タイムカプセルの木
七海真砂
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シナリオID:3488
オープニング
元『預言の魔女』オペラは旅に出ると、クリエスター山脈とシルトラース帝国を横断し、フィルエス大森林を訪れていた。
フィルエス大森林といえば、『世界樹』と呼ばれる大樹が有名だった、が――。
「本当に……消えてしまったのじゃな……」
今そこには、何も無い茶色の地面が広がるばかり。
滅国の皇妃との戦いを迎え、世界樹は授恵者達へと力を分け与えた末に消滅してしまったからだ。
「もう、わたくし達にハイアルヴの声は聞こえません。ですけど確かに、世界樹はここに在るのですわ」
胸元にそっと触れながら微笑んだのは一人のエルフ。
オペラ達を案内してきた、湖水の氏族の巫女、ニルヴァーナであった。
「見えなくても、聞こえなくても、居る、と?」
「はい。……姿が見えなくなっても、ここはわたくし達にとって聖地のようなもの……これからも大切に守りながら暮らしていく事になるでしょうね」
ニルヴァーナによれば、こうして世界樹の跡地への出入りは管理されていく事になるだろうし、周辺を守りながら暮らすエルフも少なくない数いるだろう。ニルヴァーナ自身も、湖水の里と世界樹の跡地を行き来しながらの生活を送っていくつもりだった。
「なるほどのう……」
世界樹はもういない。
けれど、ニルヴァーナ達にとっては間違いなく『いる』。
その在りようは、消えてしまった『かみさま』に通じる何かをオペラに見せてくれたような気がして、大変役に立ったと、オペラは頭を下げた。
「いいえ、お気になさらず。……ああ、そうですわ! 実は近々、世界樹跡地の近くで植樹会をする予定ですの。よろしければ、それまで滞在していきません?」
よろしければ、折角の機会ですし参加していってくださいな、とニルヴァーナは微笑む。
「ハイアルヴ様への祈りを捧げたり、未来への願い事を唱えながら緑を植えますの。根元にタイムカプセルを埋めるのだと、準備に張り切っている者達もいますのよ」
「タイムカプセルまでアリとなると、なかなか面白そうじゃの」
「でしょう? 冒険者の皆さんにも声を掛けようと思っていましたのよ。きっと盛り上がりますものね」
では折角じゃし、わらわも植樹していってみようかの、と頷くオペラだった。
フィルエス大森林といえば、『世界樹』と呼ばれる大樹が有名だった、が――。
「本当に……消えてしまったのじゃな……」
今そこには、何も無い茶色の地面が広がるばかり。
滅国の皇妃との戦いを迎え、世界樹は授恵者達へと力を分け与えた末に消滅してしまったからだ。
「もう、わたくし達にハイアルヴの声は聞こえません。ですけど確かに、世界樹はここに在るのですわ」
胸元にそっと触れながら微笑んだのは一人のエルフ。
オペラ達を案内してきた、湖水の氏族の巫女、ニルヴァーナであった。
「見えなくても、聞こえなくても、居る、と?」
「はい。……姿が見えなくなっても、ここはわたくし達にとって聖地のようなもの……これからも大切に守りながら暮らしていく事になるでしょうね」
ニルヴァーナによれば、こうして世界樹の跡地への出入りは管理されていく事になるだろうし、周辺を守りながら暮らすエルフも少なくない数いるだろう。ニルヴァーナ自身も、湖水の里と世界樹の跡地を行き来しながらの生活を送っていくつもりだった。
「なるほどのう……」
世界樹はもういない。
けれど、ニルヴァーナ達にとっては間違いなく『いる』。
その在りようは、消えてしまった『かみさま』に通じる何かをオペラに見せてくれたような気がして、大変役に立ったと、オペラは頭を下げた。
「いいえ、お気になさらず。……ああ、そうですわ! 実は近々、世界樹跡地の近くで植樹会をする予定ですの。よろしければ、それまで滞在していきません?」
よろしければ、折角の機会ですし参加していってくださいな、とニルヴァーナは微笑む。
「ハイアルヴ様への祈りを捧げたり、未来への願い事を唱えながら緑を植えますの。根元にタイムカプセルを埋めるのだと、準備に張り切っている者達もいますのよ」
「タイムカプセルまでアリとなると、なかなか面白そうじゃの」
「でしょう? 冒険者の皆さんにも声を掛けようと思っていましたのよ。きっと盛り上がりますものね」
では折角じゃし、わらわも植樹していってみようかの、と頷くオペラだった。
解説
世界樹の跡地の近くで、植樹会が行われます。
願いを込めて、あるいは未来を見据えながら、木を植えてみませんか?
根元には、タイムカプセルも一緒に植えることができます。
また、このシナリオでは、フィルエス大森林の世界樹跡地付近の集落に移住したい方、店を出したい方、別荘を持ちたい方などを受け付けております。
大まかに、許可が出るのは、次のような方です。
(1)エルフである
(2)【樹謂】や、フィルエス大森林が舞台のシナリオで活躍/貢献している
(3)フィルエス大森林在住のエルフから推薦が得られる
(世界樹跡地から離れた集落へ住む場合、この条件は緩和されていきます)
ご希望の方は、受付係のニルヴァーナへお知らせください。条件を満たしていた場合、称号を付与いたします。
※オペラは現在旅の途中です。オペラの旅に同行したい方がいらっしゃいましたら、プレイングでどうぞ。称号を付与いたします。
マスターより
こんにちは、七海真砂です。
未来に向かって、タイムカプセルの木を植えてみませんか?
よろしければ、ご参加、お待ちしています。
リプレイ
「フィルエス大森林へ来るのも久方振りだが……本当に世界樹は消滅してしまったのだな……」
植樹会の為の苗木を運びながら、ナハティガル=ラーは世界樹の跡地を眺めていた。
何も無い地面に、何故か寂しさを感じる――それは、ナハティガルの中に流れるエルフの血の影響なのだろうか?
