【帝国】北部鎮守都市オルセン
七海真砂
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シナリオID:1593
オープニング
戦いは、終わった。
しかしそれは、また新たな『始まり』なのかもしれない。
「そうか、オルセン軍も大きな被害は無く終わったか」
「はい。貴女の頼みならばと皆が奮起する姿を、直接お見せしたかったですよ」
撤収するオルセン軍の様子を見やりながら胸を撫で下ろすクーネさんに向かって、愛馬に騎乗したままのコンラート・マフダルは静かに応えた。
「とはいえ、怪我人はそれなりに。しばらくは大きく動くことは難しいでしょう。という訳で、そろそろ一度戻ってきて頂きたいのですが?」
「そうだな。逃亡した中型クリーパーの事もあるし……」
「ええ、ええ」
コンラートが満足そうに頷く。「我々が中型クリーパーの脅威に対抗するには、貴女が必要なんです」と言わんばかりに。そんなコンラートにクーネさんは、もう一つ別の理由を掲示した。
「南部の状況も詳しく知りたいだろう? なかなか意外なことになっていたからな。今のオルセンに関心のある冒険者なんかも連れて一緒に行くよ」
「冒険者……ですか」
多数の授恵者が冒険者としてギルドに所属し、帝国の為に戦っている――などという状況を予想していた者は、オルセンには誰もいないはずだ。それくらい想定外の客人だろう、が。
「まあ、貴女が連れて来たいのならば構いませんよ。宴が開かれるでしょうから、その席でお会いしましょう」
「宴?」
「お忘れですか? 貴女が旅に出ると言ったら、皆が宴で送り出したことを。貴女が帰って来ると聞いたら、どうせまた宴になりますよ」
「そういうものかな。まあ、祝勝の意味でもちょうど良いかもしれないな」
ふむ、と頷くクーネさんに「ではオルセンでお待ちしていますよ」とコンラートは身を翻した。
そんな訳で、オルセン軍の様子を見て戻ってきたクーネさんは言った。
「オルセンに行く者、この指とーまれ!」
しかしそれは、また新たな『始まり』なのかもしれない。
「そうか、オルセン軍も大きな被害は無く終わったか」
「はい。貴女の頼みならばと皆が奮起する姿を、直接お見せしたかったですよ」
撤収するオルセン軍の様子を見やりながら胸を撫で下ろすクーネさんに向かって、愛馬に騎乗したままのコンラート・マフダルは静かに応えた。
「とはいえ、怪我人はそれなりに。しばらくは大きく動くことは難しいでしょう。という訳で、そろそろ一度戻ってきて頂きたいのですが?」
「そうだな。逃亡した中型クリーパーの事もあるし……」
「ええ、ええ」
コンラートが満足そうに頷く。「我々が中型クリーパーの脅威に対抗するには、貴女が必要なんです」と言わんばかりに。そんなコンラートにクーネさんは、もう一つ別の理由を掲示した。
「南部の状況も詳しく知りたいだろう? なかなか意外なことになっていたからな。今のオルセンに関心のある冒険者なんかも連れて一緒に行くよ」
「冒険者……ですか」
多数の授恵者が冒険者としてギルドに所属し、帝国の為に戦っている――などという状況を予想していた者は、オルセンには誰もいないはずだ。それくらい想定外の客人だろう、が。
「まあ、貴女が連れて来たいのならば構いませんよ。宴が開かれるでしょうから、その席でお会いしましょう」
「宴?」
「お忘れですか? 貴女が旅に出ると言ったら、皆が宴で送り出したことを。貴女が帰って来ると聞いたら、どうせまた宴になりますよ」
「そういうものかな。まあ、祝勝の意味でもちょうど良いかもしれないな」
ふむ、と頷くクーネさんに「ではオルセンでお待ちしていますよ」とコンラートは身を翻した。
そんな訳で、オルセン軍の様子を見て戻ってきたクーネさんは言った。
「オルセンに行く者、この指とーまれ!」
解説
決戦お疲れ様でした!
このシナリオは「【帝国】決戦:枯朽の秋」の後、北部鎮守都市オルセンにみんなで行くシナリオです。
オルセンの街では、祝勝の宴の準備が行われています。コンラートがそれとなーく「クーネさんが祝勝の宴をやりたがっている」という噂を流したらしいとかなんとか。まあ細かい事はいいのです。とにかく祝勝会だ!
それはそれとして、オルセンの様子を確認したり、今後について話したりする場にもなるでしょう。
クーネさんは細かい話とかはしないので、この辺は皆さんのプレイング次第になると思います。
以下はNPCについての補足などです。
●クーネ・ルウ
自称、記憶喪失のクーネさん。オルセンからやって来た謎の多い女剣士。
オルセンに生えかけた幽界樹と戦ったり、オルセンを脅かすクリーパーと戦ったりしていたので、オルセンの人達からは敬愛されているらしい。オルセン太守コンラートから、宝剣マフダルを預かっている。
●コンラート・マフダル
北部鎮守都市オルセンの太守。
代々オルセンを治めているマフダル家の今代の当主。武よりも智に長けているタイプの将軍。
ハーフリングなので見た目は子供。
マスターより
というわけで、オルセンに行きましょう。
全体的な雰囲気は、兵士もそうじゃない住民も一緒になって参加する、お祭りみたいな感じになると思います。料理とかが振る舞われますし、皆さんが振る舞ってもいいです。歌ったり踊ったりもするかも。
コンラートと真面目に真面目な話がしたい(宴の場はちょっと……みたいな)人は、コンラートの屋敷とかに行っても大丈夫です。
それでは、ご参加をお待ちしています。
リプレイ
「あっ、城壁が見えてきた。あれがオルセン?」
「うん。入るのは南からがいいかな」
シェオルの言葉に頷くと、皆を促すクーネさん。オルセン行きを決めた二十一名の冒険者達は今、城壁に守られたオルセンの街へ入ろうとしていた。
「クーネさん、おかえりなさい。冒険者の皆さん、ようこそオルセンへ!」
「ラズリの挨拶は今日も清々しいなぁ」
「へへへ。お客様をお出迎えするのは久々なので張り切っちゃいました」
門番はクーネさんと顔見知りらしい。冒険者達が来る事も既に聞いているらしく、到着に合わせて一行を歓迎してくれる。
だが決して、何も考えずに通している訳では無いことは城壁の上を見れば分かる。適度な間隔でバリスタが据え置かれたそこには警邏の兵士がおり、接近するものに備えられている。クリーパーのような外敵が発見されれば即座に伝令が走り、対処が始まるのだろう。
門をくぐり抜けた先には、大きな荷馬車が並んでも悠々と通れる大きな道と、その左右に住宅地が広がる。遠くに見える開けたスペースは畑だろうか? いくつか小規模な畑がぽつり、ぽつりと点在しているようだ。
「オルセン、こんな感じなのね」
ミツキ・アインホルンは、そんな街の景色を見回して思わず呟いた。――ミツキの知っていた帝国の姿は、あの日を境に変わり果ててしまった。けれど……こうして、今も残っている場所がある。そのことが、嬉しかった。
「ああ、変わってないです。あそこは仕立て屋で、カーテンに使われているレースがそりゃもう見事で……」
かつて師匠とオルセンを訪れた経験のあるマリイ・パルティスは、あの時窓辺で風に揺れていたカーテンを思い返しながら、たまらずに息を吐き出した。
何の変哲もない、ささやかな思い出だ。けれど今となっては、色々とこみ上げてくるものがある。
「――食べたお料理も美味しかったんですよ、テュパラさん」
「そっか、そりゃあ楽しみだな」
隣のシニング・W・テュパラは、マリイの言葉に頷くと笑みを覗かせた。そんな二人の会話を聞きつけて、近くにいた町の人々が口を開く。
「嬉しいこと言うね、料理なら向こうの広場で振る舞ってるよ」
「クーネさん、クーネさんの好きなやつもあるから!」
「それは嬉しいなぁ。じゃあ、行こうか」
頷いて広場へ向かおうとするクーネさん。街の人達にもクーネさんや冒険者の噂は伝わっているらしく、道中、物珍しそうな視線が飛んで来たり手を振ってくる人がいたり。
(親しみを持たれてる、って感じかなクーネ君は……今のところ、だけど)
人々の様子を見ていたシェオルは、皆の様子をそう分析する。好意が行き過ぎて依存のような形になっていないかの危惧があったが、ひとまずは大丈夫そうに見えた。
