冒険者の春休み
広大野人
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シナリオID:2022
オープニング
●踏み出された一歩
ジード・ランスウッドは港町ウシタに訪れていた。
港倉庫はバルバロイ襲撃時に破棄したので、新たな場所として、ある建物が新たな拠点となっている。
「ふむ……王都の別荘地と呼ばれるだけはある。良い仕事をしたな、ユーゲン」
リロ・ルリファナータ子爵名義で購入した古洋館は古き良き王国を連想させる重厚で気品ある雰囲気を放っていた。
中庭もなかなかの広さがあり、ちょっとした集まりも問題ないだろう。周囲を囲む塀も高く、立派である。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
優雅な動きで頭を下げる青年。
組織における財務はユーゲンが主体であり、古洋館の選定から購入まで青年の手腕による所が大きい。
「ジード様、私もお手伝いしたのですよ」
明らかに演技と分かる仕草で告げたのはスターシャだった。
とある貴族の婦人……という立ち位置でこの街で活動予定でもある。
「そうだったな。街の有力者の協力がなければ、始まらない話だ。スターシャもよくやった。引き続き、ユーゲンをフォローせよ」
「はい。畏まりました」
微笑を浮かべるが、瞳の奥には得体の知れない力を感じる。
それが欠けたものである事をジードは知っていた。
スターシャだけではない。ユーゲンも、そして、この場にいるフォーゲン、ゾンバルダも同様だ。
「ジード様、それではいよいよ……」
フォーゲンの言葉にジードは深く頷いた。
「一番、待ったのはお前だったな、フォーゲン。始めようではないか、不適切に積み上がった伝統と歴史を、正す事を」
数歩進み出たジードが高らかに宣言する。
来るべき日に至った。王国は今、王党派と貴族派による水面下での争いに意識が向いており、邪魔な存在は僅かだ。
ジードの後に続く幹部達の中、ゾンバルダだけは最後に歩き出した。
まるで獲物を狩る猛獣のような視線を向けながら……。
●コゴウジ家集落
「花見ですか……」
王国騎士エナハルト・ティルムが、満開の桜を前に呟いた。
因縁の地から無事に帰還した二人の王国騎士は報告もそこそこに急ぎ、シャルガネに出向いていたのだ。
「後援者として歓迎してくれるらしい。受けない訳にはいかないだろう」
既に酒杯を片手に出来上がっているのはイェルド・ルリンだった。
その隣には、コゴウジ家を代表してリィミアが控え、さらにその後ろに呼び出された絡繰り師ゲンナイも続く。
「ゆっくり自由に過ごしてほしいでござる。暇ならゲンナイが何か一芸するので」
「うぇっ!?」
驚いて目を丸くするゲンナイの肩をエクエスが軽く叩いた。
「ゲンナイさん、凄く楽しみにしています!」
「期待に満ちた目でみるんじゃねぇZE」
両肩を竦めるゲンナイ。
こうなったらカラクリなんちゃらを披露するしかねぇと心の中で覚悟する。
リィミアに案内されて到着したは豪華な花見会場だった。
「……これは見つかった財宝で、か?」
イェルドの質問にリィミアは首を横に振る。
財宝は元々、シャルガネのものだ。コゴウジ家が独占するものではない。
「まさか。ゲンナイの奢りでござる」
「うぇっ!?」
冗談を真に受けてゲンナイは卒倒した。
ちょっと可愛そうだが、彼は集落を無断に飛び出した掟破りの者だ。この位の仕打ちは当然なのだ……この集落においては。
そんな所に唐突な拍手な鳴り響いた。
「これは素晴らしい! この宴も取材として良いと!」
逆毛記者スクサ・プカーゲが金の匂い……もとい、伝説の財宝を発見したというスクープを嗅ぎつけて同行していたのだ。
一方、興奮が止まらない記者の隣で小さくなっているのは受付嬢のアーネリーだった。
「……すみません。本当にすみません」
「気にするな。冒険者達の事が記事になるのなら、悪くは無いだろうしな」
事の発端は、全て、王国騎士イェルド・ルリンから始まる。
『夢魅の宝玉』で眠りについていたリィミアを起こし、隠されていた財宝を発見させた後援者としてイェルドは集落から招待を受けた。
イェルドは遠征の直後だったので打ち上げを兼ねてエナハルトを誘ったのだ。そのエナハルトから冒険者も是非……という事で、冒険者ギルドに行った所、依頼として受けた際に、アーネリーがうっかり依頼書を逆毛記者にみせてしまった……という事である。
「人の縁は大事な事だと教えて貰いました。大勢も楽しいかと思います」
健気なエクエスの台詞にアーネリーが目尻を抑える。
「イェルドさん、エクエスさん、ありがとうございます……そうとなれば、私は沢山、飲みます! ゲンナイさん、ご馳走様です!」
「ゲンナイさん。初対面なのに申し訳ないですが、そういう事ならば、感謝申し上げます」
受付嬢とイケメン騎士から突然話をぶり返されて、起き上がる途中だったゲンナイは再び倒れるのであった。
●花見会場
集落の外れにある桜の丘。
麓には清らかな小川が桜の花弁を流し、静かに広がる池の底を桜色に染めていた。
サイドテールの黒髪を自分で撫でながらリィミアは空になった酒杯をただ見つめる。
長き眠りから目覚め、財宝を発見する悲願を達成した。集落に住まう者達は一族の負い目を背負う事はもうない。
(……さて、どうしたものか)
