【帝国】メアリー様とシャルトの日々

馬車猪

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シナリオID:3385

オープニング

「メアリー様は竜喰らい殺しを成し遂げられたのです!」
 王国から来た吟遊詩人が高らかに謡うと、観客(帝国軍将兵)が目を見開いて激しく動揺する。
 感動、羨望、疑念に歓喜。
 感情の割合は個々で違うが強さはそれほど変わらない。
 帝国人にとって、竜を殺す(滑舌が悪く竜殺と聞こえました)という言葉はとてつもなく重い。
「あの、竜喰らい殺しであって竜殺しではないですからね? メアリー以外にも冒険者方が参戦されてましたし」
 吟遊詩人が慌てて説明するが正確に伝わっている気はしない。
 この吟遊詩人、シャルトという最前線で公演を行うほど根性はあるが腕の方は並かそれ以下。
 伝えたいことがそのまま伝わらないことが結構あるのだ。
「どのような方かと心配だったが……」
「これほどの方をお迎えできるとは……」
「帝国万歳! レイウェスト様万歳! メアリー様万歳!」
 苦労が顔にも体にも出ている軍人達は涙を流して盛り上がっている。
「王国の王女様かぁ」
「大丈夫か? 王国ってあのきっつい女の出身国だぞ?」
 一部の将兵が、一応は歓迎ムードではあるが主君(レイウェスト)を心配しているようだった。

●
 そのメアリー様である。
 帝国や各国から送り込まれた有力者との面会だけでなくシャルト内の視察も精力的にこなしている。
 独裁的に全てを決めるようなことはせず、良く見て良く聞き献身と実績を笑顔で称賛する姿勢はとても好印象だ。
「殿下」
 王国からついてきた女官が人払いの完了を告げる。
 すると、金糸のように輝く長い髪も透き通るように白い肌もそのままに、やや幼げな顔立ちに年齢相応の表情(ぐったり)が浮かんだ。
「少し休憩しましょう」
 女官達(授恵者で護衛も可能)もうやうやしく頭を下げるが気を抜く者は誰もいない。
 ここは敵地ではないが戦場だ。
 実質次期皇帝の婚約者として帝国入りした(この展開にならなかった場合は高確率で大勢が不幸になる)メアリーは経営能力も求められている。
 王国と帝国の力関係とか国益とか以前の問題で、今の帝国は絶望的な人材不足なのだ。
 戦力も不足しているが社会を維持するための人材不足も酷い。
 本来なら村長がせいぜい程度の人材が大きな街の維持に奔走し。
 男爵級の領地経営が限界の代官が伯爵級の領域を必死に維持し。
 通常なら絶対にあり得ない抜擢人事まで行われている。
 それらに比べれば、次期皇帝の婚約者が女主人として采配を振るうのは帝国からも歓迎される。
 具体的に表現すると『シャルトの経営くらいできるよねできると言ってよメアリー様!』である。
「戦場については分からないこともありますけど」
 メアリーの女官達は優秀で、メアリーの情報分析能力もほとんど異能のレベルで優れている。
 各国や各勢力が安全を確保した後方拠点1つ程度なら鼻歌交じりとまではいかないが余裕をもって維持可能だ。
「レイウェスト様も頑張っておられますし、しっかり成果を出したいですわ」
 きりりと表情が引き締まる。
 メアリーが王国が成し遂げたこと(情報部門を実質的に再興した)を知るスタッフ達は、帝国を内側から掌握する宣言に見えてしまっていた。

●
 ここは野戦病院。
 もとは診療所だった場所に軍医や在野の医者が参加することで成立した重要施設だ。
「過労ですね。お大事に」
 鱗に傷が目立つ医者(リザードマン)があっさり診察して次の患者に向かおうとする。
「元気になる薬とかないの?」
 患者(セニャ)はかなりの高官だが医者は忖度しない。
「体力や寿命の前借りはお勧めしませんね」
 慣れているので立ち止まりもせず、1度だけ肩をすくめて骨折した兵士の手当を始める。
 患者は根性で起き上がって書類仕事を再開しようとして、全身の筋肉痛に耐えられずベッドの上に崩れ落ちる。
 これが一部の将兵が誤解した原因であり、メアリーが受け取ったシャルトの資料が雑な原因でもあった(引き継ぎ資料作成の途中で疲労が限界に達して病院に運び込まれました)。

