、里の者とお喋りしたり普段口にする事の無い様な料理や酒なんかを楽しんでもらえるとうれしいです。 あんまり突っ込んだ内容(世界観や歴史など)にはお答えできない部分もありますので、宴を楽しむ&極北の民との交流をメインで考えていただければと思います。 ちなみにレイウェストとの会話も可能です。会話する場合はレイウェストが征竜に会いに行く前に話したという感じになります。 極北へ来ていただいたPC様には『極北へと至る者』という称号を付与できます。 希望する方は、プレイングに『称号希望』とお書きください。 それでは、『竜の里《ドラグエンダ》』で皆様をお待ちしております!

リプレイ


「あまりに神聖な空気に飲まれているのです。どうかご容赦を」
 里の民に怪訝な視線を向けられていたリカルダの前に割って入ったアクティオンは、「無礼を働きました」と代わって頭を下げた。

「すまない。助かった」
「いえ、丁度通りかかってよかったです」
 里の者達から逃げるように場所を変え、話をするアクティオンとリカルダ。
「それにしても、あそこまで狂信的とは。流石に自分も予想していませんでした」
「ああ、話に聞いてはいたが凄まじいまでの信仰だな」
 二人して準備が進む宴の席を眺めた。里の民はどの顔も穏やかで幸せそうな表情をしている。しかし、その裏では燃える様な信仰心を抱えているのだろうか。
「そういえば、将軍はお戻りになられるとの事」
 アクティオンは噂で聞いた話をリカルダに確かめた。
「ああ、先に戻る。殿下の事は任せるぞ」
「はい、最善を尽くします。どうか道中、お気をつけて」
 差し出されたリカルダの手を取ったアクティオンは小さく頭を下げた。

「なんだかとんでもない場所に来てしまいましたね……」
 あのリカルダを諫める里の民を見て、エルファリアは気持ちを改める。
「殿下は大丈夫でしょうか。口を滑らせたりは……」
 そう言って、きょろきょろとレイウェストの姿を探すエルファリア。そんな彼はすぐに見つかった。
「って、あんまり大丈夫そうじゃないですね」
 里の民に対していつもの尊大な態度をとっているものだから、何だか険悪な雰囲気に突入しそうになっている。
「皇族としてはアレが正しいのでしょうけど……何と言いますか世話が焼けますね」
 小さくため息をついたエルファリアは、里の者とレイウェストの間に割り込むような形で、彼に侍った。
「殿下、巫女様がお呼びです」
「そうか、わかった。里の者よ、大儀で――」
「はい、行きましょう。急いでいきましょう」
「な、なんだ。押すな、一人で行ける」
 エルファリアはレイウェストの背を押しながら、その場を後にした。

●
「……これ程受けがいいとは予想していませんでしたね」
 すっかり軽くなった袋の中身を覗き込んだヴィルヘルミナは驚いていた。
 折角来たのだし、手持ちの物で土産にできるものがないかと里の民に色々見せていたところ、食いついたのがこの袋の中身『塩』だった。
「やはりここは極北なのですね。この様な基礎調味料の入手にも苦労するとは」
 塩はヒトの生命維持に欠かせない大切なものではあるが、南に住む自分達にとっては比較的手軽に入手できるものでもある。それがこの地ではどうやら違うらしい。
「流石の征竜様でも塩を出すことはできないのですか」
 この地にいるとされる征竜に思いを馳せつつ、ヴィルヘルミナはどうにも味の薄い里の料理を味見した。
「あの塩水の『井戸』の情報でも伝えれば喜ばれますかね」
 少し味気ない料理を前にふと考える。
「まぁ道中の苦労は知れますが……屈強な里の民であれば辿り着く事も出来るでしょう」
 ヴィルヘルミナはそう呟くと、里の調理人に声をかけた。

「なるほどなるほど、極北の料理の礎はやはり平原にあるのだな」
 里の調理人達と包丁を並べるストレガ・L・リベルガストラは、その手際に感心していた。
 極北で独自に進化したとはいえ、元は南より持ち込まれた調理法。どこかで見た料理も多い。
「やはり特筆すべきは食材なのだ。クリーパー肉も南とは少し違って見えるのだ」
 似通った調理法であれ、使う食材が違えば味や盛り付け方法もまるで変わってくる。学ぶべきものは数多い。
 ストレガは調理人達を手伝いつつその手元をつぶさに観察していく。
「ほう、こうやって毒気を抜くのだな」
 特に興味を惹かれたのはクリーパー肉の処理方法だった。極北独自のクリーパーは毒性を持っているものも多いのかもしれない。そんな肉でも処理次第では立派な食料に変わる。
「食のバランスを保つためとはいえ、これは並々ならぬ努力の結晶なのだ」
 過去極北へ来た先人たちの知恵に敬意を表しながら、ストレガは倣う様にクリーパー肉に包丁を入れた。

「何代も世代を経ても色あせない信仰は、とても素晴らしいと思うのだけど。今まで信仰に疑いを持つヒトとか現れなかったの?」
 宴の準備を手伝いながらルベア・ベルニは、里の男に問いかけた。
「何だ、お前さんは征竜様を信じていないのか? まさか――」
「そ、そんな訳ないじゃない。征竜信仰の聖地たるこの里の民の考えを参考にしたかっただけよ」
「ふーむ……まぁ、実際に征竜様に会えない外じゃ、信仰心も薄れるか」
「え……アナタは征竜様に会った事があるの?」
「そりゃあるさ。とは言っても十年以上前だけどな」
「そうなのね……会えるんだ」
 男の答えが意外だったのか、ルベアは思わず調理の手を止めた。
「神である征竜様を直接見れるんだもの、それは信仰に疑いを持つ人もいなかったのでしょうね」
 納得したルベアに、男は自慢げに胸を張る。
「あんたらがいるうちにお姿を現すかわからないが、よかったら石碑に触れてくるといい」
「……そうね。そうさせてもらうわ」
 ルベアは男に答えると、再び調理の手を進めた。

「そっとですよ! そーーーっと!」
「そ、そーーーっと……」
 使い慣れない包丁をダイナミックに握りつつ肉塊に狙いをつけるリディリディ・トゥラ・イェレミースを、リサ・ベイカーが恐々と見守っていた。
「そのままそのまま……ゆっくり下ろしてください」
 リサは料理未経験のリディリディにもわかる様、隣に立って同じ仕草でやり方を示す。
「こ、こう……ですか……」
 一方リディリディはガッチガチに緊張しつつ、リサと肉の間で視線を行ったり来たり。
「うまいですっ! 切るのに力はいりませんから、包丁の鋭さを信じてゆっくり引いてください」
「は……はい」
 リディリディはリサに言われた通り、ゆっくりと包丁を引いて、引いて、引いて……。

――コテン。

 引きすぎてこけた。
「わわっ!? リディリディさん、大丈夫ですか!!」
「……は、はい。大丈夫、です」
 一体何が起きたのかわからず目をぱちくりするリディリディは、リサの手を取り立ち上がった。
「ご、ごめんなさい! 肉に気を取られてリディリディさんを見てませんでした」
「い、いえ……それより、お肉は……」
「あ、それなら、ほら! ちゃんと切れましたよっ!」
 と、リディリディを助け起こしたリサが、まな板の上で綺麗に分かたれた肉を指さす。
「こ、これは……私が作った、お料理ですか」
「いや、まだ切っただけだから……。料理これからしましょうね」
 感動にふけるリディリディにリサは苦笑した。

「最初のお料理がクリーパー肉ってなかなかない経験ですね。美味しくできるといいんですけど」
 切った肉を放り込んだ大鍋に持参した唐辛子を投入しつつ、リサはリディリディに話しかける。
「はい……あの、ベイカーさん……」
「え、はい? 何ですか? 味見はもう少し待ってくださいね」
 湧き出てくる大量の灰汁を掬いつつリサが答えた。
「えっと……はい、楽しみです……。ではなくて……他の方のお料理は、どこで作るのでしょう……?」
「え?」
「……え?」
 鍋がコトコト煮える中、二人は互いに顔を合わせ首を傾げた。

