進む道が幸せであるように
白葉うづき
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シナリオID:3502
オープニング
●秘境探検ツアー!
灰髪に鮮やかな色をいくつも載せた青年が前を歩く。秘境探検のためにと持ってきた充実した荷物が肩にのしかかり、自然と歩く速度も遅くなってきた。だがこのツアーに参加しているのは自分だけではない。足並みを揃えなければ皆に迷惑が掛かってしまう。頑張れ、もう少しと言われたではないか、ある時期しか見られない、エーテルの気まぐれと神秘が織りなす幻と言われたあの風景をこの目で見るのだ――そう思って前を向くと、前を歩いていたはずの青年が覗き込んでいた。
「わっ?!」
「休憩!」
にぱーと眩しい笑顔の後、そのまま近くの石に座らされる。
「まだいけます、足を引っ張ってすみません」
自分のためだけに足を止めてしまっているのならば、もしそれで絶景を見逃す事態になってしまったら、申し訳ないでは済まない。
「もうすぐだからこそ、楽しむためにも体力は残しておいた方がいいよ! わーって楽しくなって堪能した後に倒れる人もいるから! キミのためだけじゃないってこと、わかった?」
「!」
見透かされたような言葉に、それ以上何かを言う気にはなれなかった――ガイドは賢人。ツアーの謳い文句に書いてあった言葉を思い出した。
『見たこともないロスガリアを見に行こう!』と題された秘境探検ツアーは今回で二度目の開催らしい。旅慣れた冒険者が、冒険記の中でしか語られない景色に案内してくれるのだ。まだまだツアー内容は粗削りではあるが、出会った景色は確かに素晴らしかったと年配の旅人に言われ、こうして僕も参加している。
休憩を終えて出発し、もう少しで頂上だ。不意に青年が走り出す。その足元の地面は――透明だ。歩いていたはずの地面はある場所を境に透明になり、目の前には視界の端までまっ平らな土しか見えない。けれど青年は確かに坂を上っていて、まるで空中に浮いているように見えた。
「急がないと不思議を見逃がしちゃうよ、はやくはやく!」
嬉しそうな笑顔で振り向く。やがて一人二人と足を踏み出し、透明な山を登った。僕も背を押されるように一歩、二歩と透明な地面を踏む。下を見ると、透明な地面の中はいくつもの水晶が生えているかのように、いろいろな角度できらめいていた。
山頂に登る。そこには、鮮やかな花畑があった。白、黄色、桃色――空に浮かぶ色とりどりの花畑。
「偶然の連続でできた景色だ。本当、この世界っておもしろいよね!」
青年、ヴィンツ・ラッテはどこまでも楽しそうに笑った。
●前へ、ずっと前へ
ふと時計を見ると、決めていた時間よりも何分か過ぎていた。アルド・シャウアーは急いで読んでいた『壁新聞・愛蔵版』を図書館に返し、できるだけ早く廊下を進んで次の場所へと急いだ。
「アルド」
到着した先に、同じ学年であり別クラスの少年がいた。今日は通常と多文化クラス、そして学年も混じった合同授業だ。
「レパシュ、……まに、あった?」
「問題ない。また図書館に詰めていたのか」
「うん。勉強もしてたけど、読みたかったものがすごく面白くて、夢中になっちゃって」
「忙しいな、お前は」
生徒会役員に選出されたアルドは、以前にも増して勉強や課外活動など積極的に打ち込むことが多くなった。選んでもらったからにはできることを全力でしたい、と気合い十分だ。
「時には休憩を挟め。倒れでもしないか心配だ」
「うん……ありがとう。あ、でも今日のお昼はちゃんと休むよ。この授業が終わったら学食に行くんだ」
「ああ、プリンか」
この学園の学食には月一回の『プリン無料デー』がある。前も聞いたことがあると尋ねてみたが、図星だったようだ。
「だって……僕、あんなに美味しいもの、ここに来て初めて食べたから。あ、アンジェルさんも好きなんだって」
「よく知ってるな」
「この前会ったんだ。お話もしたかったし、好きな料理も知りたくて……ねえ、レパシュもいかない?」
アルドは平民で異種族、レパシュは貴族の嫡男だが、今では一緒にご飯を食べるほどには気心知れた仲となっていた。物珍しい視線は向けられるが、目立って咎める者も少ない。これはきっと、以前のパンクリアースでは考えられなかった光景だ。
ただ、レパシュは首を横に振る。
「俺はギルドの窓口に用がある。市井にどんな問題があるか、触れたいんだ」
貴族の少年も、自分の目で世界が見たいと積極的に活動している。その事実がアルドにとってはとっても嬉しくて、小さくない刺激をもらえた。
「うん、わかった。そうだ。放課後に用事がなかったら付き合ってほしいな。新聞部と、学園交流部を見に行きたくて」
「見学か、ぜひ俺も行こう」
「ありがとう!」
すっかりお喋りに夢中になっていたが、やがて教師が教室へと入ってくると静かになる。ぴんと背筋を伸ばした少年たちは、真っすぐに先を見据えていた。
●ずっとここに在る場所
気持ちのいい風が吹いていた。暖かな陽気の中、春を運ぶ風だ。どこからか花びらが飛んでくるのも春らしい。穏やかな気配を感じながらメルチス・アダラードは洗濯物を干す。今日は早くに乾いてしまいそうだ。桃色の髪を持つ少女、フィオが空になった洗濯籠を持ってくる。
「神父、今日はアドベントに行ってきますね」
「わかりました。クラリスさんによろしくお伝えください」
グナーデ孤児院にいた子どもたちは、それぞれの道を歩き出していた。一番年上だったアルドはパンクリアース学園へ。二番目のフィオは花好きが高じて、院の家事の合間にガーデニングという仕事を受けるようになった。三番目のピオは同じく学園を目指し、今まさに試験を受けるために王都へ旅立っている。四番目のハウラは、ここと同じような孤児院を巡って子どもたちと心を通わせ、五番目のティトは街の騎士団の訓練に参加して守るための力を磨いている。六番目のスールは、教会に持ち込まれた衣服の修繕や、最近は服作りを始めていた。彼、彼女たちを預かってからもう何年も経つ。こんな姿を見られたことが、何よりも嬉しい。
「……本当に、皆さん立派になって」
「神父、最近すごく涙もろいですね」
「貴方たちのことを想うと、胸がいっぱいになるのです。そのまま幸せとなってあふれ出てきてしまって」
「幸せなのに泣いてしまうのって、そういうことだったんですね」
フィオが笑う。
「幸せであふれた分が、目から出てきてしまうなんて。おかしいですね」
「ふふ、そうですね。もったいない気もしちゃいます、……おや」
不意に、泣き声が聞こえてきた。洗濯籠を拾って急いで戻ると、スールが小さなドワーフの子を抱いてあやしている。
「神父、おなかがすいたみたい」
「それではすぐにご飯にしましょうか。待っててくださいね」
ボナロ、と呼んだ少女は先の大戦で孤児となり、この教会に引き取られた。新しい家族ができるのは嬉しい。けれど同時に、なんて重たい命なのだろうと思う。メルチスにできることは、慈しみ、この子が幸せであるように祈るだけ。それはきっと、これからも変わらない。この街で生きていくと決めたメルチスができる、精一杯のこと。
「もうすぐ、ハウラとティトも帰ってくるよ。みんなでごはん、食べようね」
「うん」
「あ、笑った。みんなでご飯、楽しいものね」
穏やかな光景を目にしながらメルチスは台所に立つ。今という幸せを、存分に感じながら。
風が吹き、花が舞う。ロスガリアに住む人々を見守るように、見送るように。
灰髪に鮮やかな色をいくつも載せた青年が前を歩く。秘境探検のためにと持ってきた充実した荷物が肩にのしかかり、自然と歩く速度も遅くなってきた。だがこのツアーに参加しているのは自分だけではない。足並みを揃えなければ皆に迷惑が掛かってしまう。頑張れ、もう少しと言われたではないか、ある時期しか見られない、エーテルの気まぐれと神秘が織りなす幻と言われたあの風景をこの目で見るのだ――そう思って前を向くと、前を歩いていたはずの青年が覗き込んでいた。
「わっ?!」
「休憩!」
にぱーと眩しい笑顔の後、そのまま近くの石に座らされる。
「まだいけます、足を引っ張ってすみません」
自分のためだけに足を止めてしまっているのならば、もしそれで絶景を見逃す事態になってしまったら、申し訳ないでは済まない。
「もうすぐだからこそ、楽しむためにも体力は残しておいた方がいいよ! わーって楽しくなって堪能した後に倒れる人もいるから! キミのためだけじゃないってこと、わかった?」
「!」
見透かされたような言葉に、それ以上何かを言う気にはなれなかった――ガイドは賢人。ツアーの謳い文句に書いてあった言葉を思い出した。
『見たこともないロスガリアを見に行こう!』と題された秘境探検ツアーは今回で二度目の開催らしい。旅慣れた冒険者が、冒険記の中でしか語られない景色に案内してくれるのだ。まだまだツアー内容は粗削りではあるが、出会った景色は確かに素晴らしかったと年配の旅人に言われ、こうして僕も参加している。
休憩を終えて出発し、もう少しで頂上だ。不意に青年が走り出す。その足元の地面は――透明だ。歩いていたはずの地面はある場所を境に透明になり、目の前には視界の端までまっ平らな土しか見えない。けれど青年は確かに坂を上っていて、まるで空中に浮いているように見えた。
「急がないと不思議を見逃がしちゃうよ、はやくはやく!」