集落に自分の知り合いはいなかった。
血筋や名前を聞けば、誰の子や孫なのかは分かる。しかし、それだけだ。
ふとした寂しさを感じつつ、リィミアは大きく溜め込んだ息を吐き出した。
宴というのに気持ちを落としている場合ではない。
(エクエスは言っていた。人の縁は大事な事だと……きっと、この宴が何かの切欠になるのかもしれないでござろう)
リィミアはその縁を楽しもうと考えながら、会場に到着した冒険者達に向かって手を振るのであった。
ジード・ランスウッドは港町ウシタに訪れていた。
港倉庫はバルバロイ襲撃時に破棄したので、新たな場所として、ある建物が新たな拠点となっている。
「ふむ……王都の別荘地と呼ばれるだけはある。良い仕事をしたな、ユーゲン」
リロ・ルリファナータ子爵名義で購入した古洋館は古き良き王国を連想させる重厚で気品ある雰囲気を放っていた。
中庭もなかなかの広さがあり、ちょっとした集まりも問題ないだろう。周囲を囲む塀も高く、立派である。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
優雅な動きで頭を下げる青年。
組織における財務はユーゲンが主体であり、古洋館の選定から購入まで青年の手腕による所が大きい。
「ジード様、私もお手伝いしたのですよ」
明らかに演技と分かる仕草で告げたのはスターシャだった。
とある貴族の婦人……という立ち位置でこの街で活動予定でもある。
「そうだったな。街の有力者の協力がなければ、始まらない話だ。スターシャもよくやった。引き続き、ユーゲンをフォローせよ」
「はい。畏まりました」
微笑を浮かべるが、瞳の奥には得体の知れない力を感じる。
それが欠けたものである事をジードは知っていた。
スターシャだけではない。ユーゲンも、そして、この場にいるフォーゲン、ゾンバルダも同様だ。
「ジード様、それではいよいよ……」
フォーゲンの言葉にジードは深く頷いた。
「一番、待ったのはお前だったな、フォーゲン。始めようではないか、不適切に積み上がった伝統と歴史を、正す事を」
数歩進み出たジードが高らかに宣言する。
来るべき日に至った。王国は今、王党派と貴族派による水面下での争いに意識が向いており、邪魔な存在は僅かだ。
ジードの後に続く幹部達の中、ゾンバルダだけは最後に歩き出した。
まるで獲物を狩る猛獣のような視線を向けながら……。
●コゴウジ家集落
「花見ですか……」
王国騎士エナハルト・ティルムが、満開の桜を前に呟いた。
因縁の地から無事に帰還した二人の王国騎士は報告もそこそこに急ぎ、シャルガネに出向いていたのだ。
「後援者として歓迎してくれるらしい。受けない訳にはいかないだろう」
既に酒杯を片手に出来上がっているのはイェルド・ルリンだった。
その隣には、コゴウジ家を代表してリィミアが控え、さらにその後ろに呼び出された絡繰り師ゲンナイも続く。
「ゆっくり自由に過ごしてほしいでござる。暇ならゲンナイが何か一芸するので」
「うぇっ!?」
驚いて目を丸くするゲンナイの肩をエクエスが軽く叩いた。
「ゲンナイさん、凄く楽しみにしています!」
「期待に満ちた目でみるんじゃねぇZE」
両肩を竦めるゲンナイ。
こうなったらカラクリなんちゃらを披露するしかねぇと心の中で覚悟する。
リィミアに案内されて到着したは豪華な花見会場だった。
「……これは見つかった財宝で、か?」
イェルドの質問にリィミアは首を横に振る。
財宝は元々、シャルガネのものだ。コゴウジ家が独占するものではない。
「まさか。ゲンナイの奢りでござる」
「うぇっ!?」
冗談を真に受けてゲンナイは卒倒した。
ちょっと可愛そうだが、彼は集落を無断に飛び出した掟破りの者だ。この位の仕打ちは当然なのだ……この集落においては。
そんな所に唐突な拍手な鳴り響いた。
「これは素晴らしい! この宴も取材として良いと!」
逆毛記者スクサ・プカーゲが金の匂い……もとい、伝説の財宝を発見したというスクープを嗅ぎつけて同行していたのだ。
一方、興奮が止まらない記者の隣で小さくなっているのは受付嬢のアーネリーだった。
「……すみません。本当にすみません」
「気にするな。冒険者達の事が記事になるのなら、悪くは無いだろうしな」
事の発端は、全て、王国騎士イェルド・ルリンから始まる。
『夢魅の宝玉』で眠りについていたリィミアを起こし、隠されていた財宝を発見させた後援者としてイェルドは集落から招待を受けた。
イェルドは遠征の直後だったので打ち上げを兼ねてエナハルトを誘ったのだ。そのエナハルトから冒険者も是非……という事で、冒険者ギルドに行った所、依頼として受けた際に、アーネリーがうっかり依頼書を逆毛記者にみせてしまった……という事である。
「人の縁は大事な事だと教えて貰いました。大勢も楽しいかと思います」
健気なエクエスの台詞にアーネリーが目尻を抑える。
「イェルドさん、エクエスさん、ありがとうございます……そうとなれば、私は沢山、飲みます! ゲンナイさん、ご馳走様です!」
「ゲンナイさん。初対面なのに申し訳ないですが、そういう事ならば、感謝申し上げます」
受付嬢とイケメン騎士から突然話をぶり返されて、起き上がる途中だったゲンナイは再び倒れるのであった。
●花見会場
集落の外れにある桜の丘。
麓には清らかな小川が桜の花弁を流し、静かに広がる池の底を桜色に染めていた。
