【CP】さよなら、青空教室~発表会は肝試し!
棟方ろか
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シナリオID:1279
オープニング
「皇子殿下ぁ!」
「レイウェストさま、おかえりなさいっ」
弾む足音と声が、レイウェストの耳朶を打つ。振り向けば、駆け寄る幼子たちの目は爛々と輝いていた。その顔が、瞳が、レイウェストに実感させる。帝国奪還へ向け、大いなる一歩を踏み出せたことを。
だからレイウェストはそっと眦を和らげ、少年少女を見回した。そしてふと思い出す。
「先日は温かい手紙をありがとう。そなたらのおかげで、早く元気になれた」
青空教室での冒険者からの提案もあって、臥せていた皇子へ励ましの手紙を書いた子は多い。
手紙が無事に本人の元へ届いたとわかり、嬉しかったのだろう。子どもたちの笑みも満開になった。元気なレイウェストの姿に喜ぶ彼らの顔は、近ごろ戦の風景を捉えてばかりいたレイウェストの瞳を、無防備に揺らす。
「レイウェストさま、今お時間はありますか?」
「……ああ、時間は充分に取ってきているよ」
実のところ充分と呼べる状況ではないが、合間を縫ってキャンプを訪れたのには理由がある。強く生きようとする民の姿を、再びこの眸に焼き付けたかった。そして感謝を伝えたかったからだ。
そんな彼へ、無邪気な子たちによる無邪気な期待が寄せられた。
「では皇子さま、いっしょに肝試しをしましょう!」
「…………肝試し?」
●天幕にて
「私から民へ贈るつもりが、先を越されてしまったな」
レイウェストの口振りは、喜びの欠片をじっくり舐めて味わうようなものだった。
そこへ、この地でまとめ役にもなっているリュシエンヌ・テタールが口を開く。
「先日、あの子たちから『殿下と冒険者さんと肝試しがしたい』と提案がありました」
他ならぬ少年少女からの要望だと知り、冒険者たちの頬もほのかに緩む。
「最後の青空教室で、一丸となって何か作り上げたいそうで」
「そっか、最後……」
「青空教室が……」
冒険者の輪から、思わず零れた声。それにリュシエンヌは躊躇せず首肯する。
「はい、状況はもちろんですけど、何より顔ぶれが変わっていきますからね」
子どもたちにとって大きな問題だ。これまで一緒に遊び、支え合ってきた友が、それぞれの道を歩み出す。これは別れを意味するのだから。
「ですから、今のこの仲間たちで、殿下や冒険者さんへ学びの成果をお見せしたい、と」
「私も学びの成果に興味がある。ぜひ目に留め、記憶に刻みたいところだ」
レイウェストは好意的だ。民との触れ合いを重視してきた彼が、喜ばない筈もなく。
「……ところで殿下、民へ贈るつもり、というのは?」
最初に発した彼の一言を、静かに静かに抱いていた冒険者から、質問が飛ぶ。
ああ、と思い出したようにレイウェストは顎へ手を添えて。
「私がこの地で臥していた際に、そなたらの心配りがあったとの報告を受けている」
この辺りで皇子暗殺や死亡の噂を流し、不安を煽っていた悪人を冒険者が捕まえた時の話だ。
パニック寸前だった民衆の思考を、冒険者は『レイウェスト皇子は難民へのサプライズとして祭を計画していた』『張り切るあまり疲れが出た』ものとして上書きした。
「ならば実際に祭を催し、民への贈り物にするのが良いと考えていたが」
そう話したレイウェストへ、冒険者たちから前向きな返事が届く。
「お祭り、いいですねえ」
「殿下、お祭りも一緒にやっちゃいましょうよ。夏ですし」
「しかし……」
問うようなレイウェストの眼差しに、何人かが揃って頷いてみせた。
「私が育った街で、肝試しは慰霊の意味もありましたわ、殿下」
リュシエンヌもそっと一言を挟む。
「この一年で亡くなった方を想い、一緒に楽しんで、お見送りするのです」
つまり『楽しむこと』が一番で、楽しむためにやれることはやった方が良いと少女は言う。
話を聞いたレイウェストが、わかった、と顎を引けば、リュシエンヌは改めて冒険者たちへ向き直る。
「ということですので冒険者さんっ、楽しい夜にしましょうね!」
「ひとつ尋ねても良いかな」
不意に、レイウェストの顔へ純一なる疑問の色が宿る。
「肝試しに明るくないのだが、度胸を試すようなものと思って良いのだろうか?」
彼の不思議そうな様子に、冒険者もリュシエンヌも互いに視線を繋げ、こう答える。
