浄禍の火送り
真柄 葉
コメント 9
シナリオID:1846
オープニング
今宵は満月。
天気は快晴。
催しを行うには絶好の日だ。
「ふぅ……皆さん、ありがとうございました」
キサキ・アカネは、汗を流してくれた宿の従業員に頭を下げる。
そして、広場に組み上げられた大きな『竹組み』を見上げた。
シャルガネの一部に伝わる新年の行事『浄禍の火送り』。
始まったばかりの一年の災いを払い、様々な願いを炎に託し天へと届ける行事である。
「今年は賑やかになりそうですね」
「あれ、いつもは賑やかじゃないの?」
組み上げられた大篝火を見上げながら呟いたアカネに、準備を手伝っていたヒルルクが首をかしげながら問いかけた。
「そうですね。一応祭事という事になるので、例年はけっこう厳粛に行われますよ」
「へぇ、そうなんだ」
「とはいえ、終わった後は宴会に突入しちゃうんですけどね」
「なんだ、賑やかなんじゃない」
「そうかもしれません」
微笑むアカネに、ヒルルクは少し呆れたように話す。
「……うん? じゃ、今年は賑やかってどういう事?」
「ええ、今年は冒険者の皆さんをご招待しましたから」
「へぇ……なんで、また?」
「えっと、この行事は一年の災いを払う祭事でもあるんですよ。冒険者の皆さんは大変なお仕事をされていますからね。少しでも災いが遠のく様にと、願掛けをしてもらう為にご招待したんです」
「そうなんだ。それじゃ、わたしの災いもどこか行くかしら」
「あら、ヒルルクさんも何か心当たりがあるんですか?」
「うーん、具体的に何かある訳じゃないんだけど……なんとなーくいつもトラブルに巻き込まれてる気がするのよね」
「ははは……それは何と言いますか、ご愁傷様です」
渋い顔をして首をひねるヒルルクに、アカネは苦笑で答えた。
「この行事のメインイベントである火送りの祭事は夜に行うんですけど、お昼の間にも色々と催し事がありますので、よかったらそちらにも参加してくださいね」
「そうなんだ。それって楽しい?」
「楽しい、かどうかはわかりませんが……あ、一つだけヒルルクさんでも楽しめる催しがありますよ。よければ参加してみてください」
「そうなのね、わかったわ! 任せといて!」
「ただし、全力出しちゃダメですよ?」
「え、なに? どういう事?」
「ふふ、それは催しが始まってからのお楽しみです」
執拗に肩をゆすってくるヒルルクにデコピンを返しつつ、アカネは大篝火に背を向ける。
毎年恒例のささやかな行事も、今年は大いに盛り上がるだろう。
大きな期待と少しだけの不安を抱えながら、アカネは雲一つない空を見上げた。
天気は快晴。
催しを行うには絶好の日だ。
「ふぅ……皆さん、ありがとうございました」
キサキ・アカネは、汗を流してくれた宿の従業員に頭を下げる。
そして、広場に組み上げられた大きな『竹組み』を見上げた。
シャルガネの一部に伝わる新年の行事『浄禍の火送り』。
始まったばかりの一年の災いを払い、様々な願いを炎に託し天へと届ける行事である。
「今年は賑やかになりそうですね」
「あれ、いつもは賑やかじゃないの?」
組み上げられた大篝火を見上げながら呟いたアカネに、準備を手伝っていたヒルルクが首をかしげながら問いかけた。
「そうですね。一応祭事という事になるので、例年はけっこう厳粛に行われますよ」
「へぇ、そうなんだ」
「とはいえ、終わった後は宴会に突入しちゃうんですけどね」
「なんだ、賑やかなんじゃない」
「そうかもしれません」
微笑むアカネに、ヒルルクは少し呆れたように話す。
「……うん? じゃ、今年は賑やかってどういう事?」
「ええ、今年は冒険者の皆さんをご招待しましたから」
「へぇ……なんで、また?」
「えっと、この行事は一年の災いを払う祭事でもあるんですよ。冒険者の皆さんは大変なお仕事をされていますからね。少しでも災いが遠のく様にと、願掛けをしてもらう為にご招待したんです」
「そうなんだ。それじゃ、わたしの災いもどこか行くかしら」
「あら、ヒルルクさんも何か心当たりがあるんですか?」
「うーん、具体的に何かある訳じゃないんだけど……なんとなーくいつもトラブルに巻き込まれてる気がするのよね」
「ははは……それは何と言いますか、ご愁傷様です」
渋い顔をして首をひねるヒルルクに、アカネは苦笑で答えた。
「この行事のメインイベントである火送りの祭事は夜に行うんですけど、お昼の間にも色々と催し事がありますので、よかったらそちらにも参加してくださいね」
「そうなんだ。それって楽しい?」
「楽しい、かどうかはわかりませんが……あ、一つだけヒルルクさんでも楽しめる催しがありますよ。よければ参加してみてください」
「そうなのね、わかったわ! 任せといて!」
「ただし、全力出しちゃダメですよ?」
「え、なに? どういう事?」
「ふふ、それは催しが始まってからのお楽しみです」
執拗に肩をゆすってくるヒルルクにデコピンを返しつつ、アカネは大篝火に背を向ける。
毎年恒例のささやかな行事も、今年は大いに盛り上がるだろう。
大きな期待と少しだけの不安を抱えながら、アカネは雲一つない空を見上げた。
解説
●目的
年始の行事「浄禍の火送り(じょうかのひおくり)」に参加してください。
●場所
シャルガネにある高級旅館「巴屋」。
敷地内にある広場に、竹で作られた大篝火が据えられています。
●人物
キサキ・アカネ
高級旅館「巴屋」の女将。
毎年恒例となっている行事に冒険者達を招待しました。
ヒルルク
冒険者でもないのに遊びに来た征竜の巫女。
お餅が食べたいそうなので、イベントにも参加するようです。
●イベント
・吉書の奏(きっしょのそう)
いわゆる書初めです。
巴屋の一室で、今年一年の目標や抱負をしたためます。
・糸紬の工(しちゅうのこう)
複数の色の紐を組み上げ「組紐」を作ります。
作業は恋人同士や友人同士、家族同士で行います。一人一人が一色の紐を選び、願い事を書いた紙(こより)と共に、協力して組み上げます。
・餅割りダイナミック
鏡開きです。
巴屋で飾ってあった大鏡餅を割ります。
最も「ダイナミック」にかち割った人が、今年の『福男(女)』に選ばれます。
鏡餅はいっぱいあるので、沢山参加者がいても大丈夫です。
なお、割ったお餅は後でお雑煮にして振舞われます。
・清禍の大篝火
広場の中央に設けられた10mを越える竹の大篝火です。
満月の日の夜に火を入れ、立ち上る浄禍の炎と共に、1年間の災いを払い、豊作や商売繁盛、家内安全、無病息災、子孫繁栄、恋愛成就等々を願います。
<一緒に燃やすもの>
・不要になった思い出の品
シャルガネの一部には「物には魂が宿る」との思想があり、長年愛用し不要になった物や壊れてしまった愛用品を炎にくべ、天に送ります。
火にくべるものによって、様々な御利益があるとされています(例:ペンをくべれば学業成就。鍬をくべれば豊作祈願など)
・餅や芋などの食べ物
清禍の炎で焼かれた食べ物を口にすると、その一年健康でいられるとの言い伝えがあります。焼くものは何でもいいですが、食べ物を粗末にすれば罰が当たりますのでご注意を。
・書初め
字の上達と習得を祈願して、今年初めて書いた字を大篝火と共に燃やします。
・組紐
恋人同士、友人同士、家族同士で組み上げた組紐を大篝火にくべて天に送ると、「結びは永遠となる」との言い伝えがあります。
●補足
書初めや組紐はアカネが教えてくれますが、講師役も募集しています。講師役の人は事前にアカネに習ってあったという事にしていただいて結構です。
清禍の大篝火が終わった後にお雑煮が配られます。調理手伝いの方も大歓迎です!
マスターより
名前戦争ならここにもある。
いつもお世話になっております、真柄と申します。
皆様も何だか似たような行事を見た事がおありかと思います。
地域によってさまざまな呼び方があるみたいですね。
ちなみに真柄の住んでた地域は「左義長」でした。皆さんのところはどんな呼び方だったのでしょう?
という訳で、そんな感じのイベントです!
ロスガリア風にアレンジしていますが、趣旨は一緒ですので今年一年の災い祓いにぜひ参加してください!
あ、「餅割りダイナミック」は冒険者の皆さんが本気でやるとたぶん粉々になるので、注意してくださいね。『福男(女)』は割れた数を競うのではなく、より「ダイナミック」に割った人が選ばれますから。
質問があればヒルルクがアカネちゃんに聞いてくれるみたいです。
何かありましたら「Q:」の形で相談掲示板へご質問ください。
それでは、よろしくお願いします!
リプレイ
ここはシャルガネ。高級旅館『巴屋』。
「これが鏡餅、ですか……」
「ほんと、でかいわよね。どうやって作ったのかしら」
ヴィルヘルミナとヒルルクが山と積まれた鏡餅を見上げる。
彼女らの横では年始恒例の行事『餅割りダイナミック』が開催されており、参加者達が次々と巨大な鏡餅を叩き割っていた。
「ヒルルクさんも参加されると聞きましたが……まさか、そのハンマーでかち割るんですか?」
「え? そのつもりだったけど、ダメなの?」
「ダメ、ではないでしょうが……あなたが本気でやるときっと粉々になりますよ?」
「そ、そんなに馬鹿力じゃないわよ!」
「…………そうですね。はい」
「その間は何!?」
「気にしないでください、期待しています、ね?」
「何の期待!?」
突っかかってくるヒルルクを置いて、ヴィルヘルミナはすたすたと会場へと歩いて行った。
空高く舞い上がった巨大な鏡餅。
上昇限界点へと達した餅はゆっくりと降下を始める。
徐々に迫ってくる鏡餅の真下で、剣に手をかけた。
「はぁぁっ!!」
直撃する。
観客の誰もが思った瞬間、裂帛の気合と共に抜き放たれた刃は、大餅を一刀の元に両断した。
ゴウンっと巨大な落下音を響かせ舞い上がった土煙の中から、アリオン・リューが納刀しつつ姿を見せる。
「おー、すごいわね、アリオン。一撃で斬ったの?」
「う、うわ、ヒルルク。居たの……?」
「何よ、居ちゃ悪い?」
せっかく褒めたのに、アリオンのあまりの驚き様にヒルルクは眉を顰める。
「そ、そういう事じゃないよ。ちょっと、ほら、あの……ね?」
「ね? って言われても何の事よ」
なんとなく複雑な表情を浮かべながらアリオンに、ヒルルクは首をかしげた。
「いや、なんでもない。うん、なんでもないよ。普通のヒルルク」
「は? アリオン、あなた何か変よ?」
「そんな事ないって、僕はいつも通りだよ。あ、次の人がやるみたいだよ。ほら、ヒルルク一緒に見よう」
怪訝な表情を浮かべるヒルルクに笑顔を向け、アリオンは次の参加者を指さした。
「ネネー、頑張れー! 貴方ならできる! 目指せ福女!!」
エルシー・サリバンの熱い声援を受けながら、ネーヴェ・グラヌローザが餅割りの舞台に出る。観衆の視線に応えるように、ネーヴェは扇子を広げ優雅に頭を下げた。
賑やかだった会場が静まり返り、白美の舞手の所作に見入る。
大鏡餅の周りを舞う氷舞扇。舞手を包むように現れた雪の花が美しくも儚く散り、見る者を魅了した。
舞い散る初雪を見上げるように空を仰ぐと、怜悧な刃を抜き放つ。
交錯する柔の扇羽と剛の怜刃。
何時しか会場には、得も言われぬ香りが漂い、幻想的な舞と共に観客達を虜にした。
「はっ!」
舞の終焉。短い気合と共に振り下ろされた怜刃が鏡餅を捉える。
巨大な鏡餅はその切り口に雪花を纏い、真っ二つに割れた。
ネーヴェは扇子を畳み、刀を仕舞うと、観客に優雅に一礼。
「ひやぁ! ネネ、最高!!」
エルシーの一言が呼び水となり、観客から割れんばかりの拍手がネーヴェに注がれた。
●
「吉なる書を奏でるか、とても良い響きの言葉だね」
書に勤しむ者達を見つめながらセヴラン・クアルトが呟いた。
「名付けた方のセンスが伺えますよね」
横で微笑むアカネは、不慣れな毛筆で書初めをする彼をサポートしていた。
「書く文字は決まりましたか?」
「うん、こういう字なんだけど」
「なるほど。シャルガネ風に言うと『無病息災』ですね」
「へぇ、そういう風になるんだね。ちなみにどう書くのかな?」
「えっとですね……」
セヴランに言われアカネは半紙に向かう。
真っ白な半紙に毛筆を走らせると、達筆な文字を書き記した。
「このように書きます……セヴランさん?」
「ああ、すまない。とても素敵な所作だったから魅入ってしまった」
「もぉ、そういう冗談は彼女さんだけにしてください」
熱い視線を向けられたアカネは苦笑交じりに視線を逸らす。
「それよりどうですか。書けそうです?」
「そうだね、アカネさんが手取り足取り教えてくれるのなら――――って、冗談冗談。やってみるよ、見ていてくれるかい?」
「もぉ。今度変なこと言ったら別の方の所へ行きますからね?」
「それは大変だ。気合を入れないとね」
呆れるアカネに微笑みかけ、セヴランは筆を取った。
「手取り足取り教えちゃいますよー!」
「ククッ、そりゃ楽しみだ」
墨と筆、半紙を前に腕まくりするハルノ・ヒビキを、伴侶であるダチュラが微笑ましく見つめる。
「これは毛筆という種類のペンでですねー、こうやって持つんです!」
「なんだ、指がつりそうだな……」
「慣れるまでちょっと大変ですけど、こう持たないとちゃんとした字が書けないんですよー!」
ヒビキは悪戦苦闘するダチュラに手を添えながら、筆を硯につける。
「それで、なんて書きましょっか? 無病息災? 戦勝祈願?」
「いや、書くものは決めてんだ」
「おっ! そうなんだ! なになに? なんて書くのー?」
「んー……こうしてこう。……どうだ♪」
「えっと、なになに……夫婦円満! ひぁ! 照れちゃうね!?」
ダチュラが覚束ない手つきで書き上げた文字に、ヒビキは両手を頬に当てた。
「ククっ、それでヒビキはなんて書くよ」
「え? えっと、私はねー」
と、ダチュラに言われヒビキは慣れた手つきで筆を執ると、さらさらと半紙に文字を書き記す。
「こーれ! 『健康第一』!」
「なんだそれ、せっかくの新婚なのに、書いたのがそれか?」
