雨の街の過ごし方
崎田航輝
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シナリオID:1079
オープニング
さらさらと、撫ぜるような優しい雫が注ぐ。
青灰色の空は薄い雲のヴェールがかかったように、淡くぼやけて陽光を覗かせない。
遠くを見れば、雲は何処までも続いていて――それは街がまだまだ、晴れ間から遠い時期にある証左でもあった。
――尤も、それはここ同盟都市ラウディアにとっては日常でもある。
並ぶ家並みは雨を弾きやすいように加工され、石畳は水はけがよく造られている。歩む人々も雨よけのケープを羽織り、急ぐ様子もなかった。
山岳を背にするように位置するこの街は、海からの湿った風が留まるせいもあってか、その空に常に薄雲を抱いている。
雨の季節でなくとも他の都市に比して降雨が多く――今の時期に至っては、晴れ間がほとんどないと言ってもいい状態だった。
故に、人々は雨と隣り合った生活を送っている。
不便を感じて、農地は遠くに持つ農家などもいるが……逆にこの穏やかさと涼やかさに惹かれて移り住むものもいた。
雨に濡れた景色と、静やかな空気。
それは美しく平和な街であった。
とはいえ、ラウディアは観光地としてはポピュラーではない。
「それでも、街の魅力を広める事は出来ないでしょうか」
と、話し合っているのは商会や役場の人間達。
屋根のある開けた集会所から街の景色を見つつ会議をしていた。
「来てもらえれば楽しめる場所も多いですし。まずある程度人を呼べないでしょうか?」
「有名でない分、それ自体が難しそうですね」
彼らは言いつつ、悩む。
街の魅力は、自分達でもあるとは思っていた。
今の時期には美しい紫陽花が咲き、雲が薄い時には太陽の光が滲んで大きな虹を見る事も出来る。
少し山へ歩けば月の光による虹が望める事もあり、また、雨の街だけあって屋内で楽しめる制作体験の施設も充実していた。
ただ、その魅力を発信できるだけの知名度がないので困っているのだ。
「――では。彼らを呼ばせて頂いては如何でしょう」
と、一人が言った事に、皆は疑問を浮かべる。
それから徐々に、言わんとするところを理解して――良い案だと笑顔を見せていた。きっと彼らなら街を楽しみ、その魅力を感じ取ってくれるだろうからと。
そして数日後。
観光に招かれたのは――冒険者達。
穏やかな雨が注ぐ街を、それぞれに歩み出していた。
青灰色の空は薄い雲のヴェールがかかったように、淡くぼやけて陽光を覗かせない。
遠くを見れば、雲は何処までも続いていて――それは街がまだまだ、晴れ間から遠い時期にある証左でもあった。
――尤も、それはここ同盟都市ラウディアにとっては日常でもある。
並ぶ家並みは雨を弾きやすいように加工され、石畳は水はけがよく造られている。歩む人々も雨よけのケープを羽織り、急ぐ様子もなかった。
山岳を背にするように位置するこの街は、海からの湿った風が留まるせいもあってか、その空に常に薄雲を抱いている。
雨の季節でなくとも他の都市に比して降雨が多く――今の時期に至っては、晴れ間がほとんどないと言ってもいい状態だった。
故に、人々は雨と隣り合った生活を送っている。
不便を感じて、農地は遠くに持つ農家などもいるが……逆にこの穏やかさと涼やかさに惹かれて移り住むものもいた。
雨に濡れた景色と、静やかな空気。
それは美しく平和な街であった。
とはいえ、ラウディアは観光地としてはポピュラーではない。
「それでも、街の魅力を広める事は出来ないでしょうか」
と、話し合っているのは商会や役場の人間達。
屋根のある開けた集会所から街の景色を見つつ会議をしていた。
「来てもらえれば楽しめる場所も多いですし。まずある程度人を呼べないでしょうか?」
「有名でない分、それ自体が難しそうですね」
彼らは言いつつ、悩む。
街の魅力は、自分達でもあるとは思っていた。
今の時期には美しい紫陽花が咲き、雲が薄い時には太陽の光が滲んで大きな虹を見る事も出来る。
少し山へ歩けば月の光による虹が望める事もあり、また、雨の街だけあって屋内で楽しめる制作体験の施設も充実していた。
ただ、その魅力を発信できるだけの知名度がないので困っているのだ。
「――では。彼らを呼ばせて頂いては如何でしょう」
と、一人が言った事に、皆は疑問を浮かべる。
それから徐々に、言わんとするところを理解して――良い案だと笑顔を見せていた。きっと彼らなら街を楽しみ、その魅力を感じ取ってくれるだろうからと。
そして数日後。
観光に招かれたのは――冒険者達。
穏やかな雨が注ぐ街を、それぞれに歩み出していた。
解説
●概要
同盟にある都市ラウディアへ観光に招待されました。
街の中にて、好きに過ごす事が出来ます。
時間帯、訪れる場所などは自由です。
●ラウディアについて
同盟の山に近い位置に存在する、雨に映えるような色とりどりの屋根の家並みが美しい都市。
雨が多く、今回も雨が降っている状態です。
街としては建物の密度は高すぎず、自然の豊かな道や公園を挟んだ造りになっています。
●出来る事、立ち寄れる場所
街の中であれば自由ですが、以下に例を記載します。
傘は普及していませんが、雨よけのケープや帽子等を自由に借りる事が出来ます。
1.制作体験
陶芸、装飾品、ぬいぐるみなどの手芸、料理教室、絵画教室など、様々な制作体験の施設があります。
施設は店も兼ねており、アクセサリや工芸品などを買う事も出来ます。
2.食事
涼しい気候という事もあり、暖かなスープや鍋、エネルギーのつく肉料理の店などが多く立ち並んでいます。
屋根のあるテラスで雨音や景色を楽しめるカフェなどもあります。カフェでは主にパフェなどのスイーツが人気なようです。
3.散策
街には雨が降っていますが、出歩けない程ではありません。
道端や公園には紫陽花を中心にした花が咲いており、美しい景色が各所で垣間見えます。
空の雲が特に薄くなる時には、大きな虹も見えるようです。また、夜間の山道では月の虹を見る事が出来るタイミングもあるようです。
マスターより
同盟の都市に招かれての観光シナリオとなります。
制作体験の施設は、列挙した以外にもありそうなものは探せば見つかるので、行きたい施設があれば探してみても良いでしょう。
また、示した以外にも普通の街にありそうな場所や施設はあるので、自由に過ごしてみて下さい。
同行者がいらっしゃる場合は、お名前や共通のグループ名(人数なども併記して下されば確実です)などを記載して頂けると助かります。
皆様のプレイングを、心より楽しみにお待ちしております。
リプレイ
静かな雨に家並みが美しく燦めく。
そんな景色の中を、ヨル・スレイマンはナハシュを連れて歩み始めていた。
「で、何処いくんだよ」
「パフェなるものがあると聞いてね」
引っぱられながらのナハシュの問に、ヨルは期待の声を返す。
「果物をいろんな種類取り合わせたものらしい。で、小綺麗で洒落たカフェなんだよ」
袖までケープで覆った手で指すと、その先に店が見えてきた。硝子の屋根が美しい、テラスのあるカフェだ。
「ラウディアは街並みも綺麗だし良いけど慣れなくてね。付き合ってもらいたいわけさ」
「まあ、いいけどよ。大男二人じゃ寧ろ目立つと思うぜ」
「……一人じゃ入りにくいだろ」
ヨルはそうとだけ返して引っ張ってゆく。それで余計人目につく事は、あまり考えずに。
ナハシュは雨避けせずいつもどおりの半裸だったので、店の前で拭ってから……共に席についた。
「一番大きなパフェを二つ」
ヨルは迷わず注文。飲み物は紅茶にして、短い待ち時間を楽しみに待つ。
ナハシュもメニューに文句は言わない。つられてしまったのかどうか、最近自分も果物にハマっているからだ。
