【学乱】投票前日

弓月 蒼

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オープニング

●1-3教室

「自主謹慎……そう、ですか」

「あくまで被害者なんだから、そこまで責任を感じなくとも良いんだけどねえ」

 担任であるシメオン・ロッドウェルが自主的に謹慎に入った結果。
 臨時担任としてやってきた若い教師は"年寄りの都合で引っ張り出された面倒臭い"と言う体を隠さない。

 パンクリアース学園の教師。と言うのは貴族界隈でもそれなりに箔が付く職業だ。
 その"肩書き"を目的として、貴族間のコネを辿って就職を決めた者もそれなりの割合居る。

 苦労知らずの若者が、家の威光で職に就き、即"先生"と呼ばれる立場に立つのだから。
 勘違いしてしまうことだってあるのだろう。つまり、明らかに生徒を下に見る者も。

 ――――と、どう頑張って誤魔化そうとしたところで! 腹が立つものは腹が立つのだけど!!

「な に あ れ ! !」

「どうどうどう、落ち着いて下さいオルファレナ様。クールダウンクールダウン」

「やる気ないなら先生なんて辞めちゃえ――――っ!!!」

「落ち着いて下さい、選挙結果が出る前のこの時期にそれは不味いですよ」

 教室片隅でがるがるしているのは何を隠そう社交界では噂の絶えぬ『白銀(クラティアス)』の姫。
 『白銀の薔薇』オルファレナ・アルヴァ・クラティアスであり。

 それを抑えているのは学園内派閥の一つ。『学園派』に属す商家ペンテルシアの令嬢。
 アンナローズ・ペンテルシアである。つまり概ね、1-3教室の日常風景と言って良い。

「ロッドウェル先生だったら2つ返事で『学園派』に乗り換えてくれそうだったのに!」

「オルファレナ様、先生のこと何だと思ってらっしゃるんですか……?」

 現状、『学園派』は生徒会に最大数の立候補者を輩出している。
 にも拘らず、学園内での派閥総数は徐々に増えているとは言え精々ギリギリ第三勢力。

 結局のところ、"教師への訴求力に乏しい"と言う点が足を引っ張っているのだと。
 流石の学生達も気付いたものの、これと言って危急の打開策が見つかる訳もなく。

「でも流石にあの臨時担任に学園派の後ろ盾は任せられない! こうなったら直談判よ!」

「え……自主謹慎の先生の所にですか? 普通にご迷惑では」

「今日中に決着を付けないと! 皆に合わせる顔が無いもの! これも冒険! 冒険だわ!!」

 この子こんな性格だったんだ……と、アンナローズが呆れた眼差しを向ける傍ら。
 オルファレナは意気揚々と拳を握る。何も知らなければ、侯爵家令嬢には到底見えないだろう。

 なお当然のことながら、同教室の同級生(クラスメイト)にも徐々にその本性がバレつつある昨今である。

●百合園会

「お姉様、本当に大丈夫なんですか? まだお体の調子が……」

「随分お休みさせて頂きましたから、もう大丈夫です。心配をかけてごめんなさいね」

「まあ! お姉様、なんていじらしい……!」

 微笑んで見せた『紫の君』クリスタリア・ラズベリルの姿に。
 後輩の女子生徒が感極まって手布(ハンカチ)を取り出す校舎の中庭。何が何やらだが。

 実のところそんな女子生徒は別に珍しくはないのが貴族令嬢のお茶会『百合園会』である。
 最近は特に属する派閥の垣根無く、"令嬢"であれば受け入れると言う方針に転換しつつあり。

 その影響も受けてか選挙の裏側でじわじわと会員を増やしつつあるとか。
 中でも『紫の君』は百合園会の象徴(カリスマ)である。信者も多い。

「……ふん、その様子を見るだにまるで応えていない様だな」

「あら、お飾りの代表代理様をお茶会にご招待した憶えは無いのですけれど」

 その様を見て、声を掛けて来た同級生。アルガス・コーニッシュに対し。
 クリスタリアが淡々と応じる。選挙開始以降何かと顔を合わせる機会が多い両名だが。

 気が合わないのか性格の不一致か。互いに言動がどうも刺々しい。
 『百合園会』の後輩女子から向けられる威嚇の視線もあり、アルガスが嫌そうに眉を寄せるが。

「聞いたか。『竜』の陣営が乱れていると」

「ええ、まあ」

 竜、と言えば。今この学園で唯一人を指す。即ち、『黒鋼竜(ライゼンナクト)』の御曹司。
 『黒の後継』アルベイル・ライゼンナクトのことをだ。

 生徒会長に立候補し、新入生でありながら凡そ当選は間違いないと見込まれたが。
 『侵蝕』の一件を通しその評判には大きな亀裂が入っていた。

 『侵蝕』の被害者はその発端の記憶を失うが、操られた学園生の大半は元々『貴族派』。
 かつ『竜』の支持者だった者達だ。何処に原因があるか辿れば一目瞭然と言えた。

 人は、明らかに自分に対し損を齎した相手へ容易に掌を返すものだ。
 それが個でなく群となればより抵抗感は失われる。期待の分だけ反発は激しい。

「俺は支持を続ける。そちらはどうする」

「変わらず、です。心情的に私は『学園派』寄りですから」

 そんな所でも彼我の価値観は相容れない様で。嘆息を溢し背を向けたアルガスに。
 その"詰め"の甘さに――――クリスタリアは別の意味で息を溢す。

(……こんな情報操作(もの)で、恩返しになるとも思ってないのですけれど)

 彼女が『百合園会』の活動を休んで何をしていたか。誰も知る由はないのだから。

●只今出店中

 今年の学園生徒会総選挙は、新学園長フォルトゥナの方針により所謂"お祭り"色が強い。
 生徒の中にはこれを好機と稼ぎに走る庶民の学園生もちらほら見られ。

 学園校舎から正門へと続く表通りの並木道には翌日の投票日へ向け開店の準備が進んでいた。

「食材の仕入れは? え、まだ届いてない? どうしよう試作品作る時間絞り出さないと……」

「はあ? あの箱の中身紙だぞ紙!? だーから丁寧に扱えってあれほど……」

 喧々囂々、悲喜交交。大規模な自由市場(フリーマーケット)めいたことになっている並木道はいつになく騒がしく。
 だからこそと言うべきか。人手は幾ら有っても困らないと言う物で。

「……何をやっているんだ『黒の後継』」

「これを見て分からんか。"けじめ"を付けに行くところだ」

 即席で造られた出店の裏で対するは過激派貴族の共同体、『貴血連盟』代表代理アルガスと。
 勢いが衰えたとは言え現行貴族派学園生の最大支持を受ける新入生、アルベイルである。