●
「皆さんお疲れ様です」
 冒険者ギルドの職員が古砦都市シャルトで冒険者を出迎える。
「現在、ここシャルトはメアリー様の指揮下にあります」
 レイウェスト皇子の婚約者として指揮しているのか王国の王女として活動しているのか曖昧な部分はあるが大きな問題ではない。
 各国各勢力の戦力が入り乱れる今のシャルト全てに通用する権威を持っていて指揮可能なのはメアリーだけなのだ。
「皆さんにお願いしたいのは4つです」
 1つ目はメアリーの護衛。護衛は常にいるが彼等にも休息は必要だし、今のメアリーを狙う可能性があるのは極めて強い暗殺者の類いなので彼等達だけでは不安がある。
 2つ目はシャルトの手伝いだ。暖かく栄養のあるスープや焼きたてパンの配給、野戦病院の手伝い、万一に備えた防御施設(堀や柵や防壁)の建設など、冒険者の体力や技術が有用な場面はいくらでもある。
 3つ目はシャルトにいる帝国軍将兵への宣伝だ。巨大な武勲と高貴な血筋を兼ね備えているとはいえメアリーは外国人(非帝国人)。隔意を持つ者も少数だがいる。
 4つ目はメアリーへの助言。メアリーはギルドでの依頼(『リーンエスの耳、募集中』)を通して膨大な情報を得ているが、帝国入りして日が浅く連れてきた人材も帝国の規模と比較すれば少ない。どんな人物がいて本性はどうなのか、誰とどう仲良くするのが有効かなど、メアリーが欲する情報は多い。
「長々と説明してしまいましたが要約すると『決戦の後方拠点であるシャルトのために活動して欲しい』です。大変な状況ですがよろしくお願いいたします」
 職員はそう言って、深く頭を下げるのだった。

解説

●目的  メアリーに協力しシャルトの活動を助けること ●主な場所 ・頑丈な宿舎  メアリーの拠点です ・野戦病院  シャルトの外から重傷者が運び込まれてきます  セニャがベッドの上でぐったりしています ・1番大きな食堂  パン竈もあります  量は豊富ですが豪華な食材はなく、料理が上手な人は他の食堂で精一杯でここにはいません ・広場  様々な部隊が集合して出発したり、ここに到着して解散したり、吟遊詩人が謡ったりしています  閲兵式もできるかも ●登場人物 ・メアリー  がんばっています ・女官  全員授恵者でほとんどが貴族出身  女官、メイド、騎士としての能力を複数または全て兼ね備えていますが、冒険者ほど強くないです ・負傷兵  2度と戦闘できない人も、ヒールで戦闘可能になる人もいます ・セニャ  メアリー到着以前はシャルトの運営に深く関わっていました  メアリーの武勲については知ってはいますが情報処理能力については全く知りません  元王国人ですが王家への忠誠心はありません。敵意もないですが「報酬以上の仕事を押しつけられるのは嫌!」と思っています ・吟遊詩人  数人います  みな根性はありますが巧くはないです  兵士達を楽しませるための演奏を行っています