参加してからのお楽しみですよ、と。
解説
マスターより
リプレイ
応急処置、勝利とは何か、そして手紙の書き方。
これまで教えを伝えてきたヨル・スレイマンは、今日も子らに説く。
「肝試しの極意は『相手のことを考える』こと」
「ヨルせんせ、お手当は人に優しくする方法だけど、今回ちょっと違うよね?」
生徒から飛んだ質問に、ヨルはかぶりを振った。
「大元は同じ。相手のことを考えるのは、優しさでもあるからね」
設置場所を見定めながら答えたヨルを囲い、生徒たちもせっせと手を動かす。
各所で仕掛けを施す子らの逞しさに、しみじみと双眸を潤ませていたのはギャメルだ。
「……立派になったなぁ」
己の金欠話をした頃と比べれば、誰もが着実に成長していた。子どもの成長は早いと耳にした気もするが、その通りかもしれないと肯うギャメルの所にまで、カラカラと明るく響き渡った、ジョン・ベアーの笑い声。
「がっはっは! 月日が経つなぁ如何せん、あっという間じゃのぉ!」
彼が子の頭を撫でれば、僕も私もと寄ってくる無邪気な好意たち。ジョンは成長に感じ入るよりも、いつも通りの笑顔と大音声で接することを好んだ。
「成程、これまでの成果の発表会の様な物か」
「そーだよ。僕たちの卒業制作!」
誰から教わったのかそんな言葉を少年が発すると、ジョンもガハハと大口を開けて。
「ならば喜んで相手になろう!」
宣言と同時、肝試し会場へつま先を向けた。
賑わう輪から離れた場所で、仕掛人のサポートに回っていたサマエラ=フォリウムは、とある少女へ声をかける。これまでも気にかけていたエマだ。エマはエマで彼女の姿を視認し、足早に駆け寄った。
「手伝いは、必要だろうか?」
静かな問い掛けにエマがふるふると頭を振る。
「こっち、平気」
「そうか。なら……クッキー作りなど……一緒に、どうだろう」
一緒に、と言われたエマの瞳がしゃらんと細かな光を放つ。
「肝試しの参加者用に。……もっといえば……」
目線を一度は少女から外したものの、やはり眼差しと言の葉は真っ直ぐ届けたくて。
「最後、だから。改めて、エマのクッキーを食べてみたくて、な」
「! うんっ、つくろ。作って、ください」
頬をふくりとさせたエマにつられ、サマエラもそっと目許を緩めた。
緩む瞳もあれば、皓々としたままの眼差しもある――その白銀は、如何な夜にもくすまない。ナタリア・フィッツジェラルドの歩は思考と共に前進していた。彼女の謝意と哀悼は、今日の『常識』と『知識』の礎を築いた先達へと捧げられる。
そして彼女は飾らず問うた。作業に勤しむ少年少女へ。
「祭を終えた後、如何なる未来を紡ごうと考えているのかい?」
柔い音で模ると、子どもたちが一様に瞬ぐ。
「僕は大人たちとヴィントへ向かうよ。復興のお手伝いするんだ」
「私、行く宛てないから……まだここにいるの」
王国の町に住む者、放浪する者、種々の事情が話から見え隠れする。
読み書き計算、礼儀作法だって授業で学んだと、四囲よりぽんぽん投げられ、ナタリアの口端が緩む。
「おれたち、夢ばっか見てるわけじゃないよ」
一人の少年が、彼女に背を向けたまま答える。
「守ってくれてた場所を離れるんだ。危険なのもわかってる。それでも……」
手を止めて振り向いた少年は、続きを待ってくれるナタリアの優しい眼差しに、少々頬を染めて。
「帰りたい。そのために、生きてやるから」
突き刺す意志を、ナタリアは首肯で受け止めた。
――そうした集まりから遠く、鈍色の狭間からじいっとレイウェストを見守るのは、一人分の影。
「居るか、ベルク」
屋台の陰へ踏み入ったレイウェストが、前触れもなく名を口にした。
すると樹上を拠り所としていたベルク・オスマットは、疾風の如く馳せ参じる。
「お気付きであられるとは……」
「いや、その。雰囲気は意外と漂うものだから」
言葉を濁した皇子により、ベルクも気付く。
屋台で買い込んだ品々は思いの外、殿下の鼻孔をくすぐったらしいと。
「そなたも楽しんでいるなら、何よりだ」
「はっ」
深々と頭を下げたベルクに肝試しへ行く旨を告げ、皇子は場を後にした。
告げたはいいが悲しい哉レイウェストは、行事の意を理解しきれていない。
そんな彼へ、肝試しは良いこと尽くめだと、ルチル・プルメリア・グレイハーツが激励を傾ける。
「為政者に必要な精神力が養える、これ以上の催しはないからな」
「なるほど、精神力か」
