滞留! オルセン軍・北伐隊(89)
広大野人
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シナリオID:3258
オープニング
帝国北部鎮守都市オルセンの太守コンラート・マフダル率いる北伐隊は、北壁山脈沿いの極北にて、多数出現してくる軟体クリーパーとの戦いを続けていた。
敵の正体や全貌は明らかになっていないが、冒険者達の活躍や調査もあって、おおよその推測――『大型』のクリーパーではないかと考えられた。
「作戦が遂行できるまで可能な限り、クリーパーを削る」
コンラートは北伐隊にそう命じた。
無限の存在などあり得ないのだから、少しずつでも削っていけば力を落とす事ができると考えたからだ。冒険者達が色々と試したり、工夫してくれたおかげで戦い方についても柔軟に対応できる事も北伐隊に有利に働いた。
「長期戦になる為、交代して休憩を取るように」
オルセンを発って暫く経つ。そろそろ街が恋しい者も出てくるだろう。
もっとも、コンラートには休みというものはなく、軍議やオルセンでのあれこれを軍幕で行わなければならないのだが……。
今、コンラートの頭を悩ませているのは、北伐隊自体よりも別の事であった。
「征竜狂信者のみならず、帝国民の裏切り者への恭順者……独立派と合流されても面倒だが……」
他の鎮守都市が大きな損害を受けた中、比較的無事だったオルセンは、元々の人口に加え、多くの難民も流入してきている。難民問題は今に始まった事ではないので、それは構わない。むしろ、人々の隙間を縫って活動する間者の方が問題だったのだ。
「今後の事も考えて、後顧の憂いを断っておきたい」
為政者として強制的に排除する事も可能だったが、泳がせておく事で情報を掴みやすくする事と、オルセンに集めさせておく事で他諸都市への影響を少なくさせておく狙いがあった。
それも度が過ぎれば――という事だ。
側近の一人が畏まって応える。
「分かりました。冒険者にも依頼を出して、オルセンでの調査を活発化させましょう」
「犯罪行為がなければ捕縛は困難だろうが、調査上の正当防衛は認める。冒険者達も今や一人ひとりが貴重な存在だ。無理はさせるなよ」
「心得ております」
こうして、極北での戦闘とは別に、冒険者達に依頼が出されるのであった。
●
名も無き神の一柱であるファンゾムが長き封印から解き放たれて現世に降り立つ。
その姿、まさに神の御姿……と言いたい所だが、厳かな様子は微塵も感じられず、いつも通りの彼女がオルセンに到着した。
彼女の取り扱いについて、コンラートの提案により、神が降臨されたと市井には広められていない。ファンゾムもその点についてはむしろ、渡りに船だったようだ。
「見も知らない人からぁ、崇められてもぉ~嬉しくないしぃ」
面倒な事は興味が無いと言わんばかりだった。
ファンゾムに付き添った人々は遥か昔に途絶えている。クリーパーとの戦いで全滅したのか、それとも、長い年月の間に忘れ去られたのか分からないけれど。
「どれだけ食べてもぉ飲んでもぉお咎めなしなのよぉ」
無銭飲食でオルセンから出て行かれても困るので、そこはコンラートの財布から出されているらしい。
「あんまり評判に関わる事はしないで下さいね」
淡々と言ったのはイグシィ=スタスだった。
ファンゾムが何かやらかせば、封印解除を決断した彼に責任が及ぶのだから。
「大丈夫よぉ」
「それで、これからどうするのですか?」
封印解除後、すぐにでもクリーパーとの戦いに向かおうとしたファンゾムであったが、コンラートから止められた。北伐隊に合流するとややこしい事になるからだ。
「いずれぇ時期が来るらしいからぁ~、それまでは~堪能ぅ、しておくわよぉ」
時間間隔が常人とは異なるだろうから、待つ事は苦では無いらしい。
ファンゾムは食材不明のから揚げを手にするとニヤリと笑った。
「なんだか、街中がぁ『面白い』事にぃなってるみたいだしぃ、散歩してみるわぁ」
その言葉に不安な表情を浮かべるイグシィだった。
●
人が集まれば目の届かない場所が自然と生まれる。
大規模なスラム街と化した一角で、その男は居た。みすぼらしいローブに身を包んだ屈強な人物は見るからに怪しい雰囲気を放っている。
「征竜様は敬虔な信徒には慈悲深き御方である。今こそ、人々は自らの存在を悔い改め、征竜様を崇め、奉る時なのだ」
男は征竜の狂信者だった。
この世に絶望した人を探しては布教活動に勤しんでいるのだ。