マスターより

 決戦参加中の方も是非参加してみてください

リプレイ

●
 シャルトは変わった。
 メアリー・リーンエス到着以前も以後も物理的にはほぼ変わらず、しかし雑多な印象は薄れて統一感がでてきている。
 それを帝国の復興とみるかどうかは、国籍によるのかもしれない。
「先の決戦でのご協力に感謝します」
 シルヴィア・A・カペルは見事な礼をする。
「殿下、そして仲間達と共に竜喰らいの討伐が叶い光栄でした」
 メアリーは今も心に焼き付いている光景を思い、懐かしさというには複雑すぎる表情を浮かべる。
 何もかもが劇的すぎた。
 決定的な一撃の感触は覚えているのに、自らが為したことに限定しても理解しきれている自信はない。
「どんな人間も懸命に働くしかありません」
 シルヴィアは恭しい態度のまま、帝国の前線近くでするにふさわしい話題を選ぶ。
「帝国難民キャンプの元兵士の話をしましょう。彼は難民という立場に甘んじず実績を得て帝国奪還への足掛かりにしたいと……責任者の帝国貴族令嬢に焦燥をぶつけた。他国王族かつ実力ある殿下に本心を話す事は難しい。帝国を立て直せるのか、他国に吸収されぬか不安もあった筈」
 それでも、行動するしかなかったのだ。
「殿下が帝国の為に御心を砕く姿は間違いなく届いています」
 彼にも、彼と同じような立場にあって今シャルトにいる者達にもだ。
「私は以前と変わらず破天荒な貴女が好きです」
 シルヴィアはそう言って、近い将来の帝国皇帝妃を力づけた。

「仕事の時間ですね」
 ジュスト・ヴェルジーが時間の区切りを告げる。
 もっとも、分単位で予定が決まっている訳ではない。
 ここは帝都(決戦の場)が遠いとは目視できる場所であり、事態の急変に備えて予定には余裕が設定されている
「メアリー様は既にご存じだとは思いますが」
 シャルトの前任者の1人のことだ。
 把握すべきことが膨大なメアリーではあるが、異能扱いされて当然の域にある情報処理能力によってだいたいのことは把握できている。
「良くも悪くも王国の趣が強いですが、そういう意味ではメアリー様は『仲良くなり易い』のでは」
 ジュストが具体的な方法を示す必要はない。
 メアリーは高度な教育を受けた王族だ。
 王国内に大事な身内を残した者をどう扱うかなど、具体的な事例と手段まで知っていて当然だ(最低でも知っている部下はいる)。
「義姉(エルヴィラ)様に怒られない程度でお願いしますね」
 メアリーの言葉に、ジュストは礼儀正しく一礼した。

 陰から警護しているセロンガード・シュタインドルフは、顔にも気配にも出さないまま考える。
(帝国の国益にも繋がるので止められませんね)
 そうしている間もメアリーは女官から報告を受け、代書させた多数の指示書に署名して、少しの間考えてから周囲を見る。
 捜し物を見つけられずにこほんと咳払い。
 察したセロンガードがわざと気配を濃くすると、メアリーも安堵を隠さずほっと息を吐く。
「帝国の官僚組織について教えてくれますか」
 所属について詳しく聞くと面倒なことになると無意識に判断して言葉を選んでいる。
「はい」
 セロンガードは戦場とは別種の緊張に襲われる。
 かなり高位の授恵者であるセロンガードは、各種の学問に通じ洞察力にも優れている。
 だから、メアリーの格(レベル)より遙かに優れた能力にも気づけてしまう。
(信用されるのはいいですが虚偽を述べる訳にも……)
 ここの前任者(セニャ)は雑に扱っても本人がなんとかするだろうが、その身内は違うのだ。
「殿下から許可が得られた内容のみになりますのでご了承下さい」
 実際にはレイウェスト傘下の情報部門から許可だが実態はだいたい同じだ。
 セロンガードの諜報員時代に知っていた諸々の勢力や部内情勢、崩壊後に存命していた有力人物やほかの元諜報員と情報共有して手に入れた情報から選別して渡していく。
(有益な情報ですから殿下の株は上がり良好な夫婦仲にも繋がる、と思いたいところですが)
 本人(メアリー)の悪意のなさと異能(情報分析力)の強さに、困惑に近いものを感じるセロンガードであった。