真顔の皇子を、頭蓋の空洞から覗いた眼がしかと映す。
そして、ルチルの話に相槌を打つレイウェストただ一点を、じいと見据える人物がいた。
くふふ、と不気味な笑いを醸し出す夕霧だ。
(合法的に悪戯が決行できる機会なぞ、そうそう無いのじゃ)
悪巧みにほくそ笑む夕霧の表情を、子どもたちも真似する。
「ぬしら良い笑顔じゃ。早速取り掛かるとしよう」
「「取りかかるとしよー!」」
「これっ、声は控えんか、聞こえてしまうじゃろッ」
●
四辺を見回すひとつの影が森をゆく。
「ちょーっと目を離した隙に……どこ行ったんだ、あいつら」
アルフィー・リッパーがむすっとなるのも、無理はない。彼にとって単独行動は由々しき事態だ。先へ向かったのなら急いで追いつかなければと、足取りも早まる。
「いや別に怖くなんかないし逆にやりやすいっていうか……みぎゃっ!?」
自身へ言い聞かせていると木々がざわつき始め、尻尾がぶわわっと広がる。
大丈夫あれは風。あれは木。そう繰り返す彼の胸中を巡るのは、幼少期の想い出と呼ぶにはあまりに過酷な記憶。紛らわそうと歌を口ずさみ、突き進めば――。
「ネェ」
呻くような呼び声。
アルフィーが恐る恐る振り向いてみると、そこには――無数のゾンビと真っ白オバケ。
「ふしゃーーーッ!」
身体を大きく見せて激しく威嚇するも。
「オマエ、ウマソウダナァ?」
トドメとばかりに巨大オバケに肩を叩かれ、アルフィーの恐怖値は限界点へ達した。
けれどハッと我に返り、脅かしてきた相手を察するや、顔面が林檎のごとく染まって。
「このひとでなしーーー!!!」
アルフィーは逃げ出した。
「ちょっとちょっとアルフィーくーん!」
ゾンビに化けていたクレア・エクレールがぎょっとして呼びかけるも、駿足な本人の耳に入らない。
「危ないからアーシェル君、追っかけてー!」
「マァァテェェ」
シーツを被って巨大オバケに変身していたアーシェル・G・クラインは、肩車したままの子も連れて、嬉々として駆け出した。
その喧騒を眺めていた仕掛人がいる。
「これを肝試し、というのですね……」
獲物を待つ子らの傍で、リディリディ・トゥラ・イェレミースは肝試しとは何たるかを知る。
「先生は肝試し、はじめて?」
「あ、はい。馴染みの薄い風習です」
そうなんだ、と首を傾いだのは、以前リディリディの音楽の授業を受けていた少年だ。
「ええっと、つまり……参加者に怖い思いをしてもらえば良いのでしょうか」
続けて彼女が尋ねると、少年はこくりと頷く。
ならばとリディリディが取り出したのは、今回肝試し用にと持ってきた小型の弦楽器。
「音ひとつ取っても、怖くなるんですよ?」
「元気になったり、癒されるだけじゃなく?」
はい、と首肯してリディリディが早速奏でたのは、低く唸る風音のような弾き方。
「さ、弾いてみてくださいね」
「うん、わかった」
音楽に触れてから変わった少年に、リディリディは吐息で笑う。
そして夜の森に漂い始める。軋むようなヴァイオリンの不穏な音色が、夜風と溶け合って。
「子どもたちの仕掛けだろうし、オレは余裕だぜ」
そう断言していたギャメルの耳にも、当然届く。
「……これぐらい楽勝だ」
なんて言いながら彼が懐より取りだしたるは、聖印。
「家庭の神マウマよどうかこの道行きをお守りくだ……いや先へ急げばいいんだ、先へ。な!」
ぶつぶつと祈りつつも駆け足でギャメルが逃げていけば、その姿を見届けたリディリディは、生徒と手を合わせて成功を分かち合う。
一方、弦楽器の演奏はレイウェストと、彼に同行するレティシア・レインフィールにも聞こえていた。
(殿下、こういった催しは初めてでしょうし)
意気込みで震えを紛らわすレティシアは、曲から距離を置くように歩みを進めた。
「……ゆっくり進まなくていいんだろうか」
「よ、宜しいかと存じます」
首を捻ったレイウェストへのレティシアの返答は、掠れた喉から搾り出したようなもので。
ぺとり。ひんやりした心地が、そんな二人の首筋へ引っ付く。
「ひゃあぁあっ!!?」
「っどわぁ!?」
レティシアの絶叫が静寂に轟き、続いてレイウェストもびくりと跳ねた。
両名を襲ったのは、夕霧が用意したスライムだ。一片でも絶大な効力を発揮する肝試しの必需品は、子どもたちのお手製釣竿によって彼らの首へと運ばれた。
「いったい、何が……起こった……?」
