北部鎮守都市で過ごす日
広大野人
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シナリオID:3021
オープニング
●
帝国皇子と王国王女の婚姻の話はオルセン上層部を騒がせる大きな出来事であった。最終的には、太守コンラート・マフダルが淡々とした表情で、側近達に二人を祝福する旨を告げ、表向き、オルセン上層部の騒ぎは沈静化した。
皇子にとっては苦渋の選択だったのであろう……コンラートはそのように心の中で思っていた。
帝国に住まう民を一人でも多く救い、帝都や諸都市を解放するには強力なバックボーンが必要だ。この婚姻はその課題を解決する為の手段の一つと言える……帝国という存在を担保にした訳だ。
(皇子が王国軍の多大な援助を受け、帝国を取り戻した時……そのほとんどは王国貴族の手に収まるのではないか……)
そうでなければ手を貸す方の王国に何のメリットもないのだから。
しかし、誰が皇子を責められるだろうか。
多くの民を救う為に自身の全てを差し出したようなものだ。後世に売国奴として名が残り、帝国の誇りを失わせた者と……しかし、帝国の全ての民を救う為のその決断は、帝国民の裏切り者と比べれば、コンラートには少なくとも情けない奴とは思えなかった。
(だが、そうであれば、いっその事、あの御方と結婚してくれた方が……)
幾分とマシだった。もちろん、二人にその気が無いのは知っている。
帝国と王国、両国の血の繋がりが濃くなるのは、現状のオルセンにとっても歓迎すべき事ではあるものの、市民が何と思うかは別だ。
それに、正直な所、婚姻が正式に発表されたからといって順調に進むとは限らない。そもそも、皇子レイウェストは帝国皇帝ではないのだから。
(帝国民の裏切り者を王国貴族よりも早く抹殺しなければ、我が国の属国化は免れない……)
悲しい事にオルセンにはその余力は全くもってなかった。
いや……実はなくはない。しかし、優先すべき事項は他にあるのだ。
(まずは食糧の増産。次に極北の脅威への対処……)
帝国がどのような状況になろうとも、オルセンが『人類の盾』である事に変わりはしないのだから。
●
状況が大きく変わったのは極北の動きに変化が見られた事だ。
戦装束のコンラートは緊急招集に応じて集まった面々を見渡す。
「既に連絡が届いているだろうが、大量のクリーパーが極北から南下してきている。討伐隊を編成するか、オルセンで迎え撃つか、皆の意見を確認したい」
最終的な判断は北部鎮守都市オルセン太守であるコンラートが下す事になるが、判断する為の材料をコンラートは欲していた。
「オルセンの城壁は堅固です。ここは籠城すべきかと」
「籠城して包囲されてしまえば交易が全て止まってしまいます。オルセン近郊に陣を張って迎え撃つ方が得策かと」
「何を弱気な事を。食料事情は現在、快方に向かっているので補給の心配はありません。北伐を行うべきです!」
会議は紛糾した。どの案も一長一短あるのは確かな事だが、同時に、どの意見も決定打にならない。そんな中、出席者の一人が嫌味を含めた口調で言い放った。
「レイウェスト殿を通じて、王国に応援を頼めばいいではないか。王国王女の尻に敷かれているとはいえ、王女を泣き落とせばそれぐらいはできよう」
追随するように笑いが幾つか響いたその時、コンラートが我慢ならぬといった表情を隠す事なく激怒した。
「貴様らは即刻立ち去れ!!」
皇子の肩を持つ訳ではないが……それでも、人の上に立つ者として、責任の重さをコンラートは知っていた。
それに今は軍議の最中だ。意味の無い話を求めている訳ではない。
「会議は一時中断とする」
不機嫌な様子を隠す事なくコンラートは一方的に宣言すると、一段高く作られた特注の椅子にどかりと腰を下ろした。
●
研究者トレイシーを筆頭に、食糧事情を解決する為の手段の一つとして新種の農作物の試作や既存作物の品種改良に取り組む、研究所がオルセンの街中にある。
実地試験場は街から離れた高原にある訳で、ここ最近、研究者達は研究所と試作地を往復して多忙な日々を過ごしていた。その為、経理や人事などを一手に引き受けるイグシィ=スタスも連日、手が休まらない。
「僕に来訪者だって?」
帳簿に数字を記入しながら警備からの連絡にそう返した。
アポイントは取っていない……となると、急な要件なのだろうか。
「彼女かい?」
茶化したトレイシーを無視して上着を羽織るイグシィ。
組織の関係者だった場合も考え、トレイシーは置いて一人で玄関へと向かった。
だが、それは必要のない心配だった。
なぜなら、玄関で待っていたのはファンゾムだったからだ。
「お久しぶりぃ~」
「……王国に行ったのではなかったのですか?」
警備の者を下がらせ、イグシィは呆れた顔で問い返す。
ファンゾムはもったいぶったような笑顔を見せた。
「行ったわよぉ~。けれどぉ、いろいろあって、無一文なのぉ」
「仕事が欲しいのなら、先にそう言って下さい」
何を考えているのかよく分からない武芸者ではあるが、腕っぷしは確かだ。
「お仕事、貰えるのぉ?」
「試作地の屯田なら」
魔獣が巣食っていた高原は実地試験場として研究所の管轄にある。時折、クリーパーや魔獣の襲来はあるものの、今のところは大きな問題にはなっていないが、無防備という訳にもいかず、農作業と警備を兼ねて人を雇っているのだ。
そして、人手は幾らあっても困らない状況だった。
「フフ。採れたてを食べられるのねぇ」
どうも何か勘違いしているファンゾムであるが、敢えて突っ込まないイグシィであった。
●
帝国の諸都市の一つ、ガークハーグ出身のシュナン・ボートンが商隊を率いてオルセンの街へと到着した。王国で仕入れた様々な商品を満載しての交易は危険を伴うが、その分、見返りも大きい。
「道中の護衛助かったよ、エクエスさん」
「いえ、こちらこそ。荷下ろしも手伝いましょうか?」
剣士エクエスが応える。知り合いのよしみで護衛として同行していたのだ。
「そりゃ、悪いな。じゃ、もう少し手伝ってくれや」
「はい」
ニコリと笑ってエクエスは荷台へと回る。
護衛が詰めていた馬車とは別の作りになるので、興味もあった。
「こっちの馬車はこんな造りになっているんですね」
載せる荷物が崩れないように棚と仕切り板で荷台が整備されている。
「まだ改善の余地はあるけどな。実は最近、色々な馬車を造る商会も立ち上げていて、この馬車はテストを兼ねて使っているのさ」
「色々な馬車……ですか?」
「護衛がすぐに降りられる馬車、燻製加工しながら走れる馬車……まぁ色々だ。エクエスも何かアイデアが閃いたら、遠慮なく言ってくれよ」
「思いつく事は苦手で……」
申し訳なさそうにエクエスはそう応える。
ただ、冒険者の方々であれば何か素晴らしいアイデアを持っているかもしれないと思った。オルセンには多くの冒険者が何らかの用事で滞在しているだろうから、機会があれば聴いてみようと思うのであった。
帝国皇子と王国王女の婚姻の話はオルセン上層部を騒がせる大きな出来事であった。最終的には、太守コンラート・マフダルが淡々とした表情で、側近達に二人を祝福する旨を告げ、表向き、オルセン上層部の騒ぎは沈静化した。
皇子にとっては苦渋の選択だったのであろう……コンラートはそのように心の中で思っていた。
帝国に住まう民を一人でも多く救い、帝都や諸都市を解放するには強力なバックボーンが必要だ。この婚姻はその課題を解決する為の手段の一つと言える……帝国という存在を担保にした訳だ。
(皇子が王国軍の多大な援助を受け、帝国を取り戻した時……そのほとんどは王国貴族の手に収まるのではないか……)
そうでなければ手を貸す方の王国に何のメリットもないのだから。
しかし、誰が皇子を責められるだろうか。
多くの民を救う為に自身の全てを差し出したようなものだ。後世に売国奴として名が残り、帝国の誇りを失わせた者と……しかし、帝国の全ての民を救う為のその決断は、帝国民の裏切り者と比べれば、コンラートには少なくとも情けない奴とは思えなかった。
