【血旗】灯火の袂【屍涯】
炙りとろ左門
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シナリオID:2069
オープニング
「ハーヴェン伯代行、キーリ=グラシルです」
ベレス近郊の交通要所「雪降る街ルエリ」。その街で最も歴史ある宿「ルエリット」にて、キーリは次期ベレス領主アレクシスとその補佐官クーガーに対し、軽く膝を折って挨拶する。
この場にいる人物の中ではキーリは最も格上だが、伯爵家と子爵家に関して言えば、そこまで厳しく気にする必要はない。それに、挨拶は大切だ。なにしろ、キーリはアレクシスと縁戚関係にあるということでこの場に呼ばれたのだから——あまり堅苦しくするのは先方の意向を無視することとなる。
「来てくれて嬉しいよ、……ええと……どう呼ぶべきでしょう、レディ」
「しっかりなさってください、次期領主殿。とはいえ私の立場もまた複雑であるのも確か。夫人、とお呼びください」
「ではそのように」
キーリは伯爵夫人として、領主代行権を行使している。イアリの手解きのおかげで領主としての態度も板についてきた。8ヶ月前まで放逐されていた令嬢とは思えない。アレクシスはそんなキーリに最大限の敬意を払い、礼を取る。クーガーも見ようみまねでぎこちなく真似をするのを、キーリはどこか微笑ましく見守っていた。
「クーガーさんも楽にしてください」
「……伯爵夫人で、しかも領主代行って」
クーガーは驚き半分、呆れ半分でキーリの笑みを受け止める。この少女が「マリータ」という偽名でベレスの貧民やレジスタンスたちに手を貸したのは記憶に新しい。
「こうなることを見越して手を貸してくれたのか?」
「まさか」
クーガーの問いに、キーリは目を瞬く。
「私は自身にできることを探していただけです」
そして、今どこにいるかわからない夫のことを。
「本当にありがたかった。その上で、さらに頼み事をするのは気がひけるのだけれど……」
アレクシスがキーリに助力を請うたのは、ベレス子爵領の新たな帰属先についてだった。
先日の騒乱の後始末の進捗は遅々としたものだ。ベレス前領主ロランスとガロラント侯への追及は厳しいものとなっているが、アレクシスが新たな領主となる手続きは後回しになっている。それに、上記のことも多少なり関係しているのだ。
「グラシル侯爵家の管轄下に戻る、ということですね。しかしそれなら、私よりも伯父上にお話をされた方が……あ、いえ、たらい回しにされたのですね……」
「どういう意図があるのかはわからないけどね……」
グラシル侯爵令嬢であったキーリから父・グラシル侯に話を通すことが期待されている。それに、キーリは深いため息をつきたくなった。
「父が私に会ってくれるかは……わかりません。ですが、善処いたします」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
ここからはこちらの話だ、とアレクシスは部屋の中の冒険者たちを振り返り、続ける。
「突然の招集にもかかわらず、集まってくれてありがとう。ラトニアが君達に預けた書物のことだけれど、」
その書物は白枯病の研究ノートであり、処方薬となる「雪薔薇」の薬毒としての効能についてまとめられていた。ラトニアは雪薔薇を薬としても毒としても用い、白枯病の蔓延をコントロールしていたのだ。
「最初の病の蔓延が、ラトニアが仕掛けたものだったかはわからないけど……可能性は高いと見ている」
ラトニアは雪薔薇を死体の保存にも用いた。城の地下に安置されていたミイラは、推定、ロランスの妻リオレーヌと報告されているが……リオレーヌがアレクシスを産んですぐに命を落としたことを考えれば、ラトニアが適当な遺体をそれとでっちあげた線も濃い。となればその計画性からして、白枯病の出どころを彼女に求めるのは自然なことだろう。
「患者の方々は、今……」
キーリの表情が曇る。治療法が手元にあるというのに、アレクシスの反応は芳しくない。
「この街の郊外の古い病院施設を借りて、隔離治療を行っているよ。今回冒険者さんたちを呼んだのは、それを手伝ってもらいたいのもあって……それと」
アレクシスは続けて、書物の裏表紙に仕込まれていた紙を引き出す。
「ここに、地名と日時と——『待っている』と書かれていてね」
● 追う者、追われる者
事後処理に追われるベレスの首府、リラ。その地下に張り巡らされた地下水路から、ひとりの青年が姿を現した。
「うっわ、もう、臭いがひどい。全部洗い流さないとあの子に嫌われちゃう……まったく」