●
 通常の引き継ぎだけでも高度なこつの集合だ。
 メアリー付きの女官からの指示を、ミレイユ・ヴェルジーは一際熱心な態度で聞いている。
 ミレイユは学園卒業後に女官としてメアリーへ仕えたいと考えているので気合いも入る。
 なお、そのことを知っているのか推測しているのかは分からないが、女官は外部に流出するとメアリーに少し以上の不利益が出る情報まで渡している。
(期待に応えないと)
 これはミレイユ個人に対する期待であると同時に、ミレイユの家族(ヴェルジー伯爵家)に対する信頼でもある。
 任されたのが護衛や身の回りの世話という域を超えて女官見習いやそれ以上(実質的に女官)であっても懸命に熟す以外の選択肢はない。
「メアリー様がお待ちです」
 帝国内外からの使者やシャルトに駐留中の部隊指揮官の案内まで精力的にこなす。
 体質(ショートスリーパー)の助けがあっても非常に大変で、それ以上にミレイユの糧になる経験だ。
「なるほど」
 帝国軍人の中でも官僚要素の強い軍人が熱い視線(人材的な意味で)をミレイユに向けている。
「何かご用でしょうか」
 問いかける正規の女官はミレイユを既に後輩として認定している。
 ミレイユの就職先を巡る戦いは、まだ始まったばかりだ。

 メアリーの護衛の表看板はフリーダ=ブロムヴィストだ。
(まさかシャルトにメアリー様が来られるとは思いませんでしたね。視察に管理にと忙しそうです)
 陽光を美しく反射する白金色の武装も文字通りの百戦錬磨の実力も、王族の護衛として十分な格がある。
 フリーダが数年前までただの村娘だったという事実を伝えられても偽情報と思う者がほとんどだろう。
(啓示によれば『このルートだと人材不足でブラック企業待ったなし』との事ですが、幸い女官の方々も優秀みたいですから何とかなりそうです)
 冒険者が警備を引き継ぐ前の仕事も引き継ぎの際に渡してきた情報の内容も良質だったので予想より手間が省けた。
(セニャ様の時もそうでしたが、この段階でも過激派は未だに過激な事をしていますからね)
 一度も鞘から剣を抜かないまま、フリーダは敵に対する脅威となって役割を果たしていた。

 レピド・クロサイトは目立たないのも仕事だ。
(元同業である以上、暗殺者のしそうな事はある程度想像できる)
 物理的な暗殺者としての技は使わず知識を使う。
 舞台裏から人と物の配置を指示し、襲撃を成功させるために必要なコストを引き上げるのだ。
「まだ油断するな、暗殺者は一匹見たら三十匹とも言う……すまん、冗談だ」
 レピド渾身の冗談は女官を慌てさせたがメアリー本人は逆に楽しげだ。
 多様な特徴と出自と優れた能力を持つ冒険者は、有為の人材であると同時に絶好の取材対象だからかもしれない。
(考えてみれば、王族の仕事を直に見られる貴重な機会なんだな。……いい勉強にはなる、か)
 得られる情報は非常に興味深く、知りすぎるのが少し怖くなる内容でもある。
「この対象の脅威は低く修正して構わない」
 宗波によるマークの効果は最大約50秒。
 専門家(レピド)にとっては情報を得るのには十分な時間だ。
(敵味方で綺麗に色分けできない、どころじゃないな)
 レピドはため息を吐きたくなる。
 人類の敵と結ぶほど愚かな者は滅多にいないが、自身や所属組織を優先する者はどこにでもいる。
 少し怪しい程度で捕らえて尋問すれば時間も人材も足りないので抑止を中心に活動するしかない。
 その抑止は、レピドの実力と作戦により実に見事に機能していた。

 リューイ=ヴァレンゴルトはメアリーがいる建造物の外を警備している。
 精悍な体に竜鉄の甲冑を着込み、神材の剣まで携えたリューイを軽視する者はいない。
(メアリー様の護衛、か)
 身内での争いに嫌気が差してゴールディを飛び出したのが遠い過去に思える。
 実際はそれほど昔ではないのだが、最近の経験の密度が高く、何より今のこの状況が特異に過ぎた。
(ゴブリンもメアリー様(次期帝国皇帝妃)の護衛をしたことがあるという事実も作っておけば、帝国に移民したゴブリン達にも何か益があるかもしれない)
 しれないではなく確実にある。
 将来この地にゴブリンが根付いたとき、『我等の祖はあの時あそこにいたのだ』と誇る存在になり得るのだ。
「まずは仕事だ」
 それもこれも仕事の成功が大前提だ。
 リューイは自身の戦術眼で襲撃に適した場所を探し出し、襲撃の際に最も邪魔になる(危険に晒される)場所に陣取る。
 これもまた、戦いであった。


