【滄溟】歌を白南風に乗せて
炙りとろ左門
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シナリオID:2020
オープニング
リーンエス王国南部、マーレ伯爵領。
白い石壁と青い屋根の家々が並ぶ観光地「ティラ=マーレ」はこの伯爵領の岸壁都市だ。
もともと温暖な気候の王国の春の盛りに、ティラ=マーレでは初夏の頃といえるような爽やかな日差しが降り注ぎ、すでに海開きが行われた。海の水はまだ少し冷たいが、海に慣れ親しんだティラ=マーレの住民にとってはこれくらいなんともない。むしろようやく涼めるといった具合だ。
たくさん汗をかくほど真夏というわけではないが、春ほどぽかぽかと柔らかな陽気でもない、夏の始まり。この時期、ティラ=マーレでは黄金祭と呼ばれる祭が催される。柑橘樹の成長を願い、冬の間に収穫した柑橘類が惜しみなく振舞われるのだ。冬が終わり、春過ぎて夏が来ることを知らせるこの祭は、住民たちにとっても重要な催事である。
祭の中心である星砂広場に、1人の少女がしずしずと入場した。白と青の併せ布で波を表現した衣装を纏うのは、「滄の巫女」——かつてこの街を海嘯蛇から救ったとされる少女の末裔である。少女に気づいた住民は、口々に「巫女さま!」「エルアさま!」と叫び、白い花びらを振り散らして巫女の登場を飾る。
「ティラ=マーレに栄えあれ——さあみんな、お祭りを楽しもう!」
少女——エルアが厳かに言葉を紡いだのは一瞬だった。巫女と呼ばれるにふさわしく神々しい雰囲気は、エルアの太陽のような笑みで上書きされる。そしてそれを、ティラ=マーレのひとびとは皆好ましく思っていた。
「巫女さま、その前にお歌を」
トロピカルなジュース目掛けて駆け出そうとしたエルアを、そばにいた青年が呼び止める。青年の手には竪琴があった。
「う、歌う前に喉を潤したいな〜。ね、セシリオ」
「決まりですから。食べ物飲み物は、逃げませんよ」
「ううう〜」
巫女とその守護者のこんなやりとりもいつも通り。セシリオと呼ばれた青年は、竪琴の弦をぽろんぽろんと弾き、エルアは銛を模した祭具を片手に、歌いながら舞い踊り始める。
それはこの街に伝わる「海嘯蛇退治の巫女伝説」だ。大波を起こして街を飲み込もうとした海嘯蛇を、かよわき乙女が恋人とともに愛の力で撃退するというものであり、現在の領主家はその少女と恋人の子孫と言われている。
そして、ふたたび海嘯蛇が街を襲うことがないように、領主家の娘が「滄の巫女」として海嘯蛇の鎮祭を執り行ってきたのだ。一昨年も、去年も、今年も。
風が、夏の匂いを運んでいる。
白い石壁と青い屋根の家々が並ぶ観光地「ティラ=マーレ」はこの伯爵領の岸壁都市だ。
もともと温暖な気候の王国の春の盛りに、ティラ=マーレでは初夏の頃といえるような爽やかな日差しが降り注ぎ、すでに海開きが行われた。海の水はまだ少し冷たいが、海に慣れ親しんだティラ=マーレの住民にとってはこれくらいなんともない。むしろようやく涼めるといった具合だ。
たくさん汗をかくほど真夏というわけではないが、春ほどぽかぽかと柔らかな陽気でもない、夏の始まり。この時期、ティラ=マーレでは黄金祭と呼ばれる祭が催される。柑橘樹の成長を願い、冬の間に収穫した柑橘類が惜しみなく振舞われるのだ。冬が終わり、春過ぎて夏が来ることを知らせるこの祭は、住民たちにとっても重要な催事である。
祭の中心である星砂広場に、1人の少女がしずしずと入場した。白と青の併せ布で波を表現した衣装を纏うのは、「滄の巫女」——かつてこの街を海嘯蛇から救ったとされる少女の末裔である。少女に気づいた住民は、口々に「巫女さま!」「エルアさま!」と叫び、白い花びらを振り散らして巫女の登場を飾る。
「ティラ=マーレに栄えあれ——さあみんな、お祭りを楽しもう!」
少女——エルアが厳かに言葉を紡いだのは一瞬だった。巫女と呼ばれるにふさわしく神々しい雰囲気は、エルアの太陽のような笑みで上書きされる。そしてそれを、ティラ=マーレのひとびとは皆好ましく思っていた。
「巫女さま、その前にお歌を」
トロピカルなジュース目掛けて駆け出そうとしたエルアを、そばにいた青年が呼び止める。青年の手には竪琴があった。
「う、歌う前に喉を潤したいな〜。ね、セシリオ」
「決まりですから。食べ物飲み物は、逃げませんよ」
「ううう〜」
巫女とその守護者のこんなやりとりもいつも通り。セシリオと呼ばれた青年は、竪琴の弦をぽろんぽろんと弾き、エルアは銛を模した祭具を片手に、歌いながら舞い踊り始める。
それはこの街に伝わる「海嘯蛇退治の巫女伝説」だ。大波を起こして街を飲み込もうとした海嘯蛇を、かよわき乙女が恋人とともに愛の力で撃退するというものであり、現在の領主家はその少女と恋人の子孫と言われている。
そして、ふたたび海嘯蛇が街を襲うことがないように、領主家の娘が「滄の巫女」として海嘯蛇の鎮祭を執り行ってきたのだ。一昨年も、去年も、今年も。
風が、夏の匂いを運んでいる。
解説
皆さんは、リーンエス王国南部にある海辺の街「ティラ=マーレ」へとやってきました。
■ティラ=マーレ
白い石壁と青い屋根の家々が立ち並ぶ海岸沿いの岸壁都市です。どの時間帯でも美しい景観を誇っていますが、特に上層のコテージから眺める夕暮れの素晴らしさは、名だたる画匠が何枚も絵に残しているほどと言われています。
また、この街には「海嘯蛇退治の巫女伝説」が伝わっており、巫女の血裔である領主家の娘が代々「滄の巫女」として街の祭事を取り仕切るしきたりとなっています。
■できること
【1:街】or【1:海辺】街もしくは海辺を散策する
ティラ=マーレの街もしくは海辺を散策します。
青と白のモザイクタイルで彩られた「モザイク通り」は、手前に新鮮な魚や果実の市場が、奥に貝殻やガラスを使った土産屋が立ち並びます。一息つきたい場合は【2】のカフェ「マレステル」をお勧めします。
海辺では貝殻拾いや海に入ることができます。アクセサリー店や水着のレンタルもあります。
【2】カフェ「マレステル」でおいしいごはんを食べる
星砂広場に面したカジュアルなカフェです。水着にサマージャケットを羽織っただけの客も多く賑やかで、トロピカルなジュースや海鮮料理を楽しむことができます。
静かにゆっくり過ごしたい場合はテラス席か、【3】のコテージをお勧めします。
【3】コテージ(海辺or上層)でゆっくりする
コテージには海辺と、街の上層とがあります。日中の景観や夜に星空を眺めたい場合は海辺のコテージが、夕暮れの景観を楽しむなら上層のコテージがお勧めです。コテージはどちらも寝室・風呂つきで宿泊可能です(ペット可)。
【4】星砂広場で黄金祭(フェトゥーラ)を楽しむ
柑橘樹の成長を願い、冬の間に収穫した柑橘類を惜しみなく振舞う祭りです。この時期の星砂広場は黄色とオレンジの旗、そして白い小花で彩られ、柑橘類を用いたさまざまな食べ物や飲み物が屋台に並びます。また、広場の噴水前でひとつの果実を分け合うことで綻びぬ絆を願うおまじないもあります。
■特記
マスターページは参照しなくても問題ありませんが、上記の他、描写やマスタリングに関する項目があります。
マスターより
初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。
こちらのシリーズは4、5話で終わる予定です。第1話は街とそこに住む人々の紹介……といったいわゆる「イントロダクション」のため、純粋に観光で訪れてもらって構いません。もしご興味ありましたら、「【滄溟】」を目印にしてくださいね!
