パンクリアース学園の日常
おおくまねこ
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シナリオID:3089
オープニング
●学園に偉い人がやってくる
「ようこそ、パンクリアース学園へ。歓迎いたします、エドモンド・オニキス伯爵。私は教務主任のラミアス・クルスロードと申します」
ラミアスは微笑みを浮かべ、高級感のある馬車から降りてきた男を迎えた。
「こんにちは。ラミアス殿。わざわざこのような時間を設けていただきまして、感謝いたします」
馬車から降りてきた老紳士……エドモンド・オニキス伯爵は丁寧にお辞儀をすると、ラミアスに微笑を返した。
「いえいえ、こちらこそ。どうぞ、我がパンクリアース学園のありのままの姿をご覧ください」
オニキス伯爵はパンクリアース学園に多額の出資を行っている王党派貴族の一人だ。自身も、その息子も学園の出身であり、母校に対し、強く愛着を持っていた。
「ありがとうございます。本当はもっと早く来たかったのですがね。どうも領内の仕事が忙しく。予定を開けるのに時間がかかってしまいまして。そろそろ私も息子達に跡目を……おっと、すみませんな。つい話が逸れてしまった」
「いえ、ご立派です。領主自らが公務の合間を縫い、学園にお越しとは。オニキス伯爵はとても母校を愛しておられるとお見受けいたします」
「そうおだてないで下さい。ただの好奇心ですよ。今日一日は領地のことは忘れ、母校をゆっくりと見て回りましょう。新しくできたというウィリアム王子の黄金像……そして、王国の未来を担う若者達が、どのように過ごしているのか、とても楽しみです」
●
オニキス伯爵来校の前日。パンクリアース学園女子寮にて。
「うふふふふ」
「何ニヤニヤしてるんですか、パーシア様。不気味なのですが……」
「失礼だな! いいものが届いたんだよ! じゃーん! 見よ! ウィリアム王子の水着バージョンのポスターだ!」
「はあ……また妙なものを……もしかしてそれ、生徒会室に飾るおつもりで?」
「もちろんですわ! これを見れば、退屈なデスクワーク中でも元気が出るでしょう?」
●
「さあ、夏休みまでもうあまり日がないわ! 原稿の最後の追い込みよ!」
「リザ、原稿もいいですけど、期末試験の勉強もちゃんとしてくださいね」
「はい、先輩! 赤点にならないように頑張ります!
『殿下、お慕い申し上げております……殿下と婚儀を結ぶのは王女ではなく拙です』
『大きく出たね、このテロリストが! 僕の義弟に手を出したいのなら、僕を倒してからにしてもらおうか。皇子はこの後三人家族水入らずでハネムーンに行く予定があるんだ!』
よし、クライマックスはバッチリね……」
●
「ここは快適だな。空調も効いているし、今年の夏はここに居座ろう……」
「にゃあ」
かつて蒼炎の魔女と呼ばれたエルフ、ラピスラズリはかれこれ数か月の間、パンクリアース学園の図書館に居座り続けていた。先月から開始されたプリンデーの食券もちゃっかり使い、空調紋具の効いた図書館の片隅で、幸せひきこもりライフ満喫中である。それだけならいいのだが、ペットのヤマネコまで図書館に連れ込んでいるのはいささか問題であった。
「あそこの本を取りたいけど、魔女さんのでかい猫が怖い……」
ラピスラズリのペットの猫、ケット・シーは中型犬ほどの大きさがあるので、とても迫力があるのだった。
●
今日はパンクリアース学園のいたって普通の平日。果たしてオニキス伯爵はどのような風景を見ることになるのだろうか?
「ようこそ、パンクリアース学園へ。歓迎いたします、エドモンド・オニキス伯爵。私は教務主任のラミアス・クルスロードと申します」
ラミアスは微笑みを浮かべ、高級感のある馬車から降りてきた男を迎えた。
「こんにちは。ラミアス殿。わざわざこのような時間を設けていただきまして、感謝いたします」
馬車から降りてきた老紳士……エドモンド・オニキス伯爵は丁寧にお辞儀をすると、ラミアスに微笑を返した。
「いえいえ、こちらこそ。どうぞ、我がパンクリアース学園のありのままの姿をご覧ください」
オニキス伯爵はパンクリアース学園に多額の出資を行っている王党派貴族の一人だ。自身も、その息子も学園の出身であり、母校に対し、強く愛着を持っていた。
「ありがとうございます。本当はもっと早く来たかったのですがね。どうも領内の仕事が忙しく。予定を開けるのに時間がかかってしまいまして。そろそろ私も息子達に跡目を……おっと、すみませんな。つい話が逸れてしまった」
「いえ、ご立派です。領主自らが公務の合間を縫い、学園にお越しとは。オニキス伯爵はとても母校を愛しておられるとお見受けいたします」
「そうおだてないで下さい。ただの好奇心ですよ。今日一日は領地のことは忘れ、母校をゆっくりと見て回りましょう。新しくできたというウィリアム王子の黄金像……そして、王国の未来を担う若者達が、どのように過ごしているのか、とても楽しみです」
●
オニキス伯爵来校の前日。パンクリアース学園女子寮にて。
「うふふふふ」
「何ニヤニヤしてるんですか、パーシア様。不気味なのですが……」
「失礼だな! いいものが届いたんだよ! じゃーん! 見よ! ウィリアム王子の水着バージョンのポスターだ!」
「はあ……また妙なものを……もしかしてそれ、生徒会室に飾るおつもりで?」
「もちろんですわ! これを見れば、退屈なデスクワーク中でも元気が出るでしょう?」
●
「さあ、夏休みまでもうあまり日がないわ! 原稿の最後の追い込みよ!」
「リザ、原稿もいいですけど、期末試験の勉強もちゃんとしてくださいね」
「はい、先輩! 赤点にならないように頑張ります!
『殿下、お慕い申し上げております……殿下と婚儀を結ぶのは王女ではなく拙です』
『大きく出たね、このテロリストが! 僕の義弟に手を出したいのなら、僕を倒してからにしてもらおうか。皇子はこの後三人家族水入らずでハネムーンに行く予定があるんだ!』
よし、クライマックスはバッチリね……」
●
「ここは快適だな。空調も効いているし、今年の夏はここに居座ろう……」
「にゃあ」
かつて蒼炎の魔女と呼ばれたエルフ、ラピスラズリはかれこれ数か月の間、パンクリアース学園の図書館に居座り続けていた。先月から開始されたプリンデーの食券もちゃっかり使い、空調紋具の効いた図書館の片隅で、幸せひきこもりライフ満喫中である。それだけならいいのだが、ペットのヤマネコまで図書館に連れ込んでいるのはいささか問題であった。
「あそこの本を取りたいけど、魔女さんのでかい猫が怖い……」
ラピスラズリのペットの猫、ケット・シーは中型犬ほどの大きさがあるので、とても迫力があるのだった。
●
今日はパンクリアース学園のいたって普通の平日。果たしてオニキス伯爵はどのような風景を見ることになるのだろうか?
