海竜蛇レースとサラマンダーステーキ
炙りとろ左門
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シナリオID:2443
オープニング
エラトゥーン都市同盟の海岸地域に、【星屑海岸】と呼ばれる地域がある。白い砂浜を、空にかかる天の川に見立てての名前だ。温暖な気候の観光地であり、有力者の別荘も存在する――まさにリゾート。
しかしこの地は20年ほど前までは、『犯罪海岸』と呼ばれるほど悪名高く、犯罪組織の隠れ家が多数存在していた。今は摘発が進み落ち着いてはいるが、薄暗い路地裏ではいまでも、非合法組織がのさばっている――。
● 晩夏恒例の催し……?
そんな星屑海岸では毎年この時期になると、【海竜蛇レース】が催される。主催はコスタ・デラクタの沿岸警備隊――通称【ガルダ・コスタ】である。
治安維持組織は別にあるのだが、『犯罪海岸』と呼ばれたコスタ・デラクタを観光地としてそこそこマシな治安レベルに押し上げた功績者であり、今でも主に海上の犯罪ルートを徹底的に潰して回っている。周辺沿岸の平和は彼らに守られていると言って良い。
領主の私兵や騎士団といったような強大な後ろ盾のある組織と違い、なぜ彼らが頼りにされるのか――それが冒頭の【海竜蛇レース】につながってくる。
ガルダ・コスタの乗り物は船だけではない。同隊には3頭の海竜蛇が配備されており、シンボルとして隊旗にも描かれている。海竜蛇は全長3mほどのサーペントのような魔獣で、知能が高く、基本的に強者に従う習性を持つ。同隊に所属している魔獣使いたちは皆特殊な訓練を受けており、彼らを駆って敵を追い詰めるのだ。
そんな魔獣使いと海竜蛇の存在を忌むべきものとしないよう、魔獣使いが海竜蛇をしっかりと統御できることを示すイベント、それが【海竜蛇レース】、なのだが。
「レースが中止?」
沿岸警備隊の若き隊長、ベルンは眉を顰めた。背が高く、表情に乏しいベルンが少し声色を低くするだけで、コスタ・デラクタの老いた議員たちは震え上がる。
「と……当然だろう! たった一人ではレースにならん!」
ひとりの議員が勇敢にも口角泡を飛ばして反論するが、ベルンはやれやれと首を横に振る。
「ガストーネもアルベルも、たがたが手足の一、二本骨が折れたくらいで、海竜蛇に振り落とされるようなことはありません」
「「「いやそれはちょっと……心配してあげた方がいいのでは……??」」」
これには老人たちもドン引きである。レースと沿岸警備隊を潰すため、ベルンの部下である二人の魔獣使いの負傷を画策したのは、ほかでもないこの議員たちなのだが、さすがに隊長からこの言われようでは哀れみを禁じ得ないようである。
「と、と、と、とにかく! レースは中止だ! 代わりの騎乗者が見つかるならともかくな!」
のちに議員は、この余計な一言を後悔することになる。
「……分かりました」
ベルンは黙考ののち、以外にも素直に頷いた。そして、
「代わりの騎乗者が見つかればいいのですね? 俺以外に最低でもひとり」
そう、議員たちに対して言い放ったのだった。
● 開幕! 海竜蛇レース!
「むふー! さすが星屑海岸! ご飯がおいしーい!」
バターをたっぷり塗って焼いたとうもろこしを頬張るのは、冒険者ギルドの新米受付嬢シュゼットだ。両手が塞がってしまうために食べ終わるまで他の屋台飯を買うことができないことのが難儀だが、その間に次は何を食べようかとゆっくり考えることができると考えれば、それもよい。
「それに、そろそろ【海竜蛇レース】がはじまるし……」
今回のメインの催しである。乗り手は全員沿岸警備隊の隊員たちであるためレースとして成立しているのが不思議だったが、どうやら全員負けず嫌いであるらしく、市民たちは毎年誰が勝つか賭けているらしい。
そしてこのレースに合わせて振る舞われているのが、魔獣サラマンダーの塊肉だ。魔獣肉という壁を乗り越えれば、至高のステーキが楽しめるとか……。
「おいおい聞いたか!? 今回のレースカード、隊長以外は沿岸警備隊所属じゃないらしい!」
と、シュゼットの耳に熱狂する観戦者の声が飛び込んできた。
「なんでも沿岸警備隊の連中は隊長以外怪我で動けねえってよ、代わりのやつを用意したらしいが……」
「大丈夫なのか? 海竜蛇は魔獣だろ? いくらベルン隊長が言うこと聞かせてるからってよー怪我人が出ちまったら、沿岸警備隊は取り潰しじゃねーの」
「ばっか、それが爺さんたちの狙いなんだろ。ベルンのやつ、正面から売られた喧嘩を勝ったってわけだ。こりゃ面白えことになるに決まってる!」
「ほへー……」
なんだかわからないが、少々物騒な話だ。シュゼットはこの街にもある冒険者ギルドに戻って、状況を確認してみることにした――。
しかしこの地は20年ほど前までは、『犯罪海岸』と呼ばれるほど悪名高く、犯罪組織の隠れ家が多数存在していた。今は摘発が進み落ち着いてはいるが、薄暗い路地裏ではいまでも、非合法組織がのさばっている――。
● 晩夏恒例の催し……?
そんな星屑海岸では毎年この時期になると、【海竜蛇レース】が催される。主催はコスタ・デラクタの沿岸警備隊――通称【ガルダ・コスタ】である。
治安維持組織は別にあるのだが、『犯罪海岸』と呼ばれたコスタ・デラクタを観光地としてそこそこマシな治安レベルに押し上げた功績者であり、今でも主に海上の犯罪ルートを徹底的に潰して回っている。周辺沿岸の平和は彼らに守られていると言って良い。
領主の私兵や騎士団といったような強大な後ろ盾のある組織と違い、なぜ彼らが頼りにされるのか――それが冒頭の【海竜蛇レース】につながってくる。
ガルダ・コスタの乗り物は船だけではない。同隊には3頭の海竜蛇が配備されており、シンボルとして隊旗にも描かれている。海竜蛇は全長3mほどのサーペントのような魔獣で、知能が高く、基本的に強者に従う習性を持つ。同隊に所属している魔獣使いたちは皆特殊な訓練を受けており、彼らを駆って敵を追い詰めるのだ。
そんな魔獣使いと海竜蛇の存在を忌むべきものとしないよう、魔獣使いが海竜蛇をしっかりと統御できることを示すイベント、それが【海竜蛇レース】、なのだが。
「レースが中止?」
沿岸警備隊の若き隊長、ベルンは眉を顰めた。背が高く、表情に乏しいベルンが少し声色を低くするだけで、コスタ・デラクタの老いた議員たちは震え上がる。
「と……当然だろう! たった一人ではレースにならん!」
ひとりの議員が勇敢にも口角泡を飛ばして反論するが、ベルンはやれやれと首を横に振る。
「ガストーネもアルベルも、たがたが手足の一、二本骨が折れたくらいで、海竜蛇に振り落とされるようなことはありません」
「「「いやそれはちょっと……心配してあげた方がいいのでは……??」」」
これには老人たちもドン引きである。レースと沿岸警備隊を潰すため、ベルンの部下である二人の魔獣使いの負傷を画策したのは、ほかでもないこの議員たちなのだが、さすがに隊長からこの言われようでは哀れみを禁じ得ないようである。
「と、と、と、とにかく! レースは中止だ! 代わりの騎乗者が見つかるならともかくな!」
のちに議員は、この余計な一言を後悔することになる。
「……分かりました」
ベルンは黙考ののち、以外にも素直に頷いた。そして、
「代わりの騎乗者が見つかればいいのですね? 俺以外に最低でもひとり」
そう、議員たちに対して言い放ったのだった。
● 開幕! 海竜蛇レース!
「むふー! さすが星屑海岸! ご飯がおいしーい!」
バターをたっぷり塗って焼いたとうもろこしを頬張るのは、冒険者ギルドの新米受付嬢シュゼットだ。両手が塞がってしまうために食べ終わるまで他の屋台飯を買うことができないことのが難儀だが、その間に次は何を食べようかとゆっくり考えることができると考えれば、それもよい。
「それに、そろそろ【海竜蛇レース】がはじまるし……」
今回のメインの催しである。乗り手は全員沿岸警備隊の隊員たちであるためレースとして成立しているのが不思議だったが、どうやら全員負けず嫌いであるらしく、市民たちは毎年誰が勝つか賭けているらしい。
そしてこのレースに合わせて振る舞われているのが、魔獣サラマンダーの塊肉だ。魔獣肉という壁を乗り越えれば、至高のステーキが楽しめるとか……。
「おいおい聞いたか!? 今回のレースカード、隊長以外は沿岸警備隊所属じゃないらしい!」
と、シュゼットの耳に熱狂する観戦者の声が飛び込んできた。
「なんでも沿岸警備隊の連中は隊長以外怪我で動けねえってよ、代わりのやつを用意したらしいが……」
「大丈夫なのか? 海竜蛇は魔獣だろ? いくらベルン隊長が言うこと聞かせてるからってよー怪我人が出ちまったら、沿岸警備隊は取り潰しじゃねーの」
「ばっか、それが爺さんたちの狙いなんだろ。ベルンのやつ、正面から売られた喧嘩を勝ったってわけだ。こりゃ面白えことになるに決まってる!」
「ほへー……」
なんだかわからないが、少々物騒な話だ。シュゼットはこの街にもある冒険者ギルドに戻って、状況を確認してみることにした――。
解説
主目的:海竜蛇レースに参加する!