ちなみに街のモデルはサントリーニ島です。イメージの補完にどうぞ!
それでは皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
リプレイ
● 海鳥たちの羽休め
スィーリーンは坂の上からティラ=マーレの街並みを見下ろし、ほうと息をついた。
青と白のコントラストは足元にも。モザイクタイルで彩られたその通りを、ゆっくりと歩き抜ける。土産屋には綺麗な貝殻のアクセサリーや色ガラスの食器が並んでいる。
「これは……?」
ふと、スィーリーンはある棚の前で足を止めた。白いレース編みのヴェールの裾に連なる、不思議な光沢を持つ薄い板のようなもの。興味深くそれを見つめるスィーリーンに、店員の女性が応える。
「それは真珠貝を加工したものなんんです」
「真珠貝……貝を?」
涙の形にくり抜かれ、磨き上げられたそれは、なるほど確かに貝殻を加工したというものなら薄いのにも納得できる。職人技だ。
「素晴らしいですね。こんなにも綺麗に仕上げられるなんて……」
スィーリーンは悩んだ末、同じ素材をつかったブレスレットを購入する。大小さまざまな貝殻が青と白のリボンで彩られている。おまけでついてきた貝殻はアクセサリー作りに使うつもりだ。
海風に乗って、爽やかな柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。スィーリーンは軽い足取りで散策に戻った。
リディリディ・トゥラ・イェレミースもまた、街を散策していた。リブラネスタは海辺の港湾都市だが、リーンエス王国に眺望を楽しむ海沿いの街があるとは思わなかった。リディリディはフィルエス大森林生まれのエルフ、海は縁遠い場所だったのもあるかもしれない。
「これなら妹も連れ出してあげるんでした」
せめてお土産を買って帰ろう。大森林にいる妹は、まだ見ぬ「海」の産物をきっと喜んでくれるに違いない。
「お肉とか」
お肉とか。
……???
肉は土産に向かないが、リディリディなので。ところで魚肉は……肉の範疇なのだろうか?
ちなみに、屋台で売られている串焼きの肉は鶏肉である。
リディリディは「自分がもらって嬉しいもの」を基準に、土産屋をひとつひとつ覗く。アクセサリー、ガラス食器にインテリア。あまり大きいものは場所を取る。軽く塩味のあるボーロ菓子という斬新なものあった。海の塩を使用しているらしく、この街らしい土産物と言えるだろう。
口に入れた瞬間の驚き。青い屋根に白い壁の家を模した容れ物も可愛らしく、リディリディはそれを購入する。
彼女の妹はとっくに広い世界へ飛び出しているのだが——それはまた別の話だ。
ティラ=マーレの街を散策する冒険者たち。ヘレン・ワーグナーとイズル・M・ヴォルゴールは、2人でペルゼィックを宥めていた。
「どうして観光地なんだごらぁぁあその横に貼ってあった護衛の依頼はどうした!?」
ペルゼィックはすっかり、護衛以来の気分でいたのに。連れてこられたのは海の街。
「それはもう埋まってる。ジークも授恵者になったんだし、お祝いしないと。護衛依頼はまた今度な」
イズルの悪気ない計画に、そういうことであればとペルゼィックも黙るしかない。
「さて。ジーク、彼女は一緒に下宿してるヘレンだ。ヘレン、彼は幼馴染のジーク」
「いやなんで知らねーやつ連れてんだよ」
ペルゼィックを紹介されたヘレンは、あれ、と思う。
「会ったよ。イズルの下宿先で」
「え、そうだったか?」
どうやら忘れているらしい。ヘレンはしかし、気にした様子は見せない。それより、と通りの一軒を指差す。
「あのお店、とっても綺麗なガラス品がいっぱい——」
ヘレンがそういうと、ペルゼィックはさっとそちらへ足を向ける。面白くなさそうにしていたのに。
「ああ、ジークはガラスを扱う仕事をしてるんだ。きっと他の工房の作品に興味があるんだろう」
イズルは説明しながら店先に近づく。と、ペルゼィックが突然腕を振り上げて「勝ったぁぁあ!」と謎の勝利宣言をした。
「俺の方が上手——」
「くぉるぁっ! 失礼だろ!」
ペルゼィックの大声に驚きつつ、イズルはペルゼィックの頭をに手刀を食らわせる。
「悪い、ヘレン。……ヘレン?」
振り返るとヘレンの姿が見えない。イズルはあたりを見回し、そしてやたらきわどい水着を手にするヘレンを見つけ、慌てて止めた。
青と白の街に溶け込む、青と白の服を着た冒険者——海神・江流は、目を細めて潮風を受け止めた。
祭を取り仕切っていた少女エルアは、領主の娘だという。今まで江流が出会ってきた王国貴族とはまた異なるタイプの為政者。シャルガネや村社会の取りまとめ役といった印象を受ける。
(……彼女も、自領であんなふうに振る舞うことがあるのかな)
屈託のない笑顔を浮かべ、活発に民と言葉を交わす。普段の彼女からは想像もつかないが。
「こんな場所に、あの娘と観光に来られたら最高なんだけどな」
はあとため息まじりに言葉にすれば、余計に気分が落ち込んでしまった。それが叶わぬとわかっているからこそ。
しかし、江流はすぐさま頭を振って暗い気分を振り払う。
己は紫百合の剣。彼女が歩いて行きたいと望む道の先を切り拓く、剣なのだ。「叶わぬ願い」を、「いつか叶う願い」にするために。
「それにはまず、お役目を果たさにゃあ」
彼女の目にも耳にもなると言った。だから、見聞きしたことを持ち帰る。江流は両頬をぱんと軽くはたいて、歩き出した。
「オヤジ。イキのイイの、ください」
アルシエラ・ライゼルは尻尾をぱたぱた揺らしながら魚を求める。手に入れたのは黒鯛。味付けの選択肢がよりどりみどりの魚だ。
「ふふ。あお、しろ、あお、しろ」
相棒のシアと街を歩き、海辺へ。焚き火のそばに陣取り、串を刺した魚を塩焼きにする。待っている間、噴水前で分けあった果実の残りをシアと齧った。
「絆……結びたい人たち、たくさんいたね」
いい街だ。アルシエラはほくほくの白身と果実の酸味を交互に味わいながら、笑った。
同じ海辺では、フリューリングスルフト=ティエラが裸足で砂浜を歩いていた。いつかの冬の海とは異なり、ここは暖かい。
「イュン、どう?」
砂浜に降ろされた相棒のイュンは、足裏に初めて感じる、やわらかくあたたかな砂の感触にしばらく動きを止めていたが、やがて楽しそうに飛び回り始めた。
「よかった! それに本当、綺麗なところさぁ〜」
海の透明度は高く、寄せる波の音は優しい。木陰にごろりと寝転がり木漏れ日に目を細めれば、イュンが貝殻を加えてフリューの胸の上に乗った。
「うん? それ、気に入ったん? えぇよ、お土産にしよか♪」
暖かな日差し、木々のささめきに波の唄。フリューはあたたかなイュンの体温をそばで感じながら、うとうととまどろむ。