広場は大勢の人々で賑わっていた。振る舞われる料理を口にしたり、あるいは酒を手にして乾杯したり。武装を解いた兵士の姿も多い。
「ああ、いらっしゃったようですね」
そんな中で振り返ったのは、眼鏡をかけたハーフリングの美少年――少年に見えるが、それはハーフリングだからだろう――このオルセンの太守である、コンラート・マフダルその人であった。
「戦場でも見事な戦いぶりで活躍された、冒険者の皆さんですよ」
「おお、あれが!」
「クーネさんが連れてきたっていう腕利きの!」
途端にあがる歓声、一斉に集まる視線。……話がなんだか大きくなっている気がするが、クーネさんは特に気にせず「この辺に座ろう」と空いていた敷物の上に座る。
皆の注目の的はすっかりクーネさんと冒険者達だ。一方、皆からの視線が外れたコンラートの方へ向かったのは、レティシア・レインフィールであった。
「――お初にお目にかかります、レティシア・レインフィールと申します。この度は宴にお招き頂き、誠に有難く存じます」
帝国北部への想いで迷いが表に出ぬようにと、そう己に言い聞かせて。お辞儀をするレティシアにコンラートも穏やかに微笑んで応える。
「このオルセンの地を預かっております、太守のコンラート・マフダルです。この度は遥々お越しいただき、ありがとうございます」
「北壁の防人が一壁、オスマットのベルクと申します。北の要たるオルセンとコンラート閣下がご無事であられたこと、誠に喜ばしき事でございますれば」
「アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトと申します。コンラート様。お目にかかることが出来、光栄にございます」
ベルク・オスマットやアルベルトなど、コンラートの傍に集まった冒険者達が名乗るのを、コンラートは興味深そうな様子で見ていた。
「ああ、失礼。帝国民のみならず、様々な授恵者が助力くださっているというのは、本当なのですね」
話には聞いていても、やはり実際に己の目で見るのとでは違うのだろう。「そうですね」とイズレンディル・パラリムは柔らかく頷いた。
「帝国に縁ある者、王国に仕える者、大森林に属するエルフなど、それぞれの立場も思惑も多種多様です」
「なるほど」
ストレートに話すイズレンディルの口ぶりは好印象だったのだろうか。頷いて、コンラートは微笑む。
「私もコルネさんもエルフですが、生まれも育ちも異なりますよ」
「はい。色々ありまして……今は南部のロモズ歩兵団で重兵三番隊長を務めております」
イズレンディルに話を振られたコルネリウス・アーラが会釈すると、コンラートは少し驚いたようだったが、あのバルディオンのいる南部だ、十分に有り得ると考え直したようだった。
「ところでコンラート閣下……」
よろしければ少し話がしたいと申し出るベルク達に頷いて、コンラートは皆を促す。
「私の屋敷へ参りましょうか。こちらです」
「さあ、とっておきの樽を開けるよ!」
「とっておきだって。ロイ、貰いに行こう?」
「いいね、飲もう」
テス・クラルスに手を引かれ、ロイ・アウレアは頷くと街の人が用意してくれたグラスを持つ。ワインの香りはとても豊かで、なるほど、とっておきというのも納得である。
「オルセンの勝利にカンパーイ!」
テスは早速近くに居合わせた人々とグラスを掲げる。彼らは皆、この勝利を喜ぶように笑顔で。
「街の人の笑顔に乾杯!」
「お、いいこと言うね兄ちゃん」
ロイがグラスを掲げながら口にした言葉に、また別の人々が呼応するようにグラスを上げる。
「「決戦お疲れさま!」」
ヨル・スレイマンとナハシュがエールで乾杯し、戦いの感想を語り合っていると、ふんわり漂ってきたのはミードの香り。どうやらホットミードが新しく配られているようだ。
「ひゅー! 豪勢だな! 一年籠城してたんだろ、蓄えとかどうしてんだ?」
「ハハハ、別に毎日こうって訳じゃないよ」
「今日は特別だからって、マフダルの皆さんもおっしゃったからね」
歓声を上げるナハシュに近くにいた人達が笑って答える。
「お酒は冬に体を温めるのに必要だからって、夏の間は飲めなかったりしたから……呑兵衛達は大盛り上がりだわ」
ふむふむとナハシュは頷く。裏を返せば、その程度の備蓄量……大量に物資がある、という状況では無さそうだ。おそらくは役人か誰かがやりくりをこなしているのだろう。
「なるほどなー。まーとりあえずお疲れさん!」
彼らとも乾杯をして酒を飲み、煮物をつまんで「おっ、美味い。ヨルも喰えよ」と勧めるナハシュは、もうすっかり宴を楽しんでいる。
(戦いの最中は無我夢中、だったから……怖いとか、考える余裕もなかったけど……今になって実感が沸いてくる……命のやりとり)
賑わう皆の様子を見つめながら、嵐丸はようやく一息つくように息を吐き出した。
(……『今回は』生きている。生きていられた……)
もしかしたら。倒れていたのは相手じゃなくて自分だったかも、しれない。
――そう思うと震えがくる。
(命のやりとりは、怖い。その気持ちはきっと、いつまでも無くならない……)
それでも。
それでも、生きている。生きて勝つことができた――守ることができた。
笑顔で喜び合う大勢の人々がいる、この光景を。
(……守れて、良かった)
携えた刀をぎゅっと一度握り締めて、それから、嵐丸も賑やかな人々の中へと混ざっていく。
「そうだ。せっかくだから……」
もっと祝賀ムードを高められたら楽しいだろうと、テスはヴァイオリンを構えた。
「ロイ、合わせて?」
「任せろ」
一人よりも二人で一緒に、と誘うテスの声にロイもアコーディオンを取り出して。
「皆が踊り出すような陽気なのをいこうか」
明るい調べが奏でられ、ロイは自らステップを踏み始める。
「わあ、いいですね! テュパラちゃ~ん、一緒に踊りましょ!」
「おいおい、アタシを巻き込……うわあ!」
言うが早いかマリイはテュパラの手を取って、そのままくるくる回り始める。
「わかった、わかったから! 無理に引き回すな!」
「ふふふ」
目立つのは……と言いかけたテュパラの言葉はすぐに引っ込む。もう既に酔いが回っているらしいマリイは、一緒に付き合ってくれるテュパラを嬉しそうに見つめ返していて、やれやれとテュパラは苦笑する。
(アタシ悪党だぜ? 理解してんのかな)
果たして一体どうなのか。テュパラの手をぎゅっと握ったまま、マリイはただ「私たちも、もっともっと楽しみましょ!」と笑っている。
(こういうの、少し憧れてたんですよね)
それがテュパラと一緒だからなおのこと。楽しくて楽しくてたまらないマリイだった。
「あ、クーネさん。クーネさんも!」
お疲れさまとか、お礼とか、色々言いたい事があったような気がするけど……今は一緒に踊りませんか! と呼んじゃうマリイに「折角だからそうしようか」とクーネさんも立ち上がる。
「いいな、踊ろうぜ! あんた達オルセン軍の雄姿を称えてさ」
それにハヤト=ガラン=ヴォルファングも続く。宴が盛り上がるように軽業を混ぜて跳ねるように踊れば、誘われた兵士達も混ざって踊り出す。
「いやいや、冒険者の活躍あってこそだろ、これは」
「いやあ、大したこと……あるかもな! まあ何かあったら俺達『ブレイブファング傭兵団』をいつでも頼ってくれ」
ニッと笑って応えながら、ハヤトはアピールと売り込みも忘れない。
「言うなー」
「クーネさん! コイツ口だけだったりしませんか!?」
「いやいや、ハヤト達は見事な連携で、分かたれし幽界樹を追い詰めていったんだぞ」
戦場での様子を評価するクーネさんの言葉に、感心した様子で兵士達の見る目が変わる。その変化は、兵士達からクーネさんへの信頼が篤いことを伺わせた。
「ねぇねぇ、オルセンでのクーネ君の活躍とか聞かせてもらってもいいかな?」
オルセンの名物だという羊料理をあれこれ食べながら、周囲に呼びかけているのはシェオルだ。途端に近くの兵士達が次々と口を開く。
「凄かったんだぜ~。剣一本、たった一振りで、いきなり生えてきた樹を叩き斬ったあの姿!」
「俺達じゃ手も足も出なかったのを、あっという間に……なあ」
