冒険者の日常 〜星逢祭〜
炙りとろ左門
コメント 1
シナリオID:2301
オープニング
「あっ!」
ぱちゃん。丸枠に張られた薄い紙が破れ、金魚が逃げる。冒険者ギルドの新人受付嬢、シュゼットは連戦連敗、小さくため息をついた。
「難しいです……」
「ははは。いやあでも、ここまで不器用な子ははじめてだ」
金魚掬い屋の爺は慣れた手つきで金魚を掬うと、小さな金桶に入れてシュゼットに持たせた。
「店で一番の別嬪さんをあげよう。ほれ」
「いいんですか!?」
「そのかわり大事に育ててやってくれ」
シュゼットは何度も頷きながら金桶を受け取る。桶の中で泳ぐ金魚は、波打つ白い鰭がまるでドレスのようだ。似合う金魚鉢を買ってあげなくては。
「ありがとうございます!」
シュゼットは一転、上機嫌で立ち上がる。
手首には水鞠。頭にはうさぎのお面。紫陽花柄の浴衣に下駄を鳴らす。行き交う人々の間を縫っては漂う、香ばしい軽食の匂い。夕暮れの通りを渡る風が、ちりちりんとどこかの軒先の風鈴を踊らせた。
今夜は一年に一度の星逢祭。流れ星に願いをかければ叶う――そんな言い伝えがあるお祭りだ。
もし流れ星と出会えたら、何か願ってみてもいいかもしれない。
ぱちゃん。丸枠に張られた薄い紙が破れ、金魚が逃げる。冒険者ギルドの新人受付嬢、シュゼットは連戦連敗、小さくため息をついた。
「難しいです……」
「ははは。いやあでも、ここまで不器用な子ははじめてだ」
金魚掬い屋の爺は慣れた手つきで金魚を掬うと、小さな金桶に入れてシュゼットに持たせた。
「店で一番の別嬪さんをあげよう。ほれ」
「いいんですか!?」
「そのかわり大事に育ててやってくれ」
シュゼットは何度も頷きながら金桶を受け取る。桶の中で泳ぐ金魚は、波打つ白い鰭がまるでドレスのようだ。似合う金魚鉢を買ってあげなくては。
「ありがとうございます!」
シュゼットは一転、上機嫌で立ち上がる。
手首には水鞠。頭にはうさぎのお面。紫陽花柄の浴衣に下駄を鳴らす。行き交う人々の間を縫っては漂う、香ばしい軽食の匂い。夕暮れの通りを渡る風が、ちりちりんとどこかの軒先の風鈴を踊らせた。
今夜は一年に一度の星逢祭。流れ星に願いをかければ叶う――そんな言い伝えがあるお祭りだ。
もし流れ星と出会えたら、何か願ってみてもいいかもしれない。
解説
皆さんはシャルガネ近郊の街で催されている『星逢祭』(せいおうさい)に参加しています。
旅の途中かもしれませんし、依頼帰りかもしれません。
浴衣や羽織、下駄の貸し付けがあり、お祭りを楽しむことができます。
目的:星逢祭を楽しむ
■できること
【1】星屑回廊をめぐる
街のメインストリートです。じゃがばたー、かき氷、たこやき、ちょこばなな、やきそば……シャルガネ料理の屋台が所狭しと並んでおり、中には射的や金魚掬い、くじ引きや型抜きなどのレジャー屋台もあります。
【2】月影通りを巡る
浴衣や羽織、下駄などを貸してくれるお店や、金魚鉢や風鈴を扱っているお店、茶店などが立ち並んでいます。祭りの喧騒からは少し遠く、一息つくことができます。
【3】笹がけ広場で星に願いを託す
願い事を書いて笹に吊るすと流れ星が叶えてくれるという逸話があり、広場の中心に笹と色とりどりの紙が用意されています。
【4】水瓶坂で待ちぼうけ
星が瞬く夜、逢いたいと願った人に逢えるという噂があります。噂は噂でしかないという者、本当に想い人と行きあえたという者がおり、真相は不明です。
■特記
プレイングで指定しなければ、モブ含むNPCの描写は最低限か、登場しません。
字数の都合でNPCとのやりとりがカットされる場合もございます。ご了承ください。
マスターページは参照しなくても判定に影響はありませんが、上記の他、描写やマスタリングに関する項目があります。
マスターより
夏祭りの時期じゃん……というわけで、気分的には少し早いのですが、七夕っぽい夏祭りをお届けします。夏至も過ぎ、冒険者さんたちはどのように一日を過ごしていらっしゃるのでしょうか? ぶりとろは連日暑さで溶けています。かき氷やアイスが手放せない。
本シナリオにはNPC「シュゼット」が関連づけられており、挨拶をしたり、必要に応じて応答します。質問の際はコメント冒頭に【Q】をつけてください。
※NPCによる質疑応答については、OPや解説において判断に迷う表現があった場合のみで、基本的にはOPや解説に書かれていることが全てとなります。
それでは皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
リプレイ
高台から星逢祭の様子を見下ろしたアステルは、感嘆のため息を漏らした。灯された小さな光が集まる様は、まるで星空を映したようだ。
兄にもこの美しい景色を伝えたい。しかしアステルはもう少しだけ、と、その場に留まるのだった。
● 祭囃子に誘われて
月影通りで浴衣を調達した一行は、一年ぶりの金魚掬いに挑んでいた。
世話が難しいために金魚掬いは観戦のみとしたサイラスが見守る中、ギーゼラが一番に張り切っている。
「フフフフフ……今年の僕は、一匹も金魚をすくえなかった去年とは違います!」
水色の下地に鮮やかな赤い金魚が泳ぐ浴衣、それにも気合いの入れようが表れているというものだ。ギーゼラはポイを小さく素振りする。
「僕の溢れ出るヒーラー力を持ってすれば、救われたい金魚達がこぞって僕のポイに飛び込んでくるはずです!」
そう、主の御前に我が身を差し出すように。ギーゼラは「いざ!」と生簀の中を泳ぐ金魚たちに狙いを定める、が……。
「あー!」
暴れる金魚に耐えられず、ポイに張られた障子紙はあっという間に溶け破れてしまう。
「……ふぅ、金魚が僕を愛しすぎて困ってしまいますね」
まだ焦る時ではない。救われたそうな金魚に狙いを定め、優しくその体を包み込むように――。
「あー!」
連戦連敗である。様子を見ていたシルヴィアもまた、挑戦する。
「せっかくのお祭りだからね、楽しもう」
指通りの滑らかな銀髪を簪で留め、水仙柄の浴衣を着込んだシルヴィア・A・カペルは、どこぞの高貴なご令嬢といった雰囲気だ。
見よう見まねでポイを水に沈め、動きのおとなしそうな金魚を見定める。やがてターゲットに向かってポイを動かした――が、長く浸からせていたのがよくなかったのか、巻いた水流でポイは破れてしまった。
「おや……やっぱり難しいね。これは挑戦しがいがある」
「どれどれ」
ギーゼラの隣に海神・江流が座り込む。こちらも金魚柄の青地の浴衣だ。頭上の揺満月がゆらゆらと揺れ、ころころと鳴いた。
「揺満月も興味があるみたいだ。ルベアさん、ギーゼラちゃんの家の金魚に家族を増やしてあげたいんだけど、手伝ってくれる?」
江流が後ろで成り行きを見守っていたルベア・ベルニに声をかける。ルベアが小さく頷けば、簪についた鈴がちりんと涼やかな音を立てた。
「私も感覚でやってるんだけど……それでもよければ」
ルベアは去年も手際よく金魚を掬っていた。とはいえ一年ぶり、コツを思い出すには何回か試行が必要そうだ。
行儀よく朝顔柄の浴衣の裾を折って座り込み、何回かポイを捨てた後、器用にまだら模様の金魚と尾鰭の長い赤い金魚を同時に掬い上げる。
「おお、さすが」
拍手する江流の器にも、黒の出目金が1匹。ルベアは慌てて、照れたように目を伏せた。
「水流に逆らわないように、浅く掬うのがいいみたい」
早口に攻略法を口にすると、ギーゼラとシルヴィアの目が輝く。
「それはいいことを聞いた。さあ、ギーゼラ」
「はい! がんばりましょう」