そう物思いに耽る彼の傍らで、ゲルダ・クラインも胸の中で力をくれた世界樹への感謝の気持ちを込める。
「見事に何もねーな」
「うん……。でもさ、それなら皆で植え直すしかないよね!」
マジで無くなっちまったんだなと呟くハヤト=ガラン=ヴォルファングに相槌を打って、エルゼリオ・レイノーラは皆を振り返る。
「それに数百年後、数千年後にはもしかしたら。――新たな世界樹が生まれるかもしれないしね」
「おっ、いいなそれ」
新しい世界樹の傍に、自分達の植えた樹木が寄り添う……なんて、なかなか夢とロマンがある。早速作業を始めようとする一行だったが、その前に。
(故郷にいた時はやってたな)
カイン・ステラはかつて、亡き家族から口伝えで教わった通りの祈りの言葉を口にする。
「大地を編む偉大なる地神イアース、その御稜威の御前にひれ伏し、御身に嘆願し奉る。御身の慈悲深き御心にて彼の地へ新しき生命の祝福を。凍えぬ温もりを、乾くことなき潤いを、停滞することなき息吹を。御身の慈愛にて編まれし大地の織物が健全に保たれることを懇願し奉る」
ひとつ、ひとつの言葉を丁寧に編んでいく。皆が植え育てる樹木たちに、どうか神の恵みが、ご加護がありますように、と願うカイン。その後ろ、ネーヴェ・グラヌローザもアルフィー・リッパーの隣で祈りを捧げる。
(ハイアルヴ様のお声は、もう聴こえなくなってしまいましたけれど……お姿も見えなくなってしまいましたけれど……)
それでも瞳を閉じれば、またハイアルヴの声が聞こえてくるのではと思うほど、ネーヴェたちにとっては、確かにここに『いる』のだ。
エルフが一人、また一人、目を閉じて感謝の祈りを捧げていく。リサ・ベイカーも、平和が続くようにと祈りながらそれに混ざると、皆と共に目を開ける。
「それじゃあ木を植えて、タイムカプセルを埋めましょう。……ああ、でも」
これって、いつ開けるのでしょうね?
タイムカプセルの方は、それによっても埋める物が変わりそうだとリサは首を傾げる。
「エルフの森だから、100年とかもっと先でしょうか?」
「人それぞれ、バラバラですわね。子供が大きくなったら来ましょう、なんて方達もいらっしゃいますし」
ニルヴァーナが皆さんの自由で構いませんのよ、と笑う。
「なら、20年後に一度、開けたいです」
50年も、100年後もコルネリウス・アーラの人生はきっと続いていく。けれど、その頃には――。
僅かな時間でもいいから、会える時間を作りたいと、そう願うことはきっと悪い事じゃない。
だから20年後に、また。
会いたい、と願うコルネリウスの言葉に「意外と早いですね」とリディリディ・トゥラ・イェレミースとリサが頷き合っているけれど、もちろん異がある訳ではない。
「じゃあ、20年後に向けて……」
もう一つ、添える物を考えてみましょうかと思案するリサ。そんな女の子たちの様子を微笑ましく眺めていたディレイン・オールドケイジは、植樹用の苗木を見た。
「植樹かあ……薬草はよく育ててたけど、木を育てたことはなかったなあ」
薬効を持つ木はあっても、育つまでには時間がかかるから、どうしても薬草ばかりになってしまったのだ。そこいくと、エルフが丁寧に世話をしてくれるであろうこの地なら、立派に育つに違いない。
「大丈夫ですよ、樹を植えたことが無い人もバッチリサポートしますので!」
そんな中、張り切っているのはトーラだ。実は庭師の娘であるトーラとしては、ここは腕の見せ所だからである。用意されていた苗木は樹木同士の相性の良さそうなものが選ばれていたけれど、日当たりや、植える間隔など、気を配ってあげるべきことはたくさんある。
「日当たりの良い場所を好む背の高い植物の下に、背の低い日陰を好む植物を植えたりしてあげるのもいいですね」
「それはいいですね、ぜひ」
植樹という人工的な行いだからこそ、森の循環に木々が上手く加わるように工夫しましょうと告げるトーラに、ニルヴァーナも素晴らしい事ですわと頷いている。
では、このような配置で……とトーラが采配を振るえば、待ってましたとばかりにエルゼリオは穴を掘り始める。
「オペラさんは? 何を植えますか?」
「わらわは楓にしようかと思うのじゃ」
トーラの呼びかけに、オペラは楓の木を選ぶ。楓なら季節によって葉が鮮やかな色に染まって見る目を楽しませてくれるだろうし、樹液はシロップとして料理作りにも一役買ってくれるだろう。
「わたしは樫にします。そうですね……」
場所はここで、とスコップを持つ。今は小さな苗木だけれど、樫の木なら、きっと立派に育ってくれるはずだ。
(いつか、世界樹のように大きく育ってくれたらいいな)
この場所で、この木が大きく育ってくれたとしたら――。
それは、とても素晴らしいことのように思えてならなかった。
「ゲルダは植樹の経験はあるか? ……言うまでもなく、俺は全くない」
「わたしも、植樹についてはあまり経験はなくて……」
ひとまず教わった通りにやってみましょうか、と見上げるゲルダにナハティガルは頷き、見よう見真似で作業を進めていく。十分な穴を掘り進めたら、そっと苗木を植えて、それから。
あとは、タイムカプセルだ。
「タイムカプセルの中身って何を入れれば良いのかな? レターセット位しか持って来てないんだけど」
「それで良いと思うのじゃ。手紙は定番の品のひとつではないかのう?」
首を傾げるエルゼリオにオペラは「わらわも、未来の自分に宛てて書いてみたのじゃ」と笑う。他にも大切な人に宛てた手紙などを持っている人が多い。
