小休止! オルセン軍・北伐隊(93)
広大野人
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シナリオID:3146
オープニング
●最前線
オルセンを発った北伐隊は道中、出現したクリーパーや魔獣を蹴散らせながら北上を続けていた。
視界の届く限りに原野が広がり、およそ人の気配は無い。
ここから更に奥、極北には征竜を信奉する者達が住む場所があると聞くが、北伐の目的はそこにはない。
コンラート・マフダルは進路をやや東より……つまり、北東へと北伐隊を進めていく。
「かつての領境まで到達したか」
馬上から見下ろしているのは一つの石碑だった。
記された文字は消えて解読不能だが、帝国領を示す刻印が辛うじて残っていた。何より、ここに領境の目印がある事は、オルセン太守であるコンラートは知っている。
「ここに陣を張る」
「畏まりました」
供回りの部下が応えると早速、作業に入る。
同時に偵察隊が周囲の安全を確認する為に早駆けしていった。コンラートはやや小高くなっている所に馬を進ませる。
かつて、ここには砦があったというが、その痕跡は何も残っていない。
何時の頃から砦があったか不明ではあるが、コンラートの3つ程前の代の時に大型クリーパーによって滅ぼされたと記録には残されていた。
そのクリーパーが、どうなったのか分からない。一説によると征竜に倒されたとも、太陽を喰らいに東へと向かったとも言われている。
「この出征でクリーパーの南下について手掛かりが見つかるかもしれない。できれば、憂いを断ちたい所だ……」
コンラートは独り言を口にした。
極北から南下してくるクリーパーは自然発生的なものなのか、あるいは人為的なものなのか、前者であれば特段の問題はない。定期的に討伐隊を編成して脅威を取り除けば、少なくともオルセンと周囲の街道の安全は保たれるはずだ。
後者の場合は、その手段と内容の把握が第一となる。企てる者を捕らえる事が出来れば最善ではあるが、これだけのオルセン軍が出撃しているので、すでに逃げている可能性もあるだろう。
「…………」
北の大地の夏は短い。
次の季節の知らせを運ぶ冷たい風を受けながらコンラートはジッと、原野を見つめていた。
●北部鎮守都市オルセン
冒険者達の報告書を読み終わり、イグシィ=スタスはだらけて座っているファンゾムに視線を向けた。
「貴女が名も無き神の一柱である事は信じましょう。今思えば、貴女の言動には心当たりがありますから」
「そう言って貰えると助かるわぁ」
自堕落の神ではないのか……とも思う所ではあるけれど。
イグシィは大きく息を吐いてから告げる。
「……つまり、耕作試作地に流れ込んでくる温かい川の原因は、封印されている貴女の本体から漏れ出したエーテルが作用しているという事ですね」
作用に詳しくはないが、膨大なエーテルが環境に影響を与える事をイグシィは知識では知っていた。ファンゾムが神という事が事実ならば、あり得なくない話だ。
「貴女が封印から解かれたら、温かい川は消えるのでしょうか?」
「私にぃ分かるとぉ思ってぇ?」
「ですよね」
顎先に手を当てて思案するイグシィ。
封印から解かれた直後に温かい川が唐突に消える……訳ではないと推測していた。根拠はないが、影響を及ぼすには膨大なエーテル量とそれなりの時間が必要ではないのかと思ったからだ。
そうでなければ、例えば、征竜が移動するだけで自然環境が変わってしまう事になる。しかし、そんな話は聞いた事がない。
ただ、長い目で見れば、封印が解かれた場合、耕作試作地の環境が変わってしまい、既存の作物は育ち難くなる事は明らかだった。
「貴女の封印を解くか、このまま経過を見るか……その判断は誰が?」
「冒険者にぃ決めて貰うわぁ。私はもう、この時代の者じゃないしぃ」
ファンゾムの返答にイグシィは顎先に当てていた手の肘をついて頭を支える。
何を選択すべきか、冒険者ではないもののイグシィも悩んだからだ。
暫し悩んだ末、冒険者に決断を託すに必要な情報は揃えておきたいと思い至った。
「封印から貴女が解かれた場合、貴女はこの時代で何をするのでしょうか?」
「クリーパーと戦うわぁ」
自信満々に豊かな胸を張る。
分体の状態でも手練れの冒険者数人に匹敵する能力があるのだ。本体は名も無き神の一柱……征竜には及ばないものの、相当な戦力を見込めるに違いない。
だが、封印が解けると温かい川は将来的に無くなってしまう。オルセンの人々が飢えない為の研究は大幅に後退してしまうだろう。敵はクリーパーだけではないのだ。厳しい自然環境も人を殺すのだから。
●研究所にて
ファンゾムが封印されている遺跡の探索は方針が決定してから行う事として、イグシィは遺跡周囲の整備を考えていた。遺跡は神話に等しい時代の遺構かもしれないのだ。
「学術的に貴重な存在ですので風化を防ぎたい」
「学者帽被っていただけあって、そういうの好きだよね」
一連の報告を聞き、トレイシーが茶化すような言葉で応えた。
と言っても、トレイシーも実は興味津々だ。太古の植物の種が見つかって、この時代に蘇るなんて事になったら発狂してしまうかもしれない。
「試作耕作地から離れているけど、水源の確保と観察はどの道、必要だし、私は良いと思うよ。太守様がお金出してくれるかどうか……」
「それも含めて冒険者に依頼する。予算を引き出せれば良いが……最悪、こちら側で何とかするしかない」
「イグシィ君が最近、溜め込んでいる事を私は知っていたけど、それって何かに使う予定のお金じゃなかったのかな?」
「貴女には関係ない事だ」
サラっと応えると青年は開いている窓へと視線を向けた。
授恵者ではない彼にとって、目に見えて分かりやすい評価として、権力ではなく金銭を選んだのだ。最悪、太守から予算は出なくとも遺跡周辺の拠点の許可さえ出れば、新たな商売を行う切っ掛けにもなる。
その時、扉がノックされた。
「客人をお連れしました」
「通していいよー」
軽い感じでトレイシーが応えると、扉が開く。
剣士の冒険者、エクエスが丁寧な物腰で頭を下げた。
「お久しぶりです。専属護衛の依頼、承りましたのでよろしくお願いします」
「場所が場所だからね。少しでも気が知れた人が良いと思ってさ」
トレイシーとエクエスは以前、帝国のある街を奪還する際に同行していた仲。北伐に参加していたのだが、輸送で一時帰還した所で声を掛けたのだ。
こうして、3人は遺跡へと向かう事になるのであった。
●補給路上
オルセン軍北伐隊は領境近くに陣を構えた。といっても、防衛用の陣ではない。
街から出撃した軍隊は常に補給を有する。食べなければ戦う事が出来ないし、装備類も消耗する。
本拠地であるオルセンから補給を受ける訳だが、距離が開いてくると管理上の問題が発生する訳だ。
幸いにも、とある冒険者の提案で兵站関係のシステムはかなり改善されているが、それでも物理的な限度がある。そこで補給路の途中に幾つかの集積所が作られる訳だ。今回、コンラートが張った陣も北伐隊が進めば集積地となる予定だ。
「道中、クリーパーや魔物が出るから、補給も命懸けだぜ」
輸送隊の隊員がそんな事を口にした。
安全が完全に確保されている訳ではないのだ。群れからはぐれた魔獣や、唐突に出現したクリーパーと鉢合わせする事もある。
「さぁ、休憩は終わりだ。もうひと踏ん張りいこうぜ」
別の隊員の台詞に、隊員の面々は頷くのであった。
オルセンを発った北伐隊は道中、出現したクリーパーや魔獣を蹴散らせながら北上を続けていた。
視界の届く限りに原野が広がり、およそ人の気配は無い。
ここから更に奥、極北には征竜を信奉する者達が住む場所があると聞くが、北伐の目的はそこにはない。
コンラート・マフダルは進路をやや東より……つまり、北東へと北伐隊を進めていく。
「かつての領境まで到達したか」
馬上から見下ろしているのは一つの石碑だった。
記された文字は消えて解読不能だが、帝国領を示す刻印が辛うじて残っていた。何より、ここに領境の目印がある事は、オルセン太守であるコンラートは知っている。
「ここに陣を張る」
「畏まりました」
供回りの部下が応えると早速、作業に入る。
同時に偵察隊が周囲の安全を確認する為に早駆けしていった。コンラートはやや小高くなっている所に馬を進ませる。
かつて、ここには砦があったというが、その痕跡は何も残っていない。
何時の頃から砦があったか不明ではあるが、コンラートの3つ程前の代の時に大型クリーパーによって滅ぼされたと記録には残されていた。
そのクリーパーが、どうなったのか分からない。一説によると征竜に倒されたとも、太陽を喰らいに東へと向かったとも言われている。