(だが、そうであれば、いっその事、あの御方と結婚してくれた方が……)
幾分とマシだった。もちろん、二人にその気が無いのは知っている。
帝国と王国、両国の血の繋がりが濃くなるのは、現状のオルセンにとっても歓迎すべき事ではあるものの、市民が何と思うかは別だ。
それに、正直な所、婚姻が正式に発表されたからといって順調に進むとは限らない。そもそも、皇子レイウェストは帝国皇帝ではないのだから。
(帝国民の裏切り者を王国貴族よりも早く抹殺しなければ、我が国の属国化は免れない……)
悲しい事にオルセンにはその余力は全くもってなかった。
いや……実はなくはない。しかし、優先すべき事項は他にあるのだ。
(まずは食糧の増産。次に極北の脅威への対処……)
帝国がどのような状況になろうとも、オルセンが『人類の盾』である事に変わりはしないのだから。
●
状況が大きく変わったのは極北の動きに変化が見られた事だ。
戦装束のコンラートは緊急招集に応じて集まった面々を見渡す。
「既に連絡が届いているだろうが、大量のクリーパーが極北から南下してきている。討伐隊を編成するか、オルセンで迎え撃つか、皆の意見を確認したい」
最終的な判断は北部鎮守都市オルセン太守であるコンラートが下す事になるが、判断する為の材料をコンラートは欲していた。
「オルセンの城壁は堅固です。ここは籠城すべきかと」
「籠城して包囲されてしまえば交易が全て止まってしまいます。オルセン近郊に陣を張って迎え撃つ方が得策かと」
「何を弱気な事を。食料事情は現在、快方に向かっているので補給の心配はありません。北伐を行うべきです!」
会議は紛糾した。どの案も一長一短あるのは確かな事だが、同時に、どの意見も決定打にならない。そんな中、出席者の一人が嫌味を含めた口調で言い放った。
「レイウェスト殿を通じて、王国に応援を頼めばいいではないか。王国王女の尻に敷かれているとはいえ、王女を泣き落とせばそれぐらいはできよう」
追随するように笑いが幾つか響いたその時、コンラートが我慢ならぬといった表情を隠す事なく激怒した。
「貴様らは即刻立ち去れ!!」
皇子の肩を持つ訳ではないが……それでも、人の上に立つ者として、責任の重さをコンラートは知っていた。
それに今は軍議の最中だ。意味の無い話を求めている訳ではない。
「会議は一時中断とする」
不機嫌な様子を隠す事なくコンラートは一方的に宣言すると、一段高く作られた特注の椅子にどかりと腰を下ろした。
●
研究者トレイシーを筆頭に、食糧事情を解決する為の手段の一つとして新種の農作物の試作や既存作物の品種改良に取り組む、研究所がオルセンの街中にある。
実地試験場は街から離れた高原にある訳で、ここ最近、研究者達は研究所と試作地を往復して多忙な日々を過ごしていた。その為、経理や人事などを一手に引き受けるイグシィ=スタスも連日、手が休まらない。
「僕に来訪者だって?」
帳簿に数字を記入しながら警備からの連絡にそう返した。
アポイントは取っていない……となると、急な要件なのだろうか。
「彼女かい?」
茶化したトレイシーを無視して上着を羽織るイグシィ。
組織の関係者だった場合も考え、トレイシーは置いて一人で玄関へと向かった。
だが、それは必要のない心配だった。
なぜなら、玄関で待っていたのはファンゾムだったからだ。
「お久しぶりぃ~」
「……王国に行ったのではなかったのですか?」
警備の者を下がらせ、イグシィは呆れた顔で問い返す。
ファンゾムはもったいぶったような笑顔を見せた。
「行ったわよぉ~。けれどぉ、いろいろあって、無一文なのぉ」
「仕事が欲しいのなら、先にそう言って下さい」
何を考えているのかよく分からない武芸者ではあるが、腕っぷしは確かだ。
「お仕事、貰えるのぉ?」
「試作地の屯田なら」
魔獣が巣食っていた高原は実地試験場として研究所の管轄にある。時折、クリーパーや魔獣の襲来はあるものの、今のところは大きな問題にはなっていないが、無防備という訳にもいかず、農作業と警備を兼ねて人を雇っているのだ。
そして、人手は幾らあっても困らない状況だった。
「フフ。採れたてを食べられるのねぇ」
どうも何か勘違いしているファンゾムであるが、敢えて突っ込まないイグシィであった。
●
帝国の諸都市の一つ、ガークハーグ出身のシュナン・ボートンが商隊を率いてオルセンの街へと到着した。王国で仕入れた様々な商品を満載しての交易は危険を伴うが、その分、見返りも大きい。
「道中の護衛助かったよ、エクエスさん」
「いえ、こちらこそ。荷下ろしも手伝いましょうか?」
剣士エクエスが応える。知り合いのよしみで護衛として同行していたのだ。
「そりゃ、悪いな。じゃ、もう少し手伝ってくれや」
「はい」
ニコリと笑ってエクエスは荷台へと回る。
護衛が詰めていた馬車とは別の作りになるので、興味もあった。
「こっちの馬車はこんな造りになっているんですね」
載せる荷物が崩れないように棚と仕切り板で荷台が整備されている。
「まだ改善の余地はあるけどな。実は最近、色々な馬車を造る商会も立ち上げていて、この馬車はテストを兼ねて使っているのさ」
「色々な馬車……ですか?」
「護衛がすぐに降りられる馬車、燻製加工しながら走れる馬車……まぁ色々だ。エクエスも何かアイデアが閃いたら、遠慮なく言ってくれよ」
「思いつく事は苦手で……」
申し訳なさそうにエクエスはそう応える。
ただ、冒険者の方々であれば何か素晴らしいアイデアを持っているかもしれないと思った。オルセンには多くの冒険者が何らかの用事で滞在しているだろうから、機会があれば聴いてみようと思うのであった。
解説
●目的
フリーアタック
(オルセンにて各自行動を決めて過ごす)
●状況
冒険者達はオルセンにいずれかの依頼を受けて滞在or訪れています。
1. 『オルセン上層部の会議に冒険者として参加している』
2. 『トレイシーの研究所で護衛や屯田の依頼を受けている』
3. 『シュナン・ボートンの商隊の護衛を受けている』
オルセンにて、依頼の幕間を過ごしている様子等をリプレイとして描写します。その為、クリーパーや魔獣との戦闘は発生しません。
なお、冒険者の行動が全て可能とは限らず、判定を行います。
行動例として……
・NPCと絡む
・参加している別の冒険者と過ごす
・ただのんびり過ごす
……等々。状況によってはアドリブ多めになります。ご了承ください。
●NPC
コンラート・マフダル:オルセン太守。
エクエス:剣士の冒険者。
ファンゾム:武芸者を自称する強者。
トレイシー:植物の研究者。
イグシィ=スタス:研究所の事務方。
シュナン・ボートン:帝国商人。
●質問
NPCと絡みたい行動が、可能かどうかで悩まれる際等、質問を可とします。エクエスかファンゾムが頑張って回答します。ただし、回答は描写を保証できるものではありませんので参考程度にして下さい。
●その他
迷子にならないようにご注意下さい。
アドリブ対応多めになる可能性もありますのでご了承下さい。
ファンゾムに挑む場合、『相応の実力のある冒険者数人』なら勝てますが、サシならPCが負ける可能性が極めて高いです。
NPCとの関わりにおいては、これまでの関わりによる友好度が存在します。友好度による『差』はあるものとしてご理解下さい。指定が重なった場合、違う場所・違う時として処理します。
マスターより
おははようございます! 当依頼にて74作目となった広大野人です。
オルセンを舞台としたシナリオを適宜、展開していく予定です。
これから、オルセンとコンラートがどの様な道を辿るのか……冒険者達の選択と関わりによって、今後のストーリーの影響に介入していく事になります。その事を念頭にフリーアタックで成すべき事を定めていただければと思います。
それでは、依頼へのご参加、お待ちしております!