解説
舞台:パンクリアース学園(平日)
状況:パンクリアース学園に多額の寄付を行っているえらいひとが視察に来ます。フラッと部室に現れるかもしれませんので、普段通りの学園の日常を見せてあげましょう。
●プレイングについて
今回は日常シナリオです。『放課後』のパンクリアース学園の日常を描写いたします。
行動の一例としては、
①クラブ活動などの課外活動をする
②入部するクラブを探す
③来賓の案内を担当する(立候補制)
③自習をする
④ウィリアム黄金像を見学する
⑤入学を検討しているので聴講生として学園を見学する
などが考えられます。
●登場NPC
エドモンド・オニキス伯爵
学園に多額の寄付を行っているお金持ち貴族。王党派。道案内役の学園生(生徒会長+立候補者)と共に学園を査察しており、校舎を気まぐれに巡回していくが、多忙なので、広い学園内の全ての施設を見学できるわけではない。生真面目で高潔な人物だが、多少のやんちゃは多めに見てくれる。※仏の顔も三度までの残機制。
ラミアス
教務主任。学園教師代表として、来賓の案内をしている。
ラズリー
生徒会長パーシアの秘書。常識人。来賓案内中はパーシアとは別行動。
●危険人物たち
パーシア 危険度C
今代の生徒会長。来賓への挨拶も生徒会長の役目の一つなので、来賓の案内に駆り出される(彼女は立候補ではなく半ば強制参加)。
生徒会室に私物(ウィリアムグッズ)を多数持ち込んでおり、来賓に見られると恥ずかしいかもしれないが、本人は何ら恥ずべきではないと思っている。
アルベルティーヌ 危険度B
ドゥジケット準備会の部長。同好の士以外にはお見せ出来ない作品を執筆中。締め切りがヤバいので部室に缶詰状態。ガサ入れがあった場合はなんとかして原稿を隠そうとする。アシスタント随時募集中。
※生ものを取り扱うドゥジン作家は危険度C~Sにランクインされます。
リザ 危険度A
闇のドゥジン作家。夏休みのドゥジンイベントに向け、ドゥジンシを執筆中(メアリー王女とレイウェストが婚約したこともあり、題材はとてもセンシティブ)。
ラピスラズリ 危険度A
エルフの魔女。学園の大図書館に引きこもり中。ヤマネコのペット『ケット・シー』と図書館に連れ込んでおり、一部学園生が怖がっている。ケット・シーは魔女に忠実だが、「動物共感」スキルがあれば誘導が可能。
※その他のおおくまねこが担当の学園関係者NPCもプレイングに応じてリプレイに登場する可能性があります。
マスターより
こんにちは、おおくまねこです。今回はパンクリアース学園のほのぼのシナリオです。なんか危険な連中がOPノベルに出ていた気もしますが、気のせいです。普段通りの学園生活を送っていただければOKです! ちなみに時期としては、一学期の終わりごろ(夏休みに入る前)となります。
リプレイ
●来賓と美人姉妹
「ディオール家のローザリカと申します。生徒会で会計を務めさせていただいてもおりますわ」
「ヴェルジー家が長女、ミレイユと申します。第二学年に在籍しております」
来賓のエドモンド・オニキス伯爵の案内役を買って出た1222年度生徒会会計ローザリカ・L・ディオールと副会長の妹ミレイユ・ヴェルジーはたおやかに笑い、優雅に膝折礼をした。二人は従妹同士だが、実の姉妹のように仲が良かった。
(パーシア君だけでは大変だろうし。それに学校や共にいるミレイユ、それから彼の兄。何かあった時に響くのは僕だけの評価じゃあないからね)
伯爵はいつも通りの学園を見学したいというが、この学園に通う全ての学園生・聴講生が品行方正な紳士・淑女というわけではない。学園の中にはお堅い貴族の前には、お見せできないこともある。たとえば、ウィリアム王子の水着の肖像画が飾られている我らが生徒会室とか、不敬なイラストや小説が乱舞する商家の娘メイ肝入りの学園認可クラブ、ドゥジケット準備会とかである。
「聞きました? メアリー王女とレイウェスト皇子の結婚式の会場は……」
「レイウェスト皇子は式の途中でウィリアム王子と『卒業』されるかも……」
「それウェディングドレス皇子が着てません?」
「「!」」
教室から漏れ聞こえる不穏な会話にはっとするローザリカとミレイユ。
「あら、こちらは今お掃除の途中のようですわ」
「ええ、ミレイユの言う通りです。こちらから回りましょう。窓から見えるお花はガーデニング同好会が日々お世話を……」
二人はアイコンタクトを交わし、伯爵の進路を変更すべく誘導した。
「ふむ、そうなのかね。邪魔をするのも悪いな。では別の場所を回るとしよう」
二人はほっと胸を撫で下ろす。
(……そういえば伯にはご子息がいらっしゃったはず。既にご結婚か婚約されていたかしら? お姉様が目をつけられないよう気を付けなければ!)
「伯爵のご子息も学園にお通われに?」
ミレイユが問いかけると、伯爵は頷いた。
「ああ。もう何年か前に卒業しているがね。次に入学するのは私の孫だな。生まれたばかりだからまだ気が早いかな、はっはっは」
朗らかに笑う伯爵。どうやら伯爵の息子は既婚のようだ。孫もまだ小さいようなので、ローザリカには(ついでにミレイユにも)あまり興味はなさそうだった。ミレイユは安心した。
「そういえば生徒会室はまだ見ていなかったな」
「そういえば、そうですわね。ぜひ、ご覧になっていってください。今代の生徒会長室は大変美しいレイアウトになっておりますの」
「ほう、そうなのかね、アイオーラ君」
(冗談じゃない、あんなものを来賓に見せられるか!)
心の中でローザリカは生徒会長に悪態を吐いていた。今、生徒会室には生徒会長パーシアが持ち込んだウィリアム王子グッズの数々が展示されている。つい先日もパーシアはウィリアム王子の水着のポスターをペタペタ貼り、他の役員達を唖然とさせたところである。
(というわけなので、しばらく頼んだぞミレイユ)
(分かりましたわ、ローザリカお姉様)
ローザリカはハンドサインでミレイユに助けを求めた。ミレイユはローザリカの意図を理解し、当たり障りのないトークでしばらくの間伯爵の注意を引きつけた。
(これも貴腐人の嗜みですわ)
その間にローザリカは生徒会室に素早く入り込むと、大きめのウィリアム像にブランケットを被せたり、マジカルポケットから取り出した風景画を被せたりし、生徒会室のウィリアム度を下げた。
「こちらが生徒会室ですわ……あら?」
パーシアはなんだかレイアウトが変わっている生徒会室の姿にきょとんとしている。
「どうかしたかね、パーシア君? 机の上にウィリアム王子の人形が飾ってある以外は、昔とあまり変わらないようだが……」
「いえ、私のコレクションが――」
そこでローザリカはパーシアの背中にこっそり指で文字を書いた。
(ポスターはかくした、はずかしいから)
パーシアはローザリカをギロリと睨み付けたが、ローザリカはどこ吹く風だ。
「どうかしたかね、アイオーラ君?」
「いえ、なんでもありませんわ、オホホ」
(この野郎……報復に会計の机の前に婚約者のポスターでも貼っといてやろうか)
そんなパーシアの胸中はつゆ知らず、ミレイユは胸を撫で下ろす。
(ふう、これで一安心ですわ。生徒会の誇りは守られましたね……)
●ドゥジケット準備会の日常
「締め切りは命の次に重い!」
「原稿は燃やすな! 心を燃やせ!」
「あなたたち、期末試験の勉強はちゃんとしてますか? すごく不安なのですが!? 部員の点数が低いと、先生から小言をもらうのは部長のわたくしなのですわよ!」
(さて、どうしたものか……)
修羅場と化したドゥジケット準備会の部室にて。シルヴィア・A・カペルは苦笑していた。今年の夏のイベントに合わせるため、ドゥジケット準備会の部員達は原稿に大忙しだ。残念ながら、学業との折り合いで新刊がお亡くなりになってしまった部員も存在する。また、ドゥジケット準備会の影のドンである、『商家の娘・メイ』の原稿もたぶん落ちるだろう。
「こんな時期に来賓とはね。オニキス伯爵か、なんとかこの光景を見せずにやり過ごしたいものだけど……」
シルヴィア・A・カペルは冒険者部員のシェルリア・リトヴァールと顔を見合わせた。
「学園に出資して下さってる方のご機嫌は損ねたくないですね! ここで点数稼いでラミアス先生に褒めてもらうんです!」
伯爵の怒りによりクラブ消滅を危惧するシルヴィアとは異なり、シェルリアは割とポジティブだった。シェルリアは生活指導室の常連(罪状は主にラミアスとウィリアムの肖像権侵害)だが、冒険者として活躍することで、推しのラミアスのポイントを稼ぐつもりらしい。ちなみに「男子生徒ならとっくに一発ぐらい殴られている」とは、アルベルティーヌの友人の弁である。
「ドゥジン信仰は尊きものですが、それを分かち合う相手は厳選すべきもの。ひらたく言えば『カタギの目に触れさせてはならない』! アルベルティーヌ様やリザ様の原稿が来賓の目に触れることの無いように、かつ執筆の邪魔にならないようにしませんと! 私も新刊購入予定ですので!」
没収されてしまうと新刊が読めない。それはそれで困るシェルリアであった。
「とはいえ、現実問題としてここは片付けておかないと。廃部になったら困るだろう?」
シェルリアの熱弁にシルヴィアは苦笑した。
「そうですね! ですが執筆時間も大事です。ここはギリギリまで待機しましょう! 伯爵が近づいてきたら、サッと片付ければいいんです!」
「……分かった。手は尽くしてみよう」
●
「やあ、こんにちは。次のイベントに向けて何か書いてみようと思うのだけど――」
ヨル・スレイマンはナハシュと共に、ドゥジケット準備会の部室を訪れていた。が、二人はその場の雰囲気に圧倒された。
「次の新刊を落としたら今度こそ編集にぶっ殺されますわ!」
「たくさんのファンが待っています! 睡眠時間は4時間までですわ!」
「なんかすげえな」
ドゥジケット準備会の日常(?)風景を見て、ナハシュはぽつりとつぶやいた。みんな血走った形相でペンを走らせている姿は、まるで戦争の準備のようだ。
「お二人も手伝ってくださいませ!」
気が付けば、ナハシュとヨルもアシスタントとして戦場に駆り出されていた。ナハシュは準備と売り子専門な為、教師や、レイウェストガチ勢のガサ入れを宗波や超聴覚で警戒する係だ。ナハシュは時折暇つぶしに部長やリザ、ヨルが描いてるブツを覗き見しつつ、出された高いお茶をごくごく飲んでいた。
「なあ、アルベルティーヌ。この絵はなんだ? ウィリアムと眼鏡の先生が潤んだ目で抱き合ってるけど」
「わたくしの新刊の挿絵です。『反逆の教務主任、第一王女は無事に結婚したので、そろそろ第二王子は私が貰う~』ですわ」
●
「すまないが、執筆活動は一時中断してくれ。どうやらオニキス伯爵がここに来るようだ」
シルヴィアがそう告げると、ドゥジケット準備会部員達は静まり返った。シルヴィアはドゥジンシに好意的な一般学園生(?)に協力を募り、オニキス伯爵警戒網を密かに形成していたのだ。
「よし、原稿を隠すぞ!」
「お願いします!」
ナハシュが用意した袋の中ごと、シルヴィアのマジカルポケットへと退避される危険文書。とはいえ原稿だけではなく、ドゥジケット準備会が資料として使用しているものの中にも、お堅い伯爵が見たら憤死してしまいそうなブツは多数存在する。そういったものを隠すべく、シルヴィアは本棚にブランケットを被せて封印した。
「おや、ここは文芸部かな? 初めまして、私はオニキス伯爵家のエドモンドという者だ」
「お初にお目に掛かります。オニキス伯爵。私はカペル家のシルヴィアです。卒業生ですが、時折後輩の顔を見に来ております」
生徒会メンバーとははぐれたのか、伯爵は一人だった。
「こちらの部活では本について語り合っております。たとえば、この本など……」
シルヴィアは私物の普通の本を取り出し、伯爵の注意が部室に向かないように気を惹いた。
「リザ、貴女が書くなら此処からどんな展開にしますか?」
「そうですわね、私なら……」
ちょっと不安ではあったがリザもアホではないので、シルヴィアに話を合わせてくれた。
(よし、これでなんとか文芸クラブの体裁を保つ……!)