副目的:お祭りを楽しむ!
皆さんは星屑海岸《コスタ・デラクタ》の晩夏の催し、【海竜蛇レース】の助っ人を頼まれました。
レースに出られなくなってしまった沿岸警備隊《ガルダ・コスタ》の隊員たちの代わりに、海竜蛇《ナーガ・ラウ》とともに優勝を目指してください!
もちろん、普通にお祭りを楽しんでくださっても構いません。
■できること
【1】海竜蛇レースに参加する!
コスタ・デラクタの沿岸部をぐるっと回るコースです。所々潮の流れや岩が障害物となります。
特に人数制限は設けません。参加者多数の場合は交代で乗ったものとします(最大同時に2人まで騎乗可)。
もし乗りたい海竜蛇に指定があれば、以下のように指定してください。
海竜蛇ソーン:臆病な女の子。とても速いが乗り手を選ぶ。騎乗指定は【ソ】
海竜蛇サーム:やんちゃな男の子。持続力があるが動きが粗い。騎乗指定は【サ】
2頭ともベルン隊長の統御下にあり、冒険者たちを一定の実力者と認めて背中に乗せてくれます。が、ベルンの命令で手を抜いたりはしません。負けず嫌いなので。
海竜蛇、騎乗者への攻撃は禁止です。特に前者の行動はマスタリング対応となります。
ソーンまたはサームどちらかに乗り手がつかない場合、ベルン隊長&海竜蛇ヌンジェとの対決になります。
優勝者には40kgの新鮮なサラマンダーの塊肉が進呈されます!
【2】お祭りを楽しむ!
レースに合わせて、さまざまな屋台が出店しています。
焼きとうもろこし、かき氷、海獣焼き(たこやきのようなもので、海鮮魔獣を具材にしたもの)、串焼きなど。
また今回は珍味である魔獣サラマンダーのステーキがそこかしこで振る舞われており、頬が焼け落ちるほどの美味だとか。……あくまで比喩ですが。
■NPC
同行を指定して交流もできます。基本的にプレイングに記載がなければ同行描写はされません。
シュゼット:冒険者ギルド受付嬢。運命の恋人を求める乙女、でも今回は屋台飯が食べたい。
ベルン :沿岸警備隊の隊長。魔獣使い。褐色肌に焦茶髪のイケメン。だがやや物理攻撃力への信頼が厚い。
ヌンジェ :ベルンのパートナー。ぼんやりとした性格の雄。やるときはやる。
マスターより
初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。
IQ3で塊肉焼きたい。そんな気持ちから生まれたシナリオです。
いやただ肉焼いてるだけじゃ展開がもたないので……ちょっと捻って……捻りすぎたな……。
でもおいしいご飯食べてるキャラクターさんたちが見たい! いっぱい食べる君が好き!
というわけで、皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
リプレイ
● 夏の終わりに
シュゼットとセロリ・サーティーンの二人は、屋台の鉄板の上で焼かれるサラマンダー肉を見つめてこぼれそうになった涎を飲み込んだ。この肉は油を引かずとも十分だ、だが柔らかく仕上げるのは難しい――そんな店主の言葉に、否応にも期待が高まる。
「シュゼットさん、俺、今日は限界まで腹を空かせてきたんですよ……」
「それは良い心がけですね……私はまだまだいけますが……」
目の前で焼かれる肉から視線を逸らさず、セロリとシュゼットは言葉を交わす。なんとも食欲をそそる香り。シュゼットはもう辛抱ならんと手を挙げる。
「すみません! 一切れください!」
「お、俺も……!」
セロリも負けじと声を張る。店主はうんうんと頷くと、木製のプレートの上に二切れのステーキを乗せた。焼き加減はミディアム、フォークで押すと肉汁が滲み出る。
「「こ、これが魔獣サラマンダーの肉……!」」
二人は小さく肉を切り分けた後、あーんとぱくつく。外はしっかりと焼かれているが中はとろけるように柔らかく、臭みも全くない。火を纏う魔獣の特性らしく、食肉部は火を通すのに時間がかかる。そうしてゆっくり焼き上げられると、このように舌の上でとろける肉となる――らしい。
「すごく美味しいです……! ソースがなくても楽しめます!」
セロリは上気した頬を押さえて喜ぶ。シュゼットも夢見心地な表情で、もぐもぐと咀嚼しながら頷いた。
「あれ? ミゼリアさん!」
と、シュゼットはたまたまそこを通りかかったミゼリア・L・ステュクスの姿を認めると、声をかけた。
「シュゼットさん……」
ホムンクルスのミゼリアは、最近冒険者となったばかりである。知己も存在しなければ世の中の常識も把握しきれていない、そんな状態で見知った顔を見つけたがゆえか、ミゼリアは表情こそあまり動かないものの、どこかほっとしたように肩の力を抜いた。
「セロリさん、こちら新人冒険者さんのミゼリアさんです」
「セロリです。よろしくお願いしますね」
セロリもまたホムンクルスであり、そういう意味ではこの二人は同輩だ。シュゼットはミゼリアにしきりにサラマンダー肉をすすめる。
「ミゼリアさんも屋台巡りしませんか!? ステーキ以外にも海獣焼き串焼きもありますし、このあとはレースもありますよ」
「あ……その、あまり量は食べない、というか」
「じゃあはんぶんこしながら!」
シュゼットの胃袋は無限大らしい。セロリもミゼリアと同じく少食であるため、最終的には三人で一人前を頼み、分け合っていた。ミゼリアは無表情で淡々と海獣焼きを頬張るも、その瞳は輝いている。
「みんなで分け合うご飯……だからでしょうか。とてもおいしいですね」
セロリがしみじみと告げた言葉に、ミゼリアは目を瞬く。それは世の中の常識というほどではないが、ミゼリアが得た体験のひとつとして刻まれたのだった。
「そうですね! 恋人にするなら、一緒にご飯を食べていて幸せを共有できる人が良いですよ! シュゼットもそんな人と恋がしたいです」
そんな、なんのアドバイスなんだというものも含めて――。
屋台で買い集めた食事を抱え、ジュスト・ヴェルジーはカフェのテラス席の椅子を引く。自分が座るわけではない。ごくごく自然な動作で、ローザリカ・L・ディオールがその席についた。
「ここに来るまでたくさんの屋台を巡ったが、勉強になったな」
ローザリカが満足そうにそう言葉を紡ぐ向かいの席に、ジュストは腰掛けた。
「そうだね。庶民も楽しめる学園祭の出し物の参考になるかもしれない」
カフェの店員に、飲み物と一緒に取り分け用のプレートを頼むと、ジュストは買ったものを紙袋から取り出した。
「気になるのはやっぱり、サラマンダーのステーキかな」
非常に熱を保つため、ステーキは袋に何重にも巻かれている。それを届いたプレートの上に載せ、包みを開いた。
「美味しかったら、来月のパーティでも出せるように、仕入れ先を聞いておこうかな。流石に調理や提供方法は、王国風にしなきゃいけないだろうけど……ロゼ?」
ジュストの言葉に、ロゼはフルーツティーの入ったグラスを両手で包むようにして、そわそわと落ち着かなげに視線を彷徨わせた。ジュストはそれに気づくと首をかしげる。
「どうかした?」
「い、いや……うん。そうだな」
来月のパーティは、ローザリカの誕生日祝いと婚約発表を兼ねている。そう、特別な日なのだ。
ローザリカとジュストは、もともと婚約者殿と呼び合った仲だ。ゆえに今更ではある。しかしその関係を、今は違った気持ちで受け入れているから――そのことに、ローザリカは少々気恥ずかしさを覚えた。
「はい、どうぞ」
まるで当然のように切り分けた肉を口元に差し出されるのも。甘やかされている、そしてそのことに慣らされていると思うと、悔しい。
「仕方ないな」
ローザリカは口ではそう言いながら、それを享受する。舌の上でとろける肉の食感は最高だ。……しかし、味まではよく分からなかった。緊張のせいだろうか。
(もうひとつ、というのも……)
恥ずかしい。であればとローザリカはジュストがプレートに並べた串焼きの肉をひとつ、ふうと冷ましてから、ジュストの口元に持っていく。
「ほら、今度は君の番だ」
ジュストが目を瞬いたあとはにかむその様子に、愛おしさを感じながら。
ハルハン・ツァガーンナルとキリアン・フィッツジェラルドの二人もまた、サラマンダーステーキを堪能していた。
