【学転】政治討論部と受験対策勉強会
紀藤トキ
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シナリオID:1934
オープニング
「とはいえ、出来る事があるかと言われるとなかなか思いつかないものだな……」
「一人で考えて思いつかないときは、冒険者の皆さまに考えていただくと良いのでは?」
考え込む様子に、したり顔でそう助言するシオン。それはそうかもしれないが、何やら子飼いの面々にすっかり怠け癖が付いたようで、いまいち納得しがたいトマスである。
「人に頼るにしても、まずは自分で考えてからだろう。……いや。待てよ?」
「心変わりした?」
カナンの問いかけには首を振る。人の頭ではなく、人の手を借りようと考えたのだ。貴族子弟であるトマスが1人ではやりにくい事も、政治討論部と言う看板で行えば派閥色は薄れる。何せ、部員は平民、異種族いりまじり、貴族を見れば中立派、王党派だけでなく、実家が貴族派に転じたサラも加えて主要派閥はコンプリート。不偏不党と言って通じる体制ではあるし、実際に特定の派閥に拠った行動をするつもりもない。
「そうだな……。公約にあった制度について、私がそのまま力になるのは難しいが。政治討論部の部活であれば問題はないだろう」
先だっての小旅行で問われた話を、多少気にしていたらしい。貴族と新入生が一対一で繋がるという関係性に思う所もあるが、部活という集団で応援するだけならば、派閥も個人も紐づくまい。つまり、トマスとしては気楽である。
「ですが、まだ新入生は定まっていませんが。試験もまだですよ」
「今回の試験で開かれる門戸は授恵者向けなのだろう? 今でも聴講生としては学内に入れるはずだから、勉強会として開催する事にさほど問題はあるまい」
要するに、受験生に現役の学生が勉学の支援をするという形式で、実際の入学前に接触する機会を提供しようという事である。ここで在校生と受験生で仲が良くなる事があっても良し、別にそう言う事と関係なく勉強熱心な学生を応援するのも良い。
「もう大分前なので覚えていないのですが、試験って何がありましたっけ。座学で引っ掛かりそうなのは歴史や神学辺りですか?」
「全部難しかった。もうあまり覚えてない……。私、教わる側でもいい?」
タイコモが腕組みをしている横では、カナンが頭を抱えている。ダンテ家は後援の学生に試験で下駄を履かせられるほどに力が強くない為、シオンとカナンの脳筋コンビにとって受験勉強の記憶はトラウマであった。
「昨年に私が受けた試験は学園長が就任される前ですから。例年通りだったと聞いておりますわね。ですが、受験生が増えるだろう今年は形式を変えるかもしれませんわ」
1年生のサラがそう思案している。試験内容を想像するよりはむしろ、内容を考えて対策を練る方が大事かもしれない。貴族や多くは街住まいの学園生徒にとって常識レベルの内容が、広く募った受験生にとっては違う事もあるだろう。授恵者という事は、異種族も他国民もいるのだから。
「礼法所作あたりも、面倒そうだな。さすがに貴族家の構成や紋章などは問われまいが……」
「案外、一般常識に欠けがある場合もありますね。私もシャルガネの米を炊く方法など知らなかったですし」
「なんだその問題……そんなのがあったのか?」
料理が得意だと言ったシオンには、そんな意地悪問題が飛んだりもしたそうだ。面接では相手によって変わる事もあるのかもしれない。とするとやはり知識は広範囲に網羅する必要があるのだろう。
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『パンクリアース学園を受験する者への、勉強会開催のお知らせ。
在校生が自分の経験なども含め、試験対策をばっちりアシストします。
春は出会いの季節! 仲良くなれば、学園生活の楽しい所なども聞けるかも?
一足先に、君も学園生気分を味わってみよう!
