【幻秋】梢秋彩る輝きに満ちて【褪野】【彩都】
炙りとろ左門
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シナリオID:3289
オープニング
● 小さな勇者たち
「うわーっ! やられた~」
そう言って、エディン公子アリステアは地面に倒れる。といっても、その風貌はかぼちゃ頭の中。彼は今、かぼちゃのおばけに扮しているのだ。
「やったー! かぼちゃおばけをたおしたぞ!」
歓声をあげる子どもたち。それを、スタルクはつまらなそうな表情で見下ろしていた。
「次はおまえだ! ぐるぐるまきおばけ!」
「む……」
文字通り矛先を向けられ、スタルクは仕方なく構える。だがそれが武術を習っているもののそれだったため、アリステアは倒れたままスタルクの裾を引っ張らねばならなかった。
(スタルク、演技演技。君は今『包帯おばけ』で、子どもたちを勇者にする役なんだよ。ガチはヤバい、ダメ)
(そうはいっても……こういうのは苦手だ。どうしたらいい?)
スタルクの動きが途端にぎこちないものになった。適当に巻かれた包帯がほどけかけているのもあって、うっかりすると転びそうだ。
(村の子たちと遊んであげたことないの?)
(そんな暇はなかったんだ)
魔獣遣いの能力により、領主の側でこき使われる日々だった。子供の相手など出来ようもない。となれば、逃げるが勝ちである。
結論を出したスタルクは一目散に逃げ出し、それを子供達が追いかける。諦めの悪い勇者たちにより、おばけ退治はもう少し続きそうだ。
● 消えぬ縁の蕾
レヴィル=ストゥルルソンは無意識にため息を漏らした。この野外音楽堂の建設と維持に関わってきたことが遠い昔のようである。今はここに集う人々が思い思いに音楽を奏で、歌い、踊っているのを、木陰のベンチに腰掛けてぼうっと見つめていた。
左遷も同然の人事でこの褪野を訪れた時は、中央官舎の厳酷な空気とは正反対の穏やかなそれに、なんとも言えない居心地の悪さを覚えるほどだったというのに、今や中央へ戻るのが億劫になっているほどだ。
またあの張り詰めた日々に再び押し込められると思うと、溜め息も漏れてしまうというものである。
「あらレヴィル殿。しあわせが逃げてしまいますよ」
と、背後から話しかけられ、レヴィルは首を回して振り返った。
「リーラ殿。お久しぶりです」
リーラはまだフェイデンの財政が火の車だった頃、冒険者の尽力によってノーキスに仕えることになった蜥蜴人の老商人だ。レヴィルの帰還後は彼女が率先してノーキスを支えている。
リーラはレヴィルの疲労を見てとり、まあと目を丸くする。
「明日には王都へ発つと聞いていましたが、滞在を伸ばした方が良いですよ」
「そうもいきません。仕事が山積みですから……」
王都があの状態では、人手は多い方がいいのだ。リーラも分かっているのか、それ以上食い下がることはしない。
「それよりリーラ殿、どうぞこちらに」
立ったままのリーラにレヴィルは席を勧めるが、リーラは恥じらうような仕草で顔を背けた。
「あらいけません。そのベンチには噂があるんですよ」
「うわさ……?」
「『一緒に腰掛けて夜空を見上げ、流れ星を見つけられたら想いが叶う』という――」
「いや、十中八九リーラ殿が広めた噂ですよね……?」
「そんなまさか。私は『ここから見える夜空は素敵。夫と見たかった』と申しただけです」
誰にだろう。エディン公子かもしれない。彼はロマンチストであるから。レヴィルはとりあえず立ち上がった。そんな場所に男が沈鬱な表情で一人腰掛けていたなどと『噂』になってはたまらない。
「立ち上がったついでに少し踊っていらっしゃい。多少気も紛れるでしょうから」
● 梢秋彩る輝きに満ちて
「まだ試作なのよね? マジパネェですわ……」
ノーキスはホールに飾られたそれを見上げ、目を瞬く。
そこには巨大なガラス照明が展示されていた。ただの照明器具ではない。小さなガラス照明をいくつも連ねたものだ。たくさんの蝋燭を吊るしても得られない輝度と、乱反射する光の美しさ。それを手がけた工芸師ヴィラールの顔色はしかし、あまり良くはない。
「とにかく重いんです。あの鎖が千切れないか、不安でなりません……計算上は照明を支えられる太さと長さですが、素材の耐久の均質性についてはまだまだ課題が多く……」
ヴィラールは難しい顔をして胃のあたりを押さえている。もともと垂れているうさぎ耳が震えて頬に張り付いているレベルだ。
「これ、本当に第二王子へ献上するのですか……?」
「それはまだ内緒なのよ、ヴィラール」
ノーキスはわざとらしくため息をついた。養父となるエディン侯が集権派に合流した際、第二王子と交わした言葉が発端となって取り組まれていることだった。
これは急いで作らせた【ダミー】であり、本物は安全な場所で制作が進められている。贋作が出ることを見越して制作している本物は、これよりも技を凝らした芸術品だというのだからノーキスの期待は青天井だ。
と、ノーキスとヴィラールの二人きりだったホールに足音が響く。
「ノーキス。ここにいたんだ」
「あら、アリステア。やられ役はもういいの?」
「やられちゃったから、退散したんだよ」
かぼちゃおばけの頭を小脇に抱えたアリステアは、苦笑しつつもノーキスのそばへと歩み寄る。
「ヴィラール、おばけ役を交代してくれる? すぐにおばけが復活すると、興醒めだから」
「かぼちゃおばけでしたね。お任せください」
ヴィラールはアリステアからかぼちゃおばけの衣装を受け取ると、そそくさと退散する。せっかくのお祭りだ、責任重大な自分の作品からできるだけ意識を逸らしたいのだろう。
「それで、何かありましたの? 私を探していたのでしょう?」
ヴィラールがホールから出て行ったあとで、ノーキスはアリステアを見上げた。もうずいぶん高い位置に目線がある。
「何か用事がなくては、君を探しては駄目?」
一昨年まではまだ高かった声。妖精姫とさえ呼ばれていた婚約者は今年齢十九となり、やや低くなった声は色香を帯びることさえあって、近頃どんどん『大人の男性』に近づいている――ノーキスはそれが面白くない。
「毎晩膝やら背中やらが痛いと言ってのたうち回っていると聞いているけれど?」
「成長痛だから別に恥ずかしくないし、朝起きたらまた背が伸びていると思うと嬉しささえあるよ」
「……実はヤベェ癖の持ち主だったとか、ナシですわよ」
話題を逸らそうとして失敗したノーキスは遠くに視線を投げた。引っ込み思案で内気なアリステアを励ましていた頃が遠い昔のようだ。まだ出会って二年目なのだが。
「あなたも、ヴィラールも……どんどん成長するわね」
ノーキスは胸中に沈澱する寂寥をぽつりと吐露する。
レヴィルは中央に戻り、ヴィラールはその腕を認められ、アリステアは自らの道を見つけた。冒険者たちの躍進は言うまでもなく――対して自分はどうだろうと、考えずにはいられない。
「ノーキス?」
「羊たちの様子見も兼ねて、収穫祭を見てくるわ。あなたはここにいてちょうだい」
ノーキスは振り返らずホールを後にした。道ゆく羊たちを見送って、ぶらぶらりと歩く。冒険者を見かけたら酒の席にでも巻き込んでやろうというつもりで――。
「うわーっ! やられた~」
そう言って、エディン公子アリステアは地面に倒れる。といっても、その風貌はかぼちゃ頭の中。彼は今、かぼちゃのおばけに扮しているのだ。
「やったー! かぼちゃおばけをたおしたぞ!」
歓声をあげる子どもたち。それを、スタルクはつまらなそうな表情で見下ろしていた。
「次はおまえだ! ぐるぐるまきおばけ!」
「む……」
文字通り矛先を向けられ、スタルクは仕方なく構える。だがそれが武術を習っているもののそれだったため、アリステアは倒れたままスタルクの裾を引っ張らねばならなかった。
(スタルク、演技演技。君は今『包帯おばけ』で、子どもたちを勇者にする役なんだよ。ガチはヤバい、ダメ)
(そうはいっても……こういうのは苦手だ。どうしたらいい?)
スタルクの動きが途端にぎこちないものになった。適当に巻かれた包帯がほどけかけているのもあって、うっかりすると転びそうだ。
(村の子たちと遊んであげたことないの?)
