【北乱】戦意高揚の宴
真柄 葉
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シナリオID:2918
オープニング
「どうやら、本気のようだね」
次々と集まってくる部下からの報告書の山を見つめながらヴィルジニア・テレーザ・セルッティは小さく呟く。
先日の一件の後、ヴィルジニアは独自で調査を進めていた。
エラトゥーン同盟領北部の雄『エスト・ポーラ』。その街の現市長である『ローヴィス・クライヴィラー』は聡明な男だ。市民からの信頼も厚く、落ち目だと言われてきたエスト・ポーラをよく率いている。互いに研鑽する相手としては申し分ない人物だと思っていた。なのにだ。そんな敏腕市長が、何を血迷ったのか、突然王国へ宣戦布告だとぬかした。
帝国亡き今、王国は同盟領にとって最も大きな貿易相手である。その『商売相手』を滅ぼそうというのだ。王国との貿易は南部都市群が主体とはいえ、北部諸都市が得る利益も莫大だ。王国とことを交えるという事が同盟領にとってどれほどの損失になるかなんて、商会に入ったばかりの丁稚にだってわかる。頭のいいローヴィスがそこに思い当たらないはずはない。
「単純に脅されたってだけではなさそうだけど……」
報告書の山から一枚引っこ抜き、ヴィルジニアはパラパラとページをめくる。
ローヴィスはあの会議の場で、こうも言った。
『龍逓架だッ! メドゥの指先があれを北部に持ち込み、幽界分樹出現を誘引されたくなければ、王国との間に戦端を開けと要求してきたのだッ!』と――――。
龍逓架は確かに危険な代物だ。龍逓架を利用すれば幽界樹を発生させることが出来るという、クライス・アクバーが唱える説は概ね正しいのだろう。
だが、エスト・ポーラに被害が出る事になろうとも、聡明なローヴィスがこの様な脅しに屈するとは思えない。彼ほどの頭があれば様々な対象方法を思いつくだろうに、もうその選択肢しかないと言わんばかりの物言いだった。
「裏にメドゥの指先が居るのは間違いないだろうけど、それだけであそこまでキレるかい? いつものあの男なら何らかの解決策を模索するはずだ。……万策尽きて殴り込んできたとも考えられなくはないが――――」
その証拠がわずか数分で終わった先日の会議だ。あの男が突き付けた要望にリブラネスタの議会が否とも呼べない返事を出した途端、ローヴィスは更に激高し退席した。そして後日、ある事ないこと捏造し、北部諸都市まで扇動して、リブラネスタを含む南部諸都市を糾弾しだしたのだ。
時を同じくして発生した『海難事故』もそうだ。北部の連中はリブラネスタの軍戦がやったと声高に主張しているが、それはどう見ても……。
「仕組まれたものだろうね」
とはいえ、証拠はない。仮に証拠が見つかって提出しようとも、虚偽だ捏造だとまくしたて取り合わないだろう。それが今の南北の状況だ。
「ちっ……後手を踏んでるね」
ローヴィスの背後にメドゥの指先がいると仮定して、奴等のやりたい事は【三百年戦争】の再現なのか。かつてあった南北のいさかいを再現し、同盟領を混乱に陥れ、力をそぐことが目的なのか。
だがなぜだ。なぜそんな事をする必要がある。この混乱を極める大陸情勢の中、わざわざ同盟の力を削ぐ意味が分からない。
ただの愉快犯なのか? メドゥの指先の中にはそういう輩も多いと聞く。しかし、それにしては計画がお粗末すぎる。例え本当に龍逓架を手に入れていて、幽界樹を呼べるとしても、ローヴィスが対策を講じてしまえば、こんな計画などあっさりと瓦解する。それがわからない程、メドゥの指先は愚か者の集団ではないだろう。
「まさか、ローヴィス自身がメドゥの指先へくだったのか……?」
可能性はなくはない。しかし、あの男が「欠落」など抱えるだろうか。あの有能な男が……。
「……こちらからも仕掛ける必要があるね」
そう呟いたヴィルジニアは報告書を閉じると、ゆっくり立ち上がった。
●
後日、ヴィルジニアの姿はリブラネスタ郊外にあった。
「貴官ら、リブラネスタ軍の将兵の日々の働きに心よりの敬意を――――」
リブラネスタ軍の将兵を前に、ヴィルジニアは市長として訓示を述べていた。
「――――以上が、私からの訓示である」
長い口上を終えたヴィルジニアは、訓示の締めくくりに将兵に向け軍式の敬礼を行う。そして、口元に薄い笑みを浮かべると。
「さて、欠伸がでるようなつまらない話はここまでさね。ささやかではあるけど、宴の準備をさせてもらったよ。無礼講とはいかないが、日頃の疲れを癒してほしい。ただし羽目を外すのはほどほどにしておくれよ? あまりに楽しそうにはしゃいでいると、余計なものまで誘われてくるかもしれないからね」
そう言ったヴィルジニアに、将兵の間からどっと笑い声が起こった――――。
解説
●目的
リブラネスタ軍慰問団として参加してください。
●場所
リブラネスタ軍駐屯地。
リブラネスタの郊外にあり、敷地は広く、平時は兵士達が駐屯し訓練などを行っている場所です。
●人物
ヴィルジニア・テレーザ・セルッティ
リブラネスタ市長にして豪商。今回の依頼人です。
●補足
皆様には慰問団という立場で、この宴に参加していただきます。
皆様にやっていただきたい事は、以下の通りです。
・兵士達と宴を楽しむ
⇒ 飲んで食って楽しんでください。自慢の料理などを提供したりしてもOKです。リブラネスタ軍と冒険者ギルドの関係は良好だと知らしめる効果もあったりするので、仲良くお願いします。
・芸事を披露する。
⇒ 娯楽に飢えた兵士達に、自慢の芸事を披露してあげてください。腕相撲とか、模擬戦とかやっても盛り上がるかもしれませんね。
・潜入している(かもしれない)エスト・ポーラのスパイをあぶり出す。
⇒ ヴィルジニアは軍な内部にスパイが潜入していると踏んでいます。自分なら必ずそうするからです。スパイを見つけて捕らえたり、泳がせて偽情報を掴ませたりしてください。
ヴィルジニアも会場を巡り酒を飲んでたりしますので、絡みたい方はどうぞ声をかけてやってください。
宴会の準備はヴィルジニアが整えます。何か必要なものがあれば彼女に相談してください。
マスターより
お世話になっております。真柄と申します。
今回は【北乱】連動のシナリオをご提供させていただきます!
ヴィルジニアが裏で色々と考えていますが特に気にせずに大丈夫です!
飲んだり食ったり交流したり、ぜひ楽しんでいってください!
もちろん、ヴィルジニアに協力してくださる方も大募集です!