おそらくはオルセンに幽界樹が生えた時の事なのだろう。いやいや、とそれに口を挟んだのは、羊の焼き串を振舞っていたご近所のお姉さんである。
「北から攻めてきたクリーパーを防いだ時も凄かったわよ。ねえ?」
「うん。一ツ目のクリーパーがね、城壁を乗り越えて来ようとするのが見えて。みんなで怖がってたら、あそこに駆け上っていって、やっつけちゃったの!」
あそこ、と手伝いの女の子が指差したのは城壁の上だ。
(そういえば最初に会った時、極北からクリーパーが来た、って言ってたっけ)
彼女達の話はその時のことだろうか、とシェオルは思う。危機的な状況から救ってくれた命の恩人――好感度の高さは、その辺りが由来なら納得ではある。
シェオル、というより冒険者達を気さくに歓迎してくれているのも、そんなクーネさんが「頼りになる仲間だ」と紹介したのが大きいのだろう。
クーネさんが言うなら、と。
(うーん……)
この状況に、多少の引っかかりを感じているのはシェオルだけではなかった。
「ふう、踊った踊った……」
「――クーネさん、決戦ではお疲れ様! 幽界樹も倒せたし、お互い無事で本当に良かったよ~」
「ああ、エルゼリオ」
一息つくように踊りの輪から外れるクーネさんに、近付いたのはエルゼリオ・レイノーラだった。笑みを覗かせるクーネさんに、エルゼリオは尋ねる。
「記憶の方はどうかな? 少しは何か想い出せた?」
「いや。そっちは全然だな」
「そっか……」
首を振るクーネさんに、エルゼリオは残念そうな表情を覗かせる。幽界樹が倒せても記憶が戻らないのでは、円満にすべてが解決したとは言えないだろう。
(記憶が戻らないんじゃ……これからも色々と不安なままだよね)
自分がどこの誰なのか分からない……それはエルゼリオが想像する以上に、きっと心細いことだろうと思う。
それに。
「クーネさん。キミはこれから勝利の女神として帝国で祭り上げられちゃう雰囲気濃厚だけど――大丈夫?」
「勝利の女神……」
「うん」
オルセンの人々を見ていても、そう思う。きっとクーネさんは、みんなから求められてしまう存在になる。
(でも、記憶の無い女の子に帝国民の期待を一身に背負わせるのは酷だと思う)
それはきっと途方もなく重たいものだから。
「辛かったら、ボクで良ければいつでも頼って。というか、頼ってくれると嬉しいかな!」
「――ありがとう。困ったらいつでも頼らせて貰うよ」
クーネさんにも何か、思う所があったのだろうか。少しだけ沈黙した後、クーネさんはそう笑った。
「ねえ、クーネさん。クーネさんは、帝国についてどう思っているのかしら」
この機会に気になることを投げかけてみようと、ミツキが温かいお茶を手に近寄る。
「どう?」
「そのままの意味よ。自ら戦場に立った女帝が掲げた能力至上主義。それによって発展し、……そして崩壊した国。クーネさんは、そんな帝国をどう思っているのかしら、って」
「あまりそういう事は考えたことが無かったな」と呟いたクーネさんは、受け取ったお茶を一口飲むと、
「かつて帝国の前にこの地にあった大国、シル・ウァキアは征竜によって一夜にして滅んだ、という。その時と同じように、再び立ち上がろうとしている人々は凄いと思うぞ。その強さは、とても尊いと思う」
うーん帝国というより帝国の人々の話になってしまった、とぼやくクーネさんにミツキはくすっと笑って。
「ちょっと真面目な話をしすぎたかしらね、ごめんなさい。ね、クーネさん、もし良かったら案内してくれないかしら。美味しい物とか教えて欲しいわ」
「それなら羊だな、食べて良し着て良しの偉いやつだ。料理だとこういう時に食べる、鍋で芋と一緒に煮込んだやつが私は好きだな」
「あ、それボクも食べてみたい」
「いいわね、一緒に行きましょうよ」
クーネさんの言葉にエルゼリオとミツキは頷き合って。まずは羊料理を求めて歩き出す三人だった。
(……良かった)
ティトとオルセンの街を歩いていたセロンガード・シュタインドルフは、一軒の空き家にしか見えない小さな建物を眺め、荒らされた痕跡はないことを確かめると、小さく息を吐いてそこを後にした。
今となっては形骸化してしまったものではある。が、そこにあった平和に、セロンガードは少なからず安心していた。
「街の治安は維持されているみたいだな」
「ナタリアもそう思う? 今の帝国だとは思えない程、普通の生活を送れているようね」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクの言葉に、ナタリア・フィッツジェラルドが改めて頷く。街を歩く彼女達の目的は、オルセンの状況をこの目で確かめることにあった。
荒れているというような印象は無い。人々の服装も、着る物に困るというような切迫した状況には感じられないし、極端に痩せ細って飢えているという感じでも無い。
「皆を支えるのに十分な備蓄があった、ということかしら」
先ほど見た畑の規模、家畜がいたとしても物資が不足するはずだ。外部から得られる状況ではなかった以上、内部に予め存在していた、と考えるのが自然だろう。
「デカい屋敷ってあれか?」
「そうそう。さっきから気になってたんだ」
ちょっと観光しようよ、と誘うヨルに引き連れられて歩いていたナハシュは、壁歩きで手頃な建物の屋根に上がってそちらを眺めた。
「すげー!」
「冒険者の方ですか?」
「ああ、うん」
通りすがりの少年からは歓声があがり、興味を持った人々が集まってくる。
「ちょうどいいや。あの屋敷は?」
「ああ、マフダル様のお屋敷の一つですね。長老の家だっけ?」
「そうそう、爺様の家だよ」
オルセンは帝国でも珍しく、代々マフダルの一族が統治してきた地だ。今の当主であるコンラートの他にも、一族に連なる者達が多数いる。どうやら、あの屋敷はそうしたマフダル一族の物の一つらしい。
「なるほどねぇ。ああ、そういえば、教会はどこにあるのかなあ」
「何教ですか?」
「イアース教やウル=アルティス教の教会は近いけど、アックアの教会だとちょっと遠いですね」
「へー、色々あんだな」
でも確かに、この規模の都市ならそうかもなぁと降りてきたナハシュが頷く。せっかくだから観光したいんだと二人が言えば、さっきの少年が道案内してくれるという。
「クーネ君は随分慕われているようだけど、この地では英雄のような感じなのかな」
「うん。カッコいいって憧れてるやつ結構いるよ」
歩きながらのヨルの問いかけに、頷き返す少年の様子に憧れのヒーローかあと呟いて。
「格好良いよね、クジンリーネみたいだ。名前も似ている」
「首捧派の人達みたいなこと言うね、オジサン」
「オジ……」
「ハハッ」
「笑うんじゃないよ、そこ」
少年の返事に笑うナハシュを軽く睨みつけて、ヨルは「首捧派かあ」と繰り返す。クジンリーネを武の女神として崇拝する人々のことを、確かそう呼んだはずだ。
「セローン! 見てみて! 甘いものいっぱい貰っちゃった!」
このチョコレート美味しいね! とホットチョコレートをごくごく飲んだティトは、頬を赤くして上機嫌な様子でセロンガードの方へ戻ってくる。
「えへへー、えへー……えいっ!」
なんとなーく、はしゃぎたくなったティトは、右手にあったパイを、何故か陽気にばしーんと叩きつけていた。
セロンガードの顔面に。
「……」
「あっ。怒った? 怒ってない? ごめん?」
完全に酔っ払いムーブなティトは右へ左へゆーらゆらしながら上目遣いでセロンガードの顔を覗き込む。少し、沈黙していたセロンガードは「いや、怒っていない」とだけ短く返した。
(……何をしても怒るなと言われたので、何をされても許そう……)
そう、たとえ自分の顔がパイまみれになっていようとも……。
「ティト。次はこれにしてください」
顔を拭いながら、次の飲み物はお茶にするように告げると「はぁい」と聞き分けのよい返事が返ってくる。
そんなセロンガードの隣に座ったティトは、お菓子をしばらくつまんでいたけれど――やがてはしゃいだ疲れとチョコレートの甘い酔いから、セロンガードの膝に寄りかかるようにして眠り込んだ。
その頃、宴を抜け出したコンラートはベルクやイズレンディル達から、南部の戦況、主だった地域で起こった出来事について耳にしていた。