(そんな暇はなかったんだ)
魔獣遣いの能力により、領主の側でこき使われる日々だった。子供の相手など出来ようもない。となれば、逃げるが勝ちである。
結論を出したスタルクは一目散に逃げ出し、それを子供達が追いかける。諦めの悪い勇者たちにより、おばけ退治はもう少し続きそうだ。
● 消えぬ縁の蕾
レヴィル=ストゥルルソンは無意識にため息を漏らした。この野外音楽堂の建設と維持に関わってきたことが遠い昔のようである。今はここに集う人々が思い思いに音楽を奏で、歌い、踊っているのを、木陰のベンチに腰掛けてぼうっと見つめていた。
左遷も同然の人事でこの褪野を訪れた時は、中央官舎の厳酷な空気とは正反対の穏やかなそれに、なんとも言えない居心地の悪さを覚えるほどだったというのに、今や中央へ戻るのが億劫になっているほどだ。
またあの張り詰めた日々に再び押し込められると思うと、溜め息も漏れてしまうというものである。
「あらレヴィル殿。しあわせが逃げてしまいますよ」
と、背後から話しかけられ、レヴィルは首を回して振り返った。
「リーラ殿。お久しぶりです」
リーラはまだフェイデンの財政が火の車だった頃、冒険者の尽力によってノーキスに仕えることになった蜥蜴人の老商人だ。レヴィルの帰還後は彼女が率先してノーキスを支えている。
リーラはレヴィルの疲労を見てとり、まあと目を丸くする。
「明日には王都へ発つと聞いていましたが、滞在を伸ばした方が良いですよ」
「そうもいきません。仕事が山積みですから……」
王都があの状態では、人手は多い方がいいのだ。リーラも分かっているのか、それ以上食い下がることはしない。
「それよりリーラ殿、どうぞこちらに」
立ったままのリーラにレヴィルは席を勧めるが、リーラは恥じらうような仕草で顔を背けた。
「あらいけません。そのベンチには噂があるんですよ」
「うわさ……?」
「『一緒に腰掛けて夜空を見上げ、流れ星を見つけられたら想いが叶う』という――」
「いや、十中八九リーラ殿が広めた噂ですよね……?」
「そんなまさか。私は『ここから見える夜空は素敵。夫と見たかった』と申しただけです」
誰にだろう。エディン公子かもしれない。彼はロマンチストであるから。レヴィルはとりあえず立ち上がった。そんな場所に男が沈鬱な表情で一人腰掛けていたなどと『噂』になってはたまらない。
「立ち上がったついでに少し踊っていらっしゃい。多少気も紛れるでしょうから」
● 梢秋彩る輝きに満ちて
「まだ試作なのよね? マジパネェですわ……」
ノーキスはホールに飾られたそれを見上げ、目を瞬く。
そこには巨大なガラス照明が展示されていた。ただの照明器具ではない。小さなガラス照明をいくつも連ねたものだ。たくさんの蝋燭を吊るしても得られない輝度と、乱反射する光の美しさ。それを手がけた工芸師ヴィラールの顔色はしかし、あまり良くはない。
「とにかく重いんです。あの鎖が千切れないか、不安でなりません……計算上は照明を支えられる太さと長さですが、素材の耐久の均質性についてはまだまだ課題が多く……」
ヴィラールは難しい顔をして胃のあたりを押さえている。もともと垂れているうさぎ耳が震えて頬に張り付いているレベルだ。
「これ、本当に第二王子へ献上するのですか……?」
「それはまだ内緒なのよ、ヴィラール」
ノーキスはわざとらしくため息をついた。養父となるエディン侯が集権派に合流した際、第二王子と交わした言葉が発端となって取り組まれていることだった。
これは急いで作らせた【ダミー】であり、本物は安全な場所で制作が進められている。贋作が出ることを見越して制作している本物は、これよりも技を凝らした芸術品だというのだからノーキスの期待は青天井だ。
と、ノーキスとヴィラールの二人きりだったホールに足音が響く。
「ノーキス。ここにいたんだ」
「あら、アリステア。やられ役はもういいの?」
「やられちゃったから、退散したんだよ」
かぼちゃおばけの頭を小脇に抱えたアリステアは、苦笑しつつもノーキスのそばへと歩み寄る。
「ヴィラール、おばけ役を交代してくれる? すぐにおばけが復活すると、興醒めだから」
「かぼちゃおばけでしたね。お任せください」
ヴィラールはアリステアからかぼちゃおばけの衣装を受け取ると、そそくさと退散する。せっかくのお祭りだ、責任重大な自分の作品からできるだけ意識を逸らしたいのだろう。
「それで、何かありましたの? 私を探していたのでしょう?」
ヴィラールがホールから出て行ったあとで、ノーキスはアリステアを見上げた。もうずいぶん高い位置に目線がある。
「何か用事がなくては、君を探しては駄目?」
一昨年まではまだ高かった声。妖精姫とさえ呼ばれていた婚約者は今年齢十九となり、やや低くなった声は色香を帯びることさえあって、近頃どんどん『大人の男性』に近づいている――ノーキスはそれが面白くない。
「毎晩膝やら背中やらが痛いと言ってのたうち回っていると聞いているけれど?」
「成長痛だから別に恥ずかしくないし、朝起きたらまた背が伸びていると思うと嬉しささえあるよ」
「……実はヤベェ癖の持ち主だったとか、ナシですわよ」
話題を逸らそうとして失敗したノーキスは遠くに視線を投げた。引っ込み思案で内気なアリステアを励ましていた頃が遠い昔のようだ。まだ出会って二年目なのだが。
「あなたも、ヴィラールも……どんどん成長するわね」
ノーキスは胸中に沈澱する寂寥をぽつりと吐露する。
レヴィルは中央に戻り、ヴィラールはその腕を認められ、アリステアは自らの道を見つけた。冒険者たちの躍進は言うまでもなく――対して自分はどうだろうと、考えずにはいられない。
「ノーキス?」
「羊たちの様子見も兼ねて、収穫祭を見てくるわ。あなたはここにいてちょうだい」
ノーキスは振り返らずホールを後にした。道ゆく羊たちを見送って、ぶらぶらりと歩く。冒険者を見かけたら酒の席にでも巻き込んでやろうというつもりで――。
解説
王都グランスパーダでの騒乱にも決着がつきましたが、混乱や不安が完全に払拭されたわけではありません。このため、フェイデン子爵領の収穫祭は気晴らしも兼ねて様々な催しで賑わっています。
時刻:日没後
場所:領都ダズリン
● できること
以下の【1】~【4】からひとつ選んでご参加ください。
同行者がいる場合や、NPCを指名する際は行き先と共に分かりやすくご記載ください。判断に迷った場合はアドリブとなります。
【1】秋の味覚を楽しむ
開拓団の働きにより、この秋に初収穫となった果実を用いた料理大会が開かれています。
大会で用いられる食材レギュレーションは「りんご」と「ぶどう」です。りんごは酸味に寄っていますが、ぶどうはそこそこ甘め。大量にとはいきませんが、玻璃砂糖も提供されます。作る側に回るのはもちろん、食べる側に回ってもよし。楽しみましょう!
【2】おばけ退治
「おばけ」の仮装をした大人たちを相手に戦い、子供達を喜ばせましょう。自らおばけとして立ちはだかってもいいですし、勇者になりたい子供たちの助けに回るのもいいかもしれません。
【3】野外音楽堂で過ごす
野外音楽堂【アイビーズリラ】では人々が思い思いに演奏したり、歌ったり踊ったりしています。ある二人用のベンチには、「一緒に腰掛けて夜空を見上げ、流れ星を見つけられたら想いが叶う」という"出所不明"の噂がありますが……?
【4】シャンデリアレーン
「さる貴き方への贈り物」として作成された大型照明が展示されたホールから前庭まで、ガラス工芸品と独自開発釉薬で彩られた陶器を売り物にする露店が並んでいます。店には「ミニシャンデリア」という大型照明の模型(手のひら大)も出品中。
● 関連NPC
ノーキス :フェイデン子爵。からみ酒。
レヴィル :元子爵付き補佐官であり、現在は中央勤務の寡黙な青年。
リーラ :ノーキスに仕えるリザードマンの老商人。
アリステア:ノーキスの婚約者であるエディン公子。日々イケメンに成長している。
スタルク :アリステアのもとで働く魔獣遣い。【2】では包帯おばけ役。
ヴィラール:フェイデンの工芸師であるハーフビースト。【2】ではかぼちゃおばけ役。
マスターより
あああああああああああようやく日常お祭りイベントかけるのおおおおおおおおおおいっぱいたべるきみがすきエピローグ前の褪野最終回です今まで本当にありがとうございました
関連NPCはここで話しかけておきたい方用の情報なので、交流は必須ではありません。ちなみにOPでは【2】にいるNPCを【1】に同行させることもできます。
それでは皆様のご参加お待ちしております!
リプレイ
● 営みの記憶
「ん?」
子供たちのおばけ退治に応援役として参加していたルイドは、ふと裾を引っ張られ、振り返った。
ルイドの服の裾を掴むその少年は、ルイドの腰ほどの背丈しかない。大きな瞳に涙を溜めて、縋るようにルイドを見上げている。
「どうした?」
「こ、こわくて」
ルイドの問いに、少年はおばけ(役の大人たち)のほうに恐る恐ると視線を投げる。包帯ぐるぐる巻きのおばけが気難しそうな表情をしているせいか――背も高く、やたら他のおばけ役と違って動きが機敏なので、子供には恐ろしく感じるのだろう。
「あれは……まあ……そうだな」
確かに周囲のおばけとは一線を画す存在かもしれない。ルイドは少し考え、しゃがみ込むと少年と目線を合わせた。
「ありゃ確かに手強い。どうにかしないとみんなが危ないかもしれねぇな」
「そ、そんな……!」
ルイドの設定に、少年はわかりやすくショックを受ける。だが、とルイドは続けた。
「俺にゃおばけ退治の力はない。だが守るのは結構得意だ。……どうだ? 一緒に戦ってくれねえか?」
「いっしょに……?」
少年はおずおずとルイドを見上げる。
「じゃ、じゃあ……だっこして」
「ん?」
「まほうをつかって、たおすから!」
「……なるほど」
拾った木の枝を振る少年を見て、ルイドはどこか懐かしい気持ちになった。そのまま少年を片腕に抱き上げ、【陸討】を構える。
「じゃあ頼むぜ、魔法使いどの」
自分の作ったおもちゃの武器がぶんぶん振り回されているのを見て、【動く死体】に仮装したヨル・スレイマンは満足そうに腕を組んでいた。
「うんうん、勇者はいい武器を持たなくちゃ。あとお菓子も」
ヨルは新たな勇者志願者におもちゃの剣と、小さなりんご飴を渡す。ころんとしたそれは、勇者たちにとっては魔法の飴に見えるのだろう。元気よく礼を言われ、ヨルはおばけに突撃していく子供たちの背中を見送った。
(ナハシュはうまくやってるかな?)
