ドワーフ・テルマエ 夏の陣
九蓮宝燈
コメント 2
シナリオID:1322
オープニング
●湯けむりの向こうは楽園
ドワーフ王国の田舎。古い因習の残る鉱山の村。
第二都市の騒動とはほど遠く、全く影響はないとも言えないが、いたって静かなものであった。
この村はひどい年功序列・男尊女卑思想により、若い者や女の流出が著しいという問題を抱えていた。
しかし坑道のひとつから温泉が湧いたことにより、観光事業が発起され、客を招くにあたり体質改善の必要に迫られた。
計画始動初期に訪れた冒険者たちの一喝の甲斐あって、この土地の凝り固まった価値観の住人の中には、「もしかして自分たちの常識は他所では非常識なのではないか」くらいの意識改革が起こっている。
さて。
温泉街の整備も行き届き、食堂の窓を始めとする改修も完了したこのごろ。近隣の村からの移住者がやってきた。
その者たちが以前住んでいた村は、邪竜の襲撃によって廃村となってしまったらしい。
移住者の多くは女と子供。若年層が厚い。
なんでも、男や年長者が弱者をかばって落命していったため、そうなったという。
彼らの多くは地元の人間ではまかないきれなかった、歓楽街の営業を始めとする接客業に就いた。
そして歓楽街にハマる地元の男たちが現れた。
村の中で経済を回すだけの行為は本来の意図ではなかったのだが、彼らはとにかく女に飢えていたのである。
飢えていたぶん望みも高く、最初こそ「初婚の女じゃないと嫌だ」などと言うものが圧倒的に多数派だった。しかし徐々に、現地の男と移住してきた未亡人が、連れ子との生活を前提とした真剣な交際へと発展するケースも見えはじめた。
彼女たちの語る男の散りざまは、現地の男たちに「女子供を守る男ってかっこいいのでは?」と思わせ、ただ男だからというだけでふんぞり返るのはダサいという風潮が生まれ始めた。
二つのグループの融和により変わりつつある村。
いまだ問題の多い地域であるが泉質は最上。
どこかで広告を見て、くちコミを聞いて観光に。
あるいは邪竜との戦いの傷を癒やしに。
理由はさまざまながら、あなたたちはこの村を訪れた。
ドワーフ王国の田舎。古い因習の残る鉱山の村。
第二都市の騒動とはほど遠く、全く影響はないとも言えないが、いたって静かなものであった。
この村はひどい年功序列・男尊女卑思想により、若い者や女の流出が著しいという問題を抱えていた。
しかし坑道のひとつから温泉が湧いたことにより、観光事業が発起され、客を招くにあたり体質改善の必要に迫られた。
計画始動初期に訪れた冒険者たちの一喝の甲斐あって、この土地の凝り固まった価値観の住人の中には、「もしかして自分たちの常識は他所では非常識なのではないか」くらいの意識改革が起こっている。
さて。
温泉街の整備も行き届き、食堂の窓を始めとする改修も完了したこのごろ。近隣の村からの移住者がやってきた。
その者たちが以前住んでいた村は、邪竜の襲撃によって廃村となってしまったらしい。
移住者の多くは女と子供。若年層が厚い。
なんでも、男や年長者が弱者をかばって落命していったため、そうなったという。
彼らの多くは地元の人間ではまかないきれなかった、歓楽街の営業を始めとする接客業に就いた。
そして歓楽街にハマる地元の男たちが現れた。
村の中で経済を回すだけの行為は本来の意図ではなかったのだが、彼らはとにかく女に飢えていたのである。
飢えていたぶん望みも高く、最初こそ「初婚の女じゃないと嫌だ」などと言うものが圧倒的に多数派だった。しかし徐々に、現地の男と移住してきた未亡人が、連れ子との生活を前提とした真剣な交際へと発展するケースも見えはじめた。
彼女たちの語る男の散りざまは、現地の男たちに「女子供を守る男ってかっこいいのでは?」と思わせ、ただ男だからというだけでふんぞり返るのはダサいという風潮が生まれ始めた。
二つのグループの融和により変わりつつある村。
いまだ問題の多い地域であるが泉質は最上。
どこかで広告を見て、くちコミを聞いて観光に。
あるいは邪竜との戦いの傷を癒やしに。
理由はさまざまながら、あなたたちはこの村を訪れた。
解説
●目標
とくになし
●状況
知る人ぞ知る温泉で客は少ない。
夕食前後や朝風呂のような人気の時間帯でも混まずにゆったり入れる。
基本的な構造は洞窟。
蟻の巣のようにトンネルで部屋を繋げている。
建材は岩と硬い木、そして鉄。明り取り兼空気穴の天窓が随所にある。
湯はパイプで引かれている。
個室風呂のある宿泊施設もある。
男女別・混浴ルールは以下。
【男女別混浴の三施設有】
・フキダリウム
水風呂。
・スダトリウム(蒸気サウナ)
温泉の湯気と熱で温めた空気を充満させた部屋。
湯船はない。
気温はおよそ40〜60度ほど。
・カルダリウム
普通の浴室。
湯温は40度超ほど。
熱いのが好きな人用に熱湯風呂があり、そちらは45〜60度。
・ウンクタリウム
マッサージルーム。
女性スタッフによるオイルマッサージが受けられる。
【時間帯で男女混浴切替】
・空中露天風呂
崖を抉ったような構造で壁の一面と天井が開放。クリーパー魔獣避けの鉄格子が嵌っている。
湯船の上の雨避けの庇、鉄格子に絡んだ蔓性植物、崖からの絶景と、なかなか素敵なお風呂。
【区別なし】
・貸切露天風呂
受付で申請すれば1、2時間ほど借りられる。個人でもグループでも利用可能。
●泉質
含鉄ナトリウム塩化物泉。
源泉の温度は75度。
●お食事
蒸留酒を始めとする各種アルコール飲料。
新鮮な野菜のサラダやピクルス、魔獣肉のでっかいステーキ、温泉卵など。
●できること
施設を利用する。
肉をつまみにお酒を飲む。
野菜をつまみにお酒を飲む。
温泉に入りながらお酒を飲む。
お姉さんをつまみにお酒を飲む。
他いろいろ。無茶振りにもMSががんばって応えます。
●NPC
・地元民
現地のドワーフ。
鉱山で働く人が多く、従業員だけでなく客としても温泉施設に出入りしている。
人口の男女比が偏っており嫁不足に悩んでいる。
原因は男尊女卑思考と因習のせい。
敵対種族には「チッ、エルフか」くらいは言うがちゃんと仕事はしてくれる。
・移住者たち
住んでいた場所が邪竜によって壊滅し移り住んで来た人々。
地元の人ほど差別意識はない。
接客業に従事する女性が多い。
●注意
希望者には水着、湯着の貸出あり。
ラキスケはなんとなくでも同意がわかるように。
性行為の直接描写はしません。麦茶カラン程度にボカします。
マスターより
九蓮です。
久々のドワーフ温泉です。
前回はこちら。
『魔窟テルマエ』https://alpaca-connect.com/world/world0/scenario/414
シンプル依頼です。デートや交流にどうぞ!
ちょっと近所で魔獣狩ったついでに寄った人もいるだろうということで、報酬少し出てます。
エッチなのはしたい人したくない人いるのでうまいこと棲み分けてください。
MS側もプレイングでの同意や交友欄、汎用スキルからなるべく汲んでいきます。
モブ住人たちはとくに何かしなければいけないわけではないです。混浴で脱ぐと飢えた男にいい反応されたり、セクハラしている人を成敗すると飲み屋のお姉さんに感謝されたりします。
RPの相手に適宜ご活用を!