嬉しそうな笑顔で振り向く。やがて一人二人と足を踏み出し、透明な山を登った。僕も背を押されるように一歩、二歩と透明な地面を踏む。下を見ると、透明な地面の中はいくつもの水晶が生えているかのように、いろいろな角度できらめいていた。
山頂に登る。そこには、鮮やかな花畑があった。白、黄色、桃色――空に浮かぶ色とりどりの花畑。
「偶然の連続でできた景色だ。本当、この世界っておもしろいよね!」
青年、ヴィンツ・ラッテはどこまでも楽しそうに笑った。
●前へ、ずっと前へ
ふと時計を見ると、決めていた時間よりも何分か過ぎていた。アルド・シャウアーは急いで読んでいた『壁新聞・愛蔵版』を図書館に返し、できるだけ早く廊下を進んで次の場所へと急いだ。
「アルド」
到着した先に、同じ学年であり別クラスの少年がいた。今日は通常と多文化クラス、そして学年も混じった合同授業だ。
「レパシュ、……まに、あった?」
「問題ない。また図書館に詰めていたのか」
「うん。勉強もしてたけど、読みたかったものがすごく面白くて、夢中になっちゃって」
「忙しいな、お前は」
生徒会役員に選出されたアルドは、以前にも増して勉強や課外活動など積極的に打ち込むことが多くなった。選んでもらったからにはできることを全力でしたい、と気合い十分だ。
「時には休憩を挟め。倒れでもしないか心配だ」
「うん……ありがとう。あ、でも今日のお昼はちゃんと休むよ。この授業が終わったら学食に行くんだ」
「ああ、プリンか」
この学園の学食には月一回の『プリン無料デー』がある。前も聞いたことがあると尋ねてみたが、図星だったようだ。
「だって……僕、あんなに美味しいもの、ここに来て初めて食べたから。あ、アンジェルさんも好きなんだって」
「よく知ってるな」
「この前会ったんだ。お話もしたかったし、好きな料理も知りたくて……ねえ、レパシュもいかない?」
アルドは平民で異種族、レパシュは貴族の嫡男だが、今では一緒にご飯を食べるほどには気心知れた仲となっていた。物珍しい視線は向けられるが、目立って咎める者も少ない。これはきっと、以前のパンクリアースでは考えられなかった光景だ。
ただ、レパシュは首を横に振る。
「俺はギルドの窓口に用がある。市井にどんな問題があるか、触れたいんだ」
貴族の少年も、自分の目で世界が見たいと積極的に活動している。その事実がアルドにとってはとっても嬉しくて、小さくない刺激をもらえた。
「うん、わかった。そうだ。放課後に用事がなかったら付き合ってほしいな。新聞部と、学園交流部を見に行きたくて」
「見学か、ぜひ俺も行こう」
「ありがとう!」
すっかりお喋りに夢中になっていたが、やがて教師が教室へと入ってくると静かになる。ぴんと背筋を伸ばした少年たちは、真っすぐに先を見据えていた。
●ずっとここに在る場所
気持ちのいい風が吹いていた。暖かな陽気の中、春を運ぶ風だ。どこからか花びらが飛んでくるのも春らしい。穏やかな気配を感じながらメルチス・アダラードは洗濯物を干す。今日は早くに乾いてしまいそうだ。桃色の髪を持つ少女、フィオが空になった洗濯籠を持ってくる。
「神父、今日はアドベントに行ってきますね」
「わかりました。クラリスさんによろしくお伝えください」
グナーデ孤児院にいた子どもたちは、それぞれの道を歩き出していた。一番年上だったアルドはパンクリアース学園へ。二番目のフィオは花好きが高じて、院の家事の合間にガーデニングという仕事を受けるようになった。三番目のピオは同じく学園を目指し、今まさに試験を受けるために王都へ旅立っている。四番目のハウラは、ここと同じような孤児院を巡って子どもたちと心を通わせ、五番目のティトは街の騎士団の訓練に参加して守るための力を磨いている。六番目のスールは、教会に持ち込まれた衣服の修繕や、最近は服作りを始めていた。彼、彼女たちを預かってからもう何年も経つ。こんな姿を見られたことが、何よりも嬉しい。
「……本当に、皆さん立派になって」
「神父、最近すごく涙もろいですね」
「貴方たちのことを想うと、胸がいっぱいになるのです。そのまま幸せとなってあふれ出てきてしまって」
「幸せなのに泣いてしまうのって、そういうことだったんですね」
フィオが笑う。
「幸せであふれた分が、目から出てきてしまうなんて。おかしいですね」
「ふふ、そうですね。もったいない気もしちゃいます、……おや」
不意に、泣き声が聞こえてきた。洗濯籠を拾って急いで戻ると、スールが小さなドワーフの子を抱いてあやしている。
「神父、おなかがすいたみたい」
「それではすぐにご飯にしましょうか。待っててくださいね」
ボナロ、と呼んだ少女は先の大戦で孤児となり、この教会に引き取られた。新しい家族ができるのは嬉しい。けれど同時に、なんて重たい命なのだろうと思う。メルチスにできることは、慈しみ、この子が幸せであるように祈るだけ。それはきっと、これからも変わらない。この街で生きていくと決めたメルチスができる、精一杯のこと。
「もうすぐ、ハウラとティトも帰ってくるよ。みんなでごはん、食べようね」
「うん」
「あ、笑った。みんなでご飯、楽しいものね」
穏やかな光景を目にしながらメルチスは台所に立つ。今という幸せを、存分に感じながら。
風が吹き、花が舞う。ロスガリアに住む人々を見守るように、見送るように。
解説
●このシナリオは?
「今」に焦点を当てたフリーアタックシナリオです。
あなたが今どこで何をしているか、住んでいる場所でどんな生活を送っているのか、それとも旅に出ているのか、あなたの「今」を教えてください。
●NPC
オープニングは登録NPC三人の今の状況です。ヴィンツは【幻旅】【刻時】、アルドは【学行】、メルチスは【学乱】でのシリーズが大きく影響しています。このタイミングで一緒に行動、または別の機会に訪ねることもできます。
登録非登録問わず、私のシナリオに出てきたNPCならばお誘い可能です。
●備考
他MSのシナリオは参照できませんが、公認情報などにのっとり、出来る限り描写させていただければと思います。
マスターより
お世話になっております。白葉うづきです。
世界が平和になった今、あなたは何をしていますか?
あなたの今を教えてください。
こちらが、私がアニエピカで出す最後のシナリオとなります。
皆さんのアニエピカライフが素敵なものであったなら、幸いです。
ご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
リプレイ
●最高の生活
ゴールディの奥の奥。裏路地にある石造りの建物には、時折人の出入りがあると噂が立っていた。看板に『質屋』と書かれた店の名前は「とかげのしっぽ」。扉を開ければ、鋭い金の眼光を持つ褐色肌の男が、楽しげに迎えてくれた。
「お、客か? よく来たな。それで――お前は何が望みだ」
むらっ気のある商売をしようと、このゴールディじゃさして問題にならない。そもそもスラム街で清廉潔白を求める方が不相応。文句のあるやつや、そもそも誰か知らねえやつだって殴り込んでくるし、そいつらと楽しく遊んだりお礼参りの梯子もナハシュは気に入っている。ギルドの登録を残してあるのは、時折実入りの良い仕事を受けるため。学園も気まぐれに通っているが、主に滞在するのはゴールディの店。店内に権利書も出していたが、盗まれそうになってからは再び金庫の中だ。
「ナハシュさん、イイモン入ってますぜ」
「ナハシュ! 飲んでるかー!」
時折掘り出し物が入る闇市に賑やかすぎる酒場、そして最高のメシがある自宅。自由気ままな男は混沌とした都市がよく似合う。しばらくはこの生活で楽しめそうだ。樽ジョッキをぶつけ、ゲラゲラ笑って酒をあおった。
「やっぱりココが一番性に合うな。おい、もう一杯頼むぜ!」
●火神への祈り
シグモル火山帯、とある粗末な小屋を訪ねると、老年の男がカイン・ステラを迎える。
「火神様の眠りをお騒がせすることがないよう、お祈りいただければと」
元神官長の男は、慎ましく生活を送っていた。そんな男がカインの目的を阻むはずもなく、共に祈りを捧げるべくその場所へ案内する。カインは一つ呼吸を置き、祈りの聖句を紡ぎ始めた。
「その祈りは、どこで?」
「え? ……家族に教わった通りだ」
地神様の編まれた大地、それが恵まれるのは火神様、そして水神様、風神様の力も必要であり、皆が尊き方。そう伝えると、ロイエは目を瞬かせた後そうかと呟く。
「ご家族は敬虔な信徒だったようだ。それも見識が広く、懐も深い。素晴らしい方々だな」
「……どうも」
ぽつぽつと会話は続く。カインが家族を失った話、そして今は王国で手伝いをしていること。ロイエはただ頷き、青年の話を静かに聞いた。
「それじゃ、また。今度は手紙を送るな」
「息災に。それとカイン。いつでも来なさい」
礼を返し、見送られながらカインは足を急がせる。踏みしめる火山の地は、どこまでも力強かった。
●日の当たる教会にて
リブラネスタの冒険者街。そこにある教会でロゼットは暮らしていた。人々の相談に乗り、求められれば治療を行う良き隣人として。奉仕活動も続けたおかげで、近辺には知らない人がいないほど顔も広くなっていた。
そんな日々を送っていたある日、ロゼットは考える。
(……最近、なんだか教会を訪ねる人が増えたような?)