セウェルス=マルキアス。〈屍涯宮〉の首魁と見做されているその死霊術師は、服に染み付いた臭いに顔を顰めた。
臭いは、下水のものだけではない。セウェルスはますます眉を顰め、羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。
「〈魂喰い〉が。相変わらずだな」
軽薄な調子から一転、セウェルスは冷たく吐き捨てる。下水の匂いに混じる血生臭さ、腐臭。それはセウェルスの古い記憶を掘り起こした。
「必要があったこととはいえ、もう見つかったか……計画を前倒ししないといけない」
懸念事態は初期からあった。しかし嗅ぎつけられるのはもう少しあとだと思っていたのだ。
「ラトニアは気づいていないのか? そもそもどこにいるか知らせてこないし……」
苛々と頭を掻く。あらゆる呼びかけも拒絶され、記憶の共有は遮断されている。どういうつもりか知らないが、〈魂喰い〉が出てきた以上、ひとりは危険だ。
「この辺りを探し回るしかない、か。ああもう、手のかかる妹だなあ」
ひとまずは、近くの街で身繕いだ。
● 灯火の袂
黒衣に身を包んだ男が、足元の小さな花をじっと見つめていた。この街の至る所に咲いているその花の名は、ルエリット。幸運を呼ぶ花だという。だからといって、どう、というわけではないのだが。
中央が警戒し、王国軍を送り込むことを躊躇させた、死霊術師ラトニアの行動の読めなさ。結局彼女がリラに集まった王国軍に仕掛けてくることはなかった。となるとやはり、王国に貸しを作っておきたいという〈屍涯宮〉の意向に裏はないということだ。〈黒鴉〉がもたらす情報はたしかなものである——と、男自身の価値もまた、証明された。
だからといって、どう、というわけではないのだが——そう、男の心配事はそこにはない。自分が不在の間、まだ少女という年齢の妻が苦労をしていないか、その一点のみである。
堂々と会いに行くことができる身の上ではないだけに、妻がこの街に滞在していると知っていても、見守るしかできない。今男がこの街に滞在しているのは、セウェルスの回収のためだ。指定された時刻は過ぎようとしているが、それもいつものこと。彼は気まぐれだから。
解説
マスターより
リプレイ
ジュスト・ヴェルジーは女性らしい繊細な字体を眺め、顎に手を当てる。
「個人的には、地下水路で遭遇したあの騎士のことも、気がかりだけど……」
そして、ローザリカ・L・ディオールを振り返る。
「どう思う?」
「彼女に会うべきだと、僕は思う。その騎士の件にしても、だ。彼女の足跡を追うことが、近道ではないかな」
誰かを探すような台詞、地下水路から出てきたこと、地下水路はラトニアの工房があった——それらが別々のこととは思えない、とローザリカは続けた。
「それにしても。息つく暇もなく……か。僕達にできることがあれば、遠慮なく言ってほしい」
戦いは終わった。しかし、問題は山積みだ。人々は今日明日を生きなければならず、そのための助けを必要としている。後始末をしなければならないアレクシスの手腕に期待が集まる一方、暴政を敷いていた前領主の血縁ということもあり、厳しい目も向けられている。
「気休めにもならないかもしれないけれど……」
ジュストもローザリカと同じく、助力を惜しまない旨を伝える。それに、アレクシスは嬉しそうにはにかんだ。
「いや。感謝してもしきれないくらいなんだから。ローザリカ嬢、ジュスト殿……それに冒険者さんの皆にはね」
そして、アレクシスは件の紙切れをジュストから受け取り、懐にしまう。
「日時が指定されているからね。その時には……力を借りたい」
ところで、とアレクシスは少しだけ身をひいてふたりを視界に収めた。
「疲れているのは君たちも、じゃないかな。この宿の湯は疲労に効くんだ。ゆっくりしていくといい」
「それは願ってもない」
ローザリカが笑顔をジュストに向ける。圧が強い。
「僕の婚約者様は休むことが下手なようだから、ね」
「うーん、それは俺も君に言いた、痛い」
軽く肘をつねられて、ジュストは苦笑した。
「あ、そうだ。あとで部屋にルエリのお菓子を届けさせるよ。部屋は……」
と、アレクシスはそこまで言いかけて、あ、と声を上げる。ふたりはぱちりと瞬きして、アレクシスの言葉を頭の中で繰り返し——赤くなる前に、アレクシスがぶんぶんと手を振った。
「ご、ごめん! すまない、不躾だった。夕飯時に出してもらえるよう頼んでおくよ」
「「誤解だ!」」
● 癒えぬ傷を抱えて
「冒険者っつっても、傭兵とか何でも屋と変わんねぇんだな」
