秋風に 朱黄繚乱 戦略寺
真柄 葉
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シナリオID:1622
オープニング
真赤に染まった伊呂波紅葉に招かれて――。
黄色に染まった大銀杏に誘われて――。
来いや来いや、紅葉良媒『戦略寺』――。
この時期は、シャルガネに伝わる古い歌がどこからともなく聞こえてくる。
シャルガネ居住区にあって、秋の紅葉狩りは無くてはならない季節の風物詩。
秋の大収穫が終わり、一息ついた頃に訪れるこの催しを、シャルガネの住民達は待ち望み、山に入っては自然の移り変わりを肌で感じ、雄大な自然に包まれて過ごす。
そして、今年もそんな季節がやってきた。
紅葉の名所『自衛山 戦略寺』には、今日も沢山の観光客がやってくる。
秋が終わり、冬へと進む季節の移り変わりを惜しみつつ、この時期にしか見られない絶景を求めて――。
解説
マスターより
リプレイ
授与所に向かい熱い思いを伝えようと一生懸命話すリディリディ・トゥラ・イェレミース。話を聞く若い僧も、根気強く彼女の小さな声に耳を傾けた。
「あ……お肉なら、なんでもいいという訳じゃなくて、ですね。えっと……シャルガネには、『SUKIYAKI』っていう……」
身振り手振りまで交えリディリディが懸命に説明すると、若い僧かこれか、いやこっちかと色々なお守りを選んでくる。
「えっと……そういうのが、自然と舞い込んでくるような護符がないかって。もちろん、あの……美味しくなくちゃ、ダメです、よ? あと、少なくてもダメです……」
だんだんと要求が具体的になってくるリディリディの話に、若い僧の頬が引きつり始めた。
「……できれば、毎日、三食……四食……五食、くらいでいいです……そういうのありませんか……?」
結局、リディリディの『願い』を叶えられるお守りは存在せず、若い僧が彼女に『開運祈願』のお守りをそっと渡し、「頑張ってください」と添えたのだった。
なんかうまく丸め込まれたのではと首をかしげながら場所を譲ったリディリディに代わり、ローザリカ・L・ディオールが授与所の前に立つ。
「何と美しい刺繡、そして文字! まるで芸術品ではないか! しかも、これらは全て神への祈りが詰まっているだって!? そんな貴重なものをこうも気軽に買えるとは……シャルガネ恐るべしだよ……!」
と、ここまでを息継ぎなく喋り切ったローザリカは、ぽかーんと口を開ける若い僧にグッと顔を寄せた。
「ああ、すまない。あまりの素晴らしさに思わず感銘を受けてしまったよ。所変わればとはよく言うが、この地方にしかない『こうよう』というのだったか。あれも実に素晴らしい! あれらが織りなす絶景は筆舌に尽くしがたいな! ぜひ絵画にして持ち帰りたいほどだが、残念ながらそれもかなわないか……! 致し方ない」
と、ここまで一息で言い切ったローゼリカはばっと両手を広げる。
「だが、持ち帰れるものもある! さぁ、ここからここまでだ。神への祈りを全て我が元へ!」
呆気にとられる僧に、さぁさぁと目線で訴えかけるローゼリカ。
結局、若い僧は言われるがまま、大量の『商売繁盛』のお守りを包み、ローザリカに手渡した。
●
(大福……これはどういうことなのっ!?)
(だだだ、だから言ったのだ! 大福はちゃんと言ったのだ!)
(聞いてない! 和尚にリベンジするから、付き合ってほしいのだ! しか聞いてない!)
(え……?)
(え……? じゃないでしょ!?)
(ふ、二人共、和尚様がこっちを見ていますよ!)
戦略寺奥の院。
お堂を吹き抜ける晩秋の風がお腹を直撃する中、三人はひたすらに耐えていた。
(うぬぬ……こんな事なら、あんなにお茶飲むんじゃなかった……!)
(あぁ……たくさん飲んでましたもんね。タダだ、いぇーい! って)
(ハルハルだって、お団子いっぱい食べてたじゃない!)
(ボ、ボクは長丁場だって聞いていたから、腹ごしらえをしたんです! まさか長老のお話より長くなるなんて、予想してませんでしたけど……!)