「お、来たぜ」
ナハシュが目をやると……置かれたのは大きな逆円錐の器。
「これは華やかだな」
ヨルは思わず目を輝かす。
たっぷりのクリームに、苺が花のように飾られている。
メロンやマンゴーも大ぶりで、オレンジやベリーが彩りを添えていて。ワッフルとアイスものっていて見た目に楽しい。
果物もクリームも旅先では貴重なもの。圧倒されつつ、ヨルは一口食べて――
「おいし…………すごいな」
感嘆を零す。果実は新鮮、クリームは滑らかで。
「あむ、あむ。人気スイーツになるはずだ」
それから黙々と、幸せそうに食べ進める。
頬杖をついて眺めるナハシュは、呆れを通り越して感心の面持ちだ。
(ホント果物好きだなこいつ……)
ただ、自分でもクリームを掬って口に運ぶと――
「ん、こいつはいい」
芳醇な程の甘さに舌鼓。
苺やメロンを一緒に食べると、美味が幾重にも重なって。
「これが奢りなんて最高だな」
自身も人の事が言えぬほど、表情がほころんでいるのには気づかずに。
「美味いもんだな」
「そうだろ?」
そんな言葉を交わしつつ、二人はゆるりとした時間を堪能した。
ぽつぽつと、雫が硝子屋根を鳴らす。
その音色を聴きながら、コルネリウス・アーラとイズレンディル・パラリムはカフェで雨宿り。軽食を楽しんでから、雨脚が弱くなれば――
「行きましょう?」
「そうですね」
二人は手を繋いで散策へ。
優しい冷たさを感じる中――虹探しへと歩み出した。
水彩で描いたように、色彩が潤う家々や花。美しい景色を眺めながら、コルネリウスはやわい笑みを見せている。
「綺麗な街並みですね」
「ええ。それに、涼しくて気持ちが良いです」
雨は止んではいない。けれどイズレンディルはその感覚も楽しむように手を伸ばし。
「濡れるのも好きな方でして。コルネさんはいかがですか?」
「イズさんと一緒なら……雨に濡れるのも楽しいです」
触れる雫のように衒いなく、澄んだ言葉を紡ぎながら。
コルネリウスは空を仰いでいた。
「虹は神が地上を覗く為の架け橋なのだと、父は言っていました」
だから虹を見られたら、空に願いが届くのだと。
「そのような逸話があるのですね。では虹を見つけたら手を振ってみましょうか。神様に見て頂けるかもしれませんし」
イズレンディルがそう応えて、程なく。
淡い光が視界に映り、コルネリウスは瞳を仄かに輝かす。
「あ、見えましたね……虹……! 大きいです!」
家並みが途切れた花々の間。色彩に満ちたその公園の空に、丁度七色が架かっていた。
足を止め、イズレンディルもそのアーチを見上げる。
「大きくて綺麗ですね! きっと、良い観光名所になります」
言いながら、片手を振って――願い事を祈った。
――虹から見える地上の人々に幸せを。
――そして私達の幸せな生を見届けて頂けますように。
その願いが何より彼らしくて、コルネリウスは思わず微笑む。
そして自分も手を振って願いを昇らせた。
「イズさんの優しい願いが、届きますように!」
――私も、願う事は貴方と同じだから。
思いながら、コルネリウスはイズレンディルを見つめる。
「一緒に見る事が出来て、幸せです」
「私もです」
イズレンディルも心から応える。これから先、共に過ごす幸せを二人で沢山作っていこうと、そんな想いを込めて。
「これからも宜しくお願いしますね」
「はい、これから先もずっと……よろしくお願いします」
また雨が降ったら、一緒に虹を。
雨の日の幸せが増えた、その喜びを胸に……コルネリウスはまたイズレンディルと手を繋ぎ、歩み出す。
優しい緑に、暖かな橙色。
可憐なケープを纏ったアリエッタ、そしてテュリン・ヴィングと共に――ララベル・サン・ディーベルは散歩を始めていた。
すると家並みは鮮やかで、涼風も穏やかで優しくて。
「今日は一緒に来てくれてありがとう」
「うん、ララベルが誘ってくれるならどこでもいくよー♪」
アリエッタはぱしゃぱしゃと水たまりを踏みながら応える。
こうして雨下を歩くのは嫌いじゃない。それは一人でもそうだけれど……一緒に歩いてくれる人がいるとまた違った思いがして楽しいのだ。
テュリンも頷く。
「これだけいい景色だと、来てよかったと思えるわ」
言って視線を遣る先には、花の咲く公園があった。
二人の言葉にうん、と笑んでから……ララベルはそこへ歩む。色彩豊かな花々が広がって――中でも美しい紫陽花が目に留まった。
「見て見て、すごく綺麗――」
清楚な蒼色に、可愛らしい薄紅。
同じ紫陽花でも風合いが異なって、にこっとララベルは笑む。
「蒼はテュリン姉に、紅色のはアリエッタに似合いそう」
「あら、ありがとう。ベルにも似合ってるわよ?」
言ってテュリンが、二色を混ぜたような紫を示せば――その美しさに、ララベルはありがとうと笑顔を返していた。
それから家並みに戻った所で――突如、強めの風。
瓦屋根に溜まっていたものだろうか、多量の水が煽られてきて……ばしゃん! 三人の全身に降りかかる。
「わっ! 二人とも、だいじょ……」
びっくりしたララベルは、途中で声を止めた。ケープも通す程の水量が、テュリンとアリエッタの服を透けさせて……下着と体のラインを露わにさせていた。
「……!」
ララベルは顔を真っ赤にしつつ……テュリンの視線を感じて慌てて目をそらす。
「あっ、み、見て、虹だよ……!」
「今更目そらしてもダメだからね……さらっと誤魔化すのもナシ」
テュリンがため息をつくと、ララベルは「ご、ごめん」としゅんとする。そんな傍らで、アリエッタは虹に見入っていた。
「すごくきれいだね」
「そうだね。大きくて――いつか渡ってみたいな」
ララベルも呟きながら暫し虹を見つめて。
また散策をして――日が落ちると山道へ。月虹を求めて薄明かりの下を歩んでゆく。
「見えるかな?」
自然豊かな坂道を、アリエッタはきょろきょろと楽しみにしながら探索。すると少し木々が開けた遠景に――現れる七色の光。
淡く、幻想的で。ララベルはわぁ、と感嘆の吐息を零していた。
「初めて見た……本当に、お月様にも虹ってかかるんだ」
「そういえば、虹って違う世界へ通じる橋っていう話を昔師匠から聞いたわね」
テュリンはその輝きを見つめながらふと呟く。
「だとしたら、月はその何処かへ通じる扉なのかしら。もし本当なら――そこに行ってみたいわね」
「ん……そうだね」
ララベルはふとそんな隣を見る。
するとテュリンと共に、アリエッタも虹の美しさに感動してじっと空を見つめていて。二人の綺麗な横顔に、ララベルはどきり。
「? どうかしたのー?」
「う、ううん! 別に……!」
アリエッタの言葉に首を振って、ララベルは視線を戻すのだった。
「――すごくきれいだったね!」
山を降りると、アリエッタは朗らかな笑みを見せる。
「さそってくれてありがと、ララベル」
「私も楽しかったわ」
二人の言葉がララベルには嬉しくて。うん、と頷きながら……休息にと、次は食事の店へ向かうのだった。
しとしとと静かな雫が窓を濡らし、夜の町並みを潤してゆく。
そんな景色を眺めながら、サマエラ=フォリウムは小さな店でスープを飲んでいた。
優しい味わいに体を温めながら、ふと店主に話を向ける。元より雨は嫌いではないけれど、と。
「こうして街並みに溶け込んでいるのを見ていると、美しさが際立って……一層、良きものと映るな」
「私もこの眺めが好きです。今なら月の光で虹も見られると思いますよ」
「月と虹、か。それは一目見ておくべきだな……ありがとう」
サマエラは礼を言うと店を辞する。
そして新緑色のケープを羽織って雨中へ出ると、山道へ出た。
すると深い夜に沈む木々の間で――
「……ふむ」
空を見上げると、高く架かる七色が見える。
「足を伸ばしたのは、正解だった」
夜空と仄かな雨が作る光の芸術。