「はっは! 何事も健康第一だからね! ダチュラさんもずっと健康でいてよ?」
「あったりめーだ。お前を一人にするかよ」
「もー! またナチュラルにそういうこといって!」
照れた表情を見て笑うダチュラに、ヒビキは再び両手で顔を覆った。
「アカネ先生! わかりませんっ!」
初めて見た習字道具を前に、途方に暮れていたスフィカがアカネを呼ぶ。
「えっと……何がわかりません?」
「うーんと、全部、かな?」
「そ、そうですか。スフィカさんは字が書けるんですよね?」
「うん、書ける……とは言っても、上手くはないけどね。ずっと読めればいいや的精神でやってきたから」
「なるほど、では筆の持ち方からやってみましょうか」
慣れない毛筆に悪戦苦闘するスフィカに、アカネは根気よく持ち方を教える。
「うぬぬ……ペン先が柔らかくてうまく線が引けない」
「線ではなく流れで書くんですよ」
「うわっ!? 黒いのが顔に跳ねた!!」
「大変っ! 墨は服につくと取れないので、急いで拭ってください!」
「ぎゃー! 擦ったら広がった!?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! それ以上は触ったら……あー!!」
「ふーふー……大丈夫? もうついてない?」
「ええ、もう大丈夫ですよ。はぁ、一時はどうなるかと……」
「えへへ、ごめん。でも、ちゃんと書けたよ! どうかな?」
と、書き上がった半紙を持ち上げるスフィカ。
「はい、個性的で素敵な字だと思いますよ」
たどたどしいながらも立派に書き上げられた書に、アカネはにこりと微笑んだ。
「真っ直ぐ引けないわ」
「もっと肩の力を抜いてみてください」
慣れない毛筆に悪戦苦闘するルベア・ベルニに、アカネが手を添える。
「この字が示す様に、書の向こうに相手の顔を思い描いて」
耳元で囁かれたアカネの言葉に、ルベアの脳裏に一人の顔を浮かべた。
冒険者となってから今まで、私は色々な人達に助けられてきたし支えられてきた。今年はその恩を少しでも返したい。小さなことから少しずつでも――。
「――――どう、かしら」
毛筆を半紙からあげる。何時しか手の震えは消えていた。
「素敵ですよ。沢山の想いが感じられる綺麗な文字です」
半紙に書かれた文字を見てアカネが微笑む。ルベアが書いた文字は『支』の一文字だった。
●
「な、なんか久しぶりだね、ここも……」
「そうだな、あれからもう半年か。早いなぁ」
巴屋の玄関をくぐったのは、何を思い出したのか微妙に緊張しているサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブと、ハヤト=ガラン=ヴォルファングだった。
「あら、お二人共、ようこそいらっしゃいました」
「あ、アカネっち! お久しぶり、遊びに来たよー!」
「また世話になんぜ、よろしくな!」
二人は出迎えに出て来たアカネに挨拶する。
「ねね、アカネっち。組紐ってのがあるって聞いたんだけど、どこでやってるの?」
「こちらでやっていますよ。お二人で編まれますか?」
「うん! お願いしますっ!」
二人はアカネに導かれ、旅館の奥へと進む。
「ぴゃ、綺麗な糸がいっぱい!」
「へぇ、これで編むのか」
「お相手の事を想って、糸を選んでくださいね」
アカネにそう言われ二人は互いの顔を見ながら、絹糸を選ぶ――。
サフィラは紐に願う『ずっと共に居られますように』と。
ハヤトは糸に想う『彼女がずっと笑顔でいられるように』と。
「ふあ……沢山ありますね。リサちゃんはどの色にしますか?」
「そうですね……あ、これなんてどうですか? 他の地域ではあまり見ない色合いですよ」
並べられた絹糸を、ゲルダ・クラインとリサ・ベイカーは楽しそうに選んでいた。
「互いの想いを乗せて組み上げますから、お相手に合う色を選ぶといいかもしれませんよ」
アカネのアドバイスに、二人は互いの顔を見つめる。
「互いの想い……」
「相手に似合う色……」
少し控えめではにかむ様な笑顔。
元気いっぱいの太陽な様な笑顔。
二人は相手の顔に、想いの色が重なっていくのを感じる。
「ゲルダちゃんには……この色。『若草色』が似合うような気がします」
「リサちゃんには……えっと、これ。『薄柳色』が、頭に浮かびました」
自然と伸びた手が、一本ずつ絹糸を掴んでいた。
「どちらも素敵な色ですね」
二人の選んだ絹糸を見てアカネは微笑む。
「それではこちらに。この台で交互に編み込んで一本の紐にしてください」
二人はアカネに教わりながら、慣れない手つきで試行錯誤。願いを書いた紙を織り込みながら、ゆっくりと糸を編み込んでいった。
「こんなに綺麗なのに燃やしちゃうのは、少し勿体ないね」
「そうする事で想いは天へと昇り、成就すると言われているんですよ」
綺麗に染められた絹糸を見つめるエルシーにアカネが答えた。
「私に似合う色を選んでくれると、あれほど張り切っていたじゃないですか」
そんなエルシーを見つめるネーヴェ。彼女の手には既に、赤と桃色の糸が握られていた。
「うん、そうだね。ちゃんと選ばないとネネに失礼だね」
その言葉に頷いたエルシーは、絹糸とネーヴェを交互に見ながら糸を選ぶ。
「――――これかな」
そして、選んだのは、藍、蒼、薄青、白の四色。ネーヴェの幸せを願い選んだ色だった。
「素敵な色でございますね」
「ネネも素敵な色をありがとうね」
互いの紐を見せ合い少し恥ずかし気に微笑む二人。
「ふふ、お二人共選ばれたようですね、それではこちらへ」
そんな二人を微笑ましく見つめていたアカネが声をかけた。
●
「ヒルルクー! 久しぶり……なのだ……」
「いきなりテンション低いわね!?」
ヒルルクを見つけ上機嫌だった大福が、友の姿にずーんと落ち込む。
「ヒルルク。これはシャルガネの新年の行事なのだ」
「そ、そうね?」
「なんで……なんで着物じゃないのだー!!」
「え……?」
大きな瞳に涙をいっぱい貯めながら訴える大福。
「いいのだ。そんな空気を読まないヒルルクはぷいっなのだ!」
「ええっ!?」
「粽! この悲しみをあの大鏡餅にぶつけるのだ!!」
戸惑うヒルルクを置いてきぼりにし、大福は涙を散らしながら餅割りの舞台に立つ。
「悲しみの大福、行くのだーー!!」
大福選手、観客に向け手を上げると粽と共に走り出す! 全力疾走。短い脚で全速力だ!
おーっと、ここで跳躍! 低い、低すぎるぞ大福!! い、いや違う! ここで粽だ! 粽が大福の足元へ鼻先を差し込んだ! な、なんだと!? 大福大ジャンプ!
「ひーーーっさつ! だいふく…………ぱーーーんちっ!!」
空中でくるくると回転した大福が、餅目がけて急降下だぁぁ!!
――――ぺちーーんっ!!
響き渡るに肉球音! なんて後先考えないダイナミックさ! これぞまさに大福餅かっ!?
いつの間にか現れた司会の絶叫を背に、大福はフッと小さく微笑む。
「割れなかったのだ……」
そう言い残した大福は、粽に咥えられ……退場した。
「大福、あなたの雄姿は忘れないわ……」
「何、浸ってるんですか」
「うん? あらトーラじゃない」
哀愁漂わせ退場した大福を見送ったヒルルクに、トーラが話しかけた。
「トーラも挑戦するの?」
「もちろんです。ヒルルクはやらないんですか?」
「うーん、どうしようか迷ってるとこ」
「ふーん」
「うん? なに?」
「いえ、なんでもありません。それじゃ行ってきますね」
何やら意味深なトーラの視線に首を傾げたヒルルク。しかし、トーラはそんな事を気にする様子もなく、餅割りの舞台へと向かっていった。
●
リディリディ・トゥラ・イェレミースは見ていた。
(なんでしょう……あの白くて丸い物体は。それに、なんで彼女が、ここにいるのでしょう……)
旅館の角からそっと舞台を覗き込む。
(もしかして……あれも、征竜に関わる何かそういう感じのもの……なのでは)
冒険者達がこぞって割っている白い物体……その光景を満足げ(?)見つめる征竜の巫女……。
(あれは……きっと危険なものです。ロスガリア大陸を脅かす……でも、何故でしょう。こう、この辺りがキューッとなる、空腹にも似た感覚は……)
リディリディはピコーンと来た。でも、お腹はぎゅるると鳴く。
(はっ、あれは……)
リディリディがハッと顔を上げた。
その瞳には舞台へと向かっていくヒルルクの姿が映っていた。
「ほんとにうまくいくの?」
「大丈夫大丈夫、僕に任せておいてよ!」
ヒルルクの背中を押し舞台へと向かうハーヴィ。
二人はこそこそと何やら打合せしながら、鏡餅の前へと立った。
「あ、ただし全力は出さないでね。ヒルルクさんが力いっぱい叩いたら、きっと粉々――――おほんっ! ちょっと、見られたものじゃない感じになるかもだし!」
「フォローになってなくない!?」
抗議してくるヒルルクにウィンクしたハーヴィは、彼女を舞台に立たせると観客に向け頭を下げる。
(ヒルルク、今だよ!)
(わ、わかったわ!)
小声で囁かれヒルルクが杵を振りかぶった瞬間――。
『あっ!!』
観客から驚きの声が上がる。
なんと、ヒルルクの背後に、竜の気が立ち上っていたのだ。
(征竜!?)
これには流石のリディリディもビビった。
(こんな場所に、征竜を呼ぶなんて……やっぱり、あの人は危険です……!)
そして、決意も新たにヒルルクを睨み付ける――。
●
「どうやらここのようですよ、坊ちゃ……いや、ギャメル」
何処かぎこちない喋り方で、ギャメルを巴屋へと誘ったオゴス。
出迎えたアカネと共に、絹糸が用意された部屋へと通された。
「ふぇ……なんかすげーぞ、オゴス!」
「ええ、本当に」
「お好きな色を選んでくださいね。お相手に合う色だと尚いいですよ」
絹糸の美しさに驚く二人は、アカネに言われ互いの顔を見た。
ギャメルが選んだのは『金』。皆が金で困りませんようにと。
そして、オゴスは『緑』の糸。皆が健康であるようにと。
「オゴスは何の願い事を込めるんだ?」
「そうですね。ギャメルと弟妹たちが健康であるように、ですかね」
「む! また口調!」
「おっと……すまない。なかなか上手くいかないものだな」
ギャメルにビシッと指さされ、オゴスは頭を掻いた。
「そっか、俺と弟妹達……って、オゴスの事が入ってねぇじゃん!」
「俺はいいんだ。授恵者なんて言う健康な体を貰ったからな」
「良い訳あるか!」
ふるふると頭を振るオゴスに、ギャメルは尚も食いつく。
「オゴスの分は俺が願っておく! 文句はきかねーからな!」
「文句などと……ありがとう、ギャメル」
まるで自分の事のように怒るギャメルに、オゴスは微笑み頭を下げた。
「わ、わかればいいんだよ。ほら、作っちまおーぜ!」
「ああ、そうだな。アカネさん、ご指導お願いします」
二人は改めてアカネに話しかけると、組紐を組んでいく――。
「ヒビキにはやっぱこの色かねぇ」
「おやおや? あれれ? 藤色ですか? 私って藤色っぽい?」
並べられた絹糸を選ぶヒビキとダチュラ。
「でもでも、それだと色が同じになっちゃうよー?」
と、ヒビキは自分が選んであった糸を持ち上げる。
それは、ダチュラが選んだ藤色の糸とまったく同じものだった。
「色が同じじゃダメだって決まりでもあんのか?」
「いやー、ないけど……いいの?」
「ヒビキと同じがいいんだよ」
「……もー、そういうとこずるいと思いまーす!」
「クククっ、後は願い事を書いた紙を入れるんだっけか……なんて書くよ」
「いーん、そうだねー。『仲良く過ごせますように』かな?」
「ひねりがねぇなぁ。どうせ書くなら――――こうだろ?」
「……ちょっ! ダチュラさん!」
「嫌か?」
「むー! 嫌じゃない! 嫌じゃないけど……むー!」
ヒビキは頬を膨らせ顔を赤く染めている。
ダチュラが書いた紙。そこには『子孫繁栄』と書かれていた。
「さーてと、後は燃やして願いを成就させるだけだか。まだ時間ありそうだし、腹ごしらえでもしとくか?」
「おっ、賛成ー!」
二人は組み上がった紐を手に巴屋を後にした。
●
真紅の翼を宿した赤き巨体が地面を蹴った。
舞い上り姿勢を反転。頭を下に向け、口遊むのは戯れる鳥獣の成り立ち。
力ある言葉と共に吐き出された真紅の竜達は、眼下に存在感を見せつける白塊へとその牙を向けた。
追撃するは千の刃。真紅の翼より分かたれた無数の剣が、紅竜を追って白塊へと突き刺さる。
祝事の彩。
白き大地に、林立する紅の牙と真紅の剣。
舞台に、紅白の華が咲いた――。
「ま、こんなもんかー」
餅を割り終えたサイラスに、観客から割れんばかりの拍手が向けられた。
「次は僕ですよ!」
サイラスに代わり舞台へと立ったギーゼラ。
「普段肉叩きをしている僕にとっては、この程度の餅割り、造作もない事です!」
そう言ってぐるぐると腕を回し始めたギーゼラ。
まさか素手で割るのか? と観客が固唾をのむ中、ギーゼラは楽しそうに微笑んだ。
「僕の腕に割れぬ物なし! さぁ、派手にかち割りますよ!!」
ギーゼラの腕が回すごとにエーテル光が高まっていく。
そして、エーテル光を宿した腕が、高々と突き上げられ――――振り下ろされた。
「ハヤト、バッシッと決めるよ!」
「おうよ、任せとけ!」
歓声と共に下がったギーゼラと入れ替わり舞台に上がったサフィラとハヤト。
二人は鏡餅の前で観客に一礼しながら。視線を交わせる。
「とくとご覧あれ!!」
サフィラは掛け声と共に跳躍。鏡餅の上へ降り立つ。
「行くぞ、サフィラ!」
「来て、ハヤト!」
その鏡餅を、なんとハヤトが大きく蹴り上げた。
勢いよく空へ舞い上がる鏡餅はサフィラを乗せたまま上空で停止。
「ド派手にいくぜ!!」
勇ましい咆哮と共に、ハヤトが跳躍した。
降下を始めた鏡餅を挟み、二人の距離が迫る。
「ハヤト!」
「サフィラ!」
最初に動いたのはサフィラだった。サフィラは餅を蹴り離れると――。
「今必殺の――――餅割りダイナミックサフィラスペシャル!! とりゃーー!!」
そして、餅の向こうのハヤトに届く様に声を上げたサフィラの手甲が淡いエーテル光に包まれ、白い餅の表面に吸い込まれた――。
――ドンッ!!