(ふっふっふっ。これだから素人は困るのだ)
(む、大福がなんか偉そう)
(これで二度目の大福は何も食べず飲まずで説法に挑んでいるのだ! おかげでお腹の虫が大合唱なのだ!)
(それ、ダメじゃないですか……)
「――短いですがこれで説法を終了とさせていただきましょう」
(((長いわ!(です!)(のだ!))))
心の中で和尚にツッコミつつ、苦行に耐え抜いたサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ、ハルハン・ツァガーンナル、そして大福の戦いが、今始まった――!
●
「にゃにゃ……!? なにこれ、デバフ!?」
ビリッビリに痺れる自分の脚に、サフィラは思わず声を上げた。
「う、動きません……! いえ、これは感覚がない!?」
隣では何とか立ち上がろうと、ツァガーンナルが前かがみに踏ん張っている。
「ふっふっふ、お先に失礼するのだ!」
そんな二人をしり目に、生まれたばかりの子鹿ばりのぷるぷる具合で立ち上がった大福は、既に出口に向けての一歩を踏み出していた。
「くっ、大福、あたし達を捨てるっていうの!?」
「そ、そうです! か弱い女性二人を残して一人だけ先に行くなんて……それでも男の子なんですか!」
「ふえっ!?」
「隙アリっ!」
「ご、ごめんなさい!」
乙女の訴えに思わず足を止めた大福。二人はその隙を逃さず大福の肩に手を置くと腕の力で一気に立ち上がる。
「ごめん、大福。でもあたしも形振り構ってる場合じゃ……あ……」
そのまま、出口へと向かおうとしたサフィラが――。
「「え……」」
立ち止ったサフィラに、何やら察した二人が振り向いた。
「な、なんでもない! 何でもないからね!? まだ違うから!! その眼、やめてっ!?」
●
「はらはらと舞い落ちる紅葉。こんなにも綺麗ですのね」
紅葉の絨毯の上を歩くネーヴェ・グラヌローザは、舞い落ちる紅葉に手をかざす。
「そうでしょうか。私にはただ冬支度の為に落葉したようにしか見えませんが」
「もぉ、相変わらず元も子もない言い方なんですから」
相方の物言いに、ネーヴェは苦笑しながらもその手を引いた。
二人は手を繋ぎ紅葉舞い散る遊歩道を歩く。
「もうじき冬が訪れますね」
「……これほど広大な土地をあの修行僧たちだけで管理しているとは、一体どれほどの労力が注ぎこまれて……これも神への信心?」
「キーゼさん」
「……ある意味、権威と富の象徴ですか。どこも変わりませんね」
「キーゼさん!」
「はい、なんですか」
ムスッと頬を膨らせるネーヴェに、キーゼは顔を曇らせる。
「もう、今はデート中ですのよ?」
「そうですね。デート……でしたらもう少し『楽しみ』が欲しい所ですが」
「キーゼさん」
「わかっています。まだ日が高いですからね」
平気でそんな事を言うキーゼに、呆れながらも頬を染めるネーヴェは、ベンチを見つけると腰をかけた。
「よかったら少し休憩しませんか。先ほど頂いた『団子』があるのです」
キーゼの手を引きベンチに座らせたネーヴェは、取り出した団子の包みを開けた。
「これが『餡子』ですか。初めて口にしますがとても甘くておいしいですわ。それにほら、私達に似ていません?」
「似ている? 確かに配色具合は僕達みたいですが……なるほど、確かに白と黒ですね」
ネーヴェの顔を見て何故か納得の表情を浮かべたキーゼは、彼女の頬にそっと手を伸ばす。
「えっ?」
突然伸びて来たキーゼの手に、ネーヴェは思わず目をつぶるが――。
「……なるほど、これは甘いですね。一体どれほど砂糖を使っているのやら。やはり富の――」
「キーゼさん!」
「はい?」
頬についてたであろう餡子を掬い取り自らの口に運んだキーゼに、ネーヴェは顔を真っ赤にする。
「ついていたのならそう言ってくださいまし……!」
「なぜですか? 言えば自分で取ってしまうでしょう」
「そ、そんなのは当然です」
「では、やはり言えませんね」
そう言うとキーゼは、ネーヴェの肩に手を回しグッと引き寄せる。
「少し寒くなってきましたね」