「……"禁忌”の指輪は術者が死んで融けたと聞いたが」

「そうだな。これだけが残ったとするなら、本体(オリジナル)なのだろう」

 鋭く睨むアルガスを一瞥し、冷淡に告げたアルベイルが携えるのは布に包んだ玩具の指輪の破片だ。
 冒険者によって破壊されたその指輪だけが今も形を維持している。しかし、あくまでも玩具に過ぎない。

 専門の研究施設で調べたらどうなるかはともかくとして。これ単体でどうにかなる効果はない。
 しかし、もしそんな物を『次期生徒会長立候補者』が携えているとなればどうか。

「先の一件は俺の備えの甘さが招いた災いだ。本来であればより速やかに鎮静化出来た」

「だとしても! 何故、家の者を使わない!!」

「自らの恥を家臣を使って濯げと? 馬鹿馬鹿しい。それでは裸の王ではないか」

 包みを手に立ち去ろうとする姿は、彼なりの信念と道理に則った行動なのだろう。
 けれど少しボタンをかけ違えば。未だ燻っている”突出した新入生”への火種は一気に燃え上がる。

 そして非常に不本意甚だしいことに。アルガスはこのいけ好かない下級生にとって。
 第5学年――――同じ学園の先達なのだ。

 平然と立ち去ろうとする下級生を監督すべく上級生が追う。
 パンクリアース学園各所では今日も学園生達が、取り戻した日常を送っている。

解説

 投票開始日直前一日、ぜひお好きに過ごし下さい。 ●成功条件  一日が恙なく過ぎる。 ●失敗条件  聴講生主導で何がしかのトラブルが発生する。 ●行動範囲 ※ワールドガイド⇒都市や地域について⇒リーンエス王国⇒パンクリアース学園⇒学園施設案内参照。 ・貴族寮は学園教師、学園生以外立ち入り禁止。 ・野外施設は安全性の問題から全般的に立ち入り禁止。 ・校舎屋上、廃校舎、禁断の倉庫は立ち入り禁止。特に禁書庫は王命で侵入が禁じられている。  原則、上記以外のパンクリアース学園内であれば何処へ向かっても構わない。  ただし、進入禁止と思われる地形への強行侵入は"トラブル"に含まるものとする。 ●主だった人の行動 ◆学園派  オルファレナ主導で自分の研究室から出てこない1-3教室担任。  シメオン・ロッドウェル老教師を学園派に引き込みに行く予定。  あまり絡めての得意でない面々が揃っているので成功の見込みは薄い。 ◆百合園会  中庭で5学年のクリスタリア主催のお茶会を実施中。  "令嬢"である身分であれば聴講生、学園生を問わず『百合園会』への入会は可能。  受け皿は広いものの、あくまで組織としては『貴族派』に属する共同体ではある。 ◆並木道  正門から校舎へ続く学園内で最も大きな表通り。  主に自由市場と化した店が開いたり開いていなかったりする。  運が良ければ掘り出し物が見つかるかもしれない。勿論、出店側での参加も大歓迎。 ◆魔法使いの塔  魔法使いの塔の外れにある墓地に向けてアルベイルとアルガスが移動中。  本来なら処分される筈のマリステラ・コナーの遺品の指輪を埋めに行く心算の模様。  事実公表すれば貴族派に打撃を与えられる可能性有。 ◆その他  校長は特別教室棟の校長室、学園長は校舎の学園長室に滞在。  食堂や購買、空き教室などは聴講生も学園事務に申請の上自由に利用して良い。 ●編入について  編入は原則第1学年から。  所属教室は、『竜』が属す為に貴族派勢力が強い1-1。 『白銀』筆頭に学園派の主力が属し、王党派寄りの1-3。  標準的教室の1-2、4、5から任意で選択可。冒頭にて宣言を推奨。 ●注意事項 ・ゆるふわです。大抵のことは受け入れます。 ・自由度全開放で行きますのでしたいように行動して頂いて構いません。 ・クラブの発足等したい場合は拙作「パンクリアース学園の入学式」内のルールをご参照下さい。

マスターより

 43度目まして、明るく楽しいパンクリアースの学園生活へようこそ☆  この連動が始まる前だったらたぶん騙せた。ゆるふわが戻ってきた弓月蒼です。  折角【学乱】も最後という事で、取り戻した日常を満喫する機会があっても良い。  自由とはつまりそういうことなのです。ご自由にのびのびやっている冒険者の皆様が大好きです。  例えば買い食いとかしたい場合、大抵の物はあります。王立学園なので。貴族なので。凄いので。  ということで、折角のお祭りどうぞお楽しみ下さい。

リプレイ

●紫色の茶会

「ご機嫌よう、お加減は如何かしら」

「こんにちは、お元気そうで少し安心しました」

 『紫百合の約束』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクが慣れた仕草で膝を折って一礼し。
 『竜眼の一欠片』リサ・ベイカー共々かけた声に。少女はどことなく恥じらう様に視線を落とした。

 放課後。学園の中庭は今日も、貴族や豪商の令嬢達が集い賑やかなお茶会が開かれている。

「先日は、大変お世話になりました。……この御恩は、いずれ確かな形でお返し出来れば、と」

「では、これで"貸し借りなし"――と、いうことでどうでしょう?」

「私の方には、困った事があればいつでも声掛けて下さいね」

 新入生から声を掛けられ畏まる『紫の君』という姿に彼女を信奉する令嬢たちが瞬くも。
 今日は用事があるからと告げ踵を返すリサの有り様は、まさに誰にも縛られない風のよう。

