【泥乱】戦勝記念・ディズルスッポン鍋大会
おおくまねこ
コメント 1
シナリオID:3150
オープニング
●ギシュム族のとある集落にて
「なんとか持ちこたえることができたか……それにしてもアシムベート様とレイウェスト皇子が血を分けた実の親子だったとは」
「レイウェスト皇子もじきに帝国に引き返すだろう。それまでにアシムベート殿と親子での時間を過ごしてもらうことはできないだろうか」
帝国近衛兵の誰かがそう言うと、リザードマン達も頷いた。
「うむ、そうだな。我々リザードマンは普通一か所に卵を集めて集落全体で育てる文化なので、誰と誰が親子という意識はヒューマンよりも希薄だが……せっかく二人揃っておるのだ。戦の生還祝いも兼ね。ここはひとつ、さりげなく二人を招いて宴でもやろうではないか」
「それはありがたいことだ。必要なものがあれば言ってくれ。我らアイギス中隊が肉でも魚でも狩って来よう」
こうして、レイウェスト・バルダスとアシムベート・グリオウ親子の団らんの機会を設けるべく、ギシュム族の若者達の仕切りで宴会が行われることになった。古老たちや帝国近衛兵達も賛同し、どこからか噂を聞きつけた他の集落の宴会好きのリザードマン達まで集まり、集落はすっかりパーティの準備ムードである。
「さて、宴会となると美味い料理がいるな。なあ、サラマンダーよ。この辺で一番うまい食い物ってなんだ?」
熊の獣人の帝国近衛兵、リラックがサラマンダーに尋ねると、サラマンダーはニヤリと笑った。
「よくぞ聞いてくれた。我が集落の伝統料理、『ディズルスッポン鍋』なら間違いはない。アシムベート様はもちろん、レイウェスト皇子も必ずやお気に召すだろう」
●ディズルスッポン鍋とは
ディズルスッポン鍋。それはその名の通り、ディズル大湿地帯に生息する亀型の魔獣、『ディズルスッポン』をメインとした鍋だ。ディズルスッポンは非常に栄養価が高く、滋養強壮効果にも優れるため、サラマンダーの集落では、夏バテ防止用に冷鍋にしてよく食されている。
ディズルスッポン鍋は食べればたちまち新陳代謝が良くなり、体が火照ったリザードマン達はついレスリングをおっぱじめたり、眠りさえ忘れてシャル・ウィー・ダンスしたりしてしまうスーパーフードである。あと本件と関係あるかどうかは定かではないが、サラマンダーの集落は毎年妙に卵が多い。
また、ディズルスッポンは授恵者にとってはさほど恐ろしい魔獣ではないため、勇気ある授恵者リザードマン達の間では、「いかに裸に近い装備でディズルスッポンを狩猟するか」を競う『スッポン・ポン』なるスポーツも存在するという。
●思ってたよりドライな親子
「わざわざお越しいただきましてありがとうございます。アシムベート酋長」
「うむ、戦勝記念の宴の誘いとあらば、こちらから出向くぐらいは当然さ」
「もったいないお言葉です。ささ、どうぞあちらの席に。イキのいいディズルスッポンを用意してございます」
集落の長に促され、アシムベートは席につく。まだ料理は完成していないようだったが、火がかかった鍋はぐつぐつと、芳醇な香りを立てていた。近くの出席者と雑談しながらアシムベートが人が揃うのを待っていると、護衛を伴ってレイウェストがやってきた。
「レイウェスト皇子、アシムベート殿の向かい側の席が空いておりますぞ。どうぞ、御父上の近くに」
「……そうだな」
アシムベートも静かに頷き、レイウェストは彼の向かいに座った。
(さて、何を話せばいいのだろう……正直、唐突過ぎてまだアシムベート殿が父であるという実感は湧かぬ。正直なところ、あの男が実父でなくてよかったという安堵と、王国との婚儀がややこしいことになったぞという困惑の方が先に来ているのだが……)
向かい合わせに座ったはいいが、レイウェストは父と何の話をすればいいのかさっぱり見当がつかなかった。レイウェストはヴィント系帝国の長として、アシムベートを同盟相手の長としては信頼しているが、親子の情を感じるかとなると、全く話が変わってくる。普通の親子ならば、酒でも飲みながら目前に迫っている結婚や仕事の悩みを打ち明けたりするのかもしれないが、レイウェストは皇族だ。親族とも一定の距離を置く必要があったりする。アシムベートもヒューマンのお偉方の有り様は理解しているのか、それとも別の理由か、いきなり距離を詰めてきたりはせず、静かに座っていた。
「……」
「……」
二人の間にはなんとも気まずい沈黙が流れた。
(おい、見ている方が気まずいんだが?)
(そうだな……俺はてっきり、アシムベート殿から「息子よ……」的な圧が飛んだり、レイウェスト様が「父上……」と呼んだりする感じになるかと思ってたんだが……)
●
「おーい、(リザードマンの)お姉さん、浮遊農場米・清酒大吟醸追加で!」
「こっちにもディズル水牛チーズのおかわりくれ!」
一方、そんなぎこちない親子の空気はつゆ知らず、なごやかに宴会を楽しんでいる者達もいた。冒険者によって命を拾われたアイギス中隊の生き残りの面々と、『仮面の小隊』のユズリハ、彼らとすっかり仲良しになったギシュム族の若者、サラマンダーのグループである。アイギス中隊はレイウェスト派につくことにしたマクシミリアン連隊長に倣い、いずれレイウェストと共にヴィントに引き返す予定らしい。彼らは芳醇な香りを立てるすっぽん鍋に熱い視線を注ぎながら、歓談を始めていた。
「サラマンダー、改めて礼を言う。我々があの沼から生還できたのは、お前が冒険者の援軍を呼んできてくれたおかげだ」
「何を申す、リラック。戦友を救うのは当然のことだ。生還できなかった者や、重篤な後遺症を負ったものが出たことは残念だったが……」
「そうだな。フォルトとムーチャのことは残念だった。それに、我らに助力してくれたターバス殿も……」
「失明した彼はどうするのだ? いかに授恵者といえど、しばらく前線には立てまい。行く当てがないのならば、ギシュム族で仕事を紹介しても良いが……」
その時、鍋の火加減を見ていたユズリハが口を挟んだ。
「とてもありがたい話だけど、ターバスのことは大丈夫。レイウェスト皇子殿下がヴィントに彼の住まいと盲目の者向けの仕事を用意してくれるそうなの。ヒーラーなので、軍の医療班にでも配属されるのかも」
「なるほど、流石は我らの一族だ。実に情が深い」
アイギスの言葉に、ギシュム族達は深く頷いた。
この宴会に招かれた冒険者達もじきに揃うだろう。果たして冒険者達はこの宴会で何を目撃するのだろうか。答えを知る者はまだいない……。
「なんとか持ちこたえることができたか……それにしてもアシムベート様とレイウェスト皇子が血を分けた実の親子だったとは」
「レイウェスト皇子もじきに帝国に引き返すだろう。それまでにアシムベート殿と親子での時間を過ごしてもらうことはできないだろうか」
帝国近衛兵の誰かがそう言うと、リザードマン達も頷いた。
「うむ、そうだな。我々リザードマンは普通一か所に卵を集めて集落全体で育てる文化なので、誰と誰が親子という意識はヒューマンよりも希薄だが……せっかく二人揃っておるのだ。戦の生還祝いも兼ね。ここはひとつ、さりげなく二人を招いて宴でもやろうではないか」
「それはありがたいことだ。必要なものがあれば言ってくれ。我らアイギス中隊が肉でも魚でも狩って来よう」
こうして、レイウェスト・バルダスとアシムベート・グリオウ親子の団らんの機会を設けるべく、ギシュム族の若者達の仕切りで宴会が行われることになった。古老たちや帝国近衛兵達も賛同し、どこからか噂を聞きつけた他の集落の宴会好きのリザードマン達まで集まり、集落はすっかりパーティの準備ムードである。
「さて、宴会となると美味い料理がいるな。なあ、サラマンダーよ。この辺で一番うまい食い物ってなんだ?」
熊の獣人の帝国近衛兵、リラックがサラマンダーに尋ねると、サラマンダーはニヤリと笑った。
「よくぞ聞いてくれた。我が集落の伝統料理、『ディズルスッポン鍋』なら間違いはない。アシムベート様はもちろん、レイウェスト皇子も必ずやお気に召すだろう」
●ディズルスッポン鍋とは
ディズルスッポン鍋。それはその名の通り、ディズル大湿地帯に生息する亀型の魔獣、『ディズルスッポン』をメインとした鍋だ。ディズルスッポンは非常に栄養価が高く、滋養強壮効果にも優れるため、サラマンダーの集落では、夏バテ防止用に冷鍋にしてよく食されている。
ディズルスッポン鍋は食べればたちまち新陳代謝が良くなり、体が火照ったリザードマン達はついレスリングをおっぱじめたり、眠りさえ忘れてシャル・ウィー・ダンスしたりしてしまうスーパーフードである。あと本件と関係あるかどうかは定かではないが、サラマンダーの集落は毎年妙に卵が多い。
また、ディズルスッポンは授恵者にとってはさほど恐ろしい魔獣ではないため、勇気ある授恵者リザードマン達の間では、「いかに裸に近い装備でディズルスッポンを狩猟するか」を競う『スッポン・ポン』なるスポーツも存在するという。
●思ってたよりドライな親子
「わざわざお越しいただきましてありがとうございます。アシムベート酋長」
「うむ、戦勝記念の宴の誘いとあらば、こちらから出向くぐらいは当然さ」
「もったいないお言葉です。ささ、どうぞあちらの席に。イキのいいディズルスッポンを用意してございます」
集落の長に促され、アシムベートは席につく。まだ料理は完成していないようだったが、火がかかった鍋はぐつぐつと、芳醇な香りを立てていた。近くの出席者と雑談しながらアシムベートが人が揃うのを待っていると、護衛を伴ってレイウェストがやってきた。
「レイウェスト皇子、アシムベート殿の向かい側の席が空いておりますぞ。どうぞ、御父上の近くに」
「……そうだな」
アシムベートも静かに頷き、レイウェストは彼の向かいに座った。
(さて、何を話せばいいのだろう……正直、唐突過ぎてまだアシムベート殿が父であるという実感は湧かぬ。正直なところ、あの男が実父でなくてよかったという安堵と、王国との婚儀がややこしいことになったぞという困惑の方が先に来ているのだが……)
向かい合わせに座ったはいいが、レイウェストは父と何の話をすればいいのかさっぱり見当がつかなかった。レイウェストはヴィント系帝国の長として、アシムベートを同盟相手の長としては信頼しているが、親子の情を感じるかとなると、全く話が変わってくる。普通の親子ならば、酒でも飲みながら目前に迫っている結婚や仕事の悩みを打ち明けたりするのかもしれないが、レイウェストは皇族だ。親族とも一定の距離を置く必要があったりする。アシムベートもヒューマンのお偉方の有り様は理解しているのか、それとも別の理由か、いきなり距離を詰めてきたりはせず、静かに座っていた。
「……」
「……」
二人の間にはなんとも気まずい沈黙が流れた。
(おい、見ている方が気まずいんだが?)