「オニキス伯爵様! あちらに美術部もございます! よろしければ私が案内しますね!」
シェルリアはやや強引に伯爵を誘導し、隣の教室へと引っ張っていく。だがそこは実は、シェルリアが事前に用意しておいた偽の美術教室であり、中にある展示物は、父のコレクションを(無断で)お借りしたものである。
「こちらの壺は始まりの百家の……」
「ほほう……」
そうとは知らず、伯爵はシェルリアの説明に聞き入っていた。
●
伯爵が去った後も、ドゥジケット準備会の危機は続く。部室には、また新たな厄災が訪れようとしていた。
「む、今レイウェスト皇子殿下の名前が聞こえなかったか?」
レイウェストの肖像権の守護神・ベルク・オスマットは主の御名に反応し、ドゥジケット準備会の部室に向かっていた。彼女はオニキス伯爵とは関係なかったため、シルヴィアの警戒網には引っかからなかった。しかし、ベルクの接近はナハシュの捜波により、早期に探知されていた。
「ここから、レイウェスト皇子と聞こえたのだが?」
廊下から音もなくスッと現れたのはベルクだ。レイウェストガチ勢のベルクはドゥジン教徒からは『なまはげ』的な何かとして恐れられていた。しかし、ウィリアム×ウィーズルネタのドゥジンを見せると、ニッコリ笑って去っていくという噂もある。
「おっす。ベルクか。なんか色々頼まれてさ。フェイクカバーってドゥジンシ的には便利スキルらしい」
ナハシュはひょいと手を上げると、パンイチのウィリアムに変身した。来賓に見られたらだいぶヤバいが、ここはドゥジケット部員とベルクしかいないのでギリギリセーフだ。
「ふむ。ウィリアムの姿ならたとえ王都で全裸になっても我は一向に構わんが、レイウェスト皇子の肖像権には配慮してくれ。そもそも、この国のドゥジン教徒達はフリーダム過ぎる。本来であれば……くどくど」
「おう!」
ベルクがなんか難しい話を始めたので、ナハシュはテキトーに聞き流した。
「ああ、そういえば、男子ドゥジン会(学園非公認サークル)がレイウェスト皇子の女体化フィギュアを製造していると聞きましたわ」
アルベルティーヌはさりげなく、他のサークルの話題を出した。
「何? それは燃やしに行かねば!」
ベルクは修羅と化し、その場を立ち去った。
「聞いたか? 男子ドゥジン会の部室が爆破されたそうだ。噂によれば、『ドゥジンナマハゲ』が出たらしい」
「なんだ、ドゥジンナマハゲって」
「レイウェスト皇子ガチ勢の獣人だそうだ。逃げても、100メートル4秒でどこまでも追いかけてくるらしいぞ。『ウィル×ウィーズル』と三度唱えると、見逃してくれるらしいが……」
「なにそれ、こわ」
●
嵐は去った。ドゥジケット準備会部員達は創作活動に戻る。締め切りは待ってはくれないからだ。
(うーん、いまいちしっくりこないな)
ヨルは己の作品ができたとして、夏に間に合うかはだいぶ怪しいため、端っこでのんびり執筆をしていた。しかし、まだテーマが決まっていないのか、冒険譚や学園舞台の恋愛もの、何か文章を書いてみては筆が止まっていた。ナハシュはヨルの机の上に並ぶ紙の束をまじまじと見つめた。
「これが本になんのかぁ」
「本に……なるかな? 書き上げたらなるかな?」
「完成したら俺も買うぜ」
「それなら君も何か書いたら? 俺の本だけ家にあっても微妙だろ」
「俺も? うーん、とりあえず、ヨルのを読んでみるか」
その時、ナハシュが手に取った原稿を見て、血相を変えた。
「あー! ナハシュ! それは読んだら駄目だ返して!!」
「?」
ヨルは褐色肌のゴブリンがヒロインの恋愛もの小説の原稿だけは慌てて回収したのだった。
●
「おはようございます!」
学園に登校したファーシル・クリスティアは元気よく通りがかる人々に挨拶した。ファーシルの学園での活動範囲は広く、あちこちの部活に遊びに行っている。今日はなんとなく芸術な気分だったので、美術部に顔を出していた。
「クリスティアさん、お聞きになりまして? 今日はとても偉い方が学園にお越しになられているようですわ」
「あら、そうなのですか?」
「ええ、なんでも学園に多額の出資をされている王党派の伯爵様だとか……」
「むむ、なるほど! ありがとうございます!」
学園に何か偉い人が来ている、という噂を聞いたファーシルは、お洒落も兼ねて変装することにした。ファーシルは現在生家との関係を断ち、本当の名を隠している身だ。まさか来賓が自分の正体を知る人物でははないと思うが。一応の念の為である。
「よいしょっと」
ファーシルは赤いベレー帽と白い付けヒゲを付け、人相を変えた(つもりになった)。
「これでどこからどう見ても、わたしは雰囲気のある芸術家ですね!」
オシャレをして気分が乗ったファーシルはキャンバスを広げると、一心不乱に絵を描き始めた。
「やあ、お嬢さん。ずいぶんとたくさん描いているようだね。おっと、申し遅れた。私はオニキス伯爵というものだ」
(ヒゲ……?)
「ごきげんよう、オニキス伯爵殿。わたしはファーシルと申す者。ようこそ美術部へ。さあ、どうぞお好きなだけご覧になって下され!」
ファーシルは立ち上がり「なんでもお聞きになって?」と言わんばかりに伯爵の横で待機を始めた。伯爵は変な口調だな……と怪訝そうな顔になったが、「そういう年ごろなのだろう」と流すことにした(注:ファーシルは21歳の成人女性である)。
「この線と点は何を表現しているのかね?」
「んん? よくわかりませんか? ここが『芽吹き』、ここが『生命の喜び』を現しています」
「???」(困惑する伯爵)
ファーシルが徒然なるままに書きまくった絵画はどれも抽象画で、エネルギッシュではあったが描いた本人以外にはよくはわからない混沌としたものであった。ファーシルはこんこんと力説するが、伯爵はますます混乱するばかり。
「なるほど、よくわかったとも。では私はこれで……」
「ああ、これこれ。まだ解説は終わってませんぞ。ああ、お客人ーー!!」
そそくさと退散しようとする伯爵をファーシルはダッシュで追いかけた。
●第二演劇部の日常
その日、第二演劇部員のダニエル・ヘリントンは先輩部員たちと共に、演劇のお稽古に励んでいた。演目は『王女の夕べ』。戦乱期の架空のリーンエス王国の王女(ドレスは観客に分かりやすくするため、メアリー王女と同じデザイン)と他国の王子との悲恋を描く、伝統と格式を重んじる第二演劇部らしい古典演劇である(犬猿の仲である第三演劇部は対照的に、創作劇を中心に活動している)。
「あれ? 王女役のエリナ先輩はどちらに?」
「そういえば、本日はお見えになられておりませんわね」
「エリナ様はご実家に呼び出されたらしく、本日はお休みだそうですわ」
「まあ、どうしましょう……」
第二演劇部員たちは王女役の代役について悩んだ。第二演劇部員は練習熱心ではあったが、慣れていない役をこなせるほどの天才には乏しかったのだ。
「こうなったら、王女はセリフ無しでいきましょうか」
「そうですわね、今日はただの練習ですし……」
王女役はカカシで妥協する方向にまとまりつつあったその時であった。
「少々お待ちを! 先輩方。たとえ練習とはいえ、主役が不在というだらしねぇ真似はいかがなものでしょうか? このダニエル、王女のセリフでしたら記憶しております。どうか僕に王女の役をお任せいただけないでしょうか? 実は、衣装もちゃんと用意してあります!」
「なんで?」
ダニエルの言葉に、先輩達は顔を見合わせた。
●
「皇子! どうしても行くというのなら、この私を倒してからになさい!」
「なんてこと。見えますわ! ダニエルの背中に、メ●リー王女の姿が!」
ムキムキマッチョが完璧な王女を演じているというシュール極まりない光景に、第二演劇部員は腹筋崩壊者が続出した。しかし、第二演劇部員達は知らなかった。今日、パーシアがどんな用事で席を外しているのか。そして、今日学園を訪れた来賓は、学園の日常を視察するためにやってきたのだということを!