 さしもの優等生も、こればかりは目で追うことしか出来ず。

「それでは、私の方が顔を合わせられません」

 続く言葉と共に勧められたお茶に。アウレーリアが肩を竦めて席に着く。
 断るのは失礼である以上に、彼女には"貴族令嬢"としての誇り(プライド)と自覚がある。

「それなら……これからも"仲良く"して頂けると嬉しいのですけど」

「……ネーベルベルク様が、末永い縁を"お約束"して下さるのであれば、是非」

 紡いだ言葉の意味を正しく受け取り、同じ物を背負ってくれるのであれば……と来た。
 それは、亡国の。名だけの家門に、"自分と同じ重み"を見るという宣言に等しく。

「――――家銘に掛けて約束しましょう。これからも、どうか永き縁を」

 差し出した右手に、繊手と評するのが相応しい白い右手が添えられる。
 挑む様な翠の瞳と。図る様な紫の瞳が。思わず溢れてしまったという様に笑いに崩れた。

「あー……これは機を改めた方が良かったか?」

「――――――ッ!」

 『禁忌の塔』以来の対面に、手を離したクリスタリアの肩が分かりやすく跳ねた。
 その挙動は、木陰から顔を出した『紫百合の感謝状』海神・江流の方が驚く程で。

「いや、立ち上がらなくて良い。
 無事でいてくれてよかった……と、言える資格が俺にあるのかわからんが」

 静止の声に、立とうとしたクリスタリアがすとんと腰を下ろすのを眺め。
 意識的に視線を逸していた帝国貴族の令嬢が、笑いを殺し切れず金の御髪で表情を隠した。

「多分、怖い思いをさせたし、痛い目にもあわせた。ごめんな」

「それは違います……! エル様は私を助けに来てくれました!
 私が上手く出来なかったから! エル様は悪くありませんっ!!」

 茶会のテーブルに、身を乗り出してそう声を上げる紫の少女の瞳に涙が滲む。

「俺も、編入試験受けて学園生になったんだ」

 歩を進める。立場の違いは、その過程で嫌と言うほど思い知った。
 同じ学園生でも片や高位貴族『侯爵家』の令嬢。片や無頼の冒険者だ。

 こうして近づけるのも同じ学園生でいられるからこそ。それを分かった上で――――

「君が俺を使ってみないか? 望むなら君の眼にも耳にも剣にもなろう」

 初めに出会った時は、学園に入るなど考えにも上がらなかった。
 けれど、本当に些細な切っ掛けで変わる道も有るのだ。同じ景色を、見たいと思った。

 令嬢達が黄色い悲鳴を上げる傍ら、クリスタリアは口元を抑えて微動だに出来ずに居た。
 一筋流れた涙の理由は彼女自身にすら分からない。

 唇が震え、声を上げるのに振り絞る程の勇気が要った。頭を垂れて頷いた。精一杯に頷いた。

「……はい」

 それは、多分――――きっと。


●食堂にて

 そんな、中庭に臨む校舎内では、2人の半獣人(ハーフビースト)が顔を合わせていた。
 学園生、と一口に言っても貴族より少ない庶民にあって、半獣人(ハーフビースト)は更に少数派である。

「貴方がアルフィー・リッパーですね」

 第4学年、『黒曜の剣』ナハト・シュライバーは帝国貴族だ。その立場に守られている部分は多い。
 だからこそ今年入ってきた新入生に学園を案内する話が出た時。彼には、その青年を教え導く義務があった。

「ああ、編入してから忙しくて全然分からないことだらけだ。案内してもらえるのはありがたい」

「そこは"はい"です。たとえ年下でも学園では僕の方が先輩ですからね」

「……はい」

 『彩都の工芸師』アルフィー・リッパーの猫耳が緊張で跳ねる。
 しかし、それもやむを得ないことだ。王国と言う国土にあって半獣人差別は根強い。

「一人半獣が問題を起こせば、半獣人全員の評価が下がるのです、肝に銘じて下さい」

 ナハトの言は、特に礼儀や節度と言った"距離感"の部分に重きが強く置かれ。
 "公式の場での立ち居振舞い"と縁が薄いアルフィーは、案内の間中慣れない緊張を続ける羽目になる。

 そうして、どうにか辿りついた食堂はと言えば――――

「さあ、美食家と呼ばれた私の舌を満足させる料理があるかしら、おほほ」

 『前人味到』リリリリスは決して料理下手ではない。美食家を自称するだけあり様々な料理に精通し。
 その探究心の方向はあくまで"美食"へ向いている。例え家が没落し家名を名乗るも憚られるとて。

「あら、あらあら……学生にしてはなかなかの香り。皆様、やりますわね。
 ……ですが、そう言えば中身が無いのでお財布を置いてきたのですわ。これは痛恨! 痛恨ですわ!」

 庶民が口にすることのない高級料理に散々に慣れ親しんだ舌は、真っ当な料理は"真っ当に"解する。
 問題があるとすれば。何故か既知の更に上ではなく、未知を求めるその嗜好であり。

「あ、そうです。私が作ればいいんですわ……! そこのおばさま、少し調理場を貸して下さる?」

「え、ええ、それは構いませんけど……食材は?」

「ここにある調理後の残骸を使いますわ……!」

 食堂のおばちゃんは学園で働く数多い庶民である。貴族の令嬢令息に真っ向反する気概など無い。
 そしてリリリリスの蝶々の仮面着用。という装いの意味不明さは、庶民の理解を超越して余りある。

 彼女は今まさに、その立ち居振る舞いのみで己が貴族を証明したと言って良く。

「調理許可は得ていますか?」

 カウンター越しに掛かった声にリリリリスの動きが止まる。
 それは見た所如何にも育ちの良さそうな老貴婦人だったが。

「い、いえ、許可……必要でしたかしら?」

「勿論。例え聴講生でも勝手は赦されません。学園事務を通してから再訪問下さい?」
 
 一瞬、その背に鬼が見えたリリリリスが五体投地しながら食堂を出ていくと。
 老貴婦人――――学園長、フォルトゥナが小さく息を吐く。こういった祭事では羽目を外す人間は少なくない。

 学園長という立場でも、必要最低限の実務はこなさねばならないのが今の学園の現実であり。

「お待たせしてごめんなさいね。個室を取りました」

 恐縮しきりでその後ろに付き従う『新めでぃちゃんデザイン者』ネーヴェ・グラヌローザもまた。
 まさか学園へのささやかな問い合わせに学園長当人が出てくるとは思ってもいなかった1人であった。

「何か凄いな。これが学園か……お、からあげ有るんだな。おばちゃん、これ1つ」

「いや、今のは余程例外だと思いますが。……食べるなら、座って食べましょう」

 一連の騒動を眺めていたアルフィーの呟きに、ナハトがそっと息を零す。
 学園で生きるとは、自らの問題は自らで解決するということと同義だ。

 これはこれで良い勉強になったろうと、2人は思いがけぬ学園の洗礼を被ったのだった。

●救われる者、救われぬ者 

 思えば、彼女の周りには常に誰かがいる。まるでそれが当たり前であるように。
 或いはそれを、才能と呼んでも良いのだろうか。と、『銀月一閃』ヴィルヘルミナは首を傾げた。

「オーロラさーん! 私も遂に学園生ですよ!」

「エフィ! これからは同級生でクラスメイトね!」

 『最速最強の志』エフィルミアと『白銀の薔薇』オルファレナが手に手を取って回っている。
 学園内、教室棟の廊下である。道行く同級生が怪訝の眼差しを向けては去っていく。

