【夏果】バカンスは瑠璃浜で【彩都】
炙りとろ左門
コメント 0
シナリオID:2372
オープニング
白い砂浜、青い海。
そんな言葉がぴったり似合うほどのビーチが、王国南部に新しくオープンした。
その名は「瑠璃浜」。「褪野」と呼ばれたフェイデン子爵領が、「彩都」となるべくして冒険者たちと共に築き上げた努力の賜物である。
透明度の高い海では魚たちが群れをつくって泳ぎ、ボートで漕ぎ出すツアーもある。また、瑠璃浜のはずれにある瑠璃洞へは船で行くことになるが、玻璃花と名付けられた水晶の咲く洞窟内の景色は必見である。
土産屋には玻璃花の小結晶や、玻璃砂糖とトロピカルフルーツを用いたジャムなどが売られている。売店ではごろっと果肉のフルーツジュースが人気のようだ。
「なんとかオープンに間に合いましたわね……」
そんなフレッシュな雰囲気に反して、フェイデン子爵ノーキスはコテージのベッドにぐったりと横たわっていた。オープンのために働いてくれていた領の面々も同様に、それぞれ自宅で休んでいる。ノーキスの婚約者であるエディン公子アリステアは、木板を扇いでノーキスの方へと風を送っていた。
「働き詰めだったものね。ノーキスも休まなくては」
「ありがとう、アリステア……」
それでもただ横たわっているのは落ち着かないのか、ノーキスは左手を彷徨わせて持ち込んだ書類を掴もうとする。それを、補佐官であるレヴィルが取り上げた。
「こちらは私のほうで片付けておきましょう。どうぞゆっくりとお休みください」
「うう」
「レヴィル、オープニングスタッフの募集はどう?」
「問題ありません」
アリステアの問いに、夏の浜辺にふさわしい装いをしたレヴィルが頷いて答えた。
「少々……この格好は、その。身軽すぎて落ち着きませんが」
普段はぴっちりと着込んでいるレヴィルだが、今日は上も下も半袖だ。意外と鍛えているんだな、とアリステアは袖から覗く腕の筋肉をまじまじと見つめる。
レヴィルがこのような格好をしていることには理由がある。ようは手が足りずに、彼もスタッフとして参加するのだ。
「瑠璃洞から宝石酒を運んでくる役だっけ……」
「はい。ボートを漕ぐにも酒を運ぶにも男手が必要なので」
冒険者の出したアイスワインの話から連想した「瑠璃洞できんきんに冷えたサングリア」は、フルーツのバリエーションが豊富だ。エディンを通して大量に仕入れることができたのが大きいが、ゆくゆくはフェイデンを産地としたフルーツに置き換えられていくだろう。
「アイスワインは温暖な王国南部は難しくても、『冷えたサングリア』なら出せるものね」
果実が凍るほどの寒冷地帯でなければ作れない、ゆえにアイスワイン。別にワイン自体が冷えているわけではないのだが、まあ、大元の話はそこであった。
「招待状は行き届いたかな。皆さんの都合がつくと良いのだけれど……」
世話になった冒険者たちには、ギルドを通して招待状を送った。あとは彼らの到着を待つばかりである――。
そんな言葉がぴったり似合うほどのビーチが、王国南部に新しくオープンした。
その名は「瑠璃浜」。「褪野」と呼ばれたフェイデン子爵領が、「彩都」となるべくして冒険者たちと共に築き上げた努力の賜物である。
透明度の高い海では魚たちが群れをつくって泳ぎ、ボートで漕ぎ出すツアーもある。また、瑠璃浜のはずれにある瑠璃洞へは船で行くことになるが、玻璃花と名付けられた水晶の咲く洞窟内の景色は必見である。
土産屋には玻璃花の小結晶や、玻璃砂糖とトロピカルフルーツを用いたジャムなどが売られている。売店ではごろっと果肉のフルーツジュースが人気のようだ。
「なんとかオープンに間に合いましたわね……」
そんなフレッシュな雰囲気に反して、フェイデン子爵ノーキスはコテージのベッドにぐったりと横たわっていた。オープンのために働いてくれていた領の面々も同様に、それぞれ自宅で休んでいる。ノーキスの婚約者であるエディン公子アリステアは、木板を扇いでノーキスの方へと風を送っていた。
「働き詰めだったものね。ノーキスも休まなくては」
「ありがとう、アリステア……」
それでもただ横たわっているのは落ち着かないのか、ノーキスは左手を彷徨わせて持ち込んだ書類を掴もうとする。それを、補佐官であるレヴィルが取り上げた。
「こちらは私のほうで片付けておきましょう。どうぞゆっくりとお休みください」
「うう」
「レヴィル、オープニングスタッフの募集はどう?」
「問題ありません」
アリステアの問いに、夏の浜辺にふさわしい装いをしたレヴィルが頷いて答えた。
「少々……この格好は、その。身軽すぎて落ち着きませんが」
普段はぴっちりと着込んでいるレヴィルだが、今日は上も下も半袖だ。意外と鍛えているんだな、とアリステアは袖から覗く腕の筋肉をまじまじと見つめる。
レヴィルがこのような格好をしていることには理由がある。ようは手が足りずに、彼もスタッフとして参加するのだ。
「瑠璃洞から宝石酒を運んでくる役だっけ……」
「はい。ボートを漕ぐにも酒を運ぶにも男手が必要なので」
冒険者の出したアイスワインの話から連想した「瑠璃洞できんきんに冷えたサングリア」は、フルーツのバリエーションが豊富だ。エディンを通して大量に仕入れることができたのが大きいが、ゆくゆくはフェイデンを産地としたフルーツに置き換えられていくだろう。
「アイスワインは温暖な王国南部は難しくても、『冷えたサングリア』なら出せるものね」
果実が凍るほどの寒冷地帯でなければ作れない、ゆえにアイスワイン。別にワイン自体が冷えているわけではないのだが、まあ、大元の話はそこであった。
「招待状は行き届いたかな。皆さんの都合がつくと良いのだけれど……」
世話になった冒険者たちには、ギルドを通して招待状を送った。あとは彼らの到着を待つばかりである――。
解説
皆さんはついに一般公開となったフェイデン子爵領のビーチ「瑠璃浜」への招待状を受け取りました。
ゆっくりバカンスを楽しみましょう!
■主なスポット
▶︎瑠璃浜/ラズライト・ビーチ
白い砂浜に美しい貝殻がちりばめられた浜です。海の透明度は高く、少し浜から離れると魚群と遭遇できます。またボートツアーも用意されています。土産屋では玻璃花の小結晶や、玻璃砂糖やトロピカルフルーツを用いたスイーツも売られています。
▶︎瑠璃洞/ラズライト・ケイブ
フェイデン特産品である「玻璃花」と呼ばれる水晶が湧出する洞窟です。ボートで行くことができ、定期船が出ています。溜まった水が玻璃花の淡い光に照らされ瑠璃色に見えることからこう名付けられました。自然環境をできるだけ維持した舗装と、ぺグとロープによる観光ルートが用意されています。
洞窟内は肌寒いため、防寒着が用意されています。
▶︎ラズライト・コテージ
浜辺には白と水色を基調とした家具がそろったコテージが建てられています。流木や端材を再利用したおしゃれなインテリアや、ひんやりとしたラタンマットの座敷もあり、裸足でくつろぐことができます。瑠璃洞でひやした「宝石酒」をルームサービスとして注文できます。
■できること
ビーチで遊んだり、瑠璃洞を探検したり、コテージでゆっくり休んだり。
場所や時間帯などを指定していただき、自由に過ごしてください!