●
「はぁーーーーーー!!! なんだこれ、全然寒くねぇぞ! すげぇな、これが征竜の力か!!」
 里に入るや大声を上げたナハシュは、こんなもんいらねぇと防寒着をさっさと脱ぎすてた。
「ナハシュ、暖かい場所に来れて嬉しいのはわかるけど、いきなり半裸はどうかと思うよ?」
 そんなナハシュに、友人であるヨル・スレイマンは苦笑する。
「は? 防寒着脱いだだけだが」
「は? それはゴールディでの恰好だろ? もうちょっと余所行きはないのかい?」
「は? 服なんてこれしかねぇよ。何意味わかんねぇこと言ってんだ?」
「は? まさか上着の一つも持ってないのか……?」
 そんな不毛な会話はいつもの事。二人にとっては挨拶代わりだ。
 別々にこの地を訪れた二人は、再会の挨拶もそこそこに宴に飛び込む。
 見た事がある様な無い様な不思議な料理に舌鼓を打ちながら、やはりメインディッシュは――。
「かぁ! 結構強いな、これ!」
「ああ、なんというか野趣溢れる味だね。原料は一体何なんだろうか」
「おっ、それは気になるな。その辺の奴捕まえて吐かせるか」
「物言いが物騒なんだよ、君は。そんな事してると、またあの寒い場所に放り出されるぞ?」
「うげっ、それだけは勘弁……」
 二人が興味深く見つめているのは、クリーパー肉、そして何より『酒』だった。
「それにしても何で造ってんだ? 花園があるらしいし、ミードか? それとも果実酒か?」
「いや、そんな感じの味ではないね。どちらかと言えば濁り酒に近い」
「ふーむ、まぁいいや。悪くねぇし土産に一本もらっとこ」
「勝手に持って行ったら怒られ……そうにないか」
 早速とマジカルポケットに酒樽をしまい込むナハシュを横目に、里の者の顔色を窺ったヨルだったが、皆笑顔で勧めてくる。
「大らかだね。これも征竜の徳のなせる業か」
 そんな様子を見てヨルが呟く。
 征竜が加護しているからか、信仰の対象である征竜が近くにいるからか。それはわからないが里の人々は本当に幸せそうだ。
「ほら、次はクリーパー肉だ!」
「わかったわかった、引っ張るなよ」
 ヨルはナハシュに引かれ、別の机へ新たな味覚を求め移っていった。

(はわわっ!? レイウェストさまっ! その口の利き方はっ!?)
 宴を前に二人のやり取りをこっそり見てしまったトーラが、内心慌てまくる。
 結局、レイウェストが折れた事で事なきを得て、トーラはほっと胸を撫で下ろした。
「も、もう、レイウェストさまってば、ここは征竜さまの里なんですから、下手なこと口にしたら大事の前に追い出されちゃいますよ……」
 そう言いつつトーラはヒルルクと別れたレイウェストを目で追い近づいて行く。

「あ、あの レイウェストさま!」
 ガッチガチに緊張したトーラがレイウェストを前に声を上げた。
「こ、これをどうぞ!」
「これは……?」
 トーラが手渡したのは、粗末な木製メダル(冒険者さんありがとう勲章)だった。
「これは難民キャンプ開放の時に子供達が感謝の証としてくれたものです。その……レイウェストさまのやってることは、こういうことに繋がっているんです……! だから、その……自信をモッテクダシャイ!」
 トーラはそれだけを言ってメダルを強引に手渡すと、脱兎のごとく逃げ去った。

「よっ、久しぶりだなヒルルク」
「あれ、あなたも来てたのね」
 宴の席にヒルルクを見つけヴァンゲルス・ロッドが声をかけた。
「お前さんの故郷って聞いたもんでな、一目拝んどこうかと思ったんだ」
「ふーん、それでご感想は?」
「なかなかいい所じゃねぇか。それに酒も悪くない」
 鼻高々なヒルルクに苦笑しつつヴァンゲルスは里を見渡した。
「里もいいが、折角だ、お前さんの事も色々聞かせてくれよ。此処でどんな風に暮らしてたんだ? 家族は居るのか? 何で巫女になったんだ?」
「ちょ、ちょっと! そんなにいっぺんに言われたって答えられないわよ!」
「うん? ああ、そうだな。それじゃゆっくり聞かせてくれよ、お前さんの事を」
 ヴァンゲルスはじっとヒルルクを見つめる。
「うっ……あ、ごめん! レイレイのとこ行かなきゃ! また後でね!」
 しかし、ヒルルクは照れてるのかヴァンゲルスの視線から逃げるように行ってしまう。
「……はは、フラれたなこりゃ」
 ヴァンゲルスはそんな自分をどこか他人事のように笑い飛ばした。

「私が最先端のお味をご提供いたしますわ!」
 何事かと集まった里の民を前に、リリリリスが胸を張った。
 机の上に並べられたのは色とりどりの料理。どれもこの里の食材を使ってリリリリス自ら用意した自慢の一品たちだ。
「さぁ、召し上がってくださいませ! どれも私がお抱えシェフを締め上げ……もとい、教わった技と味を再現しましたのよ!」
 自慢げに胸を張るリリリリスに勧められ、里の民達は戸惑いつつも料理へ手を伸ばす。
 リリリリスの料理は大好評。次はないのかと期待に胸を高鳴らせる里の者を前に――。
「うふふ、そんなに物欲しそうな目をされては私ドキドキしてしまいますわ。でも、ご安心召されませ、今日のメインディッシュは――こちらですわ!」
 満を持して出されたのはメインディッシュ(自主規制)だった。
「今までの凡庸なる皿とは違い、こちらは少し刺激的に仕上げてみましたの!」
 渾身の一作に胸を張るリリリリスが、さぁ召し上がれと両手を広げるも――。
「……って、あれ誰もいませんわ?」
「当り前です。そんな見た目の物を食おうなんて酔狂な人は、この極北にさえもいないという事ですよ」
 一人両手を広げたままかたまっているリリリリスの元へ、ギーゼラがやってきた。
「折角、帝国の音楽を里の皆さんに懐かしんでいただいていたというのに、奇妙な悲鳴のせいで台無しです」
 大きくため息をついたギーゼラに、リリリリスは首をひねる。
「……まったく、わざわざ極北にまで来て、リースは一体何をやっているんですか」
 言ってギーゼラはテーブルに並べられたメインディッシュ(自主規制)を睥睨した。
「なんですかこれ、毒ですか? 呪いですか? 僕に解呪でもしろって言ってるんですか? それにこの匂い……また香水を使いましたね。はぁ……香水は食材じゃないっていつも言っているでしょう。何で学べないんですか? 馬鹿なんですか? 阿呆なんですか? 間抜けなんですか?」
 ギーゼラの言葉の暴力はリリリリスを追い詰めていく――はずなのだが、本人は恍惚の表情で聞いているものだからたちが悪い。
 それでもなおギーゼラは罵声を浴びせ続ける。それがこの二人の関係……なのかもしれない。

