【呑竜】パーシア・愛の試練(壱)
おおくまねこ
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シナリオID:3136
オープニング
●ウィリアムとラミアス
「ウィリアム。生徒会長から恋文が届いたそうですね」
「耳が早いじゃないか。ラミアス。ああ、正直、彼女はきっと名乗りを上げてくれると思っていたよ」
王都内のカフェの個室にて。ウィリアムは激務の合間を縫い、久々に学園時代の後輩と紅茶を楽しんでいた。ウィリアムのバデーニ公爵家への婿入り(第二王子から臣籍に降下)と、出自不問の側室大募集――。ウィリアム側からプロポーズをしたわけではないが、ウィリアムは自分愛しさのあまり学園に巨大黄金像まで立てた少女がこの話に乗らないわけはないとは考えていた。もっとも、彼女があくまで第一夫人に拘るならあるいは婚約話はないかもしれない……とも思ったが、パーシアは嬉しいことに、どんな形であれ、ウィリアムと共に人生を歩みたいと考えているようだ。
「僕は彼女からのプロポーズを、純粋に喜んでいるよ。他の花嫁と喧嘩しないかどうかはちょっと不安はあるけど、そこは正直彼女に限ったことじゃないし」
正室と側室の醜い争いは人類の歴史上、いたるところで繰り返されている。しかし、正室と側室が良好な関係を築いていた事例が全くないわけではない。ウィリアムは全ての花嫁を平等に愛する覚悟があり、争いの火種になりかねないような「特別扱い」は控えるつもりだ。王族の立場とか全部放り出したくなるような、身を焦がすような情熱的な恋でもしない限り。
「そのことなのですが。少々問題がありまして。どうやら彼女は、両親の承諾を得る前にあなたにラブレターを送ったようなのです」
「なんだって?」
ウィリアムは思わずティーカップを持ったまま硬直した。さっそくトラブルじゃないか……。
「アイオーラ生徒会長の貴方への想いは疑う余地はありませんが……おそらく、アイオーラ家は今大混乱でしょう。あるいは――婚約破棄となる可能性もあります」
「……メアリー好みの物語なら、僕がアイオーラ伯爵の所まで足を運び、伯爵に一発殴られて解決となるところかもしれないが、僕は立場上、自分から誰かにプロポーズするわけには行かないからね……。僕の花嫁達にはできる限り仲良くしてもらいたい。パーシアには悪いが、ここから愛の試練だと思って、なんとか自分の手でがんばってもらおう……」
ウィリアムはため息をつく。
「――ですね。では次に、貿易商のアイリッシュ家のご令嬢ですが、こちらの方は――」
「待った。ラミ。まさか君、僕の婚約者候補全員を把握していたりはしないよね?」
「まさか。私はそこまで暇ではありませんよ」
ラミアスはにっこりと笑った。
●荒れるアイオーラ家
「ならんぞ、パーシア! 今ならまだ間に合う。すぐウィリアム王子に辞退の手紙を送りなさい」
「謹んで、お断りします! 私は、ウィリアム王子と結婚するのです!」
ウィリアムとラミアスが危惧した通り、夏休みで実家に帰っていたパーシアは父親と激しく口論していた。アイオーラ伯爵はまさか、本当に娘がウィリアムの妻になれるチャンスが来るなんて思っていなかったのだ。もっとも、ウィリアムが第二王子のままなら結婚は大いに結構だったのだが、問題は今回発表された『集権派』の設立だ。
時が来れば全ての権利を王家へ奉還する事を約した【集権派】の盟主ウィリアムとの婚姻――。さすがにこれをはいそうですかと承諾するわけには行かず、二人は激しいバトルを繰り広げることとなった。
「このクソオヤジ! オラァ!」
「パーシア様! なんてことを!」
パーシアはアイオーラ伯爵に容赦のないヤクザキックを叩きこんだ。伯爵はすごい勢いで吹っ飛び、机をひっくり返して壁に叩きつけられた。あまりの事態に、侍女たちは悲鳴を上げる。伯爵はダン、とバネで起き上がると、顔の前で腕を十字に組み、パーシアに向かって跳躍した。
「我が娘ながらいいキックだ。成長したな。だが、よもや当家の家訓を忘れてはおるまいな! やられたら倍返しだ!」
「旦那様、どうかお待ちください!! ブレーク! ブレーク!」
「あなた! 嫁入り前の娘にフライングクロスチョップとは何事ですか!」
娘にレスリング技を放とうとする伯爵を必死に止める侍女たちと伯爵夫人。アイオーラ家の人々は領民には(というかあらゆる他人に)ちょっとお見せできない醜態をさらしていた。
「誰が何と言おうと、私はウィリアム王子の所に行くからな! 駆け落ちになっても構わねえ!」
「待ちなさい! パーシア!」
「お待ちください、パーシア様!」
パーシアはバーンと扉を蹴って閉め、自室へと戻っていった。大荒れのパーシアを慌てて追うのは、パーシアの乳母の娘、ラズリーである。
「これは、まずいですわね……せっかく次女に生まれた私が当主となるチャンスが巡ってきたと思っておりましたのに……」
まだ幼いパーシアの妹、エスメラルダは両親と姉の大喧嘩を前にハンカチを噛み締めていた。
●次女の暗躍
「――という次第でして。お姉様とお父様は絶賛、絶交中でございます」
王都の冒険者ギルドにやってきたパーシアの妹にして、アイオーラ家の次女、エスメラルダ(10才)は深くため息を吐いた。
「私としては、大好きなお姉様にはぜひウィリアム王子の元に嫁いでいただきたいな、と思っております。お姉様はどうあっても婚約破棄はしないでしょうが、駆け落ち同然の状態でウィリアム王子の元に行かれても、きっと王子もお困りになられるでしょうから」
エスメラルダの不安はもっともだ。いかにパンクリアース学園の中庭に黄金像を建てた実績を持つパーシアといえど、アイオーラ伯爵家の後ろ盾なしでは、ウィリアム王子がパーシアと結婚するメリットは(貴族的には)、ほぼない。パーシアがこのまま両親の承諾が得られなければ、おそらく婚約はウィリアム側から破棄されてしまうだろう。初めから異種族や平民ならまた話は別だが、駆け落ちした貴族の娘なんて、ウィリアムとしても対応に困るに違いない。
「――というわけですので、皆様にはなんとかお父様を説得していただきたいのです。お姉様とウィリアム王子の婚約を認めるようにと。皆様は冒険者としてのウィリアム王子をよくご存じでしょう? ウィリアム王子のすばらしさを力説するとか、そういう感じでお願いします。
身内の恥を忍び、わざわざ私が王都まで来てこのような依頼を出したのは、全ては大好きなお姉様の幸福を願ってのことです。決して、長女のお姉様が消えれば次の当主が私のものになるからとか、そんな打算的なお話ではございません。本当ですよ?」
(あのうっとおしいお姉様を訳あり花嫁として返品されても困るんだよ。姉貴は、きっちりウィリアム王子に引き取ってもらわねえとなァ!)
