残照、水着達の沈黙
弓月 蒼
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シナリオID:2478
オープニング
●結論
――――その森人は、追い詰められていた。
●一切の希望を棄てよ
「あああああああああああああああ、もう我慢出来なァ―――――――――――――――――い!!!」
「静かに仕事に戻れノイマン」
北方辺境伯領第一の都市。城塞都市『ノストガルデン』。辺境騎士団第三位『隠者』ノイマン・アガスティアが叫んだ。
机には書類。書類。書類。あと書類。何かと言えば王国各所で起きるトラブル、問題、内乱、それらの報告書だ。
王国北境の守護とは即ち北から。つまり主に『帝国』からの侵攻を防ぐと共に。
現在は外交問題に発展する事を避ける為に“王国内から”『帝国』への問題の流出も防いでいる。
その為には、先ず情報であると繰り返し起きた北方の政争より学んだ北境は現在そちらにも力を割いている。
――――が、しかし人手が足りてない。それはもう致命的にだ。
勤勉篤実を地で行く『アーチボルト辺境伯』ことメルヴィン・トマス・アーチボルトはそれでも粛々と仕事をこなすが。
一日に処理できる書類の量と言うのは決まっていて、人類には達成出来る作業量の限界と言う物が存在する。
「いや、おかしいですよ我が主!? 何で!? 夏! 学園だって長期休暇! 残暑! で! 僕は!?」
「仕事が無くなったら好きに休んで良いと言っているだろう?」
「無くなんないじゃん! 無くならないですよねえ!? ねえ我が主ちょっとこっち見てこっち! 曇り無き目で! ほら!!」
続きに続いた70連勤に、ノイマンがキレた。最近の若者(Over200yo)は我慢が足りなくて困る。
「分かった。では貴公には王国南方の調査を割り振ろう」
「だ か ら そ れ も 仕 事 ! ! ! ! ! !」
「1日2日、海遊に興じても良い」
「下賤な犬とお呼び下さい」
尚、ノイマンの矜持は有給と引き換えであるなら喜んで野犬にばら撒ける程度の軽さである。
(アストに限って潜入工作で下手を踏むとは思い難いが……連絡が途絶えて1ヶ月。一応状況位は把握しておく必要がある)
現状――――北方辺境伯は王国南部。『狸』と呼ばれる過激派貴族筆頭『迅雷』バルヴィック侯爵家との政争の只中にある。
表立って一切の痕跡を隠しつつも王国北境を崩壊させる為様々な謀略を張り巡らせて来た同家を追い詰めるには。
結果的に引き起こされた北境の乱が、同家の手引きに拠る物であった事が確かである。と言う証拠が必要だ。
戦友たるウィリアム第二王子は今正に王都の浄化に力を尽くしていると言う。これ以上の負荷は負わせられない。
アーチボルト家の威信にかけて。この一連の事件は断固として、北方辺境伯家主導で幕を引かなければならないのだ。
●深淵を覗き込む時
王国南方――知る人ぞ知る一大歓楽街『不夜城』――より更に南方に、港町『シーカーズベイ』は存在している。
『王国』でも明確な仮想敵が存在しない南方は、他方と比較し鷹揚かつ大雑把な人間が多い事で知られており。
『同盟』諸国とは異なり外洋への夢や希望とも縁遠い小さな港町は、主に渡航ではなく漁業で利益を上げている。
海産食と言えばその主流は勿論シャルガネだが、その独自の食文化は『王国』でも珍味の類として一部貴族に好まれ。
特に新鮮な魚卵の類は需要に供給が見合っていない事もあり高値で取引される。怪魚シャケハダーもその一種である。
閑話休題。
「……さて、どうしたものかな」
冷感魔法で快適を保ちつつ。灰色のローブに身を包んだ森人はそんな僻地に存在する冒険者ギルドの扉を潜った。
彼の此度の目的は、どうにも情報が流れて来ない『王国』南方の情報収集。勿論その為の資金を与えられている。
しかし、実に『王国』を縦断する様な道程には誘惑が多く。方々で美味しい物巡りをしたりしていたノイマンは。
自らが主より与えられた資本金を割り込んで散財している事に気付かなかった。そう、使い込みである。
とは言え彼が過去に使い込みをやらかした事はこれが初めてではない。その度、彼は何らかの手段で補填を果たし帰還して来た。
此度も同様。港町と言えばこの時期。豊穣の季節までもう間もなくとなれば凡そ暇をしている漁師も少なくは無い。
場末の酒場などを覗けば、案の定。一角では見慣れた絵札が飛び交っている。賭博、である。
旅人として数多の経験を積んだノイマンからすれば、最早カモと言う他無い。自信満々に一歩近付き路銀の袋を机に置いた。
「――――よし、次の勝負。半裸の彼に全賭けだ」
“冒険者募集
金と時間のある人集まれー! 王国南方で束の間の休暇を楽しみませんか!!
珍味と有名な怪魚シャケハダーの一本釣りも楽しめる風光明媚な寂れかかった港町に旋風を巻き起こすのは君だ!!
尚、あくまで遊興のお誘いなので報酬などはありません。ありません。 ――――謎の依頼人N”
――――その森人は、追い詰められていた。
ノリで挑んだ賭博で手持ちの現金を全部失って素寒貧になったからだ。このままでは調査は愚か北方辺境伯領へ帰ることすら出来ない。
こうなれば、大変申し訳ないことながら、近場に居るかもしれない冒険者達を上手い事巻き込んで一丁一攫千金狙うしかない……!
