【聖祭】在りし日の夢、過日の記憶【屍涯】
炙りとろ左門
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シナリオID:1803
オープニング
自分が夢を見ている時、「これは夢だ」と確信できる状態を、あるいはそのような夢を……なんというのだったか。
ハーヴェン伯ロヴェルは戸惑いがちに辺りを見渡す。古びた書斎——図書室、いやここは、魔法使いの工房、といった方が良いのか。
高い天井の明かり取りから差し込む光を反射して、漂う小さな埃がきらきらと輝く。
その光の中心——円状の工房の中心——は一段高くなっており、書見台が設置されていた。そしてそこで、魔法使いのような身なりの女性が熱心に書き物をしていて、その足元では幼い子供が本を開いている。
ぱらりと頁が繰られる、乾いた音。
目の前の光景全てが、まるで現実に肉薄する鮮烈さを持っている。
「う……ん」
背後で誰かが起き上がる気配がして、ロヴェルは振り返った。
そこには見知らぬ子供が何人も同じように倒れ伏ており、そしてひとり、またひとりと目を覚ます。
「……あれ、もしかして、伯爵ですか?」
そのうちのひとりが、ロヴェルに気づいて言った。ロヴェルはその人物をじっと観察する。
「……冒険者殿か?」
自分の声がずいぶん高い。ロヴェルは喉元に手をやった。その手もずいぶん小さく、喉は細く無骨な出っ張りも存在しない。
「これは、一体」
ロヴェルは記憶を辿る。確か、冒険者たちに謎めいたキャンドルについて調査を依頼したのだ。それは屍涯宮の構成員(下っ端のようだが)が集めていたもので、何か彼らの「計画」に充てがわれるものではないかと推測し、密かに一部押収して——調査のためにいくつか灯してみようということになり、それから……。
「いつのまに寝入っていたんだ……?」
起き上がった冒険者は皆5、6歳の子供の姿になっていたが、記憶がある者とない者、精神が退行している者までさまざまで、一時混乱した。
一方書見台の女性と子供は、その騒ぎにも我関せずといった様子だ。
さて、どうしたものか……。
解説
マスターより
リプレイ
「ティエラ嬢」
何度目かの呼びかけで、その子供はそれが自分の名前であるらしいと気づいた。
「……それ、私のこと?」
フリューリングスルフト=ティエラ——今はそのように名乗っている彼女の持つ快活さは、目の前の子供にはない。ぼうっとした様子に、生気のない瞳。しかしその特徴的な耳と尻尾の形は変わらない。モッフモフだ。
「……僕、邪魔?」
動きにくそうにしていたロヴェルに、フリューはしょんぼりと尻尾を垂れる。
「邪魔ではない」
その様子に、ロヴェルは少し慌てた。そして弟か妹にそうするようにフリューの頭を撫でる。フリューは相変わらずの無表情だったが、尻尾を嬉しそうにぱたぱたと揺らした。
「まあ、ロヴェル様、ずいぶん可愛らしく……」
そんな光景に目を瞬きつつ、スィーリーンは混乱の中、ロヴェルに話しかけた。可愛らしいという言葉に遠くを見た後、ロヴェルは黙って壁にかかっている姿見を指差す。
「……いえ、私も子供になっています!? ええ!?」
そこに映るのは、ずいぶん小さくなった自分。スィーリーンは周囲と同じように慌てるも、しかしすぐに落ち着きを取り戻した。
「い、いえ、どうやらこれは夢……子供になる……これが、〈屍涯宮〉の望んだ効果なのでしょうか?」
「あまりにも荒唐無稽な効果だが。しかし、一度にこれだけの人数を昏倒させ、しかも同じ空間に招く……というのは、悪用できそうだ。私が見たのはキャンドルを集めているところで、作っているという様子ではなかったが、効果を承知なのだとしたら——」
「はい。もっと検証する必要がありますね」
ロヴェルの言葉に頷きつつスィーリーンは辺りを見回す。どこか懐かしさを覚える、古びた光景。その中心にある、2人の人間。
(金髪というと、セウェルス様を思い出してしまいますけれど……彼の過去の姿だったりするのでしょうか)
スィーリーンがそう思案する横から、ヴァン・ローラントが顔を出す。
「女性の方はここで唯一の大人、金髪の子供は一緒に依頼を受けた誰かではない、と。怪しいな」
「……よし、ローラント殿の頭脳も変わりないな。安心した」
ヴァンは夢の中でも探偵然としていた。体は子供だが頭脳は大人……おっと。
「伯爵、あのお二人についてはお知り合いではないんですか?」
「……知らないな。だが……女性の方は、どこか懐かしい気もする」
何かを思い出そうとして、ロヴェルは顔を顰めた。激しい頭痛に襲われたのだ。
「少し休んでてください。調査は私が」
「私も参ります」
「……あたしも」
ヴァンに続き、スィーリーンとフリューが名乗りを上げる。ロヴェルはなんとか頷くと、近くのソファに身を沈めた。
エルゼリオ・レイノーラは、姿見に映る自分の姿に愕然としていた。
依頼でキャンドルに火を灯したところまでは覚えている。気づけば幼児となっていた。突拍子もないこともあってか、これは夢であるという確信も得ていた。
(原因はやっぱりキャンドル……?)