「なるほど。じゃあボクも自分に何か書こうかな。ええと……」
将来のボクへ。
書き始めたものの、内容はすぐには纏まらない。そうだ、たとえば……。
「ん?」
「あっダメ! 内緒だよっ!」
覗き込もうとしたハヤトから文面を隠す。「まあ、そりゃそうか。すまんすまん」と笑いながら、ハヤトは木をくりぬいてカプセルを掘っている。中には、蒼星の想い人――これから妻となる大切な人へと宛てた手紙を入れるつもりだ。
「よし。――この位しっかりしてりゃあ大丈夫だろ」
その日が、いつ来るのかは分からないけれど。
彼女がエルフで自分がゴブリンである以上は必ず、その日は来てしまう。
その時の為に。……書いた手紙を入れて、埋める。
――『俺とお前じゃ、どうしても紡げる時が重なりきらねぇからよ……俺が逝っちまった時には、泣くのは最初の夜だけにしといてくれな。その後はいつものその笑顔で、子供達や傭兵団の奴等を元気にしてやってくれ! 俺にとってはお前だけが、本当に最高のとびきりのイイ女だったんだ……お前への永遠の愛を込めて』
「……よしっ!」
ひとすくい、ひとすくい、想いを込めて土をかぶせて。ハヤトはいつものようにカラッと笑う。
「これでいいですね」
ファーシル・クリスティアも植樹した木の上に土をかぶせて、にこりと微笑みながら立ち上がった。
「………」
コルネリウスは20年後の自分に宛てた手紙と一緒に、こっそり組み紐のブレスレットを入れた。これを開けた時、みんなに配れるように……全員揃ってまた会えることを信じて、人数分。
――『未来の私はきっと王国で過ごしているはずで……。貴女の愛する人、大切な友人達は、何をして過ごしていますか?』
問いかけの返事は、きっと20年後の自分がくれる。そうしたら、また更に未来の自分へ手紙を書こう、そうコルネリウスは胸にする。
(20年後の私……かあ)
リサはベイカー商会での日々を頑張っているであろう自分への手紙と一緒に、コルネリウスとリディリディへ贈ろうと書いて来た手紙を入れた。100年くらいの時を数えた頃に、彼女達が読んでくれたらいいな、なんて。
――コルネさんは、きっと王国で素晴らしい日々を築き上げているはず。彼女になら、王国の事を信じて任せられる。きっとベイカー商会のことも気に掛けてくれるだろうけれど、あえて『たまには様子を見に来てね』と書いておいた。
――リディさんも、たまには遊びに来てね。同封したのは、系列のレストランでの食事フリーパスです。でも、でもね……半年に一回程度でお願いね? と冗談っぽく添えて締め括った。
(ふむー。二人共手紙なんですね、なら私も手紙を残しましょうか)
リディリディはペンを取った。残念ながら、お肉はもったいないから未来の自分であってもあげることはできない。そのかわりに、生まれ育ったフィルエス大森林を出てから、どんな風に考え方が変わったかをリディリディなりに書き記してみることにした。
色々なことが、たくさんあった。リブラネスタで過ごした時間、パンクリアース学園に入学しての日々……冒険者としてあちこちに出向いて、それはもう、数えきれないくらい、いっぱい。
(大森林を出てから色々なことがあって、私は何か変わったでしょうか。……もしかしたら何も変わっていないのかも?)
それでも別に構いはしないのだと、リディリディは思っている。だって、少なくとも森では味わえないような美味しいものをたくさん食べられたのですから!
(とと……料理日記になるところでした)
セーブセーブ、と自制してペンを置く。――20年後にこれを読み返した時、リディリディは更に何が変わっているだろうか。
「おじさんはこれね」
ディレインは封をしたカプセルを土の中に入れた。20年後……に開けるのは、もしかしたら、まだちょっと早いかもしれないけど。
「カプセル開くのは、コルネちゃんがおじさんに絶対会えなくなってからでよろしくね。良かったら、リディリディちゃんと一緒に開けてよ」
「おじさま……」
それはずるいです、と言いかけた唇をコルネリウスは噛む。ディレインが、どんなつもりで、このカプセルを用意したのか――用意してくれたのかが、なんとなくわかる、から、こそ。
(だって、楽しかったじゃないか。ねえ、コルネちゃん)
たくさんの戦いを一緒に駆け抜けて。
たくさんの日常を共に過ごしてきた。
だから、たくさんの思い出と押し花のしおりをカプセルに詰め込んだ。
――きっと彼女はこれを見たら、自分とのことを思い出してくれるだろう。
「さーて、レピド君に何入れるのか聞いてこよう」
飄々と歩き出したディレインの先では、レピド・クロサイトが紙の束をカプセルの中に詰め込んでいた。手紙にしては、なかなかの分量である。
「レピド君、それは?」
「俺の日記……の、概要、とでも言うのか……」
未来に向けて何かを残せる、とタイムカプセルについて聞いたレピドが目を向けたのは、自分の経験してきた出来事……言ってしまえば『レピド・クロサイト』というホムンクルスの人生についてだった。
「――俺達ホムンクルスは、いつまで生きられるかわからない……けれど、いつか必ず絶える種族だ」
ホムンクルスを新たに製造することは、事実上不可能だと言われている。
加齢で年老いる事はおそらく無いだろうと言われているが、寿命がどのくらいあるのかは誰も知らない。ホムンクルスが何年先に死に絶えるのか……誰にもわからない。そんなホムンクルスといういきもの、だけれど。