空中を震わせる衝撃波と共に、餅に放射状の亀裂が広がる。
「流石だ、サフィラ!」
砕け散る寸前の絶妙な割れ具合に、急上昇するハヤトは称賛の声を上げると共に短刀を抜き放った。
一閃。一閃。一閃。
常人では目で追う事も叶わない神速が、幾度となく餅に打ち込まれる。
「ふぃにーっしゅ!」
見事な着地で地上に戻った二人と共に、一口大にカットされた餅が観客席に降り注いだ。
「餅は良いものだ。中でも海苔を巻き、餅の白と海苔の黒が半々になったものが最も良い」
どこからともなく聞こえる声に、観客達は声主を探す。
「醤油もまた良い。醤油の黒と、餅の白が半々になったものが特に良い」
観客の一人が「あそこだ!」と指をさす。
観衆の視線が指を追った。そこには後光を受ける人影。いや、熊影……違う、白と黒の影が巴屋の屋根の上で佇んでいた。
「誰だ!」と、観客から声が上がる。
「名乗る程の名はない」
どよめきが巻き起こる中、白と黒の影は静かに告げる。
「だが、知りたいのであれば、こう名乗ろう。おれがGP教だと」
そう言うと、ハッタは大きく跳躍。両手を組み両足をピンと伸ばす。
「そしてこれがGP流鏡開きである」
空中にあるハッタは既に標的を見てもいない。どこにどの角度でどのように突き刺さるのか、頭の中ではすでに完結している。
「無病息災!」
跳躍が自由落下へと転じる。ハッタが叫ぶ。
観衆が呆気にとられる中、ハッタの身体は大鏡餅の中心に頭から突き刺さった。
――パキ……ズゥゥゥゥン!!!
そして、それは真っ二つに分かたれた。
●
巴屋に夜が訪れる。
あれだけ賑やかだった広場には、参加者達が集まってきた。
「それでは、火をいれますね」
参加者が静かに見つめる中、アカネが松明を大篝火に近づけると、パチパチと竹の爆ぜる音と共に、炎が一気に上空まで立ち上った。
「へぇ、見事なものだ」
圧巻ともいえるその光景にヨル・スレイマンは感心した。
同じ火を祭るボルガニスク信仰とはまた違った、シャルガネ独自の文化。
立ち上る火の粉が夜の闇に解けていくのを、ヨルは静かに見つめる。
「あなたは何か燃やさないの?」
と、そんなヨルにヒルルクが声をかけた。
「……ちゃんと用意しているさ」
ヨルは大篝火から視線を外すことなく答え、懐から古びたペンを取り出す。
「ペン?」
「去年一年お世話になった。おかげで随分上達したよ」
少しくすんでしまったペンを優しく撫でてやりながら、ヨルは呟いた。
「壊れちゃったの……?」
「ああ、この一年、文字の上達の為に酷使させてしまったからね。もう少し丁寧に扱ってやるべきだったかもしれない」
「ふーん……」
曲がったペン先に炎を透かす。
何度も修理して使ってきたが、寿命だと言われた愛用のペン。
色々な文字を書いた。依頼でも世話になった。友人へ贈る文も綴った。
「こういう時は祈る方がいいのかな」
何かを想い祈る事など一年前は想像もしていなかった。
「……変わったな」
「うん? なんか言った?」
「いや、なにも」
首をかしげるヒルルクに微笑みかけ、ヨルはペンを炎へと投げ入れた。
「世話になったな」
他の参加者が次々と炎へ思い出の品を投げ込むのを見ながら、サイラスは長い月日を共にした愛刀を抜き放った。
黒く鈍く光る刀身。大篝火の光すらも吸収する漆黒の太刀を、サイラスは見納めだと炎に透かし見る。
「じゃーな、お疲れさん」
それ以上の感傷はいらない。役割を果たした道具は、ゆっくりと休むべきだ。
至極簡潔に最後の別れを済ませたサイラスは、黒刀を炎へと投げ込んだ。
「願うのは、永久の繁栄」
ローザリカ・L・ディオールは願う。
短いながらも達筆に記された紙を炎へと送った。
ひらひらと舞いながら炎を纏い、瞬時に炭と化した紙をじっと見つめる。
「我が事ながら、恐ろしい程ひねりがないな」
大篝火の炎がシトリンの瞳に揺れた。
「だがこれでいい」
仔細はいらない。それは自らの手で成すべきものであるから。
ローザリカは、天へと昇っていく書の残滓を一瞥し、ドレスを翻す。
「おーい、ヒルルク!」
大篝火に投入した餅が焼けるのを今か今かと待ちわびるヒルルクに海神・江流が駆け寄ってきた。
「ちょっと、こいつ預かっといてくれないか」
「こいつ?」
そう言って江流が差し出した手に乗っていたのは、小さな綿毛玉だった。
「なにこれ、食べもの?」
「食うなよっ!? ……まったく、これが普段なんだもんな、参るわ」
「うん?」
「何でもない。これは揺満月っていう鳥なんだ」
「へぇー。で、なんでわたしが預かるの?」
「こいつは寒い所に住む鳥なんでな。でかい炎に煽られたら大変だからな」
江流は首をかしげるヒルルクの頭に揺満月を乗っける。
「それじゃ、よろしく!」
「ちょ、ちょっと! ええっ!?」
それだけを言い残し、江流はその場から走り去った。
「ふふ、平静を保てたじゃないか」
「む。見てたのか。趣味が悪いぞ」
駆けてきた江流を出迎えたのは友人のシルヴィア・A・カペル。
「まぁ、お互いあんな夢見ましたしね。わからなくもないですよ、うんうん」
そして、ギーゼラだった。
二人は睨み付けてくる江流に微笑みかけると、炎に向かう。
「さて、江流も無事戻ってきた事だし、祈願しようじゃないか」
シルヴィアは懐から古びたハンカチを取り出した。
随分と使い込まれてはいるが、その美しさ、繊細さは寸分も失われてはいない。
「青薔薇ですか。珍しいですね?」
「ああ、これは先生と旅する時に持ってたものでね。様々な事を共に経験した仲なんだ」
「へぇ、そんな大切なものを燃やしちゃうんですね」
「供養、という風習らしい。使わなくなったものを天に送るのだとか」
ギーゼラに答えたシルヴィアが空を仰ぎ見た。
爆ぜた火の粉が舞い上がり、空に輝く星々の代わりに辺りを照らしている。
幼い頃の自分を思い出す。
青薔薇の存在を信じていた無垢な子供。そんなものはないと否定されるたびに、大喧嘩をしていた。あろうがなかろうが、描く事は自由だというのに。
「……いい思い出ばかりって訳じゃなさそうですね」
覗き込んでくるギーゼラに笑顔を向けたシルヴィアは、彼女の手元に視線を落とした。
「ギーゼラのものは――手袋と、指輪かい?」
「貴方程のいわくはありませんけどね。使い馴染んだ品です」
そう言ってギーゼラが掲げて見せたのは、琥珀の散りばめられた手袋と指輪だった。
「それも十分惜しい気がするけどね」
「想い出補正の面では、シルヴィアさんに及びませんよ」
二人は互いに苦笑しつつ、炎の中へと投げ込んだ。
「江流は……まだ願いが終わらないのかい?」
「あー、もうちょっと。ちょっと待って」
一方、江流は投げ込む予定の筆を手に、未だ炎を拝んでいる。
「願いは……学業成就かい?」
「ああ、首席に近い成績が取れるように、ってね」
「それだけかい?」
「そ・れ・だ・け・だ」
「はは、そうか。しかし、どうせ願うなら『首席になる』と断言すればいいものを」
「そこまで強欲じゃない」
「そうですよ。願いは一つじゃないですし。ね?」
「ギーゼラちゃん!?」
あははと逃げるギーゼラに、江流は結んでいた手を解く。
「ともかく、早く火にくべないと炎が消えてしまうよ」
「……そうだな。わかった」
シルヴィアにそう言われ、江流は愛用していた筆を炎へと投げ入れた。
「うーん、燃やすものか」
シグルド・オルセンは改めて自分の身体を見た。質素倹約を気取っているわけではないが、余計なものは持たない主義だ。よって、炎にくれてやるものも当然ない。
「でも願い事は聞いて欲しいしな……」
と、シグルドはチラリと後ろを振り向く。
そこには、木に括り付けられた相棒の姿。呑気に餌を探して歩き回っては、ひもに首を絞められている。
「この火で焼いて食うとご利益があるんだっけ」
シグルドは立ち上がると、相棒の元へ歩いていく。相棒は、シグルドの姿にびくりと肩を竦ませると、繋がれていた木の陰に隠れた。
「うーん、お前さんは一応俺の相棒だしな」
怯える相棒を見下ろすシグルドの表情は、炎を背にしているのでわからない。
「そんなに怯えるなよ。大丈夫だ、お前さんはまだ食うつもりはないからな」
恐怖のあまり泡食って倒れた相棒を置いて、シグルドは大篝火の元へと戻っていった。
真暗な夜空を照らす大篝火に、立ち上る炎を見上げる。
「今までお疲れ様でした」
炎の煌きに、革で出来た道具袋を投げ込んだ。
すぐに炎が道具袋を包み込む。火の粉が二度三度と爆ぜ、炎が勢いを増す。
大篝火に託したのは、長年愛用していたアクセサリー道具。長い時を共にした相棒だった。
「またお会いできることを楽しみにしています」
アカネに聞いた話ではモノには魂が宿るという。
もし、それが本当なら、アレの中にもきっと宿っていたのだろう。
「まるでリザードマンのありようの様」
魂の研鑽を重ね輪廻転生を繰り返し竜へと至るを目標とするリザードマン。
道具に宿っていた魂も輪廻を経て、再び自分の元へ戻ってくるかもしれない。
もしそうであればいいなと、スィーリーンは思う。
「再びまみえる事を願って」
スィーリーンは昇っていく炎を静かに見つめた。
「「せーの!」」
二人が同時に組紐を大篝火へとくべた。
一生懸命組み上げた組紐は、巨大な炎に飲まれ、すぐに見えなくなる。
「これで想いが叶うのでしょうか……」
ゲルダの瞳が炎に揺られる。
「きっと叶いますよ。沢山の想いを込めて作ったんですから」
リサの笑顔を炎が照らす。
「そう、ですよね……うん」
「ですです」
「……リサちゃん、今年もよろしくお願いしますね」
「もちろんですっ。ゲルダちゃん、今年もよろしくお願いしますっ」
二人は炎を見つめながら、そっと手を繋いだ。
「はぁ、とても大きいですわ、ですわ……」
立ち上る炎は天を衝くほどの隆盛を誇っている。
レイラ=ルナフィニスは、見た事も無い様な大篝火に感動していた。
「ほんと、大きいわよね」
いつの間にか隣に居たヒルルクが、レイラの声に合わせるように呟く。
「森の奥の故郷では、この様な壮大なものを見る事は叶いませんでしたので、今とても嬉しいのですわ」
「へぇ、わたしの故郷もそんな感じ」
「まぁ、お仲間ですわね」
炎から目を離さずに、二人は言葉を交わす。
「えっと……」
「ヒルルクよ」
「ヒルルクさん、貴女は何か炎に託しましたの?」
「ううん、丁度いい感じの物がなかったから、見てるだけ」
「まぁ、わたしと同じですのね」
レイラはここでもまた一つ共通点を見つけたと、小さく微笑んだ。
「それでは、ご一緒にお祈りいたしませんか?」
「お祈りかぁ、何を願うの?」
「そうですわね……やはりここは手堅く『無病息災』でしょうか。あとは、『子孫繁栄』ですわ、ですわ」
「えっ!?」
「愛しの旦那様の事を思いながら、お祈りを捧げましょう」
レイラの不意打ちに驚くヒルルクを、微笑ましく見つめる。
そして、二人は共に手を合わせ、静かに炎へ祈りをささげた。
「寒くない……?」
「うん、大丈夫よ~」
もこもこの防寒着に身を包む、御邑 奈月と御邑 都の姉妹。
大篝火がよく見える場所を確保し、地面に座り込んでいた。
「それに、この炎さんが、と~っても温かいもの」
「……うん」
二人は互いに肩を寄せ合い、頬をくっ付け大篝火に見入る。
パチパチと弾ける火の粉が、次々と空へと昇っていく。
「ふあぁ……温かくなると、何だか眠くなっちゃうね~」
「……もぉ、お姉ちゃん。こんな所で寝ちゃダメ、だよ……」
大きな欠伸をかみ殺す姉に、奈月は溜息をつく。
「大丈夫だよ~、月ちゃんを置いて眠ったりしないからぁ~……」
そう言いつつも二回目の欠伸をする都。
「……寝ちゃったら、せっかくのお願い、聞いてもらえなく、なるよ……」
奈月は手袋を外すと、都の手をぎゅっと握った。
「私が……こうしててあげるから、寝ないで……」
「う~ん……月ちゃん、それって逆効果だと思うんだよねぇ~」
手から妹の暖かい体温が伝わってくる。それがまた、安心感と眠りを誘う。
都は妹ににこりと微笑むと、大篝火に視線を戻した。
「寝ちゃう前に、何かお願いをしないとだね~。月ちゃんは何を願うの?」
「え……。別に、普通の事……」
「ふーん、普通の事ね~?」
「な、なに……?」
「ううん、それじゃ、お祈りしましょうか~」
ニコニコ笑顔の姉を訝しげに見つめながらも、奈月は炎を見やる。
燃え上がる炎の中には、参加者が投じた思い出の品が詰まっている。
供養の為、使えなくなった道具を空に還すのだ。
今回は特に何も持ち込んでいないのもあって、お祈りするだけだが、いずれ愛用の品をくべに来ようと、奈月は思う。