「こちらが第三ホールでございます、オニキス伯爵。ちょうど、我が第二演劇部がお芝居の練習しておりますの……な、なにやってんだ!?」
「ほう、アイオーラ君の……それは楽しみだ……なに?」
ガラっと扉を開け、来賓と共にやってきたパーシアは硬直した。二人の視線の先には、メアリー王女のコスプレをしたダニエルの姿があった。
「これは、オニキス伯爵。ようこそ第二演劇部へ。この衣装は(劇の)王女の覚醒フォルムでございます」
ダニエルはスカートをつまみ、優雅に伯爵に礼をした。伯爵は狐につままれたような顔をしていたが、ダニエルの演技そのものは素晴らしかったので、何も言わなかった。その場にいた第二演劇部員たちは、後でパーシアとこっぴどく叱られたという……。
●新聞部の日常
「さあ、今日も張り切っていきますよ!」
「はい! 今日のテーマは夏休みに向けた特集号向けの取材ですね!」
新聞部のエルフコンビ、コルネリウス・アーラとリディリディ・トゥラ・イェレミースは昼休みも部活に精を出していた。一学期ももうじき終わる。次の壁新聞は夏休みをテーマに盛り込んだ、一学期最終号だ。
「とりあえず暇そうな方を捕まえて取材をしてみましょうか」
「そうですね。夏休みの過ごし方とか、お勧めスイーツとか聞いてみましょう」
●
「新聞部のリディリディと申します。そこのヒューマンの方、少しインタビューをしたいのですが」
「インタビュー? 構わんぞ」
リディリディが大人しそうな女学生に声をかけると、女学生は了承してくれた。
「夏休みの過ごし方か? 部屋で本を読んでおるじゃろう」
「家族で遊びに行ったりはしないんですか?」
「……うむ。わらわの兄姉は殺し合いそうなぐらい仲が悪いのじゃ……跡目争いでの……」
(貴族は貴族で大変そうですね)
「もう二、三人ぐらいインタビューしてみましょうか。貴族の方は何名かインタビューできたので……次は貴族以外の方に聞いてみましょう」
「夏休みの過ごし方か……涼しくなるまで、この図書館に居座るつもりだ。食堂もあるし、トイレも綺麗だしな。ケット・シーもここがお気に入りだ」(聴講生のエルフ、Rさん)
(図書館って勝手に住み着いていいんでしょうか……?)
「え? 夏休みの過ごし方? もちろん取材よ! 今年こそディズル大湿原に行って、マナズィールの生の声を聞きに行くの! アシムベート様にも会えたらいいなと思っているわ」(4年生・第三演劇部のRさん)
(……ちゃんと帰ってこれるんでしょうか?)
●
一方コルネリウスは夏らしい話題として、学校の怪談の噂を集めていた。
「怪談ですか? あ、夜の廊下に馬の幽霊が出るって聞いたことがありますね」
「馬の幽霊ですか? 校舎の中に?」
「ええ。そうらしいです。ミステリー研究会のメンバーなら詳しいかと」
「ありがとうございます。取材してみます」
(乗馬部で非業の死を遂げた馬とかでしょうか?)
コルネリウスは男子学生に礼を言い、ミステリー研究会の部室に向かった。
「ええ。今年の3月頃に流れた噂ですね。夜の校舎で『ぼお、ぼお』、と口から炎を漏らしながら廊下を徘徊する馬のアンデッドを目撃した学園生が何人も……ってどうされました?」
コルネリウスはゴン、と壁に頭に打ち付けた。
「いえ、なんでも……」
(それ、コスプレパーティの練習をしていた私です……噂に尾ひれがついて怪談になっていたとは……)
その場で真相を語る勇気はコルネリウスには無かった。
●
二人が食堂でご飯を食べた後、生徒会長やローザリカ、ミレイユと共に身なりのいい老紳士が学園の廊下を案内されているのとすれ違った。二人は足を止め、老紳士に挨拶をした。
「やあ、こんにちは。エルフのようだが、君達も学園生かね?」
「はい、新聞部部長のコルネリウス・アーラと申します。壁に新聞を掲示しております。黄金像についての特集も組んでいるので、是非見て頂けたら嬉しいです」
「リディリディと申します。新聞部員です」
「ほう、新聞部! 私が学生の頃はなかったな。私も後で拝見させてもらおう。がんばってくれたまえ」
「「はい!」」
●
「うーん、どれを採用するか悩ましいですね」
食堂で一緒にご飯を食べた後、部室に戻ってきた二人は、どの記事を採用するかについて相談をしていた。
「そうですね、コルネさん。紙面は限られていますし……」
「新入部員さん達の記事もなかなかよく書けていますし、目立つ場所に載せてあげたいですね。部員も増えましたし、大分クオリティも上がってきたのではないでしょうか?」
「そうですね! みんな慣れてきたと思いますし……一年生が書いたこのプリンの特集記事は、学園生の注目度も高いと思います」
学園生の夏の過ごし方、この時期おすすめのスイーツ……避暑地……ひやっとするような学園内での怪談話……なかなかに読み応えのある新聞になりそうだ。馬の幽霊の記事は永久封印だが。
「食堂の裏メニューの噂も興味深いですね」
「それは二学期ということで。今月の取材費はもう使ってしまいましたから」
リディリディはキリッとした表情で言ったが、コルネリウスに却下され、リディリディはしょんぼりした。残念ながら、部費は有限なのだ……!
●図書館の日常
「あら、大きな猫ちゃんですね?」
読書するため、学園の図書館にやってきたゲルダ・クラインは、机の上にでんと座っていた巨大な猫の姿に目を丸くした。明らかにイエネコではない。もっと大きな野生の種類だ。
(迷い猫でしょうか?)