サイドテールの黒髪を自分で撫でながらリィミアは空になった酒杯をただ見つめる。
長き眠りから目覚め、財宝を発見する悲願を達成した。集落に住まう者達は一族の負い目を背負う事はもうない。
(……さて、どうしたものか)
集落に自分の知り合いはいなかった。
血筋や名前を聞けば、誰の子や孫なのかは分かる。しかし、それだけだ。
ふとした寂しさを感じつつ、リィミアは大きく溜め込んだ息を吐き出した。
宴というのに気持ちを落としている場合ではない。
(エクエスは言っていた。人の縁は大事な事だと……きっと、この宴が何かの切欠になるのかもしれないでござろう)
リィミアはその縁を楽しもうと考えながら、会場に到着した冒険者達に向かって手を振るのであった。
解説
●目的
とある春の日を過ごす。
●状況
逆毛記者(スクサ・プカーゲ)からの依頼により冒険者達それぞれのある日が記録されます。
舞台は基本的にリーンエス王国内とシャルガネ居住区とその周辺に限られます。
冒険者達の自然体が望まれていますので、記者が同行したり質問してくる事はありません。
何気ない日常の一幕をどこからか記録した結果が報告書という形になると思って下さい。
●過ごし方の例
『NPCとの関わり』を推奨致します。
『冒険者同士の日常風景』も依頼対象ですが、その際、双方のプレイングに互いの名前が記載されていないと迷子になります。
『ボッチで何かしている』も同様に依頼対象となります。
なお、いずれにしても、その行動が可能かどうかは判定を行った上で描写します。
あくまでも日常の様子を求めているので戦闘行為は華麗にスルーされます。
(筋トレや訓練、演習を否定しているものではありません)
●NPCとの関わり方の例
『直接会いにいく』
『偶然にも出会う』
(基本的に逢えるように頑張りますがプレイング内容で不可の場合はアドリブ対応とします)
●花見の宴
冒険者であれば、これまでの依頼に関わってなくとも参加できます。
桜の丘とその周辺が会場になっており、ただ桜を見るだけではなく小川や池などで過ごす事もできます。
●NPC
当MSが管理する登録・非登録問わずNPC全員が対象となります。
場所に関しては、オープニングを参考にして頂ければと思いますが、必要なら別の所へ出向く事も可能です。
●質問
過ごしたいNPCと関われる行動が、可能かどうかで悩まれる際等、質問を可とします。
エクエスが頑張って回答します。ただし、回答は描写を保証できるものではありませんので、参考程度にして下さい。
●その他
ジードが紐付けされていますが、掲示板には挨拶も質問回答も致しません。
白紙は描写できませんのでご注意下さい。
迷子にならないようにご注意下さい。
アドリブ対応多めになる可能性もありますのでご了承下さい。
マスターより
おはようございます。当依頼にて40作目となった広大野人です。
おかげさまで【夢魅】【忌逝】連作は無事に完走する事ができましたので、区切りの季節らしく、状況整理を兼ねて日常イベントシナリオとなります。
基本的にはNPCと関わりたい向けの日常シナリオでありますが、冒険者同士やおひとり様のご参加もどうぞ。次連作に向けて、新しい縁を探している方もどうぞです~。
なお、NPCはあれもこれも指定すると描写が薄くなるどころか『会った』だけで終わってしまう可能性もあるので、NPCと関わるのなら絞る事をお勧めします。
なんだかどうしていいか分からないな~という場合は、難しい事考えず、お花見を楽しんだら良いかと思います!
リプレイ
●光芒との出逢い
春といえば、出逢いの季節。
桜の可愛らしい色と透き通る空の青さが美しく、陽の光が穏やかなで長閑なひと時を形創っていた。
(素晴らしい春の日にやる事と言えばそう……ナンパだ)
浮いた心でウスターシュ・ド・バティーニュが期待に胸を抱く。
踏み出した希望の一歩と同時に、視線の先、太陽のように輝く金髪金眼を持つ冒険者が向かって来ていた。
(……お嬢さんかな? いや、線の細い御仁なだけも気がするな……)
中性的な容姿はどちらとも見て取れてる。
しかし、悩んでいる間にすれ違ってしまっても勿体ない。美しいものは愛でよと教えてくれた父の言葉を思い出す。
「こんにちは、レディ。春の佳き日によければ私とお茶でもいかがでしょう?」
「えと……ウスターシュさんですよね? 会場にまだお見えになかったようだったので、迎えに来ました」
ニッコリと笑った冒険者は、長い金髪を揺らしながら腕を会場の方へと向ける。
建前上は、冒険者には依頼という事になっているので、会場まで行く必要があるようだ。
ピタリとウスターシュの左側に回ると軽く頭を下げる。
「私はエクエスと言います。冒険者の端くれですが、今日は依頼主であるリィミアさんのお手伝いです」
「そうか。それでは案内を頼もうか」
二人は桜並木の小道を歩き出す。
見事な風景の中、歩幅と時を揃えて進むのは情緒あるものだ。
「桜を見るのは私、初めてで。とても綺麗なのですね」
「同感です。この美しさは有無の物でしょう」
風が桜の花と共に吹き抜けて、ウスターシュは足を止めた。
気がつかなかったエクエスが数歩先に進んでから振り返る。
「次も依頼でご一緒したら、よろしくお願いします」
その言葉に春らしい出逢いの日になったと思うウスターシュであった。
●微笑みは香りと共に
お昼時、人々が行き交うその街の通りに冒険者が二人。