「んん〜、美味しいです! 頬が焼け落ちるというのも納得です」
そう表情を緩めるツァガーンナルの横で、キリアンははふはふと口の中で肉を冷ましていた。
「……ごくん。ええ、とても美味しいです。とろけるような柔らかさに、保たれた熱。これなら食事終わりには肉が冷めているということもないでしょう」
レースの優勝賞品というだけでなく、サラマンダーの肉はそこかしこで振る舞われている。時期か環境かは分からないが、このあたりではそれらを入手しやすいのだろう。
「とはいえ、魔獣は魔獣。この海獣焼きに関しても――」
キリアンは手に持った舟に並べられた丸い焼きものに串を通し、半分に割る。するとやわらかとろとろの生地に包まれた海獣の脚が出てきた。
「仕留めるだけではなく、きちんと調理ができる。腕利きの漁師や調理人の他、そういったノウハウが広く共有されているということですから。とても興味深いです。僕もいつか挑戦してみたいですね」
「海獣は海が近くないと難しそうですけど、サラマンダーの調理法は、参考になりそうですよね!」
ツァガーンナルは串焼きの肉をキリアンの舟に取り分け、キリアンの舟から海獣焼きをひとつひょいとつまむ。
二人が屋台を巡るのには理由がある。お互いの店のメニューのネタを求めてのことだ。
「うん、海獣焼きも美味しいです! お菓子以外で、こういうひとくちで食べられるものって、ちょっと珍しいですよね」
「ええ。焼くのにも専用の鉄板を使っているみたいです。でも一枚あれば、いろんな粉物を焼くことができそうです」
海獣焼きは、そとはカリカリ、中はとろりとした、海産物の出汁がきいた生地だ。シャルガネあたりでよく見られる味付けである。一方で砂糖や卵、牛乳を使うような甘いお菓子をこのように丸く作ることができれば――手軽につまめるお菓子、ということで売れるかもしれない。
「……ただ少し、食べ過ぎてしまうかもしれませんね」
キリアンは割った海獣焼きを咀嚼して飲み込むと苦笑する。それに、ツァガーンナルも頷いた。
「食べた後は動かないと! そういえば、海竜蛇レースがあるそうですけど」
「ええ、なにやら騎乗者の募集をしていましたね」
「参加してみますか?」
「うーん……」
ツァガーンナルの問いに、キリアンは少し考える素振りを見せる。
「いえ、今回は観るにとどめましょう。もう少し、この時間を楽しみたいので」
レピド・クロサイトは屋台飯の確保に余念がなかった。両手が塞がる焼きとうもろこし、かき氷を先に味わった後は、海獣焼きや串焼きといった面々を紙袋の中に重ねていく。そんなレピドの本命は当然――サラマンダーステーキである。
いわゆる珍味の類だ。頬も焼け落ちるほどの美味、見逃せないし見逃さない。レピドは【超嗅覚】でより香ばしい匂いをたどっていく。美味い飯は良い文明。
「こんなものか……?」
一通り屋台を巡り集めた食事も、紙袋に入りきらなくなってきた。レピドは歩きながら【超味覚】にて賞味し、その山を崩しつつ……ふと、歓声の聞こえる方へ顔を向けた。
「そういえば、レースがあるんだったか」
海竜蛇と呼ばれる海の魔獣を駆るレース。アクシデントがあり騎乗者が足りなかったようだが、なんと冒険者たちによって欠員が補充されたらしい。となれば、観戦もまた一興。同胞であるホムンクルスたちも参加するかもしれないし、賭けがあるなら賭けてみるもの良い。それにそろそろ、どこかに腰掛けてゆっくり屋台飯を味わいたい。
レピドの視線の先では、海竜蛇たちが運河をぐるぐるとまわり、観客の歓声に応えている。
「……海竜蛇も、食えるんだろうか」
ふとレピドが発した言葉を理解したのかは不明だが、海竜蛇はビクリと身を竦めるのだった。
ヨル・スレイマンは買い集めた屋台飯を抱え、ナハシュの姿を探していた。そろそろ海竜蛇レースがはじまるのだ。先んじて良い席を取りに行っていたナハシュと合流しようと視線を巡らせる。
「ヨル、こっちだこっち!」
まさか上から声が降ってくるとは思わず、ヨルは顔を上げる。カフェの2階のテラス席から、ナハシュがヨルを呼んでいた。
「危ないよ」
苦笑しつつ、手すりから身を乗り出すナハシュをたしなめてから、ヨルは店の階段を上がる。席につけば、なるほど、スタート地点からコースの大部分を眺望できる。
「良い席を見つけたね」
「だろ!? で、何買ってきたんだ?」
ナハシュの手元には、すでに酒が並べられている。ヨルはその横に、海獣焼き、焼きとうもろこし、そしてサイコロ上に切り分けられたサラマンダーステーキを置いた。
「サラマンダーっていう魔獣の特性なのかな、火が通りにくい、冷めにくい肉らしくて。ゆっくり焼き上げるからとろとろと溶けるような食感になるんだってさ」
「へー!」
「おっと、食べる前に。これは冷めにくいから、あとひとつ、かき氷を買ってきてくれないかな」
「お! わかった」
ナイフで削り出した氷の山に甘いフルーツシロップをかけた氷菓だ。それも揃うと、ナハシュとヨルはグラスに注いだ酒で乾杯する。
「ステーキも食う、レースも観る! それに酒! 最高だな!」
ナハシュは上機嫌だ。かき氷を崩しつつ、二人はサラマンダーステーキを味わう。舌の上でとろける肉と中から溢れる肉汁は、なるほど、これの塊肉が優勝賞品となるのも頷ける。
「魚っぽいと思ったけど、ちゃんと肉の味だ。美味しい」
「ああ、名物にするだけあるなー。後でもっかい買いに行こうぜ。お、こっちの海獣焼きも美味い。エールがすすむな!」
出汁のきいた生地は、いかにも海辺の食事といったところか。
「初めて食べるものばかりだな」
そう感慨深く呟くヨルに、ナハシュはいつもと違う雰囲気を感じ取って首を傾げる。
「君と食べたかったんだよ。食べたことのないもの。……俺たちが『はじめて』を共有できるものはそう多くないだろ?」
「ん? そうか?」
あっけらかんとしたナハシュの返事に、ヨルは笑う。そして、話題を変えた。
「ゴールディも、何か美味いもの売り出したら観光業で潤うんじゃないかい?」
「どうかな、ウチでやるならビッグオウムレースか――」
言い終わらないうちに、わぁっと一帯から歓声が上がった。サウンドボマーで拡大された声が、海竜蛇レースの始まりをつげる。
「ようやくだな」
ナハシュが目を輝かせ、ヨルもまた眼下の広場を見下ろす――。
● 海竜蛇レース、スタート!
海へと続く運河前の広場は、半円状のターミナルとなっている。沿岸警備隊の隊長ベルンが、海竜蛇ヌンジェ、ソーン、サームの三頭を御し、スタート地点に整列させた。
「急な呼びかけに集まってくれて感謝します、冒険者。レースの開催が決定した時点で、政治的な問題は既に解決されています。ですからどうぞ、気負う事なくレースを楽しんでください」
誰が勝っても恨みっこなし。その勝負に多くの冒険者たちが騎乗者として名乗りを上げたため、レースはコースを5回ほど周回することとなった。冒険者たちにとっては、騎手交代時のロスタイムをいかに縮められるかが勝利の鍵となるだろう。
臆病な雌海竜蛇ソーンには、サイラス、ルルト・アーキス、ストレガ・L・リベルガストラ、トーラ、ルイド、エレウォーンが。やんちゃな雄海竜蛇サームには、シルク・メイプルリーフ、ベルク・オスマット、ハリーヌ・ヨツユビ、セラフィナ・M・ベイリー、パルド、ウォーゼル、フレイヤ・サンライズが騎手として振り分けられた。
「せっかくだから何か賭けようぜ」
その面々を確認しつつ、ナハシュはチップを積んでいく。少し離れたところで観戦しているセロリ、ミゼリア、シュゼットの3人組も、海獣焼き最後のひとつを賭けて対戦カードを選ぶ。
「お肉、お肉をもらえると聞いて!」
「この間ビヒモーのレースには出たが、海上で魔獣に乗っては初めてだな」
今から優勝賞品に思いを馳せるシルクの横で、ベルクはフレイヤを振り返る。
「頼むからはしゃぎすぎて落ちないでくれよ? ……何をしている?」
「え? かっこいいグラサンつけてあげようと思って!」
フレイヤが露店で買ったいかしたサングラスを身につけたサームは、嬉しそうにひと鳴きした。
「攻撃とか、危ないのは勿論しないよ、しないしない。うん♪」