結果、ギーゼラの手元には、まだら模様の金魚、尾鰭の長い赤い金魚、黒の出目金、そしてシルヴィアとギーゼラが力を合わせて掬い上げた赤い幼金魚が集まった。
「きれいです……! もらってしまっていいんですか?」
瓶の中で泳ぐ金魚たちに、ギーゼラは目を輝かせた。一気に家族が増えて、家のあの子も喜ぶだろう、もう少し大きい鉢を買わなければ、とギーゼラの頭にはさまざまな考えが過ぎる。その嬉しそうな表情に、シルヴィアもつられて微笑んだ。
「君なら大事にしてくれるからね」
白熱した金魚掬いを終え、待っていたサイラスがうんと伸びをした。
「そろそろ腹減ってこん?」
「そうだね。サイラスは何を食べたい?」
シルヴィアはサイラスに尋ねながら、立ち並ぶ屋台を見回す。いずれもシャルガネらしいメニューが豊富で、目移りしてしまう。
「甘いの」
サイラスは至極簡潔に答えた。すでにその手には、いつの間にか買ってきたらしい鈴カステラの袋があるのだが……。
「甘いのといえば、かき氷とか? 練乳とかかけられるし」
江流がかき氷の屋台を指差す。練乳という言葉にサイラスが反応した。ぞろぞろと連れ立ってメニューを眺める。
「今日の勝利を祝って、僕はいちご練乳にします!」
「俺も練乳をかける」
「いちごか……じゃあ私もそれにしようかな」
ギーゼラとサイラス、そしてシルヴィアがいちご。江流はスイを頼む。
「ルベアさんは?」
「私? 私は……レモンにしようかなって」
レモンといえば同室の彼女だが、今はここにはいない。想い人と依頼に出かけたようだが、さてどうなったのか――そんな彼女のことを考えつつ、酸味の中にほのかな甘味がただようそれをひとくち、目を細めた。
「涼やかでいいね。普段と違う装いというのもあるかもしれないけど、楽しいな。皆も、よく似合っている」
シルヴィアはかき氷片手に、友人たちと並んで歩く穏やかな夜を噛み締めていた。
「江流は流石シャルガネの人だ、とても馴染んでいる。ルベアもフードがないせいかな、表情がよく見えて……とても可愛らしい」
「あ、ありが、とう。シルヴィアさんも、綺麗」
ルベアは続けてギーゼラの姿を探し、近くに姿がないことに気がつく。すわ迷子かと慌てて辺りを見回すと、少し離れたところでギーゼラが大きく手を振っていた。
「みなさーん、『かたぬき』やりましょう!」
迷子ではないことにほっとしつつ、一同はギーゼラのいるほうへ歩いていく。その後を少し遅れて追いながら、江流は首にかけたペンダントに、浴衣の上から軽く触れた。
いつか彼女ともこういう時間を過ごせるだろうか、と。そんな江流の物思いを察したらしい揺満月がころころと鳴く。
「ああ、分かってるよ」
そのために、できることはなんでもしたい。江流は想いを秘めながら、歩き出すのだった。
ティトとセロンガード・シュタインドルフの両名は、依頼の帰りに星逢祭に出会した。帰りの馬車が朝までないこともあり、せっかくの機会を逃すまいと、その足で祭の輪に加わる。
「すごい、おいしそうなお料理がいっぱいだよ、セロン」
立ち並ぶ屋台の品々を指差しながら、ティトはセロンガードの袖をくいと引いた。
「いっしょに食べよう?」
「ええ。でも、依頼の報酬を使い切っては駄目ですよ」
「そこまで食べないよー」
とはいうものの、すでにティトは屋台飯を前にきょろきょろと目移りしている。
「それに、お財布はセロンが持ってるし」
「そうなのですが……」
セロンガードは苦笑しながらついていく。人混みに流されないよう、二人はしっかりと手を繋いだ。
(甘えられると、つい言うことを聞きたくなってしまうので)
まるで父娘のようだと言われても満更でもないと思ってしまうあたり、すっかり調教済みと言えた。
「じゃがばたー、かきごおり、たこやき、ちょこばなな、やきそば……」
全部食べたい、と目を輝かせるティトは、ふとひとつの屋台の前で足を止めた。
「どうしました?」
「りんごあめ、だって」
ティとは提灯の灯りを受けて赤く輝くそれをひとつ取る。セロンガードが店主に支払いを済ませている間に、ひとくちぱくり。ざり、と砕ける飴と熟れたりんごの甘さが口の中に広がる。
「おいしいですか、ティト――」
「うん!」
振り返ったセロンガードの口元へ、ティトは無邪気にりんご飴を差し出す。セロンガードは目を瞬いた後、穏やかに微笑んで反対側をかじった。
その後も、焼きとうもろこし、いかめし、らくがきえび煎餅などを堪能したティトは、やがてはしゃぎ疲れてうとうとと船を漕ぎ始める。
「ティト、宿に行きますか?」
「うん……」
ティトの膝が折れる前に、セロンガードはさっと抱き上げる。
「あのね、セロン……楽しかった?」
「ティトと一緒なら、どこでも、なんでも楽しいですよ」
夢現に尋ねるティトへ、セロンガードは優しく言葉を返す。ティトは「よかった」と小さくつぶやくと、ゆっくりと目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。
「良い夢を、ティト」
セロンガードはその額へ軽く口づけを落とす。頭上の星々に見守られながら――。
だわは縦縞黒地の浴衣にゆったりと袖を通し、からころと下駄を鳴らして歩く。その隣を、半歩遅れてドワーフの少女サラが進む。
「……なかなかの人出だな」
「にぎやか、だね。人が、いっぱい……あかり、きらきらしてる」
メインストリートは、少し左右にふれれば肩が触れ合うであろう人出だ。はぐれないようにしなければと、だわはサラに手を差し出す。
「行こうか」
「……うん!」
差し出された手を、サラは嬉しそうにはにかんで握り返した。ゆるく編み込んだ三つ編みが揺れる。
縞模様の淡い色地に赤梅を散りばめた浴衣を、赤い金魚帯でしめる。シャルガネの不思議な靴も含めて、サラはこの異郷の装いを気に入ったようで、いつもと違う祭の雰囲気もあいまって軽い冒険気分であった。
「あっ……だわおにいちゃん、これは、なに?」
その足が一軒の屋台の前で止まる。売られているのは、淡く色づいた、色とりどりの雲のような菓子だ。
「綿菓子、だな」
「わたがし……ふわふわ……わたぐも、みたい」
だわの言葉に、サラは目を輝かせる。どの色がいいかしばらく悩み、新定番と銘打たれた二色綿菓子を買った。
「いただき、ます」
ひとくち口に含むと、さっと溶け消え淡い甘さを残すばかりのそれに、サラは目を丸くした。
「わぁ……! おいしい……」
魔法が解けてしまったような寂しさと共に、しかし確かな甘味がサラを虜にする。ふたくち、みくちと続け、サラはやや興奮気味にだわを見上げた。
「ね、だわおにいちゃんも、ひとくち、食べて、みない?」
たこ焼きや焼きとうもろこしなどを買うつもりでサラを見守っていただわは、その申し出にやや虚をつかれたようだ。
「サラが全部食べていいんだぞ」
なにやら父親のような台詞が出てしまった。が、サラはぶんぶんと首を横に振る。だわはサラが楽しい気持ちを共有したいのだと気づくと、少し身をかがめて、差し出された綿菓子をひとくち食んだ。
「……ん、美味いな」
「うん。あっ、それに、ね」
サラは半分まで減った綿菓子を掲げて、目を細める。
「だわおにいちゃんの色、だね」
淡い水色の黄色に着色された二色綿菓子だ。気づいていればもう少しゆっくり食べたかもしれない、とサラはやや残念に思う。
「だわおにいちゃんは、なんの、ご飯を、買う、の?」
はにかむサラから目を逸らし、だが、だわはサラの手をやわく握り返す。迷った末に空いた片手で取ったのは、緑の綿菓子。