「もし、この世界からホムンクルスがいなくなった時……俺達がここにいた事を、無かった事にはして欲しくないなって」
だから残したいと思った。
日記を。
生き返ってから今までつけている日記の中でも、特に印象的だった事柄を、今のレピドなりに纏めたものを。
(どんなに記憶力を鍛えても、神になった者達の事がどうしても記憶から消えてしまうように、失われていくものはあるだろう。何より、俺自身が死んだら、もう伝えられなくなる)
でも――これがあれば、思い出して貰えるから。
こうやって書いて残しておけば、ホムンクルスについて……レピドについて、断片だけでも知る事はできる、はずだから。
「……だから、俺に何かあったらここに会いに来てくれると、嬉しい」
俺は、いなくなっても、ここにいるから。
「――そういうのはね、本当はおじさんだけの専売特許なんだよ、レピド君」
「む、まずかったか……?」
「いや、そうじゃ……そうじゃ、ないんだけどね……」
ディレインとしては、困ったように笑うしかない。まいったなぁとぼやくディレインを追ってきたコルネリウスが、レピドさんもですよ、とその顔をじっと見る。
「……20年後の約束は、破ったら許しませんから」
「出張所……ですの?」
「はい。今後、世界樹の跡地付近に人が集まることもあるでしょう。そこでフィルエス大森林と外との交流促進を目的とした施設を、この近くに作れたらと思うんです」
イズレンディル・パラリムは、氏族の出張所のような場所を、近くの集落に作れないだろうかとニルヴァーナに相談していた。
その交流促進企画の第一弾としてイズレンディルが考えているのが、シルヴィア・A・カペルのカペル領と協力して作るワインであった。
「大森林内で葡萄栽培者を募集できないかと考えています。その上で、カペル領の酒造所と協力してワインを作れないだろうかと……」
「こちらが試作品です」
シルヴィアが持参した『大森林の琥珀』を取り出す。ラベルには、薔薇モチーフの飾り窓の中に大森林が広がり、小鳥や小動物が過ごす風景が描かれている。なるほど、フィルエス大森林らしい図案ですわね、とニルヴァーナは微笑む。
「同様に『花領の薔薇』という試作品もあります。どちらも記念日ワインとして、メッセージや名前を入れることができます」
「まあ、素敵」
『花領の薔薇』のラベルには、大森林をイメージした木々に小鳥や小動物がいる飾り窓に、花と湖のカペルの風景が描かれている。この図案も、交流促進を意識してのもの。実際、利益の追求よりも、大森林と王国の懸け橋となることを大事にしたいとシルヴィアは話す。
「合作ワインで互いの国への親近感を生み、交流を促進できたら……素晴らしいことですから」
「そうですわねぇ。わたくしが言うのもなんですけれど、エルフは保守的な者が多いですから、こうした『きっかけ』となる品があるのは良いと思いますの」
「そう。そうなんです」
イズレンディルもエルフだ、その空気はよく分かる。けれどエルフ皆の幸せを考えると、もっとこうした交流があっても良いのではないか、と、そう思うのだ。
「継続的に交流するには経済的な結びつきが一番ですが、信用できる方々とでないと難しいですよね……。でも、シルヴィアさんのような、森の外の信用できる方との出会いが生まれる場にできたらいいなと、そう思うんです」
そんなイズレンディルの視線を受け止めて、シルヴィアは嬉しそうに微笑む。
「私はイズレンディル殿を信頼しています。彼が信じる大森林の皆様と共に歩んでいきたい」
ワインの関する文化や技術を交流させることで、双方の良い所を再認識できたり、お互いの発展の糸口を見出すこともできるはず――きっと何か得る物があるはずだと、シルヴィアも告げる。
「店舗兼案内所というような形でしたら、きっと集落の皆様にも受け入れて貰いやすいと思いますわ。こちらのワイン、お借りしても?」
「はい。試飲などもご自由に」
では皆様に詳しい話をして参りますわね、とニルヴァーナは仲介に向かう。イズレンディルのようなエルフの考え方や活動があっても良いのではないか、と前向きに話はまとまった。
「新しい風を歓迎いたしますわ」
「ありがとうございます」
「頑張らなければいけませんね」
そうと決まれば、あれこれ整備しなければと、イズレンディルとシルヴィアは準備に取り掛かる。
「……皆、みまもってあげてほしいな」
幼子のように紡がれたのはカインの言葉だった。足元に、植樹したばかりの木には、一緒にひとつの手紙が埋められている。
――『シルヴィアの夢、大森林の琥珀と花領の薔薇が、この木の下で汲み交わされる日が来ますように』。
「アル、一緒に埋めてみませんか?」
「もちろん」
タイムカプセルを手に取ったネーヴェの誘いに、アルフィーは即座に頷き返した。
……昔の自分だったら、未来なんて予想もできなかっただろう。でも今は。
(俺が描く未来は……)
「? アル?」
「いや、なんでも」
隣にいるネーヴェをこっそり見つめる、その視線に気付かれてしまって。頬を赤くしながらアルフィーは首を振った。
――彼女といたい、って、それだけを胸にして。
「そう? ……私は、何を入れましょう……品物と、お手紙にしましょうか。定番ですものね」
確かここに入れてあったはずで、と荷物を探ったネーヴェは、一枚のコインを手に目を細める。
「これは冒険者になって初めて得た硬貨ですの。一枚だけ記念に取っておいたんです。アルは何を入れますの?」
「俺も手紙を書くよ。中身は内緒!」
「ふふっ、ではそれぞれ、書きましょうか」