「……オルファも段々、素が漏れている気が」

「少し前まではもう少し猫を被れてらしたんですけどね……」

 その様を見てぽつりと呟いたヴィルヘルミナに、同行していたアンナローズが頷く。
 未だクラスメイト以外の前では"『白銀(クラティアス)』のご令嬢"を演じているものの、時間の問題だろう。

「よぉ、元気でやってっか? 何か選挙とかで盛り上がってるらしいじゃねーか」

「あぁーっ! 全然逢いに来てくれなかったハヤトが居る! この薄情者ーっ!」

 『ブレイブファング傭兵団団長』ハヤト=ガラン=ヴォルファングからすれば言い掛かりも良い所だが。
 彼が学園の騒乱を収める為に半獣人差別に晒されながらどれほど奮戦したか。オルファレナは知らない。

 けれど、しばらくぶりに逢って尚。王国貴族であれば当たり前に向ける異物への蔑視が其処にはない。
 貴族社会では数多い唯人(ヒューマン)至上主義に毒されていたらどうしようかと思ったが。

「悪い悪い、まあ学園が休暇に入る時にでも、また冒険するなら手伝うぜ?」

「あ、私も一緒にお勉強したり、ランチしたり、冒険したりしましょうね!?」

「勿論! 最近は学園が荒れて全然だったもの、年が明けた頃にでも確り計画して」

 きらきらした眼差しで、あわや首が取れるのではないかという程強く頷くオルファレナに。
 エフィルミアが嬉しそうに頷き返す傍ら、ハヤトが肩を竦めてみせるも――――

「ふむ、何が全然だったのかねクラティアス君」

 掛けられた声に、テンション高く振り返ったオルファレナが凍り付く。
 今まさに談判へ行こうとしていた1-3担任教師。シメオン・ロッドウェルが居たからだ。

 ――――

「失礼します」

 本来であれば、オルファレナと同道するつもりだった『寄る辺の紡ぎ手』シルヴィア・A・カペルだが。
 『禁忌の塔』について、何も知らない彼女に"秘匿存在(マリステラ)"の仔細を話すことは望ましくはない。

 そんな配慮の下、老教師の研究室に招かれた彼女が入室した時。部屋には既に先客が居た。
 『彩都の採掘師』エルゼリオ・レイノーラは、シルヴィア同様。"最上階に挑んだ一人"だ。

「先生は、洗脳されていなかったんですね」

「いいや、されていたとも。されていなかったなら……止められた」

 シルヴィアの問に老教師は背を向けたまま応える。2揃えの茶器に茶葉を入れ、紋具で沸かした湯が注がれる。
 研究室内に香草の香りが広がり、2つの茶杯(カップ)がエルゼリオとシルヴィアの前に差し出された。

「正気を取り戻したのは、『竜(ライゼンナクト)』の御曹司の置き土産だ。
 ……今になっても思うよ。何故、狂ったままにしておいてくれなかった……とね」 

「先生が知っていることを聞かせて下さい。ボクは、マリステラのことを知らなくちゃいけないと思うんです」

 その問いかけに、老教師は窓に掛かったカーテンを開く。遠く、王都の街並みが見えた。

「あの子を引き取り、学園へ招いたのは私だ。彼女は被害者だった。
 血を重んじる貴族社会の。実力主義の学園という構造の。そして、出世を望む若く愚かな教師のね」

 拾い物だった。行き場のない、愛情に飢えた、極めて優れた知性と才能。
 彼女を利用し、零細学問であるエーテル応用学は大きな発展と進歩を遂げた。

 ただ学ぶだけで楽しいと、果て無く吸収と成長を続ける少女の学問的成功と功績を掠め取った。
 その危険性を。少女が一線を超えてしまうまで気付けなかった――――

「全てが白日の下に晒される事を恐れた。私はね、我が身可愛さに彼女の封印を容認したのだ」

 それは、告解だった。40年程も前の。老教師が若かりし日の、確かな過ちの懺悔。
 であれば彼が彼女の為に力を尽くしたのは――――最期まで、傍らに在ったのは。

「……っ」

 何か、声を掛けようと思って。エルゼリオが口元を抑える。救いたかった人が、他にも居たのだ。
 吐き出したくなる不快感を無理矢理呑み込む。自分の選択の重さを。罪を刻んで尚、進むと決めたのだから。

「……先生。私は、彼女を殺す事でしか決着をつけられず……救えなかった」

 何もかも掴めると思える程子供ではなく。けれど、それは痛みと共に記憶へと残る。
 シルヴィアの言に、シメオンが振り返ると。その深い眼差しにも一歩も退かず、彼女は思うまま訴える。

「私は、彼女の様な悲しい生徒を無くしたい。殺すのではなく守れる学園にしたい! それが異端であろうとも」

 それは果たして――――後悔故に頑迷であろうとした老教師に、どれほど響いたかは知れずとも。

「出来るのかね」

「その為に、『学園派(わたしたち)』が居る。どうか、力を貸して下さい」

 頭を垂れたシルヴィアに、老教師は視線を落とす。

 ――――

 かくて本当に二つ返事で派閥を転じるなど『学園派』にとってすら晴天の霹靂であり。
 勝ち誇ったオルファレナが調子に乗るのを諌めるには、彼女と友誼を結んだ冒険者の面々ですら。

 更に暫しの時間が必要だった。
 

●聴講生は問いかける

 リリリリスが連行されて暫し。食堂の片隅にて。

「勿体ねえ話だよ。上手く分解して簡略化(ダウングレード)出来れば大陸の覇権が取れるだろうに」

 ゼラルム・エルホワイトが机に並べた資料を一瞥する。
 大半が冒険者ギルドで写した依頼の報告書だが、約半数が"禁忌の魔法使い"に関連するものだ。

「まぁ確かに勿体ない気がしないでもないけど……
 一般化・体系化できない魔法なんて役に立たないじゃん? 何より危なっかしいし」

「何だって最初は"危ない"んだよ。魔法だって同じだ。最初から一般化出来てた訳じゃない」

 せめて四肢の一本でも手に入ればなあ、等と危なっかしいことを口走るゼラルムに。
 ゼー君、そういうとこだよ、と『真実映す灰簾石』サニー・フォン・オルライトが半目で見やるも。