ペルゼィックは一纏めにした物資を運びつつ、どこか不満げにそう呟く。これでは、非授恵者の頃と何も変わらない。
しかし、イズル・M・ヴォルゴールはそう考えてはいなかった。
「授恵者だからできること、授恵者にしかできないこともある」
「そんなもんかね……」
先に掃除を済ませた倉庫に、古いものを手前に、新しいものを奥にと順番を意識して搬入していく。それを繰り返していくうちに、ペルゼィックはなるほど、とイズルの言うことを理解した。
授恵者になったからといって、疲れ知らずの体になるわけではない。だが、身体能力が飛躍的に向上していることは確かだ。全ての物資を運び込んだ後でもまだ体力に余裕がある。普通の人間が5、6人集まって、交代しつつやることを、イズルとペルゼィックのふたりで済ませることができるのなら確かに、授恵者だからと頼られることもあろう。
「いややっぱ何でも屋じゃねーか!」
「ははは」
ばしーんと勢いよく窓を開けて換気をするペルゼィックに対し、イズルは掃除用具片手に苦笑する。
「あとはほら、白枯病……だったかな。病気の原因にもよるけど、授恵者は普通の人より耐性があるから」
街中ではなく郊外に彼らが隔離されたのも、市民感情を慮ってのことだろう。イズルの言わんとしていることに気づいたペルゼィックは、口をへの字に曲げる。
「……ふん。って、ここ拭きが甘い! ここ掃除したやつ誰だぁ!?」
「ジーク、ここは病院なんだから静かに!!」
叱るイズルの声もなかなか大きく、近くを回っていた医師がふたりに笑いかける。その笑顔の迫力に、ふたりはしおしおと部屋の隅に追いやられた。
「そこ掃除したのは俺……」
「これだから坊っちゃんは……いいか、埃の多いところはまずは乾拭きするんだよ。そしたら水拭き」
ペルゼィックはてきぱきと埃を被った部屋を清めていく。これでこの部屋にも患者を寝かせることができるだろう。
「凄いな、ジーク。早いし綺麗だ」
ぱちぱちと拍手と賛辞を送るイズル。それに、ペルゼィックは勢いよく振り返った。
「のほほんとしやがって! テメェは酒場でなに勉強してんだ!? 死ねッ!!」
「こら! 乱暴な言葉を使わない!」
ふたりはその後も医療器具の煮沸や衣類の洗濯に手を貸す。大量のシーツを干し終えて息をついたイズルを、洗濯かごを抱えたペルゼィックは急かした。
「次は厨房だ、行くぞ」
「そうだな。今日はみんなに美味しいご飯食べてもらおう。ジークも気が利くなあ」
「ばーか。こういったのが次の仕事に繋がんだよ」
商魂逞しくにやりと悪い笑みを浮かべるペルゼィックを見ても、イズルははてと首を傾げ。
「常に依頼人が求める以上の成果を残して、喜ばれろってことだな! 俺も頑張らないと」
「うん……まあそれでいいや」
「必要なものを運んできたぞ」
相棒のベルク=タークに荷馬車を曳かせて、ベルク・オスマットが運搬口で声を上げる。それに、物資の整理をしていたサイラスが顔をあげた。
「おつかれ。これで運び込み自体は全部?」
「ああ。あとは足りないものがあれば適宜だな」
マジカルポケットも併用しつつ、少しでも医療従事者が不自由しないように、ふたりは効率的に物資を運んでいく。清掃の方にも時間を割きたかった。
「清掃といえば、雪薔薇も気になるっちゃ気になるんよね」
「うむ?」
あらかた物資の運び込みを終えたところで、ふたりは休憩に入った。荷台に並んでサンドイッチを咀嚼する。
「雪薔薇というと、あれか」
地下水路の工房近くに植えられていた植物。薬液を染み込ませた特殊な土で苗を作り、以降は水中で育てることで、周囲の水質を変化させるという代物だ。薬毒という名の通り、それを用いてラトニアは白枯病の発生と鎮静をコントロールしていた。
「あれ、手に入れられたりせんかね」
「んー……効果が効果であるからな。ラトニアが残した書物にあった通りに育てることが絶対条件となるし、あの書物の扱い自体、慎重に協議が重ねられている真っ最中だ」
「そりゃ残念」
サイラスは鍛冶屋だが、色々と実験も行っている。とはいえ、権力から睨まれたくはない。素直に諦め、サンドイッチの最後の一欠片を口の中に放り込んだ。
「軽く片付けたら、掃除だね」
「うむ。燃やしていいごみなどは積極的に焼却処分として……そろそろ煮炊きが必要だな」
日は天頂からやや傾いた頃。朝から従事しているものは腹を空かせている頃だろう。
サイラスがごみの焼却、ベルクが煮炊きを分担することに決まり、ベルクは病院の外に布で区切った簡易的な休憩所を作る。そして火を起こすと、調理の準備をし始めた。
「くんくんくん。いいにおい」