「この出征でクリーパーの南下について手掛かりが見つかるかもしれない。できれば、憂いを断ちたい所だ……」
コンラートは独り言を口にした。
極北から南下してくるクリーパーは自然発生的なものなのか、あるいは人為的なものなのか、前者であれば特段の問題はない。定期的に討伐隊を編成して脅威を取り除けば、少なくともオルセンと周囲の街道の安全は保たれるはずだ。
後者の場合は、その手段と内容の把握が第一となる。企てる者を捕らえる事が出来れば最善ではあるが、これだけのオルセン軍が出撃しているので、すでに逃げている可能性もあるだろう。
「…………」
北の大地の夏は短い。
次の季節の知らせを運ぶ冷たい風を受けながらコンラートはジッと、原野を見つめていた。
●北部鎮守都市オルセン
冒険者達の報告書を読み終わり、イグシィ=スタスはだらけて座っているファンゾムに視線を向けた。
「貴女が名も無き神の一柱である事は信じましょう。今思えば、貴女の言動には心当たりがありますから」
「そう言って貰えると助かるわぁ」
自堕落の神ではないのか……とも思う所ではあるけれど。
イグシィは大きく息を吐いてから告げる。
「……つまり、耕作試作地に流れ込んでくる温かい川の原因は、封印されている貴女の本体から漏れ出したエーテルが作用しているという事ですね」
作用に詳しくはないが、膨大なエーテルが環境に影響を与える事をイグシィは知識では知っていた。ファンゾムが神という事が事実ならば、あり得なくない話だ。
「貴女が封印から解かれたら、温かい川は消えるのでしょうか?」
「私にぃ分かるとぉ思ってぇ?」
「ですよね」
顎先に手を当てて思案するイグシィ。
封印から解かれた直後に温かい川が唐突に消える……訳ではないと推測していた。根拠はないが、影響を及ぼすには膨大なエーテル量とそれなりの時間が必要ではないのかと思ったからだ。
そうでなければ、例えば、征竜が移動するだけで自然環境が変わってしまう事になる。しかし、そんな話は聞いた事がない。
ただ、長い目で見れば、封印が解かれた場合、耕作試作地の環境が変わってしまい、既存の作物は育ち難くなる事は明らかだった。
「貴女の封印を解くか、このまま経過を見るか……その判断は誰が?」
「冒険者にぃ決めて貰うわぁ。私はもう、この時代の者じゃないしぃ」
ファンゾムの返答にイグシィは顎先に当てていた手の肘をついて頭を支える。
何を選択すべきか、冒険者ではないもののイグシィも悩んだからだ。
暫し悩んだ末、冒険者に決断を託すに必要な情報は揃えておきたいと思い至った。
「封印から貴女が解かれた場合、貴女はこの時代で何をするのでしょうか?」
「クリーパーと戦うわぁ」
自信満々に豊かな胸を張る。
分体の状態でも手練れの冒険者数人に匹敵する能力があるのだ。本体は名も無き神の一柱……征竜には及ばないものの、相当な戦力を見込めるに違いない。
だが、封印が解けると温かい川は将来的に無くなってしまう。オルセンの人々が飢えない為の研究は大幅に後退してしまうだろう。敵はクリーパーだけではないのだ。厳しい自然環境も人を殺すのだから。
●研究所にて
ファンゾムが封印されている遺跡の探索は方針が決定してから行う事として、イグシィは遺跡周囲の整備を考えていた。遺跡は神話に等しい時代の遺構かもしれないのだ。
「学術的に貴重な存在ですので風化を防ぎたい」
「学者帽被っていただけあって、そういうの好きだよね」
一連の報告を聞き、トレイシーが茶化すような言葉で応えた。
と言っても、トレイシーも実は興味津々だ。太古の植物の種が見つかって、この時代に蘇るなんて事になったら発狂してしまうかもしれない。
「試作耕作地から離れているけど、水源の確保と観察はどの道、必要だし、私は良いと思うよ。太守様がお金出してくれるかどうか……」
「それも含めて冒険者に依頼する。予算を引き出せれば良いが……最悪、こちら側で何とかするしかない」
「イグシィ君が最近、溜め込んでいる事を私は知っていたけど、それって何かに使う予定のお金じゃなかったのかな?」
「貴女には関係ない事だ」
サラっと応えると青年は開いている窓へと視線を向けた。
授恵者ではない彼にとって、目に見えて分かりやすい評価として、権力ではなく金銭を選んだのだ。最悪、太守から予算は出なくとも遺跡周辺の拠点の許可さえ出れば、新たな商売を行う切っ掛けにもなる。
その時、扉がノックされた。
「客人をお連れしました」
「通していいよー」
軽い感じでトレイシーが応えると、扉が開く。
剣士の冒険者、エクエスが丁寧な物腰で頭を下げた。
「お久しぶりです。専属護衛の依頼、承りましたのでよろしくお願いします」
「場所が場所だからね。少しでも気が知れた人が良いと思ってさ」
トレイシーとエクエスは以前、帝国のある街を奪還する際に同行していた仲。北伐に参加していたのだが、輸送で一時帰還した所で声を掛けたのだ。
こうして、3人は遺跡へと向かう事になるのであった。
●補給路上
オルセン軍北伐隊は領境近くに陣を構えた。といっても、防衛用の陣ではない。
街から出撃した軍隊は常に補給を有する。食べなければ戦う事が出来ないし、装備類も消耗する。
本拠地であるオルセンから補給を受ける訳だが、距離が開いてくると管理上の問題が発生する訳だ。
幸いにも、とある冒険者の提案で兵站関係のシステムはかなり改善されているが、それでも物理的な限度がある。そこで補給路の途中に幾つかの集積所が作られる訳だ。今回、コンラートが張った陣も北伐隊が進めば集積地となる予定だ。
「道中、クリーパーや魔物が出るから、補給も命懸けだぜ」
輸送隊の隊員がそんな事を口にした。
安全が完全に確保されている訳ではないのだ。群れからはぐれた魔獣や、唐突に出現したクリーパーと鉢合わせする事もある。
「さぁ、休憩は終わりだ。もうひと踏ん張りいこうぜ」
別の隊員の台詞に、隊員の面々は頷くのであった。
解説
●目的
北伐隊の兵站支援及び遺跡周囲での拠点作成
●状況
冒険者達はオルセンに依頼されて最前線である領境もしくは補給路やオルセン、発見された遺跡周辺に赴いています。
依頼内容はおおまかに3つに分けられており、その中から一つを選択いただきます。
1.【兵站支援】
2.【偵察任務】
2.【拠点作成】
※プレイングに選択表明が無かった場合はアドリブ対応とします。
●【兵站支援】
領境に構えた北伐隊の陣地もしくは補給ルート上に幾つかある集積所、オルセンの各場所で、兵站に関わる事であれば従事できます。士気を維持する活動や給養、錬兵などはこちらに含まれます。また、【拠点作成】の予算を獲得する為に、コンラートと交渉する場合もこちらとなります。
●【偵察任務】
最前線の陣地から先に対する先行偵察任務になります。判定結果によってはクリーパーとの遭遇があり得ます。また、脅威が少なければ本隊の露払いとして敵の討伐も行う必要が生じます。
●【拠点作成】
前回の【水源調査】によって発見された遺跡の出入り口を含む周囲に拠点を作成します。どのような拠点にするかはノープランです。各自でアイデアを出して貰えればイグシィがきっと上手い事やってくれると思いますが、コンラートとの交渉で予算が確保できなければ、規模は縮小してしまいます。
●判定
適切に兵站支援や拠点作成、偵察行為が行えたかどうかはプレイングやスキルを考慮した一般判定で行います。偵察任務で戦闘が生じた場合には戦闘ルールに基づいて判定します。
●歩兵
【兵站支援】及び【偵察任務】では兵士等の貸し出しを受ける事ができます。人数は数人から十数人となります。偵察任務では馬の貸し出しも認めます。
●NPC
※依頼としての判定は行いますが、状況によってはNPCとの関わる描写がメインになる場合もあります。
コンラート・マフダル:オルセン太守。【兵站支援】に参加。
エクエス:剣士の冒険者。【拠点作成】に冒険者として参加。
ファンゾム:武芸者を自称する強者。【拠点作成】に同行。
トレイシー:植物の研究者。【拠点作成】に同行。
イグシィ=スタス:研究所の事務方。【拠点作成】に同行。
マスターより
おははようございます! 当依頼にて78作目となった広大野人です。
オルセンを舞台としたシナリオを適宜、展開しております。北伐を続けるオルセン軍の兵站支援と偵察任務。名も無き神の一柱であるファンゾムが封印されている遺跡入口での拠点作成という形で行動が分かれておりますので、迷子にならないようにご注意下さい。
依頼として活動を行いつつ、NPCと関わる事も可能です。その関わりから次に繋がる思いがけない事になる場合もありますので、どこに重きを置くか方向性をしっかりと定める事をお勧めします。
それでは、依頼へのご参加、お待ちしております!
