【黎瞳】絢爛豪華な花の色街

炙りとろ左門

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シナリオID:1489

オープニング

 リーンエス王国東部、享楽都市〈キサナ〉。
 イグノ砂漠を臨むこの防衛線で、バルバロイや魔獣と戦う戦士たちの傷を癒すオアシスが求められたのは、ごくごく自然なことだった。
 薄く引かれた紗。甘い香り。冷えた酒。見目麗しい女。熱砂のうちに彩られる風景は、蠱惑的で、夢幻の彼方に迷い込んだように思えるほど。
 しかしその片隅で、非道な取引が行われていた。

「お嬢様ッ! くそっ……お嬢様を放せ! そのお方は、貴様らが気安く触れていいお方ではない!」
 薄暗い路地裏でもみ合いになっているのは、褐色肌の青年と黒衣の男たち。
 男たちは青年から少女を引き剥がすと、青年の腹を蹴り飛ばした。
「気安く触るな、とはこちらの台詞だ。薄汚い獣人め」
「ぐぅっ……!」
 蹴り飛ばされた青年は階段下まで転がり落ちる。めくれたフードの下から、うさぎに似た獣耳が覗いた。
「ハール!」
 旅装束の少女がたまらずと言った様子で声をあげる。が、すぐに薬を染み込ませた布で口元を覆われ、ぐったりと気絶した。
「おい、ちゃんと確認したか? 何をって、瞳の色だ。ちゃんと……色か?」
 男たちがもたついている間に、ハールと呼ばれた青年はなんとか起き上がる。
(だめだ、俺ひとりでは……。情けない……旦那様、奥様、申し訳ありません。ですが)
 口の中に広がる砂と血の味。この感覚を忘れまいと、ハールは歯噛みする。
(ティシアお嬢様。必ずお助けいたします……!)
 世話になった夫婦の忘れ形見。どんな災厄からも必ず守ると、幼い日に約束した。それを違えるつもりはない。
 ここは一度退いて、協力者を探すことだ。ここで己が始末されるようなことがあってはならない。
「そうだ、あの獣人もきちんと始末しろ。いや、落ちて死んだか?」
 男たちが階段下を覗き込むより早く、ハールは夜闇に紛れた。慌てふためく気配を感じるが、ハールはすでにその場を離脱している。
 隠れ里から出てきたばかりの世間知らずの2人に、頼れるあては多くない。だが、ハールはそれを聞き知っていた。

 信ずるもののため、危険を顧みず戦う勇ましきもの——冒険者、と。

 まあ、多少、夢想が混じった評価であることには違いないが。

解説

皆さんはリーンエス王国東部のいち都市、「享楽都市 キサナ」へとやってきました。 お仕事の途中で寄ったのかもしれませんし、用事があってきたのかもしれません。 キサナは明けぬ夜の歓楽街。しかしどちらかといえば高級志向、遊ぶにはだいぶお金がかかります。 ご飯を食べたり飲んだり、観光する程度であれば冒険者の手取りで足りるでしょう。 OPでなんだか困っている人がいる…? 今回は気にせず楽しんでくださいませ! 雰囲気の参考としては、アラビア風というか……そんな感じです。 オアシスとはいうものの、砂漠のど真ん中ではないです。 ■できること 【1】大通りでお買い物  幾何学的で繊細な装飾に富んだキサナングラスがこの都市の名産品です。ほかにも、最近の流行りはさまざまな香りのお香だとか。身にまとうもよし、服に焚きしめるもよし。ただペットを飼っていらっしゃる方は気をつけて! 【2】ちょっと豪華な夕ご飯  王国中央や同盟ではお目にかかれないような異国情緒あふれる食事の数々。宴席には必ず巫女による舞踊が催されるそう。フルコースはいかが? 【3】オアシス・コテージで一息  燦然と輝く星空の下、ロマンチックなひとときを。 ■ご注意  パカ倫案件は【ふぇ〜】ですよ!

マスターより

初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。 黎瞳は「れいどう」と読みます。不思議な色の瞳を持つ少女と、それを守りたいと願う少年の物語が、冒険者たちを交えて動き出…なんか壮大に聞こえますけど短編のつもりです。まあまずは街の雰囲気を楽しんでいただきたく。 それでは、皆様のプレイング、お待ちしております!