「エフレム卿が……」
途中、かつては皇妃イダ・バルダスの近衛を務め、今はその息子であるレイウェスト・バルダスの近衛騎士に叙任されていたはずのエフレムが離反したというくだりには、コンラートも少なからず驚いたようだ。
だからこそ問いたいと、アルベルトは真正面からコンラートに尋ねる。
「帝都が潰えた状況で、現状維持に努めていたのは解ります。しかし皇族の皆様を探す訳でもなく、ただ現状維持だけに留まっていたのは何故なのでしょう?」
「現状維持……簡単におっしゃいますね。あれから一年以上もの間、皆でどれだけの努力と工夫をして、この生活を守ってきたことか」
しかしそれは、北部の状況が伝わっていないからでしょうね、とコンラートは静かに語る。
「天霧りに消ゆる幽界樹による被害は微細で済みましたが、程無くして我々はクリーパーの襲来を受けました」
極北から南下してきたクリーパーは強大で、多くの砦や集落が呑まれ、一時はオルセン自体も危機的状況に追い込まれた。オルセンの住民にとっては、帝国崩壊のその瞬間よりも、その後に起きたクリーパーの南下と冬の到来の方が、辛く苦しいものであったのだ。
「ご覧になられたでしょう。城壁の内部は概ね健在ですが、外にあった住宅や畑は再建に至っておりません。いつまたどのような状況に陥るかもわからず……オルセンを出て皇族の皆様を探す余裕など無かった、というのが正直な所ですね」
これが精一杯であったと言うコンラートを、追求することは無意味だろう。アルベルトは頷くと、もう一つの問いかけをぶつける。
「では、これからはレイウェスト殿下を帝国の後継者として、認めていただけるのでしょうか」
「認めるも何も……。おっしゃるように殿下が皇族唯一の生き残りなのであれば」
レイウェストの皇位継承順位は八位と低い。だが、その地位が軽んじられる事はない。レイウェストは間違いなく亡国の皇子なのだから。まして、このような非常事態である。
「殿下が帝国復興のために尽力なさるとおっしゃるのであれば、可能な協力はいたしましょう」
今のオルセンに、どのくらいの事ができるか判りませんが……とコンラートは言う。
(『協力』、か……)
そんなコンラートの発言を、ベルクは静かに聞いていた。
『仕える』でも『忠誠を誓う』でも『支持する』でもなく。
『協力する』とは慇懃なようで、異なるようにベルクには思えた。
「ともかく、帝国には民心を一つにする為の揺るがぬ柱が必要です。その点、殿下には征竜を含めた実績があります」
「征竜の実績?」
途中から同席したアウレーリアの言葉を、コンラートは問いただした。
レイウェストが征竜の助力を得るために極北を踏破し、征竜との面会を果たしたこと――アウレーリアの語る、そのたった一つの出来事は、コンラートを愕然とさせた。
「馬鹿な! 征竜の盾――人類の盾たる誇りを、殿下は捨てられたと言うのか!」
思わず声を荒げたコンラートは、しかしすぐに一つ、息を吐くのと同時に「いえ、無礼なことを申し上げました。殿下もお考えがあってのことなのでしょう」と目を伏せる。
――シルトラース帝国の建国王、イェーラウ・バルダスは。
大国『シル・ウァキア』を一夜で滅ぼした『征竜』の脅威を訴え、帝国を興した。
『征竜の盾』――それは、来るべき時まで征竜を刺激することなく、その時が来たらば『人類の盾』たらんとする帝国の国家指針であり、その時に最前線となる北方の要として築かれた都市こそ、北部鎮守都市オルセンである。
「――ですが。我ら北の民、オルセンの民は、征竜に対抗してこの地を守っている、それを誇り暮らしているのです。それを捨て去ることは――」
言葉の最後を濁したのは、それを形にすることを避けたから、だろうか。いずれにせよ征竜の件はアウレーリアが考えていたよりもずっと大きな衝撃、動揺をコンラートに与えたようだった。
(祖国再興が成るなら、最悪僭主でも構わないのだ、と、そう思っていたけれど……)
更にその言葉まで口にすべきでは無いだろうと、アウレーリアはそれを飲み込む。
(己の使命を重んじる、誇り高き北の民……か)
ナタリアは目の当たりにした反応から、コンラートの人となりをそのように判断していた。バルディオン将軍とは異なる形であっても、現状を憂いる帝国軍人の姿がそこにはあるように思う。
「あの、コンラートさん。これからの事について、なのですが……」
沈黙が満ちる中、それを破ったのはコルネリウスの言葉だった。
「――ええ、どうぞ。おっしゃってください」
コンラートも気を取り直した様子でコルネリウスに向き合う。
「冒険者たちの思いや理由は様々ですが、帝国が崩壊してから、出来る事があれば力になりたいと思っているひとは沢山います。私も帝国に家族が縁ありましたので、帝国の民を護りたいのです」
頷いて語り出したコルネリウスは、決戦の地から逃走した中型クリーパーの件だと、本題を切り出した。
「私達も対応のお手伝いをしたいと考えています……負傷者も多く出ている現状、任せては頂けませんか」
「それは有難い申し出ですね。逃げていった方角が把握できているものを追跡できれば、クリーパーに対する皆の不安を和らげることができるでしょう」
もっとも、この場で直接依頼する事はできず、冒険者ギルドを経由しなければならないが――それが決まりのようですからね、とコンラートは頷いた。
「他に困り事などはありませんか?」
クリーパーの件以外でも冒険者として力になれることがあれば、と状況把握に努めようとするイズレンディルの問いかけに、少し考えこんだコンラートは、
「そうですね……先程伺った不作の兆しに関してですが、同様の兆候がオルセンでも見られています。解決の手立てがあるのでしたら対処をお願いしたいと、これはレイウェスト殿下へお伝えください」
おそらくは、レイウェストが北部のために何を為すのかを見たい、という狙いもあるのだろう。しかしコンラートの言葉に今度はイズレンディルが考え込むことになった。
(北部でも? 大森林側に影響が及ばなければ良いのですが……)
オルセンとフィルエス大森林は遠く離れている。
だが、不作の兆しはリーンエス王国の北部でも見られているという。その範囲の広大さを思うと……いささか不穏なものを感じてしまうイズレンディルであった。
宴の様子を眺めていたりしたルーファス・W・ワーズワースは、オルセンに来てから、彼女が一人になったところを初めて見たな、と思った。
視線の先に居るのは、クーネさんである。
(彼女には人を惹き付ける何かがあるのだろうね)
誰かしら冒険者と一緒に、あるいは街の人達に囲まれていたクーネさんの様子を見ていたルーファスは、そう分析していたが、クーネさんが一人になったのを確認すると、彼女の方へ近付いた。
「リーンエス王国、ワーズワース家が十一子。ルーファスと申します。お見知り置きを」
「王国の貴族か。私はクーネさんだ。どこの家とか、そういうのは忘れてしまったんだが」
会釈をするルーファスに同じように会釈を返すクーネさんへ「不躾ながら、一つどうしてもお聞きしたい事が有りまして」とルーファスは切り出す。
「ん? なんだ?」
「信頼こそが兵を留まらせる、強兵こそが国を作ると放った皇帝が居ます。似ていると、誰かに言われた事は有りませんか」
歴史に刻まれ、言い伝えられているフレーズだ。クーネさんは小さく笑って頷く。
「言われるな。最近は特に言われているような気がする」
「ああ――やはり、そうでしたか」
にこやかに笑ったルーファスは、その返答にお辞儀を返して彼女の前を去る。それは宴の中の、ちょっとした雑談だった。
「コンラート! あんたに聞きたいことがあるんだ」
一方、屋敷から戻ってきたコンラートを捕まえたのはハヤトであった。
「この辺りで派手に噂になっている傭兵達がいたら教えて欲しい」
「傭兵、ですか」
土地柄故、傭兵は決して少なくないが、それだけにハヤトの話だけでは対象を絞り切れないのだろう。だが、行方知れずの両親なのだと話すハヤトに、コンラートはこう助言する。
「負傷して兵舎にいる可能性がひとつ。後は、部隊を離れて独自にクリーパーを追跡しているなどの可能性でしょうか」