(そうだな……俺はてっきり、アシムベート殿から「息子よ……」的な圧が飛んだり、レイウェスト様が「父上……」と呼んだりする感じになるかと思ってたんだが……)
●
「おーい、(リザードマンの)お姉さん、浮遊農場米・清酒大吟醸追加で!」
「こっちにもディズル水牛チーズのおかわりくれ!」
一方、そんなぎこちない親子の空気はつゆ知らず、なごやかに宴会を楽しんでいる者達もいた。冒険者によって命を拾われたアイギス中隊の生き残りの面々と、『仮面の小隊』のユズリハ、彼らとすっかり仲良しになったギシュム族の若者、サラマンダーのグループである。アイギス中隊はレイウェスト派につくことにしたマクシミリアン連隊長に倣い、いずれレイウェストと共にヴィントに引き返す予定らしい。彼らは芳醇な香りを立てるすっぽん鍋に熱い視線を注ぎながら、歓談を始めていた。
「サラマンダー、改めて礼を言う。我々があの沼から生還できたのは、お前が冒険者の援軍を呼んできてくれたおかげだ」
「何を申す、リラック。戦友を救うのは当然のことだ。生還できなかった者や、重篤な後遺症を負ったものが出たことは残念だったが……」
「そうだな。フォルトとムーチャのことは残念だった。それに、我らに助力してくれたターバス殿も……」
「失明した彼はどうするのだ? いかに授恵者といえど、しばらく前線には立てまい。行く当てがないのならば、ギシュム族で仕事を紹介しても良いが……」
その時、鍋の火加減を見ていたユズリハが口を挟んだ。
「とてもありがたい話だけど、ターバスのことは大丈夫。レイウェスト皇子殿下がヴィントに彼の住まいと盲目の者向けの仕事を用意してくれるそうなの。ヒーラーなので、軍の医療班にでも配属されるのかも」
「なるほど、流石は我らの一族だ。実に情が深い」
アイギスの言葉に、ギシュム族達は深く頷いた。
この宴会に招かれた冒険者達もじきに揃うだろう。果たして冒険者達はこの宴会で何を目撃するのだろうか。答えを知る者はまだいない……。
解説
●登場NPC
レイウェスト・バルダス
父とは向かい合わせの席に座ったはいいが、何を話していいかわからず、戸惑っている。未成年なので飲酒はできない。
アシムベート・グリオウ
ギシュム族の酋長。レイウェストの本当の父。息子と向かいの席に座ったはいいが、何を話していいかわからず、戸惑っている。
帝国近衛兵アイギス中隊 総勢13名
連隊長に倣い、レイウェスト派と合流した。新たな主君となったレイウェストとアシムベートに親子の時間を過ごさせてあげるべきではないか、という気遣いにより、ギシュム族と相談して今回の席を設けた。
アイギス
元帝国近衛兵の中隊長。宴会の幹事。
ギシュム族の若者達 数十名
宴会の出席者。親アシムベート派のうち、宴会好きの比較的ノリの軽いリザードマンの男女が集まった。
サラマンダー
アイギス中隊救出依頼を出したリザードマン。帝国近衛兵と飲み比べをしている。
ターバス
生き残ったが、両目を失い、失明した。宴会には参加せず、テントで聴覚を鍛える修行をしている。前線には出られなくなったが、ヒーラーとしては一流。
ユズリハ
元帝国近衛兵所属の諜報員。ヨゼフ派の『中隊長』から切り捨てられたが、同僚のターバスの件の恩義もあり、レイウェスト派に鞍替えした。暑ければ上着ぐらいは脱ぐかもしれない。
●宴会について
宴席は複数の鍋を中心に囲むように円座になっている。レイウェストとアシムベートは向かい合うように座っており、酒や果実のジュースも出る。
夏なので冷鍋。持ち込みで闇鍋とか熱々の鍋で我慢大会とかしてもいいが、その場合はレイウェスト・アシムベートとは別の鍋になる。また、宴会芸や御前試合などのリザードマン受けしそうな出し物も歓迎される。
※アシムベートは酒飲んでるので挑戦には応えられませんが。闘気溢れるリザードマンはそこらじゅうにいます。
●ディズルスッポン
鍋のメインの具。湿原に生息するゾウガメサイズのスッポン魔獣。滋養強壮効果が非常に高く、食べると新陳代謝がすごくよくなり、体が火照るため、食後にギシュム相撲大会が開かれたりもする。なお、取れたてなので火を通さなくても食える。
攻撃力:120
●ディズル大湿地帯
多数の固有種が生息する湿地。ギシュム族でも食えるかわからん種類の魔獣やクリーパーもいっぱいいる。適当に狩ってきて鍋にぶちこんでもいいが、自己責任で。
※怪しい食べ物はレイウェストとアシムベートの口には入りません。
マスターより
こんにちは、おおくまねこです。今回は祝勝記念の宴会です。レイレイとアシムベートも参加しますが、カジュアルな宴会なので礼儀作法はそこまで重要ではないです。冒険者の参加者に関わらず、参加人数が多いので元々鍋は複数あり、自由に席が移動できる感じの宴会となります。報酬なしの宴会なので、ご自由な時間をお過ごしください。
・鍋を食べながら出席者と歓談する
・レイウェスト親子を見守る
・帝国関係者からなんか話を聞く
・ギシュム族と遊ぶ
・湿地帯で鍋の具材を狩ってくる
・宴会芸を披露する
・無心に鍋を食う
・調理に回る
とりあえず思いつくあたりだとこんなところでしょうか。ちなみにOPノベルに登場した謎のスポーツは「ダンジョンオブマンダムエイト」というテーブルゲームがモチーフです。
リプレイ
●
(あなた方のお陰で雲霞鳥の脅威は凌げました。どうか安らかに眠って下さい)
トーラはこの騒乱で亡くなった人々の墓に花を手向けた。雲霞鳥との戦いは激戦だった。多くのリザードマンの戦士達が散り、湿地帯に来た帝国近衛兵百余名の内、生き残ったのは約半数だった。この集落での宴席に参加しているアイギス中隊は奇跡的にほぼ全員が生還した部隊だったが、それでも死者は二名いた。二人とも、遺体の回収は叶わず、墓の下に棺はない。
「墓参り、ありがとう。ハーフリングのお嬢さん」
トーラが墓で祈りを捧げていると、日傘を差したリザードマンの古老の一人が声をかけてきた。彼女も、墓参りにきたのだろう。
「いえ、共に戦った方々ですから」
「そうかい。……ここは暑い。さあさ、早くテントにお戻り。熱中症になってしまうよ」
●
「ディズルスッポンを裸で!? できますとも!!!」
ハリス・アル・ターミルは宴会会場の集落に伝わるスポーツ、『スッポン・ポン』に挑戦していた。全裸で踊るスポーツとかではない。勇気と肉体の強さが試されるリザードマンらしいスポーツである。
「おお、ターミル族のハリス殿が『スッポン・ポン』に挑戦するぞ!」
「農民といえど私もディズルの地に生きる者、ここは奮起せねばなりますまい!」
ハリスは農耕民族の出であり、決してギシュム族ほど戦いを好んではない。しかし、それはあくまで血なまぐさい闘争の話。スポーツ、しかも「食」に関わるものであるならば、話は別である。
(アシムベート殿とレイウェスト殿下は再び生きて出会えたようで、何よりです。ややぎこちないようですが最高のディズルスッポン鍋ならばどうとでもなるでしょう)
「私はお二人に極上のディズル・スッポンを召し上がっていただくため、あえて修羅になりましょう! イヤーッ!!」
雄たけびと共にはハリスは着ていた衣服を脱ぎ捨てる。その瞬間、ハリスの鍛え上げられた逞しい肉体が露出した。
「なんて神々しい! まるで輝くような肉体だ! もしやかれは美の化身なのでは!?」
「いや、待て! 本当に光っているぞ!」
「ははは! エーテルでの発光です! ディズルスッポンよ! 私は逃げも隠れもしませんぞ! いざ、勝負!」
ハリスはびかびかと黄金色に発光しながら愛用の槍を持ち、ドボンと沼地にダイブした。
●
「――ふむ。これだけの種類が生息しているのなら、スッポン以外にも実は美味くて栄養価に優れる魔獣がいるかもしれん」
同じ頃。ナハティガル=ラーはサラマンダーと共に狩りに出ていた。
「我らとて、湿地帯に生きる全ての生き物を把握しているわけではありませんからな……記録は口伝しかないものも多いのです。特異個体とかもおりますしな」
「ふむ、ならば今日、この場で未だ観ぬ至高の具材を狩り、ギシュム族の食生活の一助となろう」
「かたじけない、ドラゴン・ザ・ダーク殿(注:ナハティガルのリングネーム)」
こうして、ゴブリン族に伝わる開拓精神を発揮したナハティガルは、湿地帯に眠る未知の食材に挑む!
「……ムッ」
「おりましたか」
「ああ。沼地のえらく下の方に生命反応がある。深海魚? 的な魔獣かもしれん!」
「なるほど、沼地の底の方は我らも溺れる者でもおらぬ限り入りませんからな。新種発見の可能性は高いやも……」
「よし、ではサラマンダー、頼むぞ。だいたいあのあたりだ」
「承知しました。ではシーザーロアで誘い出します ハァーッ!!」
ナハティガルが指定した場所に闘気を叩きこむサラマンダー。すると、沼地の底から粘つく水面を切り裂き、巨大な魔魚が姿を現した!
「ハリセンボン……? それにしては凶悪な面構えだが」
「ガシラ? でしたか。海の魚にもよく似ておりますな。このような魔獣は初めて見ましたが」
「よし、新種だな!」
出現した魔魚は直径5メートルはあろうかという、丸っこい魚だった。その全身には鋭い針が無数にささくれ立っており、顔は怪獣のように凶悪だった。食いたいか? と聞かれると、恐らく多くの人が「うーん……」と思うだろう。だが、釣り人は知っている。見た目が多少毒々しくとも、美味い魚はけっこう多い。
「ガオーッ!!」
魔魚は咆哮すると、千の針をナハティガル達に浴びせた。ナハディガルはひらりと身を躱し、沼地に向かって飛び込む。
「ここで仕留める!」
空中でナハティガルの禍々しい短剣が閃いた。一瞬にして三度斬りつけたナハティガルはそのままじゃぽーん、と沼地に突っ込み、華麗な身のこなしで陸へと這い上がった。魔魚の方はというと、致命傷を負い、ぷかぷかと逆さになって浮いていた。
「サラマンダー。――食えそうか?」
「たぶん……。毒腺とかあっても、美味そうならとりあえず食ってみる勇者はおります。ギシュム族には」
「流石だな。我らゴブリンの歴史でも、毒キノコやフグを食って死んだ先人達はきっと少なくないはずだ。……だが死なれても困るので、ストレガにでも確認しておこう。魚は鮮度が命。血抜きをして、急いで集落に運びこむぞ!」
こうして、ナハティガルとサラマンダーは見事、深海魚っぽい新種の魔獣を狩ることに成功した。「ナハティガルヌマオオフグ」と命名された魔魚はストレガ・L・リベルガストラによっておいしく調理され、鍋の具材および、唐揚げとしてテーブルに並んだ。
●
「いやあ、イキのいいディズルスッポンがたくさん獲れて何よりです。これならばお二人もきっと満足されるでしょう」
見事スッポン・ポンから生還したハリスは、鼻歌を歌いながらスッポンを調理していた。発光したせいでディズルスッポンだけでなく、関係ない魔獣まで寄ってきてしまったが、ハリスは開墾の竜爪を必死に振るい、見事全ての魔獣を返り討ちにしてしまった(ふんどし一丁で)。ちなみに、もちろん今は服を着ている。
「珍しい魚が獲れたぞ! たぶんフグの仲間なんじゃないかと思う。こいつも捌いてくれ、ストレガ」
「フグはともかく、スッポン鍋は精力増強剤なのでは?」
ナハティガルとハリスに食材をどっさりと渡され、薬学知識のあるストレガ・L・リベルガストラは訝しんだ。
「まあ滋養強壮なのは間違いない。彼らの強さの秘密の一端なのかもしれぬ」
持て余したエネルギーを狩りや鍛錬に使ってるのかもしれない、と納得することにしたストレガは、さっそく顔を布で覆い、調理に入った。
「食べたカップルがよろしくやろうがストレガ知らないのだ。そんなことより美味しい冷鍋にするのだ」
この集落は卵が多い、ということはつまりそういうことなのだろう。今は冒険者達や帝国近衛兵もいるので、流石に自重してくれると信じたいが。
「魔獣・クリーパーは解体時よく検分する。媚薬成分は兎角食中毒があってはならない」
ストレガはディズルスッポンを綺麗に解体した後、よく水で洗いながら、食べられる部位と食べられない部位に分けていく。甲羅や骨も武具の素材などには使えるので、捨てずに別の机に置いておいた。
「肉と加熱が必要な野菜を茹で、火が通ったら水で冷やす。調味料を合わせてスープを作り、冷やす。最後に具材を盛り付けてスープをかけ、完成なのだ」
ストレガの丁寧な調理により、スッポンスープはアクが見事に取り除かれ、清流のように澄み切ったスッポンスープが完成した。
「うむ、上品なうまみがしっかり出ているのだ」
ストレガは軽く味見はしたが、スッポン肉は食わないでおくことにした。
(混沌を観察しないのは損なのだ。混沌の後片付けする人員も必要になるのだ)
好奇心旺盛なストレガであった。
●
「さあどうぞ、獲れたてのディズルスッポン鍋です。この湿原でしか食せないものですぞ。どうかご賞味下され」
ハリスは小鍋にスッポンを取り分け、主賓のアシムベートとレイウェストに配膳した。
「ありがとう」
「ああ。礼を言うぞ。ターミル族の若者よ」
●
(レイウェスト皇子と、アシムベートさんは仲良くなれたのかな?)