色合いの落ち着く夜の中に在って、それは強く存在感を放っていた。
同時にそれを形作る月の光もまた、負けぬ程に美しくて。自然が作り出す輝きの協奏にサマエラは静かに見入る。
「……良い経験になったな」
この景色を覚えていこう、と。
心に留めるよう、じっと見つめていた。
今夜なら山で月虹を見られるかも知れない。
そんな話を耳にして、キーゼとネーヴェ・グラヌローザは山道へ歩み出していた。
ケープで雨を除け、ランタンで道を照らしながら――ネーヴェは声音に期待の色を滲ませる。
「どんな風に見えるんでしょうね」
「ええ……なかなか見る機会もないですからね。貴女とのいい思い出になりそうです」
キーゼも外套を着込んで濡れないようにしながら、しかと夜目を利かせて安全も確認していた。
それでも、辺りは自然の色濃い景色。
故に、とキーゼはそっとネーヴェの空いている手を取る。
「夜道は危ないですからね。離さないでくださいよ?」
「……はい」
ネーヴェはとっさに反応出来ず……俯いてフードで顔を隠すばかりだった。
そのうちに、道沿いに植えられた紫陽花が見えてくる。ネーヴェは表情を華やがせた。
「こんなに沢山……見事なものですね。確か、土壌によって色が変わるのでしたか」
「青色に紫色、ここには両方あるようですね」
「ええ、どちらもとても綺麗――」
ネーヴェが楽しげに眺める、その様子をキーゼは眺めつつ頷く。
「夜闇の中で花を愛でる、というのも貴重ですね。……尤も、一番綺麗な花は隣にいますが」
「……っ。もう、またそんな風に……狡いです」
言葉に仄かに赤らんだネーヴェは、羞恥心を隠せずに、少し拗ねたように視線を逸らしていた。
と――気づけば雫の冷たさがなくなっている。
仰げば雲が薄まって雨が止んでいた。そしてその隙間から差し込む月光に輝く――七色の架け橋。
「キーゼさん! ほら、見て下さいまし」
ネーヴェは瞳を輝かせてそれを指す。
「幻想的でとても綺麗……!」
「なるほど、これは……」
並び立つキーゼも、仰いで小さく息を呑む。
淡い光は決して眩くはない。けれど暗い空に、確かに美しく燦めいていて。
「……この依頼を準備してくれた方に感謝しないといけませんね」
「そうですね。本当に――」
頷くネーヴェは、そのキーゼの様子に少し笑みを零す。
「ふふ、こうして一緒に見ることが出来て嬉しいです」
「私もですよ。また、二人で見に来ましょう」
キーゼが言えば、ネーヴェは勿論、と頷いて。
静風と月光の下――二人はその輝きを暫しの間、見つめていた。
目で捉えた世界は一瞬だからこそ、美しくとも二度出会えないものだろう。
けれど――それを形に残して共有する事は出来る。
「この眺めは、いいな」
だからラーナフは杖と盾で簡易の雨宿り場を作り――絵を描いていた。
公園の一角、花と家々が見える場所だ。
「……よし」
まずは白黒で一枚。それだけでも輪郭や陰影を捉えた巧みなものだったが――色とりどりのインク、そして鉱物や花から作った絵具を使ったものも描いた。
それは生き生きとした色彩が美しい一枚で。
「こんなものか」
指が絵具で汚れ、服が雨に濡れても気にせずに。満足すると、また歩んでは絵を描いた。
雨上がりの虹も描いたけれど……ラーナフはそれで終えずに夜、山道へ。
その空に幻想のような七色――月虹を見つけるとまた筆をとった。
それを描く時を一番の楽しみにしていたから。
「……君と見たかったよ」
瞼の奥で笑う、今は亡き愛しの君に呟く。
「でもそれは叶わない。だから代わりに土産話の一つにするよ」
そうして淡い光を余さず描いた。
完成すると、暫し虹を眺めて。自生する紫陽花の絨毯から、絵具用にと少しだけ採取もさせて貰ってから――ラーナフはその場を後にする。
「美しい街ですね」
「……うん。とても、綺麗」
雨滴に燦めく街を、セロンガード・シュタインドルフとティトは進みゆく。
ティトは袴を穿いた上品な和装の上から、ケープ。勿論それだけでは雫を防ぎきれず、ぽつぽつと濡れるから――こうして歩く事にティトは昔を思い出す。
「……」
ただ、その時はいつも一人だったけど、今は隣に並ぶ人がいる。ふとその視線に気づいたセロンガードは……前を指した。
「カフェ、寄っていきましょうか」
その店のテラスは澄んだ硝子の屋根がかかっている。
足元の石畳は溝から雨が流れてゆき、滑らぬよう加工されていた。
「雨天に順応した都市というのは興味深いものですね」
「……ん」
ティトは応えつつ、注文したパフェをつまむ。
街の眺めもいいものだけれど、そこでセロンガードと過ごせる事が嬉しい。セロンガードも静やかな表情を仄かに和らがせ、自分も甘味を味わった。
そうして暫しゆるりとした時間を過ごし――日が落ちれば山道へ。
ひとけがなくなる中……二人は隣り合って歩みつつ、敢えて口は開かずテレパスを使った。
『月の虹、楽しみですね』
『どんなふうに見えるか、気になる、ね』
心に聞こえる、お互いだけの声。
静かな雨音の中で、余人が決して知る事の出来ない言葉で触れ合いながら――二人は上方の視界が開けた場所に出た。
するとその空に輝くのが――
『本当に見えましたね』
『すごい。七色がちゃんと判る、ね』
彼方から彼方へ架かる月の虹。光は薄っすらとしているけれど、確かに美しい色彩を見せていた。
『少し座って眺めましょうか』
近くの木陰に乾いた岩場を見つけて、セロンガードは腰掛ける。
すると頷いたティトは……隣ではなくその膝の上に座った。
セロンガードは一瞬だけ驚きつつも、受け入れてその頭を撫でる。子供扱いされる事は嫌がるだろうけれど、自分がそうしたいと思ったから。
「……」
ただ、ティトも撫でられて心地良さげな面持ちだった。触れる事が嬉しくて、出来る限り引っ付いていたい……なんて思うから。
だからそのまま背を預け少し角度を変えて、彼の匂いをくんくん嗅いだり、顔を埋めたり。
セロンガードもそれを好きにさせてあげた。その内にティトが眠りそうなら、膝枕をしてあげて。
(……いつ、こう出来なくなるかもわからないですから)
だから今だけは暖かさをあげたい。
そんな思いと共に、静謐のひと時を過ごしてゆく。
決戦に向けて慌ただしい折、誘われた雨の街。
屋根の外に手を出して、雫の冷たさに触れながら――アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは隣に目を向けていた。
「それで、誘った以上はエスコートもしてくれるのでしょう?」
「勿論」
応えるのはナタリア・フィッツジェラルド。
自身はケープを羽織り、アウレーリアもしかと雨を除けられるようにして――今日は従者として全うする心づもりだった。
そんな熱意にも似たものは、アウレーリアの方も感じている。
元々、彼女が珍しく積極的だったというのもあるし――
(まぁ、たまには従者の我儘を聞くのも主の務めかしら)
殆ど形だけの主従故にこそ、こんな機会も大事にしたかった。
そうして歩む道は滑らず歩きやすい。家並みも雨に艶めくと一層美しくなって。
「雨の降りやすい地を逆手に取った景観、か――こうした気候も観光に役立てようという気概を感じるよ」
「そうね。あまり他では見ないし、珍しいわ」
「湿気が凄そうだから、避暑にはキツそうだが……」
そんな言葉を交わしつつ小径をゆく。
道端には蒼と紫の紫陽花や、上品な桔梗、清廉な撫子も咲いていて――アウレーリアは時折屈んでそれらを見つめる。
「綺麗ね」
「おや、かたつむりだ」
ナタリアが葉の一片に見つければ、アウレーリアもあら、と暫し観察。童心に帰ったような時間の中――雨音と景色を楽しんだ。
休憩に食事処に寄ると、ナタリアが見つけた鮭と茸のホイル蒸しを注文。
「遠くに出向くと、こういった幸は楽しみだな」
「ええ」