パーシアの妹は欲深い本性を隠し、淑女スマイルを浮かべた。
「ウィリアム。生徒会長から恋文が届いたそうですね」
「耳が早いじゃないか。ラミアス。ああ、正直、彼女はきっと名乗りを上げてくれると思っていたよ」
王都内のカフェの個室にて。ウィリアムは激務の合間を縫い、久々に学園時代の後輩と紅茶を楽しんでいた。ウィリアムのバデーニ公爵家への婿入り(第二王子から臣籍に降下)と、出自不問の側室大募集――。ウィリアム側からプロポーズをしたわけではないが、ウィリアムは自分愛しさのあまり学園に巨大黄金像まで立てた少女がこの話に乗らないわけはないとは考えていた。もっとも、彼女があくまで第一夫人に拘るならあるいは婚約話はないかもしれない……とも思ったが、パーシアは嬉しいことに、どんな形であれ、ウィリアムと共に人生を歩みたいと考えているようだ。
「僕は彼女からのプロポーズを、純粋に喜んでいるよ。他の花嫁と喧嘩しないかどうかはちょっと不安はあるけど、そこは正直彼女に限ったことじゃないし」
正室と側室の醜い争いは人類の歴史上、いたるところで繰り返されている。しかし、正室と側室が良好な関係を築いていた事例が全くないわけではない。ウィリアムは全ての花嫁を平等に愛する覚悟があり、争いの火種になりかねないような「特別扱い」は控えるつもりだ。王族の立場とか全部放り出したくなるような、身を焦がすような情熱的な恋でもしない限り。
「そのことなのですが。少々問題がありまして。どうやら彼女は、両親の承諾を得る前にあなたにラブレターを送ったようなのです」
「なんだって?」
ウィリアムは思わずティーカップを持ったまま硬直した。さっそくトラブルじゃないか……。
「アイオーラ生徒会長の貴方への想いは疑う余地はありませんが……おそらく、アイオーラ家は今大混乱でしょう。あるいは――婚約破棄となる可能性もあります」
「……メアリー好みの物語なら、僕がアイオーラ伯爵の所まで足を運び、伯爵に一発殴られて解決となるところかもしれないが、僕は立場上、自分から誰かにプロポーズするわけには行かないからね……。僕の花嫁達にはできる限り仲良くしてもらいたい。パーシアには悪いが、ここから愛の試練だと思って、なんとか自分の手でがんばってもらおう……」
ウィリアムはため息をつく。
「――ですね。では次に、貿易商のアイリッシュ家のご令嬢ですが、こちらの方は――」
「待った。ラミ。まさか君、僕の婚約者候補全員を把握していたりはしないよね?」
「まさか。私はそこまで暇ではありませんよ」
ラミアスはにっこりと笑った。
●荒れるアイオーラ家
「ならんぞ、パーシア! 今ならまだ間に合う。すぐウィリアム王子に辞退の手紙を送りなさい」
「謹んで、お断りします! 私は、ウィリアム王子と結婚するのです!」
ウィリアムとラミアスが危惧した通り、夏休みで実家に帰っていたパーシアは父親と激しく口論していた。アイオーラ伯爵はまさか、本当に娘がウィリアムの妻になれるチャンスが来るなんて思っていなかったのだ。もっとも、ウィリアムが第二王子のままなら結婚は大いに結構だったのだが、問題は今回発表された『集権派』の設立だ。
時が来れば全ての権利を王家へ奉還する事を約した【集権派】の盟主ウィリアムとの婚姻――。さすがにこれをはいそうですかと承諾するわけには行かず、二人は激しいバトルを繰り広げることとなった。
「このクソオヤジ! オラァ!」
「パーシア様! なんてことを!」
パーシアはアイオーラ伯爵に容赦のないヤクザキックを叩きこんだ。伯爵はすごい勢いで吹っ飛び、机をひっくり返して壁に叩きつけられた。あまりの事態に、侍女たちは悲鳴を上げる。伯爵はダン、とバネで起き上がると、顔の前で腕を十字に組み、パーシアに向かって跳躍した。
「我が娘ながらいいキックだ。成長したな。だが、よもや当家の家訓を忘れてはおるまいな! やられたら倍返しだ!」
「旦那様、どうかお待ちください!! ブレーク! ブレーク!」
「あなた! 嫁入り前の娘にフライングクロスチョップとは何事ですか!」
娘にレスリング技を放とうとする伯爵を必死に止める侍女たちと伯爵夫人。アイオーラ家の人々は領民には(というかあらゆる他人に)ちょっとお見せできない醜態をさらしていた。
「誰が何と言おうと、私はウィリアム王子の所に行くからな! 駆け落ちになっても構わねえ!」
「待ちなさい! パーシア!」
「お待ちください、パーシア様!」
パーシアはバーンと扉を蹴って閉め、自室へと戻っていった。大荒れのパーシアを慌てて追うのは、パーシアの乳母の娘、ラズリーである。
「これは、まずいですわね……せっかく次女に生まれた私が当主となるチャンスが巡ってきたと思っておりましたのに……」
まだ幼いパーシアの妹、エスメラルダは両親と姉の大喧嘩を前にハンカチを噛み締めていた。
●次女の暗躍
「――という次第でして。お姉様とお父様は絶賛、絶交中でございます」
王都の冒険者ギルドにやってきたパーシアの妹にして、アイオーラ家の次女、エスメラルダ(10才)は深くため息を吐いた。
「私としては、大好きなお姉様にはぜひウィリアム王子の元に嫁いでいただきたいな、と思っております。お姉様はどうあっても婚約破棄はしないでしょうが、駆け落ち同然の状態でウィリアム王子の元に行かれても、きっと王子もお困りになられるでしょうから」
エスメラルダの不安はもっともだ。いかにパンクリアース学園の中庭に黄金像を建てた実績を持つパーシアといえど、アイオーラ伯爵家の後ろ盾なしでは、ウィリアム王子がパーシアと結婚するメリットは(貴族的には)、ほぼない。パーシアがこのまま両親の承諾が得られなければ、おそらく婚約はウィリアム側から破棄されてしまうだろう。初めから異種族や平民ならまた話は別だが、駆け落ちした貴族の娘なんて、ウィリアムとしても対応に困るに違いない。
「――というわけですので、皆様にはなんとかお父様を説得していただきたいのです。お姉様とウィリアム王子の婚約を認めるようにと。皆様は冒険者としてのウィリアム王子をよくご存じでしょう? ウィリアム王子のすばらしさを力説するとか、そういう感じでお願いします。
身内の恥を忍び、わざわざ私が王都まで来てこのような依頼を出したのは、全ては大好きなお姉様の幸福を願ってのことです。決して、長女のお姉様が消えれば次の当主が私のものになるからとか、そんな打算的なお話ではございません。本当ですよ?」
(あのうっとおしいお姉様を訳あり花嫁として返品されても困るんだよ。姉貴は、きっちりウィリアム王子に引き取ってもらわねえとなァ!)
パーシアの妹は欲深い本性を隠し、淑女スマイルを浮かべた。
解説
依頼人:アイオーラ家の次女、エスメラルダ
舞台:アイオーラ伯爵のお屋敷
状況:
ウィリアム第二王子が入り婿になり、側室を大募集しています。ウィリアム王子の熱狂的ファンであったパーシアがこの機を逃すはずもなく、即座にウィリアムにラブレターを送りました。
しかし、王党派からウィリアム率いる集権派への鞍替えをしぶるパーシアの両親はパーシアに婚約を破棄するように要求しており、パーシアとは殴り合いの大げんか。アイオーラ家は大混乱です。
事態を憂慮したパーシアの妹は大好きな姉をウィリアムにしっかり引き取ってもらい、自身がアイオーラ家の次の当主となるべく、暗躍を開始しました。冒険者達の使命は、パーシアの両親を説得し、ウィリアムとの婚約を認めさせることです。
●登場NPC
パーシア・アイオーラ
1222年度パンクリアース学園生徒会長。選挙公約としてウィリアム黄金像を建設した。伯爵家の生まれであり、第二夫人は十分に狙えるポジションにあるが、父に結婚を反対されているため、このままでは婚約できない。ウィリアムへの愛情は強く、いかなる手段を用いてでも彼と結婚したいと思っている。
※貴族社会では、男性が側室や愛妾を設けるのは普通です。
エスメラルダ・アイオーラ ヒーラー
依頼人。パーシアの妹。アイオーラ家に男子はおらず、パーシアがウィリアムに嫁いだ場合は彼女が当主になる。姉妹仲はやや悪いが、今回はパーシアとは利害が一致しているため、陰ながらパーシアの婚約をサポートするべく暗躍している。が、まだ幼いのでできることは少ない。
エミリオ・アイオーラ伯爵 ヒーラー
アイオーラ家当主。賭博の胴元として財を成した一族、アイオーラ家の現当主。顔はかなり強面で、雰囲気はゴールディ・マフィアの頭目に似ている。統治者としての能力は高く、領地は経済的に繁栄している。ちなみにウィリアム黄金像建設の為に増税などはしておらず、娘名義の借金として帳簿に記録している。家族への愛情は深いのだが、それ以上に貴族のメンツを重んじており、先祖から受け継いできた誇りとの兼ね合いで「集権派」の筆頭となったウィリアムに娘をやることを渋っている。しかし、ウィリアムがパーシアを預けるのにふさわしい男だと判断すれば、英断を下すかもしれない。
また、人の判断基準は「仁義」とか「度胸」なので、冒険者とは気が合うかも。趣味はレスリング。
マスターより
こんにちは。おおくまねこです。アイオーラ家が賭博で財を成した家系である、という情報自体は時々出てたんですが、ようするにパーシアはヤクザの娘なんです。おうちはお金持ちで舎弟に対する面倒見も良い。でもメンツを傷つけるとえらいことになる。ただ、貴族なんて全部ヤクザみたいなもんやろ、といいう説もあります。どこの家でも庭に石投げ込んだらやばいので。
ウィリアム自分でお義父さんに挨拶行けよ! と私も思うのですが、ウィリアムにも色々あるので、パーシアのことは冒険者に丸投げと相成りました。
なお、ウィリアム率いる【集権派】の目標は王国内の異種族差別や平民と貴族の身分格差を埋めるものなので、平民や異種族の冒険者はウィリアムを後押しするメリットがあります(集権派の詳細は連動トップ参照)。パーシアをウィリアムと結婚させたい方はぜひご参加をお願いします!
