【祝祭】ドゥジケット大礼拝祭
おおくまねこ
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シナリオID:3480
オープニング
●
「さあ、どなた様もお気軽に! 寄ってらっしゃいみてらっしゃい!」
「お客様の中にエフ×レイ本の作家はいらっしゃいますかー! ぜひ私のアシムベート×エフレム本と見せ合いをー! それで救われる命があるんです!!」
「木彫りナイフはいかがかな? 一本一本丁寧に手作りで仕上げているよ」
「さあ、今からカードマジックをするよ! お客さんが選んだカードの絵柄を『透視』してみせよう!」
ドゥジン作家の聖地ドゥジケット。メアリー王女の悲願であった『全てのドゥジン信者の為のイベント』の会場となったドゥジケットの中央公園は凄まじい熱気に包まれていた。彼らの多くは、ドゥジンシを愛するドゥジン信者たちだ。これほどの多くの「同志」が一堂に会することは異例である。歴史上初めてと言ってもいい。さすがに大都市でさえ識字率が5割を切ると言われているこのロスガリア大陸にドゥジンシを読める者はそこまで多くは無いため、まともに歩くこともできなくなるほどには、公園の人口密度は高くはなかったが。また、ドゥジケット大礼拝祭は芸術神ドゥジンのお祭りであるため、街にはドゥジン作家以外にも彫刻家や金属細工師、大道芸人なども集まっていた。
「ふむ。これがメアリー王女の夢見た楽園か。悪くない活気だ」
会場に訪れたドゥジンシにうるさい美術商、ベリアルはドゥジンシや様々な芸術がひしめく公園の様子に年甲斐もなく目を輝かせていた。
「失礼。この『ドワーフ王国100選! イケオジ名工大図鑑』を見せてもらっていいかな」
「はい、どうぞ!」
ベリアルは作家の許可を取り、たまたま視界に入ったドゥジンシを熟読し始める。
「ほう、これはこれは……入念な取材に基づく丁寧な図鑑だね。(美術商としての)資料としてもとても有用だ。執筆者の愛が感じられる。販売はしてもらえるのかな?」
「ありがとうございます! すみません、印刷はコストがかかり過ぎるので、この一冊しかなく……うちは販売はできないんですよー」
「そうか。それは残念だ」
(パンクリアース学園のドゥジン作家は印刷所にツテを持ってる奴もいたけど……まだまだ大量生産は難しいか。ここにあるドゥジンシのほとんどはワンオフのハンドメイド……印刷技術の普及までは、人類にはまだまだ時間が必要だろう)
ベリアルは肩を竦め、また別の作家のテーブルへと吸い寄せられていった。
「やあ、奇遇だね。僕かい? 僕は今から『踊る子熊亭』で一杯やろうかなあと思っているところでね。いやあ、この『街』は興味深いね」
「レイウェストよ。お前の父はヨゼフではない。この儂さ。今度からは二人きりの時は『パパ』と呼んでくれぬか?」
「なんと、アシムベート殿、あなたが私の……! しょ、承知しました、『パパ』」
公園の広場では、ウィリアムやレイウェストなどの大陸の有名人や伝説の英雄の衣装で着飾った人々がたくさん集まっていた。仮装した人々はギャラリーの要望に応え、ポーズを取ったり、他の仮装者と一緒に小芝居したり、血走った目のお嬢様にめっちゃスケッチされたりと、楽しい時間を過ごしている。
「ふう、いっぱい描いて疲れましたわ」
「お疲れ様です、メイさん。紅茶とスコーンを用意してありますので、あちらで休憩いたしましょうか」
「ありがとうございます。ジャムとクロテッドクリームをたっぷりつけて食べたいですわ!」
即興絵を描きまくったメアリー王女がペンを置くと、ドゥジケット準備会の部員のマリリン・クリニエーラが笑顔で手拭き用のタオルを手渡した。
「そろそろ巡回(と言う名のドゥジンシ漁り)に出たアルベルティーヌ部長も戻ってくる頃ですわ。戻ってきたらシフトを入れ替えましょう」
「ええ、他の方々が描いたドゥジンシもぜひ見たいですわね。ああ、時間がいくらあっても足りませんわ!」
(王女……とても楽しそうでよかった)
(帰ったら公務が山積みなんだ。今だけは邪魔をしないであげよう)
すっかりドゥジケット準備会に混ざってイベントを楽しんでいる王女を見て、陰ながら護衛をしていた王国騎士達は目を細めていた。
「冒険者ギルドにも招待状を送りましたし、色んな方が興味を持って下さるといいですわね」
「ええ、メイさん。せっかくのお祭りですもの。冒険者の皆さんが集まるのはこれが最後になるかもしれませんし、たくさん来てくれるといいですわね」
「さあ、どなた様もお気軽に! 寄ってらっしゃいみてらっしゃい!」
「お客様の中にエフ×レイ本の作家はいらっしゃいますかー! ぜひ私のアシムベート×エフレム本と見せ合いをー! それで救われる命があるんです!!」
「木彫りナイフはいかがかな? 一本一本丁寧に手作りで仕上げているよ」
「さあ、今からカードマジックをするよ! お客さんが選んだカードの絵柄を『透視』してみせよう!」
ドゥジン作家の聖地ドゥジケット。メアリー王女の悲願であった『全てのドゥジン信者の為のイベント』の会場となったドゥジケットの中央公園は凄まじい熱気に包まれていた。彼らの多くは、ドゥジンシを愛するドゥジン信者たちだ。これほどの多くの「同志」が一堂に会することは異例である。歴史上初めてと言ってもいい。さすがに大都市でさえ識字率が5割を切ると言われているこのロスガリア大陸にドゥジンシを読める者はそこまで多くは無いため、まともに歩くこともできなくなるほどには、公園の人口密度は高くはなかったが。また、ドゥジケット大礼拝祭は芸術神ドゥジンのお祭りであるため、街にはドゥジン作家以外にも彫刻家や金属細工師、大道芸人なども集まっていた。
「ふむ。これがメアリー王女の夢見た楽園か。悪くない活気だ」
会場に訪れたドゥジンシにうるさい美術商、ベリアルはドゥジンシや様々な芸術がひしめく公園の様子に年甲斐もなく目を輝かせていた。
「失礼。この『ドワーフ王国100選! イケオジ名工大図鑑』を見せてもらっていいかな」
「はい、どうぞ!」
ベリアルは作家の許可を取り、たまたま視界に入ったドゥジンシを熟読し始める。
「ほう、これはこれは……入念な取材に基づく丁寧な図鑑だね。(美術商としての)資料としてもとても有用だ。執筆者の愛が感じられる。販売はしてもらえるのかな?」
「ありがとうございます! すみません、印刷はコストがかかり過ぎるので、この一冊しかなく……うちは販売はできないんですよー」
「そうか。それは残念だ」
(パンクリアース学園のドゥジン作家は印刷所にツテを持ってる奴もいたけど……まだまだ大量生産は難しいか。ここにあるドゥジンシのほとんどはワンオフのハンドメイド……印刷技術の普及までは、人類にはまだまだ時間が必要だろう)
ベリアルは肩を竦め、また別の作家のテーブルへと吸い寄せられていった。
「やあ、奇遇だね。僕かい? 僕は今から『踊る子熊亭』で一杯やろうかなあと思っているところでね。いやあ、この『街』は興味深いね」
「レイウェストよ。お前の父はヨゼフではない。この儂さ。今度からは二人きりの時は『パパ』と呼んでくれぬか?」
「なんと、アシムベート殿、あなたが私の……! しょ、承知しました、『パパ』」
公園の広場では、ウィリアムやレイウェストなどの大陸の有名人や伝説の英雄の衣装で着飾った人々がたくさん集まっていた。仮装した人々はギャラリーの要望に応え、ポーズを取ったり、他の仮装者と一緒に小芝居したり、血走った目のお嬢様にめっちゃスケッチされたりと、楽しい時間を過ごしている。
「ふう、いっぱい描いて疲れましたわ」
「お疲れ様です、メイさん。紅茶とスコーンを用意してありますので、あちらで休憩いたしましょうか」
「ありがとうございます。ジャムとクロテッドクリームをたっぷりつけて食べたいですわ!」
即興絵を描きまくったメアリー王女がペンを置くと、ドゥジケット準備会の部員のマリリン・クリニエーラが笑顔で手拭き用のタオルを手渡した。
「そろそろ巡回(と言う名のドゥジンシ漁り)に出たアルベルティーヌ部長も戻ってくる頃ですわ。戻ってきたらシフトを入れ替えましょう」
「ええ、他の方々が描いたドゥジンシもぜひ見たいですわね。ああ、時間がいくらあっても足りませんわ!」
(王女……とても楽しそうでよかった)
(帰ったら公務が山積みなんだ。今だけは邪魔をしないであげよう)
すっかりドゥジケット準備会に混ざってイベントを楽しんでいる王女を見て、陰ながら護衛をしていた王国騎士達は目を細めていた。
「冒険者ギルドにも招待状を送りましたし、色んな方が興味を持って下さるといいですわね」
「ええ、メイさん。せっかくのお祭りですもの。冒険者の皆さんが集まるのはこれが最後になるかもしれませんし、たくさん来てくれるといいですわね」
解説
目標:ドゥジケット大礼拝祭を楽しむ。
依頼人:ドゥジン作家の聖地ドゥジケット
舞台:エラトゥーン都市同盟/ドゥジケットの街の中心にある大公園
背景:メアリー王女の悲願であった全てのドゥジン信者の為の祭典、ドゥジケットがついに開催された。参加者として祭典を楽しむもよし、露店を出店するもよし。この平和な一時を楽しもう。
プレイングは大きく分けて以下の二種類があります。
パターン1:参加者として祭典を楽しむ。
※ドゥジケットには多くのドゥジン作家や、貸衣装屋、芸術家などが露店を出している。
パターン2:出店側として祭典を楽しむ。
ドゥジケット大礼拝祭ではドゥジンシに限らず、芸術・芸能関連の露店を出店をすることが許可されている。大道芸や、スキルを使用した一発芸などもOK。
●関連NPC
商家の娘:メイ
素性を隠したメアリー王女。ドゥジケット準備会のメンバーとして即興絵を描いている。
マリリン・クリニエーラ
ドゥジケット準備会の部員。なんやかんやで会計担当。貸衣装の売り子をしている。
パーシア・アイオーラ
婚約者(ウィリアム)の妹の応援に駆け付けた伯爵令嬢。ウィリアムのコスプレをして会場を徘徊している。「ウィリアムの婚約者です」と大々的に宣伝するとメアリーに迷惑がかかりそうなので、今回は素性を隠したお忍びでの登場。ウィリアムオタクなので彼の演技はとてもうまい。
ドゥジケット準備会部員 多数
パンクリアース学園のドゥジケット準備会のクラブメンバー達。会場で芸術活動に勤しんでいる。夜のマナズィール作家のレヴェリア(PNリザ)などが所属している。
ラティオ
第三演劇部の部長。マリリンの招待で遊びに来た。
ベリアル
ドゥジンシにうるさい美術商。祭典を楽しんでいる。
●招待枠のNPC