二人の様子が気になったエルはちょっと二人の様子を見にきた。
「……アシムベート殿。暑い日が続きますね」
「そうであるな。帝国はこの湿地帯より過ごしやすいかな?」
「そうですね、平原の風は心地よい。もっとも、過ごしやすいかと聞かれると、クリーパーだらけなので頷きにくいですが……。国を立て直すには、まだまだ努力が必要でしょう」
「そうであったな。だが、幽界樹との決戦は近い。我らギシュム族もその時が来れば全力で力を貸そう」
「頼りにしております、アシムベート殿」
(あんまり親子っぽくない、かな)
エルは微妙な表情で楽器のところに戻っていった。
●
「刮目せよ! これが生まれたままのリザードマンの姿だッ!!」
「汚いものを見せようとするんじゃない!」
ボグッ!
「今日のレイウェスト皇子はなんだか可愛い気がするんだが。もしかしておん……」
「おっと、そこまでにしときな!」
バゴッ!
宴席に突如吹き荒れるバイオレンス。悪酔いし、全裸になろうとしたアホなリザードマンや、ヒューマンの皇族に不敬な言葉を吐きかけたギシュム族の後頭部を、ルチル・プルメリア・グレイハーツの酒瓶が容赦なくブッ叩いていく。彼女は宴の席にテンションの上がった蜥蜴人が羽目を外し過ぎないように酒瓶でしばく仕事を引き受けている。全ては同胞の名誉の為である。ルチル本人もけっこう飲んでいるが、彼女は類まれな酒豪であり、ちゃんと理性を保っていた。……暴力性が解放されているように見えるが、あくまで治安維持の為の実力行使である。
「やれやれ、酔っ払いの厄介さはどこでも変わらないね」
ため息を吐くルチル。カジュアルな飲み会とはいえ、一応ヒューマンの一国家の長とリザードマン種族の代表者が出席している宴会である。無礼講にも限度はある。
「さて、邪魔するよ」
一仕事終えたルチルは席を移動し、レイウェストとアシムベートがいる鍋の近くに腰を下ろした。皇子と大酋長の親子の対面を見守る構えである。
「アタイはただのガヤだから、空気みたいな物だと思って無視してくれていいさ」
ルチルは酒瓶を開けながら、さりげなく二人の様子の観察を始めた。ぎこちない二人の会話をアシストするために。
(親子とは言っても……そう簡単に打ち解けられる訳ないよね。お二人の立場は色々と複雑だし今は焦らずに時間をかけて、少しずつ距離を縮めていくしかないと思う)
エルゼリオ・レイノーラも無言で鍋をつつく二人のサポートをすべく、スッポン鍋の近くに腰を下ろした。
「アシムベート殿、飲み物のおかわりが必要ではありませんか?」
「うむ、そろそろ何か頼もうかと思っていたところさ」
二人は多少会話はするようになったが、弾んでいるとは言い難い状況だった。互いの呼び名も、血縁を明かす前と一緒だった。
(宴が賑やかだったら無理して話さなくてもいい? 二人共生きているんだし)
「……親子だって分かる前はどんな話ししてました?」
いつの間にか宴会に混ざっていたエルは鍋をつつきながら、思い切って直接二人に聞いてみた。
「そうだな……帝国とリザードマンの外交の話や……幽界樹討伐の件などだ。あとは、エフレムの話とかをしていたな」
「そうさな、おおむね真面目な話だった。あとは軍事訓練の話などもしたな」
(今と、同じなんじゃ?)
エルは首をかしげた。
「ボクはスッポン食べるのって初めてなんですけど、皇子は食べられますか?」
エルゼリオは小皿に鍋の具を盛り、皇子に配膳した後、自分の分のスッポンも確保した。
「ああ、問題ない。たいていの物は食べられる。帝都脱出直後は野営もしていたし」
「スッポンは淡白な味で食べやすい。栄養価も高いので、戦士の食卓には向いているのさ」
レイウェストの言葉に、アシムベートは満足そうに頷いた。
「あ。ほんとだ、おいしい。へえー! なんか特別な効能があったりもするんですか?」
「うむ。食べると体が熱くなる。肉体が高ぶったリザードマン達はしばしば……食後の鍛錬を始めたりもするのさ」
(あれ? いまなんか変な間が?)
アシムベートは途中若干言いよどんだが、スッポンをぱくつきながら酒を飲んだ。
「なるほど! スッポン鍋を食べ続けたら、皇子も数年後にはアシムベートさんみたいに逞しくなるかも知れませんね! メアリー王女もきっとビックリしますよ」
「それは……ああ、きっと驚くだろうな」
「うむ。魔獣であるディズルスッポンはともかく、普通のスッポンなら帝国にもいるだろう。気に入ったら、殿下も捕まえて食べればいいさ」
「ええ。このディズルスッポンという魔獣、なかなか美味ですね」
まだ多分にぎこちなさは残るものの、ちゃんと会話にはなっている。親子の絆を育んでいる(?)二人の様子を見て、エルゼリオは満足そうに微笑むのだった。
「十何年も寂しい思いをさせられたんだ。存分に甘えてやれ」
ルチルは頃合いを見て、レイウェストに声をかけた。
「む。甘える、か……。考えたこともなかった」
レイウェストはルチルの言葉に困惑していた。
「まあ皇族であれば、そうであろうさ。『家庭』というのか? 儂もヒューマンの親と子の関係はいまいちよく分かっておらぬ。無論、此度殿下に受けた恩義にはギシュム族の長として報いるつもりだが。部族の者達も、殿下が同族であると知った以上、これまで以上に親近感は湧いているだろうさ」
「ありがたいことです、アシムベート殿」
ヒューマンの一般的な血縁関係とはまた異なるようだが、二人の間には確かな信頼関係があるようだ。
●
「さあ食うがよい。冷たい鍋なので冷ます必要はないぞ」
給仕をしていたベルク・オスマットがスッポン鍋を小鍋によそうと、ナハシュとヨル・スレイマンはさっそく一口ほおばった。
「これが噂のスッポンかぁ!! ウメエな」
「ん、美味しい。これはいいね。大吟醸がキマる……」
ナハシュは親指を立てた。ヨルもスッポン肉を次々とおかわりしながら清酒(ターミル米の米酒)を煽り、ご満悦だ。
(まあ、俺が心配することじゃないよな)
ヨルはきまずそうなレイウェスト親子を遠目に見つつ酒を飲む。シャルガネの酒と似たような感じだが、なかなかに芳醇で上品な味の酒だ。
「チーズぶち込んで食うとさらにウメエ。今度うちでもやろうぜ」
「スッポンがそうそう手に入らなさそうだが。これはいいね。家でも食べたいのはわかる」
「積もる話も、不安もありましょう。しかし我々は難局を生き延び、共に食卓を囲んでいる。今はそれで良いのではありませんか」
ハリスは二人を遠目に見守り、目を細めていた。
(己の力は微々たるものだが、尽力して良かったよ)
ルチルはぎこちなくとも親子の時間が動き出したように見える事に喜びを感じていた。ルチルは養父を亡くしている。それゆえに、血縁を明かしたアシムベートの行動には思うところがあった。
●
(アシムベート殿が生き残って何よりだ。レイウェスト皇子の御父上であったとは驚いたが、ともかく、二人揃って宴に参加できたことは喜ばしい)
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトはレイウェスト親子の近くに座り、二人を見守っていた。冒険者達にも同じ考えの者が多かったのか、レイウェストとアシムベートの周りは冒険者達が集まっていた。
「アシムベート殿。お戻りになられて何よりです。さあ、ここは一杯」
「おお、かたじけない」
アシムベートはアルベルトに勧められた酒をぐいっと煽る。アルベルトより体格が良いこともあり、なかなか迫力のある豪快な飲みっぷりだった。
「では自分も」
アルベルトも負けじと、強めの酒を一気に煽る。気持ちのいい飲みっぷりに、ギシュム族からも歓声が上がる。
「殿下もアシムベート殿に何か一言を。せっかく親子での宴席なのですから」
「……そうだな。一言。一言か……アシムベート殿。先日レスリングの試合で冒険者と戦ったと聞きましたが……」
「ん? ああ、戦ったともさ。二度ほどな。残念ながらどちらも敗北してしまったが、いい試合であった。今度は剣で競い合いたいものだ」
「左様ですか。素手での試合とはいえ、かなりの手練れですね」
(今日、アシムベート殿と手合わせできないのは残念だぜ)
アルベルトはちょっと残念がっていた。さすがにこの場でアシムベートに勝負を申し込むのは無粋であろう。だが……。
「アルベルト殿はなかなか良い体をしておりますな。名のある剣士とお見受けしました。酔っておられなければ、手合わせいただいても?」
アルベルトが闘争本能をもてあましていることに気付いたのか、向かい側にいたリザードマンが挑戦的な視線を送ってきた。
「その言葉、待ってたぜ!」
●
かくして、レイウェスト親子たちが見守る中、アルベルトとギシュム族の戦士アモンの御前試合が行われることになった。ちなみにアモンはかつて湿地帯で行われたレスリング大会でアシムベートとタッグを組んだ『アシムベート・ジュニア』選手その人らしい。なお、アシムベートとの血縁関係はないので、レイウェストの兄弟とかではない模様。そして、御前試合が決まった時から、なぜか勇壮なテーマがどこからか聞こえてきた。
「いくぞ!」
アモンはシーフもかくやという速度でアルベルトの懐に踏み込んできた。アルベルトは瞬時にエーテルで肉体を硬化させ、アモンの剣を受け止める。
「硬い!」
アルベルトの凄まじい硬さに驚くアモン。アルベルトは返す刀で黒剣を振りかぶり、雷光の一撃でアモンの胴を薙いだ。
「がはっ!」
「そこまで! 勝者アルベルト!」
「見事だ、帝国の剣士よ……」
アモンが口から血をこぼしながら差し出してきた手を、アルベルトは強く握り返した。
●
「そういえば、このムーディな音楽はどこから聞こえてくるのだろう?」
「これは、リュートの音色だな。吟遊詩人でも呼んだのか?」
「これは相当の達人だぞ。名のある演奏家に違いない」
口々に騒ぎ立てる帝国近衛兵達。リュートを演奏しているのはエルである。エルは宴会を盛り上げるべく、姿を隠し、演奏に専念していた。周りの様子に合わせ、その場の雰囲気に合わせた曲を弾くエル。笑い話が盛り上がっている時は賑やかな曲を。逆に真面目な話が盛り上がっている際は、落ち着いた曲を弾いた。アルベルトが決闘している時に流れていた勇壮なテーマも、エルの仕業であった。
●
「いざ向かい合うと言葉に詰まる……と。急展開が続きましたので仕方のない事でもありますか」
ヴィルヘルミナは無言で向き合いながら鍋をつついているレイウェストとアシムベートを遠目に見ながら、ぽつりと呟いた。ヴィルヘルミナはと言うと、厨房のピンチヒッターとして調理を担当している。凝り性が多いドワーフらしく、彼女のテーブルには沼の幸を生かした数々の創作料理が所せましと並んでいる。肝心のディズルスッポンの肉はと言うと、ヴィルヘルミナの卓越した刀工技術により、紙のような薄切りの刺身にされていた。
「どこまで薄切りにできるか限界に挑戦してみましたが……このあたりが限界のようです」
「凄いな……ドワーフのお姉さん、うちの集落に(嫁に)来ませんか。強そうだし」
「遠慮しておきます。……油でもあれば素揚げでも良かったかもしれませんが」
「あ、あるよ。菜種油だけど」
「十分です。では、素揚げも試してみましょう」
ヴィルヘルミナはサッとスッポン肉に火を通した。
「これだけ作れば十分でしょう」
ヴィルヘルミナは出来上がったスッポンの刺身と魔獣の創作料理を宴席に持っていった。割り当ての魔獣はあらかた調理し終えたので、自分もレイウェストのテーブルのすみっこに座り、酒瓶を開けた。
●
「ずいぶん、変わったものを作っているね」
グレイブ・ヤードが果実を砂糖で煮詰めていると、調理担当のリザードマンが声をかけてきた。
「マルメラードというものです。酒の後は、水分と共に吸収されやすい甘味も必要でしょう? 寒い地方では一般的な菓子なのですが、湿地帯では食べられていませんか?」
「へえ、そうなのかい。他の集落は知らないが、うちでは初めて見るねえ」
「そう難しい料理ではありませんよ。サトウキビは湿地帯でも栽培されていますし……凝固剤となるゼラチンは医薬品として利用されていたものを流用しました」
「なるほど、それなら、アタシにも作れそうだね。後でレシピを教えておくれよ」
「ええ、構いませんよ」
●
「ナハティガル殿が獲ってきた魔魚の唐揚げもできたのだ。フグのような魚だったが、毒腺は取り除いた」
「うむ、それは冒険者のテーブルに持っていこう。スッポンの肉の皿はこれか?」
「うむ」
「心得た! スッポンのお代わり、お待ちどう!」
ストレガからスッポンの切り身を受け取り、ベルクはレイウェストのテーブルにすっ飛んでいった。
「皇子殿下、アシムベート殿、お代わりをお持ちしました」
「ありがとう」
「おお、ありがたい。宴席でも給仕の手伝いとは、冒険者達にはずいぶん気を使わせてしまったな……」
「我についてはお構いなく。我はレイウェスト皇子殿下の臣下ですので」
「左様か」
●
(征竜さまは一体何を考えているのでしょう……)
レイウェストと同じテーブルの席についたトーラは、征竜からのメッセージについて考えていた。
(征竜さまはレイウェストさまの存在と、人が増え過ぎている事を危惧している様子でした。レイウェストさまは、イダ妃から何か特別な力を受け継いでいるのでしょうか?)