「そうだな。この閃光塗弾は没収だ」
「あー!」
ベルクによって取り上げられたものを見て、サイラスは無言で閃光塗弾を鞄の奥底にしまう。
「僕はルルトだよ、ソーン。よろしくね」
「だいじょうぶ! 怖くないよー?」
不穏な空気に若干震えているソーンに、ルルトとトーラは笑顔で挨拶した。その横で、冒険者たちはチームごとに乗る順番を決め、コースの最終確認を行う。一番手がソーンとサームにまたがり準備が整ったところで、海竜蛇が描かれた隊旗を掲げた司会者が登壇した。
「それでは――」
号令と共に隊旗が翻る。一番に躍り出たのは、いかしたグラサンによってテンションの上がったサームとシルクのコンビだ。騎乗者であるシルクがサームから振り落とされなかったのは、その類い稀なる操縦技術ゆえである。
「うーんこのやんちゃっぷり! いいですね!」
その勢いのまま運河の壁にぶつかりそうなサームの手綱を引いて、シルクは方向を調整してやる。その後ろをやや遅れてついていくのは、ソーンとサイラス、そしてヌンジェとベルンのコンビだ。ベルンたちはどうやら運河を出るまでは二騎に追従するつもりのようだ。
(様子見ってとこか)
サイラスは冷静に状況を分析しつつ、緊張気味のソーンのため、首の後ろを軽く叩いてやった。衝撃で古い鱗が落ちたりせんかな――などとは思っていない。速力のあるソーンが輝くのは直線。運河を出てから障害物コースまでの間で差をつける。
「今だ!」
三騎が運河を飛び出して海へ。その瞬間、サイラスは身を屈めてソーンにぴったりとくっつくようにし、空気抵抗を抑える。ソーンは嘶くと急加速し、前を行くサームをぐんと追い抜いた。この速度に耐えるサイラスの騎乗技術はシルクと同格。そのことをシルクはすぐに悟った。
「わっ!? はやいですね……! ですが負けませんよ!」
シルクは弾ける水飛沫を拭うのもそこそこに、ちらりと追い上げてきたベルンとヌンジェを見やった。この中では最も場数を踏んでいると思われる魔獣使いらしく、その表情に焦りは見られない。彼もまた凡庸な騎手ではないがゆえ――三騎は障害物エリアへと突入する。
(ソーンはここが苦手そうだ)
サイラスはざっとコース全体を見渡す。これらをいちいち真面目に避けていたら、差をつけられてしまうだろう。であれば――サイラスは一計を案じた。加速しやすい環境を作ってやればいい。
「あっ!?」
岩場を迂回したシルクが声を上げた。その視線の先では、ソーンが空中で優美な弧を描き障害物を飛び越えていた。
普段は水の中に体が沈んでいるため、その体躯の全容をつぶさに見る機会は少ない。長く、絹のようにひらめく鰭と、日差しを浴びて輝く鱗。その美しさに一瞬会場が静まり返り、着水と共に歓声が上がった。
「うおお、今の見たか!? なあ!?」
「う、うん見たたたた」
観戦中のナハシュは興奮気味にヨルを揺さぶる。ミゼリアも一枚の絵のような瞬間を目にして感動したのか、目を輝かせている。
「とってもきれい……あ、帰ってきました」
ミゼリアがぱっと指し示した先で、サイラスとシルクが素早く次の騎手と交代する。
「ワタクシ、お前を一番にしてやるでございます!」
ハリーヌはそう言って、意気揚々とサームにまたがる。その横でトーラがサイラスからソーンを引き継ぎ、ベルンと同時に2周目に入った。
ハリーヌがやや遅れたのは、ハリーヌの技術が不足しているわけではない。
「大丈夫ですよ、ソーン! 行きましょう!」
臆病なソーンに対し、トーラは【動物交感】によって距離を埋める努力をした。騎獣との一体感はその操縦に少なからず影響を与える。
ハリーヌはその差を、【バランス感覚】によって埋めようと試みた。
「ワタクシはお前の邪魔をしません。好きに泳ぐでございままばばば」
ざば、とハリーヌは正面から海水を被った。……まあ、サームの性格からして、【動物交感】をもってしてもどこまで意気投合できるかは――ということを考えれば、振り落とされない技術の方が確かに大事かもしれない……。
「む!」
直線を抜けた先――ハリーヌは目を光らせた。ここから先は障害物エリア。サームの得意とするエリアだ。しかしお互い怪我は最大のロス、そしてリスクでもある。ハリーヌは振り落とされないようしっかりサームの背中にしがみつきつつ、岩にサームがぶつからないよう手綱を引く。
「そうです! サーム! この調子で飛ばすでございますよ!」
ぎゅんぎゅんと軌跡が弧を描くたびに加速していくサーム。それに、トーラとソーンは必死で食らいつく。
「ベルンさんに教えてもらったとおりに――」
トーラは操り方のコツを事前に調べていた。いつか自分のビッグオウムを手に入れ、色々な場所を飛んでみたいと思って練習していた騎乗の技術、知識。そこから導き出される一つの策。
「消えたでございます!?」
ベルン&ヌンジェと先頭を争っていたハリーヌは、後方のソーンの姿が消えたことに気づいた。ベルンも目を瞬く。だがすぐに何かに気づき、ヌンジェを内周へと寄せた。
二騎の先方で波が割れる。波間から、トーラと共に海中を猛スピードで泳ぎ抜けたソーンが顔を出した。
「ぷはっ! ……よし、狙い通りですっ!」
授恵者は海中でそれなりに長く息を止めていられる。それを使い、ソーンの能力を最も発揮できる海中で加速したのだ。
「……さすが冒険者、侮れないな!」
ソーンの強みを一番理解しているベルンは、その卓越した騎乗技術で速度を落とさずにターミナルへと侵入した。内周ぎりぎりから外周へ大きく旋回しながら3周目へ。続くサームにはセラフィナが、先んじて出発したソーンにはストレガとエレウォーンが騎乗している。
「潮の流れからして……」
エレウォーンはストレガの後ろに座り、天眼にて海潮の様子を把握する。わかりやすく波が砕けているところ、渦を巻いているところを
「あとは……このコースは何度も泳いでいるだろうからな。任せるのだ」
とはいえそれも最低限。【動物交感】により避けるだけでも違うだろう。ストレガはエレウォーンの情報をもとにソーンに方向を示す。ストレガの心を汲んだソーンは直線で更に加速する――が。
「フフッ……」
セラフィナの妖しげな微笑み。両脚でしっかりサームにまたがったセラフィナは、先ほど威嚇目的での【メテオライト】の使用を止められたため、次なる策を講じていた。
「コースに障害物を置くだけならば、どうですか!」
ソーンが泳ぐ先へ、セラフィナは【アイアンウォール】を設置する。得意な直線エリアでスピードを上げていたソーンは、セラフィナの動きに気づいたエレウォーンの警告によってすんでのところで【アイアンウォール】を避けたものの、大きく迂回することになってしまった。その横をセラフィナとサームが追い越していく。
「騎乗技術で劣るとしても工夫でなんとか――わぷっ!?」
勝ち誇るセラフィナの顔面を、水飛沫が直撃する。ぷるぷると顔を振って何が起きたか確認すれば、どうやら同様にソーンを追い抜いたヌンジェが鰭で水面を叩いたらしい。
「騎獣、騎乗者への攻撃は無しでは!?」
「今のは攻撃じゃない、言うなれば余波だ。会場レースなんだから、濡れて当たり前だろ」
セラフィナの抗議にベルンは素知らぬ顔で答える。その間にもばっしばっしとヌンジェの鰭が水面を叩いている。
「なんて屁理屈! サーム、お返しですよお返し!」
二人と二頭が喚きつつ水を掛け合っている間、エレウォーンは冷静に障害物エリアでの最短コースを導出していた。
「このルートなら追いつけるはず!」
「わかったのだ! ソーン!」
ソーンの嘶きに気づいた二騎――行動はやはりベルンが若干早い――は、じわじわと追い上げてくるソーンからできる限り逃げるものの、4周目にて横並びとなる。
「よし、頼んだのだ」
「まかせて!」
ストレガとエレウォーンからソーンを引き継いだルルトは、ばらりと【母蜘蛛のロープ】を取り出し、素早くソーンと自分の体を固定する。パルドとウォーゼルも同様のアイテムを用いた。
「「よろしくな、サーム」」
パルドとウォーゼルは息を合わせ、サームを駆る。
(勝って、家のチビ達や孤児院のみんなへのお土産にするんだ!)
(きっとみんな喜ぶだろうな……だから、優勝するぞ!)