「信徒が立ち上がる日がやがて来る! 我々が迷える者達を救うのだ!」
新しい時代が到来すれば既得権益は崩れる。この機に人生の逆転を狙う者もいよう。
男は『集会』を終えると、次の集会場所に向かう。
とても地味な事ではあるが、足で稼ぐには基本中の基本だ。
そういう意味で言うならば真面目だろう。本気だからこそ熱心な信者なのは間違いない。
男が幾つかの路地を抜けた時だった。道を塞ぐように騎士が一人、立っていた。鎧は変形し、かなり汚れているが男は騎士の正体を見抜いた。
「……帝国の騎士か。その様子だと、大手を振って通りを歩けない様子だな」
皇帝ヨゼフに付き従っていた騎士達は、先の戦いの結果、レイウェスト皇子の傘下に入った。それを良しとしない一部の者は、今なお、帝国各地に隠れているとされる。主君に見捨てられたのにも関わらず。
「私は身も心も偉大なる皇帝陛下に捧げている。例え、遠く離れていても皇帝陛下をお守りする為に、私自身が成すべき事を行うのみ」
フルフェイスを外すと火傷と刀傷が残る端正な顔立ちの女だった。
女だからといって油断はできない――男は騎士の力量を感じ取った。
「共闘……という事か?」
「皇帝陛下が征竜と組むと言った以上、目的の為にはやむを得ない。それはお互い様なはず」
「断る理由は無い。敵の敵は味方とは言ったものだ。ところで、そこの陰に隠れている奴も共闘するのか?」
男の言葉に路地から身なりの整った初老の男性が姿を現すと、淡々とした口調で告げる。
「そう受け取って貰って構わない。オルセンは帝国でも征竜でもない、オルセンの民が自ら治めるべきなのだ」
「独立派か……噂では聞いていたが、本当に存在するのだな」
「我々は敵同士。しかし、目的は一致しているはず。ならば、手を組んだ方が効率的というものだ」
オルセンが独立すれば帝国に大打撃を与える事ができるし、独立できなくとも、征竜の狂信者や皇帝ヨゼフに恭順する者が騒ぎ立てれば、それだけでも帝国は影響を受ける。
三者は互いの顔を見合わせた。
「太守不在の今こそ、勢力を広げる絶好の機会。この中で、もっとも大きい勢力になった者を中心に協力するという事でどうだろうか?」
「「それで良い」」
握手する事なく、睨みつけるような視線を交互にぶつけるのであった。
解説
マスターより
リプレイ
吹き抜ける冷たい北風に向かって獣耳を立てながら、ベルク・オスマットは荒野に立っていた。暇を持て余している訳ではない。
「オルセンから本陣まで道を整備すれば補給の負担も減るし、部隊の入れ替えや万が一の時のオルセンへの撤退も容易になるはず」
呟いた言葉の通り、その重要性は太守もよく分かっていて、補給路としての整備状況は問題がなかった。ただ、部隊の移動という視点で見ると不足している。
なにせ、オルセン軍は公称1万を超える。
全軍が北伐隊に参加している訳ではないものの、隊を支える非戦闘員も含めると万は軽く超えるのだ。その大部隊が移動する事を考えれば……。
点在する集積所を強化して簡易陣地にしつつ、狼煙台を設置して迅速に情報を伝える事ができるようにベルクは呼び掛けた。今はその選定の最中という訳だ。
突如として風の向きが変わり、風上となる南東側にベルクは視線を飛ばす。
「……最悪の場合に備えて、オルセンを迂回して本陣から直接東部街道に入れるルートも調べておくか」
オルセンでの混雑を避ける意味でもバイパスはあった方が良いと思い至った。
「不要ならいいが、万が一も無いとも言えん」
今から東部街道へ至る迂回路を造るのは難しいが、大軍が通過しやすいルートの確認位は出来る。ベルクは風を受けながら、地図を片手に荒野の中を歩き出すのであった。
●
オルセンでストレガ・L・リベルガストラは市場調査を行っていた。
北伐隊の遠征が市場に与えているダメージを心配しての事だ。収穫期であり供給過多ではあるが、糧秣……特に長期間保存が可能な食品を中心に薬や衣料品の価格が落ちない。原因はオルセン軍による大量購入だ。
「冬の備蓄を考えると領民の負担が厳しいと思うのだ」
ストレガは目録を同行していたシュナンという名の商人に渡す。彼は市場調査に協力してくれていた。
「その通り。どうしたものか」
「遠方から隊商をよこして、少々値がついても軍が買い上げるしかないかも。ついでに、調味料や娯楽品など種類は増やしたい」
慣れとは恐ろしいもので、代わり映えのない食べ物では士気が下がるものだ。旬なものも取り入れて栄養バランスも考慮すべきだろうか。
「このままオルセン軍による購入が続くと市場価格に影響する。さて、どのように対処すべきか?」