少し離れたところから聞こえる声を聞く限り、楽しんではいるようだが――。
そのナハシュはというと、なんと【フェイクカバー】を用いて本格的なゾンビに化けていた。その上から白い布を被って、「テリーズ・トラ・トリュース!」と子供たちを襲う。菓子をくれたらおとなしくやられるが、くれなかったら悪戯……うーん、容赦がない。ナハシュがおばけ役をしているところでは、子供たちの(ガチめの)悲鳴と笑いが絶えない。
ナハシュは十分な量の菓子を鞄に蓄えると、子供たちと別れ、一旦【フェイクカバー】を解除する。街中で本物のアンデッドと間違われては大騒ぎだ。そのままどこか一服できるところを探していると、通りの向こうからヨルが歩いてきた。
「随分奪……貰ったな」
ナハシュの姿を見つけたヨルは、苦笑しつつ鞄から溢れた菓子を拾う。
「そうだろ? お前はどう……ん?」
ナハシュはヨルが持つ籠の中を覗き込んだ。ヨルもまた「なんだ」と視線を落とせば、そこには小さく切り分けて作ったりんご飴があった。
「これ持ってたガキがいたな。お前が作ったのか?」
「そうだよ。ちゃんと手加減した?」
ヨルの心配に対して、ナハシュは胸を張る。
「当然。悪戯もちゃんと軽いので済ませてやったぜ」
嘘は言っていない。悪戯自体はかわいいもので、見た目が真に迫っていただけだ――ということを、ヨルは知る由もない。ナハシュは戦利品の中から自分には甘すぎるものを、ぽいぽいとヨルの籠へと放り込んでいく。
「こっちは渡せるものがお菓子くらいしか……そうだ。一緒にきてくれたら、葡萄酒を奢るけど」
「おっ、いいのか?」
ナハシュがあまりに屈託なく笑うので、ヨルは思わず言葉を飲み込んだ。誤魔化し方はいくらでもあるが、ナハシュはそのことを見抜くだろう。
「で、どこの店だ?」
相手の頷きを待たない質問に、ヨルははっと我に返る。
「あっちの屋台。ベンチもあるから」
菓子。酒。ナハシュを誘うのに欠かせないもの。ヨルは短く吐息を挟んで、ナハシュに向き合った。
「今日はお祭りだから」
「? そうだな」
ナハシュは首を傾げつつも歩き出す。ヨルもまた、それに歩幅を合わせた。
ネーヴェ・グラヌローザは持ち前の【変装】スキルを駆使し、おばけ役の大人たちを仕上げていく。自身は子供たちとともにおばけを退治する役なので、この下準備を見られてはならない。その見張りとして、アルフィー・リッパーがついている。
「……できましたわ!」
ネーヴェは少し身を引いて出来栄えを確認し、満足そうに頷いた。「終わった?」と振り返ったアルフィーは、しかしおばけたちを見た瞬間に尾をボッと膨らませる。
「ミ゜」
「生きてます! アルフィーさん!」
ネーヴェの言葉に冷静さを取り戻したアルフィーは、ほっと胸を撫で下ろす。あまりの完成度に本物と見間違えるほどだった。
「ネーヴェはおばけ、平気なのか?」
「自分の手仕事ですし……そうでなくても、特に怖くはないですね。アルフィーさんは……」
ネーヴェはおばけ役たちを見送りながら、アルフィーに改めて向き直る。膨らんだアルフィーの尻尾は垂れ下がり、今度は脚の間に挟まりそうな勢いだ。
「……大丈夫ですか?」
「お、おう! もちろんだ! ネーヴェは俺が守るぞ!」
アルフィーがそう言うので、ネーヴェはアルフィーの尻尾の行方に気付かぬふりをして微笑む。
「ええ、頼りにさせていただきます。……参りましょうか」
迫真の演技力を見せつけるおばけたちに対し、子供たちは苦戦していた。このままではやられてしまう――子供たちの心が絶望に翳ったその時、暗闇に光が灯った。
「挫けてはいけません。私が魔法の力で、勇気を与えましょう……」
子供たちの視線の先には、胸の前で指を組み、祈りを捧げる神秘的な女性――彼女の頭上には光が輝き、その周囲にちらちらと舞う雪は、淡いエーテルの光を帯びている。女神顔負けの演出である。
「あれは……【雪華の乙女】!」
台本通り、おばけ役の大人たちが慄く。
「まずい! 勇者たちに力を与える前にやっつけるんだ!」
「させないぞ!」
【雪華の乙女】に襲い掛かろうとしたおばけたちを、近隣住宅の屋根から飛び降りてきたアルフィーが制する。子供たちから歓声があがった。
アルフィーは子供たちを楽しませようと――そして乙女に格好良いところを見せようと――できるだけ派手に立ち回る。襲い来るおばけたちをちぎってはなげちぎってはなげ、やがて子供たちもそれに加わっていった。
そうしてその場にいたおばけたちが全員お菓子を置いて逃げ去ると、子供たちは勝利を宣言した。アルフィーは戦利品をいくつか手にして、ネーヴェの元に駆け寄る。
「格好良かったですわよ」
「そ、そうか? よかった。ネーヴェの応援があったからだぞ!」
頑張った甲斐があったというアルフィーの笑顔を見て、ふとネーヴェは悪戯心を覚えた。アルフィーの手から戦利品をひとつひょいと奪うと、妖艶に笑みを深めて見せる。
「……いつ私が、本物のネーヴェだと申し上げました?」
「へっ!? ま、まま、まさか……!」
アルフィーは半歩後退り、辺りを見回す。ネーヴェを振り返った瞳は心なしか潤んでおり、頭上の耳は斜め後ろに向けて靡いていた。脅かした本人は予想以上に怯えられたことに慌てて、ぱっと表情を戻す。
「す、すみません。冗談です。私ちゃんと、本物ですわ」
「よ、よかったぁ~……」
アルフィーは脱力すると、はっと我に返った。そしてネーヴェに顔を寄せ、小さく囁く。
「お、俺がおばけ苦手なのは……内緒な? ネーヴェだから言うし、許すんだからな」
「ええ、もちろんですわ」
ネーヴェははにかんだ。いつもより近い距離のせいか、秘密をひとつ共有したからか――それはまだ、胸の内に留めたまま。
イズル・M・ヴォルゴールとペルゼィックの二人もまた、おばけ退治に加勢していた。スタルクの戦い方が気になったらしいペルゼィックが子供達と一緒になって彼をロックオンしているのを横目に、イズルはかぼちゃおばけを相手にしていた。
かぼちゃおばけの演技力はかぼちゃというよりは大根にひげが生えた程度だが、ヴィラールはここぞというタイミングでばったりと倒れる。
「こ、ここまでか……!」
「やったーかぼちゃおばけを倒したぞー」
ヴィラールとイズルの宣言に、子供たちはまるで「死闘を制した」と言わんばかりの表情だ。
「タイショーたちはだいじょうぶかな?」
と、子供のひとりが声を上げる。ペルゼィックと共にスタルク――包帯おばけを退治しに行った友人を心配しているのだろう。イズルはそちらへ視線を巡らせて、目を瞬いた。
「なかなかやるな。その足運び、戦術眼……我流にしては整いすぎてる。どこの流派だ?」
「さあ、昔、旅の剣士に仕込まれただけのものだからな」
「へえ。楽しい時間になりそうだ……」
スタルクとペルゼィックの間に火花が散っている。どうやら相手もやる気になってしまったらしい。が、お互い徒手空拳であり、片や包帯ぐるぐる巻きのおばけ役である。なんだこれ。
「いやそれよりも! ジーク、落ち着い――だめだ、みんな、援護に行こう!」
作戦変更である。子供たちはやる気十分でついてきてくれる。イズルはどさくさに紛れてスタルクにヒールをかけた後、ペルゼィックを引きずって離脱した。
「いいところだったのによ」
「まったく……スキルはだめだって言っただろ?」
「使ってねえよ」
「わかってる」
イズルが小さくため息をつけば、いつものやり取りだ。ペルゼィックは道の両脇に並ぶ屋台をちらちらと覗き込んでおり、どうやら興味はそちらに移ったようだ。
「シャンデリアか……」
「ああ」
イズルはペルゼィックが何を思い出しているのかを理解した。イズルの実家に飾られているシャンデリアは、ペルゼィックが見習い時代に作ったものなのだ。
「この先のホールに実物があるんだな……っと」
ペルゼィックは館に続く階段を足早に上がり、ホールに飾られたそれを見上げた。そして少し遅れてイズルが到着すると、ペルゼィックは口を開く。
「贅を尽くしただけって感じだぜ」
「ジーク! ……失礼しました!」
その場にアリステアもいることに気づいたイズルは、あわててジークの脇腹を小突く。制作意欲が刺激されての発言だろうとはいえ、場所が場所、ものがものだけに迂闊なことは言えない。
「うちに飾ってるものと違って、殿下へ献上するものだから……」
「わかって――は?」
ペルゼィックは信じられないものを見るような目でイズルを見やった。
「イル、おま……さっさと下ろせって言ってんだろ、まだ飾ってんのかアレを」
ペルゼィックには、見習い時代の黒歴史という意識があるのだろう。イズルはあっと思ったが、すぐに笑みを浮かべる。
「でも俺は、ジークの作ったシャンデリアが一番だからそうしてるんだよ」
努力家で、真剣に作品と向き合うそのひたむきさ。プライドの塊だという評価をなされても、それがたとえ事実だとしても、イズルはそんなペルゼィックの手がけたものを大事にしたいのだ。
「二階の床でも屋根でもとっとと抜け落ちればいい」
「そうか。じゃあ次の実績をうちから依頼するよ。期待してる」