リプレイ
●
(私は【集権派】推しという訳ではなく、個人的にお世話になっているパーシアさんを応援したい)
コルネリウス・アーラは王国の政治事情にはそこまで関心はない。純粋に友人であるパーシアの恋路を応援したい気持ちだった。
(パーシアさんご本人も、集権派とか王党派にはそれほど関心はなさそうですしね)
去年の選挙以降、コルネリウスが王都や学園でパーシアと行動をともにする機会は何度もあったが、パーシアは王党派っぽい行動をとったことがあったかと言うと、正直記憶にない。校庭にあるあのデカいやつも、本人は『私のウィリアム王子への想いが形になったもの』と言っていた。そもそも、親も反対しているのだから、彼女に政治的意図なんかなく、ただただウィリアムと結婚したい一心なのだろう、
●
というわけで、コルネリウスは何人かの友人と共に、伯爵に直談判しにきた。面談のスケジュールについては、(一度に何人も面会に来ると怪しいので)依頼人であるパーシアの妹が母と共謀して適当に割り振ったらしい。おかげで、それなりに多忙であるはずの伯爵との面会はスムーズだった。
「【集権派】との婚姻、簡単に首を縦に触れない事は平民の私でも理解はできます、けれど(お家の問題は一先ず置いて)ウィリアム王子は公平に女性を愛せる方とも伺っていますし、心身ともにお強い方です」
コルネリウスは伯爵にウィリアムのすばらしさについて力説した。伯爵にウィリアムの良さをアピールすることで、「娘を預けるに足る人物である」と思ってもらう作戦だ。何度か戦闘を共にしたことがあるので、その後に自分の目でみた彼の実力についても言及した。すると伯爵は、「ふむ」と静かに頷いた。
「先日、ウィリアム様とデートをしているパーシアさんは、とても、幸せそうでした。ありきたりな言葉になってしまいますけれど……なによりも、好きな人の側にいられる事は幸せなのだと、思います。私は友人として、彼女の幸福を願っています」
「そうか……結婚を認めるかどうかはともかく、我が娘は良き友人を持てたようだ」
伯爵の瞳には、確かな娘への愛情が浮かんでいた。
●
「お嬢さんも、パーシアの学友かな?」
「はい。ゲルダ・クラインと申します。パーシア様には学園でよくして頂いております」
(貴族の問題については……平民で異種族のわたしからお伝えできることはありませんので、パーシア様の恋を応援するひとりとして、精一杯がんばりましょう)
ゲルダ・クラインも政治のことはともかく、パーシアの恋愛を応援する者として、伯爵に会いに来た者だった。
(ただ、ウィリアム王子のことを実はあまり存じ上げないので……お伝えできることは、パーシア様からお伺いした情報が殆どになりそうです)
ゲルダはウィリアムのことはあまり知らなかった。大規模戦闘など、仕事で顔を合わせたことはあるが、プライベートなやりとりは皆無である。以前パーシアと恋バナをした際に、かなり誇張されたウィリアムの武勇伝を聞かされたことがあるが、そのぐらいである。
「ウィリアム王子はわたしよりも強いウォーリアの方ですし、とても強くて義に溢れる方です。この家で生まれ育ったパーシア様がウィリアム王子をここまで好きになったのは、彼の人柄故です」
ゲルダは素直に、ウィリアムのいいところを伯爵にアピールした。
「ふむ、娘の話は多分に誇張されたものだと思っていたが、実際にそれなりの男ではあるようだな」
伯爵はゲルダの話を真面目に聞いてくれた。
(良かった……でも、端正なお顔であることは伏せておいた方がよさそうですね)
以前、パーシアはゲルダと恋バナした際に「最初に惹かれたのはウィリアム王子の顔だ」と正直に言っていたが、それについては彼女の両親に伝えるとかえってマイナスになりそうなので、ゲルダは伏せた。
●
続いて、伯爵の下にやってきたのはイズル・M・ヴォルゴールだった。
「正室と側室の醜い争いは枚挙に遑がございません。臣籍降下でも王家の人間がそれを知らないわけがなく。……しかしご息女はその頂点に立てる素質を持ってると私は確信しております」
イズルは本心から告げた。すると、伯爵は当然の疑問をイズルへと返した。
「……ウィリアム王子がバデーニ公爵家に婿入りする以上、正室の座はバデーニ家ご令嬢になるのではないかね?」
「側室故にこそ、です。頂点とは、必ずしも正妻を意味しません。外の風に触れやすいのは、むしろ側室でありましょう」
「ふむ……」
イズルは「家風にもよるが側室は外に関わりを持てやすく、政治的情報が家に入りやすくなる」。と言外に伝えた。パーシアの父は政治的都合でパーシアのウィリアムとの婚約に反対していると聞いている。ならば、情に訴えるよりも、ウィリアムに娘を嫁がせるメリットを説く方が効果的だと考えたのだ。
「ちなみに、伯爵に側室は?」
「ああ、うちにはおらんよ。私はウィリアム王子と同じく入り婿だからね。側室を取れるほど……ごほんごほん!」
夫人に冷たい視線に気づき、伯爵は咳払いした。
「左様ですか。では、失礼ながら一つ諫言を。ヴォルゴール家の当主は側室を設けておりまして……醜いものもいくつか見てきました。具体的には、夫婦喧嘩になったら正妻側室連合でボコられます」
「「なるほど」」
「いかに仲が悪いといえど、一人に言えば全員に知れ渡る。女性の横の連携を舐めてはいけません。私には姉が17人おりまして、こちらも同様です。くれぐれも、お気を付けください」
イズルはいい笑顔でそう言うと、謁見の間から退室していった。
●
イズルが部屋から退室し、帰ろうとすると、ラズリー(パーシアの専属メイドなのでウィリアムにパーシアが嫁ぐと一緒についていくことになる)が声をかけてきた。
「イズルさん、さっきの言葉、パーシア様本人にもぜひ言ってあげてください。私も努力はしますが、ぜっっっったいにほっとくと他の夫人にマウント取りに行くんで……」
「ああ、それは……大変だね」
イズルは目が死んだ笑顔をラズリーに向けた。
●
「逆に考えるべきだ。パーシア嬢を嫁に出すことの是非ではなく、パーシア嬢を嫁に貰ってくれる器の持ち主がかの王子以外居るのかと」
ベルク・オスマットはいままでの王子がらみの奇行の数々を思い出しつつ、伯爵に「パーシアを送り出すべきだ」と力説していた。
(パーシア嬢をウィリアム王子の番に押し込む! そうすれば、あの男のレイウェスト皇子への異常な関心も収まるかもしれん!)
ウィリアムの良さは未だによくわからないベルク・オスマットであったが、パーシアのことは別に嫌いではない。「趣味悪いな」と思うだけで。王子様に憧れる乙女というのも、理解はできる。たとえ肝心の王子が、15歳以上年下の異国の皇子にウェディングドレスを着せたがる特殊性癖の持ち主であったとしてもだ(注:個人の感想です)。
「ずいぶんと失礼な物言いじゃないか。パーシアは我が娘ながら、なかなかの美少女だと思っているのだが?」
伯爵は額に青筋を立て、ベルクに反論した。
「いかに容姿端麗でも、パーシア嬢はウィリアム好きを前面に出し過ぎている。あれでは他の男は寄り付かぬ。パンクリアース学園の校庭に立っているのは、パーシア嬢の『愛の結晶』だそうだが?」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれ、伯爵は黙った。伯爵自身も、パーシアが黄金像を建てた時点で薄々そんな気はしていたのだ。
「ダメかね……やっぱり」
「ダメだろう」
ベルクはきっぱりと言うと、伯爵はちょっとしょんぼりした。
「諦めてパーシアを送り出してやれ。嫁に出したからって必ず集権派に属さなければいかんわけではないし、王党派と集権派の架け橋とか窓口になればいいのではないか」
「ぐううむ………」
「では、我はこれで。お時間を頂戴した」
ベルクは言いたい放題言い、謁見の間を退出した。
「まぁ我も一応乙女だからな、恋する者の背は押したくなるものだ」
(ついでに正式なカップリングを誕生させることで非正規カップリング派のドゥジン教徒が減少するかもしれん。主にウィル×レイとかレイ×ウィルとかな)
●
(集権派の思想に思う所はあれど、縁あるパーシア様の婚約問題であれば少しでも良い形で解決出来ますようお手伝い致します
レティシア・レインフィールがパーシアの友人として伯爵に面会を申し込むと、問題なく謁見が許可された。
(……殿下との婚約は立場上、あまり他人事ではございませんし)
レティシアの脳裏には、ウィリアム王子のほかに二人ほど男性の顔が浮かんでいた。
「レインフィール家の長女、レティシアと申します。パーシア様と伯爵はその、ウィリアム王子との婚姻について意見が食い違っているとお伺いしたのですが……」
「うむ。恥ずかしい話だが、我が娘は何が何でもウィリアム王子と婚約すると言って聞かぬ。私は反対しているのだが……」
(やはり、お父様に反対されているのですね……)
「それは何故でしょうか」
「ウィリアム王子の唱える集権派の思想は貴族の矜持に背を向けるものだ。おいそれと頷けるものではない」
「なるほど、ごもっともです」
レティシアは頷いた。伯爵の主張は別に間違ってはいない。リーンエス王国のヒューマン至上主義、身分制度に行き過ぎた部分があり、是正が必要だという王家の主張にも正当性があるが、反対する貴族達はワガママである、というのもあまりに短絡的過ぎる。レティシアは中立派の家柄の娘らしく、どちらの主張にも理がある部分は否定しなかった。