今だけは背中を向けて寄り添って、互いに手紙を書き記す。未来の自分へ……それから、大切な、あなたへこっそり、内緒で。
――『記憶を取り戻す前は、記憶が戻った時のことを考えると怖さもありましたけれど……今は戻って良かったと、そう心から思えますわ。……あの時、泣いて喜んでくれてありがとう』
ネーヴェは、心からの想いを込めて、アルフィーに宛てた文字を紡ぐ。
――『今も隣に彼女はいるか? 今幸せか?』
ありきたりな質問かもしれないと思いつつも、アルフィーは未来の自分に向けて文字を綴って……それから。
もう一通、心の底からの想いを、書き記す。
――『俺と一緒の時を過ごしてくれてありがとう。いつまでもどこにいても、君の事を思ってる』
ひょっとしたら彼女がこれを見るとき、アルフィーは、もういないかもしれない、けど。
ありきたりな言葉かもしれないけど、君への思いは永遠だから。
どうか。
……黒猫のチャームを添えて、そっとカプセルの中へ詰め込んだ。
「わたしは……」
ゲルダがカプセルを手に思うのは、願い事ではなく、未来の自分への誓いだった。
――『この先、どんな未来であっても、どんな関係であっても、自分が彼の隣に在ること』。
だから一緒に、指輪を入れた。
たとえば、数十年後。この場所をまた訪れた時に……隣にいるはずの彼へと、贈るための指輪だ。
その為の覚悟と、大切な想いを一緒に詰め込んで、封をする。
「準備できたか?」
「はい。……ナハティガル様は、なにを?」
「――掘り起こす時まで秘密だ」
ナハティガルはこっそり、カプセルの中にゲルダの肖像画を入れてあった。ナハティガル自身が筆を取って、用意しておいたものだ。
「じゃあ、わたしのも、内緒です」
そう笑うゲルダの魅力をどのくらい込められたかはわからないけれど。
「数十年後、苗木が育った時に掘り起こしに来よう」
「はい」
その時、一緒に掘り起こせるように、と。
――彼と一緒に掘り起こしたときに、この気持ちと一緒に指輪を渡せたら、と。
そう互いに胸にしながら、ゲルダとナハティガルは土をかぶせていく。
「終わりましたね」
グレイブ・ヤードは静かに頭をあげた。タイムカプセルには、聖印に祈りを込めて埋め込んだ。少しずつ、少しずつきっと、エーテルは大地に還っていくだろう。――頂いた力を、少しでも還元することができれば、とグレイブなりに考えてのことだった。
辺りを見回せば、皆はまだ、思い思いにタイムカプセルを埋めたり、土をかぶせたりしている。
――彼らが。
この先を生きる人々が、真摯に生に向き合い生き抜きますように。
(辛いことも、苦しいことも、不幸もあるでしょう。汚れることも、傷つくこともあるでしょう)
「それでも」
(あなたという誰かが生きることで、助かる人も、心が救われる人もいるでしょう)
グレイブは、埋めたばかりの苗木を見つめる。
――かつての世界樹のように助けて欲しいとか、力を分け与えるとかは望まない。
ただ、ただ。
ヒトがヒトの力で生きる世界を、貴方に見てほしい。
見守ってほしい。
――我々が行った選択の末を、どうか見届けて欲しい。
風が吹く。
いつかきっと、植えられた緑は大きな樹となって、長い時を見守るものとなるだろう。
たくさんの未来を、あたたかくやさしく、見守るものとなるだろう。
そんな未来を幻視して、グレイブは外套を翻した。
植樹会の為の苗木を運びながら、ナハティガル=ラーは世界樹の跡地を眺めていた。
何も無い地面に、何故か寂しさを感じる――それは、ナハティガルの中に流れるエルフの血の影響なのだろうか?
そう物思いに耽る彼の傍らで、ゲルダ・クラインも胸の中で力をくれた世界樹への感謝の気持ちを込める。
「見事に何もねーな」
「うん……。でもさ、それなら皆で植え直すしかないよね!」
マジで無くなっちまったんだなと呟くハヤト=ガラン=ヴォルファングに相槌を打って、エルゼリオ・レイノーラは皆を振り返る。
「それに数百年後、数千年後にはもしかしたら。――新たな世界樹が生まれるかもしれないしね」
「おっ、いいなそれ」
新しい世界樹の傍に、自分達の植えた樹木が寄り添う……なんて、なかなか夢とロマンがある。早速作業を始めようとする一行だったが、その前に。
(故郷にいた時はやってたな)
カイン・ステラはかつて、亡き家族から口伝えで教わった通りの祈りの言葉を口にする。
「大地を編む偉大なる地神イアース、その御稜威の御前にひれ伏し、御身に嘆願し奉る。御身の慈悲深き御心にて彼の地へ新しき生命の祝福を。凍えぬ温もりを、乾くことなき潤いを、停滞することなき息吹を。御身の慈愛にて編まれし大地の織物が健全に保たれることを懇願し奉る」
ひとつ、ひとつの言葉を丁寧に編んでいく。皆が植え育てる樹木たちに、どうか神の恵みが、ご加護がありますように、と願うカイン。その後ろ、ネーヴェ・グラヌローザもアルフィー・リッパーの隣で祈りを捧げる。
(ハイアルヴ様のお声は、もう聴こえなくなってしまいましたけれど……お姿も見えなくなってしまいましたけれど……)
それでも瞳を閉じれば、またハイアルヴの声が聞こえてくるのではと思うほど、ネーヴェたちにとっては、確かにここに『いる』のだ。
エルフが一人、また一人、目を閉じて感謝の祈りを捧げていく。リサ・ベイカーも、平和が続くようにと祈りながらそれに混ざると、皆と共に目を開ける。
「それじゃあ木を植えて、タイムカプセルを埋めましょう。……ああ、でも」
これって、いつ開けるのでしょうね?