事態を飲み込めず首筋を摩るレイウェストを翻弄するかのように、閃光が迸る。
突如として暗闇を照らした光は、夕霧によるもの。夜の深みに慣れた皇子とレティシアの眼に、かの光は眩しく感じ、引き戻す仕掛けの軌道を隠してしまった。
一帯で起こった光をよそに、森の奥をセロンガード・シュタインドルフとティトが歩む。
平時と変わらぬ調子のセロンガードと異なり、ティトは。
「セロン、あの……」
言葉が、出てこない。どうしたら良いのか、わからない。
定まらず揺蕩うばかりで、上手く表す方法などティトはまだ知らず。
「どこかに、行ってしまう、って」
だから自分の代わりに、彼の言葉を聞こうと思った。するとセロンガードが顎を引く。此度のキャンプ訪問も、レイウェストの容態を確かめるためのもので。そうと知ったからティトは、セロンガードの袖をきゅっと摘む。
「そ、そっか。じゃあ今日は……今は……一緒にいていい、かな」
「勿論、構いません」
途方もないけれど、どうにかティトが言いきったそのとき。
不自然に盛られた土が、二人の眼に飛び込んできた。仕掛けがありそうだ、と感じて避けつつ、ティトが盛り土をつつく。直後、一瞬気を抜いたティトの頭上へ、ぽろぽろと降る木の実の殻。当たったところで痛くも痒くもないが、突然の雨に驚いたティトを、セロンガードが引っ張って脱出させた。
緩急をつけた仕掛けは正しく罠の要領で。
「ヨル先生、やったよ!」
「ひっかかってくれたっ」
茂みに隠れながらサムズアップしてきた子らへ、ヨルも満足げに二度頷いた。
同じ頃、ルチルが仕掛人へ贈っていた言葉は、たいへん解り易いものだった。
「硬い物よりも、柔らかく生暖かい物の方が恐怖を覚えるものなんだ」
「やわらかく……」
「なまあたたかい?」
「これだこれ」
ルチルが披露したのは、釣竿でしかと括った、水気と弾力に富んだ塊。
「こういう物がぶつかると、異様に怖い。あとは……」
ごにょごにょとルチルが耳打ちすれば、子どもたちも楽しげに飛び跳ねた。
そして暗渠をも見通すルチルの眼差しが、機を逸することもなく。
「来るぞ……っ」
彼女の一言が合図となった。
二人で進む者は多く、アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトとリュシエンヌ・テタールも例外ではない。
「……テタールさんのおかげで、子どもたちに笑顔が戻った」
静かな語り口に少女が瞬ぐ。
「難民キャンプの運営が順調なのもそうだ。ありがとう」
「冒険者の皆さんのおかげで、頑張れたのです」
相乗効果なのだと彼女が告げた直後。
――べちゃ、と生温かくて柔らかい何かが二人を撫でていった。
「うわぁぁ!?」
「きゃあ!?」
アルベルトが演技力全開で驚くものだから、リュシエンヌもつられて大声で跳ねる。きょろきょろと見回すが、釣竿もそこに吊した物も、早業で木陰へ隠れてしまっていた。
「おお、なるほど、この温度と感触……そう来たか!」
「ほ……本当ですね、すごくびっくりしましたっ」
正体を察して感心するアルベルトたちの言葉を、茂みでルチルと子どもたちはしかと聞き届けた。
こうして悲鳴が随所から響こうと、森はまどろみを食み続けている。
いつだか弟たちがしがみついてきた箇所が温かくて、コルネリウス・アーラはそっと腕に触れた。イズレンディル・パラリムはそんな彼女の揺らぎを優しく見守り、想い出へ寄り添っていた。そして。
頭上を行き渡る花冠が俄に騒ぎ出したものだから、コルネリウスは「ひゃっ」とか細い声をあげる。
「あっあの子たち、脅かすのが上手ですね」
「ネリー、あれは風の悪戯で……」
森に慣れすぎたイズレンディルが微笑ましげに云うと、幹の向こうからにゅっと手が伸びてきた。迷わず肩を叩いた腕に、イズレンディルも期待に応え「わぁっ」と一驚してみせる。
すると腕だけでなくコルネリウスも跳ね上がってしまった。
「ああすみません、驚いて大声が」
「だだだ大丈夫ですディリー、想定外ですね! こんな驚かせ方をするなんて」
感心するコルネリウスだが、悲しくなるぐらい耳もへにゃりとし、無意識にイズレンディルの手を強く握っていた。イズレンディルは冷えていく指を撫で、思わず彼女を引き寄せる。
「もう少し、で終わってしまいますね」
囁きながら頭を撫でれば、コルネリウスの目許に朱が射す。
「はい……あと少し、あと少しでも楽しみます!」