「ところで、パーシア様がウィリアム王子の熱心なファンであることは学園ではとても有名です」
「それはそうだろう。黄金像まで建てたのだからな」
伯爵は頷いた。
「あの黄金像はとても立派なものです。王都のみならず、他国にもその評判は届いているかと」
「まあ、そうだろうな」
「その、もし仮に殿下との婚約が叶わなかった場合ですけれど……一般的な殿方は、求婚を躊躇されるのでは?」
「うぐっ」
痛いところを突かれ、伯爵はたじろいだ。
「パーシアにはウィリアム王子以外に貰い手がいないのではないか、と言いたいのかね?」
「いえ、そのようなことは、決して。それは……その。パーシア様はとても魅力的な方だとは、私も思うのですが……あの、黄金像の評判が、他の方がお声がけする障害になるのではないかと……」
レティシアは慎重に言葉を選んだつもりだが、言ってることはようするに伯爵(やベルク)と同じことだった。
「いや、すまん。分かってはおる。分かってはいるのだ……! どう考えても他の男は寄り付かんことぐらい!」
伯爵はハァ、と深いため息を吐いた。
「それならば、パーシア様は殿下の元に妹君は伯爵家を継がれた方が……今後集権派がどのように転ばれてもどちらかは生き残れるのではないでしょうか」
「ううむ……」
伯爵は苦渋の表情を浮かべた。
●
「……背負う物が大きいと、結婚するのも色々と大変なんだな」
レピド・クロサイトはぽつりと呟いた。パーシアがかねてよりウィリアムを恋慕していたのはレピドもよく知っていた。王子と結婚するのは難しいだろうなとも思っていたが、まさかチャンスが巡ってきたにも関わらず、親から反対されているとは……。
「貴族はややこしいな」
……。
「お初にお目にかかる。俺はレピドという者だ。パーシア嬢がウィリアムとの婚約に反対されていると聞き、彼女を後押ししたく、ここに来た」
レピドは伯爵に単刀直入に要件を言った。服装は貴族の私邸に合わせ、正装だ。
(……少なくとも包帯ミイラ男状態よりはマシだろう)
「ふむ。君もそうかね。最近はパーシアの知人がよく面会に来る。そんなにウィリアム王子は得難い男なのか……? 王子というだけでなく」
何人もの冒険者がウィリアムをプッシュしているせいか、伯爵にも迷いが出てきているようだ。
「ところで平民質問で恐縮なのだが……【王党派】は王家に忠誠を誓っている派閥なんだよな?」
「うむ。確かに王党派は王家に忠誠を誓っている貴族の派閥だ。そもそも、貴族というものは皆王家の家臣であり、王家を排して自ら頂点に立とうとする貴族派たちの思想は傲慢であり……『始まりの百家』というものを知っているかな。全ての始まりは『名もなき剣士』が……」
レピドはたっぷり三十分ほど、王国の歴史と、『王党派』の誇りについての演説を聞かされた。レピドはほっとくとこのオッサンは延々としゃべり続けるということに途中で気づき、質問を挟んだ。
「その『王家が作った』【集権派】になるのなら、それは王家に対する忠誠を見せる事に……ひいては王党派の理念にも沿う事にはならないだろうか。こう、場所や立ち位置は変われどもその魂は変わらず、みたいな……というか臣籍降下するとはいえ、王家の血筋の嫁になるという事は王党派にとっては誉れではないのか?」
「無論、忠を示すことにはなろう。そして、王子がパーシアを嫁に迎えるということならば、誉でもある。しかし、王家の命令ならば何でも従えるわけではない。王家への忠誠だけでなく、アイオーラ家にも受け継がれてきたものがある。特に、領地の統治権を失うのは貴族にとっては死活問題だ」
伯爵はレピドの意見を認めつつも、渋い顔をした。
「色々言ったが、単純に俺は黄金像の為に『命を賭けた』パーシア嬢を知っている。出来ればその想い、遂げさせてやりたい」
レピドはそれだけ言うと、伯爵に礼を言って退出した。
●
「ヴェルジー伯爵家次男、ジュスト・ヴェルジーです。アイオーラ伯爵。この度は面会に快く応じて下さり、感謝いたします」
「苦しゅうない。副会長君には我が娘がいつも世話になっている」
ジュスト・ヴェルジーが貴族の礼で挨拶すると、伯爵は微笑みながら礼を返した。
(卒業後は俺も法衣貴族の一員になるし、実家も恐らく集権派になる。王家の意向を組むなら一家でも多く集権派になって欲しい所だから、アイオーラ伯にも納得して頂かないとね)
ジュストは王党派貴族として、伯爵の説得に当たる気だった。アイオーラ家も王党派ではあるが、集権派の構想には王党派の中にも反対勢力もいる。ざっくり言うと、「王家は尊重するが、領地の中では好きにやらせてほしい」と考える派閥がこれに当たる。アイオーラ伯爵はそちらの立場のようだ。
「アイオーラ伯爵。ウィリアム第二王子は素晴らしい方です。有事の際には、王族にも関わらず前線に立って王国の為に戦ってくれています。また、単純に戦士としても一流です。かつて私自身も彼に挑み、敗れたことがあります。大変お強かった」
ジュストは自身がウィリアムの素晴らしさについて伯爵に力説した。とにかく強く、また勇敢である、という評価に、伯爵は「ほう……」と多少興味を持ったようだ。
「面子や誇りを重んじるのは貴族として当然のこと。しかし、先祖から受け継いできた誇りを後世に次ぐ為、自身は辛酸を舐め、娘と王子に託す胆力はおありですか?」
「集権派に娘を差し出すのは、私にとっての試練でもあると、君はそう言いたいわけか?」
「はい。ですが、ウィリアム王子は信頼できる方です。それについては私だけでなく、彼を知る多くの者が知るところかと」
●
(家同士が定めた部分もあるとはいえ、僕自身思いが実った形なわけで。パーシア君のことを友人として純粋に応援したい)
ローザリカ・L・ディオールは婚約者とは違い、「家のことはともかく、パーシアの恋路を応援したい派」だった。ローザリカとしては学園内……もちろん生徒会室でも節度を守ってきたつもりではあるが、パーシアが(多少物理的距離が近かったかもしれない)自分とジュストのことを、時折羨ましそうに見ていたことも知っている。
(やり方は褒められたものではなかっただろうが、それはそれだ)
ローザリカはパーシアがなりふり構わずに黄金像を建てるために奔走している姿を思い出していた。ウィリアム黄金像を建てたことにより、パーシアはこれ以上ない形でウィリアムに対する愛を示した。かなり常識外れの一手だが、王子側からパーシアのプロポーズを断ることはまずありえない、というのは冒険者達の共通認識だった。
(僕の立場としてはそう、ただ渦中の人物であるウィリアム王子の人となりを語るだけだ。それを聞いたアイオーラ伯がパーシア君の婚約に納得するかどうかはご本人次第なのだから)
「ウィリアム王子は立派な方です。そうですわね、私が知る中ですと自らの財を投げ打ち下々を労わるがごとくお持ちの離宮を迎賓館として開放したりですとか」
(ただし方法は僕ら冒険者に丸投げだったし、発端はメアリー王女の提案だったが)
「ふむ」
ローザリカは不都合なことはあえてふせ、ウィリアムのいい所だけ伯爵に吹聴した。
「他は……」
(水辺でもない野外で水着での給仕を強要したりとかしか……浮かばなかった)
ローザリカはそれ以上はどう考えても伯爵に伝えるべきではない王子の痴態しか頭に浮かばず、遠い目をした。
「?」
「ともかく、王子は素晴らしいお方かと」
淑女の微笑みで誤魔化すローザリカであった。
●
「伯爵様、ウィリアム殿下に賭けるのは悪い手ではありませんよ」
シルク・メイプルリーフは伯爵にそう諭した。シルクの論法は「ウィリアムに賭けるべし」。アイオーラ家が賭博で財を成したという評判を考慮し、伯爵の勝負勘に賭けることにしたのだ。
「ウィリアム殿下は文武両道、人柄もよく決して身内に対して悪いようにはしないでしょう。パーシアさんが嫁いでおいて損はないかと思います。むしろ何もしなければ何も得られないどころか全てを失うかもしれません」
「ふむ……君はこの先、集権派が主流派になると?」
「はい」
「なるほど、いささか議論が飛躍している気はするが、趨勢を読む、というのは大事だ。私はこれまでここぞという時には賭けに勝ち、財産を増やしてきた。……黄金像建造費用で割と減ったが」
「ご立派です。とはいえ、相手の情報もなくBETも出来ないでしょうし一度ウィリアム王子にお会いになって見ては?」
「ふむ、確かに一理あるな。我が娘についてどう思っているのか、そして集権派の構想について、彼に問いただしてみるか。いきなり断るのは性急だったかもしれぬ」
シルクの言葉により、伯爵はウィリアムに面会を申し込む気になったようだ。
「ところで伯爵様はレスリングがお好きだとか」
「うむ、そうだ。婿入りする前は『高貴なる野獣』として数多くのリングを沸かせたものだ」
「レスリング……我が教会に伝わる48の浄化技の祖とも言われておりますね。負けませんが」
「ほう。それはつまり、私に挑戦したいということかね?」
伯爵はシルクの体をガン見した。この瞬間、高貴なる伯爵の表情はただのスケベオヤジとなっていた。
「あなた? まさか、あの豊満な女性とレスリングしようだなんて思っておりませんわよね」