タイムカプセルの方は、それによっても埋める物が変わりそうだとリサは首を傾げる。
「エルフの森だから、100年とかもっと先でしょうか?」
「人それぞれ、バラバラですわね。子供が大きくなったら来ましょう、なんて方達もいらっしゃいますし」
ニルヴァーナが皆さんの自由で構いませんのよ、と笑う。
「なら、20年後に一度、開けたいです」
50年も、100年後もコルネリウス・アーラの人生はきっと続いていく。けれど、その頃には――。
僅かな時間でもいいから、会える時間を作りたいと、そう願うことはきっと悪い事じゃない。
だから20年後に、また。
会いたい、と願うコルネリウスの言葉に「意外と早いですね」とリディリディ・トゥラ・イェレミースとリサが頷き合っているけれど、もちろん異がある訳ではない。
「じゃあ、20年後に向けて……」
もう一つ、添える物を考えてみましょうかと思案するリサ。そんな女の子たちの様子を微笑ましく眺めていたディレイン・オールドケイジは、植樹用の苗木を見た。
「植樹かあ……薬草はよく育ててたけど、木を育てたことはなかったなあ」
薬効を持つ木はあっても、育つまでには時間がかかるから、どうしても薬草ばかりになってしまったのだ。そこいくと、エルフが丁寧に世話をしてくれるであろうこの地なら、立派に育つに違いない。
「大丈夫ですよ、樹を植えたことが無い人もバッチリサポートしますので!」
そんな中、張り切っているのはトーラだ。実は庭師の娘であるトーラとしては、ここは腕の見せ所だからである。用意されていた苗木は樹木同士の相性の良さそうなものが選ばれていたけれど、日当たりや、植える間隔など、気を配ってあげるべきことはたくさんある。
「日当たりの良い場所を好む背の高い植物の下に、背の低い日陰を好む植物を植えたりしてあげるのもいいですね」
「それはいいですね、ぜひ」
植樹という人工的な行いだからこそ、森の循環に木々が上手く加わるように工夫しましょうと告げるトーラに、ニルヴァーナも素晴らしい事ですわと頷いている。
では、このような配置で……とトーラが采配を振るえば、待ってましたとばかりにエルゼリオは穴を掘り始める。
「オペラさんは? 何を植えますか?」
「わらわは楓にしようかと思うのじゃ」
トーラの呼びかけに、オペラは楓の木を選ぶ。楓なら季節によって葉が鮮やかな色に染まって見る目を楽しませてくれるだろうし、樹液はシロップとして料理作りにも一役買ってくれるだろう。
「わたしは樫にします。そうですね……」
場所はここで、とスコップを持つ。今は小さな苗木だけれど、樫の木なら、きっと立派に育ってくれるはずだ。
(いつか、世界樹のように大きく育ってくれたらいいな)
この場所で、この木が大きく育ってくれたとしたら――。
それは、とても素晴らしいことのように思えてならなかった。
「ゲルダは植樹の経験はあるか? ……言うまでもなく、俺は全くない」
「わたしも、植樹についてはあまり経験はなくて……」
ひとまず教わった通りにやってみましょうか、と見上げるゲルダにナハティガルは頷き、見よう見真似で作業を進めていく。十分な穴を掘り進めたら、そっと苗木を植えて、それから。
あとは、タイムカプセルだ。
「タイムカプセルの中身って何を入れれば良いのかな? レターセット位しか持って来てないんだけど」
「それで良いと思うのじゃ。手紙は定番の品のひとつではないかのう?」
首を傾げるエルゼリオにオペラは「わらわも、未来の自分に宛てて書いてみたのじゃ」と笑う。他にも大切な人に宛てた手紙などを持っている人が多い。
「なるほど。じゃあボクも自分に何か書こうかな。ええと……」
将来のボクへ。
書き始めたものの、内容はすぐには纏まらない。そうだ、たとえば……。
「ん?」
「あっダメ! 内緒だよっ!」
覗き込もうとしたハヤトから文面を隠す。「まあ、そりゃそうか。すまんすまん」と笑いながら、ハヤトは木をくりぬいてカプセルを掘っている。中には、蒼星の想い人――これから妻となる大切な人へと宛てた手紙を入れるつもりだ。
「よし。――この位しっかりしてりゃあ大丈夫だろ」
その日が、いつ来るのかは分からないけれど。
彼女がエルフで自分がゴブリンである以上は必ず、その日は来てしまう。
その時の為に。……書いた手紙を入れて、埋める。
――『俺とお前じゃ、どうしても紡げる時が重なりきらねぇからよ……俺が逝っちまった時には、泣くのは最初の夜だけにしといてくれな。その後はいつものその笑顔で、子供達や傭兵団の奴等を元気にしてやってくれ! 俺にとってはお前だけが、本当に最高のとびきりのイイ女だったんだ……お前への永遠の愛を込めて』
「……よしっ!」
ひとすくい、ひとすくい、想いを込めて土をかぶせて。ハヤトはいつものようにカラッと笑う。
「これでいいですね」
ファーシル・クリスティアも植樹した木の上に土をかぶせて、にこりと微笑みながら立ち上がった。
「………」
コルネリウスは20年後の自分に宛てた手紙と一緒に、こっそり組み紐のブレスレットを入れた。これを開けた時、みんなに配れるように……全員揃ってまた会えることを信じて、人数分。
――『未来の私はきっと王国で過ごしているはずで……。貴女の愛する人、大切な友人達は、何をして過ごしていますか?』
問いかけの返事は、きっと20年後の自分がくれる。そうしたら、また更に未来の自分へ手紙を書こう、そうコルネリウスは胸にする。
(20年後の私……かあ)
リサはベイカー商会での日々を頑張っているであろう自分への手紙と一緒に、コルネリウスとリディリディへ贈ろうと書いて来た手紙を入れた。100年くらいの時を数えた頃に、彼女達が読んでくれたらいいな、なんて。
――コルネさんは、きっと王国で素晴らしい日々を築き上げているはず。彼女になら、王国の事を信じて任せられる。きっとベイカー商会のことも気に掛けてくれるだろうけれど、あえて『たまには様子を見に来てね』と書いておいた。
――リディさんも、たまには遊びに来てね。同封したのは、系列のレストランでの食事フリーパスです。でも、でもね……半年に一回程度でお願いね? と冗談っぽく添えて締め括った。
(ふむー。二人共手紙なんですね、なら私も手紙を残しましょうか)
リディリディはペンを取った。残念ながら、お肉はもったいないから未来の自分であってもあげることはできない。そのかわりに、生まれ育ったフィルエス大森林を出てから、どんな風に考え方が変わったかをリディリディなりに書き記してみることにした。
色々なことが、たくさんあった。リブラネスタで過ごした時間、パンクリアース学園に入学しての日々……冒険者としてあちこちに出向いて、それはもう、数えきれないくらい、いっぱい。
(大森林を出てから色々なことがあって、私は何か変わったでしょうか。……もしかしたら何も変わっていないのかも?)