見事に言い返されたペルゼィックは、ひくりと目もとを引き攣らせた。
「お前のお守りと並行するのは、ちと骨が折れるんだがな」
● 守るべき輝き
イズルとペルゼィックの会話を、「聞こえていませんよ」という顔で微笑ましく見守っていたアリステアは、次なる訪問者に気づくと笑みを深めた。エルゼリオ・レイノーラだ。
「アリステアさん! 【清滝の試練】以来だね。元気そうで安心したよ。あれから色々あったから……」
「また会えて嬉しいです。ええ、ノーキスも僕も、皆さんのことを心配していました」
王都グランスパーダでの決戦の様子については、レヴィルから聞き及んでいる。アリステアは挨拶のためにエルゼリオが差し出した手を両手で包んだ。そして、言葉にして実感を得たのだろう。深い安堵の息を吐く。
「ご無事でよかった」
戦いの場に出ることがない立場だからこそ、思うところがあるのだろう。
そんなアリステアの様子に、エルゼリオは眉尻を下げる。アリステアの瞳に浮かぶ憂慮が向けられているのは、冒険者だけではなさそうだ。
エルゼリオはアリステアをシャンデリアレーンに連れ出した。対面した時もそうだったが、隣を歩いて言葉を交わしていると尚、変化を感じる。
「また背が伸びたね。もうボクと同じくらい」
エルゼリオもまた少女と見紛うかとばかりの麗しい容色の持ち主だが、アリステアはそれよりもやや男性らしく成長しているようだ。そのこと「も」ノーキスを動揺させているのだと聞いたエルゼリオは、なるほどと頷く。
「レヴィルさんは昇進、フェイデンからは一層足が遠のいてしまうだろうし。ヴィラールさんも、そうかあ」
ホールで見たシャンデリアは第二王子への献上物に相応しい輝きだった。エルゼリオはそれを思い出しながら、屋台に並ぶ陶器のひとつを手に取り、アリステアへ差し出す。
「『僕にとってあなたの輝きは唯一無二です』……とか?」
陶器にはダリアの花が彫刻されている。アリステアはそれに気づくと、少し照れた様子で目を細めた。
そのようなやりとりがなされていた場所から少し離れて、ナハティガル=ラーもまた屋台の売り物を物色していた。
ホールに飾られたシャンデリアは、確かに見事だった。聞いた噂では第二王子への献上物だという。であればあの規模も納得だ。
ナハティガルは手の中の模型に視線を落とした。これも随分手が混んでいる。中に小さめのキャンドルを置けば、寝所の照明としても使えるという。
「キャンドルに関しちゃ、洒落たものをうちで作るのは難しいんで、王都かどこかで買ってもらえれば……最近は香りのあるキャンドルもあるとかなんとかで、こないだ王都の商人からいくつか貰ったんですけどねえ」
職人らしい店主は悔しそうに語るが、ナハティガルがふと「若い娘が喜びそうな品だな」と小さく呟くと、はっと目を見開いた。
「若い娘が?」
「ん? ああ……」
ナハティガルが顔を上げると、店主はすでにそこにいなかった。突然のことにナハティガルが目を白黒させていると、ややあって店主が小さな箱を手に走って戻ってきた。
「これ! なんかいい香りだし高そうで勿体無くて使えなかったんだわ家近くてよかったーこれつけるからほら!! いーのいーのどうせタダで貰ったやつなんだから!!!」
店主は箱の中から萌葱色の香り蝋燭を取り出して見せると、目にも止まらぬ速さでミニ・シャンデリアとともにおしゃれにラッピングし、ナハティガルに持たせた。
「がんばってね!!!!」
「あ、ああ……?」
何を? というナハティガルの問いに、店主はぐっと親指を立てるのみだ。ナハティガルは困惑したまま、代金を渡すのだった。
● 願いを紡いで続く旅
野外音楽堂に、新たに旋律が加わった。この堂に満ちる音楽を壊さぬよう、思い思いに奏でる旋律をひとつにまとめていく、そのような意志が感じられた。
キオルティスは目を閉じて竪琴を爪弾く。溢れる音をひとつひとつ丁寧に拾い上げ、孤立したものがあれば踊りに誘った。
(ああ、素敵だ)
音楽は、キオルティスの深いところを揺さぶる。その心地よさに身を任せていると、ふと、視線を感じた。
顔を上げると、キオルティスに気づいたものが何人かこちらの様子を窺っていた。この音楽をまとめあげているのが誰なのか、音の出所を見つけることに成功したのだろう。
キオルティスはそれらの人々に微笑みかけた。やがて一人、二人と、楽器を手にした者たちが集まってくる。幾人かは素知らぬ顔で。何人かは合奏に誘うように。
「嬉しいな」
ひとつの章が終われば次を手繰る。集う人々の立場も背景もそれぞれ異なっていながら、こうしてひとつの音楽としてまとまることができる。それは諍いの絶えないこの世界における、赦しと安寧だ。
ヒューマン。エルフ。ドワーフ。ハーフビースト。ハーフリング。リザードマン。ゴブリン。ホムンクルス。そしてそのはざまに生きる者たちと――亜人と呼ばれる者たちも、また。いくつか眼裏に浮かぶ顔がある中、キオルティスは想いを調べにのせる。誰かの癒えぬ傷にも届くように。
シルヴィア・A・カペルは、偶然行き合ったアリステアとともにレヴィルの姿を探していた。そして目に見えて憔悴した様子のレヴィルが踊りの輪の中から這い出して来たので、二人は慌てて駆け寄った。軽い気持ちで加わったものの、終わりのないダンスの要求に命の危険を感じたらしい。
そんなレヴィルを連れて少し離れたところへ避ければ、自然と先の王都での決戦についての話となる。
「個人的に気になることといえば、傷痍兵の扱いでしょうか。報奨を受け取っても満足に治療を受けられない者たちもいて……キサナをはじめ方々より援助が届くまでは、今あるものでやりくりしなくてはいけません」
「そうか。それは大きな課題だね……そういえば、レヴィル。キサナのヴィクセル様とはどういう……?」
シルヴィアは二人に共通する姓のことを思い出して尋ねる。レヴィルは「お話ししていませんでしたか」と少し驚いた後、異母兄だと答えた。
「先代様とキサナの遊女の間に生まれたのが私です」
「え!?」
驚いたのはアリステアだけではない。レヴィルは自分の身の上はすでに調査がついていると思っていたらしい。
「努力はしましたが、現職への任命には兄の口添えがあったと聞いています。軽蔑されますか?」
「いや」
声が重なり、シルヴィアとアリステアは顔を見合わせる。
「……背が伸びただけではないね、アリステア。ノーキスもきっと君となら、憂いなく歩めるだろう」
貴族であること、冒険者であること、祖父の代役であること――シルヴィアもまた背負うものが多い。シルヴィアに限らず、皆がそうなのだ。そしてその荷を全ておろしたとき、それでも向き合い、労ってくれる人間がそばにいてくれることの得難さを、シルヴィアは知っている。
「これからも良い関係を築いていこう。……そうだ、ノーキスを迎えに行ってあげるといい。酔い潰れてしまわないうちにね」
ローザリカ・L・ディオールは、隣に座るジュスト・ヴェルジーにそっと身を預けた。さりげなく、わざとらしくはなかっただろうかと気を揉みながら。
ここのところ、互いにゆっくりと過ごす時間がなかった。かつてと比べて心の距離は近づいたはずなのに、どうしようもできないもどかしさを抱えたまま、いざこうして二人きりになると、要らぬ心配をしてしまう。
ジュストが優しくローザリカの肩を抱いた。離れている間を埋めたいと思えば思うほど、言葉とは出てこなくなるものらしい。こうして寄り添っているだけで満たされていくのだ。
「……折角だから、流れ星でも見つけてみるかい?」
ジュストの囁きにも近い声は、ローザリカへの愛おしさに溢れていた。ローザリカは閉じていた目を開き、星空を視界に映す。
「流れ星を見つけたら、どうしようかな」
二人が腰掛けているベンチには、ある噂があった。共に夜空を見上げ、流れ星を見つけられたら想いが叶う――というものだ。
「願いはないの?」
「だって、もう十分に叶っている……」
ただ君がそばにいてくれることが、ローザリカの望みだ。欲のない、いやしかしある意味では、欲が深いのかもしれない。
こうした時間を当たり前のように過ごせること、それは奇跡のようなことなのだと、お互い理解している。
(じゃあ……叶うのならばこんな時間がずっと、これから、何度でも……訪れるように)
同じ気持ちを抱いて、二人は少し冷えた手を重ねる。流れ星に願わなくても、それが叶うような世界に、君と共に生きていきたい。
「……ジュスト」
流麗な音楽と煌めく灯りの中、ローザリカはぽつりと呟く。
続きがあるわけでもない。ただ、名前を呼びたくなったのだ。大切で、愛おしい人の名前を呟くだけで、涙ぐみそうになるほど。
「なんだい、ロゼ」
ともすれば喧騒に掻き消されそうなほど小さな声だったというのに、ジュストは決して聞き逃したりしない。そして、ローザリカが「呼んでみただけ」ということを分かって、聞くのだ。
ローザリカは小さく笑った。
「ジュスト」
先ほどよりははっきりと。幸せそうに笑みを深めて愛する人の名を呼ぶローザリカの額に、ジュストはそっと口付けを落とす。
