辺境騎士団選定試験.1222
弓月 蒼
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シナリオID:2140
オープニング
●審判
「――――騎士ガレス。領主叛逆未遂及びに職務放棄。反国家組織への協力。
並びに同領の執務執行妨害他余罪六件より、騎士資格剥奪の上領外追放の刑に処す」
「謹んで承りました」
城塞都市『ノストガルデン』――――北方辺境伯領執政府内、一階裁廷。
書類を読み上げる辺境騎士団第三位『隠者』ノイマン・アガスティアの宣言に。
手錠で拘束された黒い鎧の騎士。ガレス・コーニッシュが膝を付きその条項を受け入れる。
有事の際、指揮官の一人に数えられる可能性のある騎士への罰則は平常のそれとは比較にならない。
他の騎士の模範となるべしとされる人物が反国家組織の幹部に与し領主への叛逆を企てた。
死刑が下されなかったのは現在に至るまでの彼の功績と、若手騎士からの助命歎願があればこそだ。
いや――――或いは。彼の直属の上司に相当する白鎧の女騎士からの言付けも加えるべきだろうか。
曰く、『死罪以外なら何だって受け入れるだろうよ』――――といった物であった訳だが。
「以上の罪状に異論があるなら述べよ」
「ありません」
対帝国の最前線。軍事拠点の側面を持つ北方辺境伯領の罰則に、いわゆる"禁固"は殆ど採用されない。
速度が全てに優先する上、強力な授恵者を監禁する為に割く人材の方が遥かに貴重であるからだ。
とは言え罪人をただ領外追放などして他領に迷惑を掛ける事となり、それはそれで問題である為。
北境では"領外追放"を"各貴族領への罪人届けと併用"する事を、死刑を除く最高位の刑罰としている。
貴族の発する罪人届けは原則領主の任意である。が、辺境伯が発したとなれば重要度は決して低くない。
同罪人は高確率で軍人上がり。中規模以上の街ならば、騎士や衛兵の屯所に張り紙がされるだろう。
「であれば此処に全ての審議を終えたものとし、刑罰は王命を以て速やかに執行される」
咎は『王国』内で相応広く知られる事となる。冒険者は愚か、職に就く事すら容易とはいくまい。
――――
「――――ガレス」
「……伯」
裁廷には、遂ぞ姿を現さなかった『北方辺境伯』メルヴィンであるが。
出口で待ち構えられていた事に、ガレスは然程の違和を憶えず応じた。考えてみれば当然である。
相手は罪人。それも主君に弓を引いた者――――だ。代わりの効かぬ身の安全を考慮すれば。
そんな人間が裁かれる場に、高位貴族の領主が姿を現す方がどうかしている。
……とは言え。であれば逆に何故、今更現れたのか。と言う問も浮かぶ訳だが。
「卿は暫しの拘束期間の後、領外追放に処される。知っての通り、再訪は二度と罷りならない」
「……はい、存じております」
「次に罪を冒した場合、凡そ例外無く死刑となる。追放された領への侵犯はこれに相当する」
「はい」
「……この後、厳しい半生を送る事になるだろう」
「はい、謹んで――――」
声を断ち切ったのは、壁へ叩きつけられた拳だ。俯きがちなメルヴィンの表情は見えない。
見えなくともこの。善良に過ぎる主君の内で荒れ狂う感情が、痛いほど理解出来た。
「――――何故、全て話してくれなかった。私はそれほど頼り無い主だったか」
「いいえ」
首を振る。一瞬の躊躇いすら必要無かった。
「自分にとって貴方は紛れも無く、生きる理由の全てでした。
貴方に救われたこと。仕えたこと。共に戦場を駆けたこと。一片の後悔すら在ろう筈が有りません」
拳を握るメルヴィンの隣を、黒鎧の騎士がすれ違う。
その懊悩を解けるのならば。けれどもう叶わない。一度違えた道は、元通りになりはしない。
「伯。長らく、お世話になりました」
「――――ッ」
振り返ってはならない。互いに、此処からまた、前へ進んで行かねばならないのだ。
垂れ下がった手錠の鎖が、小さく鳴った。
●大体いつもの人材不足
「……ノイマン、汚れ役を押し付けて済まなかったな」
「べっつに良いですよー、書類と格闘するより幾らか楽……あ、だったら長期有休下さい」
「寝言は寝ている時だけにしろ」
「辛辣!!」
辺境伯領執政府内、二階執務室。久しく揃った辺境伯とその側近2人が額をつき合わせていた。
と言うのも。此度の査察とそれに纏わる諸々でまたしても停滞している執務。
及びどう考えても限界を迎えつつある人材不足について。
そしてそれらと直接関与する、此度協力を仰いだ冒険者達への褒章についてである。
「今回爺を動かしちゃったんでしょ? なら四位と五位に誰か取り立てるしかないんじゃない」
「と言ってもねぇ。戦功序列は騎士団皆が認める共通の基準だから誰もが一目置くわけで?」
「そうだな。某か多く認められる基準が欲しい……おや、シエル。昼食の時間かな?」
「にあー」
「ちょっと我が主ー!?」
愛猫の昼食時間に入ったメルヴィンを他所に紛糾は進み。
「事務方の責任職も欲しい所ですな。そう、文官長など如何でしょう」
「アルバートさんアルバートさん、それ誰が好き好んでやるんです?」
「勿論あたしはパスパス断固パース」
「まあ誰も居なければノイマン様が強制任官されますな?」
「僕の扱い雑ぅ!!」
とは言え『北方辺境伯領』の人材不足は今に始まった話ではなく。
どれほど机上で議論を交わしても虚無から突然戦士が大量供給されたりもしない。
例年であればそろそろ『辺境騎士団選定試験』が実施される頃合いでもある訳だが。
であれば、折角なので冒険者も巻き込んではどうか。
アーチボルト辺境伯家家令長アルバートの提案は、結果的に満場一致で受け入れられた。
●星無き夜
夜。誰も居なくなった執務室にて。
査察から戻ってより最低限の休息で継ぎ接ぎする様に書類に目を通していたメルヴィンに。
家令長アルバートが紅茶を運ぶ。普段であれば、雑談の一つ二つも交わしたろうが。
この数日それもない。共に国を支えようと誓った臣下への審判が、響いている事は明らかだ。
「……なあ、アルバート」
故に、掛けられた声にアルバートの方が驚く。視線を向ければ、メルヴィンは書類へ視線を落としたまま。
「私は『辺境伯』だ。成さねばならない義務があり、責任があり、矜持もある。間違えたとは思っていない」
死刑とされない範囲で最も重い刑罰を下した。それは規範であり、国家運営における正道だろう。
「同時にこうも思う。何と頼る甲斐の無い男だ。度量の無い主だ。何故罪を呑んで、水に流してやれなかった」
彼の男に二心など有る訳がないと。未だ断言出来る。メルヴィンだけには、それが出来る。
「私は、『辺境伯』として無辜の子供達を。正しき施政の為無二の腹心を切り捨てた。
だが、あと幾つ切り捨てれば――――私はこの国を護ったと己を誇れるのだろう」
領主として、指揮官として、『辺境伯』としての彼は――――優秀だ。
突出した部分が無い分バランス良く、物事を真っ直ぐ受け取れる資質は王国貴族には稀有と言える。
けれど同時に。『辺境伯』と言う規範に則らないメルヴィンは、個人として不器用に過ぎる。
そこが彼が貴族の夜会を厭う最大要因であり、あの曲者の第二王子が好む部分でもあるのだろうが――――
「迷われませ、メルヴィン様。丁度、此度の催しには冒険者も幾らか訪れる筈」
あくまで家臣であるアルバートに教えられる事ではない。故に、初老の男はただ一礼し部屋を辞す。
(……貴方様は今ようやく、御自分が何者になるのか。と言う問と対面しているのです)
「――――騎士ガレス。領主叛逆未遂及びに職務放棄。反国家組織への協力。
並びに同領の執務執行妨害他余罪六件より、騎士資格剥奪の上領外追放の刑に処す」
「謹んで承りました」
城塞都市『ノストガルデン』――――北方辺境伯領執政府内、一階裁廷。
書類を読み上げる辺境騎士団第三位『隠者』ノイマン・アガスティアの宣言に。
手錠で拘束された黒い鎧の騎士。ガレス・コーニッシュが膝を付きその条項を受け入れる。
有事の際、指揮官の一人に数えられる可能性のある騎士への罰則は平常のそれとは比較にならない。
他の騎士の模範となるべしとされる人物が反国家組織の幹部に与し領主への叛逆を企てた。
死刑が下されなかったのは現在に至るまでの彼の功績と、若手騎士からの助命歎願があればこそだ。
いや――――或いは。彼の直属の上司に相当する白鎧の女騎士からの言付けも加えるべきだろうか。
曰く、『死罪以外なら何だって受け入れるだろうよ』――――といった物であった訳だが。
「以上の罪状に異論があるなら述べよ」
「ありません」
対帝国の最前線。軍事拠点の側面を持つ北方辺境伯領の罰則に、いわゆる"禁固"は殆ど採用されない。
速度が全てに優先する上、強力な授恵者を監禁する為に割く人材の方が遥かに貴重であるからだ。
とは言え罪人をただ領外追放などして他領に迷惑を掛ける事となり、それはそれで問題である為。
北境では"領外追放"を"各貴族領への罪人届けと併用"する事を、死刑を除く最高位の刑罰としている。
貴族の発する罪人届けは原則領主の任意である。が、辺境伯が発したとなれば重要度は決して低くない。
同罪人は高確率で軍人上がり。中規模以上の街ならば、騎士や衛兵の屯所に張り紙がされるだろう。
「であれば此処に全ての審議を終えたものとし、刑罰は王命を以て速やかに執行される」
咎は『王国』内で相応広く知られる事となる。冒険者は愚か、職に就く事すら容易とはいくまい。