これが現実なら一大事だが、夢ならば醒めるのを待てばいい。エルゼリオは落ち着いておさげをいじりながら考える。軽く目を伏せて見ようによっては物憂げな表情をしているようにも見えるその子供は、無欠なる美少女だった。
(全員が同じ夢を見てる……のかな。それとも誰かが見ている夢の中に、ボク達がお邪魔しているのか……)
エルゼリオは工房の中心で書き物をしている女と金髪の子供を見やる。彼らは、依頼を受けた面子の中にはいなかった。
そして同じことを考えたのか、彼らに話しかけに行く冒険者達が何人か。エルゼリオはその輪に加わろうと足を踏み出した。
「……だい、じょうぶ?」
体を横たえ、じっと痛みに耐えるロヴェルに、少女がおずおずと声をかける。
「貴女は……」
サマエラ=フォリウム。ロヴェルは成長した彼女の特徴と少女のそれを照らし合わせ、そう結論づける。
「あなたは……会ったこと、ある、きがする」
サマエラは、精神も記憶も共に幼少期に戻っていた。最初は人目を疎んで母を探していたサマエラだったが、覚えのある顔に近づく。
「……そうだな。私と貴女は、……そう、どこか似ているから。そう思うのかもしれない」
いつかの戦いで、互いの瞳の中に見た炎の色を、ロヴェルもまた覚えている。サマエラはロヴェルのことをじっと見つめた後、そっとその額に触れた。
「……おとなは、お母さんのこと、わるく言うから、いや。……こどもも、わたしのこと、なかまはずれにするから……いや」
でも、と幼いサマエラは続ける。
「あなたは、いやじゃない。ぐあい、よくないなら……いっしょにいる」
「……ありがとう」
命のやりとりをしたことのある相手だ。しかしそれ以上に、ロヴェルは彼女の優しさと、秘めたる強い想いを信頼していた。
「……はて」
ベルク・オスマットは首を傾げる。真っ先に浮かんだのは、他の子供達と一緒に攫われたのでは、ということだった。
(いや。北壁の民など攫ったところで身代金など期待できぬし、売り飛ばすには妾は幼すぎじゃ)
そういう変態的嗜好の人間向けという可能性もあるが、脇に置いておく。とにかく、混乱する工房内で我関せずを貫いている女から話を聞くことにした。
「のう、ちょっといいかの? 帰りたいのじゃが」
書き物をしている女は反応を示さない。
「お〜い、聞いておるのか? 聞いて欲しいんじゃが?」
ベルクは女の足を剣先で軽くつっついてみる。しかし、手応えがない。まるですり抜けるようだ。
「妾の話を——」
「まっ、待った待った!」
ベルクがエーテルを武器に通したところで、ヴァンが慌ててそれを止めた。
「この空間の謎が解けていない以上、エーテルで干渉するのは危険だ。そこの女性は……話しかけても無駄なようだが」
ヴァンは書架から持ってきた踏み台を書見台の側に置き、女が何を書きつけているのかを覗き込んだ。
「……『魂の永続と"監視者"による世界への干渉について』……なんだこれは」
何かの研究なのだ、ということはヴァンにもわかる。しかしそれ以上の、小難しい理論や術式についてはさっぱりだ。
「スィーリーンともうします。あなたのお名前は?」
スィーリーンは金髪の子供に話しかけていた。子供は本から顔をあげ、銀色の瞳を細める。
「■■■■■」
子供の発した言葉に、強い雑音が混じった。スィーリーンは目を瞬く。聞き返しても、子供が答えていると思しき名前は聞き取れない。
それに、スィーリーンの後からひょいと顔を覗かせ、エルゼリオが別の質問を重ねた。
「キミと魔法使いっぽい女の人は誰? 此処は誰かの夢の中なの?」
「……」
子供は訝しげに自分を囲む子供達を見た。
「この人は、僕の先生。夢というよりは、記憶だよ」
「……キミの?」
「大元は、僕のだけど」
そう言って、子供は黙ってロヴェルを指差す。
「ご本の続き、読んでていい?」
「それは何の本でしょう?」
一行を突き放す子供の態度に、スィーリーンはめげずに問うた。
「……別に何だっていいでしょ」
「おもしろいですか?」
「そこそこ。……もういい?」
子供は再び頁を繰る。これ以上何も聞けないようだと悟った一同は、顔を見合わせる。
「なんじゃ、帰る方法はわからずじまいか」
「夢だから、そのうち醒めるとは思うんだけど……」
ふくれっ面のベルクを宥めるエルゼリオ。ロヴェルへ報告しに戻る彼らの中で、フリューだけが残って子供の様子を見つめていた。