リプレイ
春もうららかなこの日。リブラネスタ郊外にある軍の駐屯地では、戦意高揚の宴が開かれていた。
「もっとお堅い宴会かと思ってたけど、流石同盟領って感じだね、とっても自由!」
和やかなムードで進行する宴会の席を見ながら、アステルは料理を口に運ぶ。
「ほら、口についているよ」
そんな奔放な妹の姿に苦笑しつつ、キオルティスは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
冒険者として宴会への出席を求められた二人は、目の前に並ぶ沢山のリブラネスタ料理に舌鼓を打ちつつ、お酌や配膳などを積極的に手伝いつつ、兵士達との交流に勤しんでいる。
リブラネスタの土地柄か、兵士達も皆陽気で、冒険者だからと分け隔てる事無く、共に宴会を楽しんでいた。
「こうやって大勢で食べるのも楽しいね!」
「ああ、そうだね。この楽しい時間はきっと皆の心の栄養になるよ」
「ふふ、ルティスお兄ちゃんってば詩人だ~」
「そうだよ。知らなかったかい?」
「知ってる~」
明るく誰にでも愛されるとびきりの笑顔を向けながら、アステルはキオルティスの腕に手を絡めた。
「とはいえ、こうも声をかけられると、流石に心配になるね」
そんな妹の所作に、周りから視線が集まってくる。というのも、先ほどからアステルはその明るさと可愛らしさから兵士に大人気で、ナンパまがいの声掛けも頻発していた。
「ふふ、大丈夫だよ~。どんなに声かけられたって、私はついて行ったりしないから。だって、ルティスお兄ちゃん以上に素敵な人なんていないんだから」
周りの視線にさりげない威嚇を返している兄を好ましく思いつつ、アステルは更にキオルティスへ体を寄せた。
●
「一体、彼の身に何が起こったんだろう……」
リブラネスタの兵士達が集う和やかな宴会場を見渡しつつ、エルゼリオ・レイノーラは一人呟いた。
突然人が変わったように王国への宣誓布告を主張しだしたローヴィス市長。聡明であると言われていた人物が、この荒唐無稽で軽挙妄動な計画を発表したのは何故だろうか。
「それにリブラネスタを非難する口実となった海難事故。どう考えても、タイミングが良すぎるな」
「うん、ヴィルジニアさんは裏にメドゥの指先がいるだろうと疑っていたけど……」
「確かに居るのだろう。だが奴等の狙いがわからん。リブラネスタを掌握し、海路で王国南方へと攻め上がるつもりなのか?」
「どうかな。それも含めて色々調べる必要はありそうだね」
答えたナハティガル=ラー。彼もまたローヴィス市長の後ろにメドゥの指先の影を見ていた。
宴会が始まる前、二人はヴィルジニアに接触し話を聞いていた。彼女の予測では十中八九、裏でメドゥの指先が糸を引いているだろうと。これは二人の見解とも一致するが、確証がまだない。それを確かめるためにも、この中から『証拠』を見つけなくては。
二人は改めて宴会を楽しむ兵士達に視線を向けた。
●
「ヴィルジニア様! 北部を……エスト・ポーラを切り捨てるというのは本当ですか!」
「切り捨てる? はは、人聞きが悪いね。アタシはただ、腐った頭を挿げ替える必要があると言っているだけさね」
和やかなムード漂う会場に似つかわしくない口論が聞こえる。
周りの兵士や冒険者達が何事かと視線を向ける先では、リサ・ベイカーとヴィルジニアが火花を散らしていた。
「……どうやら、わたしは貴方を過大評価していたようです。まさか、ここまで愚かな人だとは思いませんでした」
「言ってくれるじゃないか。アンタにアタシの何がわかるっていうんだい?」
「わかる必要などありません。貴方のその考えと行動が全てを物語っていますから」
「ふん、面白い事を言うね。アタシはただエスト・ポーラよりリブラネスタの方が大切なだけさね。アンタだってそうだろう?」
「個人であればそれでいいでしょう。ですが貴方は仮にも同盟領の代表ですよ。それほどの人物が大局的な見地を得られないとは……正直、失望しました」
「おや、もうお帰りかい? 宴会はこれからだっていうのに」
「……ええ、わたしにも護るべきものがありますので」
答えたリサはヴィルジニアにワイングラスを押し付けると踵を返した。
「ふふ、辣腕の娘もなかなかやるじゃないか」
去っていくリサの背中を見つめながら呟いたヴィルジニアは、グラスの底に忍ばされた紙をこっそり懐へと隠した。
●
宴を楽しむリブラネスタの兵士達の間をメイドたちが忙しく給仕している。
この給仕たちは皆、ヴィルジニアが手配した者達で、その所作は宮廷に出しても恥ずかしくない程に洗練されていた。
そんなメイドたちの優雅な振る舞いに、参加した兵士達も心惹かれ、声をかけてくる者達も沢山いる。そして、また一人の兵士がメイドに声をかけた。
兵士に美辞麗句を贈られたメイドは口元に手を当て微笑み返す。そんな所作を見て兵士は一層の美辞麗句を贈った。
「ありがとうございます。でも兵士様、わたしはしがないメイド。貴方様のような立派なご職業につかれている方とは到底釣り合いません」
しかし、メイドは悲しげな表情を浮かべ兵士の誘いを断った。
「でももし、この同盟領をよくすることが出来るのなら……」
しかし、メイドは絶望する兵士の顔を、意味深な言葉と共に見上げる。
「貴方様方の手で、是非この同盟領を善き国へとしてくださいまし」
メイドはスカートの裾を摘み優雅にひざを折ると、兵士に飛び切りの笑顔を向けた。
●
「ヴィルジニア、ちょっといいか?」
会場を巡っていたヴィルジニアを呼び止めたのはギャメルだった。
「ああ、なんだい?」
「あ、えっと……その、ゴールディの冒険者としてアンタへの協力は惜しまねぇぜ」
「ああ、それは頼もしいね」
「……」
「……それだけかい?」
「あっ! いや、そうじゃないんだ。えっと……うまく言えねぇんだけど、なんか、アンタにお礼したい気分だったんだ」
「お礼だって? 何か礼を言われるような事をした記憶はないんだけどね」
「そう……だよな。なんでそんなこと思ったんだろう」
「何だい、変な子だね」
「うっ……ごめん。で、でも、今回の依頼はちゃんとやるからなっ!」
「しー、声が大きいよ」
「うぐっ……!」
ヴィルジニアに人差指を立てられ、ギャメルは慌てて口を塞ぐ。
「頼りにしているよ」
「お、おう! 任せとけ!」
そっと耳元で囁かれた言葉に大きく頷いたギャメルは、ヴィルジニアに別れを告げ、兵士達の元へ突撃していった。
●
「いえぇーい!!」
――――バチンっ!
ハイタッチの軽快な音が会場に響いた。
リブラネスタのことを応援と賛美しながら会場を歩くギャメルに、酒が入った兵士達も上機嫌に応えてく。
「これからも、リブラネスタは永遠だぜっ!」
――――バチンっ!