・アドリブ対応多めになる可能性もありますのでご了承下さい。
・NPCとの関わりにおいては、これまでの関わりによる友好度が存在します。友好度による『差』はあるものとしてご理解下さい。指定が重なった場合、違う場所・違う時として処理します。
リプレイ
●
低く垂れこめた雲の隙間から星空が見えた。
辺り一面は夜の闇に包まれ、静寂が支配している。極北に近いこの場所では生き物の数が豊かな地とは異なる。
「今のところ、夜行性の魔獣の姿は見ないようです」
セロンガード・シュタインドルフが暗闇の中をジッと観察していた。
同行しているティトが小さく頷く。
「変な臭いもしないし、見えない敵はいなそうかな……たぶん」
二人は危険な夜間偵察に赴いていた。
暗視があるからといって油断はできない。昼間よりも見えにくいのは確かな事。
「移動中に遭遇したクリーパーもあれから見なくなりましたし、クリーパーの出現理由はよく分かりません」
そのクリーパーは背後から突然襲って来た。軟体形状で音も無かったのだ。幸い、大事には至らず、セロンガードが返り討ちにしたが……。
「気が付いたら、囲まれていた……とかは、やだな……」
心配そうに毛布に包まって周囲を警戒するティト。
奇襲を受けた理由は概ね見当がついていた。地表に居れば見落とす事は無かったし、空中に浮いていればそれはそれですぐに分かっただろう。
となると、地中からの襲撃だった訳だ。
「スキルを使う事で逆に探知されてしまうのではないかと思ったのですが、もう少し使っていきたいと思います」
地面の中に隠れているのであればスキルを使って確認するしか術はない。
セロンガードは試しに意識を集中させた――が、今のところ、二人の周囲にクリーパーや魔獣の存在は無いようだ。
「もう少し休憩したら、次のポイントに移動しましょう」
「は、い……」
寒さから逃れるようにティトは毛布の端を手繰り寄せた。
「それまで、居眠り……じゃなくて、近辺の警戒監視に、努める……よ」
夜間偵察に出て来て眠ってしまったら意味が無い。
その時、雲が流れ去って、月明りが降り注いだ。今のところ、見える限りの中に脅威となるような存在は見られない。
「静かすぎませんか?」
聞こえるのは自分達の息遣いだけにセロンガードが違和感を覚えた。
極北が厳しい環境にあるのは分かるが、それにしても、だ。夜行性の動物や昆虫の類の気配すらしないのだから。
「確かに……これじゃ、まるで……」
生命が存在しない世界のようだ。
こんな所では誰かが意図的にクリーパーを誘導させるのは無理があるだろう。世界にたった二人しかいないような虚しさを感じ、二人は寒さに耐えるよう肩を寄り添うのであった。
●
偵察任務に赴いたトーラはオルセン近郊まで南下してきたクリーパーの痕跡を探していた。氷の塊を取り込んだ流氷のようなクリーパーが残したような跡……それらは領境から北ではなく、東方向の北壁山脈から続いているようだった。
「これ以上の追跡は、偵察方向と異なりますね」
トーラはそう呟くと足を止めた。
山脈の雪や氷を取り込んだクリーパーがエーテルを求めて移動してきたのであろう。微かなエーテルを感じ取って南下したという事であれば、それなりの理屈ではある。
そして、もう一つ分かった事がある。
(……この厳しい大地では生活する事すら困難なようです)
メドゥに属する者やクリーパーを誘導して悪事を働くような悪者が、此処でよからぬ事を企てたようとしよう。まずはその者の衣食住を整える必要がある。
しかし、生半可な準備では到底、オルセンに陰謀を仕掛けられる策源地には成り得ないのだ。そもそも、生活するだけで精一杯の環境。それが、極北にほど近い、この地の状況という事が偵察に出てよく分かった。
(何者かが生活している痕跡も無いという事は、つまり、オルセンを度々脅かすクリーパーは人為的ではないという事ですね)
それが分かっただけでも、成果はあったとみるべきだろう。
●
どこまでも続く荒野をハヤト=ガラン=ヴォルファングが駆ける。
時には危険な存在と遭遇する可能性があるにも関わらず、一人だったのは、その方が機動力を活かせると思ったからだ。
「次の進行ルートの選定を兼ねたつもりだったが、どこを通っても変わらなさそうだな」
突如、出現した軟体型のクリーパーを粉砕し、ハヤトは周囲を見渡す。
今のところ、同様のクリーパーが姿を現す気配は無い。
「しっかし、さっきも出たな、こいつ」
塵となって消えゆく様子をみつめつつ、そんな言葉を口にした。
新たな補給路を設定する為に広範囲を移動したはずなのだが、これまで3回程、会敵したのだ。そのいずれも、似たようなクリーパーだった。
ちなみに、現れた数はそれぞれ1体のみで、ハヤトの実力であれば特に問題なく倒す事ができる程度だ。
「……地中にも隠れているようだしな。意味が分からねぇぜ」
時折、相当な数や大きな数を感知していたが、動く気配は見られなかったし、地面の中では流石のハヤトも拳や蹴りを入れる訳にはいかない。
頭の上に疑問符を浮かべながらハヤトは帰路についた。本人は成果があまり得られなかったと思っているようだが、その索敵した範囲が、この後の決断に重要な意味を持つ事を彼はまだ知らなかった。
●
時折、地中にクリーパーの存在を確認しつつ、ナハティガル=ラーは偵察を続けていた。
「ここで待機だ」
本隊から預かった数人の兵士達に向かって指示を出すと、ナハティガルは一人、先行する。
クリーパーの存在をスキルの力で確認できたが目視している訳ではないのだ。安全を確認する為、一人で近づくが……今のところ、反応は見られない。
気が付いていないだけなのか、それとも別の要因があるのか……。
その時、別方向から同じく偵察を行っていたアステルが元気に手を振りながらやって来た。
「ナハティガルさん、そちらはどうなのかな?」
「今まさに、地面に潜んでいると思われるクリーパーを見つけたところだ」
その台詞を聞いて驚きながらすぐに戦闘態勢に入るアステル。
「臭いは……しないようだね」
地中の茸を嗅ぎ分ける事だって不可能ではない超嗅覚ではあるが、今回は分が悪かった。もっとも、アステルの行動は無駄ではない。
超嗅覚が通じにくい相手というのも大事な情報だからだ。
対象の真上で試しに踏み鳴らすナハティガル。だが、相手に動きは見られない。
「クリーパーの発生が仕組まれたものならば、何処かにエーテルの流れが不自然な場所がある筈と思っていた。だが、そんなものは無いようだ」
「人為的な可能性は低いって事だね」
アステルの言葉にナハティガルは頷く。一先ずは偵察の目的は達成しただろうか。
そして、兵達に帰還の指示を出した直後だった。一人の兵が警戒の声を挙げる。
ナハティガルが調べていた地面とは全くの別方向の所から、数体の軟体クリーパーが姿を現したのだ。
「兵士達の足音に反応したか!?」
「でも、これぐらいの数なら、私達で!」
二人の反応は早かった。兵士達の援護射撃を受けながら、ナハティガルが出鼻を挫くように猛攻を仕掛け、アステルがクリーパーの注意を引きつける。
敵の攻撃がアステルに集中したが、ナハティガルが一体ずつ確実に倒した事もあって大事に至らなかった。
「兵隊さん達を守れて良かったよ」
怪我の具合を確認しながらアステルは微笑を浮かべる。シーザロアが効果を発揮する事が分かったのは大きい。
一方のナハティガルは険しい表情で全滅させたクリーパーが塵となって消える様子を見つめていた。
(兵士達が動き出した途端、姿を現したのは振動を感じ取ったからか)
必ずしも毎回絶対に……という訳では無いだろうが、そのように推察した。
だとしたら、もし、大勢の者を引き連れて長距離を移動した場合……大変な事になるのではないか、と――。
●
ナハティガルの予感は別の所で現実となった。
クリーパーへの偵察だけではなく、周辺の地形も把握する為に回っていたアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトとダニエル・ヘリントンの二人は、北の方角から土煙がもうもうと上がっているのを発見した。
「他の偵察隊でしょうか?」
手を翳して注視するダニエル。
冒険者だけではなく北伐隊からも偵察隊は出ている。その一隊のようだが、不自然な様子だった。まるで、何かから逃げているような……。
その正体は間もなく分かった。数人からなる騎馬の偵察隊の背後を、軟体クリーパーの群れが追いかけてきているのだ。
「本体のみんなが行軍しやすいように、ここで敵の討伐を行うぜ!」
アルベルトが勇ましく構える。
偵察隊が速度を落としながら、合流すると反転した。
「ご助力感謝します」
「奴等、次々に地面から湧き出てきて」
「我々だけでは手に負えないのです」
この偵察隊の中に授恵者はいないようだった。
軟体クリーパーの数は少なく見積もっても二十は越えるだろう。騎兵数人では捌き切れない訳だ。
「皆さんを援護します!」
支援魔法を掛けるダニエル。
騎馬兵らは機動力が命だ。アルベルトが踏み止まって戦線を維持する以上、攻撃が彼に集中するのは当然の事。ダニエルは回復魔法がいつでも唱えられるようにエーテルを紡ぐ。
蠢きながら迫って来る軟体クリーパーの先頭に向かって、アルベルトが大剣をエーテルと共に叩きつけた。
「戦いなら任せろ!」