「……何?」
子供は居心地悪そうにフリューを見る。フリューはしかし、そんな様子も意に介さずに子供のそばに座り込んだ。
「おひさまみたいな、いろ。きらきらしてて、きれい」
どうやら髪のことを言っている、と子供が理解するまで数秒。その間に、フリューは銀色の瞳を覗き込んだ。
「あなたの目、ずっと見てたい色だね」
子供はさっと視線を逸らす。
「……そんなことは、先生しか、いわない」
「シェアト、どこ?」
いつか、森の外に一緒に行きたいとは言った。しかし自分にはまだ早いと思っていた。なによりシェアトがいない。自分は、攫われてしまったのだろうか。父や母は心配していないだろうか——。
セヴラン・クアルトは他の子供達が集まりはじめているのに気づいた。1人は心細く思えて、セヴランもその輪に加わる。
これは夢だろうということ、もう少しこの工房内を調べてみること——大丈夫、という皆の言葉に、セヴランはほっと胸を撫で下ろす。
「だいじょぶなら、シェアトがむかえに来るまで待っていようかな?」
「シェアト……というのは、貴公の知己か?」
頭痛から解放されたロヴェルは、ぐったりとしつつもセヴランにそう尋ねる。隣に座っているサマエラにしても、知り合いとはいえ、あまり過去や身内のことは知らない。
「うん。シェアトはね、僕のお父さんのお母さんで……沢山歌をしってて。きれいな声で歌ってくれるんだ」
だから、とセヴランははにかみながら続ける。
「僕は楽器をいっぱいれんしゅうして、もっときれいに歌える様に舞台でばんそうするんだよ。聞きにきてね」
「……そうか」
きっと、大切な思い出。聞いてしまってよかったのかと思いつつ、ロヴェルもまた微笑みを返す。
「楽しみにしていよう」
金髪の子供の話では、これはその子供の記憶を元にしているが、ロヴェルが見ている夢の中であるようだった。浮上した新たな謎に、引き続き工房内の調査を行うことで一同は意見が一致する。
が。
「ナル、探検だ」
一同の多くは、中身まで幼年期に戻ってしまっており、ナタリア・フィッツジェラルドもまた、その例に漏れなかった。
現実で、2人がこの時分に友人であったことはない。しかしナタリアは、ともだちであるハルハン・ツァガーンナルの手を取り連れ回す。その様子はどこか尊大な態度の大将、といったところか。
高い天井、本がぎっしり詰まった書架。見たことのない文字や数式。それは、ナタリアの知的好奇心を刺激するには十分な要素であった。
「ナタリアちゃん! あっちにも本がいっぱいだよ!」
ツァガーンナルが指差した先には、仕掛け絵本が広げられていた。それも、ただの仕掛け絵本ではない。開いた場面が動く、魔法の絵本だ。
「すごい! あ、この文字……よめる!」
ツァガーンナルとナタリアは仕掛け絵本を挟むようにして座り込んだ。聳え立つ塔が夜明けの光を受けている場面。広がる美しい夜空に、流れ星がいくつも尾を引く。
「きれいだな……ナル、なんて書いてあるんだ?」
ナタリアに尋ねられ、ツァガーンナルは砂の地面に刻まれている文字を追う。
「『星を戴く、砂の上の塔』」
美しさの中に、今にも崩れてしまいそうな儚さを思わせる景色。ナタリアは興味が湧いて、次のページに手をかけた。
「あ、」
次に現れたのは、砂時計だった。さらさらと流れ落ちる砂の上には、先ほどの塔があり、やがて下の器に崩れ落ちる。そして砂時計を支えていた盤が動き出すと、砂時計をひっくり返した。
「すごい!」
「……ああ」
また流れ落ちていく砂により、崩れた塔はうずもれる。それを見つめて、ナタリアはどこか寂しい気持ちになった。
自分は、この光景を知っている。崩壊した帝国を重ね合わせたのだ。ツァガーンナルはそれを見てとり、仕掛け絵本を閉じる。
「冒険はまだまだ続きますよ」
それは、いつものツァガーンナルの言葉。はっと顔を上げたナタリアに、ツァガーンナルはただ優しく、微笑みかけるのだった。
オゴスは戸惑っていた。精神や記憶まで対抗する仲間が多い中、オゴスとはいえば、体が幼児になっただけで、中身にさしたる影響はなかったのだ。
傷の少ない体を確認して、ふと、オゴスは焦燥を覚えた。
自分の、お世辞にも恵まれていたとは言えない過去が、詳らかにされてしまう気がしたのだ。
「俺、ぼ、ぼく、僕は……父さんと母さんが迎えに来るのを……待ってるよ」