特段変わったことも聞かないのに、明らかに訪問者が増えている、礼拝堂に来る人も増えたし、相談者はご婦人が増えた。
(困っている人が増えたのかしら)
平和になったはずだが、警戒も必要なのだろうか。知人から届いた化粧品の試供品を使って身支度を整えた後、礼拝堂に顔を出す。
「素敵な香を焚かれているのですね」
「香……ああ、いえ。きっと試供を頼まれた香油ですね」
「ロゼットさん、髪の手入れはどんなことを!」
「あまり大したことは……バラ水というのをつけてはいますよ」
――彼女は知らなかったが、この教会に美しい神官がいると噂が立っていた。冒険者や遠方から訪ねる人もいるほどだとか。
「何でもお聞きいたしますので、順番にどうぞ」
ロゼットは、今日も微笑みを湛える。
●いつだってダンジョン日和!
バクル・バスリーは荷物を確認すると、それを引っ掴んで外に出た。迷宮都市エドゥノーグの街並みは、今日も迷宮を目指す者たちで賑やかだ。
バクルはやるべきことを終えた後、エドゥノーグに戻ってきていた。彼はここにある大迷宮の踏破を目指す部族の子。世界を見て回りたいと飛び出した少年は青年に成長し、以前よりも迷宮踏破と鍛錬に打ち込んでいた。外の世界にいたすごい存在、そして頑張ってる皆を知ったことも大きいかもしれない。
(ぼくもがんばらないとね!)
到着したのは探索支援ギルド。今日はここでパーティーを組み、新たな枝場に潜るのだ。
「お疲れ! それ新しい武器ですか?」
「うん! この前作ってみたから試したくて」
「かっこいい、後で見せてください!」
気軽い会話をする仲間たちも、情報確認や迷宮探索には真剣。持ち帰った素材は装備を整えるお金やバクルの作る武器素材となって、さらに奥を目指す糧となる。
前と変わらない日々といえばそうだ。けれど確かに成長を感じていることが嬉しい。
今日も彼は、迷宮に潜る。
「さあ、今日はどこまでいけるかな!」
●おとなりさんと、帰る場所
「これはどうだ」
「ナハティガル様には少し小さめかと。素材も頑丈なものがいいですよね」
「なるほど、そういう基準か。ならこの椅子は」
「ええと、すごく個性的な柄だとは思いますが、私はこちらをおすすめします」
家具選びも難しいものだと、ナハティガル=ラーは感心しながら助言を得る。一緒に家具を選ぶゲルダ・クラインは、自分のものを選ぶよりずっと真剣な表情で家具を眺めていた。
この春、ナハティガルと、学園を卒業したゲルダは新たな場所で生活を始める。リーンエス王国に構えたその新居は隣同士、つまり二人はお隣さんになるのだ。お互いその準備をしていたのだが、今まで決まった居住地を持たなかったナハティガルは何を揃えていいかわからない。そこで頼ったのがゲルダであり、彼女もぜひと前のめりだった。
「きっと長く使うものになります。使いやすさも重視しましょう」
「そうだな……使えれば何でもいいと思っていたが」
「その方が買い替えもしなくて済むので」
二人は街の家財店を巡る。店数も多く、家具の種類も豊富なのはさすが王国といったところか。それこそナハティガルにとっては悩みの種でもあるが。
対してゲルダの気合いは十分だった。ナハティガルの背丈に合うよう、それに雰囲気も統一してシックな落ち着いたデザインを次々に選んでいく。家具は翌日の配送を頼み、食器やカーテン、絨毯と決めたところで、ナハティガルが尋ねた。
「いろいろ助かった。ゲルダは良いのか? そっちも揃えるんだろ」
「私はまた後日になりますね」
ゲルダも、新緑や白を基調とした実用的な調度品は選んでいた。ただ家具となると、種族の特徴上オーダーメイドを仕立ててもらう必要がある。
「家というものは考えることが多いな」
「時間を掛けるだけ、返ってくるものも多いですよ」
「面白い。自分の『家』に住むのは生まれて初めてになる。中々新鮮な気分だ」
ナハティガルはふっと笑う。
「帰るべき場所が出来るのは、思ったよりも悪くないな」
「ふふ。もっとナハティガル様が過ごしやすい空間にしませんとね」
「ゲルダの家もよければ今度見せてくれ。今日の礼も兼ねて、家づくりを手伝おう」
会話を重ねながら、二人は街を歩いていく。これからの生活に胸を弾ませているのは、きっと同じだ。
●彼のためにできること
孤児院の庭で作業していた子どもたちに、と小さな動物が駆け寄る。
「リス!」
「……あれ、もしかして」
「どうかしましたか? ……おや」
「花の娘に続いて、蘭の娘にも忍び込まれまして」
リスを認めた後、メルチス・アダラードが立ち上がる。振り向くとヴィナスがいた。
お茶をどうぞと案内され、席についたヴィナスは神父と話を始める。シャイネには視察に来たこと、今は子どもたちと遊んでいるランがついてきてしまったこと。
「視察とは?」
「ああ、それは」
ヴィナスは自身の名を告げる。聞き覚えのある響きにメルチスは驚いた。
「貴方のことだったのですね」
「ヴィナスは冒険者としての名義で。それで、前の話なんですが」
「フィオが行きたいと言っていました。他の子も出来る限り力になりたいと」
「今日はありがとうございます。差し入れまでいただいて」
「いいえ。ああ、ひとつだけ」
教会を去る前に、彼のことを話す。
「……はい。時間をかけて話がしたいと、そう考えております。何度でも、いくらかけても」
お願いしますとヴィナスは返す。友人にとって、少しでも良い方向に向かえばと願いながら。
●貴方が幸せであるように
「お姉ちゃん、お皿ならべおわったよ」
「ありがとうございますスールくん。ハウラさん、ティトくんは?」
「もう帰ってくるわ!」
「ボナロさんも、お腹すきました?」
「うん! ごはん、楽しみだな」
グナーデ教会に賑やかな声が響く。訪れたコルネリウス・アーラは子どもたちと触れ合い、共に過ごす。その一瞬一瞬を刻むよう、丁寧に、心を寄せて。
コルネリウスは、大切な存在のために力を尽くすと決めた。二度と会えないという訳ではない、けれど長命種の一生からすると、彼らとの時間はあまりにも短いのだ。
「コルネリウスさん?」
「皆もこちらへ」
「寂しくなったの?」
「ぎゅ、です!」
ピオ、スール、フィオ、ハウラ、ティト、そしてボナロ。一人一人、決して軽くない想いを込めて抱きしめ、彼らも抱きしめ返してくれた。
「この数年で皆、成長しました。もちろん貴方も」
メルチスは慈愛に満ちた視線を、コルネリウスにも送る。彼もまた、コルネリウスが幸せと笑顔を願う人。願いを告げ、想いを込めたボトルを渡せば、柔らかく瞳が細まった。
「優しく、強く、花のように繊細な子。貴方は私たちに幸せを運んでくれた。どんなに時が経とうと、愛していますよ」
●研鑽の日々
記録したノートを荷物にしまい、ヴィルヘルミナは席を立つ。パンクリアースでの勉強は充実したものだ。世の理や世界の仕組みについても机上でありながら触れることが出来、ヴィルヘルミナの足りない部分を補う意味でも役に立つ。そして、他の意味でも彼女は研鑽し続けなければならないのだ。
それは大事な人の傍にいるため。口外も、誰かに知られることも出来ない関係は、やがて表になる時が来るだろう。その時、隣で胸を張れるように。
(バレたら首が飛びそうですね。割と冗談抜きで)
白銀の薔薇を手折ろうとする者は誰とて許さないが、自分がそう見られるとなると話は別だ。とはいえ、それはまだ先の話。今は個人的な目標の達成、そして一緒にいられることの両立を目指し、ヴィルヘルミナは学業に励む。
「良い天気ですね」
休憩時間。庭園に出たヴィルヘルミナは、ペットのカカポと共に散策する。穏やかな時間で、構えていなかったカカポも羽を伸ばせるだろう。
進み、休みながら確実に一歩ずつ。ヴィルヘルミナは己の決めた道を進んでいった。
●共に在る日々の傍らにて
ルイドは、ただ一人だけの守護者だ。名も無き神の一柱を、その生涯をかけて守ると誓った。彼女と日々を過ごしながら、時折ギルドに出向いて腕試しがてら依頼を受ける。平和が訪れた後は、そんな日々を送っていた。
「ん……?」
「貴方は、先日の」
その中で再会したのは、以前屋台を手伝った少年。彼が依頼を持ってきたのかと聞けば否定が返り、その理由を知った。
「熱心だな」
「勉学だけでは正しく向き合えないからな。それに実感も欲しかった」
ルイドが納得した通りの答えにますます感心する。その身分が何であれ、単純に良い少年だ。
「そういうことなら邪魔をしたな。……あぁ、そうだ」
もう一人、気にかける少年に祝辞の言伝を頼む。称賛の言葉も添えて。
「きっと喜ぶ。なあ、貴方さえ迷惑でなければだが……少し話を聞かせてもらえないか」
「俺のか? 構わねぇが」
彼にとって、ルイドは『世界を知る者』らしい。どれだけの力になれるかはわからないが、熱心な少年と話す時間は、そう悪いものではなかった。
●引き継ぎ、紡ぐ
「そう、この書類の書き方はこちらを参考にしてくださいませ。それと消耗品の管理は――」
書類束を持ったネーヴェ・グラヌローザ、彼女が指導するのは新しく庶務として任命されたアルド・シャウアーだ。今期で庶務だった彼女は、自分がしてもらったように丁寧な引継ぎが出来ればと願い、今日叶った。
「ネーヴェさんのおかげで、不安が少なくなったよ」
「それはよかったですわ。わからないことがあればお聞きください」
勤勉で真面目な少年は物覚えも良い。ネーヴェも来期は会計で所属するため、サポートも万全だ。そこにアルフィー・リッパーがトレイを持って入ってくる。
「二人とも、お疲れ様。お茶を淹れてきたから少し休憩しよう」
「わ、ごめんなさい!」
「はは、謝るよりもお礼が嬉しいけどな」
お菓子とお茶をテーブルに並べ、三人はお茶会を楽しむ。
「ん? 尻尾、気になるか?」
「アルフィーさんのリボン、可愛いなって。僕も時々、尻尾に結ぶから」
「お二人とも可愛らしいですわよね」
今は胸元にリボンを結ぶ少年は、孤児院にいた時尾に付けていたらしい。しばらくリボントークをした後、ネーヴェの為した公約の話に移っていった。
「俺が生徒会に入るなんてな」
書類を提出に行ったアルドを見送りながら、アルフィーがぽつりと呟く。自分のことは野良猫同然だと思っていた。けれど学園に入学を果たしたどころか、生徒を代表する一人になるなんて。
「人生はわからない。じいちゃんの言った通りだ」
「アルと生徒会のお仕事が出来るの、とても嬉しいです」
ネーヴェは寄り添い、穏やかに微笑む。心を近しくした相手と居られる時間も増えるのだ。生徒会活動にもますます力が入る。
「一緒に頑張りましょうね。皆様の学園生活、そして学園のために」
「任されたからにはきっちりこなすさ。公約も守りたいし」
そこに私利私欲が混じっていないとは言わない。ちらりと見ると、彼女もこちらを見つめていた。
「……ふふっ、庭園、楽しみですわね?」
「頑張ろうな。ネーヴェがいるの、すごく心強い……」
「戻ったよ! あれ、どうしたの?」
「あ、いや! なんでもないぞ」
やがて帰ってきた少年と、ネーヴェは残りの引継ぎを済ませる。不安はあるけれど、きっと大丈夫。二人の様子を見ながら、アルフィーは忙しくなるだろう日々に思いを馳せた。
●『学園交流部』、入部者募集中!