奥へと去る二つの後背を見送り、真っ白な腕は森へと姿を消して。
「……おれら何見せられてんの?」
「さあ」
腕を操作していた少年少女が、茂みの向こうで肩を竦めた。
●
肝試しも長くなれば、腹も空く。
そう考えて終盤に用意を施したのはリリリリスだ。
「この私が華麗に優雅に華憐に大成させて差し上げますわ!!」
「人きたよお姉ちゃん、シーッ!」
子どもに促され、リリリリスも人差し指を唇へ押し当てた。やってきたのは、二種の人影だ。
――今となっては、傍らの影を見やることも叶わない。文字通り影も形もなかったのだから。そうして夜に彷徨うレイウェストの目線を知り、シルヴィア・A・カペルは眦を和らげた。
「暗闇なんだ。理屈抜きで怖いよね」
独り言のように虚空へ漂わせた言葉が、皇子の耳朶を打つ。
「外で過ごす夜にも慣れたと思ったが、誰しも抱くものなのだろうな、この感覚は」
己の胸裡に有るものを認めた彼を前に、ふっと微かな吐息だけでシルヴィアが笑う。
「けど、暗闇の中でこそ人は眠りに就くことも、楽しい行事も行える」
歩を運ぶ度に乾いた土が砕けていく。だからシルヴィアは、静寂に溶けた陽射しの名残が、鬱蒼とした森の中にも道を作ってくれていると気付く。気付いても尚、ここは揺り籠のように軋むだけで静かだ。
「……要は見方次第だ」
「見方次第、か」
繰り返すレイウェストの眼差しが、前方を見定めた。
そんな彼へ進むべき明日を示すように、シルヴィアが開いた手で森の奥へと促した。
直後、暗闇に浮かんだ細長い影に、シルヴィアもレイウェストも瞬く。
現れた影の正体は、貴族風の食卓。所狭しと並ぶ料理の数々。森の中に突如として出現した豪奢な空間を、シルヴィアたちは幻か否かまず確かめた。
「こんなところに……ダイニング?」
困惑のレイウェストをよそに、茂みがガサゴソとお喋りし始める。
「ふふふ、あれこそ私の手料理ですわ」
手料理と聞くと温かみが強いが、リリリリスの手料理はもっとこう違う要素を取り入れた独創感が強い。これを『かりすま』と呼ぶのなら、なんて便利な言葉なのだろう。しかしリリリリスは実際優れたカリスマの持ち主だ。
食べたーい、と呟く子たちが茂み越しにソワソワしているぐらいに。
「ええ、ええ、後ほどたっぷり味わって頂きますわよ!」
焼いた肉、蒸した野菜、茹でた卵など様々な香気が入り混じり、食欲をちくちく刺激する食卓だ。仄かに皿を飾る香水に気づくはずもなく、レイウェストもシルヴィアも、一応、きっと、多分大丈夫だろうという予測の元、別々の皿へ手を伸ばす。
「ふむ、こっちはなかなか美味な……」
シルヴィアが舌鼓を打つ一方で。
「う、何故だ、おいしいのに、何故か気持ちがふわふわと……?」
れいうぇすとは こんらんした!
しかも、そんな皇子の元へ。
「ゆくのじゃ、悪戯童たちよ!」
ずびしと樹上の夕霧が指差した先へ、次々と降りかかる肝を試す遊び。
木に取り付けた拙い滑車を子が回せば、滑り行く宙舟が水を撒き散らす。木工や細工作りを得意とする子たちによる、一大作品だ。
「これぞ、息つく暇も無しイタズラ大作戦、じゃ!」
のけ反って大笑いしようとした夕霧が、均衡を崩し枝から落下してしまった。
そんなこんなで、料理とアクシデントに見舞われた回もいれば、そこそこ平和であろう肝試しに挑む人々も勿論いる。
しかしコハクたちの組では、一つ大きな懸念点があった。どうしたものかとコハクが沈思を続ける。
友の一人、イケメンなネーヴェ・グラヌローザ。驚かなそう、というのがコハクの印象で。
(子どもたちが頑張って作ったんだ。どうにか、どうにか動け表情筋)
頬をむにむにと刺激するコハクを不思議がる余裕など、もう一人の友ララノアにはない。何故なら。
ギチギチと音が鳴り止まない。軋みというより、何かを締め付けるような、固く引き絞っているような雑音だ。耳を塞げば抑えられるが、そうすると意識は視覚と嗅覚に集中して。不意に、指になにかが触れた。
「ひ、ひぃッ!!」
ララノアは咄嗟にコハクの手を握り、悲鳴を搾り出す。
「なんですかここ……なな、なんなんですここ!?」
頻りに周囲を見回すも、友以外に影は無し。怯える彼女の様相でコハクも確信した。
この子は何もしてなくても飛び上がる。絶対に。
ネーヴェもくっつく二人の横で、口許へ手を添えて笑う。
「お任せ下さい、お二人は私が守りますわ!」
怯えが顕著な友人を見兼ねて、ネーヴェは宣言した。