王都では珍しい生き物だし、誰かのペットが迷い込んだのかもしれない、と思ってきょろきょろしていると、すぐ近くで飼い主と思しきエルフが本を読んでいた。ラピスラズリである。
「お久しぶりですね、ラピスラズリ様。その猫ちゃんはラピスラズリ様のお連れの方ですか?」
「ああ、名前はケット・シーという。快適なので連れてきた」
「撫でていいですか?」
「ああ、そいつが嫌がらなければな」
「ありがとうございます!」
ゲルダが目力で「撫でていいですか」とケット・シーに訴えかけると、ケット・シーは「いいだろう」と言わんばかりに、座り直した。ゲルダは至福の表情でケット・シーの頭を撫でる。撫でながら、ゲルダが「日当たりの良い中庭で優雅におやつを食べながらブラッシングはいかがでしょう」と提案すると、ケット・シーは了承してくれた(たぶん)。
「散歩に連れ出してくれるなら助かる。最近運動不足だし」
「ありがとうございます。誠心誠意お世話をさせていただきますね」
ゲルダは中庭にケット・シーを連れ出し、一緒に散歩やブラッシングを楽しんだ。ケット・シーを連れていると、通りすがりの学生達が足を止めて見入ったり、逆にさりげなく距離をとったりと、さまざまなリアクションをとってくれるのが、ゲルダには新鮮だった。ゲルダが中庭の散歩を終えて図書館に戻ってくると、結局ケット・シーもついてきてしまった。
「ラピスラズリ様。ケット・シーちゃんはとても可愛いのですが、ペットの持ち込みは『出禁』の可能性もありますよ。図書館にいらっしゃる場合はケット・シーちゃんは外で預かってもらったほうが良いかと」
「むう……出禁は困るな………王都にペット用の宿屋はあるだろうか?」
ラピスラズリは渋い顔をした。
●
(大きな猫だ……)
その日、アンジェは学園の図書館で医療と薬学について自習をしていた。歴史ある学び舎だけあり、この学園には豊富な書物が揃っている。自ら学びたい者にとっては、この学園は最高の環境であった。しかし……。
「ニャ~オ」
「どうした、ケット・シー。撫でて欲しいのか? 仕方のないやつだな」
なぜか、図書館に中型犬並みの大きさの巨大な猫(ヤマネコ)を連れ込んでいるエルフがいた。猫は机の上に寝っ転がり、腹を見せて飼い主に甘えている。なかなかお目にかかれない不思議な光景だ。
(猫、可愛い……ちょっと大きいけど……)
アンジェはついケット・シーが気になり、そっちの方をチラチラとみていた。ラピスラズリは机に乱雑に本を積み、にゃんこと呑気に戯れていた。ケット・シーが怖いのか、一般学園生達や教師はラピスラズリに注意することもできないでいるようだ。
(猫さんとお友達になりたいけど、ラピスラズリさんのペットだから勝手にはできないし……)
アンジェは内気だったので、ラピスラズリに直接声はかけられず、自習を続けた……。
(何か話しかけるきっかけはないかな……)
アンジェがさっぱり集中できずそわそわしていると、ラピスラズリのすぐ近くにある本の棚をじっと見つめている学生がいた。学生が本棚に近づこうとすると、ケット・シーがそちらに顔を向けてくるため、近づくことができないでいるようだ。アンジェはこれはチャンスとばかりに学園生にどの本が必要なのか聞き、代わりに本をとってくると言った。
アンジェがすすす……と本棚に近づくと、やはりケット・シーはアンジェの方を見つめてきた。
「食べる?」
アンジェはポケットに入っていたマグロのすり身のチューブを差し出すと、ケット・シーは素早くチューブを奪い取っていった。アンジェはとりあえず本を回収した後、またケット・シーに近づいていく。再びアンジェを見つめるケット・シー。その目は「おかわりはないのか」と雄弁に語っていた。
「撫でていい?」
アンジェが問いかけると、ケット・シーはドカッとアンジェの前に座り込んだ。
(いいみたい……)
アンジェはケット・シーの頭を撫で、ぞんぶんにモフモフした。
「珍しいな、ケット・シーが懐くとは」
「アンジェです……よろしくお願いします……ラピスラズリさんは、何のお勉強、してるんですか?」
「私か? 私は今、空間移動系の魔法の研究をしている。神代の遺跡の文献を漁れば、あの技術を復活させられないかと思ってな」
アンジェは少しの間、ラピスラズリと話をした。そしてアンジェが一度離席した時、入れ替わりで氷のような表情をしたエルフが図書館に入っていくのが見えた。
●
「暫く王都や王国から離れ、久々に大図書館に来てみれば……」
――大図書館にトラを放し飼いにして住み着いたエルフがいるらしい。
あまりにも心当たりがあり過ぎる噂を聞き、リコリス・アデュラリアは頭を抱えていた。
(大図書館をラピスラズリに紹介したのは私ですが……限度という物を知らないのでしょうか)
このまま放置しては同族の恥となると判断したリコリスは、ラピスラズリに説教をするべく、大図書館へと向かった。
(なるほど、あの汚い家はこうやって形作られていったのですね)
リコリスは、ラピスラズリが占拠していた図書館のスペースを見て、一年前のことを思い出していた。以前、リコリスはラピスラズリのゴミ屋敷の片づけを手伝ったことがある。その時は冒険者数名がかりの大仕事だった。
「此処はあなたの家ではなく学園で貴重な文献のある場所です。ケット・シーが賢いのを私は知っていますが一般生徒、しかも非授恵者からすればクリーパー同様の脅威の存在にしか見えません。森の田舎者のエルフはそんな事すら理解出来ないと馬鹿にされたいのですかあなたは」
「はい、すみません……」
同族ということもあり、ラピスラズリには親身に接していたリコリスであったが、怒る時は怒る。お母さんのように。飼い主がこっぴどく説教をされている姿を、ケット・シーもなぜか神妙な態度で聞いていた。
「全く……」
ひとしきり説教をした後、リコリスは今度はケット・シーに向き直る。
「学園にはルールがあるのです。賢いあなたなら外で静かに待つ事が出来ますよね?」
リコリスがケット・シーにも諭すと、ケット・シーはスッと軽やかに、窓から外に出ていった。リコリスは階段から外へと回り、ケット・シーの後を追う。すると、木陰にケット・シーが座っていた。
「いい子ですね、ケット・シー。あなたにはご褒美をあげましょう」
リコリスはケット・シーの頭を撫で、おやつをあげた。
「ディオール家のローザリカと申します。生徒会で会計を務めさせていただいてもおりますわ」
「ヴェルジー家が長女、ミレイユと申します。第二学年に在籍しております」
来賓のエドモンド・オニキス伯爵の案内役を買って出た1222年度生徒会会計ローザリカ・L・ディオールと副会長の妹ミレイユ・ヴェルジーはたおやかに笑い、優雅に膝折礼をした。二人は従妹同士だが、実の姉妹のように仲が良かった。
(パーシア君だけでは大変だろうし。それに学校や共にいるミレイユ、それから彼の兄。何かあった時に響くのは僕だけの評価じゃあないからね)
伯爵はいつも通りの学園を見学したいというが、この学園に通う全ての学園生・聴講生が品行方正な紳士・淑女というわけではない。学園の中にはお堅い貴族の前には、お見せできないこともある。たとえば、ウィリアム王子の水着の肖像画が飾られている我らが生徒会室とか、不敬なイラストや小説が乱舞する商家の娘メイ肝入りの学園認可クラブ、ドゥジケット準備会とかである。
「聞きました? メアリー王女とレイウェスト皇子の結婚式の会場は……」
「レイウェスト皇子は式の途中でウィリアム王子と『卒業』されるかも……」
「それウェディングドレス皇子が着てません?」
「「!」」
教室から漏れ聞こえる不穏な会話にはっとするローザリカとミレイユ。
「あら、こちらは今お掃除の途中のようですわ」
「ええ、ミレイユの言う通りです。こちらから回りましょう。窓から見えるお花はガーデニング同好会が日々お世話を……」
二人はアイコンタクトを交わし、伯爵の進路を変更すべく誘導した。
「ふむ、そうなのかね。邪魔をするのも悪いな。では別の場所を回るとしよう」
二人はほっと胸を撫で下ろす。
(……そういえば伯にはご子息がいらっしゃったはず。既にご結婚か婚約されていたかしら? お姉様が目をつけられないよう気を付けなければ!)
「伯爵のご子息も学園にお通われに?」
ミレイユが問いかけると、伯爵は頷いた。
「ああ。もう何年か前に卒業しているがね。次に入学するのは私の孫だな。生まれたばかりだからまだ気が早いかな、はっはっは」
朗らかに笑う伯爵。どうやら伯爵の息子は既婚のようだ。孫もまだ小さいようなので、ローザリカには(ついでにミレイユにも)あまり興味はなさそうだった。ミレイユは安心した。
「そういえば生徒会室はまだ見ていなかったな」
「そういえば、そうですわね。ぜひ、ご覧になっていってください。今代の生徒会長室は大変美しいレイアウトになっておりますの」
「ほう、そうなのかね、アイオーラ君」
(冗談じゃない、あんなものを来賓に見せられるか!)
