【聖祭】水底のシャン・ド・フルール

奇古譚

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シナリオID:2697

オープニング

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 凍ての花畑(シャン・ド・フルール)、というものがある。

 聖霊節――ユールフェスで最も盛り上がる都市と言えば「水上都市アキュアリスタ」が挙げられようが、かの地では刺傷事件の犯人が名物の遺跡に逃げ込んでしまったのだという。
 高台から見下ろして観光するなどという形を取ってはいるが、これはアキュアリスタにとって大きな痛手。

 辺境都市群は、特に群れて生きている訳ではないのだが――
 ではこちらはどうだろうかとばかりに、旗を上げる街があった。「フルール・ド・リス」。アヤメの紋章を意味する名の街は、花の売買で有名な辺境都市の一つである。
 春には花束を。夏には花や果実のジュースを。秋には果実をモチーフにした様々なスイーツを――と売り出しているのだが、冬はどうしているのか、というと。
 一つ、知る人ぞ知る観光スポットがあるのだ。

 凍ての花畑(シャン・ド・フルール)。

 そう呼ばれるこの湖は、フルール・ド・リスの東郊外にある。
 春から秋にかけては普通の湖なのだが、この湖では冬に花が咲くのだ。
 湖を見下ろしてみれば――シロツメクサの群生に似た草と白い花が、水底で揺れている。風に湖が煽られる度、つられてゆらりと白華が揺れる様は美しいの一言だが、ここに一つ言い伝え、遊び歌が存在している。

 ――凍てに克ち、湖に入りて華をつむ

 ――華を恋人の指に、凍てがとければ愛はほんもの

 フルール・ド・リスの旧い書物に存在するというこの遊び歌を知らぬものはこの街にはいない。子どもたちはこの歌と共にボールをついて遊び、育ってきた。
 湖の高さは成人男性の膝程で、殆ど深さはないのだが――摘む花は白く霜が降り凍て付いている。
 其れを想い人、或いは恋人の指に花輪として巻き付けて、想いが通じ合っていれば華の氷は解けて鮮やかに華がいっそう咲き誇るのだという。
 一説には貴族と平民の差がいまより激しかった頃、お互いの想いを確かめ合うためにひっそりと訪れる者たちがいたとかいなかったとか。
 しかし最近では愛は言葉にして伝える事が主流となり、そのような“秘めやかな”確かめ方で愛を証明しようというものは少ない。そもそもからして、華の霜が解けるのも偶然ではないか、という説もある始末。

 だが。
 其の言い伝えをフルール・ド・リスは敢えて売りに出し、人々を呼び込もうと試みた。

 何も売れるものはこの言い伝えだけではない。最近になって開発された「食べられる花」に、湯に浮かべれば開く花の蕾。定番どころとして花の形をしたり花弁の混ざったクッキーに、花の茶葉。
 これらは市場に流通している普通の花を加工したものなので、湖底に咲く華を加工したものはないのだが――