意気込みがサームにも伝わったのだろうか。あるいはレースも佳境ということを理解しているからか。サームはやる気を見せる。だが、ソーンのほうは疲労の色がじわりと滲んできた。
「たしか、持久力はサームのほうがあるのだったか……」
すでに騎手を乗せてその姿が遠くなった三騎を見送りながら、ストレガは水飛沫で濡れた体を拭く。
「それにしても、何やら不穏な意志を感じるのだ」
ストレガが視線を向けた先、関係者席に座っている議員と思しきもの達の渋面を見て、ストレガはやれやれと肩を竦めた。
「一応調べとく?」
サイラスもまたそれに気づいた。今回はレースも無事開催に至ったが、後顧の憂いを断つという言葉もある。
「話はしてもいいかもしれんな」
ストレガが頷いた、その頃――。
「わあ、すごい、すごーいっ! とってもはやい!」
ソーンの背にあるルルトは上機嫌だ。【バランス感覚】と【騎乗】スキルを使ってソーンの速度に負けず、毎度先んじて的確な指示を出す。
(でも、ソーン、疲れてる。無理はさせられないよね……)
ここでルルトは【薄煙炸弾】を使おうか悩んだ。ベルンが使用を止めたスキル群の特徴を見るに、おそらく海竜蛇たちを音や光で驚かせるものが却下されていたようである。
「えいっ!」
ルルトは悩んだ末、【薄煙炸弾】を後方中空に放った。そしてそのまま、障害物エリアに突入する。障害物エリアはサームの得意とするところだ。ここで差を広げておき――先行するベルンとヌンジェを追い越したい。
「わぷっ」
パルドたちは薄煙の中に突っ込み、制動を余儀なくされた。
「でもね、こんなところで負けてられない――!」
パルドは不敵に笑うと、進路上の障害物を【探波】によって把握する。ウォーゼルがルルトによる妨害を警戒し、【戦術眼】にて何通りもの対策を用意していたこともあり、サームはすぐにスピードを上げる。
「サーム!」
ウォーゼルの一声に応え、パルド達は海中へと潜った。こうなれば煙の影響はないも同然だ。
「わあ……!」
これにはルルトも戦術的敗北を認めざるを得ない。が、不思議と悔しくはなかった。
障害物エリアを抜けたところで、パルドたちはルルトの前方に顔を出す。最終回の着順はヌンジェ、サーム、ソーンの順だ。
「楽しもうぜ、ソーン」
申し訳なさそうにしているソーンを、ルイドは励ます。海竜蛇たちが負けず嫌いなのは理解しているが、慣れない騎手を乗せてのレースは負担も大きいと考えてのことだ。細かい指示や命令は出さないと決めていた。
「振り落とされねえようにしとくから、好きに泳げ」
触れた手のひらから伝わる思いに、ソーンは鳴いて水中へと潜った。ルイドは息を止め、ソーンに寄り添う。
一方サームに乗ったベルクとフレイヤはというと――。
「いっけー! ざばーっ! 飛ばせー!」
「フレイヤ! 耳元で叫ぶのだけは! それにしっかり掴まれ!」
波飛沫の冷たさを楽しんでいたベルクもびくりと耳を震わせる。フレイヤはごめんごめんと言いつつベルクにしっかりと掴まった。
「やっぱり隊長ってだけあって速いな〜」
「追いつけないこともなさそうだが……」
前を行くベルンとヌンジェは障害物エリアを抜けた先でラストスパートをかけるつもりだ。その時がおそらく、狙い目である。
「勝ちに行くぞ、フレイヤ!」
「もちろん!」
ベルクはサームの性格を把握し、荒々しい泳ぎのままベルン達に食らいつく。多少危険な順路を取ろうとも、サームの判断であれば好きにさせた。急な制動や加速でずぶ濡れになったフレイヤは機会を窺い、
「いまだっ!」
障害物エリアを抜けヌンジェと横並びになった瞬間、【無敵の金剛撥水ボディ】を使い、ベルンに水飛沫を浴びせた。
「!?」
先ほどセラフィナと水を掛け合っていたベルンだが、ほぼ予備動作のないスキルの発動は予測できなかったらしい。一瞬怯んだその隙に、サームが前へ躍り出る。
「あははは! 楽しいね、ベルク!」
「勝てると楽しいものだが――くるぞ!」
ベルクが警告を発し、内周へと避ける。その瞬間、海中からソーンとルイドが波間を割って現れた。
「おおっ!?」
「楽しむのはもちろんだが、ソーンはその上で勝ちたいみたいなんでな」
ルイドは不敵に笑う。通じ合った思いがひとつとなり、ソーンは加速した。
「……してやられた。名誉挽回だ、ヌンジェ」
ヌンジェもここに来て遅れを取り戻すべく再加速。ベルンでなければ振り落とされているであろう無茶な泳法で、サーム、ソーン、ヌンジェの順でラストスパートとなった。
「みんな、がんばれー! もうすぐゴールだよ!」
ルルトが歓声に負けずに声を張り上げ、ゴール付近で隊旗を振っている。それ目がけて、三騎は飛び込んでいった――。
● 勝利は我が手に
「優勝は、サームと冒険者達だー!」
司会者が興奮気味に【サウンドボマー】でそう宣言すると、わあっと割れんばかりの拍手が巻き起こった。紙吹雪が巻かれ、サームは上機嫌のあまり水鉄砲を騎手たちに吐いている。
「素晴らしいレースだった! 海竜蛇たちも楽しんでくれたようで……皆さんのお気遣いのおかげです」
惜しくも最終着となったベルンであったが、興奮と喜色を隠さず、ずぶ濡れの冒険者達を讃える。スタッフが急いでタオルを持ち寄ったものの、昂った観客たちが酒瓶を開けて騎手たちにかけ、タオルごと再びずぶ濡れとなった。
「すごいすごい!」
シュゼットもてんやわんやの人混みをかき分け、冒険者達に駆け寄る。
「あっ、ルイドさん! かっこよかったですよ!」
「よぉ、居酒屋ぶりだな。あれからもてたか? こっちは相変わらずだわ」
「ふっふーん、私は今日、セロリさんとミゼリアさんとデートしましたよっ」
「食い歩いてただけだろ」
そんなやりとりのなか、ハリーヌはサームとサラマンダーステーキを分け合っていた。
「一番になれてよかったのでございます! ワタクシにはわかっていましたがね」
「うおーうまそう。優勝賞品は山分けとして、俺たちも食べたいな」
パルドがウォーゼルを振り返ると、ウォーゼルは楽しそうに笑った。
「いいね、そうしよう! 屋台であつあつのステーキでも買おう」
二人は対抗馬であったルルトを労いつつ、屋台へ誘う。
レースは大成功に終わり――対照的に悔しそうな議員達ではあったが、ベルンが最終着だったことで溜飲を下すことにしたらしい。
その日は夜遅くまでお祭り騒ぎとなり、過去に例を見ない盛り上がりとなったという……。
シュゼットとセロリ・サーティーンの二人は、屋台の鉄板の上で焼かれるサラマンダー肉を見つめてこぼれそうになった涎を飲み込んだ。この肉は油を引かずとも十分だ、だが柔らかく仕上げるのは難しい――そんな店主の言葉に、否応にも期待が高まる。
「シュゼットさん、俺、今日は限界まで腹を空かせてきたんですよ……」
「それは良い心がけですね……私はまだまだいけますが……」
目の前で焼かれる肉から視線を逸らさず、セロリとシュゼットは言葉を交わす。なんとも食欲をそそる香り。シュゼットはもう辛抱ならんと手を挙げる。
「すみません! 一切れください!」
「お、俺も……!」
セロリも負けじと声を張る。店主はうんうんと頷くと、木製のプレートの上に二切れのステーキを乗せた。焼き加減はミディアム、フォークで押すと肉汁が滲み出る。
「「こ、これが魔獣サラマンダーの肉……!」」
二人は小さく肉を切り分けた後、あーんとぱくつく。外はしっかりと焼かれているが中はとろけるように柔らかく、臭みも全くない。火を纏う魔獣の特性らしく、食肉部は火を通すのに時間がかかる。そうしてゆっくり焼き上げられると、このように舌の上でとろける肉となる――らしい。
「すごく美味しいです……! ソースがなくても楽しめます!」
セロリは上気した頬を押さえて喜ぶ。シュゼットも夢見心地な表情で、もぐもぐと咀嚼しながら頷いた。
「あれ? ミゼリアさん!」
と、シュゼットはたまたまそこを通りかかったミゼリア・L・ステュクスの姿を認めると、声をかけた。
「シュゼットさん……」
ホムンクルスのミゼリアは、最近冒険者となったばかりである。知己も存在しなければ世の中の常識も把握しきれていない、そんな状態で見知った顔を見つけたがゆえか、ミゼリアは表情こそあまり動かないものの、どこかほっとしたように肩の力を抜いた。
「セロリさん、こちら新人冒険者さんのミゼリアさんです」
「セロリです。よろしくお願いしますね」
セロリもまたホムンクルスであり、そういう意味ではこの二人は同輩だ。シュゼットはミゼリアにしきりにサラマンダー肉をすすめる。
「ミゼリアさんも屋台巡りしませんか!? ステーキ以外にも海獣焼き串焼きもありますし、このあとはレースもありますよ」
「あ……その、あまり量は食べない、というか」
「じゃあはんぶんこしながら!」
シュゼットの胃袋は無限大らしい。セロリもミゼリアと同じく少食であるため、最終的には三人で一人前を頼み、分け合っていた。ミゼリアは無表情で淡々と海獣焼きを頬張るも、その瞳は輝いている。
「みんなで分け合うご飯……だからでしょうか。とてもおいしいですね」