それでも別に構いはしないのだと、リディリディは思っている。だって、少なくとも森では味わえないような美味しいものをたくさん食べられたのですから!
(とと……料理日記になるところでした)
セーブセーブ、と自制してペンを置く。――20年後にこれを読み返した時、リディリディは更に何が変わっているだろうか。
「おじさんはこれね」
ディレインは封をしたカプセルを土の中に入れた。20年後……に開けるのは、もしかしたら、まだちょっと早いかもしれないけど。
「カプセル開くのは、コルネちゃんがおじさんに絶対会えなくなってからでよろしくね。良かったら、リディリディちゃんと一緒に開けてよ」
「おじさま……」
それはずるいです、と言いかけた唇をコルネリウスは噛む。ディレインが、どんなつもりで、このカプセルを用意したのか――用意してくれたのかが、なんとなくわかる、から、こそ。
(だって、楽しかったじゃないか。ねえ、コルネちゃん)
たくさんの戦いを一緒に駆け抜けて。
たくさんの日常を共に過ごしてきた。
だから、たくさんの思い出と押し花のしおりをカプセルに詰め込んだ。
――きっと彼女はこれを見たら、自分とのことを思い出してくれるだろう。
「さーて、レピド君に何入れるのか聞いてこよう」
飄々と歩き出したディレインの先では、レピド・クロサイトが紙の束をカプセルの中に詰め込んでいた。手紙にしては、なかなかの分量である。
「レピド君、それは?」
「俺の日記……の、概要、とでも言うのか……」
未来に向けて何かを残せる、とタイムカプセルについて聞いたレピドが目を向けたのは、自分の経験してきた出来事……言ってしまえば『レピド・クロサイト』というホムンクルスの人生についてだった。
「――俺達ホムンクルスは、いつまで生きられるかわからない……けれど、いつか必ず絶える種族だ」
ホムンクルスを新たに製造することは、事実上不可能だと言われている。
加齢で年老いる事はおそらく無いだろうと言われているが、寿命がどのくらいあるのかは誰も知らない。ホムンクルスが何年先に死に絶えるのか……誰にもわからない。そんなホムンクルスといういきもの、だけれど。
「もし、この世界からホムンクルスがいなくなった時……俺達がここにいた事を、無かった事にはして欲しくないなって」
だから残したいと思った。
日記を。
生き返ってから今までつけている日記の中でも、特に印象的だった事柄を、今のレピドなりに纏めたものを。
(どんなに記憶力を鍛えても、神になった者達の事がどうしても記憶から消えてしまうように、失われていくものはあるだろう。何より、俺自身が死んだら、もう伝えられなくなる)
でも――これがあれば、思い出して貰えるから。
こうやって書いて残しておけば、ホムンクルスについて……レピドについて、断片だけでも知る事はできる、はずだから。
「……だから、俺に何かあったらここに会いに来てくれると、嬉しい」
俺は、いなくなっても、ここにいるから。
「――そういうのはね、本当はおじさんだけの専売特許なんだよ、レピド君」
「む、まずかったか……?」
「いや、そうじゃ……そうじゃ、ないんだけどね……」
ディレインとしては、困ったように笑うしかない。まいったなぁとぼやくディレインを追ってきたコルネリウスが、レピドさんもですよ、とその顔をじっと見る。
「……20年後の約束は、破ったら許しませんから」
「出張所……ですの?」
「はい。今後、世界樹の跡地付近に人が集まることもあるでしょう。そこでフィルエス大森林と外との交流促進を目的とした施設を、この近くに作れたらと思うんです」
イズレンディル・パラリムは、氏族の出張所のような場所を、近くの集落に作れないだろうかとニルヴァーナに相談していた。
その交流促進企画の第一弾としてイズレンディルが考えているのが、シルヴィア・A・カペルのカペル領と協力して作るワインであった。
「大森林内で葡萄栽培者を募集できないかと考えています。その上で、カペル領の酒造所と協力してワインを作れないだろうかと……」
「こちらが試作品です」
シルヴィアが持参した『大森林の琥珀』を取り出す。ラベルには、薔薇モチーフの飾り窓の中に大森林が広がり、小鳥や小動物が過ごす風景が描かれている。なるほど、フィルエス大森林らしい図案ですわね、とニルヴァーナは微笑む。
「同様に『花領の薔薇』という試作品もあります。どちらも記念日ワインとして、メッセージや名前を入れることができます」
「まあ、素敵」
『花領の薔薇』のラベルには、大森林をイメージした木々に小鳥や小動物がいる飾り窓に、花と湖のカペルの風景が描かれている。この図案も、交流促進を意識してのもの。実際、利益の追求よりも、大森林と王国の懸け橋となることを大事にしたいとシルヴィアは話す。
「合作ワインで互いの国への親近感を生み、交流を促進できたら……素晴らしいことですから」
「そうですわねぇ。わたくしが言うのもなんですけれど、エルフは保守的な者が多いですから、こうした『きっかけ』となる品があるのは良いと思いますの」
「そう。そうなんです」
イズレンディルもエルフだ、その空気はよく分かる。けれどエルフ皆の幸せを考えると、もっとこうした交流があっても良いのではないか、と、そう思うのだ。
「継続的に交流するには経済的な結びつきが一番ですが、信用できる方々とでないと難しいですよね……。でも、シルヴィアさんのような、森の外の信用できる方との出会いが生まれる場にできたらいいなと、そう思うんです」
そんなイズレンディルの視線を受け止めて、シルヴィアは嬉しそうに微笑む。
「私はイズレンディル殿を信頼しています。彼が信じる大森林の皆様と共に歩んでいきたい」