心の中でローザリカは生徒会長に悪態を吐いていた。今、生徒会室には生徒会長パーシアが持ち込んだウィリアム王子グッズの数々が展示されている。つい先日もパーシアはウィリアム王子の水着のポスターをペタペタ貼り、他の役員達を唖然とさせたところである。
(というわけなので、しばらく頼んだぞミレイユ)
(分かりましたわ、ローザリカお姉様)
ローザリカはハンドサインでミレイユに助けを求めた。ミレイユはローザリカの意図を理解し、当たり障りのないトークでしばらくの間伯爵の注意を引きつけた。
(これも貴腐人の嗜みですわ)
その間にローザリカは生徒会室に素早く入り込むと、大きめのウィリアム像にブランケットを被せたり、マジカルポケットから取り出した風景画を被せたりし、生徒会室のウィリアム度を下げた。
「こちらが生徒会室ですわ……あら?」
パーシアはなんだかレイアウトが変わっている生徒会室の姿にきょとんとしている。
「どうかしたかね、パーシア君? 机の上にウィリアム王子の人形が飾ってある以外は、昔とあまり変わらないようだが……」
「いえ、私のコレクションが――」
そこでローザリカはパーシアの背中にこっそり指で文字を書いた。
(ポスターはかくした、はずかしいから)
パーシアはローザリカをギロリと睨み付けたが、ローザリカはどこ吹く風だ。
「どうかしたかね、アイオーラ君?」
「いえ、なんでもありませんわ、オホホ」
(この野郎……報復に会計の机の前に婚約者のポスターでも貼っといてやろうか)
そんなパーシアの胸中はつゆ知らず、ミレイユは胸を撫で下ろす。
(ふう、これで一安心ですわ。生徒会の誇りは守られましたね……)
●ドゥジケット準備会の日常
「締め切りは命の次に重い!」
「原稿は燃やすな! 心を燃やせ!」
「あなたたち、期末試験の勉強はちゃんとしてますか? すごく不安なのですが!? 部員の点数が低いと、先生から小言をもらうのは部長のわたくしなのですわよ!」
(さて、どうしたものか……)
修羅場と化したドゥジケット準備会の部室にて。シルヴィア・A・カペルは苦笑していた。今年の夏のイベントに合わせるため、ドゥジケット準備会の部員達は原稿に大忙しだ。残念ながら、学業との折り合いで新刊がお亡くなりになってしまった部員も存在する。また、ドゥジケット準備会の影のドンである、『商家の娘・メイ』の原稿もたぶん落ちるだろう。
「こんな時期に来賓とはね。オニキス伯爵か、なんとかこの光景を見せずにやり過ごしたいものだけど……」
シルヴィア・A・カペルは冒険者部員のシェルリア・リトヴァールと顔を見合わせた。
「学園に出資して下さってる方のご機嫌は損ねたくないですね! ここで点数稼いでラミアス先生に褒めてもらうんです!」
伯爵の怒りによりクラブ消滅を危惧するシルヴィアとは異なり、シェルリアは割とポジティブだった。シェルリアは生活指導室の常連(罪状は主にラミアスとウィリアムの肖像権侵害)だが、冒険者として活躍することで、推しのラミアスのポイントを稼ぐつもりらしい。ちなみに「男子生徒ならとっくに一発ぐらい殴られている」とは、アルベルティーヌの友人の弁である。
「ドゥジン信仰は尊きものですが、それを分かち合う相手は厳選すべきもの。ひらたく言えば『カタギの目に触れさせてはならない』! アルベルティーヌ様やリザ様の原稿が来賓の目に触れることの無いように、かつ執筆の邪魔にならないようにしませんと! 私も新刊購入予定ですので!」
没収されてしまうと新刊が読めない。それはそれで困るシェルリアであった。
「とはいえ、現実問題としてここは片付けておかないと。廃部になったら困るだろう?」
シェルリアの熱弁にシルヴィアは苦笑した。
「そうですね! ですが執筆時間も大事です。ここはギリギリまで待機しましょう! 伯爵が近づいてきたら、サッと片付ければいいんです!」
「……分かった。手は尽くしてみよう」
●
「やあ、こんにちは。次のイベントに向けて何か書いてみようと思うのだけど――」
ヨル・スレイマンはナハシュと共に、ドゥジケット準備会の部室を訪れていた。が、二人はその場の雰囲気に圧倒された。
「次の新刊を落としたら今度こそ編集にぶっ殺されますわ!」
「たくさんのファンが待っています! 睡眠時間は4時間までですわ!」
「なんかすげえな」
ドゥジケット準備会の日常(?)風景を見て、ナハシュはぽつりとつぶやいた。みんな血走った形相でペンを走らせている姿は、まるで戦争の準備のようだ。
「お二人も手伝ってくださいませ!」
気が付けば、ナハシュとヨルもアシスタントとして戦場に駆り出されていた。ナハシュは準備と売り子専門な為、教師や、レイウェストガチ勢のガサ入れを宗波や超聴覚で警戒する係だ。ナハシュは時折暇つぶしに部長やリザ、ヨルが描いてるブツを覗き見しつつ、出された高いお茶をごくごく飲んでいた。
「なあ、アルベルティーヌ。この絵はなんだ? ウィリアムと眼鏡の先生が潤んだ目で抱き合ってるけど」
「わたくしの新刊の挿絵です。『反逆の教務主任、第一王女は無事に結婚したので、そろそろ第二王子は私が貰う~』ですわ」
●
「すまないが、執筆活動は一時中断してくれ。どうやらオニキス伯爵がここに来るようだ」
シルヴィアがそう告げると、ドゥジケット準備会部員達は静まり返った。シルヴィアはドゥジンシに好意的な一般学園生(?)に協力を募り、オニキス伯爵警戒網を密かに形成していたのだ。
「よし、原稿を隠すぞ!」
「お願いします!」
ナハシュが用意した袋の中ごと、シルヴィアのマジカルポケットへと退避される危険文書。とはいえ原稿だけではなく、ドゥジケット準備会が資料として使用しているものの中にも、お堅い伯爵が見たら憤死してしまいそうなブツは多数存在する。そういったものを隠すべく、シルヴィアは本棚にブランケットを被せて封印した。
「おや、ここは文芸部かな? 初めまして、私はオニキス伯爵家のエドモンドという者だ」
「お初にお目に掛かります。オニキス伯爵。私はカペル家のシルヴィアです。卒業生ですが、時折後輩の顔を見に来ております」
生徒会メンバーとははぐれたのか、伯爵は一人だった。
「こちらの部活では本について語り合っております。たとえば、この本など……」
シルヴィアは私物の普通の本を取り出し、伯爵の注意が部室に向かないように気を惹いた。
「リザ、貴女が書くなら此処からどんな展開にしますか?」
「そうですわね、私なら……」
ちょっと不安ではあったがリザもアホではないので、シルヴィアに話を合わせてくれた。
(よし、これでなんとか文芸クラブの体裁を保つ……!)
「オニキス伯爵様! あちらに美術部もございます! よろしければ私が案内しますね!」
シェルリアはやや強引に伯爵を誘導し、隣の教室へと引っ張っていく。だがそこは実は、シェルリアが事前に用意しておいた偽の美術教室であり、中にある展示物は、父のコレクションを(無断で)お借りしたものである。
「こちらの壺は始まりの百家の……」
「ほほう……」
そうとは知らず、伯爵はシェルリアの説明に聞き入っていた。
●
伯爵が去った後も、ドゥジケット準備会の危機は続く。部室には、また新たな厄災が訪れようとしていた。
「む、今レイウェスト皇子殿下の名前が聞こえなかったか?」
レイウェストの肖像権の守護神・ベルク・オスマットは主の御名に反応し、ドゥジケット準備会の部室に向かっていた。彼女はオニキス伯爵とは関係なかったため、シルヴィアの警戒網には引っかからなかった。しかし、ベルクの接近はナハシュの捜波により、早期に探知されていた。
「ここから、レイウェスト皇子と聞こえたのだが?」
廊下から音もなくスッと現れたのはベルクだ。レイウェストガチ勢のベルクはドゥジン教徒からは『なまはげ』的な何かとして恐れられていた。しかし、ウィリアム×ウィーズルネタのドゥジンを見せると、ニッコリ笑って去っていくという噂もある。
「おっす。ベルクか。なんか色々頼まれてさ。フェイクカバーってドゥジンシ的には便利スキルらしい」
ナハシュはひょいと手を上げると、パンイチのウィリアムに変身した。来賓に見られたらだいぶヤバいが、ここはドゥジケット部員とベルクしかいないのでギリギリセーフだ。
「ふむ。ウィリアムの姿ならたとえ王都で全裸になっても我は一向に構わんが、レイウェスト皇子の肖像権には配慮してくれ。そもそも、この国のドゥジン教徒達はフリーダム過ぎる。本来であれば……くどくど」
「おう!」
ベルクがなんか難しい話を始めたので、ナハシュはテキトーに聞き流した。
「ああ、そういえば、男子ドゥジン会(学園非公認サークル)がレイウェスト皇子の女体化フィギュアを製造していると聞きましたわ」
アルベルティーヌはさりげなく、他のサークルの話題を出した。
「何? それは燃やしに行かねば!」
ベルクは修羅と化し、その場を立ち去った。
「聞いたか? 男子ドゥジン会の部室が爆破されたそうだ。噂によれば、『ドゥジンナマハゲ』が出たらしい」
「なんだ、ドゥジンナマハゲって」
「レイウェスト皇子ガチ勢の獣人だそうだ。逃げても、100メートル4秒でどこまでも追いかけてくるらしいぞ。『ウィル×ウィーズル』と三度唱えると、見逃してくれるらしいが……」
「なにそれ、こわ」
●
嵐は去った。ドゥジケット準備会部員達は創作活動に戻る。締め切りは待ってはくれないからだ。
(うーん、いまいちしっくりこないな)
ヨルは己の作品ができたとして、夏に間に合うかはだいぶ怪しいため、端っこでのんびり執筆をしていた。しかし、まだテーマが決まっていないのか、冒険譚や学園舞台の恋愛もの、何か文章を書いてみては筆が止まっていた。ナハシュはヨルの机の上に並ぶ紙の束をまじまじと見つめた。
「これが本になんのかぁ」
「本に……なるかな? 書き上げたらなるかな?」
「完成したら俺も買うぜ」
「それなら君も何か書いたら? 俺の本だけ家にあっても微妙だろ」
「俺も? うーん、とりあえず、ヨルのを読んでみるか」
その時、ナハシュが手に取った原稿を見て、血相を変えた。
「あー! ナハシュ! それは読んだら駄目だ返して!!」
「?」
ヨルは褐色肌のゴブリンがヒロインの恋愛もの小説の原稿だけは慌てて回収したのだった。
●
「おはようございます!」
学園に登校したファーシル・クリスティアは元気よく通りがかる人々に挨拶した。ファーシルの学園での活動範囲は広く、あちこちの部活に遊びに行っている。今日はなんとなく芸術な気分だったので、美術部に顔を出していた。
「クリスティアさん、お聞きになりまして? 今日はとても偉い方が学園にお越しになられているようですわ」
「あら、そうなのですか?」
「ええ、なんでも学園に多額の出資をされている王党派の伯爵様だとか……」
「むむ、なるほど! ありがとうございます!」
学園に何か偉い人が来ている、という噂を聞いたファーシルは、お洒落も兼ねて変装することにした。ファーシルは現在生家との関係を断ち、本当の名を隠している身だ。まさか来賓が自分の正体を知る人物でははないと思うが。一応の念の為である。
「よいしょっと」
ファーシルは赤いベレー帽と白い付けヒゲを付け、人相を変えた(つもりになった)。
「これでどこからどう見ても、わたしは雰囲気のある芸術家ですね!」
オシャレをして気分が乗ったファーシルはキャンバスを広げると、一心不乱に絵を描き始めた。
「やあ、お嬢さん。ずいぶんとたくさん描いているようだね。おっと、申し遅れた。私はオニキス伯爵というものだ」
(ヒゲ……?)