同行者さんがいる場合は同行者名、または同行タグをお使いください。
■復興ポイントについて
本シナリオの結果に応じて、「財政」および「魅力」の【復興ポイント】が増減します。
【復興ポイント】はシナリオの成否段階に応じて貯まるポイントで、フェイデン子爵領の復興・発展を数値化したものです。
現在、以下のような状態になっています。
内政:4pt/外交:2pt/財政:1pt/産業:9pt/魅力:6pt
マスターより
初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。解説に収まりきらないNPC部分は省かれましたが適宜指名できます。NPCまわりの特記事項についてはマスターページをご一読ください。
本シナリオは「【褪野】」シリーズのサブストリーム「【彩都】」の第8話です。「【褪野】」を知らなくても問題ありませんが、第1話「【褪野】今からでも頼れる冒険者がいるんですの!?」OPにフェイデン領の情報がありますので、フェイデンってなんぞやという方はどうぞ。
本依頼にはOPにも登場したNPC「ノーキス=フェイデン」および「レヴィル=ストゥルルソン」が関連づけられており、挨拶をしたり、必要に応じて応答します。質問の際はコメント冒頭に【Q】をつけてください。
※NPCによる質疑応答については、OPや解説において判断に迷う表現があった場合のみで、基本的にはOPや解説に書かれていることが全てとなります。
それでは皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
リプレイ
ラズライト・ビーチの一般開放の直前、ベルク・オスマットは瑠璃洞の最終点検を行っていた。主に用意されたコース外を中心に、魔獣やクリーパーの脅威が新たに出現していないか、除去し損ねた黒玻璃花がないか丁寧に確認していく。
「観光順路にも異常なし、準備万端だな」
急ピッチの整備だったにも関わらず、散策にかかる危険性はしっかり排除されている。ベルクは念のため設置されたペグがぐらついていないか、ロープの結び目などを確かめた後、満足そうに頷いた。
ここまで漕ぎ着けるのに、ベルクもそれなりに労力を払ってきた。ビーチイベントが成功し、人を呼び込めたら終わり、ではない。今後も長くこの地を盛り上げていくために、定期保守の意義を提示することは重要である。
ベルクはそれも含めて報告をまとめるため、瑠璃洞を後にした。
「ん?」
と、入り口に人がいる。まだ開放時間ではないが、迷い込んだ客がいるのだろうか。と思えば、ビーチスタッフの一人であった。お疲れ様です、とベルクに宝石酒の注がれたグラスを差し出す。
「あなたにも楽しんでほしいので……」
「ああ、ありがたく受け取っておこう」
ベルクは照れ臭そうに話すスタッフに軽く礼を述べてグラスを受け取り、空いた片手で潮風を孕んだ髪を押さえた。
● デイタイム・ビーチにて
白い砂浜と、レースで縁取られた白い日傘。その眩さの中に佇む女――エミリア・シバは、青い海とのコントラストを楽しんでいた。
その領域内に海があるダンジョンにも入ったこともあるが、これは本物の海だ、楽しまないと損だろう。波打ち際に立っていたエミリアは、近くの木陰に日傘を置くと、海の中へ入っていく。
海水が陽光で火照った体を冷ます。エミリアは少し泳いだところで力を抜き、海面に浮かんだ。
「気持ちいいわね……」
今日は天候にも恵まれ、雲ひとつない青空が頭上に広がっている。冒険の合間の心の栄養補給は大切だ。頬を撫でる風は暖かいが、それもまた心地よい。
(心の栄養補給が終わったら、次は体の栄養補給よね)
心と体の栄養はバランスが取れていなければ――とは言うものの、まあつまるところ美味しいものを食べたり飲んだりしたいということである。せっかくの休暇、せっかくの観光なのだから!
透明度の高い海を泳いでひとしきり楽しんだあと、エミリアはコテージへと戻った。軽く入浴を済ませている間に到着した宝石酒をグラスに注ぎ、椅子に腰掛けると鞄の中から【リーンエス王国銘菓巡りガイド】を取り出す。これに褪野の名を冠したものも並ぶ時が来るのだろうか。そんなことを考えつつ、エミリアは皿に盛られたフルーツカクテルをひとくちつまんだ。
一方その頃ビーチでは、エイル・ビュセファスが商売の準備をしていた。トロピカルフルーツを用いたスイーツが見目で観光客を惹きつけるのなら、こちらは香ばしい匂いで勝負する――。
「エイル、海で遊ばないんさぁ?」
屋台を用意しているエイルへ、フリューリングスルフト=ティエラが声をかける。その隣にはシャルロット・エクレールもおり、ふたりとも海を楽しむ気満々だ。
「利率が高ぇからな、屋台ってやつは普段の相場の倍でも売れる。小遣い稼ぎには丁度いい」
さすがはエイルの手際というべきか、営業許可の取得から準備まで実に素早い。メインは鉄板焼きだ。問題は具材である。
「海に行くんなら付き合う。魚を獲りにな」
「じゃあ海中散歩やね!」
屋台を組み立て終わったエイルがそう言うと、フリューは目を輝かせた。そしてエイルとシャルロットの手を取ると、善は急げとばかりに波打ち際へと向かう。ちなみに彼女の相棒のうさぎは今回、コテージで留守番だ。
「せーのっ」
シャルロットの掛け声で肺に空気を溜め、三人は波をかき分け潜った。その先に広がった光景に、シャルロットは思わず水中だということも忘れて歓声をあげそうになる。
透明度の高い海中に射し込む光。その中を、色とりどりの魚が泳いでいる。運よく魚群に遭遇した三人は、息の続く限り水底からその景色を眺めた。
(宝石みたい)
シャルロットの気持ちは、言わずともフリューに伝わったようだ。あるいは同じことを考えているのかもしれない。言葉なくしては他人の胸中などわからないはずなのに、シャルロットにはどこか確信めいたものがあった。それはフリューだけではなく、エイルに対しても。
授恵者の体力でもって水中劇を楽しんだ三人は、一度浮上する。
「……すっごかった!」
興奮気味に口火を切ったのはフリューだ。赤い髪の張り付く頬をかすかに上気させて、エイルとシャルロットの顔を交互に見遣る。シャルロットはその様子に頷きを返したが、エイルはというと興味が薄そうだ。
「あれは食えねえな」
「食べるなんて勿体無いさぁ!」
「あはは」
その後、三人はボートツアーの船頭をしていた漁師から近海まで泳いでくる魚の話を聞く。シャルロットとフリューが罠や漁具でいくらか魚を獲り、エイルはそれを浜辺へ持ち帰ると早速調理をしはじめた。
「そういえば向こうで浮き輪を貸し出してたさぁ。食べ終わったらみんなで行こ!」
「今作ってんのは売りもんなんだが?」
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる具材を混ぜ合わせつつ、エイルはあきれた表情でフリューを見る。しかし長いこと泳げば腹も空くと言うもの、もちろん、自分達が食べる分も調理する予定だ。
「ん~この焦げる匂い、いいよね。売り上げで玻璃花のアクセ、買えるかな?」
そう言いつつも、シャルロットは売り上げの全てをエイルに預けるつもりだ。エイルの目指す何か、それを叶えるための資金として。
「大丈夫大丈夫。んふふ~♪ また来年、来ようさぁ」
濡れた髪を乾かしながらそう歌うように口ずさんだフリューに、シャルロットは思考を止める。
「来年……」
「うん、来年も。……どうかしたさぁ?」
尋ねられ、シャルロットは僅かに俯く。そして意を決したように口を開いた。
「……あのね。私……エクレールの娘なの」
シャルロットはそのまま、不安を吐露した。連れ戻されたら。嫌われたら。でも信じているから話す、と。
「そっかぁ。でも、シャルはシャルさぁ? うちの親友さぁ! だから、一緒に冒険ができなくなるくらいなら……攫ってあげるさぁ♪ ね、エイル?」