リプレイ

 サマエラ=フォリウムは絢爛たる大通りを見渡す。近くを通りかかったので寄ったこの街は、「享楽都市キサナ」という。
(こういうところには、華やかな光も届かぬ影があり……まあ、変に巻き込まれねば問題のない話ではあるが)
 何事もなければ良いがと、しかし周囲を注意深く観察しつつ。特筆すべき問題がないと悟れば、せっかくだからと店先を覗く。
「お香が流行りなのか。ふむ……心が安らぐような、落ち着く類の香りがあれば、いくつか見繕ってもらえるだろうか?」
 匂い袋として持ち歩いたり、就寝時に焚いて安眠を促せたりするもの。そんなサマエラの注文を聞いた店員は、柔らかい香りのする樹木香を何種類か並べた。
「森の中にいるような安らぎを得られるって、評判なんですよ」
「それはいい」
 ついついおしゃれな香箱や香石も購入し、サマエラは紙袋を抱える。休日は二度寝三度寝するのが好きな彼女は、今日はここで休んでいこうと宿を探す。奮発して少し高い部屋に泊まるのもいいかもしれない。シルクのシーツの中で見る夢は、きっと穏やかなものであるだろう。


 サマエラが歩いて通り過ぎた服飾店では、冒険者5人組が和気藹々と着替えを楽しんでいた。セヴラン・クアルトの提案と交渉により、キサナ風の衣装を借りることが出来たのだ。気に入ったものがあれば安く譲ってくれるという。
 こうして、キサナの踊り子たちが身に纏う紗や装飾品をそれぞれ選んだ冒険者一行は、お互いの変わりように目を丸くしていた。
 砂漠に近いからか、あるいは客を楽しませるためか、キサナン衣装は露出度が高い。女性は胸元を隠して肩や腕、胴は剥き出し。脚は紗で覆っているが、歩いたり踊ったりする際にちらりと見えるようにスリットが入れられている。
 アンネエルカとクレア・エクレールはお揃いのそれに身を包み、男性陣に感想を求めた。
「どうどう?」
「……すごく綺麗だ。まるで異国の姫みたいだな」
 アーシェル・G(ジェヘナ)・クラインは露出具合への指摘をぐっとこらえた。けしからんが本人たちが楽しそうにしているところに水を差すのは野暮だ。
 悶々とするアーシェルも、むしろそんな表情が余計に色香を生むのだが、本人だけが気づいていない。女性同様露出度の高い服装のため、アーシェルの筋肉美が惜しみなく表現されている。加えて目元の化粧に伏し目や流し目を加えれば、絶世の美男といったところである。
「ふたりとも、よく似合ってるよ。香気のように艶を纏っているようだ。勿論、元がいいからだけどね」
 そういうセヴランもアーシェルに負けず劣らずの色香を放っている。アーシェルと異なり露出度の高い衣装の上からローブを羽織っているのだが、なんだかこれはこれでニッチなところをつきそうな気がする。
「……似合ってると思うぜ」
 ぶっきらぼうにそう言うアルフィー・リッパーもまた、セヴランとアーシェルが「美しい」ならこちらは「かっこいい」や「かわいい」といった褒め言葉が似合いそうな出立ちだ。ぴくぴくと動くもふもふの耳や尻尾に気を取られるお姉様方も多いことだろう。
「……これは気をつけなくっちゃだわ」
 アンネエルカは「あなたも素敵よ!」と言う前に思わず言葉を漏らして決意を新たにした。男性陣は私が守護(まも)らねばならぬ。
 さりげなく距離を詰めて「連れ」だと周囲にアピールするのだが、そのたびにアーシェルがときめく。それをクレアがからかうといった形で、一行はキサナの大通りへと繰り出した。