それを必死に覆い隠すためにオゴスがとった行動は、「温かい家庭に生まれた普通の子供」を演じることだった。
オゴスにとって、心優しい父母というものは想像でしかない。いなくなった子供を探し求めて駆けずり回る——物語ではそうだろう。だから。
奪われた。奪われたのだ。自分はもともと幸福だった。そう思えば、どこか満たされる思いがする。
しかしそれはあまりに歪で、口を開けばボロが出そうで。オゴスは絵本を読みつつ、周囲の様子を観察することにした。
家族の迎えを待つ仲間たちもいる中にまざり、迎えなど来るはずがない自分の境遇に——やはり、自嘲うしかないのだとしても。
薄汚れてぼさぼさの髪。骨と皮だけと言っても過言ではないやつれた体には、青痣や裂傷が見られる。
姿見に映った自分の姿に——エリカ・プレトリウスは恐怖を覚えた。
だから、逃げ出した。
見知らぬ工房には同じ年頃の子供達が多く集まっていた。混乱こそしていたが、争いの気配もなく。だがエリカにとっては、このみてくれを、生まれを疎まれることが恐ろしかった。
エリカは息を潜める。怯懦を悟られれば、光を当てられる。だから、目立たないように。息を殺して。
「ぁ……」
逃げ込んだのは、小さな読書空間だった。壁に埋め込まれるようにソファベッドがあり、両脇の棚には本が詰め込まれている。その手狭な空間は、しかし、エリカに一時の安らぎをもたらした。
薄汚れた小さな手を、服の裾で拭う。手を伸ばして引き出した本は、魔女見習いの短い冒険譚。
エリカにとって本といえば、身につけるべき知識をエリカに示すものであった。このような物語とは、随分疎遠だった。
現実は物語のようには甘くない。だが、物語はその甘さで以て、打ちひしがれる人々の傷を癒やすのだ。
エリカは夢中で頁を繰った。その華奢な体には、確かに、柔らかな光が射している。
サイラスは書架から一冊の本を取り出した。仲間達の間で方針が決定してから、サイラスは調査組として工房内を探索していた。この夢から醒めるために、そして自身の知的好奇心を満たすために。
サイラスの身の上では、本来このように字に親しむことは疎まれてきた。ともすれば命を奪われていたかもしれない。余計な知識をつけることは、彼らには不都合だったに違いないから。
指先で本を傷つけることがないように、慎重に。錬金術の実験過程を記録したその本は、一見荒唐無稽に見えて、実験と試行錯誤を繰り返して真理へと近づいていく、一種の物語でもあった。大失敗に終わった日もあれば、一歩前進した日もあり。サイラスは初めこそ無感動に必要な情報だけ拾っていたが、いつのまにか、その記録を読むのに夢中になっていた。
それは、真理に挑んだひとりの人間の生き様であったから。
もちろん、内容としても大変興味深い。液体の『質』を研究したそれは、素材を扱う上でも役に立ちそうだ。すっかり夢から醒めるのが惜しくなりつつ、サイラスは字を追うことをやめなかった。
「あっちに何かありますよ。見に行きましょう!」
「ヨルムンレーク」と名乗ったその子供は、同じく幼い時分まで縮んだナハシュの手を引いて歩き回る。それに、ナハシュは目を眇めた。
(多分ヨルなんだろうが……名前は無駄に長えし、笑顔が不気味だし言動もおかしいし。誰だこいつ)
知らないヨルの姿に、ナハシュは違和感を拭えない。しかもこのヨルは、ナハシュのことを弟分だというのだ。
現実では確かにヨルのほうが年上ではあるが、今はほとんど変わりない。このふわふわしたいい子ちゃんを「兄」と据えるのは何か違う気がする。
ヨルムンレークは目を輝かせて書架の合間を練り歩く。しかし眺めるだけであることに気づき、ナハシュは首を傾げた。
「なんか読んだりしないのか?」
「文字は勉強していないのです。父さまも読まなくて良いって」
「ふーん? 字ぃ読めそうな話し方してんのにな」
そんな話をしているうちに、ヨルムンレークは表紙が見えるように置かれた分厚い本に目をつけた。翼を広げた竜のシンボルが描かれた表紙の四方には、金糸で彩られた星がきらめいている。
「わあ……! きれいです!」
「読んでみるか?」
ナハシュの言葉に、ヨルムンレークは表情を固くした。
「で、でも」
「父さまには内緒だ」
そう言って、ナハシュはヨルムンレークを後ろから抱き上げる。が、微妙に届かなかったため、肩車した。