「どこの誰だろうと、付き合って利があるかどうか、だな」
二人の反応はあっけらかんとしていた。エイルは続ける。
「能力も立場も、使えるものは何でも利用すりゃいい」
その立場を有効に使え、とエイルは言外に示す。
ふたりは変わらず自分を受け入れてくれる――シャルロットは安堵した。輝く海よりも、煌めく魚たちよりも、綺麗で、かけがえのないもの。それがこんなにも近くにあることに――。
「おや、ふたりは一緒じゃないのかい?」
コテージの共用部にあるテーブルにつき、海神・江流にそう尋ねるのは、シルヴィア・A・カペルだ。『ふたり』とは、エフィルミアとナキルのことである。江流は飲み物で両手が塞がっているため、海岸のほうを顎で示す。
「もう少し泳ぐってさ。確かにこうも暑いと、水の中の方が快適っちゃ快適かも」
「なるほど。綺麗な海だし、見どころもたくさんあるだろうしね。……それにしても美味しそうな匂いがするけれど、何を買ってきたの?」
江流の腕の中にはさらに紙袋がある。江流はまず器用にグラスだけテーブルの上に置くと、紙袋をシルヴィアのほうへ寄せた。
「あっちで屋台が出ててさ。あとで酒も飲むなら、アテに良さそうなのもあったから」
酒を片手におしゃべりをするのに、つまみは種類があった方が良い。袋の中には焼きとうもろこし、焼き鳥、焼き魚――江流らしいチョイスだ。
「気が利くね、さすが。でもスイーツもおいしいよ?」
「それはもちろん。おすすめがあったら教えて欲しい」
「私としては葡萄かな」
「シルヴィの領地は名産地だもんな。納得」
凍らせた葡萄を常温に戻す、そのしゃりしゃりとした食感を楽しむスイーツだ。水分の少ない果実では難しいため、葡萄や桃が使われる。本来の甘味が抑えられ、甘いものが苦手な場合でも楽しめる。
「うん、これなら……いいかも。じゃ、乾杯といきますか」
準備が整ったところで、江流とシルヴィアはフルーツジュースの注がれたグラスを軽く鳴らす。
「それで、そっちの包みは?」
テーブルの上に置かれてはいるが開封はされていない包みについて、シルヴィアは尋ねる。江流はすっと視線を逃した後、グラスを置いて包みから『それ』を取り出した。
「結晶……だね」
玻璃の結晶。手に取ったそれを、江流は軽く光にかざす。
「彼女は……贈り物を身に着けるのを避けてるみたいだから。なら置物として映える物がいいかな、って」
サービスでつけてもらった柔らかい布で、江流は軽く結晶を磨く。それを、シルヴィアは目を細めて見守った。
「きっと、喜んでくれると思うよ」
「……それなら、何よりだよ」
世界は広く、そして美しい。それを切り取って、彼女に持ち帰ってやることができたら――江流がそんな彼女にかける願いはひとつだ。心の望むまま、自由に生きてほしい。
「シルヴィは? 何を買ったんだ?」
「玻璃花で作った香水瓶だよ。小ぶりだけど、飾ってもいいし身に付けてもいいから……喜んでくれるといいんだけど」
「シルヴィからの贈り物ならなんでも喜ぶだろうよ」
シルヴィアの恋人の表情が綻ぶ様子が目に浮かぶ。自分のこととなると不安だが、他人のこととなるとやたら自信を持って断言できてしまうのは、ふたりとも同じらしい。苦笑混じりの席は、もう少し続くようだ。
ルベア・ベルニは海の中で魚たちと共に泳いでいた。
以前、この海域に住まう魚についてルベアが調べた報告に基づき、ボートツアーの順路が決まった。あの時は調査という仕事があったために気づかなかった、生き物たちの美しさに見惚れる。
あの時はまだ観光地ではなかった。そして今こうして、ルベアの胸中には「やり遂げた」という高揚感が湧いている。
海から上がって浜辺に戻ると、江流とシルヴィアから「お裾分け」としてトロピカルスイーツの盛り合わせ皿を渡される。商品開発については触れていなかったため、仲間たちの仕事ぶりに目を丸くしつつ、訪れた者を飽きさせないビーチの出来栄えに自然と笑みが溢れた。
ルベアはそのまま、ノーキスが休んでいるコテージを訪れる。
「お疲れ様。気分はどう?」
「だいぶマシになりましてよ……」
ノーキスの顔色は、ビーチを訪れた時よりも幾分か血色が良い。ルベアが盛り合わせ皿を差し出すと、ノーキスはのろのろと桃をひとくちつまんだ。
「ありがとう。ここまで来られたのも、みなさんのおかげですわ」
「アナタがいなければ、そもそも依頼が出されていないのだから……フェイデンの再興はまだまだかかるかもだけど、声をかけてくれれば協力するから」
ノーキスとルベアはしばし、コテージでくつろぐ。先の課題も、今この時だけは忘れて――。
燦々と煌めく陽光の下、赤いビキニ姿のパドが伸びをした。
「いいわねぇ、バカンス♪」
やはり夏といえばビーチでバカンス。なかなか資金面を理由にビーチで羽を伸ばすことは出来ていなかっただけに、このような依頼が飛び込んできたことは僥倖だった。
「今日は見せ物もお休みして、楽しむわよ~♪」
あとは所属している『一座』の仲間であるフォリエ・スターリングと、座長であるブレイズ・アステールの到着を待つばかりである。ブレイズはコテージに先に荷物を置いてくると言って、パドのみ一足先に浜辺へ出ていたのだ。
「お待たせ」
しばらくして、フォリエを連れたブレイズがやってきた。フォリオのパレオスタイルに、パドは両手を合わせて目を輝かせる。
「あら、かっこいいしかわいいじゃない!」
そして小柄なフォリエの頭に、色鮮やかな花を挿した鍔広の麦わら帽子を被せた。
「陽射しが強いから、帽子をかぶっていた方がいいわ」
フォリエは少し照れた様子で礼を述べる。いつもと様子が違うが、どうやらここに来るまでにブレイズに誉め殺しにされたらしい。
「なるほどね。ねえ私は?」
「もちろん君も素敵だよ。いいセンスだ」
「でしょう?」
パドはブレイズの心からの賛辞に機嫌を良くする。その場でくるりと回ってみせ、ポーズをとった。
「ナイスバディの活かしどころよね! あ、そうそう団長、オイル塗って欲しいの」
「焼くのか!? せっかくの肌が勿体な……いや、それはそれで似合うが!」
ブレイズは慌ててパドを引き止めようとしてから、小麦色の肌のパドを想像して若干心が揺れる。その様子にパドはにっこり笑って、ポーチからオイルの入った瓶を取り出すと揺らした。
「綺麗に焼けるように丁寧に塗ってね♪ フォリエはどうする? 焼く?」
「わたしは、焼かないのだわ」
パドが準備をしている間、ブレイズは手早くパラソルを砂浜に差し、ビーチタオルを敷いた。
「飲み物を持ってこようか。何がいい?」
「あらありがと! 私はトロピカルジュースが欲しいわ~」
「さっき向こうでみた、きらきらした飲み物が美味しそうだったのだわ」
はいと手を挙げて注文するパドに対し、フォリエは遠慮しているのか、少々迂遠な言い回しとなった。ちらちらと屋台の方をみるフォリエに、ブレイズは微笑む。
「わかった。けど、あれは酒だな。同じもので酒じゃないものもあったから、それをもらってこよう」
「自分の飲み物も忘れないでね?」
いつも以上に甲斐甲斐しいブレイズに、パドは念押しする。ブレイズの心遣いは座員たちを大切に思うゆえだが、奉仕まで行ってしまうとお互いの立場がちぐはぐになってしまう。
「団長も楽しみましょうね♪」
「もちろんだ」
パドの言葉にブレイズもフォリエも頷く。夏の思い出は、皆が楽しくなければ意味がない。
その後ブレイズにオイルを塗ってもらったパドの肌が、綺麗に小麦色に焼ける頃。フォリエはブレイズに腕車を頼んでいた。
「もういちどお願いするのだわ」
抱き上げてもらい、ぐるぐると回ることで得られる特有の浮遊感が心地よい。フォリエはそのままパドを振り返る。
「あなたもしてもらうといいのだわ」