また、できたての観光地なので、お料理やお土産など、いろんなことが洗練されていません。
アドバイスをすると喜ばれるでしょう。
リプレイ
●地中の天国
ドワーフ王国の片田舎。
男の汗が染みついてむせる鉱山の村に湧いた大地の恵み・温泉。
この温泉は邪竜やクリーパーから隠れるように、蟻の巣のごとく大地を穿って作られている。
美人の湯だ、そうだったらいいな、そうに違いない……という地元民の思いに天が忖度したかは知るよしもないが、美肌効果を始め幅広い症状に効果を認める名湯であったのだから驚きである。
そんな生まれたての、知る人ぞ知る温泉村で――。
●空中露天風呂 その一
突兀とそびえる山々。
崖を抉ったくぼみに作られた露天風呂の、外敵避けの鉄格子の向こうは圧倒的大自然である。
源泉は高山の冷たい空気でほどよく冷やされるため、この浴場の湯は水を混ぜられておらず濃厚。
湯口や浴槽に蓄積した湯の花が本物感を主張している。
ヨル・スレイマンとナハシュは眼下に広がる絶景を肴に冷酒を舐めていた。
岩の湯船の縁に置かれた桶の中は氷水とエールを始めとする数種の酒瓶。
塩を含む湯温高めの温泉でほてった体をキュッと引き締めるキンキンのエールは極上の組み合わせ。
「見てナハシュ、すごい眺めだ。視点が高い。飛んでいるみたいだ!」
声が思ったより反響して気まずくなるヨル。他の客は田舎の人ゆえに声デカが標準なので特に気にしてはいない。
「お前はテンション高えな……」
ナハシュは脚を思いっきり伸ばしてリラックス中。杯を干すペースは早い。マジカルポケットから追加のエールをとり出す。
「あ――……」
体の芯までぬくめられた気持ちよさで声を漏らすナハシュ。
「は――出たくない」
「いいな。出たくねえ…………」
ほどよく酔いが回ってきたヨルも快感にあらがえない。
友と飲む美味い酒、隠れ家的名湯。
ナハシュも同じ意見のようだ。
「俺もうここに住むぅ……」
しかしながら、カンカンと鐘を打つ音。女湯に切り替わる時間を告げる予鈴である。
「は――――」
ぶくぶくするヨルとごろんごろんするナハシュ。
しかし現実は無情である。二人は成分の濃い湯を真水で流し、食堂で次の男湯時間を待つことに。
食堂もまた洞窟で、日中の今は格子のはまった天窓から明かりを採っている。
調度は丸太を半分に切ったテーブルと、丸太のぶつ切りのスツール。適当に見えて『磨き』と『ナチュラルな美しさ』にこだわり抜かれたインテリアである。
しかしメニューは雑で、でかい肉とでかい野菜、以上! とにかくでかい食材に塩を振って食うという発想の貧困さ。
しかしヨルとナハシュにとってはそんなことは気にならない問題であった。
「でけえ肉だってよ! でけえ肉!!」
さっぱりとして豪快な気性のナハシュには、これくらい飾り気のない料理のほうがあうのかもしれない。
「ヨルお前この間肉奢るって言ったよなぁ!!」
禁酒を止めてほろ酔い気分のヨルはナハシュに甘々である。
「そういえばそうだったね。いいよ、奢ろう」
店員を呼んで料理を注文する。
「どうせだから店で一番大きい肉を出してよ。酒にあうとなおいい」
出てきたのは骨付き肉のオーブン焼き、平焼きパンを添えて。骨込みでおよそ三キロの塊肉を切り分けながら食べる。
肉にはニンニクとパプリカがすり込まれていて、ヨルの希望通り酒にあいそうな一品だった。
「こいつはエールが進むな!」
しかしナハシュは肉のサイズにひるまない。
女湯時間の二時間ほどをたっぷりと費やして完食。
「美味しかった! 整えたら客入りもガッと増えそうだ」
●高温浴室 その一
かつては「いかな高温浴室といっても限度があるだろう」という湯温が設定されていた浴場。
通気性のいい露天風呂とは違い、浴室じゅうに湯気が満ちてむわっとしている。
そんな浴場の水面からにょきっと飛び出た尻尾。
三角の耳は湯気が凝って水滴となり、十分な重みに達すると肩へとしたたる。
「はー、一日の疲れを温泉でとるのは最高だな」
湯船の縁に肘をついてうつ伏せの姿勢で体を伸ばすアルフィー・リッパーを、アーシェル・G・クラインは微笑ましく眺める。
「アルは温泉が好きなんだな」
「なんでそんなのわかるんだよ」
「尻尾と耳の動きだよ」
アルフィーはひねくれ者である。素直に好きだと肯定はせず、アーシェルに水を向ける。
「あんたも温泉は好きなのか?」
「ああ、俺も温泉は好きだ。なかなか来れねぇから特別感もあるしな」
アーシェルは思い出していた。
エドゥノーグの浴場で、大切な女友達とやむなく混浴してしまったときのことを……。
その点今回の同行者は同性のアルフィーである。何の心配もしなくていい。
「よし、体も温まったな」
アーシェルが回想を終了すると、ちょうどアルフィーが体を洗おうとしているところだった。
「なんだ、その石鹸は備えつけのじゃなくて持ち込みなのか?」
「石鹸には気を遣ってるんだ。耳と尻尾もふわふわにしないといけないからな」
なるほどアルフィーの耳と尻尾はいつも至高の手触りである。
リラックス気分のアーシェルはちょっとしたサービスを思いついた。
「せっかくだし洗ってやるよ」
アーシェルの申し出に目を白黒させるアルフィー。
「その石鹸を使えばいいんだな。……おとなしくしろって」
「いい自分で洗える……って、みぎゃ!」
強引に洗いだしたアーシェルだが、洗髪テクは優しい。湯気と熱でほぐれたアルフィーの頭皮をマッサージするようにジグザグに指を動かす。
「お前、俺をペットか何かだと思ってないか?」
アーシェルの謎の愛情深さ・距離感の近さをいぶかしむアルフィー。
「アルは可愛い弟分だからな。甘やかしてやりたいんだよ」
「ったく……」
愛玩されているのなら文句の一つも言いたいところだったが、弟というのは案外悪い気がしなかった。
「じゃあ、兄貴分の背中をこすってやるよ。後ろ向け、アーシェル」
アーシェルは聞き流しそうになって……ふと気づいた。アルフィーはさっきまでアーシェルを『お前』『あんた』と呼んでいたのだ。
「名前を呼んでもらえると嬉しいものだな」
アーシェルが頬を緩めた刹那、背中をこする力が強くなる。
「……痛てっ。ほんと素直じゃねぇなぁ」
後ろ向きにも関わらず、アーシェルにはアルフィーの顔が真っ赤になっているのだろうという確信があった。
●蒸気サウナ
受付で湯着のレンタルを頼んだところ、地元ドワーフに投げるように渡されたのはイズレンディル・パラリムとコルネリウス・アーラのエルフのカップル。
ユーモアとしてテンプレエルフを演じることもあるイズレンディルは、そのようなお約束は軽く笑って流す。
二人はそれぞれ男女別の脱衣場で着替え、浴場内で合流した。
「初めて着ました。水着以外にもこういうのがあるのですね」
イズレンディルは慣れない服装なので変なところはないかと不安げな様子。
「私も湯着は初めてです……ふふ、大丈夫。いつも通り素敵ですよ」
コルネリウスに大丈夫と言われ、安心するイズレンディル。
この浴場はスダトリウム。温泉の湯気と熱を引いて、温かい空気を満たした空間である。
柱を一部切り抜いたような円筒状の設備から湯気がたっている。ここからでは一部しか見えないが、床下にボイラー設備でもあるのかもしれない。
「お湯のないお風呂……これもお風呂なんですね? 何だか不思議ですが、確かに温まりますね!」
一通り設備を見学してイズレンディルが感嘆した。
「変わったお風呂は楽しいですね! 湯船とは違った心地良さがあります」
コルネリウスはこの温泉が酷かったときを知っている。あのときはとても入れなかったが、素敵な浴場になって楽しめるようになってよかった。
「逆上せない程度に寛ぎましょうか?」
コルネリウスに手を差しだし、エスコートするイズレンディル。
「はい。お風呂を終えたら少し休憩しましょう」
コルネリウスはその手をとり、並んで座る。
お互いを思いやるがあまり、少し他人行儀な二人。
「もし逆上せちゃったら介抱してくださいね?」
コルネリウスは、ほんの少し甘えて可愛らしい冗談を言う。
気遣いと尊重による、上品で穏やかな時間は過ぎ去る。
ロビーの長椅子に座るコルネリウスの首筋に何か冷たく濡れたものが。
「ひゃ、冷たい……!」