そこへ、院内から現れたコハクがふらりと誘き寄せられる。
「昼食だろうか? あっという間だったな……」
あとから、ナタリア・フィッツジェラルドとロイドも顔を出す。ナタリアはその医学の知見を役立てようと、医療従事者の手伝いを行っていた。その手には、閲覧許可印が押された紙束がある。今回の医療行為に必要だろうとして病院側に配布されている、ラトニアが残した書物の写しだ。
「ここまでラトニアの掌の上……どうにか打開したいものだな」
王国中央府に貸しを作るため、そして「リジー」という少女の本懐を遂げさせてやるため——ラトニアは全ての状況を準備してきたと主張する。ベレスの悪虐なる領主は倒れ、王国はその威信を守ることに成功し、冒険者はその名を上げる。そして〈屍涯宮〉は王国に対するカードを一枚、得た。
「白枯病を根治できなければ、〈屍涯宮〉の影響を中央府に及ばせることになる……」
中央当局も何もしていないわけではなかろうが、しばらくは、今回形成された関係を崩すことはできないだろう。
とはいえ。王国内の政治的パワーバランス自体を懸案事項とするほど、ナタリアの関心は王国にはない。彼女はあくまで帝国貴族——政争の結果として苦しめられる人々がいるがゆえ、向き合っているだけだ。
「雪薔薇に頼らない治療方法を生み出すことができれば……」
そのためには、雪薔薇から白枯病に至るまでのプロセスを仔細に分析する必要がある。
「わかるけどな」
紙束と睨み合うナタリアの手から、ロイドがそれを取り上げた。
「休む時は休む、ってことだ」
「む。もう少しで何か閃きそうなんだ」
「そうだとしても、だ」
ロイドの言葉に、コハクがうんうんと頷く。その手にはすでに、ベルクが作った薬草粥があった。
「とってもおいしい。じゅる」
「自信作だぞ」
ベルクが得意げに鍋をかき回している。ナタリアが鍋を覗き込むと、何種類かの葉物が蒸し鶏とともに粥に彩りを添えていた。
「薬草粥か……」
「どうかした?」
一瞬で器の中身を平らげたコハクは、ベルクにおかわりを求めつつ首を傾げる。
「植物を使うという発想に至ったのは、周辺地域の植生に目をつけたからか……?」
またすぐに分析モードに入ってしまったナタリアに、コハクとロイドは顔を見合わせる。
「これは、午後はナタリアのためにインクと紙をいっぱい用意することになりそう」
「こっちで調達しておく」
サマエラ=フォリウムとアリオン・リューの両名は、買い物リストを片手に市場を回っていた。布が足りなくなってしまったのだ。
傷を清潔に保つのにも、患部を固定するのにも、まあとにかく入り用なものである。そのほかにも、お腹を空かせた子どもたちに何かということで、サマエラが抱える紙袋にはクッキーが詰め込まれている。
「こんなものだろうか。アリオン、大丈夫か?」
「う、うん」
畳んで縛った布類を抱え直し、アリオンはその山からちょっと顔を出した。店から、サマエラが用意している荷馬車までの往復を繰り返す。やがて荷台がいっぱいになったところで、ふたりは息を吐いた。
「……剣を振るうこと以外でできることは、少ないと思っていたんだけど」
アリオンは腰に手を当てて背筋を伸ばしつつ、病院のある方角を振り返る。
以前の、先の見えない混迷した状況とは違う。そのぶん、気は楽だった。
「そうだな……病という脅威に対して、ヒトはまだまだ無力だ」
病に苦しむものをヒールで救うことはできない。俯くサマエラに、アリオンは微笑みかける。
「でも、外傷はヒールで治せるから。その苦痛が取り除かれるだけでも……感謝していた人たちは多かったと、思う」
たとえそれが一時凌ぎだったとしても、決して無力ではない。また、以前の混乱で身分差による治療の適用が分かれた不安を、冒険者たちが入って行ったことで多少なり和らげることができたといえるだろう。
「そうか……少しでも力になれていると、いいのだが」
「お。おーい、荷台、まだ空いてるか?」
と、ふたりに声をかける者がいた。ロイドだ。その両脇に大きな包みを抱えている。
「それくらいなら余裕があるけれど……それは?」
「紙と筆記用具。ナタリアが何か思いついたみたいでな」
「それは、光明となりうるなにか……ということか?」
サマエラの問いに、ロイドは抱えた包みを荷台に下ろした後、肩をすくめてみせる。
「……これから、少しでも良くなっていくと良いんだけど」
アリオンは小さく零した。流れた血に見合うだけの未来が、待っていてほしい。
「そうだな。お前らには随分助けられた。今も……。ありがとう」