リプレイ
●
研究所の試作地にてナタリア・フィッツジェラルドは、この地での研究成果を確かめていた。
「寒冷地に強い作物類と……これは蓮を何かと掛け合わせたものかい?」
鋭い見識の高さに研究員であるトレイシーが目を輝かせた。
「詳しい説明は省くけど、『神実』と呼ばれる植物を蓮と合わせたんだよ。その結果、硬めの泥でもよく育つし、種子や根はもちろん、葉や茎まで使えるから無駄な所が無い」
「なるほど。泥であれば雑草類の発生もある程度抑えられる上に、水の流入があれば必要な栄養の補充によって連作の障害も少なくできるのか」
ナタリアは泥外縁部の枯れかけている作物を手に取った。
植物共感では寒さを訴えているように思える事から、冷害によるものだと推測した。
帝国北部は寒冷の地。
ましてや試作地は高原に位置する。ナタリアは改めて周囲を見渡したが、試作地いっぱいに何らかの作物が育てられており、外縁部ほど生育が悪そうに見えた。ただ、全体として経過は良好そうだ。
「帝国将兵の誇りを堅持し続けられる為にも、美味い飯は食わさねばならない。食料問題はこの地のあらゆる課題の根本に直結している。その意味ではこの試作地の成果は有用だろうな」
「ナタリアさんから、そのような評価を頂けるのはありがたいよ。研究報告も捗る」
「一つ、気になる事がある。試作地の地質……いや、泥を維持する水はどこから?」
泥の外縁部が冷害を受けている様子から、『水』に何か原因があると思ったからだ。
その質問にトレイシーは降参するように両手を挙げた。
「私は植物の専門家だからよく分からないんだけど、近くに流れる川……なんだか、温かいんだよね。けれど、完全に火山由来ではないみたいなんだ」
「それは確かに妙だな」
寒冷地の高原に流れる川が試作地の水源なのは間違いない。
川の水が温かい理由を探る必要があるのか、それとも、それはそういうものとして触れずにいるか。
どうしたものかと思案するナタリアであった。
●
新調した装備を試す目的を兼ね、アルマ・ヴァレンタインはファンゾムと対峙していた。
「手合わせのお礼に、後で美味しいのを振舞うよ!」
アルマはそう告げると、神材で特別に製作された武器にエーテルを込める。
とても強力な装備になると冒険者の間では評判だが、実際に手にするとよく分かる……これは、ただの武具ではない。
それは、ファンゾムから見ても分かるものだったようで、特徴的な蛇瞳が一際輝いたようにも見えた。
「ふ~ん。こんな時代でもぉそういう事できるのねぇ~」
「こんな時代?」
首を傾げたアルマにニッコリとファンゾムは笑った。
「どこかの神が~、あげたのならぁ、それは誰なのかなぁ~って。まぁ、それより~、今はねぇ」
錫杖を振り回しつつ、間合いを詰めてきたファンゾムの攻撃をアルマは武器で受け止めた。その衝撃は凄まじく、直撃していないはずなのに身体を傷つける。
「――んぁ!」
押し返しつつ、練り上げたエーテルを纏わせて、アルマは渾身の一撃を放つ。
ファンゾムは受け流して捌くと、後転するようにして距離を取った。
「なるほどねぇ~。これは……楽しめそうよぉ」
色っぽさとはかけ離れた舌なめずりをしたファンゾムの目には、サイドヒールで回復しているアルマの姿が映っていた。
神材武具に身を包み、攻防隙の無いスキル構成は、見事としか言いようがない。ファンゾムからすれば長期戦は必至であり、驚きでもあった。
だが、それ以上に驚いているのはアルマの方だった。
「ファンゾムさん、前に戦った時よりも強くなってる?」
「そうよぉ。簡単には勝てない程度にねぇ~」
原理不明ではあるが、ある程度、強さの調整ができるようだ。
底が知れない相手ではあるが、アルマは戦意を喪失せずに、武器の先を向ける。
「それじゃ、ボクの限界まで付き合って欲しいんだよ!」
強い決意と共に言い放つ。勝てないから諦めるという選択はないのだから。
結局、アルマはスキルを全て使い切るまで戦い続ける事となるのであった。
●
「よぉ、先日振りだ。んじゃ、やるか」
挨拶も早々にルイドは大剣を構えてファンゾムと対峙した。
「ルイド君はぁ、話が早くてぇ助かるわぁ」
「こっちの手札は知ってるだろう。遠慮はいらねぇ」
「そう、ねぇ!」
ファンゾムが踏み込んだ次の瞬間には、錫杖がルイドの首元に伸びる――が、僅かに身体を傾けて急所を反らした。強力な攻撃ではあるが、まだ立っていられる。
一瞬、太刀筋と存在感を消したような反撃を繰り出すルイドの独特の剣。
咄嗟に戻した錫杖で受け止めて直撃は防いだファンゾムだったが、その威力の高さに目を見開いた。
「攻撃に特化させたのねぇ~。よく分かっていてぇとってもぉ、いいわぁ~」
「……死ぬ気で守ってやるが、守り手の方が弱いのは、やっぱな」
その返しにファンゾムは微笑を浮かべる。
「変なところぉ、気にするのねぇ」
「ダメなルールはねぇが……格好付かねぇから、とりあえず、勝つまで挑む。だから、覚悟を頼むぜ」
「覚悟に足るかぁは試させて~貰うわぁ!」
弧を描くような錫杖の動きに対し、ルイドはエーテルを紡ぎ、真っ向から打ち合う。
2合、3合……振り下ろされた錫杖をまともに喰らって、倒れた直後だった。灰のように散るエーテルの中から復活したルイドの全力が放たれる。
一切として取り零さない気迫と共に。
その想いをファンゾムは敢えて避けなかった。
手合わせを10回やっても10回ファンゾムが勝つだろう。しかし、ファンゾムが戦いたい理由は、勝つ事ではなかったのだ。
胸を貫かれ、ファンゾムは力なく身体をルイドに預けた。四肢の先からエーテルが塵となって消えいく。
「……待ってるわぁ、私が在るところで~」
「場所が分からないと守れないだろうが。どこにいるんだ?」
その質問に答えるつもりはなかったのか、それとも間に合わなかったのか、ファンゾムはただ一言告げるのであった。
「またね」
高原から望む山々に溶けるように、彼女の身体は消え去ったのであった。
●
作物の生育状況を確認するトレイシーの護衛という形でルベア・ベルニとミア=リゼルの二人は試作地に訪れていた。
作業が一段落した所で、ルベアがトレイシーにある事を訊ねる。
「研究者を志した理由ね……大した事はないよ。私には結局、研究しかなかったという事さ」
「子供の時から?」
続いたルベアの問いにトレイシーは苦笑を浮かべた。
「物心ついた時には養子に出された後だったから。そこで研究に必要な知識を詰め込まれたんだよ」
「筋金入りだったのね」
「そうだね。ルベアはどうなんだい?」
ルーツを探りたいという想いを汲み取られたのだろう。トレイシーがそう返して来た。
「……昔の私は将来像がなくて、父さんみたいに、という目標が出来て冒険者になったかな」
記憶に残る父の背中。
その父は魔獣の襲撃でこの世を去った。襲撃が人為的なものでなければ、今もただ、その背中に憧れる一人の娘だと思う。
複雑なルベアの表情にトレイシーはチラリとミアに視線を向けた。
「……」
僅かに首を振った少女の応えを受けて、トレイシーがルベアに問いかける。
「最近、何かあったのかな?」
「うん。父の死に魔獣使いが関わっているかもって……そしたら、私、リロを殺された時みたいな怒りが燻って……誰かを傷つけるエゴが憎いのに、同じ事をするんじゃないかって思うと自分が嫌で……」
変なこと言ってごめん……と消えるように想いを吐露するルベア。
トレイシーは溜め込んだ息をフッと吐き出すと、思い出したように仕事の道具や採取した作物をルベアとミアに次々に渡していく。
「謝らなくていいよ。誰しも何かを抱えて生きてるものだし……それに、リロの事を想って、怒る事自体は悪くないさ。酷い事されたら怒るのは、当然だと思う。あとはどう向き合うかじゃないかな」
怒りの矛先をどこにどのように向けるのか。
その答えを決めるのは、他ならぬルベア自身なのだろうから。
両手いっぱいの荷物を渡されたルベアとミアは管理棟に向かう。
衝撃的とも言えるルベアの感情にミアはどのように声を掛けるべきか悩み、しばし、沈黙が続いていた。
(私にはせんせいがいてくれて……恵まれていました。そんな私の言葉があなたにどう聞こえるか……)
近くにいるはずなのに距離が遠のいている気がする。
「せんせいが話してくださったことがあります……」
だから、ミアは前置きしてから語るように言葉を紡いだ。
「生きていく上で苦痛や困難は喜びよりも多く降りかかるものであり、それらは天から降ってくるものではなく、他者によってもたらされると。誰もが誰かを苦しめてしまう世界だからこそ、私達は喜びを紡ぎ合っていくのだ――と」
小さく頷いたルベアの正面にミアは荷物を抱えたまま回る。
「ええと……つまり、立ち止まって口を噤めば逃れられるかもしれませんが、それでは、喜びを紡ぐ事はできないと思うのです。言葉遊びや綺麗事に過ぎなくても……ヒトの宿業に対して与えられた、答えの一つなのだと思います」
真っ直ぐに向けられるミアの瞳の輝きに、ルベアは視線を外した。
ミアが一生懸命、自分の事を想ってくれているとは分かっている。けれど、それに応えられない己自身が苦しい。
数々の試練や経験を乗り越えて来たミアを、誰よりも間近で見てきたからこそ、言葉も気持ちも嬉しい……同時に、眩しく映った。
「ミアさんが言いたい事は分かるの、でも……ごめん、まだ、うまく割り切れそうにない……」
少女の横をスッと抜けて、ルベアは歩みを止める事なく管理棟へ向かう。