香り高い湯気を楽しみ、柔らかに色づいた身を堪能し。
散策を再開すれば――ふと空に架かる七色の光。
「虹か。晴天が少ない分、この美しさを日々楽しめるのだろうな」
「毎日のように虹を見られるなんて、いいわね」
アウレーリアも仰ぎながら、一度深く呼吸をした。
戦場にばかりいると、平和な静けさを忘れてしまいそうになる。だからこの穏やかさが新鮮に思えて。
ナタリアがそれを知っての事かは判らないけれど――今は彼女に感謝したい気持ちだった。
「せっかくだから、お土産を買っていきましょう? 今日の記念に」
ナタリアがそれに頷けば、二人で装飾品の店へ。
「私、あのガラス細工のアクセサリが良いわ。お揃いはどう?」
「アウレーリアが気に入ったなら」
どこか雫を連想させる、澄んだ美しさのそれを選んで――お揃いで購入。思い出も手にして、二人は歩み出す。
「この都市をメジャーにしたいって事か」
「ええ」
カルフ・オルヴォは役場の者の案内を受けつつ、観光がてらに歩いていた。その青年はどうでしょうかと見回す。
「街の、景色は?」
「確かに雨に映えて美しい。だがそれだけでは弱くも感じる」
カルフは客観的に、地元民にない視点を指摘しつつ提案した。
「人はロマンに釣られる。『童話の国』とか、二つ名を付けてはどうだ?」
「成程。判りやすくて、訴求力もありそうです」
青年が感謝して去ってゆくと、カルフも散策を再開しようとして――
「降りが強くなってきたな」
ケープでも防げぬ程。
ひとまず近場の図書館に雨宿りに入ったが――
「参った……本を濡らしてしまうな」
図書館でセオ・ウルジオは本の頁を捲っていた。
寝たきりだった頃、雨が好きだった。その時を少し思い出すようでもあって。雨音の中で本を読むと幻想的で快い。
「いい場所ですね」
沢山の蔵書に、窓に外の紫陽花。美味しい紅茶。
「読書が好きな人には最高じゃないかな……おや?」
と、そこで新たな訪問者。濡れて困っている――カルフだ。
セオはタオルを渡す。
「良かったら使いますか?」
「……ああ、済まない」
カルフは礼と共に受け取り――つい、セオを見つめた。命を捧げた主に似た面差し……それを少し、思わせるようで。
一度視線を逸らし、まずは雫を拭う。
セオは読書に戻っていた。それから次の本を取ろうとして、高い場所にあって中々届かなくて……と。
大きい影が落ちる。カルフが取ってくれていた。
「ありがとう」
礼を言って読み始める、けれど古語が多くて難しそうだ。
そう思っていたら……ふとカルフが覗いて「ここか?」と、すらすらと口ずさんでいた。
「え? 読めるんですか!?」
「長く生きてれば知識も増えるからな」
少し、世話を焼きたい気持ちもあったかも知れない。
それにセオは笑顔を返していた。
「僕セオって言います、良ければ読み方教えて下さい」
「ああ」
そうして暫し、共に本を読む。
セオは少しわくわくと、カルフは共に居るのが心地良いと思う相手に、久しぶりに出会ったような気持ちで。
「あ、月の虹が出ています」
セオが窓から仰ぐと、その美しさにカルフも目を留めて。
「美しいものだ」
「ええ。……カルフさん、ありがとうございました」
セオは心から言った。
素敵な場所での素敵な出会いだった。だからまた来たいと、そう思いながら。
静かで優しい雨。
ララノアは街を歩みながら、その音色に愛しい人を想っている。
彼から心を告げられてはいないけれど。
(いつも……私を想ってくれる……)
言葉が、ぬくもりが、あの人の心を伝えてくれる。その度に怖いくらいに幸せになってしまう。
辛い事も、怖い事もあったけれど。あの人がいれば大丈夫だと――そんな風に思えるのだ。
ふと道端の花を見下ろす。
「ひたむきな愛情とは……紫陽花の花言葉にもありましたね……」
優しい雨と同じ名前のその人の事を……白い紫陽花にポソリと呟く。
「大好きですよ……」
それから、はっとする。
「ぁ! エミリア様との待ち合わせ!」
エミリア・シバは宿の窓から外を眺めていた。
雨は嫌いじゃない。
澄んだ雫がヴェールになって、奏でる音が周囲に溢れて。少しだけ、そこに自分だけの空間を作ってくれるから。
そこでは人を殺すという仕事していた『私』を、少しだけ出せるから。
「……」
なんで自分はこんな仕事しているのかと――家を出る切っ掛けになったのも雨が降っている日だったから。
「この街みたいに優しい雨ではなかったけれどね」
呟いてから、不意に時計を見て驚いた。
「って危ない、ララノアちゃんとカフェ巡りに行く時間だわ!」
外に出たエミリアを、ララノアはすぐに見つけた。
その様子が少し普段と違う気がして――ララノアはその手を取って、繋いだまま引っ張ってゆく。
「エミリア様、向こうにカフェを見つけたんです、行きましょう!」
「あら、もう?」
エミリアの言葉にララノアは頷く。
「楽しみですね!」
「――ええ」
エミリアは微笑む。
ララノアを見ていると、その可愛さに毒気が抜けるような気分で。折角だから楽しまないともったいないという気持ちにもなった。
そうしてカフェに着くと、早速パフェを注文。たっぷりの苺やメロンに、二人は瞳を輝かせ――
「はむ……とっても甘いです!」
「本当ね。美味しいわ」
笑み合い、パフェ探しを続けてゆく。
エミリアはそのまま今日は存分に楽しむと決めた。
(『私』とおねえさんが、なんて分けて考えなくなる日まで――楽しく生きてやるんだから!)
そんなエミリアを見て、ララノアも少し安堵。友達が笑顔でいてくれるのが嬉しいから――自分もまた、花のような笑みを見せていた。
屋根のある道を辿れば、濡れずに街を進む事も出来る。
サシャ・テーリングはその先にあったカフェにふらりと立ち寄ってみていた。
「綺麗な場所ね――」
テラスは硝子屋根が降り注ぐ雨滴に艶めいて、雨音もよく聞こえる。外とも地続きだから景色もよく見えて――その一角に座って甘味を頂く事にした。
「おすすめは、在るかしら?」
注文したのはそれに店員が応えてくれたパフェと、紅茶だ。
農作物には難しい土地でもあるが、これは雨に強い地元産の茶葉のものだという。一口すすってみると……生命力の強さを感じさせる甘さと香り高さだ。
「ん……素敵な味ね」
それからパフェを頂く。
苺とメロンをメインに、果実とクリーム、アイスと沢山のっている。食べると果実は果汁が溢れる程で、クリームもアイスも上品だ。
「美味しいわ」
それを堪能しつつ、サシャは雨音に耳を澄ませてもいた。
「この音で音階を出せたら曲にできそうね」
小さくイメージを口ずさむ。
激しい雨でアップテンポになったら、心も躍りそうだ。そうなったら雨降りが楽しみになりそうだと、空を眺めつつ。
「おかわり、頂けるかしら?」
もう暫し、サシャは雨下の時間を過ごしてゆく。
「おぉ、すげえな……」
色彩も形も、美しく整った街。
まだそれに少し慣れなくて――ダムド・フィリスは歩みながら視線を巡らせていた。
授恵者となった事で、綺麗な景色を見られるのも珍しくはなくなった。
それでも育った環境と経験が自分の中にはいつまでも在って……こういう場所に来るたびに、不思議な感覚だ。
「隅々まで綺麗だ……スラムじゃ考えられねえな」
特に目を引かれるのは、食べ物だ。
食に不自由してきた身としては、目に映るもの全てが美味しそうに見えるから。
「えっと、この一番安いやつを!」
ためらいつつも、屋台で串焼き、そしてパンを購入。
一口食べると、溢れる肉汁と柔らかな麦の味に感動して……はぐはぐっ、とがっつく。スラムで満たせなかった空腹をいっぱいに満たすように――夢中で食べきった。
「ここでこんなに美味いなら……あの店なんかはもっとだろうな――」
と、見るのは戸建ての高級店だ。
今はまだ、手が届かないけれど。
(何時か入ってやる!)