――――
「――――ガレス」
「……伯」
裁廷には、遂ぞ姿を現さなかった『北方辺境伯』メルヴィンであるが。
出口で待ち構えられていた事に、ガレスは然程の違和を憶えず応じた。考えてみれば当然である。
相手は罪人。それも主君に弓を引いた者――――だ。代わりの効かぬ身の安全を考慮すれば。
そんな人間が裁かれる場に、高位貴族の領主が姿を現す方がどうかしている。
……とは言え。であれば逆に何故、今更現れたのか。と言う問も浮かぶ訳だが。
「卿は暫しの拘束期間の後、領外追放に処される。知っての通り、再訪は二度と罷りならない」
「……はい、存じております」
「次に罪を冒した場合、凡そ例外無く死刑となる。追放された領への侵犯はこれに相当する」
「はい」
「……この後、厳しい半生を送る事になるだろう」
「はい、謹んで――――」
声を断ち切ったのは、壁へ叩きつけられた拳だ。俯きがちなメルヴィンの表情は見えない。
見えなくともこの。善良に過ぎる主君の内で荒れ狂う感情が、痛いほど理解出来た。
「――――何故、全て話してくれなかった。私はそれほど頼り無い主だったか」
「いいえ」
首を振る。一瞬の躊躇いすら必要無かった。
「自分にとって貴方は紛れも無く、生きる理由の全てでした。
貴方に救われたこと。仕えたこと。共に戦場を駆けたこと。一片の後悔すら在ろう筈が有りません」
拳を握るメルヴィンの隣を、黒鎧の騎士がすれ違う。
その懊悩を解けるのならば。けれどもう叶わない。一度違えた道は、元通りになりはしない。
「伯。長らく、お世話になりました」
「――――ッ」
振り返ってはならない。互いに、此処からまた、前へ進んで行かねばならないのだ。
垂れ下がった手錠の鎖が、小さく鳴った。
●大体いつもの人材不足
「……ノイマン、汚れ役を押し付けて済まなかったな」
「べっつに良いですよー、書類と格闘するより幾らか楽……あ、だったら長期有休下さい」
「寝言は寝ている時だけにしろ」
「辛辣!!」
辺境伯領執政府内、二階執務室。久しく揃った辺境伯とその側近2人が額をつき合わせていた。
と言うのも。此度の査察とそれに纏わる諸々でまたしても停滞している執務。
及びどう考えても限界を迎えつつある人材不足について。
そしてそれらと直接関与する、此度協力を仰いだ冒険者達への褒章についてである。
「今回爺を動かしちゃったんでしょ? なら四位と五位に誰か取り立てるしかないんじゃない」
「と言ってもねぇ。戦功序列は騎士団皆が認める共通の基準だから誰もが一目置くわけで?」
「そうだな。某か多く認められる基準が欲しい……おや、シエル。昼食の時間かな?」
「にあー」
「ちょっと我が主ー!?」
愛猫の昼食時間に入ったメルヴィンを他所に紛糾は進み。
「事務方の責任職も欲しい所ですな。そう、文官長など如何でしょう」
「アルバートさんアルバートさん、それ誰が好き好んでやるんです?」
「勿論あたしはパスパス断固パース」
「まあ誰も居なければノイマン様が強制任官されますな?」
「僕の扱い雑ぅ!!」
とは言え『北方辺境伯領』の人材不足は今に始まった話ではなく。
どれほど机上で議論を交わしても虚無から突然戦士が大量供給されたりもしない。
例年であればそろそろ『辺境騎士団選定試験』が実施される頃合いでもある訳だが。
であれば、折角なので冒険者も巻き込んではどうか。
アーチボルト辺境伯家家令長アルバートの提案は、結果的に満場一致で受け入れられた。
●星無き夜
夜。誰も居なくなった執務室にて。
査察から戻ってより最低限の休息で継ぎ接ぎする様に書類に目を通していたメルヴィンに。
家令長アルバートが紅茶を運ぶ。普段であれば、雑談の一つ二つも交わしたろうが。
この数日それもない。共に国を支えようと誓った臣下への審判が、響いている事は明らかだ。
「……なあ、アルバート」
故に、掛けられた声にアルバートの方が驚く。視線を向ければ、メルヴィンは書類へ視線を落としたまま。
「私は『辺境伯』だ。成さねばならない義務があり、責任があり、矜持もある。間違えたとは思っていない」
死刑とされない範囲で最も重い刑罰を下した。それは規範であり、国家運営における正道だろう。
「同時にこうも思う。何と頼る甲斐の無い男だ。度量の無い主だ。何故罪を呑んで、水に流してやれなかった」
彼の男に二心など有る訳がないと。未だ断言出来る。メルヴィンだけには、それが出来る。
「私は、『辺境伯』として無辜の子供達を。正しき施政の為無二の腹心を切り捨てた。
だが、あと幾つ切り捨てれば――――私はこの国を護ったと己を誇れるのだろう」
領主として、指揮官として、『辺境伯』としての彼は――――優秀だ。
突出した部分が無い分バランス良く、物事を真っ直ぐ受け取れる資質は王国貴族には稀有と言える。
けれど同時に。『辺境伯』と言う規範に則らないメルヴィンは、個人として不器用に過ぎる。
そこが彼が貴族の夜会を厭う最大要因であり、あの曲者の第二王子が好む部分でもあるのだろうが――――
「迷われませ、メルヴィン様。丁度、此度の催しには冒険者も幾らか訪れる筈」
あくまで家臣であるアルバートに教えられる事ではない。故に、初老の男はただ一礼し部屋を辞す。
(……貴方様は今ようやく、御自分が何者になるのか。と言う問と対面しているのです)
解説
北境の人手不足を知るもの、来たれ!(降って来る硬貨)
●成功条件
辺境騎士団選定試験(拡張版)が恙なく完了する。
●失敗条件
辺境騎士団選定試験(拡張版)で大きなトラブルが発生する。
●選択肢
・各人いずれかの行動を選択すること。行動案の先頭へアルファベットの記載を推奨。
【A】論功行賞
下記条件の"いずれか"を満たす場合に限り、選択可能。
1.【災怪】と付いた依頼でMVPを取得している。
2.末尾に【済】と記載のある称号を保有している。
北方辺境騎士団へのお誘い。受領した場合の身分は『北方辺境伯領正騎士』
辺境伯のお抱えの為、王家叙勲を必要とする『王国騎士』を目指す場合不適当。
受領した場合も当面内定扱いの為、後々気が変わって蹴っても良い。
【B】選定試験(拡張版)に挑戦
下記の試験の”双方”に挑戦する。突破した場合、希望すれば辺境騎士団の内定が取得可能。
内定を受領した場合の身分は『北方辺境伯領従騎士』
一次【筆記】:騎士に必要な基礎試験。主に戦術、政治、礼儀作法の3点を測る。
3学年以上のパンクリアース学園生や事務業務の経験者には加点有。
二次【戦闘】:装備品(スキル除く)を全て外し100人の辺境騎士(一般人)と1対1で連戦。
100人目は99人まで突破した別の受験者と戦い、戦いぶりを測る。
【C】幹部選定試験に挑戦
下記の試験の"いずれか"に挑戦する。突破した場合、希望すれば辺境騎士団の内定が取得可能。
内定を受領した場合の身分は『北方辺境伯領正騎士』
既に『正騎士』が内定している場合、幹部資格の内定を受けるか選択可能。
・白の試練:辺境騎士団第二位、『白騎士』アストリッドと戦い、戦いぶりを測る。
同人物は高Lvシーフ。固有スキル持ち、命中・回避に特化した二刀剣士であるとする。
・灰の試練:辺境騎士団第三位、『隠者』ノイマンと対話し、自らについて語る。
個人としての愛国心を測り、武力は問わない。尚、突破難度は白より困難であるとする。
【D】その他
試験や資格と関係無く、執政府をうろうろしたい場合こちら。
NPCと交流したい場合選択肢に続き対象NPC名を記載。原則必ず遭遇はする。
●注意事項
・北方辺境伯領が冒険者を対象に、手広く人材募集をかけるのは最初で最後の機会です。
・今後も従騎士から正騎士への昇格機会は別途設ける予定です。
・合格条件は必ずしも「勝利」に依存しません。
マスターより
63度目まして。シリアス&ダーク&政治劇担当、弓月蒼です。
最近閉塞感を感じる展開が続いていたので、王国らしいイベントの御時間です。
基本、パンクリアース学園への入学と似た仕組みになっていますが。
どこまで上手く試験が運んでも受験者の半分は落選しますので予めご了承下さい。
研ぎ澄ませた戦闘力で挑んでも良し。類稀な人間力で挑んでも良し。
或いはこれまでの積み重ねを最大限利用しても構いません。解法は無限大と言うことで。
また、今後ハード展開に戻りますので、ささやかな日常を楽しむのも良いかもしれません。
NPCには興味ないので王国北境観光に全力を費やす、でも一向に問題有りません。
どうぞお気楽にご参加頂けますと幸いです。
リプレイ
●選定-前-
城塞都市『ノストガルデン』内――辺境騎士舎、練兵場。
「既に剣に捧げた身ゆえ辺境伯に仕えることはできないが、鍛錬の機会を頂けないだろうか」
「おっけ、さあ来い!」
近接戦では辺境騎士団に並ぶ者無しとされる序列第二位『白騎士』アストリッドは双剣士。
対するだわもまた、二本の剣を獲物として携える。互いに剣を抜き一礼。規則は僅か2つ。
1つ。試合時間は1分。引き分け有り。
2つ。両名を囲む白線からの場外、いずれかの敗北宣言、戦闘不能の3項のみを決着とする。
つまり、戦闘行為に一切制限はない。文字通りの『試練』であるということだ。
だわが青い剣を構えた瞬間。ほぼ直線上に立つ女騎士の姿――の、色彩が薄れた。
錯覚か――否。錯覚ではない。隠形か――いずれも否。
「キミには、でかい影との戦いで見せた筈よ。美人舐めちゃいけねーな?」
