新境地は別荘で

辻村朝

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シナリオID:1353

オープニング

●
 リーンエス王国内、とある海沿いの貴族領。
 最寄りの街から馬車で揺られること3時間、ちょっとした小旅行の行く先に、その土地はあった。

「いい感じに仕上がったわね」
「ああ」
 そこそこ広大な土地の中心に聳え立つ洋館の玄関から出てきたのは、一組の男女。
 女が身に纏うのは簡素なドレスだけれども、男が執事服を着ており、女の後ろを従うようについてきていることだけで、それなりに身分の高い身であることが分かる。
 女――レンダーノ商会の息女にして跡継ぎ、クレリア・レンダーノは、今しがた出てきた館を改めて見上げた。
「貴族の別荘を買い取って改築し、ホテルにするなんてね、お父様も思い切ったことをする」
「おまけにコテージもいくつかあるし、ビジネスチャンスってこういうことを言うんだな」
 男が視線を向けた先――広場の向こうに広がる森の中には、数軒のコテージが建っている。もちろんそれらも、土地ごと貴族から買い取った。
 執事服であるにも関わらず言葉に気を遣わない男に、しかし女は振り返りつつウインクをしてみせた。
「コテージがあるからこそビジネスチャンスになったのよ、ラウロ」
「というと?」
「多分別荘だけだったら、単にうちの商会の別荘にしようとしただけだと思う。洋館、コテージ、川に、夕陽が見えるロケーション。そういうところを全部ひっくるめると、商材にしないのは勿体なかったのよ」
「なるほどなー……」
 得心したとばかりに肯く男、ラウロは、商家に関わる者としてはまだまだ勉強中の身だ。
 庶民かつ授恵者である彼は、かつてクレリアの窮地を救ったことから彼女に見初められ護衛となり、やがて恋仲になった。
 少し前にもまた彼女の危機を身を挺して救い、それに伴い自身は一時消息を絶つことになったものの、冒険者により救出された。その後、正式にレンダーノ家に迎え入れられることになったのだ。
 とはいえ、婚約を結んだだけであり実際にレンダーノ姓がつくのはもう少し先。後を継ぐのはクレリアだとして、それでも最低限の商業知識を身に着けてからの話、というわけである。
「……にしても、ここに観光スポットを設けたとして、お客様は来るのか?」
 繰り返すが、最寄りの街から馬車で3時間。喧騒のない長閑な場所であるのはいいのだが、ちょっとばかり距離がある。
 果たして、顧客の足を向けさせることが出来るかどうか。
 そんな懸念に首を傾げるラウロに対し、クレリアは得意げに胸を張る。
「それならもうお父様に話はつけてあるの」
「一体何をしようって言うんだ?」
 いつの間に、と驚くラウロに、クレリアは「ふふ」と微笑んだ。
「あの時もお礼はしたけれど、あの人(冒険者)たちの為に出来ることはないかって思っていたのよね」

●
 数日後、冒険者ギルドでこんな依頼が出された。
「貴族の別荘を改築したホテルの宣伝の為に、冒険者の皆様を一泊二日で無料招待するそうです。うー、羨ましい……」
 私も行きたいです、とぼやきながら、受付嬢は冒険者たちに場所の詳細を提示するのだった。

解説

●依頼内容 レンダーノ商会の新ビジネスの宣伝の為、別荘地での休暇を楽しんでください 実際の宣伝は皆様の様子を元にリプレイ外で行われますので、特に気にせずに頂いて大丈夫です ●ロケーションと同行指定 以下のロケーションから1~2箇所を選択してください 同行指定があり、1PCでロケーションを指定していても、そのロケーションを指定していない他のPCは原則描写されませんのでご注意を また、1同行タグで2箇所を指定した場合には、当該タグ参加者は個人で別に指定することはできませんのでご了承ください 【11】昼:コテージ 森の中に何軒か建つコテージです、間取りは2LDK 1軒につき4人まで利用できます(ペット利用可、カウントに含みません) 各コテージには小さな庭があり、BBQが出来るように薪や金網等の材料・設備は整っています 材料も用意されていますが、周囲の森には猪がいたり、きのこが生えていたりするようです 【12】昼:川 森の中を流れる川です 上流は流れが速く、木舟を使って急流下りが出来ます 下流は流れが穏やかで、水遊びや釣りはこちらが向いています 【13】昼:遊歩道・広場 コテージ付近からホテルへと続く遊歩道と、隣接して広がる草原広場です 遊歩道の勾配の緩やかさは、食後の散歩には丁度いい塩梅です また広場で運動をすることも可能です 【21】夕:ホテル屋上 別荘ホテルの屋上です 海の向こう、水平線に沈む夕陽を眺めることが出来ます 【22】夕:遊歩道 【13】と同じ遊歩道です 昼に比べて涼しく、ゆっくりと散歩するにはもってこいでしょう 【31】夜:レストラン ホテル内レストランです バイキング式で、洋食の他、シャルガネ風料理の小鉢などもあります ※夕食の描写はここだけになります 【32】夜:コテージ 昼と同じです(【11】も指定したPCは同じ建物になります) 天窓がある為、ベッドに寝そべると空には星が見えたりします 【33】夜:ホテル 別荘ホテルの一室です 1部屋につき4人まで利用可能、ペットは宿泊不可 元は貴族の別荘だけあり、ベッドはふかふか それでいて部屋は高級感が出過ぎないように調えられています ●プレイングの記述 1行目:ロケーション(2箇所の場合は【11】/【32】のように区切る) 2行目:同行指定(PC名、タグ名)(ロケーション2箇所で同行者が異なる場合は上記同様に区切る) 3行目以降:自由記述 上記に沿っての記述のご協力をお願いします

マスターより

辻村です。初めてのイベシナです。 気付けば前作からひと月空いてしまいました。 そんなわけで前作でも登場したクレリアとラウロが引き続き登場していますが、前作は読まなくても全く問題ありません。 ロスガリアもまもなく夏も終わり、秋がやってきます。 晩夏の一時の思い出になればと。 皆様のプレイングをお待ちしています。

リプレイ

●昼のコテージで贅沢BBQ!
 各コテージの庭にあたるところには、大きな木枠が設置されている。木枠の内側は土ではなく砂で、薪が燃え尽きて灰になった後はスコップで埋めて鎮火出来るようになっていた。
 クレア・エクレールは金属棒を2本、木枠をまたぐようにして置く。この2本の棒を1組の台座とし、焚火として燃える薪の上に金網を載せるのだ。
 これを、隣――同行している男性陣が泊まる予定のコテージの庭からもう1組持ってきて、もう1箇所の焚火の準備をする。
 鼻歌交じりに細い枝から細い薪、それから太い薪と高さが出るように並べていると、クレリアに挨拶していた為少し遅れたリサ・ベイカーとそれに同行していたゲルダ・クラインがやってきた。
 今回一緒に過ごすメンバーのうち、ゲルダと親交が深いのは同じ学園生であるリサだけだ。だからだろうか、ゲルダがちょっと緊張気味なのはクレアからも見て取れた。
「ゲルダです。……えっと、よろしくお願いします」
「よろしくよろしくー!」
 とはいえ、クレアとしてはわくわくする。尻尾をパタパタ振りながら挨拶すると、ゲルダも少し緊張が解れたようだった。
「そういえば他の皆さんは?」
「肉が足りないだろうからって、森の中に行った」
 辺りを見回していたリサの質問に答えたのは、コテージの中のキッチンから調理器具を取ってきたアルフィー・リッパーだ。
「にしてもそろそろ帰ってきてもおかしくないはずだけど」
「どうしたん……あっ」
 クレアが何かを察した顔をしたのを合図とするかのように、コテージ横の森の中から仲間たちが出てきた。
 そのうちの一人、アーシェル・G・クラインが肩に担いでいる食料(モノ)を見て、リサとゲルダは目を丸くし、アルフィーは「すっげ」と思わず声を漏らし。
 そしてクレアは「ははは」と乾いた笑い声を上げざるを得なかった。
「か、狩ってきたわけね」
「現地調達すると珍しい部位も食べられるしね」
「止めはアンネの槍の一突きだったな」
 セヴラン・クアルトが理由を説明し、アーシェルの言葉を受け、当の本人であるアンネエルカはどうだと言わんばかりに胸を張る。
「食べ盛りの男の子もいっぱいだもの、たくさんお肉を用意しなくちゃだわ」
「……解体はちょーっと向こうの方でしようか」
 クレアは男性陣が泊まる予定のコテージの、キッチンがあるであろう方向を指差す。
 既に気の知れた仲間たちだけならまだしも、ゲルダが居る場での解体ショーはちょっと。
「しょうがねぇな。運ぶか」
 アーシェルは地面に下ろしかけた猪を再度担ぎ上げ、コテージへと向かう。猪狩りに同行した2人も解体作業を手伝うようだ。
「猪肉は色が鮮やかでね。薄く切って花の様に盛り付けて、スープにさっと浸して食べるのも美味しいよ」
「それならスープも用意しなくちゃ」
「あ、それはこっちでやる」
 アンネエルカをアルフィーが呼び止める。
「こっちはこっちでちょっとした料理とかするつもりでしたし。ね、ゲルダちゃん」
「はい」
「じゃあお願いするわね!」
 肯き合うリサとゲルダに、アンネエルカはそう手を振ってからコテージに向かう2人の後を追った。