可愛らしい悲鳴を上げたコルネリウスの後ろには、いたずらな笑みを浮かべたイズレンディル。
「こうすると気持ちいいですよ」
「本当。気持ちいいです」
この温泉ではいろいろあったけれど、彼と楽しめるようになって嬉しいとコルネリウスは思った。
●貸切露天風呂 その一
客にはそれぞれ、さまざまな事情がある。
例え同性であっても肌を見せたくない者。
家族など親しい者とは混浴したいが、行きずりの他人とはしたくない者。
そんな細かいニーズに応えるため考え出された、一定時間グループで貸し切れる露天風呂。
「あのあとどうなったのか気になってたけど……」
かつてこの温泉でララベル・サン・ディーベルの身に起きたことは説明不要であろう。
以前は仕事だったが、今回は仲のいいメンバーと、行楽目的の来訪。
貸し切りだからいいかと思い、水着や湯着の着用はせずタオルを巻いて、みんなが来るのを湯船で待つ。
「みんな、いい湯加減だ……って! はわわわわ」
ララベルが赤面しながら見た光景は、またしてもいつも通りのお約束であった。
「ベルの風呂好きは、宿のお風呂からも想像つくわね~」
アルラ・ニグラスはおっとりと言いながら巻いていたタオルを外した。
ベールコート美人らしい、他人の視線を引きつけるほどよい美巨乳が外気にさらされる。
「え、ちょ、なんでタオルとるの!」
「え? だって湯船にタオルを浸けないのはマナーよ?」
ララベルは手で顔を覆ったが、一瞬の間に見てしまっていた。
不埒なドワーフすらも誘惑してしまい、セクハラの憂き目に遭ってしまうような、アルラのパーフェクトボディの白いシルエットを……。
アルラから目を逸らしたララベルの視界に飛び込んできたのは小麦色の肌。
「露天風呂を貸し切りで堪能できるとは嬉しいね」
豪快な性格の父に育てられたルーシカは肌を見られることに抵抗はなく、当たり前のように水着はなしである。
普段は露出の少ない彼女の小柄で引き締まった体は、アルラとは別の魅力があった。
「いや、マジで警戒しなさいよ?」
クールに突っ込むイル・シャーリィもタオルを巻いている無防備さ。
イルは一応警戒しているのだ。おそらく今日の占いは不調であったのだろう。
アリエッタはイルの後ろにかばわれながらも様子をしっかり見ていた。
(男の人と鉢合わせることなんてないと思ってたのに)
しかし相手は仲良くなりたいと思っているララベル。不思議とあまり嫌ではなかった。
(温泉に入るときはそれがルールだもんね)
恥ずかしいけれど、みんなで楽しむのが一番である。
それにせっかくの湯なら、素肌に直接楽しみたいものだ。
ヒロ・テスタロッサは少し離れた位置でにやにやしている。
「ドワーフの温泉かー、たっのしみー♪」
ララベルの運命は知っているが、手が届かない位置にいれば巻き込まれることもないだろうと考えていた。
ヒロは十八という年齢相応の、まだ満開を迎えない花のごとき未熟な容姿であるが、とある店では看板娘と呼ばれるほどの若々しい愛らしさがあった。
テュリン・ヴィングはさも当然というふうにタオルをとる。
百二十センチという超小柄で、見た目ティーンしかし大人顔負けの曲線を誇る反則ボディがご開帳。
ララベルは幼なじみにもかかわらず、規格外すぎて何度見ても初めてのような感動をもたらすテュリンの究極バディにたじたじ。
「……って、ベルはタオルつけたまま入ってるの? 駄目じゃない、湯船に入るときはタオルは外さないとね」
「まっ、待って、まっ……」
テュリンの手から逃れるためにララベルは湯船から上がる。
ここまで濃い湯気さんはきちんと仕事をしていた。
ここからも湯気さんはがんばってくれる。
ララベルがとっさに逃げた先にはイルとアリエッタがいた。
濡れて重くなったタオルを両手で押さえたララベルが、石鹸を踏んづけて転倒!
「きゃああああっ!!?」
ララベルが倒れ込んだ先にはイルがいた。イルがアリエッタをかばってララベルに背を向ける。
どっしーん!
イルの背中に激突するように倒れたララベルは、転んだ拍子に四つんばいのイルの胸を後ろからわしづかみにする姿勢に。
イルの艶やかな銀髪の後頭部ごしに、許容できる範囲ギリギリまで肌を露出したアリエッタの姿が見えた。
「はっ、はわわわ」
「い……いい加減にしなさいよこのぉ!」
ララベルが故意ではないのを承知しつつも、イルはやり場のない怒りをかけ湯にぶつけた。
手桶に美肌成分たっぷりの湯を汲んでララベルにぶっかけようとする。
後ろに迫ったテュリンとノリで参戦したアルラ、前に怒れるイルと、挟撃を受けたララベルはサッと逃げた。
ララベルのかわりに湯を受けたのは、ギャラリーを決め込んでいたヒロ。
湯を避けたのはいいものの、激しい動きでタオルがはらり。
目隠しを失った未熟な果実がぷるんぷるんと揺れた。
「あっ……! ご、ごめん!」
ヒロに謝りつつもみずみずしい肌に一瞬見とれてしまったララベルは、自分の移動先にルーシカがいるのに気づかなかった。
二人まとめて転びながら、濡れたララベルのお腹がルーシカのお腹の上をつるりと滑る。
密着する肌の感触で頭沸騰状態のララベルを、アルラがヘッドロックでとり押さえた。
むき出しのたわわがララベルのほっぺを襲う。
ララベルはアルラによって仰向けで固定され、ルーシカが脱出したのと入れ替わりにテュリンがララベルにマウントポジションをとる。
ララベルの腰に巻かれていたタオルは英雄の凱旋を告げる旗のごとく、湯煙の空にたなびいた。
いろいろあったが全ては濃い湯気さんのご活躍でなんとかなった。
「見て! いい景色よ」
「お湯につかりながら景色をつまみにお酒を飲むのって最高ね」
風光明媚なクリエスター山脈の景色を見て旅行気分を満喫するテュリンとアルラ。
ララベルは大自然よりも美女二人の濡れた肌に見とれていた。
「ひゃっ!」
油断しきっていたララベルの頬に何かが。
「えへへ。あたしたちはジュースで乾杯しよう」
ヒロが冷たい果実水の瓶をみんなに差し入れ。
果実水を受けとって、ルーシカがキュッと飲み干す。
「体の疲れを癒して、またみんなの活力のために料理を作らないとね」
隣があいた一瞬を見計らい、恋人に体を寄せ、耳打ちする。
「ララベル、誘ってくれてありがとう」
そして湯船から上がって洗い場へ。ララベルの目の前を引き締まったおしりが横切っていった。
イルとアリエッタはルーシカより先に洗い場で肌を磨いていた。
「あとで蒸気サウナに行ってみましょう」
二人の雑談に混じりながら桶に水を張るルーシカ。
「ボクはオイルマッサージが気になるな」
「いろんなお風呂があるんだね。全部制覇してみたいな」
アリエッタは今までいくつかの温泉に入ったことがあったが、どこも珍しくてまだ飽きることがない。
「あのね……大好きだよ」
賑やかで楽しいいつもの仲間たちにララベルが告げた。
赤くなった顔は湯のせいだけではなく……。
「そうだわ。背中流しっこしましょ」
「えっ」
アルラの誘いに驚くララベル。
「ベルももう少し堂々としてても問題ないのよ」
テュリンがララベルの腕を抱えて引っ張る。ララベルはむにょんと腕にあたるなにかの感触のために抵抗を忘れてしまった。
湯気さんにかわってここから先は泡さんががんばってくれることだろう。
●空中露天風呂 その二
ストレガ・L・リベルガストラは、桶を持ち上げてざばり、と頭から湯を被った。
彼女の体からはほんのりと鉄の臭いがする。
ここに来る前に魔獣の生態調査をしたため、返り血を浴びたのである。
しかしここの湯にはもともと鉄分が含まれているため気にする者はいない。
(いい仕事だったのだ)
肩まで湯船に浸かってほぅと一息。
ふと見ると、桶を収納する棚の陰に隠れて、女性客をじろじろ見ているドワーフの男性客が。
ストレガは知性あるゴールディのゴブリンである。
男性客の女性をモノのように見定める行為を見過ごすことができず、そっと声をかけた。
「性別や種族で人を視るのは時代遅れだと気づくのだ」
急に知らない者に注意されて男性客は不快気な様子。
「温泉は最高なのに地元の男は駄目だ、とあれば温泉にも悪いイメージがつく。折角客が来たのに離れていく原因になる」
しかしここで持ち上げるストレガの一手。