水平跳躍、刹那の瞬き――――間近から声。知覚と実像のズレに視線を向けるが、圧倒的に反応が足りない。
死神の刃がだわの鎧と鎧の隙間を正確に切り裂くや、反撃の暇を与えぬ一撃離脱。
(これ……は――)
これの何処が"近接戦"だ――と戦慄が奔る。凡そ50m以上を自在に駆け視界の外からの強襲。
此処に来て漸く彼は自分の誤算を悟る。突貫も足止めも備えない彼はそもそも。
白騎士を自らの"攻撃可能圏"に――唯の一瞬すら留め置けない。
「……降参は、しない」
「あはは、死ぬなよ新米?」
――――続けて呼ばれた挑戦者は、しかし同じ盗賊故か。否、元々生業としての積み重ねもあろう。
序盤戦で『白騎士』に最も肉薄したのが、この『鉄級探索者記章』エミリア・シバである。
「へぇ……こいつはなかなか、世界は広いや」
「かの高名な『白騎士』さんのお褒めに預かれるなんて、嬉しくなっちゃうわ」
歩法は舞踊のそれ。間合いの異なる武器。敵の動きに眼を慣らすらす為の回避特化。
実力差を埋める為に個に赦された最大限の創意工夫が、両者の力量差を"拮抗"まで持ち込む。
辺境騎士団内でも、『白騎士』と舞える者は幾人と居ない。
一手で決めようとせず警戒し続けるエミリアとの競り合いは、制限時間ギリギリまで縺れ込んだ。
「くっそ、詰めきれなかったあああああ――――!!」
「本当。やっと、眼が追いつく様になってきたのに――――ね……!」
交差する双剣と細剣、逆手の本命は籠手の爪に防がれ、其処で審判を担う監督官から"待て"が掛かった。
『試練』はあくまで戦いへの姿勢を見る物。勝敗が重視されはしないにせよ――
「ところでおねーさん。うちに来る気ある?」
そう言って笑ってみせた白い騎士の眼は、口調に反して猛禽の如くであったという。
■
移り変わり、辺境伯執政府内2階客室。かつて舞踏会を開催した際準備室に使われていた一室では。
辺境騎士団序列第三位。『隠者』ノイマン・アガスティアによる対面面接が行われていた。
『北方辺境伯領正騎士』レイ=レーベンス=レックフォードは椅子に腰掛け自らの想いを紡ぐ。
「騎士とはどうあるべきか……騎士とは見栄をはるものです。
以前そう話したら、身体をはるものだろう、と笑われた事があります」
「ふむ、君はそれをどう思う?」
「それは正しい。土地を治め命を預かる者が身体を張るのは当然だ。
……けれど、それでも尚。見栄を張るのは自身よりも民の為だと思うのです」
徹して聞き手に回る『隠者』は時折何かを書き付けながら首を傾げる。
応じて、レイは自らの意図を重ねた。
「死闘の末に敵を撃破しぼろぼろの格好と、煌びやかな鎧を纏い誇らしく胸を張る姿。
どちらが民の目に安心を宿せるでしょう」
「つまりこう言いたい訳だ。騎士とは民に夢を見せる業種だと」
「はい、私は、強くなくても安心して在れる国の騎士でありたい」
なるほど、と幾度か頷き。結果は追って伝える旨を示しノイマンはレイを見送ると。
次の人、と形式的に挑戦者を招く。彼は良い騎士になるだろう。それがただの正騎士ならば。
「アストリッドさんと戦っても時間掛かるだけだからね!」
「でしょうねえ?」
次いで訪れた挑戦者は『白騎士の戦友』トゥーリである。彼女の戦闘適正については。
事前に『白騎士』から聞いていたが……恐らく引き分け、時間切れが目に見えている。
そういう意味でノイマンは彼女を賢明と見た。示すべき適正の重要度は、此方の方が上だからだ。
「半獣人は被差別種族だからさ。同胞を護りた「採用」
沈黙が落ちた。彼女は未だ自らの本心の爪先位しか語っていない。瞬きの回数も増えると言う物。
「え、待って待って待って……なんで?」
「理由は幾つか有るけれど。貴女は要するに"自分を捨て駒として使える"事を売りにしたい訳でしょ?
実力はアストのお墨付きだし――"人質"が仕える"駒"はすこぶる"都合が良い"」
――――す、と。部屋の温度が幾つか下がった気がした。春も盛りに『隠者』の声が静かに響く。
「貴女は自分の価値を。"生きる場所と死に場所を"良くご存知だ。騎士と言う立場と噛み合わせも良い」
夢がある。と、ノイマンが微笑む。それを見て、トゥーリは理解した。
秤が壊れてる。それが戦争と言う場面でどれ程の強みか。同時に。何故彼が三位にしかなれないか。
「配属の際には貴女の傘下に半獣人の従騎士を集めると約束するよ。護ってあげて」
これを上司とする事に危機感を憶えないと言えば嘘になる。だってその眼はこう告げている。
"貴女は同族を護ると言う動機で、何処まで札を切れるのか――"と。
●黒騎士-前-
「どうして死地を求めるような事をしたの? ガレスさんを苦しめているものは何?」
困惑の色濃い『黒騎士』ガレス・コーニッシュは手錠、監視付きで騎士舎の一室に囚われている。
精々が軟禁相当ではあるが、罪人から監視が離れる事など当然あるわけもなく。
真正面から切り込んで来た『真実奏でる自鳴琴』エルゼリオ・レイノーラの問は。
少なくとも、人目を介する場で明かせる類の話ではないのだが……男は困惑交じりに、呼気を吐く。
「もう十年も前、自分は幼い義妹から両親を奪おうとしました。完全な故意、外道の所業だ」
奪おうと。その意味する所を薄っすら悟り、エルゼリオは言葉を失う。
「何も知らぬ義妹が自分を庇った結果、放免と。
にも関わらず真実を暴かれそうになり、自分は大恩ある伯を裏切った。それだけの話です」
貴族として積み重ねたエルゼリオの洞察力は確かな物。それを通して見たとして。
言葉に嘘はない……彼が、自分を責め続けている事だけは。
「レイノーラに来ない? 騎士は難しくても、秘書官とか」
「自分は罪人です。レイノーラ家に迷惑が掛かる」
「分かって言ってる。きっと、父上達は喜ぶよ」
――多分。迷いはあったのだろう。一瞬、男の暗夜の様な瞳が揺れた。
けれど結局、苦く笑む。流石に其処までの面倒は押し付けられないと。
「エルゼリオさん。自分は貴方に恩があり、感謝がある。
である以上、貴方の父上に臣下の礼を取る訳には行きません」
「そんなの、なんで――――」
「――――友人とは、極力対等で居たいのです」
そう言って淡く笑うものだから。
……到底納得など出来ない。そんな卑怯な断り文句、有って良いものだろうか?
■
「女の敵が良い気味だわ――と、言われると思った?」
面会にやって来た『緋の鳥籠』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクの言に。
ガレスが曖昧に頷いた。少なくとも、戦場で見た時よりはまともな人間の表情をしている。
「言わないわよ。何なら帝国へ逃げる手引きをしてあげても良い」
「……どういう風の吹き回しです?」
両者の関係を考えれば、過度のお節介と言ってすら良いだろう。驚いた様に問うガレスに。
常の仏頂面を崩せば年相応だと、初めて知れたアウレーリアは思わず笑いを噛み殺す。
「籠から出られておめでとう。と、讃える人が一人位居ても良いでしょ?」
「一体何の罠かと」
「ガレス、貴方冗談なんか言えたのね」
確かに、『王国』から出てしまえば彼を縛る枷は無い。場所を選べば冒険者にすらなれるだろう。
けれど国を跨ぐとは――――或いは、何処かで『王国』と対立し得ると言う事で――――
「――お、何か満足そうじゃがどうじゃった?」
「感触なら、五分五分より少し悪い感じかしら。どうせ心情的な部分が引っ掛かるんでしょ」
面会を終えたアウレーリアに、『黒曜の従者』ベルク・オスマットが手を振る。
互いに『帝国』再興を目指す者同士、北境でも度々顔を合わせる為、目的が重なる事もある。
「騎士の忠誠、か。面倒な性質じゃなあ……真面目なのは悪いことではないんだろうが。
正直、事務仕事が出来る有能な授恵者なぞ喉から手が出る程欲しい」
『帝国』は帝都崩壊で要人が軒並み逝去した結果、慢性的な人材不足である。
いずれゴールディから労働力は確保出来ても、指揮・教導が出来る人材は乏しい。
「案外、押して押して押しまくれば折れそうな気もするんじゃがなあ、あの御仁」
「そうまでして口説く気も無いわ。私が興味あるのは、彼がこの先どう生きるかだけよ」
少なくとも。騎士の規範に徹した姿よりは今の方が愉快だと目を細めたアウレーリアに。
『帝国』に割と尖った人材しかいないと言う現状を憂いたベルクが、大きな大きな嘆息を溢す。
●城塞都市にて
「で、ゼー君は会いに行かないの?」
「あっちは絡みたい奴らがなんとかするだろ」
『真実映す灰簾石』サニー・フォン・オルライトがもぐもぐと栗鼠めいて口元を動かす。
『ノストガルデン』は国境。つまり通商の要所であり商都の一面を持つ。
露店で売っていた蕎麦粉の円形焼きもあまり見かける物ではなく。
如何にも最新鋭のお洒落菓子、と言った雰囲気に釣られ購入に走ったサニーを責められはするまい。
「何より結末に興味はない」
対して、応じたゼラルム・エルホワイトは件の騎士の顛末を思い出し首を振る。
我を通し、裁かれるべきことをした人間が裁かれた。結局要約してしまえば、それだけの話だ。
其処に思う所は何一つ無い。強いて言うなら……以後邪魔にならなければ良い、くらいか。
「じゃあ、試験は? 少しの間だけでも便利になるかもよ?」
そう問い掛けるサニーが紙に包まれた焼き菓子を食むのを眺めながら。
僅かに思考を割いてみて直ぐ様眉間に小さな皺が寄った。無い。どう考えても、無い。
「『帝国』と『王国』の国境。『帝国』再興が実現しそうになったら、ここは政治的最前線になるんだよ」