お誘いがあった場合、以下の登録NPCもリプレイに登場する可能性があります。
・『エーテル浄化者』 ティカ
・『迷宮鼠』 レベッカ
・『リーンエス王国騎士』 アリエス・クレスト
・『元蒼炎の魔女』 ラピスラズリ・ファーレンハイト
・『ドゥジケット準備会顧問』 ウィーズル・トレイド
・『パトリオット家の若き当主』 エマ・パトリオット
・『パンクリアース学園教務主任』 ラミアス・クルスロード
マスターより
こんにちは。おおくまねこです。日常のイベントシナリオを出すのは恐らく今回が最後となるため、念のために50人枠のイベントシナリオにしました。ドゥジン作家として活動するもよし、コスプレをするもよし、大道芸をするのもよし、お誘い合わせで小芝居するもよし。縁故のあったNPC(亜人なので呼んでもこれないランラン、ディズルで沙汰を待つ身のイネスなど、招待枠には制限あり)と遊ぶもよし。思い思いの時間をお過ごしくださいませ。
リプレイ
●
「最初は読む側で来たのを考えると不思議な感じだな……」
ドゥジケット大礼拝祭の設営作業を手伝いながら、ヨル・スレイマンは感慨に耽っていた。初めてドゥジケット準備会と交流を持ったのは確か二年前の生徒会選挙の時期だったか。部員のマリリンとは別件でたびたび顔を合わせていたが、この時は顧問のウィーズルが書いたドゥジンシ『生徒会選挙通信』を読む為に足を運んだ。それにはナハシュのインタビュー記事と選挙ポスターの写しが掲載されていたからだ。ついでにその時ナハシュのメイド姿も堪能したが、それはまた別の話である。
「あの時はメアリー王女に入部届を渡されたんだっけ」
「そっちのテーブルはそこに置いてくださいませ! オーライ。オーライ。はい、そこですわ!」
ヨルは、王族のカリスマを発揮し熱心に設営の指揮をとっているメアリー王女……もとい、『商家の娘メイ』の横顔をちらりと見た。リーンエス王国唯一の王女にして、未来の帝国皇妃にクラブの入部届を渡されたというのも、今思えば奇縁である。
「メイ。このウィリアム王子のペーパークラフトはここに飾っていいかな」
「ええ、よろしいですわ! お兄様……じゃなかった、ウィリアム王子は目立つところに置きましょう」
ちなみに冒険者達の間では公然の秘密だが、部長のアルベルティーヌと冒険者と縁深いマリリン以外のドゥジケット準備会の平部員、あと元々ウィリアムの部下である顧問のウィーズル以外にはメイの正体はまだ秘密だ。このタイミングで明かされてもびっくりして運営に集中できなくなるだろうということで、冒険者達は結託して彼女の正体を伏せている。たまにナハシュ(彼もドゥジケット準備会部員である)が「おーい! メアリー!」とか呼んでしまいそうになるので、ヨルはそのたびに奇声を上げたりして、必死に誤魔化していた。
「ヨルさんの本を読めるエリアもいいアイデアですわね。ずっと立っていると疲れてしまいますし」
「ありがとう、マリリン。ナハシュと一緒にたくさん椅子を運んできた甲斐があったよ」
マリリンに声をかけられ、ヨルは微笑みを返した。
●
「じゃ、後は頼んだぜ! 適当に切り上げたらサウナ来いよ」
「ああ、落ち着いたら遊びに行くよ」
ナハシュは見せ合い用の本をヨルに託すと、自分はいずこかへと立ち去っていった。彼のドゥジンシは初めて書いた同人誌『はじめてのおつかい』。それと、おまけの黄金象ペーパークラフトである。
「まあ、ウィリアム王子のペーパークラフトですって? 全部頂いていいかしら?」
「生徒会長! 一人一個でお願いします!」
どこから噂を聞きつけたのか、生徒会長のパーシア(幽霊部員)がやってきてナハシュのペーパーークラフトをごっそり奪っていこうとしたが、マリリンに阻止され、一個だけ持っていった。
●
「はー! 自分の本見られるのは緊張する。これはガキの頃対魔獣戦で対戦組まれた時くらいの緊張」
ヨルは初日のイベント時間が終わった後、汗をびっしりかいた骨兜を脱いだ(注:こっちの方がかっこいいからという理由で被らされた)。
「落ちついたし、ちょっとナハシュの店に行ってくるよ」
ヨルは立ち上がると、ナハシュが開催している露店へと向かった。
「やあ、ナハシュ。君もお疲れさまだ」
「おう! ヨルか。何か部の奴らもヨルも楽しみにしてたやつだろ? 楽しまねえとな!!」
ナハシュはと言うと、大礼拝祭会場の公園のすみっこにテントサウナを作って置いていた。ヨルはナハシュに勧められるまま、脱衣所でパンイチになってテントへと入っていく。
「大礼拝祭だぞ! レイウェストとバルディオンも味わい、グランスパーダの城にもできて聖剣も浴びてった(?)サウナを置かねえでどうすんだ!」
ナハシュ的には祭りにサウナは欠かせないらしい。ということで、着替え・休息用のゲルとサウナを設置し、温度管理に勤しんでいた。
「使用料金は5分刻み、延長は10分までだ!」
休憩用のゲルの中には水分補給用の水とフルーツカクテルを置いている。風呂上りの一杯はサウナや風呂には欠かせないからだ。そして、水源はなんとナハシュ自身だ。
「水は足りなくなったらピュアウォーターでも出せるからな、好きに飲んでいけ」
ヨルはナハシュに渡された水をごくごくと飲み、喉の渇きを潤した。
「ふー! ナハシュの水はうまい! ハッ」
(ナハシュの水とか、メアリーの水みたいな、本人イラスト付きの水を販売すれば高値で売れるのでは?)
「どうした、ヨル?」
「いや、なんでもないんだ。ちょっとあくどい商法を思いついただけで……」
●
「メイ。君に最初に準備会に誘ってくれたことを感謝したい。得難い経験をしたよ。本当にありがとう」
ヨルは改めて、メイにドゥジケット準備会に誘ってもらったことへの礼を言った。
「こちらこそ。ドゥジケット大礼拝祭の為に尽力していただけたこと、感謝しておりますわ」
「いずれもっと盛況になる。一般層の識字率を上げるために、俺もいろいろしたいと思ってるんだ」
「まあ、ありがとうございます。そうですわね。もっと多くの方にドゥジンシを楽しんで頂ける世界になればいいですわね!」
メアリーはヨルに満面の笑顔を返した。
●
「メイ様。こちらの本もおススメですよ」
「まあ、そこはかとなく耽美な表紙ですわね」
「これは『夢本』といって、その名の通り、乙女達の夢を叶えるためのものなのです」
「それは興味深いですわね!」
シルヴィア・A・カペルはメイ相手にカペル領で流行しているドゥジンジャンル、いわゆる『夢本』の布教活動に励んでいた。シルヴィアがドゥジンの世界に本格したのはメイから薫陶を受けたせいである。その恩義に報いるために、シルヴィアはメイの新境地の開拓の一助となりたい――と、大真面目に考えていた。
「先日の恋物語だけでは御座いません。来年度入学の一般学生を読み手を主人公に据え、黒髪赤眼の異国からの留学生や金髪碧眼の王国貴族の先輩、眼鏡の教務主任と仲良く出来るゲームブックを書きました」
「まあ、貴女が自ら書きましたのね! 拝見いたしますわ」
王女はにっこりと笑い、シルヴィアの本の表紙をめくる。そして、キャラクター紹介の為の挿絵のページで手が止まった。
「なんだかこの方々はどこかで見たような……」
「似ているだけです」(ニコッ)
「そうですわね!」(ニコッ)
シルヴィアが微笑むと、メイも微笑みを返してくれた。
「これはゲームブックなので、結末は複数あります。分岐ルート次第では主人公が狂気に走り、恋敵を芸術(比喩表現)にしてしまったり、誘拐した金髪碧眼の先輩(頭部のみ)と『卒業』する闇堕ち展開もあります」
「なるほど……誰しも心に闇を秘めるもの……愛が重ければそうなってしまうのですわね」
シルヴィアが巧みな話術で解説すると、メアリーはなんだか納得したようだった。
数時間後……。
「メイ様。もう結末まで辿り着けたのですか?」
「ええ、留学生と金髪碧眼の先輩はもう攻略したので、次は眼鏡の教務主任の攻略をするつもりです。彼が一番ガードが硬そうですわ」
(実は眼鏡の教務主任と金髪の先輩が結ばれる隠しルートもあるんです。ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもない唯一の『エンド』……。でも、楽しみを奪ってしまうのはよくないから黙っていることにしよう)
シルヴィアは熱心に自分が描いたドゥジンシを読みふけるメイを暖かい目で見つめていた。
(カペルの大劇場の刷り物を扱う商会はあるけれど印刷技術の普及には程遠い。しかし芸術も学術も共通の知識があってこそ成り立つ。識字率向上と学問習熟、印刷技術普及の策を講じよう。それがまだ見ぬ推し作家の発掘……ひいてはカペルの発展に繋がる)
次代のカペル家を担うであろう侯爵令嬢は、さらなるドゥジン界隈と自領の発展の両立を誓い、拳を握り締めるのだった。
●
「ご来場のみんな! どうかドゥジケット大礼拝祭を楽しんでいってくれ!」
ダニエル・ヘリントンは『商家の娘メイ』(建前上:メアリー王女では無い)のコスプレをして会場を練り歩いていた。本人が会場にいることも踏まえると、本当にいい度胸であった。メアリー王女本人は「面白いのでアリですわ。ドゥジケット大礼拝祭では多様な表現が許容されるべきです」と笑っていたそうだが。だが、会場にいたパーシア生徒会長と、メアリー王女の護衛の王国騎士達の顔は引き攣っていた。なお、一般の来場客は商家の娘、メイの正体を知らないので、「なんか濃いのがいるな」ぐらいの反応だった。
「100回の参加より1回の伝説!」
「見てくれ! 見てくれ! この僕を思う存分堪能してくれ!」
ダニエルは大きく声を張り上げ、来場者たちに声をかける。
「へっへっへ、そんなエロい恰好しやがって。誘ってんだろ?」
「やめてください! これそういうのじゃないんです。あとこれはドワーフ王の恰好です」
「むっあれは……痴漢!」
人が集まるところには一定の割合で悪党も湧く。ダニエルはコスプレイヤーにやたらボディタッチを試みようとする不貞の輩を発見した。
「ドゥジケットの秩序を乱すだらし無ぇ輩は、生尻を叩き『歪み無ぇ心』を注入してやる!」
「ぐわあああああ!」
現場に駆け付けたダニエルはあっという間に痴漢を取り押さえ、ダニエルバスター(レスリング技)で大地に沈めた。
●
「パーシア様、取り急ぎ、お耳に入れていただきたいことが」
「あら? なんですの、ラズリー?」
「ダニエルさんがドゥジケットの衛視にタイホされました」
「あぁん!? あいつ何やったんだ!」