「……ま、代わりに面白いもんを掘り出せたから良しとするか」

 一枚の綿紙に書き写されたそれは、"とある学園生"の悩みを聞く仕事の報告書だ。
 "生命の設計図"に一歩踏み込んだその内容は、今は未だ論文としても纏まっておらず。

 一方で。ゼラルムが見たところいずれ"次なる禁忌"とでも指名されそうな危なっかしさに満ちている。

「ふぅん? 唯人(ヒューマン)から時々半獣人(ハーフビースト)が生まれる理由の研究?」 

「ああ。ある女からなかなか面白い話が聞けたんでな」

 "亜人(ゴブリン)だけが例外に居る"――――全く同じことを、提唱した別の人間がいる。
 では、彼女が口にしていたことは"そういう"意味なのか。それとも、"違う"のか。

 いずれにせよ、珍しく興味が湧く話が出て来たと。騒ぐ幼馴染を傍らに月の少年は瞳を伏せる。
 ――――その凡そ真反対。学園長が予約した個室ではネーヴェとフォルトゥナが対面していた。

「それで、当校の教師の状態について聞きたいことがあると伺いましたが」

「は、い。ハランド・エイレン先生のその後の様子をお伺いさせて頂けたら……と」

 まさか、学園長当人が出てくるとは思っていなかったネーヴェからすれば。
 幾ら記憶がないからと言って緊張は禁じ得ない。何せ、相手は王国有数の大貴族である。

「エイレン教師とは、どのようなご関係だったのでしょう」

 その言が、過去形であったことで。思わずネーヴェの身体が固まる。
 どのような。客観的には、さる依頼の受諾者と重要参考人と言う話になるのだろう。

 けれど少なくとも。彼女はその時彼を救う為に心を砕き、今もその後を気にしている。
 厳密には違うものの。治療者と患者、に近いのだろうか。瞳に過ぎった困惑を。

 恐らく正確に悟ってか。フォルトゥナの瞳が笑いの色を描く。

「不躾な事を聞いてしまってごめんなさいね。
 流石に教員の毒殺未遂となると、学園長として容易に話を漏らす訳にも行きませんから」

「いえ、言われてみればそうで御座いますね。こちらこそ、難しいことをお願いしてしまって……」

「毒の後遺症も和らぎつつあり、今はゆっくりならば喋ることができる、と聞いています」

 告げられた"病状の経過"に、ネーヴェが大きく瞬くと。
 フォルトゥナは此処だけの話、という様に唇に人差し指を立てる。それがまた、妙に様になっており。

「ただ、教師として"教え子"を止められなかった。と言う後悔は容易には消えないでしょう」

 言葉はまるで独り言の様に紡がれ。そういう体で内情を受け取ったネーヴェもまた小さく頷く。
 学園は平穏を取り戻して、学園生達は賑やかで。けれど、それで全て片付く筈がない。

 ――――人と人との交わりが刻んだ記憶はきっと、無かったことには出来ない物なのだから。

●墓標

 魔法使いの塔外縁。粗末な墓標の上で、結ばれた銀の鎖が揺れる。
 『誓約の剣』Alexandra・Hexe・Claudiaが墓前に手を合わせる。

 『竜』と彼女にとっての剣の主を置いて先じたのは。そうするべきだと考えたからだ。
 これは我儘であり、その過程は何れにとっても災い兼ねない。

 それでも、来ないと言う選択肢は無かった。呼ばれたと、すら思った。

「遅くなって、ごめんね……本当に、遅くなって」

 塔を駆け上がった時。どう足掻いても間に合わない時の壁が其処にはあった。
 "為政者の不都合"として切り捨てられた者。それを救い上げるには、余りに力が足りなすぎた。

 これが自己満足だとは分かっている。誰かを救うことに繋がらないと分かっている。
 けれど刻みつけなければならなかった。後悔を。慚愧を。でなければ、立ち上がれないから。

「話したいことが沢山あるの。今までのこと。きっと、ひと晩ではとても尽きないくらい」

 代償行為なのだとしても――――救いたかった。救えなかった。
 その祈りは本当だから。頭を垂れた姿は、まるで殉教者のようで。

 ――――他方。墓標へ向かう一行は思いがけず数を増していた。

「これから先、お世話になる事も多いと思いますから」

「今年の新入生には随分と恐い者知らずが多いな……!」

 森人(エルフ)という素性を鑑みて。アルガスが頭痛を抑える様に頭に手を添えた。
 『壁エルフのおねえさん』コルネリウス・アーラは生徒会立候補者である。

 派閥"無所属"という、森人(エルフ)ならさもありなんという立ち位置だが。
 立場としては非常に危うい。だからこそ、アルガスも瞳に呆れの色が濃い訳だが。

「私は中立の立場ですが……出来る事があれば、力にはなりたいと思っています」

「いや、貴公には既に随分と助けられた。いずれ恩は返そう」

 対し、アルベイルの応答はコルネリウスからしても意外な物で。
 信じられない物を見る目で瞬いたアルガスの反応が、概ね場の全てを代弁していたが。

「私は、会長にはアルベイル様が相応しいかと存じます」

「わたしも、アルベイル様を応援したいです」
 
 『静謐なる仮面』レティシア・レインフィールと『堅実な挺身者』ゲルダ・クライン。
 共にどちらかと言えば『学園派』寄りだろうと目されていた両名の言に。

 今度はアルベイルが不可解そうに瞬く。同一行は混沌そのものだと言える。
 恐らく、彼ら彼女らの誰一人すら。互いの内面を正しく把握してはいない。

「……そうか」

 それだけ呟き背を向けた黒い竜の御曹司は。けれど彼にしては珍しくも。
 是とも否とも告げないまま、その歩みは墓標に着くまで止まることはなく。

 ――――墓前にて、2人の貴族令息が砂を掘る音を聞きながら。
 レティシアは自らが討った、"国家にとっての敵になってしまった者"のことを考えていた。

 討つしか無かった。救うには何もかも足りていなかった。
 殺したのは自分自身の決断であり。それを後悔することは、彼女の死に対する冒涜だった。

 意味は有ったのだと証明しなければならない。その程度、負うつもりで墓前に来た。
 ――――けれど。墓標を見ればそれが大きな過ちだと分かる。

 ゲルダは手を合わせる時になって。それがあまりに虚しい茫漠の風景である事に気付いた。
 そこには何も無いのだ。遺体は愚か、ただ指輪1つ埋めるだけでこの騒ぎだ。

 誰も彼もが忘れようとしている。忘れて、無かったことにしようとしている。
 そして自分は、その大きな一端を担ったことを他の誰でも無い。自分自身が知っている。

(――――ああ、そうか)