「そう、ここの温泉は大陸一。そうだろう?」
温泉を流行らせれば、いずれ生涯の伴侶に巡り合うきっかけとなり、回り回って己のためになるとストレガは説く。
「研鑽するのだ」
男性客は去って行くストレガの名をたずねるが、ストレガは答えない。
ストレガはまだ世界を渡りたいからだ。
男性客が覗いていた女性客のいる場所のさらに奥。
髪をまとめ上げ、湯着に身を包んだサマエラ=フォリウムが湯に浸かっていた。
濃い湯気があるので向こうからサマエラは見えないだろうが、声は届く。棚のそばでのやりとりは聞こえていた。
(なるほど、意識によい変化が見える……。では……ふふ、一安心したところで、私もゆっくり過ごさせてもらおうか)
一応湯着を着ていても、サマエラは自分の容姿は他者に好まれるものではないと思っている。しかし先ほど男性客に覗かれていた女性客が、サマエラのすらりとしたスタイルをうらやましそうに横目で見ていた。
●食堂
食堂の壁には大きなニッチがある。
洞窟構造のこの温泉施設には珍しい、木造の設備だ。
今は季節の花や鍛冶の作品などが飾られているが、ここはかつて窓であった。
露天風呂から移動してきたサマエラは、無性に鍋料理を食べたかった。
(外から温めると、今度は内からも温めたくなるのだろうか……むむ)
しかし食堂のメニューは焼き料理が多い。
ホール内に煮炊きのできそうな暖炉があるのを見たサマエラは、中年女性の従業員に鍋と米酒と調理前の食材を求めた。
「アンタ、どうする気だい?」
従業員がサマエラのすることに興味を示した。
温泉と酒精で肌を上気させたヴィルヘルミナが食堂へ入ってきた。
「なにか名物でもありますか?」
「今、こちらのお客さんが面白いもの作ってるのよ!」
ヴィルヘルミナはとりあえず簡単なつまみを注文し、サマエラと従業員が調理をしているのを後ろから眺めていた。
しばらくするとハムと塩を振った新鮮野菜の盛り合わせが運ばれてきた。
邪竜の侵攻の真っ最中であり、悠長にもしていられないのだが、束の間の休養もまた次なる戦いの備えになるだろう。
「男の胃袋を掴もうとはいい心がけだな! がはは」
ヴィルヘルミナがちびちび飲んでいると、サマエラが男性客に絡まれていた。
自分でなんとかできるだろうとも思ったが、いい気分を害されたヴィルヘルミナは一言だけ投げかけることにした。
「ヤンチャは感心しませんね」
揉めごとを起こして追い出されるのは困るが、止めずにいて酒が不味くなるのも好ましくないと考えた結果がこの行動であった。
男性客は離れた席へと退散した。不機嫌そうではあったがその後はおとなしくしていた。
しばらくして、ベルク・オスマットが食堂へ。濃い灰色の銀髪が濡れているところを見ると、ひとっ風呂浴びたあとであろう。
つまみと酒をいくつか注文したあと、従業員に質問。
「酒ではない飲み物は何があるんだ?」
風呂上がりの水分補給には酒は適さないと考えたのである。
すると温泉水を冷やしたものをすすめられた。塩味と鉄臭さがあるので、飲みづらければ果汁や蜂蜜を加えてもいいという。
温泉水を飲みながら待っていると、酒とともに鶏肉のような形のまるごと魔獣肉の腹に野菜や芋を詰めてオーブンで焼いた料理が到着した。
テリを出すために蜂蜜のタレを塗って焼かれた皮はパリッとし、長時間かけてじんわり火を通した身はほろりと柔らかい。
濃い味付けの料理を酒でグイッと押し流すと、湯の熱でだるくなった体が生き返るような心地がした。
「風呂上がりの一杯は最高だ」
ベルクの飲みっぷり食べっぷりで、険悪になった食堂の空気はいくらか持ち直したようだ。
料理を平らげたあとベルクは宿泊施設へと移動。一眠りしたらまた湯に浸かるつもりだ。
●高温浴室 その二
ケン・Z・ブラッドリーは男湯で酒を飲んでいた。
天窓からはよく晴れた空が見える。
ヴィント奪還に成功したと思いきや浮上する次なる問題。学園を舞台にした権力闘争。邪竜の侵攻。
事件が立て続けに起こっている現状、休めるときに休まないといざというときに不慮の事故の原因となりかねない。
「束の間の骨休みになるだろうし、ゆっくりするか」
そう独りごち、空の杯に酒を注ぐ。
露天風呂と違って女湯時間で追い出されることのない高温浴室はいくらでも長風呂ができる。
ケンのあとから入り、先に出る他の客を何人も見送る。
●温泉街
ケンのうわばみと温度耐性をもってしても浴場の掃除時間はどうすることもできず。
ほどよく疲れもとれたところであったので散策することに。
ふと、地酒屋の女性店員に絡む高齢男性客が目に入たので、話し合いで解決した。
「今は休養できてるんだし、首は勘弁してやるか」
女性店員は助けてくれたお礼にと試供品を多めにケンに渡した。
エル=バ=ノイアンは軽く湯を楽しんだあと、周辺の土産物屋などを眺めながら散策していた。
変わった雰囲気の街といえばシャルガネ居住区だが、この街もまたユニークである。
製鉄の村だけあって、爪切りやナイフといった金物のクオリティは高い。
厚みのある鉄鍋をすすめる若い女性店員の声が耳に入るが、ノイアンが今求めているのは食事処であった。
「この鍋でワシの朝食を作らせてやる。ありがたく思……あだだだっ!」
女性店員にやたら上から目線で絡む中年男性客を認識するやいなや、ノイアンの体は勝手に動き、不逞の輩の関節を極めていた。
「さすが……ノイアンだ」
流れるような腕挫腕固 を見ていたのはシルヴィア・A・カペル。
湯上がりらしく、楽な――しかし見るものが見れば上質だとわかる――衣装をほてった肌にまとい、髪は濡れていつもより重く見える。
いつもなら軽く「君はいい男だね」と笑って言えたのに、なぜか今日は緊張して『いい男』という言葉が出てこなかった。
「ああシルヴィア、あんたも来てたのか。……いや、ちょっとな」
ノイアンは悪態をつきながら逃げていく男性客を無視してシルヴィアに向くと、白い髪を一房すくいとる。
シルヴィアは突然のことに心臓が撥ねる思いがした。
「……髪。きちんと乾かさないと」
肩にかけていたタオルでシルヴィアの髪を拭き始めた。
女性の髪に断りもなく触れるなど本来褒められたことではないだろう。しかしシルヴィアには、ノイアンが風邪をひかないようにと気にかけてくれての行動であるということがわかっていた。
(……大きな手だ)
タオルで頭が覆われているうちに、そっと深呼吸。
赤くなった頬を気とられないように冷ますと、何でもないように微笑みを作ってから言った。
「ありがとう。もう十分乾いたよ」
「……よし。ところで腹が減ったり、喉が渇いたりしていないか? 飯処を探しているんだが。よければ、一緒に」
「構わないよ。ここはお酒の品揃えもいいらしいしね」
歩きだす二人の距離は心のそれよりもわずかに遠い。
●貸切露天風呂 その二
「……おふ……ろ?」
コハクは自身のもふもふの尻尾を抱きかかえてふるふるしていた。
友人に誘われて旅行に来たのだが、温泉とは気づいていなかった。
コハクは水にトラウマがあり、風呂は大の苦手である。
「だだ大丈夫でしか? お水……お嫌いでしたね……。怖くない……ほら、怖くない」
友人であるララノアも、コハクを慰めながらもビクビクおどおどしていた。
ロビーでがくぶるしている二人に、受付でレンタルの湯着を受けとってきたネーヴェ・グラヌローザが合流した。
ネーヴェは一足先に来ており、すでにいくつかの浴場を堪能済み。
「ふふっ、貸切露天風呂だなんて贅沢ですわよね」
「しゅみません……おつきあいいただいて……」
ララノアはしょげながらネーヴェに礼を言う。
大きな風呂が怖いと、貸切露天風呂を希望したのはララノアであった。
浴場に入ると、秋の手前の山林を背景に石造りの湯船と洗い場が。
「ぉぉお背中流しましね! ……ネーヴェ様も!」
ララノアの申し出に、コハク、「やった」と小さくガッツポーズ。
「あら、ララノアさん、ありがとうございます。では、お言葉に甘えまして……」
それぞれ木製のいすに座って並ぶ。コハクとララノアの視線が一点に集中した。
「どうかなさいました?」
ゆったりとした、濡れても透けないほど厚い生地でできた湯着をまとってなお、その高さを隠しきれないネーヴェの連峰である。