「えっ!? ああ、もちろんだとも!」
伯爵夫人にギロリとにらまれ、伯爵はわざとらしく咳払いした。
●
「次の面会相手は誰だ?」
「一年生のダニエルさんです。パーシアのクラブの後輩だそうですよ」
「ほう。なんかパーシアが『ウィリアム王子に憧れる思春期コスプレイヤー、たまにメアリー王女のコスプレもする』とか言ってたやつかな」
「前半はともかく、後半はちょっと何を言っているのか分かりませんね」
次の面会の相手はダニエル・ヘリントンだ。たまにウィリアム王子やメアリー王子にコスプレしていたせいか、パーシアの中ではダニエルはそういう生き物として認知されていたらしい。幸いにも、当日ダニエルはウィリアム王子やメアリー王女のコスプレはせず、紳士的な服装でやってきた。
「伯爵! パーシア部長はウィリアム王子を愛するあまりに生徒会長にまでなり黄金像を作成させたのです! 貴女の愛する娘の心をここまで捉えたのですよ」
「うむ……。待て。最初からパーシアは黄金像を建てる為に生徒会選挙に出たのか?」
伯爵はパーシアの母に尋ねた。
「そうでしたっけ……学園を改革したいとか、そういう話は聞いたことがなかったから、そうなのかも」
「そうなのです! 伯爵! どうかパーシア部長の気持ちを分かってあげてくれませんか!」
「いや、分かってはおるがだな、それとこれとは……」
ダニエルは勢いで押してみたが、伯爵は意見を変える気はなさそうだった。そこでダニエルは、一か八かの勝負に出た。
「伯爵! こうなったら言葉では無くレスリングで語り合いましょう!」
「は?」
伯爵と、パーシアの母はきょとんとした。
「ええと……君とかね。それともウィリアム王子とかね」
「僕とです!」
「……あなた、そろそろ次の面会時間ですね!」
パーシアの母はさっさとダニエルとの面会を打ち切ろうとした。しかし、伯爵は
「いや待て」
とパーシアの母を制する。
「娘の結婚はともかく、レスリング勝負を挑まれたのは久々だ。その勝負、受けて立とう」
「「なんでや」」
パーシアの母と使用人たちは総突っ込みを入れたという。
「ぐはあ! 見事だ……!」
伯爵とダニエルのレスリング勝負は白熱し、最後にはダニエルが制した。パーシアとウィリアムの婚約についての話はすっかり忘れられたが、伯爵は久々にレスリング勝負ができて、大層機嫌がよくなったという。
●
「パーシア君マジ胆力あるな。世が世なら良い戦士になっただろう」
ヨル・スレイマンはパーシアが父親と大喧嘩(物理)をしたと聞き、感心していた。黄金像の時のベリアルとの賭けの一件の時も思ったが、とても良家の令嬢とは思えない度胸だ。まさに特異個体である。
「黄金像とパーシアが結婚するって聞いたぜ!」
「いや、違う違う。本体の方だよ」
ヨルはナハシュの言葉に突っ込みを入れた。
「なんだ、そっちか。像の方がかっこいいのにな。ビーム出るし」
「まあ、ビームはともかく。俺達もパーシア君のお父さんに結婚を認めるように進言しようじゃないか。いい話だとは君も思うだろ?」
「そうだな!」
というわけで、ヨルとナハシュもパーシアの父、アイオーラ伯爵に面会を申し込むことにした。依頼人であるパーシアの妹の手引きもあり、面会は申し込んでからすぐにセッティングしてもらえた。
「とりあえず黄金像建設中、一切彼絡みの妨害が入らなかったことは評価に値するんじゃね? だいたいこういうの建てる時、パーシアだけじゃなくウィリアムが気に食わねえ奴の嫌がらせや横やりが入ってもおかしくねえだろ。若気の至りが多少許される場なら猶更な。それが一度もなかったってことは、立場にしろ性格にしろ表立って反抗する奴は少ないと言えるんじゃないか」
ナハシュはウィリアム黄金像の建設について、スケジュール通り進行したことを引き合いに出し、ウィリアムの人徳の証を証明しようとした。
「確かに、そもそも、選挙で選ばれたから黄金像が建つことになったわけだしな……(王族としては)かなりの変人とも言われるウィリアムだが、意外と人望はあるのか?」
「あるぜ! そういや、学園にはハダカのウィリアムが表紙になってる本もたくさん」
「おっとナハシュ。その話はまた今度にしようか」
ナハシュが余計なことまで口走りそうになったので、ヨルは手で制した。
「王子は何より強いしね。あと強い。冒険者としてみてもとても強い……」
ヨルは王子がとにかく強いのだと、伯爵に力説した。
「いやでも本当に大丈夫かな側室だよね? パーシア君を幸せにしてくれるかな?」
「……そこは疑問なのか。私は側室は設けていないから、そこについては判断し難いのだが……娘はそれでもいいと言ってはいるが……」
「ウィリアムは強いから大丈夫だ!」
「いや、体力的な話ではなくてだね」
ナハシュの言葉に、伯爵は苦笑した。
「ともあれ集権派は身分格差を埋めるものらしい。自身の権力を守るでなく、全て壊してより良い世界を作ろうという発想だ。ここに関して俺は、ウィリアム王子は戦える男だと思うよ。全てを捨てて愛を取ろうとするパーシア君の度胸も大したものだ」
「まあ、確かにウィリアム王子も王族ではなくなるなら、本人もその覚悟はあるということになるな……」
「武器を捨ててしまっては戦えないかい? 貴方も度量を見せる時では?」
「ふむ……」
伯爵は領地経営において、先祖への敬意は払いつつも、合理的な判断を重んじていた。しかし、「戦え」とか言われるとファイティングスピリッツが滾ってしまうような、少年のような心も持ち合わせていた。
「いざとなったらレスリング大会開いてウィリアム招待すればいいじゃん。二人で殴って話せて一石二鳥だぜおい。トトカルチョもすれば儲かる」
「フ……殴り合うかどうかはともかく、あの男に会いに行くぐらいはしてもいいかもしれんな。王子を客寄せに何か賭けをする、というアイデアは使えそうだ」
●エピローグ
「皆さんに、よいお知らせと悪いお知らせがあります。まずはいいお知らせからお伝えしますね」
冒険者ギルドのお姉さんは「依頼が成功した」という連絡を受け、報酬を受け取るためにギルドの店に集まった冒険者達に、こう前置きした。
「依頼は成功です! アイオーラ家のご令嬢はお父様と一緒にウィリアム王子に会いに行かれ、無事にウィリアム王子と婚約されたそうです。皆さんの説得のおかげですね!」
ぱちぱちぱちぱち!
ギルド職員が拍手をすると、冒険者達は歓声を上げた。だが、もう一つ悪い知らせがあると前置きされたことを思い出し、すぐに静かになった。
「では、悪い知らせの方ですが……今回の依頼と直接関係は無いのですが、パーシア嬢と懇意である、あなた方の耳にも入れておいた方がいいと判断しました。彼女の命に関わることですので」
ただならぬ雰囲気の受付嬢の態度に、冒険者達の何人かは彼女が何を言わんとしているのか、直感的に理解する。
「『青の親指』グリゼルダが、王国北部の国境を突破しました」
この中にその名を知らぬ者はいないだろう。グリゼルダはかつてウィリアム愛しさのあまりに大騒動を起こした絶世の美貌と三本の腕を持つ死霊術師の名である。欠落した『愛』を求め、『想い人を生き返らせるためにその生まれ変わりであるウィリアムの眼球を手に入れる』(注:彼女の中ではそうなっているだけである)という理念に基づいて行動していると思われるが、狂人なので何をやるか分からないという、大陸でも指折りの危険人物である。
「彼女はケンタウロスのゾンビの軍勢を囮にし、空を駆ける人馬のキメラゾンビに乗って南の空に消えたそうです。現在の消息は不明。リーンエス王家の密偵や各領地の衛兵たちも必死に行方を探しているそうですが……王国内の彼女に協力者がいた場合、発見するのは難しいかもしれません」
グリゼルダは謎のカリスマ性を有しており、後援者を見つけるのがうまい。以前も、グリゼルダはウィリアム王子を襲撃し、彼の子飼いの密偵達を壊滅させておきながら、ヴァルザード・レギンレイヴ元侯爵と手を組み、数か月の間王国に潜伏していた。今の王国の情勢において、グリゼルダは『台風の目』だ。もしウィリアムを亡き者にしたい勢力がグリゼルダに協力しているなら、彼女が事件を起こす前に発見することは難しいかもしれない。
「パーシアさんだけに限ったことではありませんが、ウィリアム王子との婚約が内定している方の身辺には注意を払った方がいいかもしれません。王都なら安全でしょうが、今は学園も夏休みですしね……」
ギルド職員がそうこぼすと、冒険者の店のお祝いムードは消し飛び、どんよりとした空気に包まれた……。
(私は【集権派】推しという訳ではなく、個人的にお世話になっているパーシアさんを応援したい)
コルネリウス・アーラは王国の政治事情にはそこまで関心はない。純粋に友人であるパーシアの恋路を応援したい気持ちだった。
(パーシアさんご本人も、集権派とか王党派にはそれほど関心はなさそうですしね)
去年の選挙以降、コルネリウスが王都や学園でパーシアと行動をともにする機会は何度もあったが、パーシアは王党派っぽい行動をとったことがあったかと言うと、正直記憶にない。校庭にあるあのデカいやつも、本人は『私のウィリアム王子への想いが形になったもの』と言っていた。そもそも、親も反対しているのだから、彼女に政治的意図なんかなく、ただただウィリアムと結婚したい一心なのだろう、