「ごきげんよう、オニキス伯爵殿。わたしはファーシルと申す者。ようこそ美術部へ。さあ、どうぞお好きなだけご覧になって下され!」
ファーシルは立ち上がり「なんでもお聞きになって?」と言わんばかりに伯爵の横で待機を始めた。伯爵は変な口調だな……と怪訝そうな顔になったが、「そういう年ごろなのだろう」と流すことにした(注:ファーシルは21歳の成人女性である)。
「この線と点は何を表現しているのかね?」
「んん? よくわかりませんか? ここが『芽吹き』、ここが『生命の喜び』を現しています」
「???」(困惑する伯爵)
ファーシルが徒然なるままに書きまくった絵画はどれも抽象画で、エネルギッシュではあったが描いた本人以外にはよくはわからない混沌としたものであった。ファーシルはこんこんと力説するが、伯爵はますます混乱するばかり。
「なるほど、よくわかったとも。では私はこれで……」
「ああ、これこれ。まだ解説は終わってませんぞ。ああ、お客人ーー!!」
そそくさと退散しようとする伯爵をファーシルはダッシュで追いかけた。
●第二演劇部の日常
その日、第二演劇部員のダニエル・ヘリントンは先輩部員たちと共に、演劇のお稽古に励んでいた。演目は『王女の夕べ』。戦乱期の架空のリーンエス王国の王女(ドレスは観客に分かりやすくするため、メアリー王女と同じデザイン)と他国の王子との悲恋を描く、伝統と格式を重んじる第二演劇部らしい古典演劇である(犬猿の仲である第三演劇部は対照的に、創作劇を中心に活動している)。
「あれ? 王女役のエリナ先輩はどちらに?」
「そういえば、本日はお見えになられておりませんわね」
「エリナ様はご実家に呼び出されたらしく、本日はお休みだそうですわ」
「まあ、どうしましょう……」
第二演劇部員たちは王女役の代役について悩んだ。第二演劇部員は練習熱心ではあったが、慣れていない役をこなせるほどの天才には乏しかったのだ。
「こうなったら、王女はセリフ無しでいきましょうか」
「そうですわね、今日はただの練習ですし……」
王女役はカカシで妥協する方向にまとまりつつあったその時であった。
「少々お待ちを! 先輩方。たとえ練習とはいえ、主役が不在というだらしねぇ真似はいかがなものでしょうか? このダニエル、王女のセリフでしたら記憶しております。どうか僕に王女の役をお任せいただけないでしょうか? 実は、衣装もちゃんと用意してあります!」
「なんで?」
ダニエルの言葉に、先輩達は顔を見合わせた。
●
「皇子! どうしても行くというのなら、この私を倒してからになさい!」
「なんてこと。見えますわ! ダニエルの背中に、メ●リー王女の姿が!」
ムキムキマッチョが完璧な王女を演じているというシュール極まりない光景に、第二演劇部員は腹筋崩壊者が続出した。しかし、第二演劇部員達は知らなかった。今日、パーシアがどんな用事で席を外しているのか。そして、今日学園を訪れた来賓は、学園の日常を視察するためにやってきたのだということを!
「こちらが第三ホールでございます、オニキス伯爵。ちょうど、我が第二演劇部がお芝居の練習しておりますの……な、なにやってんだ!?」
「ほう、アイオーラ君の……それは楽しみだ……なに?」
ガラっと扉を開け、来賓と共にやってきたパーシアは硬直した。二人の視線の先には、メアリー王女のコスプレをしたダニエルの姿があった。
「これは、オニキス伯爵。ようこそ第二演劇部へ。この衣装は(劇の)王女の覚醒フォルムでございます」
ダニエルはスカートをつまみ、優雅に伯爵に礼をした。伯爵は狐につままれたような顔をしていたが、ダニエルの演技そのものは素晴らしかったので、何も言わなかった。その場にいた第二演劇部員たちは、後でパーシアとこっぴどく叱られたという……。
●新聞部の日常
「さあ、今日も張り切っていきますよ!」
「はい! 今日のテーマは夏休みに向けた特集号向けの取材ですね!」
新聞部のエルフコンビ、コルネリウス・アーラとリディリディ・トゥラ・イェレミースは昼休みも部活に精を出していた。一学期ももうじき終わる。次の壁新聞は夏休みをテーマに盛り込んだ、一学期最終号だ。
「とりあえず暇そうな方を捕まえて取材をしてみましょうか」
「そうですね。夏休みの過ごし方とか、お勧めスイーツとか聞いてみましょう」
●
「新聞部のリディリディと申します。そこのヒューマンの方、少しインタビューをしたいのですが」
「インタビュー? 構わんぞ」
リディリディが大人しそうな女学生に声をかけると、女学生は了承してくれた。
「夏休みの過ごし方か? 部屋で本を読んでおるじゃろう」
「家族で遊びに行ったりはしないんですか?」
「……うむ。わらわの兄姉は殺し合いそうなぐらい仲が悪いのじゃ……跡目争いでの……」
(貴族は貴族で大変そうですね)
「もう二、三人ぐらいインタビューしてみましょうか。貴族の方は何名かインタビューできたので……次は貴族以外の方に聞いてみましょう」
「夏休みの過ごし方か……涼しくなるまで、この図書館に居座るつもりだ。食堂もあるし、トイレも綺麗だしな。ケット・シーもここがお気に入りだ」(聴講生のエルフ、Rさん)
(図書館って勝手に住み着いていいんでしょうか……?)
「え? 夏休みの過ごし方? もちろん取材よ! 今年こそディズル大湿原に行って、マナズィールの生の声を聞きに行くの! アシムベート様にも会えたらいいなと思っているわ」(4年生・第三演劇部のRさん)
(……ちゃんと帰ってこれるんでしょうか?)
●
一方コルネリウスは夏らしい話題として、学校の怪談の噂を集めていた。
「怪談ですか? あ、夜の廊下に馬の幽霊が出るって聞いたことがありますね」
「馬の幽霊ですか? 校舎の中に?」
「ええ。そうらしいです。ミステリー研究会のメンバーなら詳しいかと」
「ありがとうございます。取材してみます」
(乗馬部で非業の死を遂げた馬とかでしょうか?)