「屋台は綿菓子以外にもある。じゃがいもにバターをかけたものだとか、とうもろこしを焼いたものだとか、氷を削ってシロップをかけたものだとか。向こうだ」
普段寡黙と言い切れるほど言葉数の少ないだわが、珍しくも早口に捲し立てる。それをサラは目を瞬いて見つめ、笑みをこぼすのだった。
ヴァンゲルス・ロッドは水瓶坂の前で足を止めた。
逢いたい者に逢える坂――そうまことしやかに囁かれているが、おそらくは偶然の産物だろう。ヴァンゲルスの頭に浮かぶキサナの少女は、籠の鳥。こんな場所で逢えるはずもない。
「ま、夢のある話ではあるがな」
やはりこのような場所で待ちぼうけるのは気恥ずかしいといった様子の若人たちが、やや離れたところでそわそわと佇んでいるのがなんともいじらしい。それを横目に、ヴァンゲルスは星屑回廊へと足を運んだ。
祭の屋台飯はやたら美味しく感じられるというもので、ヴァンゲルスはたこ焼きや焼きとうもろこしを堪能しつつ、かたぬき屋の盛り上がりに視線をひかれた。どうやら冒険者の団体がかたぬきに挑戦しているらしい。
「お、懐かしいな……俺も混ぜてくれよ」
「新たな挑戦者ですか!? 負けませんよお!」
そういう冒険者の手元の型は見るも無惨な有様だが。ヴァンゲルスは苦笑して、蝶の型をもらう。
「なかなかいきなり歯応えがあるのがきたな……だが見てろ。こういう細けぇ仕事は得意なんだ」
手細工に多少の習いがあるヴァンゲルスは、器用に作品を仕上げていく。もしここに彼女がいたら、きっと「私もやるわ」と意気込んで勝負を仕掛けてきそうなものだが――。
結果、手にした景品は、蜻蛉玉で作られた腕飾り。土産に持ち帰るのも、いいかもしれない。
● 月下に寄り添う
浴衣を着込んだラーナフは、店主に追加でリボンはないかと尋ねる。
「おや、贈り物ですか?」
「いや、この子にね」
そういって、ラーナフは腕の中の子うさぎ、モネを抱え直して見せた。
「これはこれは……愛らしいお連れ様ですね。では、こちらをどうぞ」
老爺ははにかみ目を細めると、モネの首に摘み細工の花かざりがついた結紐をむすんだ。
「うん。とても似合っているよ、モネ。俺はどうかな?」
モネはラーナフを見上げると、ぱちぱちと瞬きをしたあと頭を擦り付けた。ご機嫌らしい。
ふたりは店主に見送られて月影通りを巡る。星屑回廊より人通りは少なく、また別種の趣がある。そのまま目についた風鈴屋の絵付け体験に参加して、出来上がった風鈴を提げて歩けば涼やかな音が鳴った。
道中で酒を勧められれば、ラーナフの片手が離れることを厭ったモネがうごうごと暴れる。
「この一杯だけ。いいだろう?」
だんだんと脚で腹を蹴ってくるのも愛おしい。約束通り一杯だけ酒を貰い、同時に買ったおやつでモネの気を逸らす。
――満たされる時間だ。
やがて疲れて眠りについたモネを懐に入れて温めながら、ラーナフは誰もいない東家へと寄る。
頭上の月が、輝く星々を見つめ、ふと、ラーナフは左目の眼帯を外した。
深い、赤い瞳。最早亡き妻のみが知ることだ。
「……俺も、愛しているよ」
幾千幾万の煌めきの合間に声を届かせるように。ラーナフはそう、星々に祈りを捧げた。
「金魚、掬っていくかい?」
「いや……」
ジュスト・ヴェルジーの問いかけに、ローザリカ・L・ディオールは返事を曖昧に濁す。
惹かれはする。だが、ジュストから贈られたものを死なせてしまっては――それを思えば、何か生き物を飼う気にはならないというのが正直なところだ。
鮮やかな赤い髪を結い上げたことで顕になる、細く華奢な首もと。ローザリカのそれを見て、ジュストは彼女の繊細さというものを再認識する。
「じゃあ……向こうへ行こう。ここは人も多い」
ジュストはローザリカの手を軽く引いて歩き出した。行先は月影通り。ぱらぱらと店先を覗く人々が行き交うその通りでは、柔らかな提灯の光に混ざり、いくつもの風鈴が涼やかな音を鳴らしている。
「浴衣を借りられるみたいだ。……え、それでいいのかい」
浴衣を貸し出している店先で、ジュストはローザリカが手に取ったものに小首を傾げる。暗い色がほとんどである男物の浴衣に合わせるように、落ち着いた色を選んだから。
「そのほうが映えるものもある。僕とかね」
先の金魚屋で気勢を削がれた反動か、ローザリカは紺青縞の浴衣に山吹色の帯を合わせると、さっと着替えに行ってしまった。
ジュストはその背中を見送った後、男物に赤や黄色の帯が用意されていないことを惜しんだ。ここは彼女になにか気に入った……風鈴でも土産に買ってやって、返したいところだが。
「僕の隣を歩くのにふさわしい装いでなくては」
着替えて合流した後、ローザリカはそう言うや否やジュストの帯に黄水晶の根付けを挿し込んだのだ。
「これで二手、僕の攻勢だ」
にっと笑うローザリカに、ジュストは苦笑を返した。
硝子風鈴の吊り下がる通りを、歩幅を合わせてゆったりと歩む。どうやらローザリカは三手目を指すべく、華やかな風鈴に目移りしつつも、小鳥と花が描かれたものを買った。その横で、ジュストもひとつ金魚柄の硝子風鈴を手に取る。
「金属製の風鈴は、音が長く澄んで響く……けど、俺はこれにしよう」
赤い金魚ってロゼっぽいし、と呟けば、ローザリカの耳が分かりやすく赤くなった。
「僕を飼いたいとでも? 君を飼うのは僕だ」
むくれるローザリカは一方的にそう宣言すると、先に会計に向かう。ジュストはそれ幸いと、店の片隅に置かれた簪を手に取った。
店員を呼び、小さな風鈴が揺れるそれをこっそり購入しておく。「俺の攻勢とはこういうものだ」と、笑みを忍ばせて。
「浴衣? んー……なんかゴワゴワしねえ?」
渋るナハシュに、ヨル・スレイマンはそっと500Gを握らせる。
「着る」
これにはヨルもにっこり。自身も浴衣と下駄を借り、ナハシュの着付けを手伝う。
「似合ってるよ。帯は……紺色かな。下駄は鼻緒……この引っかかりの部分が擦れるかもしれないから、備えて行こうか」
足指の付け根を保護しつつ、着替え終わった二人は月影通りに出た。月の明るさにも負けずに星々が煌めく夜空は、美しいことこの上ない。
「あ、」
そんな夜空を、きらりと流れ落ちる光が一筋。流れ星だ。ひとつ、またひとつと流れるのを、二人は言葉もなく見つめる。
「すごいな。ナハシュは何かお願い事した? お星様が叶えてくれるかもしれないってやつ」
「誕生日が週一になればいい、って」
「それじゃあ、すぐに歳を取ってしまうよ?」
ヨルがくすくすと笑ってからかうと、ナハシュは頭をかいた。
「さっさと歳とっちまうと、寿命までに飯を食える機会は少なくなるか……考えもんだな」
「ははは」
「そういやお前はどうなんだ? 確か去年は、特にねえっつってたよな」
ツボに入ったらしいヨルを振り返って尋ねる。ヨルは目尻の涙を拭うと、少し考えるそぶりをしてから、もう一度星空を見上げた。
「星が、空にあり続けますように、かな」
「星は空にあるもんだろ?」
「そうとも限らないんじゃないか? 突然落ちてくるかも」
落ちてきてほしい、とは思わないけれど。夜の星は、空で輝き続けてこそなのだから。
「さて、この先に茶店があったはずだ。こうして突っ立っていても邪魔になるし、どこかに落ち着くとしよう」
「ん。喉も乾いたしな、ちょうどいい」
ヨルがそう促し、ナハシュはさして異論もなくそれに同意する。
からころと下駄の鳴りを合わせて歩む。この穏やかな日々も、できるだけ長く続いてほしい――ヨルはもうひとつ流れ落ちた星に、そう願った。
ハルハン・ツァガーンナルは金魚柄の浴衣に赤い帯をしめ、キリアン・フィッツジェラルドの前でくるりと回ってみせた。