強力無比な一撃により、塵となって消えた存在と、頑健にも耐えきった存在と明確に分かれた。何かしらの『仕組み』が存在しそうだが、ゆっくり解明している暇はなさそうだ。
というのも、アルベルトとダニエルの二人では抑えきれないクリーパーの一部が騎兵達を追いかけ出したからだ。
「そのまま引き撃ちして時間を稼げ!」
「回復魔法の射程に気を付けて下さい」
アルベルトとダニエルの言葉に騎兵達は応じると、馬上で弓を構えた。
少数での偵察任務に当たっているだけあって、技量は高いようだ。それは、彼らを死せるような事があれば、北伐隊の戦力が低下する事を意味する。
幸いな事に敵は数こそいたが、強い個体はいなかったようで、時間は掛かったものの、偵察隊を追いかけていたクリーパー共をアルベルトとダニエルは殲滅する事が出来たのであった。
●
算盤に音を立ててアウレーリア・フォン・ネーベルベルクは積み上がった書類を捌いていた。
兵站が滞れば北伐隊は先に進めない。しかし、進めば進む程、補給路も伸び、コストを要する。貴重な食材が無駄にならないように、かつ、効率よく消費していくには管理が極めて大事だし、補給路の安全を確保しなければならない。
本幕の隣に設けられた管理棟にて計算を続けるアウレーリアの所にコンラート・マフダルが訪れたのは夜も更けてからだった。
「苦労を掛ける」
当然、夜這いではない。遠征中といえども太守の仕事は多忙だ。顔を出したかったが遅くなったという所だろう。
「問題はありません。それより、補給状況によっては戦闘部隊だけで前進も考えなければいけないようです」
「その事で相談に来た」
太守の言葉にアウレーリアはペンを止めると向き直って畏まり、次の台詞を待つ。
コンラートは声を小さく、耳元で呟くように言った。
「先程、偵察部隊が帰還した。全容がまだ分からないが……万が一に備えたい」
「……分かりました」
撤退時、持ち出せる物資は最小に限られる。それを前提に兵站管理をして欲しいという事だ。難儀する内容ではあるものの、アウレーリアは頷くと帳簿を書き直すのであった。
●
練兵に勤しんでいるのはフリーダ=ブロムヴィストだった。
新兵を中心に組織的な戦いについて訓練していく。個々や小隊における戦闘技術は既に習得済みのはずだから、もう少し高度な戦術について指導しているのだ。
「緒戦はサクッと突破こそできましたが、ここからが本番といったところでしょうか。啓示にも『ここでの準備次第でロ=スの可能性も』とありますし、万全を期したいところですね」
啓示の事は脇に置いておくとしても、フリーダの錬兵は後日、重要な意味を持つ事になるのだが……。
「本日は陣地を使った遅滞戦術と反転攻勢について説明したいと思います」
軍隊が前進を続ける限り、その心は目的地へと集まる。しかし、防御する際の心は離散する。踏み止まろうとする者、命欲しさに逃げ出そうとする者、体制を整え逆襲しようとする者。大事なのは組織だった動き方だ。
「遅滞戦術とは単なる撤退ではありません。可能な限り戦力を保持しつつ、敵を漸減させ、こちらの意図したタイミングで一転攻勢を仕掛ける為の戦い方です」
座学の後は実地での動き方を確認する。多くの新兵達はフリーダの教えを真面目に学び続けるのであった。
●
アルマ・ヴァレンタインが台の上から巨大なお玉で鍋の中身をぐるぐると回す。
その鍋の大きさも相当なものだ。アルマならすっぽり入る事ができるだろう……アルマ煮は、もしかして良い出汁がでるかもしれないなどと余計な事が頭の中を通り抜けていく。
「温かくて元気の出るような煮込みメニューがいいよね!」
南国ならともかく、極北に近い場所なのだ。真夏とはいえ気温は高くない。むしろ、朝晩の冷え込みは兵士達の体力と気力を大幅に減退させるだろう。
煮込みは保存が効く根菜類が中心となるが、それだけだと飽きてしまう。
そこでアルマが目につけたのは乾燥野菜やドライフルーツだ。水分が抜ければそれだけ軽くなるし、なにより、味が凝縮して旨みも増す。
「環境が適していて良かったよ」
天気は良いし冷たい北風が吹いてくるのだ。おまけに鳥や虫も豊かな地と比べ少ない。大量に干せるだけの広さも十分にあった。
「いっぱいできたら、非常用に個々に渡しておいてもいいかな。後でコンラートさんに訊いてみようかな」
焦げないように鍋の中身を掻きまわしながら、アルマはそう独り言を呟いた。
後日、その非常食が兵士一人ひとりの支えになる事を今はまだ知る由もなかった。
●
補給物資を満載した馬車の一団が集積所に到着した。
帝国商人シュナン・ボートンが率いる商隊だ。オルセン軍からの要請……正確には、彼らのような商人や傭兵を積極的に活用すべきと進言したストレガ・L・リベルガストラの呼び掛けに応じて、輸送の一部を請け負っていた。
「コンテナの取り外しを急げ! 日が暮れるのが早いからな」
部下に命じているシュナンにストレガがゆっくりとした足取りで寄った。
「なるほど。コンテナがそのまま秣倉庫になる訳か。シュナン殿に委託した意味はあったという訳なのだ」
ストレガは北伐隊に同行している軍用動物の秣の調達や輸送を商人に行わせていた。交渉は彼女自身だが、費用はオルセン軍から出資されている……懐事情は分からないが太守は大変だっただろう。
けれど、それに見合う以上の内容にはなっているはずだ。
「注文通り、嗜好品や楽器なども別のコンテナに入れてもってきたぜ」
「ヒトは食糧だけで生きてる訳ではないのだ」
「士気にも関わる事だろうしな」
うんうんと小さく頷きながらシュナンは応える。
兵士達は自動で動く人形ではないのだ。長い遠征となれば尚の事、気を遣う必要があるだろう。
ストレガが胸を張った。
「総じて、ヒトが集まればそれだけ食料と金がかかるものなのだ」
それが軍を率いるという事なのだから。
●
ガッチガチの大地に向かって、ベルク・オスマットは渾身の力でスコップを突き立てた。
「ふむ、かつての領境で砦跡。地盤がしっかりしているここなら、中継拠点兼前線指令拠点としてふさわしいな」
額に流れる汗を拭う。
砦を立て直す訳ではないが、拠点としての機能を持つ建物は作っておきたかった。
様子を見に来たコンラートの表情を見るに、ベルクが取り組んでいる事は太守の期待に応えているようだ。
「作業が順調そうだが、どこまで建てるつもりですか?」
「ぶっちゃけ、北壁なら物資は最悪野晒しでも影響が出るような暑さにならんし、今の時期なら兵員もゲルや天幕でしのげるからな。優先は防衛設備と集積・整理用の倉庫だ」
「私もその認識です」
コンラートはベルクに同意すると極北の方角に鋭い視線を向けた。その意味をベルクは理解していた。
「ヨゼフが北の駄蜥蜴と手を組みおったからな、クリーパーだけでなく、過激派も警戒せんといかん」
「厄介な事だ」
流石にオルセンでヨゼフに追随する者による反乱は無いだろうが、征竜信奉の過激派による襲撃や補給線への攻撃はあり得るだろう。
北伐隊にとって悪い影響が最小になればと思いながら、ベルクは再びスコップを手に取るのであった。
●
物資を満載した車列が荒野を進んでいた。僅かに残る轍をなぞりながら、目指す先は最前線だ。
その車列の先頭にロゼットは詰めていた。
「授恵者の癒し手が同行するというだけでも、精神的な疲労は減るでしょうから」
ニッコリと微笑んだ彼女に補給部隊の面々は安堵した様子だった。
基本的に戦力は本隊に組み込まれている。輸送部隊の護衛は最低限だし、その質も低かった。中には今回が初陣という徴集兵もいた。
「冒険者が一人いるだけでも安心感が違います」
初老を迎えた輜重隊の隊長が言いながら周囲の警戒を続ける。
「輸送隊から負傷者が出れば補給の質が低下するし、怪我人を抱えた集積所の負担も増えてしまうわ」
「先程も助かりました」
はぐれ魔獣と遭遇したのだ。ロゼットがいなければ、ある程度の損害は覚悟しなければならなかっただろう。
彼らは良く戦い、魔獣を撃退できた。負傷者が出たが回復魔法で完治したので、実質、輸送隊にダメージは無い。
「これからも貴方方に神の御加護がありますように」
彼らが無事に任務を果たせるようにとロゼットは祈りの言葉を紡ぐ。
今回は同行できたが、いつまでも一緒という訳ではないのだから。
●
北部鎮守都市オルセンの太守であり、北伐隊を率いるコンラートは、遺跡周辺での拠点作成に必要な資金について冒険者達と意見を交わしていた。
「確かに、キオルティス卿の言う通り、北伐隊には直接関係の無い話ですが、試作耕作地の重要性について、私も理解している所です」
「ここで出し渋るのは失策じゃないかなってね」
キオルティス達、冒険者が交渉に来なければ予算は大幅に減額する予定だった。
状況も分かるし将来性も理解している。しかし、今は北伐中で資金繰りが困難なのだ。簡単には首を縦に振れない、コンラートの都合もあった。
太守は僅かに唸った後、キオルティスに訊ねる。
「名も無き神の一柱は封印を解かれたら、クリーパーと戦う以外に興味は無いのでしょうか?」
「ここに来る前に確認したけれど、戦う事以外は特に興味もないようだね。自然環境に影響を与えた事も、本人が意図した事じゃないみたいだし」
戦い以外は今の時代の人々に任せるつもりのようだった。
かつて、神々はクリーパーを相手に戦い続けたという。彼女の戦いはまだ終わっておらず、故に、それ以外の事については特に考えが及ばないのかもしれない。