この一見アホっぽい行動にも、実は裏がある。
すれ違う兵士達とハイタッチを決めつつ、ギャメルは【エンパシー】でその感情を読んでいるのだ。ヴィルジニアが言っていた密偵の存在。ギャメルはリブラネスタを賛辞する事によって、反感の感情を持つ者をあぶり出していた。
数えきれない兵士達とタッチを繰り返す中、ギャメルの頭には様々な感情が流れてくる。喜怒哀楽色々あるが、ギャメルが探しているのは――――『疑念』や『殺意』など、負の感情を持った者だ。ギャメルは讃辞に対して反感を持つ者の顔を覚え、仲間へ目配せで合図を送った。
仲間とは事前に、あえて捕まえることはせず、泳がせて動向を探ろうと打ち合わせしている。
ギャメルは何人もの『不審者』を見つけながら、会場を練り歩く――――。
●
「こうして名乗るのは初めてですね。シルヴィア・A・カペルと申します。お会いできて光栄です」
「おや、カペル侯爵家の御令嬢だね。そういえばまともに話すのは初めてかい。こちらこそ会えて光栄だよ」
会場の片隅で邂逅した二人は、宴の賑わいを肴にワイングラスを合わせた。
「私の故郷もワインの産地ですが、こちらのワインも実に味わい深い。やはり風土と海風の影響でしょうか」
「そうだね、葡萄は土と風と雨の影響を受けて味を変えるからね、ワインにもその影響が出ているんだろう。興味があるなら産地を紹介しようか?」
「ええ、是非」
二人はグラスを揺らしながら、他愛のない会話に花を咲かせる。
「そういえば、今日はこの様なものを持参したのですが」
と、シルヴィアはテーブルに置かれた小さな樽に視線を向けた。
「これは酒かい? ……へぇ、ウイスキーか」
「流石、ヴィルジニア殿。これは我が領の村が作っております『クランペラー』というウイスキーです」
「へぇ、これがあの有名な『クランペラー』かい」
「ご存知でしたか」
樽に興味を示したヴィルジニアに、シルヴィアは「よろしければ一杯」と、共に持参した炭酸水で酒を割って差し出す。
「毒見は」
「結構だよ。カペルの御令嬢が粗相などしないだろう?」
そんなヴィルジニアの返しに一瞬驚いたシルヴィアだったが、すぐに笑顔を作りゆっくりと頷いた。
その後、二人は再び他愛のない会話を交わしながら、宴を楽しむ。
「どうやら小夜啼鳥が紛れ込んでいるようですね。一体どなたに愛を歌うのでしょう」
「へぇ、小夜啼鳥ってのは愛を歌うのかい。それは是非、聴いてみたいね」
「では、耳を澄ませてみましょう。きっと聴こえるはずです」
そう言ってわざとらしく耳に手を当てたシルヴィアに、ヴィルジニアは不敵に微笑みマネをする。
「こうしていると、ほら聴こえるでしょう。南北の争いを嫌う愛を紡ぐ歌が」
「……アタシには縄張り争いをしている喧嘩声にしか聞こえないけどね」
「これはこれは、なんと不穏な。もしかして同盟領の小夜啼鳥はそのように歌うのでしょうか」
「いや、きっとそういう時期なだけさ」
言葉を交わしつつ微笑み合う二人は、再びグラスを合わせた。
●
「まあ、争い事なんて怖い」
宴に赤き華が咲き誇る。ローザリカ・L・ディオールは宴の席を回り、王国貴族らしく気品に満ちた態度で兵士達へ声をかけていた。
宴に咲いた煌びやかな貴族の令嬢の姿に、兵士達は元より士官たちもお近づきになろうと彼女の元へグラスを持って訪れる。
「皆様は王国と戦いをしたいのかしら」
今、ローザリカの眼前には胸にいくつも勲章をつけた士官がいた。
士官は縁を結ぼうとでもしているのか、美辞麗句を並べ立て彼女を褒め囃す。一方、ローザリカは士官にもまるで怯むことなく、立場を弁えろとばかりに挑戦的な視線を向けた。士官は予想もしていなかった返しに一瞬たじろぎぐが、そこは男の矜持か、咳払い一つで気を取り直し、そんな事はないと首を振った。
「それを聞いて安心したわ。今後とも仲良くやっていきたいものね」
先ほどとは打って変わって少しだけ幼さを残した笑みで応えたローザリカの笑顔に、士官は思わず見とれる――――。
「……ほどほどにしておいてほしいものだね」
次々と兵士達と言葉を交わすローザリカを、遠巻きに見つめる視線があった。
「おっと、すまない。話の続きだね。そう、あれは昨年末の事だ――――」
ローザリカから視線を戻し、ジュスト・ヴェルジーはテーブルを囲む兵士達へと向き直る。
得意の話術を駆使し、冒険者として、そして貴族として、兵士の身では経験できない様な心躍る物語を紡いで見せる。
酒も入った兵士達はまるで子供のようにジュストの話術に引き込まれ、話の続きをせがんできた。
ジュストは次々に集まってくる兵士達に嫌な顔一つ見せず、物語りを続ける――――。
「……まったく、兵士の中には婦女子もいるのだぞ。わかってやっているのか」
そんなジュストの様を目線で追っていたローザリカがぽつりと呟くと、何事もなかったかのように、再び兵士達の相手を始めた。
ローザリカはいわば餌役。そして、釣り人がジュストだ。二人は互いに監視し合い、兵士達の中に潜んでいるであろう密偵をあぶり出そうとしている。
貴族であり商人としての顔も持つローザリカが、その商業知識と商人的思考から兵士にあるまじき行動原理で動く人物を探し目星を付けると、貴族として話術で人心を掌握するジュストが、善意に包まれた悪意を暴き出す。
権謀術数こそが、彼等”貴族”の領分。
例え手練れの密偵が潜んでいようとも、二つの頭脳、四つの瞳がけして見逃さない。
●
「――――あなたには今年、運命的な出会い待っているでしょう」
正位置のカードを指さしてそう告げたハーヴィに、兵士の一人が喜色の表情を浮かべる。
ハーヴィは会場の一角に席を設け、兵士達に無料の占いを提供していた。
「はい、次の人どうぞー」
占い結果に満足して席を立った兵士に代わり、次の人物が席に座る。
「では、何を占――――って、ヴィルジニアさん!?」
「やぁ、久しぶりだね。アタシも占ってもらえるかい?」
「……いいんですか?」
「いいって何がだい?」
「いえ……えっと、こんな所で――――」
「油を売って、かい? はは、今日は宴だよ? 楽しまなくてどうするさね」
「そうですけど……」
「で、占いはしてもらえるのかい?」
「は、はい、もちろん大丈夫です! それで、何を占いますか?」
「そうだね、それじゃ――――同盟領の今後について」
「っ!」
挑戦的に語り掛けてくるヴィルジニアに、ハーヴィの方が身構えてしまう。
「……わかりました。それじゃ――――」
直後、ハーヴィは一度深呼吸をしてカードを切った。
机に並べられていくカードをヴィルジニアが真剣に見つめる中、ハーヴィがカードを捲る。
「……正位置が一つに逆位置が三つ。なるほど」
「あまり良くないのかい?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……なんていうか、浮き沈みが激しい感じがします」