無意識のうちに、故郷の子守唄を口ずさんでいた。
(もう、戻れんのに)
もうすぐひとつ、歳をとる。それは、大人になるということなのか。
流れる時の中、日々遠ざかっていく故郷を思い、フリューは目を閉じた。
● 絆の果実、分けあって
「へぇー! 柑橘系っていうから菓子だけかと思ったら、そうでもねえな!」
ナハシュは屋台を覗き込みながら声を上げる。レモンソースをかけた魚のムニエルやステーキ。それも買っていこうと思ったが、すでに両手はここまでの道で買ってきた屋台飯でいっぱいだ。
「食い終わったら来るわ!」
ナハシュは店主にそう元気よく宣言すると、振り返る。
「あの噴水のとこで食べようぜ」
「うんうん、ちょっと待ってね……」
ヨル・スレイマンの両手も荷物でいっぱいである。ようやくナハシュに追いつくと、噴水前のベンチに腰掛け、戦利品を広げた。
「お祭りというだけあるね。どれもこれも美味しそうだ。……うん、やっぱり海辺は魚とか美味しくていいね」
塩焼きの魚というシンプルな串ものから、海鮮ものとサラダをはさんだ瑞々しいサンドイッチ、ビスク。デザートの柑橘類も忘れない。というかおまけでついてくるのだ。収穫した柑橘類を振る舞う黄金祭というだけあって、気前がいい。
「ん?」
と、ナハシュは顔を上げた。広場で見目麗しい少女がハープの音色に合わせ舞踊り、歌う。どうやら物語のようだ。
「巫女だってさ。なんでも、愛の力で海嘯蛇を倒した人の末裔らしい」
「へえー」
ヨルの解説も、聞いているのかいないのか。串焼きに夢中なナハシュを見て、ヨルは苦笑する。
やがて物語は、噴水前で巫女と恋人が絆を誓うシーンに移る。ひとつの果実を2人で分け合う——この先に待ち受ける苦難に立ち向かうために。ヨルは手の中の果実に視線を落としてから、ごくごく平静を装って半分にわけ、ナハシュに差し出した。
「ほら、ナハシュ。お店の人が言ってたんだけど、果実を挟んで口の中をリセットするのが屋台飯を味わうコツだって」
「そうなのか? もらう! ……うめえ!!」
どうやらナハシュは、物語の内容は右から左だったらしい。何も知らずに食事を楽しむナハシュを見て、ヨルは気恥ずかしくなってしまい目を逸らす。
これはおまじないだ。ちょっとくらい、願ってしまっても許されるだろう——。
パルドとウォーゼルもまた、ベンチに座って買い集めた屋台飯に舌鼓を打っていた。広場にいる人々は一様に果実を分け合っている。パルドとウォーゼルのふたりも、屋台飯をそれぞれシェアしていた。
「やっぱり誰かと一緒に食べると美味しいな、きっとみんなもそうなんだ」
パルドは上機嫌に串焼きを頬張る。果実を分け合う人々の表情はいずれも明るく、和気藹々としていた。恋人同士のような2人から、仲良し2人組といった子供たちで賑わっている。
「うーん、口の中が油っぽい」
美味しいのだが、徐々に口の中がこってりしてきた。むうと眉を顰めるパルドに、ウォーゼルははいと半分に割ったオレンジを差し出す。
「きっとさっぱりするよ」
「お、ありがとな!」
仲良く2人で果実をいただく。と、歌い終わった巫女が噴水前でのおまじないについて解説を始めた。それを聞いた2人は、はっと気づく。
(これ、仲良しのおまじないだったのか!)
(……どうりで、まわりにカップルが多いわけだっ!)
驚きで固まるパルドとウォーゼル。お互いに同じことを考えていたのか、ちらりと隣を窺うタイミングも重なり、どきりとする。
「じゃあこれで、オレ達ずっと仲良しだな」
パルドがはにかむ。それに、ウォーゼルも小さく頷いた。
「だね」
今までも、これかも、ずっと。
お互い、同じ気持ちだ。それが嬉しくて、少し気恥ずかしくて——どちらともなく視線を外すと、甘酸っぱい果実の味を確かめた。
サマエラ=フォリウムは深く息を吸い込んだ。潮風に混ざる、爽やかな香り。
「活気もあるし、空気も澄んでいる。……良い街だな、ここは」
行き交う人々の表情は明るい。楽しそうな様子を見ると、サマエラも不思議と足取りが軽くなる。覗き込んだ屋台の食事はどれも見た目も味も素晴らしく、ついついぺろりといってしまう。
「お、お嬢さん、観光かい? 歩き通しで疲れたんじゃないか? ほれ!」
「おや、いいのか? ありがとう」
気前の良い店主に飲み物をサービスしてもらう。レモンを絞り蜂蜜を混ぜたジュースを飲めば、口内がさっぱりと洗われる。爽やかな甘さで身も心も満たされた気分になり、口元が緩んだ。
「心地好い……」
海風も、口にするものも、風景も。全てがサマエラを癒してくれる。まだまだ黄金祭は終わらない。サマエラは「ほどほどにしなければ」という理性と、「まだまだ楽しんでいこう」という欲望のささやきを共に聞きながら、また歩き出した。
● 紡がれる物語
青い海、青い空。白亜の壁とのコントラストが鮮やかな通りを、サイラスは串焼き片手に歩き抜ける。
もう片手には大きな紙袋。中にはチーズや瑞々しい柑橘類、そして内袋には新鮮な魚介類。海辺の街ならではのラインナップだ。
「歩くのにちょっと邪魔か」
サイラスは紙袋をマジカルポケットに押し込む。サイラスはまだまだこの街を探索するつもりでいた。この街の白亜の壁——つまるところ石材だ、それも気になるが、もうひとつ。海嘯蛇に関する伝承について、である。
「あ、いや登場人物のことは別にいいや」
聞き込んだ先で、サイラスは箱を横に置くジェスチャーをする。
(素材にならないし、愛の力とか別に具体性のあるものじゃないだろうし)
サイラスが気になるのは海嘯蛇そのものについてだ。あくまで伝承だと人々は言うが、長らく祭事も残っているとあれば、どのような形であれ存在している(た)可能性はある。
「鱗、爪、牙、髭とか」
想定される様々な素材にサイラスが想いを馳せていると、向こうから冒険者仲間が歩いてきた。だわ、マリィ・スノードロップ、アリオン・リュー、そして竪琴を持った青年セシリオである。
セシリオは広場で海嘯蛇について語っていた。それを思い出したサイラスは4人に歩み寄る。
「話でも聞いてたの?」
「うん。海嘯蛇について、ね」
サイラスの問いに、アリオンは頷いて答える。
「かよわき乙女が恋人と共に愛の力で怪物を撃退! 素敵な恋バナ——伝承ですよね」
マリィはやや興奮気味にセシリオの話をそう振り返った。
「海嘯蛇を撃退した愛の深さは海より深い、と! わたし調べによれば愛は剣より強いのです。ね、だわさん!」
「……なんでそんなに生き生きとしているんだ……。いや、待てよ。愛の力と表現された魔法の一種である可能性も……?」
だわは至極真面目に推察する。それに、セシリオは「さあ、そこまでは」と頭を振った。