「どうでしょう? 変じゃないでしょうか」
浴衣を貸し付けていると聞いて、せっかくだから。ということで、キリアンもまた浴衣姿だ。だがナルの浴衣姿に咄嗟に言葉が出ず、こくこくと頷いて見せるにとどまる。そしてはっと気がついた様子で、「とても似合っています」と続けた。
「ふふ……ありがとうございます。キリアンの浴衣も、よく似合っていますよ」
「そ、そうですか? なんだか……こそばゆいですね」
男性用の浴衣はやはり落ち着いた色合いのものが多い上、袖から除く男性らしい骨格や筋肉が女性には受けるらしいと聞き、それなら童顔の自分にどこまで似合うものかと不安だった。だがナルが言うなら、おそらく「着られている」状態ではないだろう。
二人はしばらく月影通りを散策した後、茶店に立ち寄った。浴衣に合わせるシャルガネの靴は独特で、履き慣れていないと擦れることがあるという貸し付け屋の忠告通り、キリアンは長椅子に腰掛けると下駄から少し足を抜いて休めた。指の付け根が少し赤くなっているが、幸い擦り破けてはいないようだ。
「このお菓子、おいしいですね」
キリアンの隣でナルがあんみつを頬張る。これと緑茶を組み合わせることにより、至福の甘味が完成する。キリアンは梅昆布茶の風味を味わいつつ、頷いた。
「シャルガネの文化は興味深いですね。風鈴も、音の涼やかさ、見た目の華やかさ。芸術品と言っていいでしょう。それを生み出せるシャルガネの職人たちを……僕は尊敬します」
「はい、来てよかったです。お誘いしてくれて、ありがとうございます。キリアン」
「こちらこそ、誘いを受けてくださってありがとうございます」
ナルは動物の顔が描かれた風鈴が気に入ったと話し、キリアンはふと、鹿や熊が描かれたものを想像する。それらは二人の象徴だと思えていたからだ。
「もう少し休んだら、次は、キリアンのお店に合うものを探しにいきましょう!」
「そうですね。まだまだお祭りは続くようですから、じっくりと」
キリアンはナルに頷いてみせると、梅昆布茶を啜った。
トゥーリはやや緊張気味に歩いていた。浴衣を着てみたものの、種族的特徴のせいで、いつはだけるかわかったものではない――というのもあるが。
何より。この星逢祭にハリス・アル・ターミルを誘ってきているのだ。羽織を借りたハリスもどこか落ち着かなげに、そわそわしているように見える。
「変じゃない、かな?」
「とてもお似合いですよ。ただ……」
「た、ただ?」
やはりどこか不味いところがあっただろうか。トゥーリは綺麗にまとめて簪を刺した髪に軽く触れる。
「いえ……できるだけ私のそばに。その、あまりにも可憐なもので」
もごもごと言葉を続けるハリスに、トゥーリはどぎまぎしてしまう。
(深呼吸、深呼吸……)
互いに同じことを考えつつ、深く息をつけば、少しいつもの調子が戻ってきた。
「行きましょうか」
「うん!」
ハリスはトゥーリに恋人らしいことをして喜んでもらおうと張り切っていた。まずは月影通りをゆったりと歩いて巡る。涼やかな音色を奏でる風鈴をひとつひとつ見ているうちに、自然とお互いの色を探していた。
(家に帰った時、これが今日を思い出させてくれたらいいな……)
そんな想いを伝えたら、ハリスはどんな顔をしてくれるだろうと、トゥーリはその横顔を覗き込む。
ハリスはひとつの風鈴を手に取り、じっと見つめていた。
「どれも美しい模様です。……この色はトゥーリ殿に似ていますね」
「う、うん、そだね!? これもなんだか、ハリスさんみたいだなーって」
もしかしたら、同じことを考えてくれているのかもしれない――結果、ふたりは示し合わせたように、お互いを想起させる色合いのものを選んでいた。
世間話のほかは、だんだんと口数が少なくなっていく。何か話さなくてはと思えども、この、黙っていても通じ合えている感覚が心地良い。ふたりは無言のまま茶店の縁側へと腰を下ろした。
「短冊に願い事を書いて渡すと、吊るしてくれるそうです」
注文した食事と共に差し出された紙と筆記具。ハリスはその一方をトゥーリに渡す。
「それならワタシは……」
トゥーリは迷うことなく筆を滑らせる。ハリスも短冊に向き合い、筆を取った。
――みらいでも、アナタといっしょに。
――愛する全てを、守れますように。
かけた願いは星々に託された。きらきらりと星の流れ落ちる空を見上げ、二人はどちらともなく体を寄せ合うのだった。
どう、と聞くまでもないと言った様子で、アルカディアはブレイズ・アステールの前に立っていた。
落ち着いた色味の浴衣に、緩く束ねた髪。男性ながら慎ましさの中に色香を秘している、そんな佇まいだ。
「瞳の色によく似合っている。君が選んだのか? さすがだな」
ブレイズが手放しで賞賛するのを、アルカディアは当然と受け止めた。
「でも、ありがとう。座長もせっかくだから着てみたら?」
「うん? 主役は君だ、私はいいよ」
「あら。でもお店の方はもう、用意してくださっているみたいよ?」
アルカディアの言葉にブレイズが振り返ると、店員が甚平片手に立ち尽くしていた。
「失礼しました。お連れ様も一緒に着て行かれる方が殆どでしたので……つい」
「ああ……」
そういうことならば、と下がろうとする店員を呼び止め、ブレイズも甚平を着ることになる。それを、アルカディアは忍び笑いで見守っていた。
月影通りの人通りは、そう多くはない。喧騒といっても、二人を普段取り囲んでいるものに比べれば「静寂」と言って良いほどだ。たまにはこういう日もいいだろうと、アルカディアは座員への土産を物色する。
「いつも、助かっている」
そんなアルカディアに、ブレイズはふと労いの言葉をかけた。
「いいの、好きでやってるようなものだもの」
「言葉にするのは大切だからな」
先の賛辞も、今にしてもだ。ブレイズもまた土産に蜻蛉玉を飾った根付けをいくつか買い、包んでもらう。
「お酒もあるのね」
アルカディアはふとそれに手を伸ばし、しかし少し考えるそぶりを見せた。
「どうした?」
「……ダメね、皆の様子が気になって。ゆっくり晩酌って気持ちよりも、心配なの」
「君もか?」
一緒に来られなかった座員たちは、今頃どうしているだろう――実は、とブレイズもアルカディアに同意し、二人は顔を見合わせると苦笑した。
「帰りましょうか」
「そうしよう」
● 水瓶より流るる逢瀬の川にて
依頼の帰り、ナハティガル=ラーはその祭の名を知った。
星逢祭。ゴールディでは聞いたこともない、が、どうやらこの祭ならではの催しや装いというものがあるらしい。
はしゃいだ様子の浴衣姿の娘たちとすれ違うたび浮かぶのは、たぬ茶屋で共に桜を見上げたゲルダ・クラインのこと。
(……似合うだろうな)
そんなことを考えつつ歩いていると、ふと、当の本人が立ち止まって星を眺めているところに出会した。
「……偶然だな。星逢祭か?」
そう声をかければ、ナハティガルを振り返ったゲルダの目が見開かれる。
「ナハティガル様……も、いらっしゃっていたんですね」
ゲルダの驚きようといえばナハティガル以上で、「あの噂、もしかして本当に……」などと呟いている。ナハティガルが首を傾げれば、ゲルダは慌てて首を横に振った。
「な、なんでもありません。えへへ……ナハティガル様は、どなたかお待ちなのですか」
「? いや。通りがかっただけだ」
「そうですか……」
ゲルダはいつものように柔らかく微笑む。
「星の川に隔たれて、年に一度しか逢えない恋人たち……星逢祭の逸話のひとつにそんなものがあるそうです。仕事をさぼったせいで引き離されてしまったらしいです」