受験生へアドバイスする在校生も募集しています。
詳しくは政治討論部まで』
手続きを副部長という事でシオンに任せた所、冒険者ギルドに並んだ依頼文は何だか浮ついた感じになっていた。とはいえ、パンクリアース学園へ正規に入学しようという授恵者は出会いを求めてはいる筈だ。それが人にであるか、知識にであるかは別として。学園改革のごたごたから生まれた部活動が、学園に新たな息吹の生まれる一助になれるのならそれに越したことはないと、トマスは思っていた。
解説
マスターより
リプレイ
試験対策と聞いて、最近の編入試験を潜り抜けてきたナキルとルベア・ベルニにヴァレリア・ブランシェ・ウィザースプーンの3人は、当時の事を思い出しつつ額を寄せていた。
「商業系と、それに連なる政治や算術のまとめは私向きでしょうか」
「あ、私も語学と、数学を纏めようと思ってたけど」
「ヴァーレとルベア、2人で手分けしたら早いんじゃないか? 終わったらこっちも手伝ってくれよな!」
ヴァレリアとルベアが数学で被ったようだが、ヴァレリアが応用、ルベアが基礎と狙っていた範囲は絶妙にずれている。なお、試験が0からの挑戦だったナキルには得意分野などないので、2人の担当以外を広く取りまとめるようだ。
「語学は単語に文法、数学は公式、どちらも基礎が大事だと思うのよ。そこから応用に活かす訳だしね」
過去問は記憶を基に思い出せるものは思い出し、繰り返しが必要な基礎はルベアが問題を作って更に量を補う。回答や解説は参考書を基に抜粋して書き写そうとナキルが提案した。資料自体は、上級生達もいるので豊富に集まっている。
「ですが、手作業で書き写しですよね。どれくらい作れるでしょうか」
「問題はそこだよなー。まあ、やるしかないだろうけどさ!」
ヴァレリアの懸念に、ナキルは気合で答えた。おそらく取りまとめと同じかそれ以上に、書き写す手間が掛かる。ルベアとヴァレリアの2人をずっとそこに掛かりきりにさせるつもりもないので、結局はナキルが頑張るしかないのだ。そんな3人の様子を眺めつつ、自分の編入試験を思い出したヴィルヘルミナはため息を吐いた。
「私の時の内容は参考にならないでしょうね……」
まだフォルトゥナ学園長就任前の事だ。試験の機会が開かれたのも高位貴族の子女のお零れの様なもので、異種族の彼女にはハードル高めではあった。問題も、篩に掛けるのではなく落とすのが目的と思われる程にえげつなかった。いや、彼女含めて合格者が複数出ているという事は、あれでも本来の編入試験よりマシだったのかもしれないが。それに比べれば、この春の入学試験は正しく入学の資格を測る問題であるはずだ。
「学問分野の手は足りてそうですし、私は鍛冶の基礎でも話しておきましょうか。後は休憩用にクッキーでも……」
編入試験に鍛冶などと思われそうだが、軍事に連なると思えば、鍛冶についても知らないより知っている方が良い。例えば最低限の鍛冶の仕組みを知っていれば、炉も鉄もない戦地で出来る事の幅が分かる筈だ。そんな事を考えていたヴィルヘルミナの寝てない耳に水が飛び込んでくる。
「シグルラン様、お久しぶりでございます!」
「あ、野次っこ仲間のハリネズミちゃんじゃーん! おっひさー!」
こんな場所で聞くはずの無い名前と声にぐるりと顔を巡らせれば、テーブルでのんびりくつろぐドワーフ王がいた。バイアーディス戦で共に死線をくぐったハリーヌ・ヨツユビと旧交を温めているらしい。
「シグルラン様は暫くご滞在されるのでございますか?」
「うん、多分? ほら、国外滞在の予定とかって、アタシじゃなく他の人の方が詳しいんだよねー」
などと話しているうちに、ポカンと口を開けたヴィルヘルミナと目が合う。
「あ、ミーナじゃん。やほやほー。なんか変な顔してるし、ウケるー!」
「誰のせいですかー! シグちゃんがいるとか聞いてませんよ!」
頭ふわふわピンク頭ちゃんに見えてもシグルランは鍛冶王である。いっぱしの鍛冶師なら誰がやっても内容が変わらないだろう基礎の基礎であれ、鍛冶について彼女の前で語るなど公開処刑の様なものだった。ヴィルヘルミナが講義用の資料を手にしているのを目ざとく見つけたシグルランがにまーっと笑う。
「あ。アタシちゃん専門外なんですけどぉ、融点の違う材料を一度に溶かす時のコツって何ですかぁー?」
「お願いだから冗談でもやめてくださいね!」
まあ、ドワーフ王も年下の友人を本番で泣かせるような真似はするまい。シグルラン以外の、今度の入学試験に挑戦する側の者も入室していた。
「試験の過去問題は揃えて下さる方がおられるのですね。それは助かります」