コハクはクール狼である。が、一皮むけばお年頃の少女。自分の胸元と視線を数度往復させ、絶望。
コハクの様子を見て空気を読んだララノアがフォローした。
「ほら! 私も……ないですよ! ない……な、ぃ」
ララノアの段差は、完全に湯着に負けていた。フォローのつもりが自爆だったようだ。
「大きいのがいいのでしょうか? どうしたら大きくなるのでしょう……」
山の彼方のお空の遠くに思いをはせるララノア。
「えっ? お、お二方とも、……いえ、大きければいいというものでもないかと……!?」
二人の反応にネーヴェはおろおろするばかり。体のことはネーヴェにはどうしようもないのだ……。
「ど、どうしましょう……私も小さければよかったんでしょうか……」
どよんとしたムードの中で体を洗う三人。
「ぁ、お風呂気持ちいいでし……」
湯に浸かったララノアはとりあえず現実は棚上げすることにした。
「大丈夫ですよ、ほら、一緒に入れば怖くないですから……」
ガタガタ震えて尻尾を脚の間に挟み込んでいるコハクの手をとり、優しく一緒に入ってあげるネーヴェ。
「ふぅ、ここもいいお湯ですね……」
ネーヴェはほっと一息。空中露天風呂よりこぢんまりしているが、湯船は十分脚が伸ばせる広さがある。
湯の成分が白い湯着にしみこんで褐色に染まる。全身パックになってとてもお肌によさそうだ。
風呂上がり、脱衣所。
「ふふ、綺麗にできましたよ。これぞ魅惑のもふもふですね」
ネーヴェはコハクの尻尾を櫛で丁寧に梳き、絡まりや毛玉をとり除いたあと、猪毛ブラシでつやが出るまでしっかりとグルーミングした。
コハクの尻尾は三本ある。ネーヴェが手入れをしている間、同じようにララノアが別の尻尾をお手入れしていた。
「もふ! もふ! 楽しいです!」
つやふわになったコハクの尻尾にはしゃぐララノア。
コハクは苦手なお風呂で散々な目に遭ったものの、毛繕いしてもらえて結果オーライ。
三人が食事をとろうと移動する道中、フラム・アニムスとすれ違った。
「ネーヴェさんもおいでだったんですね!」
「フラムさんも温泉へ?」
二言三言会話したあと、フラムは待たせている友人のもとへ向かった。
●空中露天風呂 その二
「粽と一緒でも大丈夫なのだ?」
そうたずねるケモ度高めの獣人大福と相棒狼の粽を、ヒゲの生えたドワーフ従業員がじろりとねめつけた。
大福と一緒にいるフラムも、立派な尻尾を持つ狐獣人である。
「駄目ならそういうサービスを提案するのだ。依頼で来る冒険者のシューターも多いと思うし、皆相棒の疲れを癒してあげたいと思ってるはずなのだ」
従業員はチラリと時計を見る。
「ふむ。ワシは気にならんが、そういう客もいるのかもしれんな……。今日のところはそのまま入っていい。一時間後に掃除だから、あとの客から文句も出んだろう」
それを聞いて大福とフラムはハイタッチして喜んだ。
男湯の時間帯を狙ったのだが、偶然いいタイミングだったようだ。
「大福さん、俺お風呂セット用意しておいたよ。ジャジャーン!」
フラムが脱衣所で荷物を広げる。タオルが三人分。うち一人……もとい一匹分は大きいもの。そして石鹸、お風呂の定番・水に浮く黄色い小鳥。
「こっちはえーっと……」
よく冷えた竹筒。中身は果物のジュースである。準備すること母のごとし。
浴場に入った途端テンションが上がる三人。
「想像してたよりデカい風呂だなあ……! 崖からの眺めがスゲー!」
「シャルガネはあっちなのだ? こっちなのだ!?」
ふと他の客の迷惑になってないかとフラムは気になったが、ただでさえ客少なめの温泉の掃除前時間帯。誰もいないが、あとから入ってこないとも限らないので羽目を外しすぎないようにしようと自分を戒めた。
大福は粽をしっかりブラッシングしたあと湯船へ。
小鳥の玩具や手で水鉄砲して遊んで、賑やかに入浴を楽しんだ。
風呂の掃除時間、すなわち夕食時。
食堂のおすすめは鉄鍋でじっくり野菜と塊肉を蒸し焼きしたもの。粽のためには味付けなしの生の肉を。
しかしこの肉は牛や猪ではないらしい。
「えっ魔獣の……? 勇気を出すのだ!」
「いただきます」
オカン属性を発揮したフラムがサラダをとり分け、いざ実食。
「んんっ! 美味しいのだ!!」
食事のあと、明かりがともり始める土産物屋で。
「やおよろず亭の大福なのだ~!」
しっかり営業する大福。
商売をよく知らない地元の人は、大福のやり方に強く興味を示したそうな。
ドワーフ王国の片田舎。
男の汗が染みついてむせる鉱山の村に湧いた大地の恵み・温泉。
この温泉は邪竜やクリーパーから隠れるように、蟻の巣のごとく大地を穿って作られている。
美人の湯だ、そうだったらいいな、そうに違いない……という地元民の思いに天が忖度したかは知るよしもないが、美肌効果を始め幅広い症状に効果を認める名湯であったのだから驚きである。
そんな生まれたての、知る人ぞ知る温泉村で――。
●空中露天風呂 その一
突兀とそびえる山々。
崖を抉ったくぼみに作られた露天風呂の、外敵避けの鉄格子の向こうは圧倒的大自然である。
源泉は高山の冷たい空気でほどよく冷やされるため、この浴場の湯は水を混ぜられておらず濃厚。
湯口や浴槽に蓄積した湯の花が本物感を主張している。
ヨル・スレイマンとナハシュは眼下に広がる絶景を肴に冷酒を舐めていた。
岩の湯船の縁に置かれた桶の中は氷水とエールを始めとする数種の酒瓶。
塩を含む湯温高めの温泉でほてった体をキュッと引き締めるキンキンのエールは極上の組み合わせ。
「見てナハシュ、すごい眺めだ。視点が高い。飛んでいるみたいだ!」
声が思ったより反響して気まずくなるヨル。他の客は田舎の人ゆえに声デカが標準なので特に気にしてはいない。
「お前はテンション高えな……」
ナハシュは脚を思いっきり伸ばしてリラックス中。杯を干すペースは早い。マジカルポケットから追加のエールをとり出す。
「あ――……」
体の芯までぬくめられた気持ちよさで声を漏らすナハシュ。
「は――出たくない」
「いいな。出たくねえ…………」
ほどよく酔いが回ってきたヨルも快感にあらがえない。
友と飲む美味い酒、隠れ家的名湯。
ナハシュも同じ意見のようだ。
「俺もうここに住むぅ……」
しかしながら、カンカンと鐘を打つ音。女湯に切り替わる時間を告げる予鈴である。
「は――――」
ぶくぶくするヨルとごろんごろんするナハシュ。
しかし現実は無情である。二人は成分の濃い湯を真水で流し、食堂で次の男湯時間を待つことに。
食堂もまた洞窟で、日中の今は格子のはまった天窓から明かりを採っている。
調度は丸太を半分に切ったテーブルと、丸太のぶつ切りのスツール。適当に見えて『磨き』と『ナチュラルな美しさ』にこだわり抜かれたインテリアである。
しかしメニューは雑で、でかい肉とでかい野菜、以上! とにかくでかい食材に塩を振って食うという発想の貧困さ。
しかしヨルとナハシュにとってはそんなことは気にならない問題であった。
「でけえ肉だってよ! でけえ肉!!」
さっぱりとして豪快な気性のナハシュには、これくらい飾り気のない料理のほうがあうのかもしれない。
「ヨルお前この間肉奢るって言ったよなぁ!!」
禁酒を止めてほろ酔い気分のヨルはナハシュに甘々である。
「そういえばそうだったね。いいよ、奢ろう」
店員を呼んで料理を注文する。
「どうせだから店で一番大きい肉を出してよ。酒にあうとなおいい」
出てきたのは骨付き肉のオーブン焼き、平焼きパンを添えて。骨込みでおよそ三キロの塊肉を切り分けながら食べる。
肉にはニンニクとパプリカがすり込まれていて、ヨルの希望通り酒にあいそうな一品だった。
「こいつはエールが進むな!」
しかしナハシュは肉のサイズにひるまない。
女湯時間の二時間ほどをたっぷりと費やして完食。
「美味しかった! 整えたら客入りもガッと増えそうだ」
●高温浴室 その一
かつては「いかな高温浴室といっても限度があるだろう」という湯温が設定されていた浴場。
通気性のいい露天風呂とは違い、浴室じゅうに湯気が満ちてむわっとしている。
そんな浴場の水面からにょきっと飛び出た尻尾。
三角の耳は湯気が凝って水滴となり、十分な重みに達すると肩へとしたたる。
「はー、一日の疲れを温泉でとるのは最高だな」