寄り添う二人の頭上できらりきらりと、星が流れた。
● 明日に巡る、生きる糧
料理大会に興じる人々の声も、石壁を何枚か隔ててしまえばほとんど聞こえなくなる。そのような状況で、グレイブ・ヤードはもくもくと調理をすすめていた。竈に置いた鉄網の高さを調整し、鍋を置いて蓋をする。弱火で長く煮込むのが、甘味を出すコツだ。
作っているのはコンポートである。砂糖は変わらず貴重であるし、できれば素材の良さを生かせる料理が良いと考えた。時間はかかるが、爛熟した果実は早めに選り分けて処理に回す必要もある。
「……おっと。そろそろ、最初の鍋の中身が仕上がる頃ですね」
借りた鍋はみっつ。最初に仕込んだものがそろそろ良い頃合いになっているはずだと隣の竈へ移り、蓋を開ける。りんごの柔らかく控えめな香りがたちのぼり、グレイブは目を細めた。
鍋を火からおろし、味見のために一切れ取り分ける。甘味と酸味が絶妙なバランスでまとまっていた。良い出来栄えだとグレイブは小皿を置き、キッチンの出入り口付近で団子のように固まっている人影に声をかける。
「冷めるまでもう少し待ってくださいね」
グレイブに話しかけられ、子供たちはおずおずと姿を現した。「冒険者が何かおいしいものをつくっている」という話を聞いて来たらしい。会場で振る舞われているような手の込んだ料理に比べるとシンプルだが、子供たちは「収穫祭が終わっても食べられる」と知るや否や随分喜んだ。
「この一年の実りと恵みに感謝していただきましょうね」
「はーい!」
グレイブは残りの鍋の火の番をしながら、食器を用意する子供たちを見守る。豊かな実りが生かすものに思いを馳せて。
ルベア・ベルニは身動きが取れないでいた。料理大会の会場でからみ酒のノーキスを発見したのも驚いたが、物理的に絡まれると思っていなかったのだ。
「みんな私を置いていってしまいますの! レヴィル、ヴィラール……特にアリステア!! なん、なんなんですのアレは!!! 私なんてちっとも……ちっとも……!」
「す、少し落ち着いて。話は聞くから」
ルベアはノーキスを抱えるようにして端の席に退避させる。そして椅子に座らせると、ノーキスはようやくルベアから体を離し――そしてじっとルベアの胸を見つめた。
「どうかした……」
ルベアはノーキスの視線が自分の胸のあたりから動かないことに気づくと、なんともいえない表情になった。
「成長していないわけじゃないと思うわ」
「胸が?」
「心の話よ」
ノーキスは自分の慎ましい胸元を思い出して問うたのだが、ルベアも胸に手を当てて呟く。心の在り処を示すためで隠したわけではない。
「周りから見たらきっと……些細なものでも、変わっていってるっていうものがあると思う」
取り残されたような気持ちは、ルベアにもよくわかる。そして今ルベアに言えることは、それでもひとりではなかった、ということだ。
「たとえば、近しい誰かが前を向いているのも見て……自分も、って」
それもまた、変化のひとつだろう。その積み重ねによって、ルベアは歩むことができている。
「それに、アナタを置いて離れてそれきり、という人たちではないだろうし」
ルベアの言葉に、ノーキスはややあって頷いた。
「私の胸が立て板でも、気にしない人たちですわ……」
「心の話よ」
ルベアは都度訂正しつつも、ノーキスの精神をなんとか支えきるのだった。
「代わりますよ」
ノーキスに絡まれているルベアに救いの手を差し伸べたのは、Alexandra・Hexe・Claudia だった。手にしたグラスには、甘くもったりとした雰囲気の飲み物が注がれている。もう片手には薄く切り分けた肉類がある。
ルベアは厚意を受け取り、Alexandraは空いたノーキスの隣に腰掛けた。
「珍しいですね。あなたが領政以外のことで悩んでいるのは」
「私だってそういう時も……」
「ええ、わかっています」
今までは領政のことで頭がいっぱいだったのだろう。結婚でさえそのように考えていたはずだ。しかし領政が安定し、それまでの契約だった官吏は王都へ戻り、目をかけていた技術者もまた高みへ。婚約者は日々目に見えて成長している……そんな中、動揺するなというほうが難しいだろう。「貴族の子女たるもの」という目はあるにしても、だ。
目尻を赤く染めたノーキスの横顔を見て、Alexandraは語りかける。
「貴方が声をあげて、はじまったのです。枯れ褪せる景色の中に、それでも希望を探した貴方が。もしかしたら、貴方が最後の一人だったかもしれません」
そして、その声に応じた者たちがいた。誰が欠けても、この物語は成立しない。
「やがて貴方にも、縁が巡ってくるかと」
ノーキスは机に突っ伏していた顔をずらして、Alexandraの顔を見つめていた。
「……こんな格好悪い私に、どうして声をかけてくださったの?」
ノーキスの問いに、Alexandraは目を瞬いた。そして、肉に添えられていたかぼちゃのスライスをフォークに刺す。
「以前あなたから頂いたものが、美味しかったから……でしょうか」
「えっ?」
リサ・ベイカーは思わず声を上げた。目の前で明らかにぐでぐでんと机に突っ伏しているのが、まさか領主だとは思わなかったのだ。子供たちはぴくりとも動かないノーキスの体をつついている。
「まさか……本当にノーキス様?」
リサは慌ててノーキスの体を揺さぶる。ふええという奇妙な鳴き声とともに、ノーキスは目を覚ました。
「はっ。一瞬意識がブッ飛んでましたわ!」
「本当にノーキス様だ……お久しぶりです」
本人だと確信したリサは、レモンを搾った水を差し入れる。ノーキスはそれをありがたく受け取ってぐびぐびと飲み干す。
「ええ、お久しぶり……またこうして顔が見られて嬉しいわ。リーラも会いたがっていたもの。ところでこの会場にいるということは……」
「はい、お料理を作っていました」
リサはノーキスの前にあった、おそらく酒が入っていたのであろうグラスを片付け、代わりにりんごとくるみの葉野菜サラダを盛りつけた皿を滑り込ませる。大会参加者からも好評だった一品だ。
ノーキスは目を輝かせ、そして柔和に目を細めた。
「はじまりは私が依頼を出したからかもしれないけれど――この領地で、こんな彩り豊かで新鮮な料理を味わえるのは、あなたたちのおかげなの」
会場の向こうでは職人同士が喧々轟々と技量を競っているが、それもこの土地が豊かになった証だ。ノーキスはそれを見ながら続ける。
「感謝していますわ。あなたたちが大切で、心配で、できれば無茶はしないでほしくて……でも、それが冒険者だものね」
冒険者だけではなく、人類にとって大きな戦いが待っていることは、薄々感じている。リサもまた表情を引き締めた。「危ないことはしないでほしい」「無事で帰って来て欲しい」――思いはあれども、しかしノーキスは貴族ゆえに、リサは商人ゆえに、お互い軽率な約束はできないのだ。
「……ええ。でも、力を尽くします。変わらず続いていく明日のために」
願いや意気込みくらいならば許されるだろうか。リサは微笑み、小皿にぶどうを取り分ける。
来年も、再来年も、大地の実りを得ることができるように。そう祈りながら。
「ん?」
子供たちのおばけ退治に応援役として参加していたルイドは、ふと裾を引っ張られ、振り返った。
ルイドの服の裾を掴むその少年は、ルイドの腰ほどの背丈しかない。大きな瞳に涙を溜めて、縋るようにルイドを見上げている。
「どうした?」
「こ、こわくて」
ルイドの問いに、少年はおばけ(役の大人たち)のほうに恐る恐ると視線を投げる。包帯ぐるぐる巻きのおばけが気難しそうな表情をしているせいか――背も高く、やたら他のおばけ役と違って動きが機敏なので、子供には恐ろしく感じるのだろう。
「あれは……まあ……そうだな」
確かに周囲のおばけとは一線を画す存在かもしれない。ルイドは少し考え、しゃがみ込むと少年と目線を合わせた。
「ありゃ確かに手強い。どうにかしないとみんなが危ないかもしれねぇな」
「そ、そんな……!」
ルイドの設定に、少年はわかりやすくショックを受ける。だが、とルイドは続けた。
「俺にゃおばけ退治の力はない。だが守るのは結構得意だ。……どうだ? 一緒に戦ってくれねえか?」
「いっしょに……?」
少年はおずおずとルイドを見上げる。
「じゃ、じゃあ……だっこして」
「ん?」
「まほうをつかって、たおすから!」
「……なるほど」
拾った木の枝を振る少年を見て、ルイドはどこか懐かしい気持ちになった。そのまま少年を片腕に抱き上げ、【陸討】を構える。
「じゃあ頼むぜ、魔法使いどの」
自分の作ったおもちゃの武器がぶんぶん振り回されているのを見て、【動く死体】に仮装したヨル・スレイマンは満足そうに腕を組んでいた。
「うんうん、勇者はいい武器を持たなくちゃ。あとお菓子も」
ヨルは新たな勇者志願者におもちゃの剣と、小さなりんご飴を渡す。ころんとしたそれは、勇者たちにとっては魔法の飴に見えるのだろう。元気よく礼を言われ、ヨルはおばけに突撃していく子供たちの背中を見送った。
(ナハシュはうまくやってるかな?)