●
「――こちらが防御施設の設計図となります。何かご意見やご要望が御座いましたらお伺いしたく存じます」
 エルゼリオ・レイノーラがメアリーに上申したのが数日前のこと。
 現在エルゼリオはランプの光に照らされた工事現場にいる。
「今のボクにできる事って言ったら、やっぱり建築・土木関係かな? って」
「いいから手を動かせ監督さんよぉ!」
 肉体的あるいは精神的問題で戦闘できなくなった元兵士達が猛烈な勢いで地面を掘り土を運び出す。
 超越者や強力なクリーパー相手にはほぼ役立たずとはいえそれ以外には多少は効く。
 防御の穴を埋めるのは駐留戦力に任せてそれ以外の守りを厚くするという、エルゼリオの提案でありメアリーの選択だ。
「駄目だ! この岩でかすぎて排除できねぇ!」
「見せて」
 エルゼリオが現場に急行し持ち上げようとする。
 周囲がどよめくほど動きはしたが、地面に埋まった部分が大きくエルゼリオの力でも取り除けない。
「しかたないか」
 穴掘り紋具(グレイウォッシャー)を起動させる。
 直径1メートル長さ最大10メートルの穴は、壮大な規模の堀と比べればあまりに小さくしかし致命的に邪魔な大岩を取り除くには十分だ。
 工事は再開され、依頼終了まで続いた。

 グレイブ・ヤードは都市首脳陣の助言者的立場にいる。
「まぁあまり噂に流されないように、かといって完全な否定も宜しくはありませんがね」
 超越者の領域に至った王気(カリスマ)の影響は大きく、けれどグレイブの中で帝国貴族としての近衛兵であった頃の経験もまだ薄れすぎてはいない。
 メアリーや女官の話題の選択についても助言して、特に帝国貴族相手の交渉力を大きく引き上げている。
「帝国は実力主義。『起きたトラブルへの対応力』もまた実力といえますから。……品のない手合いが居ないと良いのですが」
 突然の敵襲や怪我人が大勢運び込まれることも考えた計画を立てメアリーからの承認も得る。
 グレイブ自身も、緊急時に動員される癒やし手の1人として扱われる。
(予想はしていましたが影響が強い)
 メアリーより目立つとあらゆる意味で拙い。
 少しの間、姿を消す必要があるかもしれない(舞台裏に移動しても超越的なカリスマは影響力大だが)。

 声が向いていなくても、単純に技術が未熟でも、娯楽が不足しきった拠点においては吟遊詩人は強く求められる。
 勢いはある歌声が響く広場は、疲れた兵士達の憩いの場所だ。
 そんな場所にイズル・M・ヴォルゴールが現れる。
 人当たりは柔らかく、武の実力に不足はなく、未熟な吟遊詩人にも敬意を以て接してくれるイズルは自然と場所の中心人物になる。
「一緒に演奏していいですか?」
 歌が得意と自称する兵士が歌うことすらある場所なのでイズルを拒否する声はない。
(ここに集まった皆は『なにか力になりたい』と集まっている)
 吟遊詩人も兵士も、それぞれ向きは違っても正しく努力している。
(自分もそんな人の力になれるように力を尽くしたい)
 よく手入れされた弦楽器を構え、長い間の修練の結果を披露する。
 イズルの得意分野は戦士、薬学、香学。
 しかし演奏は人を楽しませるには十分で、イズルの真摯さが良い方向に作用し吟遊詩人も兵士も笑顔にさせる。
「俺ももうすぐ戦場に出ます。その時は頑張ります。だから、俺達が旅立つ時、皆さんの演奏で送り出して欲しいです」
 心からの言葉を心地良い音にのせる。
 それは、楽器の前の持ち主が聞いたら声をあげて笑いイズルの演奏と前途を祝福するだろう出来映えだった。