身振りを加えながらキオルティスの話は続く。
「エーテルがこの先断たれても、まだ時間がある。その間に新しい環境対策や技術が出る可能性もあると俺は信じています」
その台詞に続くように、シルヴィア・A・カペルが纏めた資料を提出した。
「ファンゾムの証言と遺跡周辺の状況等を記しました。目を通していただければと思います」
受け取った資料をパラパラと捲りながら読むコンラート。
表情を見るに、反対したい理由を探しているようには見えない。むしろ、予算を出す事に当たって、上層部を説得する為に必要な情報を探している……ようだ。
「カペル卿の意向は?」
「この地の人々が飢える事のない様にと願っております。その為にも本来の大地を想定し、作物の研究を行う方が道理に叶う事です。それに、環境が落ち着いている今、拠点を整備した方が、結果的に費用が抑えられます」
「ふむ……確かに。遺跡の場所は遠い。小出しに拠点を広げるよりも一度で済ませた方が安上がりですか」
「拠点があれば遺跡の調査も進むでしょう。もし、太古の植物の種が見つかる事があれば、故郷の植物研究所でも研究させて欲しいです」
その抜け目の無さにコンラートは口元を緩めた。
シルヴィアの台詞の意味は、将来的にカペル領に利すると共に、オルセンにとって協力者になれる事を示唆していると解釈したからだ。
次に太守はレティシア・レインフィールに視線を向ける。
「政治的に、レインフィール卿はどのように考えますか?」
「もし本当に神話に等しい時代の遺構なのでしたら、学術都市ヴェルクリエと交流が深められないでしょうか」
「なるほどです。学者が集まれば様々な課題への答えに繋がると」
言わんとした事をコンラートが答え、レティシアは微笑を浮かべて頷いた。
「太守様もご存知のように、現在、帝国も王国も政治的な転換点を迎えております……私も流れる血を、少なくする努力は致しますが……このような時流だからこそ、神代の遺跡調査は手札の一つに成り得るかと」
「私が太守でいる限り、オルセンは『人類の盾』であり続けます。そして、ヨゼフ・バルダスが帝国民の裏切り者である事に変わりはありません。故に、かの裏切り者と戦う事になった場合の備えも必要ならば、確かに手札は多い方が良い」
予算獲得の交渉は無事に達成したようだ。ここまで材料が揃ったならば、上層部を言い聞かせる事は容易だろう。上質な紙にスラスラと金額を記す――と、ここでクレア・エクレールが身を乗り出して前かがみになる。
いや、色仕掛けをしているつもりは無い。そんなものが通じないのは百も承知だ。
「3割は欲張り過ぎかもしれないけど、せめて1割は色付けて欲しいなぁ……なんて」
クレアの言葉にコンラートが手を止める。
「十分な金額では?」
「単純に資材費とかじゃなくて元金としても出してくれれば、そこから増やせると思うんだよね……イグシィなら」
「優秀な人物だとトレイシーから聞いている。ただ、その話だけで信用して良いかと言うとそうでもないですが」
太守からの返しにどう応えたものかと思案するクレア。
まさか、メドゥの指先幹部が率いた組織の財務を支えていた……とは言えないし、予算を引き出せたら彼に褒めて貰えるかなという下心を出す訳にもいかない。
「この先行投資、決して無駄じゃないと思う。北伐の後も考えたら尚の事」
北伐が終われば冬備えが来る。その前に活動費を増やせるようであれば急な出費にも対応しやすいだろう。
「彼ならそれが出来ると?」
「できます!」
断言して即答した。彼の事は誰よりもよく知っているから。
あまりに自信満々なクレアの態度にコンラートは苦笑いしながら、予算額を上乗せするのであった。
●
交渉組のおかげで多くの予算を獲得した為、資材や人夫は沢山準備が出来た。
冒険者達のアイデアや方針を取り入れた拠点作成は特に問題らしい問題も無く進み、今はキラリ=マバユイが目を輝かせて施設の一部を造っている。
「秘密基地だよね。任せてください!」
正確に言うと、公にされるので『秘密』ではないのだが……。
目をパチクリとさせているトレイシーとイグシィの二人にグッと親指を立てた。
「僕は作り慣れてます!」
本人からそう言われてしまえば、作業の手を止めさせる訳にもいかない。
そんな訳で、『居住』『備蓄』『救護室』に続き、出来上がったのは『食堂兼娯楽室』だった。撞球、手札遊戯、投矢……そういった遊べて、かつ、飲食も出来る場所が完成した。
物珍しそうに球を手にしながらトレイシーが尋ねる。
「拠点に必要なのかな?」
「形だけでもあれば気が休まるのです」
キラリは即答した。
どちらかというと研究一筋のトレイシーは「ふーん」と声を漏らしたが、イグシィは意外にも満足そうだった。
なんでも、長期滞在が基本となる拠点なので息抜きする場はあった方が良いという話だからだった。
●
ルベア・ベルニとミア=リゼルの二人は川辺の岩畳に腰を降ろして休憩を取っていた。
疲れた身体を労わるようにハーブ茶で喉を潤していたが、やがて訪れた沈黙をルベアが破った。
「この身にマガリーと同じ血が流れているかも、なんて……」
それは別の依頼での事だ。『赤の親指』ミュルコレオが組織から得た可能性の一つとして告げた事。その場にはマガリーもいたが、戦闘中というのもあり、詳しく聞く事も出来なかった。
「本当だったなら、以前ゾンバルダに向けた怒りも、これまで、あの女に抱いていた恨みも全部……あの女のエゴと一緒だったってこと?」
最近はその悩みのせいで、色々な事が鈍っている気がする。
前に進めていない。今はまだ致命的な失敗には至っていないが、戦場ではちょっとしたズレが、取り返しのつかない出来事に繋がる場合もあるのだ。
「……私は、これからどうしたらいいの?」
顔を埋めて呟く姿から、抱えている辛さが溢れ出ていた。
そんなルベアにミアは――迷いながらも優しく背を撫でる。ゆっくり、ゆっくりと。想いを紡ぎながら。
「私も、あの父の血を引いていますから未だに色々と悩んでいます」
血を有しているからこその責務。王国では血は尊いものとして扱われる。そうでなければ世襲制が意味を成さないからだ。
同時にミアは父とは違う。人は一人ひとり別なのだ。そう信じ、認めてくれる人がいる間は――。
「……私は悩み続ける事を選びました」
それが正解かは分からないけれど。だからこそ、今、彼女に伝えたい事がある。
「答えに至るには『知る』事が大事かと。死んでしまった後では、何も……わからないです」
ミアの頭の中をジードが過ぎる。
人は知らないままでは納得できないものだ。そして、その機会はいつ失われるか分からない。
「まず知る事を目標にしませんか? 真実かどうかを確かめる為にも」
きっと、縁があったのだ。関わらなければ交わる事が無かった縁。
その為に今、悩んでいるのであれば、縁が紡いだ真実を確かめる意味はあるはず。
「……そう、ね」
思えば、マガリーの事は知らないだらけだ。半獣人との血の繋がりがメドゥと関わる切っ掛けだったかもしれない。けれど、ミュルコレオの話によると、その欠落は指先には至れないという。
マガリーを知り、その上で自らの立ち位置を見つめ直す――パンパンとルベアは自身の頬を叩くのであった。
●
黙々と整地をルイドは続けていた。拠点の規模は大きくなった為、想定していたものよりも立派になったが、拡張性はあった方が良いと判断したからだ。
「そういや、訊いておきたいんだが」
話を振った先には、ファンゾムが敷いた板の上でくつろいでいた。おかげで胸元も太腿も際どいラインを描いている。
「なぁにぃ、ルイド君?」
「お前の封印を解いた場合、記憶やら性格やら内面には何か変化あるのか?」
これまで分体に違いは生じていないが、気になる所ではあった。
自身の事を守護者が興味を持った――という事が嬉しいようで、ファンゾムは笑顔を浮かべて応える。
「ないわよぉ~。だってぇ、いちいち設定考えるのぉ、面倒でしょう~」
「……だな」
つまり、稀に真面目な口調になる事や普段からの甘ったるい口調は表裏がある訳ではなく、ファンゾムという人物像そのままという事なのだろう。感情の変化で口調が変わる事はよくある話だし。
「封印をどうこうするかは兎も角、手段がねぇと選ぶ事もできないな」
ルイドが独り言のように発した台詞にファンゾムは視線を別の方向に向けながら応える。
「たぶん~。解除はできそうよぉ~?」
視線の先には拠点造りに励む剣士の冒険者の姿があった――。
【93⇒92】
低く垂れこめた雲の隙間から星空が見えた。
辺り一面は夜の闇に包まれ、静寂が支配している。極北に近いこの場所では生き物の数が豊かな地とは異なる。
「今のところ、夜行性の魔獣の姿は見ないようです」
セロンガード・シュタインドルフが暗闇の中をジッと観察していた。
同行しているティトが小さく頷く。
「変な臭いもしないし、見えない敵はいなそうかな……たぶん」
二人は危険な夜間偵察に赴いていた。
暗視があるからといって油断はできない。昼間よりも見えにくいのは確かな事。
「移動中に遭遇したクリーパーもあれから見なくなりましたし、クリーパーの出現理由はよく分かりません」
そのクリーパーは背後から突然襲って来た。軟体形状で音も無かったのだ。幸い、大事には至らず、セロンガードが返り討ちにしたが……。