「流石は征竜様です! 命も凍える極圏にこの様な楽園を創造するなど、まさに神の所業ですな!」
「うむ。それに信徒方の敬虔な態度も素晴らしいな。征竜様を真にお慕いしている」
 手ずから用意したクリーパー料理を里の者に振舞ったハリス・アル・ターミルとフェイサル・セイフの信仰深きリザードマンの二人は、同じく征竜に心酔する里の者と一席設けていた。
「種類こそ少ないですが、ここまで立派に野菜を育てられている事にも驚きました」
 右を見ても左を見ても自然あふれるこの里には、民達が暮らすための田畑がある。
 そこで育てられた野菜を見たハリスは、思わず目に涙するほどに感動していた。
「あれ等の野菜はやはり過去の巡礼者が持ち込んだものなのでしょうか? それとも征竜様が施されたものなのですか?」
 ハリスは極北の農業に関して里の者に質問する。
「征竜様はこの地の生活にどのようにかかわっているのだろうか。時折『恵み』などもあったりするのか」
 一方、フェイサルは酒を傾けながら征竜に関して質問していた。
 征竜が作り、信者が育てたこの里は、敬虔な征竜信者である二人にとって興味の尽きぬ場所である。
 二人は南や冒険の話と引き換えに、この里での暮らしぶりや征竜の話を沢山聞いた。
「それほどの年月をこの里で……」
 里の歴史を聞いたフェイサルが感慨深く頷く。今から数百年も前に命を賭して極北の地を渡った信者達。その子孫たちが征竜の加護を受け、長きに渡り命を繋いできたことに、フェイサルは感動を覚える。
「ご先祖様は素晴らしき英断をされたのですね! この極北の地に『種』を持ち込もうなど、本来であれば考えも及ばぬこと……!」
 同じくハリスもまた、里の先祖たちの偉業に感銘を受けていた。
 二人は尽きる事無く里の者達と言葉を交わす――。

「フェイサル殿、話は尽きませんがそろそろ行きませんと、時間が」
 宴の席も余韻に浸る時間になり、ハリスが立ち上がった。
「ふむ、そうだな……行こうか」
「はい」
 二人は里の者に深く礼を述べると席を立ち、花園へと向かう。
 その先にあるという、征竜の碑に触れる為に――。

「わぁ……あんなにテンションの高いハリスさん見たの初めてかも」
 この地の実情に感激している友人を遠巻きに眺めつつ、トゥーリは徐々に距離を取る。
 いつもであれば背後から音もなく迫り、無防備なハリスのあれやこれをこうしてああするのだが、上機嫌の彼にちょっかいをかけると、その反動がハンパない事をトゥーリは知っていた。
 だから賢いトゥーリは、そんな愚は犯さない。全力で無視を決め(後ろ髪引かれ)つつ宴を楽しむのである。
「うむむ……」
 見た事もない食材で出来た料理を見つめながら、トゥーリは考える。
 少ない食材の中で出来る最高の料理だと思う。でも、もし南から持ち込める材料があれば、これはもっとおいしくなるんじゃないかと。
「何とか交易路を確保できれば、もっとおいしいものを食べてもらえるのにな」
 トゥーリは考える。首をひねり何度も何度も。頭から煙が噴くその時まで――。

 里の歓待を受け、見た事もない極北の料理に舌鼓を打っていたレティシア・レインフィールは、人混みの中に人影を見つけてその場を辞した。
「レイウェスト殿下、少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
 見つけた人影に静かに歩み寄ったレティシアは、レイウェストの前で優雅に礼をする。
「何か」
「はい、殿下にご武運をとお伝えしたく」
「武運とは、どういう事だ」
「殿下、私は神に歌舞を捧げる者の一人ですが、特定の神を信仰したりはしておりません」
 レイウェストの質問に答えず、レティシアは滔々と語る。
「神は尊き存在。されど遠い存在ではありませんわ」
 レイウェストはレティシアの弁に何かを感じ、静かに耳を傾けた。
「神の祝福はあくまで『神力』であって、直接的な救いではありません。どうか、その事をお忘れなきように」
 最後に「それは征竜様とて同じ事、どうかご武運を……」と繋げ、レティシアは短い話を終えた。

 ルチル・プルメリア・グレイハーツは宴を肴に筆を走らせる。
 ついにこの地へと辿り着いた。
 ここが『征竜』に最も近い場所。
 謁見は叶わずとも、ここの空気には神聖な何かを感じる。
 里の者は皆、気のいい人々だ。
 征竜『様』と呼んでいれば、笑顔で答えてくれる。
 滑稽にも見えるが、本人たちの瞳は真剣だ。
 それが『信仰』と呼ばれるものなのだろう。
 リザードマンに伝わるそれとは、少し違うようにも感じるのは、種族の違いからか。
 征竜の巫女(ヒルルク)はこの地でもやはり『征竜の巫女』だった。
 なにがとは書かない。
 あの子の『名誉』もあるからね。
「――さて、後はあの酒の製法だね。あんなに不思議な味のする酒は初めてだ。一体何から作られているのか、突き止めないとね」
 情報屋の矜持としてこれだけは外せないと、筆をおいたルチルは再び宴の渦中へと飛び込んでいった。

「実に素朴で麗らかな歌だね」
 興の乗った宴の会場に、里の歌自慢達の声が響く。
 何処か牧歌的な歌声は、この地の平穏をとてもよく表していた。
「何処かの流れをくむ歌なのか?」
 静かに歌声に耳を傾けていたセヴラン・クアルトに、友人のアーシェル・G・クラインが声をかけた。
 アーシェルはジョッキの片方をセヴランへと渡すと、そのまま横に腰かける。
「どうだろう、古い歌のような気はするね。感じとしてはフィルエス大森林辺りの音を継いでる気がする」
「へぇ、ヒルルクもエルフだし、昔の巡礼者のエルフが持ち込んだのかもな」
「かもしれないね。ところでそちらはどうだったんだい。将軍に話は聞けたかい?」
「うん? ああ、筋は悪くないが視野が狭いとの評を受けた」
「はは、アーシェルはちょっと向こう見ずな所があるからね。流石将軍、よく見てる」
「まったく、お前まで言うか……」
 二人が歌声を聞きながら、何気ない会話を交わしていると――。

「あー居た! ったく、探しただろ!」

 アルフィー・リッパーが二人を見つけ駆けてきた。
「味見してくれるって言ってたのに、なんで二人でどっか行ってるんだよ!」
 アルフィーは寂しげに尻尾を揺らしつつ、キッと二人を睨み付ける。
 そんなアルフィーの仕草に二人は顔を見合わせるとくすくすと笑った。
「な、何がおかしいんだ!」
「はは、悪い悪い。それで出来たのか?」
 からかわれたのかと怒るアルフィーに、アーシェルは笑みを向けるとその手にある物を指さす。
「む……ああ、出来た。味見してもらえるか?」
「もちろんだ、里の食材で作ったお前の料理が食べれるなんて、嬉しいぞ」
「そ、それほどでも、無いけどな……」
 不安気に聞いてくるアルフィーに、アーシェルは恥ずかしげもなく答えた。
「それで、ちゃんと分けて作ってやったか?」
「ああ、二通り作った」
「そうか、流石だな、アル」
 差し出された二つの器を見ながら、アーシェルは満足げに微笑んだ。

「殿下!」
 宴の喧騒を離れ一息ついていたレイウェストの元に、ベルク・オスマットが駆け寄り膝をついた。
「殿下、これより征竜との会見に臨まれると伺いました」
「うむ、いよいよだ」
「それについて臣より一言ございます事を、お許し願えますでしょうか」
「……よい、申せ」
 神妙な面持ちで伺いを立ててくるベルクに、レイウェストは小さく頷く。
「ありがたき幸せ」
 ベルクは下げていた頭をさらに下げた。そして――。
「長きに渡り極北への守りを成してきた我ら北壁の防人は知っております。この地にある者には『力』があると。かの前帝国を滅ぼせし竜を信奉するに相応しき強き者であると。
 ですが、人類の盾たる帝国の長には、我等の『力』があります。征竜の喉笛すら切り裂く首狩りの刃は御身の為にあると……例え今は届かずとも、我等は征竜と対等たり得ると、どうかお忘れなきよう」
「……うむ、その方の言葉、心に留めておこう」
 人知れず思いの内を吐露したベルクに、レイウェストに静かに答えた。