 答えは、未だ出ないけれど。誰かを護るとは、護らない者を選ぶことであると知った。
 それは、決して取り返しが付く物ではないのだと――――この時やっと理解出来た。

 冥福を祈る気持ちに嘘はない。けれど、いつか、何処かで謝れたらと。
 そんな事を考えていた自分はまだまだ甘かった。

 墓標に揺れる銀の鎖と千羽鶴。

 ――――切り捨てた相手を、"護りたいと願った者が居た"ということを。
 これ以上思い知らされる光景が他に有るか。

 ただただ、寂しい。それは真実それだけだ。それだけしか、赦されない。

「ご一緒させて、頂けますか?」

「……好きにせよ」

 振り返る事も出来ないまま佇むゲルダに、聞き慣れた新入生の声が届いて。
 一歩踏み出し、手を合わせたリサの姿に。息を吐けないでいたことを思い出した。

 奥歯を噛み締めるゲルダの手を、隣あったリサが握る。王国の、晩秋の風は痛いほどで。
 それでも。此処までやって来た事には意味が有ったのだろう。

「そうだ、このパン今度購買に入荷して貰おうと思って作ってきた試作品なんですが!」

 全体的に静かに祈りを捧げる中。突然声を上げ貝の様な形状のパンを配りだしたコルネリウスの姿が。 
 この日墓前に集った面々にとって、何故か無性に印象的であったことは言うまでもない。

●表と裏

 貴族社会は、魔窟である。

「はじめまして。貴方がシメオン・ロッドウェル教師で……間違い無さそうね」

「以前伺った魔法対策、大変参考になりました」

 『紫玉の慧眼』ザザ=ステルヴィナと『裁きの女神』イヴェール・イリュジオン。
 『呪殺公主』との因縁を経て両名が訪れているのは特別教室棟の一角。シメオンの研究室だ。

「それは良かった……が、どうもそれだけではないようだね」

 日が暮れた教室で、老教師は落ち着いて見えた。少なくともつい先日。禁忌の塔で面した時よりずっと。
 その分、一気に老いた様にも見えたものの。深い知性を感じる瞳は変わりなく。

「ウェザーランス子爵令嬢の一件については」

「聞いているよ。私も、望む望まざるとに拘らず"貴族派"だからね」

 先ず口火を切ったイヴェールに。座った老教師が小さく頷く。それで、意図は通じたと知れた。
 一瞬次を口ごもった合間を縫うように、似た目的で研究室を訪れたザザが継ぐ。

「私達は、『生命のエーテル変換とその利用』の著者とメドゥの幹部に繋がりがある、と考えているのだけど」

「……"紅百合(ダリアゾルフ)"について、何か御存知ではありませんか」 

「生まれる前の話だ、然程詳しくは無い。が……
 "禁忌"……あの娘(マリステラ)は生前。実現しようと思えば、実現できる物だと言っていた」

 それは――――共に。天才と呼ばれた人間であるが故か――――つまり。
 あの書を"より深く掘り下げれば"。繋がるのだろうか、突破口に。

「では、私の家について何か御存知ですか?」

 シメオンが手ずから紅茶を淹れ、勧められたザザが礼節の範囲で僅かに口を付ける。
 それを見て倣ったイヴェールを一瞥し、老教師は大きく息を吐く。

「幻日(イリュジオン)……か。嵌められて、潰された、百家の一家。知っているとも。
 かつて一部の貴族派にとって"百家潰し"は良い箔付けだった。未だ学園生時分の頃の話だ」

「……"箔付け"」

 王国と深く触れる程、こういった話は枚挙に暇がない。これが貴族の社会だというなら。
 武技で護れるものとは何と小さいものか。それを、繰り返し思い知らされる。 

 自らが生まれ育った、祖国。重ねた縁もある、大切な場所。けれど。
 "嫌いになってしまいそう"――――その想いは結局、席を辞する時まで腑に落とす事が出来ぬまま。
  
 ――――2人が帰路につき、老教師が1人残されると。
 研究室の隣、研究準備室には雑多な書物や紋具が転がっているが……その扉を開く。

「上手くやりましたね。誰も貴方を疑ってはいない」

 そちらに待たされていたのは、『暗躍策士』キーゼ。彼の要件は、一際厄介な物だった。
 だからこそ、後回しにされていたが……入ってきた老教師に、黒衣の治療士が酒杯を掲げる。

「君が居なければ、より話は早かったのだがね」

 冷えた声は、"教師"ではなく。"貴族派伯爵家の当主"としての――――それだ。
 彼は優秀だった。一連の出来事の初動の違和感など、殆どの者にとって意識の死角にあった。

 彼がウェザーランス女教師に"最初に警告を投げた事実"など。誰もが忘れていた筈だ。
 態々そんな所をギルドの報告書から掘り出して追いかけて来る者など――――居ない筈だった。

「貴方はどこに立っていますか?」

「……そういう立ち回りは、君にとっても損しか無い。
 こう言えば分かるだろう。あの時、事を校長(ファルゲン)に押し付け得をする者は誰か、と」

「そちらでしたか。では、"旧学園長が失脚した"のも頷けます。聡明な方だ」
 
 深く、堕ちて行く様なキーゼの眼差しに。老教師が息を吐く。彼が持ってきた申し出(たわむれ)が、結局。
 シメオンの迷いの最後の背を押すことになったことなど。この男は知らぬ存ぜぬを貫くのだろう。

「――――『学園派』に助勢する事になったよ。この情勢では、止むを得まい」

「では、これからの学園に祝杯を」

 杯が鳴る。誰しも、その素顔は1つではない。表の顔に嘘はなくとも。
 ――――貴族社会は、魔窟である。

●前夜祭

「そらにゃあ。外からぼっけぇ大勢客がぐるってえなら、男子たるものナンパだべさ」

「いや待ってくれ。流石にそれはまずい」

 『青天の彩に魅入られし青』エル=バ=ノイアンが第一剣術部副部長、ラーガイルを抑える。
 何故、彼が意気揚々と女子に声をかけようとするのか。元傭兵、現農家のノイアンには其処が分からない。

「はっはっは、んな焦るこたあねーべ。当だって砕げろ男は度胸! そごな美人のおねーさーん!」

「あれ。あの、何か……呼ばれている、ような?」

「……ん? 私達か」

 並木道に並ぶ出店の中、少しお洒落な小物を眺めていた『銀蒼の戦術士』ナタリア・フィッツジェラルド。
 隣でティーポットとカップの一式(セット)を広げていた『斧戦士』ハルハン・ツァガーンナルはと言えば。

 まさか男子学園生から声を掛けられる状況など、想定すら入れていなかった訳ではあるが。
 剣士と思しき猫っ毛の学園生は必死に抑えるノイアンを余所に遠慮と言う物を知らない。