「ほう、山あり谷ありって事かい。前途多難だね」
「ごめんなさい、はっきりした結果じゃなくて」
「いや、占いなんてそういうものだろう? ありがとうね」
「あ、あの、ヴィルジニアさん!」
「うん?」
席を立とうとしたヴィルジニアをハーヴィが呼び止めた。
「全然関係ない事なんですけど、いくつか聞いてもいいですか?」
「ふむ、まあアタシの答えられることなら。占いのお礼もしないとだしね」
「ありがとうございますっ! それじゃ、あの……ヴィルジニアさんはヒルルクさんのことをどう思っていますか?」
「あの子のこと? そうさね……『手のかかる子』かね」
「あー……確かにそうですね」
「だろ?」
まるで母のような表情を浮かべるヴィルジニアに、ハーヴィは同意する。
「あ、あと、リオンさんのことについても聞きたいんですけど。彼に追わせているんですよね、ヒルルクさんのこと。なんであの人を選んだのかなって気になってて」
「リオン? 誰だいそれは」
「え……?」
首をかしげるヴィルジニアに、ハーヴィはしばらく開いた口が塞がらなかった。
●
「さぁ、この善き宴に混ぜてもらったお返しを」
アステルの手を取ったキオルティスは、共に飲み食いした兵士達に声をかけ、会場の一角に空き地を作ってもらうと、椅子を二つ並べた。そして、それぞれの楽器を取り出すと――――。
「いくよ、アステル」
「うん、ルティスお兄ちゃん!」
兵士達が期待の眼差しを向ける中、キオルティスは瞳を閉じると、竪琴を弾いた。
リブラネスタの雰囲気に合わせた陽気で開放的な弦の音が会場に響く。そこに柔らかなフルートの音が加わった。
竪琴のリードに合わせ奏でられるフルートの音色に、兵士達の表情から力が抜けてゆく。
それは輝かしき未来のために戦う勇者たちへの讃美。
それは雄々しく立ち上がる戦士たちへ向けた協奏曲。
「さぁ、皆も一緒に」
竪琴とフルートの音に、キオルティスの脚につけられた鈴の音が混じる。
その軽快なリズムにつられる様に、兵士達は手拍子や足踏みで音楽の輪に加わった。
●
「いるとは思っていたけど、これほどとはね」
会場に張られた天幕では、ヴィルジニアがギャメルから上がってきた報告書に目を通していた。そして、彼女の傍にはレティシア・レインフィールが侍っている。レティシア自身、先ほどまで会場を巡り、その洞察力で幾人かの怪しげな人影を発見し天幕へと報告に訪れた。そこでヴィルジニアから意見を求められ、そのまま傍に侍っているのだ。
「しかしながら、エスト・ポーラ市長は本気で言っておられるのでございましょうか」
「王国を叩くって話かい?」
「はい、私としては先日の会談へ現れたローヴィス市長は熟練のシーフによるフェイクカバーであり、違和感を抱かせないが為に、わざと怒りを露わにして見せた。そう思えてならないのです」
「アンタはローヴィスが別人だと考えているんだね」
「はい。ヴィルジニア様がご出席なされた会議に、そのような者が入り込む余地はないとは思いますが、メドゥの指先であれば不可能を可能にしてしまうような実力者もいるのではないでしょうか。何より、ローヴィス市長の奥方様が現在王国に帰郷中であるのにこの暴挙……思慮深く慎重と評される方の行動とはとても思えませんわ」
レティシアは「洗脳を受けている可能性も否定できませんが」と付け加えた。
「証拠がないのであれば、机上の空論であろう」
そんな言葉と共に天幕の入口が開く。そこには報告書の束を抱えたベルクが立っていた。
「何かわかったかい」
「居るな。それもかなり手練れだ。しょっ引く事は難しくはないが、どうする。泳がせてこちらの欺瞞情報を掴ませることもできるし、金でも握らせて二重スパイに仕立てる事も出来る。もちろん拷問で……いや、これは冒険者の領分でないな。ともあれ、決めるのは貴様だ」
ベルクは机に叩きつける勢いで密偵と思われる人物の情報が記された紙を提出する。
「泳がせるよ。あいつ等にリブラネスタの軍が健在であり、士気高揚だと情報を持って帰ってもらわなくちゃならないしね」
「冒険者や王国貴族との友好関係を知らしめる意味もございます」
「そういう事だ。引き続き動向を探ってくれるかい」
補足したレティシアの言葉に満足げに頷いたヴィルジニアは、改めてベルクに依頼した。
「そうか、それが女狐の決断か。わかった、その意志を尊重しよう」
そう言って踵を返したベルクが入口へ向かうと、丁度入ってきた人影と鉢合わせる。
「あれ、外で待ってた方がいいかな?」
「いや、今終わった所だ。我は行く」
そこにはエルゼリオとナハティガルが立っていた。ベルクは二人と入れ替わるように天幕を去っていく。
「おかえり。どうだったね」
「ああ、予想通り”臭い奴”は何人かいたな」
二人は事前にヴィルジニアから聞いていた海難事故の当事者と接触を持っていた。既にリブラネスタ議会や軍によって散々聴取されていた彼等から新たな情報を得ることはなかったが、代わりに二人と同じように当事者と接触を試みる者達の影を捉えていた。
「そいつらを追ってみたら、アジトという風ではないが集合場所のようなものを見つけた。乗り込む事も可能だが、どうする?」
「いや、場所の情報だけでいいよ。密偵達には情報を持ち帰ってもらわないと思っているからね」
兵士に変装していたフェイクカバーを解いて訪ねてくるナハティガルに、ヴィルジニアは首を振った。
「それじゃ、怪しい感じのする人の名前だけ……っていっても、偽名かもしれないけど、軍に居る内はきっと同じ名前を使っているはずだから、リストを提出しておくね」
「ああ、助かるよ。そいつらには耳障りのいい話をたっぷりと聞かせてやることにしようか」
そう言っていい笑顔を湛えるヴィルジニアとは対照的に引きつった笑みを浮かべるエルゼリオ。
「あ、耳障りのいい話っていうのなら、軍の行動予定とか補給基地の場所なんかをリークするのはどうかな。もしボクがスパイだったら、そういう情報を狙うと思うんだよね。ただ、もう遅いかもだけど」
「遅い?」
「えっと、あの海難事故が仕組まれたものだとすると、事前に軍艦の行動予定が漏れてたって事だと思うんだ。だから、既に情報は筒抜けじゃないかなって」
「ふむ、その可能性もあるね。わかった、他の情報とも照らし合わせてみるよ」
と、エルゼリオが説明し終えたと同時、天幕の入口が開かれた。
「それに関して面白い話があるんだけど、必要かな?」
入ってきたのはジュストとローザリカだった。二人はヴィルジニアの前まで来ると、小さな木片を机に置いた。
「これは?」
「割符、だと思う」
ヴィルジニアが置かれたそれを持ち上げてみる。それは明らかに人の手が加わった形跡のある木片だった。