「ぐぅぅ……こ、これはまた独特な味ですね」
 口の中に広がる何とも言えぬ大人な苦みに一瞬表情を崩したエヴァン・ピオネロは、すぐに余裕の笑みを浮かべ嚥下した。
「エヴァくん、きつかったら無理しなくてもいいんだよ……?」
 そんなエヴァンに、恋人のアルマ・ヴァレンタインが心配そうに声をかける。
「ぜ、全然そんな事ないですよ! どれもこれも、里の人々がぼく達の為に一生懸命作ってくれた料理ですから、残さず食べるのが礼儀というものです!」
 そんな彼女に心配するなと声をかけ、エヴァンは次の皿に手を伸ばす。
「う゛ぐっっ……こ、これもなかなか特徴的なお味がしますね」
 口の中に広がる刺すような酸っぱさに渋い顔になったのも一瞬、すぐに笑顔を取り戻したエヴァンが、ごくりと嚥下した。
「はい、お水。とっても綺麗でおいしいよ」
 頑張る彼氏を励まそうと思ったのか、アルマは絶妙なタイミングでエヴァンに水を差し出した。
「――――ぷはっ! あ、ありがとうアルマ。お水もとっても美味しいですね。よし、次はあの皿を――」
 アルマに貰った水を一気に飲み干したエヴァンは、さらに次の皿を求め手を伸ばすが――。
「あ、そうだ。ねね、エヴァくん、ちょっと次のお皿に手を出すの待っててー」
 首をかしげるエヴァンを置いて、アルマは調理場の方に駆けて行ってしまった。

 しばらくして戻ってきたアルマの手には鍋が一つ。
「じゃじゃーん。こんなの作ってみましたー」
 そう言ってアルマはエヴァンに鍋を見せる。そこには『溶けたチーズ』が入っていた。
「これでコーティングしてみてー」
 アルマは持ち込んだ非常食のチーズをエヴァンの為に溶かしてきたのだ。
「さっき里の人にも味見してもらったけど、とっても好評だったから、お料理がもっとおいしくなると思うよー」
「アルマ、ぼくの為に……?」
「えへへ、エヴァくんの辛そうな顔を見るの嫌だしねー。はい、あーん」
 感動するエヴァンに向け、アルマは照れを隠すようにチーズのたっぷりかかった料理を口に運んであげた。

「リカルダ、ここで会ったが百年目……いざ尋常に勝負!」
 宴の席のど真ん中で、突然槍の切っ先をリカルダに向けるコハク。
 いきなり始まった一騎打ちに、会場にどよめきが起こった。
「コハク、剣を交える約束はしたが、何もここでなくてもいいだろう。もう少し場所と時を――」
「ヤなのー! 今やるのー!! コハクはずっと待ったんだ! こんな寒い所にわざわざ来たのだって、リカルダと勝負する為なの! だから、一刻も早く刃を交えるぞ!」
 困った様なリカルダの言葉を遮り、コハクは尚も真剣な眼差しと鋭い切っ先をリカルダに向け続ける。
「ふむ、困ったな。流石にこのような場所で剣を抜くわけには――」

――ガシッ。

「むむ!?」
 コハクは突然首根っこ掴まれたかと思うと、足が宙に浮く。
「リカルダ将軍、うちのコハクが失礼を働いたようだ。許してやってほしい」
 状況を把握できていないコハクがぷらーんと吊るされる中、吊り下げ主であるナタリア・フィッツジェラルドがリカルダに向け目礼した。
「コハク、ここは征竜の里。問題をおこすな」
 ナタリアは混乱しているコハクを吊り下げたまま、その場を辞した。

「ナタリアー、離せー、後生じゃー」
 首根っこ掴まれて吊り下げられつつ、コハクは必死の抵抗でもがく。
「大人しくしていろ。里を追い出されたいのか?」
 そんなコハクに呆れながらも、ナタリアはもう一人の友人アウレーリア・フォン・ネーベルベルクの元へと辿り着いた。
「待たせた。そちらはどうだった?」
「ええ、殿下とお話しできたわ」
 コハクを連れたナタリアに、アウレーリアはつい先ほどあった事を話す。

 アウレーリアは里の者との会話にレイウェストを招いていた。
 里での日常や信仰など、この土地特有の文化を理解するために里の者に耳を傾けたレイウェストは、「友誼は結べずとも、睨み合わずに済むだけで成果なのですよ」というアウレーリアの言葉に、深く頷いた。

「それで、その殿下は?」
「巫女に連れられて石碑へ向かったわ」
「征竜の石碑か。私も興味があるな」
「よし、行こう。レイウェストとも勝負だ」
「殿下が剣を取るわけないでしょう。将軍に無礼打ちにされるわよ?」
「それこそ望むところ。返り討ちにしてやる」
 相変わらず吊り下げられたまま、ふんすと鼻息を荒く腕を組むコハクに二人はあきれ顔。
「勝負云々は置いておいて、花園は見ておかねばな。この極地に咲く花々がどのような種であり、命を繋いできたのか、調べないわけにはいかない」
「研究熱心なのもいいけど、ほどほどにね。あんまりこの『神域の構造』を解明したら、征竜に目を付けられるかもしれないわよ」
「ふむ、征竜様に目を、か。悪くないな」
「何でちょっと嬉しそうなのよ……はぁ、コハクといい、ナタリアといい、私は本当に良い友人に恵まれたわ」
 吊り下げられたまま「ヒルルクは強いのか?」と首をかしげているコハク。そして、意識を花園に飛ばしているナタリアの両名を見て、アウレーリアは少しだけ困ったように肩を竦めた。

「ったく、また思いつめた顔しやがって」
 里の民による歓迎の中、一人だけ神妙な表情で歓待を受けるレイウェストを遠巻きに見たケン・Z・ブラッドリーは、大きくため息をつく。
「この所の激動を聞いている身としちゃぁ、わからなくもねぇけどよ。それでも、その顔は歓迎してくれてる奴等に失礼だぜ」
 ケンは手近にあったテーブルから、酒の入ったコップに手を伸ばした。
「おっと、まだ飲めねぇか」
 しかし、差し出す相手の事を思い出し、隣にあった茶を手にする。
「これから征竜と会おうっていうのにそんな面じゃ、門前払いされるぞ」
 ケンはレイウェストの元へとコップを運び、乱暴に手渡した。
「使命感が顔に出過ぎだ。征竜もそんな前のめりじゃ引いちまう」
「……そうか。そのような顔をしていたか」
 手渡されたコップをじっと見つめていたレイウェストがぽつりと漏らす。
「せめて顔だけはしゃんとしろよ。健闘を祈ってるぜ」
 ケンはそんなレイウェストにこうだと示す様に、豪快な笑みを浮かべた。

●
「これは……」
 イヴェール・イリュジオンは目の前の光景に息を飲んだ。
 踏破してきた厳寒の地からは想像もできない見事な花園。ロスガリアのどこよりも、清浄なる場所ではないかと思わせるほどの美しさに、イヴェールは感嘆の声を上げた。
 イヴェールはそんな花園をゆっくりと歩きながら思う。

 征竜に特別何か感情を抱いているわけではないし、お伽噺に聞いた征竜がここに存在すると言われても、会えないのであれば実感はない。
 この里で会った民の熱烈な信仰ぶりには正直言って、引いてしまった。
 狂信とも違う熱狂とも違う、あれは何と呼ぶべき感情なのだろう。

 イヴェールはそんな事を思いながら、小道を歩く。
「それでもここは美しい。これが征竜のなせる業なのでしょうか」
 見た事もない花を前にしゃがみ込んで、花弁を指で突いた。
「『様』を付けねば不敬ですかね。やはり」
 視線を上げた先に見えてきた石碑を前に、イヴェールはくすりと笑った。