 リサは先に勢いよく焚火が燃え始めた方の金網の上にフライパンを置き、油をひく。炒飯を作るのだ。
 木枠のすぐ側に設けられている簡易調理台ではゲルダが具材のカットに勤しんでいた。仕事がないのは落ち着かないらしい。
「これでどうでしょうか」
「いいと思うぞ」
 ゲルダの確認に、アルフィーが応える。自分の友人同士が少しずつ打ち解けていくのをリサは微笑ましく思った。

 調理は滞りなく進み、皿への盛り付けをしていると、リサの横からスプーンが盛り付けた山へと伸びた。
「あっ」
 スプーンの主はアーシェルだ。猪肉の解体は終わったらしく、セヴランやアンネエルカも戻ってきていた。
「……うん、美味い。腹ペコにこの匂いは不可抗力だろ」
「アーシェルさん……またつまみ食い……。もぅ、お行儀悪いですよー?」
 にやりとするアーシェルに、頬を膨らませるリサ。
 その光景を見て、ゲルダはくす、と微笑むのだった。

 焚火もいい感じに火力が出て、いよいよBBQが始まる。ちなみに、皿の上の猪肉はセヴランの提案通りに盛り付けられていた。
『かんぱーい!』
 ジュースの入ったコップを打ち鳴らし、早速とばかりに肉や野菜を軽く油を引いた金網の上に載せる。
 見る見るうちに焼けていく食材の匂いが食欲をそそる。わいわいと話しながら次々に金網の上の食材にトングを伸ばした。
 そんな中、明らかに肉と炒飯ばかり食べているアーシェルをアルフィーは見逃さなかった。
「野菜も食えよ」
「分かってるよ」
「と言いながら、しれっとボクの皿に移すのやめてよね! 自分で食えー!」
「しょうがねぇな……」
 アルフィーの手によりアーシェルの皿に載せられた焼きピーマンが、クレアとアーシェルの皿の上を行ったり来たり。
 それをよそに、面々の中では大人感が際立つセヴランはゲルダの方を見る。緊張してないかな、と少しだけ心配していたりもしていたのだ。
 だから、安心させるように言う。
「遠慮なく食べていいよ。うちの子たちは気さくで良い子揃いだ」
「……ありがとうございます」
 最初よりは大分緊張も解れた様子であることをその表情から察し、セヴランも一つ息をつくのだった。

 ▼

 別のコテージの庭では、ヨル・スレイマンもまたBBQの準備をしていた。ちなみに普段被っている動物の骨は今は被っていない。
「おい、キノコ採れるらしいぜ!」
 そう言いながら森の中から出てきたナハシュの手には、既に数本のきのこ(追加食材)がある。
「言った側から採ってきて……。毒とかないよね?」
「この敷地に生えてるのは大丈夫らしい! で、そっちは? すっげえいい匂いするけど」
 既に金網の上でいい香りを漂わせ始めている肉に、ナハシュは目を凝らす。
 肉はヨルの持ち込み(迷宮産お肉セット)だ。事前にタレやスパイスに漬け込んでおきたかったのだ。
「普段の野営と違うからね。準備してきた」
 と、ヨルは肩を竦めながら答えた。

 ナハシュが仕込んできた数本の酒と、ヨルが持ち込んだミードを傍らに置き、しっかり味の染み込んだ肉を味わう。
「美味い肉に美味い酒! さいっこうだなー!」
「全くだ」
 2人は機嫌よくグラスを持ち上げ、金網の上で打ち鳴らした。

 ▼

「ホテル経営でございますか。大きな商会の新ビジネスには興味があるでございます」
 ペットであるゴリラを連れてハリーヌ・ヨツユビがこの別荘ホテルへとやってきた目的は、ずばり偵察の為だ。

 というわけでコテージチェック。
 清掃状態や備品、家具の品質、環境などをメモに記す。
 中でも注目したのはBBQセットだった。
「材料は用意があるのでございますね。その上で焼きはセルフ……無駄な人件費を省きつつ、宿泊者が楽しめるシステムでございます」
 これは後年のビジネスに活かせそうだ。
 宿泊者用に設置されたアンケートに、「ペット用のおやつやケアセットがあると尚良さそう」と書くのも忘れない。
「さて、周辺の確認もするでございますよ」
 コテージから一旦出て、ハリーヌは森とその向こうにあるであろう川へと目を向けた。

●場所で趣の違う遊び
 木舟を使って流れが急かつ若干岩場もある上流から下っていく急流下りは、この別荘ホテルで楽しめるアクティビティの一つである。

 ララベル・サン・ディーベル、イル・シャーリィ、そしてアリエッタの3人は川に到着するなり、それぞれに上着を脱いで水着姿になった。
「2人とも可愛いね!」
 ララベルが素直な感想を言ったのは分かっているが、イルとしてはある種の警戒心を抱いてしまう。
「アリィ、気をつけるのよ……」
「う、うん」
 ララベルから庇うように、妹のように可愛がっているアリエッタの前に立ち塞がるイル。なお、自身のことは警戒していない。
 付け加えるとアリエッタも、イルがララベルの何に警戒すべきと言っているのかは分かっている。
 分かっているが、それはそれとして異性として意識している男の子の姿が見えなくなってちょっと複雑だ。
 犯人たるララベルはというと、下心はないのでそんな2人の姿に首を傾げた。
 自覚があるのかないのか微妙な様子のララベルを見てイルは一つ息を吐いてから、周りを見渡す。
「にしても割と贅沢な感じね……いいのかしら?」
「折角の休暇だしね。楽しんで想い出を増やせたらいいな」
 にこ、と笑うララベル。彼の宿に下宿している身としては仲間としても信頼を置いているイルも、それには同意である。
「ま、素敵なところに誘ってくれたのには感謝してるわ」