そう。つまり此度の依頼は、そういった経緯で以て、偶発的に発生した訳である。人災では断じてない。
――――断じてないのだ。
●深淵もまた此方を見ている
「うぅん……無分別、無思慮、無計画。と言う他無いのですけれど」
その赤髪の少女は黒い日傘を指して『シーカーズベイ』の波止場に降り立っていた。
過日。旧友が仕事を失敗した為、気持ちの悪い空白期間が出来てしまったのだ。『扉』の調整待ちである彼女は暇だった。
其処に来て『王国』を縦断して遊び歩いている頭の悪い既知の人物が網に掛かったのだから。
『狸』の協力者としては様子くらい見に来るのも吝かではない。何より、これが最後の余暇となるだろう筈。
思えば最近屋敷に籠ってばかりいた事もあり、彼女は色々ストレスが溜まっていた。天才だって脳を酷使し続ければ疲れるのだ。
「まあ、こーんな寂れかかった港町に冒険者も居ないでしょうし。偶には羽根を伸ばすのも良いかもしれませんわねえ」
露店で買った冷えた果実水片手に波止場へとのんびりと歩きながら、赤い魔人はいずれ壊れ行く平和を闊歩していた。
――――その森人は、追い詰められていた。
●一切の希望を棄てよ
「あああああああああああああああ、もう我慢出来なァ―――――――――――――――――い!!!」
「静かに仕事に戻れノイマン」
北方辺境伯領第一の都市。城塞都市『ノストガルデン』。辺境騎士団第三位『隠者』ノイマン・アガスティアが叫んだ。
机には書類。書類。書類。あと書類。何かと言えば王国各所で起きるトラブル、問題、内乱、それらの報告書だ。
王国北境の守護とは即ち北から。つまり主に『帝国』からの侵攻を防ぐと共に。
現在は外交問題に発展する事を避ける為に“王国内から”『帝国』への問題の流出も防いでいる。
その為には、先ず情報であると繰り返し起きた北方の政争より学んだ北境は現在そちらにも力を割いている。
――――が、しかし人手が足りてない。それはもう致命的にだ。
勤勉篤実を地で行く『アーチボルト辺境伯』ことメルヴィン・トマス・アーチボルトはそれでも粛々と仕事をこなすが。
一日に処理できる書類の量と言うのは決まっていて、人類には達成出来る作業量の限界と言う物が存在する。
「いや、おかしいですよ我が主!? 何で!? 夏! 学園だって長期休暇! 残暑! で! 僕は!?」
「仕事が無くなったら好きに休んで良いと言っているだろう?」
「無くなんないじゃん! 無くならないですよねえ!? ねえ我が主ちょっとこっち見てこっち! 曇り無き目で! ほら!!」
続きに続いた70連勤に、ノイマンがキレた。最近の若者(Over200yo)は我慢が足りなくて困る。
「分かった。では貴公には王国南方の調査を割り振ろう」
「だ か ら そ れ も 仕 事 ! ! ! ! ! !」
「1日2日、海遊に興じても良い」
「下賤な犬とお呼び下さい」
尚、ノイマンの矜持は有給と引き換えであるなら喜んで野犬にばら撒ける程度の軽さである。
(アストに限って潜入工作で下手を踏むとは思い難いが……連絡が途絶えて1ヶ月。一応状況位は把握しておく必要がある)
現状――――北方辺境伯は王国南部。『狸』と呼ばれる過激派貴族筆頭『迅雷』バルヴィック侯爵家との政争の只中にある。
表立って一切の痕跡を隠しつつも王国北境を崩壊させる為様々な謀略を張り巡らせて来た同家を追い詰めるには。
結果的に引き起こされた北境の乱が、同家の手引きに拠る物であった事が確かである。と言う証拠が必要だ。
戦友たるウィリアム第二王子は今正に王都の浄化に力を尽くしていると言う。これ以上の負荷は負わせられない。
アーチボルト家の威信にかけて。この一連の事件は断固として、北方辺境伯家主導で幕を引かなければならないのだ。
●深淵を覗き込む時
王国南方――知る人ぞ知る一大歓楽街『不夜城』――より更に南方に、港町『シーカーズベイ』は存在している。
『王国』でも明確な仮想敵が存在しない南方は、他方と比較し鷹揚かつ大雑把な人間が多い事で知られており。
『同盟』諸国とは異なり外洋への夢や希望とも縁遠い小さな港町は、主に渡航ではなく漁業で利益を上げている。
海産食と言えばその主流は勿論シャルガネだが、その独自の食文化は『王国』でも珍味の類として一部貴族に好まれ。
特に新鮮な魚卵の類は需要に供給が見合っていない事もあり高値で取引される。怪魚シャケハダーもその一種である。
閑話休題。
「……さて、どうしたものかな」
冷感魔法で快適を保ちつつ。灰色のローブに身を包んだ森人はそんな僻地に存在する冒険者ギルドの扉を潜った。
彼の此度の目的は、どうにも情報が流れて来ない『王国』南方の情報収集。勿論その為の資金を与えられている。
しかし、実に『王国』を縦断する様な道程には誘惑が多く。方々で美味しい物巡りをしたりしていたノイマンは。
自らが主より与えられた資本金を割り込んで散財している事に気付かなかった。そう、使い込みである。
とは言え彼が過去に使い込みをやらかした事はこれが初めてではない。その度、彼は何らかの手段で補填を果たし帰還して来た。
此度も同様。港町と言えばこの時期。豊穣の季節までもう間もなくとなれば凡そ暇をしている漁師も少なくは無い。
場末の酒場などを覗けば、案の定。一角では見慣れた絵札が飛び交っている。賭博、である。
旅人として数多の経験を積んだノイマンからすれば、最早カモと言う他無い。自信満々に一歩近付き路銀の袋を机に置いた。
「――――よし、次の勝負。半裸の彼に全賭けだ」
“冒険者募集
金と時間のある人集まれー! 王国南方で束の間の休暇を楽しみませんか!!
珍味と有名な怪魚シャケハダーの一本釣りも楽しめる風光明媚な寂れかかった港町に旋風を巻き起こすのは君だ!!
尚、あくまで遊興のお誘いなので報酬などはありません。ありません。 ――――謎の依頼人N”
――――その森人は、追い詰められていた。
ノリで挑んだ賭博で手持ちの現金を全部失って素寒貧になったからだ。このままでは調査は愚か北方辺境伯領へ帰ることすら出来ない。
こうなれば、大変申し訳ないことながら、近場に居るかもしれない冒険者達を上手い事巻き込んで一丁一攫千金狙うしかない……!