「? あー、まあゼー君が誰かの下に付いてるのなんて全く想像つかないけどさ」
「そういう問題じゃない。今ここに腰据えても良い事がなんもねえんだよ。何より――」
サニーが別途買い込んだ丸い焼き菓子を摘まむと、口に広がった甘さに嫌そうに目を細める。
二人が計画している移住計画に問題が出る。と言うのも勿論理由の1つではあるものの――――
「――今後、激務確定んとこにわざわざ突っ込みに行くアホは居ねえだろ」
「うん。まぁ……それはそうなんだけどさ」
■
「――――楔殿! 俺を弟子にしてくれ!!」
「……頭沸いてんのかシラーの悪餓鬼め。帰れ」
にべもない白髪の老人に、額を擦り付け『死線を渡る覚悟』アデッサ・ハーレイが乞う。
辺境伯執政府から大きく離れた『ノストガルデン』の外れ。草臥れた庵が『北境の楔』の住処だ。
「その鬼神の如き強さの由縁が知りたい! いや、教えなくて良い勝手に盗む……!」
「桃色小僧と良い最近の冒険者ってな人の話を聞きやがらねえ……」
ぼりぼり髪を掻き混ぜ面倒くさくなったのか。常に携えた鞘入りの長剣の柄に手を掛け――――
「――何だそれ。凄いな、どういう原理で打たれた武器だ?」
「あ゛あ゛?」
額に青筋が浮いた『楔』を他所に。ぐいぐい近付いてきたのは『ウィルの感謝状』サイラス。
通りを闊歩していて偶々迷い込んだ街外れだが、その高身長故に彼の視野は広い。
通りで鞘入りの剣を構えた白髪の老人と、土下座る砂漠の民など見ては。
興味が惹かれない方が難しく――――何より。その鞘から僅かに漏れた鋼の輝きよ。
「神具、じゃないな。鍛冶製品? ……合金? 嘘だろ、どうすればこんな造りに……」
抜かれかけた刃は光を照り返すと虹を帯び煌く。サイラスの知識に無い精錬法で打たれている何か。
合金というのは品質を一定化する為か、価格を抑える為。つまり大量生産品に向く素材の筈だが。
「でけえ蜥蜴だな。今度は何で手前は誰で何だ突然藪から棒に」
「ちょっとその剣見せてくれないか。何か凄いのが降りて来そうなんだ……!」
「知らねえ帰れ! しっしっ! あ、てめえ何勝手に人の家に上がろうとしてやがる!」
業物、と言うのも烏滸がましいだろう、人の手が偶然生み出した逸品をサイラスが勝手に観察し。
完璧に断られている筈のアデッサは全く懲りる気配を見せず『楔』に追い出される。
■
流石に刃傷沙汰にするのも面倒くさかったのか、『楔』が家の外でやさぐれていたが。
庵に集った面々とは一歩遅れやって来た『銀の双刃鬼』ナハティガル=ラーは気にしない事にした。
「聞きたいことが有る」
「煩せえぶっ殺すぞ糞亜人が」
「『独眼蜥蜴』が紅百合の名を継承していたのはどういう事だ」
「手前ら本当に人の話を聞かねえな……?」
この老人に言われたくは無い。
「恐らく、どっかで自分が『紅百合』の血統だと教えられたんだろう」
「『芽吹きの園』で生産された『山神』は皆、紅百合の末裔になるのか?」
「ま、そういうこった」
つまり、『黒煙街』で行われていただろう授恵者配合の仕組みはこういう事になる。
まず同じ『紅百合』の母から生まれた授恵者の男女を分け、男児を『山神』とし。
別の街から男性授恵者を見繕い女児を番わせる。これからまだ授恵者の男女を選り分け。
これを繰り返す――――と。
(……なるほど、『呪殺公主』の信奉者が尽きない訳だ)
事実であれば、後継者不在に困った貴族が『黒煙街』に頼った例など幾らもあるだろう。
こんな事実、表沙汰にして良い訳がない。それを重々理解し、ふと気付いたように問が漏れた。
「と言うか……アンタは一体幾つだ?」
「俺ァ未だ62だっ!!」
●執政府にて
「断られた……」
「まあ、そうなるでしょうね」
意気消沈するアデッサに、『アーチボルト辺境伯』メルヴィンが息を吐く。
“いずれは侯爵家に戻る身なれど。その時まで辺境伯の元で学ばせて頂きたい”
その返答は想定に無かった、と一頻り悩み、とりあえず了承したものの。
騎士にとって規律と秩序は両翼だ。となると……と書類を作成していた頃、執務室の扉が鳴る。
「……失礼します」
現れた森人の魔術師に。メルヴィンが首を傾げるのも止むなき事。
『銀嶺の旋律』リコリス・アデュラリアは勧めに従い席に着くも――――
「『黒煙街』の一件。捕らえられたのは私の失態です。なのに、都市長ではなく私を助けた」
眼差しの怪訝の色が強くなる。あの場、あの状況においては。
彼女が"囮"として機能するかはかなり怪しかった。都市長は一般人であり助けても逃げ切れない。
「不愉快なことに、あなたへ借りが出来てしまいました」
「いえ、あれは業務上の必要悪と言うか、管理責任と言う物で――」
「ですから、いつか。あなた個人に恩を返すと誓いましょう」
……? ??? 話の筋書きが読めない。今、どうしてそうなった?
自分は叱責されていたのでは無かったか。森人の文法は難し過ぎる。
「……そんな事で貸し借りな「借りです」
そうと断定し、大きく頷いたリコリスを止めることは遂に叶わず――――
■
「厄介な性分だ。もう少し悪ぶれないのかい?」
『諜影操羽』ルチル・プルメリア・グレイハーツは自ら呼ばれた執務室で問う。
対する『アーチボルト辺境伯』メルヴィンはと言えば、勧誘を拝辞された上でのその言に。
嘆息混じりに苦笑いを噛み殺す事しか出来ない。他にどんな顔をしろと言うのだろう。
「そう言えば、何故辺境伯は射手なんだい」
「私もあの後育ての親に訪ねましたが。どうも、私は物心付くまで授恵者ではなかったそうで」
『山神』となる――――才能が無かった。いや、正確には違う。
双子として生まれた彼は、その才能を失い生まれ落ちた。片割れに全てを押し付けて。
「私に、もっと強さが有れば。より多くを救えたのかもしれません」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。慰めは言わないよ」
得たい情報は得た、と席を立つルチルを、見送ろうと辺境伯が立ち上がろうとするのを。
掌だけを向けて頭を振る。全く、律儀が服を着ている様な男だと呆れるように。
「けれどどの道……今の自分が持つ物だけで生きていかなければならないのさ
失わせた者に悔いがあるなら、無意味にする方が余程申し訳が立たない」
彼女なりの激励か。メルヴィンが拳を握るのを一瞥し、情報屋は瞳だけで笑いを描いた。
■
「イリュジオン殿?」
灰猫のシエルと戯れる為に階下へ降りて来た辺境伯を出迎えたのは、黒い愛猫を抱えた娘。
『夢を追う守護者』イヴェール・イリュジオンだった、訳、だが。
「……友の行末を案じるなら、出来ることはあるのではないですか?」
「そうですね、私には彼の罪を覆い隠し無罪を下すことすら出来た……今更、どんな顔で友だなどと」
「私は、貴方が間違った審判を下したとは思っていません」
今日は随分慰めを受ける。自分はそれほど焦燥しているだろうか、貌を確かめるメルヴィンだが。
少なくとも、『黒煙街』で何も決断出来なかった時より随分マシな反応だ。
であれば彼は彼の選択をするだろうと――見返す辺境伯に安心を滲ませ、イヴェールは告げる。
「私、実家に帰りますので」
「……? うん、それはどういう」
「曾祖父達に紅百合との関係を問わないと。他にも……すべき事が幾つも出来てしまいました」
ただの帰省ではない、と気付いて数度瞬く。まさか、それで?と視線は黒猫を辿り。
「はい、この子預かって下さい」
暫しの沈黙の末頷くと、メルヴィンは黒猫を抱えようとして見事に引っ掻かれていた。
その様に、思わず小さく笑いが漏れる。動物の扱いすらなかなか上手くはならない。
だから灰猫を連れ、黒猫を抱き上げ、その序での様に放って来た何かを受け止めた瞬間も。
「……――――!? これ……!」
「預かって下さい、いつか再会の時まで。幸い代用品は有りますし。
……以前の贈り物の御礼も、まだですから」
掌に転がった物。それは家紋印だ。他家の人間においそれと渡して良い物ではない。
不器用な人だった。その印象は、最後まで変わる事はなく。
●選定-後-
"はい、そこまで"と監督官の声。
「こんなの分かるか――――!!」「合理性の欠片もない……」
王国式貴族礼法とは、"知らなければまず想定出来ない減点採点式の様式美"――――である。
『威風凜然』デイジー・ロックウェルと『RTA』フリーダ=ブロムヴィスト。
共に礼儀作法に穴を抱えていた受験者2人が筆記を終えて机に伏せる。
実の所、合理を突き詰めればどうにでもなるのは戦術であり、政治と作法はそうは行かない。
(……何とか、なりましたか)(これは、かなり良い線行ってるんじゃないか……?)
他方、同じ受験者でも生の経験と付け焼き刃が生きた『誓約の剣』Alexandra・Hexe・Claudia。
及び元々貴族である『翡翠色の旗手』ジュスト・ヴェルジーは声を上げず瞳を伏せる。
「こっちは得意分野よ! ……って、え、またアナタなの……?」
「……良くわからない縁が、ありますね」
ある程度優れた授恵者である以上、99対1ならともかく1対1を99回繰り返しても紛れはない。
そうして百人目で相対したのはデイジーとAlexandra。完全にくじ運の筈だが何の因果だろう。
北境でこの両名が対峙するのは二度目――――第一回武闘祭の再現である。
(同じ相手に二度は負けない……負けたくない……!)