シュナンの言葉にストレガは歩き続けながら答えた。
「供給過多だが価格が落ちないのは軍の購入のせい。ならば、軍による購入操作と同時に需要を増やせばいい」
「ふむ……つまり?」
「兵士の休暇だ」
戦地で稼いだ兵士達の休暇はつまり、市場の活性化にも繋がるし、士気にも影響する。軍の輸送隊を使えば効率も良かろう。
その後もストレガは様々な品をじっくりと眺めながら市場を回り続けるのであった。
●
「マフダル卿、今回は兵士の治療を中心に後方支援を実施します」
オルセンから遠く北の大地に向かってダニエル・ヘリントンは決意の言葉を発すると、前線から移送された重傷の兵士達が治療を受けている施設へと向かった。
「とにかく! 回復あるのみです!」
怪我の程度も様々だ。もっとも多いのは強烈な打撃による骨折だろうか。複雑骨折により炎症を起こしている者もいる。戦闘だけではなく、移動の際に落馬したり、築陣中の事故による怪我も含まれていた。
そんな訳で、ダニエルはスキルセット分のエーテルをすぐに使い果たした。怪我人の方が圧倒的に多いのだから仕方ないものだ。
けれど、ダニエルの依頼はこれで終わった訳ではない。
「回復以外に手伝えることは無いでしょうか?」
その申し出に施設の長がガシっとダニエルの手を取った。
「それは助かる。色々とお願いしていいだろうか」
「任せて下さい!」
そんな訳で、患者の移動や物品の整理と調達などなどの雑務に取り組んだ。治療とは直接関係のないものではあるが、北伐隊の後方支援という意味では大事な仕事だ。
「次は……兵士家族への手紙か」
まだ連絡がついていない兵士の家族や親族に本人からの手紙や施設からの知らせの便りを届ける業務は骨が折れるが、率先して行うべき内容だろう。
ダニエルは依頼の時間いっぱいまでオルセンを走り回るのであった。
●
オルセンの街中を散策し続けたファンゾムは休憩を兼ねて研究所の一室に戻ってきた。
そこで待っていたのはミア=リゼルだった。
「さあ! 健康診断ですよ!」
「健康よぉ?」
首を傾げたファンゾムにミアはググっと顔を寄せる。
「あれから何か体調が悪いとか、変な感じがあるとか、ありませんか?」
エーテルで創られていた分体と違って本体は生身の身体のはず……いや、神という存在がどうだかは分からないけれど……。
「フフフ。とってもぉぜっこうちょうよぉ~」
「それなら、安心ですけれども……」
健康優良児のようなファンゾムの返事にミアは小さく返しつつ、台詞を続けた。
「実は……少し聞いてみたいことがあって。も、もちろん、神様の全能を頼って答えを求めているわけではないのです……その、何か、お考えがあればと」
「全能じゃないわよぉ。でも、まぁ、聞いてあげるわぁ~」
機嫌が良いのか、ミアが用意したお弁当のおかずに手を伸ばしつつ、ファンゾムはそう答える。真剣に聞いてくれるのか不安だが……ミアは、『血』について訊ねた。
文化による血の貴賎。その有無が判明した事で関わり方について。
深刻そうに話すミアにファンゾムはあっけらかんとした様相で答えた。
「人の尺度で決めた事よねぇ。なら、気にしなくてもぉいいんじゃないのかしらぁ~。流れる『血』は変わらないわけだしぃ」
価値観の違いを感じさせるファンゾムの回答だった。
●
シルヴィア・A・カペルはエクエスと共にコンラートと面談していた。
「報告は研究所の者から聞いています。封印解除にとってなくてはならない人物だったと」
太守の言葉にシルヴィアは頷きながらも、独自に調査した報告書をそっと机の上に置いた。あのイグスィの事だから、報告に漏れはないはず。
その代わりという訳ではないが、ローズティーを淹れる。心地良い香りが陣幕に広がった。
「激務が続いているとお聞きしております」
「お気遣い感謝する、カペル卿。もっとも永遠に続く務めではありませんが」
「本格的な冬の到来ですね」
極北の一部とも言える場所に北伐隊は陣を構えているが、もう一月もすれば雪に閉ざされるであろう。
シルヴィアは本題へと入る。
「彼女の今後の立場は如何様になるでしょうか?」
名も無き神の一柱と言えども、神は神だ。そのような存在は人の上に立つ者にとっては治政の脅威となるものだ。
だが、太守の返答は危惧したようなものではなかった。
「あの者は己の立場を弁えているように思える。今の時代は今、生きる者が決めるべき……だと。ならば、あれこれ騒ぎ立てる事はしたくない」