「なんか『見てくれ! 見てくれ!』って連呼した後、取り押さえた痴漢の臀部を一般公開しようとしたそうで。痴漢のついでにわいせつ物陳列罪未遂の容疑でタイホされたようです。メアリー王女のコスプレ姿で」
ラズリー(パーシアの秘書)は額に手を当てていた。どうやら、ちょっと事実が歪曲して伝わっている模様。
「何やってんだ!! あいつは!」
「如何されます?」
「あれでも一応お父様の命の恩人だからな……ウチの部員だし。仕方ねえ、お前、身元引受けに行ってやれ」
「私がですか!?」
こうして、ダニエルは「強すぎる正義の意志に身を焦がした変態」としてドゥジケットの伝説となった。
●
「わあ、薄い本がいっぱいだ!」
エルゼリオ・レイノーラはドゥジケット大礼拝祭の活況に目を丸くしていた。とりあえず、顔見知りのドゥジケット準備会の部員(第三演劇部とかと兼部の部員もいる)のところに顔を出してみる。ちょうど聞きたいこともあったからだ。
「以前、闇市で『堕ちた皇子・第一巻』ってタイトルのドゥジンシを購入してみたんだけど、これって所謂『生モノ』ってジャンルなのかな?」
「まあ、これは……よいものをお持ちですわね! この本はどちらで手に入れられたのですか!?」
「ノストガルデンだよ。北方辺境伯領の」
「まあ、まあ! それはノーマークでしたわ! 今度視察に出かけなくては!」
「大型連休の予定が決まりましたわ!」
エルゼリオが問題の本の表紙を見せると、ドゥジケット準備会部員達はにわかに騒ぎ出した。
「ちなみに内容はどうだったの?」
ドゥジケット準備会部員のリザ(第三演劇部書記兼任)が問うと、エルゼリオは口を開いた。
「レイウェスト新皇帝っぽいキャラと、ウィリアム王子(公爵)っぽいキャラが出てて、
男同士で絡み合ってるシーンがあって――何か凄くビックリしちゃった。今迄に触れた事のないジャンルだし、カルチャーショックだったなぁ」
「「うおおおおお!!」」
盛り上がるドゥジケット準備会部員達。
「物語自体はドラマティックな恋愛物で、ついつい先が気になっちゃってさ。通販とかはやってないみたいだし、直接購入しに行くしかなくって……」
「探しましょう! 一緒に探しましょう! もし見つけましたらご一報を!」
「うん、わかった」
エルゼリオはにっこりと微笑んだ。
「もしよろしければ、ボクにも即興絵も描いて頂けますか?」
エルゼリオはスケッチブックを構えて客を待ち構えていたメイにも声をかけた。
「ええ。よろしいですわ」
メイはにっこりと笑うと、シャシャシャッと筆を走らせた。
「おお……これは……!」
メイがスケッチブックに描いたのは、王国騎士であるエルゼリオの父が剣を振っている姿のイラストだった。
「ありがとうございます! ボクと父上のこと、ご存じだったのですか?」
「たまたま、お父様を見かける機会がございましたので。一目で親子と分かりましたわ」
メイはにっこりと笑った。
●
「ここがドゥジケット!」
ファーシル・クリスティアは活気に包まれているドゥジケットの様子に目を輝かせていた。芸術に造詣が深い(諸説あり)ファーシルも前々からドゥジン活動には興味があったのだが、なんか行商してたり図書室に籠ってたり、山にスケッチに行ったりでこれまでは参加するタイミングを逸していた。
「ですが、今回はようやく参加できます! わたしの作品を見てください!」
はりきるファーシル画伯は自身の作品として絵画を持ち込んでいた。それは力強いタッチで描かれた抽象画であった。赤いベレー帽と白い付けヒゲを付けたファーシルが会場の風景をスケッチしていると、身なりの良い画商っぽい雰囲気のおじさんがファーシルのブースの前で足を止めた。
「ふむ……独特の作風だね。そこはかとなくエネルギッシュだ……この爆発してるような線は何を現しているのかね?」
「それは山です」
「ほう……? ではこちらのクリーパーっぽい生き物(?)は?」
「それはさっき矯正猥褻(誤字に非ず)の咎で、痴漢と一緒に公園からつまみだされていったダニエルさんです」
「誰?」
ファーシルの芸術は前衛的過ぎて余人にはやはり理解できないようだ。
●
ファーシルには自身の作品の発表以外にも、もう一つ目的があった。それは性知識を学ぶことである。ファーシルは箱入り娘なのであった。
「性知識皆無、と師匠には馬鹿にされましたが、ここで学ぶことが出来ると伺いました!!! 新たなる学びの旅へ! えいえいおうー!」
自分のブースをいったん片付けたファーシルは情熱を瞳に秘め、ドゥジンシ漁りの大海へと漕ぎ出した! そしてファーシル号は波に流される小舟の如く、「薔薇の花園」コーナーへと吸い寄せられていく。
「新刊ありますか!」
小耳に挟んだ作法の挨拶でドゥジン作家に挨拶し、ブースに目を落とすファーシル。彼女の目は獲物を求めて彷徨うハンターのような、他の乙女達のようなギラギラした目ではなく、とても純朴そうな表情だった。ファーシルはとりあえず仮面の人物が描かれている表紙に目を惹かれ、一冊のドゥジンシを手に取った。
●仮面騎士ウィル~亡国の皇子が儚げで美しいので陰ながら愛を注ぎます
「ウィリアム王子……貴方だったのだな。貧困に喘ぐ帝国の民の為に、毎日栗を届けてくれたのは」
仮面で顔を隠した賊を切り捨てたレイウェストの足元には、大量の栗と、リーンエス王国の国宝である『名もなき剣士の剣』が転がっていました。これを持つ冒険者は世界に一人。リーンエス王国の第二王子ウィリアムです。国を失い、父と母を失い、護衛騎士も失い、独りになったと思っていたレイウェストは、自分が隣国の30手前(当時)の第二王子から格別の寵愛を受けていたことにたった今気付いたのでした。
「ようやく気付いてくれたようだね……」
仮面を取り、ウィリアムはニコリと微笑みました。いつもレイウェストのベッドの下に待機していたため、ストーカーと間違われ、レイウェストに刺されてしまったウィリアムでしたが、彼は大陸でも指折りの高耐久ウォーリアだったのでレイウェストの攻撃は全く効いていませんでした。
「ウィリアム王子……」
「レイウェスト。二人きりの時は『ウィリアム』と呼んでくれないか?」
見つめ合う二人は抱きしめ合い、もつれるようにベッドに倒れ込んだのでした。
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「あ、新たな世界の扉が……!!!???」
こうして、ファーシルは性知識について新たな学びを得たのだった。
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「にいさまの本が無事できたよ!」
「ああ、ルーン。無事に本ができて良かった」
ルーンス・ラグネルとその兄ヴィナスはパンと両手を合わせた。二人はドゥジケット準備会が修羅場になっている時も、地道に本を出す準備をしていた。その努力が遂に実り、こうして結晶になったのだ。なお、執筆はヴィナスが行いルーンスは本のデザイン面を担当した。ルーンスは傷がつかないよう、在庫は鞄に入れて輸送箱に収納して搬入した。トランクケースは立ち読み用見本誌の設営道具だ。
「近くのお店を邪魔しないように、けれど、埋もれてしまわないよう設営しないと」
ルーンスは他のブースといい感じの距離の位置に、自分達のブースを設営した。
「じゃあにいさま、行ってくるね」
「ああ、巡礼の旅だね」
ルーンスは留守番は兄に任せ、会場を回り始めた。部下のお土産も買わなければならないし、他の人の発行物(装丁とか印刷具合とか)も見たいし、やることは山ほどある。ちなみに、ドゥジンシや他の団体の出版物の購入費は商会の経費で落とすつもりだ。
「絵物語系強い印刷工房も探しておきたいね」
ここはドゥジン作家の聖地だ。きっと印刷所の関係者も今日この場に来ているだろう。
(奉仕活動事業で使う孤児達の教材は絵があった方がいいからね。うちは図解レシピ販売もしてるし、いい機会だから)
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「やあ、シルヴィア」
ドゥジケット準備会のブースを訪れたルーンスは、メイと一緒に売り子していたシルヴィアに声をかけた。
「やあ、ルーンス。君達のブースの方はどうだい?」
「にいさまが頑張ってくれてるから大丈夫。僕は買い出しだよ」
「そうか。私の本も見ていくかい?」
「もちろん。買える分はある?」
「ああ、多くは無いけど、まだ在庫もあるよ」
「じゃあ1冊よろしく」
「ありがとう」
ルーンスはシルヴィアの本もばっちり購入した。
「おや?」
その時、ルーンスは準備の時に見た覚えのないドゥジンシに目を惹かれた。そこには、金髪碧眼の兄弟が潤んだ目で見つめ合っていた。
「ちょっと見せてもらっていいかな」
「あ、はい。どうぞ」
どぎまぎするドゥジケット準備会部員から本を受け取るルーンス。あらすじを見ると、兄弟は二人とも商人の子で、両方ブラコンでなんかドロドロしたお家騒動に巻き込まれながらも、愛を貫く(意味深)物語らしい。
「ふーん。これ、1冊買える?」
「えっ!? はい、ありますけど」
「じゃあ、ください」
「ありがとう……ございまぁす!」
売り子は開き直ったのか、後半は妙にデカい声だった。
(読み終わったらにいさまにも見てもらおう)
自分の二次創作も気にしないルーンスであった。
●
「さて、持ってきた分は売り切りたいな」
店番のヴィナスは本のあらすじを書いたポストカードを見本誌に貼り付けていた。通りがかった人の想像力を掻き立てるため、あえて友情ものとは書かなかった。
通りがかった乙女達はヴィナスのブースで足を止め、売り子のヴィナスがニッコリと笑いかけると、恥じらう仕草でそっと会計をして楽しそうに走り去っていく。本の売り上げはなかなか順調だった。
(友情かそうでないか、左右どちらか……読者の想像の翼に委ねたいな。それぞれの続きだったり幕間を楽しんで欲しい)
「何だったら、その思い描いたものをノートに書いたっていい。そうして創作するのを楽しむ行為が大事なんだ」
自分の作品の二次創作もOK。それがヴィナスの創作論だった。
(文化というのは新しい風が入ってきて、盛り上がるものだからって部下にお願いされたからね)
「ま、ドゥジン文化の盛り上がりは、間接的に商業的な影響を与えることもあるだろうし、歓迎するよ」
●
「……凄いな、これは」
レピド・クロサイトは活気のある会場の様子に感嘆していた。
(王子と結婚したパーシア嬢、巫女になったサチコ、そしてこの大礼拝祭……皆、それぞれに『夢』を実現させている。……俺の『夢』も、いつかこうして叶うだろうか?)