試験対策は勉強あるのみ、と正攻法を考えていたアウレーリア・フォン・ネーベルベルクは、過去問対策をしっかり行うつもりだった。ナキル達がまとめてくれるなら、書写位は自分でやれば良いと思う。『分からないなら分かるまで勉強すればいい』というのは、それが出来る者にとっては正しい解決法であった。
「……あとは、学園の教員名簿から専攻を洗い、人間関係なども加味して今年の出題者迄絞り込めれば傾向も読みやすいですね」
やり口が戦場に出てくる敵将の特定方法と大差ないのは気のせいであろう。問題は学園内部の教員の多くが貴族である事で、その個人情報を帝国民のアウレーリアが探ろうとすると要らぬ腹を探られそうなことか。それで試験に悪影響が出ては本末転倒である。それに、アウレーリアにとっての最大の難関はそんな所ではなかった。
「問題は実技ですね。授恵者になって体力は問題なくなりましたが」
病弱だったため、体を動かした経験自体が少ないアウレーリア。はっきりいえばどんくさい。世の中、笛が鳴ってからすぐ動き出せる人間ばかりではないのだ。果断即決が信条の彼女ではあるが、どうしようもない問題は先送りする事として、まず目の前の課題に目を向けた。
●
「父上がパンクリアース学園の事は嫌ってるから、ボク個人の入学予定はないんだけどね」
トマスの下にお茶菓子持参でやってきたエルゼリオ・レイノーラは、賑わいだす教室を横目に寂しそうに言う。
「でも、受験気分だけでも味わいたくってさ? 教わる側で参加しても良いかな?」
「それは構わない。しかし貴族に名を連ねた以上、御父上も個人的な好き嫌いを言っていられる状況では無くなるかもしれないぞ」
例えば、寄り親に子供を学園に通わせないなどありえないと言われてしまうかもしれないし、どこぞの令嬢との婚姻の条件に学園卒業が課されるかもしれない。指折り可能性を数え上げれば、トマスの片手の指があっという間に埋まった。兄は帝国へ留学、姉はフィルエスに修行に出ているのに、自分だけ何も教育の便宜を図られてないのだ、とエルゼリオはむくれつつ。
「ボクもできるなら通いたくはあるなあ。奨学金とかも出るんだろうけど、やっぱりハードル高いんだろうね~」
「学費を貴族が補助する事はあるが、それは大きな借りになるぞ」
いわゆる紐付きというものだ。例えばトマスの子飼いのうち、孤児上がりの少女達はダンテ家が学費を持っている代わりに将来の自由は無い。等と話していると、シルヴィア・A・カペルがトマスへの挨拶に訪れた。
「部活で取り入れてくれた事に、心から感謝を。上級生と下級生、入学希望者の交流の機会は多い方が良いからね」
「それは過去のシルヴィア嬢や皆の助言が実を結んだ、という事だと考えて欲しい。昨年までの私ならばこうは動かなかった」
行動を伴う中立的な在り方、という物をトマスが積極的に取り入れるようになったのは、諸々の交流の結果である。そう伝えると、シルヴィアは微笑しつつ、それでも、と重ねて礼を述べた。教室へは、更に来客が相次いでいる。
「こんにちは、勉強に来ましたよ!」
「ナキル……は、忙しそうか。とりあえずその辺に座って良い物かな?」
「あちらに江流様が居られます。お話を伺ってきましょうか、ライナ様」
ユークリア・フィナンシェの元気のよい声に続き、ライナ・フレイヴァルツとフロマーシュ・ダイヤドロップが連れ立って教室の入り口をくぐる。知人の来訪に気が付いた海神・江流が席を立った。
「ここはあまり畏まらなくても良い部活だから、適当に座って大丈夫だ。ええと、学業の事はあっちの問題集が出来てからでいいと思うから俺は、学園生の心得でも話そうかな」
等と言うと、所在無げに座っていたクレマン少年も聞きたそうな顔をしていたので、手招きする。
「まず、この学園がどういう所なのか、理解した方が良いと思う。パンクリアース学園は元々、王国貴族の為の学園だ」
門戸を開き始めたとはいえ、それまでの伝統や歴史がなくなる訳ではない。貴族からの差別や偏見は根強くある。しかし、彼らの在り方を理解する事で避ける事が出来るトラブルもあるだろう。受ける反発も和らぐかもしれない。
「だから、王国史から国や貴族のあり方を知る事は試験対策以上の意味がある、と思っている」
「なるほど……学園で影響力の高い貴族社会に関する知識は必須。郷に入っては郷に従えという事ですね?」
入学前なので正確にはまだ先輩ではないが、心としては既に後輩女学生なユークリアが熱心にメモを取りつつ頷く。
「入学したら、貴族の方と接する事になりますものね。貴族や王国に関する事やその思想もしっかり学んでいかないと!」
敬愛するライナのメイドとして見られる可能性もある、とフロマーシュは気合を新たにする。貴族のもてなし方も知らぬメイドを連れている、などと自分のせいで主の評価を下げてしまう訳にはいかないのだ。