「うわ、わ」
ヨルムンレークはなんとかバランスを取りながら、その表紙に触れる。
その瞬間、ヨルムンレークの頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできた。生命のはじまりと終わりを繰り返す歴史の奔流。ヨルムンレークは圧倒され、ぐらりとその体が傾いた。
「おっ、おいおい!」
そうして、2人とも絨毯の敷かれた床に倒れ込む。そうしてしばし呆然と天を見つめた後、どちらともなく笑った。
「運動神経悪いな」
「あはは」
ひとしきり笑った後、ヨルムンレークは天窓から射し込む光に目を細め、つぶやいた。
「また、遊んでくれますか……?」
泣きそうな声、不安そうな表情を隠そうともせず。ナハシュはそれを見て、腹を抱えてまた笑う。
こんな気弱そうなヨルは初めて見る。何か変なものでも……そういえば変な蝋燭を点けた。
「いいぜ、次は酒を飲もう。ハチミツか果物のやつ!」
覚えていてもいなくても。2人が送る日常は変わらないから。
柔らかく軽く波打つ銀色の髪。丸くぱっちりと澄んだ青天の瞳。純朴そうに見えるその少女——シルヴィア・A・カペルは、しかしすでに貴族としての矜持を備えている。
シルヴィアは女魔法使いに優雅に礼をしてみせた。しかし、シルヴィアの問いに女が答えることはない。仕方なく、シルヴィアはそばで本を読んでいる金髪の子供に話しかける。
「何の本を読んでいるの?」
紙面を覗き込む。そこには見知らぬ文字が、小さくぎっしりと書き込まれていた。金髪の子供からも反応がないため、シルヴィアはそれを読むことを諦めて次の質問をする。
「女の人は、あなたのお母さん?」
頁を繰る手が止まる。そして、金髪の子供はシルヴィアを無言で睨んだ。だがシルヴィアは怯まない。
「女の子をないがしろにしちゃいけないのよ。そんなのいい男じゃないって、先生が言ってたわ」
「先生のまねするな」
むっと、金髪の子供はむくれる。
「……先生のいちばんでいるんだ。もっとたくさん、勉強して」
そう言って、再び読書に戻る。シルヴィアはそんな子供の隣に腰掛けた。
「……あなたとわたし、よく似てるわ」
返答はなく。だが、突き放されもしない。シルヴィアはそのうちに、うとうとと目を閉じた。
アルフィー・リッパーは、目の前の少女に釘付けになっていた。
「アーシェ……だ」
そう名乗った少女は、アーシェル・G・クライン——本来はれっきとした男である。が、幼いアーシェルは母親によって女児の格好をさせられていたのだ。どこからどうみても可憐な貴族令嬢であるアーシェルは、気恥ずかしさから本名を告げられず、アルフィーに「アーシェ」と名乗った。
しかしそのぶっきらぼうな口調が、アルフィーには好感触であったらしい。アルフィーはアーシェを探検に誘い、その手を取った。
迷路のような書架、見たことのない実験器具、きらきらした石。まるで宝探しだ。アルフィーはアーシェと一緒になって走り回っているうちに、彼女のことが好きになっていた。
アルフィーにとって、異性は泣き虫の扱いに困る存在だった。しかしアーシェは違う。動きにくそうなドレスを翻して、自分と一緒に走ってくれる。
いつのまにか庭へ出ていた2人は、木の実や花を集め始めた。
「アルは足が速いな! 俺の方が遠くにどんぐりを飛ばせるけど」
「ふん、どんぐりだって、いつか俺の方が飛ばせるようになるぜ」
そんなことを言い合いつつ、ふと、アルフィーは鈴なりになった黄色い花を見つけた。それは、アーシェの瞳の色に似ていて——アルフィーはそれを摘むと、アーシェに差し出した。
「やる! お前の目の色だ」
愛おしい気持ちと共に。アーシェルはしかし、そのような機微には気づくことはできず。だが、純粋に喜んだ。
「ありがとな、アル! お返しにこれをやるよ」
お守りだ、とアーシェルが髪から解いたリボンをアルフィーの尻尾に優しく結ぶ。それに、アルフィーは頬を染めた。
「あ……ありがとな。お、お前だと思って……大切にする」
しどろもどろになるアルフィーの様子に、アーシェルは首を傾げつつ。その手にはしっかりと、スターチスの花が握られているのだった。
エフィルミアは、小さくなったナキルをしげしげと眺めていた。こんなに小さくなってしまったら、武器が重くて持てないんじゃないだろうか。そういえば顔に傷がない。