「セシリオさんの話では、海嘯蛇は巨大な魔獣と伝えられているとか」
愛ねえと興味なさげに相槌を打ったサイラスに、アリオンは苦笑しつつ情報を提供する。
「へえ。水害のメタファーとかじゃないのけ?」
サイラスの台詞に、だわは一瞬表情をこわばらせた。しかし、目深にかぶったフードのおかげか、その変化は悟られずにすんだ。
「そう語る方もいますが、祖父からはそのように受け継ぎました」
セシリオは代々、海嘯蛇にまつわる伝承を受け継ぐ家系の出身なのだという。
「巫女に恋した海嘯蛇は、彼女を滄溟の国へ攫おうとティラ=マーレを襲いました。それを、巫女は恋人ともに祈りによって退けた、と」
「とってもロマンチックですよね!」
セシリオの語りに、マリィは両頬を押さえて悶える。
「もっと掘り下げないと。2人の結婚話とかその後の幸せ生活とか——」
しかしマリィがそう続けると、セシリオの表情が曇った。それに気づいただわは首を傾げる。
「どうした?」
「いえ……」
歯切れが悪い。微笑んで曖昧に濁すセシリオを見て、サイラスは嘆息する。
「実は結ばれなかったとかそういうオチじゃない?」
「ええーっ! それは悲しすぎます……」
ショックを受けるマリィ。伝承ですから、と苦笑するセシリオは、それを否定も肯定もしていない。
(領主家の者は、巫女とその恋人の子孫だと聞いたが……)
だわはセシリオの表情の変化を観察しつつ、考える。今日伝わっている内容が正しいのであれば、巫女とその恋人は結ばれているはずだ。
「こうなったらその巫女に……エルアさん、でしたか。彼女の歌や街の人にもっと話を聞いて、情報を集めましょうっ。行きますよだわさん、アリオンさん、サイラスさん!」
「俺もなの? まあ、海嘯蛇の詳細は気になるし、行くけど」
新たにサイラスを加え、一行は再び歩き出す。そのあとを少し遅れてついていきながら、だわは思案を続けていた。
● あの日の景色、あの日の鼓動
「噂通りの景色ですね」
リサ・ベイカーは思わず言葉を漏らした。コテージからの眺望は、自然と人が生み出した奇跡そのものと言えた。
「わたしはここで絵を描こうと思います。時間かかると思うので、ゲルダちゃんは観光を——」
リサは早速鞄を置き、画材を並べていく。一刻でも日が傾けば、この風景は失われてしまうのだ。
急かされるように準備をするリサの邪魔にならないよう、ゲルダ・クラインは、しかし一歩を踏み出して近づく。
「その……それなんですが、……見ていても、いいですか?」
ゲルダがおずおずと口にすれば、リサは顔を上げて目を瞬いた。
「面白いものではないかもしれないけど……」
「そんなことは。決して邪魔は致しませんから」
慎ましやかに、絶妙な位置を保ち椅子に腰掛けるゲルダの心遣いに、リサははにかむ。
「わかりました。でも、ゲルダちゃんが邪魔なんてことはありませんよ」
リサはゲルダが微笑んだのを見てから、簡易イーゼルの前に立った。鉛筆で薄くあたりを書いてから、絵筆を濡らして、混ぜた顔料をパレットに出していく。
そこからはまるで魔法のようで。ゲルダ窓の外に広がる風景よりも、リサが描き出すものに心を奪われていた。リサが絵筆を動かすたびに鮮やかな色がキャンバスに引かれ、光と影を生み出していく。絵の中に、本当に太陽があるように——。リサは時折キャンバスから距離をとり、目の前の風景と照合する。その合間にリサが深く息をついたので、ゲルダははっと我に返った。休憩が必要だ。
リサの集中を妨げないようにそっと椅子から立ったゲルダは紅茶を用意すると、市場で買ったフルーツと蜂蜜を混ぜる。
「休憩にしましょう」
そっと声をかければ、リサはようやく喉が渇いていたことを思い出したようだった。
「……おいしい」
ソファに身を埋め、親友と並んで味わうそれは、きっとどんな飲み物よりおいしい。
「綺麗ですね」
ゲルダの視線は、傾き始めた日に照らし出される風景にありつつも——意識はリサの描き出すものに向けられていた。
この時間が、できるだけ長く続けばいい。彼女も、同じ気持ちで居てくれるだろうか。リサもまた微笑み、綺麗だねと相槌をうった。
ティラ=マーレの夕暮れは、多くの人々を魅了してきた。ナハティガル=ラーもその場に立ち会い、それが決して誇張ではないことを理解した。
黄金の輝きに照らされる、滄溟。空は天頂に向かって徐々に藍色に滲む。昼でもなく、夜でもなく、幻想と現実の迫に存在する景色。
「胸が痛くなるほどに、美しいな」
ナハティガルは思わず言葉を漏らした。その景色を眺めることはできても辿り着くことは叶わない——そんな状況もまた、この景色に感じ入る要因となっているのだろう。
ふと、ナハティガルの脳裏によぎったものがあった。かつて失ったものを、すでにこの世から喪われたものを思い起こすのは、きっと偶然ではない。どちらも、手の届かない場所にある。
そして同時に、喪失の上に芽生えはじめている、大切なもの。その存在も、思い起こされた。
(大切なものなど、もう二度と抱くことはないと思っていたのに)
自分とは生きる世界が違う、その少女に。この景色を見せたいと、思ってしまった。
「分からぬものだな」
人の心とは——ナハティガルはひとりごち、目を細めた。
夕暮れを、コテージの風呂から眺める。アルシエラは浴槽の上で腕を組み、顎を乗せてほうと息をついた。
揺れる波間にきらきらと輝く光。オレンジから青紫へと変化していく空模様は、美しいという他にない。
しかし言葉にしてしまえば、その美しさが損なわれそうな気がして、アルシエラはただ眺めるにとどめた。この瞬間をシアと一緒に分かち合えたことを、記憶に刻み込んで——。
「さく、おいしいかい?」
シルヴィア・A・カペルは、動物のおやつを嬉しそうに食む黒猫さくの頭を撫でる。みぁーと機嫌のいい声が返ってきて、シルヴィアははにかんだ。
風景に視線を戻す。柔らかな夕陽が、部屋をいっぱいに照らしていた。その光を反射する藍色の海を見ると、彼の瞳を思い出す。
彼と想いを交わして3ヶ月ほど。幸せな日々の中で、先生との関係も変化した。その影響か、少しずつではあるが、素の自分も出せるようになってきている。
祖父になりたかったがゆえに形成された「シルヴィア」と、個人としての「シルヴィア」。どちらも自分ではあるが、後者を皆に受け入れてもらえるかどうかは、未知数だ。まだ恋人にしか見せることができていない一面を、曝け出すか、秘めたままにしておくか……こんな風に悩める日がくるだなんて、思いもしなかった。
「どう思う、さく?」
恋人と同じ色の瞳が瞬く。伸ばした手に擦り寄り甘える様子に、シルヴィアは笑みをこぼした。