 キサナの街にはさまざまな香りが流れている。セヴランは栗鼠(ララ)をフードの中に入れて香りから遠ざけ、皆と一緒に香店へと入った。
「わあ! いろんなお香があるね。ほらほら」
 アンネエルカの手を引くクレアは、目を輝かせてきょろきょろと辺りを見回す。香はスティックタイプのものから精油まで、多種多様な商品が用意されていた。
「ペットがいても大丈夫そうなものはありませんか?」
 セヴランがそう店員に尋ねる横で、クレアはふんふんとシダーウッドの香りを楽しむ。
 栗鼠に限らず、動物もまた刺激的な匂いは苦手とするものである。ハーブ類を特に避けるようにと説明されたセヴランに、クレアは「森の香り」と題された香を勧めた。
「これ、森の中にいるみたいな香り! そこまで匂いも強くないし、どうかな?」
「なるほど、森か……」
 ララもリラックスできるかもしれない。と、入り口の方がやや騒がしくなった。
「どうしたの?」
 クレアが駆けつけると、店を出ようとしたアルフィーが色街の女性に絡まれ、それをアーシェルが助けたらしい。
「騙されそうになってたからな」
「だ、騙されてなんかいないぞ!」
 むっと言い返すアルフィーだが、頬にはキスマークが残っている。遅れて追いついたアンネエルカが慌ててそれを拭った。
「心配だわ」
「お前たちが一緒なのに、他の女についていったりなんかしねぇよ。……さ、次の店だ。折角来たんだから、キサナングラスを揃いで買わないか?」
 アーシェルの提案に、アンネエルカの機嫌は瞬時に直る。
「素敵! お水を飲むたびに、この街と皆を思い出すの」
 香店でそれぞれ買い物を終え、一行は露店に並ぶキサナングラスを物色する。
 キサナングラスは、幾何学的な模様と繊細な装飾が特徴の名産品である。工芸品が好きなアルフィーは、伝統的な作りのものから、色ガラスを用いた今どきの先鋭的なものまで見比べ、どれを部屋に飾ろうかと目移りしている。その横でクレアもまたふたつのグラスを持って悩んでいた。
「これも素敵だし、あっちも捨て難い……うー、悩むー!」
「瞳の色に合わせて買うのはどうだろう?」
 セヴランの提案に、一同はほうと頷く。アンネエルカとクレアは同じ緑系統の瞳だが、それぞれ風合いは異なる。珍しい瞳の色に苦々しい思い出がある者もいたが、こうして皆と過ごす時間の思い出を映すグラスは、なんだか特別なもののように思えた。
 お揃いのグラス。それを土産に、一行は噴水のある広場にたどり着くと、セヴランの楽器の音色に合わせて踊る。彼らは、「一夜現れた異邦人の踊り子たち」として、人々の記憶に残るのだった。


 スィーリーンとミツキ・アインホルンもまた、キサナへとやってきていた。
「あまり来た事ないタイプの街ね」
 ミツキはそう言いながら、賑わう大通りを見渡す。行き交う人々の種類は、商人、旅人、売り子や踊り子。普通の街と違うのは、漂う享楽の空気だろうか。酒精が濃い酒場の雰囲気とはまた違う、甘くかぐわしい香りと艶やかに交わされる言葉。それはキサナ独特のものだ。
「あら、ミツキ様、あれを……」
 スィーリーンに呼び止められ、ミツキはスィーリーンが指し示した屋台を覗き込んだ。その光景に、ミツキは息を呑む。
「……綺麗ね」
 照明の光を受けたキサナングラスがさまざまな色に輝いていた。色とりどりに散る光は、まるで星々のダンスだ。グラスに施された異国情緒あふれる装飾も相まって、物語の中に放り込まれた気分になる。
「私には出来ない芸当ね……」
 こういうのはスィーリーンの方が詳しいだろう。そう振り返ると、スィーリーンは小さなグラスを手に取っていた。
「小さいものなら買えるでしょうか?」
 その言葉に値札を確認したミツキはグラスに伸ばした手を引っ込めた。割ったら、弁償できない額ではないにしろ、今夜の宿を取れなくなる。
「あ、アクセサリー、とか。スィーリーンさんは好きじゃない?」
「えっ? ええ。見るだけでも楽しいですし、参考にもなりますから」
 話を逸らすことに成功したミツキは、慌ててスィーリーンを連れて近くの服飾店に入る。
「折角ですから、ミツキ様もこれと思うものを買っていかれては」
「……普段つけないのよね」
 あまり興味を持ってこなかったのもある。見ている分には満たされるのだろう、とは思うものの、自分が身につけるとなると話は別だ。
「ではこの機会に。凛々しい雰囲気に合わせてシンプルな……いえ、敢えて華やかなものも似合いそうですね。もちろんご自身の好みもありましょうから、色々合わせてみましょう」
「選んでくれるの? あ、ありが……とう」
 勢いに押される形となったが、ミツキは悪い気はしなかった。2人であれでもないこれでもないと選ぶ時間が、とても尊いもののような気がして。
「スィーリーンさんが選んで、私が気に入ったものだもの。大事にするわ」
 小さな紙袋に包まれた髪飾りを、ミツキは壊れ物を扱うようにする。そして、おずおずと切り出した。
「もしよかったら……スィーリーンさんのものも選ばない?」