そんな想いを抱きながら、レピドはのんびりと会場を回りはじめた。
「お、あのサークルは……! 『救世主伝説フォルトゥナ』の新刊はあるか?」
「はい、ありますよ!」
●救世主伝説フォルトゥナ~煉獄の章
「消えなさい、征竜! パンクリアース学園の平和は私が守ります! 歯を食い縛りなさい! 教育的指導パンチ!」
――ぐふっ! 我を倒すか、小さき者よ……。ならば、お前の教育理念とやらでこの世界を守ってみるがいい。
学ぶ意志を持つ者すべてに教育を。教育者としての理想を胸に戦うフォルトゥナはついに征竜すらも拳一つで打倒した。こうして世界は平和を取り戻したのだ。しかし、その平穏も永くは続かなかった。なんと、死んだはずの旧学園長セオドア・グスタフが学園へと帰還したのだ。
「生きていたのですか、セオドア」
「死んでいたとも。だが、アストラル界を漂っていた私の魂は幽界樹と合体することでこうして現世に戻ってくることができた。それというのも、貴様が征竜と幽界樹を倒してくれたおかげだ」
「ならば、私が貴方をもう一度教育しましょう。這い寄るもの死すべし。一年生でも知っています!」
●
「今回も面白かった……フォルトゥナの戦闘力のインフレが激しいが。ん? あれはベリアル……」
レピドは見知った顔の行商人に気付き、声をかけることにした。
「久しぶりだな。ベリアル。やはりアンタもここに来たか」
「ああ、久しぶりだね、レピド」
向こうもレピドの名前を憶えていたらしい。レピドが挨拶すると、ベリアルは小さく頷いた。
「アンタの目当ての本はあったか?」
「ああ。たくさんね。でも、売ってはもらえなかったよ」
「そうだな。印刷所にコネのある作家はまだまだ少ないだろうからな」
そこはかとなくしょんぼりした様子のベリアルに、レピドは頷いた。
「この祭りは誰かの夢らしい。アンタにも夢はあるのか?」
一応、メアリー王女の名前は伏せつつ、レピドはベリアルにも夢があるのか聞いてみた。
「ああ。あるとも。けれど、最近ちょっと『身内』の不幸が続いてね。しばらくは夢を追うよりは、休みたい気分なんだ」
「そうなのか」
「ああ。仕事は部下に任せて僕は隠居しようかと思ってる」
「意外だ。なんだか年寄りみたいだな」
「実際、年寄りだよ。ヒューマンの一生分ぐらいは……おっと、君はヒューマンではなかったな」
「ああ、そうだな」
ベリアルはレピドに会釈すると、いずこかへと去っていった。
「ドゥジンシか…俺も学園に入った事だし、入部はともかくどこかで挑戦してみてもいいのかも知れないな……今はまだ『ショウガ観察日記』くらいしか書けそうな事が浮かばないが」
レピドはふと、宿屋でレピドの帰りを待っている猫の姿を頭に思い浮かべた。
「さて、ショウガのお土産を探そう。手ぶらで帰ったら怒られる」
●
「ドゥジケット大礼拝祭……書物がメインのようですが、芸術祭の一種のようですね」
ドゥジケットを訪れたヴィルヘルミナは、せっかくなので金属細工の作品を見て回ることにした。鍛冶師であるヴィルヘルミナは打った刀剣の芸術性にも関心を持っている。ただ、本業の鍛冶に比べると細工師としての技量は心もとない(非授恵者からするとそれでも十分に一流だが)ので、今回は出店側ではなく、見物側だ。
(刃引きした剣に細工を盛って、刻んで……としても良かったのでしょうが、変に目立っても何ですし)
ヴィルヘルミナは以前王都で鍋や包丁を出店した際の騒動を思い出しつつ、公園内を練り歩いた。芸術祭というだけあり、極めて精巧な細工もいくつかあった。リブラネスタも割と近い街なせいか、授恵者らしき細工師もちらほら見かけた。
「ふむ。ドワーフとはまた違った趣の細工もたくさんありますね。参考になります……おや?」
公園を歩いていると、見覚えのある芸術商を見かけた。邪竜と同じく黒い鱗を持つリザードマン、ベリアルだ。
(リザードマン……本当に? 以前、サウゼル大樹海で出会った邪竜はもしかしたら彼では?)
ヴィルヘルミナはベリアルの顔立ちになんとなく見覚えがある気がしていた。『名もなき小鬼』の生家を探した際に、出会ったメドゥの右腕――が連れていた成体の邪竜『赤の中指』である。思えば、ベリアルの顔の造形は「トカゲ」というよりもドラゴンのそれにかなり近い気がする。
「ベリアル。久しぶりですね」
「ああ。どこかで見かけた顔だね。名前は忘れたが」
「ヴィルヘルミナです。ええ。お久しぶりです。樹海でゲームをした時以来ですね」
さすがに「あなたは赤の中指ですか?」とか「実は邪竜じゃないんですか?」と聞くのは失礼過ぎるので、ヴィルヘルミナはそれとなくカマをかけてみた。実際にヴィルヘルミナがベリアルと顔を合わせたのは、迷宮都市エドゥノーグでパーシアが中層ボスに挑んだ時である。だが、ここで彼が肯定の返事を返せば、ベリアル=赤の中指=邪竜であると考えていいだろう。
「樹海でゲーム? 確かにボクはゲームが好きだが、樹海に行くような用事があるとは思えないな。記憶違いじゃないかな」
ベリアルは心当たりがない、とばかりに首をひねった。ヴィルヘルミナはベリアルの様子をよく観察してみたが、彼が嘘をついているようには見えなかった。もっとも、ヴィルヘルミナは別に尋問のプロではないので、メドゥの指先の手指幹部でも長きに渡って正体不明とされた『赤の中指』が本気で正体を隠そうとしているとすれば、ヴィルヘルミナが見破れなくても無理はないが。
「悪いが、今日はゲームをする気分でもないんだ。ゲームをするなら、ふさわしい時を選んでやろう」
ベリアルはそう言うと、いずこかへと去っていった。
●
「いよいよ本番! ドゥジケット大礼拝祭ですね! 張り切ってドゥジンシを漁り……今後の芸術発展の為に拝見しますよー!」
シェルリア・リトヴァールは元気いっぱいだった。彼女もクラブ発足からこれまでドゥジケット準備会の一員として尽力してきた筋金入りのドゥジケット準備会メンバー。メイに負けないくらい、この日を楽しみにしていたのだ。
「こんにちは。リトヴァールさん。メアリー王女……おっと、ここではメイでしたね。彼女も楽しそうで何よりです」
「あ、ラミアス先生! 来てくれたんですね!」
「ええ、招待状を頂きましたからね」
お昼前にブースに姿を現したラミアスはニッコリと微笑んだ。
「とても健全なお祭りのようで何よりですね」
「ええ、ドゥジケット大礼拝祭は全年齢対象のとても健全なお祭りですから!」
シェルリアは拳を握り、健全なお祭りであることを強調した。当然ながらドゥジケット準備会の用意したドゥジンシは全て健全なものだ。もしも「メアリー王女が都市同盟で成人指定の書物を売りさばいていた」などという噂が立てば、リーンエス王家の威信失墜の危機である。荒唐無稽過ぎて、誰も信じないかもしれないが。
「色んな露店もありますし楽しんで頂ければ!」
「おや、あちらにずいぶん人だかりができていますね。あの暖簾が入り口ですか」
(ハッ! あれはガチのドゥジン信者向けの濃いサークルが固まってる薔薇の花園コーナー!)
「ラミアス先生! あっちは上級者向けなので! そう、リザードマンのイケメン特集とかなので、先生が見ても面白くないんじゃないかと」
「ふむ……」
ラミアスがじっと見つめてきたので、シェルリアは頑張って曇りなき眼でラミアスの目を見つめ返した。
「……まあ今日くらいはいいでしょう」
ラミアスは何かを察したようだが、それ以上は追及してこなかった。
(しょっちゅう怒られはしましたけどその理由は分かりますし、熱心で公平な先生と尊敬してるんですよ。ただ創作の衝動はちょっと抑えがたいだけで)
シェルリアはほっと胸をなでおろし、日が沈んだ後に某所で行われる「裏の集まり」の見せ合い用に持参した、既刊のラミ×ウィル本コレクションに思いを馳せた。ちなみに今は宿屋の部屋に眠っているので、ラミアスの目に触れる心配はない。あと、このイベントはメイ(やマリリンや顧問のウィーズル)にも秘密なので、バレても彼女に迷惑がかかることもないはずだ。
●
「ともあれ、大礼拝祭が大成功で終わるよう尽力します!」
ラミアスが帰った後も、シェルリアはイベントスタッフとして、そしてこれからもドゥジン界が平和であるように問題が起きないようまめに会場を巡回していた。すると、ある日……。
「だらしねえ輩の生尻をブッ叩いてやる!」
遠くの方で、なんとなく聞いたことのある学園生の怒声が聞こえた。そちらを見ると、メイがよく着ているドレスをお揃いのコーデに身を包んだガタイのいい兄ちゃんが汚いオッサンを逆さにし、股裂き系のレスリング技を炸裂させているところだった。
「問題発生です! だれかヘルプー!」
●
「うむ、平和な祭りで何よりなのだ」
ストレガ・L・リベルガストラは評論系の団体が集まる一画にブースを出し、ドゥジンシを展示していた。今回彼女が用意してきたのは冒険者活動をしながらコツコツと書いていた冒険者向けのレシピ本だ。と言っても、単なる魔獣やクリーパーの調理法のみのレシピ本ではなく、野草を使った料理や安全な飲み水の確保方法、火打ち石なしでの火の起こし方など、サバイバル技術も分かりやすく解説された、冒険の食事確保の入門書的一冊である。そして、このドゥジンシは、特に旅のお供にも野菜は必要だという事を漫画形式で細かく描いている。野菜に一家言を持つ先代ストレガもニッコリ間違いなしの出来栄えだ。
「それともう一冊。これに機にこの本も広めたい」
ストレガが持ってきたもう一冊の本は『大脱出』の絵本だ。これは子供にわかりやすいが学者も頷くゴブリンの歴史書の一つである。ゴールディの印刷技術はまだまだ未熟なので(注:ゴールディがどうこうというよりも、大陸全体での話ではあるが)、ストレガが自ら写本してきたストレガバージョンだ。
「それと、さらにもう一冊」
そして、三冊目はストレガ自身が執筆を進めている『大脱出』後のゴブリンの歴史書である『帰還』シリーズだ。ゴブリンの歴史は人類の歴史の中では200年足らずと比較的浅くはあるが、それでも長編になるので、分冊の絵本として執筆していく予定だ。最終的には如何にしてゴブリンが『始まりの地』発見に至ったかまでを纏めるつもりである。まずはその第一弾として、現代――帝国の崩壊から続くゴールディの動き、内部抗争その他――かのゴブリンが神に至り、その娘サチコが代行となるまであたりを纏めてみた。
「――というわけで、『名もなき小鬼』の娘による、ゴブリン大粛清時代が始まったのだ」
ぱちぱちぱちぱち。ストレガが語りを終えると、近くで聞いていた聴衆から拍手が上がった。
「お姉さん、この絵本の続きはあるの?」
ドゥジケット市民と思われる子供達は、きらきらした瞳でストレガに尋ねた。
「続きはまだ、ないのだ。だが、まだまだ続きを書いていくから完成を楽しみにして頂きたいのだ」
「本当? 書けたらまた来てくれる?」
「うむ。必ず。次の大礼拝祭には間に合わせるのだ」
「やった! 絶対来てよね!」
(歴史は伝え、聞く者がいなくては)
子供達の反応は上々だ。ストレガは満足そうに微笑むのであった。
●