「それはフォリエの背丈だからできるのよ~。ね、私とも遊びましょ! 冷たくて気持ちいいわよ~」
そわそわとするフォリエを、パドは海へと招く。太陽は傾きつつあり、日が沈めば海は遊泳禁止となるだろう。パドは赤く燃える太陽に目を細めた。
「また来たいわね。……次は来年かも……うん、ぎりぎりまで泳ぐわよ!」
めいいっぱい楽しまなければ損だ。パドに誘われたフォリエは海へと駆けていく。それを追いながら、ブレイズも「また皆で来よう」と思うのだった。
ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールの二人は、ビーチを歩いた後コテージに戻ってきていた。そのままデッキに出てビーチチェアに身を預け、濡れた体を海風に晒す。
「髪だけ濯ぐのは? 傷むかもしれない」
ローザリカの艶のある髪を一房手に取り、ジュストは艶然と微笑む。ローザリカは無言でぷいと視線を逸らした。
「おや。ご機嫌斜めなのかい? こんなに綺麗な海、白砂のビーチにいるっていうのに。それとも……ロゼはそれよりも俺の方が気になる?」
ジュストは指にローザリカの髪を緩く絡めて、婚約者の視線が追っていたものについて言及する。ローザリカは少し間を置いてから、ジュストを振り返った。
「そうかもしれない」
そして、隣のビーチチェアに腰掛けるジュストの方へと軽く身を乗り出した。
伸ばした指先は、ジュストの髪を、顎を、胸元を滑る。しかし熱の篭もった触れ方ではない。憂いを帯び、伏せられた瞳。気にかけるのはジュストの体に刻まれた古傷の数々だ。いつもは着込んでいるため顕になることはないもの。
「もう痛んだりしないものだよ。大丈夫」
ジュストは一転、柔らかく優しく、ローザリカを嗜める。その傷は、ジュストが幼い頃にローザリカを守ろうとして負ったものだ。雨の日や疲れている時は違和感があるが、わざわざそこまで言う必要もない。
「……僕は、痛い」
痛まないと言ってすら、沈痛な表情をする彼女には。
ジュストは傷痕に触れるローザリカの手に、自分の手を重ねる。
「君がこれを見て苦しいのなら……」
「いや」
ローザリカはジュストの傷を、慈しむようになぞった。
「君が僕を守ってくれたことを、忘れない。だからこそ今は……愛おしく思えている」
「ロゼ、」
離れるローザリカの手に、ジュストは追い縋る。絡めた指先に甘い口づけを落とし、ジュストはローザリカの方へ身をかがめた。
その時、頼んでいたルームサービスの到着を知らせるノックが二人の耳に届く。二人は虚をつかれて目を瞬き、その後、額を合わせて苦笑いした。
「時間はまだたっぷりあるから。ゆっくりしよう、ロゼ」
「ああ」
フルーツを盛り合わせたスイーツに、切り分けた桃の果実に紅茶を注いだフルーツティー。程よく冷えたそれは、夏の暑さで火照った体を冷ますのにちょうどいいだろう。
ボートに乗り、瑠璃洞へと到着したエルナ・クルプファルツ、ユークリア・フィナンシェ、そしてアウレーリア・フォン・ネーベルベルクの三人は、入り口で防寒着を受け取り、冒険心を躍らせて洞窟の中へ足を踏み入れた。
「わくわくどきどきの洞窟探索ですね……!」
入り口の時点で、洞窟の奥から流れてくる冷気が肌をなでる。エルナは防寒着を着込み、準備万端だ。
「冒険とはまた違った緊張感……そして何より魔獣やクリーパーの脅威を考えなくていい安心感があります! あれ、アウレーリアさん?」
ユークリアは先ほどから一言も発していないアウレーリアを訝しむ。アウレーリアは洞窟の入り口に停められたボートを振り返った。
「……そうね。ここに来るまでが一番危険だったわ」
ユークリアが意気揚々と【沈没丸】と名付けたボートである。ユークリアのオール捌きは凄まじく、アウレーリアはそれを思い出して遠くに視線を投げた後、こほんと咳払いをして話題を切り替える。
「では探しに行きましょう、伝説の玻璃花を――」
あらすじからのナレーションのごとく、アウレーリアはばっと上着を翻す。そのマントに仕込まれていたのは、洞窟探検フル装備セットだ! 整備済みの観光地なのは承知の上だが、安全と分かっているからこそ羽目を外せるというものなのだ。
「では出発です!」
エルナの掛け声に合わせ、アウレーリアがたいまつに火をつける。それを受けてユークリアは流れるように武器を構えた。そしてエルナもまた双波で地形をいち早く把握する――体に染み付いた動き、職業病ってやつさ、冒険者だから仕方ないね。
「ここは整備された当初、壁から人の上半身が生えて延々と外に出られない苦悶の悲鳴が響き渡っていたとか……」
一応ガイドスタッフも所々いるにはいるのだが、ユークリアはその切れ間で嘘か本当か分からない怪談を披露する。
「その怪物から生えた花が、実は……」
まあ、大筋は間違ってはいない。怪物の出現とともに湧出した結晶は、黒玻璃花と呼ばれている。それももともと玻璃花がエーテル変異したものなので、本当に大筋は間違っていない。
「結構地下は柱が折れたら崩れそうだったり、脆かったりしたそうですよ?」
それも事実である。授恵者が暴れたら大抵の地形は「脆い」扱いとなるが。
「ふむふむ! 沢山の人達が囚われていたのですね……!」
エルナはその話を真に受けつつ、こうして噂に尾鰭がつくのだということを証明する。なんか一気にやばいところになったぞ。
「そうなのです、今でも怨霊めいた声が――」
【声帯模写】を使ったユークリアが呻き声を真似ようとした時、アウレーリアが松明を掲げた。
「見て、あれ……」
アウレーリアが指し示した先に、エルナは目を凝らす。淡く光を放つ結晶がそこかしこにあり、よくよく見れば確かに花が開くような形をしている。
「あれが玻璃花……きれいですね」
エルナがほうと感嘆の声を漏らす。ユークリアとアウレーリアもそれに頷いた。
「あっちは、溜まった海水に玻璃花が映り込んで……こっちも綺麗」
アウレーリアはひとつ提案をした。そして三人はガイドから特別に許可を得て、【ウォーターウォーク】で水面へと降りる。明かりを消せば、暗闇の中に灯る淡い光が四方を照らし出す幻想的な光景が広がった。
「……これからも、みんなで沢山冒険に行きたいですね」
まだ見ぬ景色と出会うために。三人は誰ともなく手を取り合い、しばらくその光景に見入っていた。
ちなみにアウレーリアは、土産物屋で「伝説の玻璃花」と銘打たれ売られていた結晶を買ったらしい。一夏の思い出として、その輝きが失われることはないだろう。
● サンセット・ビーチにて
夕暮れのビーチから、人々は明かりの灯されたコテージへと戻っていく。その中にパヴェル・A・サムルガチェフの姿もあった。
皆、海水浴に適した軽装であることに漏れず、かつパヴェルの出で立ちは肢体を惜しまず晒す美女よりも妖艶に見える――夕陽を浴びて、それはまた一層に。決して露出が際どいわけではないのに、むしろ衣服やアクセサリーなどで部分的に隠されることで、色香が漂うのだ。
貸し切りコテージの室内で水着から甚平風の寝間着に着替えたパヴェルは、デッキに備え付けられたサマーベンチでくつろぐ。グラスに注がれた宝石酒が夕陽を浴びて煌めいた。
「こうしてゆっくりってのも……」
呟き、パヴェルはここにいない文通相手のことを思い出す。海のものを土産にしたら喜ぶだろうか。貝殻もいいし、玻璃花のアクセサリーもいい。すぐに会える約束さえしていたなら、トロピカルフルーツの詰め合わせも候補に挙がったのだが。
パヴェルはグラスを傾けながら、夕陽が沈み切るのを眺めた後、室内へと戻って荷物の中を漁った。夜はまだまだ長い。文をしたためるのに、時間はたっぷりとある。
サマエラ=フォリウムはコテージの貸し部屋から、月明かりを反射する夜の海を眺めていた。
(日中からビーチを楽しませてもらったが……なるほど、夜景も見事だ)