 花のない冬だからこそ、花の美しさと強さを知ってほしい。
 例えどのような騒ぎが起きようと、辺境都市群は廃れたりはしない。

 と、フルール・ド・リスはうたう。
 其のうたい上げ通り、売り上げの一部はアキュアリスタの観光損害分に充てられる、との話だ。

 凍てに克ち、湖に入りて華を摘む。
 其の真偽はともかくとして、一種の確かめとして試してみるのもよし。
 単純に街で花の特産物を買い回るもよし。

 今年のユールフェスも、賑やかになりそうだ。

解説

●目的  フルール・ド・リスで楽しもう ●立地  アキュアリスタから程近い辺境都市「フルール・ド・リス」です。  普段は栽培した様々な花を売ったり、果実を売ったりしています。  「凍ての花畑」自体は毎年現れるのですが、アキュアリスタの賑わいに勝てずひっそりと花は咲き、枯れていくばかりでした。  ですが今年はアキュアリスタ周辺の情勢が動いたのもあり、ここぞとばかりに……というと聞こえが悪く、同じ辺境都市のよしみ……と聞こえが良いのですが、「凍ての花畑」を売り出して、辺境都市群全体を盛り上げようとしています。  景観を護る為、出店は街の方にひっそりと出ています。  「凍ての花畑」周辺には出店の類はありません。 ●出来ること  花を見る、花を摘む  街で屋台を楽しむ  「凍ての花畑」で凍り付いた花を摘む事が出来ます。  小さなシロツメクサに似た花ですが、霜が降ったように白い粒を散りばめて凍り付いており、とても冷たいのが触れれば判ります。  冷えた湖に入り、この花を摘み、想い人の指に巻き――想いが通じ合っていれば花の氷は解け、咲き誇るのだと言われています。が、時期が時期、非常に寒いので試した人間はこの数年おりませんし、真偽の程は定かではありません。  街では花の砂糖漬けやエディブルフラワーなどの屋台を回る事が出来ます。  「花」を売りにした屋台が多いようです。お酒も売っていますし、花の紅茶葉や、暖かいお湯に浮かべると花開く不思議な砂糖花なども売り出されています。 (未成年、もしくはそのように見える方の飲酒プレイングはほんのりマスタリングさせて頂きます) ●注意事項  迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように【】で囲んだ合言葉などを添えて下さい。

マスターより

 こんにちは、奇古譚です。  メリーユールフェス! そうです、聖祭です。  こちらは【聖祭】参加シナリオです。他にも素敵なシナリオがありますので、見てみて下さいね。  此処では不思議な氷の花を摘んだり、花のお菓子を食べ歩きしたり出来ます。お花のクッキーとかありそうですよね。型抜きするだけ。手軽~! ●  イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。  皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってイベントを楽しみましょう。  では、いってらっしゃい。

リプレイ

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 あれも、これも、其れからこれも。
 ヨル・スレイマンはナハシュを連れて、フルール・ド・リスの街を巡る。
 最初はエディブルフラワーを購入するだけだったはずが、いつの間にか砂糖漬けやら砂糖の花、紅茶葉まで買い込んでいた。
 同居人の小さな姉妹へのお土産も、買いたい事だし。

「ナハシュ、これとこれを持ってくれない? もう一つ屋台を回りたいんだ」
「えらい買い込むな。お前ってそんなに花好きだったのか……?」
「いや、年初めに肉でも焼こうと思ってね。花を添えると見た目が派手だろ?」

 其れに、香草も売られているみたいだし。臭み消しにもなる。
 そう言うヨルに、ナハシュは瞳を輝かせる。肉! なんて魅力的な言葉!

「そういうことならしょうがねえ。持ってやるぜ!」
「うんうん、宜しくね」

 本来ならヨルがこういうお願いをしてくるのは珍しい。
 己が持てる分だけを買って、他者を頼る事は殆どしないのだ。
 其れでも彼が持ってもらってまで買い物をしたかったのは、皆で同じ食卓を囲みたかったから。
 其れに、料理をする側が最も嬉しい事は、己の料理で相手が笑顔になってくれる事。
 まだ肉を焼いていないのに、想像して嬉しそうにしてくれるナハシュに、ヨルは心中で笑みを浮かべた。いや、実際に笑んでいたかもしれない。こんなに幸せそうにしてくれるなら、腕によりをかけて焼かなければ。

 さて、ヨルが買い物をしている間に、ナハシュも何を買おうかと色々と物色していた。
 相手の買い物が終わったら、自分の買い物にも付き合って貰う。等価交換ってヤツだ。
 ……ホットワインが目に入る。美味しそうだな。肉にも丁度合いそうだし。あとは……折角花の街に来たのだから、花の砂糖漬けも欲しい。食べられる花は、確かさっき買っていた筈だ。
 鮮度が大事なエディブルフラワーや割れ物は、バックパックにまとめてアイテムポケットへぽい。

 そうして互いの買い物をたらふく済ませた二人は、雪の降る中で暖かいバタービールを買う。

「乾杯! 良い買い物が出来たよ、ありがとうね」
「なあに、其の分肉は期待しておくさ。じゃあ、冷めないうちに……乾杯!」
「うん、乾杯!」

 ころん、と。グラスの打ち合う音がした。涼やかで軽やかな、年の終わり。


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 ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールは今日はフルール・ド・リスでデートです。
 ……おや? とジュストは首を傾げる。ローザリカの事だから、てっきり凍ての花畑に行きたいと言うと思っていたのに。そして求められれば、何度だって湖に入って見せたのに。
 何故かなあ、と不思議そうに蜜色の瞳を見詰めていると、何を見てるんだ、と返された。
 ――勿論ローザリカは、己の真意を悟らせぬように。ジュストの事だ、きっと冷えた海にだって当然のように入って行くのだろう。ローザリカを制して。そうやってローザリカの為に平然と身を投げ出す危うさを感じるようになったのは、はたしていつからだっただろうか。
 思えば昨年だって、ローザリカを抱き上げて、鋭い棘の中を歩いてみせたじゃないか。