夕暮れに思い出すのは、子供の頃のこと。夕暮れは当然、別れを連れて2人を引き裂いた。繰り返される別れに滲んだ涙の色を、君はまだ覚えているだろうか。
ジュスト・ヴェルジーは、隣に佇むローザリカ・L・ディオールの表情を盗み見た。
もうお互いに、泣きそうなほど別れを惜しむなんてことはない。お互い大人になったということだ。だが、君がどんな思いでいるのか気になるのは……間違いなく、まだ大人になりきれていない自分の一部分なのだ。
ただ言葉もなく、沈む夕陽を眺める。眩しいそれから目が離せないのは、彼女の、同じ色の瞳をじっと見つめる勇気がない、その代わりに違いない。
ずっと一緒にいるためにはどうしたら。どんな大人になれば、願いを叶えられるのか。
いっときは忘れるよう努めていたそんな感情が、今になって顔を出すのは、きっと——。
日が沈む。辺りはゆっくりと暗くなり、星の輝きが増す。吹き抜ける夜風が髪を乱して、ローザリカはさりげなくそれを整えた。
降ろした手の指先が、ジュストのそれと触れ合った。どきりとして思わず引こうとした手を、ジュストのそれが引き止める。
遠慮がちに軽く握られていただけだった手に、こわごわと指が絡んでくる。それに少し驚きつつも、ローザリカは幼い頃からずっと満たされなかった想いの正体に気づいた。
あの時。夕暮れの中、君の手を離したくなかった。固く結んで、ずっと一緒にいたかった。指先から温もりを分かち合いたかった。
こんな簡単なことを、ずっと叶えられずに来てしまったことを——もう間違えないと、新たな決意と共に彼の手を握り返す。そしてそのまま、そっと肩を寄せた。
もう少しだけ、このままで。
● 空を見上げて、星に願いを
海辺のコテージで、エフィルミアとナキルは同じベッドに仰向けに横たわり、大きな天窓を開け放して星を眺めた。
「すごい数の星……本当に綺麗だね」
街明かりと遠い喧騒。その中でも、星々はささめくように輝いている。
2人して星を数え、指差し、星同士を結んで語り合う。見慣れたはずの空がいつもと違って見えるのは、きっと隣にいる人のせいだろう。コテージという雰囲気のある場所だと、やたらどきどきとしてしまう——どちらともなく視線を交わし、しばらくの間見つめ合う。
「……星も綺麗だけど、やっぱ、ミアの瞳が一番綺麗に光ってる」
好きだな、と呟いた後、ナキルは目を伏せてシーツに広がったエフィルミアの髪にそっと触れる。
「好きって、言うだけじゃ足りなくなっていくんだな」
「じゃあ、」
エフィルミアも、愛おしさをのせて目を細める。
「ナキルくんが足りなくならないように、私もいっぱい好きって言わなきゃね」
溢れるくらい、寂しくさせないように。
「素直なミアも、やきもちやいてるミアも好きだけど、」
「妬いてないけど!? 私以外の女の子にデレデレするからでしょ!?」
それを一般的には妬いているというのではなかろうか。ナキルは苦笑して、身を起こす。
「オレが夢中になるのはミアだけだよ」
「ほんとに〜?」
エフィルミアも身を起こし、半眼で詰め寄る。近づいた距離を、ナキルはことも投げに詰めた。
軽く触れ合った唇が予想以上に熱く、エフィルミアは目を丸くしてわずかに後ろへ身を引く。
「逃げんなって」
「ににに逃げてないし!!!」
頬を撫でる手が、離れた距離を再び引き寄せた。
「兄ちゃんいたら、イズルみたいなかんじなのかなぁ」
部屋の中央に置かれた丸いベッドに3人横たわりながら、ヘレンはそうふと口にした。イズルはうとうとと眠たげなヘレンの頭を撫でていたが、ふむと考え込む。
「ペットかなんかに見えるけどな?」
「ジーク!」
イズルが何か言う前に口を挟んできたペルゼィックの頭に、イズルは軽く手刀を落とす。
「ふふふ、後悔はさせないぜ」
そういって親指を立てるヘレン、会話が噛み合わない。やはり眠いらしい。
「はいはい、ヘレンは眠いなら寝ような」
ヘレンの手の中にあったトロピカルジュースのグラスを取り、ベッドサイドテーブルの上へ。薄掛け毛布を肩まで引き上げ、ぽんぽんと上から軽く叩く。すると、ヘレンはすとんと眠りに落ちた。
「警戒心っつーものがねーのか……?」
「何を警戒するんだ」
「いや男2人と同室だぞ?」
「妙な言い方はやめてくれ。ヘレンのことは、妹みたいに思ってるんだ」
「妹ねえ……」
ペルゼィックは頬杖をつき、小さく息をつく。
「入れ込んで失敗するんじゃねーぞ?」
「だから、妹みたいだって言ってるだろ」
多分に含まれるからかいの色に、イズルは不満げに腕を組む。
「じゃあ、そういうことにしておくか。さて、妹さんも寝たことだし、ここからは男同士、語らおうじゃねーか」
もともと、ペルゼィックを歓迎しようと連れてきたのだ。否やはない。イズルは片眉をあげて反応を示し、やれやれと肩をすくめた。
「盛り上がりすぎてこの子を起こさないように、声の大きさには注意してくれよ」
交わしたグラスが、涼やかな音をたてた。
スィーリーンは坂の上からティラ=マーレの街並みを見下ろし、ほうと息をついた。
青と白のコントラストは足元にも。モザイクタイルで彩られたその通りを、ゆっくりと歩き抜ける。土産屋には綺麗な貝殻のアクセサリーや色ガラスの食器が並んでいる。
「これは……?」
ふと、スィーリーンはある棚の前で足を止めた。白いレース編みのヴェールの裾に連なる、不思議な光沢を持つ薄い板のようなもの。興味深くそれを見つめるスィーリーンに、店員の女性が応える。
「それは真珠貝を加工したものなんんです」
「真珠貝……貝を?」
涙の形にくり抜かれ、磨き上げられたそれは、なるほど確かに貝殻を加工したというものなら薄いのにも納得できる。職人技だ。
「素晴らしいですね。こんなにも綺麗に仕上げられるなんて……」
スィーリーンは悩んだ末、同じ素材をつかったブレスレットを購入する。大小さまざまな貝殻が青と白のリボンで彩られている。おまけでついてきた貝殻はアクセサリー作りに使うつもりだ。
海風に乗って、爽やかな柑橘類の香りが鼻腔をくすぐる。スィーリーンは軽い足取りで散策に戻った。
リディリディ・トゥラ・イェレミースもまた、街を散策していた。リブラネスタは海辺の港湾都市だが、リーンエス王国に眺望を楽しむ海沿いの街があるとは思わなかった。リディリディはフィルエス大森林生まれのエルフ、海は縁遠い場所だったのもあるかもしれない。
「これなら妹も連れ出してあげるんでした」
せめてお土産を買って帰ろう。大森林にいる妹は、まだ見ぬ「海」の産物をきっと喜んでくれるに違いない。
「お肉とか」
お肉とか。
……???
肉は土産に向かないが、リディリディなので。ところで魚肉は……肉の範疇なのだろうか?