お願いします、とララノアがネーヴェにもしがみつけば、彼女の有様は二人に挟まれた幼子のよう。
そこへ木々に透ける夜から、白い布がふわりと飛んでこようものなら。
「ぴえぇぇえぇ!?」
悲鳴はララノアの咆哮と化して。
「まぁ! びっくり致しましたわ、空飛ぶ白布……面白いですわね」
記憶や縁を知らずとも、驚き方を知っているネーヴェが瞬ぐ。
(正直なところ、驚いている自分があまり想像出来なかったのですけれど)
自分の分までびっくりしてくれた友がいるから、ネーヴェも少しばかりほっと息をついた。
一驚を喫するネーヴェに、やっぱり天使(※個人の感想です)は子どもたちの為に動いてくれるのだと、コハクが一人納得していると。
「いやぁっ!!!」
「わ、ちょ……」
風音で跳ねたララノアが、コハクの腕ごとぶんぶん振り回し始める。
直後ララノアの靴が、コハクの尾を盛大に踏み付けた。
「ぴぎゃっ!?」
「きゃっ! だ、大丈夫ですかっ!?」
まさかの出来事にネーヴェも眼を丸くする。
「いいい今声がしましたあぁあぁ!!」
コハクの悲鳴にすら震えたララノアとは対照的に、ネーヴェは。
「……コハクさん、一体何が起きましたの?」
萎れた金色の尻尾へ治癒術をかけながら、ネーヴェが尋ねる。
だがあまりに一瞬の出来事だったもので、尾の主も肩を竦めるしかなかった。
そして、彼女たちの惨事を遠巻きに眺めていたのは。
「よく出来ましたね。構えを崩せたら、残るは叩き落とすのみです」
軋む雑音の案を出した男。物騒な物言いのキーゼに、教えを実行した仕掛人はしかし驚きも怯えもせず、きらきらとした眼で彼を射る。だからキーゼは、影が被さった瞳を僅かに少年たちから外した。
「驚かせたいなら意識を逸らすこと、だよね!」
「よおし、次も撃ち落とすぞぉ」
狩猟でも使える手法だと伝えたことで、彼らは正に獲物を狙う狩人となった。
こうして、脅かす者とされる者の攻防は長きに渡ったが、とうとう終わりに近付く。
夜風の涼しさに気を取られたジョンは、前触れもなく弧を描いて飛んで来る袋を、思わずキャッチしていた。しかし袋は思いのほか軽く、中身はなんじゃ、と口の紐を解こうとした瞬間。
「おおう!? なんじゃあ!?」
森のあちこちから向けられた、無数の水鉄砲が直撃する。
しかも肝心の袋を開けてみると、木屑が入っていただけで。
「がっはっは! まさかじゃった。ええ出し物であったな!」
「あのね、おにーちゃんたちが考えて掘ってくれた井戸の水なんだ、それ」
水の確保が容易になったからこそ、そしてキャンプの情勢が安定したからこそ、ふんだんに使える。その事実をジョンも噛み締め、教えてくれた子の頭へぽんと手を置いた。
「一頻りびっくりしたらぶち腹が減ったでぇ。屋台飯も祭の醍醐味じゃけぇ、案内してくれんか!」
「はーい、一名様ご案内~!」
「ごあんなーい!」
子どもたちに腕を引かれ、ジョンは賑わう屋台通りへと消えていった。
すると、出口付近で参加者を確認していたストレガ・L・リベルガストラが、ふと顔をもたげる。
「これで全部」
脅かし役の人数も、ストレガは把握している。だから。
「つまり、いよいよなのだー」
浮き立つ気分を被った獣骨の面へ乗せて、外套を纏う。
ストレガから骨の加工手段を教わった、チェック係の子たちも黙々と装いを整えて。
「行くのだ」
「「行くのだあ!!」」
こうしてストレガ率いる頭骨面集団が、肝試しコースを逆走し始めた。
●
「本当だって! 突然ぬるりと来たんだ、ぬるっと。オレのここに」
ギャメルが身振り手振りで、肝試し中の出来事を子どもたちへ伝えている。我が身に起こったものを事細かに話すギャメルの感想は、脅かし役の子たちへ更なる笑顔を刻んでいた。
――そのとき。
肝試しの入口付近、屋台の周りなどに固まる冒険者たちは、不気味なる姿かたちが迫るのを目撃した。
片手にはランタン。もう一方には綺麗に研がれた包丁らしき脅かし道具を持った、ナニカ。
「ワルイコハ、ドコダ」
「「ドコダ!」」
ストレガに倣って響く数々の声。
そう、逆走してきた奇妙な格好の集団は――ストレガと、人数確認のため出口にいた数人の子。
「サガセ、ワルイコサガセ」
「「サガセー!」」
脅かし役を担った子どもと冒険者が、ストレガたちによって、肝試し会場の入口まで追い立てられてきたのだ。ゼエゼエと息を切らした仕掛け人たちが、会場の外で漸く立ち止まることを許される。