「——へえ、此処が享楽都市〈キサナ〉。なかなかエキゾチックで魅惑的な街ね」
 ザザ=ステルヴィナは友人のパヴェル・A(アレクサデル)・サムルガチェフと共に、久々の遠出を楽しんでいた。キサナの話は聞いていたが、こうして実際に訪れてみると、噂以上の街である。
 観光客や旅人も多いが、そこらじゅうで饗宴が催されているようだ。それでいて酒精を含んだ男の荒々しさはほとんどないというのだから、この街の客層が窺い知れる。
「折角だから何か、キサナらしい土産でも買えるといいんだがなぁ」
「んなぁお」
 大男とも言える身長のパヴェルは、少し屈むようにして露店を覗き見る。その動きに、パヴェルの肩からずり落ちそうになった猫(フーア)がやや抗議の声を上げた。
「おっとっと。悪い悪い。ごめんなぁ」
「その子にも何か買ってあげたらどうかしら。パヴェルさんの装飾品とお香は、私が見繕っても?」
 ザザの提案に、パヴェルはフーアを抱え直しながら「ありがてぇ」と頷いた。動物に人間が使うような香は刺激が強いこともあることから、ザザは店員に詳しく話を聞きながら商品を選ぶ。
「じゃあ、荷物持ちは俺が」
 その言葉に、ザザはきらりと目を光らせる。
「いいかしら? 勿論、私もいろいろ買いたいと思っているの。お揃いの装飾品(アクセサリー)も良いかもしれないわね」
 ザザはパヴェルのために、パヴェルの瞳の色に合わせた橙色の石をあしらった腕輪を選ぶ。ついでに同じシリーズのピアスも選んだ。香は、猫に悪影響があるといけないため、直接身にまとうものではなく、香木タイプを。手間はかかるが、窓から入ってくる風から季節を感じるような自然さで香を楽しむことができる。
 パヴェルはザザの勧めてくれたものと、文通相手へのプレゼントとして、色ガラスが連なった襟止めを購入した。
「ありがとなぁ。さて、荷物は一旦宿に置いて……どうだい? 一杯」
 パヴェルが片目を瞑ってグラスを傾ける仕草をし、ザザは頷いた。
「いいね。何処か落ち着ける場所で、お酒でも飲みたいわ」


「これが、キサナングラス……!」
 オゴスは露店に並ぶキサナングラスのひとつを手に取って、感嘆の息を漏らした。
「この精巧な幾何学模様……キサナの民は数学や哲学にも長けると聞いています。それが美芸にも表れているのですね」
「お目が高いね」
 文化芸術は、その土地の歴史を孕んで醸成される。上辺だけの美ではないと、そう言ってもらえたことが嬉しかったのだろう。店主は相好を崩した。
「グラスを買いに?」
「ああいや、目当てはお香です」
 グラスはなかなか高いのもあるが、香りもまた種類が豊富と見受けられた。
「うちも少ないが、取り扱ってる。キサナングラスの香箱と一緒に安くしとくが、どうかね」
「このお値段で? いいんですか」
 提示された値段は、相場よりもかなり下だ。それに、店主は片目を瞑ってみせる。
「うちも商売、言っちゃ悪いが型落ちでね。それに、こういうのは理解してくれる人の手元にあった方がいい」
 オゴスは厚意に甘えることにした。オゴス自身は柔らかな花の香りが好きだが、折角訪れたのだからと、キサナらしいスパイシーでほのかに甘い香を選ぶ。
「香は、この店が親切にしてくれる」
「ありがとうございます」
 店主から受け取った地図を片手に、オゴスの散策は続くのだった。


 依頼の帰りに立ち寄った享楽都市〈キサナ〉。ネーヴェ・グラヌローザはその勢いに呑まれそうになりつつ、偶然にもマレーネ・シェーンベルグと再会した。
「せんじつは、ありがとうございました」
 街の空気に「とけてしまいそう」などと漏らしつつも、マレーネはおっとりと挨拶を述べる。2人は先日催された「女子会」からの縁であった。出会ったばかりとはいうものの、2人はすでに打ち解け、店先を見て回りながら他愛ないおしゃべりを楽しむ。
「なんだか、ふしぎですわ。でもわたくしたち、ちょっとだけ、にているなと。……そう、おもっておりましたの」
「似ている……ですか。実は、……私も、同じ風に思っておりました」
 ふわふわ、ひらひら。その足取りを追う人々の目には、2人は妖精のように映ったことだろう。
 ふと、ネーヴェの鼻先を甘い香りが掠めた。控えめで柔らかい、夢のような香り。マレーネも気づいたのか、それが近くの香店から漂ってくるものだと分かると、2人しておずおずと店を覗く。
「いいかおり……そうですわ。おまちくださいませ」
 マレーネはいそいそと店の中を巡ると、しばらくして小さな紙袋を片手に戻ってきた。
「いらいで、たすけていただいたおれい……ですわ」
「まあ……開けても?」
 マレーネが頷き、ネーヴェはそっと紙袋の中身を取り出す。白い雪椿が刺繍されたリネンジュートの小さな袋。それから、ほのかに甘松・白檀の甘く爽やかな香りがする。
「ゆきつばきには、きどらないうつくしさ……という、いみがあるそうですわ」
 変わらぬ愛、という言葉もある。それを伝えると、ネーヴェは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとうございます。私からも何か、贈らせて下さい」
 ネーヴェもまた店内を巡る。夜空に燦然と輝く上弦の月——そんな、マレーネに合いそうなものを。
 ネーヴェが選んだのは、月見草と金木犀の練香だった。
「ふふ、実は選びきれなくて。宜しければどちらとも、お受け取り頂けると嬉しいです」
「……たいせつにします」
 どちらも、柔らかで愛らしい香りだ。マレーネは包みをぎゅっと、胸元で抱き締めた。