「しかしそもそも、この学園の貴族というのはどういう意図を持って門を叩いたのだ?」
貴族という物にあまり縁のないライナが首を傾げる。知を高め研鑽する為か、そもそも入ることによる経歴が目的か。あるいはここでしか得られないものがあるのか。何を望んでいるのかが分かれば、接し方も分かろうという物だ。
「そうだなあ……、俺の知っている貴族はそう多くはないけれど、その全てに当てはまる気はする」
江流がまず思い浮かべるのは、白や黒や紫といった上位貴族子女だが、貴族派の面々も、そこにいるトマスらも。学内では自分を磨くと共に経歴、人脈も築こうとしている。何なら息を吐く代わりにそうしているようにすら見え、そのたびに違う世界を感じる事もあるのだけれど。
「あとは、学園で何を学びたいのかを考えておくことかな。面接にも役立つと思う」
「学びたい事か。私は神代の歴史について学んでみたいな」
「ライナ様……」
ライナもフロマーシュも故郷を失っているが、人の悪意により失われたフロマーシュの故郷と違い、ライナの喪失は異変による物だ。あるいは神代の歴史を辿れば真実への一端がつかめるかも、という願いもあるのだろう。
「私も、歴史や神学については興味があります。ライナ様と同じものを学びたいと言うだけではないですよ」
歴史上の偉人や偉大な神は多くの人たちの心の支えになってきたはずだ。それを知ることで主を支える力としたい、という動機であるらしい。
「僕もシグモルの人間として、神に興味を持ってくださる方が増えるのは、嬉しいです」
聞いていた少年が嬉しそうに頷く。2人がそれぞれの目的を語る間、ぶつぶつ呟いていたユークリアがパッと顔をあげた。
「それは自らの学力を高め、効率的に知識を蓄え、有限実行しつつそれらを確信に変え、人としての高みを目指し共に笑顔で皆の暮らしを豊かにする手助けになれる様な存在を目指します」
早口である。忘れないように、もう一度早口で繰り返し、「特に学びたいのが体育です!」と良い笑顔で締めた。
「凄い立派な口上だけど、体育かぁ……。ライナさんとユークリアさんには後で学園図書館を勧めようと思ったんだけど」
「図書館ですか! 武術書があると嬉しいですね!」
どうやらユークリアもそれで問題は無いようだった。クレマン少年が手を挙げて、質問をさしはさむ。
「学生になったら、どうすればいいのですか? 住むところや、食べるものも決められているのでしょうか」
「授業は貴族の方と同じものを受けますが、寮は別れています。一部屋に四人で、別学年の先輩と一緒になる可能性が大きいです。自炊もできますが、寮生の方は食堂で頂く方も多いかもしれません」
生活に関わる戒律がある神殿育ちらしい質問には暮らし方に関する質問がくることを予想していたゲルダ・クラインがすらすらと答えた。
「そうなんですか。ありがとうございます」
ハーフリングのゲルダを見ても驚いた様子もない辺り、シグモルの少年には異種族への差別感はないらしい。王国において、それが良く働くかどうかはわからないが。
●
扉の向こうから、賑やかな声が聞こえてくる。エリカ・プレトリウスはその前で逡巡していた。そもそも参考書片手に1人で学習するつもりだったのだが、どうしてここに来てしまったのだろう。
(ローザリカ様、に連れて来ていただいた場所、だから……?)
けれども今日は1人。政治討論部の募集は見たが、入試を通るだけが目的だった自分の知識には教える程の深みもない。入部の意思もないし、迷惑になるだけではと思った。むしろ、自分の進級が危ぶまれ、助けてもらえるなら助けが欲しい。と、思った所で背後から声が掛かった。
「長老に行けと命じられた場所で、まさか同族に会うとは。私は灰火のアルセイル。人に混じりし同胞よ、そなたの名は?」
「え。あ、あの」
「なんだ、人の服を着て人の真似をしていると、フィルエスのエルフが珍しいか」
単に人見知りなだけである。そもそも孤児のエリカはエルフとして育ったわけでもない。さらりと二重の誤解を解けるほどエリカの社交性は高くなく、戸惑う様子にエルフ男の機嫌も悪くなる。
(だ、誰か助けて)
先ほどまでとは別の意味で助けを求め、身をすくめるエリカの鼻孔をふわりと芳しい香りが撫でた。大丈夫、と語るように空いた方の手が握られる。
「おや、僕の連れに何か? 高貴な森の民よ」
「……っ、ローザリカ様」
「何だ。お前は。ヒューマンがエルフを連れだと? まさか、奴隷にでもしているのではあるまいな」
「何を馬鹿な事を! いいかい、エリカ君と僕はとも……、と、共に、学ぶ仲だが何か?」
とんでもない言いがかりに上がったボルテージが途中で中折れしたが、ローザリカ・L・ディオールは失礼なエルフを睨みつけた。その肩に手が添えられ、優しい甘い匂いが一歩前へ出る。