「僕達姉妹の無病息災をお願いします~」
隣では姉がなむなむと呪文のように繰り返していた。
そんなに何度も願いをかけられたら、大篝火も迷惑だろうと、ちょっぴり同情する。
「それから~、月ちゃんの恋人さんも、健康でありますように~」
「ふぇっ!? な、何いきなり……!」
不意打ちだ。いきなりそんなこと言われたから、思わず早口になってしまった。
「ふふ~、いつまでたってもお祈りしない月ちゃんの代わりに、お姉ちゃんがお願いしておきました~」
そう言って、都は奈月の背後に回り妹の身体をぎゅっと抱きしめる。
「ほら、月ちゃんも」
「う、うん……」
姉の暖かさを背中に感じながら、炎に向かった。
――どうか、姉と……友達が健康でいられますように。
心の中で祈った願いは、炎に揺られ天へと舞い上がる。
「ほ、本当に燃やすのか……!」
「何をいまさら。ここまで運ぶのにどれほどの労力と運搬費がかかったと思っているの」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクとナタリア・フィッツジェラルドの主従が大篝火の前にやってきた。
「しかしだな、これは私が長年かけて集めに集めた研究資料なのだぞ! それを炎にくべようなどと……どれほどの研究後退につながると思っている……!」
広場の脇には荷台一杯に積まれた羊皮紙の束やよくわからない道具類。その全てがナタリアの研究資料だという。
アウレーリアは年末の大掃除の際、従者であるナタリアの部屋へと訪れた。
以前から物の散乱する部屋だったが、久しぶりに入った従者の部屋は、一言で言えば汚い。そして狭い。冒険者稼業が多忙だからではない。これは根本的な問題だ。
ナタリアは全て研究材料だというが、どう見ても落書きにしか見えないものや、壊れた道具も大量にあった。
「本来であれば、魔法で盛大に浄化してやるところだけど、この炎で天に送ってあげるのよ。慈悲と思いなさい」
「それのどこが慈悲か!? いいか、これらの価値を今一度説明する! 例えばこれ……はちょっと何書かれてるかわからないから、こっちだ!」
「ふむ……白露草と七星虫についての考察、ね。面白いわね」
「そうだろう! やはりこれを廃棄する訳には――あっ!」
「そういう事をしているから片付かないのよ」
ナタリアの手からひょいと羊皮紙を取り上げたアウレーリア。
「リア! 思いなおすなら今だぞ! この損失は必ずやロスガリアに影を落とす!」
「まったく、大袈裟ね。そんな大層な資料なら、きちんと整理して保管してしかるべきじゃない?」
「うっ……それはだな……冒険者稼業が多忙で……それに研究も」
「はいはい」
縋りつくナタリアの背中をぽんぽんと叩きながら、アウレーリアは荷車を大篝火まで転がしていく。
「リア! 待て!」
「ナタリア、この炎はね。転生するらしいわ」
「……なに?」
「お前の研究資料は、この炎によって浄化されて、天へと還る。そして、再びお前の元へと帰ってくるのよ」
「ど、どういう意味だ」
「意味なんてないわ。それがこれの摂理。ただ信じて願えばいい――らしいわ」
「曖昧だな!?」
そう言いつつ、アウレーリアは既に荷車の資料を炎へ投下し始めている。
「リ、リア!」
「静かに。心を落ち着かせて炎に祈りなさい。これは主からの命令よ」
「うっ……」
そう言われては従うほかない。
ナタリアは次々と炎へと還っていく資料を見つめながら、何度も何度も祈った。
どうか、還ってきてくれと――。
「年の初めの清めに来たのはいいが……こりャァエラく華やかじャねェか」
天を衝く篝火の炎に、中村・右衛門佐・勘次郎の白い肌を真っ赤に染める。
「勇壮よね。いっそ派手すぎるくらい」
そんな勘次郎の隣にはヒルルクの姿。
「まッたくまッたく! にしても、巫女殿に拝んでもらえるとはねェ」
「拝むだけだからね。ご利益とかそう言うのは期待しないでよね」
「然り然り。見ててくれるだけで、ありがてェさ」
と、勘次郎は首から下げていたお守りを手に取った。
「お守り?」
「ああ、五年ほど前に知り合いに貰ったもんなんだがなァ、こいつもお役御免の時分だと思ッてたんだ」
勘次郎は『諸芸上達』と書かれたお守りの紐を引きちぎると、躊躇う様子もなく炎へと投じた。
「五年も守ってくれたんだ。それじゃちゃんとお祈りしないとね」
「……流石巫女殿、そう考えてくれるんだなァ」
「あれ、違うの?」
「いや、ありがてェよ。まァ、そんな綺麗なもんじャねェんだがな」
不思議そうにするヒルルクに、勘次郎は一人笑う。その間にもお守りは燃え尽き灰となっていった。
「はァ、清々した」
「あなた変わってるわね」
「はッはッ、よく言われる」
笑い声をあげる勘次郎に、ヒルルクは肩を竦めた。
「大丈夫ですか、エル」
「うん! もう覚悟は決まった!」
心配そうにのぞき込んでくるネーヴェに飛び切りの笑顔を向ける。
折角二人で作った組紐を燃やしてしまうのは正直もったいないと思う。
だけど、そうする事で、願いが叶うのなら安いものだ。エルシーは心の中でそう納得した。
「ネネ、お願いは決めてある?」
「はい」
親友の問いかけに、笑顔で答えるネーヴェ。
「それじゃ、一斉に――」
そう言って息を大きく吸い込んだエルシー。きっと彼女も願いは自分と一緒だ。
「はい、一斉に――」
だから、声に出して願おう。二人の未来を。
「「今年も仲良くしてね!」」
重なった声が、炎と共に空へと舞い上がっていった。
「文字かいて燃やすとか、シャルガネの祭りも派手でいいな!」
「祭じゃないわよ。どっちかって言うと儀式に近いらしいわ」
「ふーん、どう違うんだ」
「お祭りはなんか賑やかな感じ、儀式は厳かな感じ?」
「はぁ? 厳かってどんなだよ」
「厳かは……厳かよ」
「んだよ、ヒルルクも知らねぇんだろ。それでも巫女かよ」
「巫女は関係な……え?」
「え? じゃねぇよ、厳かな巫女様」
頭にはてなを浮かべるヒルルクに、ナハシュはくくくと笑う。
「ほんじゃ、行くぜ。派手に燃えろよ!」
そんなヒルルクを放っておいて、ナハシュは「楽」とでかでかと書かれた紙を丸め、炎へ投げ入れた。
――ボフっ!
「熱っぅぅ!!?」
力一杯投げ込まれた紙玉が、盛大に火の粉をまき散らす。
「あー、わりぃわりぃ。ちょっと強めに投げすぎた」
「あー、わりぃわりぃ、じゃないわよ! 焦げたじゃない!」
と、服の裾を見せつけるヒルルク。確かにちょっぴり焦げていた。
「そんなに怒んなよ。んなもん、唾つけときゃ直るって」
「直んないわよっ! あなたの服は唾つけて直るの!?」
「直るが?」
「直るのっ!?」
「あちらは賑やかですね、坊……ギャメル」
「そうだな。ああいう関係もいいな」
ナハシュ達の賑やかな声を聴きながら、二人は組み上げた紐を大篝火に投下し、祈りを込める。
「――――一度作った物を燃やして天に還す事で、その結びは永遠になる。シャルガネの文化は粋なもんだ」
炎の中で燃え尽きていく組紐を見つめオゴスが呟いた。
欲深く浅ましい俺は、ずっと手元に残しておきたくなる。それをあっさり手放せる勇気――いや、決断力を持ったギャメルが眩しく見える。
「オゴスのその喋り方も粋だぜ」
「ギャメル?」
「ずっとオレ等の面倒を見てくれてありがとな。沢山迷惑もかけたし反抗もしたけど、アンタが居なかったら、オレ等今まで生きてなかったと思う」
手を合わせ瞳を閉じたままのギャメルの呟き。
「まだアンタの背中には届かないけど、いつか必ず追いついて見せるからな」
「そんな事は……」
「だから、まずは対等な関係を目指す! わかったか、大篝火さんよ!」
「……ああ、そうだな。俺も頼もう」
束縛せず相手を信頼してこそ得られる本物の絆。
それがもう目の前にある事をオゴスは感じつつ、大篝火に祈りを込めた。
「今までありがとう」
ルベアは最後の別れを惜しむように声をかける。掌の中には使い古された櫛。
父から贈られた思い出の品ではあったけど、歯が幾本も欠けてしまい、もう使えない。
ただ捨てるのは忍びないと思っていたら、素敵な行事に巡り合えた。
「父さん、私も少しは綺麗になれたのよ」
櫛の向こうにいる父に呟く。
「これからも、もっと綺麗になるわ。父さんがビックリするくらいに」
くすりと微笑んだルベアは、そっと櫛を炎へと投げ入れた。
●
あれだけ隆盛を誇った炎の勢いは既にない。
残されたのは、小さな火種と漂う香ばしい薫り。
「皆さん、とても熱いので、手に取る時は気を付けてくださいね」
アカネが竹の棒で竹炭の山をほじくり返す。すると――――。
「ふにゃふにゃだ、すげぇな……」
こんがりと焼けた餅を前に、アルフィー・リッパーが目を白黒させていた。
あんなに硬かったものが、蕩けそうな具合に垂れている。
「熱いので気を付けてくださいね」
アカネから餅を受け取ったアルフィー。あまりの熱さに尻尾がビンっと立ったが、そんなもの気にもならないくらい食欲をそそる香りがする。
「そのまま食べても味気ないので、これをどうぞ」
アルフィーがまじまじと見つめる餅に、アカネが黒い液を垂らしてくれた。
それがまた、なんとも言えないいい匂いがする。
アルフィーはたまらず餅に齧り付いた。
「……んんっ!? んーーー!!」
嚙み切ろうにも切れず、噛み千切ろうにも千切れない。
びよーんと延びる餅に、アルフィーは目を剥いた。
「ふふ、どうですか、美味しいですか?」
微笑ましく問いかけてくるアカネに、アルフィーはこくこくと頷く。
「それはよかった、まだたくさんあるので、いっぱい食べてくださいね」
アルフィーは急いで餅をごっくんすると、次の食材を掻きだそうとするアカネの手元に釘付けとなる。
「取り合えず芋を放り込んでみたが……こりゃ正解だったか」
自ら放り込んだ芋の圧倒的出来栄えに、シグルドは一人満足していた。
「これなら酒のつまみにもなりそうだ」
持ち込んだ酒と焼きたて芋。悪くない取り合わせだと、自画自賛していたら――。
「お! おおおっ! お兄さんはお芋さん焼きですか!」
甍・ヒネモスがにょきっと生えて来た。
「うおっ!?」
「いいですねぇ、ももものお芋さん。ほっくほくの口当たりととろっとろの甘みがたまりませんよねぇ。私も随分と悩んだんです、そう、お芋さんにしようか、このお魚さんにしようか!」
と、驚くシグルドそっちのけで、甍は見事な焼き目の付いた魚を差し出した。
「でもでも、やっぱり、この香ばしく焼けたぎょぎょぎょのお魚さんにぱぱっとお塩を振った、シンプルイズキングなこのお味にはちょーーっとだけおよばないと考えたわけですよ」
甍はこれ! このへん! と、上手そうな部分を指さしながら解説する。
「しかーし! その考えは間違っていたと認めざるを得ません。なぜなら、ももものお芋さんがそんなにも美味しそうだからです! だから、私のお魚さんとそちらのお芋さんを交換しませんか?」
「お、おう」
甍の圧倒的圧力に屈し、シグルドは焼きたてお芋を差し出した。
「ありがとうございます! やっぱりお兄さんは話せる人でした!」
甍は焼き芋を受け取るとホクホク顔で懐にしまう。そして、次はお餅をゲットだー! と元気よく駆けて行った。
「何だったんだ……。まぁ、これも悪くないか」
手元に残った魚を見つめ、シグルドは酒を煽った。
「む……ここで焼き芋なるものが配布されていると聞いたのだが、違ったか」
シグルドが魚を肴に酒を煽っていたら、だわがやってきた。
「何でも火を通すだけでホクホクな触感になり、得も言われぬ甘味を味わえると聞いたのだが……」
どこで聞いたのか――――まぁ、たぶん甍だろうけど、と思いつつ、シグルドはだわに返事を返す。
「ああ、無くなった」
「無くなった……そうか、無くなったのか……」
期待させてもあれだときっぱり言ったのが悪かったのか、だわの落ち込みっぷりがひどい。
「それを食べれば一年を健康でいられると聞いたのだが……そうか、やはり俺はそういう星の元にあるのか」
だわは天を仰ぐ――。
そう、俺はいつも一人だった。
誰に頼ることなく一人で生きていく上で、健康と衛生は特に重要だ。ただの風邪であれ下手をすれば命に関わる。体調を崩して寝込みでもすれば、それは格好の餌食でしかない。
「仕方がない。これはやはり、自力で生きて行けという啓示なのだろう」
「なんか大層なこと言ってるが、別に食うものは何でもいいらしいぞ」
「…………なに?」
思わず耳を疑った。
聞いた話では「お芋さん超サイコー!」と言って……んんん?