「この辺りはどうかな」
「いいね、さっそく棚を調達しよう。ルーンスは良い場所を作れそうかな?」
「とりあえずは、だけどね。注意書きも用意しとかないと」
パンクリアース学園『学園交流部』は、つい先日設立した新興の部活だ。部室となった談話室もまだ殺風景。そこでルベア・ベルニ、シルヴィア・A・カペル、ルーンス・ラグネルはそれぞれアイディアを出し合い、談話室の充実に勤しんでいた。
「ルベア、本棚には何を置こうか」
「ううん。最初から本をぎっしり詰めたい訳じゃなくて。『皆に読んでほしい本』を置いていくの」
ルベアは想像する。ここの部員、そして訪れる人々で本を入れていく本棚。それはきっと人と人とを繋ぐきっかけになる。自分なら植物図鑑を選ぶように、個性豊かな中身になるだろう。
「素敵な本棚になりそうだ」
「私物だし、本は勝手に持ってっちゃダメだけどね。シルヴィアは?」
「そうだね……」
シルヴィアはひとつずつ並べていく。学園の皆が笑顔でいられるよう願いを込め、カペル領のローズティーとコーディアルを炭酸で割ったものを振る舞うこと。そして何にでも使える掲示板と、今後卒業生から譲り受けたものを低価格提供できる掲示板。さらには交換ノートの設置だ。
「より交流を盛んにするためにね。これでもまだ足りないかもしれないが」
「十分じゃない? 僕もいくつか差し入れさせてもらうよ」
ルーンスは設置したバスケットに『明日への行進』、そして『癒しの調べ』を他の場所に置く。
「この二つはうちの商会でも人気商品なんだ。広告も兼ねてになるけど、緊張する人がリラックスできるようにね」
もちろん注意書きを用意し、危険に配慮してだ。好みもあるから内容物の表記も必要だろう。三人は理想の談話室とするため、話を重ねて彩っていく。
「こんにちは! 今、いいですか?」
「アルド、それにレパシュ。二人とも来てくれたんだね」
「約束をしていたからな」
シルヴィアが迎えていると、隣を白い影が横切る。
「わ、あれ? ファだ!」
「飼い主の家に寄ったら一緒に来ちゃってね。ともあれ、歓迎するよ」
もう一人の少年がシルヴィア、ルベアと話している間、ルーンスはアルドにコーディアルを出した。
「これ……」
「僕はヴィンス・アーダベルト。聴講生だよ」
ソファに座る少年は、どうして、と問うように見上げる。ルーンスが自分の言いたいことを告げると、考え込むように視線を揺らした。
「なるほど、そんなイベントを」
「皆で一緒にかぁ……素敵だね」
これから行いたいと考えている活動を、二人は興味深げに聞いてくれる。身分関係なく人を結び付けてくれるだろう彼らはぜひ部に欲しいところだ。特にレパシュはシルヴィアと似ていて、彼を弟のようにも思う。
「公約の会も、そんな感じかな」
「知ってるの?」
「選挙でね。同じ境遇だし」
初対面ながら話を続けると、アルドはとても素直で真面目、レパシュは好奇心旺盛なことがわかる。この場所がもっと居心地のいい場所になるよう彼女は願いながら、彼らをもっと知っていった。
後日。二つの入部届が提出されたのは、また別の話。
●旅立ちの日に
「――以上。生徒会副会長、ジュスト・ヴェルジー」
朗々とした声が響く。一礼の後に拍手が鳴り、パンクリアース学園卒業式典は粛々と執り行われた。
「皆、元気そうで何よりだ」
「相変わらず人気者だな君は」
妬けてしまうほどだ。そう言いたそうなローザリカ・L・ディオールに、ジュストは笑ってみせる。式典終了後、ジュストとローザリカは挨拶周りのため学園内を歩いていた。先ほどまで二人の世話になったという後輩たちに囲まれ、その対応を今終えた。祝いの花束も大量だ。
「俺の見立てではロゼのファンも多かったよ。……おや」
「ジュストお兄さん、ローザリカお姉さん!」
アルドが駆け寄り、卒業の祝辞とともに二人へリボンが贈られる。シックなブラウンと、燃えるような薔薇色。二人がこれからも、色んなものを結べるようにと。
「ありがとう。君に渡したいものがあったんだ」
ジュストが渡したのは懐中時計。お守り代わりにジュストの個人紋が入っていることを伝えると、大切そうに手の中へ包んでくれた。
「僕からも。君の未来を彩ってくれればと思う」
ローザリカからは、白色のペンと、季節の花々をイメージしたインクのセット。これからの少年に必要なもの、そして何色にも染まっていけるように。有望な後輩は、ずっと大事にする、と幸せに顔を綻ばせた。
六年もの間通った学舎は、眺めているだけでもさまざまな思い出が蘇ってくる。楽しいばかりではないが充実していて、確実に今の二人を形作ったものだ。
「君とこんな風に卒業出来るなんて、六年前は信じられなかったよね」
「ああ、本当に感慨深いな」
すれ違ったまま始まった二人が手を取り合ってまだ二年。想い合うあたたかな記憶を振り返る、その前に。
「どうかしたかい、ロゼ?」
軽くつつかれ、目を瞬かせたジュストにローザリカは瞳を細める。まったく、この婚約者殿は。
(僕にも君の紋が入ったものを用意して然るべきでは!)
視線で訴えるローザリカに、ジュストはすぐ思い当たった。
「ロゼにはとっておきをプレゼントするよ」
「二番目に、だけどね」
つんと唇を尖らせたローザリカに瞳を細める。こんなにも可愛らしくおねだりされてどうしようか。
(さて、どうすれば喜んでもらえるだろう)
まだまだ二人の道は続いていく。思い出を語り、隣にいる存在との未来に想いを馳せながら、去り行く学園を並んで歩いた。
●ともだち
寮室を訪ねたレピド・クロサイトは、目を瞬かせる。
「レピドさんだ!」
「俺を知っている、のか?」
問うてから、それもそうかと納得した。そもそも二人は、同じ庶務として立候補した間柄だ。尻尾を振るアルドに祝辞を述べた後、言いにくそうにレピドは口を開く。それは庶務の仕事を知りたいというもの。来期に向けての下準備も兼ねた頼み事は、あっさりと承諾を貰った。
安堵の息を吐くレピドに、少年は笑う。
「レピドさんの公約、すごく素敵だと思ったんだ。他にも色んなお話したい。授業とか、ご飯とかも、一緒に行きたいな」
「ああ、構わない」
二、三言葉を交わした後、アルドがレピドを誘う。
「お友達になったお祝いに、一緒にご飯を食べたいなって。どう、かな」
「……ともだち?」
思わず聞き返す。少年はうんと頷いた。
「……。友達は、初めて、かも……?」
頼れる仲間ばかりだったレピドにとって、その響きは新鮮だ。噛みしめるよう何度か呟く。
「そうなんだ! なんだかくすぐったいね。レピドさんは何が好き?」
「ああ、俺は――」
話しながら、穏やかな時間に浸る。公約の会が楽しみだと告げれば、少年は嬉しそうに目を細めた。
●『ふしぎ亭』はいつも賑やか!