 非番の兵士達が数人がかりで大きな看板を運ぶ。
 優れた体格と厳つい顔の持ち主達が興味を隠せず、レタラ・スマリの指示に従い看板を設置した後は割り当てられた宿舎にも帰らずわくわくして待つ。
(ドゥジンシに馴染みが薄い人達にも楽しめるよう……)
 レタラは大きな筆に絵の具をつける。
 そして描く。
 メアリー王女の特徴を捉えた笑顔、真剣に向き合う顔、剣を構えて竜喰らいに立ち向かう様をゆっくりと(絵を描くにしては速く)描いていく。
 文字が不得手な人間にも通用するのは絵の利点だ。
 絵柄がドゥジン専業っぽくてもここまで巧ければ素養のない者にも通じる。
 人が大勢いる場所での絵を描くパフォーマンスも観客を増やす効果は特大だ。
「100の美しい言葉より1つの分かり易い絵という言葉も……あった気がするからな」
 レタラは不敵に笑う。
 高貴なうまれと実績、そして親しみやすさも感じさせる作品群は、この場にいる帝国人にメアリーの名を深く刻み込むことを成功させた。

 アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは貴族らしく高貴に微笑んだまま悩みを深める。
(王国の要素が強くなりすぎる)
 メアリーに悪意はない。しかし彼女の能力も配下の人材も王国の価値観で育ったもので、ここ(シャルト)に関われば関わるほど影響を与えていく。
(むぅ……気は進みませんが、政治とは元よりそういうもの)
 見事な語りで絵画(イラスト)の解説しメアリーの言動を広めるシルヴィアを見て、アウレーリアは決断した。
(この私から進んで宣撫を行う方が、幾分通りも良いでしょう)
 メアリーを妨害する意図はない。
 帝国貴族出身者として、決戦参加者としてすべきことをするだけだ。
「彼女への支援が作戦を支え、ひいては成功に繋がる。祖国の為に献身せよ、メアリー殿下への支持こそ勝利への道である!」
 王国出身者によるメアリー上げは否定せずにアウレーリアが望む方向へ全体の雰囲気の微修正を試みる。
 メアリーについての言及も身分や血筋より能力に重点を置き、帝国的にウケが良い形にする。
(奪還という大義名分があるうちに、空気を作っておきましょう。協力者アピールにもなります。……将来的にも不安材料は減らしておきたいですし)
 考慮する要素が膨大で、アウレーリアでも疲れる作業であった。


●
 ストレガ・L・リベルガストラが食堂を訪れてから食材の消費量が数割増えた。
 それは決して悪いことではない。
 美味な食事により心身の疲労で衰えていた食欲が回復し。
 骨も肉も内臓も神経も必要な栄養が供給されて癒える速度が増したのだ。
「私は食事も医療になると思っている。栄養を整えれば患者は忽ち良くなるだろう」
 馬鹿馬鹿しいほど大きな鍋とお玉で平然と調理しながらの発言である。
 マスク越しでも発言は良く聞こえ、栄養についての解説は有用すぎて他の料理人が気をとられて仕事が雑になりかねないほどだ。
「最終的に万病に効くのは己の自然治癒力であり、食事と睡眠はそれを助けるだろう。……つまるところセニャ殿は縛り付けてでも寝かせるべきなのだ」
 それを聞いた官僚系の帝国軍人が肩を落としているが気にしている暇はない。
「数をこなし技術を練磨せよ。情報(料理アンケート)を集め技術を確かなものにせよ。量があるなら傷んでないか確認を怠らず。食中毒を忌避せよ」
 覚えたら次を教えるのだと語るストレガは、超越的な料理人であると同時に高度な教導技術の持ち主であった。