かつて、ペルゼィックとヘレン・ワーグナーはアライグマの魔獣退治の依頼を受けた時、どちらが多く魔獣を狩れるか賭けをしていた。勝者はペルゼィックだった。そして今日、ドゥジケット大礼拝祭の場でその賭け代がようやく払われようとしていた――。
「魔獣狩りの時の約束、今ここで果たしてもらう!」
「ちょっとだけよー」
ペルゼィックの言葉に、ヘレンは棒読みで答えた。
「ここは個性ってことでこいつだ!」
ペルゼィックが貸衣装屋から借り、ヘレン・ワーグナーの前で掲げて見せたのは、なんと黒のウェディングドレスだった。だが、それは決してプロポーズなどではない。なぜならそのウェディングドレスは背中が開いたデザインであり、かつてリーンエス王国を震撼させた稀代のテロリスト『青の親指』グリゼルダのコスプレ衣装であったからである。
「おい、ジーク! その衣装はないだろ! 無難に王女のがいいだろ?!」
イズル・M・ヴォルゴール(賭けの時は一人で魚を釣っていた)が王女そっくりのドレスを手に持ちながら抗議すると、ペルゼィックは即座に反論した。
「俺と妹(注:ヘレンはペルゼィックの妹でも、イズルの妹でもない。ヘレンがイズルの2歳年下の幼馴染なため、そう呼んでいるだけである)の勝負の結果に口出すんじゃねえよ!! たまたま俺が勝っただけで、俺が負けてたら俺がこの衣装だったかもしれねえんだぞ。なんならてめえも第二王子コスしろ」
「ぐぬぬ……」
結局、ヘレンはペルゼィックの要求通り、黒ウェディングドレスを着ることになった。
●
「どー?」
しっかりグリゼルダ衣装に着替えたヘレンはくるりとターンした。すると、イズルはなぜかさみしそうな表情をしていた。
(グリゼルダとも色々話したかったな。あれって花嫁衣装だったんだよね)
黒色のウェディングドレスには「あなた以外の何物にも染まらない」という意味があるらしい。常にあの花嫁衣装に身を包んでいた彼女の心境はどのようなものだったのか。今となっては、もう誰にも分からないことだが。
「ヘレンお嫁に行っちゃうのやだな。父上が姉上達を嫁に出す度にこんな思いしてたのかな?」
「いやいや、キミ私のお父さんって年じゃないでしょ」
子ども扱いされてる気がしたので、ヘレンは頬を膨らませた。
「イズル。突如、頭沸いたこと言うんじゃねえよ。なら嫁でも妾でもしちまえよ」
ペルゼィックの言葉も辛辣だ。だが、ヘレンはペルゼィックの言葉にこう返した。
「お、いいねー……それなら狩りにも行かず毎日寝てられる……」
ヘレンはぽつりと呟いた。すると、イズルもペルゼィックも固まってしまった。
「勿論冗談。外の世界をまだまだ楽しみたいから」
●
「おっ……おー……? おー……♪」
ヘレンはこの際だからと、色々な衣装を借り、くるくるとターンしている。とても楽しそうだ。
「あー、そうだ。これの返礼でもらっとけ」
ペルゼィックはイズルから贈られたカナリートルマリンのタッセルを揺らしながら、イズルに自作のラペルピンを手渡した。それは貴族が身につけるに相応しい華やかなデザインに、本物の宝石さえ霞むほど透明度が高い紫と赤のカットガラスが光っていた。そして、内側に秘密のメッセージが彫られていた。
『赫焉ならば赫灼の君に添え一蓮』
「嬉しい……」
イズルは手渡されたアクセサリーを目を潤ませ、すぐに身に着けた。
「あの、二人もしかして……」
「三角関係だわ! 赤毛の子を二人で取り合ってるんだわ!」
「ウェディングドレス着てる子が余っちゃったんじゃない?」
(なんか凄く失礼なこと言われてる気がする……)
ヘレンは我関せず、といった感じでぼうっと二人を眺めていた。
(多分、なんかやってしまった)
周りの乙女達から殺気にも似た好奇の視線を感じ、ペルゼィックは冷や汗を掻いたのだった。
●
「新天地で描いた最高のレイ×エフを出す!」
最近、工房を王国から都市同盟のとある街に引っ越したレタラ・スマリは燃えていた。記念すべきドゥジケット大礼拝祭の一回目にレタラがお出しする作品は当然、レイ×エフ本だ。
「全年齢対象だが、過去最高傑作になったと自負している」
レタラの書いた物語は帝都最終決戦の出来事を元にした、ラブロマンス的な熱い主従物語だ。「レイウェスト皇子の本物の婚約者がアンタのすぐ近くで即興絵を描いているんだが?」とか、「エフレムとレイウェストはどちらも男性なのだが?」とか、細かいことは気にしてはいけない。そう、ドゥジケット準備会の影のドンは『商家の娘メイ』であって、メアリー王女などでは決してないのだ。
●
「殿下。なぜこのような最果ての地へ来てしまわれたのですか」
「言わせるな、エフレム。極北の寒さで私はもう凍えそうだ。どうか私を暖かく包み込んでくれ」
「殿下……!」
「エフレム……!」(熱い抱擁を交わす二人)
●
「別冊子でその後の二人の再会(と熱い一夜を暗に示す作)を描いたものもあるが……これはこっそりと見せ合いに回そう」
メアリー王女の護衛の王国騎士達の冷たい視線に冷や汗をかきながら、レタラは成人指定のドゥジンシ(フルカラー)をそっとしまったのだった。
「メイへ、君の姿絵を贈る。婚約おめでとう」
レタラはメイが暇そうなタイミングを見計らい、彼女を描いた姿絵を贈った。姿見ほどの大きさもある、大きな絵だ。卓越した技量を持つレタラが描いた絵は、まるで世界の一部をそのまま切り取ったかのような精巧さだった。
「まあ、ありがとうございます。大事にしますわ」
メイはにっこりと笑って一礼した。すぐに側に控えていた王国騎士の一人が絵画を担ぎ上げ、王国への配送の手配を始めた。
「君を主人公にした(全年齢対象の)新シリーズも描きたいのだが、出来たら許可を貰えるだろうか」
「ええ。よろしくてよ。(全年齢対象で)名前が『メイ』ならば何も問題はありませんわ」
「ありがとう。なかなか外に出られない君の分まで、物語のメイは様々な土地を旅して回っていく。時々献上するから公務の息抜きに楽しんで欲しい」
レタラは礼を返した後、微笑みを浮かべた。
「それと即興絵、オレも貰っていいか?」
「ええ、もちろんですわ! エフレムとレイウェスト皇子でよろしいかしら?」
「ぜひ」
(額縁に入れて工房に飾ろう)
レタラはメイから、レイウェストとエフレムの2ショットの似顔絵をもらった。
「今日はとてもいい日だ。みんな、明日も頑張ろう!」
その後、レタラはドゥジケット大礼拝祭りのスタッフを手伝いつつ、部員達と新刊の見せ合いを行い、開催の喜びを皆で分かち合った。
輝かしいまでの時間は矢のように一瞬で過ぎていく。冒険者達は全てのドゥジン信者の為の祭典・ドゥジケット大礼拝祭を思う存分楽しんだのであった。
「最初は読む側で来たのを考えると不思議な感じだな……」
ドゥジケット大礼拝祭の設営作業を手伝いながら、ヨル・スレイマンは感慨に耽っていた。初めてドゥジケット準備会と交流を持ったのは確か二年前の生徒会選挙の時期だったか。部員のマリリンとは別件でたびたび顔を合わせていたが、この時は顧問のウィーズルが書いたドゥジンシ『生徒会選挙通信』を読む為に足を運んだ。それにはナハシュのインタビュー記事と選挙ポスターの写しが掲載されていたからだ。ついでにその時ナハシュのメイド姿も堪能したが、それはまた別の話である。
「あの時はメアリー王女に入部届を渡されたんだっけ」
「そっちのテーブルはそこに置いてくださいませ! オーライ。オーライ。はい、そこですわ!」
ヨルは、王族のカリスマを発揮し熱心に設営の指揮をとっているメアリー王女……もとい、『商家の娘メイ』の横顔をちらりと見た。リーンエス王国唯一の王女にして、未来の帝国皇妃にクラブの入部届を渡されたというのも、今思えば奇縁である。
「メイ。このウィリアム王子のペーパークラフトはここに飾っていいかな」
「ええ、よろしいですわ! お兄様……じゃなかった、ウィリアム王子は目立つところに置きましょう」
ちなみに冒険者達の間では公然の秘密だが、部長のアルベルティーヌと冒険者と縁深いマリリン以外のドゥジケット準備会の平部員、あと元々ウィリアムの部下である顧問のウィーズル以外にはメイの正体はまだ秘密だ。このタイミングで明かされてもびっくりして運営に集中できなくなるだろうということで、冒険者達は結託して彼女の正体を伏せている。たまにナハシュ(彼もドゥジケット準備会部員である)が「おーい! メアリー!」とか呼んでしまいそうになるので、ヨルはそのたびに奇声を上げたりして、必死に誤魔化していた。
「ヨルさんの本を読めるエリアもいいアイデアですわね。ずっと立っていると疲れてしまいますし」
「ありがとう、マリリン。ナハシュと一緒にたくさん椅子を運んできた甲斐があったよ」
マリリンに声をかけられ、ヨルは微笑みを返した。
●
「じゃ、後は頼んだぜ! 適当に切り上げたらサウナ来いよ」
「ああ、落ち着いたら遊びに行くよ」
ナハシュは見せ合い用の本をヨルに託すと、自分はいずこかへと立ち去っていった。彼のドゥジンシは初めて書いた同人誌『はじめてのおつかい』。それと、おまけの黄金象ペーパークラフトである。
「まあ、ウィリアム王子のペーパークラフトですって? 全部頂いていいかしら?」
「生徒会長! 一人一個でお願いします!」
どこから噂を聞きつけたのか、生徒会長のパーシア(幽霊部員)がやってきてナハシュのペーパーークラフトをごっそり奪っていこうとしたが、マリリンに阻止され、一個だけ持っていった。
●
「はー! 自分の本見られるのは緊張する。これはガキの頃対魔獣戦で対戦組まれた時くらいの緊張」
ヨルは初日のイベント時間が終わった後、汗をびっしりかいた骨兜を脱いだ(注:こっちの方がかっこいいからという理由で被らされた)。
「落ちついたし、ちょっとナハシュの店に行ってくるよ」
ヨルは立ち上がると、ナハシュが開催している露店へと向かった。
「やあ、ナハシュ。君もお疲れさまだ」
「おう! ヨルか。何か部の奴らもヨルも楽しみにしてたやつだろ? 楽しまねえとな!!」
ナハシュはと言うと、大礼拝祭会場の公園のすみっこにテントサウナを作って置いていた。ヨルはナハシュに勧められるまま、脱衣所でパンイチになってテントへと入っていく。
「大礼拝祭だぞ! レイウェストとバルディオンも味わい、グランスパーダの城にもできて聖剣も浴びてった(?)サウナを置かねえでどうすんだ!」
ナハシュ的には祭りにサウナは欠かせないらしい。ということで、着替え・休息用のゲルとサウナを設置し、温度管理に勤しんでいた。
「使用料金は5分刻み、延長は10分までだ!」
休憩用のゲルの中には水分補給用の水とフルーツカクテルを置いている。風呂上りの一杯はサウナや風呂には欠かせないからだ。そして、水源はなんとナハシュ自身だ。
「水は足りなくなったらピュアウォーターでも出せるからな、好きに飲んでいけ」
ヨルはナハシュに渡された水をごくごくと飲み、喉の渇きを潤した。
「ふー! ナハシュの水はうまい! ハッ」
(ナハシュの水とか、メアリーの水みたいな、本人イラスト付きの水を販売すれば高値で売れるのでは?)