「へぇ、それはどこで手に入れたんだい?」
「兵士の一人が渡してきた」
「渡して来た? 向こうから接触してきたのかい」
「ああ。少し耳障りの言い話をしたら、向こうからね」
「まるで自分の手柄のように言うんだな、君は。やりたくもない”ちやほやされるだけの女”を演じた僕への感謝はないのかな?」
と、話を進めるヴィルジニアとジュストのやり取りを見ていたローザリカが、大仰に肩をすくめる。
「すまない、君の功績を横取りするつもりはないんだ。ただ、説明するには”口達者”な者の方がいいだろう?」
「そうだな。相手が女性ならなおさらだ」
チクリと釘を刺すローザリカに、今度はジュストが肩をすくめた。
「まあなんだ。この割符は彼女が手に入れたものなんだよ」
「はは、なるほどね。そういう事かい」
「一応、互いの助け合いあっての成果なんだけど、以降の説明は彼女に任せよう」
チラリとローザリカを見たジュストは、まるで執事よろしく音もなく後ろに下がる。
代わって前に出たローザリカがヴィルジニアに説明を始めた。
「残念ながら、この割符が何を意味しているのかまでは聞き出せなかった。ただ、リブラネスタ軍でこの様な割符を使っている事実はないそうだから、密偵間のやり取りに使用されるものだと思う。もちろん、罠だという可能性も捨てきれないけどね」
「ふむ、面白いね。どこで使われている物か調べてみようか。もしかしたら、何かに繋がるかもしれない」
「ああ、そうしてくれると助かる」
割符を受け取ったヴィルジニアに、二人はよろしく頼むと告げた。
●
「ほい、追加だぜ」
次々と情報が集まる天幕に、ナハシュが顔を覗かせた。その手にはリサからの書簡が握られている。
「……面白いね」
「何と書かれてございましたか」
書簡に目を通したヴィルジニアがほくそ笑むのを見て、レティシアが問いかけた。
「あちらから接触を持ってきたそうだ。エスト・ポーラにベイカーありと言われた商会の令嬢だ、あちらも味方に引き入れたいと踏んだのだろうね」
「勧誘ですか……リサ様があのような計画に加担する事はないと思いますが」
「そうであって貰いたいものだね。とはいえ、無碍に断ればそこで線が途切れると考えたんだろう、返事は保留にしてあるとさ」
ヴィルジニアの返事にレティシアは小さく息を吐く。
「ヴィルジニア様はベイカー商会が敵に回るとお考えですか?」
「どうだかね。一商人としてはローヴィスがやろうとしている事にうま味は感じない。戦争で潤う商人も確かに居るが、それは勝ち馬に乗ってこそだ。こんな中途半端な計画にあの堅物が乗るかと言われれば、首を捻りたくもなるさね」
「ですが……いえ、詮無きことを申しました。忘れてくださいませ」
レティシアは軽く会釈すると、後ろへと下がった。
「とにかく、得られた情報は大きかった。皆、よくやってくれたね。あとはこちらで追う事にするよ。とはいえ、相手の出方次第では悠長に調査なんてしている暇はないかもしれないけどね」
ヴィルジニアは天幕に集った冒険者達に向け、そう告げたのだった――――。
「もっとお堅い宴会かと思ってたけど、流石同盟領って感じだね、とっても自由!」
和やかなムードで進行する宴会の席を見ながら、アステルは料理を口に運ぶ。
「ほら、口についているよ」
そんな奔放な妹の姿に苦笑しつつ、キオルティスは甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
冒険者として宴会への出席を求められた二人は、目の前に並ぶ沢山のリブラネスタ料理に舌鼓を打ちつつ、お酌や配膳などを積極的に手伝いつつ、兵士達との交流に勤しんでいる。
リブラネスタの土地柄か、兵士達も皆陽気で、冒険者だからと分け隔てる事無く、共に宴会を楽しんでいた。
「こうやって大勢で食べるのも楽しいね!」
「ああ、そうだね。この楽しい時間はきっと皆の心の栄養になるよ」
「ふふ、ルティスお兄ちゃんってば詩人だ~」
「そうだよ。知らなかったかい?」
「知ってる~」
明るく誰にでも愛されるとびきりの笑顔を向けながら、アステルはキオルティスの腕に手を絡めた。
「とはいえ、こうも声をかけられると、流石に心配になるね」
そんな妹の所作に、周りから視線が集まってくる。というのも、先ほどからアステルはその明るさと可愛らしさから兵士に大人気で、ナンパまがいの声掛けも頻発していた。
「ふふ、大丈夫だよ~。どんなに声かけられたって、私はついて行ったりしないから。だって、ルティスお兄ちゃん以上に素敵な人なんていないんだから」
周りの視線にさりげない威嚇を返している兄を好ましく思いつつ、アステルは更にキオルティスへ体を寄せた。
●
「一体、彼の身に何が起こったんだろう……」
リブラネスタの兵士達が集う和やかな宴会場を見渡しつつ、エルゼリオ・レイノーラは一人呟いた。
突然人が変わったように王国への宣誓布告を主張しだしたローヴィス市長。聡明であると言われていた人物が、この荒唐無稽で軽挙妄動な計画を発表したのは何故だろうか。
「それにリブラネスタを非難する口実となった海難事故。どう考えても、タイミングが良すぎるな」
「うん、ヴィルジニアさんは裏にメドゥの指先がいるだろうと疑っていたけど……」
「確かに居るのだろう。だが奴等の狙いがわからん。リブラネスタを掌握し、海路で王国南方へと攻め上がるつもりなのか?」
「どうかな。それも含めて色々調べる必要はありそうだね」
答えたナハティガル=ラー。彼もまたローヴィス市長の後ろにメドゥの指先の影を見ていた。
宴会が始まる前、二人はヴィルジニアに接触し話を聞いていた。彼女の予測では十中八九、裏でメドゥの指先が糸を引いているだろうと。これは二人の見解とも一致するが、確証がまだない。それを確かめるためにも、この中から『証拠』を見つけなくては。
二人は改めて宴会を楽しむ兵士達に視線を向けた。
●
「ヴィルジニア様! 北部を……エスト・ポーラを切り捨てるというのは本当ですか!」
「切り捨てる? はは、人聞きが悪いね。アタシはただ、腐った頭を挿げ替える必要があると言っているだけさね」
和やかなムード漂う会場に似つかわしくない口論が聞こえる。
周りの兵士や冒険者達が何事かと視線を向ける先では、リサ・ベイカーとヴィルジニアが火花を散らしていた。
「……どうやら、わたしは貴方を過大評価していたようです。まさか、ここまで愚かな人だとは思いませんでした」
「言ってくれるじゃないか。アンタにアタシの何がわかるっていうんだい?」
「わかる必要などありません。貴方のその考えと行動が全てを物語っていますから」
「ふん、面白い事を言うね。アタシはただエスト・ポーラよりリブラネスタの方が大切なだけさね。アンタだってそうだろう?」