「ほう……それは、自業自得のような気もするが。年に一度逢えるのなら、幸運だろうな」
「というと?」
「……死別した相手と逢うことは叶わん」
ゲルダが目を瞬く。意表をつかれたというよりは、ただまっすぐにナハティガルを見つめて。
「……逢いたくても、逢えない人」
「そうだ。……だが、想い出にすることはできる。少なくとも俺は」
沈黙が二人の間に横たわる。ゲルダはナハティガルから視線を逸らし、ふたたび空を見上げた。
その横顔が、何か痛みを堪えているように見えて。
「妙な話をしてしまったな、すまない」
「いえ。大切なものを……心にしまっておけるということは、幸運なことです」
彼女らしい言葉だ。そう思うのに、ナハティガルは正体のわからない罪悪感に苛まれた。
「もし……よければ。俺を案内してくれないか」
「お祭りにですか? ええ、喜んで」
かろん、と下駄が鳴る。小刻みに鳴るその小さな歩幅に合わせ、ナハティガルも歩き出した。
甘やかな香りと浴衣を纏い、フリューリングスルフト=ティエラは屋台の全制覇を目指していた。たこ焼きにりんごあめ、チョコバナナに鈴カステラ。宿でまつイュンにも何か食べられるものを買って帰ろうと歩みを進めるだけ、魅力的な菓子と出会ってしまう。
「た……食べすぎたかも、さぁ」
土産物の入った紙袋を抱え、フリューはその坂へと通りがかる。
逢いたい人に、逢える場所。
耳にした噂話に、浮かぶのは彼のこと。
「……ま、ここにいるわけないんやけどねぇ」
話では、今彼が滞在しているというガゼルタは、王国内にあるらしい。
逢いたいが、逢えないことは分かっている。同じ星空の下にある君は、今、どの星を見つめているのだろうか。
星は好きか。屋台飯は何を食べるか。浴衣は……着そうだ。
浮かぶのは、君のことばかり。
「……今度、聞いてみようかな」
君を知りたいと思えば、自然と笑みがこぼれ。見上げた星空を流れる光に、願いを託す。
――夢で、君に逢えますように。
兄にもこの美しい景色を伝えたい。しかしアステルはもう少しだけ、と、その場に留まるのだった。
● 祭囃子に誘われて
月影通りで浴衣を調達した一行は、一年ぶりの金魚掬いに挑んでいた。
世話が難しいために金魚掬いは観戦のみとしたサイラスが見守る中、ギーゼラが一番に張り切っている。
「フフフフフ……今年の僕は、一匹も金魚をすくえなかった去年とは違います!」
水色の下地に鮮やかな赤い金魚が泳ぐ浴衣、それにも気合いの入れようが表れているというものだ。ギーゼラはポイを小さく素振りする。
「僕の溢れ出るヒーラー力を持ってすれば、救われたい金魚達がこぞって僕のポイに飛び込んでくるはずです!」
そう、主の御前に我が身を差し出すように。ギーゼラは「いざ!」と生簀の中を泳ぐ金魚たちに狙いを定める、が……。
「あー!」
暴れる金魚に耐えられず、ポイに張られた障子紙はあっという間に溶け破れてしまう。
「……ふぅ、金魚が僕を愛しすぎて困ってしまいますね」
まだ焦る時ではない。救われたそうな金魚に狙いを定め、優しくその体を包み込むように――。
「あー!」
連戦連敗である。様子を見ていたシルヴィアもまた、挑戦する。
「せっかくのお祭りだからね、楽しもう」
指通りの滑らかな銀髪を簪で留め、水仙柄の浴衣を着込んだシルヴィア・A・カペルは、どこぞの高貴なご令嬢といった雰囲気だ。
見よう見まねでポイを水に沈め、動きのおとなしそうな金魚を見定める。やがてターゲットに向かってポイを動かした――が、長く浸からせていたのがよくなかったのか、巻いた水流でポイは破れてしまった。
「おや……やっぱり難しいね。これは挑戦しがいがある」
「どれどれ」
ギーゼラの隣に海神・江流が座り込む。こちらも金魚柄の青地の浴衣だ。頭上の揺満月がゆらゆらと揺れ、ころころと鳴いた。
「揺満月も興味があるみたいだ。ルベアさん、ギーゼラちゃんの家の金魚に家族を増やしてあげたいんだけど、手伝ってくれる?」
江流が後ろで成り行きを見守っていたルベア・ベルニに声をかける。ルベアが小さく頷けば、簪についた鈴がちりんと涼やかな音を立てた。
「私も感覚でやってるんだけど……それでもよければ」
ルベアは去年も手際よく金魚を掬っていた。とはいえ一年ぶり、コツを思い出すには何回か試行が必要そうだ。
行儀よく朝顔柄の浴衣の裾を折って座り込み、何回かポイを捨てた後、器用にまだら模様の金魚と尾鰭の長い赤い金魚を同時に掬い上げる。
「おお、さすが」
拍手する江流の器にも、黒の出目金が1匹。ルベアは慌てて、照れたように目を伏せた。
「水流に逆らわないように、浅く掬うのがいいみたい」
早口に攻略法を口にすると、ギーゼラとシルヴィアの目が輝く。
「それはいいことを聞いた。さあ、ギーゼラ」
「はい! がんばりましょう」
結果、ギーゼラの手元には、まだら模様の金魚、尾鰭の長い赤い金魚、黒の出目金、そしてシルヴィアとギーゼラが力を合わせて掬い上げた赤い幼金魚が集まった。
「きれいです……! もらってしまっていいんですか?」
瓶の中で泳ぐ金魚たちに、ギーゼラは目を輝かせた。一気に家族が増えて、家のあの子も喜ぶだろう、もう少し大きい鉢を買わなければ、とギーゼラの頭にはさまざまな考えが過ぎる。その嬉しそうな表情に、シルヴィアもつられて微笑んだ。
「君なら大事にしてくれるからね」
白熱した金魚掬いを終え、待っていたサイラスがうんと伸びをした。
「そろそろ腹減ってこん?」
「そうだね。サイラスは何を食べたい?」
シルヴィアはサイラスに尋ねながら、立ち並ぶ屋台を見回す。いずれもシャルガネらしいメニューが豊富で、目移りしてしまう。
「甘いの」
サイラスは至極簡潔に答えた。すでにその手には、いつの間にか買ってきたらしい鈴カステラの袋があるのだが……。
「甘いのといえば、かき氷とか? 練乳とかかけられるし」
江流がかき氷の屋台を指差す。練乳という言葉にサイラスが反応した。ぞろぞろと連れ立ってメニューを眺める。
「今日の勝利を祝って、僕はいちご練乳にします!」
「俺も練乳をかける」
「いちごか……じゃあ私もそれにしようかな」
ギーゼラとサイラス、そしてシルヴィアがいちご。江流はスイを頼む。
「ルベアさんは?」
「私? 私は……レモンにしようかなって」
レモンといえば同室の彼女だが、今はここにはいない。想い人と依頼に出かけたようだが、さてどうなったのか――そんな彼女のことを考えつつ、酸味の中にほのかな甘味がただようそれをひとくち、目を細めた。
「涼やかでいいね。普段と違う装いというのもあるかもしれないけど、楽しいな。皆も、よく似合っている」
シルヴィアはかき氷片手に、友人たちと並んで歩く穏やかな夜を噛み締めていた。
「江流は流石シャルガネの人だ、とても馴染んでいる。ルベアもフードがないせいかな、表情がよく見えて……とても可愛らしい」
「あ、ありが、とう。シルヴィアさんも、綺麗」
ルベアは続けてギーゼラの姿を探し、近くに姿がないことに気がつく。すわ迷子かと慌てて辺りを見回すと、少し離れたところでギーゼラが大きく手を振っていた。
「みなさーん、『かたぬき』やりましょう!」
迷子ではないことにほっとしつつ、一同はギーゼラのいるほうへ歩いていく。その後を少し遅れて追いながら、江流は首にかけたペンダントに、浴衣の上から軽く触れた。
いつか彼女ともこういう時間を過ごせるだろうか、と。そんな江流の物思いを察したらしい揺満月がころころと鳴く。
「ああ、分かってるよ」