そして出迎えた人々の輪から、ひとりの少女が仕掛人一行の元へ駆けだした。両手いっぱいの温もりを抱えた彼女の名前は、エマ。
「あ、の。はいっ、クッキー焼きました……どうぞ」
受けとった子どもや冒険者たちを前にして、エマは一度だけ振り返る。聴衆の中では、一緒にクッキーを作ったサマエラが穏やかに見守ってくれていて。だからエマも少しだけ勇気を振り絞り、皆へ告げる。
「肝試し、良くがんばりました。はなまるのクッキー、です」
とっておきのご褒美を配って回る少女の姿を、参加者も脅かし役も温かく見守った。
やがて人々は散開し、その先で待つのは、肝試しを終えた冒険者たちのエピローグだ。
ぽずっ、と音を立ててヨルはレイウェストへ包みを押し付ける。
「こ、これは……?」
「手紙の件の礼! それだけ!」
脱兎のごとく去ってしまったヨルを追う術もなく、受取り手は手元へ目線を落とす。香ばしさ漂う焼き魚や、果物を和えた肉料理。どれも屋台にあったもので。一体ヨルは何を思いながら店に並んだのか。
それを想像した途端、レイウェストはくすぐったさを感じずにいられなかった。
「もー、アルフィー君ってばそんなに拗ねないの!」
とある一角では、びたんびたんと尻尾を地面へ叩きつけるアルフィーを、クレアが宥めているところだった。クレアの化粧の心得を活かしたゾンビメイクたちは、どうやら最高峰の雰囲気だったらしい。
「思いっきりメイクして正解だったな。お前、元がいいから恐さを出すの大変だろうし」
からからと笑うアーシェルの言葉を受け、胸を張るクレアと子どもたち。
そして尚も口を尖らせたままな彼の頭を、アーシェルがわしゃわしゃと撫でて。
「アル、悪かった。でもこいつらはすごく楽しそうだったぜ」
振り向いたアーシェルが「なあ?」と尋ねれば、子どもたちから満面の笑顔が返る。
アーシェルも同じ顔をしたものだから、アルフィーの眉間のしわも徐々に緩んでいった。
同じ頃、労いを傾けるキーゼへ、リュシエンヌが会釈していた。続けてキーゼは、予てよりの課題であった『ご縁』について尋ねる。少女は真っ直ぐ投げられて質問に、はいっ、と笑みを咲かす。
「キャンプに居たからこそ得たご縁。頼りながら今後も生きていきます、先生」
少女の返答にキーゼはただ「そうですか」と囁くのみで、多くは語らない。
「卒業式をするのは、いかがでしょう?」
代わりに向けた提案で、リュシエンヌが瞬ぐ。
そしてキーゼは流れるように、冒険者や子どもたちに囲まれたレイウェストを一瞥する。
「殿下もいらっしゃいますから。卒業式の挨拶でもお願いしては?」
「それもそうなんですけど、なんとなく、改めて皆の前でご挨拶頂くより……」
少女は明瞭に想いを紡ぎ、皇子と子どもたちを見つめる。
「あのように一緒になりながらの方が……殿下にとっても良いのかも、と思いまして」
内緒ですよ、なんて付け足しながら、彼女はキーゼの前からぱたぱたと走り去った。
肝試しのラストを飾るのは、集った人々が織り成す賑わい。
そして五日振りのまともな食事は、彼女にとって贅沢だ。込み上げるものを感じながら、嗚咽を飲み込むように急ぎ胃を満たしていく。
「よかったねお姉ちゃん。みんなに食べてもらえて」
艶やかな髪をふぁさりと靡かせ、リリリリスは胸を張る。
「当然ですわ。そう、私が居るんですもの!!」
「「居るんですもの!」」
絢爛な彼女の様相に焦がれた子どもたちが、右に倣う。新たな技を会得したようだ。
「レティシア先生!」
マナー講習に参加した生徒たちが、レティシアを探し出していた。
そしてかれらは恭しくお辞儀を披露する。農民も商家の子も、スラム育ちの子も貴族の子女も一緒に。
「かけがえのない日を」
「素敵な授業を」
「「ありがとうございました、お世話になりました」」
礼儀正しく声を揃えたかれらにレティシアが目を瞠ると、途端に皆いつもの顔に戻って。
「時と場面で使い分ける人の方が、断然かっこいいもんね、先生!」
生徒たちから飛んできた笑顔と言葉に、レティシアはそうっと眦を和らげた。
そして一方でアルベルトも、今日という日を用意してくれた子どもたちと向き合う。
「肝を冷やしたけど楽しかったぜ! ありがとな!」
思いの丈を述べる声もまた、腹の底から出したものとなった。
空気を伝った彼からの謝意に、子らの笑顔はより明るく咲き誇る。