ここはリブラネスタに在る『ふしぎ亭』。数人で暮らすこの場所からは、今日も賑やかな声が聞こえている。
「もう! 無防備すぎだってば!」
「ふふ、ごめんなさい」
頬を染めたララベル・サン・ディーベルにアルラ・ニグラスが笑う。風呂掃除をしよう、と風呂に向かったララベルが見たのは美しい肢体。まさに今入ろうとしていたアルラと鉢合わせてしまったのだ。
「せっかくだし一緒に入る?」
「え!」
「冗談よ」
アルラは楽しそうに笑う。いつものことを微笑ましく思いながら、耳まで真っ赤に染まったララベルを見送った。
「テュリン姉、起きてる?」
扉をノックするララベルに返答はない。声をかけてから部屋に入ると、気持ちよさそうに眠るテュリン・ヴィングがいた。また夜中まで魔法の研究をしていたのだろう。
「テュリン姉、朝ご飯だよ。ちゃんと食べて……わっ!?」
「もう朝……?」
テュリンが目覚めると同時に、揺り動かした布団がずるりと落ちる。僅かな布の間から豊満な肢体が惜しげもなくララベルの目の前に晒され、さっと目を逸らした。
「ま、待ってるからね!」
「はーい」
朝食の場へ戻ると、ルーシカ、アリエッタが朝食の準備を整えていた。焼けたパンにベーコンと卵など、いい匂いがキッチンに漂っている。
「今日もおいしそう!」
「温かいうちに食べよ? 今日はこっち」
「残さず食べるんだよ」
アリエッタが腕を引っ張って隣に座らせ、席に着くとルーシカが目の前に朝食のお皿を置いてくれる。やがてアルラとテュリンも顔を出し、いつものように賑やかな朝食が始まった。
買い出しに行こうというララベルに付き合い、五人で街を散策する。春めいてきたからか街中も人が多く、店の多くも春色に染まっていた。
「アリエッタ、あの屋台さくらポタージュとさくらサンドイッチだって。可愛いし美味しそうだよ」
「! 行こう、ララベル。いい?」
「もちろん!」
「あ。ちょっと私は向こう見てくるわね」
「気を付けてねテュリン姉。……あ、向こうの店のアクセサリー春っぽくて可愛いな、アルラに似合いそう。後で見に行こう?」
「確かに素敵ね。ベルも似合うものがありそうだわ」
「いいのがあるといいな。あ、ルーシカはたくさん買ったね。荷物持つよ」
「ありがとう。助かったよララベル」
目的は食材の買い出し。だけれど寄り道もたくさんだ。彼女たちは皆ララベルのお嫁さんで、ララベルは皆の夫。結婚式だって済ませている。馴染みの街を皆で歩くだけなのがこうも楽しいのは、この日常が順風満帆な証拠だろう。
「わわっ!? ご、ごめん!!」
「大胆ねぇ」
「ち、違うってば!」
つまずいたララベルの顔が、アルラの柔らかいものに埋まる。彼の類まれなる特徴も、この日々に一役買っているには違いなかった。
夕方近くの『ふしぎ亭』は、いつもより静かな雰囲気に包まれていた。といってもアリエッタはララベルのそばにいるし、他の人も料理や作業などで建物の中にいる。ただなんとなくそれぞれの時間を過ごしているのだと思っていたら、テュリンが呼びに来た。
「ベル、キッチンに来て」
「ん? うん、行くよ」
アリエッタと手を繋いで向かう。夕飯にはまだ早い時間だ。お菓子でも焼いたのかなと覗いてみると――
「せーの! ベル、誕生日おめでと~!」
「おめでとう!」
「おめでとうだ」
「おめでとう」
そこはパーティー会場だった。賑やかに飾り付けられ、美味しそうな料理もテーブルいっぱいに並んでいる。ぽかんとしていたララベルも、徐々に状況を飲み込んできた。そうだ、今日はララベルの誕生日だった。
「まずはプレゼントね。私からはこれ」
アルラが渡したのはワイン。ララベルの髪に似た美しい色をしていて、緑の宝石のような飾りがある。
「探してたらちょうどいいのがあったの。後で一緒に楽しみましょう?」
「ありがとう!」
「ボクはこの料理たちだ。食べたいって聞いていたからね」
ルーシカはテーブルの上を示す。ハート形のピザにハート形にソースをかけたオムレツ、そしてフルーツもりだくさんの豪華なケーキだ。
「すっごくおいしそう!」
「お腹いっぱい食べてくれ」
「次は私ね。はいどうぞ、ベル」
テュリンが渡したのは小箱。それを開くと、美しい指輪が入っている。
「わ、綺麗!」
「アクアマリンの指輪よ。ベルの誕生石だし、石言葉も似合うから」
アリエッタからもプレゼントをもらい、ララベルの腕の中はプレゼントでいっぱいだ。嬉しさに顔が緩んで仕方がない。
「ありがとう皆。ね、こっちに来てほしいな」
そう言ってテュリンに、アルラに、ルーシカに、アリエッタに、柔らかい口付けを贈った。幸せそうなララベルに四人も表情を緩め、それぞれ口付けを返す。
「ピザもオムレツも熱々だから、冷めないうちに召し上がれ。あーんの特典も付けてあげようか?」
「うん、ぜひ!」
席に着き、ルーシカにオムレツを食べさせてもらう。美味しさに顔を綻ばせながら、ララベルは皆に伝える。
「今日は本当にありがとう。皆、これからもずっとよろしくね」
「うん。ララベルとあたしたちは、ずっと一緒だよ」
「もちろん。これまでも、これからもよろしくね」
「まだボクらの生活も始まったばかりだからね」
「それに今日の夜も始まったばかりよ。たくさん『楽しみ』ましょ~!」
アリエッタが寄り添い、テュリンがルーシカはピザを口元に運び、アルラは猫のように身を寄せる。柔らかな気分に包まれながら、まるで全員が世界一の幸せ者にでもなったように、その夜は笑顔が絶えなかった。
●又旅
「やあ、元気にしてたかい?」
「久しぶりだね、キオ」
ふらりと酒場に現れたキオルティスは、久しい友人に軽く手を挙げた。そのまま二人で話していると、これからの話題となる。友人は故郷に帰り家督を継ぐらしい。喜ばしいことだ。
「キオはどうするんだ?」
「俺たちはそろそろ旅に出るよ」
今は旅支度の最中。いつものように楽器を磨き、外に出て必要な物資を揃え、友人たちに挨拶。もちろん楽器と歌の練習は欠かさずに。俺たちはこれまでも、これからも『吟遊詩人』だから。
次の旅は妹、そして今度は友人も加えた三人旅。以前の暮らしに戻るだけだが、一人加わった旅はまた違った景色を見せてくれるだろう。滞在していた場所とも、もうすぐお別れだ。
(寂しい気もするね)
ここで紡いだ大切な思い出も、友人も、遠く離れてしまう。
でも。キオルティスは自由気ままな旅の吟遊詩人。いつだって大切な友人たちに会いに行ける。その日が今から、楽しみだ。
酒場のドアが開き、また友人が入ってくる。キオルティスはいつものように彼らを迎え、話に花を咲かせた。
●世界を刻む
花が舞う。風に乗った花びらは、座っていたベンチにも落ちていく。
「桜の花の季節ですね」
訪れたシャルガネは街中に桜が咲いていた。春は今年も美しく色付き、道行く人々の顔にも笑顔が多い。トーラはそのすべてを眺めながら緑茶と桜餅を口に運ぶ。美しく、幻想的な風景。――そう感じる心は、あとどれくらいもつのだろうか。
トーラはもう、人を越えている。『超越者』というその区分は、世界の敵であったヨゼフ皇帝、そして名を失った皇妃と同じだ。もし、トーラが彼らと同じように歪んでしまったら。きっとこの美しい世界も、大切な人たちも傷つけてしまう。
だからトーラは、人の社会から距離を置くことを決めた。
今は、その前準備。
もしもがあっても踏みとどまれるよう、この世界との大切な思い出を刻むための旅。
トーラは顔を上げる。青空に淡い桃色の花。美しくも寂しいと感じるのは、すぐ散ってしまうからだろうか。いや、きっと。
「わたしが寂しいと思っているから、でしょうか」
花風がトーラを包む。賑やかで美しい景色を刻むよう、彼女はずっと見つめていた。
ゴールディの奥の奥。裏路地にある石造りの建物には、時折人の出入りがあると噂が立っていた。看板に『質屋』と書かれた店の名前は「とかげのしっぽ」。扉を開ければ、鋭い金の眼光を持つ褐色肌の男が、楽しげに迎えてくれた。
「お、客か? よく来たな。それで――お前は何が望みだ」
むらっ気のある商売をしようと、このゴールディじゃさして問題にならない。そもそもスラム街で清廉潔白を求める方が不相応。文句のあるやつや、そもそも誰か知らねえやつだって殴り込んでくるし、そいつらと楽しく遊んだりお礼参りの梯子もナハシュは気に入っている。ギルドの登録を残してあるのは、時折実入りの良い仕事を受けるため。学園も気まぐれに通っているが、主に滞在するのはゴールディの店。店内に権利書も出していたが、盗まれそうになってからは再び金庫の中だ。
「ナハシュさん、イイモン入ってますぜ」
「ナハシュ! 飲んでるかー!」
時折掘り出し物が入る闇市に賑やかすぎる酒場、そして最高のメシがある自宅。自由気ままな男は混沌とした都市がよく似合う。しばらくはこの生活で楽しめそうだ。樽ジョッキをぶつけ、ゲラゲラ笑って酒をあおった。
「やっぱりココが一番性に合うな。おい、もう一杯頼むぜ!」
●火神への祈り
シグモル火山帯、とある粗末な小屋を訪ねると、老年の男がカイン・ステラを迎える。
「火神様の眠りをお騒がせすることがないよう、お祈りいただければと」
元神官長の男は、慎ましく生活を送っていた。そんな男がカインの目的を阻むはずもなく、共に祈りを捧げるべくその場所へ案内する。カインは一つ呼吸を置き、祈りの聖句を紡ぎ始めた。
「その祈りは、どこで?」
「え? ……家族に教わった通りだ」
地神様の編まれた大地、それが恵まれるのは火神様、そして水神様、風神様の力も必要であり、皆が尊き方。そう伝えると、ロイエは目を瞬かせた後そうかと呟く。
「ご家族は敬虔な信徒だったようだ。それも見識が広く、懐も深い。素晴らしい方々だな」
「……どうも」
ぽつぽつと会話は続く。カインが家族を失った話、そして今は王国で手伝いをしていること。ロイエはただ頷き、青年の話を静かに聞いた。
「それじゃ、また。今度は手紙を送るな」
「息災に。それとカイン。いつでも来なさい」
礼を返し、見送られながらカインは足を急がせる。踏みしめる火山の地は、どこまでも力強かった。
●日の当たる教会にて
リブラネスタの冒険者街。そこにある教会でロゼットは暮らしていた。人々の相談に乗り、求められれば治療を行う良き隣人として。奉仕活動も続けたおかげで、近辺には知らない人がいないほど顔も広くなっていた。
そんな日々を送っていたある日、ロゼットは考える。
(……最近、なんだか教会を訪ねる人が増えたような?)