少し離れたところから聞こえる声を聞く限り、楽しんではいるようだが――。
そのナハシュはというと、なんと【フェイクカバー】を用いて本格的なゾンビに化けていた。その上から白い布を被って、「テリーズ・トラ・トリュース!」と子供たちを襲う。菓子をくれたらおとなしくやられるが、くれなかったら悪戯……うーん、容赦がない。ナハシュがおばけ役をしているところでは、子供たちの(ガチめの)悲鳴と笑いが絶えない。
ナハシュは十分な量の菓子を鞄に蓄えると、子供たちと別れ、一旦【フェイクカバー】を解除する。街中で本物のアンデッドと間違われては大騒ぎだ。そのままどこか一服できるところを探していると、通りの向こうからヨルが歩いてきた。
「随分奪……貰ったな」
ナハシュの姿を見つけたヨルは、苦笑しつつ鞄から溢れた菓子を拾う。
「そうだろ? お前はどう……ん?」
ナハシュはヨルが持つ籠の中を覗き込んだ。ヨルもまた「なんだ」と視線を落とせば、そこには小さく切り分けて作ったりんご飴があった。
「これ持ってたガキがいたな。お前が作ったのか?」
「そうだよ。ちゃんと手加減した?」
ヨルの心配に対して、ナハシュは胸を張る。
「当然。悪戯もちゃんと軽いので済ませてやったぜ」
嘘は言っていない。悪戯自体はかわいいもので、見た目が真に迫っていただけだ――ということを、ヨルは知る由もない。ナハシュは戦利品の中から自分には甘すぎるものを、ぽいぽいとヨルの籠へと放り込んでいく。
「こっちは渡せるものがお菓子くらいしか……そうだ。一緒にきてくれたら、葡萄酒を奢るけど」
「おっ、いいのか?」
ナハシュがあまりに屈託なく笑うので、ヨルは思わず言葉を飲み込んだ。誤魔化し方はいくらでもあるが、ナハシュはそのことを見抜くだろう。
「で、どこの店だ?」
相手の頷きを待たない質問に、ヨルははっと我に返る。
「あっちの屋台。ベンチもあるから」
菓子。酒。ナハシュを誘うのに欠かせないもの。ヨルは短く吐息を挟んで、ナハシュに向き合った。
「今日はお祭りだから」
「? そうだな」
ナハシュは首を傾げつつも歩き出す。ヨルもまた、それに歩幅を合わせた。
ネーヴェ・グラヌローザは持ち前の【変装】スキルを駆使し、おばけ役の大人たちを仕上げていく。自身は子供たちとともにおばけを退治する役なので、この下準備を見られてはならない。その見張りとして、アルフィー・リッパーがついている。
「……できましたわ!」
ネーヴェは少し身を引いて出来栄えを確認し、満足そうに頷いた。「終わった?」と振り返ったアルフィーは、しかしおばけたちを見た瞬間に尾をボッと膨らませる。
「ミ゜」
「生きてます! アルフィーさん!」
ネーヴェの言葉に冷静さを取り戻したアルフィーは、ほっと胸を撫で下ろす。あまりの完成度に本物と見間違えるほどだった。
「ネーヴェはおばけ、平気なのか?」
「自分の手仕事ですし……そうでなくても、特に怖くはないですね。アルフィーさんは……」
ネーヴェはおばけ役たちを見送りながら、アルフィーに改めて向き直る。膨らんだアルフィーの尻尾は垂れ下がり、今度は脚の間に挟まりそうな勢いだ。
「……大丈夫ですか?」
「お、おう! もちろんだ! ネーヴェは俺が守るぞ!」
アルフィーがそう言うので、ネーヴェはアルフィーの尻尾の行方に気付かぬふりをして微笑む。
「ええ、頼りにさせていただきます。……参りましょうか」
迫真の演技力を見せつけるおばけたちに対し、子供たちは苦戦していた。このままではやられてしまう――子供たちの心が絶望に翳ったその時、暗闇に光が灯った。
「挫けてはいけません。私が魔法の力で、勇気を与えましょう……」
子供たちの視線の先には、胸の前で指を組み、祈りを捧げる神秘的な女性――彼女の頭上には光が輝き、その周囲にちらちらと舞う雪は、淡いエーテルの光を帯びている。女神顔負けの演出である。
「あれは……【雪華の乙女】!」
台本通り、おばけ役の大人たちが慄く。
「まずい! 勇者たちに力を与える前にやっつけるんだ!」
「させないぞ!」
【雪華の乙女】に襲い掛かろうとしたおばけたちを、近隣住宅の屋根から飛び降りてきたアルフィーが制する。子供たちから歓声があがった。
アルフィーは子供たちを楽しませようと――そして乙女に格好良いところを見せようと――できるだけ派手に立ち回る。襲い来るおばけたちをちぎってはなげちぎってはなげ、やがて子供たちもそれに加わっていった。
そうしてその場にいたおばけたちが全員お菓子を置いて逃げ去ると、子供たちは勝利を宣言した。アルフィーは戦利品をいくつか手にして、ネーヴェの元に駆け寄る。
「格好良かったですわよ」
「そ、そうか? よかった。ネーヴェの応援があったからだぞ!」
頑張った甲斐があったというアルフィーの笑顔を見て、ふとネーヴェは悪戯心を覚えた。アルフィーの手から戦利品をひとつひょいと奪うと、妖艶に笑みを深めて見せる。
「……いつ私が、本物のネーヴェだと申し上げました?」
「へっ!? ま、まま、まさか……!」
アルフィーは半歩後退り、辺りを見回す。ネーヴェを振り返った瞳は心なしか潤んでおり、頭上の耳は斜め後ろに向けて靡いていた。脅かした本人は予想以上に怯えられたことに慌てて、ぱっと表情を戻す。
「す、すみません。冗談です。私ちゃんと、本物ですわ」
「よ、よかったぁ~……」
アルフィーは脱力すると、はっと我に返った。そしてネーヴェに顔を寄せ、小さく囁く。
「お、俺がおばけ苦手なのは……内緒な? ネーヴェだから言うし、許すんだからな」
「ええ、もちろんですわ」
ネーヴェははにかんだ。いつもより近い距離のせいか、秘密をひとつ共有したからか――それはまだ、胸の内に留めたまま。
イズル・M・ヴォルゴールとペルゼィックの二人もまた、おばけ退治に加勢していた。スタルクの戦い方が気になったらしいペルゼィックが子供達と一緒になって彼をロックオンしているのを横目に、イズルはかぼちゃおばけを相手にしていた。
かぼちゃおばけの演技力はかぼちゃというよりは大根にひげが生えた程度だが、ヴィラールはここぞというタイミングでばったりと倒れる。
「こ、ここまでか……!」
「やったーかぼちゃおばけを倒したぞー」
ヴィラールとイズルの宣言に、子供たちはまるで「死闘を制した」と言わんばかりの表情だ。
「タイショーたちはだいじょうぶかな?」
と、子供のひとりが声を上げる。ペルゼィックと共にスタルク――包帯おばけを退治しに行った友人を心配しているのだろう。イズルはそちらへ視線を巡らせて、目を瞬いた。
「なかなかやるな。その足運び、戦術眼……我流にしては整いすぎてる。どこの流派だ?」
「さあ、昔、旅の剣士に仕込まれただけのものだからな」
「へえ。楽しい時間になりそうだ……」
スタルクとペルゼィックの間に火花が散っている。どうやら相手もやる気になってしまったらしい。が、お互い徒手空拳であり、片や包帯ぐるぐる巻きのおばけ役である。なんだこれ。
「いやそれよりも! ジーク、落ち着い――だめだ、みんな、援護に行こう!」
作戦変更である。子供たちはやる気十分でついてきてくれる。イズルはどさくさに紛れてスタルクにヒールをかけた後、ペルゼィックを引きずって離脱した。
「いいところだったのによ」
「まったく……スキルはだめだって言っただろ?」
「使ってねえよ」
「わかってる」
イズルが小さくため息をつけば、いつものやり取りだ。ペルゼィックは道の両脇に並ぶ屋台をちらちらと覗き込んでおり、どうやら興味はそちらに移ったようだ。
「シャンデリアか……」
「ああ」
イズルはペルゼィックが何を思い出しているのかを理解した。イズルの実家に飾られているシャンデリアは、ペルゼィックが見習い時代に作ったものなのだ。
「この先のホールに実物があるんだな……っと」
ペルゼィックは館に続く階段を足早に上がり、ホールに飾られたそれを見上げた。そして少し遅れてイズルが到着すると、ペルゼィックは口を開く。
「贅を尽くしただけって感じだぜ」
「ジーク! ……失礼しました!」
その場にアリステアもいることに気づいたイズルは、あわててジークの脇腹を小突く。制作意欲が刺激されての発言だろうとはいえ、場所が場所、ものがものだけに迂闊なことは言えない。
「うちに飾ってるものと違って、殿下へ献上するものだから……」
「わかって――は?」
ペルゼィックは信じられないものを見るような目でイズルを見やった。
「イル、おま……さっさと下ろせって言ってんだろ、まだ飾ってんのかアレを」
ペルゼィックには、見習い時代の黒歴史という意識があるのだろう。イズルはあっと思ったが、すぐに笑みを浮かべる。
「でも俺は、ジークの作ったシャンデリアが一番だからそうしてるんだよ」