(――――なるほど。騎士を目指す人と言うのはこういうものか……で、あれば)
咆哮と共に踏み込むデイジーを、Alexandraの氷の矢が阻もうとするも。
此度の対峙は動機の差が諸に出る。術者と相対すなら最重要は初動。
構えを陽動に回避に専念した子爵令嬢が矢をかわし、距離を詰め切り拳打。
軽いとしか表しようの無いAlexandraが吹っ飛んだ事に、後々慌てふためいた事は言うまでもない。
そうして、もう一方。フリーダとジュストの対峙は試験場を別に行われていた2人の対峙と比して。
只管に静かに始まった。戦士が対手では、術者は間合いを詰められたら先ず負ける。
「となると、これ以外無いか……な」
掌に生み出した蒼白い光槍を見るや、フリーダの姿が一瞬で大きく接近していた。
まるで"前方に落下する"様な体捌きにジュストが後退ると。
置き土産のように放った光槍がその体躯を縛り――――其処からは消耗戦だ。
ジュストも善戦したが、あまりに相性が悪かった。フリーダは装備に頼らずとも過剰に頑強であり。
魔矢を放った次の刹那。直撃を受けつつ放たれた掬い上げる様な突き上げが、選定試験を締め括る。
■
「1対1でなくとも構いませんよね? 必要に応じての協力も戦術です」
「にゃー! ここで会ったが百年目! ギャフンと言わせてやるんだから!」
「あっはっは、良いぜ良いぜ勿論歓迎だ。遊んでやるよ仔猫ちゃん達!」
今日は壁ではなくても『壁エルフのおねえさん』コルネリウス・アーラ。
ハヤトの件でむぎゃぴー! な『【砂塵】セニャの親友』サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。
白の試練最後の戦いは、概ね地獄の様相を成していた。1対2である事もさる事ながら。
両名は『白騎士』に"当てる"事を前提として徹底的な攻撃精度を確保していた。
突貫で機動力を確保しつつ"堅く鋭い"コルネリウスが前線を担う為攻め切れず。
加えていずれもが無拍子を有する為、一撃離脱ではどちらかから逃げ切れず、5割近い確率で直撃が来る。
その度、相手の攻撃を往なす様な奇妙な反撃で2人を地面に転がしていたアストリッドだが。
早々にして"手札を切り過ぎ"た。受けが取れなければ、此処からはまともな消耗戦だ。
「くっ、そんなにハヤトで弄ったのがダメだったかー……ごめんて」
「かっる!!」
研ぎ澄ませた臑への一撃が『白騎士』を難敵せしめる反応速度を奪うと。
「掛かっ「やべっ「剣としても、お役に立てるところをお見せします!!」
呪詛の澱が解ける前にとコルネリウスが一気に距離を詰める。 避け――――切れない。
完全に直撃した強烈な竜の突撃に、『白騎士』が吹っ飛び、境界線を越える。
「かっ――――て、ました? ……え、勝ちですよね!?」
「にゃ――――はははは! 本命はこっちだからね! どーだアスト恐れ入ったか!!」
審判役の監督官すら口を開け立ち竦む中。擦り傷だらけのコルネリウスとサフィラが手を打ち合わせると。
慌てて起き上がろうとして監督官に悼ましげに首を振られ、女騎士は拗ねたように転がった。
「ぎゃふん」
これはもう、誰の目にも明らかなアストリッドの失態である。
■
「……愛国心、か。正直、良く分からないのよね」
『北方辺境伯領正騎士』ザザ=ステルヴィナには故郷がない。
生まれ育ちは同盟だが、"取り換え子"にとっては、とても愛着が持てる環境ではなかった。
異端。異分子。爪弾き者。重ねられた言葉は呪いに等しく自己認識をすら捻じ曲げた。
独りで生き独りで死ぬ。それで良い。それが良いと――――思っていたと語る彼を眺めて。
対面に座る『隠者』は何も応えずただ、先を促した。
「けれど世界は広かった。真に独りで生き、独りで死ぬ事は難しいと痛感したの。
そうすると……人は我儘よね。自分以外の為に生き、死ねる場所が欲しい。そう思ってしまった」
孤独は安らかだ。救いだ。けれど寂しい。人は孤独に生きられるが、孤独は人に何も遺さない。
「では君は、君の信じる物の為に生きて死ねるのかな」
「ええ、勿論」
逡巡は無かった。そういう物だとして生きてきた。その過去までは変えられない。
自分の想いに殉ずるのは当たり前だ。ただ少し、世界が広がっただけ。
「大変結構。辞令は追って通達するね」
「……?」
言葉に奇妙な引っ掛かりを憶えるも。何なのかは分からないまま。
ザザが踵を返すのと入れ替わり、執政府2階客室に本日最後の来客がやって来た。
「お目通り感謝を、隠者殿。話したいと常々」
「ああ……話は聞いているよ、キーゼ君。この僕に質問かな?」
『這い寄る者』キーゼを一瞥し、灰の隠者は淡く笑い、黒の治療師は笑わなかった。
「忠は求めず。王は勿論辺境伯にすら。対して、国を想えばこその狂った愛はどうなのか」
「そうだねえ。僕なら動機が愛であれ憎であれ首輪を厭う狗は要らない」
即応する森人を見遣り、キーゼがなるほどと首肯する。
これは確かに"為政者"だ。そして彼の感性では、辺境伯より余程適正が高い。
「……恐らく、貴方は"伯"側でなく『楔』側ですね」
「どうしてそう考えたのかな?」
次は否定が返らなかった。つまりはそういう事だ。『隠者』の眼差しには理性の色。
だから多くの者は気付かない。理性的好奇心がどうして、壊れた狂気より安全と言えるのか。
「国は剣と筆で成り、『楔』は剣。ですが街を造り試行するのは筆の筈」
剣は行使ではなく威嚇が役割だ。『楔』はその役割を十全に果たした。
では筆は? 筆が表に立つ必要は無い。理解も求めない。ただ優秀で、裏方であれば良い。
「空虚な良い眼をしてる。我が主も評価していたよ。大事にすると良い」
「褒め言葉でしょうか。ああ、勿論この国は好きですよ」
「人間模様が愉しいからね」「ご想像にお任せします」
その会合は酷く密やかに穏やかに過ぎた。灰の隠者は淡く笑い、黒の治療師は笑わなかった。
●黒騎士-後-
監視付きの部屋の奥。手錠を着けられて座る『黒騎士』を目の当たりにして。
『夜に咲く白月』レティシア・レインフィールは立ち尽くす。何を言うべきかを全て忘れた。
「また眠れていませんね? 全く、困った方だ」
いつか。そんなやりとりをした。 ――――その声を聞いただけで、何も言えなくなってしまった。
目を合わせられない。どう償えば良いのかも分からない。もうずっと思考が纏まらず、唇が震える。
「ごめ……なさ……」
色々考えて来たのだ。辺境伯に罪の軽減も乞い、王都の屋敷に招いてはどうかとも考えた。
未婚の貴族令嬢のあるまじき事と分かっていて、何かせずにはいられなかった。
「何を謝られ……ああ、そうですね。確かにあの様に危ないことはもうしないで頂きたい」
槍の先に身を呈した事を言われていると察し、ぐらつく心で思わず頭に血が上った。
それを言うなら――――そんなことを、言う位なら――――
「貴方が、ガレス様が、生きて下さらないからではないですか……!」
「ええ、酷い話です。そんな酷い男に命など賭けてはならない……とは、もう言えませんね。
……なので生きようと思います。少なくとも、貴女が生きている限りは」
本当だ。酷い話で。酷い人だった。目尻に涙が滲むのを堪え、耳元から耳飾りを外す。
目を見れば分かる。彼はもう行く先を決めているのだろうと。だから――――せめて。
「……でしたら、これをお守りに。……お母さんの、形見なんです」
途方も無い事をしていた。それは端的には事実であるのだが。
手渡された『黒騎士』は、困ったように一本の筆を差し出す。これでは交換にも足りないと。
「では、あくまで預かるだけと」
丁寧に象られた羽ペンだった。ペン先は銀。握りに月が刻まれ手作りと見て取れる。
瞬くレティシアに、決して表情を造るのが上手くはない男は、瞳だけ細め応じる。
「誕生日と聞きましたので。落ち着いたら、手紙でもお送りします」
それまでお元気で、と言ってのけられる彼は本当にずるいと、受け取った贈り物を俯いて抱く。
誰かの為にこんな恐れを抱くことも。誰かを想ってこんなに苦しくなることも。
他に誰も、教えてはくれなかった。
■
「良かったのか?」
「何がでしょう」
「こっちに付いて来て」
『ブレイブファング傭兵団団長』ハヤト=ガラン=ヴォルファングは思わずと言った体で問うた。
彼には選択肢が無数にあり。その中には自由を得られる物すら有った筈だ。
"傭兵"は『王国』や『帝国』ではお手軽に使える戦力として一定の地位を築いてはいるが。
其処に名誉はない。殆どの場合発展性はなく、冒険者以上に使い捨ての立場だ。
「『白銀の薔薇』を自由にする為に足掻く、と言った言葉に嘘偽りが?」
「ねえよ。これでも団長を名乗ってんだ。だから力を貸してくれって言った」
「ならば是非もありません。自分と貴方の利害は一致している」
彼はこれより傭兵団預かりとなり、『白銀』侯爵領に潜伏するのだと言う。
その本来の素性を明かされたハヤトも、今となっては納得せざるを得ない。
――――『白銀』の内情を、『メドゥの指先』の幹部に流した人間が居る。
間違いなく『白銀』か『黒槍』関係者。であれば、より危険が大きいのは『白銀』側だろう。
「信頼できる情報屋から、連絡先を教えておきます。力が入り用であれば"手紙"を下さい」
自分だけが、自由になる訳にはいかない。それは命を救われた者の義務だ。
先導するハヤトの後ろを『黒騎士』と、かつて呼ばれた青年が歩いていく。
振り返れば長く共に在った第二の故郷。けれど、後背を仰ぐことはもうあるまい。
北境の乾いた空は蒼く。僅かな荷物を背負い直した2つの影が歩み去る。
城塞都市『ノストガルデン』内――辺境騎士舎、練兵場。
「既に剣に捧げた身ゆえ辺境伯に仕えることはできないが、鍛錬の機会を頂けないだろうか」
「おっけ、さあ来い!」