特段変わったことも聞かないのに、明らかに訪問者が増えている、礼拝堂に来る人も増えたし、相談者はご婦人が増えた。
(困っている人が増えたのかしら)
平和になったはずだが、警戒も必要なのだろうか。知人から届いた化粧品の試供品を使って身支度を整えた後、礼拝堂に顔を出す。
「素敵な香を焚かれているのですね」
「香……ああ、いえ。きっと試供を頼まれた香油ですね」
「ロゼットさん、髪の手入れはどんなことを!」
「あまり大したことは……バラ水というのをつけてはいますよ」
――彼女は知らなかったが、この教会に美しい神官がいると噂が立っていた。冒険者や遠方から訪ねる人もいるほどだとか。
「何でもお聞きいたしますので、順番にどうぞ」
ロゼットは、今日も微笑みを湛える。
●いつだってダンジョン日和!
バクル・バスリーは荷物を確認すると、それを引っ掴んで外に出た。迷宮都市エドゥノーグの街並みは、今日も迷宮を目指す者たちで賑やかだ。
バクルはやるべきことを終えた後、エドゥノーグに戻ってきていた。彼はここにある大迷宮の踏破を目指す部族の子。世界を見て回りたいと飛び出した少年は青年に成長し、以前よりも迷宮踏破と鍛錬に打ち込んでいた。外の世界にいたすごい存在、そして頑張ってる皆を知ったことも大きいかもしれない。
(ぼくもがんばらないとね!)
到着したのは探索支援ギルド。今日はここでパーティーを組み、新たな枝場に潜るのだ。
「お疲れ! それ新しい武器ですか?」
「うん! この前作ってみたから試したくて」
「かっこいい、後で見せてください!」
気軽い会話をする仲間たちも、情報確認や迷宮探索には真剣。持ち帰った素材は装備を整えるお金やバクルの作る武器素材となって、さらに奥を目指す糧となる。
前と変わらない日々といえばそうだ。けれど確かに成長を感じていることが嬉しい。
今日も彼は、迷宮に潜る。
「さあ、今日はどこまでいけるかな!」
●おとなりさんと、帰る場所
「これはどうだ」
「ナハティガル様には少し小さめかと。素材も頑丈なものがいいですよね」
「なるほど、そういう基準か。ならこの椅子は」
「ええと、すごく個性的な柄だとは思いますが、私はこちらをおすすめします」
家具選びも難しいものだと、ナハティガル=ラーは感心しながら助言を得る。一緒に家具を選ぶゲルダ・クラインは、自分のものを選ぶよりずっと真剣な表情で家具を眺めていた。
この春、ナハティガルと、学園を卒業したゲルダは新たな場所で生活を始める。リーンエス王国に構えたその新居は隣同士、つまり二人はお隣さんになるのだ。お互いその準備をしていたのだが、今まで決まった居住地を持たなかったナハティガルは何を揃えていいかわからない。そこで頼ったのがゲルダであり、彼女もぜひと前のめりだった。
「きっと長く使うものになります。使いやすさも重視しましょう」
「そうだな……使えれば何でもいいと思っていたが」
「その方が買い替えもしなくて済むので」
二人は街の家財店を巡る。店数も多く、家具の種類も豊富なのはさすが王国といったところか。それこそナハティガルにとっては悩みの種でもあるが。
対してゲルダの気合いは十分だった。ナハティガルの背丈に合うよう、それに雰囲気も統一してシックな落ち着いたデザインを次々に選んでいく。家具は翌日の配送を頼み、食器やカーテン、絨毯と決めたところで、ナハティガルが尋ねた。
「いろいろ助かった。ゲルダは良いのか? そっちも揃えるんだろ」
「私はまた後日になりますね」
ゲルダも、新緑や白を基調とした実用的な調度品は選んでいた。ただ家具となると、種族の特徴上オーダーメイドを仕立ててもらう必要がある。
「家というものは考えることが多いな」
「時間を掛けるだけ、返ってくるものも多いですよ」
「面白い。自分の『家』に住むのは生まれて初めてになる。中々新鮮な気分だ」
ナハティガルはふっと笑う。
「帰るべき場所が出来るのは、思ったよりも悪くないな」
「ふふ。もっとナハティガル様が過ごしやすい空間にしませんとね」
「ゲルダの家もよければ今度見せてくれ。今日の礼も兼ねて、家づくりを手伝おう」
会話を重ねながら、二人は街を歩いていく。これからの生活に胸を弾ませているのは、きっと同じだ。
●彼のためにできること
孤児院の庭で作業していた子どもたちに、と小さな動物が駆け寄る。
「リス!」
「……あれ、もしかして」
「どうかしましたか? ……おや」
「花の娘に続いて、蘭の娘にも忍び込まれまして」
リスを認めた後、メルチス・アダラードが立ち上がる。振り向くとヴィナスがいた。
お茶をどうぞと案内され、席についたヴィナスは神父と話を始める。シャイネには視察に来たこと、今は子どもたちと遊んでいるランがついてきてしまったこと。
「視察とは?」
「ああ、それは」
ヴィナスは自身の名を告げる。聞き覚えのある響きにメルチスは驚いた。
「貴方のことだったのですね」
「ヴィナスは冒険者としての名義で。それで、前の話なんですが」
「フィオが行きたいと言っていました。他の子も出来る限り力になりたいと」
「今日はありがとうございます。差し入れまでいただいて」
「いいえ。ああ、ひとつだけ」
教会を去る前に、彼のことを話す。
「……はい。時間をかけて話がしたいと、そう考えております。何度でも、いくらかけても」
お願いしますとヴィナスは返す。友人にとって、少しでも良い方向に向かえばと願いながら。
●貴方が幸せであるように
「お姉ちゃん、お皿ならべおわったよ」
「ありがとうございますスールくん。ハウラさん、ティトくんは?」
「もう帰ってくるわ!」
「ボナロさんも、お腹すきました?」
「うん! ごはん、楽しみだな」
グナーデ教会に賑やかな声が響く。訪れたコルネリウス・アーラは子どもたちと触れ合い、共に過ごす。その一瞬一瞬を刻むよう、丁寧に、心を寄せて。
コルネリウスは、大切な存在のために力を尽くすと決めた。二度と会えないという訳ではない、けれど長命種の一生からすると、彼らとの時間はあまりにも短いのだ。
「コルネリウスさん?」
「皆もこちらへ」
「寂しくなったの?」
「ぎゅ、です!」
ピオ、スール、フィオ、ハウラ、ティト、そしてボナロ。一人一人、決して軽くない想いを込めて抱きしめ、彼らも抱きしめ返してくれた。
「この数年で皆、成長しました。もちろん貴方も」
メルチスは慈愛に満ちた視線を、コルネリウスにも送る。彼もまた、コルネリウスが幸せと笑顔を願う人。願いを告げ、想いを込めたボトルを渡せば、柔らかく瞳が細まった。
「優しく、強く、花のように繊細な子。貴方は私たちに幸せを運んでくれた。どんなに時が経とうと、愛していますよ」
●研鑽の日々
記録したノートを荷物にしまい、ヴィルヘルミナは席を立つ。パンクリアースでの勉強は充実したものだ。世の理や世界の仕組みについても机上でありながら触れることが出来、ヴィルヘルミナの足りない部分を補う意味でも役に立つ。そして、他の意味でも彼女は研鑽し続けなければならないのだ。
それは大事な人の傍にいるため。口外も、誰かに知られることも出来ない関係は、やがて表になる時が来るだろう。その時、隣で胸を張れるように。
(バレたら首が飛びそうですね。割と冗談抜きで)
白銀の薔薇を手折ろうとする者は誰とて許さないが、自分がそう見られるとなると話は別だ。とはいえ、それはまだ先の話。今は個人的な目標の達成、そして一緒にいられることの両立を目指し、ヴィルヘルミナは学業に励む。
「良い天気ですね」
休憩時間。庭園に出たヴィルヘルミナは、ペットのカカポと共に散策する。穏やかな時間で、構えていなかったカカポも羽を伸ばせるだろう。
進み、休みながら確実に一歩ずつ。ヴィルヘルミナは己の決めた道を進んでいった。
●共に在る日々の傍らにて
ルイドは、ただ一人だけの守護者だ。名も無き神の一柱を、その生涯をかけて守ると誓った。彼女と日々を過ごしながら、時折ギルドに出向いて腕試しがてら依頼を受ける。平和が訪れた後は、そんな日々を送っていた。
「ん……?」
「貴方は、先日の」
その中で再会したのは、以前屋台を手伝った少年。彼が依頼を持ってきたのかと聞けば否定が返り、その理由を知った。
「熱心だな」
「勉学だけでは正しく向き合えないからな。それに実感も欲しかった」
ルイドが納得した通りの答えにますます感心する。その身分が何であれ、単純に良い少年だ。
「そういうことなら邪魔をしたな。……あぁ、そうだ」
もう一人、気にかける少年に祝辞の言伝を頼む。称賛の言葉も添えて。
「きっと喜ぶ。なあ、貴方さえ迷惑でなければだが……少し話を聞かせてもらえないか」
「俺のか? 構わねぇが」
彼にとって、ルイドは『世界を知る者』らしい。どれだけの力になれるかはわからないが、熱心な少年と話す時間は、そう悪いものではなかった。
●引き継ぎ、紡ぐ
「そう、この書類の書き方はこちらを参考にしてくださいませ。それと消耗品の管理は――」