 ――だから、湖には行かない。ジュストがローザリカに願うように、ローザリカだって、ジュストに傷付いてほしくはないのだ。

「砂糖漬けが食べたかったんだ」

 だから、ローザリカはそういって己も、相手も騙す。ジュストはそう、と呟いて、其の細い腰を抱き寄せた。君と一緒ならどこへでも。楽しい顔が見られるならね。
 思えば、想いが通じ合っているか? なんて問いを華にする段階はもう通り過ぎたのだ。愛が本物かそうでないかなんて、証明されずとも判るのだ。だからローザリカは凍ての花畑には行かないし、ジュストも行かない。
 なので砂糖漬けを二人で見ていると、ふと、ジュストの目に薔薇の砂糖漬けが飛び込んできた。

「ふふ」
「なんだ?」
「いや、この薔薇の砂糖漬け。これを見れば、今年の春から今日まで――どれだけ必死にロゼに愛を注いだかを思い出すね」

 反射的に、ローザリカは試食用の砂糖漬けをジュストの口に放り込んでいた。

「む」

 其処まで甘いものは好きではないジュスト。飛び込んできた砂糖漬けの甘ったるさに僅かに瞬きをして、逃がすように飲み込む。
 悪い子だ、とローザリカの手を取ると、砂糖のついた彼女の指先をぺろりと舐めた。お返しだ。

「全く、どうしても俺を肥えさせたいみたいだね」

 ゆ、指を舐められたくらいでは、どどど、動じないぞ! 断じて!
 いや、既に動じているんですがね。
 そんなローザリカを見てジュストはくすくす笑う。誤魔化そうとした罰だと放り込んだ砂糖漬けなのに、どうしてこの男は其れを軽く飛び越えた悪戯を考えつくのか!

「あんまり甘いものが好き、という訳ではないんだけど」
「うるさい。食べろ、そして肥えろ」
「――俺は、ロゼで甘さも熱も柔らかさも摂取してるんだけどなあ。今でも十分、幸せ太りだよ」
「……!!!」

 まったく、この男は!!
 僕が君に“僕の為に健康であってくれ”と願っているのが判らないのか!


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 コルネリウス・アーラ、リディリディ・トゥラ・イェレミース、そしてサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブの三人娘は、花の街に夢中。

「わぁ……! 町じゅうが花で飾られてるっ! 冬なのにね、凄く綺麗だね!」

 サフィラがはしゃいだように声を上げて、綺麗、可愛い、とあちらこちらを見て回る。
 お肉の屋台は何処かしら? ――ああ、そういうのが目的ではなかったのでしたね。リディリディはいつもはどんな目的で街を回っているのやら、己を僅かばかりに恥じる。
 一方で、コルネリウスは既に買う物を決めていて。

「私は花の砂糖漬けを。……でも取り敢えず、色々見て回りましょうか」
「さんせーい! 回ってたら色々と欲しいものが見つかるかもだし!」
「そうですね、……花を此処まで食用に研究している街、というのは少し興味があります。ところで、花の砂糖漬けを何に使うのですか?」
「ああ。紅茶に浮かべれば綺麗で美味しいかな、と思いまして」
「成る程……確かに其れは素敵だと思います。帰った後も楽しみですね」
「リディ、コルネ! 見てみて、砂糖漬けあったよー!」

 サフィラが元気よく二人を呼ぶ。
 間違いなく、この祭を一番楽しんでいるのは彼女だろう。リディリディとコルネリウスは顔を見合わせて笑い、サフィラの方へと歩む。
 色々な色があるんだね、と、サフィラは砂糖漬け屋に夢中。菫に薔薇、小さい花は丸ごと砂糖漬けにしてあって、どれも紅茶に浮かべればとても映えそうだ。