ちなみに、屋台で売られている串焼きの肉は鶏肉である。
リディリディは「自分がもらって嬉しいもの」を基準に、土産屋をひとつひとつ覗く。アクセサリー、ガラス食器にインテリア。あまり大きいものは場所を取る。軽く塩味のあるボーロ菓子という斬新なものあった。海の塩を使用しているらしく、この街らしい土産物と言えるだろう。
口に入れた瞬間の驚き。青い屋根に白い壁の家を模した容れ物も可愛らしく、リディリディはそれを購入する。
彼女の妹はとっくに広い世界へ飛び出しているのだが——それはまた別の話だ。
ティラ=マーレの街を散策する冒険者たち。ヘレン・ワーグナーとイズル・M・ヴォルゴールは、2人でペルゼィックを宥めていた。
「どうして観光地なんだごらぁぁあその横に貼ってあった護衛の依頼はどうした!?」
ペルゼィックはすっかり、護衛以来の気分でいたのに。連れてこられたのは海の街。
「それはもう埋まってる。ジークも授恵者になったんだし、お祝いしないと。護衛依頼はまた今度な」
イズルの悪気ない計画に、そういうことであればとペルゼィックも黙るしかない。
「さて。ジーク、彼女は一緒に下宿してるヘレンだ。ヘレン、彼は幼馴染のジーク」
「いやなんで知らねーやつ連れてんだよ」
ペルゼィックを紹介されたヘレンは、あれ、と思う。
「会ったよ。イズルの下宿先で」
「え、そうだったか?」
どうやら忘れているらしい。ヘレンはしかし、気にした様子は見せない。それより、と通りの一軒を指差す。
「あのお店、とっても綺麗なガラス品がいっぱい——」
ヘレンがそういうと、ペルゼィックはさっとそちらへ足を向ける。面白くなさそうにしていたのに。
「ああ、ジークはガラスを扱う仕事をしてるんだ。きっと他の工房の作品に興味があるんだろう」
イズルは説明しながら店先に近づく。と、ペルゼィックが突然腕を振り上げて「勝ったぁぁあ!」と謎の勝利宣言をした。
「俺の方が上手——」
「くぉるぁっ! 失礼だろ!」
ペルゼィックの大声に驚きつつ、イズルはペルゼィックの頭をに手刀を食らわせる。
「悪い、ヘレン。……ヘレン?」
振り返るとヘレンの姿が見えない。イズルはあたりを見回し、そしてやたらきわどい水着を手にするヘレンを見つけ、慌てて止めた。
青と白の街に溶け込む、青と白の服を着た冒険者——海神・江流は、目を細めて潮風を受け止めた。
祭を取り仕切っていた少女エルアは、領主の娘だという。今まで江流が出会ってきた王国貴族とはまた異なるタイプの為政者。シャルガネや村社会の取りまとめ役といった印象を受ける。
(……彼女も、自領であんなふうに振る舞うことがあるのかな)
屈託のない笑顔を浮かべ、活発に民と言葉を交わす。普段の彼女からは想像もつかないが。
「こんな場所に、あの娘と観光に来られたら最高なんだけどな」
はあとため息まじりに言葉にすれば、余計に気分が落ち込んでしまった。それが叶わぬとわかっているからこそ。
しかし、江流はすぐさま頭を振って暗い気分を振り払う。
己は紫百合の剣。彼女が歩いて行きたいと望む道の先を切り拓く、剣なのだ。「叶わぬ願い」を、「いつか叶う願い」にするために。
「それにはまず、お役目を果たさにゃあ」
彼女の目にも耳にもなると言った。だから、見聞きしたことを持ち帰る。江流は両頬をぱんと軽くはたいて、歩き出した。
「オヤジ。イキのイイの、ください」
アルシエラ・ライゼルは尻尾をぱたぱた揺らしながら魚を求める。手に入れたのは黒鯛。味付けの選択肢がよりどりみどりの魚だ。
「ふふ。あお、しろ、あお、しろ」
相棒のシアと街を歩き、海辺へ。焚き火のそばに陣取り、串を刺した魚を塩焼きにする。待っている間、噴水前で分けあった果実の残りをシアと齧った。
「絆……結びたい人たち、たくさんいたね」
いい街だ。アルシエラはほくほくの白身と果実の酸味を交互に味わいながら、笑った。
同じ海辺では、フリューリングスルフト=ティエラが裸足で砂浜を歩いていた。いつかの冬の海とは異なり、ここは暖かい。
「イュン、どう?」
砂浜に降ろされた相棒のイュンは、足裏に初めて感じる、やわらかくあたたかな砂の感触にしばらく動きを止めていたが、やがて楽しそうに飛び回り始めた。
「よかった! それに本当、綺麗なところさぁ〜」
海の透明度は高く、寄せる波の音は優しい。木陰にごろりと寝転がり木漏れ日に目を細めれば、イュンが貝殻を加えてフリューの胸の上に乗った。
「うん? それ、気に入ったん? えぇよ、お土産にしよか♪」
暖かな日差し、木々のささめきに波の唄。フリューはあたたかなイュンの体温をそばで感じながら、うとうととまどろむ。
無意識のうちに、故郷の子守唄を口ずさんでいた。
(もう、戻れんのに)
もうすぐひとつ、歳をとる。それは、大人になるということなのか。
流れる時の中、日々遠ざかっていく故郷を思い、フリューは目を閉じた。
● 絆の果実、分けあって
「へぇー! 柑橘系っていうから菓子だけかと思ったら、そうでもねえな!」
ナハシュは屋台を覗き込みながら声を上げる。レモンソースをかけた魚のムニエルやステーキ。それも買っていこうと思ったが、すでに両手はここまでの道で買ってきた屋台飯でいっぱいだ。
「食い終わったら来るわ!」
ナハシュは店主にそう元気よく宣言すると、振り返る。
「あの噴水のとこで食べようぜ」
「うんうん、ちょっと待ってね……」
ヨル・スレイマンの両手も荷物でいっぱいである。ようやくナハシュに追いつくと、噴水前のベンチに腰掛け、戦利品を広げた。
「お祭りというだけあるね。どれもこれも美味しそうだ。……うん、やっぱり海辺は魚とか美味しくていいね」
塩焼きの魚というシンプルな串ものから、海鮮ものとサラダをはさんだ瑞々しいサンドイッチ、ビスク。デザートの柑橘類も忘れない。というかおまけでついてくるのだ。収穫した柑橘類を振る舞う黄金祭というだけあって、気前がいい。
「ん?」
と、ナハシュは顔を上げた。広場で見目麗しい少女がハープの音色に合わせ舞踊り、歌う。どうやら物語のようだ。
「巫女だってさ。なんでも、愛の力で海嘯蛇を倒した人の末裔らしい」
「へえー」
ヨルの解説も、聞いているのかいないのか。串焼きに夢中なナハシュを見て、ヨルは苦笑する。
やがて物語は、噴水前で巫女と恋人が絆を誓うシーンに移る。ひとつの果実を2人で分け合う——この先に待ち受ける苦難に立ち向かうために。ヨルは手の中の果実に視線を落としてから、ごくごく平静を装って半分にわけ、ナハシュに差し出した。
「ほら、ナハシュ。お店の人が言ってたんだけど、果実を挟んで口の中をリセットするのが屋台飯を味わうコツだって」
「そうなのか? もらう! ……うめえ!!」
どうやらナハシュは、物語の内容は右から左だったらしい。何も知らずに食事を楽しむナハシュを見て、ヨルは気恥ずかしくなってしまい目を逸らす。
これはおまじないだ。ちょっとくらい、願ってしまっても許されるだろう——。
パルドとウォーゼルもまた、ベンチに座って買い集めた屋台飯に舌鼓を打っていた。広場にいる人々は一様に果実を分け合っている。パルドとウォーゼルのふたりも、屋台飯をそれぞれシェアしていた。
「やっぱり誰かと一緒に食べると美味しいな、きっとみんなもそうなんだ」
パルドは上機嫌に串焼きを頬張る。果実を分け合う人々の表情はいずれも明るく、和気藹々としていた。恋人同士のような2人から、仲良し2人組といった子供たちで賑わっている。
「うーん、口の中が油っぽい」
美味しいのだが、徐々に口の中がこってりしてきた。むうと眉を顰めるパルドに、ウォーゼルははいと半分に割ったオレンジを差し出す。
「きっとさっぱりするよ」
「お、ありがとな!」
仲良く2人で果実をいただく。と、歌い終わった巫女が噴水前でのおまじないについて解説を始めた。それを聞いた2人は、はっと気づく。
(これ、仲良しのおまじないだったのか!)
(……どうりで、まわりにカップルが多いわけだっ!)