書類束を持ったネーヴェ・グラヌローザ、彼女が指導するのは新しく庶務として任命されたアルド・シャウアーだ。今期で庶務だった彼女は、自分がしてもらったように丁寧な引継ぎが出来ればと願い、今日叶った。
「ネーヴェさんのおかげで、不安が少なくなったよ」
「それはよかったですわ。わからないことがあればお聞きください」
勤勉で真面目な少年は物覚えも良い。ネーヴェも来期は会計で所属するため、サポートも万全だ。そこにアルフィー・リッパーがトレイを持って入ってくる。
「二人とも、お疲れ様。お茶を淹れてきたから少し休憩しよう」
「わ、ごめんなさい!」
「はは、謝るよりもお礼が嬉しいけどな」
お菓子とお茶をテーブルに並べ、三人はお茶会を楽しむ。
「ん? 尻尾、気になるか?」
「アルフィーさんのリボン、可愛いなって。僕も時々、尻尾に結ぶから」
「お二人とも可愛らしいですわよね」
今は胸元にリボンを結ぶ少年は、孤児院にいた時尾に付けていたらしい。しばらくリボントークをした後、ネーヴェの為した公約の話に移っていった。
「俺が生徒会に入るなんてな」
書類を提出に行ったアルドを見送りながら、アルフィーがぽつりと呟く。自分のことは野良猫同然だと思っていた。けれど学園に入学を果たしたどころか、生徒を代表する一人になるなんて。
「人生はわからない。じいちゃんの言った通りだ」
「アルと生徒会のお仕事が出来るの、とても嬉しいです」
ネーヴェは寄り添い、穏やかに微笑む。心を近しくした相手と居られる時間も増えるのだ。生徒会活動にもますます力が入る。
「一緒に頑張りましょうね。皆様の学園生活、そして学園のために」
「任されたからにはきっちりこなすさ。公約も守りたいし」
そこに私利私欲が混じっていないとは言わない。ちらりと見ると、彼女もこちらを見つめていた。
「……ふふっ、庭園、楽しみですわね?」
「頑張ろうな。ネーヴェがいるの、すごく心強い……」
「戻ったよ! あれ、どうしたの?」
「あ、いや! なんでもないぞ」
やがて帰ってきた少年と、ネーヴェは残りの引継ぎを済ませる。不安はあるけれど、きっと大丈夫。二人の様子を見ながら、アルフィーは忙しくなるだろう日々に思いを馳せた。
●『学園交流部』、入部者募集中!
「この辺りはどうかな」
「いいね、さっそく棚を調達しよう。ルーンスは良い場所を作れそうかな?」
「とりあえずは、だけどね。注意書きも用意しとかないと」
パンクリアース学園『学園交流部』は、つい先日設立した新興の部活だ。部室となった談話室もまだ殺風景。そこでルベア・ベルニ、シルヴィア・A・カペル、ルーンス・ラグネルはそれぞれアイディアを出し合い、談話室の充実に勤しんでいた。
「ルベア、本棚には何を置こうか」
「ううん。最初から本をぎっしり詰めたい訳じゃなくて。『皆に読んでほしい本』を置いていくの」
ルベアは想像する。ここの部員、そして訪れる人々で本を入れていく本棚。それはきっと人と人とを繋ぐきっかけになる。自分なら植物図鑑を選ぶように、個性豊かな中身になるだろう。
「素敵な本棚になりそうだ」
「私物だし、本は勝手に持ってっちゃダメだけどね。シルヴィアは?」
「そうだね……」
シルヴィアはひとつずつ並べていく。学園の皆が笑顔でいられるよう願いを込め、カペル領のローズティーとコーディアルを炭酸で割ったものを振る舞うこと。そして何にでも使える掲示板と、今後卒業生から譲り受けたものを低価格提供できる掲示板。さらには交換ノートの設置だ。
「より交流を盛んにするためにね。これでもまだ足りないかもしれないが」
「十分じゃない? 僕もいくつか差し入れさせてもらうよ」
ルーンスは設置したバスケットに『明日への行進』、そして『癒しの調べ』を他の場所に置く。
「この二つはうちの商会でも人気商品なんだ。広告も兼ねてになるけど、緊張する人がリラックスできるようにね」
もちろん注意書きを用意し、危険に配慮してだ。好みもあるから内容物の表記も必要だろう。三人は理想の談話室とするため、話を重ねて彩っていく。
「こんにちは! 今、いいですか?」
「アルド、それにレパシュ。二人とも来てくれたんだね」
「約束をしていたからな」
シルヴィアが迎えていると、隣を白い影が横切る。
「わ、あれ? ファだ!」
「飼い主の家に寄ったら一緒に来ちゃってね。ともあれ、歓迎するよ」
もう一人の少年がシルヴィア、ルベアと話している間、ルーンスはアルドにコーディアルを出した。
「これ……」
「僕はヴィンス・アーダベルト。聴講生だよ」
ソファに座る少年は、どうして、と問うように見上げる。ルーンスが自分の言いたいことを告げると、考え込むように視線を揺らした。
「なるほど、そんなイベントを」
「皆で一緒にかぁ……素敵だね」
これから行いたいと考えている活動を、二人は興味深げに聞いてくれる。身分関係なく人を結び付けてくれるだろう彼らはぜひ部に欲しいところだ。特にレパシュはシルヴィアと似ていて、彼を弟のようにも思う。
「公約の会も、そんな感じかな」
「知ってるの?」
「選挙でね。同じ境遇だし」
初対面ながら話を続けると、アルドはとても素直で真面目、レパシュは好奇心旺盛なことがわかる。この場所がもっと居心地のいい場所になるよう彼女は願いながら、彼らをもっと知っていった。
後日。二つの入部届が提出されたのは、また別の話。
●旅立ちの日に
「――以上。生徒会副会長、ジュスト・ヴェルジー」
朗々とした声が響く。一礼の後に拍手が鳴り、パンクリアース学園卒業式典は粛々と執り行われた。
「皆、元気そうで何よりだ」
「相変わらず人気者だな君は」
妬けてしまうほどだ。そう言いたそうなローザリカ・L・ディオールに、ジュストは笑ってみせる。式典終了後、ジュストとローザリカは挨拶周りのため学園内を歩いていた。先ほどまで二人の世話になったという後輩たちに囲まれ、その対応を今終えた。祝いの花束も大量だ。
「俺の見立てではロゼのファンも多かったよ。……おや」
「ジュストお兄さん、ローザリカお姉さん!」
アルドが駆け寄り、卒業の祝辞とともに二人へリボンが贈られる。シックなブラウンと、燃えるような薔薇色。二人がこれからも、色んなものを結べるようにと。
「ありがとう。君に渡したいものがあったんだ」
ジュストが渡したのは懐中時計。お守り代わりにジュストの個人紋が入っていることを伝えると、大切そうに手の中へ包んでくれた。
「僕からも。君の未来を彩ってくれればと思う」
ローザリカからは、白色のペンと、季節の花々をイメージしたインクのセット。これからの少年に必要なもの、そして何色にも染まっていけるように。有望な後輩は、ずっと大事にする、と幸せに顔を綻ばせた。
六年もの間通った学舎は、眺めているだけでもさまざまな思い出が蘇ってくる。楽しいばかりではないが充実していて、確実に今の二人を形作ったものだ。
「君とこんな風に卒業出来るなんて、六年前は信じられなかったよね」
「ああ、本当に感慨深いな」
すれ違ったまま始まった二人が手を取り合ってまだ二年。想い合うあたたかな記憶を振り返る、その前に。
「どうかしたかい、ロゼ?」
軽くつつかれ、目を瞬かせたジュストにローザリカは瞳を細める。まったく、この婚約者殿は。
(僕にも君の紋が入ったものを用意して然るべきでは!)
視線で訴えるローザリカに、ジュストはすぐ思い当たった。
「ロゼにはとっておきをプレゼントするよ」
「二番目に、だけどね」
つんと唇を尖らせたローザリカに瞳を細める。こんなにも可愛らしくおねだりされてどうしようか。
(さて、どうすれば喜んでもらえるだろう)
まだまだ二人の道は続いていく。思い出を語り、隣にいる存在との未来に想いを馳せながら、去り行く学園を並んで歩いた。
●ともだち
寮室を訪ねたレピド・クロサイトは、目を瞬かせる。
「レピドさんだ!」
「俺を知っている、のか?」
問うてから、それもそうかと納得した。そもそも二人は、同じ庶務として立候補した間柄だ。尻尾を振るアルドに祝辞を述べた後、言いにくそうにレピドは口を開く。それは庶務の仕事を知りたいというもの。来期に向けての下準備も兼ねた頼み事は、あっさりと承諾を貰った。
安堵の息を吐くレピドに、少年は笑う。
「レピドさんの公約、すごく素敵だと思ったんだ。他にも色んなお話したい。授業とか、ご飯とかも、一緒に行きたいな」
「ああ、構わない」
二、三言葉を交わした後、アルドがレピドを誘う。
「お友達になったお祝いに、一緒にご飯を食べたいなって。どう、かな」
「……ともだち?」
思わず聞き返す。少年はうんと頷いた。
「……。友達は、初めて、かも……?」
頼れる仲間ばかりだったレピドにとって、その響きは新鮮だ。噛みしめるよう何度か呟く。
「そうなんだ! なんだかくすぐったいね。レピドさんは何が好き?」
「ああ、俺は――」
話しながら、穏やかな時間に浸る。公約の会が楽しみだと告げれば、少年は嬉しそうに目を細めた。
●『ふしぎ亭』はいつも賑やか!