今後、例の魔獣使いの調査が進めば、過去の真実が明らかになるかもしれない。その時、割り切れるのか、現実を受け入れられるのか、あるいは欠けたままになるのか……分からないけれど、一つ、確かな事はあった。
(私が……私自身に決めないといけないんだ……)
悔いが残る選択にならない事を、今はただ願うしかなかった。
●
イグシィ=スタスが雑務を済ませ、自室に戻って来た。
扉を開けた所で珍しく呆然とした表情を浮かべている。それもそのはず、執務室の机に寄り掛かるようにして待っていたのは、窓から侵入したクレア・エクレールだったからだ。
「忙しそうなので手伝いに来たよー!」
エラトゥーン都市同盟におけるゴタゴタを済ませ、執拗なまでの詮索を繰り返す父親を文字通り振り切り、彼の元にやって来たのだ。
当然、約束はしていないし、今日行く事も伝えていないので、ちょっとしたサプライズになったのであろう……警備がザルだった事に呆然としていた訳ではないはずだ。
「ボクは経理とかはよく解らないけれど、探し物だったり、届け物みたいな事は得――」
最後まで台詞が続かなかった。
我に返ったイグシィがクレアを抱き締めたから。
「言ってくれれば都合は幾らでもなんとかするのに」
「少しでも一緒にいられればいいなってね……駄目?」
クレアの傾げながらの上目遣いの衝撃にイグシィは声も出せず首を振ると抱き締めた腕に力を込めた。
「駄目なものか。逢いに来てくれて、ありがとう」
しばし、抱き締められていたが落ち着きを取り戻したイグシィがクレアを解放する。
買い出しの用事があるとの事で、クレアは書類の整理と外出の準備を手伝った。
回覧用の書類に皇子と王女の婚姻について書かれているものを見つけ、手に取る。
「こっちでも、話題になってるんだ。偉い人達の結婚って仕事みたいなものだし、世間一般のそれとは大分違うんだろうけど」
「貴族社会だと避けては通れない事だ。一般市民はある程度、自由だろうけど……ただし、全くしがらみが無い訳じゃない」
出立の準備整った所で、イグシィはクレアを誘うように手を伸ばした。
彼のその手に……指を絡み合わせながら、クレアは告げる。
「それでも、人生のパートナーとか、結婚に憧れはあるかなぁ。だからね、その、色々落ち着いたら……」
「挨拶に行くよ。君の家族や大切な人達に」
グッと抱き寄せながら応えた彼の台詞と真剣な眼差しに、クレアは照れた顔を隠すように埋めるのであった。
●
断崖絶壁の如くそびえ立つオルセンの城壁をミゼリア・L・ステュクスは見上げていた。
「おお……きい……」
傍目から見れば無表情なホムンクルスの冒険者が淡々と城壁を観察しているだけのように見えるが、これでもミゼリアの心の内は先ほどから興味が尽きる事ない。
例えば、彼女がさっき屋台で購入した食べ物。
挽肉やみじん切りにした野菜を味付けして炒めたものが、小麦粉で練った生地の中に入っており、それを油で揚げたパンのようなもの……その名は……。
「ぴ……き……ぴろ……し……ひきころし?」
声に出してみたが、ちょっと違うかなと首を傾げる。
頬張ると温かい肉汁と香りが口の中にふわりと広がっていった。まだまだ寒さを感じるオルセンでは、ぴったりな料理なのかもしれない。
溢れ出た汁が口元から零れそうになり、ミゼリアはゆっくりと拭う。
それは健康的な一般男子から見れば妖艶な仕草にも見えただろうが……生憎、ミゼリアの周囲に、今は誰も居なかった。
城壁脇の空き地に設置されているベンチに座り、オルセンの街を観光してきた事を振り返るように、街並みを眺めた。
「ぼうけんしゃ……かんげい、されて……る……」
市民達はミゼリアに親切だった。
もちろん、全員が全員、そうではないだろうが……少なくとも、ミゼリアが見て歩いた内で言えば、その評価は正しい。
「……他のまちとは……ちがう……雰囲気……」
『人類の盾』を自認する街であるからか、武装している兵士や衛兵の姿を多く見られた。そういえば、屋台の主だけじゃなくて、買物で立ち寄った老舗服飾店の店員も緊急時は召集が掛かると言っていた。
けれど、それは一般的な徴兵とは異なるようなイメージだった。まるで、戦う事が当たり前のような……。
「……だから、かな?」
戦地に赴く事が多い冒険者に対する尊敬なのかもしれない。
オルセンとは直接関係が無くとも、これまで冒険者達が築き上げてきた帝国領内での信頼が、形と成っている。
ミゼリアは最後の一欠けを口に運ぶとベンチから立ち上がった。まだまだ、観光で巡る所も、色々な事を知る事ができるだろうから。
●
会議の再開を知らせる鐘が鳴り響く。
出席者が続々と大広間に集まる中、ベルク・オスマットとトーラの姿もあった。
「幽界樹の被害は少なくとも、帝国崩壊以後のオルセンの人的被害は甚大であったようだな」
冷たい視線を空いたままの席になっている所に向けるベルク。
先程までそこに座っていた人物はコンラート・マフダルによって追い出されたからだ。
「まさか、政治どころか軍事のイロハすら知らん若造を、軍議の場に据えざるおえないとは、マフダル卿の心労はいかほどの物やら」
オルセンは今や帝国最大の都市と言っても過言ではない。代々、街の住民だった者もいれば、他都市の貴族が避難しているケースもあるのだろう。
力関係がどうあるか分からないが、太守としても招かなければならないのが政治上の都合というものだ。
ムスっとした様子でトーラも怒りを覚えていた。
「王国を頼りながら、臣民の為に身を捧げるレイウェスト様を王女の尻に敷かれているなんて……オルセンは無事だったから知らないのかもしれませんが、レイウェスト様が行動したから助かった命はどれだけあるか!」
迂闊な発言をした人物は、その人達の前で同じ事が言えるのか、問い詰めてやりたい所だ。
激怒したコンラートの気持ちがトーラと同じ想いかどうかは分からないが、少なくともオルセン太守は、皇子に対して否定的ではない事が分かった。
盗み見るつもりはないが、チラリとコンラートを視界に入れるトーラ。
「……まさか、パフォーマンスだった……という事はないですよね」
「政争の場でもあるからな」
ベルクが応えながら、他の参加者を見渡す。
座席表がないので分からないが、出席者達はおおよそのグループ分けがされている様子だった。トーラは会場全体を見て疑問を口にする。
「オルセンにも派閥があったりするのでしょうか?」
「これだけの規模の都市だ。一枚岩ではないだろう。その影響か、冒険者である我らも別々に座らされておる」
何気なく向けた視線の先、レティシア・レインフィールとシルヴィア・A・カペルが座っている辺りは、王国に所縁がある者が多そうだった。
その向かい側の席には、アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトとアウレーリア・フォン・ネーベルベルクを中心に皇子と関係のある貴族や有力者が連ねていた。
ベルク達の周りには冒険者だけではなく、リザードマンやゴブリンなどの姿もある。
その中で、リディリディ・トゥラ・イェレミースが不満そうな表情を浮かべていた。隣の席が、よりによってドワーフというのもあったが、それ以上に、彼女はこうした場が得意ではないのだ。
「緊張、してきたです」
リディリディは胸に手を当てながら息を吸い込む。
というもの、会議の再開は冒険者達から意見を発言する事になっているのだ。
会議の再開にあたって、進行役の者から入退出者の連絡、これまでの議題の流れ等が説明された。太守であるコンラートが一際高い設置された椅子に座り、会場全体を見渡す。
「冒険者という立場ではあるだろうが、気にせず、自由に発言して欲しい」
促された視線にレティシアはゆっくりとした物腰で立ち上がると丁寧に一礼する。
太守の台詞を解釈するのであれば、冒険者であると同時に、王国貴族としての発言も認めている事になる。もちろん、国を代表している訳ではないので影響力は無いが……。
「王国の応援の是非はともかく、応援の呼び掛けは一考の余地はあるかと存じます」
その言葉に出席者の半分ほどは頷いた。
オルセンの戦力は皇子が率いる軍と比べても遜色はないが、それでも極北からの脅威に対して十分とは言えないからだ。
(応援に対して否定的な方達は、やはり、影響を受ける事を心配されているのですね)
レティシアは心の中で反応を分析する。
援軍要請する以上、見返りが必要。それをどう捻出するか……確かに難しい所だ。
「極北から南下したクリーパーが、オルセンを抜けば、その脅威は各国、各地域、各種族、影響を受けますし、南下の原因調査も兼ねれば、援軍を請うだけの十分な理由付けがある事と考えます」
世界の各地で発生している事件や混乱……これらが何者かによる意図的なものであり、今回のクリーパーの南下も関わっているのであれば、調査の意味はある。
会議の雰囲気的には援軍を呼ぶ流れにはなりそうだが、ここで挙手があがった。それはオルセンの有力者ではなく、アウレーリアであった。
「レイウェスト殿下に援軍を要請し、積極的に北伐を敢行する事を提言する。国防は国家存立の拠って立つ処、助勢請えば自ら属国明言に等しい。帝国軍のみで戦績残せば王国へのアピールと牽制にもなる」
皇子派閥から賛同する声が次々に発せられた。
帝都は崩壊しているが、帝国そのものが無くなった訳ではない。帝国内で解決すべき事案なのだ。しかし、それは同時にオルセン内部での皇子派閥の台頭を意味する。