「……もう、こういうのってずるくないですか?」
「さて、何のことやら」
ネーヴェは抱かれるままにキーゼの肩口に頭を預けた――。
●
「ねぇ、ゼー君」
「なんだよ」
「楽しんでる?」
「別に」
せっかく近くまで来たしと半ば強引に幼馴染のサニー・フォン・オルライトに連れてこられたゼラルム・エルホワイト。
途中でもらった団子を片手に、紅葉のトンネルを二人で歩いていた。
「もぉ、せっかく来たんだからさぁ。もうちょっと楽しんだら?」
「お前が勝手に引っ張って来ただけだろ。さっさとゴールして帰るぞ」
「えー……ゼー君もちょっとは風景とか風情とか楽しむ感性持った方がいいよ」
「別に必要ない。ほら、早くいくぞ」
そう言いつつ、団子を一気に頬張ったゼラルムはすたすたと遊歩道を歩いて行ってしまった。
「もう! 待ってよ! 可愛い幼馴染を置いていくとか信じられないんだけど!!」
残されたサニーはどんどん先に行く幼馴染の背を負って、深い赤のトンネルの奥へと入っていった。
●
この泉は現世と幽世を繋ぐ門。死者の国に渡った故人を覗き見れる鏡。
看板に書かれた文字を一読すると、アルフィー・リッパーは泉へと移動し、ゆっくりと頭を下げる。
落葉にゆらゆらと揺れる湖面が、次第に静かになり像を結ぶ。
そこには覗き込んでいるはずのアルフィーの顔が映る――はずだった。
「ルーシェ……なの、か」
アルフィーは水面に映る姿に目を見開いた。
その影は無表情にこちらを見ている。
「うぐっ……」
水面にぽたりと雫が落ちた。
アルフィーはそれ以上瞳を開いていられず、ぎゅっと目をつぶり膝から崩れ落ちる。
「えっ!?」
突然崩れ落ちたアルフィーをたまたま通りかかったリリア・スノーウェルが見つけ、慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?!」
リリアはすすり泣くアルフィーの肩に手をかけ問いかけるが、アルフィーは言葉なくずっと泣いている。
そっとしておくべきかとも思ったが、それではこの寂し気な黒猫くんは、ずっと動けないのではないか。
リリアはお節介だと思いつつも、アルフィーの両脇に手をねじ込むと無理やり立たせた。
「こんな所にいたら、他の人の迷惑ですよ。……その、もしお一人なのでしたら、私と一緒に色々見て回りませんか?」
いきなり馴れ馴れしいな!? と心の中で思いつつも、どうしてもこの大きな捨て猫さんを放っておく気になれなかった。
リリアは呆然とするアルフィーの目元を拭ってやると、ほらと、山の上を指さす
「あちらに素敵な建物が見えます。よろしければ一緒に登ってみましょう」
リリアはそう言うと、アルフィーの返事も待たずその手を引いた。
「きっととてもいい事がありますよ!」
アルフィーは言われるままにリリアの後をついていく。その感覚はいつの日かに感じたあの感覚にも似ていた――。
●
なんやかんやありつつお堂を抜けた三人は階段へと差し掛かる。
「こ、ここを降るのですか……」
眼下に霞む本堂を見やり、ツァガーンナルが喉を鳴らした。
「ついに……ついに来たのだ! 大福は、もう負けないのだ!」
隣では大福がぐっとお手々を握りしめる。
「ななな、なんでもいいから早くいこっ! も、もうやば……あ……」
「「え……」」
「ち、ちがうから!?」
そんなやり取りをしつつも、痺れの残る脚と、張り裂けんばかりに主張するお腹を抱えながら、三人は仲良く階段を下っていく。
「う゛っ! ぎゃ! にゃにゃ! 階段の下りって、こんなにきつかった!?」
一段降るごとに奇声を発するサフィラ。
「大丈夫、筋肉です……この日の為に鍛え上げた筋肉がボクにはあります! だから……お願いですから、裏切らないでボクの筋肉……!」
隣ではツァガーンナルが自らの筋肉に語り掛けつつ階段を降る。
「粽が見ている前でこれ以上、粗相する訳にはいかないのだ……!」
ちらりと階段脇を見る大福。そこには相棒の粽が心配そうにこちらを見ていた。
「ネーヴェ」