一方ナキルは、エフィルミアのことを覚えていないようだった。視界に入っても反応がない。それに、腹立たしい気持ちと、少しの寂しさを覚える。ナキルの瞳にはいつも自分が映っていたから——俯きがちになるエフィルミアの耳に、底抜けに明るいナキルの声が届いた。
「お宝探しするぞ! 一緒に行くやつこの指とまれ!」
「あ……!」
エフィルミアは駆け出していた。あの手にいちばんに届くのは、自分でありたい。エフィルミアはナキルの手を握り込んだ。
「おっ、一緒に行くか?」
近くで見るナキルの大きな瞳は、澄んできらきらと輝いている。エフィルミアが咄嗟に返事をできないでいるのも構わず、ナキルは屈託なく笑った。
「アンタお姫様みてーだな! じゃ、オレは騎士な。行こうぜ!」
自分のことを覚えていなくても、この少年は自分のことをお姫様だと言ってくれる——エフィルミアは胸にあたたかいものが灯るのを感じた。腹立たしい気持ちも、不安も、どこかへすっ飛んでいってしまって。
「こ、子供を放っておくのは心配だから……特別についていってあげるだけだからね!」
いつもは見下ろしているのに、今は目線が同じだというのも何だか不思議だ。
結局その後、宝は見つからなかったのだが、ナキルは残念がることもなくエフィルミアの手をずっと握っていた。
「宝石みたいなお姫様が見つかったから。まぁいいかな!」
エフィルミアは耳まで赤くなる。少年の瞳の方がよっぽど宝石のように煌めいているとは、思っても恥ずかしくて言えなかった。
ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールは、見目はもちろん中身までも幼少時代に退行してしまっていた。ローザリカの不遜な態度はあまり現在と変わらないが、ジュストのほうは珍しく、感情が表れ出ていた。
「可愛くない女なんて大嫌いだ」
やんちゃな貴族令息——といったところだろうか。従姉よりまだ背が低いことや、自分がこのように子供っぽいことを気にして、ついつい天邪鬼になってしまう。言って後悔するなら言わなければいいのにと思いつつも、そういった感情のコントロールがまだ上手くないのだ。
「……ふぅん、目が悪いのね」
ジュストの言葉に内心衝撃を受けつつも、ローザリカは純白の清楚なドレスをふわりと翻す。飛び出た言葉は戻せない。ジュストは涙目を隠しつつも、腕を組んで目線を上げ、自分より背の高いローザリカを見下ろそうとする。
「どうしても、って言うなら、結婚してあげないこともない」
正直、初めて会った時にとても可愛いと思ったのだ。だのに、口をついて出るのはそんな言葉ばかりで。
その時に素気無くあしらわれたことや、自分よりしっかりしていて大人っぽいこと、兄や彼女と比しても自分の幼さに対する劣等感——が、ジュストの感情を捻じ曲げてしまう。
「じゃあ私も。ジュストが泣いてお願いしてくれるなら、結婚してあげてもいいわよ」
選ぶのは自分、とお互いに思っている。しかし捻じ曲がった気持ちも、淡い好意も、「選ばせてほしい」という気持ちの表れだと——幼い時分には知る由もなく。
2人は睨み合ったあと、ぷいっとそっぽを向くのだった。
そんな2人の様子を、ラモンは少し離れたところから観察していた。
(おやおや。おふたりは幼い頃からあのような感じだったんですねぇ。うんうん、ここから拗れて——あ、いや、はい。こういうときは遠くから眺めるに限ります)
仲裁などしようものなら巻き込まれて、おそらく斜め上の方向に勘違いされそうだ。
(両方から恋敵だと思われたり。ほら、この頃の私とっても美少年ですからね)
ラモンもまた、子供の姿になっていた。夢であることはなんとなく分かっている。おそらくあのキャンドルが原因だろう。
と、ラモンは堆く積み上げられた本の城砦を発見した。崩れるか崩れないかといったところの絶妙なバランスの砦の中には、子供がひとり、座り込んで本を読んでいる。
(こちらもなかなか個性的な……)
興味が湧いたラモンは、背伸びをして城壁からひょっと顔を出す。
「ごきげんよう。熱心ですね」
ラモンの呼びかけに顔を上げたのは、ストレガ・L・リベルガストラだった。正確には、ストレガになる前の、何者でもないライブラ。そして子供の時から、その知的好奇心はとどまることを知らなかったようだ。