「出店巡りなら、俺ぁ良い店知ってんべさ。ちと周り込むんだげどよぉ!」

 一瞬身構えたナタリアを余所に、ぐいぐい来るラーガイルだが。今回ばかりは巡り合わせが悪かった。
 ナタリアはこういった"推定:不審者"への対応に慣れていたし。

 一方でハルハンは、その長身を同年代にからかわれた経験から。近しい年齢の男性への耐性が薄い。
 慌ててナタリアの後ろに隠れると、自らを警備役と任ずるナタリアが身構える。

「良く分からんが、結構だ。連れが怯えている。それ以上近付けば――――」

「おお!? そんな事言わんで折角の美人が台無しじゃあにゃあ、ぐばー!」

 言っても聞かないと悟ったノイアンの傭兵式説得術(鳩尾殴打)が炸裂すると。
 全く油断していたラーガイルがぐったり倒れ伏す。大惨事だが、冒険者界隈では珍しくもない。

「……すまない、何かもう、色々とすまない。悪い奴ではないんだ、多分」

 足を掴んで引き摺られていく学園生と、何処かで見たような冒険者を見送りながら。
 視線を逸したナタリアは、偶々小物屋の一角に据えられた一対の白い陶杯(カップ)に目線が行く。

「あれなど、良いのではないだろうか」

「良いですね! 金装飾なんて王国でもなければそう見ないですし……でも、高価そうな」

 貴族が集う学園は物価も天井知らずだと、店を巡り思い知ったハルハンが眉を寄せ。
 それでも彼女の視線が迷うさまを見て、ナタリアが一つ頷いた。

「では、半分は私が持とう。今日の記念にな」

 ――――そんな、ささやかな騒動の裏側。
 校舎の外れでは、『黒の懐刀』ナハティガル=ラーがアルベイルと対していた。

「俺はアンタがより良き未来とやらを見せてくれる事を期待していた訳だが。
 ――――この程度で、折れる男ではないよな?」

 自らの懐刀が投げた問は、即ち学園生の多くが抱く問である。
 それを理解した上で、アルベイルの赤い瞳が細められる。表情に気負いの色は、無い。

「言った筈だ。"期待には応える"――――それと、今の俺の在り様は矛盾しない」

 怪訝の色を浮かべるナハティガルに、恐らく、普段であれば続く言葉など無かったろう。
 けれど、一つの嘆息と共に。黒い竜の仔はもう一度声を上げた。

「では問うが。ラー、貴公にはこの学園が森人(エルフ)の下に纏まると思うか」

 王国は貴族の社会であり。その根底に流れるのは根強い唯人(ヒューマン)至上主義だ。
 問うまでもない。そして、問うまでも無い事を何故問われたのか。其処で漸く思い至る。

「この国の眼を拓かせる必要があった。それには、自ら動くことが最も早い。
 だが対立候補が"森人(エルフ)"であるならば――――それでも構わんのだ。一向にな」

 どちらが当選しようと、否が応にも学園は変わるだろう。それは、王国が変わる事と同義である。
 しかし一方で、王国は王の旗の下で貴族が支配する"貴族社会"だ。それが失われる事はない。

 必ず、この歯車のズレは軋みを生む。軋みを生む者は、己以外の"貴族"でさえ無ければ良い。

「――――今一度繰り返そう。未来(先)を見せてやる。それほど、待たせずともな」

 黒い竜の家紋が刻まれた外套が吹き付ける寒風に煽られ揺れる。
 冷えた風が吹き抜ける王国の夕暮れ。それぞれの思惑を余所に、決戦前最後の一日が過ぎていく。

マスターコメント

皆様お疲れさまでした。弓月蒼と申します。 この度はご参加ありがとうございました。この様な結末に至りましたが如何でしたでしょうか。 心情的にも、物語的にも一区切りの一話ということで……はい。かなり、文字を、削りました。 頑張って詰め込みましたので、参加者の皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。 また、今回は【学乱】連動に参加頂いた皆様へのご祝儀と感謝を込めまして。 大成功という形で報いさせて頂ければと思います。大変素敵なプレイングをありがとうございました。 今後もパンクリアース学園内の出来事は平常営業に戻りつつもじんわり続きます。 ではでは、ご縁がありましたらまた次の舞台でお逢い致しましょう。
イベントシナリオ

イベントシナリオ易しい 報酬:無し25 / 15〜25人

2021年10月25日 13時36分06秒 公開

大成功

相談掲示板

  1. Alexandra・Hexe・Claudia

    クラウディアです。 …はじめに。"醜聞を振り撒く"ことはおやめいただきたい。 今回ライゼンナクト公のとる行為は、対外的に不法であれひとつの清算です。 選挙における打算を目的に…たかが相手を貶めるためにこれを暴くような真似はしてほしくない。 ―もしそのような心算の持ち主がいるとなれば私は…その者を斬らねばならなくなる。

  2. リリリリス

    私(ワタクシ)、リリ…んっんっ!(咳払い)リースですわ!! 私は、ただ学園がどのような雰囲気なのかを下見…いえ、見学させていただく つもりですので… …斬られる…(そわ)…いえ、私、斬られるような事は致しませんので、おほほ

  3. イヴェール・アーチボルト

    イヴェール・イリュジオンです。 どうぞ宜しくお願い致します(ぺこり) 私の行動は置いておくとしてまずは…他人の行動を縛るような脅迫とも受け取れる発言については利用規約の禁止事項21に該当する恐れがありますのでお控え下さい。 私に貴女の行動を縛る権利が無いように、貴女にもその権利はありません。 他人の醜聞を利用して対抗派閥の評判を落とす行為は事実でもありますから、私は戦略としてそれを許容しますが、暴力行為でそれを阻止しようとするなら私は聴講生として、冒険者として、学園の秩序を乱す貴女を排除せざる負えません。 また貴女が実際に暴力行為を行ったとすれば、それはそのままライゼンナクトさんの醜聞にもなり得ます。 自らの醜聞を隠蔽する為に冒険者を使って事実を公表しようとした者を消そうとした、真実がどうであれ、事が起きれば名誉挽回など出来なくなるでしょうね。 本当に彼の名誉を守りたいのであればルールの範疇で最善を尽くして下さい。

  4. ナハト・シュライバー

    ナハト・シュライバーです。 今回は4回生として後輩猫を連れて行動可能範囲で学園内を案内する予定ですね。 学園内ですれ違う方々もいらっしゃるかと思いますし、どうぞよろしくお願い致します。 ……既にトラブルが起きそうな空気を感じてるんですが、気のせいだと思いたい。 ええと、クラウディアさんの発言は勢い余って言葉選びを間違ってしまったのであろうと受け止めておきますね。 訂正や撤回がないのなら、聞かなかったことにしておきます。特に最後の部分は。