そんな必死で下ってくる三人を見つけたキーゼ。
「ダメですよ?」
「まだ何も言っていませんが」
「ダ・メ・で・す・よ?」
満面の笑みで微笑むネーヴェに、キーゼは上げようとした手をゆっくりと下した。
●
「ティト、歩きにくいのですが」
「……はい、あーん」
「あーん。……ふむ、これも中々うまいですね。って、そうではなく」
紅のトンネルの中をセロンガード・シュタインドルフはゆっくりと歩いていた。
「まだ、たりない?」
「いえ、先ほどから事あるごとに団子を突っ込まれているので、正直お腹いっぱいです」
「……ぼくの料理が、食べれないっていう、の?」
そう言いつつ次の団子をぐいぐいとセロンガードに押し付けてくるティトは、絶賛お姫様抱っこされ中でとても上機嫌だった。
「ティト」
「……なに?」
「もうすぐ一年が終わりますね。いえ、団子は結構ですから」
「……そう、だね。今年は、色々あった、ね」
「ええ、本当に色々ありました。ですから、味を変えてももう入りません」
「ちょっと、さむい、ね」
そう言って、ティトはセロンガードの首に回した腕に力を込める。
「私が温めてあげますよ」
「え……?」
「私の隣にいる限り、貴方に寒い思いはさせない」
突然真剣な眼差しで見つめてくるセロンに、ティトはびっくり。
「セロン……何か悪いものでも、食べ、た?」
「そうですね、貴方に団子をたらふく……いえ、そうではなく」
少し戸惑いを見せるティトに、セロンガードは尚も攻勢を強めた。
「去年は一人でした。でも、今年は……いえ、これから先はずっと貴方がいる」
「……」
「ティト、貴方はどうですか?」
「え?」
「私の隣にいてくれますか?」
「そ、そんなの……あたり、前」
セロンガードの表情に嘘はない。それがわかるくらいには一緒に居る。
ティトはセロンガードに問われて小さく頷いた。
「ありがとう、ティト。私の可愛いティト」
セロンガードは恥ずかしそうに垂れる狼の耳に口付ける。
「――という訳で、言質が取れましたので、行きましょう」
「……はぇ? どこ、に?」
「ああ、麓に宿をとっているので」
「や、宿……?」
「今から行けば、たっぷり時間を取れるでしょう」
「時間……えっと、なん、の?」
「それを聞くのは野暮ってものですよ、相棒!」
セロンガードは実にいい笑顔でティトの身体を抱き直すと、足取り軽く紅のトンネルを抜けていった――。
●
「ここが噂の泉か?」
「みたいね。看板に書いてあるわ」
至鏡の泉へとやってきたギャメルとハティ。
たまたまこの戦略寺に訪れていた二人は、ご近所で顔見知りだったという事もあり、なんとなく一緒に境内を回っていた。
「泉に浮かんだ紅葉が綺麗だな。なんか、絵みたいだ」
「そうね、掃除が大変そう」
「そ、掃除? 確かにそうだな。沈んでいくのか?」
同じ景色を見ているというのに、まったく観点の違うハティにギャメルは面食らうが、確かにそれもそうだと、泉に浮かぶ紅葉を見た。
「沈んだら底に溜まるわ。ちゃんと掬い出してるんじゃないかしら」
「掬いだすって、あの僧とかいう奴らがか?」
「ええ、そうよ。何でも修行とか言って掃除もするらしいわ」
「うげっ、寒そうだな!? もう氷も張りそうな季節だぞ?」
「それが修行なんじゃない? 知らないけど」
そんな他愛もない話をしながら二人は泉へと近づいていく。
「ここを覗けば、故人が映るのか……」
泉の前でギャメルがゴクリと喉を鳴らす。
「どうしたの。怖気づいた?」
「そ、そんな事ないぞ! 見てろよ!」
いいように乗せられた気もしないが、ギャメルが先に泉を覗き込む。
じっと物言わぬギャメルを横目に、ハティも並んで泉を覗き込んだ。
鏡面のように静かな水面。
映し出されるのは、誰の顔か。
二人は言葉を出すことなく、泉に映る影を見つめていた。
「……ふぅ」
最初に顔を上げたのはハティだった。
「……ど、どうだ。何ともなかったぞ!」
「ええ、そうね。ほんと、記憶の中の姿と何も変わってなかったわ」
「ハティにも見えたのか」
「……そういう貴方も見えたのね」