イダは授恵者と比較してなお『超人』と呼べる存在だ。彼女と瓜二つの容姿を持つレイウェストが、何か特別な力を秘めていても不思議ではない。
(イダ妃を討てば、征竜さまは人を減らそうとするのでは……? その時、レイウェストさまは立ち向かうでしょう。その時は、隣には立てなくても、わたしはレイウェストさまの刃として前に立ちたい)
その決意を込めて、トーラは初恋の人に声をかける。
「ご婚約、おめでとうござい……ます! この先どの様な事になっても、わたしもレイウェストさまのお力にならせて下さい!」
「ありがとう、トーラ。これからも至らぬ私の力になってくれれば幸いだ」
レイウェストは涼やかな微笑みをトーラへと向けた。
●
(遠目で見守りつつお鍋や飲み物の用意をお手伝いでもしようかと思いましたけれど……)
「え、余興が足りない、ですか……」
「ええ、そうなのです。何か見栄えのする特技をお持ちであればぜひ披露していただきたく……」
コルネリウス・アーラはアイギス隊長(宴会幹事)から相談を受けていた。どうやら、宴会の出し物が不足しているらしい。
「今は火吹馬の服しか持ち合わせがないのですが……これでも? いい? 解りましたやります!」
●
(皇子殿下とアシムベート様が気まずそうなのが少し気になりますが、互いに想う言葉は、きっと有るのではと思うのですが……私も血縁の親と急に向かい合わせになったら、困惑すると思いますし……)
舞台袖(代わりのテント)から、コルネリウスはチラリとレイウェスト親子の方を見る。お互いの立場もあるのだろうが、二人は静かなテンションで、宴会というほどには盛り上がってはいなかった。
「次は誰の芸だ?」
「冒険者のコルネリウスさんですよ」
「ほう! あのエルフ女性か。弓術でも披露してくれるのかな?」
期待に胸を膨らませる宴会参加者達。
パカラ。パカラ。ヒヒーン……。
突然、遠くの方から馬の蹄の音と、嘶きが聞こえてきた。
「ぼおお! ぼおお!」
紅い馬の衣装を着て、飛び込んできたのはコルネリウスだった。コルネリウスは火吹き芸人よろしく、口に含んだ火酒を火打石で着火し、見事な火吹き芸を披露した。
「オオッ!」
ギシュム族達は大喜びだ。コルネリウスは火吹き芸だけにかまけることなく、馬の蹄の音と鳴き真似も熱演している。その様はまさにプロフェッショナルだ。お笑い芸人の。
(よかった、ウケてるみたいです!)
大笑いしているギシュム族達と、唇をひくつかせているレイウェストとアシムベートを見て、コルネリウスは微笑んだ。
「なるほど、エルフというのは案外ひょうきんな種族なのだな」
「いえ、みながみな、ああではないと思います」
アシムベートの言葉にそれなりの数のエルフの知り合いがいるレイウェストは苦笑しつつ、種族の名誉を守った。
●
宴席が落ち着いてきた頃、ベルクはユズリハの近くに座り、小声で話しかけた。
「時にユズリハよ、そなた確か王国内で歩き巫女しておったじゃろ? 王国の弱みになりそうな情報の控えとかってあるかの?」
「ううん、コメントに困る質問だなあ……王国の人もいるしなー」
チラッチラッとユズリハは周りを見た。王国民であるかどうかはともかく、パンクリアース学園に籍を置いていたり、聴講生として学園に出入りしている冒険者はこの場にもけっこういた。
(現状だとユズリハとターバスは直近で王国や都市同盟でのやらかしが目立つ。特にターバスは、元宮廷の蟲共の作戦にも参加している。レイウェスト皇子殿下の方についてくれるなら、我は水に流しても良いが、後々外交で問題になる可能性はある。全部ヨゼフのせいだが……)
「過激派諜報員時代に得た情報や過激派やメドゥと通じた貴族の情報などは纏めて殿下に献上してくれ」
「ああ、それはもちろん。ターバスの件の恩義もあるし、今更皇帝やレウグス……ああ、私達の上官ね。にお義理立てするつもりもない」
「うむ。あと都市同盟でメドゥと通じてそうな都市や議員の情報があったらくれ、あっちにも頭下げないといけないからの」
「それは、まあ……レイウェスト皇子の外交担当とも相談して決めないといけないので……」
ユズリハは気まずそうに言った。
「ところで、ウィリアムに隠し子とか、捨てられた女とかおらん?」
「第二王子? うーん、王子の女性関係もちょっとは調べたけど、スキャンダルと呼べるような噂はなかったよ。変な遊び方はしてないみたい」
「そうか……つまらん……。いや、あっても困るが」
ベルクはしょんぼりした。
「あ、でも口外すると私が消されそうな、『娼館で聞いた貴族や富豪の痴態』みたいな情報なら割とある」
「お、それは皇子殿下にも役に立ちそうだな」
(どうやって調べたのかは聞かないでおこう)
●
「ターバスさんはこちらの方にいると聞いたのです」
レラ・F・ギュンターはしばらくスッポン鍋をつついた後、ターバスにもおすそ分けをすべく、小鍋を持って集落を彷徨っていた。先日の戦いで視力を失ったターバスは宴には参加せず、一人聴覚の鍛錬をしているという。せっかくの美味しい料理なので、レラはターバスにも食べてもらいたかったのだ。
(あ、いたのです。聴覚を鍛えていらっしゃる最中とのことですし、忍び足でそーっと……)
レラはあえて足音を殺し、こっそりとターバスに忍び寄る。すると……
「誰だ?」
「あ、気付かれてしまったのです。すごいのです」
「その声……聴き覚えがある。あの時救援に来てくれた冒険者か」
●
「腹が減っては修行はできぬ、ですよ。食べる訓練も必要でしょう。あーん、とか、した方がよろしですか?」
「いえ、それは結構。初めは苦労したが、食事ぐらいは一人でできるようになった」
ターバスはレラの魅惑の申し出を丁重に辞退し、小鍋を受け取った。ターバスは小鍋を平らげ、レラに礼を言った。レラはバックパックからぬいぐるみを取り出すと、ターバスに手渡した。
「これは……? 武器、ではないようだが……」
「どぞ、根詰め過ぎませんよう。こちら、お守りの真っ白いトカゲさんのぬいぐるみです」
「……ありがとう、少女よ」
「ホムンクルスのレラなのです」
「ホムンクルス……そうか、ありがたく頂戴しよう、レラ」
●
「おっと。ここにいたんだね、ターバス君」
ターバスが鍛錬を再開しようとした時、スッポン鍋を持った中年の男が現れた。ディレイン・オールドケイジだ。
「誰だ?」
「医者のディレインだよ。変態仮面も含めて鳥と戦った時、君にクラスを聞いたんだけど、覚えてるかな」
「ああ、あの時の……」
(直接救助したチームじゃなくてもあの場にはいたし、彼が失ったものに対して歯噛みはするんだけど。頑張る人には頑張れるように背中押してあげたいじゃない)
卓越したヒーラーであろうと、たとえ超人的な手術の腕を持つ医者であろうと。失った眼球までは治せない。ディレインにはターバスの眼の治療をすることはできなかった。が、せめて彼の後押しをしようと、この場を訪れることにしたのだ。それに、ディレインには、個人的にターバスやユズリハに聞きたいこともあった。
「先客がいたみたいだけど、もう一杯食べるかい?」
「せっかくだ、いただこう」
「訓練するにも体力は必要だよ。食べて食べて。レラちゃんもいる?」
「いただくのです!」
ディレインは持ってきた二人前の鍋を三等分した。
「ターバス君、これからどうするんだい?」
「レイウェスト皇子と共にヴィントに行くつもりだ。見ての通り、戦士としては戦えなくなった身だが、レイウェスト皇子は俺に盲目の者用の仕事と、住まいをくれるそうだ」
「そうか。それは良かった」
自分も鍋をつつきながら、ディレインは微笑んだ。
「ディレイン……それにレラも。ここに来ていたのか」
茂みから現れたレピド・クロサイトは、三人目のスッポン鍋を届けに来た冒険者だった。
●
「アンタ達と一緒にいたもう一人の仮面、生前の俺の……その、先生だった、らしい。それで、奴がアンタ達と行動していた事が気になって」
岩に腰かけ、スッポン鍋をつつきながら、レピドは呟いた。
「ティーチャーか。奴は帝国近衛兵ではないぞ」
「そのあたり、詳しく聞かせてほしいんだよね。ターバス君とユズリハちゃんと……君はどういう関係だったの?」
「あの男は帝国近衛兵ではない。そして、俺とユズリハも帝国近衛兵の正規兵ではない。ダハーカという中隊長が個人的に使っていた諜報員だ。ティーチャーは、帝国過激派とパイプを持つ闇組織の暗殺者だ。人材育成能力に長けるため、ギシュム族を訓練する教官の役割を与えられている、と、聞かされていた。だが、奴はヨゼフが我々を切り捨てたタイミングで俺の神具を奪っていった。恐らく、奴は最初から皇帝の思惑を知らされていて、ダハーカの命令で動いていたに違いない」
ターバスは淡々と答えた。
「そのダハーカという男は今どこに? ここには……いないよな」
「ああ、ここにはいない。あの男は帝国実力派……いや、過激派思想を持つ帝国近衛兵だった。奴は今でもヨゼフの側にいるはずだ」
●
「帝国近衛兵がどういう組織だったのか、それを知りたい。奴が帝国と関係があるのなら、生前の俺もそうなのだろうか……と、そう思って。それを抜きにしても、俺は帝国過激派と呼ばれる者達を俺達をホムンクルスにした奴等の仲間、くらいにしか認識していなかった。けれど、救出作戦に参加してみて何かが違うと感じて……だから過去に関わりがあっても無くても改めて『知りたい』と、そう思った」
「いいだろう、教えてやる。お前には知る権利がある」
レピドがターバスに尋ねると、ターバスは頷いた。
「帝国近衛連隊……すなわち帝国近衛兵は皇帝直属の決戦部隊だ。帝国近衛兵は全員授恵者で構成されており、総数は約千名。帝都崩壊前はリーンエス王国騎士団と並び、世界最強の授恵者集団だった。今は五十名足らずしか残っていないが」
「アイギス中隊は征竜信仰に否定的だったが……帝国は征竜を憎んでいたのか?」
「その通りだ。征竜の打倒こそはシルトラース帝国の国是であり、征竜から人々を守る『人類の盾』こそが我々帝国近衛兵だった」
ターバスはそこまで言うと、スープを啜った。
「なぜ帝国はそこまで征竜を憎む?」
「征竜はかつてシルトラース帝国の前身であった、『シル・ウァキア』を滅ぼした邪悪な存在だからだ。ヨゼフが自分に忠実な僅かな近衛兵だけ残して連隊を切り捨てたのは、征竜と手を組むのに我々がジャマだったからだろう」
「そんな国があったのか……すまん、続けてくれ」
「分かった。……帝都崩壊後、ヨゼフ一派は丸ごと『帝国過激派』と呼称されるようになったが、『帝国過激派』は思想の名であって、組織の名ではない。帝国近衛連隊は帝都崩壊時にヨゼフ皇帝と共に帝都を脱出したが、一向に民を守ろうとしないヨゼフに対しては連隊内でも不満が燻っていた。もっとも、我々は軍人だ。表立って皇帝に異を唱える者は少なかったが、な」
ターバスは首を横に振った。
「なんだか、ものすごく難しいお話なのです」
「安心して。おじさんもあんまりよく分かってないから。メモを持ってくるんだったなあ……」
レラが首を捻ると、ディレインは苦笑した。
「じゃあアルルカン……俺達ホムンクルスを造り出した男は、帝国近衛連隊とは関係なかったのか?」
「奴は帝国近衛兵ではなく、宮廷道化師だ。無関係とまでは言わないが、『帝国宮廷』と『帝国近衛兵』は別々の集団だったと考えてもらっていいだろう。だが、帝国近衛兵にも皇帝の狂信者や、目的の為には手段を選ばない、という思想の者はいた。そういった連中の生き残りや、皇帝から特に目を掛けられていた奴は、今も皇帝の側にいるはずだ」
「ありがとう。……理解し切れているかどうかは正直怪しいが、参考になった」
レピドは頭を下げた。
「うん、ありがとうね。ちなみに君とユズリハちゃんは仲いいの?」
「それは、レラも気になるのです」
レラは一歩前のめりになった。
(ん? 戦友ではないのか?)