「どうした、ヨル?」
「いや、なんでもないんだ。ちょっとあくどい商法を思いついただけで……」
●
「メイ。君に最初に準備会に誘ってくれたことを感謝したい。得難い経験をしたよ。本当にありがとう」
ヨルは改めて、メイにドゥジケット準備会に誘ってもらったことへの礼を言った。
「こちらこそ。ドゥジケット大礼拝祭の為に尽力していただけたこと、感謝しておりますわ」
「いずれもっと盛況になる。一般層の識字率を上げるために、俺もいろいろしたいと思ってるんだ」
「まあ、ありがとうございます。そうですわね。もっと多くの方にドゥジンシを楽しんで頂ける世界になればいいですわね!」
メアリーはヨルに満面の笑顔を返した。
●
「メイ様。こちらの本もおススメですよ」
「まあ、そこはかとなく耽美な表紙ですわね」
「これは『夢本』といって、その名の通り、乙女達の夢を叶えるためのものなのです」
「それは興味深いですわね!」
シルヴィア・A・カペルはメイ相手にカペル領で流行しているドゥジンジャンル、いわゆる『夢本』の布教活動に励んでいた。シルヴィアがドゥジンの世界に本格したのはメイから薫陶を受けたせいである。その恩義に報いるために、シルヴィアはメイの新境地の開拓の一助となりたい――と、大真面目に考えていた。
「先日の恋物語だけでは御座いません。来年度入学の一般学生を読み手を主人公に据え、黒髪赤眼の異国からの留学生や金髪碧眼の王国貴族の先輩、眼鏡の教務主任と仲良く出来るゲームブックを書きました」
「まあ、貴女が自ら書きましたのね! 拝見いたしますわ」
王女はにっこりと笑い、シルヴィアの本の表紙をめくる。そして、キャラクター紹介の為の挿絵のページで手が止まった。
「なんだかこの方々はどこかで見たような……」
「似ているだけです」(ニコッ)
「そうですわね!」(ニコッ)
シルヴィアが微笑むと、メイも微笑みを返してくれた。
「これはゲームブックなので、結末は複数あります。分岐ルート次第では主人公が狂気に走り、恋敵を芸術(比喩表現)にしてしまったり、誘拐した金髪碧眼の先輩(頭部のみ)と『卒業』する闇堕ち展開もあります」
「なるほど……誰しも心に闇を秘めるもの……愛が重ければそうなってしまうのですわね」
シルヴィアが巧みな話術で解説すると、メアリーはなんだか納得したようだった。
数時間後……。
「メイ様。もう結末まで辿り着けたのですか?」
「ええ、留学生と金髪碧眼の先輩はもう攻略したので、次は眼鏡の教務主任の攻略をするつもりです。彼が一番ガードが硬そうですわ」
(実は眼鏡の教務主任と金髪の先輩が結ばれる隠しルートもあるんです。ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもない唯一の『エンド』……。でも、楽しみを奪ってしまうのはよくないから黙っていることにしよう)
シルヴィアは熱心に自分が描いたドゥジンシを読みふけるメイを暖かい目で見つめていた。
(カペルの大劇場の刷り物を扱う商会はあるけれど印刷技術の普及には程遠い。しかし芸術も学術も共通の知識があってこそ成り立つ。識字率向上と学問習熟、印刷技術普及の策を講じよう。それがまだ見ぬ推し作家の発掘……ひいてはカペルの発展に繋がる)
次代のカペル家を担うであろう侯爵令嬢は、さらなるドゥジン界隈と自領の発展の両立を誓い、拳を握り締めるのだった。
●
「ご来場のみんな! どうかドゥジケット大礼拝祭を楽しんでいってくれ!」
ダニエル・ヘリントンは『商家の娘メイ』(建前上:メアリー王女では無い)のコスプレをして会場を練り歩いていた。本人が会場にいることも踏まえると、本当にいい度胸であった。メアリー王女本人は「面白いのでアリですわ。ドゥジケット大礼拝祭では多様な表現が許容されるべきです」と笑っていたそうだが。だが、会場にいたパーシア生徒会長と、メアリー王女の護衛の王国騎士達の顔は引き攣っていた。なお、一般の来場客は商家の娘、メイの正体を知らないので、「なんか濃いのがいるな」ぐらいの反応だった。
「100回の参加より1回の伝説!」
「見てくれ! 見てくれ! この僕を思う存分堪能してくれ!」
ダニエルは大きく声を張り上げ、来場者たちに声をかける。
「へっへっへ、そんなエロい恰好しやがって。誘ってんだろ?」
「やめてください! これそういうのじゃないんです。あとこれはドワーフ王の恰好です」
「むっあれは……痴漢!」
人が集まるところには一定の割合で悪党も湧く。ダニエルはコスプレイヤーにやたらボディタッチを試みようとする不貞の輩を発見した。
「ドゥジケットの秩序を乱すだらし無ぇ輩は、生尻を叩き『歪み無ぇ心』を注入してやる!」
「ぐわあああああ!」
現場に駆け付けたダニエルはあっという間に痴漢を取り押さえ、ダニエルバスター(レスリング技)で大地に沈めた。
●
「パーシア様、取り急ぎ、お耳に入れていただきたいことが」
「あら? なんですの、ラズリー?」
「ダニエルさんがドゥジケットの衛視にタイホされました」
「あぁん!? あいつ何やったんだ!」
「なんか『見てくれ! 見てくれ!』って連呼した後、取り押さえた痴漢の臀部を一般公開しようとしたそうで。痴漢のついでにわいせつ物陳列罪未遂の容疑でタイホされたようです。メアリー王女のコスプレ姿で」
ラズリー(パーシアの秘書)は額に手を当てていた。どうやら、ちょっと事実が歪曲して伝わっている模様。
「何やってんだ!! あいつは!」
「如何されます?」
「あれでも一応お父様の命の恩人だからな……ウチの部員だし。仕方ねえ、お前、身元引受けに行ってやれ」
「私がですか!?」
こうして、ダニエルは「強すぎる正義の意志に身を焦がした変態」としてドゥジケットの伝説となった。
●
「わあ、薄い本がいっぱいだ!」
エルゼリオ・レイノーラはドゥジケット大礼拝祭の活況に目を丸くしていた。とりあえず、顔見知りのドゥジケット準備会の部員(第三演劇部とかと兼部の部員もいる)のところに顔を出してみる。ちょうど聞きたいこともあったからだ。
「以前、闇市で『堕ちた皇子・第一巻』ってタイトルのドゥジンシを購入してみたんだけど、これって所謂『生モノ』ってジャンルなのかな?」
「まあ、これは……よいものをお持ちですわね! この本はどちらで手に入れられたのですか!?」
「ノストガルデンだよ。北方辺境伯領の」
「まあ、まあ! それはノーマークでしたわ! 今度視察に出かけなくては!」
「大型連休の予定が決まりましたわ!」
エルゼリオが問題の本の表紙を見せると、ドゥジケット準備会部員達はにわかに騒ぎ出した。
「ちなみに内容はどうだったの?」
ドゥジケット準備会部員のリザ(第三演劇部書記兼任)が問うと、エルゼリオは口を開いた。
「レイウェスト新皇帝っぽいキャラと、ウィリアム王子(公爵)っぽいキャラが出てて、
男同士で絡み合ってるシーンがあって――何か凄くビックリしちゃった。今迄に触れた事のないジャンルだし、カルチャーショックだったなぁ」
「「うおおおおお!!」」
盛り上がるドゥジケット準備会部員達。
「物語自体はドラマティックな恋愛物で、ついつい先が気になっちゃってさ。通販とかはやってないみたいだし、直接購入しに行くしかなくって……」
「探しましょう! 一緒に探しましょう! もし見つけましたらご一報を!」
「うん、わかった」
エルゼリオはにっこりと微笑んだ。
「もしよろしければ、ボクにも即興絵も描いて頂けますか?」
エルゼリオはスケッチブックを構えて客を待ち構えていたメイにも声をかけた。
「ええ。よろしいですわ」
メイはにっこりと笑うと、シャシャシャッと筆を走らせた。
「おお……これは……!」
メイがスケッチブックに描いたのは、王国騎士であるエルゼリオの父が剣を振っている姿のイラストだった。
「ありがとうございます! ボクと父上のこと、ご存じだったのですか?」
「たまたま、お父様を見かける機会がございましたので。一目で親子と分かりましたわ」
メイはにっこりと笑った。
●
「ここがドゥジケット!」
ファーシル・クリスティアは活気に包まれているドゥジケットの様子に目を輝かせていた。芸術に造詣が深い(諸説あり)ファーシルも前々からドゥジン活動には興味があったのだが、なんか行商してたり図書室に籠ってたり、山にスケッチに行ったりでこれまでは参加するタイミングを逸していた。
「ですが、今回はようやく参加できます! わたしの作品を見てください!」
はりきるファーシル画伯は自身の作品として絵画を持ち込んでいた。それは力強いタッチで描かれた抽象画であった。赤いベレー帽と白い付けヒゲを付けたファーシルが会場の風景をスケッチしていると、身なりの良い画商っぽい雰囲気のおじさんがファーシルのブースの前で足を止めた。
「ふむ……独特の作風だね。そこはかとなくエネルギッシュだ……この爆発してるような線は何を現しているのかね?」
「それは山です」
「ほう……? ではこちらのクリーパーっぽい生き物(?)は?」
「それはさっき矯正猥褻(誤字に非ず)の咎で、痴漢と一緒に公園からつまみだされていったダニエルさんです」
「誰?」
ファーシルの芸術は前衛的過ぎて余人にはやはり理解できないようだ。
●
ファーシルには自身の作品の発表以外にも、もう一つ目的があった。それは性知識を学ぶことである。ファーシルは箱入り娘なのであった。
「性知識皆無、と師匠には馬鹿にされましたが、ここで学ぶことが出来ると伺いました!!! 新たなる学びの旅へ! えいえいおうー!」
自分のブースをいったん片付けたファーシルは情熱を瞳に秘め、ドゥジンシ漁りの大海へと漕ぎ出した! そしてファーシル号は波に流される小舟の如く、「薔薇の花園」コーナーへと吸い寄せられていく。
「新刊ありますか!」
小耳に挟んだ作法の挨拶でドゥジン作家に挨拶し、ブースに目を落とすファーシル。彼女の目は獲物を求めて彷徨うハンターのような、他の乙女達のようなギラギラした目ではなく、とても純朴そうな表情だった。ファーシルはとりあえず仮面の人物が描かれている表紙に目を惹かれ、一冊のドゥジンシを手に取った。
●仮面騎士ウィル~亡国の皇子が儚げで美しいので陰ながら愛を注ぎます
「ウィリアム王子……貴方だったのだな。貧困に喘ぐ帝国の民の為に、毎日栗を届けてくれたのは」
仮面で顔を隠した賊を切り捨てたレイウェストの足元には、大量の栗と、リーンエス王国の国宝である『名もなき剣士の剣』が転がっていました。これを持つ冒険者は世界に一人。リーンエス王国の第二王子ウィリアムです。国を失い、父と母を失い、護衛騎士も失い、独りになったと思っていたレイウェストは、自分が隣国の30手前(当時)の第二王子から格別の寵愛を受けていたことにたった今気付いたのでした。
「ようやく気付いてくれたようだね……」
仮面を取り、ウィリアムはニコリと微笑みました。いつもレイウェストのベッドの下に待機していたため、ストーカーと間違われ、レイウェストに刺されてしまったウィリアムでしたが、彼は大陸でも指折りの高耐久ウォーリアだったのでレイウェストの攻撃は全く効いていませんでした。
「ウィリアム王子……」
「レイウェスト。二人きりの時は『ウィリアム』と呼んでくれないか?」