そう。つまり此度の依頼は、そういった経緯で以て、偶発的に発生した訳である。人災では断じてない。
――――断じてないのだ。
●深淵もまた此方を見ている
「うぅん……無分別、無思慮、無計画。と言う他無いのですけれど」
その赤髪の少女は黒い日傘を指して『シーカーズベイ』の波止場に降り立っていた。
過日。旧友が仕事を失敗した為、気持ちの悪い空白期間が出来てしまったのだ。『扉』の調整待ちである彼女は暇だった。
其処に来て『王国』を縦断して遊び歩いている頭の悪い既知の人物が網に掛かったのだから。
『狸』の協力者としては様子くらい見に来るのも吝かではない。何より、これが最後の余暇となるだろう筈。
思えば最近屋敷に籠ってばかりいた事もあり、彼女は色々ストレスが溜まっていた。天才だって脳を酷使し続ければ疲れるのだ。
「まあ、こーんな寂れかかった港町に冒険者も居ないでしょうし。偶には羽根を伸ばすのも良いかもしれませんわねえ」
露店で買った冷えた果実水片手に波止場へとのんびりと歩きながら、赤い魔人はいずれ壊れ行く平和を闊歩していた。
解説
夏は終わらない、終わらせない!俺が、俺達が水着回だ!!
●成功条件
港町が壊滅しない。
●失敗条件
成功条件が満たされない。
●依頼人
・『隠者』ノイマン・アガスティア
アーチボルト北方辺境伯麾下、北方辺境騎士団第三位。
エルフとしては長老級、と呼んで良い古き賢者であり熟達の魔法使い兼辺境伯領文官長兼小間使い。
割と賢明な人物である筈だが、地に足の付いた生活能力は無い。過去行き倒れた例も枚挙に暇がない。
尚、出来れば怪魚狩りには参加したくない。働きたくないでござる。
●観光客
・『呪殺公主』マリエン・D・カーネェジ
これと言った観光資源も無いが海だけは有る。そんな小さな港町『シーカーズベイ』へと。
生まれて初めて訪れたメドゥの指先『赤の薬指』。『王国』の視点では凶悪大量虐殺犯。
休日を満喫している為、敵意や殺意を向けたり機嫌を損ねなければリフレッシュして勝手に帰る。
気紛れお天気お姫様気質。尚、万が一交戦状態に入った場合の身の安全は保障されない。
●観光地
・港町『シーカーズベイ』
王国南方のとある伯爵家が管理している小さな港町。町人の大半が商人か漁師。
娯楽と言えば海に入って泳ぐ位しかない為、砂浜だけはきちんと整備されている。
夏場から収穫祭にかけてのみ、露店が出ており果実水、果実氷、果実酒、黒麦酒が販売されている。
町に1つしかないベルゼン商会の総合商店は年中水着を取り扱っており種類も豊富。
耐水性の屋外用絨毯など泳ぐ為の道具、についての品揃えは程々整っている。
尚、飲食物は素材しか売っていないので食べようと思えば絞ったり焼いたりしなければいけない。
もし頑張って200Hex程遠洋に出ると、全長1m超えの魔獣。『怪魚シャケハダー』が出没する。
産卵期の為気が立っていて大変危険。釣ったら場末の酒場で捌いて貰える。
●選択肢
参加者は以下より参加傾向を選択し、1行目に記載する事を推奨。
【1】遊ぶ:娯楽に興じる。好きな事をして良い。
【2】戦う:頑張って遠洋に出て『怪魚シャケハダー』に挑む。
【3】観光:観光客らしき赤い髪の少女に絡みに行く。身の安全は保障されない。
●注意事項
・無報酬です。なので、依頼人の意向に沿う必要はあんまりありません。
・NPCはそれぞれ、駄エルフが1か2。赤いのが3に出没します。
・原則、何をしても構いません。おとなもこどもも、おねーさんも。ぼく達わたし達が水着回です。
マスターより
76度目まして。先ずはお客様、タイトルをご覧ください。右手に見えますのが水着回です。
シリアスとかダークとか最初に言いだしたのは誰なのかしら?駆け抜けて行く弓月は正気です。
既にシーズンオフも大概で、世は海月姫の支配下に置かれていますが、大陸南端なので多少はね?
基本、これと言って危険な事は無い筈ですのでお気楽に楽しんで頂けたら嬉しい限りです。
尚、結果として依頼人が行き倒れても別にこれと言った実害は有りません。きっと皿洗いとかで乗り切ります。
リプレイ
●宜しい、ならば水着回だ
「"今回は短縮要素が無いのでコメガ=エシします"と言ったきり啓示が来ませんね……」
『白金の盾』フリーダ=ブロムヴィストが空を仰ぐ。王国南方、秋節晴れにして天高し。
そんなこんなで小さな港町『シーカーズベイ』は、現在何故か妙に多くの冒険者が集っている。
と言うのも差出人不明の謎の依頼票の所為だろう。かく言うフリーダもそんな経緯を辿っている。
勿論、興味本位と真面目に依頼に取り組むのは別問題なのが冒険者の冒険者たる由縁。
「……まあ、そろそろ夏も終わり頃ですし、最後の休暇としては悪くはないでしょう」
当然の様にいそいそ水着に着替えて露店で果実氷を購入し、躊躇無く真っ白な砂浜へ突入していった。
何せ100%遊行である。啓示は無い。水着は有る。仕事も――――放り投げて構わない。
年頃の少女としては仕事に終始し埋没して終わる夏季など、断固ごめん被るのである。
冒険者だって、遊びたい……!!!