「個人であればそれでいいでしょう。ですが貴方は仮にも同盟領の代表ですよ。それほどの人物が大局的な見地を得られないとは……正直、失望しました」
「おや、もうお帰りかい? 宴会はこれからだっていうのに」
「……ええ、わたしにも護るべきものがありますので」
答えたリサはヴィルジニアにワイングラスを押し付けると踵を返した。
「ふふ、辣腕の娘もなかなかやるじゃないか」
去っていくリサの背中を見つめながら呟いたヴィルジニアは、グラスの底に忍ばされた紙をこっそり懐へと隠した。
●
宴を楽しむリブラネスタの兵士達の間をメイドたちが忙しく給仕している。
この給仕たちは皆、ヴィルジニアが手配した者達で、その所作は宮廷に出しても恥ずかしくない程に洗練されていた。
そんなメイドたちの優雅な振る舞いに、参加した兵士達も心惹かれ、声をかけてくる者達も沢山いる。そして、また一人の兵士がメイドに声をかけた。
兵士に美辞麗句を贈られたメイドは口元に手を当て微笑み返す。そんな所作を見て兵士は一層の美辞麗句を贈った。
「ありがとうございます。でも兵士様、わたしはしがないメイド。貴方様のような立派なご職業につかれている方とは到底釣り合いません」
しかし、メイドは悲しげな表情を浮かべ兵士の誘いを断った。
「でももし、この同盟領をよくすることが出来るのなら……」
しかし、メイドは絶望する兵士の顔を、意味深な言葉と共に見上げる。
「貴方様方の手で、是非この同盟領を善き国へとしてくださいまし」
メイドはスカートの裾を摘み優雅にひざを折ると、兵士に飛び切りの笑顔を向けた。
●
「ヴィルジニア、ちょっといいか?」
会場を巡っていたヴィルジニアを呼び止めたのはギャメルだった。
「ああ、なんだい?」
「あ、えっと……その、ゴールディの冒険者としてアンタへの協力は惜しまねぇぜ」
「ああ、それは頼もしいね」
「……」
「……それだけかい?」
「あっ! いや、そうじゃないんだ。えっと……うまく言えねぇんだけど、なんか、アンタにお礼したい気分だったんだ」
「お礼だって? 何か礼を言われるような事をした記憶はないんだけどね」
「そう……だよな。なんでそんなこと思ったんだろう」
「何だい、変な子だね」
「うっ……ごめん。で、でも、今回の依頼はちゃんとやるからなっ!」
「しー、声が大きいよ」
「うぐっ……!」
ヴィルジニアに人差指を立てられ、ギャメルは慌てて口を塞ぐ。
「頼りにしているよ」
「お、おう! 任せとけ!」
そっと耳元で囁かれた言葉に大きく頷いたギャメルは、ヴィルジニアに別れを告げ、兵士達の元へ突撃していった。
●
「いえぇーい!!」
――――バチンっ!
ハイタッチの軽快な音が会場に響いた。
リブラネスタのことを応援と賛美しながら会場を歩くギャメルに、酒が入った兵士達も上機嫌に応えてく。
「これからも、リブラネスタは永遠だぜっ!」
――――バチンっ!
この一見アホっぽい行動にも、実は裏がある。
すれ違う兵士達とハイタッチを決めつつ、ギャメルは【エンパシー】でその感情を読んでいるのだ。ヴィルジニアが言っていた密偵の存在。ギャメルはリブラネスタを賛辞する事によって、反感の感情を持つ者をあぶり出していた。
数えきれない兵士達とタッチを繰り返す中、ギャメルの頭には様々な感情が流れてくる。喜怒哀楽色々あるが、ギャメルが探しているのは――――『疑念』や『殺意』など、負の感情を持った者だ。ギャメルは讃辞に対して反感を持つ者の顔を覚え、仲間へ目配せで合図を送った。
仲間とは事前に、あえて捕まえることはせず、泳がせて動向を探ろうと打ち合わせしている。
ギャメルは何人もの『不審者』を見つけながら、会場を練り歩く――――。
●
「こうして名乗るのは初めてですね。シルヴィア・A・カペルと申します。お会いできて光栄です」
「おや、カペル侯爵家の御令嬢だね。そういえばまともに話すのは初めてかい。こちらこそ会えて光栄だよ」
会場の片隅で邂逅した二人は、宴の賑わいを肴にワイングラスを合わせた。
「私の故郷もワインの産地ですが、こちらのワインも実に味わい深い。やはり風土と海風の影響でしょうか」
「そうだね、葡萄は土と風と雨の影響を受けて味を変えるからね、ワインにもその影響が出ているんだろう。興味があるなら産地を紹介しようか?」
「ええ、是非」
二人はグラスを揺らしながら、他愛のない会話に花を咲かせる。
「そういえば、今日はこの様なものを持参したのですが」
と、シルヴィアはテーブルに置かれた小さな樽に視線を向けた。
「これは酒かい? ……へぇ、ウイスキーか」
「流石、ヴィルジニア殿。これは我が領の村が作っております『クランペラー』というウイスキーです」
「へぇ、これがあの有名な『クランペラー』かい」
「ご存知でしたか」
樽に興味を示したヴィルジニアに、シルヴィアは「よろしければ一杯」と、共に持参した炭酸水で酒を割って差し出す。
「毒見は」
「結構だよ。カペルの御令嬢が粗相などしないだろう?」
そんなヴィルジニアの返しに一瞬驚いたシルヴィアだったが、すぐに笑顔を作りゆっくりと頷いた。
その後、二人は再び他愛のない会話を交わしながら、宴を楽しむ。
「どうやら小夜啼鳥が紛れ込んでいるようですね。一体どなたに愛を歌うのでしょう」
「へぇ、小夜啼鳥ってのは愛を歌うのかい。それは是非、聴いてみたいね」
「では、耳を澄ませてみましょう。きっと聴こえるはずです」
そう言ってわざとらしく耳に手を当てたシルヴィアに、ヴィルジニアは不敵に微笑みマネをする。
「こうしていると、ほら聴こえるでしょう。南北の争いを嫌う愛を紡ぐ歌が」
「……アタシには縄張り争いをしている喧嘩声にしか聞こえないけどね」
「これはこれは、なんと不穏な。もしかして同盟領の小夜啼鳥はそのように歌うのでしょうか」
「いや、きっとそういう時期なだけさ」
言葉を交わしつつ微笑み合う二人は、再びグラスを合わせた。
●
「まあ、争い事なんて怖い」
宴に赤き華が咲き誇る。ローザリカ・L・ディオールは宴の席を回り、王国貴族らしく気品に満ちた態度で兵士達へ声をかけていた。
宴に咲いた煌びやかな貴族の令嬢の姿に、兵士達は元より士官たちもお近づきになろうと彼女の元へグラスを持って訪れる。
「皆様は王国と戦いをしたいのかしら」
今、ローザリカの眼前には胸にいくつも勲章をつけた士官がいた。
士官は縁を結ぼうとでもしているのか、美辞麗句を並べ立て彼女を褒め囃す。一方、ローザリカは士官にもまるで怯むことなく、立場を弁えろとばかりに挑戦的な視線を向けた。士官は予想もしていなかった返しに一瞬たじろぎぐが、そこは男の矜持か、咳払い一つで気を取り直し、そんな事はないと首を振った。
「それを聞いて安心したわ。今後とも仲良くやっていきたいものね」