ロイドはそう言って、ふたりに頭を下げる。が、アリオンの表情が晴れないのに、おやと首を傾げた。
「楽観視できない要素も、あってね。アレクシスから聞いているかもしれないけど、地下水路にいた黒い甲冑の人物について……」
思い出すだけでも、只者ではないと思える。背筋が凍るような気配を持つ、異形とも呼べるような雰囲気を纏っていた——。
「誰かを探しているようだったから。気にかけておいてくれると嬉しい」
アリオンの真剣な表情に、ロイドは頷いた。
● 雪花舞う春
「わあ……!」
レコーディアは声を上げた。冒険者登録を済ませたばかりのレコーディアは、ひとまず同盟のリブラネスタに向かう道すがら、偶然ルエリに立ち寄ったのだが——。
「お祭りだなんて! とってもナイスタイミングですねえ!」
雪が降るような時期はもう過ぎているが、街のいたるところに咲いている花が地面を白く染めている。レコーディアは花の淡い香りを胸いっぱいに吸い込み、元気に歌を歌いながら市場のほうへ足を向ける。
「あっ」
と、人混みの中、肩がぶつかった。よろけたレコーディアを咄嗟に支えた腕が、そのまま道の端へと彼女を誘導する。
「失礼した。怪我はないか?」
「はい。ありがとうございます!」
黒衣の男は、レコーディアの元気な返事にほっと口元を緩める。
「貴方もお祭りに?」
「いや……私は。人を探している」
いつまで経っても待ち合わせ場所に現れないので、しびれを切らして探し始めたらしい。
「だが、この人手ではな。大人しく元いた場所に戻るとしよう」
そうだ、と男は懐から小さな包みを取り出し、レコーディアの手に握らせた。
「詫びとして受け取ってほしい。この地の銘菓だとか」
「まあ」
ちょっと肩がふれあって転びそうになっただけだというのに。礼を述べようとして顔を上げた時には、男はすでに歩き出していた。
包みの中身は、ルエリットをあしらったアイシングクッキーだった。その造形の美しさに、レコーディアは目を輝かせ、しばらく眺める。春がどんなものかまではあまり覚えていないが——かすかに、花の香りがした。
「花の香り!」
くんくんと、ギーゼラは覚えのある香りを頼りに、とある人物を探し出した。
「墓掘り人! またお会いしましたね!」
「うわっ」
雪花祭で賑わう通りを歩くその後ろ姿に、ギーゼラは突進する。セウェルスは体当たりをもろに受け、数歩前につんのめってからギーゼラを振り返った。
「やあ、久しぶり」
「フフフフフ、押し倒されて熱いものを注がれた、あの時以来ですかねぇ! 忘れていませんよぉ」
「誤解を招く言い方だなあ」
アルパカのハーフビーストが飛んできちゃうよ、などとセウェルスは茶化しつつ、ギーゼラの首筋に触れる。
「今回も注いでみます? 僕、結構いけると思いますけど! さあ、さあさあ!」
ギーゼラは嫌がるそぶりも見せず、むしろやれやれとセウェルスに迫る。
流れ込んでくる異質のエーテル。苦しいが、確かに自身の求める力に近いと感じた。結果として人の道を踏み外すことになったとしても——。
「ちょっとごめんね」
と、セウェルスに詰め寄るギーゼラの肩を、海神・江流が後ろに引いた。ふたりは引き離され、セウェルスの指先もギーゼラの首筋から離れる。
「あれ、江流さん?」
「ひとりだと思ったら、なんか」
急いで駆けつけたために乱れた髪を、江流は片手でかきあげ整える。もう片手にはアイシングクッキーの入った袋があった。甘党なギーゼラのために仕入れていたものだ。
「何もしないよ」
セウェルスは両手を顔の横まで上げて肩を竦める。
「そう。用事が済んだならもういいよな」
「いや江流さん、僕はまだ……」
江流は有無を言わさず、ギーゼラの手を引いて歩き出す。そして十分離れたところで立ち止まり、ギーゼラを振り返った。
「ギーゼラちゃんも、もう少し自分を大事にしような!」
「ええっ? 江流さんそれ、ジョークですかぁ?」
江流だって力を求める者である、とギーゼラは理解していた。自分の求めていたものが目の前にあるのにと言いたげな瞳に、江流は嘆息する。
「大きな力を求めるのに、近道したって大抵碌なことにならないだろ」
「承知の上ですよお」
大きな代償を払ってでも手に入れたいものがあるのだ。それが周囲を犠牲にしない方法なら、飛びつくというものだろう。
「……そんなことしなくたって、ギーゼラちゃんはまだ強くなれるはずだよ」
「……」
ギーゼラは表情を消して口をつぐんだ。
「僕のこと気にしたって、仕方ないと思いますけどねえ」
でもなんだか、少し——ほっとしたような、嬉しいような。
(まったく、僕らしくない!)