『肉食エルフ』リディリディ・トゥラ・イェレミースは古き伝統を愛する。
故、推定依頼主と思しき草臥れたローブの古森人が自分よりずっと年上と察し。
今回の依頼を受ける事にした。但し、陽射しの下汗水垂らし怪魚釣りに参加するのは嫌である。
結果、彼女は浜辺の影で涼みながら依頼人の『隠者』とこれと言って意味も無く駄弁っていた。
「働くのって大変ですよね」「そうだね。働きたくないね」
「こういうところでは必ずBBQをしている人が居る物です」
「なるほど、所謂陽気脳と言う奴だね」
「なので、日暮れを待ってお零れに預かろうと思います」
「おや、さては天才かな?」
果たして何処か螺子が外れているのが良かったのか偶々波長が合致したのか。
リディリディは久々に同族と沢山(中身の無い)話が出来てちょっとした満足感を味わえた。
全肯定老人と化したノイマンとの会話は概ね、冒険者は愚か大人としてどうかと言う物ではあったが。
世の中駄目人間の共感性からしか得られない栄養素と言う物があるのである。
――――などと。フリーダとリディリディがそれぞれ最後の海を満喫している傍ら。
すぐ傍では黒い日傘を差した赤髪の少女――――『呪殺公主』当人が銀の剣士と並んで浜を見ていた。
"何かあるなら先に言え"と言う微妙に気まずい空気を漂わせているが、本来敵同士の間柄。
一触即発でも決しておかしくは――――無い筈だが。
(準備無しの、交戦は避けるのが最善)
イヴェール・イリュジオンは理性を総動員して心を落ち着けた上で、問い掛ける。
「先生を迎えに来るのは貴女だと思ってましたが……あの歌う火力お化けはどなたで?」
「ああ……貴女でしたの。であれば、相手が悪かったですわねえ」
イヴェールの米神が若干ぴきりと来るが。視線は寄せては返す波間から動く事は無く。
「……水着は着ないので?」「……嫌いですのよ、肌が焼けるの」
「スタイルは良いのに普段から肌を見せないのは、その所為で?」
「例え淑女でも問題発言ですわよ、それ」
「……寿命という概念の外。人の枠組みを超えるにはどうすればいいですか?」
思った以上にぽんぽん会話出来てしまったので口が滑った。イヴェールは割と脳筋である。
けれどその問に。何故かとてもつまらなそうに遠くを見て、ぽつ、と少女は答えた。
「私が知る限り手段は3つ。1つ、魂の時を止める。そういう神具がありますわ。
2つ。神から神格を奪う。3つ。人が架された"壁"を超える。これは、先天的才能ですわね」
気付けば、少女の金銀妖眼が座った目でイヴェールを眺めていた。
「澱は生命そのもの。型に凝縮し続ければ、寿命と言う枠組みはいずれ壊れる。
『幻日』の貴女は『紅百合』の末裔の可能性もある訳ですしね」
けれどそれは――――と。言葉を暈し、瞳を閉じて背を向ける。呟きは風に乗って解ける様に。
“――――だから、『此方』へいらっしゃいと誘いましたのに”
結局帯びた剣に手を掛ける事も無く。イヴェールはその小さな背を見送り、大きく息を吐いた。
■
「拙いながら、釣りに挑戦しに来ました……!」
「海! うふふー、水着まだしまわなくてよかったです!!」
「美味しいお魚さん……! どんな味なのか、楽しみですねっ」
『翠風』ヴィルヘルミナ。『セクシー冒険者(魅了憑き)』ファーシル・クリスティア。
『豆ゴリラ』ゲルダ・クラインの即席女冒険者パーティがえいえいおぅー!と拳を掲げた。
彼女らの目的は南海の珍味『怪魚』シャケハダー。全長1mを超える海の魔獣である。
特に、産卵期の今は雌の気性が荒ぶっている事で有名であり、地元民でもそうそう口に入らない。
「産卵期ということは……釣るよりも、水中で倒しちゃったほうがいいかもですねっ」
「では、私はこの釣竿と銛で援護しましょう」
「良いですね、これもまた戦。かかったら全力で釣り上げますよ!」
漁休みの時期故に波止場には幾らも今は使わない船が停留しており。1つを借りてぎーこぎーこ。
櫂を漕いで浅瀬を越えると、確かに視界の中に妙に大きな魚影が幾つも。
とは言え先ずは距離感を測る魚達に対し、のほーんと待ちの姿勢を示すファーシル。
正攻法を試そうと竿の調子を見るヴィルヘルミナに対し、間髪入れずゲルダが海に飛び込んだ。
この小人、猪突猛進過ぎる。
「さあ、何処からでも掛かって来なさい……!」
お洒落な水着姿である為、普段に比べれば圧倒的軽装甲であるにも関わらず。
躊躇無く澱の撒き餌を放ち殺気立った『怪魚』の群れが迫り来る。
しかしこれをエーテル泳動で紙一重かわしヴィルヘルミナの方へパス!
銛へ持ち直したヴィルヘルミナが、かわす事すら出来ないシャケハダーの体躯を一突きすると。
ぐったり力を失い浮かび上がった魚体をファーシルが釣り竿で引っ掛けきゅるきゅる引き寄せいぇーい、と3人ハイタッチ。
蛮族じゃあ……蛮族がおる……と、果たして怪魚達が思ったかはともかく。
そうして遮二無二乱獲すると借りた小舟が一杯になってしまった。虐殺もかくや大漁である。
――――そして他方。より沖の方はと言えば。
「怪魚だって! 面白そう! とりあえず捕まえようベルク!!」
「珍味の肴が我を呼ぶ! 行くぞフレイヤ!!」
『大胆不敵』フレイヤ・サンライズと『黒曜の従者』ベルク・オスマット。食い意地の張った2人が行く。
何と言っても時に喰うにも困る『帝国』出身者の両名である。珍味と聞けば火の中水の中。
何故か水上歩行の魔法を修めている筈のフレイヤは借りた船の端に掴まってバタ足しているが。
酒と魚に目の眩んだベルクはそれどころではない。況や最早依頼とか、脳の片隅からすら消えている。