 偉容という形容が似合う、白衣の上からも分かる美しくも豊かな胸。
 それほど大きな特徴があるのに全体の均衡は崩れず、薄い青色の挑発と見事な体の輪郭線は否応なく男共と一部女性の視線を引きつける。
「早く動きたい気持ちはわかりますが、落ち着いて私の術を受け入れてください」
 そんな視線を向けられるヴォーレリアが術を使う機会は実はほとんどない。
 負傷した兵士の数が多すぎ、多めに用意して来たスキル(ヒール等)も人の命がかかった場面で使うのが精一杯なのだ。
 ベッドの上の患者がぶるりと体を震わせた。
 成熟した大人の女性のはずのヴォーレリアに、人形じみた(持ち主の思いに沿う)ものを感じ取ってしまったのだ。
 新たな性癖を得てしまった者が1人2人どころではなく存在した。
「おねーさんあざっす!」
 非常に若い兵士が元気に挨拶して退院していく。
 ヴォーレリアに懐き、後頭部にある宝石にも気付いていたがホムンクルスという存在を知った後も態度は変わっていない。
「お気をつけて」
 どこか人形の様だと言われることがあるヴォーレリアが、無意識に自然な笑みを浮かべていた。

「なんだろうね。健全な病院がすぐ隣にあるのがおじさんには眩しすぎるよ」
 ディレイン・オールドケイジは名医と呼ばれるにふさわしい医療技術と経験を身につけている。
 が、現在それ以上に重宝されているのは事務能力だ。
(シャルトを使えるようにして、兵や軍医が来たからいいかってこの前は防寒具を配る手伝いしてたけど……その時でさえ体調不良者もいたし、戦いが始まればまあ怪我人は大量に出てくるか)
 そこまではまだ良かった。
 ディレインが拡張された診療所(現野戦病院)を再訪したときには、医者達は多少疲れてはいたが治療は問題なく行えていた。
「これがねえ」
 怪我や病がどんな感じでどう対処したかとか、物資をどれだけ使って今どの程度あるかとか、ある代官が過労で倒れた前後で情報量が激減した。
「セニャちゃんも患者だし、医者として言うね。体調が万全でない時に無理矢理手をつけた仕事の達成率ってとんでもなく低いよ。しっかり休んで少しでも万全に近づくのが、今の君が優先すべき仕事。せめて丸一日、回復することだけに専念してみるといい」
 テレパスで部下に代筆させようとしていたのでそれも止めさせていた。

「また無理をしたものだな、で? まともに引き継ぎ資料が作れてないと聞くが、出来てない重要事項があるならこちらで連携しておくぞ?」
 ベルク・オスマットは専門家(ディレイン)の判断を尊重はするがベルクもまた別分野の専門家だ。
「書面にすると冊子ができあがる件ならいくつかあるけど」
 毛布の下から伸びているピンク髪が少し動く。
「えーと……確か……」
「時間経過で情報の価値が0か少しになった件は無視しておけ。ないな? よし」
 ベルクはディレインやヴォーレリアや医師陣に一礼して姿を消した。

「どうも。そのままで」
 見舞いに来たフリーダは、セニャにそのまま休んでいるよう伝える。
「今後の身の振り方を考えると、ここで体調を回復させておくべきかもしれませんよ」
 セニャの実績は最低でも爵位に相当する。
 今後どこに飛ばされるか(または囲い込まれるか)は分からないが、戦後も忙しくなるのは間違いない。
 紫と金の瞳が光って『あなたも私の同僚になるのよというかなってお願い』という念が送られて来ている気がするが、フリーダは平然と気付かないふりをしていた。

「まあまあ」
 アルマ・ヴァレンタインが毛布の上からセニャを宥める。
 付き合いも数年目なので共にした戦場も数え切れないほどなので、セニャも目立たないよう警備しているセニャの部下も文句は言わない。
「セニャさんは食堂のビュッフェまで行く元気ないみたいだしねー」
 だから持って来たよ、と大型のお盆に小さな皿をずらりと並べたものをサイドテーブルに置く。
 あら、と警備が目を輝かせてしまうほどに彩りも香りも素晴らしい。
「相互理解や親睦の手助けのつもりで作ったらシャルガネ風のとかはもう食べられちゃってー」
 アルマの調理技術は超越者の1歩手前なので、物珍しさもある調味料まで使うと人気が出すぎてしまった。
「はいあーん、と思ったけどやっぱアルベルトさんにやってもらってー。セニャさんの体調と好みにあわせてるから美味しいと思うよー」
 セニャにしては、非常に平和な光景であった。