「わわわ……まるで妖精の国の様でございます……」
 一面に広がる花畑を前に、ララノアは感嘆していた。
 自らの『セカイ』を広げようと、このような極地にまで足を運んだ彼女。無知な自分を変える為、臆病な自分を捨てる為、小さな勇気を奮い立たせここまで来た。
 ララノアは小道を歩き石碑の前に立つ。
「征竜様は、今も世界を守ってくださっているのですか……?」
 小さく消え入りそうな声で呟き、ララノアは石碑に触れた。

「あれほど厳しい環境の中、これほどまでに見事な花園を維持されているとは……これも征竜様のお力のなせる業なのでしょうか」
 石碑の存在を知ったスィーリーンは、征竜に会えずとも近くにその存在を感じたいと、花園を訪れていた。
 咲き誇る花々の中を進みつつ、思うのは竜になり損ねた彼の事。
 今はどこに居るともしれない彼の姿を目の前に幻視しながら、スィーリーンは思う。
「ヒトの道を踏み外し、竜へと至る道を閉ざしてまでしなければならなかった事とは、なんなのですか……」
 元より遠い存在ではあった。それでも触れる事は叶う距離だった。
 しかし、今はもう触れる事も叶わなくなった彼。
 その心の葛藤を知りたい。
 征竜様に会えばその片鱗だけでも見えるのではないか。そう思い、この極地に足を運んだ。
「エフレム様……貴方は今どこで何を思っていらっしゃるのですか」
 征竜の作り上げた花園を歩きながら、スィーリーンは静かに呟いた。

「はぁ……びっくりした。まさかあの子が帝国の皇子様だったなんて」
 花園を歩きながらエルゼリオ・レイノーラは、まだドキドキしている胸を押さえた。
 先ほど宴の席で久しぶりに会った黒髪の少女を見つけたエルゼリオは、久しぶり! と声をかけた。しかし、後で聞いた話によると、その人物があろう事かレイウェストその人だという。
「失敗したなぁ。気を悪くしてなければいいけど……よし、後でちゃんと謝ろう。改めてお友達になれたらいいな」
 そんな決意を胸にしながら小道を進む。先ほどこちらに友人であるヒルルクが向かったのが見えた。
 エルゼリオはヒルルクを探し花園を歩き、その先でヒルルクではなく小さな石碑を見つける。
「こんな所に石碑……?」
 花園の中に佇む石碑は、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「……征竜様に関係ある物なのかな」
 エルゼリオは吸い寄せられるように石碑に近づくと、そっと手で触れる。
 どこか温かみを感じるそれに、エルゼリオはしばらく触れていた。

「はぁ、ほんと過酷な旅をしてきたんだなぁ」
 花園を歩くララベル・サン・ディーベルは、先ほど宴の席で聞いた里の昔話を思い出していた。
 数百年も前、この不毛の大地を踏破し、征竜に会いに来た里の先祖たち。その信仰心に報いる為に征竜はこの地を守護し、人の住める環境を作り出したという。
「本当かどうかわからない話だけど、これを見れば信じたくなっちゃうよね」
 ララベルは一面に広がる花畑を見渡した。
「知っている花もあれば知らない花も沢山ある。ほんと不思議な場所……」
 色とりどりの花が同時に咲き誇る不思議に感動を覚えながら、ララベルは小道を進む。
 そして、花園の中心にあった石碑に辿り着くと、そっと手を触れてみた。
「ひんやりしてる。でも何も起きない……のかな?」
 ヒルルクに聞いた話では、この石碑が征竜へと繋がるただ一つの『道』だという。
「いつか僕も会えるかな。征竜様に」
 石碑に触れながらララベルは願った。いつか、どこかで会えますようにと――。

「……やば、迷った?」
 人影を探し里の中を行ったり来たりしていたフラム・アニムスはいつの間にやら、何だかよくわからない花畑についた。
「いや、でも何かこっちから声がするんだよな」
 フラムはよせばいいのに花畑の中へ入っていく。
 幸い花畑には小道があり、一本道だ。迷う心配はない。
「……いや、迷ってねぇし!」
 と、思わずフラムが声を上げると――。

「うん? 誰かいるの?」

 先の方で女の人の声がした。
 フラムは咄嗟に口を押さえ息を殺す。もし里の人が居て入っちゃいけない場所だったりしたら――。
「んんん? 君は……」
 がんばって身を隠そうにも辺りは一面の花畑。隠れる所など無い。
 フラムがあたふたしていると、女の人が近づいてきた。
「あ、やっぱり。あの子のお友達のフラム君だ」
「え?」
 名前を呼ばれて顔を上げたフラム。
「久しぶりだね。どうしたのこんな所で?」
 それはサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブだった。
「サフィラ、さん……?」
「はい、サフィラおねーさんですよ?」
 首をかしげるフラムに合わせサフィラも首をかしげる。
「フラム君も石碑見に来たの?」
「石碑?」
「そそ、征竜ちゃんの石碑」
 そう言ってサフィラは花園の奥を指さした。
 フラムはその指を追い奥を眺めると、そこには小さな石碑がある。
「行ってみる? なにか『ゴリヤク』があるかもしれないよ。あ、心配しないでも大丈夫だよ、帰りはちゃんと連れて帰ってあげるから」
 と、サフィラはフラムの顔を見てにししと笑った。内心を見透かすようなその綺麗な瞳に、フラムはドキリと胸を高鳴らせる。
「ひ、一人で帰れるしっ!」
「……ほんとに?」
「う゛っ……」
 ずいっと覗き込んでくるサフィラに、フラムは言葉を詰まらせた。
「まぁいいじゃない。ちょっとおねーさんに付き合いなさいな」
「お、おい!?」
 サフィラは悪戯な笑みを浮かべるとフラムの手を取り花園の奥へと向かう。
「一人より二人の方がゴリヤクあるかもしれないからねっ!」
 そう言って、強引に手を引いていくサフィラの謎理論に、フラムは困惑しながらもどこかホッとしていた。

「征竜様に対して信仰と言える信仰はしていませんでしたが、この景色を見せられると敬いたくもなってしまいますね」
 フロマーシュ・ダイヤドロップが目の前に広がった光景に心を奪われている。
「ああ、本当に綺麗な景色だ。マーシュの言う通り、征竜の力の偉大さを感じるな」
 そんな彼女の横に並ぶのは主人のライナ・フレイヴァルツだった。
「まぁ、ライナ様。征竜『様』ですよっ。里の方々に見つかったら怒られてしまいます」
「おっと……そうだったな、すまない征竜『様』」
 フロマーシュに言われ気付いたライナは肩を竦め小さく笑う。
 そして、花園の先にあるという石碑に向かって目礼した。
「ライナ様、謝られるのでしたら直接の方がよろしくないですか?」
「直接? ……ああ、見たいんだな?」
「そ、そんな事ありませんっ、ライナ様のお供で着いていくだけです!」
「ふふ……そうか、では行こうか。謝罪しに」
 図星を当てられ顎を引くマーシュに笑みを向け、ライナは花園に敷かれた小道を進んでいく。

「綺麗な花々……これも征竜様のお力によるものなのでしょうか」
 ライナから2歩ほど下がった位置を歩くフロマーシュが嬉しそうに呟いた。
「征竜様の力が土地を守護し、信者達が信仰の証として植えたものじゃないかな。何にせよ素晴らしい」
「はい、征竜様はとても慕われているのですね……」
「この里にとって、征竜様はよき主であるのだろうな」
 二人は言葉を交わしながら小道を歩き、石碑へと辿り着く。
「さぁライナ様」
「うん?」
「もう、お忘れですか? 謝罪をしませんと」
「ああ、そうだったな」
 フロマーシュに言われるまですっかり忘れていた。
 ライナは石碑に手を当てると目を閉じる。
「では私も。……ご主人様の分まで」
 横ではフロマージュが真似ている。
 しばらく石碑に触れていた二人は、同時に瞳を開けると互いに顔を合わせた。
「許してくれるみたいですよ?」
「なに、声が聞こえたのか?」
「ふふ、内緒です」
 フロマージュは驚くライナに、麗らかな笑顔を向けた。