近接戦では辺境騎士団に並ぶ者無しとされる序列第二位『白騎士』アストリッドは双剣士。
対するだわもまた、二本の剣を獲物として携える。互いに剣を抜き一礼。規則は僅か2つ。
1つ。試合時間は1分。引き分け有り。
2つ。両名を囲む白線からの場外、いずれかの敗北宣言、戦闘不能の3項のみを決着とする。
つまり、戦闘行為に一切制限はない。文字通りの『試練』であるということだ。
だわが青い剣を構えた瞬間。ほぼ直線上に立つ女騎士の姿――の、色彩が薄れた。
錯覚か――否。錯覚ではない。隠形か――いずれも否。
「キミには、でかい影との戦いで見せた筈よ。美人舐めちゃいけねーな?」
水平跳躍、刹那の瞬き――――間近から声。知覚と実像のズレに視線を向けるが、圧倒的に反応が足りない。
死神の刃がだわの鎧と鎧の隙間を正確に切り裂くや、反撃の暇を与えぬ一撃離脱。
(これ……は――)
これの何処が"近接戦"だ――と戦慄が奔る。凡そ50m以上を自在に駆け視界の外からの強襲。
此処に来て漸く彼は自分の誤算を悟る。突貫も足止めも備えない彼はそもそも。
白騎士を自らの"攻撃可能圏"に――唯の一瞬すら留め置けない。
「……降参は、しない」
「あはは、死ぬなよ新米?」
――――続けて呼ばれた挑戦者は、しかし同じ盗賊故か。否、元々生業としての積み重ねもあろう。
序盤戦で『白騎士』に最も肉薄したのが、この『鉄級探索者記章』エミリア・シバである。
「へぇ……こいつはなかなか、世界は広いや」
「かの高名な『白騎士』さんのお褒めに預かれるなんて、嬉しくなっちゃうわ」
歩法は舞踊のそれ。間合いの異なる武器。敵の動きに眼を慣らすらす為の回避特化。
実力差を埋める為に個に赦された最大限の創意工夫が、両者の力量差を"拮抗"まで持ち込む。
辺境騎士団内でも、『白騎士』と舞える者は幾人と居ない。
一手で決めようとせず警戒し続けるエミリアとの競り合いは、制限時間ギリギリまで縺れ込んだ。
「くっそ、詰めきれなかったあああああ――――!!」
「本当。やっと、眼が追いつく様になってきたのに――――ね……!」
交差する双剣と細剣、逆手の本命は籠手の爪に防がれ、其処で審判を担う監督官から"待て"が掛かった。
『試練』はあくまで戦いへの姿勢を見る物。勝敗が重視されはしないにせよ――
「ところでおねーさん。うちに来る気ある?」
そう言って笑ってみせた白い騎士の眼は、口調に反して猛禽の如くであったという。
■
移り変わり、辺境伯執政府内2階客室。かつて舞踏会を開催した際準備室に使われていた一室では。
辺境騎士団序列第三位。『隠者』ノイマン・アガスティアによる対面面接が行われていた。
『北方辺境伯領正騎士』レイ=レーベンス=レックフォードは椅子に腰掛け自らの想いを紡ぐ。
「騎士とはどうあるべきか……騎士とは見栄をはるものです。
以前そう話したら、身体をはるものだろう、と笑われた事があります」
「ふむ、君はそれをどう思う?」
「それは正しい。土地を治め命を預かる者が身体を張るのは当然だ。
……けれど、それでも尚。見栄を張るのは自身よりも民の為だと思うのです」
徹して聞き手に回る『隠者』は時折何かを書き付けながら首を傾げる。
応じて、レイは自らの意図を重ねた。
「死闘の末に敵を撃破しぼろぼろの格好と、煌びやかな鎧を纏い誇らしく胸を張る姿。
どちらが民の目に安心を宿せるでしょう」
「つまりこう言いたい訳だ。騎士とは民に夢を見せる業種だと」
「はい、私は、強くなくても安心して在れる国の騎士でありたい」
なるほど、と幾度か頷き。結果は追って伝える旨を示しノイマンはレイを見送ると。
次の人、と形式的に挑戦者を招く。彼は良い騎士になるだろう。それがただの正騎士ならば。
「アストリッドさんと戦っても時間掛かるだけだからね!」
「でしょうねえ?」
次いで訪れた挑戦者は『白騎士の戦友』トゥーリである。彼女の戦闘適正については。
事前に『白騎士』から聞いていたが……恐らく引き分け、時間切れが目に見えている。
そういう意味でノイマンは彼女を賢明と見た。示すべき適正の重要度は、此方の方が上だからだ。
「半獣人は被差別種族だからさ。同胞を護りた「採用」
沈黙が落ちた。彼女は未だ自らの本心の爪先位しか語っていない。瞬きの回数も増えると言う物。
「え、待って待って待って……なんで?」
「理由は幾つか有るけれど。貴女は要するに"自分を捨て駒として使える"事を売りにしたい訳でしょ?
実力はアストのお墨付きだし――"人質"が仕える"駒"はすこぶる"都合が良い"」
――――す、と。部屋の温度が幾つか下がった気がした。春も盛りに『隠者』の声が静かに響く。
「貴女は自分の価値を。"生きる場所と死に場所を"良くご存知だ。騎士と言う立場と噛み合わせも良い」
夢がある。と、ノイマンが微笑む。それを見て、トゥーリは理解した。
秤が壊れてる。それが戦争と言う場面でどれ程の強みか。同時に。何故彼が三位にしかなれないか。
「配属の際には貴女の傘下に半獣人の従騎士を集めると約束するよ。護ってあげて」
これを上司とする事に危機感を憶えないと言えば嘘になる。だってその眼はこう告げている。
"貴女は同族を護ると言う動機で、何処まで札を切れるのか――"と。
●黒騎士-前-
「どうして死地を求めるような事をしたの? ガレスさんを苦しめているものは何?」
困惑の色濃い『黒騎士』ガレス・コーニッシュは手錠、監視付きで騎士舎の一室に囚われている。
精々が軟禁相当ではあるが、罪人から監視が離れる事など当然あるわけもなく。
真正面から切り込んで来た『真実奏でる自鳴琴』エルゼリオ・レイノーラの問は。
少なくとも、人目を介する場で明かせる類の話ではないのだが……男は困惑交じりに、呼気を吐く。
「もう十年も前、自分は幼い義妹から両親を奪おうとしました。完全な故意、外道の所業だ」
奪おうと。その意味する所を薄っすら悟り、エルゼリオは言葉を失う。
「何も知らぬ義妹が自分を庇った結果、放免と。
にも関わらず真実を暴かれそうになり、自分は大恩ある伯を裏切った。それだけの話です」
貴族として積み重ねたエルゼリオの洞察力は確かな物。それを通して見たとして。
言葉に嘘はない……彼が、自分を責め続けている事だけは。
「レイノーラに来ない? 騎士は難しくても、秘書官とか」
「自分は罪人です。レイノーラ家に迷惑が掛かる」
「分かって言ってる。きっと、父上達は喜ぶよ」
――多分。迷いはあったのだろう。一瞬、男の暗夜の様な瞳が揺れた。
けれど結局、苦く笑む。流石に其処までの面倒は押し付けられないと。
「エルゼリオさん。自分は貴方に恩があり、感謝がある。
である以上、貴方の父上に臣下の礼を取る訳には行きません」
「そんなの、なんで――――」
「――――友人とは、極力対等で居たいのです」
そう言って淡く笑うものだから。
……到底納得など出来ない。そんな卑怯な断り文句、有って良いものだろうか?
■
「女の敵が良い気味だわ――と、言われると思った?」
面会にやって来た『緋の鳥籠』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクの言に。
ガレスが曖昧に頷いた。少なくとも、戦場で見た時よりはまともな人間の表情をしている。
「言わないわよ。何なら帝国へ逃げる手引きをしてあげても良い」
「……どういう風の吹き回しです?」
両者の関係を考えれば、過度のお節介と言ってすら良いだろう。驚いた様に問うガレスに。
常の仏頂面を崩せば年相応だと、初めて知れたアウレーリアは思わず笑いを噛み殺す。
「籠から出られておめでとう。と、讃える人が一人位居ても良いでしょ?」
「一体何の罠かと」
「ガレス、貴方冗談なんか言えたのね」
確かに、『王国』から出てしまえば彼を縛る枷は無い。場所を選べば冒険者にすらなれるだろう。
けれど国を跨ぐとは――――或いは、何処かで『王国』と対立し得ると言う事で――――
「――お、何か満足そうじゃがどうじゃった?」
「感触なら、五分五分より少し悪い感じかしら。どうせ心情的な部分が引っ掛かるんでしょ」
面会を終えたアウレーリアに、『黒曜の従者』ベルク・オスマットが手を振る。
互いに『帝国』再興を目指す者同士、北境でも度々顔を合わせる為、目的が重なる事もある。
「騎士の忠誠、か。面倒な性質じゃなあ……真面目なのは悪いことではないんだろうが。
正直、事務仕事が出来る有能な授恵者なぞ喉から手が出る程欲しい」
『帝国』は帝都崩壊で要人が軒並み逝去した結果、慢性的な人材不足である。
いずれゴールディから労働力は確保出来ても、指揮・教導が出来る人材は乏しい。
「案外、押して押して押しまくれば折れそうな気もするんじゃがなあ、あの御仁」
「そうまでして口説く気も無いわ。私が興味あるのは、彼がこの先どう生きるかだけよ」
少なくとも。騎士の規範に徹した姿よりは今の方が愉快だと目を細めたアウレーリアに。
『帝国』に割と尖った人材しかいないと言う現状を憂いたベルクが、大きな大きな嘆息を溢す。
●城塞都市にて
「で、ゼー君は会いに行かないの?」
「あっちは絡みたい奴らがなんとかするだろ」
『真実映す灰簾石』サニー・フォン・オルライトがもぐもぐと栗鼠めいて口元を動かす。
『ノストガルデン』は国境。つまり通商の要所であり商都の一面を持つ。
露店で売っていた蕎麦粉の円形焼きもあまり見かける物ではなく。
如何にも最新鋭のお洒落菓子、と言った雰囲気に釣られ購入に走ったサニーを責められはするまい。
「何より結末に興味はない」
対して、応じたゼラルム・エルホワイトは件の騎士の顛末を思い出し首を振る。
我を通し、裁かれるべきことをした人間が裁かれた。結局要約してしまえば、それだけの話だ。