「夢から醒める方法を探していたのだ。だが、書架に収められている本はいずれも、魔法や世界の理に言及している——面白くなって、つい」
「ほう。ではあの女性が書いているものも?」
「おそらく同じ類のものなのだ。ただ、古語が多くてすらすらとは読めなかったのだ……」
随分昔の書き言葉だ。あの金髪の子供の話し言葉にしても、やや癖があった。
「醒めるのが勿体無い。この書架のどこかにきっと、真実が眠っているはずなのだ」
書見台の女がこの世の真理に辿り着いた人物なのかどうかは分からない。しかしこの書架に揃う書物が示すものは、ストレガが辿り着いていない領域のものばかりだ。
(それを知った時、どうするんでしょうか)
ラモンは疑問に思ったが、口には出さない。ヒトが真実を求めることに、理由などないのだから。
サラは辺りを見回した。知らない場所、知らない人。足が竦み、体が震え出す。あわや泣き出しそうになったところ、「な、」と後ろから声をかけられ、サラは飛び上がった。
「ひゃあっ!」
近くの本棚の後ろに身を隠す。そうしてそろそろと顔を出すと、きょとんとした表情の少年と目があった。
「そんなに、びびらなくても。ここがどこだか聞きたかったんだ」
村にこんなとこあったかなぁ、などと言いつつ、少年はぐるりと工房内を見回した。
「お、おいしくない、よ」
「え? いや、食べないって」
そんなことを言われると思わなかったのか、少年はおかしそうに笑う。
「そうだ、探検しよう! きみもいっしょに」
少年は笑顔でサラに手を差し伸べる。普段なら引っ込んでしまうサラだが、しかし、少年の屈託のない笑顔に背を押される。握り返した手のぬくもりはどこか懐かしく——そして、とても安心した。
工房の中は広かった。迫るように壁面にぎっしり詰め込まれた本に、見たこともない植物の標本。鳥籠の中の鳥は、星を散りばめたような夜色。羽ばたけば周囲に小さな輝きが流れる。
それらひとつひとつに触れながら、2人はやがて庭先にたどり着いた。小さな泉の水面には、吸い込まれそうなほど美しい夜空が広がっている。
「ふしぎな場所だな。ここまでもすごく楽しかった!」
「うん……」
泉の畔に並んで腰を下ろして、2人は晴天を見上げた。柔らかな木漏れ日と、穏やかな風と葉擦れの音。少し休んだら戻ろう。もう少しだけ。
「な、耳かして」
そう考えるサラの耳元に顔を寄せて、少年は囁いた。
「……おれの名前、リクアルドっていうんだ。きみは?」
大切なものをそっと差し出すように、囁かれた名前。それに、サラもまた耳打ちする。
「わたしは、ね、セラフィーヌ、だよ。みんなは、サラ……って呼ぶ、の」
「……サラ。うん、またあそぼう。約束だ」
差し出された小指に、サラも見よう見まねで小指を絡める。
「うん、やくそく……ね。きっと、……きっと、だよ」
天から射し込む光が強くなる。そして、ぐいと引っ張り上げられるような感覚。2人は慌てて手を繋いだ。
離さないで——そう強く願った時、目の前が開けた。
── ○ ──
「ぅ……」
だわは軋む体を起こした。体の感覚が戻ってくる。どうやら自分は、床に転がっているらしい。
「サラ?」
すぐさま、同行者の無事を確認する。サラはだわのすぐそばで、まだ眠っていた。
だわは辺りを見回す。同じように倒れていた冒険者たちが、次々と目を覚まし始めていた。灯したはずのキャンドルの火は消えている。窓から入ってきた風が原因のようだ。
サラが目覚める頃には、冒険者たちは互いに顔を見合わせて首を傾げていたり、目が合った瞬間悶え苦しんだりとさまざまな反応を示していた。だわはというと、眠っていた間の記憶が朧げだ。
(たしか……誰かと約束したような)
サラも同じような状況らしく、うんうんと考え込んでいる。
ロヴェルもまた目覚めたが、顔色が良くない。ひとまずこのキャンドルは廃棄ということになり、不可思議な現象ごと報告書にまとめられることとなったのだった——。
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準25 / 4〜25人
2022年01月12日 17時10分56秒 公開
参加者
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー まあ今回自由に遊ぶけども。 とりま精神6歳記憶そのままとか狙おうかなと?