「ほんと!? よかったぁ」
「僕たちも楽しかったよ、ありがとアルベルト先生!」
先生――短くも清冽な響きが、いつまでも耳から離れなかった。
先生と慕う誰かの元へ少年少女が集まるのは、別の場所でも同じこと。
「あのな、離れ離れになっても、子どもの頃の友情ってのは消えないもんだ」
ギャメルが静かに語り出す。
「オレは大人だからな。そういうのも分かる」
遠くを眺める彼につられ、子どもたちも夜の彼方を見上げた。
――いつか。いつかきっと。
青空教室で共に学んだ仲間を思い出して、あの夜空が蘇る日もあるだろうと。
そして何処かで再会し、今日を懐かしむ時が来るのだろうと。
ギャメルが、何より子どもたちが、そう信じている。
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準25 / 4〜25人
2021年08月21日 11時59分23秒 公開
参加者
相談掲示板
お引き受け頂きありがとうございます、冒険者さん。 改めてご挨拶をさせて頂きますね。リュシエンヌと申します。 ふふっ、肝試し、よろしくお願いしますね!
ギャメルだ。よろしくな。 (2)の参加者側で、子どもたちの成果を見せてもらうぜ。 いっしょに肝試ししてもいいって人や、オレを驚かせたいって人がいたら、声かけてくれ。
(1)運営側ですね
私(ワタクシ)、リリリリスですわ!! 早速ですが、私。「(1)運営側」で参加致しますわ… 驚かせる側、肝を試す方ですわ。 私の独創料理…『肝を試すのに丁度良い』と評価された事がございますので…えぇ、えぇ…今回はより手を入れて参りますわ!(メシマズ、セットヨシ!) 勿論、小さい子供向けの 何の変哲もない普通の皿も準備致しますので… 参加者の皆様には二つの内、一皿試せるように致しますわ…ふふふ
ジョン・ベアーじゃ!よろしく頼む! がっはっは、何やかんやこれが最後になるのか。寂しくなるのぅ……。 わしはせっかくじゃから(2)……参加者側で参加予定じゃ! 作り上げられるどっきりびっくり肝試しの仕掛け、心から楽しませてもらうけんな!
アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 (2)の参加者側で参加するぜ
ストレガなのだ。よろしくなのだ。 運営側にいくのだ。
No.8
リディリディです。 あの・・・、よろしくお願いします。 そうですね・・・、私は(1)の運営側に回ろうと思います。 人数のバランスが悪いようでしたら移動も視野に入れます。
情報屋のルチルだ。よろしく。 さて、今回は(1)運営側を手伝いつつ皇子に精神面での修行をしてもらおうかね(
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 さて、運営側も参加者側も楽しそうで迷ってしまうね……今の所参加者側の予定だけど、変更するかもしれない。
ネーヴェ・グラヌローザと申します。どうぞ宜しくお願い致します。 今回はお友達と3人で参加者側に回るつもりです。 ……実は、あまり肝試しで怖いと思ったことが無いのですよね……ですが子ども達をがっかりさせたくもありませんし、時には演技も必要、でしょうか……。
友人三人と参加者で回る予定のコハクだよ、よろしく。 超絶悪乗り予定(ただし友人に対してだけで舞台に関しては楽しむ兼大成功するよう行動)
コルネリウスです、よろしくお願いします。 参加者側で参加させて頂く予定です。
アーシェルだ。よろしく頼む。 クレアと(1)の運営側で参加するぜ。 (2)参加者側に行くアル(アルフィー)を驚かそうと思ってる。
きききききも、だめし…???きもだめしとは…あの、 ここ、こわいようなかんじで、ごごごおぉ、ございましゅて???? ぇとあの、、、ララノアでし!!!!!おともだちと…参加者として、参りましで… よよそしくしゅでございましよ!!!!(ふぇぇ
夕霧である!運営側に回るのじゃ。 楽しみであるな。
ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 行先について考える内に、気が付けば締め切りまで24時間を切ってしまった。 最後の授業、という一文に惹かれたので運営側として参加したい。 尤も関りは初めてだから、最初で最後だがね。