「利用する事も無いという事ですね。エクエスはどう感じますか?」
「私も同意見です。目指したい事はファンゾムさんとは異なりますが」
他の冒険者の話によると、エクエスが自身の夢を叶える為の時間は、今のところ残されているらしい。
このまま、何事もなければ……の事ではあるが。
●
厳しい真冬が到来する前に保存食は出来るだけ用意しておきたいもの。
アルマ・ヴァレンタインはドライフルーツから乳酒やクルト等々、材料が尽きるまで色々と作っていた。他にも試作品を山ほど持ち込んだので試食だけでもかなりの量にはなる。
それらの味見を行ったのはエクエスだ。エーテルで創られた身体とはいえ、味は感じるようで「どれもこれも美味しいですよ」と笑顔を浮かべる。
元気そうな様子だと思いつつ、アルマは気になっている事を訊ねた。
「エクエスさんの身体に封印解除の影響はどの位あったのかな?」
「光芒の力を使わなければ50年位は大丈夫とファンゾムさんが言っていました」
50年……それが人間の時間であれば、長いのかもしれない。けれど、人間以外の種族から見れば、短く心許ない期間のような気もする。
「もう無茶できないって事だね」
ただの剣として振るわれる分には問題はないだろうが、次、光芒の神としての力を発してしまうと文字通り、消滅してしまうかもしれない。
少し寂しさを感じつつ、アルマは再度、質問した。
「これからどうするのかな? 冒険者として北伐隊には参加しないだろうし……」
「一度、王国に帰ろうかと思います。グダドワさんも気になりますから」
「そうだよね。元気にしていると良いね」
懐かしい老ドワーフの姿を思い出し、アルマは微笑を浮かべるのであった。
●
征竜の備えとしてオルセンが存在する以上、そこに住む人々は基本的には征竜の教えは認めていない……という事は征竜信者を支持するのはオルセンの住民ではない。
ロゼットは難民に目星を付けた訳だったが、見事に読み通りだった。
「信仰の功徳を積むために、オルセンを巡っています。病気や怪我で、お困りの方はいらっしゃいませんか?」
スラム街に集まる難民は様々な事情がある者が多そうだ。
旅の神官様のお慈悲を受けられると、ロゼットの下には沢山の難民が訪れる。そんな彼ら彼女からの得られる話を内、興味深い事を告げる避難民が居た。
「……征竜の信者が集まる集会があるようなのです。知り合いに呼ばれ、向かったのですが怖くなって逃げ出しました」
「それは、とても大変でしたね」
ロゼットは労いの言葉を掛けつつ、回復魔法を唱え、その避難民の怪我を治した。
逃げる最中、それなりの高さの段差から落ちたらしい。
「ありがとうございます。神官様、スラム街の中でもルィニナグという地区には近寄らぬように。あそこは今や、征竜信者の巣窟です」
「分かりましたわ」
安心させるように微笑を浮かべてロゼットは応えた。
難民やスラムの人達は、元々熱心な信者ではない。困窮した先で流される者もいるはずだ。
(冬に備えて施しや炊き出しの整備を行えば、住民達も少しは落ち着くかしら……)
後日、ロゼットの申し出により一時的な配給所が開設されるのであった。
●
スラム街の中のルィニナグという地区にルチル・プルメリア・グレイハーツはやって来た。
元々は整理された集合住宅地の一角だったが、管理を請け負った商会が夜逃げしてしまい、荒れ果ててしまったのだ。
(視線を感じるが、この姿からか警戒はされていないな)
ルチルは心の中で呟いた。
リザードマン=征竜信者ではないものの、そう思う者もいるのだろう。
ちなみに、ルチル自身は『研鑽を積み何れ竜に至る』という教えを重要視しているので、人が神に近づく事を否定し、今を生きる人々を間引きしようとする『極北の征竜』は信仰の対象にはならないし、敬う連中にも同族意識は無い。
(やはり、この地区のどこかに拠点があるか)
懐柔された住民が多いようで、聞き耳を立てなくとも、征竜に対する好意的な会話が自然と聞こえてくる。
出来れば、集会所まで辿り着きたいもの……だが、元々あった建物が違法に増築されたおかげで、迷宮のように入り組んでいるから、偵察調査は一筋縄ではいかなかった。
スラム街に広い空間は基本的には存在しない。そんな所、すぐにでも他のスラム住民が住み込んでしまうからだ。
「なるほど、この作りなら可能だね」
持てる全ての力を使い、ルチルは集会所を見抜いた。
集合住宅の壁は取り外しが可能だったのだ。これなら集会する時だけ準備すればいいし、必要に応じて柔軟に場所を変えられるのだから。
●