「そうですね……それぞれ好きなものを買いませんか? そうすれば、交換が出来ると思うんです」
「わあ……! 良いですね。じゃあ、私は……うぅん、其れでも迷っちゃいますね」
「紅茶に浮かべるなら、白とか綺麗だよね! でも、菫の紫色もとっても捨てがたい……」

 ヒューマンにとっての1年はあっという間。
 だけれど……エルフにとっての1年は、其れ以上に光のようにあっという間で。
 サフィラは其れを少しだけ寂しく思う時がある。長く時を生きて行けば、いずれこの思い出も忘れてしまうのだろうか?
 ――いいや。
 きっと思い出すだろう。紅茶を煮出すたびに、冬になるたびに、きっと思い出せる。
 大切な友達と一緒に砂糖漬けを浮かべて楽しんだ、其の情景を、いつだっていつまでだって、思い出してみせるのだ。


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「くだらない」

 ゼラルム・エルホワイトはフルール・ド・リスの伝承を聞くとそう切り捨てた。
 そも“愛”なんてものを証明しようとした時点で、そんなものはニセモノに決まっているのだと。証明しよう、確かめようという思考自体、その存在を信じ切れていないと宣言しているに等しい。
 本当に信じているのであれば、証明などそもそも要らないのだと。

 ……辛辣だなー、と、幼馴染であるサニー・フォン・オルライトは苦笑を浮かべるほかない。
 なら、と彼女がゼラルムを連れ出したのは、街の屋台だった。湖で観察でも良いんだぞ、とゼラルムは言ったけれど、其れは流石に性格が悪すぎるからと屋台まで引っ張ってきたのだ。

「あ、花の飴だって。アレ買おう」
「俺は出さんぞ」
「判ってるよ」

 手短に会話が済んでしまうのは、決して仲が悪いからではない。
 寧ろ其の逆で、多くを言わなくても其の意を汲んでくれるだろうという無意識下での信頼があるからだ。サニーは飴の中に花を閉じ込めた花飴を買い、美味しいと舐めながら歩く。
 ゼラルムは冷やかしを主な目的として様々な屋台を渡り歩いているようだが、花とは全く関係のないポテトを買っていた。いつの間に。

「そうだ、折角だから茶葉を買って帰ろうよ」
「茶葉? 何処でも買えるだろう」
「いや、でも花の街だからさ、信頼できると思うよ?」

 二人の間に下らない証明など要らない。
 ただの幼馴染。だけれど、切っても切れない縁が其処にあると、重々わかっているから。


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 サイラスの人生設計には、恋愛という言葉はない。
 あくまで彼の目的は竜に至る事であり、あくまで己が到る事が目的であるので、誰かに――例えば己の子に託すだとか、そういう事はさらさら考えていないのだ。

 さりとて、竜を目指す彼もお腹は減る。
 紅茶葉を幾つかと、湯で開く砂糖花をいくつかを買う。これは趣味もあるけれど、たまに開ける店でお客に出せるから、という理由もちゃんとあるのだ。

 そうして、サイラスが向かったのは凍ての花畑だった。
 逸話のある花は良い。まして、凍り付いた華。加工すれば、永遠に枯れない花になるかもしれない。
 特に愛を証明したい相手はいないけれど、摘むくらいなら良いだろう? 濡れないような位置に買い物した物を置くと、サイラスはざぶざぶと湖へ入って行く。
 ――まあ、でも。
 この逸話を切り捨てる程、サイラスも無情ではないのだ。例えば体温で溶けたとかそういう現象を、彼らは“神の思し召し”だとか“奇跡”だと呼んでいたのかもしれない。そう思う事は自由だろうと思う。だって己だって、竜に至りたいのだから。其の為の研鑽を偶然だと切り捨てられるのは嫌だから、己も切り捨てる事はしないのだ。
 さて、はたして摘んだ華は春には凍ったまま枯れてしまうのだが――其れは其れできっと、サイラスにとって良い“出題”になってくれるだろう。


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 ルイドはそっと、湖に挑戦するカップルたちの邪魔にならないようにしながら凍ての花畑を見下ろしていた。