遠くからも判りやすい巨大魚の看板がでかでかと強調された店の前に到着した。
「あ……ここ、あの、おさかな料理のお店だ、ね」
パッと緑色の瞳を輝かせて、サラは横に並び立つだわを見上げた。
「覚えてたのか。そうだな、お前が教えてくれた店だ」
サラと初めて出逢った日の事。
あの時は店に入る事がなかったので、一緒に訪れるのは今日が初めてだ。
だわの言葉にサラは微笑を浮かべる。
「えへへ、忘れてない、よ。だわおにいちゃんとの、思い出のお店、だもん」
今も鮮明に浮かぶのは、凄腕の諜報員だと思っていた彼の事。
怖いというよりも興味が勝った。世の中に、それも手が伸ばせば触れる事ができる距離に、物凄い人がいると感じたから。
「あの時……わたし、だわおにいちゃんのこと、スパイ……なのかな、って、思って。でも、話したら、違った、の」
クスクスと小さく笑いながら、サラは当時の事を離す。
一方、だわは僅かに首を傾げた。
「言ってたな。そんなにスパイに見えたか……」
彼女の勘違いを生んだのは、自身の癖で、スパイでもなんでもない。
道に迷って迷子にでもなれば、より一層、周囲への警戒も高まるし、サラがそう感じるのも無理はないかと思い至る。
「ここの焼き魚が美味くてな。あれから何度か食べに来たものだ」
「あれから、何回も、来て、くれたん、だ」
そっか……と左右の手の指を絡ませながら、サラは滲み出る嬉しさと共に応える。
入口付近に置かれた絵付きのお品書きを覗き込む二人。
実に様々な魚があるようで、一般的な大衆魚から珍しい魚、高級魚まで揃っている。料理の内容も、切り身の生食からオーソドックスな焼き魚やフライはもちろん、すり身を合わせたものや骨チップスまで揃っていた。
「絵が、かわいい」
黄緑色した魚の絵を指でなぞりながらサラが呟く。
店員が描いたものなのだろうが、なかなかセンスのあると、だわは思った。魚の特徴をよく捉えていると思う……特に、その目玉が飛び出ている怪しい魚とか、脚っぽい何かが飛び出ている不気味な魚とか。
そもそも、それらって食べられるのだろうかと陳腐な疑問が浮かんだ。
(まぁ、メニューに出している以上、味は大丈夫なんだろうな)
そんなだわの思いとは別に、サラは楽しそうにお品書きの看板を見続けている。
「こんな魚も、いるん、だ。面白い、ですね、だわおにいちゃん」
率直というのか健気というのか、それとも気丈というべきか、眼玉が提灯のように頭から生えている魚の絵を指差してサラは告げた。
一体全体、どんな料理になって出て来るのか想像できない。活き造りなら、さぞ不気味だろう。
(さて、どれにすべきか……)
気持ちを切り替えて、だわは注文を考える。
手帳を取り出そうとしたその手が止まった。確か、彼女は白い焼き魚が好きと言っていたなと記憶が告げていたからだ。
「白身の焼き魚にするか……ヒラメの塩焼き。俺は、これにしよう」
「わたしも、おんなしものに、しようか、な」
色々な魚料理があるにも関わらず、同じものをサラは選んだ。
気を遣わせてしまったかと心配しただわが声を発するよりも早く、彼女は穏やかな微笑みで告げる。
「……おんなしもの、を、一緒に、食べるの、は……一緒に、来た時だけの、とくべつ、なの」
「そう、か」
だわは頷くと、エスコートするようにサラに手を伸ばした。
その時、店の扉が開き、焼けた潮の香りが流れてくる。今日という特別な日を刻みながら。
●学園モノは君の手に
大きな雄の猪を引き連れて、ルブラ・ソンジュは帰宅の途についていた。
一歩踏み出す度に背負い袋の中が揺れ、画材が音を立てる。その響きが頭の中で幾度も交差し、学園生活のイメージが浮かび上がっていた。
誰もいない放課後の教室。そして、黒板に記してあるのは二人だけが通じる名前……。
「はー。私も、もうすぐ学園生か……緊張、するな」
胸から表出した気持ちが言葉となって宙へと飛んでいく。
この春、ルブラはパンクリアース学園に入学するのだ。緊張しない訳がない。
「試しに試験受けたら通っちゃって、学費もジジ上が大半出すって言ってくれて……」
不器用な人だが、孫には甘々な祖父の顔が脳裏に浮かぶ。
入学したら簡単には退学できない以上、プレッシャーもある。
ルブラは立ち止まると傍らを付いてくるボゾルグに視線を向けた。
「でも、ぼっさんが一緒なら、大丈夫かな」
呼び掛けに大猪は大きな欠伸をして応える。
そう……気にし過ぎても良くないのだ。折角の学園生活、楽しまないと意味がない。
「……ふひひ。学園って場所、前から興味あったんだよね」
グッと拳を握るルブラ。
学園といえば青春。青春といえば恋愛。これは唆るしかない環境だ。
「中から見られれば、きっと良いドゥジンシが出来るかも……!」
心の中で発していたつもりの本音が知らず知らずのうちに喉を通過して世の中に解き放たれてしまっていたが、幸いにも周囲には誰もいなかった。
春の訪れを知らせる桜の花がルブラを出迎えるように咲き乱れ、その中心に向かって小さく拳を向ける。
「……よし。頑張る、ぞー」
買い込んだ画材を詰め込んだ背負い袋を鳴らし、ルブラは再び歩き出す。
この時、ルブラは知らなかった。これから、学園で自らのコミュニケーションの無さを痛感する事を……。
●欠け落ちた先に
半獣人である事を隠しつつ、メイド姿のクレア・エクレールは港町ウシタのとある屋敷を掃除していた。