「どうやら長命な森人は随分歴史にお詳しいようだ」
「な、何?」
「でも、今は王国歴1222年だよ。奴隷などと口にしては、王国への侮辱と取られるかもしれないから、気を付けてね」
気づけば3対1である。エルフは口ごもりつつも、その扉の先に用があるのだと述べた。
「ならばどうぞ。さ、ロゼとエリカ嬢も異国からのお客の邪魔になってはいけないね」
友達と言い切ればよかった! と今更もごもごするローザリカと、まだ事態についていけずに目を白黒するエリカを背に庇い、ジュスト・ヴェルジーが先を促すと、エルフは唸りながら部屋へと入っていった。残された3人は互いに顔を見合わせる。
「あ、あの……、お2人とも、ありがとうございました」
「それは良いけれど、一体どうしたんだい?」
事情を問えば、成程とローザリカは頷いた。手にした書物とペンやインクも、エリカの本気を示している。上位の貴族として導きたいのではなく、友として手助けをしたい。そう思えば言葉が自然と滑り出た。
「実は僕もここの部員になったんだ。よければ活動に付き合ってはくれないか?」
「……は、はい。喜んで」
無理に誘わぬよう、言葉を選ぶ従姉の様子に、ジュストは彼女の心中を思う。
(貴族は普通、平民のように友達を作れない。それが『弱み』に繋がるから。ロゼも分かっているだろうけれどね。でも、そう望むのなら、俺は黙って応援するよ)
学園にいる間だけは許される関係という物があるとするならば、友情、恋情、愛情、どこまでが許されて然るべきか。当たり前の顔で同行する従弟殿に渋い顔を見せるローザリカと、先から握られた手が気になるエリカと連れだって室内へ入る。入った所でどうしてよいか戸惑っている高貴な森人に苦笑すると、ジュストは彼のような者も含め、異種族が過ごしやすくなるだろう基礎知識を伝えようと考えた。
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「誰でも参加できる勉強会……。なるほど、それは参加したい」
政治討論部の部員であるサマエラ=フォリウムは学びにもともと貪欲である。生き残る為、利用されない為には知識が必要だという殺伐とした理由である事はこの際置いておく。王国の礼儀作法について異種族の彼女が学ぶには、身分種族を気にせぬ政治討論部は格好の場所だった。
「タダで教えてもらえるのは凄く、良いですね!」
帝国からやってきたリーシャの明け透けすぎる感想に笑みを浮かべ、サマエラも着席する。ちょうど、ジュストが王国における貴族の立ち位置と平民との関係を簡潔にまとめて説明したところだった。同性のハーフビースト仲間という事で気になったハリーヌとルベアが、講義形式が一段落した辺りでリーシャへ話しかける。
「面接にも学園生活にもいえることでございますが、早々に学園から差別が完全に消えることはないでございましょう。必要なのは、覚悟でございます」
「……覚悟!」
「貴族派の学生の目は、厳しいと思うわ。それに、ハーフビーストを愛玩動物か何かのように思う向きも、あるから」
「それも、覚悟ですね!」
ハリーヌの教えがするりと刷り込まれたのか、元から逆境だと思って来ているのか。少女は気合満点で返事をする。なお、問題のハフビ愛好家は、入室のすぐ後にハリーヌとリーシャの了解を得にやってきていた。了解を得るだけマシだと思うべきか、アレが教師だと嘆くべきか。
「特に減るものではございません。どうせ撫でさせるなら、まずは頭や腕からでございましょうか。リーシャ様の尻尾やワタクシの背中など、ヒトに無い場所には高値を付けて差し上げれば良いのでございます」
などと野心的なハリーヌだが、あの相手は言い値で払おうなどと言いかねないので程々にした方が良いのではないかとルベアは思う。イヌ科故かリーシャは撫でられることが不快ではないようなので、そこは救いではあった。
「それに副顧問を篭絡すれば、万が一ハーフビーストの入部を認めないなどと言われる心配も無用でございますし」
せっかくの学生生活、ちょうどクラブ活動という物を体験してみたい、と思っていたのだとハリーヌは言う。確かにそう言う部活も無いとは言えないが、この部活に限っては無用な心配ではあった。
「リーンエス王国はずいぶん複雑なのですね」
騒ぎをよそに、黙々と資料を読んでいたクレマン少年が困惑したように呟いた。顔見知りの物々交換で成り立つ神殿の中に暮らしていては、動く思惑も金額も人数すらもにわかに想像しがたい。
「シグモル火山の中で手に入らない物がすぐに欲しい時には、どうやっていますか? まずそこから、考えてみましょう」