「ほぉ……」

 売りにしようとしただけの事はある。こうして上から眺めているだけでも、水底に揺れる華たちは玲瓏として美しい。
 見た事もない独特の景色。――まあいや、各地の景色を知り尽くしている、という訳ではないんだが……其れでもこの光景が“珍しいもの”だってことくらいは、ホムンクルスのルイドにも判るのだ。

「……しかし、冬の湖の底に咲く華、ねえ」

 何でこの華たちは、此処を根付く場所として選んだのかね?
 居心地は決して良くないと思うんだが、……其の奇妙さも、きっと伝説の一助になったんだろうな。
 興味はあるが、想い人というものに縁のないルイドが華を摘むのもちょっと気が引ける。だからルイドは、目に焼き付けるように其の光景をじっと見ていた。
 見る事も、知る事も。そして経験する事も。ホムンクルスとして“生まれた”のだから、日々新しく積み重ねていきたい。そして其れこそがルイドの人生であると、いつか胸を張って言えるように。
 まだまだ真っ新な、真っ白な人生の地図だ。少しずつ、色濃く塗って行こう。


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「水中に咲く華、か」

 レピド・クロサイトはじっと其の花たちを見下ろして――いつだったか。『流れ星』で飲んだカクテルを思い出した。あれもそういえば、酒の中に花が咲いたような気がする。正確に言えば、あれは花弁だったけれども……
 液体と花は、もしかしたら案外相性が良いものなのかもしれない。例えば水がなければ、花が育たないように。
 そんな事を考えながら、レピドはそっと湖に足を浸した。其の冷たさに構わずに、一歩、二歩、湖の中に入ると、手を伸ばして一輪ぷつり、と華を摘み取る。

「……本当に、霜が降りてる」

 きりりと冷たい其の華は、触ってみると存外堅い。これはきっと、霜の堅さだろう。
 いったいどういう理屈なのだろう? と不思議に思いつつも、レピドは湖から上がり、己の指に華を巻いてみた。少し待ってみる。もう少し。――……待ってみても、特に霜が降りる兆候は見られない。矢張り“想う誰か”でないといけないのだろうか。いつか己に想う誰かが出来たのなら、其の人の指に巻けば、霜は落ちるのだろうか。

 ――知っていますか?

 『流れ星』のウェイトレスの言葉が蘇る。
 ペチュニアの花言葉は、“心の安らぎ”というのだと。
 ではこの華には、何か花言葉があるのだろうか。華を星空に透かしながら、レピドは荷物を取り、フルール・ド・リスの街へと戻って行く。花の街だから、花の本もきっとあるだろう。買って調べてみよう。
 興味は尽きない。世の中は不思議なことだらけだ、と。レピドは穏やかに目を細めた。


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 ゲルダ・クラインは勇気を出した。
 こんな大変な時だからこそ――大切なひとに。ナハティガル=ラーに穏やかな時間を過ごして貰いたかったから。

「……本当に、水底に華が咲いてる……凄い、ですね」
「ああ」

 穏やかに、怜悧に。湖を見詰めるナハティガルを、ゲルダはそっと横目でみつつしゃがみこむ。触れてみれば湖は身を切るように冷たく。思わず直ぐに手を引っ込めた。

「この華を摘んで、指環にして――好きな人に贈る、という歌があるそうです」

 ぽつり、ゲルダが呟く。
 ナハティガルは其れがこの花畑の事だと直ぐに気付く。そうして少し思案して、

「……ロマンチックな歌ではあるが……寒空の下で、凍える程に冷たい湖から華を摘み、指に氷の華を巻き付けるという一連の“重たい”行為は、元から双方に『愛』がなければ実現しないのではないか?」

 華が咲く云々は、恐らく後付けだろう。
 容赦のない彼の言葉に、ゲルダはナハティガル様らしいと苦笑する。其れでも、と彼女の唇は紡ぐのだ。

「凍てに克った恋人たちが、幸せになっていたらいいなって、思うんです」

 そして、だからわたしは華を摘む事は出来ない、と思うのだ。
 ゲルダから気持ちを伝えるのでは、きっと意味がない。彼を恋い慕う気持ちは本物で、其処に疑いはない。だから――摘まない。

 ナハティガルは静かに湖を見下ろしながら、揺らぐ波紋に己の心を見ていた。
 イダの刻印によって魂を縛られる恐怖。怒り。そして――不安。自分はヒトなのか? そうではないのか? 自己認識がゆらゆらと、湖のように揺れている。
 情緒の欠片もない感想を口にした己だ。ナハティガルは奇跡を信じない。
 だが、それでも――

「愛の奇跡に挑んだ者たちか。――俺には、羨ましい連中だ」

 他者を愛せるのがヒトの特権であるとするならば。
 ならば、ナハティガルのようなゴブリンには、其の“特権”は存在するのだろうか?