セロリがしみじみと告げた言葉に、ミゼリアは目を瞬く。それは世の中の常識というほどではないが、ミゼリアが得た体験のひとつとして刻まれたのだった。
「そうですね! 恋人にするなら、一緒にご飯を食べていて幸せを共有できる人が良いですよ! シュゼットもそんな人と恋がしたいです」
そんな、なんのアドバイスなんだというものも含めて――。
屋台で買い集めた食事を抱え、ジュスト・ヴェルジーはカフェのテラス席の椅子を引く。自分が座るわけではない。ごくごく自然な動作で、ローザリカ・L・ディオールがその席についた。
「ここに来るまでたくさんの屋台を巡ったが、勉強になったな」
ローザリカが満足そうにそう言葉を紡ぐ向かいの席に、ジュストは腰掛けた。
「そうだね。庶民も楽しめる学園祭の出し物の参考になるかもしれない」
カフェの店員に、飲み物と一緒に取り分け用のプレートを頼むと、ジュストは買ったものを紙袋から取り出した。
「気になるのはやっぱり、サラマンダーのステーキかな」
非常に熱を保つため、ステーキは袋に何重にも巻かれている。それを届いたプレートの上に載せ、包みを開いた。
「美味しかったら、来月のパーティでも出せるように、仕入れ先を聞いておこうかな。流石に調理や提供方法は、王国風にしなきゃいけないだろうけど……ロゼ?」
ジュストの言葉に、ロゼはフルーツティーの入ったグラスを両手で包むようにして、そわそわと落ち着かなげに視線を彷徨わせた。ジュストはそれに気づくと首をかしげる。
「どうかした?」
「い、いや……うん。そうだな」
来月のパーティは、ローザリカの誕生日祝いと婚約発表を兼ねている。そう、特別な日なのだ。
ローザリカとジュストは、もともと婚約者殿と呼び合った仲だ。ゆえに今更ではある。しかしその関係を、今は違った気持ちで受け入れているから――そのことに、ローザリカは少々気恥ずかしさを覚えた。
「はい、どうぞ」
まるで当然のように切り分けた肉を口元に差し出されるのも。甘やかされている、そしてそのことに慣らされていると思うと、悔しい。
「仕方ないな」
ローザリカは口ではそう言いながら、それを享受する。舌の上でとろける肉の食感は最高だ。……しかし、味まではよく分からなかった。緊張のせいだろうか。
(もうひとつ、というのも……)
恥ずかしい。であればとローザリカはジュストがプレートに並べた串焼きの肉をひとつ、ふうと冷ましてから、ジュストの口元に持っていく。
「ほら、今度は君の番だ」
ジュストが目を瞬いたあとはにかむその様子に、愛おしさを感じながら。
ハルハン・ツァガーンナルとキリアン・フィッツジェラルドの二人もまた、サラマンダーステーキを堪能していた。
「んん〜、美味しいです! 頬が焼け落ちるというのも納得です」
そう表情を緩めるツァガーンナルの横で、キリアンははふはふと口の中で肉を冷ましていた。
「……ごくん。ええ、とても美味しいです。とろけるような柔らかさに、保たれた熱。これなら食事終わりには肉が冷めているということもないでしょう」
レースの優勝賞品というだけでなく、サラマンダーの肉はそこかしこで振る舞われている。時期か環境かは分からないが、このあたりではそれらを入手しやすいのだろう。
「とはいえ、魔獣は魔獣。この海獣焼きに関しても――」
キリアンは手に持った舟に並べられた丸い焼きものに串を通し、半分に割る。するとやわらかとろとろの生地に包まれた海獣の脚が出てきた。
「仕留めるだけではなく、きちんと調理ができる。腕利きの漁師や調理人の他、そういったノウハウが広く共有されているということですから。とても興味深いです。僕もいつか挑戦してみたいですね」
「海獣は海が近くないと難しそうですけど、サラマンダーの調理法は、参考になりそうですよね!」
ツァガーンナルは串焼きの肉をキリアンの舟に取り分け、キリアンの舟から海獣焼きをひとつひょいとつまむ。
二人が屋台を巡るのには理由がある。お互いの店のメニューのネタを求めてのことだ。
「うん、海獣焼きも美味しいです! お菓子以外で、こういうひとくちで食べられるものって、ちょっと珍しいですよね」
「ええ。焼くのにも専用の鉄板を使っているみたいです。でも一枚あれば、いろんな粉物を焼くことができそうです」
海獣焼きは、そとはカリカリ、中はとろりとした、海産物の出汁がきいた生地だ。シャルガネあたりでよく見られる味付けである。一方で砂糖や卵、牛乳を使うような甘いお菓子をこのように丸く作ることができれば――手軽につまめるお菓子、ということで売れるかもしれない。
「……ただ少し、食べ過ぎてしまうかもしれませんね」
キリアンは割った海獣焼きを咀嚼して飲み込むと苦笑する。それに、ツァガーンナルも頷いた。
「食べた後は動かないと! そういえば、海竜蛇レースがあるそうですけど」
「ええ、なにやら騎乗者の募集をしていましたね」
「参加してみますか?」
「うーん……」
ツァガーンナルの問いに、キリアンは少し考える素振りを見せる。
「いえ、今回は観るにとどめましょう。もう少し、この時間を楽しみたいので」
レピド・クロサイトは屋台飯の確保に余念がなかった。両手が塞がる焼きとうもろこし、かき氷を先に味わった後は、海獣焼きや串焼きといった面々を紙袋の中に重ねていく。そんなレピドの本命は当然――サラマンダーステーキである。
いわゆる珍味の類だ。頬も焼け落ちるほどの美味、見逃せないし見逃さない。レピドは【超嗅覚】でより香ばしい匂いをたどっていく。美味い飯は良い文明。
「こんなものか……?」
一通り屋台を巡り集めた食事も、紙袋に入りきらなくなってきた。レピドは歩きながら【超味覚】にて賞味し、その山を崩しつつ……ふと、歓声の聞こえる方へ顔を向けた。
「そういえば、レースがあるんだったか」
海竜蛇と呼ばれる海の魔獣を駆るレース。アクシデントがあり騎乗者が足りなかったようだが、なんと冒険者たちによって欠員が補充されたらしい。となれば、観戦もまた一興。同胞であるホムンクルスたちも参加するかもしれないし、賭けがあるなら賭けてみるもの良い。それにそろそろ、どこかに腰掛けてゆっくり屋台飯を味わいたい。
レピドの視線の先では、海竜蛇たちが運河をぐるぐるとまわり、観客の歓声に応えている。
「……海竜蛇も、食えるんだろうか」
ふとレピドが発した言葉を理解したのかは不明だが、海竜蛇はビクリと身を竦めるのだった。
ヨル・スレイマンは買い集めた屋台飯を抱え、ナハシュの姿を探していた。そろそろ海竜蛇レースがはじまるのだ。先んじて良い席を取りに行っていたナハシュと合流しようと視線を巡らせる。
「ヨル、こっちだこっち!」
まさか上から声が降ってくるとは思わず、ヨルは顔を上げる。カフェの2階のテラス席から、ナハシュがヨルを呼んでいた。
「危ないよ」
苦笑しつつ、手すりから身を乗り出すナハシュをたしなめてから、ヨルは店の階段を上がる。席につけば、なるほど、スタート地点からコースの大部分を眺望できる。
「良い席を見つけたね」
「だろ!? で、何買ってきたんだ?」
ナハシュの手元には、すでに酒が並べられている。ヨルはその横に、海獣焼き、焼きとうもろこし、そしてサイコロ上に切り分けられたサラマンダーステーキを置いた。
「サラマンダーっていう魔獣の特性なのかな、火が通りにくい、冷めにくい肉らしくて。ゆっくり焼き上げるからとろとろと溶けるような食感になるんだってさ」
「へー!」
「おっと、食べる前に。これは冷めにくいから、あとひとつ、かき氷を買ってきてくれないかな」
「お! わかった」
ナイフで削り出した氷の山に甘いフルーツシロップをかけた氷菓だ。それも揃うと、ナハシュとヨルはグラスに注いだ酒で乾杯する。
「ステーキも食う、レースも観る! それに酒! 最高だな!」
ナハシュは上機嫌だ。かき氷を崩しつつ、二人はサラマンダーステーキを味わう。舌の上でとろける肉と中から溢れる肉汁は、なるほど、これの塊肉が優勝賞品となるのも頷ける。
「魚っぽいと思ったけど、ちゃんと肉の味だ。美味しい」
「ああ、名物にするだけあるなー。後でもっかい買いに行こうぜ。お、こっちの海獣焼きも美味い。エールがすすむな!」
出汁のきいた生地は、いかにも海辺の食事といったところか。
「初めて食べるものばかりだな」
そう感慨深く呟くヨルに、ナハシュはいつもと違う雰囲気を感じ取って首を傾げる。
「君と食べたかったんだよ。食べたことのないもの。……俺たちが『はじめて』を共有できるものはそう多くないだろ?」
「ん? そうか?」
あっけらかんとしたナハシュの返事に、ヨルは笑う。そして、話題を変えた。
「ゴールディも、何か美味いもの売り出したら観光業で潤うんじゃないかい?」
「どうかな、ウチでやるならビッグオウムレースか――」
言い終わらないうちに、わぁっと一帯から歓声が上がった。サウンドボマーで拡大された声が、海竜蛇レースの始まりをつげる。
「ようやくだな」
ナハシュが目を輝かせ、ヨルもまた眼下の広場を見下ろす――。
● 海竜蛇レース、スタート!