兵舎には冒険者が入れるようにしておきましょう、とコンラートは付け加える。これ以上詳しく調べたいのであれば、ハヤト自身で当たって欲しい、という訳だ。
「わかった。さんきゅ」
頷いたハヤトは「そういえば」と思い出した様子で、ふと気になっていたことを口にする。
「なんでクーネに宝剣を預ける気になったんだ?」
何かきっかけがあったのだろうが、そのエピソードが気になるというハヤトに、
「……そんな大それたことはありませんよ。宝剣の持ち主に相応しいと思う方が現れた、それだけです」
「宝剣マフダルをお預けになる程、太守様は彼女を信頼していらっしゃるのですね」
二人の会話を耳にして、にこやかに微笑みかけたのはレティシアだ。
「信頼……まあ、あの強さは本物ですからね」
表面上は、信頼などという言葉は否定しているとも取れるような口ぶりだが、コンラートの様子からはクーネさんへの信頼感が滲んでいることが見て取れた。
「クーネ様はお強いだけではなく、気さくなお方で、とても素敵な女性でございますね」
「おや。私は何を探られているのでしょう」
「いえ、そのような事は……」
苦笑するコンラートの声にレティシアは恭しく礼をする。他意はない、と言えば嘘となることを相手に悟られてしまったようだ。でも。
(そこにあるのは憧憬、でしょうか……)
それは恋心に似ているような、似ているようで遠いもののような――。
「あはは~、もう呑めないや」
そこに響き渡ったのは、すっかりへべれけになったテスの声だった。
今日こそは負けないとロイに挑んだテスだったが、結果は見ての通りのようだ。ふわり、すっかり酒の味に染まった唇をロイのものに重ねたテスは、そのままロイにもたれ掛かって眠ってしまう。
「やれやれ……」
幸せそうな笑顔で眠る、愛しき酔っ払いの体を抱え、ロイもまた微笑をこぼす。
「宿を手配してありますから、どうぞ」
既に晩秋――帝国北部の夜は冷える。風邪を召されませんように、と告げるコンラートに促され、冒険者達は宿へ引き上げていった。
「うん。入るのは南からがいいかな」
シェオルの言葉に頷くと、皆を促すクーネさん。オルセン行きを決めた二十一名の冒険者達は今、城壁に守られたオルセンの街へ入ろうとしていた。
「クーネさん、おかえりなさい。冒険者の皆さん、ようこそオルセンへ!」
「ラズリの挨拶は今日も清々しいなぁ」
「へへへ。お客様をお出迎えするのは久々なので張り切っちゃいました」
門番はクーネさんと顔見知りらしい。冒険者達が来る事も既に聞いているらしく、到着に合わせて一行を歓迎してくれる。
だが決して、何も考えずに通している訳では無いことは城壁の上を見れば分かる。適度な間隔でバリスタが据え置かれたそこには警邏の兵士がおり、接近するものに備えられている。クリーパーのような外敵が発見されれば即座に伝令が走り、対処が始まるのだろう。
門をくぐり抜けた先には、大きな荷馬車が並んでも悠々と通れる大きな道と、その左右に住宅地が広がる。遠くに見える開けたスペースは畑だろうか? いくつか小規模な畑がぽつり、ぽつりと点在しているようだ。
「オルセン、こんな感じなのね」
ミツキ・アインホルンは、そんな街の景色を見回して思わず呟いた。――ミツキの知っていた帝国の姿は、あの日を境に変わり果ててしまった。けれど……こうして、今も残っている場所がある。そのことが、嬉しかった。
「ああ、変わってないです。あそこは仕立て屋で、カーテンに使われているレースがそりゃもう見事で……」
かつて師匠とオルセンを訪れた経験のあるマリイ・パルティスは、あの時窓辺で風に揺れていたカーテンを思い返しながら、たまらずに息を吐き出した。
何の変哲もない、ささやかな思い出だ。けれど今となっては、色々とこみ上げてくるものがある。
「――食べたお料理も美味しかったんですよ、テュパラさん」
「そっか、そりゃあ楽しみだな」
隣のシニング・W・テュパラは、マリイの言葉に頷くと笑みを覗かせた。そんな二人の会話を聞きつけて、近くにいた町の人々が口を開く。
「嬉しいこと言うね、料理なら向こうの広場で振る舞ってるよ」
「クーネさん、クーネさんの好きなやつもあるから!」
「それは嬉しいなぁ。じゃあ、行こうか」
頷いて広場へ向かおうとするクーネさん。街の人達にもクーネさんや冒険者の噂は伝わっているらしく、道中、物珍しそうな視線が飛んで来たり手を振ってくる人がいたり。
(親しみを持たれてる、って感じかなクーネ君は……今のところ、だけど)
人々の様子を見ていたシェオルは、皆の様子をそう分析する。好意が行き過ぎて依存のような形になっていないかの危惧があったが、ひとまずは大丈夫そうに見えた。
広場は大勢の人々で賑わっていた。振る舞われる料理を口にしたり、あるいは酒を手にして乾杯したり。武装を解いた兵士の姿も多い。
「ああ、いらっしゃったようですね」
そんな中で振り返ったのは、眼鏡をかけたハーフリングの美少年――少年に見えるが、それはハーフリングだからだろう――このオルセンの太守である、コンラート・マフダルその人であった。
「戦場でも見事な戦いぶりで活躍された、冒険者の皆さんですよ」
「おお、あれが!」
「クーネさんが連れてきたっていう腕利きの!」
途端にあがる歓声、一斉に集まる視線。……話がなんだか大きくなっている気がするが、クーネさんは特に気にせず「この辺に座ろう」と空いていた敷物の上に座る。
皆の注目の的はすっかりクーネさんと冒険者達だ。一方、皆からの視線が外れたコンラートの方へ向かったのは、レティシア・レインフィールであった。
「――お初にお目にかかります、レティシア・レインフィールと申します。この度は宴にお招き頂き、誠に有難く存じます」
帝国北部への想いで迷いが表に出ぬようにと、そう己に言い聞かせて。お辞儀をするレティシアにコンラートも穏やかに微笑んで応える。
「このオルセンの地を預かっております、太守のコンラート・マフダルです。この度は遥々お越しいただき、ありがとうございます」
「北壁の防人が一壁、オスマットのベルクと申します。北の要たるオルセンとコンラート閣下がご無事であられたこと、誠に喜ばしき事でございますれば」
「アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトと申します。コンラート様。お目にかかることが出来、光栄にございます」
ベルク・オスマットやアルベルトなど、コンラートの傍に集まった冒険者達が名乗るのを、コンラートは興味深そうな様子で見ていた。
「ああ、失礼。帝国民のみならず、様々な授恵者が助力くださっているというのは、本当なのですね」
話には聞いていても、やはり実際に己の目で見るのとでは違うのだろう。「そうですね」とイズレンディル・パラリムは柔らかく頷いた。
「帝国に縁ある者、王国に仕える者、大森林に属するエルフなど、それぞれの立場も思惑も多種多様です」
「なるほど」
ストレートに話すイズレンディルの口ぶりは好印象だったのだろうか。頷いて、コンラートは微笑む。
「私もコルネさんもエルフですが、生まれも育ちも異なりますよ」
「はい。色々ありまして……今は南部のロモズ歩兵団で重兵三番隊長を務めております」
イズレンディルに話を振られたコルネリウス・アーラが会釈すると、コンラートは少し驚いたようだったが、あのバルディオンのいる南部だ、十分に有り得ると考え直したようだった。
「ところでコンラート閣下……」
よろしければ少し話がしたいと申し出るベルク達に頷いて、コンラートは皆を促す。
「私の屋敷へ参りましょうか。こちらです」
「さあ、とっておきの樽を開けるよ!」
「とっておきだって。ロイ、貰いに行こう?」
「いいね、飲もう」
テス・クラルスに手を引かれ、ロイ・アウレアは頷くと街の人が用意してくれたグラスを持つ。ワインの香りはとても豊かで、なるほど、とっておきというのも納得である。
「オルセンの勝利にカンパーイ!」
テスは早速近くに居合わせた人々とグラスを掲げる。彼らは皆、この勝利を喜ぶように笑顔で。
「街の人の笑顔に乾杯!」
「お、いいこと言うね兄ちゃん」