●
「祭の様子が故郷に似ている」

 親近感が沸くな、と、シルヴィア・A・カペルは屋台を見回して穏やかに呟いた。傍らにはいつものように、恋人のエル=バ=ノイアンを連れて。
 其れに、シロツメクサに似ているそうじゃないか。――目指している凍ての花畑の華の事だろう、シルヴィアは笑う。そして続けて言う。君に去年の冬、花が刺繍されたハンカチを貰ったね、と。
 そうして其の後のカペルの聖霊節での祭で、二人は恋仲になったのだ。

 ――愛らしく笑う恋人に、ノイアンは静かに目を細める。
 贈った事。贈った物。それらひとつひとつを取りこぼさずに、確かめるように覚えられている事がどうしてこんなに嬉しいのだろう。嬉しくて、すこしむず痒い。其の頃の己はどんな心境だったかと思うと、何とも言えぬ気持ちになる。

「俺は……言葉にするのが、どうにも苦手だからな」

 ぽつり、呟く。
 だからノイアンはいつだってシルヴィアに、言葉以外の全てで表してきた。
 行動。贈り物。僅かな所作だって。
 けれど、其れじゃ足りないから、ノイアンは時折こうやって言葉にするのだ。

「だが、其れこそがお前の心に適うものだったのなら――これほど喜ばしい事はない」

 そうやって語り合っていると、凍ての花畑が見えて来る。
 しんと静まり返った湖。周囲の草は冬らしく萎れているが、湖の底では白い華がゆうらりゆらり、揺れていた。
 支度をすると、迷いなくノイアンは湖に足を漬ける。きっと身を切るほど冷たい筈なのに、彼は顔色一つ変えず、ぷつり、と一輪摘み取った。
 そうして戻ってきた彼は、シルヴィアが用意していた布を受け取る前に、其の細い手を取った。男の手は冷たかったが、女は拒みはしなかった。
 くるり。華が巻かれる。

「……こうして括ると、指環のようだな」

 ぽつり、ノイアンが呟く。
 贈るのは時期を見て。そう思っていたが、こういう形でも悪くはないだろう。勿論、形にして渡すつもりではあるから予行演習のようなものだが。

「――貴族と平民が想いを確かめ合った花畑か」

 華が巻き付いた手を手に重ねながら、シルヴィアは悪戯っぽくいう。伝承を確かめてみよう、と。何も起こらなかったら? 私たちの体温で溶かすだけさ、と。

「君は、シロツメクサの花言葉を知っていたね」

 どれだけ私が驚いて、嬉しかったか判るかい、と穏やかにシルヴィアは語る。
 シルヴィアという女は、ノイアンという男に恋をした。其の穏やかな、青い眸に。シルヴィアの蒼とはまた違う青色が優しく見つめてくれていた時からずっと、ずっと。

「……あの時」

 凍り付いていた俺の時間を溶かしたのは、シルヴィア、お前だ。
 だからこそ。お前だからこそ、この華を贈るのだ。
 そう告げるノイアンに、婚約みたいだ、とシルヴィアは頬を赤くして笑った。其れは、決して寒さのせいではなかった。

「ああ、見てくれノイアン。華の霜が融けている」

マスターコメント

お疲れ様でした。 花の街シャン・ド・フルール、そして凍ての花畑、いかがだったでしょうか。 お花で造るお菓子って、実はあまり食べたことがなくて。 エディブルフラワーとかいつか口にしてみたいですね。 ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ

イベントシナリオ易しい 報酬:標準16 / 4〜25人

2022年12月26日 10時10分41秒 公開

大成功

相談掲示板

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0