ぐっと拳を握って、希望を抱くように。ダムドはひとまず次の屋台探しへ歩いてゆく。
注いだ雨が、優しく硝子の屋根に触れては流れてゆく。
そんなカフェのテラスの席に、ルベア・ベルニは座っていた。
「本当に、雨が続くのね」
テーブルの上には温かい紅茶と、彩り豊かで豊かなフルーツタルト。それを時折口にしつつ、肩肘をつきながら一人、ぼんやりと時を送る。
外を見れば、道行く人の流れ。
この街では雨でもよく人が行き交って、時に賑やかな程だった。それを見つめながら――ルベアが想うのは最近の事。
最初は、人としても冒険者としても強くならなきゃと思っていた。
でもそれだけじゃダメなんだと、周りの冒険者を見て感じるようにもなった。
「……」
こんなふうに何でもない時間を過ごすのも時には必要で。
そう思うと――誰かが身近にいる、という事がちょっと羨ましく思えたりして。
「……何を考えてるんだろう、私」
吐息が少し、雨の空気に冷やされたように冷たい。
気づけばカップの中も皿の上も空になっていた。
「少し、歩こうかな」
今は前にある道を、と。
ルベアはフードを被り、気晴らしも兼ねて散策へ歩み出す。雨は防ぎきれはしないけれど、触れる雨粒はどこか優しかった。
ライラック・I・フローレスは陶芸教室を訪れていた。
装飾品や手芸もいいけれど、折角なら初めてのものに挑戦したかったから。
「……どういうものなんだろう?」
わくわくしながら、町人や少数の観光客と共に早速、庵の卓につき――粘土を練り始める。
「こうやって、こねればいいのか?」
「ええ。空気を抜くようにして――」
教えてくれる陶芸家に従って、ライラックも小さな手で一生懸命練って。そのうちにろくろにセットして、簡単な器を成形し始める。
「水をつけた手でやるんだな」
「そうです。力を入れないよう注意して――」
実践する陶芸家の手元も見つつ、ライラックもチャレンジ。最初は加減が難しくぐにゃりと曲がってしまうけれど……段々慣れてきた。
感触も中々心地よくて――浅めの器が出来た。勿論、完全とは行かず少々歪みはあるけれど、それもご愛嬌。
後は乾燥、素焼きを経てから日をまたぎ、釉薬を塗って本焼き。
「おお、これが私のつくったものか」
出来上がった器や、同時に作った花瓶や皿も手にとって。素朴だけれど温かみのある、そんな色味をライラックは満足気に見つめていた。
穏やかな雨が降っている。
そんな空を見上げてから、エル=バ=ノイアンは視線を隣に移す。
「……雨の街であんたと過ごすのは、これで二度目か」
「ん、そうだね」
応えるのはシルヴィア・A・カペル。同じ雨下でも違った町並みと、ノイアンの姿を見つめていた。
その内にノイアンは屋根の下から出る。
「少し……歩きたい」
「良いよ、付き合おう」
君といるのは楽しいから、と。
シルヴィアはケープを彼にもしっかり羽織らせて――共に山道へ赴いた。
日も落ちる時刻、自然豊かな道は薄暗い。ノイアンは前を灯りで照らしながら、もう片方の手をシルヴィアへ差し出していた。
「足元に気を付けろ」
「……」
シルヴィアは少し驚き、手と彼の顔を交互に見る。
それから肯定の代わりに、そっとその手を握った。緊張したのは何故だろうと、そんな思いも抱きながら。
「……大きい手だね。得物を使い慣れた戦士の手だ」
「戦士、か。あんたは――」
華奢な手だ、と。心に呟くノイアンも、その嫋やかなか細さへやわく力を込めている。
そんなノイアンが歩幅を合わせてくれると判るから、シルヴィアは温かな気持ちになって――空を仰いだ。
「……虹だ」
それは月明かりに映える、淡くも美しい七色。
「これほど綺麗なものは、初めて見たかも知れない」
「……初めて、か。俺は……」
ノイアンは見入りながらもふと自身の事を想起する。
過日の記憶は昏く、朧で。
「雨と、埃と、血と泥。それ以外のものはあまりよく覚えていない。だが……その中にはこんな景色もあったんだろう。見えていなかっただけで」
呟き、視線をシルヴィアに下ろした。
「あんたが、理由になってから。多くのものに気付かされる」
だからもし主人を選ぶなら、あんたを、と。
「……」
シルヴィアは繋いだ手に僅かに力を込める。彼が、何処かに行ってしまわないようにと。
前に言われた言葉を思い出す。どうして彼が自分の為にそこまでしてくれるのか。聞いてみたいけれど――不思議と迷う気持ちもあるから。
「私は、君と色々な景色を見たいと思っている」
そして笑って欲しい。
今はそう紡いで柔らかな声を返した。きっとこの景色とノイアンの姿を忘れない、それだけは確かだったから。
「……ああ」
ノイアンも応えて、手の温もりを感じる。
帰ったら、繋いだこの手を離すのだろう。それが少し惜しいと、そう思いながら。
そんな景色の中を、ヨル・スレイマンはナハシュを連れて歩み始めていた。
「で、何処いくんだよ」
「パフェなるものがあると聞いてね」
引っぱられながらのナハシュの問に、ヨルは期待の声を返す。
「果物をいろんな種類取り合わせたものらしい。で、小綺麗で洒落たカフェなんだよ」
袖までケープで覆った手で指すと、その先に店が見えてきた。硝子の屋根が美しい、テラスのあるカフェだ。
「ラウディアは街並みも綺麗だし良いけど慣れなくてね。付き合ってもらいたいわけさ」
「まあ、いいけどよ。大男二人じゃ寧ろ目立つと思うぜ」
「……一人じゃ入りにくいだろ」
ヨルはそうとだけ返して引っ張ってゆく。それで余計人目につく事は、あまり考えずに。
ナハシュは雨避けせずいつもどおりの半裸だったので、店の前で拭ってから……共に席についた。
「一番大きなパフェを二つ」
ヨルは迷わず注文。飲み物は紅茶にして、短い待ち時間を楽しみに待つ。
ナハシュもメニューに文句は言わない。つられてしまったのかどうか、最近自分も果物にハマっているからだ。
「お、来たぜ」
ナハシュが目をやると……置かれたのは大きな逆円錐の器。
「これは華やかだな」
ヨルは思わず目を輝かす。
たっぷりのクリームに、苺が花のように飾られている。
メロンやマンゴーも大ぶりで、オレンジやベリーが彩りを添えていて。ワッフルとアイスものっていて見た目に楽しい。
果物もクリームも旅先では貴重なもの。圧倒されつつ、ヨルは一口食べて――
「おいし…………すごいな」
感嘆を零す。果実は新鮮、クリームは滑らかで。
「あむ、あむ。人気スイーツになるはずだ」
それから黙々と、幸せそうに食べ進める。
頬杖をついて眺めるナハシュは、呆れを通り越して感心の面持ちだ。
(ホント果物好きだなこいつ……)
ただ、自分でもクリームを掬って口に運ぶと――
「ん、こいつはいい」
芳醇な程の甘さに舌鼓。
苺やメロンを一緒に食べると、美味が幾重にも重なって。
「これが奢りなんて最高だな」
自身も人の事が言えぬほど、表情がほころんでいるのには気づかずに。
「美味いもんだな」
「そうだろ?」
そんな言葉を交わしつつ、二人はゆるりとした時間を堪能した。
ぽつぽつと、雫が硝子屋根を鳴らす。
その音色を聴きながら、コルネリウス・アーラとイズレンディル・パラリムはカフェで雨宿り。軽食を楽しんでから、雨脚が弱くなれば――
「行きましょう?」
「そうですね」
二人は手を繋いで散策へ。
優しい冷たさを感じる中――虹探しへと歩み出した。
水彩で描いたように、色彩が潤う家々や花。美しい景色を眺めながら、コルネリウスはやわい笑みを見せている。
「綺麗な街並みですね」
「ええ。それに、涼しくて気持ちが良いです」
雨は止んではいない。けれどイズレンディルはその感覚も楽しむように手を伸ばし。
「濡れるのも好きな方でして。コルネさんはいかがですか?」
「イズさんと一緒なら……雨に濡れるのも楽しいです」
触れる雫のように衒いなく、澄んだ言葉を紡ぎながら。
コルネリウスは空を仰いでいた。
「虹は神が地上を覗く為の架け橋なのだと、父は言っていました」
だから虹を見られたら、空に願いが届くのだと。
「そのような逸話があるのですね。では虹を見つけたら手を振ってみましょうか。神様に見て頂けるかもしれませんし」
イズレンディルがそう応えて、程なく。
淡い光が視界に映り、コルネリウスは瞳を仄かに輝かす。
「あ、見えましたね……虹……! 大きいです!」
家並みが途切れた花々の間。色彩に満ちたその公園の空に、丁度七色が架かっていた。
足を止め、イズレンディルもそのアーチを見上げる。
「大きくて綺麗ですね! きっと、良い観光名所になります」
言いながら、片手を振って――願い事を祈った。
――虹から見える地上の人々に幸せを。
――そして私達の幸せな生を見届けて頂けますように。
その願いが何より彼らしくて、コルネリウスは思わず微笑む。
そして自分も手を振って願いを昇らせた。
「イズさんの優しい願いが、届きますように!」
――私も、願う事は貴方と同じだから。
思いながら、コルネリウスはイズレンディルを見つめる。