「それは……本当か」
だわは恐る恐る問いかける。
「よければ一緒に食うか? この魚も絶品だぞ」
そう言われ差し出された焼き魚に、だわはごくりと喉を鳴らした。
「アカネくん、焼いたものは日持ちのしないものばかりかい?」
炭の山から次々と食材を掻きだすアカネに、ローザリカが問いかける。
「日持ち、ですか? お持ち帰りになられるんです?」
「ああ、臥せがちな知人が居てね。残念なことにこの場に居合わせる事が出来ていないんだ。折角の素晴らしい催しだというのに、まったく困ったものだよ」
盛大に溜息をつくローザリカに、アカネは苦笑する。
「そうですね。それじゃ……これなんていかがです?」
「これは……栗か」
アカネが差し出したものは、真っ黒に焼け焦げた栗だった。
「殻のままでしたら多少日持ちしますよ。ご友人のお見舞いによろしければ」
「ふむ……そうだね。チョコレートだとでも偽って渡してみるか。ありがとう、アカネくん。いただくとしよう」
「いやー、やっぱ私の答案用紙の火力のおかげだね! うまいうまい!」
「あまり食べ急ぐと喉に詰まるぞ、ほら」
焼き餅をびよーんとしているフレイヤ・サンライズに、ベルク・オスマットがお茶を差し出した。
「もー、ベルクってば、私がそんな単純なミスを犯すわ――――んっ!?」
「だから言わんこっちゃない」
突然もがきだしたフレイヤの背をぽんぽんとベルクが叩いてやる。
フレイヤは渡されたお茶を一気に呷り事なきを得た。
「ぷはー! 死ぬ! 死んだ! あははっ!」
「死んでない。まったく何が楽しいのか」
「ベルクは楽しくないの? 折角のお祭りなのに」
「祭じゃない。これは祭事だ。神聖な儀式だぞ」
「んもー、堅いぞベ・ル・ク♪ そんなんじゃ、いつまでたっても嫁の貰い手――」
と、思わず口走ったフレイヤをベルクの視線の刃が突き刺した。
「……よーし、次は芋も行っちゃうぞ!」
そんな視線から逃げるように、フレイヤは答案用紙にくるんで焼いた芋を取り出す。
ぽきっと割ってホクホクの中身にむしゃぶりついた。
「んー! ホックホクでいい感じ! やっぱり答案用紙は正義だね! よし、バターも塗っちゃお」
更に残った半分に持参したバターをたっぷり乗せる。
「見ているだけもなんだな。妾もいただくか」
そんなフレイヤの食べっぷりに触発されたのか、酒瓶を取り出したベルク。
餅に醤油を一垂らし、香ばしい薫りと共に口に放り込んだ。
「お、粋だねぇ。よーし、私も負けないぞっと!」
ベルクに触発され、フレイヤが取り出したのは――――。
「じゃじゃーーん! 見てよこの絶妙な焦げ具合と蕩け具合!」
なんと、チョココロネだった。
紙でくるんでたとはいえ、よくそんなものを放り込んだなと思わないでもないが、フレイヤは気にしない。
「これ、焼くと旨いんよ♪ ベルクにもおすそ分けだー!」
フレイヤはアツアツのチョココロネを器用に二つに割ると、酒を煽っていたベルクに差し出した。
「お酒にもきっと合うよ。一緒に食べよ――――道連れだ」
「ありが……何か言ったか?」
「なーんにも! ささ、熱いうちに!」
訝し気な視線を送ってくるベルクに乾いた口笛を返し、フレイヤはアツアツのチョココロネに齧り付いた。
「餅にこんなに沢山の食べ方があったなんて、僕は感動しましたよ!」
ギーゼラが歓喜の声を上げる。
餅は江流の手により様々な変化を遂げていた。
「ああ、この醤油につけたものが特にいいね。餅がさっぱりと食べられる」
「こっちの黄な粉も悪くないぞ。まだ腹に余裕があるのなら食ってみてくれ」
「ほうほう、これはしょっぱいものと甘いもののコラボレーションですか。なんとも、餅のポテンシャルを感じる逸品ですね!」
「ポテンシャルというのなら、まだこれもあるよ」
と、感動しつつ餅を強請るギーゼラに、シルヴィアが差し出したのは餡子だった。
「アカネに貰ったのだけどね、ギーゼラには必要な物だろう?」
「おぉ……流石、シルヴィアさん、甘党の心がわかっていますねぇ!」
「なんだよ、黄な粉餅じゃ甘さが足りないって?」
「そうは言いませんが、もう一声という所ですね! ――では、餡子いただきます!」
そう言ってギーゼラはシルヴィアに貰った餡子をたっぷりと餅にかけ、口に放り込んだ。
●
「こんなに大きなお鍋があるんですね。流石高級旅館」
大鍋に煮込まれている雑煮をぐるぐると混ぜるヴィルヘルミナが漏らした感想に、アカネは苦笑する。
消費しきれなかった大量の焼き餅は、雑煮としてふるまわれる。
ヴィルヘルミナやリサ、エルシーとネーヴェ、他の冒険者達も手伝って、もうすぐ完成だ。
「はい、お待たせ!」
注いでもらったお雑煮を二つ持ち、ハーヴィが駆け戻ってくる。
「ありがとう。うわ、美味しそう!」
「だね、きっと一緒に食べたらもっとおいしくなると思うよ!」
「そうなの?」
「えっと……そう占いに出てた!」
「ふーん……あ、ほんとにおいしいかも」
「えっ! ほんと……?」
「何よ、疑うなら食べてみればいいじゃない」
「あ、そうだね。頂くよ」
嘘ついたの? と口を尖らせるヒルルクに苦笑しつつ、ハーヴィは椀に口を付けた。
「浄禍の炎で焼かれたお餅。ご利益もありそうですね」
出された椀に口を付け、スィーリーンは熱い息を吐く。
「魂の研鑽の為にも、健康でいられますように」
誰にも聞こえる事の無い小さな声で、そう呟きながら。
「なるほど……これがオゾウニですか」
リディリディはじっと見つめていた。
「お肉は……入っていないのですか」
何処かに肉はないかと。
「……仕方ありません。いただきますが……ちょっと少ないので、あと8個ほど追加でお餅をください」
まるで肉のない恨みをぶつけるように、リディリディは椀を差し出した。
「どうですか? お雑煮もいいですけど、こっちも美味しいでしょ?」
「うん! 甘くてホクホクでとても美味しいわね!」
「そうでしょうそうでしょう。おばあちゃん直伝ですからね」
ヒルルクの笑顔を見て、トーラは自慢げに胸を張る。
「……それにしてもヒルルク」
「うん?」
「……あー、えっと……おかわりいりますか?」
「あるの? もちろんいただくわ!」
「そうですか。それでこそヒルルクです」
トーラの物言いに不思議そうに首をかしげるヒルルク。
そんな彼女の顔を少しだけ辛そうに見ていたトーラは、すぐに笑顔に変えた。
こうして新年の行事『浄禍の火送り』は、賑やかな笑い声と共に、終わりを迎えたのだった。
「これが鏡餅、ですか……」
「ほんと、でかいわよね。どうやって作ったのかしら」
ヴィルヘルミナとヒルルクが山と積まれた鏡餅を見上げる。
彼女らの横では年始恒例の行事『餅割りダイナミック』が開催されており、参加者達が次々と巨大な鏡餅を叩き割っていた。
「ヒルルクさんも参加されると聞きましたが……まさか、そのハンマーでかち割るんですか?」
「え? そのつもりだったけど、ダメなの?」
「ダメ、ではないでしょうが……あなたが本気でやるときっと粉々になりますよ?」
「そ、そんなに馬鹿力じゃないわよ!」
「…………そうですね。はい」
「その間は何!?」
「気にしないでください、期待しています、ね?」
「何の期待!?」
突っかかってくるヒルルクを置いて、ヴィルヘルミナはすたすたと会場へと歩いて行った。
空高く舞い上がった巨大な鏡餅。
上昇限界点へと達した餅はゆっくりと降下を始める。
徐々に迫ってくる鏡餅の真下で、剣に手をかけた。
「はぁぁっ!!」
直撃する。
観客の誰もが思った瞬間、裂帛の気合と共に抜き放たれた刃は、大餅を一刀の元に両断した。
ゴウンっと巨大な落下音を響かせ舞い上がった土煙の中から、アリオン・リューが納刀しつつ姿を見せる。
「おー、すごいわね、アリオン。一撃で斬ったの?」
「う、うわ、ヒルルク。居たの……?」
「何よ、居ちゃ悪い?」
せっかく褒めたのに、アリオンのあまりの驚き様にヒルルクは眉を顰める。
「そ、そういう事じゃないよ。ちょっと、ほら、あの……ね?」
「ね? って言われても何の事よ」
なんとなく複雑な表情を浮かべながらアリオンに、ヒルルクは首をかしげた。
「いや、なんでもない。うん、なんでもないよ。普通のヒルルク」
「は? アリオン、あなた何か変よ?」
「そんな事ないって、僕はいつも通りだよ。あ、次の人がやるみたいだよ。ほら、ヒルルク一緒に見よう」
怪訝な表情を浮かべるヒルルクに笑顔を向け、アリオンは次の参加者を指さした。
「ネネー、頑張れー! 貴方ならできる! 目指せ福女!!」
エルシー・サリバンの熱い声援を受けながら、ネーヴェ・グラヌローザが餅割りの舞台に出る。観衆の視線に応えるように、ネーヴェは扇子を広げ優雅に頭を下げた。
賑やかだった会場が静まり返り、白美の舞手の所作に見入る。
大鏡餅の周りを舞う氷舞扇。舞手を包むように現れた雪の花が美しくも儚く散り、見る者を魅了した。
舞い散る初雪を見上げるように空を仰ぐと、怜悧な刃を抜き放つ。
交錯する柔の扇羽と剛の怜刃。
何時しか会場には、得も言われぬ香りが漂い、幻想的な舞と共に観客達を虜にした。
「はっ!」
舞の終焉。短い気合と共に振り下ろされた怜刃が鏡餅を捉える。
巨大な鏡餅はその切り口に雪花を纏い、真っ二つに割れた。
ネーヴェは扇子を畳み、刀を仕舞うと、観客に優雅に一礼。
「ひやぁ! ネネ、最高!!」
エルシーの一言が呼び水となり、観客から割れんばかりの拍手がネーヴェに注がれた。
●
「吉なる書を奏でるか、とても良い響きの言葉だね」
書に勤しむ者達を見つめながらセヴラン・クアルトが呟いた。
「名付けた方のセンスが伺えますよね」
横で微笑むアカネは、不慣れな毛筆で書初めをする彼をサポートしていた。
「書く文字は決まりましたか?」
「うん、こういう字なんだけど」
「なるほど。シャルガネ風に言うと『無病息災』ですね」
「へぇ、そういう風になるんだね。ちなみにどう書くのかな?」
「えっとですね……」
セヴランに言われアカネは半紙に向かう。
真っ白な半紙に毛筆を走らせると、達筆な文字を書き記した。
「このように書きます……セヴランさん?」
「ああ、すまない。とても素敵な所作だったから魅入ってしまった」
「もぉ、そういう冗談は彼女さんだけにしてください」
熱い視線を向けられたアカネは苦笑交じりに視線を逸らす。
「それよりどうですか。書けそうです?」
「そうだね、アカネさんが手取り足取り教えてくれるのなら――――って、冗談冗談。やってみるよ、見ていてくれるかい?」
「もぉ。今度変なこと言ったら別の方の所へ行きますからね?」
「それは大変だ。気合を入れないとね」
呆れるアカネに微笑みかけ、セヴランは筆を取った。
「手取り足取り教えちゃいますよー!」
「ククッ、そりゃ楽しみだ」
墨と筆、半紙を前に腕まくりするハルノ・ヒビキを、伴侶であるダチュラが微笑ましく見つめる。
「これは毛筆という種類のペンでですねー、こうやって持つんです!」
「なんだ、指がつりそうだな……」
「慣れるまでちょっと大変ですけど、こう持たないとちゃんとした字が書けないんですよー!」
ヒビキは悪戦苦闘するダチュラに手を添えながら、筆を硯につける。
「それで、なんて書きましょっか? 無病息災? 戦勝祈願?」
「いや、書くものは決めてんだ」
「おっ! そうなんだ! なになに? なんて書くのー?」
「んー……こうしてこう。……どうだ♪」
「えっと、なになに……夫婦円満! ひぁ! 照れちゃうね!?」
ダチュラが覚束ない手つきで書き上げた文字に、ヒビキは両手を頬に当てた。
「ククっ、それでヒビキはなんて書くよ」
「え? えっと、私はねー」
と、ダチュラに言われヒビキは慣れた手つきで筆を執ると、さらさらと半紙に文字を書き記す。
「こーれ! 『健康第一』!」
「なんだそれ、せっかくの新婚なのに、書いたのがそれか?」
「はっは! 何事も健康第一だからね! ダチュラさんもずっと健康でいてよ?」
「あったりめーだ。お前を一人にするかよ」
「もー! またナチュラルにそういうこといって!」
照れた表情を見て笑うダチュラに、ヒビキは再び両手で顔を覆った。
「アカネ先生! わかりませんっ!」
初めて見た習字道具を前に、途方に暮れていたスフィカがアカネを呼ぶ。
「えっと……何がわかりません?」
「うーんと、全部、かな?」
「そ、そうですか。スフィカさんは字が書けるんですよね?」
「うん、書ける……とは言っても、上手くはないけどね。ずっと読めればいいや的精神でやってきたから」
「なるほど、では筆の持ち方からやってみましょうか」
慣れない毛筆に悪戦苦闘するスフィカに、アカネは根気よく持ち方を教える。
「うぬぬ……ペン先が柔らかくてうまく線が引けない」
「線ではなく流れで書くんですよ」
「うわっ!? 黒いのが顔に跳ねた!!」
「大変っ! 墨は服につくと取れないので、急いで拭ってください!」
「ぎゃー! 擦ったら広がった!?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! それ以上は触ったら……あー!!」
「ふーふー……大丈夫? もうついてない?」
「ええ、もう大丈夫ですよ。はぁ、一時はどうなるかと……」
「えへへ、ごめん。でも、ちゃんと書けたよ! どうかな?」
と、書き上がった半紙を持ち上げるスフィカ。
「はい、個性的で素敵な字だと思いますよ」
たどたどしいながらも立派に書き上げられた書に、アカネはにこりと微笑んだ。
「真っ直ぐ引けないわ」
「もっと肩の力を抜いてみてください」
慣れない毛筆に悪戦苦闘するルベア・ベルニに、アカネが手を添える。
「この字が示す様に、書の向こうに相手の顔を思い描いて」
耳元で囁かれたアカネの言葉に、ルベアの脳裏に一人の顔を浮かべた。
冒険者となってから今まで、私は色々な人達に助けられてきたし支えられてきた。今年はその恩を少しでも返したい。小さなことから少しずつでも――。
「――――どう、かしら」
毛筆を半紙からあげる。何時しか手の震えは消えていた。
「素敵ですよ。沢山の想いが感じられる綺麗な文字です」
半紙に書かれた文字を見てアカネが微笑む。ルベアが書いた文字は『支』の一文字だった。
●
「な、なんか久しぶりだね、ここも……」
「そうだな、あれからもう半年か。早いなぁ」
巴屋の玄関をくぐったのは、何を思い出したのか微妙に緊張しているサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブと、ハヤト=ガラン=ヴォルファングだった。
「あら、お二人共、ようこそいらっしゃいました」
「あ、アカネっち! お久しぶり、遊びに来たよー!」
「また世話になんぜ、よろしくな!」
二人は出迎えに出て来たアカネに挨拶する。
「ねね、アカネっち。組紐ってのがあるって聞いたんだけど、どこでやってるの?」
「こちらでやっていますよ。お二人で編まれますか?」
「うん! お願いしますっ!」
二人はアカネに導かれ、旅館の奥へと進む。
「ぴゃ、綺麗な糸がいっぱい!」
「へぇ、これで編むのか」
「お相手の事を想って、糸を選んでくださいね」
アカネにそう言われ二人は互いの顔を見ながら、絹糸を選ぶ――。
サフィラは紐に願う『ずっと共に居られますように』と。
ハヤトは糸に想う『彼女がずっと笑顔でいられるように』と。
「ふあ……沢山ありますね。リサちゃんはどの色にしますか?」
「そうですね……あ、これなんてどうですか? 他の地域ではあまり見ない色合いですよ」
並べられた絹糸を、ゲルダ・クラインとリサ・ベイカーは楽しそうに選んでいた。
「互いの想いを乗せて組み上げますから、お相手に合う色を選ぶといいかもしれませんよ」
アカネのアドバイスに、二人は互いの顔を見つめる。
「互いの想い……」
「相手に似合う色……」
少し控えめではにかむ様な笑顔。
元気いっぱいの太陽な様な笑顔。
二人は相手の顔に、想いの色が重なっていくのを感じる。
「ゲルダちゃんには……この色。『若草色』が似合うような気がします」
「リサちゃんには……えっと、これ。『薄柳色』が、頭に浮かびました」
自然と伸びた手が、一本ずつ絹糸を掴んでいた。
「どちらも素敵な色ですね」
二人の選んだ絹糸を見てアカネは微笑む。
「それではこちらに。この台で交互に編み込んで一本の紐にしてください」
二人はアカネに教わりながら、慣れない手つきで試行錯誤。願いを書いた紙を織り込みながら、ゆっくりと糸を編み込んでいった。
「こんなに綺麗なのに燃やしちゃうのは、少し勿体ないね」
「そうする事で想いは天へと昇り、成就すると言われているんですよ」
綺麗に染められた絹糸を見つめるエルシーにアカネが答えた。
「私に似合う色を選んでくれると、あれほど張り切っていたじゃないですか」
そんなエルシーを見つめるネーヴェ。彼女の手には既に、赤と桃色の糸が握られていた。
「うん、そうだね。ちゃんと選ばないとネネに失礼だね」
その言葉に頷いたエルシーは、絹糸とネーヴェを交互に見ながら糸を選ぶ。
「――――これかな」
そして、選んだのは、藍、蒼、薄青、白の四色。ネーヴェの幸せを願い選んだ色だった。
「素敵な色でございますね」
「ネネも素敵な色をありがとうね」
互いの紐を見せ合い少し恥ずかし気に微笑む二人。
「ふふ、お二人共選ばれたようですね、それではこちらへ」
そんな二人を微笑ましく見つめていたアカネが声をかけた。
●
「ヒルルクー! 久しぶり……なのだ……」
「いきなりテンション低いわね!?」
ヒルルクを見つけ上機嫌だった大福が、友の姿にずーんと落ち込む。
「ヒルルク。これはシャルガネの新年の行事なのだ」
「そ、そうね?」
「なんで……なんで着物じゃないのだー!!」
「え……?」
大きな瞳に涙をいっぱい貯めながら訴える大福。
「いいのだ。そんな空気を読まないヒルルクはぷいっなのだ!」
「ええっ!?」
「粽! この悲しみをあの大鏡餅にぶつけるのだ!!」
戸惑うヒルルクを置いてきぼりにし、大福は涙を散らしながら餅割りの舞台に立つ。
「悲しみの大福、行くのだーー!!」
大福選手、観客に向け手を上げると粽と共に走り出す! 全力疾走。短い脚で全速力だ!