 それからララベルは「急流下りをしにいく!」と息巻いて川の上流に向かい、残った2人は下流で川遊びを楽しんでいた。
 ちなみに、イルは露出度高めで刺激の強いビキニ。アリエッタはキュートさが際立つフレアトップである。
 一頻り水の気持ちよさを楽しんだ後、2人並んで岸辺に腰掛ける。
「それにしても静かね」
「暑いから気持ちいいよね♪」
 そうね――とイルが同意しかけた時、少し上流から「うわあああああ!?」明らかに動揺している聞き慣れた声が響いた。
「ベル!?」
 顔を見合わせて腰を上げた2人は、驚きの光景を目の当たりにした。
 ララベルが乗った木舟が、回りながら下っている。
 下流に近くなり、流れも緩やかになってきている。だから回る速度も遅いのだが、上流で大分揉まれたらしくララベルは遠目に見ても若干目を回していた。転覆しないのが逆にすごい。
 何とか耐えきって、下流へと辿り着く。イルとアリエッタは2人がかりで、ララベルの舟を停止させた。
「ララベル、大丈夫?」
「う、うん、何とか……」
 心配になり下から顔を覗き込むアリエッタをよそに、ララベルはふらふらと舟の上で立ち上がろうとする。
 が、いよいよここにきてバランスを崩し前のめりになった。
 そして彼は自覚なしに奇跡的な行動を取る。
 舟から落ちそうになった彼を支えようとしたイルの豊満な乳房を、ビキニの上から左手で掴み。
 それだけでは支えきれずに落下しそうになった右半身を支えたアリエッタの顔が近づき、唇が重なる。
 意識が若干朦朧としていたララベルだったが、流石に覚醒しないわけがない。
「ベールー……?」
「……はわわわ、ごめん!」
 真っ赤になって後ずさるララベル。見るからに怒っているイルも、ちょっと呆然としているアリエッタも真っ赤だったが。
「もう、これさえなければね……」
 今更言ってもしょうがない。怒気を抑えるように、イルはもう一つ溜息をつくのだった。

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 1人だと危うい急流下りも、2人の息を合わせれば何のその。
 それを体現してみせたのが、パルドとウォーゼルの幼馴染ハーフビーストコンビである。

「思った以上に早そうだね」
 上流の急流下りスタート地点まできたところで、ウォーゼルは楽しげに言う。わくわくしているのはパルドも一緒だ。
 パルドが前でウォーゼルが後ろ。川を滑り出した舟は、見る見るうちに速度を上げていく。
「速い……!」
 緩やかなカーブを舟は往く。パルドは前で舟の向きを変えながら、流れるように移り変わる景色に興奮する。その頃ウォーゼルは、舟が勢い余って転覆しないように慎重に舵を取っていた。
 途中には流れを変える岩場があったりもしたが、2人のバランス感覚と阿吽の呼吸で突破していき、最後の難所である連続した岩場が作り出したS字カーブもクリアし、下流へと辿り着く。
 速度が落ち、舟の上でどちらからともなく落ち着くべく息を吐く。そして、
「……楽しかった!!」
「面白かった! もっかいやろう!」
「やろう!!」
 2人揃って子供のように目を輝かせて肯き合い、早く再度上流に行こうと疾風足を駆使して川岸を上るのだった。

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「んー! 空気が美味しくて気持ちいいねっ! 今日はいっぱい遊ぶぞーっ!」
 サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブは川を前に思い切り伸びをする。
 そんな彼女のフリルがついたビキニに包まれた健康的な肢体も、今日はいつもより露出度が高いわけで。
 ハヤト=ガラン=ヴォルファングとしては見惚れずには居られない。
「ハヤト?」
「お、おう! 思い切り遊んでやるぜ!」
 サフィラが首を傾げたことで我に返り、ハヤトもまた拳を振り上げた。

 2人も急流下りに挑戦。
 相当に場数を踏んだシーフ2人だ。川の上でバランスを取ることなど簡単かと思いきや。
「ってわわっ!? 結構流れ速い!?」
 流れの速さに驚くサフィラ。
「バランス取るの難しいかも!」
 一方のハヤトはというと、こんなちょっとしたピンチですら楽しんでいるようだった。
「うまく流れに乗っていかねぇとな! それ、数えるぞ!」
「にゃ! 1、2! 1、2!」
 息を合わせるようにカウントを重ねていくと、次第に舟は安定しだし――。

「ひゃっほ~♪ 最高だぜ!!」
「気持ち良いねー!」
 完全にコツを掴んだ2人は、その後はアトラクションと目に映る光景を満喫したのだった。

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 それから少し後、急流下りではある種の戦いが繰り広げられていた。
 3人乗りの舟で唯一オールを持つエイル・ビュセファスは、安定と安全を重視し速度を遅くしている。
 もうちょっと本音を言えば、疲れたくない、のだが。
「ひゅー! エイルもっとスピード出すさぁ!」
 今回同居人であるエイルとシャルロット・エクレールを誘ったフリューリングスルフト=ティエラが、そうはさせてくれない。
 舟の先頭に腰掛けるフリューは非常にノリノリである。舟をひっくり返して皆ずぶ濡れにさせたい。
「てやぁー! そりゃー!」
 ぐらぐら。
 ただでさえ安定の取りにくい急流の上の舟が、フリューの重心ずらしにより更に揺れる。
「テメェ! させねぇ、誰が濡れるか!」
 エイルもこうなると意地を張らざるを得ない。
 オールを巧みに操り何とか転覆を避けようとして、すれすれの戦いを繰り広げる。
 結果としてエイルの頑張りもあり転覆は避けられたが――水の跳ね返りが凄まじく、結局3人共かなり濡れた。
 それも少なくともフリューにとっては些末な問題と言えたろう。

 ちなみにその後、下流にて。
「シャルー! へるぷみー! 大物の予感さぁっ!」
「今行くわ!」
「お前らよくこんだけ獲るわな……」
 夕食用の魚の調達(釣り)に挑むフリューとそれを手伝うシャルロット、半ば呆れたように見つつその実、夕食に向け若干テンションが上がっているエイルの姿があった。

 ▼

 一方、遊歩道。
 ロドリック・アルカインはひとり、のんびりと散歩していた。
 ……否、こちらにも商魂たくましい輩がいた、と言ったほうが正しい。
 周囲の景色や設備を眺めて思うのは、ヴェルクリエで制作された紋具を売り込めないかな、ということだった。
 ロドリック自身は営業側なので、すぐにホテル経営に活かせるような紋具が開発されていた、もしくは開発出来るかどうかはわからなかったが。

 色々考えているうちに時間が過ぎてしまい、気付けば夕方に差し掛かろうとしていた。
 ホテルの屋上の景色はいいと聞いていたロドリックは、然るべき時間を過ごす為にホテルへと足を向けた。

●夕陽の見える屋上で
 屋上に到着したロドリックは、ホテルで購入した酒瓶の栓を開ける。
 夕陽が水平線に差し掛かろうとしている中、ぼんやりと海を見た。
 ロドリックにとっては王国は母国だが、相変わらずバタバタしていてうんざりする。
 海の向こうには何があるのだろう――。
 などと考えていたら、
「んんー……いいなぁ」
 そんな男の声が聞こえ、先客が居ることに気がついた。

 先客――シェオルは、無料招待を役得だと考えつつ、しっかり堪能する心算でいた。
 そんな彼にとって屋上から臨む景色は極上のスポットだったと言っても良い。
「そんなに良いか?」
 ロドリックに話しかけられ、シェオルはちらりとそちらを見てから肯く。
「明るい日中に煌めく海も綺麗だけれど、沈む夕日との組み合わせも素敵だよね」
「……そうか」
 それきりかける言葉を失ったのか、ロドリック(名も知らぬキャスター)は少し離れたところで酒を堪能し始めた。
 それはそうと、終わりゆく1日をしみじみと感じていたシェオルは、何故か昔のことまで思い出して――。

 不義の呪い(呪いらしきもの)を受ける以前のことを、思い出して。
「……あー」
 そのイメージを頭から追い出そうと頭を振る。
 これ以上思い出していたら、せっかくの景色まで濁って映ってしまいそうだった。
 そんなのは嫌だ。
 だから今は、美しさだけ目に焼き付けていよう――。