「居た居た居た、うっわあ、何あれ大きい……!」
フレイヤが悲鳴――――或いは歓声――――を上げるのも当然か。勢い余って沖に出過ぎた為。
出現した『怪魚』シャケハダー、堂々の2m級。尻尾先までで大の大人を上回る。
「よおしベルク頑張って☆ あ、今私防御めちゃくちゃ低くなってるから」
「仕方ないのじゃ狩るぞフレイヤ! "水上歩行"はよう!」
「え、釣らないの……?」
「釣る……? 潜った方が早くない?」
その為の晒しと褌である。幾らなんでも食い意地に脳を汚染され過ぎてはいまいか。
とは言え水場の不利を軽減する水上歩行の恩恵は大きく。ベルクの三連撃が怪魚を三枚卸しにする。
「「殺ったどー!!!」」
2m級の怪魚を両手で掲げ雄々しく咆える半獣人の娘。
囮として後光を射したまま万歳する元シルトラースの修道女である森人。嗚呼、世も末である。
●渚に纏わる右往左往
「……静かな場所でゆっくりしたい」
『翠風挽歌』ジュスト・ヴェルジーは疲労が困憊していた。最寄り商店で買った屋外用絨毯を敷いて三角座り。
学園で揉め事解決し勉強研究実家の手伝いえとせとら。失敗すれば叱責され、さりとて成功しても賞賛は無い。
合間合間に女の子に声を掛けるのは楽しい物の、一摘まみの本気も無ければ手慰み以上にはなり得ない。
癒しが欲しい……そんな彼の視線の先には木陰で駄目人間トークに花を咲かせる森人約2名。
連想される北方の山積み書類。仕事おかずに仕事主食と言う日々。あれよりマシ。ああなるまい。自分はまだ恵まれてる。
……と、疲れた心を慰めた所で、自分より下の不幸を憐れんでも別に幸せになれる訳じゃないのだ。地獄ぅ。
「……好き好んで仕事を詰め込みまくる奴がいるか、馬鹿」
そんな1つ年下の癖に草臥れきった背中を見て、『恋花の虜囚』ローザリカ・L・ディオールが大いに嘆息した。
だからあれほど休めと言ったし、彼の周囲にも圧を掛けたり実力行使で訴えたのに。
挙句の果てに頼んでもいないのに無理を推して人の分まで背負おうとして、疲弊したのでは世話がない。
(僕にくらい、寄りかかれば良いのに)
やや強引に、自分の物でもない屋外用絨毯に踏み入り隣に腰掛けると肩と肩が触れる。
露店で買った果実水の入った木杯を口元に寄せると。ジュストがしぶしぶそれを受け取るのを見て。
まあ、偶には世話を焼くのも悪くないか……と、思わず口元が綻ぶのを自覚する。
「少しだけ、見ないふりをしてくれないか」
「……馬鹿を言うな。僕の方が年上なんだ、たまには甘えてみせるべきだろう」
遠く遠く、寄せては返す波の音。肩を寄せ合った2人は、何を言うでも無く静かに時を過ごしていた。
――――一方、そんな浜を望む波止場では、2人の森人がささやかな露店を開いている。
「流石は『王国』南端まだまだ夏!って感じだね! 花鳥園の商品を売り捌いたら海でいっぱい遊ぶぞー!」
「そうですね、一段落着いたら水着に着替えて遊ぶのも――――」
『餅割りダイナミックサフィラスペシャル』サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブがしゅばばばと試供品を配る傍ら。
自ら育てた花を元にした雑貨を売りにやって来た『1221年度パンクリアース学園生徒会 書記』コルネリウス・アーラは。
道行く冒険者達に、匂い袋や花香油と言った商品を紹介しては売り捌く。いわゆる行商の一貫である。
その為、ふわりと漂った甘く淡い百合の香りに。"そんな商品売っていただろうか"とあまり気にしなかったのも仕方ない。
「にゃ! こんにちは! 匂い袋おひとついかがかなっ?」
「こんな寂れた港町に花香油なんて意外、奇怪、不可解な取り合わせですわねえ」
一見、貴族然とした少女が御供も連れず一人歩き。と見えた為、お節介とは思いながら声を掛けたサフィラ。
それに応じる砂糖菓子の様な声色に――――在庫の確認をしていたコルネリウスの動きが凍り付いた。
振り返った先には黒い日傘。けれど、凡そ間違えようの無い声と背丈、芳香――――何より。
「……何で、お前がこんなとこにいんだよ」
「あっれぇー? ハヤト……?」
『ブレイブファング傭兵団団長』ハヤト=ガラン=ヴォルファングは水着のお姉ちゃんをナンパしに来た。
繰り返そう。ハヤトは水着のお姉ちゃんをナンパしに来たのだ。義姉や想人とは断じて関係無く。
で、ある以上――――痛恨だった。あまりにも一点直撃で痛恨だった。幾ら放ってはおけなかったとは言え。
これではもうどう転んだ所で計画は絶望的だ。ハヤトは表情を殺し心で泣いた。
「まぁーあ、赤わんこ様。奇遇ですわね?」
周囲を見回せば、仲睦まじい2人組や潮騒を駆ける女。何より眼前には親しい2人。確実に巻き込まれるだろう。
「いや、今回はこっちもバカンスだ。一時休戦といこうぜ」
ハヤトがお手上げ、とばかりに両手を挙げると同時。冷や汗を滲ませたコルネリウスがサフィラの袖を引き小声で告げた。
"……え、この子が?"
"以前、北境の酒場で生き埋めにされかけました。間違い有りません"
一触即発。けれど、彼女が手に取ろうとしていた花香油の種類をさっと見て取ったコルネリウスは、素早く個包装して問い掛ける。
「お好きなんですか、姫向日葵」
一瞬、難しい顔で逡巡したマリエンが古い金貨を無言で差し出すと。営業スマイルでサフィラが応じた。
「あ、そうだ! もし良かったこれ履いてみ「いりませんの」「……サフィラさん、ホットパンツはちょっと」「本当ブレねぇな……」」
やめて、サフィラの布教欲は無限大よ!