二人は目を合わせると互いに小さく頷いた。
「誰が見えたの……と聞く程の仲じゃないわね」
「そ……別に教えてもいいぞ」
と、一瞬同意しかけたギャメルが首を振る。
「オレには、死んだ母さんが見えた」
真っ直ぐで大きな瞳がハティを見つめる。
「……そう。母親を亡くしてるのね」
「別に同情なんていらねぇぞ」
「わかってるわ。そもそもする気もないし」
少し怒ったように表情を曇らせたギャメルに、ハティは顔を背けた。
「……私はお義父さんが見えた、わ」
「お義父さん……? 本当の父親じゃねぇのか?」
「はい、この話はお終い。続きが聞きたかったら、もう少し仲良くなってからね」
そう言って、ハティはギャメルに手を差し出す。
「……そうか、わかった。そんじゃ、これからもよろしくな、ハティ!」
ギャメルは差し出された手をぎゅっと握ると、子供のような笑顔で返した。
●
「つ、着いたのだ! 大福は、ついに勝利したのだ!」
ついに階下へ到着した大福が感動に震える――のを横目に、サフィラとツァガーンナルはさっさと本堂へ駆けていく。
「わわっ待つのだ! 大福を置いて行かないで欲しいのだーー!!」
慌てて二人を追って駆け出した大福。
こうして、三人は(きっと)無事に本堂へと辿り着いたのだった。
●
「あ、あの!」
「はい、どうしましたか? あ、この『きなこだんご』というのも美味しいですね。ほのかな甘みもありますし、どこか香ばしさもありますよ」
目の前に並べられた数々の団子の一つを取り、イヴェール・イリュジオンはゲルダ・クラインの顔の前に運ぶ。
「ゲルダさんも、いかがですか?」
「あ、あの……い、いただきます」
ゲルダは目の前でじっと待つきなこ団子にパクっと食いついた。
「……おいしい」
「それはよかった」
と、口の中に広がる甘みに思わずつぶやいたゲルダに、イヴェールはにこりと微笑みかける。
「あ、あの! イヴェールさん、わたし――」
「あら、こちらの物は何でしょうか。黒いペースト状のものが乗っていますが」
「え? あ、えっと、これは餡子というものだそうです。甘く煮たお豆をすりつぶした物、だったはずです」
「そうなんですね。流石ゲルダさんは博識ですね」
「そ、そんな、ちょっと本を読んで知っていただけです……から」
秘かに憧れを向けるイヴェールからの賛辞に、ゲルダは照れ臭そうに俯いた。
「では一つ頂いてみましょう」
そんなゲルダの仕草に萌えつつも、イヴェールは次なる団子を口にする。
「なるほど、これも美味しいですね。ですけど、少し甘みが強いように思います」
「そうなんですか?」
「はい、ゲルダさんもよろしければ」
と、イヴェールは再びゲルダの口元に団子を運んだ。
ゲルダは再びやってきた目の前の団子を、むむむと睨み付けていたが、結局パクリと食いつく。
「本当ですね、甘み強く……あ、それではこちらのはどうでしょう」
「こちらの……これは、海苔でしたか」
「そうです。よくご存じで。こちらはシャルガネの調味料『醤油』を味付けに使っているはずですから、甘くなくて、むしろしょっぱいんですよ」
「え? 甘味ですのに塩辛いのですか?」
イヴェールは半信半疑ながらも『磯部団子』を口にする。
すると先ほどまでとはまるで違う、うまみと塩味が口に広がった。
「これは、とてもさっぱりしますね。甘味というより食事を頂いているようです。美味しい」
「お気に召していただけて良かったです」
今度はあーんしてもらわず自分で食べたゲルダも、団子の味に感動していた。
二人はその後も団子を食べ進め――。
「この『みたらし』がやはり好みですね。ゲルダさんはどれがお好きですか?」
「わたしも『みたらし』でしょうか。甘みと塩味のバランスがとても、素晴らしいです」
「ふふ、ゲルダさんと好みがあって、私も嬉しいです」
そういって、イヴェールはお膝の上に乗るゲルダの頭を、愛おしそうに撫でた――。
●
「うあっ!?」
突然叫び声を上げたララベル・サン・ディーベルに、他の観光客が何事か視線を向ける。