依頼主の話によると幾つかの屋敷を購入しており、手入れが必要だと言うのだ。
(仕事が終わったら皆と花見……なんだろうけど……)
チラっと視線を向けて依頼主を見る。
ユーゲン・フォリングと名乗った学者帽の似合う如何にも頭の良さそうな青年だった。
クレアの視線に気がつき、青年は目を合わすと言葉を紡ぐ。
「良い仕事ぶりだ。だが、なぜ、半獣であると正体を隠す?」
観察眼はかなりのもののようだ。
いつでも逃げられるようにエーテルを高めながらもクレアは用意していた台詞で返した。
「王国内での半獣の扱いは知れたものだから」
「……理不尽な事があるのがこの国だ」
青年が踵を鳴らし、近づきながら話を続ける。
「君はそんな世界を壊したいとは思わないかい?」
「その想いに殉じたいなら……と、以前、出逢った人から渡されたものが……」
胸元から取り出したメモ。そこに記された文章を一目見て、青年は息を止めた。
次の瞬間、冷静を置き捨て、クレアに詰め寄った。
メイドキャップと学者帽が同時に落ちる。
「この筆跡……まさか、君は……」
「ヌバッフである女性から貰ったんだ」
見開かれた碧眼が真っ直ぐにクレアをみつめた。
そして警戒するように周囲を一望すると声を落とす。青年を呼ぶ部下の声を微かに響いていたからだ。
「君も『欠けて』いるのなら、組織の一員として僕達と共に行ける」
返事は次に逢う時に――そう言い残して、メイドキャップを拾い渡し、ユーゲンは踵を返した。自身の碧髪を隠すように学者帽を被りながら。
その後ろ姿を見送りつつ、クレアは自身の胸に手を当てる。
(ボクの欠けている事……)
自分にもあるように、きっと青年にもあるのだろう。
埋められない『欠落』が……。
●桜色の世界の中で
赤と金の目を細め、アーシェル・G・クラインはその光景を心の中に焼き付けていた。
大切な仲間達が優しい桃色の世界の中で輝いているように見えていたからだ。
「桜は不思議な花だな。遠くから見るのと近くから見るのじゃ色が、違う……」
一緒に見られるものは何でも綺麗だけどなと誰にも聞こえないように呟き続けた。
足を止めた彼にアンネエルカが手を振って呼ぶ。
「アーシェルさん、こっちです」
「あぁ」
会場で配られている飲み物を抱えて戻ってきたアーシェルから、視線をルフィナ・ヴィオレットに向けてアンネエルカは両頬を抑えながら言う。
「桜は勿論だけれど、私アルフィーさんのお弁当もすっごく楽しみで。欲張りさんかしら?」
「大丈夫よ、アンネ。女の子は欲張りな生き物だもの」
余裕の表情を浮かべてルフィナ・ヴィオレットは応えた。
桜も食欲も同時に満たして何も悪くはない。それにこれは花見なのだ。楽しまないと主催してくれた依頼主にも申し訳ないし、冒険者として依頼を受けた意味がないというもの。
「今なら桜も綺麗だし、今日はゆっくりと楽しもうぜ」
アルフィー・リッパーが張り切って作ってきた弁当を広げつつ、呼び掛ける。
酒の肴ばかりになってしまわないよう、肉と野菜のバランスに配慮した極めて健康的に仕上げた自信がオーラとなって弁当から発しているようで、アンネエルカの期待が溢れ、ソワソワと落ち着かない。
「これ、開けても!?」
と言ってる傍から待ちきれなくてアンネエルカは弁当の蓋を全力で開けた。
視覚というものは瞳を通過して脳に信号で送られるというが、そんな過程をぶっ飛ばして、感情を貫いた。
「とっても可愛いぃ! アルフィーさんでもあり、ルフィナさんでもある猫さん。ふふ、とっても素敵だわ」
猫型にカットされた色々な野菜が仲良く並んでいる。
まるで猫カフェなるものに来たような、そんな衝撃だ。
「食べるのが勿体ないわ」
野菜猫の一つを手にしたルフィナもそんな感想を発した。
しかも、猫一つひとつ、表情が微妙に違うのだ。ただの猫カットではない。作り手が繊細だからこそだろうか。
ルフィナは暫く眺めていたが、いつまでも見ているのもと思い、口の中へと放り込む。
「とっても美味しい! それにお肉とお野菜のバランスが絶妙だわ」
濃く味付けした肉を野菜と一緒にする事で味と見た目も整えているのだ。
肉詰めだけではなく、繰り抜いた根菜の空間をまるで絵具のように挽肉で埋められて表情を作っていた。
野菜が苦手でも食べれるように確りと配慮されている。
「ほら! ちゃんと肉も野菜もバランスよく摂れよ、皆一個ずつにしているんだからな!」
仕切るようにアルフィーが言い放つと、皿に各自の分を持っていくが……言葉とは裏腹にアーシェルには肉を多めに盛り付けている。
その様子に、アンネエルカが何度も頷きながら偉そうに言葉を発した。
「そうそう、こんなに丁寧にお料理を作って貰ったんだもの。お肉だけ食べるわけにはいかないわよね、アーシェルさん?」
意地悪そうな彼女の言葉に、受け取った皿の中身を見つめながら、アーシェルが応える。
「アンネにも言われたら食うしかねぇよな。たまには肉を抑えて野菜多めにするか」
自分からも積極的に野菜へと手を伸ばした。
肉好きの自分の健康を心配して、いつも野菜も食えと言ってくれる弟分に感謝しているつもりだ……でも、やっぱり肉が好きだが。
シャルガネの調味料と砂糖で味を付けた薄切りの焼肉を新鮮な野菜で巻いたものを口に運ぶ。
「……美味い!」
口の中に広がったのは、程よいバランスの甘辛さ。
そこに野菜の香りがミックスされて、舌の上で新たな世界が誕生している。