「気が付いたら、囲まれていた……とかは、やだな……」
心配そうに毛布に包まって周囲を警戒するティト。
奇襲を受けた理由は概ね見当がついていた。地表に居れば見落とす事は無かったし、空中に浮いていればそれはそれですぐに分かっただろう。
となると、地中からの襲撃だった訳だ。
「スキルを使う事で逆に探知されてしまうのではないかと思ったのですが、もう少し使っていきたいと思います」
地面の中に隠れているのであればスキルを使って確認するしか術はない。
セロンガードは試しに意識を集中させた――が、今のところ、二人の周囲にクリーパーや魔獣の存在は無いようだ。
「もう少し休憩したら、次のポイントに移動しましょう」
「は、い……」
寒さから逃れるようにティトは毛布の端を手繰り寄せた。
「それまで、居眠り……じゃなくて、近辺の警戒監視に、努める……よ」
夜間偵察に出て来て眠ってしまったら意味が無い。
その時、雲が流れ去って、月明りが降り注いだ。今のところ、見える限りの中に脅威となるような存在は見られない。
「静かすぎませんか?」
聞こえるのは自分達の息遣いだけにセロンガードが違和感を覚えた。
極北が厳しい環境にあるのは分かるが、それにしても、だ。夜行性の動物や昆虫の類の気配すらしないのだから。
「確かに……これじゃ、まるで……」
生命が存在しない世界のようだ。
こんな所では誰かが意図的にクリーパーを誘導させるのは無理があるだろう。世界にたった二人しかいないような虚しさを感じ、二人は寒さに耐えるよう肩を寄り添うのであった。
●
偵察任務に赴いたトーラはオルセン近郊まで南下してきたクリーパーの痕跡を探していた。氷の塊を取り込んだ流氷のようなクリーパーが残したような跡……それらは領境から北ではなく、東方向の北壁山脈から続いているようだった。
「これ以上の追跡は、偵察方向と異なりますね」
トーラはそう呟くと足を止めた。
山脈の雪や氷を取り込んだクリーパーがエーテルを求めて移動してきたのであろう。微かなエーテルを感じ取って南下したという事であれば、それなりの理屈ではある。
そして、もう一つ分かった事がある。
(……この厳しい大地では生活する事すら困難なようです)
メドゥに属する者やクリーパーを誘導して悪事を働くような悪者が、此処でよからぬ事を企てたようとしよう。まずはその者の衣食住を整える必要がある。
しかし、生半可な準備では到底、オルセンに陰謀を仕掛けられる策源地には成り得ないのだ。そもそも、生活するだけで精一杯の環境。それが、極北にほど近い、この地の状況という事が偵察に出てよく分かった。
(何者かが生活している痕跡も無いという事は、つまり、オルセンを度々脅かすクリーパーは人為的ではないという事ですね)
それが分かっただけでも、成果はあったとみるべきだろう。
●
どこまでも続く荒野をハヤト=ガラン=ヴォルファングが駆ける。
時には危険な存在と遭遇する可能性があるにも関わらず、一人だったのは、その方が機動力を活かせると思ったからだ。
「次の進行ルートの選定を兼ねたつもりだったが、どこを通っても変わらなさそうだな」
突如、出現した軟体型のクリーパーを粉砕し、ハヤトは周囲を見渡す。
今のところ、同様のクリーパーが姿を現す気配は無い。
「しっかし、さっきも出たな、こいつ」
塵となって消えゆく様子をみつめつつ、そんな言葉を口にした。
新たな補給路を設定する為に広範囲を移動したはずなのだが、これまで3回程、会敵したのだ。そのいずれも、似たようなクリーパーだった。
ちなみに、現れた数はそれぞれ1体のみで、ハヤトの実力であれば特に問題なく倒す事ができる程度だ。
「……地中にも隠れているようだしな。意味が分からねぇぜ」
時折、相当な数や大きな数を感知していたが、動く気配は見られなかったし、地面の中では流石のハヤトも拳や蹴りを入れる訳にはいかない。
頭の上に疑問符を浮かべながらハヤトは帰路についた。本人は成果があまり得られなかったと思っているようだが、その索敵した範囲が、この後の決断に重要な意味を持つ事を彼はまだ知らなかった。
●
時折、地中にクリーパーの存在を確認しつつ、ナハティガル=ラーは偵察を続けていた。
「ここで待機だ」
本隊から預かった数人の兵士達に向かって指示を出すと、ナハティガルは一人、先行する。
クリーパーの存在をスキルの力で確認できたが目視している訳ではないのだ。安全を確認する為、一人で近づくが……今のところ、反応は見られない。
気が付いていないだけなのか、それとも別の要因があるのか……。
その時、別方向から同じく偵察を行っていたアステルが元気に手を振りながらやって来た。
「ナハティガルさん、そちらはどうなのかな?」
「今まさに、地面に潜んでいると思われるクリーパーを見つけたところだ」
その台詞を聞いて驚きながらすぐに戦闘態勢に入るアステル。
「臭いは……しないようだね」
地中の茸を嗅ぎ分ける事だって不可能ではない超嗅覚ではあるが、今回は分が悪かった。もっとも、アステルの行動は無駄ではない。
超嗅覚が通じにくい相手というのも大事な情報だからだ。
対象の真上で試しに踏み鳴らすナハティガル。だが、相手に動きは見られない。
「クリーパーの発生が仕組まれたものならば、何処かにエーテルの流れが不自然な場所がある筈と思っていた。だが、そんなものは無いようだ」
「人為的な可能性は低いって事だね」
アステルの言葉にナハティガルは頷く。一先ずは偵察の目的は達成しただろうか。
そして、兵達に帰還の指示を出した直後だった。一人の兵が警戒の声を挙げる。
ナハティガルが調べていた地面とは全くの別方向の所から、数体の軟体クリーパーが姿を現したのだ。
「兵士達の足音に反応したか!?」
「でも、これぐらいの数なら、私達で!」
二人の反応は早かった。兵士達の援護射撃を受けながら、ナハティガルが出鼻を挫くように猛攻を仕掛け、アステルがクリーパーの注意を引きつける。
敵の攻撃がアステルに集中したが、ナハティガルが一体ずつ確実に倒した事もあって大事に至らなかった。
「兵隊さん達を守れて良かったよ」
怪我の具合を確認しながらアステルは微笑を浮かべる。シーザロアが効果を発揮する事が分かったのは大きい。
一方のナハティガルは険しい表情で全滅させたクリーパーが塵となって消える様子を見つめていた。
(兵士達が動き出した途端、姿を現したのは振動を感じ取ったからか)
必ずしも毎回絶対に……という訳では無いだろうが、そのように推察した。
だとしたら、もし、大勢の者を引き連れて長距離を移動した場合……大変な事になるのではないか、と――。
●
ナハティガルの予感は別の所で現実となった。
クリーパーへの偵察だけではなく、周辺の地形も把握する為に回っていたアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトとダニエル・ヘリントンの二人は、北の方角から土煙がもうもうと上がっているのを発見した。
「他の偵察隊でしょうか?」
手を翳して注視するダニエル。
冒険者だけではなく北伐隊からも偵察隊は出ている。その一隊のようだが、不自然な様子だった。まるで、何かから逃げているような……。
その正体は間もなく分かった。数人からなる騎馬の偵察隊の背後を、軟体クリーパーの群れが追いかけてきているのだ。
「本体のみんなが行軍しやすいように、ここで敵の討伐を行うぜ!」
アルベルトが勇ましく構える。
偵察隊が速度を落としながら、合流すると反転した。
「ご助力感謝します」
「奴等、次々に地面から湧き出てきて」
「我々だけでは手に負えないのです」
この偵察隊の中に授恵者はいないようだった。
軟体クリーパーの数は少なく見積もっても二十は越えるだろう。騎兵数人では捌き切れない訳だ。
「皆さんを援護します!」
支援魔法を掛けるダニエル。
騎馬兵らは機動力が命だ。アルベルトが踏み止まって戦線を維持する以上、攻撃が彼に集中するのは当然の事。ダニエルは回復魔法がいつでも唱えられるようにエーテルを紡ぐ。
蠢きながら迫って来る軟体クリーパーの先頭に向かって、アルベルトが大剣をエーテルと共に叩きつけた。
「戦いなら任せろ!」
強力無比な一撃により、塵となって消えた存在と、頑健にも耐えきった存在と明確に分かれた。何かしらの『仕組み』が存在しそうだが、ゆっくり解明している暇はなさそうだ。
というのも、アルベルトとダニエルの二人では抑えきれないクリーパーの一部が騎兵達を追いかけ出したからだ。
「そのまま引き撃ちして時間を稼げ!」
「回復魔法の射程に気を付けて下さい」
アルベルトとダニエルの言葉に騎兵達は応じると、馬上で弓を構えた。
少数での偵察任務に当たっているだけあって、技量は高いようだ。それは、彼らを死せるような事があれば、北伐隊の戦力が低下する事を意味する。
幸いな事に敵は数こそいたが、強い個体はいなかったようで、時間は掛かったものの、偵察隊を追いかけていたクリーパー共をアルベルトとダニエルは殲滅する事が出来たのであった。
●
算盤に音を立ててアウレーリア・フォン・ネーベルベルクは積み上がった書類を捌いていた。
兵站が滞れば北伐隊は先に進めない。しかし、進めば進む程、補給路も伸び、コストを要する。貴重な食材が無駄にならないように、かつ、効率よく消費していくには管理が極めて大事だし、補給路の安全を確保しなければならない。