 ――夕陽がすっかり落ちて、夜風の肌寒さを感じ始めるくらいまで。
 シェオルはゆっくりと、静かな屋上の時間を楽しんでいた。

●遊歩道で夕涼み
 夕方の遊歩道に、3人の帝国出身者の姿があった。

 昼間に比べると大分陽光の力強さも落ち着き、辺りは涼やかな空気に満ちている。
「これで昼ならアウレーリアやコハクとボール遊び出来たんじゃないか?」
 そう笑うナタリア・フィッツジェラルドの言葉に、コハクは「む」と唇を尖らせた。
「ナタリア。いくら私でも犬じゃないんだからボール遊びでは喜ばないわ」
「そうね。ちょっと前だったら分からないけれど、今のわんこじゃあね」
 アウレーリア・フォン・ネーベルベルクがそう、コハクが最近で急激に変化したことに暗に言及すると、当のコハクは何故かそっぽを向いて、
「……ど、どうしてもと言うのなら次の機会にやってあげても良いけど」
 と、尻尾をぶんぶんさせながら言うものだから、アウレーリア(主人)とナタリア(従者)は揃って苦笑してしまった。

 夕暮れも大分近づいてきた頃、3人は遊歩道そばの原っぱに寝っ転がって夕焼け空を眺めていた。
 橙から濃紺へとグラデーションする空。徐々に一日の終わりが近づいていく。
(我らは戦いに身を置く者でも、明日も笑い合い、集える事を願うばかりだ)
 他愛もない話を続けながら、ナタリアはそんなことを思う。
 そのまま一番星が見えるまで、3人は原っぱで暮れゆく空を見ていた。
 
 ▼

「……たまには、こういった時間もいいものですね」
 自分のほんの少し後ろでガルシアがそう言うので、海神・江流は穏やかな気分で肯く。
「今年の夏は散々だったけど、最後にいくらか取り戻せたかなぁ」
 30過ぎの自分に付き合ってくれる女子が2人も居る。
 2人とも大分年下ではあるが、少なくとも傍から見れば男冥利に尽きる話ではある。多少自惚れても良いのかもしれない、なんて思う。

 夕暮れ時、山間を流れる風に身を任せて歩く。
 それはまるで、色々なものに揉まれて生きてきたここまでの道程のようで。
「俺はこれからどうなるのかねぇ」
 なんてことを思わず呟いてしまう。
 人として死ねるのか、目的を果たして神仙になって、1人で生きていくのか。
 そんな呟きに、こちらは隣を往くアセット・アセトシソンは咄嗟に口を開いた。
「私はこの世界に飛び込んで色んな人と出会って、今がすっごく楽しいです。こうやって隣にいてくれる人が出来たっていうのも……」
 アセットにとって、江流は想い人だ。
 想いを抱くだけに、江流が自分たちが居るところとは違うどこか遠くを見て生きているようにも見えていた。
 引き留めたい、とは言わない。でも、せめて。
「だからもし海さんが1人になってしまうようなことがあっても、私だけは連れて行ってほしいなって思うわけで……じ、自分勝手かなとは思いつつもそう言わずにはいられなくて」
 途中からは顔を赤らめながら、アセットはそう告げる。江流の反応は直視出来たものではなかったが。
 江流がどこか違うところにいる、という感覚は、ガルシアも抱いている。ただ彼女の場合は、アセットのように明確に『恋愛感情』というわけではなく、どこかもやもやした感情の状態だ。
 でも、少しだけ前を進む彼の背中を眺めていると、彼のためにしてあげられることはないかと考えてしまうのだ。
 その答えが見えてこないのも、きっとこのもやついた感情のせいだろうとガルシアは思う。
(いつか、この感情に私自身の答えを見つけ出したいものです)
 という思いは今は胸にしまったまま、どこにも出すつもりはなかった。

 肝心の江流はといえば、現状恋愛感情に至るものは特別抱いていない。
 とはいえ自分が世間一般からするとずれている、という気も何となくしていた。
 本当にどうなるのか分からないな、などと考えているうちに腹も減ったし、日も傾いた。
「ホテルに行けばそろそろ飯の時間かな?」
「準備が出来たかもしれませんね」
「あ、お食事は是非ご一緒させてください! ホテルでの食事なんて中々味わえませんし、楽しみです!」
「もちろん。じゃあ、行こうか」
 などとやりとりをかわしながら、3人は夕食会場であるレストランがあるホテルへと向かうのだった。

●夕食はバイキング
「流石にホテル内にペットは入れないようでございますね」
 夕食会場であるレストランに到着したハリーヌは入り口の張り紙(『ペットの入場はご遠慮ください』)を見て、それもそうだろうとばかりに肯く。なおどれだけ見た目が獣っぽくても、ハーフビーストは勿論問題ない。
 ゴリラはコテージに置いてきてよかった。が、それはそれで偵察としての一つの狙いがある。
「ゴリラ用の果物をテイクアウトするのは可能でございますか」
 ペット可ホテルのサービスのチェックも欠かさないハリーヌであった。

「冒険者凄ぇ……!」
 エクレアはとても感動していた。
 冒険者になり初めての依頼がこのホテルへの招待だった。
 それがこんな、美味しいご飯を楽しめる、文字通り『美味しい』話だとは。
「毎回、こうじゃない、けど……今日のは、凄い。確かに」
 こくりと肯くのはユズ。エクレアほど大仰ではないが、ユズはユズで感嘆している。
 エクレアもユズも1人でこのホテルに来たのだが、同族(ハーフリング)・同職(キャスター)、そして同じ背丈ときて、ユズの方から気になって物陰から声を掛けた結果、今は同行している。ちなみにユズは人見知りなので、自分から声を掛けておいて内心今も緊張しているのだが。
「見てくれユズ! この料理凄い綺麗だ! 俺なんかが崩していいのか……?」
「良いんだ、よ。……それも依頼、だもの」
 エクレアの言葉はどこか卑屈さを感じさせたが、気にしなくて良いのだとユズは微かに笑む。傍目には、その表情の変化は分かり難いが。
「どれから食べる!?」
「ボク、少食……悩む……」
 様々なジャンルの料理が並ぶテーブルの上から、ユズは言葉通り悩ましげに全体的ちんまり盛る。
 食事用の席に戻ってくると、エクレアが遠慮なしに皿(プレート)に料理を盛り盛りにしているのを見、目を丸くした。そして自分の皿に視線を落とし、
「これも、どう……?」
「ありがとな!」
 彼が盛っていなかった料理を追加で差し出すと、エクレアはそう礼を述べた。

「俺、家にいた時は兄弟多くて肉とかこんな山盛り食えなかった。友達と食うのも初めてだ、いつもよりずっと美味しい気がする!」
 依頼だという話を抜きにしても、エクレアにとっては初めてかつ嬉しいことばかりだ。友達という言葉には、ユズも控えめにはにかんでいた。
「じゃあ、今日はお腹いっぱい、食べて」
 興奮する様子を、ユズは相槌を打ちながら聴いてくれている。
「兄弟、沢山。エクレアさんは、何番目?」
「9人兄弟の6番目。目立たないんだよなあ」
 おまけに手先が器用とされるハーフリングなのに不器用なことなどもあり、エクレアの抱く劣等感(コンプレックス)は相当に強い。冒険者になったのは、自分が自分であると誇れる何かを得る為だ。
 そう、冒険者と言えば。
「こんな凄いお礼をしてもらえるなんて、冒険者はどんな仕事をしたんだろうな」
「このホテルの……オーナーにあたる人を、魔獣から助けた、って、聞いた」
 ユズがそれを知っているのは、依頼に参加する際にそういう話があったかららしい。「へー!」とエクレアは驚きながら、次いで思い立って尋ねる。
「ユズは冒険者になって長いのか? どんな冒険をしてきたか聞いてもいいか?」
 ユズは肯き、最近の自分の冒険者としての行動を少し話し――その後で、エクレアに告げた。
「エクレアさんも……きっと、これから沢山、経験する。色々あると思う、けど……今の、そのきらきらとした心……どうか、忘れないで」

 エクレアも相当料理を盛っていたが、その見た目からは想像もつかないほどの量の料理を楽しんでいる者がいた。
 リディリディ・トゥラ・イェレミースである。
(冒険者の招待で宣伝になるのでしょうか……)
 という疑問はあったが、どのみち自分が心配することではないとも考え、遠慮なく頂くことにする。