スー・ルーは、知人や友人に持ち帰る話の種になればと、ルエリットの花畑を覗き込んでいた。花びらの数がどうのという話があるようだが、できれば良い香りのするものを選びたい。
「おや。知った顔だ」
と、しゃがみ込むスールを、セウェルスが横からひょいと覗き込む。
「花が好きなの?」
「興味あるのか?」
「君が俺のことを知りたいと思っている程度には?」
なぜ疑問形なんだ、と思うものの、そういえば最初からこの青年はそういうところがあったように思う。食えない相手だ。
「そうだな、死霊術のことも知りてぇし、お前のことも」
「嬉しいなあ。ちょうどフラれたばっかりだから」
青年はどうも人を煙に巻く言動を好むようだが、スールは純粋に強者を好む。理由が必要であるというのなら、そういうことだ。
「でもタダで、っていうのはね」
と、セウェルスはスールが摘んだ花を指差す。スールは一度それに視線を落とした後、セウェルスにそれを差し出した。
「俺が知ってることなら教えてやるよ。お前狩り下手そうだし……罠の作り方とか、獲物の見つけ方とか?」
スールの言葉に、セウェルスは目を瞬いた。そしておかしそうに小さく噴き出す。
「あははっ。確かに、昔はうさぎ一匹捕まえられなかったけどさ」
セウェルスはスールの手から花を受け取ると、目を細めた。
「妹のことが片付いたら、次はガゼルタの街で君たちを待ってるよ」
スィーリーンは熱心に、群生するルエリットの花を見つめていた。
『7枚の花びらを持つルエリットは幸運の証』——という伝承を聞いたからだ。アクセサリーのモチーフとするにも素敵な、可憐な花々だ。観察ついでにそれを探していると、成長したルエリットの花の下に隠れたそれを見つけた。
「まあ」
やや俯くようにして開きかけているそれは、これから陽の光を浴びて美しく咲こうというのだろう。スィーリーンはそれを摘むのが惜しまれ、そっとかき分けた花々の位置を元に戻した。
そして立ち上がると、路地の入り口に黒衣の男が現れたことに気づく。男もまたスィーリーンに気づいたようで、声をかけようかと迷うそぶりを見せた。
「ご無事で、」
スィーリーンは男に迷うことなく歩み寄り、声をかける。
「貴女も息災のようで、何よりだ」
「キーリ様が——いえ、ご存じでしたか」
彼女がこの街に滞在しているのだと伝えようとして、ロヴェルが肩をすくめて見せたので、スィーリーンは大方の事情を察した。
「……キーリ様との穏やかな日々が、早く訪れますよう」
「私は大罪人だ。だが……ありがとう」
曖昧に笑むロヴェルの表情を見て、スィーリーンは元いた場所に引き返すと、ルエリットの花を手に再びロヴェルの元へ戻った。
「これをどうぞ。あなた様に、必要なものと思います」
「……そうか。感謝する」
手袋をはめた手が、壊れ物を扱うようにそっと、花を受け取った。
「貴女の行く道の先にも、幸多からんことを」
ペットのうさぎとともに、入院中の子どもたちの世話をしていたラーナフは、子どもたちにせがまれてルエリットの花を摘みに来ていた。どうしても、7枚花びらの花が見たいのだという。
幸運にも、それは比較的早く見つかった。人の少ない、探した場所がよかったのだろう。時間に余裕ができたためモネのために花冠を作り、それをかぶったモネをスケッチしようと筆記用具を探す。
「あっ」
ころころと転がった鉛筆を、手袋を嵌めた手が拾った。
「ありがとう」
黒衣の男はなんでもないように首を振る。そのもう片手には、七花のルエリットがあった。
「……誰かに贈ろうと?」
「いや、これは……貰い物だ。だが……」
曖昧に言葉を濁して花を見つめる横顔に、ラーナフは覚えがあった。
「これは通りすがりの冒険者の、ただのお節介だから、聞き流してくれていいんだが……今思い浮かべているその人に、贈るといいと思う」
「それは……」
貰い物をそのまま渡すのはどうなのだろう、とか、そも会いに行けない、だとか、男はぽつぽつと言い並べる。
「じゃあ、良ければ俺が——」
ロヴェルの表情が固まったのを見て、ラーナフはあわてて言い直す。
「いやうん男に頼むのは気がひけるか。じゃあ、この子に届けてもらうのはどうだろうか?」
そう、ラーナフは花冠を被ったモネを抱き上げた。
「上機嫌だね」
シルヴィア・A・カペルは、花を手に塀の上で足をぶらつかせるセウェルスにそう声をかけた。
「うさぎの上手な狩り方を教えてもらったんだ」
「それは……」
含むところがあるのかどうか。シルヴィアはじっとセウェルスの様子を窺うが、青年はいつものように掴みどころなく話題を変える。
「今回も君たちは大活躍だったね」