「殿下が陣頭に立てば、明確な統治実績となる」
続いたアウレーリアの発言は、皇子派閥を大いに盛り上げたが、同時に他派閥や所縁のある者達の不満を呼び込んだ。
「皇帝でもない者によるオルセンの統治なぞ、認められるものか!」
「だいたい、皇子の一臣下に過ぎぬ者の台詞だ!」
「帝国内でどうにもならんからという話ではないのか。そもそも、皇子に援軍や糧秣の提供が出来るだけの余力があるのか?」
喧騒としてきた場を制したのはコンラートだった。
「冒険者には自由な発言を許可したが、許可していない者の声が聞こえるのは、私の耳がどうかなっているようだな」
会場は心臓の音さえも聞こえるかもしれない程に静寂を取り戻した。
太守という立場の重さと権力の大きさが分かるというものだ。
気持ちだけは身を縮めてリディリディがベルクに小さく呟く。
「まさに鶴の一声、ですね」
「発言させ不満を出しつつ、炙り出しを行っているのだ。コンラート・マフダル、やはり強かな者よ」
レイウェストへの報告書を残す為に議事のメモを取りながら、ベルクが応えた。
また、皇子への不満発言は先に止めておけば良いはずなのに敢えて言わしたのは皇子派閥への牽制という意味もあっただろう。今、オルセンがレイウェスト軍に合流する事があれば、その影響力の大きさから、レイウェスト軍内部のバランスを崩し、大きな亀裂や混乱を生む可能性が高いからだ。
ベルクは走らせていたペンを止めた。
コンラートとは、同じ旗は仰げないものの、彼がオルセンを束ねている方が、はるかに帝国的にも世界的にも良いのかもしれない……彼以外の者が太守になるようであれば、最悪、オルセンが敵になるケースだってあり得るだろう。
ベルクとリディリディの小さなやり取りを見ていたのか、コンラートが名指しで呼んだ。
「イェレミース殿、遠慮はいらない。思う事を述べて欲しいです」
緊張が上限を振り切ったが、指名された以上は、冒険者としての仕事として答えなければいけない。リディリディは咳払いをしてから言葉を紡ぐ。
「レインフィールさんが仰ったように、極北で何が起こっているのか、討伐と調査を同時に行う形にした方が良いかと思います。大量のクリーパーが移動してきているのは何か理由がありそうですし」
「貴殿が知るところではないと思うが、極北からのクリーパーの南下は度々、発生している。ただし、それが自然発生的なものか、意図的なものかまでは、確かに調査しても損はないか」
コンラートの返事にリディリディは頷く。
「調査の為には、ある程度、奥地まで進む必要があるかと思います」
流石に征竜の場所にまでは到達しないだろうが、帝国領外まで進出するのは確実だ。
「クリーパーに対しては?」
「私ならば討伐に向かいますね……一旦、守りに入ると予想外の攻撃に対して手が遅くなり、主導権が取られてしまいます」
「野戦を選択するとなると、戦場をどこにすべきかだな。他の冒険者から意見を聞きたい」
思案しながら言ったコンラートに対し、トーラがビシっと背を伸ばしつつ手を挙げる。
「冒険者の一人としてオルセン近郊で迎え撃つ方を推します。冒険者は守りよりも攻めが得意な人が多いので、都市から離れての遊撃戦力として冒険者を使って頂ければ働いてみせますよ!」
頼もしい発言にチラホラと出席者から拍手が起こる。
確かに、いつまで続くか分からない防衛戦よりも打って出て敵勢力を粉砕した方が手っ取り早いし、分かりやすい。
また、短期決戦の方が、依頼で動く冒険者達を遊撃戦力として扱いやすいという理由もあるだろう。
続けて、アウレーリアが立ち上がった。
「オルセン兵力で城外迎撃に賛同する。増援の見込無き籠城は愚策であり、北伐出兵は都市防衛力を低下させる。また、この場合、統治証明される政治主体はオルセンになる以上、その行方は今後の統治において重要になるはずだ」
彼女の発言に、先程、声を荒げた者達が互いに目を合わせて様子を伺っていた。
明言は避けられているが、アウレーリアの言葉を曲解すれば、皇子の影響を排除して自分達だけで行うという事自体、もはや、帝国という器に頼る必要がない事を意味する――それはつまり、オルセンの独立志向にも繋がるとも言えよう。
会議の参加者の中に、それを望む者がいるのか……アウレーリアがそれを確かめたかったのかと推測したコンラートが微笑を浮かべた。
「オルセンは『人類の盾』であり続けます。我らにその使命を与えたのが帝国皇帝である以上、オルセンに君臨しているのは帝国皇帝です。そして、それは、これから先も変わる事は決してありません」
つまり、独立は目指さないという事だ。
もっとも、この言葉の真の意味を理解しているものが、この場にどれほど居る事か……とコンラートは内心、想いつつ、視線を一人の冒険者へと向けた。
「シュタールシュヴェーアト卿。歴戦の戦士でもある貴殿の考えを聞かせてほしい」
促しを受けてアルベルトは力強く頷くと、音を立てて立ち上がった。
「籠城は下策だ。クリーパーに包囲されてしまえば、護るべき街と住民達を危険に晒してしまう。それに、食糧問題を解決させるための実地試験場や研究所を危機に陥らせる事になる」
北の地に位置するオルセンでは食糧問題は身近な課題だ。
今の一言で籠城派は息もしていないだろう。アルベルトは追い打ちを掛けるように声高く発し続ける。
「こんなんで、よく『人類の盾』だなんて言えるな? 今こそ、打って出るんだよ!」
豪快に振った腕の先が極北を差した。
脅威は確実にオルセンへと迫っているのだ。
「『盾』だから動かないという通りはない!」
防具としてのイメージが強い盾は、絶対に守る為だけにあるとは限らない。頑健な盾による強力な一撃は、時に圧倒的な衝撃を生み出す事もあるのだから。
攻撃こそ最大の防御……とも言えようか。
「帝国国民を護るために! 『人類の盾』の誇りを失っていない奴は、俺と一緒に打って出るんだ!!」
勢いのある宣言に拍手が沸き起こり、「レイウェスト殿下の剣たる俺に――」と続いた彼の言葉が会場に響かなかったが、会議の流れはほぼ定まったようなものだろう。
纏めるようにコンラートが宣言した。
「極北の地での調査を兼ね、北伐を行う。ただし、南下が観測されたクリーパーに対してはオルセン近郊にて冒険者と義勇兵、オルセン軍の混成部隊にて迎撃する」
拍手が続く会場で、会議の成り行きを見守っていたシルヴィアは先に席を立ったレティシアに向かって微笑んだ。
「義勇兵という事は、各地からの援軍は認められたという事かな」
「左様でございますね。それでは、帰国の前に太守様には挨拶して参ります」
「私もそのつもりだよ」
会議は終わったが、それで全てが終わった訳ではない。むしろ、ここからが始まりとも言える。
シルヴィアは退席するコンラートの姿をジッと眺めるのであった。
●
会議は太守の宣言によって閉会。
冒険者達の意見を参考にオルセン上層部の調整が入る事にはなるようだが、概ね、北伐の実施は確定だろう。
万全を期し、かつ、各地からの援軍を待つ為、オルセン近郊でクリーパーを迎撃しつつ、そのまま北伐へと向かって脅威を排除する形のようだ。
シルヴィアは帰路の前にコンラートへと挨拶に向かった。
「お久しぶりです」
「カペル卿。会議への参加、感謝する」
応えたコンラートの表情には疲労感が見えるが、方向性が定まった事への安心感のような雰囲気も感じられた。
「いえ、私は冒険者として各地で様々な情報を得て、王国外からの脅威に対する手段を探している。王国とカペルの利に繋げたいとは思うけれど、帝国の人々に苦しんで欲しい訳ではないので」
双方に利があるからこそ交渉が成り立つとシルヴィアは思っていた。もっとも、王国貴族全員が同じ考えを持っていない事は承知している。
「外憂も内憂も数多ある中、挫けず立つ貴方を個人的には応援したい」
だから、シルヴィアは正直な気持ちを告げた。
小さく頷いて応えたコンラートは、極北の稜線を望む。
「先程、レインフィール卿にも同じような事を語られたよ」
立場が違うものの共有できる価値観があるのは大事な事だ。
シルヴィアは太守に並び立つと北壁山脈を見つめつつ尋ねた。
「貴方と殿下は同じ帝国の方ですが、違う物事の見方をされているように見える。『人類の盾』について詳しく教えて頂けないでしょうか?」
「征竜への脅威を訴え『我ら』に使命をくださったのが、クジンリーネ様だ。『オルセン』に代々住まう者達は皆、盾になる事に誇りを持っている。それは、この厳しい北の大地で生きていく為の指針であり、人々の拠り所なのだ」
「では、もし『人類の盾』になるような事があれば……」
重ねた質問にコンラートは外の景色を見つめたまま、重々しく答えた。
「……玉砕は避けられないだろう」
開いた窓から吹き込んできた風は、皮膚を裂くほど冷たかった。
研究所の試作地にてナタリア・フィッツジェラルドは、この地での研究成果を確かめていた。
「寒冷地に強い作物類と……これは蓮を何かと掛け合わせたものかい?」
鋭い見識の高さに研究員であるトレイシーが目を輝かせた。
「詳しい説明は省くけど、『神実』と呼ばれる植物を蓮と合わせたんだよ。その結果、硬めの泥でもよく育つし、種子や根はもちろん、葉や茎まで使えるから無駄な所が無い」
「なるほど。泥であれば雑草類の発生もある程度抑えられる上に、水の流入があれば必要な栄養の補充によって連作の障害も少なくできるのか」