 1回料理を取りに行くにあたり、1枚の皿に載る量ではリディリディの胃には物足りなさすぎた。
 両手に皿を持ち、かつ両方の皿を山盛りに。
 一応は満遍なく楽しもうとするつもりではいるのだが、健啖家の彼女でも好き嫌いに類するものは存在する。
(ちょっとこれは苦手ですね)
 レストランだけに勿論口には出さないが、シャルガネ風料理にはそんな感想を抱いた。また衛生面の観点からか、生魚は出ていないのは彼女にとっては救いだったかもしれない。
 そんなわけで、盛ってくる料理のかなり大部分を占めているのが肉料理である。
 料理だけではない。ワインやエール、米酒など、こちらも各種取り揃えたお酒もリディリディのテーブルの上を賑わせている。既に空になったグラスが何杯も積み重ねられていた。
 ――とはいえ、だ。リディリディにも自制心はある。
 即ち。
(私ばかり食べては、他の方の迷惑になりますね……)
 お腹いっぱいというわけではないが、他の客(冒険者)にも、スタッフのことも考えないといけない。
 そんなわけで一通りの料理を楽しんだリディリディは、そっと席を立つのだった。

 一方、
「これだけあると目移りしそうですね……」
「とっても美味しそうですわね」
 キーゼとネーヴェ・グラヌローザは並ぶ料理に言葉通り目移りしていたが、ふとキーゼは思い立って口を開いた。
「ああ、そうです、折角ですし。色々楽しむために、お互い二口分ずつ料理を取りませんか?」
「? ええ、ではそうしましょう」
 提案の意図を察しきれずネーヴェは不思議そうな表情を浮かべていたが、それでも肯いた。

 2枚の皿に様々な料理を載せ、2人はテーブルに向かい合って座る。
 乾杯、とグラスを鳴らすその仕草といい、このテーブルだけ高級レストランの雰囲気である。
 キーゼは自らが取り分けた料理のうち一口をまず自分が口にした後、もう一口をフォークでネーヴェへと差し出した。
「これ、美味しいですよ? オススメです」
「……っ」
 事ここに至り、ネーヴェは彼の目的を察した。
 少し顔を赤らめながらもその差し出された料理を頬張り、
「まぁ、本当ですわね」
 本当に美味しかったので表情も自然と明るくなり――ちょっと調子も出てきた。
「はい、キーゼさんも、あーん」
 元々これも狙いだったのだろう。キーゼは差し出されたフォークに刺さる料理を、躊躇いなく頬張った。
「……お味はいかがですか?」
「もちろん、美味しいです」
 悪戯っぽく笑うネーヴェに、キーゼはそう答える。

 幸せな夕食の時間を過ごし――2人は、ホテル内にあてがわれた部屋へと向かった。

●別荘ホテルの夜
 実のところ、キーゼとネーヴェは同室でお泊りするというのは初めてである。
「流石は元貴族の持ち物……いいもの使ってますね」
「ベッドもふわふわですね」
 部屋を見渡しながら言うキーゼに、ベッドに腰掛けたネーヴェはそう笑んではいるが――内心初めてのことに緊張している。
 その緊張が彼にも伝わったのだろう。
「緊張して寝られませんか? 添い寝しましょうか?」
 などと、本気とも冗談ともつかぬ発言をされ、ネーヴェは「もっと緊張してしまいそうですわ」と思わず笑ってしまった。
「ですが……あなたの温もりと匂いが近くにあれば、良く眠れるかもしれませんね」
 そう付け加えたネーヴェの頬にはまた赤みがさしていたが、それは夕食の時とは少しだけ意味合いが違っていた。

 果たして数刻後、2人は同じベッドの上で寝そべっていた。添い寝、である。
 キーゼをよりすぐ傍に感じて、ネーヴェは本当に安心して――良く眠れそうな感覚を味わっていた。
 でも、眠るその前に、
「おやすみなさい、私の愛しいひと」
 恋人(キーゼ)にそっと口付けてから、安心感に身を任せてネーヴェはゆっくりと夢の中へと落ちていった。

 口付けられてからまもなく、静かな寝息が聞こえてきた。
 キーゼは眠りについたネーヴェの穏やかな寝顔を見ながら、そっと頬にキスをする。
「いつまでも我慢できると思わないでくださいね?」
 今日は健全だったが、いつまでもこのままでいるつもりは、キーゼにはないのかもしれなかった。
 
 ▼

 川を心ゆくまで楽しんだ(下った)パルドとウォーゼルだが、夜はホテルで腰を落ち着けていた。
 今は就寝前、毎日の日課であるブラッシングの最中である。
「……出来た!」
 ウォーゼルが満足げに微笑む。
 彼によりさらさら髪が丁寧に梳かれると、パルドも嬉しくなる。
「ありがと、じゃあ交代な」
 続いてパルドがウォーゼルのブラッシング。これもずっと、やってきたことだ。
 一生懸命に梳くが、元の髪質の関係なのか外ハネになる。
 それでもウォーゼルは何も言わないし、むしろ嬉しい。
 この外ハネから、パルドの一生懸命さが伝わるから。
「よし!」
 やがてパルドも日課を終え、満足して肯いた。

「ふかふかだ!」
 ウォーゼルがベッドの布団にそう感嘆の声を上げる横で、パルドも感触を確かめるようにベッドを踏む。
 一頻り感触を確かめてからそれぞれ布団に入る。
「おやすみ、ウォーゼル」
「うん、パルドもおやすみ」
 といって明かりを消したものの――。
(……寝られない)
 パルドは布団の中で身体の向きを変えた。
 慣れない布団のせいか、それとも、楽しかった今日が過ぎてしまうのが惜しいのか。
 でも、寝ないと明日は来ない。
 こういう時によく眠れる方法も、パルドは幼い頃から知っている。
 眠い目をこすりながら、ウォーゼルのベッドに入った。
 慣れた温もりと匂いにホッとして微笑むと、あっという間に意識は微睡みに落ちていく。
 一方のウォーゼルはぐっすりと眠っていたが、こちらの寝顔もより穏やかになったのだった。

 ▼

「たまにはこういう場所もいいな」
 元々キャラバンについて回る生活を送っていたメアにとっては、初めてのホテル泊である。
 ベッドのふかふかとした感触に
「すごい……こんなに寝心地が良いものがあるんだ」
 と感動し、家にも欲しいと本気で購入を検討しつつ寝転がった。

 幸せな気持ちになりながら天井を見上げ、キャラバンの皆がどうしているか思いを馳せる。
(頭……皆……元気にしてるかな)
 記憶を失っていた自分を拾い、仲間として受け入れてくれた皆。
 メアという、自分の名を与えてくれた頭。
 一人ひとりの顔が今でも脳裏に浮かぶ。
 冒険者になりたい。
 そう志した自分を快く送り出してくれた頭は、いつかこういうところに招待したら喜んでくれるだろうか。
 時々会いたくなってしまうけれども、今はまだ会えない。
 もっと色々な経験を積んで、胸を張って会いに行きたいから。

 ふかふかを堪能しつつ、様々な想い出を瞼の裏側に思い描いているうちに、いつの間にかメアは眠ってしまっていた。
 その夢の中で、もっと冒険者として成長した自分を見、頭やキャラバンの皆が喜んでくれる――。
 そんな光景(みらい)を、夢見ながら。