●
「殿下、野戦病院で倒れている先任者より引き継ぎ漏れしていたと思われる事項について聴取してまいりましたので確認願います」
 ベルクがメアリーに報告する。
 非常に帝国の色が強いので、メアリーとの間に常に女官がいる程度には警戒されている。
「……前任者についてですが、元は王国の貴族派ですが柔軟性のある者なので体調回復後に相応の報酬を与えて飴を保証できれば動かしやすいかと。ただ本人の芯は貴族派なので効率を求めるとヘイトがもれなく集まりますのでご注意を」
 報告は外に漏れないよう行われた。

 その前任者である。
「セニャ、今は無理をせずに休むんだ」
 婚約者であるアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトの看護を受けてセニャは御満悦だ。
 将来のために休みも削って帝国中を駆け回り危険に飛び込んでいたとはいえまだ18歳。
 そういう欲も枯れてはいないどころかかなり強い部類だった。
「セニャ、メアリー王女の情報処理能力は半端ないぞ」
 この時間を2人きりで楽しみたい気持ちはアルベルトにもあるが、浮かれた彼女(婚約者)に触れると苦言を呈すしかなくなる。
「本当?」
 良い意味でも悪い意味でも頭が貴族派なセニャとその実家に対して、メアリーの能力が知られないよう手が打たれていた。
「本当だとも」
 アルベルトはちらりと護衛(メイド)を見る。
 婚約者ともっと仲良くしたいのだが、見られたままする趣味はない。
「どうぞそのまま」
 やれという意味ではなくそれ以上はするなということだ。
 シャルトを拠点に改造するためのあれこれで、セニャの財布は空で出産育児に使うリソースが足りなくなっている。
 そうしているうちに時間切れになる。

「メアリー様からの報酬が得られる『朗報』だよ」
 病室に現れたジュストが笑顔で言う。
 口(話術)では勝ち目がないセニャは大人しく聞いて、最初は微かに怒りを隠せず、次第に怒りが消えて焦りが全く隠せなくなる。
「直接の報償はレイウェスト皇子からになるから後でね」
 王国内にいるセニャの大切な身内(甥)へ、集権派に便宜をはからせるというのがメアリーの選択だ。
 貴族派有力貴族の嫡子は当然のように貴族派から猜疑の目で見られ、生き残りのため集権派に近付かざるを得なくなる。
 しかも集権派はいつでも彼女(セニャ)の甥への優遇を止めることができるしメアリーも帝国から影響を及ぼせる。
「破格の報酬だと思うよ?」
 表面も実態もその通りではあるのでセニャはジュストに反論できない。
(不用意に追い詰めるとどんな手段で反撃を目論むか分からない、か。メアリー様には何が見えているのだろうね)
 薄ら涙を浮かべてぷるぷる震えながら礼を言うセニャを、ジュストは静かに観察してから礼儀正しく退出した。

 桃髪の少女(帝国代官)が、わ……ぁ、と心が折れた表情で動かなくなる。
「セニャ!」
 アルベルトが揺すっても反応はない。
「起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れてる」
 キリッとた顔のアルマが毛布を頭からかけてやり、周囲(個室の外)の人々にトラブルは起きていないから安心するよう伝える。
 メアリー統治下のシャルトは、にぎやかに活動して決戦に挑む戦士達を支えていた。

マスターコメント

 お疲れ様でした!  これまでがんばったセニャも満足していることでしょう。
イベントシナリオ

イベントシナリオ易しい 報酬:標準18 / 4〜25人

2023年12月24日 22時52分49秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ディレイン・オールドケイジ

    ヒーラーのディレイン、よろしくね。 野戦病院にいるつもりだよ。

  2. イズル・M・ヴォルゴール

    イズル・ヴォルゴールです。よろしく。 広場に行く予定です。

  3. アルマ・ヴァレンタイン

    もう明日しゅっぱつだった…アルマだよ、どーぞよろしくねー 食堂でいろいろ作ってみる予定だよ

  4. グレイブ・ヤード

    では宿舎にでも行っておきましょうか。 多少なりとも役に立つこともあるでしょうし

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0