そのために、できることはなんでもしたい。江流は想いを秘めながら、歩き出すのだった。
ティトとセロンガード・シュタインドルフの両名は、依頼の帰りに星逢祭に出会した。帰りの馬車が朝までないこともあり、せっかくの機会を逃すまいと、その足で祭の輪に加わる。
「すごい、おいしそうなお料理がいっぱいだよ、セロン」
立ち並ぶ屋台の品々を指差しながら、ティトはセロンガードの袖をくいと引いた。
「いっしょに食べよう?」
「ええ。でも、依頼の報酬を使い切っては駄目ですよ」
「そこまで食べないよー」
とはいうものの、すでにティトは屋台飯を前にきょろきょろと目移りしている。
「それに、お財布はセロンが持ってるし」
「そうなのですが……」
セロンガードは苦笑しながらついていく。人混みに流されないよう、二人はしっかりと手を繋いだ。
(甘えられると、つい言うことを聞きたくなってしまうので)
まるで父娘のようだと言われても満更でもないと思ってしまうあたり、すっかり調教済みと言えた。
「じゃがばたー、かきごおり、たこやき、ちょこばなな、やきそば……」
全部食べたい、と目を輝かせるティトは、ふとひとつの屋台の前で足を止めた。
「どうしました?」
「りんごあめ、だって」
ティとは提灯の灯りを受けて赤く輝くそれをひとつ取る。セロンガードが店主に支払いを済ませている間に、ひとくちぱくり。ざり、と砕ける飴と熟れたりんごの甘さが口の中に広がる。
「おいしいですか、ティト――」
「うん!」
振り返ったセロンガードの口元へ、ティトは無邪気にりんご飴を差し出す。セロンガードは目を瞬いた後、穏やかに微笑んで反対側をかじった。
その後も、焼きとうもろこし、いかめし、らくがきえび煎餅などを堪能したティトは、やがてはしゃぎ疲れてうとうとと船を漕ぎ始める。
「ティト、宿に行きますか?」
「うん……」
ティトの膝が折れる前に、セロンガードはさっと抱き上げる。
「あのね、セロン……楽しかった?」
「ティトと一緒なら、どこでも、なんでも楽しいですよ」
夢現に尋ねるティトへ、セロンガードは優しく言葉を返す。ティトは「よかった」と小さくつぶやくと、ゆっくりと目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。
「良い夢を、ティト」
セロンガードはその額へ軽く口づけを落とす。頭上の星々に見守られながら――。
だわは縦縞黒地の浴衣にゆったりと袖を通し、からころと下駄を鳴らして歩く。その隣を、半歩遅れてドワーフの少女サラが進む。
「……なかなかの人出だな」
「にぎやか、だね。人が、いっぱい……あかり、きらきらしてる」
メインストリートは、少し左右にふれれば肩が触れ合うであろう人出だ。はぐれないようにしなければと、だわはサラに手を差し出す。
「行こうか」
「……うん!」
差し出された手を、サラは嬉しそうにはにかんで握り返した。ゆるく編み込んだ三つ編みが揺れる。
縞模様の淡い色地に赤梅を散りばめた浴衣を、赤い金魚帯でしめる。シャルガネの不思議な靴も含めて、サラはこの異郷の装いを気に入ったようで、いつもと違う祭の雰囲気もあいまって軽い冒険気分であった。
「あっ……だわおにいちゃん、これは、なに?」
その足が一軒の屋台の前で止まる。売られているのは、淡く色づいた、色とりどりの雲のような菓子だ。
「綿菓子、だな」
「わたがし……ふわふわ……わたぐも、みたい」
だわの言葉に、サラは目を輝かせる。どの色がいいかしばらく悩み、新定番と銘打たれた二色綿菓子を買った。
「いただき、ます」
ひとくち口に含むと、さっと溶け消え淡い甘さを残すばかりのそれに、サラは目を丸くした。
「わぁ……! おいしい……」
魔法が解けてしまったような寂しさと共に、しかし確かな甘味がサラを虜にする。ふたくち、みくちと続け、サラはやや興奮気味にだわを見上げた。
「ね、だわおにいちゃんも、ひとくち、食べて、みない?」
たこ焼きや焼きとうもろこしなどを買うつもりでサラを見守っていただわは、その申し出にやや虚をつかれたようだ。
「サラが全部食べていいんだぞ」
なにやら父親のような台詞が出てしまった。が、サラはぶんぶんと首を横に振る。だわはサラが楽しい気持ちを共有したいのだと気づくと、少し身をかがめて、差し出された綿菓子をひとくち食んだ。
「……ん、美味いな」
「うん。あっ、それに、ね」
サラは半分まで減った綿菓子を掲げて、目を細める。
「だわおにいちゃんの色、だね」
淡い水色の黄色に着色された二色綿菓子だ。気づいていればもう少しゆっくり食べたかもしれない、とサラはやや残念に思う。
「だわおにいちゃんは、なんの、ご飯を、買う、の?」
はにかむサラから目を逸らし、だが、だわはサラの手をやわく握り返す。迷った末に空いた片手で取ったのは、緑の綿菓子。
「屋台は綿菓子以外にもある。じゃがいもにバターをかけたものだとか、とうもろこしを焼いたものだとか、氷を削ってシロップをかけたものだとか。向こうだ」
普段寡黙と言い切れるほど言葉数の少ないだわが、珍しくも早口に捲し立てる。それをサラは目を瞬いて見つめ、笑みをこぼすのだった。
ヴァンゲルス・ロッドは水瓶坂の前で足を止めた。
逢いたい者に逢える坂――そうまことしやかに囁かれているが、おそらくは偶然の産物だろう。ヴァンゲルスの頭に浮かぶキサナの少女は、籠の鳥。こんな場所で逢えるはずもない。
「ま、夢のある話ではあるがな」
やはりこのような場所で待ちぼうけるのは気恥ずかしいといった様子の若人たちが、やや離れたところでそわそわと佇んでいるのがなんともいじらしい。それを横目に、ヴァンゲルスは星屑回廊へと足を運んだ。
祭の屋台飯はやたら美味しく感じられるというもので、ヴァンゲルスはたこ焼きや焼きとうもろこしを堪能しつつ、かたぬき屋の盛り上がりに視線をひかれた。どうやら冒険者の団体がかたぬきに挑戦しているらしい。
「お、懐かしいな……俺も混ぜてくれよ」
「新たな挑戦者ですか!? 負けませんよお!」
そういう冒険者の手元の型は見るも無惨な有様だが。ヴァンゲルスは苦笑して、蝶の型をもらう。
「なかなかいきなり歯応えがあるのがきたな……だが見てろ。こういう細けぇ仕事は得意なんだ」
手細工に多少の習いがあるヴァンゲルスは、器用に作品を仕上げていく。もしここに彼女がいたら、きっと「私もやるわ」と意気込んで勝負を仕掛けてきそうなものだが――。
結果、手にした景品は、蜻蛉玉で作られた腕飾り。土産に持ち帰るのも、いいかもしれない。
● 月下に寄り添う
浴衣を着込んだラーナフは、店主に追加でリボンはないかと尋ねる。
「おや、贈り物ですか?」
「いや、この子にね」
そういって、ラーナフは腕の中の子うさぎ、モネを抱え直して見せた。
「これはこれは……愛らしいお連れ様ですね。では、こちらをどうぞ」
老爺ははにかみ目を細めると、モネの首に摘み細工の花かざりがついた結紐をむすんだ。
「うん。とても似合っているよ、モネ。俺はどうかな?」
モネはラーナフを見上げると、ぱちぱちと瞬きをしたあと頭を擦り付けた。ご機嫌らしい。
ふたりは店主に見送られて月影通りを巡る。星屑回廊より人通りは少なく、また別種の趣がある。そのまま目についた風鈴屋の絵付け体験に参加して、出来上がった風鈴を提げて歩けば涼やかな音が鳴った。
道中で酒を勧められれば、ラーナフの片手が離れることを厭ったモネがうごうごと暴れる。
「この一杯だけ。いいだろう?」
だんだんと脚で腹を蹴ってくるのも愛おしい。約束通り一杯だけ酒を貰い、同時に買ったおやつでモネの気を逸らす。