「……認識を改めないといけませんか」
 レイウェストとヒルルクのやり取りを思い出しキーゼが小さく呟く。
「どうかしましたか?」
 そんなキーゼにネーヴェ・グラヌローザが声をかけた。
「いえ、お気になさらずに。それより、料理の方はもういいのですか?」
「はい、色々なお料理を頂戴いたしました」
「ふむ。それでどうでしたか?」
 賑やかな会場を思い出したのか、満足そうに口元を押さえるネーヴェにキーゼが問いかける。
「そうですね。正直申し上げると……わかりません」
「わかりません、ですか」
「はい、まったく初めてと感じるものもあれば、懐かしいと感じるものもありました。それが何に起因するかはわかりませんけど」
「懐かしいと感じるものがあるのですか。ふむ」
 何処か遠くを眺めているネーヴェを見ながら、キーゼは思考を巡らせた。
 この人知の外にある里に、記憶をなくした彼女の何かがあるかもしれないと、記憶に残りやすい味覚を試させたものの、期待を上回る成果は今のところない。しかし、可能性は芽生えた。他にも建築物や文化などを詳しく調べれば、何か繋がるものが見つかる可能性が――。
「キーゼさん、『花園』ですわ」
 くいっと手を引かれた事で思考の海から釣り上げられたキーゼ。
「とても綺麗……この花は何という花なのでしょう。初めて見ました」
 ネーヴェは手を繋いだまま膝を折り花に手を伸ばす。
「それも覚えはありませんか……いや、ここは『園で花々と戯れる貴女は、本当の妖精の様ですよ』と言うべきですね」
「もぉ、キーゼさんったら、前節と後節が余計ですわ」
 いつもの無表情でそんな事を言うものだから、ネーヴェは呆れると共に苦笑する。
「それがキーゼさんらしくもあるのですけど――ささ、この先には石碑もあるようです。行ってみましょう」
 苦笑するネーヴェは「最大限の賛辞なのですが」とぶつぶつ言ってるキーゼの手を引いて、花園の奥へと向かっていった。

●
「お身体に不調はありませんか?」
 花園を前に、ヒルルクに従うレイウェストへと追い付いたナハト・シュライバーが息を整えながら問いかけた。
「征竜様にお会いになられる殿下に、快適な旅路をご提供できず……至らぬ臣をお許しください」
 しゅんと耳を垂れたナハトに、レイウェストは「気にするな」と気遣いを見せる。
「あ、あの! 征竜……様との面会、殿下ならば必ずや光明を得ると確信しております! 残念ながら有事に備えお傍に侍る事もかなわぬ非力な臣でありますが、会談のご成功を信じております! どうかお気をつけて……」
 ナハトは腰を折り頭を下げる。自分はここで見送るのだと。
「ナハト」
「は、はいっ!」
 それが伝わったのか、レイウェストが彼の名を呼んだ。
「帝国の臣として、リカルダの力となってやってくれないか」
「リカルダ将軍の力に、ですか……?」
「任せられるか?」
「は、はい! お任せください!」
「そうか、頼んだ」
 再び頭を下げたナハトの肩に手を触れたレイウェストは、小さくそう呟いた。

 石碑へと辿り着いたレイウェストが光の元に姿を消した。
 残されたのは石碑の横に佇む征竜の巫女ヒルルクだけ。
「ヒルルクは征竜の意志を伝える者なんだろう? その彼女が君を導いたんだ。胸を張って行くと良い」
 そんなヒルルクを前に、シルヴィア・A・カペルは石碑に触れつつ呟いた。
「そんなことしても伝わらないと思うわよ?」
「本当にそうかな?」
「む、なに、わたしが嘘言ってるって言いたいの?」
「はは、すまない。そう言う訳ではないんだ」
 むすっとするヒルルクに、シルヴィアは微笑みを返す。

 レイウェストは征竜との会談に臨んだ。
 最後に背を押してやれなかったのは口惜しいが、それでも彼ならばうまくやるだろう。

「レイウェスト殿下。君が征竜に見定められるように、君も征竜を見定めるんだ」
 石碑へと伝える手の熱と共に、シルヴィアは何度も話しかける。
「神と呼ばれし征竜であれ、この世に生きる者の一つに過ぎない。意思もあるし心もあるだろう。レイウェスト殿下、負けるな。帝国で君の帰りを待つ民達の為に」
 伝われと念じながら、シルヴィアは語り掛け続けた。

「やぁ、ヒルルク。お役目ご苦労様」
 征竜の石碑の傍に静かに佇んでいたヒルルクの元に、アリオン・リューがやってきた。
「あら、アリオンじゃない。何しに来たの?」
 いつものヒルルクだと安堵しながらも、アリオンはその物言いに苦笑する。
「殿下は……会いに行かれたのかな」
「ええ、今お話ししてるんじゃないかしら」
「そうか。少し羨ましいね」
 そう呟いてアリオンは服の内に下げた『竜教の聖印』を握りしめた。
「ねぇヒルルク。僕も征竜様に会わせてよ」
「あのねぇ。それ、ダメってわかってて言ってるでしょ」
「はは、やっぱりわかる?」
「わたしを誰だと思ってるのよ」
「これは失礼しました、征竜の巫女殿」
 呆れ顔のヒルルクに、アリオンは騎士然と頭を下げる。
「僕には資格もないのかな?」
「資格って、征竜さまに会う?」
「そうそう、その資格」
「見てあげようか? 資格無しって言われても知らないわよ?」
「う゛っ……やめとく」
「賢明な判断ですわ、騎士様」
 ヒルルクはアリオンに倣い淑女然とした礼で返した。

●
「はぁ……なんだかとっても神聖な気分に浸れたよ。竜にも一歩近づいた感じがするね」
 バクル・バスリーは征竜の石碑に触れた感覚を思い出しながら、里の民相手に何度となく感動を語る。
 同じ征竜を崇める者として、里の民もまるで我が事の様に嬉しそうに話を聞いていた。
「決意も新たになるっていうものだよ。ぼくとぼくの一族の悲願の為にも、これからもっともっと高みを目指して行かなくちゃ」
 バクルは目を輝かせながら、里の民達をじっと見る。
「だからさ、きみ達の事をもっと教えてよ」
 長い年月を征竜の為に生き、研鑽してきたであろう里の民に、バクルは期待の眼差しを向けた。
 どうやって体を鍛えているのか、どのような武器を使っているのか、そして何より――。
「ねぇ、どうやって魂を磨いているの?」
 バクルは嫌な顔一つせず話に付き合ってくれる民と共に、魂の研鑽について熱く語り合った。

「そう、この地から出た人はいないのね」
 宴の中で里の者と話す機会を得たロゼットは正直に聞いてみた。
 この里に居る者は皆穏やかに暮らしている。それはとても素晴らしい事だとは思うが、人としてそれで満足できるのだろうか。外の世界が見てみたい、未知のものに触れたい、知らない事を知りたい。そう言う人ならば誰もが持つ欲求をこの里の者達は持っていないのか、と。
 自身がそんな『外』への憧れから冒険者になった過去を持つロゼットには、この地に留まり続け停滞する時間の中で揺蕩う人々を不思議に映ったのだ。
「征竜様への信仰がそこまでさせるの……不思議ね」
 誰に聞いても外へ出る事への興味を示すものは居なかった。それほどまでの信仰がここにはあるという事だろう。
 ロゼットはそれを不思議に思いつつも、どこか羨ましくも思う。
「……結局人それぞれ、かしらね」
 それほどまでに熱烈に『想える』相手がすぐそばにいるというのは、もしかすれば幸せなのではないかと――。