先ほどとは打って変わって少しだけ幼さを残した笑みで応えたローザリカの笑顔に、士官は思わず見とれる――――。
「……ほどほどにしておいてほしいものだね」
次々と兵士達と言葉を交わすローザリカを、遠巻きに見つめる視線があった。
「おっと、すまない。話の続きだね。そう、あれは昨年末の事だ――――」
ローザリカから視線を戻し、ジュスト・ヴェルジーはテーブルを囲む兵士達へと向き直る。
得意の話術を駆使し、冒険者として、そして貴族として、兵士の身では経験できない様な心躍る物語を紡いで見せる。
酒も入った兵士達はまるで子供のようにジュストの話術に引き込まれ、話の続きをせがんできた。
ジュストは次々に集まってくる兵士達に嫌な顔一つ見せず、物語りを続ける――――。
「……まったく、兵士の中には婦女子もいるのだぞ。わかってやっているのか」
そんなジュストの様を目線で追っていたローザリカがぽつりと呟くと、何事もなかったかのように、再び兵士達の相手を始めた。
ローザリカはいわば餌役。そして、釣り人がジュストだ。二人は互いに監視し合い、兵士達の中に潜んでいるであろう密偵をあぶり出そうとしている。
貴族であり商人としての顔も持つローザリカが、その商業知識と商人的思考から兵士にあるまじき行動原理で動く人物を探し目星を付けると、貴族として話術で人心を掌握するジュストが、善意に包まれた悪意を暴き出す。
権謀術数こそが、彼等”貴族”の領分。
例え手練れの密偵が潜んでいようとも、二つの頭脳、四つの瞳がけして見逃さない。
●
「――――あなたには今年、運命的な出会い待っているでしょう」
正位置のカードを指さしてそう告げたハーヴィに、兵士の一人が喜色の表情を浮かべる。
ハーヴィは会場の一角に席を設け、兵士達に無料の占いを提供していた。
「はい、次の人どうぞー」
占い結果に満足して席を立った兵士に代わり、次の人物が席に座る。
「では、何を占――――って、ヴィルジニアさん!?」
「やぁ、久しぶりだね。アタシも占ってもらえるかい?」
「……いいんですか?」
「いいって何がだい?」
「いえ……えっと、こんな所で――――」
「油を売って、かい? はは、今日は宴だよ? 楽しまなくてどうするさね」
「そうですけど……」
「で、占いはしてもらえるのかい?」
「は、はい、もちろん大丈夫です! それで、何を占いますか?」
「そうだね、それじゃ――――同盟領の今後について」
「っ!」
挑戦的に語り掛けてくるヴィルジニアに、ハーヴィの方が身構えてしまう。
「……わかりました。それじゃ――――」
直後、ハーヴィは一度深呼吸をしてカードを切った。
机に並べられていくカードをヴィルジニアが真剣に見つめる中、ハーヴィがカードを捲る。
「……正位置が一つに逆位置が三つ。なるほど」
「あまり良くないのかい?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど……なんていうか、浮き沈みが激しい感じがします」
「ほう、山あり谷ありって事かい。前途多難だね」
「ごめんなさい、はっきりした結果じゃなくて」
「いや、占いなんてそういうものだろう? ありがとうね」
「あ、あの、ヴィルジニアさん!」
「うん?」
席を立とうとしたヴィルジニアをハーヴィが呼び止めた。
「全然関係ない事なんですけど、いくつか聞いてもいいですか?」
「ふむ、まあアタシの答えられることなら。占いのお礼もしないとだしね」
「ありがとうございますっ! それじゃ、あの……ヴィルジニアさんはヒルルクさんのことをどう思っていますか?」
「あの子のこと? そうさね……『手のかかる子』かね」
「あー……確かにそうですね」
「だろ?」
まるで母のような表情を浮かべるヴィルジニアに、ハーヴィは同意する。
「あ、あと、リオンさんのことについても聞きたいんですけど。彼に追わせているんですよね、ヒルルクさんのこと。なんであの人を選んだのかなって気になってて」
「リオン? 誰だいそれは」
「え……?」
首をかしげるヴィルジニアに、ハーヴィはしばらく開いた口が塞がらなかった。
●
「さぁ、この善き宴に混ぜてもらったお返しを」
アステルの手を取ったキオルティスは、共に飲み食いした兵士達に声をかけ、会場の一角に空き地を作ってもらうと、椅子を二つ並べた。そして、それぞれの楽器を取り出すと――――。
「いくよ、アステル」
「うん、ルティスお兄ちゃん!」
兵士達が期待の眼差しを向ける中、キオルティスは瞳を閉じると、竪琴を弾いた。
リブラネスタの雰囲気に合わせた陽気で開放的な弦の音が会場に響く。そこに柔らかなフルートの音が加わった。
竪琴のリードに合わせ奏でられるフルートの音色に、兵士達の表情から力が抜けてゆく。
それは輝かしき未来のために戦う勇者たちへの讃美。
それは雄々しく立ち上がる戦士たちへ向けた協奏曲。
「さぁ、皆も一緒に」
竪琴とフルートの音に、キオルティスの脚につけられた鈴の音が混じる。
その軽快なリズムにつられる様に、兵士達は手拍子や足踏みで音楽の輪に加わった。
●
「いるとは思っていたけど、これほどとはね」
会場に張られた天幕では、ヴィルジニアがギャメルから上がってきた報告書に目を通していた。そして、彼女の傍にはレティシア・レインフィールが侍っている。レティシア自身、先ほどまで会場を巡り、その洞察力で幾人かの怪しげな人影を発見し天幕へと報告に訪れた。そこでヴィルジニアから意見を求められ、そのまま傍に侍っているのだ。
「しかしながら、エスト・ポーラ市長は本気で言っておられるのでございましょうか」
「王国を叩くって話かい?」
「はい、私としては先日の会談へ現れたローヴィス市長は熟練のシーフによるフェイクカバーであり、違和感を抱かせないが為に、わざと怒りを露わにして見せた。そう思えてならないのです」
「アンタはローヴィスが別人だと考えているんだね」
「はい。ヴィルジニア様がご出席なされた会議に、そのような者が入り込む余地はないとは思いますが、メドゥの指先であれば不可能を可能にしてしまうような実力者もいるのではないでしょうか。何より、ローヴィス市長の奥方様が現在王国に帰郷中であるのにこの暴挙……思慮深く慎重と評される方の行動とはとても思えませんわ」
レティシアは「洗脳を受けている可能性も否定できませんが」と付け加えた。
「証拠がないのであれば、机上の空論であろう」
そんな言葉と共に天幕の入口が開く。そこには報告書の束を抱えたベルクが立っていた。
「何かわかったかい」
「居るな。それもかなり手練れだ。しょっ引く事は難しくはないが、どうする。泳がせてこちらの欺瞞情報を掴ませることもできるし、金でも握らせて二重スパイに仕立てる事も出来る。もちろん拷問で……いや、これは冒険者の領分でないな。ともあれ、決めるのは貴様だ」