ロイがグラスを掲げながら口にした言葉に、また別の人々が呼応するようにグラスを上げる。
「「決戦お疲れさま!」」
ヨル・スレイマンとナハシュがエールで乾杯し、戦いの感想を語り合っていると、ふんわり漂ってきたのはミードの香り。どうやらホットミードが新しく配られているようだ。
「ひゅー! 豪勢だな! 一年籠城してたんだろ、蓄えとかどうしてんだ?」
「ハハハ、別に毎日こうって訳じゃないよ」
「今日は特別だからって、マフダルの皆さんもおっしゃったからね」
歓声を上げるナハシュに近くにいた人達が笑って答える。
「お酒は冬に体を温めるのに必要だからって、夏の間は飲めなかったりしたから……呑兵衛達は大盛り上がりだわ」
ふむふむとナハシュは頷く。裏を返せば、その程度の備蓄量……大量に物資がある、という状況では無さそうだ。おそらくは役人か誰かがやりくりをこなしているのだろう。
「なるほどなー。まーとりあえずお疲れさん!」
彼らとも乾杯をして酒を飲み、煮物をつまんで「おっ、美味い。ヨルも喰えよ」と勧めるナハシュは、もうすっかり宴を楽しんでいる。
(戦いの最中は無我夢中、だったから……怖いとか、考える余裕もなかったけど……今になって実感が沸いてくる……命のやりとり)
賑わう皆の様子を見つめながら、嵐丸はようやく一息つくように息を吐き出した。
(……『今回は』生きている。生きていられた……)
もしかしたら。倒れていたのは相手じゃなくて自分だったかも、しれない。
――そう思うと震えがくる。
(命のやりとりは、怖い。その気持ちはきっと、いつまでも無くならない……)
それでも。
それでも、生きている。生きて勝つことができた――守ることができた。
笑顔で喜び合う大勢の人々がいる、この光景を。
(……守れて、良かった)
携えた刀をぎゅっと一度握り締めて、それから、嵐丸も賑やかな人々の中へと混ざっていく。
「そうだ。せっかくだから……」
もっと祝賀ムードを高められたら楽しいだろうと、テスはヴァイオリンを構えた。
「ロイ、合わせて?」
「任せろ」
一人よりも二人で一緒に、と誘うテスの声にロイもアコーディオンを取り出して。
「皆が踊り出すような陽気なのをいこうか」
明るい調べが奏でられ、ロイは自らステップを踏み始める。
「わあ、いいですね! テュパラちゃ~ん、一緒に踊りましょ!」
「おいおい、アタシを巻き込……うわあ!」
言うが早いかマリイはテュパラの手を取って、そのままくるくる回り始める。
「わかった、わかったから! 無理に引き回すな!」
「ふふふ」
目立つのは……と言いかけたテュパラの言葉はすぐに引っ込む。もう既に酔いが回っているらしいマリイは、一緒に付き合ってくれるテュパラを嬉しそうに見つめ返していて、やれやれとテュパラは苦笑する。
(アタシ悪党だぜ? 理解してんのかな)
果たして一体どうなのか。テュパラの手をぎゅっと握ったまま、マリイはただ「私たちも、もっともっと楽しみましょ!」と笑っている。
(こういうの、少し憧れてたんですよね)
それがテュパラと一緒だからなおのこと。楽しくて楽しくてたまらないマリイだった。
「あ、クーネさん。クーネさんも!」
お疲れさまとか、お礼とか、色々言いたい事があったような気がするけど……今は一緒に踊りませんか! と呼んじゃうマリイに「折角だからそうしようか」とクーネさんも立ち上がる。
「いいな、踊ろうぜ! あんた達オルセン軍の雄姿を称えてさ」
それにハヤト=ガラン=ヴォルファングも続く。宴が盛り上がるように軽業を混ぜて跳ねるように踊れば、誘われた兵士達も混ざって踊り出す。
「いやいや、冒険者の活躍あってこそだろ、これは」
「いやあ、大したこと……あるかもな! まあ何かあったら俺達『ブレイブファング傭兵団』をいつでも頼ってくれ」
ニッと笑って応えながら、ハヤトはアピールと売り込みも忘れない。
「言うなー」
「クーネさん! コイツ口だけだったりしませんか!?」
「いやいや、ハヤト達は見事な連携で、分かたれし幽界樹を追い詰めていったんだぞ」
戦場での様子を評価するクーネさんの言葉に、感心した様子で兵士達の見る目が変わる。その変化は、兵士達からクーネさんへの信頼が篤いことを伺わせた。
「ねぇねぇ、オルセンでのクーネ君の活躍とか聞かせてもらってもいいかな?」
オルセンの名物だという羊料理をあれこれ食べながら、周囲に呼びかけているのはシェオルだ。途端に近くの兵士達が次々と口を開く。
「凄かったんだぜ~。剣一本、たった一振りで、いきなり生えてきた樹を叩き斬ったあの姿!」
「俺達じゃ手も足も出なかったのを、あっという間に……なあ」
おそらくはオルセンに幽界樹が生えた時の事なのだろう。いやいや、とそれに口を挟んだのは、羊の焼き串を振舞っていたご近所のお姉さんである。
「北から攻めてきたクリーパーを防いだ時も凄かったわよ。ねえ?」
「うん。一ツ目のクリーパーがね、城壁を乗り越えて来ようとするのが見えて。みんなで怖がってたら、あそこに駆け上っていって、やっつけちゃったの!」
あそこ、と手伝いの女の子が指差したのは城壁の上だ。
(そういえば最初に会った時、極北からクリーパーが来た、って言ってたっけ)
彼女達の話はその時のことだろうか、とシェオルは思う。危機的な状況から救ってくれた命の恩人――好感度の高さは、その辺りが由来なら納得ではある。
シェオル、というより冒険者達を気さくに歓迎してくれているのも、そんなクーネさんが「頼りになる仲間だ」と紹介したのが大きいのだろう。
クーネさんが言うなら、と。
(うーん……)
この状況に、多少の引っかかりを感じているのはシェオルだけではなかった。
「ふう、踊った踊った……」
「――クーネさん、決戦ではお疲れ様! 幽界樹も倒せたし、お互い無事で本当に良かったよ~」
「ああ、エルゼリオ」
一息つくように踊りの輪から外れるクーネさんに、近付いたのはエルゼリオ・レイノーラだった。笑みを覗かせるクーネさんに、エルゼリオは尋ねる。
「記憶の方はどうかな? 少しは何か想い出せた?」
「いや。そっちは全然だな」
「そっか……」
首を振るクーネさんに、エルゼリオは残念そうな表情を覗かせる。幽界樹が倒せても記憶が戻らないのでは、円満にすべてが解決したとは言えないだろう。
(記憶が戻らないんじゃ……これからも色々と不安なままだよね)
自分がどこの誰なのか分からない……それはエルゼリオが想像する以上に、きっと心細いことだろうと思う。
それに。
「クーネさん。キミはこれから勝利の女神として帝国で祭り上げられちゃう雰囲気濃厚だけど――大丈夫?」
「勝利の女神……」
「うん」
オルセンの人々を見ていても、そう思う。きっとクーネさんは、みんなから求められてしまう存在になる。
(でも、記憶の無い女の子に帝国民の期待を一身に背負わせるのは酷だと思う)
それはきっと途方もなく重たいものだから。
「辛かったら、ボクで良ければいつでも頼って。というか、頼ってくれると嬉しいかな!」
「――ありがとう。困ったらいつでも頼らせて貰うよ」
クーネさんにも何か、思う所があったのだろうか。少しだけ沈黙した後、クーネさんはそう笑った。
「ねえ、クーネさん。クーネさんは、帝国についてどう思っているのかしら」
この機会に気になることを投げかけてみようと、ミツキが温かいお茶を手に近寄る。
「どう?」
「そのままの意味よ。自ら戦場に立った女帝が掲げた能力至上主義。それによって発展し、……そして崩壊した国。クーネさんは、そんな帝国をどう思っているのかしら、って」
「あまりそういう事は考えたことが無かったな」と呟いたクーネさんは、受け取ったお茶を一口飲むと、
「かつて帝国の前にこの地にあった大国、シル・ウァキアは征竜によって一夜にして滅んだ、という。その時と同じように、再び立ち上がろうとしている人々は凄いと思うぞ。その強さは、とても尊いと思う」
うーん帝国というより帝国の人々の話になってしまった、とぼやくクーネさんにミツキはくすっと笑って。
「ちょっと真面目な話をしすぎたかしらね、ごめんなさい。ね、クーネさん、もし良かったら案内してくれないかしら。美味しい物とか教えて欲しいわ」