――満たされる時間だ。
やがて疲れて眠りについたモネを懐に入れて温めながら、ラーナフは誰もいない東家へと寄る。
頭上の月が、輝く星々を見つめ、ふと、ラーナフは左目の眼帯を外した。
深い、赤い瞳。最早亡き妻のみが知ることだ。
「……俺も、愛しているよ」
幾千幾万の煌めきの合間に声を届かせるように。ラーナフはそう、星々に祈りを捧げた。
「金魚、掬っていくかい?」
「いや……」
ジュスト・ヴェルジーの問いかけに、ローザリカ・L・ディオールは返事を曖昧に濁す。
惹かれはする。だが、ジュストから贈られたものを死なせてしまっては――それを思えば、何か生き物を飼う気にはならないというのが正直なところだ。
鮮やかな赤い髪を結い上げたことで顕になる、細く華奢な首もと。ローザリカのそれを見て、ジュストは彼女の繊細さというものを再認識する。
「じゃあ……向こうへ行こう。ここは人も多い」
ジュストはローザリカの手を軽く引いて歩き出した。行先は月影通り。ぱらぱらと店先を覗く人々が行き交うその通りでは、柔らかな提灯の光に混ざり、いくつもの風鈴が涼やかな音を鳴らしている。
「浴衣を借りられるみたいだ。……え、それでいいのかい」
浴衣を貸し出している店先で、ジュストはローザリカが手に取ったものに小首を傾げる。暗い色がほとんどである男物の浴衣に合わせるように、落ち着いた色を選んだから。
「そのほうが映えるものもある。僕とかね」
先の金魚屋で気勢を削がれた反動か、ローザリカは紺青縞の浴衣に山吹色の帯を合わせると、さっと着替えに行ってしまった。
ジュストはその背中を見送った後、男物に赤や黄色の帯が用意されていないことを惜しんだ。ここは彼女になにか気に入った……風鈴でも土産に買ってやって、返したいところだが。
「僕の隣を歩くのにふさわしい装いでなくては」
着替えて合流した後、ローザリカはそう言うや否やジュストの帯に黄水晶の根付けを挿し込んだのだ。
「これで二手、僕の攻勢だ」
にっと笑うローザリカに、ジュストは苦笑を返した。
硝子風鈴の吊り下がる通りを、歩幅を合わせてゆったりと歩む。どうやらローザリカは三手目を指すべく、華やかな風鈴に目移りしつつも、小鳥と花が描かれたものを買った。その横で、ジュストもひとつ金魚柄の硝子風鈴を手に取る。
「金属製の風鈴は、音が長く澄んで響く……けど、俺はこれにしよう」
赤い金魚ってロゼっぽいし、と呟けば、ローザリカの耳が分かりやすく赤くなった。
「僕を飼いたいとでも? 君を飼うのは僕だ」
むくれるローザリカは一方的にそう宣言すると、先に会計に向かう。ジュストはそれ幸いと、店の片隅に置かれた簪を手に取った。
店員を呼び、小さな風鈴が揺れるそれをこっそり購入しておく。「俺の攻勢とはこういうものだ」と、笑みを忍ばせて。
「浴衣? んー……なんかゴワゴワしねえ?」
渋るナハシュに、ヨル・スレイマンはそっと500Gを握らせる。
「着る」
これにはヨルもにっこり。自身も浴衣と下駄を借り、ナハシュの着付けを手伝う。
「似合ってるよ。帯は……紺色かな。下駄は鼻緒……この引っかかりの部分が擦れるかもしれないから、備えて行こうか」
足指の付け根を保護しつつ、着替え終わった二人は月影通りに出た。月の明るさにも負けずに星々が煌めく夜空は、美しいことこの上ない。
「あ、」
そんな夜空を、きらりと流れ落ちる光が一筋。流れ星だ。ひとつ、またひとつと流れるのを、二人は言葉もなく見つめる。
「すごいな。ナハシュは何かお願い事した? お星様が叶えてくれるかもしれないってやつ」
「誕生日が週一になればいい、って」
「それじゃあ、すぐに歳を取ってしまうよ?」
ヨルがくすくすと笑ってからかうと、ナハシュは頭をかいた。
「さっさと歳とっちまうと、寿命までに飯を食える機会は少なくなるか……考えもんだな」
「ははは」
「そういやお前はどうなんだ? 確か去年は、特にねえっつってたよな」
ツボに入ったらしいヨルを振り返って尋ねる。ヨルは目尻の涙を拭うと、少し考えるそぶりをしてから、もう一度星空を見上げた。
「星が、空にあり続けますように、かな」
「星は空にあるもんだろ?」
「そうとも限らないんじゃないか? 突然落ちてくるかも」
落ちてきてほしい、とは思わないけれど。夜の星は、空で輝き続けてこそなのだから。
「さて、この先に茶店があったはずだ。こうして突っ立っていても邪魔になるし、どこかに落ち着くとしよう」
「ん。喉も乾いたしな、ちょうどいい」
ヨルがそう促し、ナハシュはさして異論もなくそれに同意する。
からころと下駄の鳴りを合わせて歩む。この穏やかな日々も、できるだけ長く続いてほしい――ヨルはもうひとつ流れ落ちた星に、そう願った。
ハルハン・ツァガーンナルは金魚柄の浴衣に赤い帯をしめ、キリアン・フィッツジェラルドの前でくるりと回ってみせた。
「どうでしょう? 変じゃないでしょうか」
浴衣を貸し付けていると聞いて、せっかくだから。ということで、キリアンもまた浴衣姿だ。だがナルの浴衣姿に咄嗟に言葉が出ず、こくこくと頷いて見せるにとどまる。そしてはっと気がついた様子で、「とても似合っています」と続けた。
「ふふ……ありがとうございます。キリアンの浴衣も、よく似合っていますよ」
「そ、そうですか? なんだか……こそばゆいですね」
男性用の浴衣はやはり落ち着いた色合いのものが多い上、袖から除く男性らしい骨格や筋肉が女性には受けるらしいと聞き、それなら童顔の自分にどこまで似合うものかと不安だった。だがナルが言うなら、おそらく「着られている」状態ではないだろう。
二人はしばらく月影通りを散策した後、茶店に立ち寄った。浴衣に合わせるシャルガネの靴は独特で、履き慣れていないと擦れることがあるという貸し付け屋の忠告通り、キリアンは長椅子に腰掛けると下駄から少し足を抜いて休めた。指の付け根が少し赤くなっているが、幸い擦り破けてはいないようだ。
「このお菓子、おいしいですね」
キリアンの隣でナルがあんみつを頬張る。これと緑茶を組み合わせることにより、至福の甘味が完成する。キリアンは梅昆布茶の風味を味わいつつ、頷いた。
「シャルガネの文化は興味深いですね。風鈴も、音の涼やかさ、見た目の華やかさ。芸術品と言っていいでしょう。それを生み出せるシャルガネの職人たちを……僕は尊敬します」
「はい、来てよかったです。お誘いしてくれて、ありがとうございます。キリアン」
「こちらこそ、誘いを受けてくださってありがとうございます」
ナルは動物の顔が描かれた風鈴が気に入ったと話し、キリアンはふと、鹿や熊が描かれたものを想像する。それらは二人の象徴だと思えていたからだ。
「もう少し休んだら、次は、キリアンのお店に合うものを探しにいきましょう!」
「そうですね。まだまだお祭りは続くようですから、じっくりと」
キリアンはナルに頷いてみせると、梅昆布茶を啜った。
トゥーリはやや緊張気味に歩いていた。浴衣を着てみたものの、種族的特徴のせいで、いつはだけるかわかったものではない――というのもあるが。
何より。この星逢祭にハリス・アル・ターミルを誘ってきているのだ。羽織を借りたハリスもどこか落ち着かなげに、そわそわしているように見える。
「変じゃない、かな?」
「とてもお似合いですよ。ただ……」
「た、ただ?」
やはりどこか不味いところがあっただろうか。トゥーリは綺麗にまとめて簪を刺した髪に軽く触れる。
「いえ……できるだけ私のそばに。その、あまりにも可憐なもので」