ベルクは机に叩きつける勢いで密偵と思われる人物の情報が記された紙を提出する。
「泳がせるよ。あいつ等にリブラネスタの軍が健在であり、士気高揚だと情報を持って帰ってもらわなくちゃならないしね」
「冒険者や王国貴族との友好関係を知らしめる意味もございます」
「そういう事だ。引き続き動向を探ってくれるかい」
補足したレティシアの言葉に満足げに頷いたヴィルジニアは、改めてベルクに依頼した。
「そうか、それが女狐の決断か。わかった、その意志を尊重しよう」
そう言って踵を返したベルクが入口へ向かうと、丁度入ってきた人影と鉢合わせる。
「あれ、外で待ってた方がいいかな?」
「いや、今終わった所だ。我は行く」
そこにはエルゼリオとナハティガルが立っていた。ベルクは二人と入れ替わるように天幕を去っていく。
「おかえり。どうだったね」
「ああ、予想通り”臭い奴”は何人かいたな」
二人は事前にヴィルジニアから聞いていた海難事故の当事者と接触を持っていた。既にリブラネスタ議会や軍によって散々聴取されていた彼等から新たな情報を得ることはなかったが、代わりに二人と同じように当事者と接触を試みる者達の影を捉えていた。
「そいつらを追ってみたら、アジトという風ではないが集合場所のようなものを見つけた。乗り込む事も可能だが、どうする?」
「いや、場所の情報だけでいいよ。密偵達には情報を持ち帰ってもらわないと思っているからね」
兵士に変装していたフェイクカバーを解いて訪ねてくるナハティガルに、ヴィルジニアは首を振った。
「それじゃ、怪しい感じのする人の名前だけ……っていっても、偽名かもしれないけど、軍に居る内はきっと同じ名前を使っているはずだから、リストを提出しておくね」
「ああ、助かるよ。そいつらには耳障りのいい話をたっぷりと聞かせてやることにしようか」
そう言っていい笑顔を湛えるヴィルジニアとは対照的に引きつった笑みを浮かべるエルゼリオ。
「あ、耳障りのいい話っていうのなら、軍の行動予定とか補給基地の場所なんかをリークするのはどうかな。もしボクがスパイだったら、そういう情報を狙うと思うんだよね。ただ、もう遅いかもだけど」
「遅い?」
「えっと、あの海難事故が仕組まれたものだとすると、事前に軍艦の行動予定が漏れてたって事だと思うんだ。だから、既に情報は筒抜けじゃないかなって」
「ふむ、その可能性もあるね。わかった、他の情報とも照らし合わせてみるよ」
と、エルゼリオが説明し終えたと同時、天幕の入口が開かれた。
「それに関して面白い話があるんだけど、必要かな?」
入ってきたのはジュストとローザリカだった。二人はヴィルジニアの前まで来ると、小さな木片を机に置いた。
「これは?」
「割符、だと思う」
ヴィルジニアが置かれたそれを持ち上げてみる。それは明らかに人の手が加わった形跡のある木片だった。
「へぇ、それはどこで手に入れたんだい?」
「兵士の一人が渡してきた」
「渡して来た? 向こうから接触してきたのかい」
「ああ。少し耳障りの言い話をしたら、向こうからね」
「まるで自分の手柄のように言うんだな、君は。やりたくもない”ちやほやされるだけの女”を演じた僕への感謝はないのかな?」
と、話を進めるヴィルジニアとジュストのやり取りを見ていたローザリカが、大仰に肩をすくめる。
「すまない、君の功績を横取りするつもりはないんだ。ただ、説明するには”口達者”な者の方がいいだろう?」
「そうだな。相手が女性ならなおさらだ」
チクリと釘を刺すローザリカに、今度はジュストが肩をすくめた。
「まあなんだ。この割符は彼女が手に入れたものなんだよ」
「はは、なるほどね。そういう事かい」
「一応、互いの助け合いあっての成果なんだけど、以降の説明は彼女に任せよう」
チラリとローザリカを見たジュストは、まるで執事よろしく音もなく後ろに下がる。
代わって前に出たローザリカがヴィルジニアに説明を始めた。
「残念ながら、この割符が何を意味しているのかまでは聞き出せなかった。ただ、リブラネスタ軍でこの様な割符を使っている事実はないそうだから、密偵間のやり取りに使用されるものだと思う。もちろん、罠だという可能性も捨てきれないけどね」
「ふむ、面白いね。どこで使われている物か調べてみようか。もしかしたら、何かに繋がるかもしれない」
「ああ、そうしてくれると助かる」
割符を受け取ったヴィルジニアに、二人はよろしく頼むと告げた。
●
「ほい、追加だぜ」
次々と情報が集まる天幕に、ナハシュが顔を覗かせた。その手にはリサからの書簡が握られている。
「……面白いね」
「何と書かれてございましたか」
書簡に目を通したヴィルジニアがほくそ笑むのを見て、レティシアが問いかけた。
「あちらから接触を持ってきたそうだ。エスト・ポーラにベイカーありと言われた商会の令嬢だ、あちらも味方に引き入れたいと踏んだのだろうね」
「勧誘ですか……リサ様があのような計画に加担する事はないと思いますが」
「そうであって貰いたいものだね。とはいえ、無碍に断ればそこで線が途切れると考えたんだろう、返事は保留にしてあるとさ」
ヴィルジニアの返事にレティシアは小さく息を吐く。
「ヴィルジニア様はベイカー商会が敵に回るとお考えですか?」
「どうだかね。一商人としてはローヴィスがやろうとしている事にうま味は感じない。戦争で潤う商人も確かに居るが、それは勝ち馬に乗ってこそだ。こんな中途半端な計画にあの堅物が乗るかと言われれば、首を捻りたくもなるさね」
「ですが……いえ、詮無きことを申しました。忘れてくださいませ」
レティシアは軽く会釈すると、後ろへと下がった。
「とにかく、得られた情報は大きかった。皆、よくやってくれたね。あとはこちらで追う事にするよ。とはいえ、相手の出方次第では悠長に調査なんてしている暇はないかもしれないけどね」
ヴィルジニアは天幕に集った冒険者達に向け、そう告げたのだった――――。
マスターコメント
お疲れさまでした!
思いのほか調査にご協力してくださったPC様が多くて助かりました!
おかげでかなりの数の密偵の情報を得ることに成功しました。
皆さんの実力を言えば、捕らえる事は簡単でしたが、ヴィルジニアはあえて泳がす選択をしました。
もちろん、皆さんが考えてくれださった欺瞞情報なんかもたっぷりと流しておきます!
連動はまだ続きますので、次回もご協力いただければ幸いです!
ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ普通 報酬:標準13 / 4〜25人
2023年04月12日 12時00分44秒 公開
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