湯船の縁に肘をついてうつ伏せの姿勢で体を伸ばすアルフィー・リッパーを、アーシェル・G・クラインは微笑ましく眺める。
「アルは温泉が好きなんだな」
「なんでそんなのわかるんだよ」
「尻尾と耳の動きだよ」
アルフィーはひねくれ者である。素直に好きだと肯定はせず、アーシェルに水を向ける。
「あんたも温泉は好きなのか?」
「ああ、俺も温泉は好きだ。なかなか来れねぇから特別感もあるしな」
アーシェルは思い出していた。
エドゥノーグの浴場で、大切な女友達とやむなく混浴してしまったときのことを……。
その点今回の同行者は同性のアルフィーである。何の心配もしなくていい。
「よし、体も温まったな」
アーシェルが回想を終了すると、ちょうどアルフィーが体を洗おうとしているところだった。
「なんだ、その石鹸は備えつけのじゃなくて持ち込みなのか?」
「石鹸には気を遣ってるんだ。耳と尻尾もふわふわにしないといけないからな」
なるほどアルフィーの耳と尻尾はいつも至高の手触りである。
リラックス気分のアーシェルはちょっとしたサービスを思いついた。
「せっかくだし洗ってやるよ」
アーシェルの申し出に目を白黒させるアルフィー。
「その石鹸を使えばいいんだな。……おとなしくしろって」
「いい自分で洗える……って、みぎゃ!」
強引に洗いだしたアーシェルだが、洗髪テクは優しい。湯気と熱でほぐれたアルフィーの頭皮をマッサージするようにジグザグに指を動かす。
「お前、俺をペットか何かだと思ってないか?」
アーシェルの謎の愛情深さ・距離感の近さをいぶかしむアルフィー。
「アルは可愛い弟分だからな。甘やかしてやりたいんだよ」
「ったく……」
愛玩されているのなら文句の一つも言いたいところだったが、弟というのは案外悪い気がしなかった。
「じゃあ、兄貴分の背中をこすってやるよ。後ろ向け、アーシェル」
アーシェルは聞き流しそうになって……ふと気づいた。アルフィーはさっきまでアーシェルを『お前』『あんた』と呼んでいたのだ。
「名前を呼んでもらえると嬉しいものだな」
アーシェルが頬を緩めた刹那、背中をこする力が強くなる。
「……痛てっ。ほんと素直じゃねぇなぁ」
後ろ向きにも関わらず、アーシェルにはアルフィーの顔が真っ赤になっているのだろうという確信があった。
●蒸気サウナ
受付で湯着のレンタルを頼んだところ、地元ドワーフに投げるように渡されたのはイズレンディル・パラリムとコルネリウス・アーラのエルフのカップル。
ユーモアとしてテンプレエルフを演じることもあるイズレンディルは、そのようなお約束は軽く笑って流す。
二人はそれぞれ男女別の脱衣場で着替え、浴場内で合流した。
「初めて着ました。水着以外にもこういうのがあるのですね」
イズレンディルは慣れない服装なので変なところはないかと不安げな様子。
「私も湯着は初めてです……ふふ、大丈夫。いつも通り素敵ですよ」
コルネリウスに大丈夫と言われ、安心するイズレンディル。
この浴場はスダトリウム。温泉の湯気と熱を引いて、温かい空気を満たした空間である。
柱を一部切り抜いたような円筒状の設備から湯気がたっている。ここからでは一部しか見えないが、床下にボイラー設備でもあるのかもしれない。
「お湯のないお風呂……これもお風呂なんですね? 何だか不思議ですが、確かに温まりますね!」
一通り設備を見学してイズレンディルが感嘆した。
「変わったお風呂は楽しいですね! 湯船とは違った心地良さがあります」
コルネリウスはこの温泉が酷かったときを知っている。あのときはとても入れなかったが、素敵な浴場になって楽しめるようになってよかった。
「逆上せない程度に寛ぎましょうか?」
コルネリウスに手を差しだし、エスコートするイズレンディル。
「はい。お風呂を終えたら少し休憩しましょう」
コルネリウスはその手をとり、並んで座る。
お互いを思いやるがあまり、少し他人行儀な二人。
「もし逆上せちゃったら介抱してくださいね?」
コルネリウスは、ほんの少し甘えて可愛らしい冗談を言う。
気遣いと尊重による、上品で穏やかな時間は過ぎ去る。
ロビーの長椅子に座るコルネリウスの首筋に何か冷たく濡れたものが。
「ひゃ、冷たい……!」
可愛らしい悲鳴を上げたコルネリウスの後ろには、いたずらな笑みを浮かべたイズレンディル。
「こうすると気持ちいいですよ」
「本当。気持ちいいです」
この温泉ではいろいろあったけれど、彼と楽しめるようになって嬉しいとコルネリウスは思った。
●貸切露天風呂 その一
客にはそれぞれ、さまざまな事情がある。
例え同性であっても肌を見せたくない者。
家族など親しい者とは混浴したいが、行きずりの他人とはしたくない者。
そんな細かいニーズに応えるため考え出された、一定時間グループで貸し切れる露天風呂。
「あのあとどうなったのか気になってたけど……」
かつてこの温泉でララベル・サン・ディーベルの身に起きたことは説明不要であろう。
以前は仕事だったが、今回は仲のいいメンバーと、行楽目的の来訪。
貸し切りだからいいかと思い、水着や湯着の着用はせずタオルを巻いて、みんなが来るのを湯船で待つ。
「みんな、いい湯加減だ……って! はわわわわ」
ララベルが赤面しながら見た光景は、またしてもいつも通りのお約束であった。
「ベルの風呂好きは、宿のお風呂からも想像つくわね~」
アルラ・ニグラスはおっとりと言いながら巻いていたタオルを外した。
ベールコート美人らしい、他人の視線を引きつけるほどよい美巨乳が外気にさらされる。
「え、ちょ、なんでタオルとるの!」
「え? だって湯船にタオルを浸けないのはマナーよ?」
ララベルは手で顔を覆ったが、一瞬の間に見てしまっていた。
不埒なドワーフすらも誘惑してしまい、セクハラの憂き目に遭ってしまうような、アルラのパーフェクトボディの白いシルエットを……。
アルラから目を逸らしたララベルの視界に飛び込んできたのは小麦色の肌。
「露天風呂を貸し切りで堪能できるとは嬉しいね」
豪快な性格の父に育てられたルーシカは肌を見られることに抵抗はなく、当たり前のように水着はなしである。
普段は露出の少ない彼女の小柄で引き締まった体は、アルラとは別の魅力があった。
「いや、マジで警戒しなさいよ?」
クールに突っ込むイル・シャーリィもタオルを巻いている無防備さ。
イルは一応警戒しているのだ。おそらく今日の占いは不調であったのだろう。
アリエッタはイルの後ろにかばわれながらも様子をしっかり見ていた。
(男の人と鉢合わせることなんてないと思ってたのに)
しかし相手は仲良くなりたいと思っているララベル。不思議とあまり嫌ではなかった。
(温泉に入るときはそれがルールだもんね)
恥ずかしいけれど、みんなで楽しむのが一番である。
それにせっかくの湯なら、素肌に直接楽しみたいものだ。
ヒロ・テスタロッサは少し離れた位置でにやにやしている。
「ドワーフの温泉かー、たっのしみー♪」
ララベルの運命は知っているが、手が届かない位置にいれば巻き込まれることもないだろうと考えていた。
ヒロは十八という年齢相応の、まだ満開を迎えない花のごとき未熟な容姿であるが、とある店では看板娘と呼ばれるほどの若々しい愛らしさがあった。
テュリン・ヴィングはさも当然というふうにタオルをとる。
百二十センチという超小柄で、見た目ティーンしかし大人顔負けの曲線を誇る反則ボディがご開帳。
ララベルは幼なじみにもかかわらず、規格外すぎて何度見ても初めてのような感動をもたらすテュリンの究極バディにたじたじ。
「……って、ベルはタオルつけたまま入ってるの? 駄目じゃない、湯船に入るときはタオルは外さないとね」
「まっ、待って、まっ……」
テュリンの手から逃れるためにララベルは湯船から上がる。
ここまで濃い湯気さんはきちんと仕事をしていた。
ここからも湯気さんはがんばってくれる。
ララベルがとっさに逃げた先にはイルとアリエッタがいた。
濡れて重くなったタオルを両手で押さえたララベルが、石鹸を踏んづけて転倒!
「きゃああああっ!!?」
ララベルが倒れ込んだ先にはイルがいた。イルがアリエッタをかばってララベルに背を向ける。
どっしーん!