●
というわけで、コルネリウスは何人かの友人と共に、伯爵に直談判しにきた。面談のスケジュールについては、(一度に何人も面会に来ると怪しいので)依頼人であるパーシアの妹が母と共謀して適当に割り振ったらしい。おかげで、それなりに多忙であるはずの伯爵との面会はスムーズだった。
「【集権派】との婚姻、簡単に首を縦に触れない事は平民の私でも理解はできます、けれど(お家の問題は一先ず置いて)ウィリアム王子は公平に女性を愛せる方とも伺っていますし、心身ともにお強い方です」
コルネリウスは伯爵にウィリアムのすばらしさについて力説した。伯爵にウィリアムの良さをアピールすることで、「娘を預けるに足る人物である」と思ってもらう作戦だ。何度か戦闘を共にしたことがあるので、その後に自分の目でみた彼の実力についても言及した。すると伯爵は、「ふむ」と静かに頷いた。
「先日、ウィリアム様とデートをしているパーシアさんは、とても、幸せそうでした。ありきたりな言葉になってしまいますけれど……なによりも、好きな人の側にいられる事は幸せなのだと、思います。私は友人として、彼女の幸福を願っています」
「そうか……結婚を認めるかどうかはともかく、我が娘は良き友人を持てたようだ」
伯爵の瞳には、確かな娘への愛情が浮かんでいた。
●
「お嬢さんも、パーシアの学友かな?」
「はい。ゲルダ・クラインと申します。パーシア様には学園でよくして頂いております」
(貴族の問題については……平民で異種族のわたしからお伝えできることはありませんので、パーシア様の恋を応援するひとりとして、精一杯がんばりましょう)
ゲルダ・クラインも政治のことはともかく、パーシアの恋愛を応援する者として、伯爵に会いに来た者だった。
(ただ、ウィリアム王子のことを実はあまり存じ上げないので……お伝えできることは、パーシア様からお伺いした情報が殆どになりそうです)
ゲルダはウィリアムのことはあまり知らなかった。大規模戦闘など、仕事で顔を合わせたことはあるが、プライベートなやりとりは皆無である。以前パーシアと恋バナをした際に、かなり誇張されたウィリアムの武勇伝を聞かされたことがあるが、そのぐらいである。
「ウィリアム王子はわたしよりも強いウォーリアの方ですし、とても強くて義に溢れる方です。この家で生まれ育ったパーシア様がウィリアム王子をここまで好きになったのは、彼の人柄故です」
ゲルダは素直に、ウィリアムのいいところを伯爵にアピールした。
「ふむ、娘の話は多分に誇張されたものだと思っていたが、実際にそれなりの男ではあるようだな」
伯爵はゲルダの話を真面目に聞いてくれた。
(良かった……でも、端正なお顔であることは伏せておいた方がよさそうですね)
以前、パーシアはゲルダと恋バナした際に「最初に惹かれたのはウィリアム王子の顔だ」と正直に言っていたが、それについては彼女の両親に伝えるとかえってマイナスになりそうなので、ゲルダは伏せた。
●
続いて、伯爵の下にやってきたのはイズル・M・ヴォルゴールだった。
「正室と側室の醜い争いは枚挙に遑がございません。臣籍降下でも王家の人間がそれを知らないわけがなく。……しかしご息女はその頂点に立てる素質を持ってると私は確信しております」
イズルは本心から告げた。すると、伯爵は当然の疑問をイズルへと返した。
「……ウィリアム王子がバデーニ公爵家に婿入りする以上、正室の座はバデーニ家ご令嬢になるのではないかね?」
「側室故にこそ、です。頂点とは、必ずしも正妻を意味しません。外の風に触れやすいのは、むしろ側室でありましょう」
「ふむ……」
イズルは「家風にもよるが側室は外に関わりを持てやすく、政治的情報が家に入りやすくなる」。と言外に伝えた。パーシアの父は政治的都合でパーシアのウィリアムとの婚約に反対していると聞いている。ならば、情に訴えるよりも、ウィリアムに娘を嫁がせるメリットを説く方が効果的だと考えたのだ。
「ちなみに、伯爵に側室は?」
「ああ、うちにはおらんよ。私はウィリアム王子と同じく入り婿だからね。側室を取れるほど……ごほんごほん!」
夫人に冷たい視線に気づき、伯爵は咳払いした。
「左様ですか。では、失礼ながら一つ諫言を。ヴォルゴール家の当主は側室を設けておりまして……醜いものもいくつか見てきました。具体的には、夫婦喧嘩になったら正妻側室連合でボコられます」
「「なるほど」」
「いかに仲が悪いといえど、一人に言えば全員に知れ渡る。女性の横の連携を舐めてはいけません。私には姉が17人おりまして、こちらも同様です。くれぐれも、お気を付けください」
イズルはいい笑顔でそう言うと、謁見の間から退室していった。
●
イズルが部屋から退室し、帰ろうとすると、ラズリー(パーシアの専属メイドなのでウィリアムにパーシアが嫁ぐと一緒についていくことになる)が声をかけてきた。
「イズルさん、さっきの言葉、パーシア様本人にもぜひ言ってあげてください。私も努力はしますが、ぜっっっったいにほっとくと他の夫人にマウント取りに行くんで……」
「ああ、それは……大変だね」
イズルは目が死んだ笑顔をラズリーに向けた。
●
「逆に考えるべきだ。パーシア嬢を嫁に出すことの是非ではなく、パーシア嬢を嫁に貰ってくれる器の持ち主がかの王子以外居るのかと」
ベルク・オスマットはいままでの王子がらみの奇行の数々を思い出しつつ、伯爵に「パーシアを送り出すべきだ」と力説していた。
(パーシア嬢をウィリアム王子の番に押し込む! そうすれば、あの男のレイウェスト皇子への異常な関心も収まるかもしれん!)
ウィリアムの良さは未だによくわからないベルク・オスマットであったが、パーシアのことは別に嫌いではない。「趣味悪いな」と思うだけで。王子様に憧れる乙女というのも、理解はできる。たとえ肝心の王子が、15歳以上年下の異国の皇子にウェディングドレスを着せたがる特殊性癖の持ち主であったとしてもだ(注:個人の感想です)。
「ずいぶんと失礼な物言いじゃないか。パーシアは我が娘ながら、なかなかの美少女だと思っているのだが?」
伯爵は額に青筋を立て、ベルクに反論した。
「いかに容姿端麗でも、パーシア嬢はウィリアム好きを前面に出し過ぎている。あれでは他の男は寄り付かぬ。パンクリアース学園の校庭に立っているのは、パーシア嬢の『愛の結晶』だそうだが?」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれ、伯爵は黙った。伯爵自身も、パーシアが黄金像を建てた時点で薄々そんな気はしていたのだ。
「ダメかね……やっぱり」
「ダメだろう」
ベルクはきっぱりと言うと、伯爵はちょっとしょんぼりした。
「諦めてパーシアを送り出してやれ。嫁に出したからって必ず集権派に属さなければいかんわけではないし、王党派と集権派の架け橋とか窓口になればいいのではないか」
「ぐううむ………」
「では、我はこれで。お時間を頂戴した」
ベルクは言いたい放題言い、謁見の間を退出した。
「まぁ我も一応乙女だからな、恋する者の背は押したくなるものだ」
(ついでに正式なカップリングを誕生させることで非正規カップリング派のドゥジン教徒が減少するかもしれん。主にウィル×レイとかレイ×ウィルとかな)
●
(集権派の思想に思う所はあれど、縁あるパーシア様の婚約問題であれば少しでも良い形で解決出来ますようお手伝い致します
レティシア・レインフィールがパーシアの友人として伯爵に面会を申し込むと、問題なく謁見が許可された。
(……殿下との婚約は立場上、あまり他人事ではございませんし)
レティシアの脳裏には、ウィリアム王子のほかに二人ほど男性の顔が浮かんでいた。
「レインフィール家の長女、レティシアと申します。パーシア様と伯爵はその、ウィリアム王子との婚姻について意見が食い違っているとお伺いしたのですが……」
「うむ。恥ずかしい話だが、我が娘は何が何でもウィリアム王子と婚約すると言って聞かぬ。私は反対しているのだが……」
(やはり、お父様に反対されているのですね……)
「それは何故でしょうか」
「ウィリアム王子の唱える集権派の思想は貴族の矜持に背を向けるものだ。おいそれと頷けるものではない」
「なるほど、ごもっともです」
レティシアは頷いた。伯爵の主張は別に間違ってはいない。リーンエス王国のヒューマン至上主義、身分制度に行き過ぎた部分があり、是正が必要だという王家の主張にも正当性があるが、反対する貴族達はワガママである、というのもあまりに短絡的過ぎる。レティシアは中立派の家柄の娘らしく、どちらの主張にも理がある部分は否定しなかった。
「ところで、パーシア様がウィリアム王子の熱心なファンであることは学園ではとても有名です」
「それはそうだろう。黄金像まで建てたのだからな」
伯爵は頷いた。
「あの黄金像はとても立派なものです。王都のみならず、他国にもその評判は届いているかと」
「まあ、そうだろうな」
「その、もし仮に殿下との婚約が叶わなかった場合ですけれど……一般的な殿方は、求婚を躊躇されるのでは?」
「うぐっ」
痛いところを突かれ、伯爵はたじろいだ。
「パーシアにはウィリアム王子以外に貰い手がいないのではないか、と言いたいのかね?」