■
『フロム・ヘル』レピド・クロサイトは先ず周囲を見て、浜辺で寄り添う恋人達や波間ではしゃぐ少女たちを観察し。
自分が此処ですべき事を熟考した。其処には一片の手抜きもなかった。そうして、一つの天啓を得た。
(海、水着、遊び……そうだ、海底散歩をしよう)
レピドが何故そんな素っ頓狂な発想に到ったのかは謎だ。或いはフリーダの宿す神の"コメガ=エシ"の所為かもしれない。
何にせよ、彼が艶やかな水着で海に、飛び込むでも泳ぐでも無く沈んでいこうとしたのだから。
波止場からぼうっと海を見ていたミゼリア・L・ステュクスが戦慄したのも仕方ない話では、ある。
「あの……ちょ、ちょっとそこの人……! あの、待って――――誰か! ……え、レピドさん!?」
「ミゼリア」
自殺志願者にしか見えない行動だ。良心があるなら焦って当然。冒険者だろうし放っておこう、は玄人向け過ぎる。
が、顔見知り、かつお互い死生観が若干鈍化している造人と言う事もあり。
「……大丈夫、なんですか?」
「大丈夫だ」
一つ頷いてレピドは海に沈んでいった。ミゼリアは生の魚と果物を抱えて見守る事しか出来なかったのだ。完。
「何を騒いで……あら? 貴女……人造授恵者」
甘い百合の香り。先に店を出る時すれ違った赤髪の少女が後ろに居た。ミゼリアの賢者の石は一見髪飾りにしか見えない。
で、あれば。果たしてどう種を看破したのか。それはまるで分からない物の――――何故か、悪い人とは思えなかった。
「知り合いが、海に……あ、いえ。あとこれ、どうやったら、食べられるか……」
「私、料理は全く無縁ですのよ。でも果物なら剝けば。魚なら焼けば食べられるのではありませんの?」
料理無知系女子×2、ファイッ! 不毛の極みが其処にあった。
眉を寄せ、おずおずと携えた大剣を引き抜くも。勿論果物を剥く用途は一切満たさず困惑は深まるばかり。
それを見取った赤髪の少女は大きく嘆息すると。両手をぱん――――と打ち合わせる。
渦を巻く火がぶら下げた生魚を焼き魚へと変え、果物の皮だけ綺麗に焼き落とした。恐らく"生活魔法"と呼ばれる物だ。
「それで食べられるでしょう。味付けはお好きになさいな」
さっと踵を返す少女が何故、自分を手伝ってくれたのか分からず。けれど、その親切だけは受け取って。
良ければ一緒に、と声を掛けたミゼリアへ振り返った赤髪の少女は、何故か哀し気に一瞥し、何も告げず立ち去って行った。
(どうして……そんな。哀しいような、寂しいような……)
彼女が、自らが声を掛けた相手が『呪殺公主』と呼ばれる――――『王国』史最悪の罪人の一人と知るのはもう少し後の事。
――――そんな、彼女の視線。そのずっとずっと遥か先。
(『迅雷候』が何か企んでいるのかと思ったが……そういう気配は無さそうか)
(荷馬車に載るだけ回収しようとすんなら、この舟だと複数回往復する必要があんな……)
洋上、小舟に揺られた亜人と蜥蜴人が周囲に警戒の目を向けていた。
「あんたら冒険者だろ? 全く、この季節の沖に出よう何て良くやるよ」
「『怪魚』シャケハダー……バターで焼く、蒸す、どちらにしても美味そうな名前だからな」
「海なんてそう繰り出せる訳でもねぇしな。魔獣が出んのも好都合だ。さあてどんな素材が取れるかねえ」
さて、漁師達が余らせた船を用いて沖に出ようとする冒険者は女性陣ばかりではない。
『銀の双刃鬼』ナハティガル=ラーと『モンスターハンター』サイラス。両名は偶々利害の一致により船に同乗しただけの関係だが。
金で雇った漁師のぼやきもさもありなん。普段目にする事が少ないとは言え『魔獣』はあくまで『魔獣』である。
常人の漁師にとっては危険極まりない存在であり、“一狩り行こうぜ!”とは行かない物だ。
「ほら、見えるだろう。あの波間を裂く鋸状の背鰭、奴が幾人もの漁師を血に沈めた『怪魚』シャケハ」
「攻撃圏――――貰った……!」「やっちまえ紅玉竜!」
脅すような口ぶりで説明しようとした漁師に対し、間髪入れずナハティガルが水中に飛び込み。
サイラスが象った飛竜が翼をはためかせ水面に爪を向けた。勢い余り小舟が揺れに揺れ漁師が落ちそうになるがそんなの関係ねえ。
狩猟とは我欲と我欲のぶつかり合い。其処に一瞬でも油断を挟む余地は無いのである。
「よおっし先ず一匹! この調子で入れ食いじゃあ……!」
「水中ならともかく、引き上げるとなると相応の重量となる訳か……なるほど、面白い……!」
釣りとか漁だとかそんなチャチなもんじゃ断じてない暴挙に、一般市民たる漁師は震える事しか出来ず。
「海底世界はとても綺麗だ……魚が鳥の様だった……が、沖に出る度一気に視界が塞がれるのが難点だな」
ざばァ――――! と突然船の間近に上がって来た水死体――――と見紛う海藻を被ったレピドに。
遂には恥も外聞も無い悲鳴が上がったが、当人に一切悪気はない。一般人から見た冒険者なんてそんなもんである。
●公主様は休暇中
「あの正体不明の依頼主はノイマン様でございましたか……」
『夜に咲く白月』レティシア・レインフィールは浜辺でのんびりしているその灰色ローブを見て一瞬で状況を看破した。
とは言え、この近くには食事処など無く。密談にこれほど向かない土地もそうはない。
「あの、ノイマン様。少し宜しいでしょうか」
リディリディと共に日暮れ――に誰かが開催してくれる筈のBBQ――を待ちながら完全に堕落していたノイマンに。
声を掛けるのはそれなりに勇気が必要だったが。覚悟を決めて声を掛けたのはそれがどうしても……必要なこと、だったから。
「うん、良いよ」
唯一使えそうな商店は選りに選って"ベルゼン商会"の主催、と、なると――――逆に、広い浜辺の端であれば。
「『迅雷』の計画は現在も進んでいると思われます。その際、極めて強力な魔法を扱う森人と相対しました」
「なるほどなるほど、それは多分あちらの家の騎士だろうね」
「ノイマン様は、それが誰か察しが付くのではありませんか?」