 ▼

「ホテルデートよ!」
 テンションが高いシャロン・ラ・モリエールに悠人・ラドルファスはついていき、部屋へと入る。
 孤児院育ちのシャロンは勿論、悠人にとっても慣れない環境である。
 探検よ! と息巻いて部屋の中の様々な箇所を観察しているシャロンを目で追い、尋ねる。
「……ところで貴族ってこういう部屋で何してるの?」
「貴族のおうちのことなんてわからないわ!」
「……そっかぁ」
 即答されてはどうしようもない。
「それより、なんでベッドにカーテンなんてつけてるのかしら?」
 2人が泊まる部屋のベッドには天蓋とカーテンが付いていた。それを見てシャロンは首を傾げる。
「……虫が入ってこないようにする為じゃない?」
「賢いわね! 寝てる間に刺されるのとかは嫌だもの」
 悠人は適当に言ってみただけなのだが、シャロンは感心したとばかりに天蓋の柱を何度か叩いた。
「だけど……そうね。丸まって寝る方が落ち着くんだけど、これ寝られるかしら」
 ふかふかのベッドを見、シャロンは唸る。
「ベッドで身体伸ばした方が筋肉伸びて疲れ取れるんじゃないの?」
「ミチミチくらいでちょうどいいの」
 猫だから。悠人の疑問に答えつつシャロンは付け加えた。
 実際、シャロンの家の寝床は木箱に藁を詰めてシーツを被せただけの、とても狭いものだ。
「まぁ狭いほうがいいならいいんだけどね」
 筋肉の話はあるが、好みに勝るものではない。悠人はそう結論づけた。

 とはいえ、広いベッドを有効活用しないのは勿体ない。
 そんなわけでシャロンの柔軟運動に用いられることになった。悠人はぼーっと見ていただけだったが、
「もうちょっと……背中押して」
「はいはい」
 長座体前屈をしているシャロンの背中を押したり、側臥位開脚の時に
「脚もうちょっと上げたいの、持ってー!」
「分かった」
 要求通りに足を持ち上げたり、結局手伝っていた。
 しかしながら悠人としても実感するものはある。触ると分かるシャロンの高い柔軟性である。
「……おぉ、柔らかい」
「この関節の柔らかさが戦う時便利なのよ」
 シャロンは自慢げに笑った。

 いよいよ就寝。
 シャロンの不安は的中し、ベッドは広くて落ち着かない。
「狭くして欲しいの。すっぽりと腕で挟んで!」
 悠人は黙って肯き、彼女を腕で挟む。
 狭くて温かくて、落ち着く。
 そんな空間を与えてくれる悠人の胸に顔をすりすりした後、穏やかな寝息を立て始める。
 それを確認した悠人もまた一つ欠伸をし、
「ふかふかのベッドって……やばいな」
 と呟いた後、目を閉じた。

●夜のコテージは秘密のやりとり
 昼間は大所帯でのBBQを楽しんだ面々。
 夜は、男女に分かれての秘密の会話がそれぞれのコテージで行われていた。

 女子会はすなわちパジャマパーティーだ。
「あの……実は、わたし女子会って初めてで」
 ゲルダはやや不安げにカミングアウトしたが、
「初めてでも大丈夫大丈夫!」
 クレアは満面の笑みでそう返し、リサとアンネエルカもうんうんと肯く。

 話題は次々に移り変わり、オシャレの話へ。
「アンネさんの実家の仕立屋さん、デザイン素敵ですよね」
 とリサが話題に出したのは、アンネエルカの母が経営する仕立屋『アリエステラ』。
「エスト・ポーラでも人気出そうです。広めたいなぁ……ちょっとお義母様に相談してみよ……」
「まぁ!」
 リサの提案に、アンネエルカは手を叩いて喜ぶ。
「皆に知ってもらえるのなら本当に嬉しいわ」
 『アリエステラ』の洋服は、アンネエルカにとっても自慢で大好きなものだから。
 素敵なものが好きな人の元へ。それが叶うのなら夢のような話だ。
「デザインといえば、ゲルダちゃんと水着選びに行ったお気に入りの仕立屋さんがあってね?」
 ね? と、それまで聞き役に徹していたゲルダに水を向けるようウインクするリサ。
「は、はい」
「へー、どこどこ?」
「ええと――」
 思い出すような仕草を取りつつ、ゲルダは何となく嬉しく思う。
 アンネエルカやクレアともお友達になりたいと思っていた。
 そんな人たちと、今を楽しんでいることを。

 ▼

 一方で男性陣は、天窓から星空を見上げていた。
 アーシェル発の話題はズバリ。
「好みのタイプ? そうだな……」
 尋ねられたアルフィーは抱きながら答える。
「ふかふかのふわふわの抱き心地がいい……お日様の匂いがするのが好みだな」
 と、布団に顔を埋め、
「そういえばルーシェのもふかふかしてたな……」
 そのまま懐かしそうに目を細める。
「アルフィーは抱き心地が重要か」
 アーシェルは言いながら思った。
(こいつ、何か勘違いしてるな?)
 だから、話の矛先をセヴランに向ける。
「セヴランはどんな女に本気になるんだろうな?」
 そう尋ねたところで、アルフィーがガバっと顔を上げた。アーシェルの予想通り、つい先程までアルフィーは『布団の』好みの話だと思っていた。
「あ! いや、俺も別に女性の好みがうるさいわけじゃないぞ」
 慌てふためくアルフィーをよそに、セヴランは微笑を浮かべる。
「アーシェルからその手の話を切り出すなんて珍しいね。聞いて欲しい話があるのかな?」
 切り返されたアーシェルは、む、と小さく唸り――再び、星空を見上げる。
「俺はアンネとクレアが世界で一番いい女だと思ってる。だから、2人が幸せになるのを側で見守りたい」
「それが君の答えかい?」
「あぁ。でもまぁ、女として好きになっちゃいけねぇって自制してる……ってのは、男同士の秘密な」
 アーシェルは苦笑し、アルフィーはそんな彼をカッコいいと何となく思ったが態度には出さない。
 そしてセヴランはウクレレもどきを爪弾くと、穏やかに笑った。
「なるようになるさ、きっとね」

 ▼

「へー……案外悪くねえ」
 ナハシュはコテージの中を物珍しそうに観察していたが、
「すごいよナハシュ、こっから星が見える」
 ベッドの上でゴロゴロしていたヨルがそんなことを言うものだから、自分もベッドに向かうことにする。
「月明かり眩しそうだな」
「とはいえ、野宿だとこんなにゆっくり見れないからな」
 ちょっと不思議な感じがする、と付け加えるヨルに、ナハシュはふうん、と返しつつとりあえず相槌を返しながら横になった。

 それから少しの間静寂に包まれていた部屋で、ヨルが徐に口を開く。
「昔、久しぶりに見た青空がとても怖かったんだけど、夜の空は悪くない。星は饒舌だけどとても静かだ。君に似ている」
 そんなことを言われてもナハシュは理解できない(心の眼が溶接されている)為、思わず呆けた(『???』が浮かんでいる)顔をしてしまう。
 ヨルはヨルで、その反応を予想していたようだ。
「……多分その顔をすると思ったんだ。聞き流しておいてくれ」
「おう」
 気にするなと言われたら気にするのも変だ。大体、考えても理解できないし。
 ナハシュは素直にベッドでゴロゴロし、これまた素直に思ったことを口にする。
「ま、肉は美味かったし空は綺麗ってんなら、今日は良い夜だな」
「ああ」

 頭に『?』を浮かべるナハシュに、ヨルもまた安心してしまう。
 密かに相棒だと思っている相手に、小旅行で気分が上がって喋りすぎてしまった。
 そんな自分に小さく苦笑を漏らしながら、夜空を見上げた。

 ▼

 下流で釣った魚だけでなく、森で猪も狩って、フリュー、エイル、シャルロットのBBQはそれなりに豪勢なものとなった。
 今はそんなBBQを終え、コテージの中で3人布団を並べて天窓から星を眺めている。
「やー、楽しかったさぁ」
「フリューったら、まだまだ元気ね」
「遠出前の子供じゃねえんだからよ」
 にこにこしているフリューに、シャルロットは微笑い、エイルはそう吐いてからふぁ、と小さく欠伸をする。
 とはいえ2人にも楽しんでもらえたようで、フリューはまずそれが嬉しかったりする。
 大好きで大切な友人にリフレッシュをしてもらいたい。
 その一心で誘ったのだし、魚や猪肉だって感謝と好意を込めて焼いたのだ。
 そして一日の最後はこうして、
「あっちの白く大きいのがエイルで。そっちの小さいけど青くキラキラしてるのがシャルっぽい。うちはその間の赤っぽいやつ!」
 3人それぞれを星に擬えてみたりして。
 その後「寝るわ、おやすみ」と本当に眠たかったらしいエイルはさっさと寝てしまったが、寝落ちてしまうまで、フリューとシャルロットはゆったりと星を眺めるのだった。