レピドは訝しんだ。
「ユズリハは、俺の弟子だ。7年前、戦闘の基礎を教えた。……それだけだ」
「なるほどね」
(それ、結構なことなんじゃ)
「なるほどなのです」
ディレインとレラがじっと見つめている気配を感じたのか、ターバスは話を逸らすようにこう続けた。
「ちなみに偽の征竜の巫女だったイネスと、その付き人バルバスは帝国近衛兵ではない。イネス・コンテスティは元はザフィーアと同じく宮廷の女官だ。イネスの付き人を演じていたのは、帝国宰相ナサニエル・バルバスティン。魔窟と称された帝国宮廷の頂点に立つだけの戦闘力もあわせ持つ怪人で、かつては近衛騎士エフレム、近衛連隊長マクシミリアン殿と並んで帝国三強の一角と言われた男だ。その戦闘力は本物の征竜の巫女さえも凌ぐだろう」
●
(今、エフレム様のお名前が外から聞こえてきたような?)
スィーリーンは外で誰かがエフレムの話をしている気配を感じ取り、そわそわした。
(おっと、いけません。宴会に集中しましょう)
スィーリンの席はレイウェストとアシムベートがいるテーブルだ。親子の語らいを邪魔するつもりはなかったが、二人の様子は気になるので、さりげなく聞き耳は立てていた。
「殿下。そろそろ火加減もよいのではないか?」
「そうですね、アシムベート殿」
(まだぎこちない気もしますけれど、そもそも私達リザードマンは『親子』をあまり意識しませんものね。宴の空気で場が和めば良いのですけど)
(エフレム様もこの場にいらっしゃればよかったのに。残念です)
スィーリーンはぎこちない親子を見ながら、ふとそんな風に思った。実際にはエフレムは幽界樹を召喚し、帝都を滅ぼした大罪人なのでたとえ近くにいたとしても宴席に加わることはできないのだが、スィーリーンは今もなお、語らずの智者エフレムへの敬意は失っていない。
(エフレム様、今どこで何をなさっているのでしょう……)
「気がかりな事は様々ありますけれど……今は勝利を祝いましょう」
スィーリーンは静かに、スッポン鍋をつついていた。
「あのピンクの姉ちゃん、なんだか色っぽくね?」
「そうだな、憂いを秘めた眼差しがいい……」
「俺は骨のお姉ちゃんのほうが……」
「そっちは顔、分からんじゃないか」
「気になるよな」
スィーリーンはギシュム族に密かにモテていた。酒宴にロマンチックな出会いを求めるのは、ヒューマンだけではないようだ。
「湿地帯のお酒もなかなかですね」
グイっと清酒を煽り、ヴィルヘルミナは満足そうに微笑む。何気にヴィルヘルミナもけっこうな量の酒を飲んでいた。ドワーフのたしなみである。
●
「いやあ、けっこう食ったな。食ったらなんか、体が熱くなってきたわ」
ナハシュは布で汗をぬぐっていた。
「いやあ、体が火照ってきたな。踊ろうか」
「お、ダンス対決か? 俺の華麗なステップを見せてやろう!」
スッポン鍋でいい感じに体が温まったギシュム族達と帝国近衛兵達は次々と立ち上がった。どうやらダンスをするらしい。空気を読んだエルはダンス用の曲に合わせ、伴奏を開始した。
(今日のナハシュ……なんだかいつもより色気が?……)
ヨルは顔を火照らせてリラックスしているナハシュを見て、ワイルドな色気を感じていた。ナハシュはいつも通りの半裸だが、今日は普段にもましてセクシー……な、気がする。
「相撲しようぜ!! お前は骨頭、俺はクマちゃんの仮面な!!」」
ナハシュは立ち上がると、ヨルを誘った。どうやらこの集落では、スッポン鍋の後の相撲は恒例行事らしい。
「相撲? まあいいか。やるなら全力でやろう」
普段は躱すところだが、ヨルはだいぶ酔っ払っているため流されるまま骨頭を被り、ナハシュと相撲に興じることにした。授恵者同士の相撲が決まり、宴会参加者達もぱちぱちと拍手を送る。
(なんでいつもは駄目なんだろうな。良く分からないが受けてくれるのは珍しいな)
ナハシュは喜び、試合に欠かせないマスクを被った。
「うおりゃー!」(開脚回転飛び蹴り)
「あたたたたたー!」(素早くナハシュの胸を突きまくる)
雄たけびを上げながら相撲に興じる二人。勝ったり負けたりと勝負は白熱した。火照る体を沈めんと、二人は青春の汗を流す。
(なんかちょっと背徳感あるけど)
ヨルの感じている違和感は恐らくスッポン効果だろう。二人はこの後めちゃくちゃ相撲した。
「なるほど、ダンスをしたり、相撲をとりたくなる……と」
ストレガは何やら、メモを取っていた。
●
「食後のデザートを用意しましたよ」
グレイブは宴会の終わりごろ、リザードマンの料理人と一緒に切り分けた果実ゼリーを運んできた。
「おお、これは美味そうだ。カラフルで涼しげだな」
色取りどりのゼリーの数々に、宴会参加者達は目を丸くした。グレイブはさりげなく。羽目を外していたヨルとナハシュや他の酔っ払いリザードマン達の前には、酔い覚ましに酸っぱい柑橘系のゼリーを置き、他の者達にはメロンやリンゴなど、甘みの強いものを配った。
(さて、あの親子には……)
「食後のデザートです、どうぞ」
グレイブはあえて、切り分けずにおいたマルメラードをナイフと一緒にレイウェストとアシムベートのテーブルに配膳した。
「ふむ。大きいな……」
「切り分けるか。殿下、ここは儂が切ろう。殿下は大切な客人ゆえな」
「ありがとうございます、アシムベート殿」
アシムベートがデカい腕で器用にナイフを扱う姿を見て、グレイブは微笑む。
(……大事な事は、『分け合える』事でしょう。時間であれ、食事であれ)
●
「今日は世話になった。久々に、肩の力を抜くことができた」
「楽しい酒宴であった。礼を言うぞ」
レイウェストとアシムベートは別々の方向へと帰っていく。また、当面の間は帝国の皇子と大酋長の間柄に戻るのだろう。
「テントまでお送りいたします、皇子」
「私もご一緒します!」
「無論、我らも」
「御供いたします、レイウェスト皇子」
「ああ、ありがとう」
エルゼリオ、トーラ、アルベルト、ベルクはレイウェストの護衛として、彼についていった。
「……そういう、親子もあるということだ」
「……左様であったか」
宴席の解散後、ルチルは己の生い立ちをこっそりアシムベートに打ち明けていた。
「アタイの父も蜥蜴人の戦士であり、嘗ての族長であった。でも、もういない。養父との時間は二度と得られない。故に大酋長殿には、皇子が得られなかった物を取り返して欲しいんだ」
「心に、留めてはおこう。レイウェスト皇子殿下の考えている親子関係はおそらく、普通のヒューマンと比べても、ずいぶん異なるようには思えるが……もし、殿下がそれを望むのであれば……」
こうして、楽しい宴席は終わった。次に冒険者達がレイウェストと出会う時は、恐らく激しい戦場になるだろう。冒険者達はいずれ来る幽界樹との決戦に備え、体を休めるのだった。
(あなた方のお陰で雲霞鳥の脅威は凌げました。どうか安らかに眠って下さい)
トーラはこの騒乱で亡くなった人々の墓に花を手向けた。雲霞鳥との戦いは激戦だった。多くのリザードマンの戦士達が散り、湿地帯に来た帝国近衛兵百余名の内、生き残ったのは約半数だった。この集落での宴席に参加しているアイギス中隊は奇跡的にほぼ全員が生還した部隊だったが、それでも死者は二名いた。二人とも、遺体の回収は叶わず、墓の下に棺はない。
「墓参り、ありがとう。ハーフリングのお嬢さん」
トーラが墓で祈りを捧げていると、日傘を差したリザードマンの古老の一人が声をかけてきた。彼女も、墓参りにきたのだろう。
「いえ、共に戦った方々ですから」
「そうかい。……ここは暑い。さあさ、早くテントにお戻り。熱中症になってしまうよ」
●
「ディズルスッポンを裸で!? できますとも!!!」
ハリス・アル・ターミルは宴会会場の集落に伝わるスポーツ、『スッポン・ポン』に挑戦していた。全裸で踊るスポーツとかではない。勇気と肉体の強さが試されるリザードマンらしいスポーツである。
「おお、ターミル族のハリス殿が『スッポン・ポン』に挑戦するぞ!」
「農民といえど私もディズルの地に生きる者、ここは奮起せねばなりますまい!」
ハリスは農耕民族の出であり、決してギシュム族ほど戦いを好んではない。しかし、それはあくまで血なまぐさい闘争の話。スポーツ、しかも「食」に関わるものであるならば、話は別である。
(アシムベート殿とレイウェスト殿下は再び生きて出会えたようで、何よりです。ややぎこちないようですが最高のディズルスッポン鍋ならばどうとでもなるでしょう)
「私はお二人に極上のディズル・スッポンを召し上がっていただくため、あえて修羅になりましょう! イヤーッ!!」
雄たけびと共にはハリスは着ていた衣服を脱ぎ捨てる。その瞬間、ハリスの鍛え上げられた逞しい肉体が露出した。
「なんて神々しい! まるで輝くような肉体だ! もしやかれは美の化身なのでは!?」
「いや、待て! 本当に光っているぞ!」
「ははは! エーテルでの発光です! ディズルスッポンよ! 私は逃げも隠れもしませんぞ! いざ、勝負!」
ハリスはびかびかと黄金色に発光しながら愛用の槍を持ち、ドボンと沼地にダイブした。
●
「――ふむ。これだけの種類が生息しているのなら、スッポン以外にも実は美味くて栄養価に優れる魔獣がいるかもしれん」
同じ頃。ナハティガル=ラーはサラマンダーと共に狩りに出ていた。
「我らとて、湿地帯に生きる全ての生き物を把握しているわけではありませんからな……記録は口伝しかないものも多いのです。特異個体とかもおりますしな」
「ふむ、ならば今日、この場で未だ観ぬ至高の具材を狩り、ギシュム族の食生活の一助となろう」
「かたじけない、ドラゴン・ザ・ダーク殿(注:ナハティガルのリングネーム)」
こうして、ゴブリン族に伝わる開拓精神を発揮したナハティガルは、湿地帯に眠る未知の食材に挑む!
「……ムッ」
「おりましたか」
「ああ。沼地のえらく下の方に生命反応がある。深海魚? 的な魔獣かもしれん!」
「なるほど、沼地の底の方は我らも溺れる者でもおらぬ限り入りませんからな。新種発見の可能性は高いやも……」
「よし、ではサラマンダー、頼むぞ。だいたいあのあたりだ」
「承知しました。ではシーザーロアで誘い出します ハァーッ!!」
ナハティガルが指定した場所に闘気を叩きこむサラマンダー。すると、沼地の底から粘つく水面を切り裂き、巨大な魔魚が姿を現した!