「一緒に見る事が出来て、幸せです」
「私もです」
イズレンディルも心から応える。これから先、共に過ごす幸せを二人で沢山作っていこうと、そんな想いを込めて。
「これからも宜しくお願いしますね」
「はい、これから先もずっと……よろしくお願いします」
また雨が降ったら、一緒に虹を。
雨の日の幸せが増えた、その喜びを胸に……コルネリウスはまたイズレンディルと手を繋ぎ、歩み出す。
優しい緑に、暖かな橙色。
可憐なケープを纏ったアリエッタ、そしてテュリン・ヴィングと共に――ララベル・サン・ディーベルは散歩を始めていた。
すると家並みは鮮やかで、涼風も穏やかで優しくて。
「今日は一緒に来てくれてありがとう」
「うん、ララベルが誘ってくれるならどこでもいくよー♪」
アリエッタはぱしゃぱしゃと水たまりを踏みながら応える。
こうして雨下を歩くのは嫌いじゃない。それは一人でもそうだけれど……一緒に歩いてくれる人がいるとまた違った思いがして楽しいのだ。
テュリンも頷く。
「これだけいい景色だと、来てよかったと思えるわ」
言って視線を遣る先には、花の咲く公園があった。
二人の言葉にうん、と笑んでから……ララベルはそこへ歩む。色彩豊かな花々が広がって――中でも美しい紫陽花が目に留まった。
「見て見て、すごく綺麗――」
清楚な蒼色に、可愛らしい薄紅。
同じ紫陽花でも風合いが異なって、にこっとララベルは笑む。
「蒼はテュリン姉に、紅色のはアリエッタに似合いそう」
「あら、ありがとう。ベルにも似合ってるわよ?」
言ってテュリンが、二色を混ぜたような紫を示せば――その美しさに、ララベルはありがとうと笑顔を返していた。
それから家並みに戻った所で――突如、強めの風。
瓦屋根に溜まっていたものだろうか、多量の水が煽られてきて……ばしゃん! 三人の全身に降りかかる。
「わっ! 二人とも、だいじょ……」
びっくりしたララベルは、途中で声を止めた。ケープも通す程の水量が、テュリンとアリエッタの服を透けさせて……下着と体のラインを露わにさせていた。
「……!」
ララベルは顔を真っ赤にしつつ……テュリンの視線を感じて慌てて目をそらす。
「あっ、み、見て、虹だよ……!」
「今更目そらしてもダメだからね……さらっと誤魔化すのもナシ」
テュリンがため息をつくと、ララベルは「ご、ごめん」としゅんとする。そんな傍らで、アリエッタは虹に見入っていた。
「すごくきれいだね」
「そうだね。大きくて――いつか渡ってみたいな」
ララベルも呟きながら暫し虹を見つめて。
また散策をして――日が落ちると山道へ。月虹を求めて薄明かりの下を歩んでゆく。
「見えるかな?」
自然豊かな坂道を、アリエッタはきょろきょろと楽しみにしながら探索。すると少し木々が開けた遠景に――現れる七色の光。
淡く、幻想的で。ララベルはわぁ、と感嘆の吐息を零していた。
「初めて見た……本当に、お月様にも虹ってかかるんだ」
「そういえば、虹って違う世界へ通じる橋っていう話を昔師匠から聞いたわね」
テュリンはその輝きを見つめながらふと呟く。
「だとしたら、月はその何処かへ通じる扉なのかしら。もし本当なら――そこに行ってみたいわね」
「ん……そうだね」
ララベルはふとそんな隣を見る。
するとテュリンと共に、アリエッタも虹の美しさに感動してじっと空を見つめていて。二人の綺麗な横顔に、ララベルはどきり。
「? どうかしたのー?」
「う、ううん! 別に……!」
アリエッタの言葉に首を振って、ララベルは視線を戻すのだった。
「――すごくきれいだったね!」
山を降りると、アリエッタは朗らかな笑みを見せる。
「さそってくれてありがと、ララベル」
「私も楽しかったわ」
二人の言葉がララベルには嬉しくて。うん、と頷きながら……休息にと、次は食事の店へ向かうのだった。
しとしとと静かな雫が窓を濡らし、夜の町並みを潤してゆく。
そんな景色を眺めながら、サマエラ=フォリウムは小さな店でスープを飲んでいた。
優しい味わいに体を温めながら、ふと店主に話を向ける。元より雨は嫌いではないけれど、と。
「こうして街並みに溶け込んでいるのを見ていると、美しさが際立って……一層、良きものと映るな」
「私もこの眺めが好きです。今なら月の光で虹も見られると思いますよ」
「月と虹、か。それは一目見ておくべきだな……ありがとう」
サマエラは礼を言うと店を辞する。
そして新緑色のケープを羽織って雨中へ出ると、山道へ出た。
すると深い夜に沈む木々の間で――
「……ふむ」
空を見上げると、高く架かる七色が見える。
「足を伸ばしたのは、正解だった」
夜空と仄かな雨が作る光の芸術。
色合いの落ち着く夜の中に在って、それは強く存在感を放っていた。
同時にそれを形作る月の光もまた、負けぬ程に美しくて。自然が作り出す輝きの協奏にサマエラは静かに見入る。
「……良い経験になったな」
この景色を覚えていこう、と。
心に留めるよう、じっと見つめていた。
今夜なら山で月虹を見られるかも知れない。
そんな話を耳にして、キーゼとネーヴェ・グラヌローザは山道へ歩み出していた。
ケープで雨を除け、ランタンで道を照らしながら――ネーヴェは声音に期待の色を滲ませる。
「どんな風に見えるんでしょうね」
「ええ……なかなか見る機会もないですからね。貴女とのいい思い出になりそうです」
キーゼも外套を着込んで濡れないようにしながら、しかと夜目を利かせて安全も確認していた。
それでも、辺りは自然の色濃い景色。
故に、とキーゼはそっとネーヴェの空いている手を取る。
「夜道は危ないですからね。離さないでくださいよ?」
「……はい」
ネーヴェはとっさに反応出来ず……俯いてフードで顔を隠すばかりだった。
そのうちに、道沿いに植えられた紫陽花が見えてくる。ネーヴェは表情を華やがせた。
「こんなに沢山……見事なものですね。確か、土壌によって色が変わるのでしたか」
「青色に紫色、ここには両方あるようですね」
「ええ、どちらもとても綺麗――」
ネーヴェが楽しげに眺める、その様子をキーゼは眺めつつ頷く。
「夜闇の中で花を愛でる、というのも貴重ですね。……尤も、一番綺麗な花は隣にいますが」
「……っ。もう、またそんな風に……狡いです」
言葉に仄かに赤らんだネーヴェは、羞恥心を隠せずに、少し拗ねたように視線を逸らしていた。
と――気づけば雫の冷たさがなくなっている。
仰げば雲が薄まって雨が止んでいた。そしてその隙間から差し込む月光に輝く――七色の架け橋。
「キーゼさん! ほら、見て下さいまし」
ネーヴェは瞳を輝かせてそれを指す。
「幻想的でとても綺麗……!」
「なるほど、これは……」
並び立つキーゼも、仰いで小さく息を呑む。
淡い光は決して眩くはない。けれど暗い空に、確かに美しく燦めいていて。
「……この依頼を準備してくれた方に感謝しないといけませんね」
「そうですね。本当に――」
頷くネーヴェは、そのキーゼの様子に少し笑みを零す。
「ふふ、こうして一緒に見ることが出来て嬉しいです」
「私もですよ。また、二人で見に来ましょう」
キーゼが言えば、ネーヴェは勿論、と頷いて。
静風と月光の下――二人はその輝きを暫しの間、見つめていた。
目で捉えた世界は一瞬だからこそ、美しくとも二度出会えないものだろう。
けれど――それを形に残して共有する事は出来る。
「この眺めは、いいな」
だからラーナフは杖と盾で簡易の雨宿り場を作り――絵を描いていた。
公園の一角、花と家々が見える場所だ。
「……よし」
まずは白黒で一枚。それだけでも輪郭や陰影を捉えた巧みなものだったが――色とりどりのインク、そして鉱物や花から作った絵具を使ったものも描いた。
それは生き生きとした色彩が美しい一枚で。
「こんなものか」
指が絵具で汚れ、服が雨に濡れても気にせずに。満足すると、また歩んでは絵を描いた。
雨上がりの虹も描いたけれど……ラーナフはそれで終えずに夜、山道へ。
その空に幻想のような七色――月虹を見つけるとまた筆をとった。
それを描く時を一番の楽しみにしていたから。
「……君と見たかったよ」
瞼の奥で笑う、今は亡き愛しの君に呟く。
「でもそれは叶わない。だから代わりに土産話の一つにするよ」
そうして淡い光を余さず描いた。
完成すると、暫し虹を眺めて。自生する紫陽花の絨毯から、絵具用にと少しだけ採取もさせて貰ってから――ラーナフはその場を後にする。
「美しい街ですね」
「……うん。とても、綺麗」
雨滴に燦めく街を、セロンガード・シュタインドルフとティトは進みゆく。
ティトは袴を穿いた上品な和装の上から、ケープ。勿論それだけでは雫を防ぎきれず、ぽつぽつと濡れるから――こうして歩く事にティトは昔を思い出す。
「……」
ただ、その時はいつも一人だったけど、今は隣に並ぶ人がいる。ふとその視線に気づいたセロンガードは……前を指した。
「カフェ、寄っていきましょうか」