ここはリブラネスタに在る『ふしぎ亭』。数人で暮らすこの場所からは、今日も賑やかな声が聞こえている。
「もう! 無防備すぎだってば!」
「ふふ、ごめんなさい」
頬を染めたララベル・サン・ディーベルにアルラ・ニグラスが笑う。風呂掃除をしよう、と風呂に向かったララベルが見たのは美しい肢体。まさに今入ろうとしていたアルラと鉢合わせてしまったのだ。
「せっかくだし一緒に入る?」
「え!」
「冗談よ」
アルラは楽しそうに笑う。いつものことを微笑ましく思いながら、耳まで真っ赤に染まったララベルを見送った。
「テュリン姉、起きてる?」
扉をノックするララベルに返答はない。声をかけてから部屋に入ると、気持ちよさそうに眠るテュリン・ヴィングがいた。また夜中まで魔法の研究をしていたのだろう。
「テュリン姉、朝ご飯だよ。ちゃんと食べて……わっ!?」
「もう朝……?」
テュリンが目覚めると同時に、揺り動かした布団がずるりと落ちる。僅かな布の間から豊満な肢体が惜しげもなくララベルの目の前に晒され、さっと目を逸らした。
「ま、待ってるからね!」
「はーい」
朝食の場へ戻ると、ルーシカ、アリエッタが朝食の準備を整えていた。焼けたパンにベーコンと卵など、いい匂いがキッチンに漂っている。
「今日もおいしそう!」
「温かいうちに食べよ? 今日はこっち」
「残さず食べるんだよ」
アリエッタが腕を引っ張って隣に座らせ、席に着くとルーシカが目の前に朝食のお皿を置いてくれる。やがてアルラとテュリンも顔を出し、いつものように賑やかな朝食が始まった。
買い出しに行こうというララベルに付き合い、五人で街を散策する。春めいてきたからか街中も人が多く、店の多くも春色に染まっていた。
「アリエッタ、あの屋台さくらポタージュとさくらサンドイッチだって。可愛いし美味しそうだよ」
「! 行こう、ララベル。いい?」
「もちろん!」
「あ。ちょっと私は向こう見てくるわね」
「気を付けてねテュリン姉。……あ、向こうの店のアクセサリー春っぽくて可愛いな、アルラに似合いそう。後で見に行こう?」
「確かに素敵ね。ベルも似合うものがありそうだわ」
「いいのがあるといいな。あ、ルーシカはたくさん買ったね。荷物持つよ」
「ありがとう。助かったよララベル」
目的は食材の買い出し。だけれど寄り道もたくさんだ。彼女たちは皆ララベルのお嫁さんで、ララベルは皆の夫。結婚式だって済ませている。馴染みの街を皆で歩くだけなのがこうも楽しいのは、この日常が順風満帆な証拠だろう。
「わわっ!? ご、ごめん!!」
「大胆ねぇ」
「ち、違うってば!」
つまずいたララベルの顔が、アルラの柔らかいものに埋まる。彼の類まれなる特徴も、この日々に一役買っているには違いなかった。
夕方近くの『ふしぎ亭』は、いつもより静かな雰囲気に包まれていた。といってもアリエッタはララベルのそばにいるし、他の人も料理や作業などで建物の中にいる。ただなんとなくそれぞれの時間を過ごしているのだと思っていたら、テュリンが呼びに来た。
「ベル、キッチンに来て」
「ん? うん、行くよ」
アリエッタと手を繋いで向かう。夕飯にはまだ早い時間だ。お菓子でも焼いたのかなと覗いてみると――
「せーの! ベル、誕生日おめでと~!」
「おめでとう!」
「おめでとうだ」
「おめでとう」
そこはパーティー会場だった。賑やかに飾り付けられ、美味しそうな料理もテーブルいっぱいに並んでいる。ぽかんとしていたララベルも、徐々に状況を飲み込んできた。そうだ、今日はララベルの誕生日だった。
「まずはプレゼントね。私からはこれ」
アルラが渡したのはワイン。ララベルの髪に似た美しい色をしていて、緑の宝石のような飾りがある。
「探してたらちょうどいいのがあったの。後で一緒に楽しみましょう?」
「ありがとう!」
「ボクはこの料理たちだ。食べたいって聞いていたからね」
ルーシカはテーブルの上を示す。ハート形のピザにハート形にソースをかけたオムレツ、そしてフルーツもりだくさんの豪華なケーキだ。
「すっごくおいしそう!」
「お腹いっぱい食べてくれ」
「次は私ね。はいどうぞ、ベル」
テュリンが渡したのは小箱。それを開くと、美しい指輪が入っている。
「わ、綺麗!」
「アクアマリンの指輪よ。ベルの誕生石だし、石言葉も似合うから」
アリエッタからもプレゼントをもらい、ララベルの腕の中はプレゼントでいっぱいだ。嬉しさに顔が緩んで仕方がない。
「ありがとう皆。ね、こっちに来てほしいな」
そう言ってテュリンに、アルラに、ルーシカに、アリエッタに、柔らかい口付けを贈った。幸せそうなララベルに四人も表情を緩め、それぞれ口付けを返す。
「ピザもオムレツも熱々だから、冷めないうちに召し上がれ。あーんの特典も付けてあげようか?」
「うん、ぜひ!」
席に着き、ルーシカにオムレツを食べさせてもらう。美味しさに顔を綻ばせながら、ララベルは皆に伝える。
「今日は本当にありがとう。皆、これからもずっとよろしくね」
「うん。ララベルとあたしたちは、ずっと一緒だよ」
「もちろん。これまでも、これからもよろしくね」
「まだボクらの生活も始まったばかりだからね」
「それに今日の夜も始まったばかりよ。たくさん『楽しみ』ましょ~!」
アリエッタが寄り添い、テュリンがルーシカはピザを口元に運び、アルラは猫のように身を寄せる。柔らかな気分に包まれながら、まるで全員が世界一の幸せ者にでもなったように、その夜は笑顔が絶えなかった。
●又旅
「やあ、元気にしてたかい?」
「久しぶりだね、キオ」
ふらりと酒場に現れたキオルティスは、久しい友人に軽く手を挙げた。そのまま二人で話していると、これからの話題となる。友人は故郷に帰り家督を継ぐらしい。喜ばしいことだ。
「キオはどうするんだ?」
「俺たちはそろそろ旅に出るよ」
今は旅支度の最中。いつものように楽器を磨き、外に出て必要な物資を揃え、友人たちに挨拶。もちろん楽器と歌の練習は欠かさずに。俺たちはこれまでも、これからも『吟遊詩人』だから。
次の旅は妹、そして今度は友人も加えた三人旅。以前の暮らしに戻るだけだが、一人加わった旅はまた違った景色を見せてくれるだろう。滞在していた場所とも、もうすぐお別れだ。
(寂しい気もするね)
ここで紡いだ大切な思い出も、友人も、遠く離れてしまう。
でも。キオルティスは自由気ままな旅の吟遊詩人。いつだって大切な友人たちに会いに行ける。その日が今から、楽しみだ。
酒場のドアが開き、また友人が入ってくる。キオルティスはいつものように彼らを迎え、話に花を咲かせた。
●世界を刻む
花が舞う。風に乗った花びらは、座っていたベンチにも落ちていく。
「桜の花の季節ですね」
訪れたシャルガネは街中に桜が咲いていた。春は今年も美しく色付き、道行く人々の顔にも笑顔が多い。トーラはそのすべてを眺めながら緑茶と桜餅を口に運ぶ。美しく、幻想的な風景。――そう感じる心は、あとどれくらいもつのだろうか。
トーラはもう、人を越えている。『超越者』というその区分は、世界の敵であったヨゼフ皇帝、そして名を失った皇妃と同じだ。もし、トーラが彼らと同じように歪んでしまったら。きっとこの美しい世界も、大切な人たちも傷つけてしまう。
だからトーラは、人の社会から距離を置くことを決めた。
今は、その前準備。
もしもがあっても踏みとどまれるよう、この世界との大切な思い出を刻むための旅。
トーラは顔を上げる。青空に淡い桃色の花。美しくも寂しいと感じるのは、すぐ散ってしまうからだろうか。いや、きっと。
「わたしが寂しいと思っているから、でしょうか」
花風がトーラを包む。賑やかで美しい景色を刻むよう、彼女はずっと見つめていた。
マスターコメント
お疲れ様でした!
皆様の今を知り、またこれまでを想って幸せな気持ちで書かせていただきました。
このリプレイを綴ることができ、大変光栄です。皆様がMVPとなります。
アニエピカに関わることが出来、本当に良かったと思います。
これまでありがとうございました!
イベントシナリオ易しい 報酬:無し25 / 4〜25人
2024年03月30日 23時25分30秒 公開
大成功
参加者
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