「それなら羊だな、食べて良し着て良しの偉いやつだ。料理だとこういう時に食べる、鍋で芋と一緒に煮込んだやつが私は好きだな」
「あ、それボクも食べてみたい」
「いいわね、一緒に行きましょうよ」
クーネさんの言葉にエルゼリオとミツキは頷き合って。まずは羊料理を求めて歩き出す三人だった。
(……良かった)
ティトとオルセンの街を歩いていたセロンガード・シュタインドルフは、一軒の空き家にしか見えない小さな建物を眺め、荒らされた痕跡はないことを確かめると、小さく息を吐いてそこを後にした。
今となっては形骸化してしまったものではある。が、そこにあった平和に、セロンガードは少なからず安心していた。
「街の治安は維持されているみたいだな」
「ナタリアもそう思う? 今の帝国だとは思えない程、普通の生活を送れているようね」
アウレーリア・フォン・ネーベルベルクの言葉に、ナタリア・フィッツジェラルドが改めて頷く。街を歩く彼女達の目的は、オルセンの状況をこの目で確かめることにあった。
荒れているというような印象は無い。人々の服装も、着る物に困るというような切迫した状況には感じられないし、極端に痩せ細って飢えているという感じでも無い。
「皆を支えるのに十分な備蓄があった、ということかしら」
先ほど見た畑の規模、家畜がいたとしても物資が不足するはずだ。外部から得られる状況ではなかった以上、内部に予め存在していた、と考えるのが自然だろう。
「デカい屋敷ってあれか?」
「そうそう。さっきから気になってたんだ」
ちょっと観光しようよ、と誘うヨルに引き連れられて歩いていたナハシュは、壁歩きで手頃な建物の屋根に上がってそちらを眺めた。
「すげー!」
「冒険者の方ですか?」
「ああ、うん」
通りすがりの少年からは歓声があがり、興味を持った人々が集まってくる。
「ちょうどいいや。あの屋敷は?」
「ああ、マフダル様のお屋敷の一つですね。長老の家だっけ?」
「そうそう、爺様の家だよ」
オルセンは帝国でも珍しく、代々マフダルの一族が統治してきた地だ。今の当主であるコンラートの他にも、一族に連なる者達が多数いる。どうやら、あの屋敷はそうしたマフダル一族の物の一つらしい。
「なるほどねぇ。ああ、そういえば、教会はどこにあるのかなあ」
「何教ですか?」
「イアース教やウル=アルティス教の教会は近いけど、アックアの教会だとちょっと遠いですね」
「へー、色々あんだな」
でも確かに、この規模の都市ならそうかもなぁと降りてきたナハシュが頷く。せっかくだから観光したいんだと二人が言えば、さっきの少年が道案内してくれるという。
「クーネ君は随分慕われているようだけど、この地では英雄のような感じなのかな」
「うん。カッコいいって憧れてるやつ結構いるよ」
歩きながらのヨルの問いかけに、頷き返す少年の様子に憧れのヒーローかあと呟いて。
「格好良いよね、クジンリーネみたいだ。名前も似ている」
「首捧派の人達みたいなこと言うね、オジサン」
「オジ……」
「ハハッ」
「笑うんじゃないよ、そこ」
少年の返事に笑うナハシュを軽く睨みつけて、ヨルは「首捧派かあ」と繰り返す。クジンリーネを武の女神として崇拝する人々のことを、確かそう呼んだはずだ。
「セローン! 見てみて! 甘いものいっぱい貰っちゃった!」
このチョコレート美味しいね! とホットチョコレートをごくごく飲んだティトは、頬を赤くして上機嫌な様子でセロンガードの方へ戻ってくる。
「えへへー、えへー……えいっ!」
なんとなーく、はしゃぎたくなったティトは、右手にあったパイを、何故か陽気にばしーんと叩きつけていた。
セロンガードの顔面に。
「……」
「あっ。怒った? 怒ってない? ごめん?」
完全に酔っ払いムーブなティトは右へ左へゆーらゆらしながら上目遣いでセロンガードの顔を覗き込む。少し、沈黙していたセロンガードは「いや、怒っていない」とだけ短く返した。
(……何をしても怒るなと言われたので、何をされても許そう……)
そう、たとえ自分の顔がパイまみれになっていようとも……。
「ティト。次はこれにしてください」
顔を拭いながら、次の飲み物はお茶にするように告げると「はぁい」と聞き分けのよい返事が返ってくる。
そんなセロンガードの隣に座ったティトは、お菓子をしばらくつまんでいたけれど――やがてはしゃいだ疲れとチョコレートの甘い酔いから、セロンガードの膝に寄りかかるようにして眠り込んだ。
その頃、宴を抜け出したコンラートはベルクやイズレンディル達から、南部の戦況、主だった地域で起こった出来事について耳にしていた。
「エフレム卿が……」
途中、かつては皇妃イダ・バルダスの近衛を務め、今はその息子であるレイウェスト・バルダスの近衛騎士に叙任されていたはずのエフレムが離反したというくだりには、コンラートも少なからず驚いたようだ。
だからこそ問いたいと、アルベルトは真正面からコンラートに尋ねる。
「帝都が潰えた状況で、現状維持に努めていたのは解ります。しかし皇族の皆様を探す訳でもなく、ただ現状維持だけに留まっていたのは何故なのでしょう?」
「現状維持……簡単におっしゃいますね。あれから一年以上もの間、皆でどれだけの努力と工夫をして、この生活を守ってきたことか」
しかしそれは、北部の状況が伝わっていないからでしょうね、とコンラートは静かに語る。
「天霧りに消ゆる幽界樹による被害は微細で済みましたが、程無くして我々はクリーパーの襲来を受けました」
極北から南下してきたクリーパーは強大で、多くの砦や集落が呑まれ、一時はオルセン自体も危機的状況に追い込まれた。オルセンの住民にとっては、帝国崩壊のその瞬間よりも、その後に起きたクリーパーの南下と冬の到来の方が、辛く苦しいものであったのだ。
「ご覧になられたでしょう。城壁の内部は概ね健在ですが、外にあった住宅や畑は再建に至っておりません。いつまたどのような状況に陥るかもわからず……オルセンを出て皇族の皆様を探す余裕など無かった、というのが正直な所ですね」
これが精一杯であったと言うコンラートを、追求することは無意味だろう。アルベルトは頷くと、もう一つの問いかけをぶつける。
「では、これからはレイウェスト殿下を帝国の後継者として、認めていただけるのでしょうか」
「認めるも何も……。おっしゃるように殿下が皇族唯一の生き残りなのであれば」
レイウェストの皇位継承順位は八位と低い。だが、その地位が軽んじられる事はない。レイウェストは間違いなく亡国の皇子なのだから。まして、このような非常事態である。
「殿下が帝国復興のために尽力なさるとおっしゃるのであれば、可能な協力はいたしましょう」
今のオルセンに、どのくらいの事ができるか判りませんが……とコンラートは言う。
(『協力』、か……)
そんなコンラートの発言を、ベルクは静かに聞いていた。
『仕える』でも『忠誠を誓う』でも『支持する』でもなく。
『協力する』とは慇懃なようで、異なるようにベルクには思えた。
「ともかく、帝国には民心を一つにする為の揺るがぬ柱が必要です。その点、殿下には征竜を含めた実績があります」
「征竜の実績?」
途中から同席したアウレーリアの言葉を、コンラートは問いただした。
レイウェストが征竜の助力を得るために極北を踏破し、征竜との面会を果たしたこと――アウレーリアの語る、そのたった一つの出来事は、コンラートを愕然とさせた。
「馬鹿な! 征竜の盾――人類の盾たる誇りを、殿下は捨てられたと言うのか!」
思わず声を荒げたコンラートは、しかしすぐに一つ、息を吐くのと同時に「いえ、無礼なことを申し上げました。殿下もお考えがあってのことなのでしょう」と目を伏せる。
――シルトラース帝国の建国王、イェーラウ・バルダスは。
大国『シル・ウァキア』を一夜で滅ぼした『征竜』の脅威を訴え、帝国を興した。
『征竜の盾』――それは、来るべき時まで征竜を刺激することなく、その時が来たらば『人類の盾』たらんとする帝国の国家指針であり、その時に最前線となる北方の要として築かれた都市こそ、北部鎮守都市オルセンである。
「――ですが。我ら北の民、オルセンの民は、征竜に対抗してこの地を守っている、それを誇り暮らしているのです。それを捨て去ることは――」