驚きで固まるパルドとウォーゼル。お互いに同じことを考えていたのか、ちらりと隣を窺うタイミングも重なり、どきりとする。
「じゃあこれで、オレ達ずっと仲良しだな」
パルドがはにかむ。それに、ウォーゼルも小さく頷いた。
「だね」
今までも、これかも、ずっと。
お互い、同じ気持ちだ。それが嬉しくて、少し気恥ずかしくて——どちらともなく視線を外すと、甘酸っぱい果実の味を確かめた。
サマエラ=フォリウムは深く息を吸い込んだ。潮風に混ざる、爽やかな香り。
「活気もあるし、空気も澄んでいる。……良い街だな、ここは」
行き交う人々の表情は明るい。楽しそうな様子を見ると、サマエラも不思議と足取りが軽くなる。覗き込んだ屋台の食事はどれも見た目も味も素晴らしく、ついついぺろりといってしまう。
「お、お嬢さん、観光かい? 歩き通しで疲れたんじゃないか? ほれ!」
「おや、いいのか? ありがとう」
気前の良い店主に飲み物をサービスしてもらう。レモンを絞り蜂蜜を混ぜたジュースを飲めば、口内がさっぱりと洗われる。爽やかな甘さで身も心も満たされた気分になり、口元が緩んだ。
「心地好い……」
海風も、口にするものも、風景も。全てがサマエラを癒してくれる。まだまだ黄金祭は終わらない。サマエラは「ほどほどにしなければ」という理性と、「まだまだ楽しんでいこう」という欲望のささやきを共に聞きながら、また歩き出した。
● 紡がれる物語
青い海、青い空。白亜の壁とのコントラストが鮮やかな通りを、サイラスは串焼き片手に歩き抜ける。
もう片手には大きな紙袋。中にはチーズや瑞々しい柑橘類、そして内袋には新鮮な魚介類。海辺の街ならではのラインナップだ。
「歩くのにちょっと邪魔か」
サイラスは紙袋をマジカルポケットに押し込む。サイラスはまだまだこの街を探索するつもりでいた。この街の白亜の壁——つまるところ石材だ、それも気になるが、もうひとつ。海嘯蛇に関する伝承について、である。
「あ、いや登場人物のことは別にいいや」
聞き込んだ先で、サイラスは箱を横に置くジェスチャーをする。
(素材にならないし、愛の力とか別に具体性のあるものじゃないだろうし)
サイラスが気になるのは海嘯蛇そのものについてだ。あくまで伝承だと人々は言うが、長らく祭事も残っているとあれば、どのような形であれ存在している(た)可能性はある。
「鱗、爪、牙、髭とか」
想定される様々な素材にサイラスが想いを馳せていると、向こうから冒険者仲間が歩いてきた。だわ、マリィ・スノードロップ、アリオン・リュー、そして竪琴を持った青年セシリオである。
セシリオは広場で海嘯蛇について語っていた。それを思い出したサイラスは4人に歩み寄る。
「話でも聞いてたの?」
「うん。海嘯蛇について、ね」
サイラスの問いに、アリオンは頷いて答える。
「かよわき乙女が恋人と共に愛の力で怪物を撃退! 素敵な恋バナ——伝承ですよね」
マリィはやや興奮気味にセシリオの話をそう振り返った。
「海嘯蛇を撃退した愛の深さは海より深い、と! わたし調べによれば愛は剣より強いのです。ね、だわさん!」
「……なんでそんなに生き生きとしているんだ……。いや、待てよ。愛の力と表現された魔法の一種である可能性も……?」
だわは至極真面目に推察する。それに、セシリオは「さあ、そこまでは」と頭を振った。
「セシリオさんの話では、海嘯蛇は巨大な魔獣と伝えられているとか」
愛ねえと興味なさげに相槌を打ったサイラスに、アリオンは苦笑しつつ情報を提供する。
「へえ。水害のメタファーとかじゃないのけ?」
サイラスの台詞に、だわは一瞬表情をこわばらせた。しかし、目深にかぶったフードのおかげか、その変化は悟られずにすんだ。
「そう語る方もいますが、祖父からはそのように受け継ぎました」
セシリオは代々、海嘯蛇にまつわる伝承を受け継ぐ家系の出身なのだという。
「巫女に恋した海嘯蛇は、彼女を滄溟の国へ攫おうとティラ=マーレを襲いました。それを、巫女は恋人ともに祈りによって退けた、と」
「とってもロマンチックですよね!」
セシリオの語りに、マリィは両頬を押さえて悶える。
「もっと掘り下げないと。2人の結婚話とかその後の幸せ生活とか——」
しかしマリィがそう続けると、セシリオの表情が曇った。それに気づいただわは首を傾げる。
「どうした?」
「いえ……」
歯切れが悪い。微笑んで曖昧に濁すセシリオを見て、サイラスは嘆息する。
「実は結ばれなかったとかそういうオチじゃない?」
「ええーっ! それは悲しすぎます……」
ショックを受けるマリィ。伝承ですから、と苦笑するセシリオは、それを否定も肯定もしていない。
(領主家の者は、巫女とその恋人の子孫だと聞いたが……)
だわはセシリオの表情の変化を観察しつつ、考える。今日伝わっている内容が正しいのであれば、巫女とその恋人は結ばれているはずだ。
「こうなったらその巫女に……エルアさん、でしたか。彼女の歌や街の人にもっと話を聞いて、情報を集めましょうっ。行きますよだわさん、アリオンさん、サイラスさん!」
「俺もなの? まあ、海嘯蛇の詳細は気になるし、行くけど」
新たにサイラスを加え、一行は再び歩き出す。そのあとを少し遅れてついていきながら、だわは思案を続けていた。
● あの日の景色、あの日の鼓動
「噂通りの景色ですね」
リサ・ベイカーは思わず言葉を漏らした。コテージからの眺望は、自然と人が生み出した奇跡そのものと言えた。
「わたしはここで絵を描こうと思います。時間かかると思うので、ゲルダちゃんは観光を——」
リサは早速鞄を置き、画材を並べていく。一刻でも日が傾けば、この風景は失われてしまうのだ。
急かされるように準備をするリサの邪魔にならないよう、ゲルダ・クラインは、しかし一歩を踏み出して近づく。
「その……それなんですが、……見ていても、いいですか?」
ゲルダがおずおずと口にすれば、リサは顔を上げて目を瞬いた。
「面白いものではないかもしれないけど……」
「そんなことは。決して邪魔は致しませんから」
慎ましやかに、絶妙な位置を保ち椅子に腰掛けるゲルダの心遣いに、リサははにかむ。
「わかりました。でも、ゲルダちゃんが邪魔なんてことはありませんよ」
リサはゲルダが微笑んだのを見てから、簡易イーゼルの前に立った。鉛筆で薄くあたりを書いてから、絵筆を濡らして、混ぜた顔料をパレットに出していく。
そこからはまるで魔法のようで。ゲルダ窓の外に広がる風景よりも、リサが描き出すものに心を奪われていた。リサが絵筆を動かすたびに鮮やかな色がキャンバスに引かれ、光と影を生み出していく。絵の中に、本当に太陽があるように——。リサは時折キャンバスから距離をとり、目の前の風景と照合する。その合間にリサが深く息をついたので、ゲルダははっと我に返った。休憩が必要だ。
リサの集中を妨げないようにそっと椅子から立ったゲルダは紅茶を用意すると、市場で買ったフルーツと蜂蜜を混ぜる。
「休憩にしましょう」
そっと声をかければ、リサはようやく喉が渇いていたことを思い出したようだった。
「……おいしい」
ソファに身を埋め、親友と並んで味わうそれは、きっとどんな飲み物よりおいしい。
「綺麗ですね」
ゲルダの視線は、傾き始めた日に照らし出される風景にありつつも——意識はリサの描き出すものに向けられていた。
この時間が、できるだけ長く続けばいい。彼女も、同じ気持ちで居てくれるだろうか。リサもまた微笑み、綺麗だねと相槌をうった。
ティラ=マーレの夕暮れは、多くの人々を魅了してきた。ナハティガル=ラーもその場に立ち会い、それが決して誇張ではないことを理解した。
黄金の輝きに照らされる、滄溟。空は天頂に向かって徐々に藍色に滲む。昼でもなく、夜でもなく、幻想と現実の迫に存在する景色。
「胸が痛くなるほどに、美しいな」