ロゼットとルチルから託された情報を元に、3人の冒険者がルィニナグ地区の集合住宅へと向かう。
「あの女が征竜信者を嗅ぎまわっているようだ」
告げ口したのは少年の言葉が聞こえていたようで、アステルは不敵な笑みを浮かべていつでも逃げ出せるようにエーテルを集中させる。
「太守が冒険者を雇って調べさせているという話は本当だったんだな! 悪いが、帰す訳にはいかねぇぞ!」
信者と思われる数人の男達がアステルに向かっていく。
「掴まえられるかな?」
アステルは追手から微妙な距離感を残して逃げだした。
幾人かの信者が走って追いかける中、一人残った信者幹部が少年を褒める。
「偉いぞ。君は入信希望者かい?」
「はい! ナハトと言います。征竜様のお言葉を聞き、世界崩壊を食い止めるには、原初に回帰するしかないと思っています!」
目を輝かせる少年――にフェイクカバーで変装しているのはナハティガル=ラーであった。
地区と集会所の仕組みまで分かったのだから、後はどのようにして情報を得るか……というところで、一芝居打ったのだ。
「素晴らしい。とても見込みがあるよ、ナハト君。今宵の集会に参加するといい」
「ありがとうございます!」
集会が開かれる場所まで案内されるナハティガル。それをこっそりと尾行する冒険者が一人。それはトーラだった。
(征竜の盾であるオルセンに征竜信者が居るなんてと思いましたが、これは確かに危機感を覚えるのです)
勢力が小さければ脅威ではないが、この地区はほぼ完全に征竜信者達の手にあると考えていいだろう。
(だからこそ追いかけやすいというものです)
一瞬だけ、ナハティガルと目が合う。彼の目的はトーラと同じだ。
それは、今回の調査で征竜信者の実態をできるだけ把握して持ち帰る事。
やがて、信者によって案内されているナハティガルの尾行を続けたトーラは征竜信者の集会を目撃した。
(これで全員ではないはずですが、目安にはなりそうです)
即席の集会所には五十人近くの人々が集まっていた。その多くは難民のようで、集会所で配られている食料を受け取っている。
その為、実体的には十数人が中心となっているようだ。
物陰から注意深く観察していると、盛大な拍手が鳴り響いた。威風堂々と現れたのは一人の壮年の男。屈強な体躯で眼光は鋭く、一目で油断ならぬ相手だと感じ取れた。
(あれが征竜信者を率いている者ですね)
トーラはそう判断して壮年の男の情報を集めた。男はナフツクと言い、征竜に従えば、来るべき大粛清が来ても命を救われると語るのだ。
信者達に暴れるような扇動はまだしていない為、現時点において強引に捕縛する事は難しいだろうが、オルセン上層部が動き易い情報は得られたはずだ。
一方、集会に参加していたナハティガルは、信者幹部らの会話を盗み聞きしていた。
「ここだけでかなりの人数が集まっているな」
「恭順派や独立派よりも大きな勢力になれば、奴らの力を使って更に大きくなれるからな」
「奴等は権力争いの延長。我々は命が掛かっている。覚悟が違うのだ」
会話から推察するしかないが、現体制に反する組織同士で何らかの繋がりがあるように感じられた。
(敵の敵は味方という事か。しかし、それは同時に脆さでもあるな)
目的が違う組織が集まれば綻びは生じやすいものだ。得られた貴重な情報をナハティガルは無事に持ち帰るのであった。
●
変装したルベア・ベルニは、ふらふらとスラム街を歩いていた所、声を掛けられた。征竜の信者……ではなく、意外な事に身なりの整った初老の男性であった。
「なかなか良い顔立ちをしているな。うちで働かないか?」
「……」
返事をせずにジッと相手を観察すると老人は軽く笑った。
「まぁ、警戒は当然。儂はこれでもそこそこの立場の有る者でな。人を見る目は持ち合わせているつもりじゃ」
立ち振る舞いからも、どうやら貴族のようだ。以前は『貴族』に思う事はあったが、トレイシーと会って来た後だからか、感じ方が違うように思えた。
(スッキリした訳じゃないけれど、前には進めるわ)
心の中で呟いたルベアは、壁に寄り掛かりながら訊き返す。
「私に何をさせるつもり?」
「養子じゃ。もっとも、嫁ぎ先は決まっておるがの。整えればそこらの貴婦人よりも美しくなれよう」
「良い暮らしできるの? それに礼儀作法とか知らないわよ」
少しでも情報を引き出そうと訊くルベアの言葉を老人は疑いもせずにそのまま受け取った。
「そうじゃの……良い暮らしかどうか知らんが、征竜の大粛清があっても生き延びられよう」