ララベルはその視線に気づいて、慌てて近くの物陰に隠れた。
「『健康祈願』だと思って買ったのに『安産祈願』って書いてる……?!」
手の中には小さなお守り。色が気に入って買ったはいいが、そのご利益にララベルは顔を真っ赤に染める。
「どどど、どうしよう。もう買って帰るって言っちゃったのに……」
恋人達や宿の仲間達にはお土産としてお守りを買って帰ると約束していた。
皆の健康を願って買ったはいいが、間違えて全部『安産祈願』を買ったらしい。
「お守りって返品不可って書いてあったよね……」
授与所の前には購入したお守りの返品はお受けできませんと書いてあった。
「あー、やっちゃった……」
途方に暮れるララベルがトボトボと歩いていると、ふと小さな泉を見つける。
「へぇ、泉なんてあるんだ」
ララベルは何の気なしに紅葉の浮かぶ泉を覗き込んだ。
「すごい、綺麗に僕が映ってる」
鏡面のような泉の水面には、くっきりと自分の顔が浮かぶ。
「……帰ろっと。きっと何とかなるよね。うん、何だかそんな気がする」
ララベルは何故だか心晴れやかに、秋の紅葉路を引き返していった。
●
「マトリクス界じゃなくて、『死者の国』か」
麓で仕入れた酒瓶片手に紅葉狩りを楽しんでいたヨル・スレイマンは、もう一つの目的であった『死者の顔が見える泉』の前へとやってきた。
シャルガネ独特の言い回しなのだろうか。それともそういう文化なのか。国というからにはそこには人が住み、王が統治するのか。
そんな事を考えながら、心の覚悟を整える。
「……よし」
ヨルは小さくそう呟くと、鏡のような泉を覗き込んだ。
一瞬の揺らめきと共に、水面に像が結ばれる。
「……そうか、君が映るのか」
鏡の向こうから物言わず見つめてくる昔馴染みは、剣奴だった頃の知り合い。
全てが終わったあの日に、今生の別れを告げたただ一人の友。
「俺を恨んでいるか?」
ヨルは水面に映る顔に問いかけた。
「俺を哀れむか?」
生き残った剣奴の末路を。
「気高かった君の生き様を模倣するのは……難しいね」
返ってくる返事がない事をいい事に。
「……こんな事を言いたかったんじゃないんだけどね。ごめん、これは詫びだ」
ヨルは顔を上げると、持ってきた酒瓶を泉の上で傾けたのだった。
●
『そんな場所がこの世に存在する訳はない』
そう思っていた、ここに来るまでは。
「……ジーナ、なのか」
鏡の如き清らかな水面に映るのは金髪童顔の少女。鏡の向こうの世界から、無表情にこちら側をじっと覗き込んでいる。
ナハティガル=ラーは声を震わせた。
もう何年前の事だろうか。はっきりと思い出せないほど昔。まだ俺が『少年』と呼ばれていた頃だった――。
昔の想い出が溢れてくる。
特徴的な金髪以外その顔はほとんど思い出せなくなってしまっていた彼女。
しかし、今目の前に居るのは、確かにあの時の少女だった。
「やっと、こちらで会えたな」
時折見る黄金の夢。覚めてしまえば見た事すら朧げな幻。
だが、今自分の前には、確かにその顔がある。
ナハティガルは無意識に伸びていく自分の手に気付き、止めた。
「触れば消えてしまう幻、か。夢と何も変わらない」
そう、これは泉が見せてくれる夢。
落葉一枚、雫一粒で崩れてしまう儚い幻。
「……ジーナ」
ナハティガルはそれ以上何も口にすることなく、静かに泉を覗き込んでいた――。
●
「一先ずここで休憩しようか。皆、お疲れ様」
夜空の色を映したような濃い藍色の着流しに身を包む海神・江流が、仲間達に声をかける。
観光にと集まった仲間達を案内していた江流は、休憩のために茶屋へと立ち寄った。
「見事な景色だった。昼夜の寒暖差がここまでの絶景を生むとは」
紅葉舞い散る散策道の絶景を思い出し、シルヴィア・A・カペルが興奮気味に語る。
淡い黄色地に秋草と蝶が舞う着物を着こなした彼女は、乾いた喉を潤そうと早速飲み物を注文した。
「そうね。特にあの遊歩道は素敵だったわ」
シルヴィアの隣に腰かけたルベア・ベルニ。
彼女はその髪色に合わせるように、銀糸が織り込まれたシックな着物を纏っていた。