「ええと、神官様が街に出て、商人さんに次の取引の前借りを……。あ、なるほど!」
ゲルダが取り掛かりを教えると、地頭の出来が悪い訳ではない少年は、頭の中の整理が出来始めたようだ。どのような人がどのような視点で、どのような事を聞いているのか、判断して答えるというのは簡単なようでいて、なかなかできることではない。
「参考になる資料は図書館にあると思います。後ほどご案内しますね」
色々一段落したら、江流達に同行すれば丁度良いとヴァレリアは言う。
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「既に卒業をした身ではございますが、後輩や受験生の皆様のお勉強のお手伝いをさせて頂きます」
次に講義を始めたのはレティシア・レインフィール。貴族とは言わず上流階級の出であれば当然に身についている所作の話から掻い摘んでいく。ふむふむと相槌を打っている相手は良し、眉間に皺のアルセイルにはゲルダが、リーシャにはルベアに依頼されたシルヴィアが解説に向かう。
「身分や種族による差別は、……ないとは言えないです。最近は、そういった風潮を失くそうという流れもありますけれど」
「そうであったか。しかし奴隷などは無いと聞いたぞ」
「はい。それは無いです。犯罪になる、……と思います」
もちろん犯罪者がいないとは限らないが、それは異種族であってもヒューマンであっても変わらない、とゲルダに説かれて世間知らずのエルフは少し悔し気に唸った。
「お前のような子供が知っているような事でも、私は知らなかったという事か」
「あ、いえ。私は、違うので……」
咄嗟に自分の事をヒューマンではないともハーフリングであるとも言い難く、ゲルダは言葉を濁す。短気なエルフが眉を上げた所で、書き上げた紙の束を抱えて通り過ぎるナキルが呆れたように口を挟んだ。
「ゲルダ姉ちゃんや俺はハーフリング。耳見れば分かるだろ。間違えるなよな」
「ぐ、そうか。王国とはヒューマンの国と聞いていたが、そうでもないのか……」
謝意を示すもまだ悔しさを隠せぬ辺り、アルセイルは見た目よりも大分子供ではある。ゲルダが目礼を送ると、いいって事よとばかりにナキルが胸を張った。ライナとフロマーシュ、ユークリアの下へ向かい、何とか書き上げた一冊の問題集と一緒に激励を送る。
「頑張ってな! これ、一冊しか間に合わなかったけど後から増やすからさ」
「ありがとうございます! 私達、仲良しですから一冊でも大丈夫ですよ?」
「ああ。それに自分達で書き写すと、勉強にもなるかもしれないしな」
「それは良い事ですね。あの、ライナ様の分は私が写しますので、その……」
どうやらそう言う事になったらしい。そんな微笑ましい様子を眺めつつ、ヴァレリアは不敵な笑みを浮かべていた。
(クラティアス学園長の改革の結果か、平民も異種族も問わず、学園試験という挑戦権を得られましたが……)
新しい風が吹く。彼女の家に利をもたらす繋がりが生まれた時、どのような品々が世にもたらされるだろうか。その結果がどうなるのか、それが楽しみでもある。
「あの、体を動かすような試験は存在するのでしょうか」
「礼法の一環でダンスについて問われることがある。最低限の身ごなしは出来た方がいい」
合間にトマスからそう聞いて、体育アウトのアウレーリアが愕然とした表情を浮かべる。やれるようになるまでやればよい、の家訓に従ったとして、果たして春までにモノになるだろうか。
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「礼儀作法か。所作は何とかなるのだが、対面での言葉遣いが難しいな……」
サマエラのみならず、平民や異種族の受験生の多くはそこで詰まっている。王国貴族の為の学園、という江流の言葉が実感を以てのしかかってきた。とはいえ、ここには貴族子女も多くいる。中でもレティシアはその部分がネックとなる生徒が多い事を予想して対策を練っていた。
「言葉遣いのみならず、貴族と接する機会の少ない方は、緊張されて普段のような力を発揮出来ない場面もあるでしょう。社交会話というのは、やはり数をこなすことが近道かと」
「それで、私に……? レティシア嬢がいれば十分かと思うのだが」
貴族男性でなければ出せない威厳もある、と言われて見回せば、確かに平民が想像するような貴族子弟らしい男性はトマスくらいしかいなかった。エルゼリオは付け焼刃になろうし、タイコモは残念ながら背格好が威厳に欠ける。ジュストは演じれぬ事は無いだろうが、この場では羽を伸ばしたいだろう。
「ふむ……。では、私とレティシア嬢が面接官という事だな。まず、名を名乗って貰おう」