「君も一枚噛んでいるのか?」
「いや、俺は見てただけだよ。基本的には。確かに多少手は出したけど、ベレスでのことは俺が命じた事じゃない。みんなそれぞれ自由にやる……昔からそうなんだ」
「……皆、か。それは、仲間へのお土産かな?」
セウェルスの手には、雪花祭の飾りで留められたクッキーの紙袋がある。シルヴィアはついでにと、もうひとつ袋を差し出した。
「クッキーによく合う薔薇茶の葉だ。気が向いたら飲んでね。ロヴェルにも渡してくれると嬉しいよ」
薔薇の花弁を持ち歩くことでお守りになるのだとシルヴィアが続ければ、セウェルスは「ふうん」と手を伸ばし、それを受け取る。
「……君の体も、誰かのものなのかな」
シルヴィアがそう問えば、セウェルスは存外にもあっさりと首を横に振った。
「俺はこの色、そこそこ気に入ってるからね。太陽みたいで」
● 刻む道標、遺された痕
「はーっ! 雪花湯最高だった」
ギャメルは花の淡い香りを纏いつつ、浴室から部屋へと戻った。なめらかな湯質のおかげか肌はすべすべしっとりだ。
と、部屋で着替えていたオゴスが不自然に体の向きを変えた。ギャメルはそれに気づくと首を傾げる。
「あっ、わりー……って、どうかしたのか?」
何か隠したいもの——傷か何かだろうか。そう思えば、気になって仕方がない。
「なんでもない」
慌ててシャツを引っ張って下ろすオゴスだったが、それよりはやくギャメルが服の裾を掴んだ。
「痣? ってかオレと同じ印、んぎゃっ」
ギャメルの声が意外にも大きく、オゴスはエリアサイレンスの範囲内にギャメルが入るよう、首根っこを掴んで引き寄せる。
「大きな声で話すんじゃない」
オゴスが凄めば、ギャメルは素直にうんうんと頷く。少しやり過ぎたかとオゴスがギャメルの首元をさすり……そこに、自分と同じ印が刻まれていることに気づいた。
「これは……」
先日、シグモルでの戦いに前後して刻まれたもの。内出血かと思えばヒールでも解消されなかった。得体の知れないものであることを直感したオゴスは、できるだけそれを隠そうと努めてきたのだが……。
「なんなんだろな。ま、だいたい予想がつくけど」
「何?」
ギャメルが神妙な表情で声を潜めるので、オゴスも眉根を寄せて聞き入る。
「ぜってーゴブリン萌えのヤバイヤツの仕業」
「……」
「笑いどころだと思ったんだけど」
はあとオゴスが小さくため息をついたので、ギャメルはあわてて言葉を続ける。
「大丈夫だって。何が起こっても、オレとお揃いなら怖がることねぇだろ」
それは自分に言い聞かせるものでもあった。正直、不安だ。虚勢でしかない。ふとした時に思い出しては早まる鼓動を、きっとオゴスは見抜くだろう。言葉に嘘はないけれど。
「別に、怖がってはいない」
良くないものではある、そんな予感はあるが。それがギャメルにも刻まれていることが、恐ろしいといえば恐ろしい。
知りたくなかったような、知ることができてよかったような。複雑な胸中のまま、オゴスはギャメルの手を取る。
「食事にするか」
ライオネル・ギシュムは幸せそうな顔でじゃがいもを頬張っていた。
「おいしい!」
同席しているキーリ、アレクシス、クーガーは、ライオネルの食べっぷりにただただ感心していた。
「あ……マナーとか気にするべき……だったかな?」
ふかした甘いじゃがいもにデミグラスソースをかけた、支配人おすすめの宿飯。それすら上品に食べるキーリとアレクシス。ちらりとクーガーを見れば、じゃがいもにフォークをぶっさしていた。
「大丈夫だ、気にすんな」
「やったー!」
もともとはライオネルが3人を確保して成立した席だ。クーガーが気を利かせて個室にしたため、会話を憚ることもない。ライオネルの口元についたソースを、クーガーが弟妹の面倒でも見るようにナプキンで拭う。
「う、ありがと。……まあ公式の場では、皆堅苦しく接しなくちゃいけないとは、わかるんだけど。俺たち、一緒に戦った仲じゃん」
それぞれ、背負うべきものを背負っている。ライオネルは、そんな3人に、いつでも荷を下ろせる機会があって欲しいと思っていた。
「仲間として、さ。これからも支え合っていけると良いよね」
「……そうですね」
キーリも口元を綻ばせる。そして地震の皿からそっと、茹でいんげん豆をライオネルの皿に移した。
「野菜も食べると良いですよ」
「う」
「確かに、大きくなるには必要なことだね」
更にアレクシスの皿からにんじんも移された。
「……もしかしてふたりとも、野菜嫌——」
ごほん、とキーリとアレクシスが同時に咳払いをした。
── ○ ──
フリューリングスルフト=ティエラは、すれ違ったその人物の服の裾を強く握った。