天気が良かったため、空には雲に遮られることなく星々が煌めいている。デッキを囲う柵に身を預けた片手には宝石酒の注がれたグラスがあり、サマエラは残りを飲み干すと、次の瓶を開ける。
フルーツの甘みが滲むそれは、酒という雰囲気よりもジュースのようで、ついつい――サマエラはサイドテーブルに置いたフルーツの盛り合わせ皿もつまんだ。
「……まったく、贅沢な時間だな」
夜風の気持ちよさに目を細める。冷えた酒にフルーツの甘味、酸味。夏を感じつつも、暑さを忘れられるひとときだ。
「これで少しは、フェイデンも豊かになるだろうか」
このビーチまで来るには、フェイデン領を縦断する必要がある。途中の道の駅なども整備が進められるだろう。そういえば確か、フェイデンは他の領への中継地点として街道が用意されていたとか――。
「フェイデンは昔の姿を取り戻しつつあり、同時に新生しようとしているのだな……」
やれる範囲のことをしてきただけだが、達成感がある。サマエラはもうしばらくフェイデンの海を眺めて楽しもうと、グラスを傾けた。
ヨル・スレイマンはコテージのラタンマットに寝転んだ。火照った体の熱が急速に引いていく。丁寧に仕上げられたラタンマットの表面は滑らかな手触りで、ヨルはすべすべと冷たいそれを撫でた。
「うーんこれは新感覚。ナハシュもどうかな? 気持ちいいよ」
「お?」
テーブルに並べたルームサービスの宝石酒を検分していたナハシュは、声をかけられて寝転がるヨルを見た。酒を切り上げてごろりと横たわると、ナハシュは目を瞬く。
「なにこれやっべーーーーすずしぃ」
そしてそのままごろごろとラタンマットの上を転がる。しかしそれを見たヨルは少々不安顔だ。
「いや、流石に冷たくはない? 大丈夫……?」
いつもの格好といえばそれまでだが、ビーチということもあってナハシュは上半身裸だ。一枚サマーシャツを挟んでいるヨルでさえだいぶ涼しいとなれば、肌に直接は体が冷えそうである。
「そう長くはいねえって。酒もあるしな」
ナハシュはテーブルの上の酒を指差す。
頼んだ宝石酒に用いられた果実は、桃、葡萄、メロン、りんご。複数の果実を合わせたものもある。
「俺は葡萄が好みだったな。ちょっと凍ってんのか? しゃりしゃりしてた」
ナハシュの感想を聞きながらヨルは立ち上がると、テーブルの上のグラスを手に取る。
「ああ、そうだね。これはいい。俺は……うん、桃のやつが好きだな。こっちのりんごもなかなかだ」
ヨルが飲み比べている間にナハシュも席に着くと、盛り合わせ皿のマンゴーをつまむ。
「果物入りの酒を果物肴に食うって、もうその果物を酒ん中ぶち込んだ方が早くねえ?」
「どうかな、酒と果物の相性もあるだろうし、いろいろ考えが……あー」
注いだ酒に突っ込まれたりんごを見て、ヨルはナハシュブレンドと名付けた。まあ酔えるなら。うんうん。
「それにしても、洞窟の玻璃花、綺麗だったよな」
夜はもう入ることができないが、ナハシュは【念写】にて見てきた風景を写す。
「ああ、それはいいね。面白いスキルだ」
「だろ!?」
酒を飲みながらの鑑賞会。ヨルははしゃぐナハシュを見つつ、映し出された風景にも目を細めた。
君の目を通した世界。君が見ている世界――それを眺められるのは、そこそこ贅沢なことだと思うから。
イズル・M・ヴォルゴールとペルゼィックの二人もまた、コテージにして酒を楽しんでいた。もうすでに夜半を回った頃であり、明かりも就寝のために多少しぼられているが、どこのコテージもまだまだ人の起きている気配がある。ビーチの夜はこれからということだろう。
今回供されている宝石酒は、イズルも前回関わったものだ。その話をペルゼィックに聞かせていると、ペルゼィックは少し不満げに片眉を上げた。
「もっと言ってやったらよかったんじゃねえか? らしくねぇ」
「無理だって。意見出すには情報が足りなかったし、何も知らない人間がわかった顔できないよ」
イズルの真面目で、誠実なところだ。わかってはいるがもどかしいような気持ちがある――ペルゼィックは酒を一口飲み、グラスを掲げた。
「でも残念だぜ。お前がこの酒に一枚噛んでんなら、グラスで俺も一枚噛めただろーが」
「お抱えか知らないけど、ガラス職人はいるみたい。基幹産業はガラスにするって聞いたし、ライバル増えるかもね」
「はぁ? うちの工房の下にしてやるわ」
気勢の強いペルゼィックの発言に、イズルは苦笑しつつ。グラスを見て思い出すことがあったのか、ふと声色を落とした。
「ジークの父上が我が家にくれたグラス、凄かった」
イズルはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「領主も代々儀礼用の酒を造るけど、生業にしてる領民の人にはかなわないよ」
領主にはさまざまな役割がある。領民が健やかに暮らせるよう矢面に立つのは、彼らに領主という立場を支えてもらっているからだ。
「領主ができることなんて、多くなくて……自分は役立たずだなって」
「……」
ジーク――ペルゼィックは黙り込む。
師匠の作品に敵うもの、同じだけのものを自分は作れない。酒を飲むための器として考えられた究極の造形――ヴェルクリエの職人が作ったらしいこのグラスを見ても、やはり師父の作品以上のものを見つけたという気にはならなかった。
「……まだ、足りない」
剣の腕前も、街での仕事も、授恵者としての経験も。ペルゼィックが学ぶべきことは多くある。
「あーもう、辛気臭ぇ話は止めだ、やめ! 折角の酒が不味くなるだろうが」
いいか、とペルゼィックは幼馴染みを指差す。
「足りねえってことは、これから埋められるってことだ!」
それは、冒険者として仕事をこなす中でも一層感じられたこと。虚勢でも、本気でも、そういった姿勢が明日の自分を作る。
「ジーク……そうだね。うん、飲み直そう」
明日にはまた、堂々としていられるように。ふたりは一息にグラスの中身を飲み干した。
「観光順路にも異常なし、準備万端だな」
急ピッチの整備だったにも関わらず、散策にかかる危険性はしっかり排除されている。ベルクは念のため設置されたペグがぐらついていないか、ロープの結び目などを確かめた後、満足そうに頷いた。
ここまで漕ぎ着けるのに、ベルクもそれなりに労力を払ってきた。ビーチイベントが成功し、人を呼び込めたら終わり、ではない。今後も長くこの地を盛り上げていくために、定期保守の意義を提示することは重要である。
ベルクはそれも含めて報告をまとめるため、瑠璃洞を後にした。
「ん?」
と、入り口に人がいる。まだ開放時間ではないが、迷い込んだ客がいるのだろうか。と思えば、ビーチスタッフの一人であった。お疲れ様です、とベルクに宝石酒の注がれたグラスを差し出す。
「あなたにも楽しんでほしいので……」
「ああ、ありがたく受け取っておこう」
ベルクは照れ臭そうに話すスタッフに軽く礼を述べてグラスを受け取り、空いた片手で潮風を孕んだ髪を押さえた。
● デイタイム・ビーチにて
白い砂浜と、レースで縁取られた白い日傘。その眩さの中に佇む女――エミリア・シバは、青い海とのコントラストを楽しんでいた。
その領域内に海があるダンジョンにも入ったこともあるが、これは本物の海だ、楽しまないと損だろう。波打ち際に立っていたエミリアは、近くの木陰に日傘を置くと、海の中へ入っていく。
海水が陽光で火照った体を冷ます。エミリアは少し泳いだところで力を抜き、海面に浮かんだ。
「気持ちいいわね……」
今日は天候にも恵まれ、雲ひとつない青空が頭上に広がっている。冒険の合間の心の栄養補給は大切だ。頬を撫でる風は暖かいが、それもまた心地よい。
(心の栄養補給が終わったら、次は体の栄養補給よね)
心と体の栄養はバランスが取れていなければ――とは言うものの、まあつまるところ美味しいものを食べたり飲んだりしたいということである。せっかくの休暇、せっかくの観光なのだから!