「素敵といえば、君の装いもとても素敵だね」
「え……?」
と、突然シルヴィアが微笑みかけてきたものだから、不意打ちを食らったルベアはぽかんと口を開ける。
「秋服も似合っていたし、君のセンスはとても良いと感じるよ」
「そ、そうかしら。あの……ありがとう」
真っ直ぐな賛辞を向けられルベアは照れて俯いた。
「そ、そういうシルヴィアさんも、とても似合っているわ」
「そうかい? ありがとう」
「なるほど」
「何がなるほどだ」
そんな二人を見ていたのは、赤と黒が交じり合う、まるで彼女の二面性を映したような着物を纏ったギーゼラと藍の着物を纏うエル=バ=ノイアン。
二人のやり取りを興味深く観察するギーゼラに、ノイアンは深いため息をついた。
「さぁ、どうぞ!」
「どうもしない」
「えーー……」
せっかく褒めるチャンスを上げたのに、ノイアンから返ってきたのは素っ気ない返事。ギーゼラは不満そうに顔をしかめる。
「と言うか、元気ないですが大丈夫ですか? ヒールしましょうか? ヒールしましょう! ヒールこそ!」
「……結構だ」
目を輝かせ迫ってくるギーゼラを押し返し、ノイアンはぶっきらぼうに答えた。
しかし、ギーゼラの見立ては間違っていない。普段から生気にかけるノイアンだが、今日は特にそれが顕著だった。
それもそのはず、彼は仲間達と合流する前に、とある場所を訪れていた――。
●
「……傭兵団の誰かが映ると思ったのだがな」
鏡水面に映るのはまるで自分の生き写し。
映った姿の髪の毛さえ整っていなければ、所詮噂は噂か、と立ち去っただろう。
「さて、あんたは誰だ」
水鏡に映る人物に問いかけるが、もちろん返事はない。
しかし、ノイアンには目の前の人物が誰なのか、何故かわかってしまった。
「……そうか」
小さくそう呟くと同時に落葉が水鏡を乱し、映っていた人物の顔を溶かした。
●
「――アン。ノイアン!」
「ん。ああ、呼んだか」
名を呼ばれた事に気付き、ノイアンがシルヴィアの元へ歩み寄る。
「見てくれ、これは『みたらし』というそうだ」
「ふむ……覚えていけ、という事だな」
「はは、流石だなノイアン。頼めるか」
「ん、善処しよう」
そう言って、シルヴィアに手渡された団子をノイアンは口にした。
「さてさて、こっちはこっちで楽しもうか」
「そうですね。ここは空気を読む場面です」
そんな二人を見つつ、江流とギーゼラは団子を頬張る。
「そういえば、あの噂聞いた?」
と、二人に声をかけたルベア。もちろんその噂というのは、あの泉の事で――。
●
「来てみたはいいけど……いざ覗くとなると意外と勇気がいるわね」
「はは、大丈夫だ。気を張らずに覗いてみるといい」
泉を遠目に見ていたルベアに、この場所を知っている江流が声をかける。
「何なら俺から行こう」
江流はルベアに代わり泉の前に立つと一呼吸。心を落ち着かせ、覗き込んだ。
映るのはもちろんあの顔。天真爛漫で悩みなどなさそうな笑顔で微笑む――ではなく、無表情にこちらを見つめている。
「……久しぶり。元気だったか」
返事がない事は知っている。それでも声をかける。
今は亡き最愛の人。約束をさせるだけさせて逝ってしまった身勝手な妹。
「残念だけど、まだあの約束は果たせそうにない」
前に会った時に交わした約束の経過報告。もちろん、芳しいものではない。それでも――。
「また会いに来る」
いつものようにそう言って江流は顔を上げた。
「……本当に見えるのね」
「心の清い者にだけな」
「む……」
おどけるようにそう言った江流に代わり、ルベアが泉の前に立つ。
「大丈夫。別に話しかけてきたりなんかしないから」
ルベアは自分に言い聞かせるように呟くと、泉を見下ろした。
紅葉が揺らしていた水面は徐々に波紋が消え、鏡になる。
鏡面には次第に像が結び――。
「とう……さん」
そこに映った顔に、ルベアは思わず声を出していた。
物言わずじっとこちらを見つめてくる瞳は、力強い。
「……そうですか。私はまだまだですか」
その瞳がそう言っているように感じた。