「いえ、そのようなことは、決して。それは……その。パーシア様はとても魅力的な方だとは、私も思うのですが……あの、黄金像の評判が、他の方がお声がけする障害になるのではないかと……」
レティシアは慎重に言葉を選んだつもりだが、言ってることはようするに伯爵(やベルク)と同じことだった。
「いや、すまん。分かってはおる。分かってはいるのだ……! どう考えても他の男は寄り付かんことぐらい!」
伯爵はハァ、と深いため息を吐いた。
「それならば、パーシア様は殿下の元に妹君は伯爵家を継がれた方が……今後集権派がどのように転ばれてもどちらかは生き残れるのではないでしょうか」
「ううむ……」
伯爵は苦渋の表情を浮かべた。
●
「……背負う物が大きいと、結婚するのも色々と大変なんだな」
レピド・クロサイトはぽつりと呟いた。パーシアがかねてよりウィリアムを恋慕していたのはレピドもよく知っていた。王子と結婚するのは難しいだろうなとも思っていたが、まさかチャンスが巡ってきたにも関わらず、親から反対されているとは……。
「貴族はややこしいな」
……。
「お初にお目にかかる。俺はレピドという者だ。パーシア嬢がウィリアムとの婚約に反対されていると聞き、彼女を後押ししたく、ここに来た」
レピドは伯爵に単刀直入に要件を言った。服装は貴族の私邸に合わせ、正装だ。
(……少なくとも包帯ミイラ男状態よりはマシだろう)
「ふむ。君もそうかね。最近はパーシアの知人がよく面会に来る。そんなにウィリアム王子は得難い男なのか……? 王子というだけでなく」
何人もの冒険者がウィリアムをプッシュしているせいか、伯爵にも迷いが出てきているようだ。
「ところで平民質問で恐縮なのだが……【王党派】は王家に忠誠を誓っている派閥なんだよな?」
「うむ。確かに王党派は王家に忠誠を誓っている貴族の派閥だ。そもそも、貴族というものは皆王家の家臣であり、王家を排して自ら頂点に立とうとする貴族派たちの思想は傲慢であり……『始まりの百家』というものを知っているかな。全ての始まりは『名もなき剣士』が……」
レピドはたっぷり三十分ほど、王国の歴史と、『王党派』の誇りについての演説を聞かされた。レピドはほっとくとこのオッサンは延々としゃべり続けるということに途中で気づき、質問を挟んだ。
「その『王家が作った』【集権派】になるのなら、それは王家に対する忠誠を見せる事に……ひいては王党派の理念にも沿う事にはならないだろうか。こう、場所や立ち位置は変われどもその魂は変わらず、みたいな……というか臣籍降下するとはいえ、王家の血筋の嫁になるという事は王党派にとっては誉れではないのか?」
「無論、忠を示すことにはなろう。そして、王子がパーシアを嫁に迎えるということならば、誉でもある。しかし、王家の命令ならば何でも従えるわけではない。王家への忠誠だけでなく、アイオーラ家にも受け継がれてきたものがある。特に、領地の統治権を失うのは貴族にとっては死活問題だ」
伯爵はレピドの意見を認めつつも、渋い顔をした。
「色々言ったが、単純に俺は黄金像の為に『命を賭けた』パーシア嬢を知っている。出来ればその想い、遂げさせてやりたい」
レピドはそれだけ言うと、伯爵に礼を言って退出した。
●
「ヴェルジー伯爵家次男、ジュスト・ヴェルジーです。アイオーラ伯爵。この度は面会に快く応じて下さり、感謝いたします」
「苦しゅうない。副会長君には我が娘がいつも世話になっている」
ジュスト・ヴェルジーが貴族の礼で挨拶すると、伯爵は微笑みながら礼を返した。
(卒業後は俺も法衣貴族の一員になるし、実家も恐らく集権派になる。王家の意向を組むなら一家でも多く集権派になって欲しい所だから、アイオーラ伯にも納得して頂かないとね)
ジュストは王党派貴族として、伯爵の説得に当たる気だった。アイオーラ家も王党派ではあるが、集権派の構想には王党派の中にも反対勢力もいる。ざっくり言うと、「王家は尊重するが、領地の中では好きにやらせてほしい」と考える派閥がこれに当たる。アイオーラ伯爵はそちらの立場のようだ。
「アイオーラ伯爵。ウィリアム第二王子は素晴らしい方です。有事の際には、王族にも関わらず前線に立って王国の為に戦ってくれています。また、単純に戦士としても一流です。かつて私自身も彼に挑み、敗れたことがあります。大変お強かった」
ジュストは自身がウィリアムの素晴らしさについて伯爵に力説した。とにかく強く、また勇敢である、という評価に、伯爵は「ほう……」と多少興味を持ったようだ。
「面子や誇りを重んじるのは貴族として当然のこと。しかし、先祖から受け継いできた誇りを後世に次ぐ為、自身は辛酸を舐め、娘と王子に託す胆力はおありですか?」
「集権派に娘を差し出すのは、私にとっての試練でもあると、君はそう言いたいわけか?」
「はい。ですが、ウィリアム王子は信頼できる方です。それについては私だけでなく、彼を知る多くの者が知るところかと」
●
(家同士が定めた部分もあるとはいえ、僕自身思いが実った形なわけで。パーシア君のことを友人として純粋に応援したい)
ローザリカ・L・ディオールは婚約者とは違い、「家のことはともかく、パーシアの恋路を応援したい派」だった。ローザリカとしては学園内……もちろん生徒会室でも節度を守ってきたつもりではあるが、パーシアが(多少物理的距離が近かったかもしれない)自分とジュストのことを、時折羨ましそうに見ていたことも知っている。
(やり方は褒められたものではなかっただろうが、それはそれだ)
ローザリカはパーシアがなりふり構わずに黄金像を建てるために奔走している姿を思い出していた。ウィリアム黄金像を建てたことにより、パーシアはこれ以上ない形でウィリアムに対する愛を示した。かなり常識外れの一手だが、王子側からパーシアのプロポーズを断ることはまずありえない、というのは冒険者達の共通認識だった。
(僕の立場としてはそう、ただ渦中の人物であるウィリアム王子の人となりを語るだけだ。それを聞いたアイオーラ伯がパーシア君の婚約に納得するかどうかはご本人次第なのだから)
「ウィリアム王子は立派な方です。そうですわね、私が知る中ですと自らの財を投げ打ち下々を労わるがごとくお持ちの離宮を迎賓館として開放したりですとか」
(ただし方法は僕ら冒険者に丸投げだったし、発端はメアリー王女の提案だったが)
「ふむ」
ローザリカは不都合なことはあえてふせ、ウィリアムのいい所だけ伯爵に吹聴した。
「他は……」
(水辺でもない野外で水着での給仕を強要したりとかしか……浮かばなかった)
ローザリカはそれ以上はどう考えても伯爵に伝えるべきではない王子の痴態しか頭に浮かばず、遠い目をした。
「?」
「ともかく、王子は素晴らしいお方かと」
淑女の微笑みで誤魔化すローザリカであった。
●
「伯爵様、ウィリアム殿下に賭けるのは悪い手ではありませんよ」
シルク・メイプルリーフは伯爵にそう諭した。シルクの論法は「ウィリアムに賭けるべし」。アイオーラ家が賭博で財を成したという評判を考慮し、伯爵の勝負勘に賭けることにしたのだ。
「ウィリアム殿下は文武両道、人柄もよく決して身内に対して悪いようにはしないでしょう。パーシアさんが嫁いでおいて損はないかと思います。むしろ何もしなければ何も得られないどころか全てを失うかもしれません」
「ふむ……君はこの先、集権派が主流派になると?」
「はい」
「なるほど、いささか議論が飛躍している気はするが、趨勢を読む、というのは大事だ。私はこれまでここぞという時には賭けに勝ち、財産を増やしてきた。……黄金像建造費用で割と減ったが」
「ご立派です。とはいえ、相手の情報もなくBETも出来ないでしょうし一度ウィリアム王子にお会いになって見ては?」
「ふむ、確かに一理あるな。我が娘についてどう思っているのか、そして集権派の構想について、彼に問いただしてみるか。いきなり断るのは性急だったかもしれぬ」
シルクの言葉により、伯爵はウィリアムに面会を申し込む気になったようだ。
「ところで伯爵様はレスリングがお好きだとか」
「うむ、そうだ。婿入りする前は『高貴なる野獣』として数多くのリングを沸かせたものだ」
「レスリング……我が教会に伝わる48の浄化技の祖とも言われておりますね。負けませんが」
「ほう。それはつまり、私に挑戦したいということかね?」
伯爵はシルクの体をガン見した。この瞬間、高貴なる伯爵の表情はただのスケベオヤジとなっていた。
「あなた? まさか、あの豊満な女性とレスリングしようだなんて思っておりませんわよね」
「えっ!? ああ、もちろんだとも!」
伯爵夫人にギロリとにらまれ、伯爵はわざとらしく咳払いした。
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「次の面会相手は誰だ?」
「一年生のダニエルさんです。パーシアのクラブの後輩だそうですよ」
「ほう。なんかパーシアが『ウィリアム王子に憧れる思春期コスプレイヤー、たまにメアリー王女のコスプレもする』とか言ってたやつかな」
「前半はともかく、後半はちょっと何を言っているのか分かりませんね」