 アシュリー・レドルナンもまた、キサナの街を楽しんでいた。
 とはいえ、アシュリーにとって「楽しむ」というのは、買い物をすることではない。
(こういう観光客の多い街ではスリ放題なんだよな〜)
 手練れの冒険者も多い故に、彼らを相手に盗みをするのは分が悪い。というか、同業者間で何かあった場合、ギルドがうるさそうというのが正直なところか。
 つまり、標的は一般人である。キサナの独特な空気にあてられて浮かれているおのぼりさんだ。すでにアシュリーの懐には、小銭入れが数個収められている。
(ボクの手にかかれば、こんなの——)
 ほくほく顔で宿に戻ろうとしたところ、アシュリーは角から飛び出してきた人影と衝突し、尻餅をついた。
「あったあ! な、なんなの?」
「……冒険者か!?」
「ヒィッ!?」
 埃に混じった血の匂い。衝突してきた少年に迫られ、アシュリーは「違います!!!!」と逸般人の速度でその場を離脱する。一目散に宿まで逃げ帰ったアシュリーは、扉の前でようやく一息ついた。
「も〜なんなんだよ。びっくりしたじゃんか……ん?」
 さすさす。暖かかった懐が寂しい。
「あーーーー!!!」
 どうやら盗んだ財布を全て落としてしまったらしい。かろうじて自分の小銭入れは無事だったため文無しは免れたが、まあ、物事早々うまくいかないものである。

── ○ ──

 キサナの名物は、キサナングラスや香だけではない。
 キサナン料理もまた、それを味わったものの記憶に鮮烈に残るものなのだ。

 ララベル・サン・ディーベルはアリエッタ(こいびと)を夕餐に誘うつもりでいた。キサナン料理の評判は聞いていたし、美味しいものを一緒に食べたという思い出にしたかった。
 しかしこうして立ち寄ったキサナの空気に圧倒され、ふたりしてぼうっと通りに突っ立ってしまう。
「あっ、とっ、」
 何か言わなくては。ララベルは緊張気味に声を出すと、アリエッタの手を握った。
「とりあえず、美味しいものでも食べていこうか」
 うっかり声が裏返ってしまったが、慌てているとは悟られたくない。努めて平静を装い、アリエッタの手を引いて歩き出す。
「美味しいものは大好き。……あと、ララベルも大好き」
 アリエッタは小声で付け加える。聞こえたかとララベルを見ると、ララベルは視線を彷徨わせつつ、耳だけ赤くなっていた。それにすっかりアリエッタまで恥ずかしくなってしまって、慌てて視線を逸らす。
「今日は、僕がご馳走するから」
「でも、」
「いいんだ。そうさせて」
 ララベルはそう宣言しつつ高級店の扉をくぐる。手を繋いだふたりの初々しい様子に微笑んだ店員は、そのままふたりを奥に案内した。隣同士、寄り添いながら座る。
 緊張でぎくしゃくとしているふたりに、次々と料理が供された。ひよこ豆をすりおろしてオイルと和え、クリーミーにしたディップソース。これをキサナ周辺でよく食べられる平たく薄いパンにつけて食べる。ほのかな酸味とまろやかさが食欲をそそる中、肉や魚、野菜の串焼きも届いた。
「見たことのない食べ物もいっぱいあるね」
「ララベル。その……ええと……あ、アーン……」
 そんな中、アリエッタはころんと丸い揚げ球(ドーナツ)をララベルの口元に持っていった。
「あ、あーん」
 ララベルがおずおずとそれにぱくつく。それに、後方から黄色い悲鳴が上がった。宴席に侍る巫女たちである。踊りを見せにきたらしい。
 巫女たちの踊りは、ふたりを揶揄わない程度に控えめなステップだったが、その優雅さにララベルは思わずみとれた。
「あっ、違うよ……あの踊り、アリエッタも……見せて欲しいなって」
「本当? ……踊りは好きだから、じゃあ、今度見せてあげる」
 約束、と囁く。夜に溶ける吐息は甘く、ララベルはくらりとした。