どうやら嫁ぎ先は征竜信者のようだ。
「アナタ、征竜の信者?」
「まさかな。じゃが、予防線は幾らあってもよかろう。どうじゃ、来るか?」
「ちょっと考えたいわ。気になる人がいるから……」
ルベアはもっともらしい言い訳を発してその場を逃れるのであった。
●
怪しい貴族老人の情報を得て、レティシア・レインフィールはスラム街に訪れていた。
果たして恭順派か独立派か……かつて人の上に立っていた者と思わせるような所作をわざと見えるように演技しつつ、釣れるのを待つ。
「間違いであれば失礼するが、名のあった貴族とお見受けする。少しばかり、話に付き合って貰えないだろうか」
路地から現れたその人物は貴族老人――ではなくて同年代の女性だった。茶髪に二筋、真っ赤に燃えるようなメッシュと美しく整った顔の半分に残る火傷。
そして。一目で分かる帝国騎士の鎧。それも近衛隊が身に付けていたのと酷似している。
「何かございましょうか?」
「……仲間を集めている。帝国の危機に立ち向かえば、家の再興も叶うだろう」
「後ろ盾があるのですね?」
レティシアの質問に女騎士は頷いて応える。
「帝国皇帝ヨゼフ・バルダス様が私の主君。皇帝陛下の意向に今こそ従う時なのです」
つまり、この女騎士は恭順派だ。
「意向に従うというのは具体的にはどうすればよろしいのでしょうか」
「難しくはない。陛下に従わない裏切り者を倒し、陛下の軍を取り返す。その為には人の上に立つ者が幾人も必要となる。貴女はそれが出来ると見込んだ」
「そのような大それた事、すぐには……」
「ならば決心がついたら呼んでほしい。私はエイヴァだ」
最後に名前を告げて立ち去っていく女騎士をレティシアは見届けるのであった。
●
吟遊詩人として、皇子を賛歌し皇帝ヨゼフの悪行を伝えていたキオルティスは、人の目が届きにくい路地に入った所で、数人の男共に囲まれていた。
「貴様、皇帝閣下に侮辱を続けている吟遊詩人だな」
「指の一、二本は覚悟しろよ」
殺気漲るご様子でキオルティスはむしろ安心した。
そうでなければ、わざわざ誘き出したりはしないのだから。
「君達まるで烏合の衆だね。鳴き声も鳥そっくりだ」
ニヤリと挑発すると、男の1人が怒号と共に飛び掛かってきた。
当然の事ながら、簡単に捕まるキオルティスではない。風に舞った葉の如く、フワッと宙に上がると、そのまま壁を駆ける。
「「「逃がすか!」」」
「威勢だけは良いね」
男共の必死の形相に対し、キオルティスは笑い声を挙げながら駆け抜けた。そして、追跡を上手に撒くと、そのまま逃げないで物陰に潜み、奴らの行動を監視する。
これが当初から彼が思い描いていた作戦だ。
目標を見失った男共はブツブツと何か言い合いながら引き上げていく。それを見つからないように尾行するキオルティス。
奴らの正体は、恐らく恭順派で間違いないだろう。その為にわざわざ分かりやすく謳っていたのだから。
「ここが拠点、かな」
突き止めた場所はスラム街の端にある酒場『高き澪峰亭』。推測通り、恭順派の拠点の一つのようだった。
●
酒に溺れた貧困住民へと装ったハヤト=ガラン=ヴォルファングが他の冒険者からの情報を元に、スラム街を歩き回った後、酒場『高き澪峰亭』の脇に潜む。
(ここが恭順派のアジトの一つか)
恭順派と思われる数人の男共が出入りしているのは確認済みであり、ハヤトは壁に耳を当てる。
一応、奴等は警戒して声を落としているが、授恵者の超聴覚を誤魔化せなかった。
「どうやら、太守が冒険者を雇って、探りを入れているらしぜ」
「その情報はどっから出たんだ? 独立派? 彼奴らも信用できんぞ」
「征竜信者共は難民を中心にどんどん増やしているってのに、全く……これじゃ、エイヴァ様に頼りっきりだな」
恭順派の会話を察するに、独立派や征竜狂信者は繋がりがあるようだ。
エイヴァという名は他の冒険者が接触した恭順派の頭目で間違いないだろう。
「皇帝閣下にエイヴァ様をオルセン太守に任命して貰えれば良いのではなかろうか」
意味が無い事ではあるが、奴らにとっての大義名分には成り得るかもしれない。
(取るに足らない話だが、しかし、言質は取ったぜ)
ハヤトは奴らの企てを聞き、心の中で呟いた。少なくとも、エイヴァを参考人として扱う事はできそうだからだ。
(後は、そのエイヴァという奴の居場所か……)
こうして、安酒を飲みつつ、ハヤトは恭順派の頭目が潜む場所を確認するまで盗み聞きを続けた。
●
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトが廃屋に踏み込んだ。