ナタリアは泥外縁部の枯れかけている作物を手に取った。
植物共感では寒さを訴えているように思える事から、冷害によるものだと推測した。
帝国北部は寒冷の地。
ましてや試作地は高原に位置する。ナタリアは改めて周囲を見渡したが、試作地いっぱいに何らかの作物が育てられており、外縁部ほど生育が悪そうに見えた。ただ、全体として経過は良好そうだ。
「帝国将兵の誇りを堅持し続けられる為にも、美味い飯は食わさねばならない。食料問題はこの地のあらゆる課題の根本に直結している。その意味ではこの試作地の成果は有用だろうな」
「ナタリアさんから、そのような評価を頂けるのはありがたいよ。研究報告も捗る」
「一つ、気になる事がある。試作地の地質……いや、泥を維持する水はどこから?」
泥の外縁部が冷害を受けている様子から、『水』に何か原因があると思ったからだ。
その質問にトレイシーは降参するように両手を挙げた。
「私は植物の専門家だからよく分からないんだけど、近くに流れる川……なんだか、温かいんだよね。けれど、完全に火山由来ではないみたいなんだ」
「それは確かに妙だな」
寒冷地の高原に流れる川が試作地の水源なのは間違いない。
川の水が温かい理由を探る必要があるのか、それとも、それはそういうものとして触れずにいるか。
どうしたものかと思案するナタリアであった。
●
新調した装備を試す目的を兼ね、アルマ・ヴァレンタインはファンゾムと対峙していた。
「手合わせのお礼に、後で美味しいのを振舞うよ!」
アルマはそう告げると、神材で特別に製作された武器にエーテルを込める。
とても強力な装備になると冒険者の間では評判だが、実際に手にするとよく分かる……これは、ただの武具ではない。
それは、ファンゾムから見ても分かるものだったようで、特徴的な蛇瞳が一際輝いたようにも見えた。
「ふ~ん。こんな時代でもぉそういう事できるのねぇ~」
「こんな時代?」
首を傾げたアルマにニッコリとファンゾムは笑った。
「どこかの神が~、あげたのならぁ、それは誰なのかなぁ~って。まぁ、それより~、今はねぇ」
錫杖を振り回しつつ、間合いを詰めてきたファンゾムの攻撃をアルマは武器で受け止めた。その衝撃は凄まじく、直撃していないはずなのに身体を傷つける。
「――んぁ!」
押し返しつつ、練り上げたエーテルを纏わせて、アルマは渾身の一撃を放つ。
ファンゾムは受け流して捌くと、後転するようにして距離を取った。
「なるほどねぇ~。これは……楽しめそうよぉ」
色っぽさとはかけ離れた舌なめずりをしたファンゾムの目には、サイドヒールで回復しているアルマの姿が映っていた。
神材武具に身を包み、攻防隙の無いスキル構成は、見事としか言いようがない。ファンゾムからすれば長期戦は必至であり、驚きでもあった。
だが、それ以上に驚いているのはアルマの方だった。
「ファンゾムさん、前に戦った時よりも強くなってる?」
「そうよぉ。簡単には勝てない程度にねぇ~」
原理不明ではあるが、ある程度、強さの調整ができるようだ。
底が知れない相手ではあるが、アルマは戦意を喪失せずに、武器の先を向ける。
「それじゃ、ボクの限界まで付き合って欲しいんだよ!」
強い決意と共に言い放つ。勝てないから諦めるという選択はないのだから。
結局、アルマはスキルを全て使い切るまで戦い続ける事となるのであった。
●
「よぉ、先日振りだ。んじゃ、やるか」
挨拶も早々にルイドは大剣を構えてファンゾムと対峙した。
「ルイド君はぁ、話が早くてぇ助かるわぁ」
「こっちの手札は知ってるだろう。遠慮はいらねぇ」
「そう、ねぇ!」
ファンゾムが踏み込んだ次の瞬間には、錫杖がルイドの首元に伸びる――が、僅かに身体を傾けて急所を反らした。強力な攻撃ではあるが、まだ立っていられる。
一瞬、太刀筋と存在感を消したような反撃を繰り出すルイドの独特の剣。
咄嗟に戻した錫杖で受け止めて直撃は防いだファンゾムだったが、その威力の高さに目を見開いた。
「攻撃に特化させたのねぇ~。よく分かっていてぇとってもぉ、いいわぁ~」
「……死ぬ気で守ってやるが、守り手の方が弱いのは、やっぱな」
その返しにファンゾムは微笑を浮かべる。
「変なところぉ、気にするのねぇ」
「ダメなルールはねぇが……格好付かねぇから、とりあえず、勝つまで挑む。だから、覚悟を頼むぜ」
「覚悟に足るかぁは試させて~貰うわぁ!」
弧を描くような錫杖の動きに対し、ルイドはエーテルを紡ぎ、真っ向から打ち合う。
2合、3合……振り下ろされた錫杖をまともに喰らって、倒れた直後だった。灰のように散るエーテルの中から復活したルイドの全力が放たれる。
一切として取り零さない気迫と共に。
その想いをファンゾムは敢えて避けなかった。
手合わせを10回やっても10回ファンゾムが勝つだろう。しかし、ファンゾムが戦いたい理由は、勝つ事ではなかったのだ。
胸を貫かれ、ファンゾムは力なく身体をルイドに預けた。四肢の先からエーテルが塵となって消えいく。
「……待ってるわぁ、私が在るところで~」
「場所が分からないと守れないだろうが。どこにいるんだ?」
その質問に答えるつもりはなかったのか、それとも間に合わなかったのか、ファンゾムはただ一言告げるのであった。
「またね」
高原から望む山々に溶けるように、彼女の身体は消え去ったのであった。
●
作物の生育状況を確認するトレイシーの護衛という形でルベア・ベルニとミア=リゼルの二人は試作地に訪れていた。
作業が一段落した所で、ルベアがトレイシーにある事を訊ねる。
「研究者を志した理由ね……大した事はないよ。私には結局、研究しかなかったという事さ」
「子供の時から?」
続いたルベアの問いにトレイシーは苦笑を浮かべた。
「物心ついた時には養子に出された後だったから。そこで研究に必要な知識を詰め込まれたんだよ」
「筋金入りだったのね」
「そうだね。ルベアはどうなんだい?」
ルーツを探りたいという想いを汲み取られたのだろう。トレイシーがそう返して来た。
「……昔の私は将来像がなくて、父さんみたいに、という目標が出来て冒険者になったかな」
記憶に残る父の背中。
その父は魔獣の襲撃でこの世を去った。襲撃が人為的なものでなければ、今もただ、その背中に憧れる一人の娘だと思う。
複雑なルベアの表情にトレイシーはチラリとミアに視線を向けた。
「……」
僅かに首を振った少女の応えを受けて、トレイシーがルベアに問いかける。
「最近、何かあったのかな?」
「うん。父の死に魔獣使いが関わっているかもって……そしたら、私、リロを殺された時みたいな怒りが燻って……誰かを傷つけるエゴが憎いのに、同じ事をするんじゃないかって思うと自分が嫌で……」
変なこと言ってごめん……と消えるように想いを吐露するルベア。
トレイシーは溜め込んだ息をフッと吐き出すと、思い出したように仕事の道具や採取した作物をルベアとミアに次々に渡していく。
「謝らなくていいよ。誰しも何かを抱えて生きてるものだし……それに、リロの事を想って、怒る事自体は悪くないさ。酷い事されたら怒るのは、当然だと思う。あとはどう向き合うかじゃないかな」
怒りの矛先をどこにどのように向けるのか。
その答えを決めるのは、他ならぬルベア自身なのだろうから。
両手いっぱいの荷物を渡されたルベアとミアは管理棟に向かう。
衝撃的とも言えるルベアの感情にミアはどのように声を掛けるべきか悩み、しばし、沈黙が続いていた。
(私にはせんせいがいてくれて……恵まれていました。そんな私の言葉があなたにどう聞こえるか……)
近くにいるはずなのに距離が遠のいている気がする。
「せんせいが話してくださったことがあります……」
だから、ミアは前置きしてから語るように言葉を紡いだ。
「生きていく上で苦痛や困難は喜びよりも多く降りかかるものであり、それらは天から降ってくるものではなく、他者によってもたらされると。誰もが誰かを苦しめてしまう世界だからこそ、私達は喜びを紡ぎ合っていくのだ――と」
小さく頷いたルベアの正面にミアは荷物を抱えたまま回る。
「ええと……つまり、立ち止まって口を噤めば逃れられるかもしれませんが、それでは、喜びを紡ぐ事はできないと思うのです。言葉遊びや綺麗事に過ぎなくても……ヒトの宿業に対して与えられた、答えの一つなのだと思います」
真っ直ぐに向けられるミアの瞳の輝きに、ルベアは視線を外した。
ミアが一生懸命、自分の事を想ってくれているとは分かっている。けれど、それに応えられない己自身が苦しい。
数々の試練や経験を乗り越えて来たミアを、誰よりも間近で見てきたからこそ、言葉も気持ちも嬉しい……同時に、眩しく映った。
「ミアさんが言いたい事は分かるの、でも……ごめん、まだ、うまく割り切れそうにない……」
少女の横をスッと抜けて、ルベアは歩みを止める事なく管理棟へ向かう。
今後、例の魔獣使いの調査が進めば、過去の真実が明らかになるかもしれない。その時、割り切れるのか、現実を受け入れられるのか、あるいは欠けたままになるのか……分からないけれど、一つ、確かな事はあった。
(私が……私自身に決めないといけないんだ……)
悔いが残る選択にならない事を、今はただ願うしかなかった。
●
イグシィ=スタスが雑務を済ませ、自室に戻って来た。
扉を開けた所で珍しく呆然とした表情を浮かべている。それもそのはず、執務室の机に寄り掛かるようにして待っていたのは、窓から侵入したクレア・エクレールだったからだ。