見つめ合う二人は抱きしめ合い、もつれるようにベッドに倒れ込んだのでした。
●
「あ、新たな世界の扉が……!!!???」
こうして、ファーシルは性知識について新たな学びを得たのだった。
●
「にいさまの本が無事できたよ!」
「ああ、ルーン。無事に本ができて良かった」
ルーンス・ラグネルとその兄ヴィナスはパンと両手を合わせた。二人はドゥジケット準備会が修羅場になっている時も、地道に本を出す準備をしていた。その努力が遂に実り、こうして結晶になったのだ。なお、執筆はヴィナスが行いルーンスは本のデザイン面を担当した。ルーンスは傷がつかないよう、在庫は鞄に入れて輸送箱に収納して搬入した。トランクケースは立ち読み用見本誌の設営道具だ。
「近くのお店を邪魔しないように、けれど、埋もれてしまわないよう設営しないと」
ルーンスは他のブースといい感じの距離の位置に、自分達のブースを設営した。
「じゃあにいさま、行ってくるね」
「ああ、巡礼の旅だね」
ルーンスは留守番は兄に任せ、会場を回り始めた。部下のお土産も買わなければならないし、他の人の発行物(装丁とか印刷具合とか)も見たいし、やることは山ほどある。ちなみに、ドゥジンシや他の団体の出版物の購入費は商会の経費で落とすつもりだ。
「絵物語系強い印刷工房も探しておきたいね」
ここはドゥジン作家の聖地だ。きっと印刷所の関係者も今日この場に来ているだろう。
(奉仕活動事業で使う孤児達の教材は絵があった方がいいからね。うちは図解レシピ販売もしてるし、いい機会だから)
●
「やあ、シルヴィア」
ドゥジケット準備会のブースを訪れたルーンスは、メイと一緒に売り子していたシルヴィアに声をかけた。
「やあ、ルーンス。君達のブースの方はどうだい?」
「にいさまが頑張ってくれてるから大丈夫。僕は買い出しだよ」
「そうか。私の本も見ていくかい?」
「もちろん。買える分はある?」
「ああ、多くは無いけど、まだ在庫もあるよ」
「じゃあ1冊よろしく」
「ありがとう」
ルーンスはシルヴィアの本もばっちり購入した。
「おや?」
その時、ルーンスは準備の時に見た覚えのないドゥジンシに目を惹かれた。そこには、金髪碧眼の兄弟が潤んだ目で見つめ合っていた。
「ちょっと見せてもらっていいかな」
「あ、はい。どうぞ」
どぎまぎするドゥジケット準備会部員から本を受け取るルーンス。あらすじを見ると、兄弟は二人とも商人の子で、両方ブラコンでなんかドロドロしたお家騒動に巻き込まれながらも、愛を貫く(意味深)物語らしい。
「ふーん。これ、1冊買える?」
「えっ!? はい、ありますけど」
「じゃあ、ください」
「ありがとう……ございまぁす!」
売り子は開き直ったのか、後半は妙にデカい声だった。
(読み終わったらにいさまにも見てもらおう)
自分の二次創作も気にしないルーンスであった。
●
「さて、持ってきた分は売り切りたいな」
店番のヴィナスは本のあらすじを書いたポストカードを見本誌に貼り付けていた。通りがかった人の想像力を掻き立てるため、あえて友情ものとは書かなかった。
通りがかった乙女達はヴィナスのブースで足を止め、売り子のヴィナスがニッコリと笑いかけると、恥じらう仕草でそっと会計をして楽しそうに走り去っていく。本の売り上げはなかなか順調だった。
(友情かそうでないか、左右どちらか……読者の想像の翼に委ねたいな。それぞれの続きだったり幕間を楽しんで欲しい)
「何だったら、その思い描いたものをノートに書いたっていい。そうして創作するのを楽しむ行為が大事なんだ」
自分の作品の二次創作もOK。それがヴィナスの創作論だった。
(文化というのは新しい風が入ってきて、盛り上がるものだからって部下にお願いされたからね)
「ま、ドゥジン文化の盛り上がりは、間接的に商業的な影響を与えることもあるだろうし、歓迎するよ」
●
「……凄いな、これは」
レピド・クロサイトは活気のある会場の様子に感嘆していた。
(王子と結婚したパーシア嬢、巫女になったサチコ、そしてこの大礼拝祭……皆、それぞれに『夢』を実現させている。……俺の『夢』も、いつかこうして叶うだろうか?)
そんな想いを抱きながら、レピドはのんびりと会場を回りはじめた。
「お、あのサークルは……! 『救世主伝説フォルトゥナ』の新刊はあるか?」
「はい、ありますよ!」
●救世主伝説フォルトゥナ~煉獄の章
「消えなさい、征竜! パンクリアース学園の平和は私が守ります! 歯を食い縛りなさい! 教育的指導パンチ!」
――ぐふっ! 我を倒すか、小さき者よ……。ならば、お前の教育理念とやらでこの世界を守ってみるがいい。
学ぶ意志を持つ者すべてに教育を。教育者としての理想を胸に戦うフォルトゥナはついに征竜すらも拳一つで打倒した。こうして世界は平和を取り戻したのだ。しかし、その平穏も永くは続かなかった。なんと、死んだはずの旧学園長セオドア・グスタフが学園へと帰還したのだ。
「生きていたのですか、セオドア」
「死んでいたとも。だが、アストラル界を漂っていた私の魂は幽界樹と合体することでこうして現世に戻ってくることができた。それというのも、貴様が征竜と幽界樹を倒してくれたおかげだ」
「ならば、私が貴方をもう一度教育しましょう。這い寄るもの死すべし。一年生でも知っています!」
●
「今回も面白かった……フォルトゥナの戦闘力のインフレが激しいが。ん? あれはベリアル……」
レピドは見知った顔の行商人に気付き、声をかけることにした。
「久しぶりだな。ベリアル。やはりアンタもここに来たか」
「ああ、久しぶりだね、レピド」
向こうもレピドの名前を憶えていたらしい。レピドが挨拶すると、ベリアルは小さく頷いた。
「アンタの目当ての本はあったか?」
「ああ。たくさんね。でも、売ってはもらえなかったよ」
「そうだな。印刷所にコネのある作家はまだまだ少ないだろうからな」
そこはかとなくしょんぼりした様子のベリアルに、レピドは頷いた。
「この祭りは誰かの夢らしい。アンタにも夢はあるのか?」
一応、メアリー王女の名前は伏せつつ、レピドはベリアルにも夢があるのか聞いてみた。
「ああ。あるとも。けれど、最近ちょっと『身内』の不幸が続いてね。しばらくは夢を追うよりは、休みたい気分なんだ」
「そうなのか」
「ああ。仕事は部下に任せて僕は隠居しようかと思ってる」
「意外だ。なんだか年寄りみたいだな」
「実際、年寄りだよ。ヒューマンの一生分ぐらいは……おっと、君はヒューマンではなかったな」
「ああ、そうだな」
ベリアルはレピドに会釈すると、いずこかへと去っていった。
「ドゥジンシか…俺も学園に入った事だし、入部はともかくどこかで挑戦してみてもいいのかも知れないな……今はまだ『ショウガ観察日記』くらいしか書けそうな事が浮かばないが」
レピドはふと、宿屋でレピドの帰りを待っている猫の姿を頭に思い浮かべた。
「さて、ショウガのお土産を探そう。手ぶらで帰ったら怒られる」
●
「ドゥジケット大礼拝祭……書物がメインのようですが、芸術祭の一種のようですね」
ドゥジケットを訪れたヴィルヘルミナは、せっかくなので金属細工の作品を見て回ることにした。鍛冶師であるヴィルヘルミナは打った刀剣の芸術性にも関心を持っている。ただ、本業の鍛冶に比べると細工師としての技量は心もとない(非授恵者からするとそれでも十分に一流だが)ので、今回は出店側ではなく、見物側だ。
(刃引きした剣に細工を盛って、刻んで……としても良かったのでしょうが、変に目立っても何ですし)
ヴィルヘルミナは以前王都で鍋や包丁を出店した際の騒動を思い出しつつ、公園内を練り歩いた。芸術祭というだけあり、極めて精巧な細工もいくつかあった。リブラネスタも割と近い街なせいか、授恵者らしき細工師もちらほら見かけた。
「ふむ。ドワーフとはまた違った趣の細工もたくさんありますね。参考になります……おや?」
公園を歩いていると、見覚えのある芸術商を見かけた。邪竜と同じく黒い鱗を持つリザードマン、ベリアルだ。
(リザードマン……本当に? 以前、サウゼル大樹海で出会った邪竜はもしかしたら彼では?)
ヴィルヘルミナはベリアルの顔立ちになんとなく見覚えがある気がしていた。『名もなき小鬼』の生家を探した際に、出会ったメドゥの右腕――が連れていた成体の邪竜『赤の中指』である。思えば、ベリアルの顔の造形は「トカゲ」というよりもドラゴンのそれにかなり近い気がする。
「ベリアル。久しぶりですね」
「ああ。どこかで見かけた顔だね。名前は忘れたが」
「ヴィルヘルミナです。ええ。お久しぶりです。樹海でゲームをした時以来ですね」
さすがに「あなたは赤の中指ですか?」とか「実は邪竜じゃないんですか?」と聞くのは失礼過ぎるので、ヴィルヘルミナはそれとなくカマをかけてみた。実際にヴィルヘルミナがベリアルと顔を合わせたのは、迷宮都市エドゥノーグでパーシアが中層ボスに挑んだ時である。だが、ここで彼が肯定の返事を返せば、ベリアル=赤の中指=邪竜であると考えていいだろう。
「樹海でゲーム? 確かにボクはゲームが好きだが、樹海に行くような用事があるとは思えないな。記憶違いじゃないかな」
ベリアルは心当たりがない、とばかりに首をひねった。ヴィルヘルミナはベリアルの様子をよく観察してみたが、彼が嘘をついているようには見えなかった。もっとも、ヴィルヘルミナは別に尋問のプロではないので、メドゥの指先の手指幹部でも長きに渡って正体不明とされた『赤の中指』が本気で正体を隠そうとしているとすれば、ヴィルヘルミナが見破れなくても無理はないが。
「悪いが、今日はゲームをする気分でもないんだ。ゲームをするなら、ふさわしい時を選んでやろう」
ベリアルはそう言うと、いずこかへと去っていった。
●
「いよいよ本番! ドゥジケット大礼拝祭ですね! 張り切ってドゥジンシを漁り……今後の芸術発展の為に拝見しますよー!」
シェルリア・リトヴァールは元気いっぱいだった。彼女もクラブ発足からこれまでドゥジケット準備会の一員として尽力してきた筋金入りのドゥジケット準備会メンバー。メイに負けないくらい、この日を楽しみにしていたのだ。
「こんにちは。リトヴァールさん。メアリー王女……おっと、ここではメイでしたね。彼女も楽しそうで何よりです」
「あ、ラミアス先生! 来てくれたんですね!」
「ええ、招待状を頂きましたからね」
お昼前にブースに姿を現したラミアスはニッコリと微笑んだ。
「とても健全なお祭りのようで何よりですね」
「ええ、ドゥジケット大礼拝祭は全年齢対象のとても健全なお祭りですから!」
シェルリアは拳を握り、健全なお祭りであることを強調した。当然ながらドゥジケット準備会の用意したドゥジンシは全て健全なものだ。もしも「メアリー王女が都市同盟で成人指定の書物を売りさばいていた」などという噂が立てば、リーンエス王家の威信失墜の危機である。荒唐無稽過ぎて、誰も信じないかもしれないが。
「色んな露店もありますし楽しんで頂ければ!」
「おや、あちらにずいぶん人だかりができていますね。あの暖簾が入り口ですか」
(ハッ! あれはガチのドゥジン信者向けの濃いサークルが固まってる薔薇の花園コーナー!)