努力家で、真剣に作品と向き合うそのひたむきさ。プライドの塊だという評価をなされても、それがたとえ事実だとしても、イズルはそんなペルゼィックの手がけたものを大事にしたいのだ。
「二階の床でも屋根でもとっとと抜け落ちればいい」
「そうか。じゃあ次の実績をうちから依頼するよ。期待してる」
見事に言い返されたペルゼィックは、ひくりと目もとを引き攣らせた。
「お前のお守りと並行するのは、ちと骨が折れるんだがな」
● 守るべき輝き
イズルとペルゼィックの会話を、「聞こえていませんよ」という顔で微笑ましく見守っていたアリステアは、次なる訪問者に気づくと笑みを深めた。エルゼリオ・レイノーラだ。
「アリステアさん! 【清滝の試練】以来だね。元気そうで安心したよ。あれから色々あったから……」
「また会えて嬉しいです。ええ、ノーキスも僕も、皆さんのことを心配していました」
王都グランスパーダでの決戦の様子については、レヴィルから聞き及んでいる。アリステアは挨拶のためにエルゼリオが差し出した手を両手で包んだ。そして、言葉にして実感を得たのだろう。深い安堵の息を吐く。
「ご無事でよかった」
戦いの場に出ることがない立場だからこそ、思うところがあるのだろう。
そんなアリステアの様子に、エルゼリオは眉尻を下げる。アリステアの瞳に浮かぶ憂慮が向けられているのは、冒険者だけではなさそうだ。
エルゼリオはアリステアをシャンデリアレーンに連れ出した。対面した時もそうだったが、隣を歩いて言葉を交わしていると尚、変化を感じる。
「また背が伸びたね。もうボクと同じくらい」
エルゼリオもまた少女と見紛うかとばかりの麗しい容色の持ち主だが、アリステアはそれよりもやや男性らしく成長しているようだ。そのこと「も」ノーキスを動揺させているのだと聞いたエルゼリオは、なるほどと頷く。
「レヴィルさんは昇進、フェイデンからは一層足が遠のいてしまうだろうし。ヴィラールさんも、そうかあ」
ホールで見たシャンデリアは第二王子への献上物に相応しい輝きだった。エルゼリオはそれを思い出しながら、屋台に並ぶ陶器のひとつを手に取り、アリステアへ差し出す。
「『僕にとってあなたの輝きは唯一無二です』……とか?」
陶器にはダリアの花が彫刻されている。アリステアはそれに気づくと、少し照れた様子で目を細めた。
そのようなやりとりがなされていた場所から少し離れて、ナハティガル=ラーもまた屋台の売り物を物色していた。
ホールに飾られたシャンデリアは、確かに見事だった。聞いた噂では第二王子への献上物だという。であればあの規模も納得だ。
ナハティガルは手の中の模型に視線を落とした。これも随分手が混んでいる。中に小さめのキャンドルを置けば、寝所の照明としても使えるという。
「キャンドルに関しちゃ、洒落たものをうちで作るのは難しいんで、王都かどこかで買ってもらえれば……最近は香りのあるキャンドルもあるとかなんとかで、こないだ王都の商人からいくつか貰ったんですけどねえ」
職人らしい店主は悔しそうに語るが、ナハティガルがふと「若い娘が喜びそうな品だな」と小さく呟くと、はっと目を見開いた。
「若い娘が?」
「ん? ああ……」
ナハティガルが顔を上げると、店主はすでにそこにいなかった。突然のことにナハティガルが目を白黒させていると、ややあって店主が小さな箱を手に走って戻ってきた。
「これ! なんかいい香りだし高そうで勿体無くて使えなかったんだわ家近くてよかったーこれつけるからほら!! いーのいーのどうせタダで貰ったやつなんだから!!!」
店主は箱の中から萌葱色の香り蝋燭を取り出して見せると、目にも止まらぬ速さでミニ・シャンデリアとともにおしゃれにラッピングし、ナハティガルに持たせた。
「がんばってね!!!!」
「あ、ああ……?」
何を? というナハティガルの問いに、店主はぐっと親指を立てるのみだ。ナハティガルは困惑したまま、代金を渡すのだった。
● 願いを紡いで続く旅
野外音楽堂に、新たに旋律が加わった。この堂に満ちる音楽を壊さぬよう、思い思いに奏でる旋律をひとつにまとめていく、そのような意志が感じられた。
キオルティスは目を閉じて竪琴を爪弾く。溢れる音をひとつひとつ丁寧に拾い上げ、孤立したものがあれば踊りに誘った。
(ああ、素敵だ)
音楽は、キオルティスの深いところを揺さぶる。その心地よさに身を任せていると、ふと、視線を感じた。
顔を上げると、キオルティスに気づいたものが何人かこちらの様子を窺っていた。この音楽をまとめあげているのが誰なのか、音の出所を見つけることに成功したのだろう。
キオルティスはそれらの人々に微笑みかけた。やがて一人、二人と、楽器を手にした者たちが集まってくる。幾人かは素知らぬ顔で。何人かは合奏に誘うように。
「嬉しいな」
ひとつの章が終われば次を手繰る。集う人々の立場も背景もそれぞれ異なっていながら、こうしてひとつの音楽としてまとまることができる。それは諍いの絶えないこの世界における、赦しと安寧だ。
ヒューマン。エルフ。ドワーフ。ハーフビースト。ハーフリング。リザードマン。ゴブリン。ホムンクルス。そしてそのはざまに生きる者たちと――亜人と呼ばれる者たちも、また。いくつか眼裏に浮かぶ顔がある中、キオルティスは想いを調べにのせる。誰かの癒えぬ傷にも届くように。
シルヴィア・A・カペルは、偶然行き合ったアリステアとともにレヴィルの姿を探していた。そして目に見えて憔悴した様子のレヴィルが踊りの輪の中から這い出して来たので、二人は慌てて駆け寄った。軽い気持ちで加わったものの、終わりのないダンスの要求に命の危険を感じたらしい。
そんなレヴィルを連れて少し離れたところへ避ければ、自然と先の王都での決戦についての話となる。
「個人的に気になることといえば、傷痍兵の扱いでしょうか。報奨を受け取っても満足に治療を受けられない者たちもいて……キサナをはじめ方々より援助が届くまでは、今あるものでやりくりしなくてはいけません」
「そうか。それは大きな課題だね……そういえば、レヴィル。キサナのヴィクセル様とはどういう……?」
シルヴィアは二人に共通する姓のことを思い出して尋ねる。レヴィルは「お話ししていませんでしたか」と少し驚いた後、異母兄だと答えた。
「先代様とキサナの遊女の間に生まれたのが私です」
「え!?」
驚いたのはアリステアだけではない。レヴィルは自分の身の上はすでに調査がついていると思っていたらしい。
「努力はしましたが、現職への任命には兄の口添えがあったと聞いています。軽蔑されますか?」
「いや」
声が重なり、シルヴィアとアリステアは顔を見合わせる。
「……背が伸びただけではないね、アリステア。ノーキスもきっと君となら、憂いなく歩めるだろう」
貴族であること、冒険者であること、祖父の代役であること――シルヴィアもまた背負うものが多い。シルヴィアに限らず、皆がそうなのだ。そしてその荷を全ておろしたとき、それでも向き合い、労ってくれる人間がそばにいてくれることの得難さを、シルヴィアは知っている。
「これからも良い関係を築いていこう。……そうだ、ノーキスを迎えに行ってあげるといい。酔い潰れてしまわないうちにね」
ローザリカ・L・ディオールは、隣に座るジュスト・ヴェルジーにそっと身を預けた。さりげなく、わざとらしくはなかっただろうかと気を揉みながら。
ここのところ、互いにゆっくりと過ごす時間がなかった。かつてと比べて心の距離は近づいたはずなのに、どうしようもできないもどかしさを抱えたまま、いざこうして二人きりになると、要らぬ心配をしてしまう。
ジュストが優しくローザリカの肩を抱いた。離れている間を埋めたいと思えば思うほど、言葉とは出てこなくなるものらしい。こうして寄り添っているだけで満たされていくのだ。
「……折角だから、流れ星でも見つけてみるかい?」
ジュストの囁きにも近い声は、ローザリカへの愛おしさに溢れていた。ローザリカは閉じていた目を開き、星空を視界に映す。
「流れ星を見つけたら、どうしようかな」
二人が腰掛けているベンチには、ある噂があった。共に夜空を見上げ、流れ星を見つけられたら想いが叶う――というものだ。
「願いはないの?」
「だって、もう十分に叶っている……」
ただ君がそばにいてくれることが、ローザリカの望みだ。欲のない、いやしかしある意味では、欲が深いのかもしれない。
こうした時間を当たり前のように過ごせること、それは奇跡のようなことなのだと、お互い理解している。
(じゃあ……叶うのならばこんな時間がずっと、これから、何度でも……訪れるように)
同じ気持ちを抱いて、二人は少し冷えた手を重ねる。流れ星に願わなくても、それが叶うような世界に、君と共に生きていきたい。