ここまで辿り着けたのは他の冒険者や仲間達が得た情報のおかげだ。
「帝国過激派め! 貴様等の好きにはさせないぜ!」
レイウェストの敵である存在をアルベルトは許さない。特にヨゼフは付き従った兵達も切り捨てた上に征竜と手を組んだのだから。
エイヴァは咄嗟に剣を抜く。
「冒険者……いや、その漆黒の剣、聞いた事があるぞ。だが、残念だったな。私はこの街で何もしていない。罪なき者を捕縛できまい」
「確かにそうだ。だが、近衛騎士団はレイウェスト殿下に降った。俺の要件はそっちの事だ」
オルセンで逮捕できる罪状はなくとも、ヨゼフ配下の生き残りとして進退を選択させる事はできる。そして、降伏しなければ敵としてみなされるのは当然の事。
「ここに踏み込まれたのが皇子の関係者でなければ誤魔化せたものを」
「剣を捨てなければ抗戦の意思があると見なすぜ!」
「……くっ。私の主君は皇帝閣下のみ!」
鋭い踏み込みと共に突き出された剣。力量はアルベルトよりも上だったかもしれない。しかし、エイヴァはもともと戦う準備ができていなかった。
後ろに下がって突きを避けると、アルベルトはスキルを使って間合いを一気に詰める。
重く鈍い音と共にエイヴァを壁に叩きつけ、そのまま首元を抑え込んだ。
「さぁ、同行して貰おうか。色々と聞きたい事もあるんだ」
こうして恭順派頭目エイヴァを捕縛するのであった。
●
北伐隊を細かく部隊分けした名簿と睨めっこしながら、フリーダ=ブロムヴィストが唸っていた。
「啓示によれば『この辺りの短縮さえ見つかれば、短くなるのですが……』との事。つまりは、難事なのでしょう」
大きな問題に直面する事なく、北伐隊の遠征は続いている。
冬になれば雪で閉ざされてしまうので、どこかのタイミングでオルセンに帰って来る事になるが、休憩の為の交代は常に行われていた。
「私が、現状やれる事はそう多くはないのですが……スケジュール管理を疎かにすると後ほど、大変な事になりますし」
そんな訳で担当部署の役人と共に予定を細かく確認する事となった。
なるべく、多くの兵士が平等に休めるように調整する訳だが、道中の移動時間も発生する。そこに傷病者の移送と治療完了者の復帰も合わせる事になるのだ。
担当者が頭を抱える。
「馬車の数が足りませんな。往復で使うとなると、専用の馬車だけではとても……」
名簿をフリーダは再確認した。北伐隊の本陣までは距離があるので馬車での移動が基本となるので、移動に割り当てられた台数では限界が見えているのだ。
解決するには他の用途で使っている馬車を借りるしか――と、そこまで思案した時に閃いた。
「他の部署との調整が必要になりますが、休憩が終わった隊をそのまま補給部隊や護衛として活用しましょう」
フリーダの妙案に担当者は思わず手を叩いて賛同するのであった。
●
屋台で買った物を左右の手で持ち、食べ歩くファンゾムの横をリディリディ・トゥラ・イェレミースが何とも表現し難い顔つきで一緒に歩いていた。
ファンゾムの食べっぷりに奇異の視線が向けられている訳だが、当然ながら、隣のリディリディにも同様に視られている。
(えっと、この人って神さまなんですよね)
チラリと見ていたのがバレたようでファンゾムは妖艶な笑みを浮かべると、そっと耳元に顔を寄せた。
「なぁに? これ、食べたいのぉ?」
「い、いえ……だ、大丈夫です」
距離感もバグっているようで慌ててスペースを取るリディリディ。
ファンゾムは「そぅ?」と首を傾げながらも、肉まんを頬張る。その様子を見て、リディリディは心の中で呟いた。
(付き添いというか、これって監視みたいな事ですよね。たぶん……せっかく、封印が解除されたっていうのに、なんだか申し訳ないです)
神が街中で騒ぎを起こしたとあっては面倒な事になるのは間違いないが、自由が無い身も可哀想だ――と思うが、依頼で付き添っているだけで人見知りのリディリディは自分から声を掛けられず、気まずい時間だけが過ぎていく。
その時、ファンゾムが何かを見つけたようで嬉しそうにリディリディの手を引っ張る。
「蝗と蜂の子のかき揚げボタロン脳汁あんかけですってぇ~!」
「あ、あの、わ、私は――」
勢いで生きるファンゾムに振り回されるリディリディだった。
●
「飲食の方は良いとして、街中での大立ち回りはご法度だよ!」
クレア・エクレールからの注意にファンゾムが手を合わせて答えた。
「小さなぁ立ち回りだったらぁ良いのねぇ~」