「ラミアス先生! あっちは上級者向けなので! そう、リザードマンのイケメン特集とかなので、先生が見ても面白くないんじゃないかと」
「ふむ……」
ラミアスがじっと見つめてきたので、シェルリアは頑張って曇りなき眼でラミアスの目を見つめ返した。
「……まあ今日くらいはいいでしょう」
ラミアスは何かを察したようだが、それ以上は追及してこなかった。
(しょっちゅう怒られはしましたけどその理由は分かりますし、熱心で公平な先生と尊敬してるんですよ。ただ創作の衝動はちょっと抑えがたいだけで)
シェルリアはほっと胸をなでおろし、日が沈んだ後に某所で行われる「裏の集まり」の見せ合い用に持参した、既刊のラミ×ウィル本コレクションに思いを馳せた。ちなみに今は宿屋の部屋に眠っているので、ラミアスの目に触れる心配はない。あと、このイベントはメイ(やマリリンや顧問のウィーズル)にも秘密なので、バレても彼女に迷惑がかかることもないはずだ。
●
「ともあれ、大礼拝祭が大成功で終わるよう尽力します!」
ラミアスが帰った後も、シェルリアはイベントスタッフとして、そしてこれからもドゥジン界が平和であるように問題が起きないようまめに会場を巡回していた。すると、ある日……。
「だらしねえ輩の生尻をブッ叩いてやる!」
遠くの方で、なんとなく聞いたことのある学園生の怒声が聞こえた。そちらを見ると、メイがよく着ているドレスをお揃いのコーデに身を包んだガタイのいい兄ちゃんが汚いオッサンを逆さにし、股裂き系のレスリング技を炸裂させているところだった。
「問題発生です! だれかヘルプー!」
●
「うむ、平和な祭りで何よりなのだ」
ストレガ・L・リベルガストラは評論系の団体が集まる一画にブースを出し、ドゥジンシを展示していた。今回彼女が用意してきたのは冒険者活動をしながらコツコツと書いていた冒険者向けのレシピ本だ。と言っても、単なる魔獣やクリーパーの調理法のみのレシピ本ではなく、野草を使った料理や安全な飲み水の確保方法、火打ち石なしでの火の起こし方など、サバイバル技術も分かりやすく解説された、冒険の食事確保の入門書的一冊である。そして、このドゥジンシは、特に旅のお供にも野菜は必要だという事を漫画形式で細かく描いている。野菜に一家言を持つ先代ストレガもニッコリ間違いなしの出来栄えだ。
「それともう一冊。これに機にこの本も広めたい」
ストレガが持ってきたもう一冊の本は『大脱出』の絵本だ。これは子供にわかりやすいが学者も頷くゴブリンの歴史書の一つである。ゴールディの印刷技術はまだまだ未熟なので(注:ゴールディがどうこうというよりも、大陸全体での話ではあるが)、ストレガが自ら写本してきたストレガバージョンだ。
「それと、さらにもう一冊」
そして、三冊目はストレガ自身が執筆を進めている『大脱出』後のゴブリンの歴史書である『帰還』シリーズだ。ゴブリンの歴史は人類の歴史の中では200年足らずと比較的浅くはあるが、それでも長編になるので、分冊の絵本として執筆していく予定だ。最終的には如何にしてゴブリンが『始まりの地』発見に至ったかまでを纏めるつもりである。まずはその第一弾として、現代――帝国の崩壊から続くゴールディの動き、内部抗争その他――かのゴブリンが神に至り、その娘サチコが代行となるまであたりを纏めてみた。
「――というわけで、『名もなき小鬼』の娘による、ゴブリン大粛清時代が始まったのだ」
ぱちぱちぱちぱち。ストレガが語りを終えると、近くで聞いていた聴衆から拍手が上がった。
「お姉さん、この絵本の続きはあるの?」
ドゥジケット市民と思われる子供達は、きらきらした瞳でストレガに尋ねた。
「続きはまだ、ないのだ。だが、まだまだ続きを書いていくから完成を楽しみにして頂きたいのだ」
「本当? 書けたらまた来てくれる?」
「うむ。必ず。次の大礼拝祭には間に合わせるのだ」
「やった! 絶対来てよね!」
(歴史は伝え、聞く者がいなくては)
子供達の反応は上々だ。ストレガは満足そうに微笑むのであった。
●
かつて、ペルゼィックとヘレン・ワーグナーはアライグマの魔獣退治の依頼を受けた時、どちらが多く魔獣を狩れるか賭けをしていた。勝者はペルゼィックだった。そして今日、ドゥジケット大礼拝祭の場でその賭け代がようやく払われようとしていた――。
「魔獣狩りの時の約束、今ここで果たしてもらう!」
「ちょっとだけよー」
ペルゼィックの言葉に、ヘレンは棒読みで答えた。
「ここは個性ってことでこいつだ!」
ペルゼィックが貸衣装屋から借り、ヘレン・ワーグナーの前で掲げて見せたのは、なんと黒のウェディングドレスだった。だが、それは決してプロポーズなどではない。なぜならそのウェディングドレスは背中が開いたデザインであり、かつてリーンエス王国を震撼させた稀代のテロリスト『青の親指』グリゼルダのコスプレ衣装であったからである。
「おい、ジーク! その衣装はないだろ! 無難に王女のがいいだろ?!」
イズル・M・ヴォルゴール(賭けの時は一人で魚を釣っていた)が王女そっくりのドレスを手に持ちながら抗議すると、ペルゼィックは即座に反論した。
「俺と妹(注:ヘレンはペルゼィックの妹でも、イズルの妹でもない。ヘレンがイズルの2歳年下の幼馴染なため、そう呼んでいるだけである)の勝負の結果に口出すんじゃねえよ!! たまたま俺が勝っただけで、俺が負けてたら俺がこの衣装だったかもしれねえんだぞ。なんならてめえも第二王子コスしろ」
「ぐぬぬ……」
結局、ヘレンはペルゼィックの要求通り、黒ウェディングドレスを着ることになった。
●
「どー?」
しっかりグリゼルダ衣装に着替えたヘレンはくるりとターンした。すると、イズルはなぜかさみしそうな表情をしていた。
(グリゼルダとも色々話したかったな。あれって花嫁衣装だったんだよね)
黒色のウェディングドレスには「あなた以外の何物にも染まらない」という意味があるらしい。常にあの花嫁衣装に身を包んでいた彼女の心境はどのようなものだったのか。今となっては、もう誰にも分からないことだが。
「ヘレンお嫁に行っちゃうのやだな。父上が姉上達を嫁に出す度にこんな思いしてたのかな?」
「いやいや、キミ私のお父さんって年じゃないでしょ」
子ども扱いされてる気がしたので、ヘレンは頬を膨らませた。
「イズル。突如、頭沸いたこと言うんじゃねえよ。なら嫁でも妾でもしちまえよ」
ペルゼィックの言葉も辛辣だ。だが、ヘレンはペルゼィックの言葉にこう返した。
「お、いいねー……それなら狩りにも行かず毎日寝てられる……」
ヘレンはぽつりと呟いた。すると、イズルもペルゼィックも固まってしまった。
「勿論冗談。外の世界をまだまだ楽しみたいから」
●
「おっ……おー……? おー……♪」
ヘレンはこの際だからと、色々な衣装を借り、くるくるとターンしている。とても楽しそうだ。
「あー、そうだ。これの返礼でもらっとけ」
ペルゼィックはイズルから贈られたカナリートルマリンのタッセルを揺らしながら、イズルに自作のラペルピンを手渡した。それは貴族が身につけるに相応しい華やかなデザインに、本物の宝石さえ霞むほど透明度が高い紫と赤のカットガラスが光っていた。そして、内側に秘密のメッセージが彫られていた。
『赫焉ならば赫灼の君に添え一蓮』
「嬉しい……」
イズルは手渡されたアクセサリーを目を潤ませ、すぐに身に着けた。
「あの、二人もしかして……」
「三角関係だわ! 赤毛の子を二人で取り合ってるんだわ!」
「ウェディングドレス着てる子が余っちゃったんじゃない?」
(なんか凄く失礼なこと言われてる気がする……)
ヘレンは我関せず、といった感じでぼうっと二人を眺めていた。
(多分、なんかやってしまった)
周りの乙女達から殺気にも似た好奇の視線を感じ、ペルゼィックは冷や汗を掻いたのだった。
●
「新天地で描いた最高のレイ×エフを出す!」
最近、工房を王国から都市同盟のとある街に引っ越したレタラ・スマリは燃えていた。記念すべきドゥジケット大礼拝祭の一回目にレタラがお出しする作品は当然、レイ×エフ本だ。
「全年齢対象だが、過去最高傑作になったと自負している」
レタラの書いた物語は帝都最終決戦の出来事を元にした、ラブロマンス的な熱い主従物語だ。「レイウェスト皇子の本物の婚約者がアンタのすぐ近くで即興絵を描いているんだが?」とか、「エフレムとレイウェストはどちらも男性なのだが?」とか、細かいことは気にしてはいけない。そう、ドゥジケット準備会の影のドンは『商家の娘メイ』であって、メアリー王女などでは決してないのだ。
●
「殿下。なぜこのような最果ての地へ来てしまわれたのですか」
「言わせるな、エフレム。極北の寒さで私はもう凍えそうだ。どうか私を暖かく包み込んでくれ」
「殿下……!」
「エフレム……!」(熱い抱擁を交わす二人)
●
「別冊子でその後の二人の再会(と熱い一夜を暗に示す作)を描いたものもあるが……これはこっそりと見せ合いに回そう」
メアリー王女の護衛の王国騎士達の冷たい視線に冷や汗をかきながら、レタラは成人指定のドゥジンシ(フルカラー)をそっとしまったのだった。
「メイへ、君の姿絵を贈る。婚約おめでとう」
レタラはメイが暇そうなタイミングを見計らい、彼女を描いた姿絵を贈った。姿見ほどの大きさもある、大きな絵だ。卓越した技量を持つレタラが描いた絵は、まるで世界の一部をそのまま切り取ったかのような精巧さだった。
「まあ、ありがとうございます。大事にしますわ」
メイはにっこりと笑って一礼した。すぐに側に控えていた王国騎士の一人が絵画を担ぎ上げ、王国への配送の手配を始めた。
「君を主人公にした(全年齢対象の)新シリーズも描きたいのだが、出来たら許可を貰えるだろうか」
「ええ。よろしくてよ。(全年齢対象で)名前が『メイ』ならば何も問題はありませんわ」
「ありがとう。なかなか外に出られない君の分まで、物語のメイは様々な土地を旅して回っていく。時々献上するから公務の息抜きに楽しんで欲しい」
レタラは礼を返した後、微笑みを浮かべた。
「それと即興絵、オレも貰っていいか?」
「ええ、もちろんですわ! エフレムとレイウェスト皇子でよろしいかしら?」
「ぜひ」
(額縁に入れて工房に飾ろう)
レタラはメイから、レイウェストとエフレムの2ショットの似顔絵をもらった。
「今日はとてもいい日だ。みんな、明日も頑張ろう!」
その後、レタラはドゥジケット大礼拝祭りのスタッフを手伝いつつ、部員達と新刊の見せ合いを行い、開催の喜びを皆で分かち合った。
輝かしいまでの時間は矢のように一瞬で過ぎていく。冒険者達は全てのドゥジン信者の為の祭典・ドゥジケット大礼拝祭を思う存分楽しんだのであった。
マスターコメント
どなたも楽しいお祭りのひとときを過ごせたようでよかったです。最後の日常イベントシナリオへのご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:多い16 / 4〜50人
2024年03月13日 13時56分05秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
皆様、ごきげんよう。出発は明日の朝8時ですわね。お忘れ物にはご注意下さいませ。