「ハリセンボン……? それにしては凶悪な面構えだが」
「ガシラ? でしたか。海の魚にもよく似ておりますな。このような魔獣は初めて見ましたが」
「よし、新種だな!」
出現した魔魚は直径5メートルはあろうかという、丸っこい魚だった。その全身には鋭い針が無数にささくれ立っており、顔は怪獣のように凶悪だった。食いたいか? と聞かれると、恐らく多くの人が「うーん……」と思うだろう。だが、釣り人は知っている。見た目が多少毒々しくとも、美味い魚はけっこう多い。
「ガオーッ!!」
魔魚は咆哮すると、千の針をナハティガル達に浴びせた。ナハディガルはひらりと身を躱し、沼地に向かって飛び込む。
「ここで仕留める!」
空中でナハティガルの禍々しい短剣が閃いた。一瞬にして三度斬りつけたナハティガルはそのままじゃぽーん、と沼地に突っ込み、華麗な身のこなしで陸へと這い上がった。魔魚の方はというと、致命傷を負い、ぷかぷかと逆さになって浮いていた。
「サラマンダー。――食えそうか?」
「たぶん……。毒腺とかあっても、美味そうならとりあえず食ってみる勇者はおります。ギシュム族には」
「流石だな。我らゴブリンの歴史でも、毒キノコやフグを食って死んだ先人達はきっと少なくないはずだ。……だが死なれても困るので、ストレガにでも確認しておこう。魚は鮮度が命。血抜きをして、急いで集落に運びこむぞ!」
こうして、ナハティガルとサラマンダーは見事、深海魚っぽい新種の魔獣を狩ることに成功した。「ナハティガルヌマオオフグ」と命名された魔魚はストレガ・L・リベルガストラによっておいしく調理され、鍋の具材および、唐揚げとしてテーブルに並んだ。
●
「いやあ、イキのいいディズルスッポンがたくさん獲れて何よりです。これならばお二人もきっと満足されるでしょう」
見事スッポン・ポンから生還したハリスは、鼻歌を歌いながらスッポンを調理していた。発光したせいでディズルスッポンだけでなく、関係ない魔獣まで寄ってきてしまったが、ハリスは開墾の竜爪を必死に振るい、見事全ての魔獣を返り討ちにしてしまった(ふんどし一丁で)。ちなみに、もちろん今は服を着ている。
「珍しい魚が獲れたぞ! たぶんフグの仲間なんじゃないかと思う。こいつも捌いてくれ、ストレガ」
「フグはともかく、スッポン鍋は精力増強剤なのでは?」
ナハティガルとハリスに食材をどっさりと渡され、薬学知識のあるストレガ・L・リベルガストラは訝しんだ。
「まあ滋養強壮なのは間違いない。彼らの強さの秘密の一端なのかもしれぬ」
持て余したエネルギーを狩りや鍛錬に使ってるのかもしれない、と納得することにしたストレガは、さっそく顔を布で覆い、調理に入った。
「食べたカップルがよろしくやろうがストレガ知らないのだ。そんなことより美味しい冷鍋にするのだ」
この集落は卵が多い、ということはつまりそういうことなのだろう。今は冒険者達や帝国近衛兵もいるので、流石に自重してくれると信じたいが。
「魔獣・クリーパーは解体時よく検分する。媚薬成分は兎角食中毒があってはならない」
ストレガはディズルスッポンを綺麗に解体した後、よく水で洗いながら、食べられる部位と食べられない部位に分けていく。甲羅や骨も武具の素材などには使えるので、捨てずに別の机に置いておいた。
「肉と加熱が必要な野菜を茹で、火が通ったら水で冷やす。調味料を合わせてスープを作り、冷やす。最後に具材を盛り付けてスープをかけ、完成なのだ」
ストレガの丁寧な調理により、スッポンスープはアクが見事に取り除かれ、清流のように澄み切ったスッポンスープが完成した。
「うむ、上品なうまみがしっかり出ているのだ」
ストレガは軽く味見はしたが、スッポン肉は食わないでおくことにした。
(混沌を観察しないのは損なのだ。混沌の後片付けする人員も必要になるのだ)
好奇心旺盛なストレガであった。
●
「さあどうぞ、獲れたてのディズルスッポン鍋です。この湿原でしか食せないものですぞ。どうかご賞味下され」
ハリスは小鍋にスッポンを取り分け、主賓のアシムベートとレイウェストに配膳した。
「ありがとう」
「ああ。礼を言うぞ。ターミル族の若者よ」
●
(レイウェスト皇子と、アシムベートさんは仲良くなれたのかな?)
二人の様子が気になったエルはちょっと二人の様子を見にきた。
「……アシムベート殿。暑い日が続きますね」
「そうであるな。帝国はこの湿地帯より過ごしやすいかな?」
「そうですね、平原の風は心地よい。もっとも、過ごしやすいかと聞かれると、クリーパーだらけなので頷きにくいですが……。国を立て直すには、まだまだ努力が必要でしょう」
「そうであったな。だが、幽界樹との決戦は近い。我らギシュム族もその時が来れば全力で力を貸そう」
「頼りにしております、アシムベート殿」
(あんまり親子っぽくない、かな)
エルは微妙な表情で楽器のところに戻っていった。
●
「刮目せよ! これが生まれたままのリザードマンの姿だッ!!」
「汚いものを見せようとするんじゃない!」
ボグッ!
「今日のレイウェスト皇子はなんだか可愛い気がするんだが。もしかしておん……」
「おっと、そこまでにしときな!」
バゴッ!
宴席に突如吹き荒れるバイオレンス。悪酔いし、全裸になろうとしたアホなリザードマンや、ヒューマンの皇族に不敬な言葉を吐きかけたギシュム族の後頭部を、ルチル・プルメリア・グレイハーツの酒瓶が容赦なくブッ叩いていく。彼女は宴の席にテンションの上がった蜥蜴人が羽目を外し過ぎないように酒瓶でしばく仕事を引き受けている。全ては同胞の名誉の為である。ルチル本人もけっこう飲んでいるが、彼女は類まれな酒豪であり、ちゃんと理性を保っていた。……暴力性が解放されているように見えるが、あくまで治安維持の為の実力行使である。
「やれやれ、酔っ払いの厄介さはどこでも変わらないね」
ため息を吐くルチル。カジュアルな飲み会とはいえ、一応ヒューマンの一国家の長とリザードマン種族の代表者が出席している宴会である。無礼講にも限度はある。
「さて、邪魔するよ」
一仕事終えたルチルは席を移動し、レイウェストとアシムベートがいる鍋の近くに腰を下ろした。皇子と大酋長の親子の対面を見守る構えである。
「アタイはただのガヤだから、空気みたいな物だと思って無視してくれていいさ」
ルチルは酒瓶を開けながら、さりげなく二人の様子の観察を始めた。ぎこちない二人の会話をアシストするために。
(親子とは言っても……そう簡単に打ち解けられる訳ないよね。お二人の立場は色々と複雑だし今は焦らずに時間をかけて、少しずつ距離を縮めていくしかないと思う)
エルゼリオ・レイノーラも無言で鍋をつつく二人のサポートをすべく、スッポン鍋の近くに腰を下ろした。
「アシムベート殿、飲み物のおかわりが必要ではありませんか?」
「うむ、そろそろ何か頼もうかと思っていたところさ」
二人は多少会話はするようになったが、弾んでいるとは言い難い状況だった。互いの呼び名も、血縁を明かす前と一緒だった。
(宴が賑やかだったら無理して話さなくてもいい? 二人共生きているんだし)
「……親子だって分かる前はどんな話ししてました?」
いつの間にか宴会に混ざっていたエルは鍋をつつきながら、思い切って直接二人に聞いてみた。
「そうだな……帝国とリザードマンの外交の話や……幽界樹討伐の件などだ。あとは、エフレムの話とかをしていたな」
「そうさな、おおむね真面目な話だった。あとは軍事訓練の話などもしたな」
(今と、同じなんじゃ?)
エルは首をかしげた。
「ボクはスッポン食べるのって初めてなんですけど、皇子は食べられますか?」
エルゼリオは小皿に鍋の具を盛り、皇子に配膳した後、自分の分のスッポンも確保した。
「ああ、問題ない。たいていの物は食べられる。帝都脱出直後は野営もしていたし」
「スッポンは淡白な味で食べやすい。栄養価も高いので、戦士の食卓には向いているのさ」
レイウェストの言葉に、アシムベートは満足そうに頷いた。
「あ。ほんとだ、おいしい。へえー! なんか特別な効能があったりもするんですか?」
「うむ。食べると体が熱くなる。肉体が高ぶったリザードマン達はしばしば……食後の鍛錬を始めたりもするのさ」
(あれ? いまなんか変な間が?)
アシムベートは途中若干言いよどんだが、スッポンをぱくつきながら酒を飲んだ。
「なるほど! スッポン鍋を食べ続けたら、皇子も数年後にはアシムベートさんみたいに逞しくなるかも知れませんね! メアリー王女もきっとビックリしますよ」
「それは……ああ、きっと驚くだろうな」
「うむ。魔獣であるディズルスッポンはともかく、普通のスッポンなら帝国にもいるだろう。気に入ったら、殿下も捕まえて食べればいいさ」
「ええ。このディズルスッポンという魔獣、なかなか美味ですね」
まだ多分にぎこちなさは残るものの、ちゃんと会話にはなっている。親子の絆を育んでいる(?)二人の様子を見て、エルゼリオは満足そうに微笑むのだった。
「十何年も寂しい思いをさせられたんだ。存分に甘えてやれ」
ルチルは頃合いを見て、レイウェストに声をかけた。
「む。甘える、か……。考えたこともなかった」
レイウェストはルチルの言葉に困惑していた。
「まあ皇族であれば、そうであろうさ。『家庭』というのか? 儂もヒューマンの親と子の関係はいまいちよく分かっておらぬ。無論、此度殿下に受けた恩義にはギシュム族の長として報いるつもりだが。部族の者達も、殿下が同族であると知った以上、これまで以上に親近感は湧いているだろうさ」
「ありがたいことです、アシムベート殿」
ヒューマンの一般的な血縁関係とはまた異なるようだが、二人の間には確かな信頼関係があるようだ。
●
「さあ食うがよい。冷たい鍋なので冷ます必要はないぞ」
給仕をしていたベルク・オスマットがスッポン鍋を小鍋によそうと、ナハシュとヨル・スレイマンはさっそく一口ほおばった。
「これが噂のスッポンかぁ!! ウメエな」
「ん、美味しい。これはいいね。大吟醸がキマる……」
ナハシュは親指を立てた。ヨルもスッポン肉を次々とおかわりしながら清酒(ターミル米の米酒)を煽り、ご満悦だ。
(まあ、俺が心配することじゃないよな)
ヨルはきまずそうなレイウェスト親子を遠目に見つつ酒を飲む。シャルガネの酒と似たような感じだが、なかなかに芳醇で上品な味の酒だ。
「チーズぶち込んで食うとさらにウメエ。今度うちでもやろうぜ」
「スッポンがそうそう手に入らなさそうだが。これはいいね。家でも食べたいのはわかる」
「積もる話も、不安もありましょう。しかし我々は難局を生き延び、共に食卓を囲んでいる。今はそれで良いのではありませんか」
ハリスは二人を遠目に見守り、目を細めていた。
(己の力は微々たるものだが、尽力して良かったよ)
ルチルはぎこちなくとも親子の時間が動き出したように見える事に喜びを感じていた。ルチルは養父を亡くしている。それゆえに、血縁を明かしたアシムベートの行動には思うところがあった。
●
(アシムベート殿が生き残って何よりだ。レイウェスト皇子の御父上であったとは驚いたが、ともかく、二人揃って宴に参加できたことは喜ばしい)
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトはレイウェスト親子の近くに座り、二人を見守っていた。冒険者達にも同じ考えの者が多かったのか、レイウェストとアシムベートの周りは冒険者達が集まっていた。
「アシムベート殿。お戻りになられて何よりです。さあ、ここは一杯」
「おお、かたじけない」
アシムベートはアルベルトに勧められた酒をぐいっと煽る。アルベルトより体格が良いこともあり、なかなか迫力のある豪快な飲みっぷりだった。
「では自分も」
アルベルトも負けじと、強めの酒を一気に煽る。気持ちのいい飲みっぷりに、ギシュム族からも歓声が上がる。
「殿下もアシムベート殿に何か一言を。せっかく親子での宴席なのですから」
「……そうだな。一言。一言か……アシムベート殿。先日レスリングの試合で冒険者と戦ったと聞きましたが……」
「ん? ああ、戦ったともさ。二度ほどな。残念ながらどちらも敗北してしまったが、いい試合であった。今度は剣で競い合いたいものだ」