 ▼

 ララベル、アリエッタ、イルもまた、天窓から空を見上げる。
「わぁ、綺麗な星空……今日は楽しかったね、一緒にこれて凄く嬉しかった」
「あれさえなければ最高だったわ」
「うぅ……」
 昼間の事故(ラキスケ)のことを指摘され、思わず呻くララベル。
「冗談よ」
 とはいえ、突いたイルももう怒ってはいない。夜空の美しさでそんなことはどうでもよくなり、今も僅かながら微笑んでいる。
「それにしても、こうやっていると家族みたいで……なんか、いいよね♪」
「家族……そうね」
「家族かぁ……」
 アリエッタの感想に、イルもララベルも肯く。
 そのララベルはというと、両脇に佇む身近な2人の姿に、いつも以上にドキドキしていたのだった。

 ▼

「ふぇ~……疲れたーっ」
 サフィラは寝室に入るなり、ベッドにダイブする。
 いっぱい遊んで疲れたし、夕食も満喫した。
 あとはゆっくりと一日が終わるのを待つだけだと思っていたら、ベッドから見上げた天井に驚きの光景を見た。
「あ! 天井から星が見える……」
「お?」
 遅れて部屋に入ってきたハヤトは、サフィラの視線に促されるように天窓を見上げ、「なるほどな」と得心して肯く。
 ハヤトもまたベッドに寝そべるのを待って、サフィラはそっと視線だけを彼に向ける。
「ねぇねぇ、ハヤト……星が綺麗だね」
「すげぇ綺麗な星空だよな。サフィラとこうしてあの星を眺めてられんのが至福の一時だぜ♪」
 なんて照れもせずに返すものだから、サフィラは顔を赤らめてしまった。当のハヤトは星空を見ていて、気付いていない様子だったが。

 明かりを消し、暗闇の中で2人は星空を見上げながら語り合う。
 そうしてサフィラが感じるのは、星空とハヤトの声だけで。

 ちょっとだけ恋しくなって、指先だけハヤトの手に触れる。
 その『ちょっと』でバレていないかと思ってしまうくらい、今のサフィラはドキドキしている。
 すると――その指先を掴んだハヤトはサフィラへと身を寄せた。
 そして、
「愛してるぜ、サフィラ……」
 暗がりでも、僅かな星明かりで分かる。そう口にしたハヤトの顔が、近づいているのを。

 そっと口づけを交わす2人の姿を、星だけが見守っていた。

 ▼

 暗くなった後にコテージに戻ったアウレーリアたちは、薪を積んでキャンプファイヤーのように焚火を囲む。
 アウレーリアが持ち込んだ楽器で音楽を楽しみ――。
 その後は3人仲良くコテージの寝室で、川の字に寝そべった。真中がコハク、左右にそれぞれアウレーリアとナタリアというポジションである。
「満天の星空を見ながら就寝、というのは貴族社会でもなかなか味わえんな」
 というナタリアの言葉にはアウレーリアも肯かざるを得ず、その辺りには縁がなかったコハクにとっては「2人が言うのならそうなんだろう」といった感想を抱いた。
「貴族社会、ね」
 アウレーリアはその単語を反駁する。
 まだその社会に身を置いていたあの頃から、一年。
 たった一年の間で、色々なことがありすぎた。
 故郷が崩壊し、様々なモノを失い、それから色々な経験をし、得たモノもある。
 一つ、言えることは。
「失ったものも得たものも、代わりが効かないというのは、何とも度し難いわね」
「人は必ずしも一等星になれずとも、唯一無二の輝きは確かにある」
 あの星を見ているとそう思ったんだ、とナタリアは付け足した。
 人に限っての話ではないけれど、とアウレーリアは思ったが、ナタリアもナタリアなりに思うところがあってのことなのは分かっているので、黙って肯く。
「彼らなりに真摯な生でもある意思の顕れだと信じたい……この私が人間として、未知を求めるようにな」
「それが貴女の『唯一無二』ね」
「そうだ」
 ナタリアは肯きつつも苦笑する。
「私にとってアウレーリアは主、コハクは先達。後塵を拝してばかりだから、対等に並び立ちたいんだ」

 ――という2人の会話を聴きながら、コハクは思い出す。
 昔も、こんな風に星を見たな。
 などと考えていたら、ふと脳裏を駆け巡ったイメージがあった。

 【……◼️◼️◼️、星が綺麗だね】

 今は捨てた名。
 それで自分を呼んでくれる、大好きだった■。
 画にも声にもノイズがかかり、はっきりとしたイメージとはなってくれない。
 それでも、何だか少し寒くなって2人の手を握る。
「……どうしたの?」
「……分からない。ただ、こうしていたい」
「そう」
 アウレーリアが深く追及してこなかったのが有り難くて、何故か少し苦しかった。
「さ、そろそろ寝るわよ」
 そのアウレーリアが気を取り直すように言う。
 故郷に帰れる希望も見えてきた。
 あとちょっと頑張ろう。そう星に願いながら――。

 ▼

 エル=バ=ノイアンの家には仔猫が2匹いる。
 片方はシャム猫とペルシャのミックスと思われ、もう一方は短毛種の普通の黒猫だ。
 家に置いたまま長期間出かけるというわけにもいかず、コテージはペット可ということで連れてきた。
 仔猫に食事(ミルク)を与えながら過ごしていた夜に、来客を告げる鈴(ベル)が鳴る。

「……ああ、シルヴィア」
 玄関でシルヴィア・A(アルヴィン)・カペルの顔を見、ノイアンは自然と口元が綻ぶのを自覚する。
「今日は猫もいるんだが、それでもよければ入ってくれ」
「ありがとう、お邪魔するよ」
 シルヴィアもまた、柔く笑んだ。

「元気な盛りだから……矢の如く飛び回るんだ」
 シルヴィアが部屋に入った頃には仔猫は食事を終えていて、早速寝室の中を駆け回っていた。
 シルヴィア(来客)の姿を見上げても威嚇もせず、まず首を傾げる。
 次にミックスの猫の方が、ベッドへと腰掛けたシルヴィアへ擦り寄り、やがてよじ登り始めた。甘えたがりであるようだ。
 するとそれを見ていた黒猫もシルヴィアに構って欲しくなったのか、彼女の胸元へとダイブしてきた。
「おっと……本当に元気だね」
 シルヴィアは勢いに逆らわず、ベッドに仰向けになり苦笑する。ベッドの上に到達した2匹の仔猫は彼女の両脇から彼女に擦り寄った。
 ノイアンはそんな1人と2匹を穏やかな表情で見下ろしていたが、
「ノイアン。星がよく見えるよ」
 シルヴィアがその腕を引くと、彼も導かれるように寝転がった。

 天窓から臨む空には、無数の星が煌めいていた。
「今夜は新月か。星が綺麗だね」
「新月か……」
 月が見えないからこそ、濃紺の空の中の星の白光が一際強く輝いている。
 そんなことを考えていたら、仔猫が揃ってにゃぁ、と鳴いた。
「そういえば猫たちの名前をまだ決めてなかったな」
「思い立ったなら、今決めるべきじゃないかな」
「そうだな……」
 シルヴィアにも急かされ、思考に耽る。
 自分をシルヴィアが楽しげに見ていることには気付いていたが、気恥ずかしいので確かめないことにした。
「……今夜は新月だから、黒いのをさく(朔)、白いのをみつき(満月)にするか」
 少し考えてから、そう結論を出す。
 2匹とも、蒼い瞳。自分たち(ノイアンとシルヴィア)と、同じ。
 自分が黒(空)だとしたらシルヴィアは――と考えたのも、ネーミングの理由かもしれない。
 答えが出た途端、少し微睡んできた。
 が、眠れるには至らない。さく(黒猫)が、今度はノイアンに向かってダイブしてきたからだ。