イルの背中に激突するように倒れたララベルは、転んだ拍子に四つんばいのイルの胸を後ろからわしづかみにする姿勢に。
イルの艶やかな銀髪の後頭部ごしに、許容できる範囲ギリギリまで肌を露出したアリエッタの姿が見えた。
「はっ、はわわわ」
「い……いい加減にしなさいよこのぉ!」
ララベルが故意ではないのを承知しつつも、イルはやり場のない怒りをかけ湯にぶつけた。
手桶に美肌成分たっぷりの湯を汲んでララベルにぶっかけようとする。
後ろに迫ったテュリンとノリで参戦したアルラ、前に怒れるイルと、挟撃を受けたララベルはサッと逃げた。
ララベルのかわりに湯を受けたのは、ギャラリーを決め込んでいたヒロ。
湯を避けたのはいいものの、激しい動きでタオルがはらり。
目隠しを失った未熟な果実がぷるんぷるんと揺れた。
「あっ……! ご、ごめん!」
ヒロに謝りつつもみずみずしい肌に一瞬見とれてしまったララベルは、自分の移動先にルーシカがいるのに気づかなかった。
二人まとめて転びながら、濡れたララベルのお腹がルーシカのお腹の上をつるりと滑る。
密着する肌の感触で頭沸騰状態のララベルを、アルラがヘッドロックでとり押さえた。
むき出しのたわわがララベルのほっぺを襲う。
ララベルはアルラによって仰向けで固定され、ルーシカが脱出したのと入れ替わりにテュリンがララベルにマウントポジションをとる。
ララベルの腰に巻かれていたタオルは英雄の凱旋を告げる旗のごとく、湯煙の空にたなびいた。
いろいろあったが全ては濃い湯気さんのご活躍でなんとかなった。
「見て! いい景色よ」
「お湯につかりながら景色をつまみにお酒を飲むのって最高ね」
風光明媚なクリエスター山脈の景色を見て旅行気分を満喫するテュリンとアルラ。
ララベルは大自然よりも美女二人の濡れた肌に見とれていた。
「ひゃっ!」
油断しきっていたララベルの頬に何かが。
「えへへ。あたしたちはジュースで乾杯しよう」
ヒロが冷たい果実水の瓶をみんなに差し入れ。
果実水を受けとって、ルーシカがキュッと飲み干す。
「体の疲れを癒して、またみんなの活力のために料理を作らないとね」
隣があいた一瞬を見計らい、恋人に体を寄せ、耳打ちする。
「ララベル、誘ってくれてありがとう」
そして湯船から上がって洗い場へ。ララベルの目の前を引き締まったおしりが横切っていった。
イルとアリエッタはルーシカより先に洗い場で肌を磨いていた。
「あとで蒸気サウナに行ってみましょう」
二人の雑談に混じりながら桶に水を張るルーシカ。
「ボクはオイルマッサージが気になるな」
「いろんなお風呂があるんだね。全部制覇してみたいな」
アリエッタは今までいくつかの温泉に入ったことがあったが、どこも珍しくてまだ飽きることがない。
「あのね……大好きだよ」
賑やかで楽しいいつもの仲間たちにララベルが告げた。
赤くなった顔は湯のせいだけではなく……。
「そうだわ。背中流しっこしましょ」
「えっ」
アルラの誘いに驚くララベル。
「ベルももう少し堂々としてても問題ないのよ」
テュリンがララベルの腕を抱えて引っ張る。ララベルはむにょんと腕にあたるなにかの感触のために抵抗を忘れてしまった。
湯気さんにかわってここから先は泡さんががんばってくれることだろう。
●空中露天風呂 その二
ストレガ・L・リベルガストラは、桶を持ち上げてざばり、と頭から湯を被った。
彼女の体からはほんのりと鉄の臭いがする。
ここに来る前に魔獣の生態調査をしたため、返り血を浴びたのである。
しかしここの湯にはもともと鉄分が含まれているため気にする者はいない。
(いい仕事だったのだ)
肩まで湯船に浸かってほぅと一息。
ふと見ると、桶を収納する棚の陰に隠れて、女性客をじろじろ見ているドワーフの男性客が。
ストレガは知性あるゴールディのゴブリンである。
男性客の女性をモノのように見定める行為を見過ごすことができず、そっと声をかけた。
「性別や種族で人を視るのは時代遅れだと気づくのだ」
急に知らない者に注意されて男性客は不快気な様子。
「温泉は最高なのに地元の男は駄目だ、とあれば温泉にも悪いイメージがつく。折角客が来たのに離れていく原因になる」
しかしここで持ち上げるストレガの一手。
「そう、ここの温泉は大陸一。そうだろう?」
温泉を流行らせれば、いずれ生涯の伴侶に巡り合うきっかけとなり、回り回って己のためになるとストレガは説く。
「研鑽するのだ」
男性客は去って行くストレガの名をたずねるが、ストレガは答えない。
ストレガはまだ世界を渡りたいからだ。
男性客が覗いていた女性客のいる場所のさらに奥。
髪をまとめ上げ、湯着に身を包んだサマエラ=フォリウムが湯に浸かっていた。
濃い湯気があるので向こうからサマエラは見えないだろうが、声は届く。棚のそばでのやりとりは聞こえていた。
(なるほど、意識によい変化が見える……。では……ふふ、一安心したところで、私もゆっくり過ごさせてもらおうか)
一応湯着を着ていても、サマエラは自分の容姿は他者に好まれるものではないと思っている。しかし先ほど男性客に覗かれていた女性客が、サマエラのすらりとしたスタイルをうらやましそうに横目で見ていた。
●食堂
食堂の壁には大きなニッチがある。
洞窟構造のこの温泉施設には珍しい、木造の設備だ。
今は季節の花や鍛冶の作品などが飾られているが、ここはかつて窓であった。
露天風呂から移動してきたサマエラは、無性に鍋料理を食べたかった。
(外から温めると、今度は内からも温めたくなるのだろうか……むむ)
しかし食堂のメニューは焼き料理が多い。
ホール内に煮炊きのできそうな暖炉があるのを見たサマエラは、中年女性の従業員に鍋と米酒と調理前の食材を求めた。
「アンタ、どうする気だい?」
従業員がサマエラのすることに興味を示した。
温泉と酒精で肌を上気させたヴィルヘルミナが食堂へ入ってきた。
「なにか名物でもありますか?」
「今、こちらのお客さんが面白いもの作ってるのよ!」
ヴィルヘルミナはとりあえず簡単なつまみを注文し、サマエラと従業員が調理をしているのを後ろから眺めていた。
しばらくするとハムと塩を振った新鮮野菜の盛り合わせが運ばれてきた。
邪竜の侵攻の真っ最中であり、悠長にもしていられないのだが、束の間の休養もまた次なる戦いの備えになるだろう。
「男の胃袋を掴もうとはいい心がけだな! がはは」
ヴィルヘルミナがちびちび飲んでいると、サマエラが男性客に絡まれていた。
自分でなんとかできるだろうとも思ったが、いい気分を害されたヴィルヘルミナは一言だけ投げかけることにした。
「ヤンチャは感心しませんね」
揉めごとを起こして追い出されるのは困るが、止めずにいて酒が不味くなるのも好ましくないと考えた結果がこの行動であった。
男性客は離れた席へと退散した。不機嫌そうではあったがその後はおとなしくしていた。
しばらくして、ベルク・オスマットが食堂へ。濃い灰色の銀髪が濡れているところを見ると、ひとっ風呂浴びたあとであろう。
つまみと酒をいくつか注文したあと、従業員に質問。
「酒ではない飲み物は何があるんだ?」
風呂上がりの水分補給には酒は適さないと考えたのである。
すると温泉水を冷やしたものをすすめられた。塩味と鉄臭さがあるので、飲みづらければ果汁や蜂蜜を加えてもいいという。
温泉水を飲みながら待っていると、酒とともに鶏肉のような形のまるごと魔獣肉の腹に野菜や芋を詰めてオーブンで焼いた料理が到着した。
テリを出すために蜂蜜のタレを塗って焼かれた皮はパリッとし、長時間かけてじんわり火を通した身はほろりと柔らかい。
濃い味付けの料理を酒でグイッと押し流すと、湯の熱でだるくなった体が生き返るような心地がした。
「風呂上がりの一杯は最高だ」
ベルクの飲みっぷり食べっぷりで、険悪になった食堂の空気はいくらか持ち直したようだ。
料理を平らげたあとベルクは宿泊施設へと移動。一眠りしたらまた湯に浸かるつもりだ。
●高温浴室 その二
ケン・Z・ブラッドリーは男湯で酒を飲んでいた。
天窓からはよく晴れた空が見える。
ヴィント奪還に成功したと思いきや浮上する次なる問題。学園を舞台にした権力闘争。邪竜の侵攻。
事件が立て続けに起こっている現状、休めるときに休まないといざというときに不慮の事故の原因となりかねない。
「束の間の骨休みになるだろうし、ゆっくりするか」
そう独りごち、空の杯に酒を注ぐ。
露天風呂と違って女湯時間で追い出されることのない高温浴室はいくらでも長風呂ができる。
ケンのあとから入り、先に出る他の客を何人も見送る。
●温泉街
ケンのうわばみと温度耐性をもってしても浴場の掃除時間はどうすることもできず。
ほどよく疲れもとれたところであったので散策することに。
ふと、地酒屋の女性店員に絡む高齢男性客が目に入たので、話し合いで解決した。