その店のテラスは澄んだ硝子の屋根がかかっている。
足元の石畳は溝から雨が流れてゆき、滑らぬよう加工されていた。
「雨天に順応した都市というのは興味深いものですね」
「……ん」
ティトは応えつつ、注文したパフェをつまむ。
街の眺めもいいものだけれど、そこでセロンガードと過ごせる事が嬉しい。セロンガードも静やかな表情を仄かに和らがせ、自分も甘味を味わった。
そうして暫しゆるりとした時間を過ごし――日が落ちれば山道へ。
ひとけがなくなる中……二人は隣り合って歩みつつ、敢えて口は開かずテレパスを使った。
『月の虹、楽しみですね』
『どんなふうに見えるか、気になる、ね』
心に聞こえる、お互いだけの声。
静かな雨音の中で、余人が決して知る事の出来ない言葉で触れ合いながら――二人は上方の視界が開けた場所に出た。
するとその空に輝くのが――
『本当に見えましたね』
『すごい。七色がちゃんと判る、ね』
彼方から彼方へ架かる月の虹。光は薄っすらとしているけれど、確かに美しい色彩を見せていた。
『少し座って眺めましょうか』
近くの木陰に乾いた岩場を見つけて、セロンガードは腰掛ける。
すると頷いたティトは……隣ではなくその膝の上に座った。
セロンガードは一瞬だけ驚きつつも、受け入れてその頭を撫でる。子供扱いされる事は嫌がるだろうけれど、自分がそうしたいと思ったから。
「……」
ただ、ティトも撫でられて心地良さげな面持ちだった。触れる事が嬉しくて、出来る限り引っ付いていたい……なんて思うから。
だからそのまま背を預け少し角度を変えて、彼の匂いをくんくん嗅いだり、顔を埋めたり。
セロンガードもそれを好きにさせてあげた。その内にティトが眠りそうなら、膝枕をしてあげて。
(……いつ、こう出来なくなるかもわからないですから)
だから今だけは暖かさをあげたい。
そんな思いと共に、静謐のひと時を過ごしてゆく。
決戦に向けて慌ただしい折、誘われた雨の街。
屋根の外に手を出して、雫の冷たさに触れながら――アウレーリア・フォン・ネーベルベルクは隣に目を向けていた。
「それで、誘った以上はエスコートもしてくれるのでしょう?」
「勿論」
応えるのはナタリア・フィッツジェラルド。
自身はケープを羽織り、アウレーリアもしかと雨を除けられるようにして――今日は従者として全うする心づもりだった。
そんな熱意にも似たものは、アウレーリアの方も感じている。
元々、彼女が珍しく積極的だったというのもあるし――
(まぁ、たまには従者の我儘を聞くのも主の務めかしら)
殆ど形だけの主従故にこそ、こんな機会も大事にしたかった。
そうして歩む道は滑らず歩きやすい。家並みも雨に艶めくと一層美しくなって。
「雨の降りやすい地を逆手に取った景観、か――こうした気候も観光に役立てようという気概を感じるよ」
「そうね。あまり他では見ないし、珍しいわ」
「湿気が凄そうだから、避暑にはキツそうだが……」
そんな言葉を交わしつつ小径をゆく。
道端には蒼と紫の紫陽花や、上品な桔梗、清廉な撫子も咲いていて――アウレーリアは時折屈んでそれらを見つめる。
「綺麗ね」
「おや、かたつむりだ」
ナタリアが葉の一片に見つければ、アウレーリアもあら、と暫し観察。童心に帰ったような時間の中――雨音と景色を楽しんだ。
休憩に食事処に寄ると、ナタリアが見つけた鮭と茸のホイル蒸しを注文。
「遠くに出向くと、こういった幸は楽しみだな」
「ええ」
香り高い湯気を楽しみ、柔らかに色づいた身を堪能し。
散策を再開すれば――ふと空に架かる七色の光。
「虹か。晴天が少ない分、この美しさを日々楽しめるのだろうな」
「毎日のように虹を見られるなんて、いいわね」
アウレーリアも仰ぎながら、一度深く呼吸をした。
戦場にばかりいると、平和な静けさを忘れてしまいそうになる。だからこの穏やかさが新鮮に思えて。
ナタリアがそれを知っての事かは判らないけれど――今は彼女に感謝したい気持ちだった。
「せっかくだから、お土産を買っていきましょう? 今日の記念に」
ナタリアがそれに頷けば、二人で装飾品の店へ。
「私、あのガラス細工のアクセサリが良いわ。お揃いはどう?」
「アウレーリアが気に入ったなら」
どこか雫を連想させる、澄んだ美しさのそれを選んで――お揃いで購入。思い出も手にして、二人は歩み出す。
「この都市をメジャーにしたいって事か」
「ええ」
カルフ・オルヴォは役場の者の案内を受けつつ、観光がてらに歩いていた。その青年はどうでしょうかと見回す。
「街の、景色は?」
「確かに雨に映えて美しい。だがそれだけでは弱くも感じる」
カルフは客観的に、地元民にない視点を指摘しつつ提案した。
「人はロマンに釣られる。『童話の国』とか、二つ名を付けてはどうだ?」
「成程。判りやすくて、訴求力もありそうです」
青年が感謝して去ってゆくと、カルフも散策を再開しようとして――
「降りが強くなってきたな」
ケープでも防げぬ程。
ひとまず近場の図書館に雨宿りに入ったが――
「参った……本を濡らしてしまうな」
図書館でセオ・ウルジオは本の頁を捲っていた。
寝たきりだった頃、雨が好きだった。その時を少し思い出すようでもあって。雨音の中で本を読むと幻想的で快い。
「いい場所ですね」
沢山の蔵書に、窓に外の紫陽花。美味しい紅茶。
「読書が好きな人には最高じゃないかな……おや?」
と、そこで新たな訪問者。濡れて困っている――カルフだ。
セオはタオルを渡す。
「良かったら使いますか?」
「……ああ、済まない」
カルフは礼と共に受け取り――つい、セオを見つめた。命を捧げた主に似た面差し……それを少し、思わせるようで。
一度視線を逸らし、まずは雫を拭う。
セオは読書に戻っていた。それから次の本を取ろうとして、高い場所にあって中々届かなくて……と。
大きい影が落ちる。カルフが取ってくれていた。
「ありがとう」
礼を言って読み始める、けれど古語が多くて難しそうだ。
そう思っていたら……ふとカルフが覗いて「ここか?」と、すらすらと口ずさんでいた。
「え? 読めるんですか!?」
「長く生きてれば知識も増えるからな」
少し、世話を焼きたい気持ちもあったかも知れない。
それにセオは笑顔を返していた。
「僕セオって言います、良ければ読み方教えて下さい」
「ああ」
そうして暫し、共に本を読む。
セオは少しわくわくと、カルフは共に居るのが心地良いと思う相手に、久しぶりに出会ったような気持ちで。
「あ、月の虹が出ています」
セオが窓から仰ぐと、その美しさにカルフも目を留めて。
「美しいものだ」
「ええ。……カルフさん、ありがとうございました」
セオは心から言った。
素敵な場所での素敵な出会いだった。だからまた来たいと、そう思いながら。
静かで優しい雨。
ララノアは街を歩みながら、その音色に愛しい人を想っている。
彼から心を告げられてはいないけれど。
(いつも……私を想ってくれる……)
言葉が、ぬくもりが、あの人の心を伝えてくれる。その度に怖いくらいに幸せになってしまう。
辛い事も、怖い事もあったけれど。あの人がいれば大丈夫だと――そんな風に思えるのだ。
ふと道端の花を見下ろす。
「ひたむきな愛情とは……紫陽花の花言葉にもありましたね……」
優しい雨と同じ名前のその人の事を……白い紫陽花にポソリと呟く。
「大好きですよ……」
それから、はっとする。
「ぁ! エミリア様との待ち合わせ!」
エミリア・シバは宿の窓から外を眺めていた。
雨は嫌いじゃない。
澄んだ雫がヴェールになって、奏でる音が周囲に溢れて。少しだけ、そこに自分だけの空間を作ってくれるから。
そこでは人を殺すという仕事していた『私』を、少しだけ出せるから。
「……」
なんで自分はこんな仕事しているのかと――家を出る切っ掛けになったのも雨が降っている日だったから。
「この街みたいに優しい雨ではなかったけれどね」
呟いてから、不意に時計を見て驚いた。
「って危ない、ララノアちゃんとカフェ巡りに行く時間だわ!」
外に出たエミリアを、ララノアはすぐに見つけた。
その様子が少し普段と違う気がして――ララノアはその手を取って、繋いだまま引っ張ってゆく。
「エミリア様、向こうにカフェを見つけたんです、行きましょう!」
「あら、もう?」
エミリアの言葉にララノアは頷く。
「楽しみですね!」
「――ええ」
エミリアは微笑む。
ララノアを見ていると、その可愛さに毒気が抜けるような気分で。折角だから楽しまないともったいないという気持ちにもなった。
そうしてカフェに着くと、早速パフェを注文。たっぷりの苺やメロンに、二人は瞳を輝かせ――
「はむ……とっても甘いです!」
「本当ね。美味しいわ」
笑み合い、パフェ探しを続けてゆく。
エミリアはそのまま今日は存分に楽しむと決めた。
(『私』とおねえさんが、なんて分けて考えなくなる日まで――楽しく生きてやるんだから!)