おーっと、ここで跳躍! 低い、低すぎるぞ大福!! い、いや違う! ここで粽だ! 粽が大福の足元へ鼻先を差し込んだ! な、なんだと!? 大福大ジャンプ!
「ひーーーっさつ! だいふく…………ぱーーーんちっ!!」
空中でくるくると回転した大福が、餅目がけて急降下だぁぁ!!
――――ぺちーーんっ!!
響き渡るに肉球音! なんて後先考えないダイナミックさ! これぞまさに大福餅かっ!?
いつの間にか現れた司会の絶叫を背に、大福はフッと小さく微笑む。
「割れなかったのだ……」
そう言い残した大福は、粽に咥えられ……退場した。
「大福、あなたの雄姿は忘れないわ……」
「何、浸ってるんですか」
「うん? あらトーラじゃない」
哀愁漂わせ退場した大福を見送ったヒルルクに、トーラが話しかけた。
「トーラも挑戦するの?」
「もちろんです。ヒルルクはやらないんですか?」
「うーん、どうしようか迷ってるとこ」
「ふーん」
「うん? なに?」
「いえ、なんでもありません。それじゃ行ってきますね」
何やら意味深なトーラの視線に首を傾げたヒルルク。しかし、トーラはそんな事を気にする様子もなく、餅割りの舞台へと向かっていった。
●
リディリディ・トゥラ・イェレミースは見ていた。
(なんでしょう……あの白くて丸い物体は。それに、なんで彼女が、ここにいるのでしょう……)
旅館の角からそっと舞台を覗き込む。
(もしかして……あれも、征竜に関わる何かそういう感じのもの……なのでは)
冒険者達がこぞって割っている白い物体……その光景を満足げ(?)見つめる征竜の巫女……。
(あれは……きっと危険なものです。ロスガリア大陸を脅かす……でも、何故でしょう。こう、この辺りがキューッとなる、空腹にも似た感覚は……)
リディリディはピコーンと来た。でも、お腹はぎゅるると鳴く。
(はっ、あれは……)
リディリディがハッと顔を上げた。
その瞳には舞台へと向かっていくヒルルクの姿が映っていた。
「ほんとにうまくいくの?」
「大丈夫大丈夫、僕に任せておいてよ!」
ヒルルクの背中を押し舞台へと向かうハーヴィ。
二人はこそこそと何やら打合せしながら、鏡餅の前へと立った。
「あ、ただし全力は出さないでね。ヒルルクさんが力いっぱい叩いたら、きっと粉々――――おほんっ! ちょっと、見られたものじゃない感じになるかもだし!」
「フォローになってなくない!?」
抗議してくるヒルルクにウィンクしたハーヴィは、彼女を舞台に立たせると観客に向け頭を下げる。
(ヒルルク、今だよ!)
(わ、わかったわ!)
小声で囁かれヒルルクが杵を振りかぶった瞬間――。
『あっ!!』
観客から驚きの声が上がる。
なんと、ヒルルクの背後に、竜の気が立ち上っていたのだ。
(征竜!?)
これには流石のリディリディもビビった。
(こんな場所に、征竜を呼ぶなんて……やっぱり、あの人は危険です……!)
そして、決意も新たにヒルルクを睨み付ける――。
●
「どうやらここのようですよ、坊ちゃ……いや、ギャメル」
何処かぎこちない喋り方で、ギャメルを巴屋へと誘ったオゴス。
出迎えたアカネと共に、絹糸が用意された部屋へと通された。
「ふぇ……なんかすげーぞ、オゴス!」
「ええ、本当に」
「お好きな色を選んでくださいね。お相手に合う色だと尚いいですよ」
絹糸の美しさに驚く二人は、アカネに言われ互いの顔を見た。
ギャメルが選んだのは『金』。皆が金で困りませんようにと。
そして、オゴスは『緑』の糸。皆が健康であるようにと。
「オゴスは何の願い事を込めるんだ?」
「そうですね。ギャメルと弟妹たちが健康であるように、ですかね」
「む! また口調!」
「おっと……すまない。なかなか上手くいかないものだな」
ギャメルにビシッと指さされ、オゴスは頭を掻いた。
「そっか、俺と弟妹達……って、オゴスの事が入ってねぇじゃん!」
「俺はいいんだ。授恵者なんて言う健康な体を貰ったからな」
「良い訳あるか!」
ふるふると頭を振るオゴスに、ギャメルは尚も食いつく。
「オゴスの分は俺が願っておく! 文句はきかねーからな!」
「文句などと……ありがとう、ギャメル」
まるで自分の事のように怒るギャメルに、オゴスは微笑み頭を下げた。
「わ、わかればいいんだよ。ほら、作っちまおーぜ!」
「ああ、そうだな。アカネさん、ご指導お願いします」
二人は改めてアカネに話しかけると、組紐を組んでいく――。
「ヒビキにはやっぱこの色かねぇ」
「おやおや? あれれ? 藤色ですか? 私って藤色っぽい?」
並べられた絹糸を選ぶヒビキとダチュラ。
「でもでも、それだと色が同じになっちゃうよー?」
と、ヒビキは自分が選んであった糸を持ち上げる。
それは、ダチュラが選んだ藤色の糸とまったく同じものだった。
「色が同じじゃダメだって決まりでもあんのか?」
「いやー、ないけど……いいの?」
「ヒビキと同じがいいんだよ」
「……もー、そういうとこずるいと思いまーす!」
「クククっ、後は願い事を書いた紙を入れるんだっけか……なんて書くよ」
「いーん、そうだねー。『仲良く過ごせますように』かな?」
「ひねりがねぇなぁ。どうせ書くなら――――こうだろ?」
「……ちょっ! ダチュラさん!」
「嫌か?」
「むー! 嫌じゃない! 嫌じゃないけど……むー!」
ヒビキは頬を膨らせ顔を赤く染めている。
ダチュラが書いた紙。そこには『子孫繁栄』と書かれていた。
「さーてと、後は燃やして願いを成就させるだけだか。まだ時間ありそうだし、腹ごしらえでもしとくか?」
「おっ、賛成ー!」
二人は組み上がった紐を手に巴屋を後にした。
●
真紅の翼を宿した赤き巨体が地面を蹴った。
舞い上り姿勢を反転。頭を下に向け、口遊むのは戯れる鳥獣の成り立ち。
力ある言葉と共に吐き出された真紅の竜達は、眼下に存在感を見せつける白塊へとその牙を向けた。
追撃するは千の刃。真紅の翼より分かたれた無数の剣が、紅竜を追って白塊へと突き刺さる。
祝事の彩。
白き大地に、林立する紅の牙と真紅の剣。
舞台に、紅白の華が咲いた――。
「ま、こんなもんかー」
餅を割り終えたサイラスに、観客から割れんばかりの拍手が向けられた。
「次は僕ですよ!」
サイラスに代わり舞台へと立ったギーゼラ。
「普段肉叩きをしている僕にとっては、この程度の餅割り、造作もない事です!」
そう言ってぐるぐると腕を回し始めたギーゼラ。
まさか素手で割るのか? と観客が固唾をのむ中、ギーゼラは楽しそうに微笑んだ。
「僕の腕に割れぬ物なし! さぁ、派手にかち割りますよ!!」
ギーゼラの腕が回すごとにエーテル光が高まっていく。
そして、エーテル光を宿した腕が、高々と突き上げられ――――振り下ろされた。
「ハヤト、バッシッと決めるよ!」
「おうよ、任せとけ!」
歓声と共に下がったギーゼラと入れ替わり舞台に上がったサフィラとハヤト。
二人は鏡餅の前で観客に一礼しながら。視線を交わせる。
「とくとご覧あれ!!」
サフィラは掛け声と共に跳躍。鏡餅の上へ降り立つ。
「行くぞ、サフィラ!」
「来て、ハヤト!」
その鏡餅を、なんとハヤトが大きく蹴り上げた。
勢いよく空へ舞い上がる鏡餅はサフィラを乗せたまま上空で停止。
「ド派手にいくぜ!!」
勇ましい咆哮と共に、ハヤトが跳躍した。
降下を始めた鏡餅を挟み、二人の距離が迫る。
「ハヤト!」
「サフィラ!」
最初に動いたのはサフィラだった。サフィラは餅を蹴り離れると――。
「今必殺の――――餅割りダイナミックサフィラスペシャル!! とりゃーー!!」
そして、餅の向こうのハヤトに届く様に声を上げたサフィラの手甲が淡いエーテル光に包まれ、白い餅の表面に吸い込まれた――。
――ドンッ!!
空中を震わせる衝撃波と共に、餅に放射状の亀裂が広がる。
「流石だ、サフィラ!」
砕け散る寸前の絶妙な割れ具合に、急上昇するハヤトは称賛の声を上げると共に短刀を抜き放った。
一閃。一閃。一閃。
常人では目で追う事も叶わない神速が、幾度となく餅に打ち込まれる。
「ふぃにーっしゅ!」
見事な着地で地上に戻った二人と共に、一口大にカットされた餅が観客席に降り注いだ。
「餅は良いものだ。中でも海苔を巻き、餅の白と海苔の黒が半々になったものが最も良い」
どこからともなく聞こえる声に、観客達は声主を探す。
「醤油もまた良い。醤油の黒と、餅の白が半々になったものが特に良い」
観客の一人が「あそこだ!」と指をさす。
観衆の視線が指を追った。そこには後光を受ける人影。いや、熊影……違う、白と黒の影が巴屋の屋根の上で佇んでいた。
「誰だ!」と、観客から声が上がる。
「名乗る程の名はない」
どよめきが巻き起こる中、白と黒の影は静かに告げる。
「だが、知りたいのであれば、こう名乗ろう。おれがGP教だと」
そう言うと、ハッタは大きく跳躍。両手を組み両足をピンと伸ばす。
「そしてこれがGP流鏡開きである」
空中にあるハッタは既に標的を見てもいない。どこにどの角度でどのように突き刺さるのか、頭の中ではすでに完結している。
「無病息災!」
跳躍が自由落下へと転じる。ハッタが叫ぶ。
観衆が呆気にとられる中、ハッタの身体は大鏡餅の中心に頭から突き刺さった。
――パキ……ズゥゥゥゥン!!!