其処に思う所は何一つ無い。強いて言うなら……以後邪魔にならなければ良い、くらいか。
「じゃあ、試験は? 少しの間だけでも便利になるかもよ?」
そう問い掛けるサニーが紙に包まれた焼き菓子を食むのを眺めながら。
僅かに思考を割いてみて直ぐ様眉間に小さな皺が寄った。無い。どう考えても、無い。
「『帝国』と『王国』の国境。『帝国』再興が実現しそうになったら、ここは政治的最前線になるんだよ」
「? あー、まあゼー君が誰かの下に付いてるのなんて全く想像つかないけどさ」
「そういう問題じゃない。今ここに腰据えても良い事がなんもねえんだよ。何より――」
サニーが別途買い込んだ丸い焼き菓子を摘まむと、口に広がった甘さに嫌そうに目を細める。
二人が計画している移住計画に問題が出る。と言うのも勿論理由の1つではあるものの――――
「――今後、激務確定んとこにわざわざ突っ込みに行くアホは居ねえだろ」
「うん。まぁ……それはそうなんだけどさ」
■
「――――楔殿! 俺を弟子にしてくれ!!」
「……頭沸いてんのかシラーの悪餓鬼め。帰れ」
にべもない白髪の老人に、額を擦り付け『死線を渡る覚悟』アデッサ・ハーレイが乞う。
辺境伯執政府から大きく離れた『ノストガルデン』の外れ。草臥れた庵が『北境の楔』の住処だ。
「その鬼神の如き強さの由縁が知りたい! いや、教えなくて良い勝手に盗む……!」
「桃色小僧と良い最近の冒険者ってな人の話を聞きやがらねえ……」
ぼりぼり髪を掻き混ぜ面倒くさくなったのか。常に携えた鞘入りの長剣の柄に手を掛け――――
「――何だそれ。凄いな、どういう原理で打たれた武器だ?」
「あ゛あ゛?」
額に青筋が浮いた『楔』を他所に。ぐいぐい近付いてきたのは『ウィルの感謝状』サイラス。
通りを闊歩していて偶々迷い込んだ街外れだが、その高身長故に彼の視野は広い。
通りで鞘入りの剣を構えた白髪の老人と、土下座る砂漠の民など見ては。
興味が惹かれない方が難しく――――何より。その鞘から僅かに漏れた鋼の輝きよ。
「神具、じゃないな。鍛冶製品? ……合金? 嘘だろ、どうすればこんな造りに……」
抜かれかけた刃は光を照り返すと虹を帯び煌く。サイラスの知識に無い精錬法で打たれている何か。
合金というのは品質を一定化する為か、価格を抑える為。つまり大量生産品に向く素材の筈だが。
「でけえ蜥蜴だな。今度は何で手前は誰で何だ突然藪から棒に」
「ちょっとその剣見せてくれないか。何か凄いのが降りて来そうなんだ……!」
「知らねえ帰れ! しっしっ! あ、てめえ何勝手に人の家に上がろうとしてやがる!」
業物、と言うのも烏滸がましいだろう、人の手が偶然生み出した逸品をサイラスが勝手に観察し。
完璧に断られている筈のアデッサは全く懲りる気配を見せず『楔』に追い出される。
■
流石に刃傷沙汰にするのも面倒くさかったのか、『楔』が家の外でやさぐれていたが。
庵に集った面々とは一歩遅れやって来た『銀の双刃鬼』ナハティガル=ラーは気にしない事にした。
「聞きたいことが有る」
「煩せえぶっ殺すぞ糞亜人が」
「『独眼蜥蜴』が紅百合の名を継承していたのはどういう事だ」
「手前ら本当に人の話を聞かねえな……?」
この老人に言われたくは無い。
「恐らく、どっかで自分が『紅百合』の血統だと教えられたんだろう」
「『芽吹きの園』で生産された『山神』は皆、紅百合の末裔になるのか?」
「ま、そういうこった」
つまり、『黒煙街』で行われていただろう授恵者配合の仕組みはこういう事になる。
まず同じ『紅百合』の母から生まれた授恵者の男女を分け、男児を『山神』とし。
別の街から男性授恵者を見繕い女児を番わせる。これからまだ授恵者の男女を選り分け。
これを繰り返す――――と。
(……なるほど、『呪殺公主』の信奉者が尽きない訳だ)
事実であれば、後継者不在に困った貴族が『黒煙街』に頼った例など幾らもあるだろう。
こんな事実、表沙汰にして良い訳がない。それを重々理解し、ふと気付いたように問が漏れた。
「と言うか……アンタは一体幾つだ?」
「俺ァ未だ62だっ!!」
●執政府にて
「断られた……」
「まあ、そうなるでしょうね」
意気消沈するアデッサに、『アーチボルト辺境伯』メルヴィンが息を吐く。
“いずれは侯爵家に戻る身なれど。その時まで辺境伯の元で学ばせて頂きたい”
その返答は想定に無かった、と一頻り悩み、とりあえず了承したものの。
騎士にとって規律と秩序は両翼だ。となると……と書類を作成していた頃、執務室の扉が鳴る。
「……失礼します」
現れた森人の魔術師に。メルヴィンが首を傾げるのも止むなき事。
『銀嶺の旋律』リコリス・アデュラリアは勧めに従い席に着くも――――
「『黒煙街』の一件。捕らえられたのは私の失態です。なのに、都市長ではなく私を助けた」
眼差しの怪訝の色が強くなる。あの場、あの状況においては。
彼女が"囮"として機能するかはかなり怪しかった。都市長は一般人であり助けても逃げ切れない。
「不愉快なことに、あなたへ借りが出来てしまいました」
「いえ、あれは業務上の必要悪と言うか、管理責任と言う物で――」
「ですから、いつか。あなた個人に恩を返すと誓いましょう」
……? ??? 話の筋書きが読めない。今、どうしてそうなった?
自分は叱責されていたのでは無かったか。森人の文法は難し過ぎる。
「……そんな事で貸し借りな「借りです」
そうと断定し、大きく頷いたリコリスを止めることは遂に叶わず――――
■
「厄介な性分だ。もう少し悪ぶれないのかい?」
『諜影操羽』ルチル・プルメリア・グレイハーツは自ら呼ばれた執務室で問う。
対する『アーチボルト辺境伯』メルヴィンはと言えば、勧誘を拝辞された上でのその言に。
嘆息混じりに苦笑いを噛み殺す事しか出来ない。他にどんな顔をしろと言うのだろう。
「そう言えば、何故辺境伯は射手なんだい」
「私もあの後育ての親に訪ねましたが。どうも、私は物心付くまで授恵者ではなかったそうで」
『山神』となる――――才能が無かった。いや、正確には違う。
双子として生まれた彼は、その才能を失い生まれ落ちた。片割れに全てを押し付けて。
「私に、もっと強さが有れば。より多くを救えたのかもしれません」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。慰めは言わないよ」
得たい情報は得た、と席を立つルチルを、見送ろうと辺境伯が立ち上がろうとするのを。
掌だけを向けて頭を振る。全く、律儀が服を着ている様な男だと呆れるように。
「けれどどの道……今の自分が持つ物だけで生きていかなければならないのさ
失わせた者に悔いがあるなら、無意味にする方が余程申し訳が立たない」
彼女なりの激励か。メルヴィンが拳を握るのを一瞥し、情報屋は瞳だけで笑いを描いた。
■
「イリュジオン殿?」
灰猫のシエルと戯れる為に階下へ降りて来た辺境伯を出迎えたのは、黒い愛猫を抱えた娘。
『夢を追う守護者』イヴェール・イリュジオンだった、訳、だが。
「……友の行末を案じるなら、出来ることはあるのではないですか?」
「そうですね、私には彼の罪を覆い隠し無罪を下すことすら出来た……今更、どんな顔で友だなどと」
「私は、貴方が間違った審判を下したとは思っていません」
今日は随分慰めを受ける。自分はそれほど焦燥しているだろうか、貌を確かめるメルヴィンだが。
少なくとも、『黒煙街』で何も決断出来なかった時より随分マシな反応だ。
であれば彼は彼の選択をするだろうと――見返す辺境伯に安心を滲ませ、イヴェールは告げる。
「私、実家に帰りますので」
「……? うん、それはどういう」
「曾祖父達に紅百合との関係を問わないと。他にも……すべき事が幾つも出来てしまいました」
ただの帰省ではない、と気付いて数度瞬く。まさか、それで?と視線は黒猫を辿り。
「はい、この子預かって下さい」
暫しの沈黙の末頷くと、メルヴィンは黒猫を抱えようとして見事に引っ掻かれていた。
その様に、思わず小さく笑いが漏れる。動物の扱いすらなかなか上手くはならない。
だから灰猫を連れ、黒猫を抱き上げ、その序での様に放って来た何かを受け止めた瞬間も。
「……――――!? これ……!」
「預かって下さい、いつか再会の時まで。幸い代用品は有りますし。
……以前の贈り物の御礼も、まだですから」
掌に転がった物。それは家紋印だ。他家の人間においそれと渡して良い物ではない。
不器用な人だった。その印象は、最後まで変わる事はなく。
●選定-後-
"はい、そこまで"と監督官の声。
「こんなの分かるか――――!!」「合理性の欠片もない……」
王国式貴族礼法とは、"知らなければまず想定出来ない減点採点式の様式美"――――である。
『威風凜然』デイジー・ロックウェルと『RTA』フリーダ=ブロムヴィスト。
共に礼儀作法に穴を抱えていた受験者2人が筆記を終えて机に伏せる。
実の所、合理を突き詰めればどうにでもなるのは戦術であり、政治と作法はそうは行かない。
(……何とか、なりましたか)(これは、かなり良い線行ってるんじゃないか……?)
他方、同じ受験者でも生の経験と付け焼き刃が生きた『誓約の剣』Alexandra・Hexe・Claudia。
及び元々貴族である『翡翠色の旗手』ジュスト・ヴェルジーは声を上げず瞳を伏せる。
「こっちは得意分野よ! ……って、え、またアナタなの……?」
「……良くわからない縁が、ありますね」
ある程度優れた授恵者である以上、99対1ならともかく1対1を99回繰り返しても紛れはない。
そうして百人目で相対したのはデイジーとAlexandra。完全にくじ運の筈だが何の因果だろう。
北境でこの両名が対峙するのは二度目――――第一回武闘祭の再現である。
(同じ相手に二度は負けない……負けたくない……!)