ルベアは小さく笑みを作ると、再び口を開く。
「いつか追いつきます……いえ、追い越して見せます」
それだけを言って、ルベアは顔を上げた。
「ギーゼラちゃんは覗かないのか?」
と、ルベアが場所を空けたのを機に、江流がギーゼラに問いかけた。
「ええ、覗きませんよ。どこかへ連れていかれたら大変ですから」
と、ギーゼラはちっとも大変そうな感じなく、ぱくぱくと団子を食べている。
「何処にも連れていかれないぞ? 俺達のを見てただろう」
「貴方達は貴方達であって、僕ではないですからね。それに」
「それに?」
(顔を見ずともあの子は常に、僕と私と共にあるのですから)
「いえ、なんでもありませんよ。あ、二人も来たようです」
首をかしげる江流から視線を移したギーゼラ。遠くからノイアンとシルヴィアが来るのが見えた。
「待たせたね。なるほど、ここが噂の泉だね」
やってきたシルヴィアは泉の前の看板をじっと見つめる。
「……ふむ、実に興味深いね。私も覗いてみていいのかな」
シルヴィアはこの場所をよく知る江流に問いかけた。
「誰が見えても驚かない覚悟があるなら」
と、江流はおどけるように彼女に答える。
「そうか、それなら問題ない」
そんな江流に対抗し肩を竦めたシルヴィアが、泉を覗き込んだ。
「……」
「誰が見えた」
何も言わず泉から離れたシルヴィアに、ノイアンが問いかける。
「君の目の前の人物、だよ」
そんなノイアンに、シルヴィアは悪戯っぽくそう答えたのだった。
●
「うん?」
ホクホク顔で帰路につくローゼリカが、ふと気になりお守りの包みを開いた。
「……これは、あの僧の不手際か? それとも、従弟殿の――」
大量の『商売繁盛』に紛れていた、場違いなお守りに、ローゼリカはしかめ面を作る。
「いや、考えるのはよそう。折角の一人旅だ。何かに悩む事など馬鹿馬鹿しいからな」
一瞬、頭に浮かんだ顔を振り払う様に首を振ったローゼリカは、一呼吸入れるとお守りを包みに戻したのだった――。
マスターコメント
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない25 / 4〜25人
2021年11月23日 00時35分06秒 公開
参加者
相談掲示板
ギャメルだぜ。よろしくなー! おっ、近所に住んでるお姉さん(ハティ)じゃん! せっかくだし、いっしょに見て回ろうぜ。 シャルガネ風の信仰の文化に触れるなら、本堂。 オーソドックスな観光を楽しむなら、紅葉や甘味。 ってなあたりが参加しやすそうかなって思ってるぜ。どうかな?
シーフの海神江流だよ。今回は宜しくね。 知り合い連中と、紅葉狩りと団子いただく感じでふらつく予定だよ。 俺は見ての通りでシャルガネの出なんで、軽いガイドくらいは出来ると思う。 個人的に、ちょっとだけ至鏡の泉に立ち寄ってみようかな。と思ってる。 基本的に同行しつつ、描写を望むあたりを各々プレで書けたらいいんじゃないかな。 ソロで手持ち無沙汰ってヒトが居るなら同行歓迎だ。 相談とか合わせが必要なら、俺のコミュに卓用意したんでそちらでもどうぞ。 https://alpaca-connect.com/world/world0/community/Qs9A1IFR4EFnls7gbvrA
ハティ、よろしく。 あぁ、近所のゴブリンの子……うん、良いわよ
ギーゼラです。よろしくお願いします。 友人とお団子を楽しむ予定です。 フフフフフ、黄な粉という豆から作った粉や、しょっぱい醤油から作られたのに甘い液体という噂のみたらし。 とっても興味深いです。楽しみですねぇ!
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 友人達と紅葉狩りを楽しむ予定。お団子も楽しみだ。
大福と相棒の粽なのだ!よろしくなのだ! 大福、実はこのお寺に来たことがあるのだ。 和尚さんにも会ったのだ…心の中の仏様にも会ったのだ…。 もう一度、和尚さんに会いに行くのだ!(なにやら覚悟を決めた目