「――――一応伝えておくと。"かま掛け"は通じない」
決定的な確信が得られていないと見破られたと気付き。片目を閉じた森人の認識に上方修正を加える。
普段であれば無礼を恥じ言葉を切ったろう。けれどレティシアとて必死だ。得意不得意や出来る出来ないで迷ってられない。
「もし、私かガレス様が『迅雷』を追い詰める為に優れた働きが出来ましたら。
……――――彼を北境の騎士として再登用して頂けませんでしょうか?」
「なるほど、そちらが本題で、君の芯か。最近良く眠れてない様だね。化粧で誤魔化している様だけれど栄養状態も悪い」
淡く、緩やかに微笑む性別不明の森人。その眼差しにぞくりと背が震える。けれど、震えを殺して問を被せる。
「お答えは」
「僕にそんな権限は無い。けれど――――『白騎士』を生かし結果を出したなら、進言位は約束しよう」
不安は確信に到った。この人は、"恐い人"だ。まるで盤上を天から覗き見る……その所作は、神か、或いは。
「お久し振り、ノイマンさん。南方調査の進捗は如何?」
「み゛っ!!!」
そんな会話の後、普通に浜に戻ろうとしたノイマンは『青燕兵曹』ザザ=ステルヴィナに捕まり何処かへ連行されていった。
静止の暇すらなかった。普段あまり意識する事も無いがまさに漢の筋力だった。
「使い込みは宜しくなくってよ? せめて怪魚を大量に釣り上げて、損失補填位はして頂かないと……!」
「えーやだぁ。僕筆より重いものもてなーい」
「……ね?」
「ぅゎをとめっょぃ」
無慈悲に捕獲されたノイマンがじたばたするも。机仕事専門のもやしが現場仕事上等の同職に敵う訳も無く。
丁度、知り合いの後ろ姿を心配し、追って来た人物がそのいざこざを目にするのは必然と言えた。
「ちょっとちょっとあー、其処の『同盟』の商人さん。今だ! 今こそ出番だ……!」
「あれ……ノイマンさん? 北方辺境騎士団の? 当人ですか?」
即ち、偶々商売で近場まで来ていた『商人』リサ・ベイカーが波止場へ通りかかったのは、そんな折のこと。
■
「ご無沙汰しております、公主様。あ、先日のお話はお断りいたしたく」
「第一声がそれと言うのは貴方の良識どうなっていますの……?」
相応に整った礼儀作法で一礼してのけた『白の断片』ゼラルム・エルホワイトであるが。何故か公主は不満そうだった。
「お初にお目にかかります、サニー・フォン・オルライトと申します」
「おまけに淑女に対して女連れで声をかけるとは随分景気の良い度胸ですわねーぇーぇーぇー!」
そんなゼラルムと連れ添った『真実映す灰簾石』サニー・フォン・オルライトはと言えば。
さりげなく。けれど確り自らの左手の薬指を主張させて“これは私の”とかなり露骨な牽制を入れている。
もうこの時点で、本日が休日でなければ澱の藻屑にしている所だろう。
けれど貴族として、此処で激昂するのも流石に興醒めであろうし。何よりそういった気分でも無くなってしまった。
「まあ、ですが。婚約者を大切にする姿勢は評価しますわ。私の気が変わらない内に行ってしまいなさい」
しっしっと。ある種正しい庶民への扱い相応に手を振ってみせるマリエンに。
ゼラルムとサニーはお互い視線を交わすと。何処となく覇気の感じられない彼女へ再度礼を返す。
「ところで、この様な所で油を売っていてよろしいので? お忙しい身なのでしょう」
「貴方の遊戯を手伝う気はありませんわあ。大切な相手が居るなら、尚更こんな国から去る事を勧めますわねえ」
「はは、態々遊戯の寿命を縮める真似をする筈がないでしょう。丁度先日も、骨が折れる仕事も終わった所でして」
(……骨が折れるって、物理的にじゃん)
果たして、心配する側の事情なんて考えてもくれていないのだろう……と、思えば。
サニーとてやられっ放しでいるのは癪であり、何と言っても今日は休みで、海で、港町なのだ。
「私も付き合ったんだからさ、こんどはこっちの都合に付き合ってよね? 勿論、会計はゼー君持ちで!」
「こんな何も無いとこで会計も何も……分かった分かった、引っ張んな」
逃がさない。とでも言う様に幼馴染の腕をぎゅうっと捕える。ゼラルムが嫌そうな感情を滲ませ胡乱気にサニーを見た。
月影の少年に、陽光の少女はともかく行動的過ぎるのである。
そんな――――2人が立ち去った後。1人の側は何となく感傷的な気持ちを抱え波止場の端に居た。
「キミも観光客ですか? ボク、この辺の地理に疎くて……もし迷惑でなかったら――――あれ?」
「あの古森人、これ狙ってやってますわね……はぁ。"エルゼリオ・レイノーラ"。貴方が付添い下さるのかしら?」
黒い日傘ごとくるりと振り返った相手を見て。『春燈の朋』エルゼリオ・レイノーラは思わず齧っていた果実氷を落とす所だった。
それはそうだ。その赤髪の少女には殺されかけた事すらある。特徴的な金銀妖眼を含め見誤る余地が無い。
「呪殺公主……マリエン、さん」
「お察しの通りですわあ。とは言え? 仮にも? 貴族が淑女を誘ったのですから止めました、はありませんわよねえ」
獲物を見つけた猫の如く細められた眼差しを受けて、エルゼリオは自らの軽率な発言をこの瞬間程後悔した事は無い。
何せ、眼前の赤い少女の笑みは、それはもう大層愉しそうだったのだから。
■
"――――なるほど。お金の持ち合わせがないということですね?"
"貸しましょうか? お金。もちろん個人的に"
"無利子でいいですよ、信用貸しというやつですね。
ただ……何か困ったことがあったら相談させて下さいね?"
"よし、分かった借りよう――――リサ・ベイカー! 君と言う労働力を……!!"
「……えええぇぇぇ……」
何故、自分は洋上に居るのだろうか。せっかくなので、持参の水着着て、ビーチで寛いでいる……筈だった。
けれど絡みに行った相手が悪過ぎた。あれよあれよと言う間に借りた小舟に載せられどんぶらこ。
"貸した以上取り立ても商人の仕事だよね? 即日返金するからちゃんと確認に来てね?"