(――――なるほど。騎士を目指す人と言うのはこういうものか……で、あれば)
咆哮と共に踏み込むデイジーを、Alexandraの氷の矢が阻もうとするも。
此度の対峙は動機の差が諸に出る。術者と相対すなら最重要は初動。
構えを陽動に回避に専念した子爵令嬢が矢をかわし、距離を詰め切り拳打。
軽いとしか表しようの無いAlexandraが吹っ飛んだ事に、後々慌てふためいた事は言うまでもない。
そうして、もう一方。フリーダとジュストの対峙は試験場を別に行われていた2人の対峙と比して。
只管に静かに始まった。戦士が対手では、術者は間合いを詰められたら先ず負ける。
「となると、これ以外無いか……な」
掌に生み出した蒼白い光槍を見るや、フリーダの姿が一瞬で大きく接近していた。
まるで"前方に落下する"様な体捌きにジュストが後退ると。
置き土産のように放った光槍がその体躯を縛り――――其処からは消耗戦だ。
ジュストも善戦したが、あまりに相性が悪かった。フリーダは装備に頼らずとも過剰に頑強であり。
魔矢を放った次の刹那。直撃を受けつつ放たれた掬い上げる様な突き上げが、選定試験を締め括る。
■
「1対1でなくとも構いませんよね? 必要に応じての協力も戦術です」
「にゃー! ここで会ったが百年目! ギャフンと言わせてやるんだから!」
「あっはっは、良いぜ良いぜ勿論歓迎だ。遊んでやるよ仔猫ちゃん達!」
今日は壁ではなくても『壁エルフのおねえさん』コルネリウス・アーラ。
ハヤトの件でむぎゃぴー! な『【砂塵】セニャの親友』サフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。
白の試練最後の戦いは、概ね地獄の様相を成していた。1対2である事もさる事ながら。
両名は『白騎士』に"当てる"事を前提として徹底的な攻撃精度を確保していた。
突貫で機動力を確保しつつ"堅く鋭い"コルネリウスが前線を担う為攻め切れず。
加えていずれもが無拍子を有する為、一撃離脱ではどちらかから逃げ切れず、5割近い確率で直撃が来る。
その度、相手の攻撃を往なす様な奇妙な反撃で2人を地面に転がしていたアストリッドだが。
早々にして"手札を切り過ぎ"た。受けが取れなければ、此処からはまともな消耗戦だ。
「くっ、そんなにハヤトで弄ったのがダメだったかー……ごめんて」
「かっる!!」
研ぎ澄ませた臑への一撃が『白騎士』を難敵せしめる反応速度を奪うと。
「掛かっ「やべっ「剣としても、お役に立てるところをお見せします!!」
呪詛の澱が解ける前にとコルネリウスが一気に距離を詰める。 避け――――切れない。
完全に直撃した強烈な竜の突撃に、『白騎士』が吹っ飛び、境界線を越える。
「かっ――――て、ました? ……え、勝ちですよね!?」
「にゃ――――はははは! 本命はこっちだからね! どーだアスト恐れ入ったか!!」
審判役の監督官すら口を開け立ち竦む中。擦り傷だらけのコルネリウスとサフィラが手を打ち合わせると。
慌てて起き上がろうとして監督官に悼ましげに首を振られ、女騎士は拗ねたように転がった。
「ぎゃふん」
これはもう、誰の目にも明らかなアストリッドの失態である。
■
「……愛国心、か。正直、良く分からないのよね」
『北方辺境伯領正騎士』ザザ=ステルヴィナには故郷がない。
生まれ育ちは同盟だが、"取り換え子"にとっては、とても愛着が持てる環境ではなかった。
異端。異分子。爪弾き者。重ねられた言葉は呪いに等しく自己認識をすら捻じ曲げた。
独りで生き独りで死ぬ。それで良い。それが良いと――――思っていたと語る彼を眺めて。
対面に座る『隠者』は何も応えずただ、先を促した。
「けれど世界は広かった。真に独りで生き、独りで死ぬ事は難しいと痛感したの。
そうすると……人は我儘よね。自分以外の為に生き、死ねる場所が欲しい。そう思ってしまった」
孤独は安らかだ。救いだ。けれど寂しい。人は孤独に生きられるが、孤独は人に何も遺さない。
「では君は、君の信じる物の為に生きて死ねるのかな」
「ええ、勿論」
逡巡は無かった。そういう物だとして生きてきた。その過去までは変えられない。
自分の想いに殉ずるのは当たり前だ。ただ少し、世界が広がっただけ。
「大変結構。辞令は追って通達するね」
「……?」
言葉に奇妙な引っ掛かりを憶えるも。何なのかは分からないまま。
ザザが踵を返すのと入れ替わり、執政府2階客室に本日最後の来客がやって来た。
「お目通り感謝を、隠者殿。話したいと常々」
「ああ……話は聞いているよ、キーゼ君。この僕に質問かな?」
『這い寄る者』キーゼを一瞥し、灰の隠者は淡く笑い、黒の治療師は笑わなかった。
「忠は求めず。王は勿論辺境伯にすら。対して、国を想えばこその狂った愛はどうなのか」
「そうだねえ。僕なら動機が愛であれ憎であれ首輪を厭う狗は要らない」
即応する森人を見遣り、キーゼがなるほどと首肯する。
これは確かに"為政者"だ。そして彼の感性では、辺境伯より余程適正が高い。
「……恐らく、貴方は"伯"側でなく『楔』側ですね」
「どうしてそう考えたのかな?」
次は否定が返らなかった。つまりはそういう事だ。『隠者』の眼差しには理性の色。
だから多くの者は気付かない。理性的好奇心がどうして、壊れた狂気より安全と言えるのか。
「国は剣と筆で成り、『楔』は剣。ですが街を造り試行するのは筆の筈」
剣は行使ではなく威嚇が役割だ。『楔』はその役割を十全に果たした。
では筆は? 筆が表に立つ必要は無い。理解も求めない。ただ優秀で、裏方であれば良い。
「空虚な良い眼をしてる。我が主も評価していたよ。大事にすると良い」
「褒め言葉でしょうか。ああ、勿論この国は好きですよ」
「人間模様が愉しいからね」「ご想像にお任せします」
その会合は酷く密やかに穏やかに過ぎた。灰の隠者は淡く笑い、黒の治療師は笑わなかった。
●黒騎士-後-
監視付きの部屋の奥。手錠を着けられて座る『黒騎士』を目の当たりにして。
『夜に咲く白月』レティシア・レインフィールは立ち尽くす。何を言うべきかを全て忘れた。
「また眠れていませんね? 全く、困った方だ」
いつか。そんなやりとりをした。 ――――その声を聞いただけで、何も言えなくなってしまった。
目を合わせられない。どう償えば良いのかも分からない。もうずっと思考が纏まらず、唇が震える。
「ごめ……なさ……」
色々考えて来たのだ。辺境伯に罪の軽減も乞い、王都の屋敷に招いてはどうかとも考えた。
未婚の貴族令嬢のあるまじき事と分かっていて、何かせずにはいられなかった。
「何を謝られ……ああ、そうですね。確かにあの様に危ないことはもうしないで頂きたい」
槍の先に身を呈した事を言われていると察し、ぐらつく心で思わず頭に血が上った。
それを言うなら――――そんなことを、言う位なら――――
「貴方が、ガレス様が、生きて下さらないからではないですか……!」
「ええ、酷い話です。そんな酷い男に命など賭けてはならない……とは、もう言えませんね。
……なので生きようと思います。少なくとも、貴女が生きている限りは」
本当だ。酷い話で。酷い人だった。目尻に涙が滲むのを堪え、耳元から耳飾りを外す。
目を見れば分かる。彼はもう行く先を決めているのだろうと。だから――――せめて。
「……でしたら、これをお守りに。……お母さんの、形見なんです」
途方も無い事をしていた。それは端的には事実であるのだが。
手渡された『黒騎士』は、困ったように一本の筆を差し出す。これでは交換にも足りないと。
「では、あくまで預かるだけと」
丁寧に象られた羽ペンだった。ペン先は銀。握りに月が刻まれ手作りと見て取れる。
瞬くレティシアに、決して表情を造るのが上手くはない男は、瞳だけ細め応じる。
「誕生日と聞きましたので。落ち着いたら、手紙でもお送りします」
それまでお元気で、と言ってのけられる彼は本当にずるいと、受け取った贈り物を俯いて抱く。
誰かの為にこんな恐れを抱くことも。誰かを想ってこんなに苦しくなることも。
他に誰も、教えてはくれなかった。
■
「良かったのか?」
「何がでしょう」
「こっちに付いて来て」
『ブレイブファング傭兵団団長』ハヤト=ガラン=ヴォルファングは思わずと言った体で問うた。
彼には選択肢が無数にあり。その中には自由を得られる物すら有った筈だ。
"傭兵"は『王国』や『帝国』ではお手軽に使える戦力として一定の地位を築いてはいるが。
其処に名誉はない。殆どの場合発展性はなく、冒険者以上に使い捨ての立場だ。
「『白銀の薔薇』を自由にする為に足掻く、と言った言葉に嘘偽りが?」
「ねえよ。これでも団長を名乗ってんだ。だから力を貸してくれって言った」
「ならば是非もありません。自分と貴方の利害は一致している」
彼はこれより傭兵団預かりとなり、『白銀』侯爵領に潜伏するのだと言う。
その本来の素性を明かされたハヤトも、今となっては納得せざるを得ない。
――――『白銀』の内情を、『メドゥの指先』の幹部に流した人間が居る。
間違いなく『白銀』か『黒槍』関係者。であれば、より危険が大きいのは『白銀』側だろう。
「信頼できる情報屋から、連絡先を教えておきます。力が入り用であれば"手紙"を下さい」
自分だけが、自由になる訳にはいかない。それは命を救われた者の義務だ。
先導するハヤトの後ろを『黒騎士』と、かつて呼ばれた青年が歩いていく。
振り返れば長く共に在った第二の故郷。けれど、後背を仰ぐことはもうあるまい。
北境の乾いた空は蒼く。僅かな荷物を背負い直した2つの影が歩み去る。
マスターコメント
皆様お疲れさまでした。弓月 蒼と申します。
この度はご参加ありがとうございました。この様な結末に至りましたが如何でしたでしょうか。
結果は八方(それなりに)丸く収まったという事で『大成功』とさせて頂きます。
MVPは大金星を叩き出したお二方と、勧誘合戦で勝利を掴んだ方に。
また、此度は北境の乱の一つの区切りと言うことで騎士の内定がそれなりに沢山。
その他、色々と特殊な称号が出ておりますのでご確認頂ければ幸いです。
審査基準は審査員によりそれぞれながら力も人格もそれなりに重要、と言う事で。
今後は舞台が王国の別方面へ移っていきますが、どうぞお付き合い頂けましたら幸いの限り。
ではでは、ご縁がありましたらまた次の機会にお会いしましょう。
イベントシナリオ易しい 報酬:標準25 / 15〜25人
2022年05月15日 09時04分27秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! 騎士団への勧誘は前回もていちょーにお断りさせて貰ってっからな。 今回は追放処分になったっつーガレスをうちの傭兵団に誘ってみようと思ってんぜ。 重刑処分で冒険者登録すら難しいって話だが、うちは拠点を持たねー流浪の傭兵団だし依頼毎に参戦も不参加も自由だしな。 ついでに何があってマリエンの奴に加担したのかも聞いてみるつもりでいんぜ。