海へと続く運河前の広場は、半円状のターミナルとなっている。沿岸警備隊の隊長ベルンが、海竜蛇ヌンジェ、ソーン、サームの三頭を御し、スタート地点に整列させた。
「急な呼びかけに集まってくれて感謝します、冒険者。レースの開催が決定した時点で、政治的な問題は既に解決されています。ですからどうぞ、気負う事なくレースを楽しんでください」
誰が勝っても恨みっこなし。その勝負に多くの冒険者たちが騎乗者として名乗りを上げたため、レースはコースを5回ほど周回することとなった。冒険者たちにとっては、騎手交代時のロスタイムをいかに縮められるかが勝利の鍵となるだろう。
臆病な雌海竜蛇ソーンには、サイラス、ルルト・アーキス、ストレガ・L・リベルガストラ、トーラ、ルイド、エレウォーンが。やんちゃな雄海竜蛇サームには、シルク・メイプルリーフ、ベルク・オスマット、ハリーヌ・ヨツユビ、セラフィナ・M・ベイリー、パルド、ウォーゼル、フレイヤ・サンライズが騎手として振り分けられた。
「せっかくだから何か賭けようぜ」
その面々を確認しつつ、ナハシュはチップを積んでいく。少し離れたところで観戦しているセロリ、ミゼリア、シュゼットの3人組も、海獣焼き最後のひとつを賭けて対戦カードを選ぶ。
「お肉、お肉をもらえると聞いて!」
「この間ビヒモーのレースには出たが、海上で魔獣に乗っては初めてだな」
今から優勝賞品に思いを馳せるシルクの横で、ベルクはフレイヤを振り返る。
「頼むからはしゃぎすぎて落ちないでくれよ? ……何をしている?」
「え? かっこいいグラサンつけてあげようと思って!」
フレイヤが露店で買ったいかしたサングラスを身につけたサームは、嬉しそうにひと鳴きした。
「攻撃とか、危ないのは勿論しないよ、しないしない。うん♪」
「そうだな。この閃光塗弾は没収だ」
「あー!」
ベルクによって取り上げられたものを見て、サイラスは無言で閃光塗弾を鞄の奥底にしまう。
「僕はルルトだよ、ソーン。よろしくね」
「だいじょうぶ! 怖くないよー?」
不穏な空気に若干震えているソーンに、ルルトとトーラは笑顔で挨拶した。その横で、冒険者たちはチームごとに乗る順番を決め、コースの最終確認を行う。一番手がソーンとサームにまたがり準備が整ったところで、海竜蛇が描かれた隊旗を掲げた司会者が登壇した。
「それでは――」
号令と共に隊旗が翻る。一番に躍り出たのは、いかしたグラサンによってテンションの上がったサームとシルクのコンビだ。騎乗者であるシルクがサームから振り落とされなかったのは、その類い稀なる操縦技術ゆえである。
「うーんこのやんちゃっぷり! いいですね!」
その勢いのまま運河の壁にぶつかりそうなサームの手綱を引いて、シルクは方向を調整してやる。その後ろをやや遅れてついていくのは、ソーンとサイラス、そしてヌンジェとベルンのコンビだ。ベルンたちはどうやら運河を出るまでは二騎に追従するつもりのようだ。
(様子見ってとこか)
サイラスは冷静に状況を分析しつつ、緊張気味のソーンのため、首の後ろを軽く叩いてやった。衝撃で古い鱗が落ちたりせんかな――などとは思っていない。速力のあるソーンが輝くのは直線。運河を出てから障害物コースまでの間で差をつける。
「今だ!」
三騎が運河を飛び出して海へ。その瞬間、サイラスは身を屈めてソーンにぴったりとくっつくようにし、空気抵抗を抑える。ソーンは嘶くと急加速し、前を行くサームをぐんと追い抜いた。この速度に耐えるサイラスの騎乗技術はシルクと同格。そのことをシルクはすぐに悟った。
「わっ!? はやいですね……! ですが負けませんよ!」
シルクは弾ける水飛沫を拭うのもそこそこに、ちらりと追い上げてきたベルンとヌンジェを見やった。この中では最も場数を踏んでいると思われる魔獣使いらしく、その表情に焦りは見られない。彼もまた凡庸な騎手ではないがゆえ――三騎は障害物エリアへと突入する。
(ソーンはここが苦手そうだ)
サイラスはざっとコース全体を見渡す。これらをいちいち真面目に避けていたら、差をつけられてしまうだろう。であれば――サイラスは一計を案じた。加速しやすい環境を作ってやればいい。
「あっ!?」
岩場を迂回したシルクが声を上げた。その視線の先では、ソーンが空中で優美な弧を描き障害物を飛び越えていた。
普段は水の中に体が沈んでいるため、その体躯の全容をつぶさに見る機会は少ない。長く、絹のようにひらめく鰭と、日差しを浴びて輝く鱗。その美しさに一瞬会場が静まり返り、着水と共に歓声が上がった。
「うおお、今の見たか!? なあ!?」
「う、うん見たたたた」
観戦中のナハシュは興奮気味にヨルを揺さぶる。ミゼリアも一枚の絵のような瞬間を目にして感動したのか、目を輝かせている。
「とってもきれい……あ、帰ってきました」
ミゼリアがぱっと指し示した先で、サイラスとシルクが素早く次の騎手と交代する。
「ワタクシ、お前を一番にしてやるでございます!」
ハリーヌはそう言って、意気揚々とサームにまたがる。その横でトーラがサイラスからソーンを引き継ぎ、ベルンと同時に2周目に入った。
ハリーヌがやや遅れたのは、ハリーヌの技術が不足しているわけではない。
「大丈夫ですよ、ソーン! 行きましょう!」
臆病なソーンに対し、トーラは【動物交感】によって距離を埋める努力をした。騎獣との一体感はその操縦に少なからず影響を与える。
ハリーヌはその差を、【バランス感覚】によって埋めようと試みた。
「ワタクシはお前の邪魔をしません。好きに泳ぐでございままばばば」
ざば、とハリーヌは正面から海水を被った。……まあ、サームの性格からして、【動物交感】をもってしてもどこまで意気投合できるかは――ということを考えれば、振り落とされない技術の方が確かに大事かもしれない……。
「む!」
直線を抜けた先――ハリーヌは目を光らせた。ここから先は障害物エリア。サームの得意とするエリアだ。しかしお互い怪我は最大のロス、そしてリスクでもある。ハリーヌは振り落とされないようしっかりサームの背中にしがみつきつつ、岩にサームがぶつからないよう手綱を引く。
「そうです! サーム! この調子で飛ばすでございますよ!」
ぎゅんぎゅんと軌跡が弧を描くたびに加速していくサーム。それに、トーラとソーンは必死で食らいつく。
「ベルンさんに教えてもらったとおりに――」
トーラは操り方のコツを事前に調べていた。いつか自分のビッグオウムを手に入れ、色々な場所を飛んでみたいと思って練習していた騎乗の技術、知識。そこから導き出される一つの策。
「消えたでございます!?」
ベルン&ヌンジェと先頭を争っていたハリーヌは、後方のソーンの姿が消えたことに気づいた。ベルンも目を瞬く。だがすぐに何かに気づき、ヌンジェを内周へと寄せた。
二騎の先方で波が割れる。波間から、トーラと共に海中を猛スピードで泳ぎ抜けたソーンが顔を出した。
「ぷはっ! ……よし、狙い通りですっ!」
授恵者は海中でそれなりに長く息を止めていられる。それを使い、ソーンの能力を最も発揮できる海中で加速したのだ。
「……さすが冒険者、侮れないな!」
ソーンの強みを一番理解しているベルンは、その卓越した騎乗技術で速度を落とさずにターミナルへと侵入した。内周ぎりぎりから外周へ大きく旋回しながら3周目へ。続くサームにはセラフィナが、先んじて出発したソーンにはストレガとエレウォーンが騎乗している。
「潮の流れからして……」
エレウォーンはストレガの後ろに座り、天眼にて海潮の様子を把握する。わかりやすく波が砕けているところ、渦を巻いているところを
「あとは……このコースは何度も泳いでいるだろうからな。任せるのだ」
とはいえそれも最低限。【動物交感】により避けるだけでも違うだろう。ストレガはエレウォーンの情報をもとにソーンに方向を示す。ストレガの心を汲んだソーンは直線で更に加速する――が。
「フフッ……」
セラフィナの妖しげな微笑み。両脚でしっかりサームにまたがったセラフィナは、先ほど威嚇目的での【メテオライト】の使用を止められたため、次なる策を講じていた。
「コースに障害物を置くだけならば、どうですか!」
ソーンが泳ぐ先へ、セラフィナは【アイアンウォール】を設置する。得意な直線エリアでスピードを上げていたソーンは、セラフィナの動きに気づいたエレウォーンの警告によってすんでのところで【アイアンウォール】を避けたものの、大きく迂回することになってしまった。その横をセラフィナとサームが追い越していく。
「騎乗技術で劣るとしても工夫でなんとか――わぷっ!?」
勝ち誇るセラフィナの顔面を、水飛沫が直撃する。ぷるぷると顔を振って何が起きたか確認すれば、どうやら同様にソーンを追い抜いたヌンジェが鰭で水面を叩いたらしい。
「騎獣、騎乗者への攻撃は無しでは!?」
「今のは攻撃じゃない、言うなれば余波だ。会場レースなんだから、濡れて当たり前だろ」
セラフィナの抗議にベルンは素知らぬ顔で答える。その間にもばっしばっしとヌンジェの鰭が水面を叩いている。
「なんて屁理屈! サーム、お返しですよお返し!」
二人と二頭が喚きつつ水を掛け合っている間、エレウォーンは冷静に障害物エリアでの最短コースを導出していた。
「このルートなら追いつけるはず!」
「わかったのだ! ソーン!」
ソーンの嘶きに気づいた二騎――行動はやはりベルンが若干早い――は、じわじわと追い上げてくるソーンからできる限り逃げるものの、4周目にて横並びとなる。
「よし、頼んだのだ」
「まかせて!」
ストレガとエレウォーンからソーンを引き継いだルルトは、ばらりと【母蜘蛛のロープ】を取り出し、素早くソーンと自分の体を固定する。パルドとウォーゼルも同様のアイテムを用いた。
「「よろしくな、サーム」」
パルドとウォーゼルは息を合わせ、サームを駆る。
(勝って、家のチビ達や孤児院のみんなへのお土産にするんだ!)