そして、それは真っ二つに分かたれた。
●
巴屋に夜が訪れる。
あれだけ賑やかだった広場には、参加者達が集まってきた。
「それでは、火をいれますね」
参加者が静かに見つめる中、アカネが松明を大篝火に近づけると、パチパチと竹の爆ぜる音と共に、炎が一気に上空まで立ち上った。
「へぇ、見事なものだ」
圧巻ともいえるその光景にヨル・スレイマンは感心した。
同じ火を祭るボルガニスク信仰とはまた違った、シャルガネ独自の文化。
立ち上る火の粉が夜の闇に解けていくのを、ヨルは静かに見つめる。
「あなたは何か燃やさないの?」
と、そんなヨルにヒルルクが声をかけた。
「……ちゃんと用意しているさ」
ヨルは大篝火から視線を外すことなく答え、懐から古びたペンを取り出す。
「ペン?」
「去年一年お世話になった。おかげで随分上達したよ」
少しくすんでしまったペンを優しく撫でてやりながら、ヨルは呟いた。
「壊れちゃったの……?」
「ああ、この一年、文字の上達の為に酷使させてしまったからね。もう少し丁寧に扱ってやるべきだったかもしれない」
「ふーん……」
曲がったペン先に炎を透かす。
何度も修理して使ってきたが、寿命だと言われた愛用のペン。
色々な文字を書いた。依頼でも世話になった。友人へ贈る文も綴った。
「こういう時は祈る方がいいのかな」
何かを想い祈る事など一年前は想像もしていなかった。
「……変わったな」
「うん? なんか言った?」
「いや、なにも」
首をかしげるヒルルクに微笑みかけ、ヨルはペンを炎へと投げ入れた。
「世話になったな」
他の参加者が次々と炎へ思い出の品を投げ込むのを見ながら、サイラスは長い月日を共にした愛刀を抜き放った。
黒く鈍く光る刀身。大篝火の光すらも吸収する漆黒の太刀を、サイラスは見納めだと炎に透かし見る。
「じゃーな、お疲れさん」
それ以上の感傷はいらない。役割を果たした道具は、ゆっくりと休むべきだ。
至極簡潔に最後の別れを済ませたサイラスは、黒刀を炎へと投げ込んだ。
「願うのは、永久の繁栄」
ローザリカ・L・ディオールは願う。
短いながらも達筆に記された紙を炎へと送った。
ひらひらと舞いながら炎を纏い、瞬時に炭と化した紙をじっと見つめる。
「我が事ながら、恐ろしい程ひねりがないな」
大篝火の炎がシトリンの瞳に揺れた。
「だがこれでいい」
仔細はいらない。それは自らの手で成すべきものであるから。
ローザリカは、天へと昇っていく書の残滓を一瞥し、ドレスを翻す。
「おーい、ヒルルク!」
大篝火に投入した餅が焼けるのを今か今かと待ちわびるヒルルクに海神・江流が駆け寄ってきた。
「ちょっと、こいつ預かっといてくれないか」
「こいつ?」
そう言って江流が差し出した手に乗っていたのは、小さな綿毛玉だった。
「なにこれ、食べもの?」
「食うなよっ!? ……まったく、これが普段なんだもんな、参るわ」
「うん?」
「何でもない。これは揺満月っていう鳥なんだ」
「へぇー。で、なんでわたしが預かるの?」
「こいつは寒い所に住む鳥なんでな。でかい炎に煽られたら大変だからな」
江流は首をかしげるヒルルクの頭に揺満月を乗っける。
「それじゃ、よろしく!」
「ちょ、ちょっと! ええっ!?」
それだけを言い残し、江流はその場から走り去った。
「ふふ、平静を保てたじゃないか」
「む。見てたのか。趣味が悪いぞ」
駆けてきた江流を出迎えたのは友人のシルヴィア・A・カペル。
「まぁ、お互いあんな夢見ましたしね。わからなくもないですよ、うんうん」
そして、ギーゼラだった。
二人は睨み付けてくる江流に微笑みかけると、炎に向かう。
「さて、江流も無事戻ってきた事だし、祈願しようじゃないか」
シルヴィアは懐から古びたハンカチを取り出した。
随分と使い込まれてはいるが、その美しさ、繊細さは寸分も失われてはいない。
「青薔薇ですか。珍しいですね?」
「ああ、これは先生と旅する時に持ってたものでね。様々な事を共に経験した仲なんだ」
「へぇ、そんな大切なものを燃やしちゃうんですね」
「供養、という風習らしい。使わなくなったものを天に送るのだとか」
ギーゼラに答えたシルヴィアが空を仰ぎ見た。
爆ぜた火の粉が舞い上がり、空に輝く星々の代わりに辺りを照らしている。
幼い頃の自分を思い出す。
青薔薇の存在を信じていた無垢な子供。そんなものはないと否定されるたびに、大喧嘩をしていた。あろうがなかろうが、描く事は自由だというのに。
「……いい思い出ばかりって訳じゃなさそうですね」
覗き込んでくるギーゼラに笑顔を向けたシルヴィアは、彼女の手元に視線を落とした。
「ギーゼラのものは――手袋と、指輪かい?」
「貴方程のいわくはありませんけどね。使い馴染んだ品です」
そう言ってギーゼラが掲げて見せたのは、琥珀の散りばめられた手袋と指輪だった。
「それも十分惜しい気がするけどね」
「想い出補正の面では、シルヴィアさんに及びませんよ」
二人は互いに苦笑しつつ、炎の中へと投げ込んだ。
「江流は……まだ願いが終わらないのかい?」
「あー、もうちょっと。ちょっと待って」
一方、江流は投げ込む予定の筆を手に、未だ炎を拝んでいる。
「願いは……学業成就かい?」
「ああ、首席に近い成績が取れるように、ってね」
「それだけかい?」
「そ・れ・だ・け・だ」
「はは、そうか。しかし、どうせ願うなら『首席になる』と断言すればいいものを」
「そこまで強欲じゃない」
「そうですよ。願いは一つじゃないですし。ね?」
「ギーゼラちゃん!?」
あははと逃げるギーゼラに、江流は結んでいた手を解く。
「ともかく、早く火にくべないと炎が消えてしまうよ」
「……そうだな。わかった」
シルヴィアにそう言われ、江流は愛用していた筆を炎へと投げ入れた。
「うーん、燃やすものか」
シグルド・オルセンは改めて自分の身体を見た。質素倹約を気取っているわけではないが、余計なものは持たない主義だ。よって、炎にくれてやるものも当然ない。
「でも願い事は聞いて欲しいしな……」
と、シグルドはチラリと後ろを振り向く。
そこには、木に括り付けられた相棒の姿。呑気に餌を探して歩き回っては、ひもに首を絞められている。
「この火で焼いて食うとご利益があるんだっけ」
シグルドは立ち上がると、相棒の元へ歩いていく。相棒は、シグルドの姿にびくりと肩を竦ませると、繋がれていた木の陰に隠れた。
「うーん、お前さんは一応俺の相棒だしな」
怯える相棒を見下ろすシグルドの表情は、炎を背にしているのでわからない。
「そんなに怯えるなよ。大丈夫だ、お前さんはまだ食うつもりはないからな」
恐怖のあまり泡食って倒れた相棒を置いて、シグルドは大篝火の元へと戻っていった。
真暗な夜空を照らす大篝火に、立ち上る炎を見上げる。
「今までお疲れ様でした」
炎の煌きに、革で出来た道具袋を投げ込んだ。
すぐに炎が道具袋を包み込む。火の粉が二度三度と爆ぜ、炎が勢いを増す。
大篝火に託したのは、長年愛用していたアクセサリー道具。長い時を共にした相棒だった。
「またお会いできることを楽しみにしています」
アカネに聞いた話ではモノには魂が宿るという。
もし、それが本当なら、アレの中にもきっと宿っていたのだろう。
「まるでリザードマンのありようの様」
魂の研鑽を重ね輪廻転生を繰り返し竜へと至るを目標とするリザードマン。
道具に宿っていた魂も輪廻を経て、再び自分の元へ戻ってくるかもしれない。
もしそうであればいいなと、スィーリーンは思う。
「再びまみえる事を願って」
スィーリーンは昇っていく炎を静かに見つめた。
「「せーの!」」
二人が同時に組紐を大篝火へとくべた。
一生懸命組み上げた組紐は、巨大な炎に飲まれ、すぐに見えなくなる。
「これで想いが叶うのでしょうか……」
ゲルダの瞳が炎に揺られる。
「きっと叶いますよ。沢山の想いを込めて作ったんですから」
リサの笑顔を炎が照らす。
「そう、ですよね……うん」
「ですです」
「……リサちゃん、今年もよろしくお願いしますね」
「もちろんですっ。ゲルダちゃん、今年もよろしくお願いしますっ」
二人は炎を見つめながら、そっと手を繋いだ。
「はぁ、とても大きいですわ、ですわ……」
立ち上る炎は天を衝くほどの隆盛を誇っている。
レイラ=ルナフィニスは、見た事も無い様な大篝火に感動していた。
「ほんと、大きいわよね」
いつの間にか隣に居たヒルルクが、レイラの声に合わせるように呟く。
「森の奥の故郷では、この様な壮大なものを見る事は叶いませんでしたので、今とても嬉しいのですわ」
「へぇ、わたしの故郷もそんな感じ」
「まぁ、お仲間ですわね」
炎から目を離さずに、二人は言葉を交わす。
「えっと……」
「ヒルルクよ」
「ヒルルクさん、貴女は何か炎に託しましたの?」
「ううん、丁度いい感じの物がなかったから、見てるだけ」
「まぁ、わたしと同じですのね」
レイラはここでもまた一つ共通点を見つけたと、小さく微笑んだ。
「それでは、ご一緒にお祈りいたしませんか?」
「お祈りかぁ、何を願うの?」
「そうですわね……やはりここは手堅く『無病息災』でしょうか。あとは、『子孫繁栄』ですわ、ですわ」
「えっ!?」
「愛しの旦那様の事を思いながら、お祈りを捧げましょう」
レイラの不意打ちに驚くヒルルクを、微笑ましく見つめる。
そして、二人は共に手を合わせ、静かに炎へ祈りをささげた。
「寒くない……?」
「うん、大丈夫よ~」
もこもこの防寒着に身を包む、御邑 奈月と御邑 都の姉妹。
大篝火がよく見える場所を確保し、地面に座り込んでいた。
「それに、この炎さんが、と~っても温かいもの」
「……うん」
二人は互いに肩を寄せ合い、頬をくっ付け大篝火に見入る。
パチパチと弾ける火の粉が、次々と空へと昇っていく。
「ふあぁ……温かくなると、何だか眠くなっちゃうね~」
「……もぉ、お姉ちゃん。こんな所で寝ちゃダメ、だよ……」
大きな欠伸をかみ殺す姉に、奈月は溜息をつく。
「大丈夫だよ~、月ちゃんを置いて眠ったりしないからぁ~……」
そう言いつつも二回目の欠伸をする都。
「……寝ちゃったら、せっかくのお願い、聞いてもらえなく、なるよ……」
奈月は手袋を外すと、都の手をぎゅっと握った。
「私が……こうしててあげるから、寝ないで……」
「う~ん……月ちゃん、それって逆効果だと思うんだよねぇ~」
手から妹の暖かい体温が伝わってくる。それがまた、安心感と眠りを誘う。
都は妹ににこりと微笑むと、大篝火に視線を戻した。
「寝ちゃう前に、何かお願いをしないとだね~。月ちゃんは何を願うの?」
「え……。別に、普通の事……」
「ふーん、普通の事ね~?」
「な、なに……?」
「ううん、それじゃ、お祈りしましょうか~」
ニコニコ笑顔の姉を訝しげに見つめながらも、奈月は炎を見やる。
燃え上がる炎の中には、参加者が投じた思い出の品が詰まっている。
供養の為、使えなくなった道具を空に還すのだ。
今回は特に何も持ち込んでいないのもあって、お祈りするだけだが、いずれ愛用の品をくべに来ようと、奈月は思う。
「僕達姉妹の無病息災をお願いします~」
隣では姉がなむなむと呪文のように繰り返していた。
そんなに何度も願いをかけられたら、大篝火も迷惑だろうと、ちょっぴり同情する。
「それから~、月ちゃんの恋人さんも、健康でありますように~」
「ふぇっ!? な、何いきなり……!」
不意打ちだ。いきなりそんなこと言われたから、思わず早口になってしまった。
「ふふ~、いつまでたってもお祈りしない月ちゃんの代わりに、お姉ちゃんがお願いしておきました~」
そう言って、都は奈月の背後に回り妹の身体をぎゅっと抱きしめる。
「ほら、月ちゃんも」
「う、うん……」
姉の暖かさを背中に感じながら、炎に向かった。
――どうか、姉と……友達が健康でいられますように。
心の中で祈った願いは、炎に揺られ天へと舞い上がる。
「ほ、本当に燃やすのか……!」
「何をいまさら。ここまで運ぶのにどれほどの労力と運搬費がかかったと思っているの」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクとナタリア・フィッツジェラルドの主従が大篝火の前にやってきた。
「しかしだな、これは私が長年かけて集めに集めた研究資料なのだぞ! それを炎にくべようなどと……どれほどの研究後退につながると思っている……!」
広場の脇には荷台一杯に積まれた羊皮紙の束やよくわからない道具類。その全てがナタリアの研究資料だという。
アウレーリアは年末の大掃除の際、従者であるナタリアの部屋へと訪れた。
以前から物の散乱する部屋だったが、久しぶりに入った従者の部屋は、一言で言えば汚い。そして狭い。冒険者稼業が多忙だからではない。これは根本的な問題だ。
ナタリアは全て研究材料だというが、どう見ても落書きにしか見えないものや、壊れた道具も大量にあった。
「本来であれば、魔法で盛大に浄化してやるところだけど、この炎で天に送ってあげるのよ。慈悲と思いなさい」
「それのどこが慈悲か!? いいか、これらの価値を今一度説明する! 例えばこれ……はちょっと何書かれてるかわからないから、こっちだ!」
「ふむ……白露草と七星虫についての考察、ね。面白いわね」
「そうだろう! やはりこれを廃棄する訳には――あっ!」
「そういう事をしているから片付かないのよ」
ナタリアの手からひょいと羊皮紙を取り上げたアウレーリア。
「リア! 思いなおすなら今だぞ! この損失は必ずやロスガリアに影を落とす!」
「まったく、大袈裟ね。そんな大層な資料なら、きちんと整理して保管してしかるべきじゃない?」
「うっ……それはだな……冒険者稼業が多忙で……それに研究も」
「はいはい」
縋りつくナタリアの背中をぽんぽんと叩きながら、アウレーリアは荷車を大篝火まで転がしていく。
「リア! 待て!」
「ナタリア、この炎はね。転生するらしいわ」
「……なに?」
「お前の研究資料は、この炎によって浄化されて、天へと還る。そして、再びお前の元へと帰ってくるのよ」
「ど、どういう意味だ」
「意味なんてないわ。それがこれの摂理。ただ信じて願えばいい――らしいわ」
「曖昧だな!?」
そう言いつつ、アウレーリアは既に荷車の資料を炎へ投下し始めている。
「リ、リア!」
「静かに。心を落ち着かせて炎に祈りなさい。これは主からの命令よ」
「うっ……」
そう言われては従うほかない。
ナタリアは次々と炎へと還っていく資料を見つめながら、何度も何度も祈った。
どうか、還ってきてくれと――。
「年の初めの清めに来たのはいいが……こりャァエラく華やかじャねェか」
天を衝く篝火の炎に、中村・右衛門佐・勘次郎の白い肌を真っ赤に染める。
「勇壮よね。いっそ派手すぎるくらい」
そんな勘次郎の隣にはヒルルクの姿。
「まッたくまッたく! にしても、巫女殿に拝んでもらえるとはねェ」
「拝むだけだからね。ご利益とかそう言うのは期待しないでよね」
「然り然り。見ててくれるだけで、ありがてェさ」
と、勘次郎は首から下げていたお守りを手に取った。
「お守り?」
「ああ、五年ほど前に知り合いに貰ったもんなんだがなァ、こいつもお役御免の時分だと思ッてたんだ」
勘次郎は『諸芸上達』と書かれたお守りの紐を引きちぎると、躊躇う様子もなく炎へと投じた。
「五年も守ってくれたんだ。それじゃちゃんとお祈りしないとね」
「……流石巫女殿、そう考えてくれるんだなァ」
「あれ、違うの?」
「いや、ありがてェよ。まァ、そんな綺麗なもんじャねェんだがな」
不思議そうにするヒルルクに、勘次郎は一人笑う。その間にもお守りは燃え尽き灰となっていった。
「はァ、清々した」
「あなた変わってるわね」
「はッはッ、よく言われる」
笑い声をあげる勘次郎に、ヒルルクは肩を竦めた。
「大丈夫ですか、エル」
「うん! もう覚悟は決まった!」
心配そうにのぞき込んでくるネーヴェに飛び切りの笑顔を向ける。
折角二人で作った組紐を燃やしてしまうのは正直もったいないと思う。
だけど、そうする事で、願いが叶うのなら安いものだ。エルシーは心の中でそう納得した。
「ネネ、お願いは決めてある?」
「はい」
親友の問いかけに、笑顔で答えるネーヴェ。
「それじゃ、一斉に――」
そう言って息を大きく吸い込んだエルシー。きっと彼女も願いは自分と一緒だ。
「はい、一斉に――」
だから、声に出して願おう。二人の未来を。
「「今年も仲良くしてね!」」
重なった声が、炎と共に空へと舞い上がっていった。
「文字かいて燃やすとか、シャルガネの祭りも派手でいいな!」
「祭じゃないわよ。どっちかって言うと儀式に近いらしいわ」
「ふーん、どう違うんだ」
「お祭りはなんか賑やかな感じ、儀式は厳かな感じ?」
「はぁ? 厳かってどんなだよ」
「厳かは……厳かよ」
「んだよ、ヒルルクも知らねぇんだろ。それでも巫女かよ」
「巫女は関係な……え?」
「え? じゃねぇよ、厳かな巫女様」
頭にはてなを浮かべるヒルルクに、ナハシュはくくくと笑う。
「ほんじゃ、行くぜ。派手に燃えろよ!」
そんなヒルルクを放っておいて、ナハシュは「楽」とでかでかと書かれた紙を丸め、炎へ投げ入れた。
――ボフっ!