透明度の高い海を泳いでひとしきり楽しんだあと、エミリアはコテージへと戻った。軽く入浴を済ませている間に到着した宝石酒をグラスに注ぎ、椅子に腰掛けると鞄の中から【リーンエス王国銘菓巡りガイド】を取り出す。これに褪野の名を冠したものも並ぶ時が来るのだろうか。そんなことを考えつつ、エミリアは皿に盛られたフルーツカクテルをひとくちつまんだ。
一方その頃ビーチでは、エイル・ビュセファスが商売の準備をしていた。トロピカルフルーツを用いたスイーツが見目で観光客を惹きつけるのなら、こちらは香ばしい匂いで勝負する――。
「エイル、海で遊ばないんさぁ?」
屋台を用意しているエイルへ、フリューリングスルフト=ティエラが声をかける。その隣にはシャルロット・エクレールもおり、ふたりとも海を楽しむ気満々だ。
「利率が高ぇからな、屋台ってやつは普段の相場の倍でも売れる。小遣い稼ぎには丁度いい」
さすがはエイルの手際というべきか、営業許可の取得から準備まで実に素早い。メインは鉄板焼きだ。問題は具材である。
「海に行くんなら付き合う。魚を獲りにな」
「じゃあ海中散歩やね!」
屋台を組み立て終わったエイルがそう言うと、フリューは目を輝かせた。そしてエイルとシャルロットの手を取ると、善は急げとばかりに波打ち際へと向かう。ちなみに彼女の相棒のうさぎは今回、コテージで留守番だ。
「せーのっ」
シャルロットの掛け声で肺に空気を溜め、三人は波をかき分け潜った。その先に広がった光景に、シャルロットは思わず水中だということも忘れて歓声をあげそうになる。
透明度の高い海中に射し込む光。その中を、色とりどりの魚が泳いでいる。運よく魚群に遭遇した三人は、息の続く限り水底からその景色を眺めた。
(宝石みたい)
シャルロットの気持ちは、言わずともフリューに伝わったようだ。あるいは同じことを考えているのかもしれない。言葉なくしては他人の胸中などわからないはずなのに、シャルロットにはどこか確信めいたものがあった。それはフリューだけではなく、エイルに対しても。
授恵者の体力でもって水中劇を楽しんだ三人は、一度浮上する。
「……すっごかった!」
興奮気味に口火を切ったのはフリューだ。赤い髪の張り付く頬をかすかに上気させて、エイルとシャルロットの顔を交互に見遣る。シャルロットはその様子に頷きを返したが、エイルはというと興味が薄そうだ。
「あれは食えねえな」
「食べるなんて勿体無いさぁ!」
「あはは」
その後、三人はボートツアーの船頭をしていた漁師から近海まで泳いでくる魚の話を聞く。シャルロットとフリューが罠や漁具でいくらか魚を獲り、エイルはそれを浜辺へ持ち帰ると早速調理をしはじめた。
「そういえば向こうで浮き輪を貸し出してたさぁ。食べ終わったらみんなで行こ!」
「今作ってんのは売りもんなんだが?」
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる具材を混ぜ合わせつつ、エイルはあきれた表情でフリューを見る。しかし長いこと泳げば腹も空くと言うもの、もちろん、自分達が食べる分も調理する予定だ。
「ん~この焦げる匂い、いいよね。売り上げで玻璃花のアクセ、買えるかな?」
そう言いつつも、シャルロットは売り上げの全てをエイルに預けるつもりだ。エイルの目指す何か、それを叶えるための資金として。
「大丈夫大丈夫。んふふ~♪ また来年、来ようさぁ」
濡れた髪を乾かしながらそう歌うように口ずさんだフリューに、シャルロットは思考を止める。
「来年……」
「うん、来年も。……どうかしたさぁ?」
尋ねられ、シャルロットは僅かに俯く。そして意を決したように口を開いた。
「……あのね。私……エクレールの娘なの」
シャルロットはそのまま、不安を吐露した。連れ戻されたら。嫌われたら。でも信じているから話す、と。
「そっかぁ。でも、シャルはシャルさぁ? うちの親友さぁ! だから、一緒に冒険ができなくなるくらいなら……攫ってあげるさぁ♪ ね、エイル?」
「どこの誰だろうと、付き合って利があるかどうか、だな」
二人の反応はあっけらかんとしていた。エイルは続ける。
「能力も立場も、使えるものは何でも利用すりゃいい」
その立場を有効に使え、とエイルは言外に示す。
ふたりは変わらず自分を受け入れてくれる――シャルロットは安堵した。輝く海よりも、煌めく魚たちよりも、綺麗で、かけがえのないもの。それがこんなにも近くにあることに――。
「おや、ふたりは一緒じゃないのかい?」
コテージの共用部にあるテーブルにつき、海神・江流にそう尋ねるのは、シルヴィア・A・カペルだ。『ふたり』とは、エフィルミアとナキルのことである。江流は飲み物で両手が塞がっているため、海岸のほうを顎で示す。
「もう少し泳ぐってさ。確かにこうも暑いと、水の中の方が快適っちゃ快適かも」
「なるほど。綺麗な海だし、見どころもたくさんあるだろうしね。……それにしても美味しそうな匂いがするけれど、何を買ってきたの?」
江流の腕の中にはさらに紙袋がある。江流はまず器用にグラスだけテーブルの上に置くと、紙袋をシルヴィアのほうへ寄せた。
「あっちで屋台が出ててさ。あとで酒も飲むなら、アテに良さそうなのもあったから」
酒を片手におしゃべりをするのに、つまみは種類があった方が良い。袋の中には焼きとうもろこし、焼き鳥、焼き魚――江流らしいチョイスだ。
「気が利くね、さすが。でもスイーツもおいしいよ?」
「それはもちろん。おすすめがあったら教えて欲しい」
「私としては葡萄かな」
「シルヴィの領地は名産地だもんな。納得」
凍らせた葡萄を常温に戻す、そのしゃりしゃりとした食感を楽しむスイーツだ。水分の少ない果実では難しいため、葡萄や桃が使われる。本来の甘味が抑えられ、甘いものが苦手な場合でも楽しめる。
「うん、これなら……いいかも。じゃ、乾杯といきますか」
準備が整ったところで、江流とシルヴィアはフルーツジュースの注がれたグラスを軽く鳴らす。
「それで、そっちの包みは?」
テーブルの上に置かれてはいるが開封はされていない包みについて、シルヴィアは尋ねる。江流はすっと視線を逃した後、グラスを置いて包みから『それ』を取り出した。
「結晶……だね」
玻璃の結晶。手に取ったそれを、江流は軽く光にかざす。
「彼女は……贈り物を身に着けるのを避けてるみたいだから。なら置物として映える物がいいかな、って」
サービスでつけてもらった柔らかい布で、江流は軽く結晶を磨く。それを、シルヴィアは目を細めて見守った。
「きっと、喜んでくれると思うよ」
「……それなら、何よりだよ」
世界は広く、そして美しい。それを切り取って、彼女に持ち帰ってやることができたら――江流がそんな彼女にかける願いはひとつだ。心の望むまま、自由に生きてほしい。
「シルヴィは? 何を買ったんだ?」
「玻璃花で作った香水瓶だよ。小ぶりだけど、飾ってもいいし身に付けてもいいから……喜んでくれるといいんだけど」
「シルヴィからの贈り物ならなんでも喜ぶだろうよ」
シルヴィアの恋人の表情が綻ぶ様子が目に浮かぶ。自分のこととなると不安だが、他人のこととなるとやたら自信を持って断言できてしまうのは、ふたりとも同じらしい。苦笑混じりの席は、もう少し続くようだ。
ルベア・ベルニは海の中で魚たちと共に泳いでいた。
以前、この海域に住まう魚についてルベアが調べた報告に基づき、ボートツアーの順路が決まった。あの時は調査という仕事があったために気づかなかった、生き物たちの美しさに見惚れる。
あの時はまだ観光地ではなかった。そして今こうして、ルベアの胸中には「やり遂げた」という高揚感が湧いている。
海から上がって浜辺に戻ると、江流とシルヴィアから「お裾分け」としてトロピカルスイーツの盛り合わせ皿を渡される。商品開発については触れていなかったため、仲間たちの仕事ぶりに目を丸くしつつ、訪れた者を飽きさせないビーチの出来栄えに自然と笑みが溢れた。
ルベアはそのまま、ノーキスが休んでいるコテージを訪れる。
「お疲れ様。気分はどう?」
「だいぶマシになりましてよ……」
ノーキスの顔色は、ビーチを訪れた時よりも幾分か血色が良い。ルベアが盛り合わせ皿を差し出すと、ノーキスはのろのろと桃をひとくちつまんだ。
「ありがとう。ここまで来られたのも、みなさんのおかげですわ」
「アナタがいなければ、そもそも依頼が出されていないのだから……フェイデンの再興はまだまだかかるかもだけど、声をかけてくれれば協力するから」
ノーキスとルベアはしばし、コテージでくつろぐ。先の課題も、今この時だけは忘れて――。
燦々と煌めく陽光の下、赤いビキニ姿のパドが伸びをした。
「いいわねぇ、バカンス♪」