「……ジュスト」
流麗な音楽と煌めく灯りの中、ローザリカはぽつりと呟く。
続きがあるわけでもない。ただ、名前を呼びたくなったのだ。大切で、愛おしい人の名前を呟くだけで、涙ぐみそうになるほど。
「なんだい、ロゼ」
ともすれば喧騒に掻き消されそうなほど小さな声だったというのに、ジュストは決して聞き逃したりしない。そして、ローザリカが「呼んでみただけ」ということを分かって、聞くのだ。
ローザリカは小さく笑った。
「ジュスト」
先ほどよりははっきりと。幸せそうに笑みを深めて愛する人の名を呼ぶローザリカの額に、ジュストはそっと口付けを落とす。
寄り添う二人の頭上できらりきらりと、星が流れた。
● 明日に巡る、生きる糧
料理大会に興じる人々の声も、石壁を何枚か隔ててしまえばほとんど聞こえなくなる。そのような状況で、グレイブ・ヤードはもくもくと調理をすすめていた。竈に置いた鉄網の高さを調整し、鍋を置いて蓋をする。弱火で長く煮込むのが、甘味を出すコツだ。
作っているのはコンポートである。砂糖は変わらず貴重であるし、できれば素材の良さを生かせる料理が良いと考えた。時間はかかるが、爛熟した果実は早めに選り分けて処理に回す必要もある。
「……おっと。そろそろ、最初の鍋の中身が仕上がる頃ですね」
借りた鍋はみっつ。最初に仕込んだものがそろそろ良い頃合いになっているはずだと隣の竈へ移り、蓋を開ける。りんごの柔らかく控えめな香りがたちのぼり、グレイブは目を細めた。
鍋を火からおろし、味見のために一切れ取り分ける。甘味と酸味が絶妙なバランスでまとまっていた。良い出来栄えだとグレイブは小皿を置き、キッチンの出入り口付近で団子のように固まっている人影に声をかける。
「冷めるまでもう少し待ってくださいね」
グレイブに話しかけられ、子供たちはおずおずと姿を現した。「冒険者が何かおいしいものをつくっている」という話を聞いて来たらしい。会場で振る舞われているような手の込んだ料理に比べるとシンプルだが、子供たちは「収穫祭が終わっても食べられる」と知るや否や随分喜んだ。
「この一年の実りと恵みに感謝していただきましょうね」
「はーい!」
グレイブは残りの鍋の火の番をしながら、食器を用意する子供たちを見守る。豊かな実りが生かすものに思いを馳せて。
ルベア・ベルニは身動きが取れないでいた。料理大会の会場でからみ酒のノーキスを発見したのも驚いたが、物理的に絡まれると思っていなかったのだ。
「みんな私を置いていってしまいますの! レヴィル、ヴィラール……特にアリステア!! なん、なんなんですのアレは!!! 私なんてちっとも……ちっとも……!」
「す、少し落ち着いて。話は聞くから」
ルベアはノーキスを抱えるようにして端の席に退避させる。そして椅子に座らせると、ノーキスはようやくルベアから体を離し――そしてじっとルベアの胸を見つめた。
「どうかした……」
ルベアはノーキスの視線が自分の胸のあたりから動かないことに気づくと、なんともいえない表情になった。
「成長していないわけじゃないと思うわ」
「胸が?」
「心の話よ」
ノーキスは自分の慎ましい胸元を思い出して問うたのだが、ルベアも胸に手を当てて呟く。心の在り処を示すためで隠したわけではない。
「周りから見たらきっと……些細なものでも、変わっていってるっていうものがあると思う」
取り残されたような気持ちは、ルベアにもよくわかる。そして今ルベアに言えることは、それでもひとりではなかった、ということだ。
「たとえば、近しい誰かが前を向いているのも見て……自分も、って」
それもまた、変化のひとつだろう。その積み重ねによって、ルベアは歩むことができている。
「それに、アナタを置いて離れてそれきり、という人たちではないだろうし」
ルベアの言葉に、ノーキスはややあって頷いた。
「私の胸が立て板でも、気にしない人たちですわ……」
「心の話よ」
ルベアは都度訂正しつつも、ノーキスの精神をなんとか支えきるのだった。
「代わりますよ」
ノーキスに絡まれているルベアに救いの手を差し伸べたのは、Alexandra・Hexe・Claudia だった。手にしたグラスには、甘くもったりとした雰囲気の飲み物が注がれている。もう片手には薄く切り分けた肉類がある。
ルベアは厚意を受け取り、Alexandraは空いたノーキスの隣に腰掛けた。
「珍しいですね。あなたが領政以外のことで悩んでいるのは」
「私だってそういう時も……」
「ええ、わかっています」
今までは領政のことで頭がいっぱいだったのだろう。結婚でさえそのように考えていたはずだ。しかし領政が安定し、それまでの契約だった官吏は王都へ戻り、目をかけていた技術者もまた高みへ。婚約者は日々目に見えて成長している……そんな中、動揺するなというほうが難しいだろう。「貴族の子女たるもの」という目はあるにしても、だ。
目尻を赤く染めたノーキスの横顔を見て、Alexandraは語りかける。
「貴方が声をあげて、はじまったのです。枯れ褪せる景色の中に、それでも希望を探した貴方が。もしかしたら、貴方が最後の一人だったかもしれません」
そして、その声に応じた者たちがいた。誰が欠けても、この物語は成立しない。
「やがて貴方にも、縁が巡ってくるかと」
ノーキスは机に突っ伏していた顔をずらして、Alexandraの顔を見つめていた。
「……こんな格好悪い私に、どうして声をかけてくださったの?」
ノーキスの問いに、Alexandraは目を瞬いた。そして、肉に添えられていたかぼちゃのスライスをフォークに刺す。
「以前あなたから頂いたものが、美味しかったから……でしょうか」
「えっ?」
リサ・ベイカーは思わず声を上げた。目の前で明らかにぐでぐでんと机に突っ伏しているのが、まさか領主だとは思わなかったのだ。子供たちはぴくりとも動かないノーキスの体をつついている。
「まさか……本当にノーキス様?」
リサは慌ててノーキスの体を揺さぶる。ふええという奇妙な鳴き声とともに、ノーキスは目を覚ました。
「はっ。一瞬意識がブッ飛んでましたわ!」
「本当にノーキス様だ……お久しぶりです」
本人だと確信したリサは、レモンを搾った水を差し入れる。ノーキスはそれをありがたく受け取ってぐびぐびと飲み干す。
「ええ、お久しぶり……またこうして顔が見られて嬉しいわ。リーラも会いたがっていたもの。ところでこの会場にいるということは……」
「はい、お料理を作っていました」
リサはノーキスの前にあった、おそらく酒が入っていたのであろうグラスを片付け、代わりにりんごとくるみの葉野菜サラダを盛りつけた皿を滑り込ませる。大会参加者からも好評だった一品だ。
ノーキスは目を輝かせ、そして柔和に目を細めた。
「はじまりは私が依頼を出したからかもしれないけれど――この領地で、こんな彩り豊かで新鮮な料理を味わえるのは、あなたたちのおかげなの」
会場の向こうでは職人同士が喧々轟々と技量を競っているが、それもこの土地が豊かになった証だ。ノーキスはそれを見ながら続ける。
「感謝していますわ。あなたたちが大切で、心配で、できれば無茶はしないでほしくて……でも、それが冒険者だものね」
冒険者だけではなく、人類にとって大きな戦いが待っていることは、薄々感じている。リサもまた表情を引き締めた。「危ないことはしないでほしい」「無事で帰って来て欲しい」――思いはあれども、しかしノーキスは貴族ゆえに、リサは商人ゆえに、お互い軽率な約束はできないのだ。
「……ええ。でも、力を尽くします。変わらず続いていく明日のために」
願いや意気込みくらいならば許されるだろうか。リサは微笑み、小皿にぶどうを取り分ける。
来年も、再来年も、大地の実りを得ることができるように。そう祈りながら。
マスターコメント
お疲れ様でした! これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
褪野開拓、最終成績はこのような感じになりました。
内政:4 外交:4 財政:5 産業:10 魅力:8
追加領地特徴:酒造、騎士団
産業……( ◉ω◉)※MSの調整ミス
騎士団のその後ついては年明け後に触れることができたらいいな……のでみなさん決戦頑張ってください!
それではまた、お会いしましょう~。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準17 / 4〜25人
2023年11月07日 22時08分28秒 公開
大成功
参加者
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