「セウェルス?」
名前を呼ぶ。すれ違って、そのまま通り過ぎ去られるのは——フリューの胸を、一抹の不安がよぎる。
「ああ、フリュー」
……どうやら、忘れられてはいなかったらしい。
「ちょっち付き合って!」
「うん? うん」
フリューはそのままセウェルスの腕を抱えると、近くのベンチに並んで座る。
「どうしたの?」
セウェルスは不思議そうに小首を傾げる。だが、フリューが何か話したいのだと悟れば、続く言葉を待った。
「……最近、いろいろ、変わって。どう? 違う人に、見える?」
フリューの問いに、セウェルスは顔を少し寄せて、フリューの瞳を覗き込んだ。銀色の瞳が、奥の奥まで見透かすように煌めく。
「違う人に見えたとして、君はそれをよしとする性格ではないよね」
「む」
フリューは強欲だ。フリューとして得たものを、譲ることはできない。友人も、心も、フリューの世界も——もしかしたら、目の前の君も。
それを「お見通しだ」という顔で言われるのが、なんだか癪だ。フリューはセウェルスの首に片腕を回すと、首筋に軽く噛み付いた。
「あいたっ」
「仕返しは倍でするんさぁ!」
フリューはぱっとセウェルスから距離を取ると、そのまま立ち去った。
「……え、なに?」
セウェルスは噛みつかれた首筋を手で押さえて、一陣の春風の如く過ぎ去った緋色の少女を見送る。その膝の上には、花で編んだ腕輪が残されていた。
セウェルスはそれに気づくと、摘んで眼前に持ち上げる。
「なんだか今日は、よくプレゼントをもらうなあ」
暖かな風が吹き抜ける。あおられて舞い上がる花びらの雨の中、セウェルスは向こうから歩いてきた黒衣の男に軽く手を挙げた。
「結局ラトニアは見つからないし。仕方ない、時間切れだ。次の街に行こう」
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準21 / 4〜25人
2022年04月17日 16時55分13秒 公開
参加者
相談掲示板
ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 ラトニアが居ないともなれば、軍医という公人として【2】で動くつもりだ。 自分の目や感性でも、白枯病を理解しておきたくてな。
よしよし、久しぶりだね、冒険者くんたち! また会えて嬉しいよ。 のんびりぶらぶらするだけだし、特に困ることはないと思うんだけど… MSは結構おっちょこちょいだからね、わかりにくいことがあったら聞いてほしいな。 というわけで、よろしく頼むよ!
わー、アンちゃんだぁ!久しぶりー!(手を振る) シーフのフリューリングスルフト、フリューって呼んでさぁ♪ うちはのんびりぶらぶらする予定かな。アンちゃんに突進できたらなって思うてるよ!(まて
イズルです。よろしく。 友達と一緒に【2】で掃除したり物資搬入したりします。
ギャメルだぜ。よろしくなー! ルエリにはウサギ妖精の看取り依頼で訪れたことがある。 今回は遊ぶだけの参加になりそうだぜ。 オレは【1】の宿でオゴスと疲れを癒す。 この前の決戦、大変だったからなー。
スィーリーンと申します。よろしくお願いします。 【4】で幸運の雪花を探してみますね。
>フリュー やあ、元気そうで何より。 突進…手加減はしてくれると嬉しいな。俺ひよわだからさぁ。 馴染みの顔ぶれも、はじめましての人も、楽しんでほしいな。 そうそう、ちょっと諸事情で、質問の期限は今日いっぱいとさせてもらいたいんだ。出発は12日の朝8時、白紙には注意してくれたまえ。
どうも、ラーナフだ。 そうだな、【2】で物資の運び込みを手伝ったあと、時間が余れば【3】の雪花祭を回ってみようと思っているよ。よろしく頼むね。
ギーゼラです。よろしくお願いします。 【3】でアンダーテイカーに絡みに行こうと思います。 フフフフフ、以前押し倒されて熱いものを注がれたので!(※首絞められてエーテルを注がれたので) 僕もアンダーテイカーの熱い思いに答えなくっちゃいけませんからねぇ!
誤解を招く発言!!!その時!!突如としてアルパカ系ハーフビーストが _人人人人人人_ > ふぇ〜 <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
ライオネルだよ!よろしくね。 今アルパカが通り過ぎて行ったんだけど、一体何があったの…? 何をやるか迷ったけど【1】でキーリさんやアレクシスさん、クーガーさんと一緒にご飯を食べれたらいいなって考えてるよ! 皆疲れてるから美味しい物を食べて癒されて欲しいな。