やはり夏といえばビーチでバカンス。なかなか資金面を理由にビーチで羽を伸ばすことは出来ていなかっただけに、このような依頼が飛び込んできたことは僥倖だった。
「今日は見せ物もお休みして、楽しむわよ~♪」
あとは所属している『一座』の仲間であるフォリエ・スターリングと、座長であるブレイズ・アステールの到着を待つばかりである。ブレイズはコテージに先に荷物を置いてくると言って、パドのみ一足先に浜辺へ出ていたのだ。
「お待たせ」
しばらくして、フォリエを連れたブレイズがやってきた。フォリオのパレオスタイルに、パドは両手を合わせて目を輝かせる。
「あら、かっこいいしかわいいじゃない!」
そして小柄なフォリエの頭に、色鮮やかな花を挿した鍔広の麦わら帽子を被せた。
「陽射しが強いから、帽子をかぶっていた方がいいわ」
フォリエは少し照れた様子で礼を述べる。いつもと様子が違うが、どうやらここに来るまでにブレイズに誉め殺しにされたらしい。
「なるほどね。ねえ私は?」
「もちろん君も素敵だよ。いいセンスだ」
「でしょう?」
パドはブレイズの心からの賛辞に機嫌を良くする。その場でくるりと回ってみせ、ポーズをとった。
「ナイスバディの活かしどころよね! あ、そうそう団長、オイル塗って欲しいの」
「焼くのか!? せっかくの肌が勿体な……いや、それはそれで似合うが!」
ブレイズは慌ててパドを引き止めようとしてから、小麦色の肌のパドを想像して若干心が揺れる。その様子にパドはにっこり笑って、ポーチからオイルの入った瓶を取り出すと揺らした。
「綺麗に焼けるように丁寧に塗ってね♪ フォリエはどうする? 焼く?」
「わたしは、焼かないのだわ」
パドが準備をしている間、ブレイズは手早くパラソルを砂浜に差し、ビーチタオルを敷いた。
「飲み物を持ってこようか。何がいい?」
「あらありがと! 私はトロピカルジュースが欲しいわ~」
「さっき向こうでみた、きらきらした飲み物が美味しそうだったのだわ」
はいと手を挙げて注文するパドに対し、フォリエは遠慮しているのか、少々迂遠な言い回しとなった。ちらちらと屋台の方をみるフォリエに、ブレイズは微笑む。
「わかった。けど、あれは酒だな。同じもので酒じゃないものもあったから、それをもらってこよう」
「自分の飲み物も忘れないでね?」
いつも以上に甲斐甲斐しいブレイズに、パドは念押しする。ブレイズの心遣いは座員たちを大切に思うゆえだが、奉仕まで行ってしまうとお互いの立場がちぐはぐになってしまう。
「団長も楽しみましょうね♪」
「もちろんだ」
パドの言葉にブレイズもフォリエも頷く。夏の思い出は、皆が楽しくなければ意味がない。
その後ブレイズにオイルを塗ってもらったパドの肌が、綺麗に小麦色に焼ける頃。フォリエはブレイズに腕車を頼んでいた。
「もういちどお願いするのだわ」
抱き上げてもらい、ぐるぐると回ることで得られる特有の浮遊感が心地よい。フォリエはそのままパドを振り返る。
「あなたもしてもらうといいのだわ」
「それはフォリエの背丈だからできるのよ~。ね、私とも遊びましょ! 冷たくて気持ちいいわよ~」
そわそわとするフォリエを、パドは海へと招く。太陽は傾きつつあり、日が沈めば海は遊泳禁止となるだろう。パドは赤く燃える太陽に目を細めた。
「また来たいわね。……次は来年かも……うん、ぎりぎりまで泳ぐわよ!」
めいいっぱい楽しまなければ損だ。パドに誘われたフォリエは海へと駆けていく。それを追いながら、ブレイズも「また皆で来よう」と思うのだった。
ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールの二人は、ビーチを歩いた後コテージに戻ってきていた。そのままデッキに出てビーチチェアに身を預け、濡れた体を海風に晒す。
「髪だけ濯ぐのは? 傷むかもしれない」
ローザリカの艶のある髪を一房手に取り、ジュストは艶然と微笑む。ローザリカは無言でぷいと視線を逸らした。
「おや。ご機嫌斜めなのかい? こんなに綺麗な海、白砂のビーチにいるっていうのに。それとも……ロゼはそれよりも俺の方が気になる?」
ジュストは指にローザリカの髪を緩く絡めて、婚約者の視線が追っていたものについて言及する。ローザリカは少し間を置いてから、ジュストを振り返った。
「そうかもしれない」
そして、隣のビーチチェアに腰掛けるジュストの方へと軽く身を乗り出した。
伸ばした指先は、ジュストの髪を、顎を、胸元を滑る。しかし熱の篭もった触れ方ではない。憂いを帯び、伏せられた瞳。気にかけるのはジュストの体に刻まれた古傷の数々だ。いつもは着込んでいるため顕になることはないもの。
「もう痛んだりしないものだよ。大丈夫」
ジュストは一転、柔らかく優しく、ローザリカを嗜める。その傷は、ジュストが幼い頃にローザリカを守ろうとして負ったものだ。雨の日や疲れている時は違和感があるが、わざわざそこまで言う必要もない。
「……僕は、痛い」
痛まないと言ってすら、沈痛な表情をする彼女には。
ジュストは傷痕に触れるローザリカの手に、自分の手を重ねる。
「君がこれを見て苦しいのなら……」
「いや」
ローザリカはジュストの傷を、慈しむようになぞった。
「君が僕を守ってくれたことを、忘れない。だからこそ今は……愛おしく思えている」
「ロゼ、」
離れるローザリカの手に、ジュストは追い縋る。絡めた指先に甘い口づけを落とし、ジュストはローザリカの方へ身をかがめた。
その時、頼んでいたルームサービスの到着を知らせるノックが二人の耳に届く。二人は虚をつかれて目を瞬き、その後、額を合わせて苦笑いした。
「時間はまだたっぷりあるから。ゆっくりしよう、ロゼ」
「ああ」
フルーツを盛り合わせたスイーツに、切り分けた桃の果実に紅茶を注いだフルーツティー。程よく冷えたそれは、夏の暑さで火照った体を冷ますのにちょうどいいだろう。
ボートに乗り、瑠璃洞へと到着したエルナ・クルプファルツ、ユークリア・フィナンシェ、そしてアウレーリア・フォン・ネーベルベルクの三人は、入り口で防寒着を受け取り、冒険心を躍らせて洞窟の中へ足を踏み入れた。
「わくわくどきどきの洞窟探索ですね……!」
入り口の時点で、洞窟の奥から流れてくる冷気が肌をなでる。エルナは防寒着を着込み、準備万端だ。
「冒険とはまた違った緊張感……そして何より魔獣やクリーパーの脅威を考えなくていい安心感があります! あれ、アウレーリアさん?」
ユークリアは先ほどから一言も発していないアウレーリアを訝しむ。アウレーリアは洞窟の入り口に停められたボートを振り返った。
「……そうね。ここに来るまでが一番危険だったわ」
ユークリアが意気揚々と【沈没丸】と名付けたボートである。ユークリアのオール捌きは凄まじく、アウレーリアはそれを思い出して遠くに視線を投げた後、こほんと咳払いをして話題を切り替える。
「では探しに行きましょう、伝説の玻璃花を――」
あらすじからのナレーションのごとく、アウレーリアはばっと上着を翻す。そのマントに仕込まれていたのは、洞窟探検フル装備セットだ! 整備済みの観光地なのは承知の上だが、安全と分かっているからこそ羽目を外せるというものなのだ。
「では出発です!」
エルナの掛け声に合わせ、アウレーリアがたいまつに火をつける。それを受けてユークリアは流れるように武器を構えた。そしてエルナもまた双波で地形をいち早く把握する――体に染み付いた動き、職業病ってやつさ、冒険者だから仕方ないね。
「ここは整備された当初、壁から人の上半身が生えて延々と外に出られない苦悶の悲鳴が響き渡っていたとか……」
一応ガイドスタッフも所々いるにはいるのだが、ユークリアはその切れ間で嘘か本当か分からない怪談を披露する。
「その怪物から生えた花が、実は……」
まあ、大筋は間違ってはいない。怪物の出現とともに湧出した結晶は、黒玻璃花と呼ばれている。それももともと玻璃花がエーテル変異したものなので、本当に大筋は間違っていない。
「結構地下は柱が折れたら崩れそうだったり、脆かったりしたそうですよ?」
それも事実である。授恵者が暴れたら大抵の地形は「脆い」扱いとなるが。
「ふむふむ! 沢山の人達が囚われていたのですね……!」
エルナはその話を真に受けつつ、こうして噂に尾鰭がつくのだということを証明する。なんか一気にやばいところになったぞ。
「そうなのです、今でも怨霊めいた声が――」
【声帯模写】を使ったユークリアが呻き声を真似ようとした時、アウレーリアが松明を掲げた。
「見て、あれ……」
アウレーリアが指し示した先に、エルナは目を凝らす。淡く光を放つ結晶がそこかしこにあり、よくよく見れば確かに花が開くような形をしている。