コルネリウスは男子学生に礼を言い、ミステリー研究会の部室に向かった。
「ええ。今年の3月頃に流れた噂ですね。夜の校舎で『ぼお、ぼお』、と口から炎を漏らしながら廊下を徘徊する馬のアンデッドを目撃した学園生が何人も……ってどうされました?」
コルネリウスはゴン、と壁に頭に打ち付けた。
「いえ、なんでも……」
(それ、コスプレパーティの練習をしていた私です……噂に尾ひれがついて怪談になっていたとは……)
その場で真相を語る勇気はコルネリウスには無かった。
●
二人が食堂でご飯を食べた後、生徒会長やローザリカ、ミレイユと共に身なりのいい老紳士が学園の廊下を案内されているのとすれ違った。二人は足を止め、老紳士に挨拶をした。
「やあ、こんにちは。エルフのようだが、君達も学園生かね?」
「はい、新聞部部長のコルネリウス・アーラと申します。壁に新聞を掲示しております。黄金像についての特集も組んでいるので、是非見て頂けたら嬉しいです」
「リディリディと申します。新聞部員です」
「ほう、新聞部! 私が学生の頃はなかったな。私も後で拝見させてもらおう。がんばってくれたまえ」
「「はい!」」
●
「うーん、どれを採用するか悩ましいですね」
食堂で一緒にご飯を食べた後、部室に戻ってきた二人は、どの記事を採用するかについて相談をしていた。
「そうですね、コルネさん。紙面は限られていますし……」
「新入部員さん達の記事もなかなかよく書けていますし、目立つ場所に載せてあげたいですね。部員も増えましたし、大分クオリティも上がってきたのではないでしょうか?」
「そうですね! みんな慣れてきたと思いますし……一年生が書いたこのプリンの特集記事は、学園生の注目度も高いと思います」
学園生の夏の過ごし方、この時期おすすめのスイーツ……避暑地……ひやっとするような学園内での怪談話……なかなかに読み応えのある新聞になりそうだ。馬の幽霊の記事は永久封印だが。
「食堂の裏メニューの噂も興味深いですね」
「それは二学期ということで。今月の取材費はもう使ってしまいましたから」
リディリディはキリッとした表情で言ったが、コルネリウスに却下され、リディリディはしょんぼりした。残念ながら、部費は有限なのだ……!
●図書館の日常
「あら、大きな猫ちゃんですね?」
読書するため、学園の図書館にやってきたゲルダ・クラインは、机の上にでんと座っていた巨大な猫の姿に目を丸くした。明らかにイエネコではない。もっと大きな野生の種類だ。
(迷い猫でしょうか?)
王都では珍しい生き物だし、誰かのペットが迷い込んだのかもしれない、と思ってきょろきょろしていると、すぐ近くで飼い主と思しきエルフが本を読んでいた。ラピスラズリである。
「お久しぶりですね、ラピスラズリ様。その猫ちゃんはラピスラズリ様のお連れの方ですか?」
「ああ、名前はケット・シーという。快適なので連れてきた」
「撫でていいですか?」
「ああ、そいつが嫌がらなければな」
「ありがとうございます!」
ゲルダが目力で「撫でていいですか」とケット・シーに訴えかけると、ケット・シーは「いいだろう」と言わんばかりに、座り直した。ゲルダは至福の表情でケット・シーの頭を撫でる。撫でながら、ゲルダが「日当たりの良い中庭で優雅におやつを食べながらブラッシングはいかがでしょう」と提案すると、ケット・シーは了承してくれた(たぶん)。
「散歩に連れ出してくれるなら助かる。最近運動不足だし」
「ありがとうございます。誠心誠意お世話をさせていただきますね」
ゲルダは中庭にケット・シーを連れ出し、一緒に散歩やブラッシングを楽しんだ。ケット・シーを連れていると、通りすがりの学生達が足を止めて見入ったり、逆にさりげなく距離をとったりと、さまざまなリアクションをとってくれるのが、ゲルダには新鮮だった。ゲルダが中庭の散歩を終えて図書館に戻ってくると、結局ケット・シーもついてきてしまった。
「ラピスラズリ様。ケット・シーちゃんはとても可愛いのですが、ペットの持ち込みは『出禁』の可能性もありますよ。図書館にいらっしゃる場合はケット・シーちゃんは外で預かってもらったほうが良いかと」
「むう……出禁は困るな………王都にペット用の宿屋はあるだろうか?」
ラピスラズリは渋い顔をした。
●
(大きな猫だ……)
その日、アンジェは学園の図書館で医療と薬学について自習をしていた。歴史ある学び舎だけあり、この学園には豊富な書物が揃っている。自ら学びたい者にとっては、この学園は最高の環境であった。しかし……。
「ニャ~オ」
「どうした、ケット・シー。撫でて欲しいのか? 仕方のないやつだな」
なぜか、図書館に中型犬並みの大きさの巨大な猫(ヤマネコ)を連れ込んでいるエルフがいた。猫は机の上に寝っ転がり、腹を見せて飼い主に甘えている。なかなかお目にかかれない不思議な光景だ。
(猫、可愛い……ちょっと大きいけど……)
アンジェはついケット・シーが気になり、そっちの方をチラチラとみていた。ラピスラズリは机に乱雑に本を積み、にゃんこと呑気に戯れていた。ケット・シーが怖いのか、一般学園生達や教師はラピスラズリに注意することもできないでいるようだ。
(猫さんとお友達になりたいけど、ラピスラズリさんのペットだから勝手にはできないし……)
アンジェは内気だったので、ラピスラズリに直接声はかけられず、自習を続けた……。
(何か話しかけるきっかけはないかな……)
アンジェがさっぱり集中できずそわそわしていると、ラピスラズリのすぐ近くにある本の棚をじっと見つめている学生がいた。学生が本棚に近づこうとすると、ケット・シーがそちらに顔を向けてくるため、近づくことができないでいるようだ。アンジェはこれはチャンスとばかりに学園生にどの本が必要なのか聞き、代わりに本をとってくると言った。
アンジェがすすす……と本棚に近づくと、やはりケット・シーはアンジェの方を見つめてきた。
「食べる?」
アンジェはポケットに入っていたマグロのすり身のチューブを差し出すと、ケット・シーは素早くチューブを奪い取っていった。アンジェはとりあえず本を回収した後、またケット・シーに近づいていく。再びアンジェを見つめるケット・シー。その目は「おかわりはないのか」と雄弁に語っていた。
「撫でていい?」
アンジェが問いかけると、ケット・シーはドカッとアンジェの前に座り込んだ。
(いいみたい……)
アンジェはケット・シーの頭を撫で、ぞんぶんにモフモフした。
「珍しいな、ケット・シーが懐くとは」
「アンジェです……よろしくお願いします……ラピスラズリさんは、何のお勉強、してるんですか?」
「私か? 私は今、空間移動系の魔法の研究をしている。神代の遺跡の文献を漁れば、あの技術を復活させられないかと思ってな」
アンジェは少しの間、ラピスラズリと話をした。そしてアンジェが一度離席した時、入れ替わりで氷のような表情をしたエルフが図書館に入っていくのが見えた。
●
「暫く王都や王国から離れ、久々に大図書館に来てみれば……」
――大図書館にトラを放し飼いにして住み着いたエルフがいるらしい。
あまりにも心当たりがあり過ぎる噂を聞き、リコリス・アデュラリアは頭を抱えていた。
(大図書館をラピスラズリに紹介したのは私ですが……限度という物を知らないのでしょうか)
このまま放置しては同族の恥となると判断したリコリスは、ラピスラズリに説教をするべく、大図書館へと向かった。
(なるほど、あの汚い家はこうやって形作られていったのですね)
リコリスは、ラピスラズリが占拠していた図書館のスペースを見て、一年前のことを思い出していた。以前、リコリスはラピスラズリのゴミ屋敷の片づけを手伝ったことがある。その時は冒険者数名がかりの大仕事だった。
「此処はあなたの家ではなく学園で貴重な文献のある場所です。ケット・シーが賢いのを私は知っていますが一般生徒、しかも非授恵者からすればクリーパー同様の脅威の存在にしか見えません。森の田舎者のエルフはそんな事すら理解出来ないと馬鹿にされたいのですかあなたは」
「はい、すみません……」
同族ということもあり、ラピスラズリには親身に接していたリコリスであったが、怒る時は怒る。お母さんのように。飼い主がこっぴどく説教をされている姿を、ケット・シーもなぜか神妙な態度で聞いていた。
「全く……」
ひとしきり説教をした後、リコリスは今度はケット・シーに向き直る。
「学園にはルールがあるのです。賢いあなたなら外で静かに待つ事が出来ますよね?」
リコリスがケット・シーにも諭すと、ケット・シーはスッと軽やかに、窓から外に出ていった。リコリスは階段から外へと回り、ケット・シーの後を追う。すると、木陰にケット・シーが座っていた。
「いい子ですね、ケット・シー。あなたにはご褒美をあげましょう」
リコリスはケット・シーの頭を撫で、おやつをあげた。
マスターコメント
いつも通りの学園でしたね! お疲れ様でした!
イベントシナリオ普通 報酬:無し14 / 4〜25人
2023年07月19日 11時39分48秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ヒーラーのダニエル・ヘリントンです。 よろしくお願いします。 オニキス伯爵には第2演劇部の活動をご覧いただく予定です。 劇の内容は、【メアリー王女とレイウェストの甘いアクションラブロマンス(フィクション9割)】の予定です。 ただ、メリー王女役の女子生徒が怪我をしてしまって・・・ ・・・あの手で行くか!
皆さん、こんにちは。出発は明日の朝8時ですね。よろしくお願いいたします。