 その様を見て微笑うシルヴィアにも、みつき(ミックス)が寄ってきて、甘えるように頬を舐めてきた。
「こいつ、育てと名付けの親に対してこの暴挙……ダメージはないが」
 と、さくの身体を持ち上げながら言うノイアンに、
「余程懐かれているんだね。眠ってほしくないようだ」
 とすぐ傍で見ていた感想を告げると、さくが今度は自分に擦り寄ってきた。
「あんたもあんたで好かれてるみたいだな?」
 ノイアンの言葉に、目を丸くする。
 そういえば――以前なら不用心なことはしなかったのに、不思議なものだ。
(これも、君と出会ったからかもしれないね)
 口には出せずに、彼に感謝を述べる。

 2人と2匹で見上げる新月の空には、ずっと強く、いくつもの点が輝いていた。

 ▼

「今日は楽しかったね」
 ヴィナスは見上げていた天窓の星空から、隣のベッドに寝そべるカッシアへと視線を移す。
「一緒にきてくれてありがとう」
「そんなことない。こっちこそ」
 そうカッシアが返してきたので、ヴィナスは笑んで再び星空を見上げる。
 天窓という箱に切り取られた、今此処に居る自分たちが見えるモノ。
「天空の宝石箱……うん、やっぱり趣き深いね」
 あの空の宝石は誰のものでもないから綺麗なんだ、とヴィナスは思う。

「ヴィナの方がよっぽど詩人らしいことを言う」
 吟遊詩人でもあるカッシアは、星空に感嘆しながらも隣のベッドの存在が気になって仕方なかった。
 だからヴィナスの言葉も、意味するところも含めて深く考えてしまう。
「カッシア、ちょっとこっち見て」
 急に呼ばれたものだから、反射的にヴィナスの顔を見る。
 普段被っているフードがないから、いつもより彼の瞳がよく見えた。
「以前カッシアは俺の瞳にも星が映ってるって言ったけど」
 ああ、確かに言った。星か映ってキラキラした瞳だと。
(でも俺が綺麗だと思ったのは天空の星ではなく、君の瞳に映っているから)
 気付いて暫く経つが、言葉にはとても出来ずにいる。
 ヴィナ(ヴィナス)が自分のことをどう思っているのか、最近はそればかり気になる。
 だから続いたヴィナスの言葉に、カッシアは目を見開いた。
「カッシアの瞳にも、星が見えるよ」

 言いながら、ヴィナスはどうしても考えてしまう。
(――その瞳に映る星……誰かのものにしていい地上の宝石なら、俺が手にしたい)
 思っていても、とても言えないが。

 その後も取り留めのない話をしていたら、徐々に眠くなってきた。
「カッシアと、同じ方角の星を観ていたいな」
「俺だって同じ気持ちだよ」
 ヴィナスが発した言葉は夢かうつつか、2人揃って分からなかったが、それでもカッシアは肯いて。
「おやすみ、カッシア」
 先に眠りに落ちたらしいカッシアに声をかけ、ヴィナスもまた夢に誘われる。

 互いに、告げられない秘めたる思いを抱えたまま。

 ▼

 羽を伸ばした一日が終わろうとしている。
 リビングでのんびりと過ごした後寝室に向かったイズレンディル・パラリムは、ベッドの脇に花を添えた。
 先にベッドに寝そべっていたコルネリウス・アーラは、その花の名に気付いて目を細める。
「ゼラニウム、ですね……いい香りです」
「気持ちを整えて前向きにしてくれるそうです。眠る時にも良いそうですよ」
 そう言いながらイズレンディルもまた、彼女の横で寝そべる。
 その右手とコルネリウスの左手はどちらからともなく相手の方へと伸び、ごく自然に指先が絡み合って、しっかりと繋がれた。

 2人、それから暫し無言のまま。
 見上げたコテージの雰囲気や星の瞬きを眺めて楽しんでいたイズレンディルの耳朶に、
「星に見守られて眠れるなんて、素敵ですね」
 恋人の声が静かに、それでいて染み渡るように響く。
 コルネリウスの方を見ると、彼女もまた、イズレンディルへと顔を向けていた。
「幸せです……ずっと、こうして居られたら好いのですけど」
「ふふ、ずっとこのままだと他に想い出を作れなくなってしまいます」
 そうイズレンディルが返すと、コルネリウスは空いていた手を伸ばし、恋人の髪に触れた。
 その手と、自分を見つめる瞳に僅かに漂う色に、イズレンディルはネリー(コルネリウス)が抱える不安を見た。

 想い出も沢山作りたい。
 けれど一方で、このままでもいい……なんて思ってしまうのは。
 この先の未来のどこかで、愛する人を失ってしまうのが怖いからだろう。
 分かっていても湧き上がってしまう不安は、ディリー(イズレンディル)にも伝わっていたようで。
 彼の髪を梳く右手の上に、そっと彼の左手が重ねられる。
「この先ずっと一緒ですよ」
 その微笑みに、思わず安堵する。
 ベッドの上で距離を詰め、恋人の背に手を回すと抱きつくように顔を埋めた。
「……一緒ですよ、約束です」
「ええ」
 抱き寄せられ、背を撫でられて、不安がどこかへと溶けていく。
 花の香りと愛する人の匂いで、幸せに包まれて。
 愛しています。
 そっと呟いて、コルネリウスは瞳を閉じる。
「……おやすみなさい、ネリー」
 その穏やかな囁きを、懐かしい歌のように聴きながら――。

 明日からもまた、想い出を作るために。

マスターコメント

お待たせしました! とある晩夏の一泊二日、お楽しみ頂けたでしょうか。 皆様のプレイングのお陰で、時間はかかってしまいましたが楽しく執筆することが出来ました。 欲を言えばもっと字数を使ってじっくり描きたかった方が、たくさんいらっしゃいますが……! それはともかくとして、皆様の思い出の一つになっていればこれ幸いです。 此度はご参加いただきありがとうございました。 また御縁がありましたら、宜しくお願い致します。
イベントシナリオ(50人)

イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:少ない42 / 4〜50人

2021年09月19日 20時45分17秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. No.1

    ・・・え、エクレアだ。 よろしく頼む。 恐らく連れのいる奴らばっかりなんだろうが・・・可能であれば、俺も誰かと遊んでみたくてだな・・・、・・・一緒に、夕飯か、散歩か、してくれる奴、を・・・。 ・・・べ、別に最終的に一人でもお、おおお俺は平気なんだけどな!!!?? 出発前日まではここ、何度か覗くから・・・。

  2. ユズ

    占い師、ユズ。……よろしく。 >エクレアさん ……同じ、ハーフリング、さん。あ、あの、……良かったら、一緒、……どう、かな。その、僕も、……ひとり。

  3. No.3

    >ユズ 本当か!? ッぜ、是非よろしく頼む!! こ、こういう、人と遊ぶのも、依頼に出てみるのも初めてだから粗相があったらごめんな・・・! 何して遊ぼう、昼のBBQか、川で遊ぶのも楽しそうだな!! 夕飯も美味しそうだし・・・ユズは何がしたい!?

  4. ユズ

    >エクレアさん 大丈夫、……初めて、誰もが通る、道。 気に、しないで。……宜しく、ね。 そうしたら、……ええと、夕ご飯、どうか、な。とりあえず、後でお手紙、送る、ね。

  5. アーシェル・G・クライン

    アーシェルだ。よろしく頼む。 挨拶が遅くなって悪ぃな。 俺は友人達とBBQで肉を食ったりコテージに泊まる予定だ。 エクレアとユズも楽しい一日を過ごせるといいな。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0