 同じく、キサナン料理を楽しむのは、カズマ クレセントブラッドとリズ・ジェイド・フローレンスのふたり。
「なかなかうまそーじゃねーか! リズ、遠慮しねーで楽しめよ!」
 カズマはそういうものの、実は内心ひやりとしていた。
 苦労して稼いだ金でリズを宴会に誘ったはいいものの、見栄を張って奢ると言ったのはさすがにまずかったかもしれない。結構かつかつである。
「ええ。今日は楽しませてもらうわ」
 リズはそんなカズマのようすに気づかないふりをしつつ、汁気を切った煮込み料理をつついた。スープとは違う見た目と食感に、異文化の空気を改めて実感する。
 カズマは肉と野菜の串焼きに手を出していた。スパイシーなソースと甘辛い肉の旨み、そして野菜の苦味。肉だけ食べたいと思いつつも、この匙加減がキサナン料理なのだろう。
「カズマ、それは飾りだから食べなくてもいい野菜」
「えっ!?」
 毒はないし、むしろ滋養にいいらしい。そんな説明を同席する巫女たちから聞きながら、リズは切り出した。
「何か話があるんじゃない?」
「あ、ああ……うん、その。これからのこと、とか」
 リズはやや首を傾げた。蜂蜜を加えた林檎ジュースを食休みにキサナングラスに注ぐ。
「これからねぇ……彫金とか裁縫とか、好きなことだけできたら楽なのにねぇ」
 そううまくはいかないのが、貴族という生き物である。
「一応これでも貴族の一員だから、やっぱり嫁入りとか——ああ、暗い話は止め止め。せっかくのご馳走が台無しになっちゃうわ」
 直近の話をしましょう、とリズは切り替える。
「授恵者の一人として、自分を守れるぐらいには強くなりたいわね」
「そうだな。俺はまだまだ実力が足りねぇ……もっともっと強くなって、それで」
 リズを守ってやれるだけの強さを、という言葉をカズマは飲み込んだ。それを告白するには、まだ、何もかもが足りない。
 だが、リズは続けた。
「ついでにカズマも守ってあげるわ。別に、一人で全部守るなんて無理だし、お互いを守り合えばいいじゃない」
 カズマの胸中などお見通しだと言わんばかりの言葉に、カズマは目を瞬いた後、苦笑する。
「……リズには敵わねーな、そうだな……お互いに守れるだけには、な」
 そう、杯を交わした。


 ライオネル・ギシュムは固まっていた。
 この街、何もかもが——高い。
 宿の料金にしても結構なものだ。キサナの一泊はリブラネスタの半月の暮らしに匹敵する。
 日頃から稼ぎをしっかり貯めていれば宿に泊まるくらいなんてことはないが、これではうっかり入った店で金が足りないなどということになりかねない。
「おや、ライオネル?」
 と、そこに聞きなれた声がかかった。
「シルヴィアさん!? どうしてここに」
 振り返ると、そこには白い髪を夜風になびかせたシルヴィア・A(アルヴィン)・カペルが立っていた。
「それはこちらの台詞だよ。私は、知り合いに挨拶に来たんだけど……」
 ぷるぷる震えているライオネルを見て、シルヴィアは全てを察した。
「おいで。ご飯でも食べよう」
 微笑みかけ、ライオネルの手を引いて店に戻る。
 キサナのソファには脚がない。絨毯の上に直接クッションが置かれている。亜麻布を寄せ、紗を引いた空間でランプに火を灯せば、幻想的な空間の出来上がりだ。
「キサナはとにかくお金のかかる街だけれど、それは客層を保つためでもあるんだよ。ここで春を鬻ぐ少女たちを守るためでもある」
 一度入れば抜け出せない牢獄、それが楼閣や花街というものである。しかしキサナで春を売る女たちは、皆揃って教養があり、そう簡単には体を許さない。色を売らない女もいるほどだ。
 金を出せる人間すべてが「分を弁えている」わけではないにしろ、試験紙となっているというわけだ。
「なるほど……これ、おいしい」
 ライオネルが薄焼きのパンに好きな肉や野菜を詰め、頬張る。酸味のあるディップソースをつければもう止まらない。キサナン料理はこのようにナイフとフォークを使うものが少ないのも、ライオネルにとって気が楽な要素のひとつであるようだ。
 シルヴィアはつい、肉の一欠片をライオネルの口元に差し出した。そうして姉弟のように戯れあっていると、巫女たちが踊りを披露する。
「すぐそうやって子供扱いして、俺だっておと……こ……」
 踊りを見たライオネルの言葉は尻すぼみになって消える。どうやら、少年にはまだ刺激が強かったらしい。
(……彼も、こういった余興が好きなのかな)
 ライオネルが渋い顔で注ぐ酒に、シルヴィアは月を映す。
 君もどこかで、同じ月を見ているだろうか。
 