ナハティガルは思わず言葉を漏らした。その景色を眺めることはできても辿り着くことは叶わない——そんな状況もまた、この景色に感じ入る要因となっているのだろう。
ふと、ナハティガルの脳裏によぎったものがあった。かつて失ったものを、すでにこの世から喪われたものを思い起こすのは、きっと偶然ではない。どちらも、手の届かない場所にある。
そして同時に、喪失の上に芽生えはじめている、大切なもの。その存在も、思い起こされた。
(大切なものなど、もう二度と抱くことはないと思っていたのに)
自分とは生きる世界が違う、その少女に。この景色を見せたいと、思ってしまった。
「分からぬものだな」
人の心とは——ナハティガルはひとりごち、目を細めた。
夕暮れを、コテージの風呂から眺める。アルシエラは浴槽の上で腕を組み、顎を乗せてほうと息をついた。
揺れる波間にきらきらと輝く光。オレンジから青紫へと変化していく空模様は、美しいという他にない。
しかし言葉にしてしまえば、その美しさが損なわれそうな気がして、アルシエラはただ眺めるにとどめた。この瞬間をシアと一緒に分かち合えたことを、記憶に刻み込んで——。
「さく、おいしいかい?」
シルヴィア・A・カペルは、動物のおやつを嬉しそうに食む黒猫さくの頭を撫でる。みぁーと機嫌のいい声が返ってきて、シルヴィアははにかんだ。
風景に視線を戻す。柔らかな夕陽が、部屋をいっぱいに照らしていた。その光を反射する藍色の海を見ると、彼の瞳を思い出す。
彼と想いを交わして3ヶ月ほど。幸せな日々の中で、先生との関係も変化した。その影響か、少しずつではあるが、素の自分も出せるようになってきている。
祖父になりたかったがゆえに形成された「シルヴィア」と、個人としての「シルヴィア」。どちらも自分ではあるが、後者を皆に受け入れてもらえるかどうかは、未知数だ。まだ恋人にしか見せることができていない一面を、曝け出すか、秘めたままにしておくか……こんな風に悩める日がくるだなんて、思いもしなかった。
「どう思う、さく?」
恋人と同じ色の瞳が瞬く。伸ばした手に擦り寄り甘える様子に、シルヴィアは笑みをこぼした。
夕暮れに思い出すのは、子供の頃のこと。夕暮れは当然、別れを連れて2人を引き裂いた。繰り返される別れに滲んだ涙の色を、君はまだ覚えているだろうか。
ジュスト・ヴェルジーは、隣に佇むローザリカ・L・ディオールの表情を盗み見た。
もうお互いに、泣きそうなほど別れを惜しむなんてことはない。お互い大人になったということだ。だが、君がどんな思いでいるのか気になるのは……間違いなく、まだ大人になりきれていない自分の一部分なのだ。
ただ言葉もなく、沈む夕陽を眺める。眩しいそれから目が離せないのは、彼女の、同じ色の瞳をじっと見つめる勇気がない、その代わりに違いない。
ずっと一緒にいるためにはどうしたら。どんな大人になれば、願いを叶えられるのか。
いっときは忘れるよう努めていたそんな感情が、今になって顔を出すのは、きっと——。
日が沈む。辺りはゆっくりと暗くなり、星の輝きが増す。吹き抜ける夜風が髪を乱して、ローザリカはさりげなくそれを整えた。
降ろした手の指先が、ジュストのそれと触れ合った。どきりとして思わず引こうとした手を、ジュストのそれが引き止める。
遠慮がちに軽く握られていただけだった手に、こわごわと指が絡んでくる。それに少し驚きつつも、ローザリカは幼い頃からずっと満たされなかった想いの正体に気づいた。
あの時。夕暮れの中、君の手を離したくなかった。固く結んで、ずっと一緒にいたかった。指先から温もりを分かち合いたかった。
こんな簡単なことを、ずっと叶えられずに来てしまったことを——もう間違えないと、新たな決意と共に彼の手を握り返す。そしてそのまま、そっと肩を寄せた。
もう少しだけ、このままで。
● 空を見上げて、星に願いを
海辺のコテージで、エフィルミアとナキルは同じベッドに仰向けに横たわり、大きな天窓を開け放して星を眺めた。
「すごい数の星……本当に綺麗だね」
街明かりと遠い喧騒。その中でも、星々はささめくように輝いている。
2人して星を数え、指差し、星同士を結んで語り合う。見慣れたはずの空がいつもと違って見えるのは、きっと隣にいる人のせいだろう。コテージという雰囲気のある場所だと、やたらどきどきとしてしまう——どちらともなく視線を交わし、しばらくの間見つめ合う。
「……星も綺麗だけど、やっぱ、ミアの瞳が一番綺麗に光ってる」
好きだな、と呟いた後、ナキルは目を伏せてシーツに広がったエフィルミアの髪にそっと触れる。
「好きって、言うだけじゃ足りなくなっていくんだな」
「じゃあ、」
エフィルミアも、愛おしさをのせて目を細める。
「ナキルくんが足りなくならないように、私もいっぱい好きって言わなきゃね」
溢れるくらい、寂しくさせないように。
「素直なミアも、やきもちやいてるミアも好きだけど、」
「妬いてないけど!? 私以外の女の子にデレデレするからでしょ!?」
それを一般的には妬いているというのではなかろうか。ナキルは苦笑して、身を起こす。
「オレが夢中になるのはミアだけだよ」
「ほんとに〜?」
エフィルミアも身を起こし、半眼で詰め寄る。近づいた距離を、ナキルはことも投げに詰めた。
軽く触れ合った唇が予想以上に熱く、エフィルミアは目を丸くしてわずかに後ろへ身を引く。
「逃げんなって」
「ににに逃げてないし!!!」
頬を撫でる手が、離れた距離を再び引き寄せた。
「兄ちゃんいたら、イズルみたいなかんじなのかなぁ」
部屋の中央に置かれた丸いベッドに3人横たわりながら、ヘレンはそうふと口にした。イズルはうとうとと眠たげなヘレンの頭を撫でていたが、ふむと考え込む。
「ペットかなんかに見えるけどな?」
「ジーク!」
イズルが何か言う前に口を挟んできたペルゼィックの頭に、イズルは軽く手刀を落とす。
「ふふふ、後悔はさせないぜ」
そういって親指を立てるヘレン、会話が噛み合わない。やはり眠いらしい。
「はいはい、ヘレンは眠いなら寝ような」
ヘレンの手の中にあったトロピカルジュースのグラスを取り、ベッドサイドテーブルの上へ。薄掛け毛布を肩まで引き上げ、ぽんぽんと上から軽く叩く。すると、ヘレンはすとんと眠りに落ちた。
「警戒心っつーものがねーのか……?」
「何を警戒するんだ」
「いや男2人と同室だぞ?」
「妙な言い方はやめてくれ。ヘレンのことは、妹みたいに思ってるんだ」
「妹ねえ……」
ペルゼィックは頬杖をつき、小さく息をつく。
「入れ込んで失敗するんじゃねーぞ?」
「だから、妹みたいだって言ってるだろ」
多分に含まれるからかいの色に、イズルは不満げに腕を組む。
「じゃあ、そういうことにしておくか。さて、妹さんも寝たことだし、ここからは男同士、語らおうじゃねーか」
もともと、ペルゼィックを歓迎しようと連れてきたのだ。否やはない。イズルは片眉をあげて反応を示し、やれやれと肩をすくめた。
「盛り上がりすぎてこの子を起こさないように、声の大きさには注意してくれよ」
交わしたグラスが、涼やかな音をたてた。
マスターコメント
お疲れ様でした! お楽しみいただけましたでしょうか〜
バカンスしたいな〜ぶりとろもな〜(家で某あつまれ無人島しながら)
時間帯・場所ごとに描写を分けでおりますので、お名前で検索お薦めです!
それではまた、お会いしましょう〜
イベントシナリオ易しい 報酬:無し25 / 4〜25人
2022年04月06日 17時17分49秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
「ナキルだ、よろしくな。 ミアと一緒に遊んでる予定だぜ。」
ハフビのアルシエラだよ、よろしくよろしく。 ペット可のコテージでシア(狼)とまったりお風呂につかるつもり。
エフィルミアです!よろしくお願いしますっ。 ナキルくんと楽しむ予定です!