本幕の隣に設けられた管理棟にて計算を続けるアウレーリアの所にコンラート・マフダルが訪れたのは夜も更けてからだった。
「苦労を掛ける」
当然、夜這いではない。遠征中といえども太守の仕事は多忙だ。顔を出したかったが遅くなったという所だろう。
「問題はありません。それより、補給状況によっては戦闘部隊だけで前進も考えなければいけないようです」
「その事で相談に来た」
太守の言葉にアウレーリアはペンを止めると向き直って畏まり、次の台詞を待つ。
コンラートは声を小さく、耳元で呟くように言った。
「先程、偵察部隊が帰還した。全容がまだ分からないが……万が一に備えたい」
「……分かりました」
撤退時、持ち出せる物資は最小に限られる。それを前提に兵站管理をして欲しいという事だ。難儀する内容ではあるものの、アウレーリアは頷くと帳簿を書き直すのであった。
●
練兵に勤しんでいるのはフリーダ=ブロムヴィストだった。
新兵を中心に組織的な戦いについて訓練していく。個々や小隊における戦闘技術は既に習得済みのはずだから、もう少し高度な戦術について指導しているのだ。
「緒戦はサクッと突破こそできましたが、ここからが本番といったところでしょうか。啓示にも『ここでの準備次第でロ=スの可能性も』とありますし、万全を期したいところですね」
啓示の事は脇に置いておくとしても、フリーダの錬兵は後日、重要な意味を持つ事になるのだが……。
「本日は陣地を使った遅滞戦術と反転攻勢について説明したいと思います」
軍隊が前進を続ける限り、その心は目的地へと集まる。しかし、防御する際の心は離散する。踏み止まろうとする者、命欲しさに逃げ出そうとする者、体制を整え逆襲しようとする者。大事なのは組織だった動き方だ。
「遅滞戦術とは単なる撤退ではありません。可能な限り戦力を保持しつつ、敵を漸減させ、こちらの意図したタイミングで一転攻勢を仕掛ける為の戦い方です」
座学の後は実地での動き方を確認する。多くの新兵達はフリーダの教えを真面目に学び続けるのであった。
●
アルマ・ヴァレンタインが台の上から巨大なお玉で鍋の中身をぐるぐると回す。
その鍋の大きさも相当なものだ。アルマならすっぽり入る事ができるだろう……アルマ煮は、もしかして良い出汁がでるかもしれないなどと余計な事が頭の中を通り抜けていく。
「温かくて元気の出るような煮込みメニューがいいよね!」
南国ならともかく、極北に近い場所なのだ。真夏とはいえ気温は高くない。むしろ、朝晩の冷え込みは兵士達の体力と気力を大幅に減退させるだろう。
煮込みは保存が効く根菜類が中心となるが、それだけだと飽きてしまう。
そこでアルマが目につけたのは乾燥野菜やドライフルーツだ。水分が抜ければそれだけ軽くなるし、なにより、味が凝縮して旨みも増す。
「環境が適していて良かったよ」
天気は良いし冷たい北風が吹いてくるのだ。おまけに鳥や虫も豊かな地と比べ少ない。大量に干せるだけの広さも十分にあった。
「いっぱいできたら、非常用に個々に渡しておいてもいいかな。後でコンラートさんに訊いてみようかな」
焦げないように鍋の中身を掻きまわしながら、アルマはそう独り言を呟いた。
後日、その非常食が兵士一人ひとりの支えになる事を今はまだ知る由もなかった。
●
補給物資を満載した馬車の一団が集積所に到着した。
帝国商人シュナン・ボートンが率いる商隊だ。オルセン軍からの要請……正確には、彼らのような商人や傭兵を積極的に活用すべきと進言したストレガ・L・リベルガストラの呼び掛けに応じて、輸送の一部を請け負っていた。
「コンテナの取り外しを急げ! 日が暮れるのが早いからな」
部下に命じているシュナンにストレガがゆっくりとした足取りで寄った。
「なるほど。コンテナがそのまま秣倉庫になる訳か。シュナン殿に委託した意味はあったという訳なのだ」
ストレガは北伐隊に同行している軍用動物の秣の調達や輸送を商人に行わせていた。交渉は彼女自身だが、費用はオルセン軍から出資されている……懐事情は分からないが太守は大変だっただろう。
けれど、それに見合う以上の内容にはなっているはずだ。
「注文通り、嗜好品や楽器なども別のコンテナに入れてもってきたぜ」
「ヒトは食糧だけで生きてる訳ではないのだ」
「士気にも関わる事だろうしな」
うんうんと小さく頷きながらシュナンは応える。
兵士達は自動で動く人形ではないのだ。長い遠征となれば尚の事、気を遣う必要があるだろう。
ストレガが胸を張った。
「総じて、ヒトが集まればそれだけ食料と金がかかるものなのだ」
それが軍を率いるという事なのだから。
●
ガッチガチの大地に向かって、ベルク・オスマットは渾身の力でスコップを突き立てた。
「ふむ、かつての領境で砦跡。地盤がしっかりしているここなら、中継拠点兼前線指令拠点としてふさわしいな」
額に流れる汗を拭う。
砦を立て直す訳ではないが、拠点としての機能を持つ建物は作っておきたかった。
様子を見に来たコンラートの表情を見るに、ベルクが取り組んでいる事は太守の期待に応えているようだ。
「作業が順調そうだが、どこまで建てるつもりですか?」
「ぶっちゃけ、北壁なら物資は最悪野晒しでも影響が出るような暑さにならんし、今の時期なら兵員もゲルや天幕でしのげるからな。優先は防衛設備と集積・整理用の倉庫だ」
「私もその認識です」
コンラートはベルクに同意すると極北の方角に鋭い視線を向けた。その意味をベルクは理解していた。
「ヨゼフが北の駄蜥蜴と手を組みおったからな、クリーパーだけでなく、過激派も警戒せんといかん」
「厄介な事だ」
流石にオルセンでヨゼフに追随する者による反乱は無いだろうが、征竜信奉の過激派による襲撃や補給線への攻撃はあり得るだろう。
北伐隊にとって悪い影響が最小になればと思いながら、ベルクは再びスコップを手に取るのであった。
●
物資を満載した車列が荒野を進んでいた。僅かに残る轍をなぞりながら、目指す先は最前線だ。
その車列の先頭にロゼットは詰めていた。
「授恵者の癒し手が同行するというだけでも、精神的な疲労は減るでしょうから」
ニッコリと微笑んだ彼女に補給部隊の面々は安堵した様子だった。
基本的に戦力は本隊に組み込まれている。輸送部隊の護衛は最低限だし、その質も低かった。中には今回が初陣という徴集兵もいた。
「冒険者が一人いるだけでも安心感が違います」
初老を迎えた輜重隊の隊長が言いながら周囲の警戒を続ける。
「輸送隊から負傷者が出れば補給の質が低下するし、怪我人を抱えた集積所の負担も増えてしまうわ」
「先程も助かりました」
はぐれ魔獣と遭遇したのだ。ロゼットがいなければ、ある程度の損害は覚悟しなければならなかっただろう。
彼らは良く戦い、魔獣を撃退できた。負傷者が出たが回復魔法で完治したので、実質、輸送隊にダメージは無い。
「これからも貴方方に神の御加護がありますように」
彼らが無事に任務を果たせるようにとロゼットは祈りの言葉を紡ぐ。
今回は同行できたが、いつまでも一緒という訳ではないのだから。
●
北部鎮守都市オルセンの太守であり、北伐隊を率いるコンラートは、遺跡周辺での拠点作成に必要な資金について冒険者達と意見を交わしていた。
「確かに、キオルティス卿の言う通り、北伐隊には直接関係の無い話ですが、試作耕作地の重要性について、私も理解している所です」
「ここで出し渋るのは失策じゃないかなってね」
キオルティス達、冒険者が交渉に来なければ予算は大幅に減額する予定だった。
状況も分かるし将来性も理解している。しかし、今は北伐中で資金繰りが困難なのだ。簡単には首を縦に振れない、コンラートの都合もあった。
太守は僅かに唸った後、キオルティスに訊ねる。
「名も無き神の一柱は封印を解かれたら、クリーパーと戦う以外に興味は無いのでしょうか?」
「ここに来る前に確認したけれど、戦う事以外は特に興味もないようだね。自然環境に影響を与えた事も、本人が意図した事じゃないみたいだし」
戦い以外は今の時代の人々に任せるつもりのようだった。
かつて、神々はクリーパーを相手に戦い続けたという。彼女の戦いはまだ終わっておらず、故に、それ以外の事については特に考えが及ばないのかもしれない。
身振りを加えながらキオルティスの話は続く。
「エーテルがこの先断たれても、まだ時間がある。その間に新しい環境対策や技術が出る可能性もあると俺は信じています」
その台詞に続くように、シルヴィア・A・カペルが纏めた資料を提出した。
「ファンゾムの証言と遺跡周辺の状況等を記しました。目を通していただければと思います」
受け取った資料をパラパラと捲りながら読むコンラート。
表情を見るに、反対したい理由を探しているようには見えない。むしろ、予算を出す事に当たって、上層部を説得する為に必要な情報を探している……ようだ。
「カペル卿の意向は?」
「この地の人々が飢える事のない様にと願っております。その為にも本来の大地を想定し、作物の研究を行う方が道理に叶う事です。それに、環境が落ち着いている今、拠点を整備した方が、結果的に費用が抑えられます」
「ふむ……確かに。遺跡の場所は遠い。小出しに拠点を広げるよりも一度で済ませた方が安上がりですか」