想像以上の旨さにアルフィーの頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「それは、よかった」
成すがままに頭を撫でられている彼にルフィナは誇らしそうに告げる。
「やっぱり、アルフィーは素敵なお婿さんになれそうね。さあ、作ったあなたもちゃんと食べるのよ」
そして、おかずの一つを手に取った。
色の違うパプリカを組木細工のようにわざわざ合わせた肉詰め。これだけで十分な手間が掛かっているとすぐに分かる。だからこそ、作った本人もちゃんと食べて貰いたいものだ。
皆で一緒に食べる事が花見の醍醐味なのだから。
食後のデザートも堪能し、暖かく穏やかな時間が過ぎていく。
「デザートまで美味しくいただいちゃったわ……」
桜の香りがする甘いパンケーキとさっぱりとしたお茶は無限に喉を通りそうだった。
身体中のエーテルが胃に集中してきたのか急に眠気を覚えたアンネエルカがアーシェルの脇でウトウトと揺れている。
ひらり……ふわり……と不規則に漂う桜の花弁が、余計に眠気を誘う。
空も大地も、淡い桜色に染まっていく中、大好きな皆と一緒に過ごすひと時で、満たされていく。
「眠ってしまうのが、ちょっぴり勿体ないくらい……」
幸せと続いた台詞はついぞ、言葉にならず。
そんなアンネエルカをアーシェルは見守り続けていた。春の陽気な天気だが、冬の寒さが大地には残っている。冷えないようにと上着を静かに掛けた。
(いっぱいだな)
この、穏やかで幸せな、かけがえのない時の流れが、とても愛しい。
おかげで胸がいっぱいで食事が進まなかったが。
アーシェルは顔を上げて会場を見渡した。誰もが幸せそうな時間を過ごしている。見知った人も名前さえ知らない人も。
その中に、仲間の一人がいないか探す。
(まだ帰って来ないか……何か巻き込まれていなければいいが……)
仲間達と過ごすこの時が、桜のように散ってくれるなと心から願うアーシェルだった。
静かに寝息を立てているアンネエルカに微笑を浮かべ、ルフィナはぽつりと呟いた。
「花は散るから美しいと言うけれど、桜ほど体現している花はないと思うわ。綺麗で、儚くて……まるで春の夢みたいね」
その言葉に同意しながら、アルフィーがごろんと横になった。
「気持ちよくて眠くなってくるな」
「そうね」
横になった彼を上から覗き込むルフィナは笑顔で応える。
見上げる形となったアルフィーから見ると、桜を背景にした彼女は一際に綺麗に見えた。
不意に見覚えのある紫水晶のブレスレットが頭上で揺れる。
意図が分からず目をパチクリとした彼にルフィナが囁くように告げた。
「素敵な贈り物をありがとう。会ってちゃんとお礼を言いたかったの……」
突然のお礼にアルフィーは顔を染める。
「別に……大したことじゃない。でも、喜んでくれたならよかった。幸せにと、願いを込めたんだ」
「ずっと大切にするわ」
微笑みと共にルフィナはブレスレットを胸元に抱き寄せる。
桜は散ってしまっても、この想いはずっと、心の中で咲き続けるように。
●たくさんの縁に繋がって
エヴァン・ピオネロに抱えられるように座っていたアルマ・ヴァレンタインが空を見上げる。
空から沈んでくるように桜の花弁が舞っていた。
「……手紙、届いたかな?」
ある人に送った手紙は今頃、人の手を介して、到着している頃だろうか。
「ちゃんと届いていますよ、きっと」
彼女を抱えている腕に力を込めるエヴァン。
縁が繋いだ大切な思い出、生きた証をあるべき所へ。
そして、その関係者とも言えるエクエス達がロイ・アウレアに案内される形で、アルマ達が陣取った一角に訪れていた。
「アルマさん、すみません。ゆっくりとしている所、大人数で押し掛けてしまって」
苦笑を浮かべて申し訳なさそうに告げるエクエス。
なぜなら――。
「相変わらず、元気そうだな。アルマ」
「アルマさんまで、先輩の馴染みの人だったのですか……」
「え……マジで、この面子の前で一芸するんかよ。聞いてないZE」
「しっかり楽しませるでござるよ、ゲンナイ」
「これは良い記事が書ける雰囲気だ!」
「ロイさん、アルマさん、私達が邪魔だったら遠慮しなくていいですからね」
花見の依頼主と主賓である人達も一緒だったからだ。
もはや、その人数が集まっただけで収拾がつかないような状況だ。
「良いんですよ。皆さんと一緒に楽しめるのが、花見ですから」
ロイが全員を歓迎するように手を広げた。
誰かしらと何かしらの縁が全員にあるというのも凄い話でもあるし。
「ありがとうございます、ロイさん。今回、本当にどうしようかと思っていたので」
逆毛記者の無遠慮な行動にげんなりしながら、受付嬢のアーネリーがロイに言った。
なぜ、例の記者が同行しているのか、事情を知ったロイが首を横に振る。
「強引に押し切られたに違いないってわかりますから。アーネリーさんは悪くない……という事で、余計な事はしないで下さいね。アーネリーさんの仕事が増えるので」
台詞の途中から視線を逆毛記者に向けて凄みを利かせるロイ。
記者はそのオーラに誤魔化すように薄ら笑いを浮かべる。
「も、もちろん! 端っこで静かにしているから!」
そんなやり取りにイェルドが声を出して笑う。
「そうだな。オレの醜態を晒されても困る、しな! ヒック!」
王国騎士が酔っているのは、確かに記事にされるべきではないだろう。