「む。サマエラ=フォリウム、です……、では駄目なのだな? 貴族に対して平民が家名を名乗る手順があると? そう言われれば、そういう記述もあった気がするが」
サマエラの観察力で、駄目だというのは察する事が出来るのだが、駄目出しは言葉を発する前には分からない。じっくり考えれば適切な答えも導けようが、待たせること自体が礼儀に反する。
「いっそ、黙ったまま身振り手振りでは駄目か?」
「戦傷などで本当に喋れない場合は、相応の作法がある。しかし喋れるのに口を利かないのは無礼となるな」
「むむ……、よし、もう一度最初から頼もう」
次もトマスが問うかと思えばレティシアが質問を投げ、それはそれで同性の時の言葉遣いが変わってくるらしい。実際は平民が多少の間違いをしても許される事の方が多いが、試験とあれば細かい失点が命取りになる可能性もある。
「……私は試験の為と言うよりは、目をつけられない程度に身を処す方法が知りたいだけなのだが」
「中途半端な目標を立てては、得られる成果も不足になる。百を目指しても本番で五十も出せるか分からない物だ」
トマスは教えだすと熱が入るタイプだったらしい。なるほど、武術であってもそれは同じかとサマエラも頷き、それに触発されて他の面々も学習に身を入れだす。とはいえ、異種族や他国の面々にとってはそもそものハードルも高く、気位の高いアルセイルはレティシアの愛のムチに泣きそうになっていた。
「一休みしたい人にはクッキーを用意しましたので、どうぞ」
「あ、ミーナっち気が利くじゃん? できればお茶も欲しいなー」
講義の後でヴィルヘルミナが焼いてきたクッキーは、言葉遣いを学ぶ気も直す気も無いドワーフ王が最初の一枚をつまんでいく。紅茶のリクエストは、シオンとカナンが担当だ。頭と姿勢をよくする為の筋肉を酷使した学生たちの手も、我先にと伸びてきた。
「ええと、ジュスト様、この紋章は……」
「む、それは僕も答えられるぞ、エリカ君」
食い気味に割り込んでくるローザリカに譲って、ジュストもカップを手にする。従弟殿の教え方は回りくどいだのと合間にディスられているのに苦笑を漏らしつつ、2人の会話に耳を傾けた。遠慮がちに手を伸ばすローザリカと、差し出された手に戸惑いが出るエリカ。2人の言葉が止まりかけた時にだけ、合いの手を入れてジュストが会話を回した。
(こんなに居心地が良くて。優しいのはどうして……? いえ、今は御二方のご厚意に応えなければ)
和やかな空気に絆されそうになる気持ちを引き締め、エリカは目の前の課題へと目を向けなおす。問えば答えが得られそうな胸の奥の疑問の、正解を知るのが怖かった。
●
「ありがとうございました!」
「知識は試験が終わってからも君の武器になる。入学後も、学びたい人への協力は惜しまないよ」
礼法に続き、王国内の政治関係でもあれやこれやと悩んでいたリーシャを、シルヴィアはつきっきりで指導していた。疲れを見せぬ少女を見送ってから、ふと見れば日はすっかり傾いている。
「すっかり昼食を食べ損ねたな」
弁当は持ってきていたと思ったがそれも忘れていたようだ。らしくないと苦笑しつつ、食堂にでも行こうとした所でエル=バ=ノイアンに出会った。
「弁当を届けにきた。忘れていたぞ」
「すまない。感謝する」
家の者でもない青年が弁当を届けに来る、という場面は命とりになりかねぬ迂闊。本当にどうかしていると深くため息を吐く。その理由の深い所までは分からぬにせよ、彼女の落ち込みに気づかぬノイアンでは無い。
「話したい事があるなら、聞こう」
「……私は、王国貴族としては偏見が少ない方だと思う」
シルヴィアの言葉に、ノイアンは頷く。幼少時に飢えや痛みを伴うような旅をした。善人も悪人も見て、それが種族に拠らぬ事も知った。普通に育った貴族には無いその経験が、頑なさを産んでいるのではないかと彼女は思う。
「偏見がないという事は、他人の価値観を破壊してしまう事に繋がるのかもしれない。旅の経験が他人に抵抗を許さない」
偏見を持つべきでないと思えば、偏見がある社会の価値観とぶつかりあう。ぶつかったのなら、自分ではなく相手の価値観が壊れる筈という、言葉に出せば至極傲慢な心境ではあった。
「私は、持つ側の人間。それは忘れてはいけないのだろう」
経験や知識を持つ自分と、普通の王国貴族の間には価値観の違いがある。しかし、下層の民に寄り添うには、持って生まれた恵まれた物事が邪魔をした。どちらに寄っても軋轢を生まずにいられず、ぶつかれば相手を壊してしまうのなら、自分が持つ者であり違う事を忘れずにいるしかないという諦念。心底をさらけ出すような独白をノイアンは静かに受け入れ、彼女が話終えてから自分の意見を口にした。
「偏見が少ないことは、望ましいことではある。だが、それが全てを解決してはくれない。経験の有無も、必ずしも深い理解に結び付くわけではない」