 夕霧(ユウギリ)はこっそりとキサナの夜を堪能していた。艶やかな空気に包まれ羽目を外してみたいものだが、いかんせん無い袖は振れぬのである。
 それよりも巫女たちの舞踏を見てみたい、と夕霧は意気込んでいた。
(わらわの芸事の糧とするため、学ばせてもらいたいのう)
 キサナの中心部には立派な館がある。いわゆる領主館だ。一般公開もされているようで、夕霧はホールへと足を踏み入れる。幾何学的な装飾が余すところなく施された壁や床、調度品は、別世界を訪れたようだ。
 そうしてキサナの「表通り」を抜ければ、あとは見慣れた風景がある。
(捨ててきた居場所も、こうだったの……)
 光あれば影あり。キサナは多少マシかもしれないが、それでも富めるものあれば窮するものありというのが世の理だ。
 狭い路地の角で、ふたりの幼い姉弟が踊りの練習をしている。
「ふたりで、キサナいちの踊り子になるの」
 そう笑う姉弟の顔色は悪く、痩せている。おそらく、姉弟が大人になることはないだろう。
 ならばせめて——夕霧は姉弟にキサナの踊りを教えてもらおうと、話しかけた。


(すっげぇ……なんて大きな街なんだ……人も物も溢れかえっていて、見たことないものばかりで……)
 嵐丸(ランマル)はふらふらと街を散策していた。どう見てもお上りさんだが、幸運にも彼を騙して何やらせしめようという輩はいなかった。
 基本的に、キサナは高級路線を貫いている。暴利や詐欺といった行いは「行儀が悪い」と忌避されるのだ。
(い、いやいや、物見遊山のために出てきたわけでは御座らぬ!)
 はっと我に返る嵐丸。つい艶やかな空気に浮かれてしまったが、……が。
 ふわりと香る甘い匂いに混じる、香ばしい料理の匂い。それにつられ、嵐丸はふらふらと露店に近づいていった。
「見識を、広げるのも、修行の一環。腹が減っては戦ができぬとも言うし、まずは腹拵えと参ろうぞ!」
 買い上げたのは揚げ菓子と串焼き。どうやらキサナの人々は甘い味付けを好むらしい。
「この、でーつ? や、こーひー? とやらもなかなかの味わい……ん?」
 店先でコーヒーとデーツを味わっていると、ふと不穏な空気を鼻が感じ取った。埃に混じった、血の匂い。しかしそれは一瞬で、すぐ他の香りに紛れてしまった。
「気のせいか……」
 もぐもぐと揚げ菓子を頬張りつつ、嵐丸は次なる露店を探す——