そんなエミリアを見て、ララノアも少し安堵。友達が笑顔でいてくれるのが嬉しいから――自分もまた、花のような笑みを見せていた。
屋根のある道を辿れば、濡れずに街を進む事も出来る。
サシャ・テーリングはその先にあったカフェにふらりと立ち寄ってみていた。
「綺麗な場所ね――」
テラスは硝子屋根が降り注ぐ雨滴に艶めいて、雨音もよく聞こえる。外とも地続きだから景色もよく見えて――その一角に座って甘味を頂く事にした。
「おすすめは、在るかしら?」
注文したのはそれに店員が応えてくれたパフェと、紅茶だ。
農作物には難しい土地でもあるが、これは雨に強い地元産の茶葉のものだという。一口すすってみると……生命力の強さを感じさせる甘さと香り高さだ。
「ん……素敵な味ね」
それからパフェを頂く。
苺とメロンをメインに、果実とクリーム、アイスと沢山のっている。食べると果実は果汁が溢れる程で、クリームもアイスも上品だ。
「美味しいわ」
それを堪能しつつ、サシャは雨音に耳を澄ませてもいた。
「この音で音階を出せたら曲にできそうね」
小さくイメージを口ずさむ。
激しい雨でアップテンポになったら、心も躍りそうだ。そうなったら雨降りが楽しみになりそうだと、空を眺めつつ。
「おかわり、頂けるかしら?」
もう暫し、サシャは雨下の時間を過ごしてゆく。
「おぉ、すげえな……」
色彩も形も、美しく整った街。
まだそれに少し慣れなくて――ダムド・フィリスは歩みながら視線を巡らせていた。
授恵者となった事で、綺麗な景色を見られるのも珍しくはなくなった。
それでも育った環境と経験が自分の中にはいつまでも在って……こういう場所に来るたびに、不思議な感覚だ。
「隅々まで綺麗だ……スラムじゃ考えられねえな」
特に目を引かれるのは、食べ物だ。
食に不自由してきた身としては、目に映るもの全てが美味しそうに見えるから。
「えっと、この一番安いやつを!」
ためらいつつも、屋台で串焼き、そしてパンを購入。
一口食べると、溢れる肉汁と柔らかな麦の味に感動して……はぐはぐっ、とがっつく。スラムで満たせなかった空腹をいっぱいに満たすように――夢中で食べきった。
「ここでこんなに美味いなら……あの店なんかはもっとだろうな――」
と、見るのは戸建ての高級店だ。
今はまだ、手が届かないけれど。
(何時か入ってやる!)
ぐっと拳を握って、希望を抱くように。ダムドはひとまず次の屋台探しへ歩いてゆく。
注いだ雨が、優しく硝子の屋根に触れては流れてゆく。
そんなカフェのテラスの席に、ルベア・ベルニは座っていた。
「本当に、雨が続くのね」
テーブルの上には温かい紅茶と、彩り豊かで豊かなフルーツタルト。それを時折口にしつつ、肩肘をつきながら一人、ぼんやりと時を送る。
外を見れば、道行く人の流れ。
この街では雨でもよく人が行き交って、時に賑やかな程だった。それを見つめながら――ルベアが想うのは最近の事。
最初は、人としても冒険者としても強くならなきゃと思っていた。
でもそれだけじゃダメなんだと、周りの冒険者を見て感じるようにもなった。
「……」
こんなふうに何でもない時間を過ごすのも時には必要で。
そう思うと――誰かが身近にいる、という事がちょっと羨ましく思えたりして。
「……何を考えてるんだろう、私」
吐息が少し、雨の空気に冷やされたように冷たい。
気づけばカップの中も皿の上も空になっていた。
「少し、歩こうかな」
今は前にある道を、と。
ルベアはフードを被り、気晴らしも兼ねて散策へ歩み出す。雨は防ぎきれはしないけれど、触れる雨粒はどこか優しかった。
ライラック・I・フローレスは陶芸教室を訪れていた。
装飾品や手芸もいいけれど、折角なら初めてのものに挑戦したかったから。
「……どういうものなんだろう?」
わくわくしながら、町人や少数の観光客と共に早速、庵の卓につき――粘土を練り始める。
「こうやって、こねればいいのか?」
「ええ。空気を抜くようにして――」
教えてくれる陶芸家に従って、ライラックも小さな手で一生懸命練って。そのうちにろくろにセットして、簡単な器を成形し始める。
「水をつけた手でやるんだな」
「そうです。力を入れないよう注意して――」
実践する陶芸家の手元も見つつ、ライラックもチャレンジ。最初は加減が難しくぐにゃりと曲がってしまうけれど……段々慣れてきた。
感触も中々心地よくて――浅めの器が出来た。勿論、完全とは行かず少々歪みはあるけれど、それもご愛嬌。
後は乾燥、素焼きを経てから日をまたぎ、釉薬を塗って本焼き。
「おお、これが私のつくったものか」
出来上がった器や、同時に作った花瓶や皿も手にとって。素朴だけれど温かみのある、そんな色味をライラックは満足気に見つめていた。
穏やかな雨が降っている。
そんな空を見上げてから、エル=バ=ノイアンは視線を隣に移す。
「……雨の街であんたと過ごすのは、これで二度目か」
「ん、そうだね」
応えるのはシルヴィア・A・カペル。同じ雨下でも違った町並みと、ノイアンの姿を見つめていた。
その内にノイアンは屋根の下から出る。
「少し……歩きたい」
「良いよ、付き合おう」
君といるのは楽しいから、と。
シルヴィアはケープを彼にもしっかり羽織らせて――共に山道へ赴いた。
日も落ちる時刻、自然豊かな道は薄暗い。ノイアンは前を灯りで照らしながら、もう片方の手をシルヴィアへ差し出していた。
「足元に気を付けろ」
「……」
シルヴィアは少し驚き、手と彼の顔を交互に見る。
それから肯定の代わりに、そっとその手を握った。緊張したのは何故だろうと、そんな思いも抱きながら。
「……大きい手だね。得物を使い慣れた戦士の手だ」
「戦士、か。あんたは――」
華奢な手だ、と。心に呟くノイアンも、その嫋やかなか細さへやわく力を込めている。
そんなノイアンが歩幅を合わせてくれると判るから、シルヴィアは温かな気持ちになって――空を仰いだ。
「……虹だ」
それは月明かりに映える、淡くも美しい七色。
「これほど綺麗なものは、初めて見たかも知れない」
「……初めて、か。俺は……」
ノイアンは見入りながらもふと自身の事を想起する。
過日の記憶は昏く、朧で。
「雨と、埃と、血と泥。それ以外のものはあまりよく覚えていない。だが……その中にはこんな景色もあったんだろう。見えていなかっただけで」
呟き、視線をシルヴィアに下ろした。
「あんたが、理由になってから。多くのものに気付かされる」
だからもし主人を選ぶなら、あんたを、と。
「……」
シルヴィアは繋いだ手に僅かに力を込める。彼が、何処かに行ってしまわないようにと。
前に言われた言葉を思い出す。どうして彼が自分の為にそこまでしてくれるのか。聞いてみたいけれど――不思議と迷う気持ちもあるから。
「私は、君と色々な景色を見たいと思っている」
そして笑って欲しい。
今はそう紡いで柔らかな声を返した。きっとこの景色とノイアンの姿を忘れない、それだけは確かだったから。
「……ああ」
ノイアンも応えて、手の温もりを感じる。
帰ったら、繋いだこの手を離すのだろう。それが少し惜しいと、そう思いながら。
マスターコメント
お疲れさまでした。
各所で観光を楽しんだ事で、依頼者にとっては喜ばしい結果となりました。これから街の評判も、徐々に広まってゆく事になるかと思います。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準25 / 4〜25人
2021年07月08日 17時04分55秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ヒーラーのナタリア・フィッツジェラルドだ。宜しく。 解説を見て、アウレーリアを誘ってみた。
アウレーリアよ、宜しく。 ……ナタリア。誘ってくれるのは嬉しいけれど、宣伝塔を頼んだ覚えはありません。 恥ずかしいから少し控えなさい。