その様子にアルマが呆れながら声を掛ける。
「すっかり出来上がっちゃってる……でも、この分なら肩の荷が降りたってことかなあ?」
「まぁ、そんな所だ。で、アルマの尻に敷かれ……じゃなくて、椅子になっているのは誰だ?」
「ボクの彼氏さんのエヴァくんだよ!」
堂々とした紹介に各自から「お、おぉ……」と声が漏れた。
エクエスが何かに気がついたようでポンと手を叩いた。
「あ……その人が……」
「そう。相手のことを知って自分のことも知ってもらいたい大切な人だよー」
「初めまして、アルマと大叔父からお話は伺ってます。着座したままで申し訳ありませんが」
爽やかな笑みを浮かべる様は、どこかエナハルトにも似て。
イケメン騎士が口元に手を当てて小さく呟く。
「そうか……相手も、自分も、か……」
「エナハルトさんも適度な所で先に行って大丈夫だよ。きっと、待っているだろうから」
ふくみのある笑顔でアルマはそう声を掛けた。
主賓としての仕事もあるだろうが、それはイェルドに任せても問題ないだろうし。
そして依頼主であるリィミアも同意する所であったようだ。
「適度に回った後は自由行動で良いでござろうよ」
「リィミアさんも、ステキなお花見会場をどうもありがとー! 慌ただしかったけど……お宝探しは楽しかったよー」
「恩人に礼を尽くすのは当然の事だから、気にする事はないでござるよ。それに……」
視線をエヴァンに向けるリィミア。
声には出さないが、リィミアは『夢想の宝玉』が魅せた夢の内容を覚えているという。
急に気恥ずかしさをアルマは覚えた。
「リィミアはまだ何も言っていないのだが……」
「うー。恥ずかしさで死にそうだよ」
顔を抑えるアルマにエヴァンがギュッと腕の力を強めて抱き締める。
「大丈夫だよ、アルマ」
仲睦まじい二人の様子に、イェルドがニヤニヤとしながら酒を呷った。
「全く、昼間から見せつけてくれるぜ。なぁ、アーネリー」
「うぅ……そういえば、ロイさん。噂で聞いたのですが、ご結婚されるそうで……その……おめでとうございます」
「ありがとう。アーネリーさんも役職持ちになったと聞いていますよ。おめでとう」
仕事をミスしないように作り上げたメモをロイの助言通り大切にした結果、マニュアル化に大きく貢献したという。
「私、もっともっと頑張ります!」
「頑張り過ぎて無理はしないように、アーネリーさん。ところで、あれから、塔はどうなりましたか?」
「あ。その話し、ボクも聴きたいかな」
ロイの質問にアルマが手を挙げた。
エクエスが見つかった古の塔。クリーパーの攻撃を受けて修復中だったはずなのだが……。
「街の職人達の協力を得て、修理は順調です……ただ……隣接する帝国領でクリーパーが目撃されています」
「……脅威を取り除く必要があるか」
ロイの考えに受付嬢は頷いた。
「領主様も同様に考えておりますが、帝国領という事もあり積極的に動けないという事です。恐らく、冒険者の皆さんに依頼が出るかと思います」
「それじゃ、壮行会も兼ねなきゃね!」
アーネリーの話に新しい冒険が始まるような、そんな気がしたアルマが両手を大きく空に突き上げるのであった。
●二人で過ごす甘い春
ナキルは久しぶりにエクエスと言葉を交わして、互いの成長を称え合い、そして、それぞれにの大切な人を紹介した。
立ち去っていくエクエスと冒険者の後ろ姿を桜と共に見つめ送る。
人が歩んでいく道は不思議なもの。きっと、またどこかで重なる時も来るだろうから、その時、恥じないような自分でありたいとも思う。
「オレ達も行こうか」
気持ちを切り替えて、彼は恋人のエフィルミアに声を掛ける。
エフィルミアは桜よりも満開の笑顔を魅せていた。
「今日の私は主役なので、いっぱいもてなしされてあげよう!」
両手を広げ、どやり顔で宣言する彼女にナキルは弁当が入った包みを僅かに持ち上げる。
「誕生日祝いも兼ねているからな」
その為に朝から気合に気合を捻じ込んで手作りしてきたし、プレゼントも用意してきたのだから。
桜を揺らす風が吹き抜けて、木々から飛び立った花びらと大地を染めていた花びらが、桜色の霧のように広がった。
歓声をあげて数歩先へと進むエフィルミアがまるで絵画のように幻想的に映り、ナキルは息をするのも忘れる。この瞬間が魂に刻み込まれるほどに。
「……ミアの色で沢山だな」
綺麗や美しいという単語ではとても足りないし、詩人のように長々と想いを巡らせられないのがもどかしい。それでも、ナキルはもっとも伝えたい事を選んだつもりだ。
彼のそんな言葉にエフィルミアは大袈裟な身振りをする。
「桜の花を独り占め出来るのは、ナキルくんの特権だよ! どの花より、私が綺麗でしょ」
強気な台詞。けれど、ナキルは納得するしかなかった。
だって、エフィルミアには春が一番似合うのだから。
二人で過ごす穏やかなで甘い時間。
空になったお弁当箱をそのままに、二人は互いに寄りかかりながら桜を眺めて続けていた。
春を知らせる風が駆け抜けていく度に桜が揺れて花弁が宙へと旅立っていく様子は、見ていて飽きる事がない。
「……そうだ、これ。誕生日プレゼント」
頃合かなと思ったナキルが、桜の花びらをモチーフとしたデザインが彫られた箱を取り出すと、優しく手渡した。
「わあ! 今、開けてもいいの?」
目を輝かせるエフィルミアの言葉にナキルは頷く。
むしろ、『今』開けて欲しいものなのだ。でないと彼女の驚く顔が見られない。