── ○ ──

 ヨル・スレイマンがキサナに立ち寄ったのは、仕事のついでだった。そこでばったりナハシュと出くわした。ナハシュはギルドとは無関係の仕事でキサナを訪れたそうだが、ヨルはこれ幸いとナハシュを巻き込んだ。
「元々そういう予定じゃなかったとはいえ、なんかこう独り身が堪(こた)えるんだよ!」
「女買わねえの?」
 ヨルは財布を取り出してナハシュに中身を見せる。
「まあ……キサナの女は高いしな、しょうがねえな。寂しいなら次は5万Gくらい溜めてから来るんだな。それなら一晩位過ごせるだろ」
「うん……まあでも。君も最初は高いところにした方がいいよ。綺麗な子多いしね」
「金を積めば積むほど良い商品なのは世界共通、ってか。つっても、同じ金なら俺ぁ酒の方がいい……っと、」
 財布の中身を見て沈痛な面持ちのヨルを置いて、ナハシュは表通りの屋台に目をつける。丸く揚げたドーナツに、デーツと蜂蜜のソースをかけた甘い菓子である。
「屋台のテイクアウトくらいなら奢ってもい、」
「美味そうだなー! おっちゃん、それひとつくれ」
「いよ……うん、酒も買おうか」
 聞き終わらないうちに駆け出すナハシュに、ヨルは苦笑しながらついていく。
 コテージに着く頃には、ふたりは両手にいっぱいのつまみと酒を抱えていた。
 デッキチェアにごろんと横になって満点の星空を眺める。喧騒は遠く、冷たい夜風が酒で火照った頬を撫でていく。
「あ、ゴールディの常連の店。『最近ヨル君来ないのー』って寂しがってたぜ」
「はは……」
 ナハシュが思い出したように呟いた言葉に、ヨルは曖昧に返事をする。
 一夜の夢は、確かに美味ではあるのだが。ヨルは結構、こうしているだけで満足なのだ。
 気前良く奢ってしまったり、星を見ようなんて思ってしまったり。
 ヨルは酒杯を星空に向かって掲げる。
「悪くない味だよ」

── ○ ──

 ルベア・ベルニは高台から街を見下ろしていた。白い壁は、この土地の地質が影響しているのだという。そして白い壁が連なる場所では、光は青みがかったものとなる。その幻想的な雰囲気に、ルベアはため息をついた。昼も美しかったが、夜は一層素晴らしい。
 キサナングラスの店を巡り、その値段に驚きつつも——実用品ではなく装飾品として作られた安価なものをひとつ手にする。店員の話では、蝋燭を中に入れて輝きを楽しむのが良いとのことだ。その蝋燭も香料が練り込まれており、熱に反応して優しく香るのだという。
(在庫処分するからって、たくさんもらってしまったわ……)
 紙袋の中には丸型の平らな蝋燭が10個ほど詰められている。ひとつひとつ香りが違うらしい。試すのを楽しみにしつつ、ギルドに併設されている「冒険者の宿」へと向かう。
 と、ギルドの受付あたりが何やら騒がしい。
「なんの騒ぎ?」
 声をかけると、傷だらけのハーフビーストがルベアを振り返った。
「た、助けて欲しいんです。お嬢様が……主人が攫われて」
 青年は傷だらけだった。ルベアは眉を顰め、話を聞く。
「……一悶着ありそうね」
 とにかく手当をと付き添われていく青年の背中を見送って、ルベアは小さく息をついた。

マスターコメント

お疲れ様でした! キサナでの一夜を楽しんでいただけたなら幸い…… 甘酸っぱいお連れさまがいたり、微笑ましい方々もいたり……ぶりとろMSは満足です。ごちそうさまでした。 そこかしこに出てきた揚げ菓子とか揚げ球とかドーナツとか言われているものは、ルゲマートと呼ばれるアラブ沿岸諸国で親しまれている家庭のおやつです! 外はカリッと中はもちもち……日本ではあまり食べる機会がないかもですが、それらしいものは作れるのでぜひ…… それでは、またお会いしましょう!
イベントシナリオ

イベントシナリオ普通 報酬:標準25 / 4〜25人

2021年10月16日 07時14分52秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. ライオネル・ギシュム

    ライオネルだよ!よろしくね! 皆で楽しんでいこー!

  2. ヨル・スレイマン

    (自分の財布を開いて見ている)(見ている)(ため息) ⋯⋯⋯ヨル・スレイマン。宜しくね。 連れと一緒にコテージの方に行ってみるつもりだよ。星が綺麗みたいで楽しみだ。

  3. オゴス

    オゴスと申します。よろしくお願い致します。 俺は大通りで買い物に行く予定です。 特に決まった同行者はおりませんが、交流可な方とリプレイ内で軽く言葉でもかわせたら良い思い出となりそうですね。

  4. ザザ=ステルヴィナ

    ザザ=ステルヴィナよ。今回はよろしくね。 まだ予定は未定だけれど――大通りでお買い物とかしたい気分よん。 珍しいお香が沢山あるようだし、色々と試してみたいかも?

  5. ルベア・ベルニ

    ルベアよ、宜しく。 この期に及んでまだ行動は考え中だけど、今のところは大通りで買い物かしら…。

  6. アーシェル・G・クライン

    アーシェルだ。よろしく頼む。 友人達と買い物を楽しむ予定だ。 キサナンの衣装も着てみようと思ってる。

  7. シルヴィア・A・カペル

    シルヴィアだ。今回はよろしく。 友人と食事に行くよ。皆、素敵な一日を過ごせますように。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0