シルヴィアが拠って立つ所の価値を認めつつ、それだけが正しい訳ではないとノイアンは説く。相手には相手の歩んだ人生、経験があるのだから、それを切り捨てるのではなく向き合ってこそ議論となるのだ、と。シルヴィアの軽やかさが或る者にとっては美徳に映り、他の者にとっては軽率さと見られる事もあるように、世の価値観は多様なのだ。
「他人の人生を、自分の経験によって語ってはならない。でなければ、シルヴィア、もしお前が領主となった時、お前は他人の価値観を無意識に切り捨てていくだろう」
「……っ!」
既にそう成り掛けていたのかもしれない。ノイアンの言葉はシルヴィアの心中に刺さり、想いの底も掘り起こしていく。なぜ、彼女は悩んでいるのか。その悩みは、なぜ産まれたのか。なぜ、悩みを産む様な行動を始めたのか。辿っていけば原点は、彼の言うように、上に立つ者として抱いた理想だったのかもしれない。
「少なくとも、お前が目指したい場所は、そこではないはずだ」
訥々と語ってから、項垂れたシルヴィアをそっと胸に引き寄せる。
「……さ、元気をだせ。今日の卵焼きは、甘めに焼いた」
彼女を幼子をあやすように諭す者など久しくいなかったが、今はそれが心地よい気がした。
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準19 / 10〜25人
2022年02月19日 22時52分21秒 公開
参加者
相談掲示板
「ナキルだ、よろしくな。 政治討論部の部員にもなったし、直近の編入試験(異例)を受けて来たからな そん時に出てた出題内容とかを教えるのはできそうだなって思ってるぜ!」
シルヴィアだ。トマスの心遣いに感謝を。 今回はよろしくね。 歴史や神学、礼法所作……政治経済や文学読解辺りも出そうかな。 入学試験を受けたのは大分前だけど、出来る限り力を尽くそう。
ワタクシはハリーヌ。しがないヨツユビハリネズミでございます。 皆様、今回はよろしくお願いするでございますよ! ワタクシはこのようなナリで学園生になったでございますから… 異種族や平民が学園で強く生きるメンタルコントロール術をお伝えしたいでございますね!
入学希望予定のヒューマンのユークリアです! 勉強しますようぉー! って感じで臨むので宜しくお願いしますね! 色んな地区の歴史や風物詩の問題が出そうですか?
挨拶が遅れました。 キャスター、ヴァレリア・ブランシェ・ウィザースプーンと申します。 お見知り置きを。 別件依頼でも似たような行動で提出しましたが、私もナキル様と同じように過去問を教えるつもりですね。 その際、私からは商業知識と資料検索を活かす形となり、後者を駆使して受験生にとって有用とされる資料探しの手伝いも考えております。
1年生で部員の海神江流だよ。 今回はよろしくね。 俺は去年の秋の編入試験で入ってるのでそのときの事とか、あとは入学後の話なんかを出来ればなと。
ライナ・フレイヴァルツだ。 この春より入学を希望している。 今回は勉強会ということで、既に入学している者に胸を借りてお世話になる。 一般常識を問われる問題もありそうなのは盲点だったな。 いろいろ話をお聞かせ願えればと思う。
フロマーシュ・ダイヤドロップと申します。 皆様よろしくお願いいたしますっ! 私もこの春からライナ様と一緒に入学できるよう、皆様のお世話になりつつ 頑張って勉強してまいりますっ! 一般常識や教養に、神学なども問われる可能性もあるみたいですので、出来る限りたくさん学んでいけましたらっ!
「>ユークリア お、こっちでもよろしく頼むぜ! 交流会と違って今度は勉強だからな!やるコトは確りやって、合格目指して頑張ろうぜ! >ヴァーレ お、助かるぜ。…ルベアの姿もあるけど、あっちはあっちで何か予定あるかもだし。 【問題集】ってタグでも作って 入学希望者が持ち帰って勉強を出来る様に過去の問や解説を纏めて教材作成する ってのも、アリかな? まぁ、ちっとギリギリ過ぎるからアレだけど。 とまぁ、そんなノリで問題集だけ作ってみるから、適当に乗ってくれる分には大歓迎っと!」
(更新してから書けばよかった) 「>ライナ、フロマーシュ お、問題集作るの頑張るぜ。(応援」
なんか名前が出てたから……( ルベアよ、宜しく。 私も実際今のところ特に予定はなかったし、過去問作成に加わろうかしらね。 前の試験でやったことを考えると、語学とか数学とかがメインになりそうだけど。
「>ルベア お、助かるぜ。 んじゃぁ、そのヘンの内容頼むぜ。 後は、こう。色々調達できるかどうかなんだよなぁ…。持ち出し不可なら手書きして作るしかねーし。(気合)」