「忙しそうなので手伝いに来たよー!」
エラトゥーン都市同盟におけるゴタゴタを済ませ、執拗なまでの詮索を繰り返す父親を文字通り振り切り、彼の元にやって来たのだ。
当然、約束はしていないし、今日行く事も伝えていないので、ちょっとしたサプライズになったのであろう……警備がザルだった事に呆然としていた訳ではないはずだ。
「ボクは経理とかはよく解らないけれど、探し物だったり、届け物みたいな事は得――」
最後まで台詞が続かなかった。
我に返ったイグシィがクレアを抱き締めたから。
「言ってくれれば都合は幾らでもなんとかするのに」
「少しでも一緒にいられればいいなってね……駄目?」
クレアの傾げながらの上目遣いの衝撃にイグシィは声も出せず首を振ると抱き締めた腕に力を込めた。
「駄目なものか。逢いに来てくれて、ありがとう」
しばし、抱き締められていたが落ち着きを取り戻したイグシィがクレアを解放する。
買い出しの用事があるとの事で、クレアは書類の整理と外出の準備を手伝った。
回覧用の書類に皇子と王女の婚姻について書かれているものを見つけ、手に取る。
「こっちでも、話題になってるんだ。偉い人達の結婚って仕事みたいなものだし、世間一般のそれとは大分違うんだろうけど」
「貴族社会だと避けては通れない事だ。一般市民はある程度、自由だろうけど……ただし、全くしがらみが無い訳じゃない」
出立の準備整った所で、イグシィはクレアを誘うように手を伸ばした。
彼のその手に……指を絡み合わせながら、クレアは告げる。
「それでも、人生のパートナーとか、結婚に憧れはあるかなぁ。だからね、その、色々落ち着いたら……」
「挨拶に行くよ。君の家族や大切な人達に」
グッと抱き寄せながら応えた彼の台詞と真剣な眼差しに、クレアは照れた顔を隠すように埋めるのであった。
●
断崖絶壁の如くそびえ立つオルセンの城壁をミゼリア・L・ステュクスは見上げていた。
「おお……きい……」
傍目から見れば無表情なホムンクルスの冒険者が淡々と城壁を観察しているだけのように見えるが、これでもミゼリアの心の内は先ほどから興味が尽きる事ない。
例えば、彼女がさっき屋台で購入した食べ物。
挽肉やみじん切りにした野菜を味付けして炒めたものが、小麦粉で練った生地の中に入っており、それを油で揚げたパンのようなもの……その名は……。
「ぴ……き……ぴろ……し……ひきころし?」
声に出してみたが、ちょっと違うかなと首を傾げる。
頬張ると温かい肉汁と香りが口の中にふわりと広がっていった。まだまだ寒さを感じるオルセンでは、ぴったりな料理なのかもしれない。
溢れ出た汁が口元から零れそうになり、ミゼリアはゆっくりと拭う。
それは健康的な一般男子から見れば妖艶な仕草にも見えただろうが……生憎、ミゼリアの周囲に、今は誰も居なかった。
城壁脇の空き地に設置されているベンチに座り、オルセンの街を観光してきた事を振り返るように、街並みを眺めた。
「ぼうけんしゃ……かんげい、されて……る……」
市民達はミゼリアに親切だった。
もちろん、全員が全員、そうではないだろうが……少なくとも、ミゼリアが見て歩いた内で言えば、その評価は正しい。
「……他のまちとは……ちがう……雰囲気……」
『人類の盾』を自認する街であるからか、武装している兵士や衛兵の姿を多く見られた。そういえば、屋台の主だけじゃなくて、買物で立ち寄った老舗服飾店の店員も緊急時は召集が掛かると言っていた。
けれど、それは一般的な徴兵とは異なるようなイメージだった。まるで、戦う事が当たり前のような……。
「……だから、かな?」
戦地に赴く事が多い冒険者に対する尊敬なのかもしれない。
オルセンとは直接関係が無くとも、これまで冒険者達が築き上げてきた帝国領内での信頼が、形と成っている。
ミゼリアは最後の一欠けを口に運ぶとベンチから立ち上がった。まだまだ、観光で巡る所も、色々な事を知る事ができるだろうから。
●
会議の再開を知らせる鐘が鳴り響く。
出席者が続々と大広間に集まる中、ベルク・オスマットとトーラの姿もあった。
「幽界樹の被害は少なくとも、帝国崩壊以後のオルセンの人的被害は甚大であったようだな」
冷たい視線を空いたままの席になっている所に向けるベルク。
先程までそこに座っていた人物はコンラート・マフダルによって追い出されたからだ。
「まさか、政治どころか軍事のイロハすら知らん若造を、軍議の場に据えざるおえないとは、マフダル卿の心労はいかほどの物やら」
オルセンは今や帝国最大の都市と言っても過言ではない。代々、街の住民だった者もいれば、他都市の貴族が避難しているケースもあるのだろう。
力関係がどうあるか分からないが、太守としても招かなければならないのが政治上の都合というものだ。
ムスっとした様子でトーラも怒りを覚えていた。
「王国を頼りながら、臣民の為に身を捧げるレイウェスト様を王女の尻に敷かれているなんて……オルセンは無事だったから知らないのかもしれませんが、レイウェスト様が行動したから助かった命はどれだけあるか!」
迂闊な発言をした人物は、その人達の前で同じ事が言えるのか、問い詰めてやりたい所だ。
激怒したコンラートの気持ちがトーラと同じ想いかどうかは分からないが、少なくともオルセン太守は、皇子に対して否定的ではない事が分かった。
盗み見るつもりはないが、チラリとコンラートを視界に入れるトーラ。
「……まさか、パフォーマンスだった……という事はないですよね」
「政争の場でもあるからな」
ベルクが応えながら、他の参加者を見渡す。
座席表がないので分からないが、出席者達はおおよそのグループ分けがされている様子だった。トーラは会場全体を見て疑問を口にする。
「オルセンにも派閥があったりするのでしょうか?」
「これだけの規模の都市だ。一枚岩ではないだろう。その影響か、冒険者である我らも別々に座らされておる」
何気なく向けた視線の先、レティシア・レインフィールとシルヴィア・A・カペルが座っている辺りは、王国に所縁がある者が多そうだった。
その向かい側の席には、アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトとアウレーリア・フォン・ネーベルベルクを中心に皇子と関係のある貴族や有力者が連ねていた。
ベルク達の周りには冒険者だけではなく、リザードマンやゴブリンなどの姿もある。
その中で、リディリディ・トゥラ・イェレミースが不満そうな表情を浮かべていた。隣の席が、よりによってドワーフというのもあったが、それ以上に、彼女はこうした場が得意ではないのだ。
「緊張、してきたです」
リディリディは胸に手を当てながら息を吸い込む。
というもの、会議の再開は冒険者達から意見を発言する事になっているのだ。
会議の再開にあたって、進行役の者から入退出者の連絡、これまでの議題の流れ等が説明された。太守であるコンラートが一際高い設置された椅子に座り、会場全体を見渡す。
「冒険者という立場ではあるだろうが、気にせず、自由に発言して欲しい」
促された視線にレティシアはゆっくりとした物腰で立ち上がると丁寧に一礼する。
太守の台詞を解釈するのであれば、冒険者であると同時に、王国貴族としての発言も認めている事になる。もちろん、国を代表している訳ではないので影響力は無いが……。
「王国の応援の是非はともかく、応援の呼び掛けは一考の余地はあるかと存じます」
その言葉に出席者の半分ほどは頷いた。
オルセンの戦力は皇子が率いる軍と比べても遜色はないが、それでも極北からの脅威に対して十分とは言えないからだ。
(応援に対して否定的な方達は、やはり、影響を受ける事を心配されているのですね)
レティシアは心の中で反応を分析する。
援軍要請する以上、見返りが必要。それをどう捻出するか……確かに難しい所だ。
「極北から南下したクリーパーが、オルセンを抜けば、その脅威は各国、各地域、各種族、影響を受けますし、南下の原因調査も兼ねれば、援軍を請うだけの十分な理由付けがある事と考えます」
世界の各地で発生している事件や混乱……これらが何者かによる意図的なものであり、今回のクリーパーの南下も関わっているのであれば、調査の意味はある。
会議の雰囲気的には援軍を呼ぶ流れにはなりそうだが、ここで挙手があがった。それはオルセンの有力者ではなく、アウレーリアであった。
「レイウェスト殿下に援軍を要請し、積極的に北伐を敢行する事を提言する。国防は国家存立の拠って立つ処、助勢請えば自ら属国明言に等しい。帝国軍のみで戦績残せば王国へのアピールと牽制にもなる」
皇子派閥から賛同する声が次々に発せられた。
帝都は崩壊しているが、帝国そのものが無くなった訳ではない。帝国内で解決すべき事案なのだ。しかし、それは同時にオルセン内部での皇子派閥の台頭を意味する。
「殿下が陣頭に立てば、明確な統治実績となる」
続いたアウレーリアの発言は、皇子派閥を大いに盛り上げたが、同時に他派閥や所縁のある者達の不満を呼び込んだ。
「皇帝でもない者によるオルセンの統治なぞ、認められるものか!」
「だいたい、皇子の一臣下に過ぎぬ者の台詞だ!」
「帝国内でどうにもならんからという話ではないのか。そもそも、皇子に援軍や糧秣の提供が出来るだけの余力があるのか?」
喧騒としてきた場を制したのはコンラートだった。
「冒険者には自由な発言を許可したが、許可していない者の声が聞こえるのは、私の耳がどうかなっているようだな」