「拠点があれば遺跡の調査も進むでしょう。もし、太古の植物の種が見つかる事があれば、故郷の植物研究所でも研究させて欲しいです」
その抜け目の無さにコンラートは口元を緩めた。
シルヴィアの台詞の意味は、将来的にカペル領に利すると共に、オルセンにとって協力者になれる事を示唆していると解釈したからだ。
次に太守はレティシア・レインフィールに視線を向ける。
「政治的に、レインフィール卿はどのように考えますか?」
「もし本当に神話に等しい時代の遺構なのでしたら、学術都市ヴェルクリエと交流が深められないでしょうか」
「なるほどです。学者が集まれば様々な課題への答えに繋がると」
言わんとした事をコンラートが答え、レティシアは微笑を浮かべて頷いた。
「太守様もご存知のように、現在、帝国も王国も政治的な転換点を迎えております……私も流れる血を、少なくする努力は致しますが……このような時流だからこそ、神代の遺跡調査は手札の一つに成り得るかと」
「私が太守でいる限り、オルセンは『人類の盾』であり続けます。そして、ヨゼフ・バルダスが帝国民の裏切り者である事に変わりはありません。故に、かの裏切り者と戦う事になった場合の備えも必要ならば、確かに手札は多い方が良い」
予算獲得の交渉は無事に達成したようだ。ここまで材料が揃ったならば、上層部を言い聞かせる事は容易だろう。上質な紙にスラスラと金額を記す――と、ここでクレア・エクレールが身を乗り出して前かがみになる。
いや、色仕掛けをしているつもりは無い。そんなものが通じないのは百も承知だ。
「3割は欲張り過ぎかもしれないけど、せめて1割は色付けて欲しいなぁ……なんて」
クレアの言葉にコンラートが手を止める。
「十分な金額では?」
「単純に資材費とかじゃなくて元金としても出してくれれば、そこから増やせると思うんだよね……イグシィなら」
「優秀な人物だとトレイシーから聞いている。ただ、その話だけで信用して良いかと言うとそうでもないですが」
太守からの返しにどう応えたものかと思案するクレア。
まさか、メドゥの指先幹部が率いた組織の財務を支えていた……とは言えないし、予算を引き出せたら彼に褒めて貰えるかなという下心を出す訳にもいかない。
「この先行投資、決して無駄じゃないと思う。北伐の後も考えたら尚の事」
北伐が終われば冬備えが来る。その前に活動費を増やせるようであれば急な出費にも対応しやすいだろう。
「彼ならそれが出来ると?」
「できます!」
断言して即答した。彼の事は誰よりもよく知っているから。
あまりに自信満々なクレアの態度にコンラートは苦笑いしながら、予算額を上乗せするのであった。
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交渉組のおかげで多くの予算を獲得した為、資材や人夫は沢山準備が出来た。
冒険者達のアイデアや方針を取り入れた拠点作成は特に問題らしい問題も無く進み、今はキラリ=マバユイが目を輝かせて施設の一部を造っている。
「秘密基地だよね。任せてください!」
正確に言うと、公にされるので『秘密』ではないのだが……。
目をパチクリとさせているトレイシーとイグシィの二人にグッと親指を立てた。
「僕は作り慣れてます!」
本人からそう言われてしまえば、作業の手を止めさせる訳にもいかない。
そんな訳で、『居住』『備蓄』『救護室』に続き、出来上がったのは『食堂兼娯楽室』だった。撞球、手札遊戯、投矢……そういった遊べて、かつ、飲食も出来る場所が完成した。
物珍しそうに球を手にしながらトレイシーが尋ねる。
「拠点に必要なのかな?」
「形だけでもあれば気が休まるのです」
キラリは即答した。
どちらかというと研究一筋のトレイシーは「ふーん」と声を漏らしたが、イグシィは意外にも満足そうだった。
なんでも、長期滞在が基本となる拠点なので息抜きする場はあった方が良いという話だからだった。
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ルベア・ベルニとミア=リゼルの二人は川辺の岩畳に腰を降ろして休憩を取っていた。
疲れた身体を労わるようにハーブ茶で喉を潤していたが、やがて訪れた沈黙をルベアが破った。
「この身にマガリーと同じ血が流れているかも、なんて……」
それは別の依頼での事だ。『赤の親指』ミュルコレオが組織から得た可能性の一つとして告げた事。その場にはマガリーもいたが、戦闘中というのもあり、詳しく聞く事も出来なかった。
「本当だったなら、以前ゾンバルダに向けた怒りも、これまで、あの女に抱いていた恨みも全部……あの女のエゴと一緒だったってこと?」
最近はその悩みのせいで、色々な事が鈍っている気がする。
前に進めていない。今はまだ致命的な失敗には至っていないが、戦場ではちょっとしたズレが、取り返しのつかない出来事に繋がる場合もあるのだ。
「……私は、これからどうしたらいいの?」
顔を埋めて呟く姿から、抱えている辛さが溢れ出ていた。
そんなルベアにミアは――迷いながらも優しく背を撫でる。ゆっくり、ゆっくりと。想いを紡ぎながら。
「私も、あの父の血を引いていますから未だに色々と悩んでいます」
血を有しているからこその責務。王国では血は尊いものとして扱われる。そうでなければ世襲制が意味を成さないからだ。
同時にミアは父とは違う。人は一人ひとり別なのだ。そう信じ、認めてくれる人がいる間は――。
「……私は悩み続ける事を選びました」
それが正解かは分からないけれど。だからこそ、今、彼女に伝えたい事がある。
「答えに至るには『知る』事が大事かと。死んでしまった後では、何も……わからないです」
ミアの頭の中をジードが過ぎる。
人は知らないままでは納得できないものだ。そして、その機会はいつ失われるか分からない。
「まず知る事を目標にしませんか? 真実かどうかを確かめる為にも」
きっと、縁があったのだ。関わらなければ交わる事が無かった縁。
その為に今、悩んでいるのであれば、縁が紡いだ真実を確かめる意味はあるはず。
「……そう、ね」
思えば、マガリーの事は知らないだらけだ。半獣人との血の繋がりがメドゥと関わる切っ掛けだったかもしれない。けれど、ミュルコレオの話によると、その欠落は指先には至れないという。
マガリーを知り、その上で自らの立ち位置を見つめ直す――パンパンとルベアは自身の頬を叩くのであった。
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黙々と整地をルイドは続けていた。拠点の規模は大きくなった為、想定していたものよりも立派になったが、拡張性はあった方が良いと判断したからだ。
「そういや、訊いておきたいんだが」
話を振った先には、ファンゾムが敷いた板の上でくつろいでいた。おかげで胸元も太腿も際どいラインを描いている。
「なぁにぃ、ルイド君?」
「お前の封印を解いた場合、記憶やら性格やら内面には何か変化あるのか?」
これまで分体に違いは生じていないが、気になる所ではあった。
自身の事を守護者が興味を持った――という事が嬉しいようで、ファンゾムは笑顔を浮かべて応える。
「ないわよぉ~。だってぇ、いちいち設定考えるのぉ、面倒でしょう~」
「……だな」
つまり、稀に真面目な口調になる事や普段からの甘ったるい口調は表裏がある訳ではなく、ファンゾムという人物像そのままという事なのだろう。感情の変化で口調が変わる事はよくある話だし。
「封印をどうこうするかは兎も角、手段がねぇと選ぶ事もできないな」
ルイドが独り言のように発した台詞にファンゾムは視線を別の方向に向けながら応える。
「たぶん~。解除はできそうよぉ~?」
視線の先には拠点造りに励む剣士の冒険者の姿があった――。
【93⇒92】
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
兵站支援&偵察、拠点作成という形になりましたが、大事なところは各自、達成できたのかなと思います。今後の展開において北伐隊に有利になる事も幾つかあった事は喜ばしい事だと思います。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会あればご参加の程、お待ちしております。
イベントシナリオ普通 報酬:多い22 / 4〜25人
2023年08月24日 12時08分30秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 今回俺は「偵察任務」に従事するぜ。 討伐が必要になったら積極的に戦闘するぜ!
ダニエル・ヘリントン、ヒーラーです。 よろしくお願いします。 「偵察任務」に参加します。 皆さんの援護を行います。
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 【兵站支援】へ行き、【拠点作成】の予算を獲得する為にコンラート太守と交渉するつもりだよ。
シーフのトーラです。 【偵察任務】に行きますね。 よろしくお願いします!
ロゼットよ。よろしくね。 【兵站支援】で輸送隊に付いて、道中の安全に協力してくるわ。
シューター、キラリだよ。よろしく~。 【拠点作成】を手伝うつもりでいくね。