次の面会の相手はダニエル・ヘリントンだ。たまにウィリアム王子やメアリー王子にコスプレしていたせいか、パーシアの中ではダニエルはそういう生き物として認知されていたらしい。幸いにも、当日ダニエルはウィリアム王子やメアリー王女のコスプレはせず、紳士的な服装でやってきた。
「伯爵! パーシア部長はウィリアム王子を愛するあまりに生徒会長にまでなり黄金像を作成させたのです! 貴女の愛する娘の心をここまで捉えたのですよ」
「うむ……。待て。最初からパーシアは黄金像を建てる為に生徒会選挙に出たのか?」
伯爵はパーシアの母に尋ねた。
「そうでしたっけ……学園を改革したいとか、そういう話は聞いたことがなかったから、そうなのかも」
「そうなのです! 伯爵! どうかパーシア部長の気持ちを分かってあげてくれませんか!」
「いや、分かってはおるがだな、それとこれとは……」
ダニエルは勢いで押してみたが、伯爵は意見を変える気はなさそうだった。そこでダニエルは、一か八かの勝負に出た。
「伯爵! こうなったら言葉では無くレスリングで語り合いましょう!」
「は?」
伯爵と、パーシアの母はきょとんとした。
「ええと……君とかね。それともウィリアム王子とかね」
「僕とです!」
「……あなた、そろそろ次の面会時間ですね!」
パーシアの母はさっさとダニエルとの面会を打ち切ろうとした。しかし、伯爵は
「いや待て」
とパーシアの母を制する。
「娘の結婚はともかく、レスリング勝負を挑まれたのは久々だ。その勝負、受けて立とう」
「「なんでや」」
パーシアの母と使用人たちは総突っ込みを入れたという。
「ぐはあ! 見事だ……!」
伯爵とダニエルのレスリング勝負は白熱し、最後にはダニエルが制した。パーシアとウィリアムの婚約についての話はすっかり忘れられたが、伯爵は久々にレスリング勝負ができて、大層機嫌がよくなったという。
●
「パーシア君マジ胆力あるな。世が世なら良い戦士になっただろう」
ヨル・スレイマンはパーシアが父親と大喧嘩(物理)をしたと聞き、感心していた。黄金像の時のベリアルとの賭けの一件の時も思ったが、とても良家の令嬢とは思えない度胸だ。まさに特異個体である。
「黄金像とパーシアが結婚するって聞いたぜ!」
「いや、違う違う。本体の方だよ」
ヨルはナハシュの言葉に突っ込みを入れた。
「なんだ、そっちか。像の方がかっこいいのにな。ビーム出るし」
「まあ、ビームはともかく。俺達もパーシア君のお父さんに結婚を認めるように進言しようじゃないか。いい話だとは君も思うだろ?」
「そうだな!」
というわけで、ヨルとナハシュもパーシアの父、アイオーラ伯爵に面会を申し込むことにした。依頼人であるパーシアの妹の手引きもあり、面会は申し込んでからすぐにセッティングしてもらえた。
「とりあえず黄金像建設中、一切彼絡みの妨害が入らなかったことは評価に値するんじゃね? だいたいこういうの建てる時、パーシアだけじゃなくウィリアムが気に食わねえ奴の嫌がらせや横やりが入ってもおかしくねえだろ。若気の至りが多少許される場なら猶更な。それが一度もなかったってことは、立場にしろ性格にしろ表立って反抗する奴は少ないと言えるんじゃないか」
ナハシュはウィリアム黄金像の建設について、スケジュール通り進行したことを引き合いに出し、ウィリアムの人徳の証を証明しようとした。
「確かに、そもそも、選挙で選ばれたから黄金像が建つことになったわけだしな……(王族としては)かなりの変人とも言われるウィリアムだが、意外と人望はあるのか?」
「あるぜ! そういや、学園にはハダカのウィリアムが表紙になってる本もたくさん」
「おっとナハシュ。その話はまた今度にしようか」
ナハシュが余計なことまで口走りそうになったので、ヨルは手で制した。
「王子は何より強いしね。あと強い。冒険者としてみてもとても強い……」
ヨルは王子がとにかく強いのだと、伯爵に力説した。
「いやでも本当に大丈夫かな側室だよね? パーシア君を幸せにしてくれるかな?」
「……そこは疑問なのか。私は側室は設けていないから、そこについては判断し難いのだが……娘はそれでもいいと言ってはいるが……」
「ウィリアムは強いから大丈夫だ!」
「いや、体力的な話ではなくてだね」
ナハシュの言葉に、伯爵は苦笑した。
「ともあれ集権派は身分格差を埋めるものらしい。自身の権力を守るでなく、全て壊してより良い世界を作ろうという発想だ。ここに関して俺は、ウィリアム王子は戦える男だと思うよ。全てを捨てて愛を取ろうとするパーシア君の度胸も大したものだ」
「まあ、確かにウィリアム王子も王族ではなくなるなら、本人もその覚悟はあるということになるな……」
「武器を捨ててしまっては戦えないかい? 貴方も度量を見せる時では?」
「ふむ……」
伯爵は領地経営において、先祖への敬意は払いつつも、合理的な判断を重んじていた。しかし、「戦え」とか言われるとファイティングスピリッツが滾ってしまうような、少年のような心も持ち合わせていた。
「いざとなったらレスリング大会開いてウィリアム招待すればいいじゃん。二人で殴って話せて一石二鳥だぜおい。トトカルチョもすれば儲かる」
「フ……殴り合うかどうかはともかく、あの男に会いに行くぐらいはしてもいいかもしれんな。王子を客寄せに何か賭けをする、というアイデアは使えそうだ」
●エピローグ
「皆さんに、よいお知らせと悪いお知らせがあります。まずはいいお知らせからお伝えしますね」
冒険者ギルドのお姉さんは「依頼が成功した」という連絡を受け、報酬を受け取るためにギルドの店に集まった冒険者達に、こう前置きした。
「依頼は成功です! アイオーラ家のご令嬢はお父様と一緒にウィリアム王子に会いに行かれ、無事にウィリアム王子と婚約されたそうです。皆さんの説得のおかげですね!」
ぱちぱちぱちぱち!
ギルド職員が拍手をすると、冒険者達は歓声を上げた。だが、もう一つ悪い知らせがあると前置きされたことを思い出し、すぐに静かになった。
「では、悪い知らせの方ですが……今回の依頼と直接関係は無いのですが、パーシア嬢と懇意である、あなた方の耳にも入れておいた方がいいと判断しました。彼女の命に関わることですので」
ただならぬ雰囲気の受付嬢の態度に、冒険者達の何人かは彼女が何を言わんとしているのか、直感的に理解する。
「『青の親指』グリゼルダが、王国北部の国境を突破しました」
この中にその名を知らぬ者はいないだろう。グリゼルダはかつてウィリアム愛しさのあまりに大騒動を起こした絶世の美貌と三本の腕を持つ死霊術師の名である。欠落した『愛』を求め、『想い人を生き返らせるためにその生まれ変わりであるウィリアムの眼球を手に入れる』(注:彼女の中ではそうなっているだけである)という理念に基づいて行動していると思われるが、狂人なので何をやるか分からないという、大陸でも指折りの危険人物である。
「彼女はケンタウロスのゾンビの軍勢を囮にし、空を駆ける人馬のキメラゾンビに乗って南の空に消えたそうです。現在の消息は不明。リーンエス王家の密偵や各領地の衛兵たちも必死に行方を探しているそうですが……王国内の彼女に協力者がいた場合、発見するのは難しいかもしれません」
グリゼルダは謎のカリスマ性を有しており、後援者を見つけるのがうまい。以前も、グリゼルダはウィリアム王子を襲撃し、彼の子飼いの密偵達を壊滅させておきながら、ヴァルザード・レギンレイヴ元侯爵と手を組み、数か月の間王国に潜伏していた。今の王国の情勢において、グリゼルダは『台風の目』だ。もしウィリアムを亡き者にしたい勢力がグリゼルダに協力しているなら、彼女が事件を起こす前に発見することは難しいかもしれない。
「パーシアさんだけに限ったことではありませんが、ウィリアム王子との婚約が内定している方の身辺には注意を払った方がいいかもしれません。王都なら安全でしょうが、今は学園も夏休みですしね……」
ギルド職員がそうこぼすと、冒険者の店のお祝いムードは消し飛び、どんよりとした空気に包まれた……。
マスターコメント
めでたくパーシアのウィリアムとの婚約は認められましたので、結果は大成功とさせていただきます。おめでとうございます。パーシア初登場(【学騒】天使と悪魔の戦い)から考えると、なんでこうなったのか私も分からない……。黄金像建造も含め、冒険者達に分厚く舗装されたからこそ成しえた、奇跡のビクトリーロードですね。
さて、晴れてウィリアムの婚約者になったパーシアですが、愛の試練はまだ続きます。理由はエピローグ参照です。やるとしたら初夢シナリオかと思っていたんですが、ついにパーシアがあの女と出会ってしまうことになります。パーシアをウィリアムと結婚させたい! という方は次回もよろしくお願いいたします。
イベントシナリオ難しい 報酬:多い12 / 4〜25人
2023年08月16日 15時28分19秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ダニエル・ヘリントン、ヒーラーです。 さて、どうやって伯爵を説得しますか、 ・・・そうですか、伯爵は「レスリングが趣味」と。
皆様、ごきげんよう。どうやら妹が依頼を出していたようですね。お世話になります!! 出発は明日の朝です。お忘れものなど無いようお気をつけ下さいませ。