会場は心臓の音さえも聞こえるかもしれない程に静寂を取り戻した。
太守という立場の重さと権力の大きさが分かるというものだ。
気持ちだけは身を縮めてリディリディがベルクに小さく呟く。
「まさに鶴の一声、ですね」
「発言させ不満を出しつつ、炙り出しを行っているのだ。コンラート・マフダル、やはり強かな者よ」
レイウェストへの報告書を残す為に議事のメモを取りながら、ベルクが応えた。
また、皇子への不満発言は先に止めておけば良いはずなのに敢えて言わしたのは皇子派閥への牽制という意味もあっただろう。今、オルセンがレイウェスト軍に合流する事があれば、その影響力の大きさから、レイウェスト軍内部のバランスを崩し、大きな亀裂や混乱を生む可能性が高いからだ。
ベルクは走らせていたペンを止めた。
コンラートとは、同じ旗は仰げないものの、彼がオルセンを束ねている方が、はるかに帝国的にも世界的にも良いのかもしれない……彼以外の者が太守になるようであれば、最悪、オルセンが敵になるケースだってあり得るだろう。
ベルクとリディリディの小さなやり取りを見ていたのか、コンラートが名指しで呼んだ。
「イェレミース殿、遠慮はいらない。思う事を述べて欲しいです」
緊張が上限を振り切ったが、指名された以上は、冒険者としての仕事として答えなければいけない。リディリディは咳払いをしてから言葉を紡ぐ。
「レインフィールさんが仰ったように、極北で何が起こっているのか、討伐と調査を同時に行う形にした方が良いかと思います。大量のクリーパーが移動してきているのは何か理由がありそうですし」
「貴殿が知るところではないと思うが、極北からのクリーパーの南下は度々、発生している。ただし、それが自然発生的なものか、意図的なものかまでは、確かに調査しても損はないか」
コンラートの返事にリディリディは頷く。
「調査の為には、ある程度、奥地まで進む必要があるかと思います」
流石に征竜の場所にまでは到達しないだろうが、帝国領外まで進出するのは確実だ。
「クリーパーに対しては?」
「私ならば討伐に向かいますね……一旦、守りに入ると予想外の攻撃に対して手が遅くなり、主導権が取られてしまいます」
「野戦を選択するとなると、戦場をどこにすべきかだな。他の冒険者から意見を聞きたい」
思案しながら言ったコンラートに対し、トーラがビシっと背を伸ばしつつ手を挙げる。
「冒険者の一人としてオルセン近郊で迎え撃つ方を推します。冒険者は守りよりも攻めが得意な人が多いので、都市から離れての遊撃戦力として冒険者を使って頂ければ働いてみせますよ!」
頼もしい発言にチラホラと出席者から拍手が起こる。
確かに、いつまで続くか分からない防衛戦よりも打って出て敵勢力を粉砕した方が手っ取り早いし、分かりやすい。
また、短期決戦の方が、依頼で動く冒険者達を遊撃戦力として扱いやすいという理由もあるだろう。
続けて、アウレーリアが立ち上がった。
「オルセン兵力で城外迎撃に賛同する。増援の見込無き籠城は愚策であり、北伐出兵は都市防衛力を低下させる。また、この場合、統治証明される政治主体はオルセンになる以上、その行方は今後の統治において重要になるはずだ」
彼女の発言に、先程、声を荒げた者達が互いに目を合わせて様子を伺っていた。
明言は避けられているが、アウレーリアの言葉を曲解すれば、皇子の影響を排除して自分達だけで行うという事自体、もはや、帝国という器に頼る必要がない事を意味する――それはつまり、オルセンの独立志向にも繋がるとも言えよう。
会議の参加者の中に、それを望む者がいるのか……アウレーリアがそれを確かめたかったのかと推測したコンラートが微笑を浮かべた。
「オルセンは『人類の盾』であり続けます。我らにその使命を与えたのが帝国皇帝である以上、オルセンに君臨しているのは帝国皇帝です。そして、それは、これから先も変わる事は決してありません」
つまり、独立は目指さないという事だ。
もっとも、この言葉の真の意味を理解しているものが、この場にどれほど居る事か……とコンラートは内心、想いつつ、視線を一人の冒険者へと向けた。
「シュタールシュヴェーアト卿。歴戦の戦士でもある貴殿の考えを聞かせてほしい」
促しを受けてアルベルトは力強く頷くと、音を立てて立ち上がった。
「籠城は下策だ。クリーパーに包囲されてしまえば、護るべき街と住民達を危険に晒してしまう。それに、食糧問題を解決させるための実地試験場や研究所を危機に陥らせる事になる」
北の地に位置するオルセンでは食糧問題は身近な課題だ。
今の一言で籠城派は息もしていないだろう。アルベルトは追い打ちを掛けるように声高く発し続ける。
「こんなんで、よく『人類の盾』だなんて言えるな? 今こそ、打って出るんだよ!」
豪快に振った腕の先が極北を差した。
脅威は確実にオルセンへと迫っているのだ。
「『盾』だから動かないという通りはない!」
防具としてのイメージが強い盾は、絶対に守る為だけにあるとは限らない。頑健な盾による強力な一撃は、時に圧倒的な衝撃を生み出す事もあるのだから。
攻撃こそ最大の防御……とも言えようか。
「帝国国民を護るために! 『人類の盾』の誇りを失っていない奴は、俺と一緒に打って出るんだ!!」
勢いのある宣言に拍手が沸き起こり、「レイウェスト殿下の剣たる俺に――」と続いた彼の言葉が会場に響かなかったが、会議の流れはほぼ定まったようなものだろう。
纏めるようにコンラートが宣言した。
「極北の地での調査を兼ね、北伐を行う。ただし、南下が観測されたクリーパーに対してはオルセン近郊にて冒険者と義勇兵、オルセン軍の混成部隊にて迎撃する」
拍手が続く会場で、会議の成り行きを見守っていたシルヴィアは先に席を立ったレティシアに向かって微笑んだ。
「義勇兵という事は、各地からの援軍は認められたという事かな」
「左様でございますね。それでは、帰国の前に太守様には挨拶して参ります」
「私もそのつもりだよ」
会議は終わったが、それで全てが終わった訳ではない。むしろ、ここからが始まりとも言える。
シルヴィアは退席するコンラートの姿をジッと眺めるのであった。
●
会議は太守の宣言によって閉会。
冒険者達の意見を参考にオルセン上層部の調整が入る事にはなるようだが、概ね、北伐の実施は確定だろう。
万全を期し、かつ、各地からの援軍を待つ為、オルセン近郊でクリーパーを迎撃しつつ、そのまま北伐へと向かって脅威を排除する形のようだ。
シルヴィアは帰路の前にコンラートへと挨拶に向かった。
「お久しぶりです」
「カペル卿。会議への参加、感謝する」
応えたコンラートの表情には疲労感が見えるが、方向性が定まった事への安心感のような雰囲気も感じられた。
「いえ、私は冒険者として各地で様々な情報を得て、王国外からの脅威に対する手段を探している。王国とカペルの利に繋げたいとは思うけれど、帝国の人々に苦しんで欲しい訳ではないので」
双方に利があるからこそ交渉が成り立つとシルヴィアは思っていた。もっとも、王国貴族全員が同じ考えを持っていない事は承知している。
「外憂も内憂も数多ある中、挫けず立つ貴方を個人的には応援したい」
だから、シルヴィアは正直な気持ちを告げた。
小さく頷いて応えたコンラートは、極北の稜線を望む。
「先程、レインフィール卿にも同じような事を語られたよ」
立場が違うものの共有できる価値観があるのは大事な事だ。
シルヴィアは太守に並び立つと北壁山脈を見つめつつ尋ねた。
「貴方と殿下は同じ帝国の方ですが、違う物事の見方をされているように見える。『人類の盾』について詳しく教えて頂けないでしょうか?」
「征竜への脅威を訴え『我ら』に使命をくださったのが、クジンリーネ様だ。『オルセン』に代々住まう者達は皆、盾になる事に誇りを持っている。それは、この厳しい北の大地で生きていく為の指針であり、人々の拠り所なのだ」
「では、もし『人類の盾』になるような事があれば……」
重ねた質問にコンラートは外の景色を見つめたまま、重々しく答えた。
「……玉砕は避けられないだろう」
開いた窓から吹き込んできた風は、皮膚を裂くほど冷たかった。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
オルセンを舞台としたイベシナという形ではありましたが、皆様の思うような日を過ごせたでしょうか? 今回の結果を踏まえ、次回、新たな展開となっていく予定です。各自が追いかけているものが一見、別々ではありますが、やがては一つの奔流に繋がるものと思っております。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会あればご参加の程、お待ちしております。
イベントシナリオ普通 報酬:標準14 / 4〜25人
2023年06月25日 11時37分31秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 今回は「オルセン上層部の会議に冒険者として参加している」ってことで、上層部の会議で一演説かまして意見を北伐に統一してみようと思っているぜ。
…ウォーリアの、ミゼリア…です。 商隊の、ごえいをひきうけて…オルセンに、たいざい中…です。 はじめて、オルセンにきたので…いろいろ、見てまわって、みようかな…と。 …よろしく、おねがいします…ね。