(きっとみんな喜ぶだろうな……だから、優勝するぞ!)
意気込みがサームにも伝わったのだろうか。あるいはレースも佳境ということを理解しているからか。サームはやる気を見せる。だが、ソーンのほうは疲労の色がじわりと滲んできた。
「たしか、持久力はサームのほうがあるのだったか……」
すでに騎手を乗せてその姿が遠くなった三騎を見送りながら、ストレガは水飛沫で濡れた体を拭く。
「それにしても、何やら不穏な意志を感じるのだ」
ストレガが視線を向けた先、関係者席に座っている議員と思しきもの達の渋面を見て、ストレガはやれやれと肩を竦めた。
「一応調べとく?」
サイラスもまたそれに気づいた。今回はレースも無事開催に至ったが、後顧の憂いを断つという言葉もある。
「話はしてもいいかもしれんな」
ストレガが頷いた、その頃――。
「わあ、すごい、すごーいっ! とってもはやい!」
ソーンの背にあるルルトは上機嫌だ。【バランス感覚】と【騎乗】スキルを使ってソーンの速度に負けず、毎度先んじて的確な指示を出す。
(でも、ソーン、疲れてる。無理はさせられないよね……)
ここでルルトは【薄煙炸弾】を使おうか悩んだ。ベルンが使用を止めたスキル群の特徴を見るに、おそらく海竜蛇たちを音や光で驚かせるものが却下されていたようである。
「えいっ!」
ルルトは悩んだ末、【薄煙炸弾】を後方中空に放った。そしてそのまま、障害物エリアに突入する。障害物エリアはサームの得意とするところだ。ここで差を広げておき――先行するベルンとヌンジェを追い越したい。
「わぷっ」
パルドたちは薄煙の中に突っ込み、制動を余儀なくされた。
「でもね、こんなところで負けてられない――!」
パルドは不敵に笑うと、進路上の障害物を【探波】によって把握する。ウォーゼルがルルトによる妨害を警戒し、【戦術眼】にて何通りもの対策を用意していたこともあり、サームはすぐにスピードを上げる。
「サーム!」
ウォーゼルの一声に応え、パルド達は海中へと潜った。こうなれば煙の影響はないも同然だ。
「わあ……!」
これにはルルトも戦術的敗北を認めざるを得ない。が、不思議と悔しくはなかった。
障害物エリアを抜けたところで、パルドたちはルルトの前方に顔を出す。最終回の着順はヌンジェ、サーム、ソーンの順だ。
「楽しもうぜ、ソーン」
申し訳なさそうにしているソーンを、ルイドは励ます。海竜蛇たちが負けず嫌いなのは理解しているが、慣れない騎手を乗せてのレースは負担も大きいと考えてのことだ。細かい指示や命令は出さないと決めていた。
「振り落とされねえようにしとくから、好きに泳げ」
触れた手のひらから伝わる思いに、ソーンは鳴いて水中へと潜った。ルイドは息を止め、ソーンに寄り添う。
一方サームに乗ったベルクとフレイヤはというと――。
「いっけー! ざばーっ! 飛ばせー!」
「フレイヤ! 耳元で叫ぶのだけは! それにしっかり掴まれ!」
波飛沫の冷たさを楽しんでいたベルクもびくりと耳を震わせる。フレイヤはごめんごめんと言いつつベルクにしっかりと掴まった。
「やっぱり隊長ってだけあって速いな〜」
「追いつけないこともなさそうだが……」
前を行くベルンとヌンジェは障害物エリアを抜けた先でラストスパートをかけるつもりだ。その時がおそらく、狙い目である。
「勝ちに行くぞ、フレイヤ!」
「もちろん!」
ベルクはサームの性格を把握し、荒々しい泳ぎのままベルン達に食らいつく。多少危険な順路を取ろうとも、サームの判断であれば好きにさせた。急な制動や加速でずぶ濡れになったフレイヤは機会を窺い、
「いまだっ!」
障害物エリアを抜けヌンジェと横並びになった瞬間、【無敵の金剛撥水ボディ】を使い、ベルンに水飛沫を浴びせた。
「!?」
先ほどセラフィナと水を掛け合っていたベルンだが、ほぼ予備動作のないスキルの発動は予測できなかったらしい。一瞬怯んだその隙に、サームが前へ躍り出る。
「あははは! 楽しいね、ベルク!」
「勝てると楽しいものだが――くるぞ!」
ベルクが警告を発し、内周へと避ける。その瞬間、海中からソーンとルイドが波間を割って現れた。
「おおっ!?」
「楽しむのはもちろんだが、ソーンはその上で勝ちたいみたいなんでな」
ルイドは不敵に笑う。通じ合った思いがひとつとなり、ソーンは加速した。
「……してやられた。名誉挽回だ、ヌンジェ」
ヌンジェもここに来て遅れを取り戻すべく再加速。ベルンでなければ振り落とされているであろう無茶な泳法で、サーム、ソーン、ヌンジェの順でラストスパートとなった。
「みんな、がんばれー! もうすぐゴールだよ!」
ルルトが歓声に負けずに声を張り上げ、ゴール付近で隊旗を振っている。それ目がけて、三騎は飛び込んでいった――。
● 勝利は我が手に
「優勝は、サームと冒険者達だー!」
司会者が興奮気味に【サウンドボマー】でそう宣言すると、わあっと割れんばかりの拍手が巻き起こった。紙吹雪が巻かれ、サームは上機嫌のあまり水鉄砲を騎手たちに吐いている。
「素晴らしいレースだった! 海竜蛇たちも楽しんでくれたようで……皆さんのお気遣いのおかげです」
惜しくも最終着となったベルンであったが、興奮と喜色を隠さず、ずぶ濡れの冒険者達を讃える。スタッフが急いでタオルを持ち寄ったものの、昂った観客たちが酒瓶を開けて騎手たちにかけ、タオルごと再びずぶ濡れとなった。
「すごいすごい!」
シュゼットもてんやわんやの人混みをかき分け、冒険者達に駆け寄る。
「あっ、ルイドさん! かっこよかったですよ!」
「よぉ、居酒屋ぶりだな。あれからもてたか? こっちは相変わらずだわ」
「ふっふーん、私は今日、セロリさんとミゼリアさんとデートしましたよっ」
「食い歩いてただけだろ」
そんなやりとりのなか、ハリーヌはサームとサラマンダーステーキを分け合っていた。
「一番になれてよかったのでございます! ワタクシにはわかっていましたがね」
「うおーうまそう。優勝賞品は山分けとして、俺たちも食べたいな」
パルドがウォーゼルを振り返ると、ウォーゼルは楽しそうに笑った。
「いいね、そうしよう! 屋台であつあつのステーキでも買おう」
二人は対抗馬であったルルトを労いつつ、屋台へ誘う。
レースは大成功に終わり――対照的に悔しそうな議員達ではあったが、ベルンが最終着だったことで溜飲を下すことにしたらしい。
その日は夜遅くまでお祭り騒ぎとなり、過去に例を見ない盛り上がりとなったという……。
マスターコメント
お疲れ様でした! ご参加ありがとうございました。
優勝賞品のお肉はサームチームが手に入れました! おめでとうございます。
レースに参加されました冒険者さんには、称号も進呈。
楽しんでいただけたら幸いです。
それではまた、お会いしましょう~
イベントシナリオ普通 報酬:多い22 / 4〜25人
2022年09月22日 01時59分45秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
No.1
シスターシルクです。 せっかくの機会これは乗らねば損というもの
セラフィナ・M・ベイリーです。よろしくお願いします。 せっかくなので【1】のレースで頑張ってみようかと思います。 「海竜蛇、騎乗者への攻撃」じゃなければいいのですよね。楽しみです。
トーラです。 よろしくお願いします! わたしもレースに出てみたいと思っています。 その場合はソーンちゃんかな?
もぐもぐもぐ… はっ!皆さんお集まりいただきありがとうございます!ぶりとろも泣いて喜んでいます! 何かご不明な点がございましたら、遠慮なくお尋ねくださいね〜
レピド・クロサイトだ、よろしく頼む。 レースは観戦だけの予定だ。この屋台全部回り切れるだろうか……?
ワタクシはハリーヌ。しがないヨツユビハリネズミでございます。 皆様、今回はよろしくお願いするでございますよ! ワタクシ、せっかくでございますからレースに出てみたいでございますね。 サームの方に乗ってみようと思うでございます。
ルイド。よろしく頼むわ。 レースにゃ俺も参加してみようかと。 速ぇの乗ってみたいんでソーンの方にすっかな。