 花園を後にしたララノアは、里の者の歓待を受ける。
「何か……恩返しを、しないといけません……」
 歓待のお礼にとララノアは決意した。小さな小さな決意を。
 そして、彼女は彼女を守る全て(眼鏡とフード)に手をかけると、一息に脱ぎ去る。
「お歌を……捧げさせて、いただきましゅ……!」
 勇気を振り絞って発した声は、里の者へと届いただろうか。
 それを確認する事も出来ず、ララノアはただただか細くも美しい歌を歌いあげたのだった。

「これが里の音楽なのね」
 ギーゼラ達冒険者の演奏に返礼する様に始まった里の音楽を聴きながら、ジャミラ・アサド・ディヤーは内に沸く高ぶりを感じていた。
「……こんな気持ちになるなんて、不思議な音楽」
 リザードマンの彼女の心をかき立てる里の音楽は、やはり征竜を崇めるためのものだからだろうか。
 ジャミラは無意識の内に立ち上がっている自分に驚いた。
「……未熟なものを披露していいのか迷う所だけど、一族の為にもここにあると示すべきかしらね」
 ジャミラはそう言うと、音楽の紡ぎ手達の前へと歩み寄り――。
「一舞い興じさせていただくわ」
 心の内から沸き起こる感情のままに、音楽に合わせ舞を披露した。

「まったく疑いもせず好意を向けられるというのは、慣れませんね」
 里の歓待から少し席を外し、ノックス・マグナが里の外周を一人回っていた。
「確かにこんな所に来る人間が征竜のシンパ以外であるはずはない。とは思いますが、人はそれほど単純ではありませんよ」
 ノックスは先ほどまで歓待を受けていた宴の席を遠巻きに眺めながら呟いた。
「そう、こういう人間も居るんですからね」
 と、自分の事を思いながらさらに続ける。
 この宴に参加した者の中には、征竜を特に何とも思っていないものも多いだろう。それ以上に憎んでいる者さえ居るかもしれない。
「殿下然り、将軍然り、帝国人は凡そそうなのですから」
 ノックスは故郷を想い、宴の席から拝借してきたクリーパー肉に口を付けた。
「……これには意外と慣れてしまうものですね」
 極北の旅で味わい調理した味覚になれてしまった自分に、ノックスは苦笑したのだった。

「あの『花園』とかいう場所以外は、取り立てて見るべきものはないな」
 宴の席を離れ里の周りを散策していたゼラルム・エルホワイトがぶつぶつと何やら呟きながら歩いている。
「おおよそ平凡。四季の移ろいが無く年中この気候を保っているというのは驚きだが、それでは植物の多様性は生まれないだろう。いや、そもそもこの地に種子を運び入れること自体が至難であるのだから、植生の複雑化は起こらないか……もっともこの極北の地に、これだけの『環境』が現存していること自体が奇跡だが」
 そう言いつつ空を見上げたゼラルム。
 極北の大地に青空。不釣り合いにもほどがあるが、ここだけは常にそれだ。
「これも征竜の加護というやつか。だが、そこまでの力を持つのなら、何故極北全域を守護しない。極北の大地にあってここしか守護できない程度の力なのか?」
 里の民が聞けば一発退場になりそうな不穏なワードを次々吐き出していくゼラルムの探求心は留まるところを知らなかった。

「おーい、ゼー君! って、うっわ、めっちゃ楽しそう……気持ち悪っ」
 そんなゼラルムを追いかけて来たサニー・フォン・オルライトが、その真剣な姿を見て顔をしかめた。
「なになに、極北とか征竜とかには全く興味ないって言ってたのに、何か興味惹かれるものでも見つかったの?」
 サニーは宴で仕入れて来た肉の串焼きを手に、ゼラルムに近づいて行く。
 当のゼラルムはサニーの事に気付きもしないのか、相変わらずぶつぶつと呟きながら里の外周を歩いていた。
「おいこら、無視すんな!」
 ゼラルムに追いついたサニーは、彼の肩を掴むと強引に振り向かせる。
「む。なんだよ、サニーか。何か用か?」
「何か用かじゃないでしょ。これ、貰ってきたよ」
「……クリーパー肉か」
「もぉ、わざわざ言わなくていいから。ほら食べながら歩こうよ」
「わかったからくっつくな、歩きにくい」
 サニーは肉串を手渡し、ゼラルムの横に並ぶとすっと腕を絡めた。
「よかったね。面白いものが見つかって」
「面白くねぇよ。少しだけ興味を惹かれただけだ」
「へぇー、それはよかったね」
「よくないって言ってんだろ、相変わらず話の分からない奴だな」
 二人は組んだ腕をそのままに、里の外周を歩き続けた。

「あの厳しい道のりで、よくそんなもの持ち込めたな……」
 着替えて出てきたアンネエルカの姿に、アルフィーが思わず仰天した。
 アンネエルカは深い緑色のワンピースに、黄赤のグラデーションが美しい紅葉色のストールを纏い、首にはきらりと輝く夜煌石の首飾り。
「どこに行こうとも、お洒落を疎かにはできないわ。それが例え極北であっても! ……って、偉そうなこと言っているけど、皆の協力があってこそ持ち込めたのだけれどね」
 アルフィーに持論を呈しながらも、アンネエルカはぺろりと小さく舌を出す。
「ヒルルクさんの故郷があるってわかっていたし、交流は必須だと思っていたから、どうしても持ってきたかったの。それに、これは私だけじゃないのよ?」
 アンネエルカは少しだけ悪戯な笑みを浮かべ視線を流した。
「うん? どういう――」

「ど、どうかな? 似合ってる?」

 アルフィーは首を傾げつつアンネエルカの視線を追う。そこには彼女とお揃いの衣装(仕立屋アリエステラ製)を纏ったクレア・エクレールの姿があった。
「……ちょ、ちょっと、何とか言ってよ!」
「……えっ!? あ、あ、あの……」
 あんぐりと口を開けたまま言葉が出ないアルフィーに、クレアは照れを怒りでごまかした。
「綺麗だぜ、クレア。もちろん、アンネもだ」
 そんなクレアに、結局何も言えないアルフィーは、肝心の台詞をアーシェルにごそっと持って行かれる。
「この里に季節はないそうだけど、南の四季を伝えるとてもいい衣装だと思うよ」
 そして当然の様にセヴランも二人を褒めたたえた。
「ありがとう、とても嬉しいわ」
「う、うん、ありがとう」
 二人の賛辞に満面の笑みをもって答えるアンネエルカと、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに呟いたクレア。
「それじゃ、お披露目と行くか」
「そうだね。僕達の準備も整ったよ」
 こうして、舞手を迎えた奇譚楽団(仮)は、宴の場へと足を向けた。

 素朴な里の中にあって、突然現れた『花』。大輪の二つ華(アンネエルカとクレア)の姿に皆の視線が注がれる中、セヴランの楽の音色が響き渡る。
 しっとりと紡がれる音色は、里の音楽にセヴランの故郷であるフィルエスの音を合わせたもの。
 この地には無い『秋』をイメージした音色は、里の民が見た事がないであろう風に舞う木の葉を想起させた。
 音に合わせ出たのは、アンネエルカとクレアの二人の舞手。
 ゆるやかに流れるセヴランの音に合わせるように、衣装をはためかせ緩やかに風に舞う木の葉を表現する。
「アル、合わせるぞ」
「お、おう」
 序曲が里に響き、皆がうっとりと聞き惚れる中、アーシェルは弦楽器を、アルフィーは歌声を添えて楽に混じった。
 二人を加えた音楽は、しっとりとした秋の情景から、豊穣なる秋の実りへと移り変わる。
 収穫祭に沸く人々の営みを表現するアルフィーの歌声とアーシェルの楽の音に、セヴランが音を重ね、クレアとアンネエルカがテンポを上げ軽やかに舞い踊る。