「今は休養できてるんだし、首は勘弁してやるか」
女性店員は助けてくれたお礼にと試供品を多めにケンに渡した。
エル=バ=ノイアンは軽く湯を楽しんだあと、周辺の土産物屋などを眺めながら散策していた。
変わった雰囲気の街といえばシャルガネ居住区だが、この街もまたユニークである。
製鉄の村だけあって、爪切りやナイフといった金物のクオリティは高い。
厚みのある鉄鍋をすすめる若い女性店員の声が耳に入るが、ノイアンが今求めているのは食事処であった。
「この鍋でワシの朝食を作らせてやる。ありがたく思……あだだだっ!」
女性店員にやたら上から目線で絡む中年男性客を認識するやいなや、ノイアンの体は勝手に動き、不逞の輩の関節を極めていた。
「さすが……ノイアンだ」
流れるような腕挫腕固 を見ていたのはシルヴィア・A・カペル。
湯上がりらしく、楽な――しかし見るものが見れば上質だとわかる――衣装をほてった肌にまとい、髪は濡れていつもより重く見える。
いつもなら軽く「君はいい男だね」と笑って言えたのに、なぜか今日は緊張して『いい男』という言葉が出てこなかった。
「ああシルヴィア、あんたも来てたのか。……いや、ちょっとな」
ノイアンは悪態をつきながら逃げていく男性客を無視してシルヴィアに向くと、白い髪を一房すくいとる。
シルヴィアは突然のことに心臓が撥ねる思いがした。
「……髪。きちんと乾かさないと」
肩にかけていたタオルでシルヴィアの髪を拭き始めた。
女性の髪に断りもなく触れるなど本来褒められたことではないだろう。しかしシルヴィアには、ノイアンが風邪をひかないようにと気にかけてくれての行動であるということがわかっていた。
(……大きな手だ)
タオルで頭が覆われているうちに、そっと深呼吸。
赤くなった頬を気とられないように冷ますと、何でもないように微笑みを作ってから言った。
「ありがとう。もう十分乾いたよ」
「……よし。ところで腹が減ったり、喉が渇いたりしていないか? 飯処を探しているんだが。よければ、一緒に」
「構わないよ。ここはお酒の品揃えもいいらしいしね」
歩きだす二人の距離は心のそれよりもわずかに遠い。
●貸切露天風呂 その二
「……おふ……ろ?」
コハクは自身のもふもふの尻尾を抱きかかえてふるふるしていた。
友人に誘われて旅行に来たのだが、温泉とは気づいていなかった。
コハクは水にトラウマがあり、風呂は大の苦手である。
「だだ大丈夫でしか? お水……お嫌いでしたね……。怖くない……ほら、怖くない」
友人であるララノアも、コハクを慰めながらもビクビクおどおどしていた。
ロビーでがくぶるしている二人に、受付でレンタルの湯着を受けとってきたネーヴェ・グラヌローザが合流した。
ネーヴェは一足先に来ており、すでにいくつかの浴場を堪能済み。
「ふふっ、貸切露天風呂だなんて贅沢ですわよね」
「しゅみません……おつきあいいただいて……」
ララノアはしょげながらネーヴェに礼を言う。
大きな風呂が怖いと、貸切露天風呂を希望したのはララノアであった。
浴場に入ると、秋の手前の山林を背景に石造りの湯船と洗い場が。
「ぉぉお背中流しましね! ……ネーヴェ様も!」
ララノアの申し出に、コハク、「やった」と小さくガッツポーズ。
「あら、ララノアさん、ありがとうございます。では、お言葉に甘えまして……」
それぞれ木製のいすに座って並ぶ。コハクとララノアの視線が一点に集中した。
「どうかなさいました?」
ゆったりとした、濡れても透けないほど厚い生地でできた湯着をまとってなお、その高さを隠しきれないネーヴェの連峰である。
コハクはクール狼である。が、一皮むけばお年頃の少女。自分の胸元と視線を数度往復させ、絶望。
コハクの様子を見て空気を読んだララノアがフォローした。
「ほら! 私も……ないですよ! ない……な、ぃ」
ララノアの段差は、完全に湯着に負けていた。フォローのつもりが自爆だったようだ。
「大きいのがいいのでしょうか? どうしたら大きくなるのでしょう……」
山の彼方のお空の遠くに思いをはせるララノア。
「えっ? お、お二方とも、……いえ、大きければいいというものでもないかと……!?」
二人の反応にネーヴェはおろおろするばかり。体のことはネーヴェにはどうしようもないのだ……。
「ど、どうしましょう……私も小さければよかったんでしょうか……」
どよんとしたムードの中で体を洗う三人。
「ぁ、お風呂気持ちいいでし……」
湯に浸かったララノアはとりあえず現実は棚上げすることにした。
「大丈夫ですよ、ほら、一緒に入れば怖くないですから……」
ガタガタ震えて尻尾を脚の間に挟み込んでいるコハクの手をとり、優しく一緒に入ってあげるネーヴェ。
「ふぅ、ここもいいお湯ですね……」
ネーヴェはほっと一息。空中露天風呂よりこぢんまりしているが、湯船は十分脚が伸ばせる広さがある。
湯の成分が白い湯着にしみこんで褐色に染まる。全身パックになってとてもお肌によさそうだ。
風呂上がり、脱衣所。
「ふふ、綺麗にできましたよ。これぞ魅惑のもふもふですね」
ネーヴェはコハクの尻尾を櫛で丁寧に梳き、絡まりや毛玉をとり除いたあと、猪毛ブラシでつやが出るまでしっかりとグルーミングした。
コハクの尻尾は三本ある。ネーヴェが手入れをしている間、同じようにララノアが別の尻尾をお手入れしていた。
「もふ! もふ! 楽しいです!」
つやふわになったコハクの尻尾にはしゃぐララノア。
コハクは苦手なお風呂で散々な目に遭ったものの、毛繕いしてもらえて結果オーライ。
三人が食事をとろうと移動する道中、フラム・アニムスとすれ違った。
「ネーヴェさんもおいでだったんですね!」
「フラムさんも温泉へ?」
二言三言会話したあと、フラムは待たせている友人のもとへ向かった。
●空中露天風呂 その二
「粽と一緒でも大丈夫なのだ?」
そうたずねるケモ度高めの獣人大福と相棒狼の粽を、ヒゲの生えたドワーフ従業員がじろりとねめつけた。
大福と一緒にいるフラムも、立派な尻尾を持つ狐獣人である。
「駄目ならそういうサービスを提案するのだ。依頼で来る冒険者のシューターも多いと思うし、皆相棒の疲れを癒してあげたいと思ってるはずなのだ」
従業員はチラリと時計を見る。
「ふむ。ワシは気にならんが、そういう客もいるのかもしれんな……。今日のところはそのまま入っていい。一時間後に掃除だから、あとの客から文句も出んだろう」
それを聞いて大福とフラムはハイタッチして喜んだ。
男湯の時間帯を狙ったのだが、偶然いいタイミングだったようだ。
「大福さん、俺お風呂セット用意しておいたよ。ジャジャーン!」
フラムが脱衣所で荷物を広げる。タオルが三人分。うち一人……もとい一匹分は大きいもの。そして石鹸、お風呂の定番・水に浮く黄色い小鳥。
「こっちはえーっと……」
よく冷えた竹筒。中身は果物のジュースである。準備すること母のごとし。
浴場に入った途端テンションが上がる三人。
「想像してたよりデカい風呂だなあ……! 崖からの眺めがスゲー!」
「シャルガネはあっちなのだ? こっちなのだ!?」
ふと他の客の迷惑になってないかとフラムは気になったが、ただでさえ客少なめの温泉の掃除前時間帯。誰もいないが、あとから入ってこないとも限らないので羽目を外しすぎないようにしようと自分を戒めた。
大福は粽をしっかりブラッシングしたあと湯船へ。
小鳥の玩具や手で水鉄砲して遊んで、賑やかに入浴を楽しんだ。
風呂の掃除時間、すなわち夕食時。
食堂のおすすめは鉄鍋でじっくり野菜と塊肉を蒸し焼きしたもの。粽のためには味付けなしの生の肉を。
しかしこの肉は牛や猪ではないらしい。
「えっ魔獣の……? 勇気を出すのだ!」
「いただきます」
オカン属性を発揮したフラムがサラダをとり分け、いざ実食。
「んんっ! 美味しいのだ!!」
食事のあと、明かりがともり始める土産物屋で。
「やおよろず亭の大福なのだ~!」
しっかり営業する大福。
商売をよく知らない地元の人は、大福のやり方に強く興味を示したそうな。
マスターコメント
ご参加ありがとうございました!
字数足りませんでした。
このまま永遠にイチャイチャとラキスケと飯テロを書いていたい……。そんな思いでしたためました。
お楽しみいただければ幸いです!
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない25 / 4〜25人
2021年09月12日 09時35分29秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
(気持ちよさそうに温泉に入ってのびのびとしている)おい、お前(アーシェル)も来いよ!気持ちいいぞ
(隅の方に浸かってしっかり飲んだくれている)はーーおいし…………