「左様ですか。素手での試合とはいえ、かなりの手練れですね」
(今日、アシムベート殿と手合わせできないのは残念だぜ)
アルベルトはちょっと残念がっていた。さすがにこの場でアシムベートに勝負を申し込むのは無粋であろう。だが……。
「アルベルト殿はなかなか良い体をしておりますな。名のある剣士とお見受けしました。酔っておられなければ、手合わせいただいても?」
アルベルトが闘争本能をもてあましていることに気付いたのか、向かい側にいたリザードマンが挑戦的な視線を送ってきた。
「その言葉、待ってたぜ!」
●
かくして、レイウェスト親子たちが見守る中、アルベルトとギシュム族の戦士アモンの御前試合が行われることになった。ちなみにアモンはかつて湿地帯で行われたレスリング大会でアシムベートとタッグを組んだ『アシムベート・ジュニア』選手その人らしい。なお、アシムベートとの血縁関係はないので、レイウェストの兄弟とかではない模様。そして、御前試合が決まった時から、なぜか勇壮なテーマがどこからか聞こえてきた。
「いくぞ!」
アモンはシーフもかくやという速度でアルベルトの懐に踏み込んできた。アルベルトは瞬時にエーテルで肉体を硬化させ、アモンの剣を受け止める。
「硬い!」
アルベルトの凄まじい硬さに驚くアモン。アルベルトは返す刀で黒剣を振りかぶり、雷光の一撃でアモンの胴を薙いだ。
「がはっ!」
「そこまで! 勝者アルベルト!」
「見事だ、帝国の剣士よ……」
アモンが口から血をこぼしながら差し出してきた手を、アルベルトは強く握り返した。
●
「そういえば、このムーディな音楽はどこから聞こえてくるのだろう?」
「これは、リュートの音色だな。吟遊詩人でも呼んだのか?」
「これは相当の達人だぞ。名のある演奏家に違いない」
口々に騒ぎ立てる帝国近衛兵達。リュートを演奏しているのはエルである。エルは宴会を盛り上げるべく、姿を隠し、演奏に専念していた。周りの様子に合わせ、その場の雰囲気に合わせた曲を弾くエル。笑い話が盛り上がっている時は賑やかな曲を。逆に真面目な話が盛り上がっている際は、落ち着いた曲を弾いた。アルベルトが決闘している時に流れていた勇壮なテーマも、エルの仕業であった。
●
「いざ向かい合うと言葉に詰まる……と。急展開が続きましたので仕方のない事でもありますか」
ヴィルヘルミナは無言で向き合いながら鍋をつついているレイウェストとアシムベートを遠目に見ながら、ぽつりと呟いた。ヴィルヘルミナはと言うと、厨房のピンチヒッターとして調理を担当している。凝り性が多いドワーフらしく、彼女のテーブルには沼の幸を生かした数々の創作料理が所せましと並んでいる。肝心のディズルスッポンの肉はと言うと、ヴィルヘルミナの卓越した刀工技術により、紙のような薄切りの刺身にされていた。
「どこまで薄切りにできるか限界に挑戦してみましたが……このあたりが限界のようです」
「凄いな……ドワーフのお姉さん、うちの集落に(嫁に)来ませんか。強そうだし」
「遠慮しておきます。……油でもあれば素揚げでも良かったかもしれませんが」
「あ、あるよ。菜種油だけど」
「十分です。では、素揚げも試してみましょう」
ヴィルヘルミナはサッとスッポン肉に火を通した。
「これだけ作れば十分でしょう」
ヴィルヘルミナは出来上がったスッポンの刺身と魔獣の創作料理を宴席に持っていった。割り当ての魔獣はあらかた調理し終えたので、自分もレイウェストのテーブルのすみっこに座り、酒瓶を開けた。
●
「ずいぶん、変わったものを作っているね」
グレイブ・ヤードが果実を砂糖で煮詰めていると、調理担当のリザードマンが声をかけてきた。
「マルメラードというものです。酒の後は、水分と共に吸収されやすい甘味も必要でしょう? 寒い地方では一般的な菓子なのですが、湿地帯では食べられていませんか?」
「へえ、そうなのかい。他の集落は知らないが、うちでは初めて見るねえ」
「そう難しい料理ではありませんよ。サトウキビは湿地帯でも栽培されていますし……凝固剤となるゼラチンは医薬品として利用されていたものを流用しました」
「なるほど、それなら、アタシにも作れそうだね。後でレシピを教えておくれよ」
「ええ、構いませんよ」
●
「ナハティガル殿が獲ってきた魔魚の唐揚げもできたのだ。フグのような魚だったが、毒腺は取り除いた」
「うむ、それは冒険者のテーブルに持っていこう。スッポンの肉の皿はこれか?」
「うむ」
「心得た! スッポンのお代わり、お待ちどう!」
ストレガからスッポンの切り身を受け取り、ベルクはレイウェストのテーブルにすっ飛んでいった。
「皇子殿下、アシムベート殿、お代わりをお持ちしました」
「ありがとう」
「おお、ありがたい。宴席でも給仕の手伝いとは、冒険者達にはずいぶん気を使わせてしまったな……」
「我についてはお構いなく。我はレイウェスト皇子殿下の臣下ですので」
「左様か」
●
(征竜さまは一体何を考えているのでしょう……)
レイウェストと同じテーブルの席についたトーラは、征竜からのメッセージについて考えていた。
(征竜さまはレイウェストさまの存在と、人が増え過ぎている事を危惧している様子でした。レイウェストさまは、イダ妃から何か特別な力を受け継いでいるのでしょうか?)
イダは授恵者と比較してなお『超人』と呼べる存在だ。彼女と瓜二つの容姿を持つレイウェストが、何か特別な力を秘めていても不思議ではない。
(イダ妃を討てば、征竜さまは人を減らそうとするのでは……? その時、レイウェストさまは立ち向かうでしょう。その時は、隣には立てなくても、わたしはレイウェストさまの刃として前に立ちたい)
その決意を込めて、トーラは初恋の人に声をかける。
「ご婚約、おめでとうござい……ます! この先どの様な事になっても、わたしもレイウェストさまのお力にならせて下さい!」
「ありがとう、トーラ。これからも至らぬ私の力になってくれれば幸いだ」
レイウェストは涼やかな微笑みをトーラへと向けた。
●
(遠目で見守りつつお鍋や飲み物の用意をお手伝いでもしようかと思いましたけれど……)
「え、余興が足りない、ですか……」
「ええ、そうなのです。何か見栄えのする特技をお持ちであればぜひ披露していただきたく……」
コルネリウス・アーラはアイギス隊長(宴会幹事)から相談を受けていた。どうやら、宴会の出し物が不足しているらしい。
「今は火吹馬の服しか持ち合わせがないのですが……これでも? いい? 解りましたやります!」
●
(皇子殿下とアシムベート様が気まずそうなのが少し気になりますが、互いに想う言葉は、きっと有るのではと思うのですが……私も血縁の親と急に向かい合わせになったら、困惑すると思いますし……)
舞台袖(代わりのテント)から、コルネリウスはチラリとレイウェスト親子の方を見る。お互いの立場もあるのだろうが、二人は静かなテンションで、宴会というほどには盛り上がってはいなかった。
「次は誰の芸だ?」
「冒険者のコルネリウスさんですよ」
「ほう! あのエルフ女性か。弓術でも披露してくれるのかな?」
期待に胸を膨らませる宴会参加者達。
パカラ。パカラ。ヒヒーン……。
突然、遠くの方から馬の蹄の音と、嘶きが聞こえてきた。
「ぼおお! ぼおお!」
紅い馬の衣装を着て、飛び込んできたのはコルネリウスだった。コルネリウスは火吹き芸人よろしく、口に含んだ火酒を火打石で着火し、見事な火吹き芸を披露した。
「オオッ!」
ギシュム族達は大喜びだ。コルネリウスは火吹き芸だけにかまけることなく、馬の蹄の音と鳴き真似も熱演している。その様はまさにプロフェッショナルだ。お笑い芸人の。
(よかった、ウケてるみたいです!)
大笑いしているギシュム族達と、唇をひくつかせているレイウェストとアシムベートを見て、コルネリウスは微笑んだ。
「なるほど、エルフというのは案外ひょうきんな種族なのだな」
「いえ、みながみな、ああではないと思います」
アシムベートの言葉にそれなりの数のエルフの知り合いがいるレイウェストは苦笑しつつ、種族の名誉を守った。
●
宴席が落ち着いてきた頃、ベルクはユズリハの近くに座り、小声で話しかけた。
「時にユズリハよ、そなた確か王国内で歩き巫女しておったじゃろ? 王国の弱みになりそうな情報の控えとかってあるかの?」
「ううん、コメントに困る質問だなあ……王国の人もいるしなー」
チラッチラッとユズリハは周りを見た。王国民であるかどうかはともかく、パンクリアース学園に籍を置いていたり、聴講生として学園に出入りしている冒険者はこの場にもけっこういた。
(現状だとユズリハとターバスは直近で王国や都市同盟でのやらかしが目立つ。特にターバスは、元宮廷の蟲共の作戦にも参加している。レイウェスト皇子殿下の方についてくれるなら、我は水に流しても良いが、後々外交で問題になる可能性はある。全部ヨゼフのせいだが……)
「過激派諜報員時代に得た情報や過激派やメドゥと通じた貴族の情報などは纏めて殿下に献上してくれ」
「ああ、それはもちろん。ターバスの件の恩義もあるし、今更皇帝やレウグス……ああ、私達の上官ね。にお義理立てするつもりもない」
「うむ。あと都市同盟でメドゥと通じてそうな都市や議員の情報があったらくれ、あっちにも頭下げないといけないからの」
「それは、まあ……レイウェスト皇子の外交担当とも相談して決めないといけないので……」
ユズリハは気まずそうに言った。
「ところで、ウィリアムに隠し子とか、捨てられた女とかおらん?」
「第二王子? うーん、王子の女性関係もちょっとは調べたけど、スキャンダルと呼べるような噂はなかったよ。変な遊び方はしてないみたい」
「そうか……つまらん……。いや、あっても困るが」
ベルクはしょんぼりした。
「あ、でも口外すると私が消されそうな、『娼館で聞いた貴族や富豪の痴態』みたいな情報なら割とある」
「お、それは皇子殿下にも役に立ちそうだな」
(どうやって調べたのかは聞かないでおこう)
●
「ターバスさんはこちらの方にいると聞いたのです」
レラ・F・ギュンターはしばらくスッポン鍋をつついた後、ターバスにもおすそ分けをすべく、小鍋を持って集落を彷徨っていた。先日の戦いで視力を失ったターバスは宴には参加せず、一人聴覚の鍛錬をしているという。せっかくの美味しい料理なので、レラはターバスにも食べてもらいたかったのだ。
(あ、いたのです。聴覚を鍛えていらっしゃる最中とのことですし、忍び足でそーっと……)
レラはあえて足音を殺し、こっそりとターバスに忍び寄る。すると……
「誰だ?」
「あ、気付かれてしまったのです。すごいのです」
「その声……聴き覚えがある。あの時救援に来てくれた冒険者か」
●
「腹が減っては修行はできぬ、ですよ。食べる訓練も必要でしょう。あーん、とか、した方がよろしですか?」
「いえ、それは結構。初めは苦労したが、食事ぐらいは一人でできるようになった」
ターバスはレラの魅惑の申し出を丁重に辞退し、小鍋を受け取った。ターバスは小鍋を平らげ、レラに礼を言った。レラはバックパックからぬいぐるみを取り出すと、ターバスに手渡した。
「これは……? 武器、ではないようだが……」
「どぞ、根詰め過ぎませんよう。こちら、お守りの真っ白いトカゲさんのぬいぐるみです」
「……ありがとう、少女よ」
「ホムンクルスのレラなのです」
「ホムンクルス……そうか、ありがたく頂戴しよう、レラ」
●
「おっと。ここにいたんだね、ターバス君」
ターバスが鍛錬を再開しようとした時、スッポン鍋を持った中年の男が現れた。ディレイン・オールドケイジだ。
「誰だ?」
「医者のディレインだよ。変態仮面も含めて鳥と戦った時、君にクラスを聞いたんだけど、覚えてるかな」
「ああ、あの時の……」
(直接救助したチームじゃなくてもあの場にはいたし、彼が失ったものに対して歯噛みはするんだけど。頑張る人には頑張れるように背中押してあげたいじゃない)
卓越したヒーラーであろうと、たとえ超人的な手術の腕を持つ医者であろうと。失った眼球までは治せない。ディレインにはターバスの眼の治療をすることはできなかった。が、せめて彼の後押しをしようと、この場を訪れることにしたのだ。それに、ディレインには、個人的にターバスやユズリハに聞きたいこともあった。