  5. Alexandra・Hexe・Claudia

    これは失礼を、言い分を誤りました。 もし公に打算で働きかけるおつもりでしたら、私と対峙することも念頭になさることをお勧めします。 弁舌、工作、実力行使。如何様にでもご遠慮なく。 退く気はありませんから。

  6. リサ・ベイカー

    ……なっ……え?何でいきなり険呑な雰囲気!? えっと、とりあえず落ち着いて下さいね? んー、【学園派】少なくとも、わたしはアルベイルさんを醜聞でどうにかということは考えてませんね。多分他の皆も同じかなと。理由は色々で、打算もあったりはしますが、少なくとも彼を貶める事によるメリットは今となってはありませんし、寧ろデメリットとなるので。 醜聞広めるのが得意なのは、寧ろ【貴族派】な気もするのと、貴族間での勢力争いの方が心配だったりしますね。 で、わたしとしては、アルベイルさんの行動に同行しようかと。 わたしも、関わった者として、思うところはありますので。 【学園派】の候補者が一緒に動いていれば、少しは懸念は薄れるかなと。 仮に何か言われても、指輪が本物かは証明難しいでしょうから、わたしが頼まれて似たものを取り寄せた。とでも言えば良いかなと。

  7. リリリリス

    お学園お祭りと言うのは… なかなか刺激的ですわね!!!ちょっとゾクゾクしましたわ!!(おほほ) さて、私は(自称)美食家としての責務を果たさねばなりませんわ〜! …あら お財布…あら?

  8. シルヴィア・A・カペル

    シルヴィアだ。今回はよろしくね。 後輩が心配なのはアルガスと同じく。遺品を埋める……けじめをつけに行く、という行動や心情も理解出来る。リサと同様、少なくとも私はアルベイルをどうこうしようというつもりは無いよ。 リリリ……こほん。パピヨンマスクのお嬢さん、既に開いているお店もあるから楽しんでね。お財布も忘れずに。

  9. ネーヴェ・グラヌローザ

    ネーヴェ・グラヌローザと申します。宜しくお願い致します。 個人的にその後の状況が気になっている方がおりまして、お話を伺えないか掛け合ってみるつもりですが……正直、難しいと思っております。お話が伺えなかった時は食堂でお茶を頂く予定です。 ……どうぞ皆様、思い思いの時間を過ごせますよう。

  10. コルネリウス・アーラ

    コルネリウスです、宜しくお願いします。 何かしらトラブルが起きれば、今後の聴講生への門扉や在学中の冒険者も含めリスクでしか無い事は何方も承知でしょうから、私達が醜聞を広める事にメリットは何もありませんから。 そうした心配や懸念は感じていませんね。 私はのんびりと、これからご縁がある方々にご挨拶に回ろうかなと今の所考えています。 皆さんが良い時間を過ごせますように。

  11. アルフィー・リッパー

    アルフィー・リッパーだ。 今日は先輩猫が学校を案内してくれるみたいだからついていくぞ。どこに連れてってもらえるのか今から楽しみだな!

  12. 海神 江流

    海神江流だよ。 百合園会、というよりはクリスタリアに会いに行こうかなという感じ。 直接何もできんかったからな。

  13. ハルハン・ツァガーンナル

    ツァガーンナルです。よろしくおねがいします! まだ、これといって何をするかは決めていませんが、自由市場が気になるので、そちらを見に行こうかと 同じ場所へ行かれる方が居たら、ご一緒したいです!

  14. エフィルミア

    エフィルミアです!よろしくお願いしますっ。 オーロラ(オルファレナ)さんと話をしに行く予定です! 投票前日のわくわくドキドキした学園を皆で楽しみましょう!

  15. リリリリス

    >カペル様 あ、おほほ…いえいえ、だいじょうぶですわ、わたく…私ならば、えぇ、えぇ おさいふがあってもなくても変わりなどございませんでしたわ!(空っぽの意) えぇ、えぇ…

  16. イヴェール・アーチボルト

    私はロッドウェル伯爵のところに個人的に伺いたい事がありますのでそちらに行くつもりです。 無派閥ですし、特に頼まれてる訳でもありませんので学園派の働きかけなどについては特に触れる予定はないですね。

  17. ヴィルヘルミナ

    ヴィルヘルミナです。 私はオルファ(オルファレナ)とお話でもと。 最近、顔を合わせていなかったので。

  18. ゲルダ・クライン

    ゲルダです。よろしくお願いします。 ……ええと。その、マリステラ様の、お墓参りに行く予定です。 ですので、アルベイル様ともお会いすることになるかと思いますが、 彼の不利益になるようなことは、……したくないな、と。

  19. アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

    アウレーリアです。宜しく。 私は百合園会のお茶会にお邪魔しようと思っています。 もしご一緒する方がいらっしゃれば、どうぞよしなに。

  20. エルゼリオ・レイノーラ

    無党派のエルゼリオ・レイノーラです。今回はヨロシクね! ――ボクはマリステラのお墓参りに行くか、 シメオン先生に会いに行くかのどちらかになると思う。

  21. ナタリア・フィッツジェラルド

    ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 学園の重要人物というか報告官の依頼に関わるのは、塔での戦闘依頼が初めてになるから何を話せばいいのか分からん。 考えた末の結論だが、今回は自由市場を見て回るつもりだ。 手紙でも伝えたが、ツァガーンナル、一緒になっても宜しいか?

  22. ハヤト=ガラン=ヴォルファング

    おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな! なかななパンクリアース学園の中に入って見て回れるなんて機会もねぇだろうしな。 久しぶりにオーロラ(オルファレナ)の顔でもみにいくとすっかな♪

  23. ザザ=ステルヴィナ

    キャスターのザザ=ステルヴィナよ。今回はよろしくね。 私はエーテル応用学についてロッドウェルさんからお話をお聞きするか、魔法使いの塔で調べるか……どちらにしようか迷い中。

  24. エル=バ=ノイアン

    ノイアンだ。学園にはあまり深い縁はないが…第一剣術部の様子を見に行こうかと思う。

  25. レティシア・R・クラティアス

    ごきげんよう。レティシア・レインフィールと申します。 皆様、よろしくお願い致します。 どうすべきか迷ったのですけれど、有難いお言葉を頂きましたので 今回は私情を優先させて頂こうかと。

  26. ナハティガル=ラー

    ナハティガル=ラーだ。今回は宜しく頼む。 俺は地道に選挙活動に勤しむ予定だ。

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0