と言う滅茶苦茶な言い分に押し切られてしかも何故か竿を持たされている。
「あの、私治療師なんですが」
「知ってる。でもほら僕怪我しないから。あ、ザザ君3秒後に右手側前方へ魔弾」
「何でこの人、最初からまじめに働けないのかしらねえ……?」
リサが見る限り、ノイマンの魔法使いとしての腕はざっくり言って“異常”だ。威力は普通だが精度が狂っている。
使っている魔法は雷精と流星煌。けれど“魚は頭の向きに進む”と言う基礎知識。
其処から敢えて回避させる事で進路を縛ると言う、凡そ考えてもやらないだろう魔法の精密操作で以て。
流星煌の弾幕を故意に薄くした場所へ怪魚を誘い込み、ザザの一撃でこれを仕留めて行く。
浮かんだ魚を竿で引き寄せ船へ載せるのがリサの仕事だ。この人魔法以外本当に仕事してない……
「大丈夫、これだけ大量なら使い込みなんて余裕だから! 遊ぶお金だって出ちゃうかも……?」
「駄目よ」「駄目です」
「うえぇぇぇ……何故か僕に対する風当たりが強い、何で? こんなに有能なのに……?」
その能力を正しく使わない時点で、ただ出来ない人より性質が悪いとどうして分からないのだろう。
と――――そんな。リサがこの世の無常に悟りを啓いた頃。
(うわでた)
『不忘の劫火』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクの内心は、その僅か一言で全て説明出来た。
視界に赤から桜色へ変化する髪を映した瞬間、漂った甘い百合の香りで一瞬で気付いた。……あの女が居る。
身体と心情が全力で回れ右したがっていたが。どうも連れ添いが居るらしい。
となれば、何を企んでるのか、とか、情報収集の為に、とか。利害関係的にも無視出来ず。何より――――
(……"また"眼前の火の海から何もできず逃げるのは嫌だ)
とはいえ、危険過ぎると分かっていて何故話かけに行ってしまうのか。自分でも其処が良く分からない。
「ご機嫌よう公主様、こんな田舎で休暇かしら?」
「あらあらあら? "亡国"の没落貴族のお姫様ではありませんの。お分かりになりません? 私遊興中ですの」
隣、やってしまった感有り有りで困惑混じりに寄り添われるエルゼリオを見て。少なからず憐むアウレーリア。
だが、公主が凭れていた手摺りにさりげなく触れても、感応した残留思念はふわふわして読み取り難い。
これが現在の彼女の最も強い感情であるとするなら――――つまり"浮かれている"、となる訳だが。
騒動が起きる予兆は……? 本当にただの遊興……? 嘘でしょ……と愕然たる想いを禁じ得ない。
「いえ、貴女がそれで良いなら良いですけれど……」
「ええ。ではあちらの船着き場に行ってみましょう。そろそろ面白い物が見られるかもしれませんわあ」
「あ、うん……じゃあ、失礼します……」
あの人後日抜け殻になって海辺で発見されたりしないかしら……と途端不安になる足取りで去る両名に。
アウレーリアは何となく狙いを外された感を感じながら、ともあれ当面の危機を脱したのだった。
●残照、夏の終わり
そうしてじわりと日が暮れた頃。すっかり油断したエルゼリオの背を押し軽率に海へどぼーんさせたマリエンは。
一頻り笑った末に一人帰路に着こうとして、場末の酒場前で呼び止められた。
「そこのお嬢様、楽しんでますか?」
「お酒の香りが付くので近付かないで頂けるかしら。貴方、どれだけ呑んでましたの?」
「朝から?」
「あは、飲んだくれの中年水着男性とか最悪ですわねえ」
『暗者』キーゼは遊んでいた。これでもかと朝から黒麦酒片手に只管無意味な時間を満喫していた。
様々な冒険者は居たが、彼ほど働く気が無い者もそうは居ない。『隠者』と『肉食エルフ』を含め3強と言えるだろう。
“くは~! 労働の後の一杯は実に旨い!”とか奥で口走っている黒狐と修道女ペアですらもう少しやる気がある。
「『独眼蜥蜴』を知る相手と会うのも一つの縁。語るにも彼、冒険者に嫌われてまして」
「でしょうねえ。まあ……あの子は。やりたい事をやって敗れた。それだけですわ」
公主は猫の様に笑い、それを憐れまなかった。黒い治療師は何も応じず、手にした酒杯を掲げてみせた。
「ところで、あの『黒煙街』。授恵者の生産拠点になっていたのは“余禄”ですよね」
「良い目の付け所ですわねこの酔っ払い。ま、問題は何故あの街がああなっていたのかの方ですわね」
「……と、休暇に無粋でしたか」
「ええ、全く。折角のよい気分が醒めてしまいますわ」
それだけ告げ、『呪殺公主』と。『赤の薬指』と。或いは『紅百合の姫』と遠く呼ばれた少女は背を向けた。
陽射しはすっかり隠れ、潮の香りが混ざった秋風が吹く。だから――――
「話の礼に、僕にできる事ならお気軽に」
「でしたら私個人の味方になって下さいますの?」
くすりと笑い赤い影は日暮れの小さな港街へ融けいく。誰も傷付かず。何も殺めずひっそりと。
――――そうして。
「……お腹が空きました……何で、何で誰も浜辺でBBQを開かないんですか――――!!!」
調理を望む面々は大体総合商店か酒場へ向かった。そんな事露知らぬリディリディの声が、波間に攫われ消えて行った。
水着の季節が、終わる。
マスターコメント
皆様お疲れさまでした。弓月 蒼と申します。
この度はご参加ありがとうございました。この様な結末に至りましたが如何でしたでしょうか。
判定は『成功』。何だかんだ依頼人は殆ど自力で損失補填を成し遂げた様です。やったね!
小さな港町もこれと言ってクリティカルな事態は起きなかった為、無事守られました。
尚、特殊な状況に置かれた方には称号を発行してあります。
これにて水着で動ける季節も終わりと言う事で、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
ではでは、ご縁がありましたらまた次の機会にお会いしましょう。
イベントシナリオ普通 報酬:無し25 / 15〜25人
2022年10月05日 12時40分12秒 公開
成功
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