 楽団の演奏に、宴の席のどこともなく手拍子が起こり、舞台を囃し立てた。
 5人の息の合った楽曲は皆を引き付け、異文化の交流に花を添える。
 いつしか人々の垣根は取り払われ、互いに肩を寄せ合い、楽団を囲んでいた。

 そして、夢のような時間は終わりを迎える。舞手の二人が地に伏し、音楽と歌が止んだ。

 5人は互いの手を取り円形に並び立つと、観客たちへ深く礼をする。
 それを合図に、里の者達のみならず冒険者達からも盛大な拍手と歓声が巻き起こったのだった。

マスターコメント

皆様、極北の地『竜の里』での歓迎会にご参加ありがとうございました! それぞれの思いが交錯する中、素晴らしい宴の席を設ける事が出来ました。 これにて一連の極北でのお話は終了になりますが、またいつか極北を訪れる機会があれば、この地にも足を運んであげてください!
イベントシナリオ(50人)

イベントシナリオ(50人)普通 報酬:標準50 / 4〜50人

2021年09月29日 14時50分46秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ハリス・アル・ターミル

    遂にやりましたね!ここがヒルルク殿の故郷、竜の里…。 これまでの道中には様々な危険と困難がありました。 我々全ての努力と帝国・フェンガリ村民の協力。そして幸運なくば成し得ぬ事でした。 一連の依頼を共にした皆様には改めて感謝させて頂きたく。 しかしこの地でも草木が育ち、あまつさえ農業すら可能だとは!何と素晴らしい!! 紛れもなくこれは征竜様の御加護あらばこそ。大地に恵みを齎すという伝説は事実でした! その御下に至れたことはリザードマンとして、農民としてこの上ない光栄というものです。 私も直ぐにでもお会いしたい処ですが…流石に殿下の負う大任には代えられますまい。 今は農地や植生についての見学と検分をさせて頂きつつ、調理のお手伝を致しましょう。 この地の方々がこの里を作ってからどのように過ごされていたのかも聞きたい処ですね!

  2. リリリリス

    私(ワタクシ)!!リリリリスですわ!! 新天地に新しい食材と聞いてしまったからには、これはもう…えぇ、えぇ。新しい味の境地がきっと見つかるに違いありませんわ!! ふふふ、とても楽しみですわね…野菜にお肉…お肉………私の手に掛かればどんな辺鄙な食材でも一流に仕上げて差し上げますわ!(溢れ出るカリスマ感) …と、少し気が逸ってしまいましたが… そうですわね、久しぶりに凡庸な料理も作ってみますわ…退屈ですけど 流石に、初見の食材では…少々勝手が違うかも知れませんから…あとは、調理法が、現地の方々の作り方も気になりますから…私の手料理を伝授しながら…互いに新しい境地を垣間見るのもそそりますわね… (【凡皿】と【凶皿】を設置します。)

  3. エルファリア

    護衛についてきた勢いで来てしまいましたが、場違い感半端ない気がしてきました。 あ、エルファリアと言います、よろしく。 まあ歓待されるだけなら素直に受けましょうか。

  4. ストレガ・L・リベルガストラ

    ストレガなのだ。よろしくなのだ。 クリーパー肉の扱いなら任せるのだ。あるだけ何か作るのだ。 調理の他には超味覚持っていくのだ。一応毒見の観点なのだ。

  5. アクティオン

    征竜様には会えず、と。 まあ、会う機会が与えられたとして、今自信をもって拝謁できたかと自身に問うと、難しくはありますが…… 失礼、シューターのアクティオンです、よろしく。 歓待を受ける事自体は有り難いこと、ですね。

  6. ララベル・サン・ディーベル

    やっとここまで来れたね!!! 僕はシーフのララベル・サン・ディーベル。 みんな、宜しくね!

  7. No.7

    リディリディと言います。 よ、よろしく・・・、お願いします。 お肉ですか・・・、食べてみたいので調理に回ろうと思います。 ただ、私は自分で調理をあまりしたことがないので・・・、あの、一緒に作ってもらえる人どなたかいらっしゃらないですか。

  8. リサ・ベイカー

    リサです。よろしくお願いしますね。 わたしは、相変わらずですが料理ですかね? リディさん、一緒にやりましょう!

  9. リリリリス

    …あら、料理をされるなら…と思いましたが もう大丈夫そうですわね!

  10. ヴィルヘルミナ

    ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 依頼で氷湖を越えてきてそのままの流れですが、思えば遠い所まで来ましたね。

  11. No.11

    あ・・・、ありがとうございます。 ベイカーさん、よ、よろしくお願いします。

  12. ロゼット

    ロゼットよ。ここまで道を開いた人はおめでとう。 クリーパーって食用可だったのね…何気に初耳だわ(汗) せっかくの歓待だし、少し話を聞いてみようかな。

  13. トゥーリ

    トゥーリだよ、よろしくね! 特に難しいこと考えないでいいって話だから……どうしよっかな?(

  14. スィーリーン

    スィーリーンと申します。 よろしくお願いします。 征竜様がいらっしゃる地に来れるだなんて、何て光栄な事でしょう。 花園の石碑にも触れてみたく思います。

  15. トーラ

    トーラです。ついに到着ですね。 わたしは…どうしようか考え中です。 >クリーパー食 ここへ来る途中の谷に出る『胚』と呼ばれるクリーパーは、あまり強くなくて比較的食べやすいので道中口にしてる可能性もありますね。 ワールドガイドだとディズルとかも食べているそうです。 あと、神代では大型クリーパーを退治すれば多くの人の糧になったりもしたそうですよ。

  16. ナハシュ

    ナハシュだ。よろしく。 折角の宴会だからな、適当に飲み食いしてると思うぜ!クリーパーの肉とか珍し‥‥と思ったけど考えてみたらダンジョンの肉セットもあれクリーパーみたいなもんだよな。案外よくみるもんなのかもしれねえな。

  17. ヨル・スレイマン

    道中お疲れさま。ヨル・スレイマンだ、宜しくね。 宴での飲食を楽しむ感じになると思う。 見たことない酒があるみたいなので楽しみにしてるよ。

  18. ギーゼラ

    ギーゼラです。よろしくお願いします。 宴にふさわしい音楽でも奏でてみようかと思います。 帝国の音楽も広めていきたいですしねぇ。 【凡皿】と【凶皿】とか不穏な言葉は全力で聞かなかった事にして構いませんよね? えぇ、僕は何も聞いていません。ピンクの見慣れたドリル頭とか見ていません。 責任者とか保護者とか求められても困りますから! だから絡むなっていつも\アーーーーッ!/

  19. ルチル・プルメリア・グレイハーツ

    情報屋のルチルだ。よろしく。 いよいよ征竜のお膝元という訳だが宴会か……よし、仕事(酒)だな。

  20. シルヴィア・A・カペル

    シルヴィアだ。今回はよろしく頼むよ。 竜の里を見て回りつつ、花園に行って石碑に触れてみようと思う。 余裕があれば宴会でお酒も飲んでみたいな。

  21. リリリリス

    ふふ、新しい食材楽しみですわね! 凡庸な調理はあまり、面白くはありませんが…それでも、お抱えのシェフから無理矢理…いえ、作り方を教わった私ですから 【凡皿】は、まぁまぁに仕上がりそうですわ! …さて、新しい調理と味の境地を目指さなくていけませんわね…(【凶皿】せっせと)

  22. アーシェル・G・クライン

    アーシェルだ。よろしく頼む。 友人達4人と音楽を添えたファッションショーをしたり、料理を作ったり食べたりする予定だ。

  23. エルゼリオ・レイノーラ

    エルゼリオ・レイノーラです。 今回はヨロシクね! ボクは皇子さまとお話したり、石碑に触れたりする予定だよ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0