ワインの関する文化や技術を交流させることで、双方の良い所を再認識できたり、お互いの発展の糸口を見出すこともできるはず――きっと何か得る物があるはずだと、シルヴィアも告げる。
「店舗兼案内所というような形でしたら、きっと集落の皆様にも受け入れて貰いやすいと思いますわ。こちらのワイン、お借りしても?」
「はい。試飲などもご自由に」
では皆様に詳しい話をして参りますわね、とニルヴァーナは仲介に向かう。イズレンディルのようなエルフの考え方や活動があっても良いのではないか、と前向きに話はまとまった。
「新しい風を歓迎いたしますわ」
「ありがとうございます」
「頑張らなければいけませんね」
そうと決まれば、あれこれ整備しなければと、イズレンディルとシルヴィアは準備に取り掛かる。
「……皆、みまもってあげてほしいな」
幼子のように紡がれたのはカインの言葉だった。足元に、植樹したばかりの木には、一緒にひとつの手紙が埋められている。
――『シルヴィアの夢、大森林の琥珀と花領の薔薇が、この木の下で汲み交わされる日が来ますように』。
「アル、一緒に埋めてみませんか?」
「もちろん」
タイムカプセルを手に取ったネーヴェの誘いに、アルフィーは即座に頷き返した。
……昔の自分だったら、未来なんて予想もできなかっただろう。でも今は。
(俺が描く未来は……)
「? アル?」
「いや、なんでも」
隣にいるネーヴェをこっそり見つめる、その視線に気付かれてしまって。頬を赤くしながらアルフィーは首を振った。
――彼女といたい、って、それだけを胸にして。
「そう? ……私は、何を入れましょう……品物と、お手紙にしましょうか。定番ですものね」
確かここに入れてあったはずで、と荷物を探ったネーヴェは、一枚のコインを手に目を細める。
「これは冒険者になって初めて得た硬貨ですの。一枚だけ記念に取っておいたんです。アルは何を入れますの?」
「俺も手紙を書くよ。中身は内緒!」
「ふふっ、ではそれぞれ、書きましょうか」
今だけは背中を向けて寄り添って、互いに手紙を書き記す。未来の自分へ……それから、大切な、あなたへこっそり、内緒で。
――『記憶を取り戻す前は、記憶が戻った時のことを考えると怖さもありましたけれど……今は戻って良かったと、そう心から思えますわ。……あの時、泣いて喜んでくれてありがとう』
ネーヴェは、心からの想いを込めて、アルフィーに宛てた文字を紡ぐ。
――『今も隣に彼女はいるか? 今幸せか?』
ありきたりな質問かもしれないと思いつつも、アルフィーは未来の自分に向けて文字を綴って……それから。
もう一通、心の底からの想いを、書き記す。
――『俺と一緒の時を過ごしてくれてありがとう。いつまでもどこにいても、君の事を思ってる』
ひょっとしたら彼女がこれを見るとき、アルフィーは、もういないかもしれない、けど。
ありきたりな言葉かもしれないけど、君への思いは永遠だから。
どうか。
……黒猫のチャームを添えて、そっとカプセルの中へ詰め込んだ。
「わたしは……」
ゲルダがカプセルを手に思うのは、願い事ではなく、未来の自分への誓いだった。
――『この先、どんな未来であっても、どんな関係であっても、自分が彼の隣に在ること』。
だから一緒に、指輪を入れた。
たとえば、数十年後。この場所をまた訪れた時に……隣にいるはずの彼へと、贈るための指輪だ。
その為の覚悟と、大切な想いを一緒に詰め込んで、封をする。
「準備できたか?」
「はい。……ナハティガル様は、なにを?」
「――掘り起こす時まで秘密だ」
ナハティガルはこっそり、カプセルの中にゲルダの肖像画を入れてあった。ナハティガル自身が筆を取って、用意しておいたものだ。
「じゃあ、わたしのも、内緒です」
そう笑うゲルダの魅力をどのくらい込められたかはわからないけれど。
「数十年後、苗木が育った時に掘り起こしに来よう」
「はい」
その時、一緒に掘り起こせるように、と。
――彼と一緒に掘り起こしたときに、この気持ちと一緒に指輪を渡せたら、と。
そう互いに胸にしながら、ゲルダとナハティガルは土をかぶせていく。
「終わりましたね」
グレイブ・ヤードは静かに頭をあげた。タイムカプセルには、聖印に祈りを込めて埋め込んだ。少しずつ、少しずつきっと、エーテルは大地に還っていくだろう。――頂いた力を、少しでも還元することができれば、とグレイブなりに考えてのことだった。
辺りを見回せば、皆はまだ、思い思いにタイムカプセルを埋めたり、土をかぶせたりしている。
――彼らが。
この先を生きる人々が、真摯に生に向き合い生き抜きますように。
(辛いことも、苦しいことも、不幸もあるでしょう。汚れることも、傷つくこともあるでしょう)
「それでも」
(あなたという誰かが生きることで、助かる人も、心が救われる人もいるでしょう)
グレイブは、埋めたばかりの苗木を見つめる。
――かつての世界樹のように助けて欲しいとか、力を分け与えるとかは望まない。
ただ、ただ。
ヒトがヒトの力で生きる世界を、貴方に見てほしい。
見守ってほしい。
――我々が行った選択の末を、どうか見届けて欲しい。
風が吹く。
いつかきっと、植えられた緑は大きな樹となって、長い時を見守るものとなるだろう。
たくさんの未来を、あたたかくやさしく、見守るものとなるだろう。
そんな未来を幻視して、グレイブは外套を翻した。
マスターコメント
素敵なプレイングをありがとうございました。
それでは、また20年後くらいにお会いいたしましょう!
イベントシナリオ易しい 報酬:標準17 / 4〜25人
2024年03月28日 16時04分07秒 公開
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