「あれが玻璃花……きれいですね」
エルナがほうと感嘆の声を漏らす。ユークリアとアウレーリアもそれに頷いた。
「あっちは、溜まった海水に玻璃花が映り込んで……こっちも綺麗」
アウレーリアはひとつ提案をした。そして三人はガイドから特別に許可を得て、【ウォーターウォーク】で水面へと降りる。明かりを消せば、暗闇の中に灯る淡い光が四方を照らし出す幻想的な光景が広がった。
「……これからも、みんなで沢山冒険に行きたいですね」
まだ見ぬ景色と出会うために。三人は誰ともなく手を取り合い、しばらくその光景に見入っていた。
ちなみにアウレーリアは、土産物屋で「伝説の玻璃花」と銘打たれ売られていた結晶を買ったらしい。一夏の思い出として、その輝きが失われることはないだろう。
● サンセット・ビーチにて
夕暮れのビーチから、人々は明かりの灯されたコテージへと戻っていく。その中にパヴェル・A・サムルガチェフの姿もあった。
皆、海水浴に適した軽装であることに漏れず、かつパヴェルの出で立ちは肢体を惜しまず晒す美女よりも妖艶に見える――夕陽を浴びて、それはまた一層に。決して露出が際どいわけではないのに、むしろ衣服やアクセサリーなどで部分的に隠されることで、色香が漂うのだ。
貸し切りコテージの室内で水着から甚平風の寝間着に着替えたパヴェルは、デッキに備え付けられたサマーベンチでくつろぐ。グラスに注がれた宝石酒が夕陽を浴びて煌めいた。
「こうしてゆっくりってのも……」
呟き、パヴェルはここにいない文通相手のことを思い出す。海のものを土産にしたら喜ぶだろうか。貝殻もいいし、玻璃花のアクセサリーもいい。すぐに会える約束さえしていたなら、トロピカルフルーツの詰め合わせも候補に挙がったのだが。
パヴェルはグラスを傾けながら、夕陽が沈み切るのを眺めた後、室内へと戻って荷物の中を漁った。夜はまだまだ長い。文をしたためるのに、時間はたっぷりとある。
サマエラ=フォリウムはコテージの貸し部屋から、月明かりを反射する夜の海を眺めていた。
(日中からビーチを楽しませてもらったが……なるほど、夜景も見事だ)
天気が良かったため、空には雲に遮られることなく星々が煌めいている。デッキを囲う柵に身を預けた片手には宝石酒の注がれたグラスがあり、サマエラは残りを飲み干すと、次の瓶を開ける。
フルーツの甘みが滲むそれは、酒という雰囲気よりもジュースのようで、ついつい――サマエラはサイドテーブルに置いたフルーツの盛り合わせ皿もつまんだ。
「……まったく、贅沢な時間だな」
夜風の気持ちよさに目を細める。冷えた酒にフルーツの甘味、酸味。夏を感じつつも、暑さを忘れられるひとときだ。
「これで少しは、フェイデンも豊かになるだろうか」
このビーチまで来るには、フェイデン領を縦断する必要がある。途中の道の駅なども整備が進められるだろう。そういえば確か、フェイデンは他の領への中継地点として街道が用意されていたとか――。
「フェイデンは昔の姿を取り戻しつつあり、同時に新生しようとしているのだな……」
やれる範囲のことをしてきただけだが、達成感がある。サマエラはもうしばらくフェイデンの海を眺めて楽しもうと、グラスを傾けた。
ヨル・スレイマンはコテージのラタンマットに寝転んだ。火照った体の熱が急速に引いていく。丁寧に仕上げられたラタンマットの表面は滑らかな手触りで、ヨルはすべすべと冷たいそれを撫でた。
「うーんこれは新感覚。ナハシュもどうかな? 気持ちいいよ」
「お?」
テーブルに並べたルームサービスの宝石酒を検分していたナハシュは、声をかけられて寝転がるヨルを見た。酒を切り上げてごろりと横たわると、ナハシュは目を瞬く。
「なにこれやっべーーーーすずしぃ」
そしてそのままごろごろとラタンマットの上を転がる。しかしそれを見たヨルは少々不安顔だ。
「いや、流石に冷たくはない? 大丈夫……?」
いつもの格好といえばそれまでだが、ビーチということもあってナハシュは上半身裸だ。一枚サマーシャツを挟んでいるヨルでさえだいぶ涼しいとなれば、肌に直接は体が冷えそうである。
「そう長くはいねえって。酒もあるしな」
ナハシュはテーブルの上の酒を指差す。
頼んだ宝石酒に用いられた果実は、桃、葡萄、メロン、りんご。複数の果実を合わせたものもある。
「俺は葡萄が好みだったな。ちょっと凍ってんのか? しゃりしゃりしてた」
ナハシュの感想を聞きながらヨルは立ち上がると、テーブルの上のグラスを手に取る。
「ああ、そうだね。これはいい。俺は……うん、桃のやつが好きだな。こっちのりんごもなかなかだ」
ヨルが飲み比べている間にナハシュも席に着くと、盛り合わせ皿のマンゴーをつまむ。
「果物入りの酒を果物肴に食うって、もうその果物を酒ん中ぶち込んだ方が早くねえ?」
「どうかな、酒と果物の相性もあるだろうし、いろいろ考えが……あー」
注いだ酒に突っ込まれたりんごを見て、ヨルはナハシュブレンドと名付けた。まあ酔えるなら。うんうん。
「それにしても、洞窟の玻璃花、綺麗だったよな」
夜はもう入ることができないが、ナハシュは【念写】にて見てきた風景を写す。
「ああ、それはいいね。面白いスキルだ」
「だろ!?」
酒を飲みながらの鑑賞会。ヨルははしゃぐナハシュを見つつ、映し出された風景にも目を細めた。
君の目を通した世界。君が見ている世界――それを眺められるのは、そこそこ贅沢なことだと思うから。
イズル・M・ヴォルゴールとペルゼィックの二人もまた、コテージにして酒を楽しんでいた。もうすでに夜半を回った頃であり、明かりも就寝のために多少しぼられているが、どこのコテージもまだまだ人の起きている気配がある。ビーチの夜はこれからということだろう。
今回供されている宝石酒は、イズルも前回関わったものだ。その話をペルゼィックに聞かせていると、ペルゼィックは少し不満げに片眉を上げた。
「もっと言ってやったらよかったんじゃねえか? らしくねぇ」
「無理だって。意見出すには情報が足りなかったし、何も知らない人間がわかった顔できないよ」
イズルの真面目で、誠実なところだ。わかってはいるがもどかしいような気持ちがある――ペルゼィックは酒を一口飲み、グラスを掲げた。
「でも残念だぜ。お前がこの酒に一枚噛んでんなら、グラスで俺も一枚噛めただろーが」
「お抱えか知らないけど、ガラス職人はいるみたい。基幹産業はガラスにするって聞いたし、ライバル増えるかもね」
「はぁ? うちの工房の下にしてやるわ」
気勢の強いペルゼィックの発言に、イズルは苦笑しつつ。グラスを見て思い出すことがあったのか、ふと声色を落とした。
「ジークの父上が我が家にくれたグラス、凄かった」
イズルはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「領主も代々儀礼用の酒を造るけど、生業にしてる領民の人にはかなわないよ」
領主にはさまざまな役割がある。領民が健やかに暮らせるよう矢面に立つのは、彼らに領主という立場を支えてもらっているからだ。
「領主ができることなんて、多くなくて……自分は役立たずだなって」
「……」
ジーク――ペルゼィックは黙り込む。
師匠の作品に敵うもの、同じだけのものを自分は作れない。酒を飲むための器として考えられた究極の造形――ヴェルクリエの職人が作ったらしいこのグラスを見ても、やはり師父の作品以上のものを見つけたという気にはならなかった。
「……まだ、足りない」
剣の腕前も、街での仕事も、授恵者としての経験も。ペルゼィックが学ぶべきことは多くある。
「あーもう、辛気臭ぇ話は止めだ、やめ! 折角の酒が不味くなるだろうが」
いいか、とペルゼィックは幼馴染みを指差す。
「足りねえってことは、これから埋められるってことだ!」
それは、冒険者として仕事をこなす中でも一層感じられたこと。虚勢でも、本気でも、そういった姿勢が明日の自分を作る。
「ジーク……そうだね。うん、飲み直そう」
明日にはまた、堂々としていられるように。ふたりは一息にグラスの中身を飲み干した。
マスターコメント
お疲れ様でした! バカンスはお楽しみいただけたでしょうか!
大成功により、復興ポイント「財政」「魅力」にそれぞれポイントが入りまして……
内政:4pt/外交:2pt/財政:3pt/産業:9pt/魅力:8pt
このような感じになりました!
お金がそこそこ入ったということは……ふふふ
それではまた、お会いしましょう〜!
イベントシナリオ易しい 報酬:標準24 / 4〜25人
2022年08月17日 16時32分56秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
投稿はありません