「大小の話じゃなくて! イグシィも心配しているから」
その名が咄嗟に出てしまった事を次の瞬間、クレアは後悔した。
ファンゾムが蛇眼を輝かせて、顔が触れるのではないかと思う程、近づいてきたからだ。
「フフフ。『彼』の事が~心配なんでしょぉ~?」
「そ、そういう所!」
ファンゾムの両肩を掴んで身体から離す。
一緒に通りを歩いて、彼女のイメージアップに繋がるような事があればと思ったが、それ以前に、変な事に首を突っ込ませない方が良いと思い直した。
何か気になる人を見つけて下手に首を突っ込まれたら、後々、大変な事になりそうだ。少しぐらいはフォローできる準備をしてきたクレアだが、限度というものがある。
何とか彼女が穏便に一日を過ごせるように……と考えた結果、少し顔を染めながら、クレアは告げた。
「心配……というより、美味しいものがあったら、イグシィにお土産を持って帰ろうかなって」
「そんな事ならぁ、手伝ってあげるわぁ! さっき、美味しいかき揚げ見つけたのよぉ!」
後ろから抱きつくように被さってきたファンゾムが楽しそうに言う。
事件に巻き込まれなければいいかとクレアは思うのであった。
●
ファンゾムが手に持っていた謎のかき揚げを付き添いのルイドに手渡した。
「ルイド君もどうぞ。私、もういっぱいになったからぁ」
かき揚げを自然に返すルイド。
「腹ごなししたいんなら模擬戦でも……ああ、いや……どっか行きたいとことかあるか?」
「ないわよぉ。任せるわぁ」
「特に行先がねぇなら、あっちの方に行くか」
指差したのは見張り台。
二人並んで歩き出すとファンゾムがニヤリと笑った。
「模擬戦しなくていいのぉ?」
「今の実力差じゃ戦いにならねぇか? やるなら、もうしばらく鍛えねぇとな」
それに……とルイドは口に出さずに頭の中で思いを綴る――守護者としての精進を続けていくつもりだと。
明確な目標が、今、この時を充実させていた。
ルイドはファンゾムを伴って見張り台を登っていく。
そして、最後の階段を先に上がった時、振り返りながら手を差し出した。ファンゾムはその手に掴まりながら上台に到着する。
「凄いわねぇ~。遠くまで良く見えるわぁ」
「ちょっとした丘の上と変わらない高さだからな」
身を乗り出して景色を眺めるファンゾムが落ちてしまうのではないかと思い、ルイドは容赦なく肩口を掴んだ。
「大丈夫よぉ。心配症ねぇ」
「いきなり強い風だって吹くんだ。落ちても平気だろうが、騒ぎにはなる」
「それじゃぁ、しっかり掴んでねぇ。……私が落ちてしまわないように」
ファンゾムの流し目がどこか寂し気に見えたような気がしたルイドだった。
【89⇒89】
マスターコメント
イベントシナリオ普通 報酬:標準20 / 4〜25人
2023年10月27日 19時31分59秒 公開
参加者
相談掲示板
ヒーラーの神官ロゼットよ。よろしくね。 必要あるか分からないけど、行き先の表面を。 まだ考えてるけど、征竜狂信者について調べようかなと。 >選択 ・オルセンより不穏分子の調査 ロゼット ・トレイシーの研究所よりファンゾムの付添 ・北伐隊の後方支援
シーフのトーラです。 わたしも不穏分子の調査に回りますね。 よろしくお願いします! >選択 ・オルセンより不穏分子の調査 ロゼット トーラ ・トレイシーの研究所よりファンゾムの付添 ・北伐隊の後方支援
No.3
リディリディです。 私は研究所に行ってみるつもりです。 >選択 ・オルセンより不穏分子の調査 ロゼット トーラ ・トレイシーの研究所よりファンゾムの付添 リディリディ ・北伐隊の後方支援
おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! 俺も不穏分子とやらを探ってみるつもりだぜ! >選択 ・オルセンより不穏分子の調査 ロゼット トーラ ハヤト ・トレイシーの研究所よりファンゾムの付添 リディリディ ・北伐隊の後方支援
シーフのベルクだ、よろしく頼む。 現状だと後方支援が手薄か。 後方支援に向かうとしようか。 >選択 ・オルセンより不穏分子の調査 ロゼット トーラ ハヤト ・トレイシーの研究所よりファンゾムの付添 リディリディ ・北伐隊の後方支援 ベルク
情報屋のルチルだ。よろしく。 まあこれ向きなもんでアタイも不穏分子の情報収集に向かうよ。 >選択 ・オルセンより不穏分子の調査 ロゼット トーラ ハヤト ルチル ・トレイシーの研究所よりファンゾムの付添 リディリディ ・北伐隊の後方支援 ベルク