もごもごと言葉を続けるハリスに、トゥーリはどぎまぎしてしまう。
(深呼吸、深呼吸……)
互いに同じことを考えつつ、深く息をつけば、少しいつもの調子が戻ってきた。
「行きましょうか」
「うん!」
ハリスはトゥーリに恋人らしいことをして喜んでもらおうと張り切っていた。まずは月影通りをゆったりと歩いて巡る。涼やかな音色を奏でる風鈴をひとつひとつ見ているうちに、自然とお互いの色を探していた。
(家に帰った時、これが今日を思い出させてくれたらいいな……)
そんな想いを伝えたら、ハリスはどんな顔をしてくれるだろうと、トゥーリはその横顔を覗き込む。
ハリスはひとつの風鈴を手に取り、じっと見つめていた。
「どれも美しい模様です。……この色はトゥーリ殿に似ていますね」
「う、うん、そだね!? これもなんだか、ハリスさんみたいだなーって」
もしかしたら、同じことを考えてくれているのかもしれない――結果、ふたりは示し合わせたように、お互いを想起させる色合いのものを選んでいた。
世間話のほかは、だんだんと口数が少なくなっていく。何か話さなくてはと思えども、この、黙っていても通じ合えている感覚が心地良い。ふたりは無言のまま茶店の縁側へと腰を下ろした。
「短冊に願い事を書いて渡すと、吊るしてくれるそうです」
注文した食事と共に差し出された紙と筆記具。ハリスはその一方をトゥーリに渡す。
「それならワタシは……」
トゥーリは迷うことなく筆を滑らせる。ハリスも短冊に向き合い、筆を取った。
――みらいでも、アナタといっしょに。
――愛する全てを、守れますように。
かけた願いは星々に託された。きらきらりと星の流れ落ちる空を見上げ、二人はどちらともなく体を寄せ合うのだった。
どう、と聞くまでもないと言った様子で、アルカディアはブレイズ・アステールの前に立っていた。
落ち着いた色味の浴衣に、緩く束ねた髪。男性ながら慎ましさの中に色香を秘している、そんな佇まいだ。
「瞳の色によく似合っている。君が選んだのか? さすがだな」
ブレイズが手放しで賞賛するのを、アルカディアは当然と受け止めた。
「でも、ありがとう。座長もせっかくだから着てみたら?」
「うん? 主役は君だ、私はいいよ」
「あら。でもお店の方はもう、用意してくださっているみたいよ?」
アルカディアの言葉にブレイズが振り返ると、店員が甚平片手に立ち尽くしていた。
「失礼しました。お連れ様も一緒に着て行かれる方が殆どでしたので……つい」
「ああ……」
そういうことならば、と下がろうとする店員を呼び止め、ブレイズも甚平を着ることになる。それを、アルカディアは忍び笑いで見守っていた。
月影通りの人通りは、そう多くはない。喧騒といっても、二人を普段取り囲んでいるものに比べれば「静寂」と言って良いほどだ。たまにはこういう日もいいだろうと、アルカディアは座員への土産を物色する。
「いつも、助かっている」
そんなアルカディアに、ブレイズはふと労いの言葉をかけた。
「いいの、好きでやってるようなものだもの」
「言葉にするのは大切だからな」
先の賛辞も、今にしてもだ。ブレイズもまた土産に蜻蛉玉を飾った根付けをいくつか買い、包んでもらう。
「お酒もあるのね」
アルカディアはふとそれに手を伸ばし、しかし少し考えるそぶりを見せた。
「どうした?」
「……ダメね、皆の様子が気になって。ゆっくり晩酌って気持ちよりも、心配なの」
「君もか?」
一緒に来られなかった座員たちは、今頃どうしているだろう――実は、とブレイズもアルカディアに同意し、二人は顔を見合わせると苦笑した。
「帰りましょうか」
「そうしよう」
● 水瓶より流るる逢瀬の川にて
依頼の帰り、ナハティガル=ラーはその祭の名を知った。
星逢祭。ゴールディでは聞いたこともない、が、どうやらこの祭ならではの催しや装いというものがあるらしい。
はしゃいだ様子の浴衣姿の娘たちとすれ違うたび浮かぶのは、たぬ茶屋で共に桜を見上げたゲルダ・クラインのこと。
(……似合うだろうな)
そんなことを考えつつ歩いていると、ふと、当の本人が立ち止まって星を眺めているところに出会した。
「……偶然だな。星逢祭か?」
そう声をかければ、ナハティガルを振り返ったゲルダの目が見開かれる。
「ナハティガル様……も、いらっしゃっていたんですね」
ゲルダの驚きようといえばナハティガル以上で、「あの噂、もしかして本当に……」などと呟いている。ナハティガルが首を傾げれば、ゲルダは慌てて首を横に振った。
「な、なんでもありません。えへへ……ナハティガル様は、どなたかお待ちなのですか」
「? いや。通りがかっただけだ」
「そうですか……」
ゲルダはいつものように柔らかく微笑む。
「星の川に隔たれて、年に一度しか逢えない恋人たち……星逢祭の逸話のひとつにそんなものがあるそうです。仕事をさぼったせいで引き離されてしまったらしいです」
「ほう……それは、自業自得のような気もするが。年に一度逢えるのなら、幸運だろうな」
「というと?」
「……死別した相手と逢うことは叶わん」
ゲルダが目を瞬く。意表をつかれたというよりは、ただまっすぐにナハティガルを見つめて。
「……逢いたくても、逢えない人」
「そうだ。……だが、想い出にすることはできる。少なくとも俺は」
沈黙が二人の間に横たわる。ゲルダはナハティガルから視線を逸らし、ふたたび空を見上げた。
その横顔が、何か痛みを堪えているように見えて。
「妙な話をしてしまったな、すまない」
「いえ。大切なものを……心にしまっておけるということは、幸運なことです」
彼女らしい言葉だ。そう思うのに、ナハティガルは正体のわからない罪悪感に苛まれた。
「もし……よければ。俺を案内してくれないか」
「お祭りにですか? ええ、喜んで」
かろん、と下駄が鳴る。小刻みに鳴るその小さな歩幅に合わせ、ナハティガルも歩き出した。
甘やかな香りと浴衣を纏い、フリューリングスルフト=ティエラは屋台の全制覇を目指していた。たこ焼きにりんごあめ、チョコバナナに鈴カステラ。宿でまつイュンにも何か食べられるものを買って帰ろうと歩みを進めるだけ、魅力的な菓子と出会ってしまう。
「た……食べすぎたかも、さぁ」
土産物の入った紙袋を抱え、フリューはその坂へと通りがかる。
逢いたい人に、逢える場所。
耳にした噂話に、浮かぶのは彼のこと。
「……ま、ここにいるわけないんやけどねぇ」
話では、今彼が滞在しているというガゼルタは、王国内にあるらしい。
逢いたいが、逢えないことは分かっている。同じ星空の下にある君は、今、どの星を見つめているのだろうか。
星は好きか。屋台飯は何を食べるか。浴衣は……着そうだ。
浮かぶのは、君のことばかり。
「……今度、聞いてみようかな」
君を知りたいと思えば、自然と笑みがこぼれ。見上げた星空を流れる光に、願いを託す。
――夢で、君に逢えますように。
マスターコメント
お疲れ様でした。みなさま、夏祭りはいかがでしたでしょうか。私は書いていて大変お腹が空きました。夏祭り行きたい……。
称号はこのたび共通のものを進呈しております。
それでは、またお会いしましょう〜!
イベントシナリオ易しい 報酬:無し25 / 4〜25人
2022年07月09日 11時40分20秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
シュゼットです! お集まりいただき、ありがとうございます。 何か不明な点がありましたらお尋ねくださいね。 それではみなさま、素敵な一日を過ごされますように。