言葉の最後を濁したのは、それを形にすることを避けたから、だろうか。いずれにせよ征竜の件はアウレーリアが考えていたよりもずっと大きな衝撃、動揺をコンラートに与えたようだった。
(祖国再興が成るなら、最悪僭主でも構わないのだ、と、そう思っていたけれど……)
更にその言葉まで口にすべきでは無いだろうと、アウレーリアはそれを飲み込む。
(己の使命を重んじる、誇り高き北の民……か)
ナタリアは目の当たりにした反応から、コンラートの人となりをそのように判断していた。バルディオン将軍とは異なる形であっても、現状を憂いる帝国軍人の姿がそこにはあるように思う。
「あの、コンラートさん。これからの事について、なのですが……」
沈黙が満ちる中、それを破ったのはコルネリウスの言葉だった。
「――ええ、どうぞ。おっしゃってください」
コンラートも気を取り直した様子でコルネリウスに向き合う。
「冒険者たちの思いや理由は様々ですが、帝国が崩壊してから、出来る事があれば力になりたいと思っているひとは沢山います。私も帝国に家族が縁ありましたので、帝国の民を護りたいのです」
頷いて語り出したコルネリウスは、決戦の地から逃走した中型クリーパーの件だと、本題を切り出した。
「私達も対応のお手伝いをしたいと考えています……負傷者も多く出ている現状、任せては頂けませんか」
「それは有難い申し出ですね。逃げていった方角が把握できているものを追跡できれば、クリーパーに対する皆の不安を和らげることができるでしょう」
もっとも、この場で直接依頼する事はできず、冒険者ギルドを経由しなければならないが――それが決まりのようですからね、とコンラートは頷いた。
「他に困り事などはありませんか?」
クリーパーの件以外でも冒険者として力になれることがあれば、と状況把握に努めようとするイズレンディルの問いかけに、少し考えこんだコンラートは、
「そうですね……先程伺った不作の兆しに関してですが、同様の兆候がオルセンでも見られています。解決の手立てがあるのでしたら対処をお願いしたいと、これはレイウェスト殿下へお伝えください」
おそらくは、レイウェストが北部のために何を為すのかを見たい、という狙いもあるのだろう。しかしコンラートの言葉に今度はイズレンディルが考え込むことになった。
(北部でも? 大森林側に影響が及ばなければ良いのですが……)
オルセンとフィルエス大森林は遠く離れている。
だが、不作の兆しはリーンエス王国の北部でも見られているという。その範囲の広大さを思うと……いささか不穏なものを感じてしまうイズレンディルであった。
宴の様子を眺めていたりしたルーファス・W・ワーズワースは、オルセンに来てから、彼女が一人になったところを初めて見たな、と思った。
視線の先に居るのは、クーネさんである。
(彼女には人を惹き付ける何かがあるのだろうね)
誰かしら冒険者と一緒に、あるいは街の人達に囲まれていたクーネさんの様子を見ていたルーファスは、そう分析していたが、クーネさんが一人になったのを確認すると、彼女の方へ近付いた。
「リーンエス王国、ワーズワース家が十一子。ルーファスと申します。お見知り置きを」
「王国の貴族か。私はクーネさんだ。どこの家とか、そういうのは忘れてしまったんだが」
会釈をするルーファスに同じように会釈を返すクーネさんへ「不躾ながら、一つどうしてもお聞きしたい事が有りまして」とルーファスは切り出す。
「ん? なんだ?」
「信頼こそが兵を留まらせる、強兵こそが国を作ると放った皇帝が居ます。似ていると、誰かに言われた事は有りませんか」
歴史に刻まれ、言い伝えられているフレーズだ。クーネさんは小さく笑って頷く。
「言われるな。最近は特に言われているような気がする」
「ああ――やはり、そうでしたか」
にこやかに笑ったルーファスは、その返答にお辞儀を返して彼女の前を去る。それは宴の中の、ちょっとした雑談だった。
「コンラート! あんたに聞きたいことがあるんだ」
一方、屋敷から戻ってきたコンラートを捕まえたのはハヤトであった。
「この辺りで派手に噂になっている傭兵達がいたら教えて欲しい」
「傭兵、ですか」
土地柄故、傭兵は決して少なくないが、それだけにハヤトの話だけでは対象を絞り切れないのだろう。だが、行方知れずの両親なのだと話すハヤトに、コンラートはこう助言する。
「負傷して兵舎にいる可能性がひとつ。後は、部隊を離れて独自にクリーパーを追跡しているなどの可能性でしょうか」
兵舎には冒険者が入れるようにしておきましょう、とコンラートは付け加える。これ以上詳しく調べたいのであれば、ハヤト自身で当たって欲しい、という訳だ。
「わかった。さんきゅ」
頷いたハヤトは「そういえば」と思い出した様子で、ふと気になっていたことを口にする。
「なんでクーネに宝剣を預ける気になったんだ?」
何かきっかけがあったのだろうが、そのエピソードが気になるというハヤトに、
「……そんな大それたことはありませんよ。宝剣の持ち主に相応しいと思う方が現れた、それだけです」
「宝剣マフダルをお預けになる程、太守様は彼女を信頼していらっしゃるのですね」
二人の会話を耳にして、にこやかに微笑みかけたのはレティシアだ。
「信頼……まあ、あの強さは本物ですからね」
表面上は、信頼などという言葉は否定しているとも取れるような口ぶりだが、コンラートの様子からはクーネさんへの信頼感が滲んでいることが見て取れた。
「クーネ様はお強いだけではなく、気さくなお方で、とても素敵な女性でございますね」
「おや。私は何を探られているのでしょう」
「いえ、そのような事は……」
苦笑するコンラートの声にレティシアは恭しく礼をする。他意はない、と言えば嘘となることを相手に悟られてしまったようだ。でも。
(そこにあるのは憧憬、でしょうか……)
それは恋心に似ているような、似ているようで遠いもののような――。
「あはは~、もう呑めないや」
そこに響き渡ったのは、すっかりへべれけになったテスの声だった。
今日こそは負けないとロイに挑んだテスだったが、結果は見ての通りのようだ。ふわり、すっかり酒の味に染まった唇をロイのものに重ねたテスは、そのままロイにもたれ掛かって眠ってしまう。
「やれやれ……」
幸せそうな笑顔で眠る、愛しき酔っ払いの体を抱え、ロイもまた微笑をこぼす。
「宿を手配してありますから、どうぞ」
既に晩秋――帝国北部の夜は冷える。風邪を召されませんように、と告げるコンラートに促され、冒険者達は宿へ引き上げていった。
マスターコメント
こうしてオルセンでの夜は更けていきました。
皆さん、おやすみなさい。また明日。
以下はちょっとしたオマケです。
・途中で出てきた宗教
ワールドガイドにも載ってるらしい
・首捧派
ムジカ・トラスマスターの「帝国の冬、ゴブリンの冬 - 寒中SUMO -」というシナリオがあるらしい
・征竜の盾、人類の盾
ワールドガイドにも載ってるらしい
イベントシナリオ普通 報酬:無し21 / 4〜25人
2021年11月16日 04時34分56秒 公開
成功
参加者
相談掲示板
ウォーリアのアルベルト=V=シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 今回は、宴には参加せずにコンラート様に色々と話を聞きに行くつもりだぜ。
エルフのキャスター、イズレンディル・パラリムと申します。 宜しくお願い致します。 帝国の近況を知りたいと思っておりまして、コンラートさんにお話を伺いに行くことになるかと思いますが、他にも様々な行動が取れそうですのでまだ未定です。
ミツキ・アインホルンよ。よろしくね せっかくだし、私はクーネさんと一緒させてもらおうかしら。 もし他にもクーネさんの所へ行く人がいたら、よろしくね
エルゼリオ・レイノーラです。今回はヨロシクね! ボクもクーネさんと一緒にオルセンの様子見を兼ねて、 宴に参加するカンジになるかなー?
テス・クラルスです ロイと宴に参加して呑みまくろう! の意気込みです 興が乗れば演奏も考えてます よろしくね