「熱っぅぅ!!?」
力一杯投げ込まれた紙玉が、盛大に火の粉をまき散らす。
「あー、わりぃわりぃ。ちょっと強めに投げすぎた」
「あー、わりぃわりぃ、じゃないわよ! 焦げたじゃない!」
と、服の裾を見せつけるヒルルク。確かにちょっぴり焦げていた。
「そんなに怒んなよ。んなもん、唾つけときゃ直るって」
「直んないわよっ! あなたの服は唾つけて直るの!?」
「直るが?」
「直るのっ!?」
「あちらは賑やかですね、坊……ギャメル」
「そうだな。ああいう関係もいいな」
ナハシュ達の賑やかな声を聴きながら、二人は組み上げた紐を大篝火に投下し、祈りを込める。
「――――一度作った物を燃やして天に還す事で、その結びは永遠になる。シャルガネの文化は粋なもんだ」
炎の中で燃え尽きていく組紐を見つめオゴスが呟いた。
欲深く浅ましい俺は、ずっと手元に残しておきたくなる。それをあっさり手放せる勇気――いや、決断力を持ったギャメルが眩しく見える。
「オゴスのその喋り方も粋だぜ」
「ギャメル?」
「ずっとオレ等の面倒を見てくれてありがとな。沢山迷惑もかけたし反抗もしたけど、アンタが居なかったら、オレ等今まで生きてなかったと思う」
手を合わせ瞳を閉じたままのギャメルの呟き。
「まだアンタの背中には届かないけど、いつか必ず追いついて見せるからな」
「そんな事は……」
「だから、まずは対等な関係を目指す! わかったか、大篝火さんよ!」
「……ああ、そうだな。俺も頼もう」
束縛せず相手を信頼してこそ得られる本物の絆。
それがもう目の前にある事をオゴスは感じつつ、大篝火に祈りを込めた。
「今までありがとう」
ルベアは最後の別れを惜しむように声をかける。掌の中には使い古された櫛。
父から贈られた思い出の品ではあったけど、歯が幾本も欠けてしまい、もう使えない。
ただ捨てるのは忍びないと思っていたら、素敵な行事に巡り合えた。
「父さん、私も少しは綺麗になれたのよ」
櫛の向こうにいる父に呟く。
「これからも、もっと綺麗になるわ。父さんがビックリするくらいに」
くすりと微笑んだルベアは、そっと櫛を炎へと投げ入れた。
●
あれだけ隆盛を誇った炎の勢いは既にない。
残されたのは、小さな火種と漂う香ばしい薫り。
「皆さん、とても熱いので、手に取る時は気を付けてくださいね」
アカネが竹の棒で竹炭の山をほじくり返す。すると――――。
「ふにゃふにゃだ、すげぇな……」
こんがりと焼けた餅を前に、アルフィー・リッパーが目を白黒させていた。
あんなに硬かったものが、蕩けそうな具合に垂れている。
「熱いので気を付けてくださいね」
アカネから餅を受け取ったアルフィー。あまりの熱さに尻尾がビンっと立ったが、そんなもの気にもならないくらい食欲をそそる香りがする。
「そのまま食べても味気ないので、これをどうぞ」
アルフィーがまじまじと見つめる餅に、アカネが黒い液を垂らしてくれた。
それがまた、なんとも言えないいい匂いがする。
アルフィーはたまらず餅に齧り付いた。
「……んんっ!? んーーー!!」
嚙み切ろうにも切れず、噛み千切ろうにも千切れない。
びよーんと延びる餅に、アルフィーは目を剥いた。
「ふふ、どうですか、美味しいですか?」
微笑ましく問いかけてくるアカネに、アルフィーはこくこくと頷く。
「それはよかった、まだたくさんあるので、いっぱい食べてくださいね」
アルフィーは急いで餅をごっくんすると、次の食材を掻きだそうとするアカネの手元に釘付けとなる。
「取り合えず芋を放り込んでみたが……こりゃ正解だったか」
自ら放り込んだ芋の圧倒的出来栄えに、シグルドは一人満足していた。
「これなら酒のつまみにもなりそうだ」
持ち込んだ酒と焼きたて芋。悪くない取り合わせだと、自画自賛していたら――。
「お! おおおっ! お兄さんはお芋さん焼きですか!」
甍・ヒネモスがにょきっと生えて来た。
「うおっ!?」
「いいですねぇ、ももものお芋さん。ほっくほくの口当たりととろっとろの甘みがたまりませんよねぇ。私も随分と悩んだんです、そう、お芋さんにしようか、このお魚さんにしようか!」
と、驚くシグルドそっちのけで、甍は見事な焼き目の付いた魚を差し出した。
「でもでも、やっぱり、この香ばしく焼けたぎょぎょぎょのお魚さんにぱぱっとお塩を振った、シンプルイズキングなこのお味にはちょーーっとだけおよばないと考えたわけですよ」
甍はこれ! このへん! と、上手そうな部分を指さしながら解説する。
「しかーし! その考えは間違っていたと認めざるを得ません。なぜなら、ももものお芋さんがそんなにも美味しそうだからです! だから、私のお魚さんとそちらのお芋さんを交換しませんか?」
「お、おう」
甍の圧倒的圧力に屈し、シグルドは焼きたてお芋を差し出した。
「ありがとうございます! やっぱりお兄さんは話せる人でした!」
甍は焼き芋を受け取るとホクホク顔で懐にしまう。そして、次はお餅をゲットだー! と元気よく駆けて行った。
「何だったんだ……。まぁ、これも悪くないか」
手元に残った魚を見つめ、シグルドは酒を煽った。
「む……ここで焼き芋なるものが配布されていると聞いたのだが、違ったか」
シグルドが魚を肴に酒を煽っていたら、だわがやってきた。
「何でも火を通すだけでホクホクな触感になり、得も言われぬ甘味を味わえると聞いたのだが……」
どこで聞いたのか――――まぁ、たぶん甍だろうけど、と思いつつ、シグルドはだわに返事を返す。
「ああ、無くなった」
「無くなった……そうか、無くなったのか……」
期待させてもあれだときっぱり言ったのが悪かったのか、だわの落ち込みっぷりがひどい。
「それを食べれば一年を健康でいられると聞いたのだが……そうか、やはり俺はそういう星の元にあるのか」
だわは天を仰ぐ――。
そう、俺はいつも一人だった。
誰に頼ることなく一人で生きていく上で、健康と衛生は特に重要だ。ただの風邪であれ下手をすれば命に関わる。体調を崩して寝込みでもすれば、それは格好の餌食でしかない。
「仕方がない。これはやはり、自力で生きて行けという啓示なのだろう」
「なんか大層なこと言ってるが、別に食うものは何でもいいらしいぞ」
「…………なに?」
思わず耳を疑った。
聞いた話では「お芋さん超サイコー!」と言って……んんん?
「それは……本当か」
だわは恐る恐る問いかける。
「よければ一緒に食うか? この魚も絶品だぞ」
そう言われ差し出された焼き魚に、だわはごくりと喉を鳴らした。
「アカネくん、焼いたものは日持ちのしないものばかりかい?」
炭の山から次々と食材を掻きだすアカネに、ローザリカが問いかける。
「日持ち、ですか? お持ち帰りになられるんです?」
「ああ、臥せがちな知人が居てね。残念なことにこの場に居合わせる事が出来ていないんだ。折角の素晴らしい催しだというのに、まったく困ったものだよ」
盛大に溜息をつくローザリカに、アカネは苦笑する。
「そうですね。それじゃ……これなんていかがです?」
「これは……栗か」
アカネが差し出したものは、真っ黒に焼け焦げた栗だった。
「殻のままでしたら多少日持ちしますよ。ご友人のお見舞いによろしければ」
「ふむ……そうだね。チョコレートだとでも偽って渡してみるか。ありがとう、アカネくん。いただくとしよう」
「いやー、やっぱ私の答案用紙の火力のおかげだね! うまいうまい!」
「あまり食べ急ぐと喉に詰まるぞ、ほら」
焼き餅をびよーんとしているフレイヤ・サンライズに、ベルク・オスマットがお茶を差し出した。
「もー、ベルクってば、私がそんな単純なミスを犯すわ――――んっ!?」
「だから言わんこっちゃない」
突然もがきだしたフレイヤの背をぽんぽんとベルクが叩いてやる。
フレイヤは渡されたお茶を一気に呷り事なきを得た。
「ぷはー! 死ぬ! 死んだ! あははっ!」
「死んでない。まったく何が楽しいのか」
「ベルクは楽しくないの? 折角のお祭りなのに」
「祭じゃない。これは祭事だ。神聖な儀式だぞ」
「んもー、堅いぞベ・ル・ク♪ そんなんじゃ、いつまでたっても嫁の貰い手――」
と、思わず口走ったフレイヤをベルクの視線の刃が突き刺した。
「……よーし、次は芋も行っちゃうぞ!」
そんな視線から逃げるように、フレイヤは答案用紙にくるんで焼いた芋を取り出す。
ぽきっと割ってホクホクの中身にむしゃぶりついた。
「んー! ホックホクでいい感じ! やっぱり答案用紙は正義だね! よし、バターも塗っちゃお」
更に残った半分に持参したバターをたっぷり乗せる。
「見ているだけもなんだな。妾もいただくか」
そんなフレイヤの食べっぷりに触発されたのか、酒瓶を取り出したベルク。
餅に醤油を一垂らし、香ばしい薫りと共に口に放り込んだ。
「お、粋だねぇ。よーし、私も負けないぞっと!」
ベルクに触発され、フレイヤが取り出したのは――――。
「じゃじゃーーん! 見てよこの絶妙な焦げ具合と蕩け具合!」
なんと、チョココロネだった。
紙でくるんでたとはいえ、よくそんなものを放り込んだなと思わないでもないが、フレイヤは気にしない。
「これ、焼くと旨いんよ♪ ベルクにもおすそ分けだー!」
フレイヤはアツアツのチョココロネを器用に二つに割ると、酒を煽っていたベルクに差し出した。
「お酒にもきっと合うよ。一緒に食べよ――――道連れだ」
「ありが……何か言ったか?」
「なーんにも! ささ、熱いうちに!」
訝し気な視線を送ってくるベルクに乾いた口笛を返し、フレイヤはアツアツのチョココロネに齧り付いた。
「餅にこんなに沢山の食べ方があったなんて、僕は感動しましたよ!」
ギーゼラが歓喜の声を上げる。
餅は江流の手により様々な変化を遂げていた。
「ああ、この醤油につけたものが特にいいね。餅がさっぱりと食べられる」
「こっちの黄な粉も悪くないぞ。まだ腹に余裕があるのなら食ってみてくれ」
「ほうほう、これはしょっぱいものと甘いもののコラボレーションですか。なんとも、餅のポテンシャルを感じる逸品ですね!」
「ポテンシャルというのなら、まだこれもあるよ」
と、感動しつつ餅を強請るギーゼラに、シルヴィアが差し出したのは餡子だった。
「アカネに貰ったのだけどね、ギーゼラには必要な物だろう?」
「おぉ……流石、シルヴィアさん、甘党の心がわかっていますねぇ!」
「なんだよ、黄な粉餅じゃ甘さが足りないって?」
「そうは言いませんが、もう一声という所ですね! ――では、餡子いただきます!」
そう言ってギーゼラはシルヴィアに貰った餡子をたっぷりと餅にかけ、口に放り込んだ。
●
「こんなに大きなお鍋があるんですね。流石高級旅館」
大鍋に煮込まれている雑煮をぐるぐると混ぜるヴィルヘルミナが漏らした感想に、アカネは苦笑する。
消費しきれなかった大量の焼き餅は、雑煮としてふるまわれる。
ヴィルヘルミナやリサ、エルシーとネーヴェ、他の冒険者達も手伝って、もうすぐ完成だ。
「はい、お待たせ!」
注いでもらったお雑煮を二つ持ち、ハーヴィが駆け戻ってくる。
「ありがとう。うわ、美味しそう!」
「だね、きっと一緒に食べたらもっとおいしくなると思うよ!」
「そうなの?」
「えっと……そう占いに出てた!」
「ふーん……あ、ほんとにおいしいかも」
「えっ! ほんと……?」
「何よ、疑うなら食べてみればいいじゃない」
「あ、そうだね。頂くよ」
嘘ついたの? と口を尖らせるヒルルクに苦笑しつつ、ハーヴィは椀に口を付けた。
「浄禍の炎で焼かれたお餅。ご利益もありそうですね」
出された椀に口を付け、スィーリーンは熱い息を吐く。
「魂の研鑽の為にも、健康でいられますように」
誰にも聞こえる事の無い小さな声で、そう呟きながら。
「なるほど……これがオゾウニですか」
リディリディはじっと見つめていた。
「お肉は……入っていないのですか」
何処かに肉はないかと。
「……仕方ありません。いただきますが……ちょっと少ないので、あと8個ほど追加でお餅をください」
まるで肉のない恨みをぶつけるように、リディリディは椀を差し出した。
「どうですか? お雑煮もいいですけど、こっちも美味しいでしょ?」
「うん! 甘くてホクホクでとても美味しいわね!」
「そうでしょうそうでしょう。おばあちゃん直伝ですからね」
ヒルルクの笑顔を見て、トーラは自慢げに胸を張る。
「……それにしてもヒルルク」
「うん?」
「……あー、えっと……おかわりいりますか?」
「あるの? もちろんいただくわ!」
「そうですか。それでこそヒルルクです」
トーラの物言いに不思議そうに首をかしげるヒルルク。
そんな彼女の顔を少しだけ辛そうに見ていたトーラは、すぐに笑顔に変えた。
こうして新年の行事『浄禍の火送り』は、賑やかな笑い声と共に、終わりを迎えたのだった。
マスターコメント
おつかれさまでした!
皆様のおかげで、笑いあり涙ありの賑やかな行事となりました!
燃やされたものの魂、空に届けられた願い。
きっと、いつの日か皆様の元へと還ってくることでしょう。
それでは、今年一年が皆様にとって良い年でありますように!
イベントシナリオ(50人)普通 報酬:少ない40 / 4〜50人
2022年01月26日 11時39分48秒 公開
大成功
参加者
ハッタ・ムラムラ
ヨル・スレイマン
ゲルダ・クライン
- サイラス
ナハシュ
スィーリーン
リサ・ベイカー
ベルク・オスマット
ヴィルヘルミナ
- イェレミース トゥラ リディリディ
ギャメル
サフィラ・アズラク・ヴォルファング
セヴラン・クアルト
ギーゼラ
ハヤト=ガラン=ヴォルファング
アリオン・リュー
海神 江流
スフィカ
トーラ
中村・右衛門佐・勘次郎
御邑 奈月
御邑 都
レイラ=ルナフィニス
オゴス
エルシー・サリバン
ネーヴェ・グラヌローザ
アウレーリア・フォン・ネーベルベルク
ナタリア・フィッツジェラルド
甍・ヒネモス
大福
ルベア・ベルニ
シルヴィア・A・カペル
アルフィー・リッパー
ハーヴィ
ハルノ・ヒビキ
ダチュラ
フレイヤ・サンライズ
シグルド・オルセン
だわ
ローザリカ・D・ケレス
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー 篝火に物焚べる、餅割り両方行くかどちらかか迷い中? 冒険者の本気は良くないって事は紫電とか辺りはやめた方がええんやろなぁと。魔法とかもあれかねぇ
スィーリーンと申します。 よろしくお願いします。 私は大篝火の方に参りますね。
ハッタだ。 世話になる。
トーラです。 よろしくお願いします! 鏡割りダイナミックに参加しようと思います。 そのあとはお餅はたくさんあるみたいなので、ぜんざいを作ろうかな?
ぜんざい、お汁粉、豆の甘煮inベイクド餅ょちょ( これも名前戦争?
ギャメルだぜー! みんな、よろしくな! オレはオゴスと糸紬の工にいく予定!
こんばんにちわ、イラカだよ。 お魚焼いて食べる、みたいな。
御邑 都だよぉ~。よろしくお願いしまーす~♪ 僕は妹の月ちゃんと…『大篝火』で災いを払ってお願いしよーかなぁ~って思ってるのぉー。
出発当日にごめんなさい。 レイラといいますの。よろしくお願いしますわね。 恋人の大篝火の参加をしたいと考えていますわ。