「先客がいたみたいだけど、もう一杯食べるかい?」
「せっかくだ、いただこう」
「訓練するにも体力は必要だよ。食べて食べて。レラちゃんもいる?」
「いただくのです!」
ディレインは持ってきた二人前の鍋を三等分した。
「ターバス君、これからどうするんだい?」
「レイウェスト皇子と共にヴィントに行くつもりだ。見ての通り、戦士としては戦えなくなった身だが、レイウェスト皇子は俺に盲目の者用の仕事と、住まいをくれるそうだ」
「そうか。それは良かった」
自分も鍋をつつきながら、ディレインは微笑んだ。
「ディレイン……それにレラも。ここに来ていたのか」
茂みから現れたレピド・クロサイトは、三人目のスッポン鍋を届けに来た冒険者だった。
●
「アンタ達と一緒にいたもう一人の仮面、生前の俺の……その、先生だった、らしい。それで、奴がアンタ達と行動していた事が気になって」
岩に腰かけ、スッポン鍋をつつきながら、レピドは呟いた。
「ティーチャーか。奴は帝国近衛兵ではないぞ」
「そのあたり、詳しく聞かせてほしいんだよね。ターバス君とユズリハちゃんと……君はどういう関係だったの?」
「あの男は帝国近衛兵ではない。そして、俺とユズリハも帝国近衛兵の正規兵ではない。ダハーカという中隊長が個人的に使っていた諜報員だ。ティーチャーは、帝国過激派とパイプを持つ闇組織の暗殺者だ。人材育成能力に長けるため、ギシュム族を訓練する教官の役割を与えられている、と、聞かされていた。だが、奴はヨゼフが我々を切り捨てたタイミングで俺の神具を奪っていった。恐らく、奴は最初から皇帝の思惑を知らされていて、ダハーカの命令で動いていたに違いない」
ターバスは淡々と答えた。
「そのダハーカという男は今どこに? ここには……いないよな」
「ああ、ここにはいない。あの男は帝国実力派……いや、過激派思想を持つ帝国近衛兵だった。奴は今でもヨゼフの側にいるはずだ」
●
「帝国近衛兵がどういう組織だったのか、それを知りたい。奴が帝国と関係があるのなら、生前の俺もそうなのだろうか……と、そう思って。それを抜きにしても、俺は帝国過激派と呼ばれる者達を俺達をホムンクルスにした奴等の仲間、くらいにしか認識していなかった。けれど、救出作戦に参加してみて何かが違うと感じて……だから過去に関わりがあっても無くても改めて『知りたい』と、そう思った」
「いいだろう、教えてやる。お前には知る権利がある」
レピドがターバスに尋ねると、ターバスは頷いた。
「帝国近衛連隊……すなわち帝国近衛兵は皇帝直属の決戦部隊だ。帝国近衛兵は全員授恵者で構成されており、総数は約千名。帝都崩壊前はリーンエス王国騎士団と並び、世界最強の授恵者集団だった。今は五十名足らずしか残っていないが」
「アイギス中隊は征竜信仰に否定的だったが……帝国は征竜を憎んでいたのか?」
「その通りだ。征竜の打倒こそはシルトラース帝国の国是であり、征竜から人々を守る『人類の盾』こそが我々帝国近衛兵だった」
ターバスはそこまで言うと、スープを啜った。
「なぜ帝国はそこまで征竜を憎む?」
「征竜はかつてシルトラース帝国の前身であった、『シル・ウァキア』を滅ぼした邪悪な存在だからだ。ヨゼフが自分に忠実な僅かな近衛兵だけ残して連隊を切り捨てたのは、征竜と手を組むのに我々がジャマだったからだろう」
「そんな国があったのか……すまん、続けてくれ」
「分かった。……帝都崩壊後、ヨゼフ一派は丸ごと『帝国過激派』と呼称されるようになったが、『帝国過激派』は思想の名であって、組織の名ではない。帝国近衛連隊は帝都崩壊時にヨゼフ皇帝と共に帝都を脱出したが、一向に民を守ろうとしないヨゼフに対しては連隊内でも不満が燻っていた。もっとも、我々は軍人だ。表立って皇帝に異を唱える者は少なかったが、な」
ターバスは首を横に振った。
「なんだか、ものすごく難しいお話なのです」
「安心して。おじさんもあんまりよく分かってないから。メモを持ってくるんだったなあ……」
レラが首を捻ると、ディレインは苦笑した。
「じゃあアルルカン……俺達ホムンクルスを造り出した男は、帝国近衛連隊とは関係なかったのか?」
「奴は帝国近衛兵ではなく、宮廷道化師だ。無関係とまでは言わないが、『帝国宮廷』と『帝国近衛兵』は別々の集団だったと考えてもらっていいだろう。だが、帝国近衛兵にも皇帝の狂信者や、目的の為には手段を選ばない、という思想の者はいた。そういった連中の生き残りや、皇帝から特に目を掛けられていた奴は、今も皇帝の側にいるはずだ」
「ありがとう。……理解し切れているかどうかは正直怪しいが、参考になった」
レピドは頭を下げた。
「うん、ありがとうね。ちなみに君とユズリハちゃんは仲いいの?」
「それは、レラも気になるのです」
レラは一歩前のめりになった。
(ん? 戦友ではないのか?)
レピドは訝しんだ。
「ユズリハは、俺の弟子だ。7年前、戦闘の基礎を教えた。……それだけだ」
「なるほどね」
(それ、結構なことなんじゃ)
「なるほどなのです」
ディレインとレラがじっと見つめている気配を感じたのか、ターバスは話を逸らすようにこう続けた。
「ちなみに偽の征竜の巫女だったイネスと、その付き人バルバスは帝国近衛兵ではない。イネス・コンテスティは元はザフィーアと同じく宮廷の女官だ。イネスの付き人を演じていたのは、帝国宰相ナサニエル・バルバスティン。魔窟と称された帝国宮廷の頂点に立つだけの戦闘力もあわせ持つ怪人で、かつては近衛騎士エフレム、近衛連隊長マクシミリアン殿と並んで帝国三強の一角と言われた男だ。その戦闘力は本物の征竜の巫女さえも凌ぐだろう」
●
(今、エフレム様のお名前が外から聞こえてきたような?)
スィーリーンは外で誰かがエフレムの話をしている気配を感じ取り、そわそわした。
(おっと、いけません。宴会に集中しましょう)
スィーリンの席はレイウェストとアシムベートがいるテーブルだ。親子の語らいを邪魔するつもりはなかったが、二人の様子は気になるので、さりげなく聞き耳は立てていた。
「殿下。そろそろ火加減もよいのではないか?」
「そうですね、アシムベート殿」
(まだぎこちない気もしますけれど、そもそも私達リザードマンは『親子』をあまり意識しませんものね。宴の空気で場が和めば良いのですけど)
(エフレム様もこの場にいらっしゃればよかったのに。残念です)
スィーリーンはぎこちない親子を見ながら、ふとそんな風に思った。実際にはエフレムは幽界樹を召喚し、帝都を滅ぼした大罪人なのでたとえ近くにいたとしても宴席に加わることはできないのだが、スィーリーンは今もなお、語らずの智者エフレムへの敬意は失っていない。
(エフレム様、今どこで何をなさっているのでしょう……)
「気がかりな事は様々ありますけれど……今は勝利を祝いましょう」
スィーリーンは静かに、スッポン鍋をつついていた。
「あのピンクの姉ちゃん、なんだか色っぽくね?」
「そうだな、憂いを秘めた眼差しがいい……」
「俺は骨のお姉ちゃんのほうが……」
「そっちは顔、分からんじゃないか」
「気になるよな」
スィーリーンはギシュム族に密かにモテていた。酒宴にロマンチックな出会いを求めるのは、ヒューマンだけではないようだ。
「湿地帯のお酒もなかなかですね」
グイっと清酒を煽り、ヴィルヘルミナは満足そうに微笑む。何気にヴィルヘルミナもけっこうな量の酒を飲んでいた。ドワーフのたしなみである。
●
「いやあ、けっこう食ったな。食ったらなんか、体が熱くなってきたわ」
ナハシュは布で汗をぬぐっていた。
「いやあ、体が火照ってきたな。踊ろうか」
「お、ダンス対決か? 俺の華麗なステップを見せてやろう!」
スッポン鍋でいい感じに体が温まったギシュム族達と帝国近衛兵達は次々と立ち上がった。どうやらダンスをするらしい。空気を読んだエルはダンス用の曲に合わせ、伴奏を開始した。
(今日のナハシュ……なんだかいつもより色気が?……)
ヨルは顔を火照らせてリラックスしているナハシュを見て、ワイルドな色気を感じていた。ナハシュはいつも通りの半裸だが、今日は普段にもましてセクシー……な、気がする。
「相撲しようぜ!! お前は骨頭、俺はクマちゃんの仮面な!!」」
ナハシュは立ち上がると、ヨルを誘った。どうやらこの集落では、スッポン鍋の後の相撲は恒例行事らしい。
「相撲? まあいいか。やるなら全力でやろう」
普段は躱すところだが、ヨルはだいぶ酔っ払っているため流されるまま骨頭を被り、ナハシュと相撲に興じることにした。授恵者同士の相撲が決まり、宴会参加者達もぱちぱちと拍手を送る。
(なんでいつもは駄目なんだろうな。良く分からないが受けてくれるのは珍しいな)
ナハシュは喜び、試合に欠かせないマスクを被った。
「うおりゃー!」(開脚回転飛び蹴り)
「あたたたたたー!」(素早くナハシュの胸を突きまくる)
雄たけびを上げながら相撲に興じる二人。勝ったり負けたりと勝負は白熱した。火照る体を沈めんと、二人は青春の汗を流す。
(なんかちょっと背徳感あるけど)
ヨルの感じている違和感は恐らくスッポン効果だろう。二人はこの後めちゃくちゃ相撲した。
「なるほど、ダンスをしたり、相撲をとりたくなる……と」
ストレガは何やら、メモを取っていた。
●
「食後のデザートを用意しましたよ」
グレイブは宴会の終わりごろ、リザードマンの料理人と一緒に切り分けた果実ゼリーを運んできた。
「おお、これは美味そうだ。カラフルで涼しげだな」
色取りどりのゼリーの数々に、宴会参加者達は目を丸くした。グレイブはさりげなく。羽目を外していたヨルとナハシュや他の酔っ払いリザードマン達の前には、酔い覚ましに酸っぱい柑橘系のゼリーを置き、他の者達にはメロンやリンゴなど、甘みの強いものを配った。
(さて、あの親子には……)
「食後のデザートです、どうぞ」
グレイブはあえて、切り分けずにおいたマルメラードをナイフと一緒にレイウェストとアシムベートのテーブルに配膳した。
「ふむ。大きいな……」
「切り分けるか。殿下、ここは儂が切ろう。殿下は大切な客人ゆえな」
「ありがとうございます、アシムベート殿」
アシムベートがデカい腕で器用にナイフを扱う姿を見て、グレイブは微笑む。
(……大事な事は、『分け合える』事でしょう。時間であれ、食事であれ)
●
「今日は世話になった。久々に、肩の力を抜くことができた」
「楽しい酒宴であった。礼を言うぞ」
レイウェストとアシムベートは別々の方向へと帰っていく。また、当面の間は帝国の皇子と大酋長の間柄に戻るのだろう。
「テントまでお送りいたします、皇子」
「私もご一緒します!」
「無論、我らも」
「御供いたします、レイウェスト皇子」
「ああ、ありがとう」
エルゼリオ、トーラ、アルベルト、ベルクはレイウェストの護衛として、彼についていった。
「……そういう、親子もあるということだ」
「……左様であったか」
宴席の解散後、ルチルは己の生い立ちをこっそりアシムベートに打ち明けていた。
「アタイの父も蜥蜴人の戦士であり、嘗ての族長であった。でも、もういない。養父との時間は二度と得られない。故に大酋長殿には、皇子が得られなかった物を取り返して欲しいんだ」
「心に、留めてはおこう。レイウェスト皇子殿下の考えている親子関係はおそらく、普通のヒューマンと比べても、ずいぶん異なるようには思えるが……もし、殿下がそれを望むのであれば……」
こうして、楽しい宴席は終わった。次に冒険者達がレイウェストと出会う時は、恐らく激しい戦場になるだろう。冒険者達はいずれ来る幽界樹との決戦に備え、体を休めるのだった。
マスターコメント
レイウェストとアシムベートの関係性がいきなりガラっと変わったりはしなかったものの、多少距離は縮まったかもしれません。お疲れ様でした。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:無し18 / 4〜50人
2023年08月22日 12時04分41秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
お鍋は明日です。忘れ物には気をつけてね。