俺は私立探偵、ヴァン・ローラント。 ある日、依頼で押収された謎のキャンドルについて調査していた。 そしていくつかに火をつけた所、いつの間にか眠ってしまったらしい。 俺は不思議にも夢の中で目を覚ましたが……体が縮んでしまっtゴフゥ!!
(背後を締め上げながら) 全く、依頼が目に入った途端に反射的に入れやがって…。 えーと、精神年齢はこのままで行くつもりだ。
シルヴィアよ。今回はよろしくね。 とてもふしぎな場所だわ……探検してみようかしら? (精神年齢は6歳になるよ)
スィーリーンともうします。 よろしくお願いします! (精神年齢6歳、記憶は迷い中)
……(じっと黙っている) ☆精神年齢は6歳。記憶はなしの予定です。よろしくお願いします
……、すまない(鎮痛な面持ち) MS<ご参加ありがとうございます、6歳になろう そういう流れで、夢の中というわけだ……まあ、そのうち目覚めることができるはず。 何か質問があれば、【Q】をつけて投稿してほしい。質問の締め切りは出発前日の【1月8日23:59】までだ。よろしく頼む。
ヨルムンレークです。6才です。よろしくお願いします。 なんだかヒトがいっぱいでとてもにぎやかですね! 初めて見ました。お祀りみたいだ。 みなさんにとって素敵な一日になりますように。僕からも神へ、ささやかながら祈っておりますね。 (身も心も6歳になります。画像はイメージです)
むぅ?郷に居ったはずじゃが妾はなぜこんなところに居るのじゃ?? とりあえずなんか知ってそうな女に聞いてみるとするかの? (身も心も6歳になります。え?身は大して変わらない?……髪の艶は変わるよ?(
オゴスと申します。皆様方、どうぞよろしくお願い致します。 【Q】 ヒューマンとは成長の速度が異なる種族の場合、実年齢6歳とヒューマン換算で6歳相当のどちらの姿になるのがシナリオの趣旨に沿っているでしょうか?
ナハシュだ。中身もろ共6歳児になるか、外見だけにするかはまだ決めてねえ。 まあ程よいほうになると思うぜ。よろしくな。
【A1】 これは失礼した。えー… 『各種族によって「6歳」の状態が異なることを鑑み、ヒューマン以外は「ヒューマンにおける6歳に相当する姿」、という感じです。ややこしいのでざっくりいうと「各種族の幼少期の姿になる」という理解で構いません』 ……だそうだ。
>【A1】 回答ありがとうございました。 では一時限りの紛い物の幼少期を楽しむと致しましょう。
「なきるだ!よろしくなー なんか、おもしろそーなとこだな!これは探検しがいがありそうだぜ! (予定は決まってます…はい)」
アーシェルだ。よろしく頼む。 見た目も中身も6歳のガキになる予定だ。 ……着てる服のせいで性別不明になるかもしれねぇが、気にしないでくれ(
エリカ・プレトリウスです。 少々体に引っ張られてるかもしれませんが、一応子供なのは見た目だけの予定…です。 臆病者なので、その…悪戯とかは控えていただけると、助かります。
エフィルミアです!よろしくお願いしますっ。 外見だけ6歳になる予定です! 体が小さいと動きずらいですね…(むむむ)