エフィルミアは蓋をゆっくりと開ける。ふわふわとした桜色の緩衝材の中に、星色の羽ペンと蒼いインクが入っていた。小さな箱の中が、まるで夜桜みたいに思える。
より輝きをましたエフィルミアの瞳が再びナキルへと向いた。
彼は少し気恥ずかしそうに頬をなぞる。
「オレばっかり、ペンを使う度にミアを思い出すのは不公平だろ?」
それはエフィルミアの小さな独占欲だった。
私を一時でも忘れないで欲しいという『我侭』……あるいは、願い。ペンを手にしていたとしても、そこに込められる想いを本人以外、誰も知る由はないのだから。
「誕生日おめでとうな、エフィルミア」
照れたような笑顔のナキルの台詞に、願いが叶っている事をエフィルミアは感じた。
きっと、彼も自身と同じような『我侭』を持っているのだろうから。
エフィルミアはプレゼントを大事にギュッと抱き締める。
「ありがとう、ナキルくん! このペンがあれば私も頑張れるよ!」
そんな恋人の応えに、頑張れるとますます追い付けなくなるなどと思いながら、ナキルは深く頷くのであった。
●風花のひと時
咲き誇る桜。暖かく優しい日差し。爽やかな春の香りを運ぶ風。
それらを全身で感じながらコハクはしみじみと花見会場を見渡していた。
冒険者になり始めた頃は、花より団子な傾向が強く、花に興味はなかったが、少し成長した今なら、この絶景も楽しめるはずだ。
(……あ。お弁当だ)
ララノアが持ち込んで広げ出した弁当をコハクは見逃さなかった。
歓談が進む中、ふらふら~と吸い寄せられるように進み、唐揚げの一つを口に運ぶ。
「美味しい」
「良かったです、コハク様」
齧るように頬張る姿に、ララノアは柔らかい微笑を浮かべた。
そして、他のおかずや飲み物を次々に用意する。
「まだまだ沢山ありますので。ラティア様も遠慮なさらずに。生のお野菜も用意してありますし」
「ありがとう……クーデリアの分も……」
ラティア・ミゼリアが生の人参スティックを緩慢な動作で一つ取った。
それを、小脇で大人しくしているペットのうさぎに渡す。
「あ……」
お腹が減っていたのか、クーデリアは人参をスッと掴むと凄い勢いで食べ始める。 その姿は横に並ぶコハクの姿と重なって、何か愛らしい。
そこへ、エミリア・シバがエクエスと共に到着した。
「エクエスちゃん、ご紹介するわ。お友達のララノアちゃんとラティアちゃん、コハクちゃんよ」
「よろしくお願いします、皆さん」
丁寧に頭を下げたエクエスに、ララノアも深く礼をする。
『夢想の宝玉』に関わる依頼で既に顔見知りだからだ。
「エクエス様、お久しぶりです」
ぴったりとエミリアに並ぶエクエスの姿に、ララノアはにこにことした表情を向けた。
こうやっている姿を見ると、お二人は仲良しさんだな~と感じるのだ。
ララノアの反応を直に感じたラティアが明らかに動揺しながら訊ねる。
「エクエスさんは……エミリアさんとは、その……お、お付き……あ、いえ、やっぱり何でも……」
恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めながらオドオドと台詞を発する途中で耐え切れなくなったラティアは頬を押さえて、声が段々小さくなっていく。
冒険者同士の恋バナは、珍しい事でもないだろうが、こう身近にあると思うと心の準備というものが――。
「ん? 二人は付き合っているの?」
骨付き肉に喰らいつきながらコハクが遠慮なく訊ねた。
その言葉にエミリアがエクエスの肩をぐっと抱き寄せる。
「将来(一緒に旅をする)を約束しているわ。いい子だから、仲良くしてあげてね!」
「はい、 もちろんです。エミリア様、エクエス様」
両手を胸元で合わせてララノアが祝福をする。
エミリアの夜空を感じさせるような髪と、太陽のような輝きを持つエクエスの髪は、こう見てみるとお似合いのように思えてくる。
落ち着いた感じの口調でエクエスがエミリアに訊ねた。
「皆さんもエミリアさんと同じ冒険者なのですね?」
「そうよ。それだけじゃなくて、ララノアちゃんとラティアちゃんとは、おねえさんと合わせて、歌って踊って演奏のできるトリオになるよの!」
「お花見の余興に、してみても……いいかも……しれませんね」
ラティアが小さく頷く。
一通り紹介も済んだし、後ほど一興する事も決まったしという事で、エミリアが楽しそうに手を叩いて宣言した。
「それじゃ、まずは美味しいお酒とララノアちゃんが持ち込んだお弁当、そして、綺麗な花を見て疲れを癒しましょ!」
用意してもらった花見なのだから、楽しまないと勿体無い。
合わせるようにララノアがワインを取り出す。
「そうですね、皆さんで飲むのも……あ、私はお酌だけです……弱すぎて飲むと大変な事になるようなので」
「私も家族から早いといわれているのね」
続いたコハクの言葉にラティアが慌てる。
「私、お酒にはあまり強くないんですけど……せっかくお酌してくれそう……なので、少しくらいは……いいかもしれませんね……」
「それがいいわ、ラティアちゃん。おねえさんとエクエスちゃんだけじゃ、飲み比べになるだけだから」
「……その、酔っ払って変な絡み方とかしたら、ごめんなさい……」
小さくはならないが小さくなりそうな勢いでラティアが言った。
酒を飲んで人が変わるという話しは、ちょこちょこ耳にする事だ。多弁になるならまだしも、泣き出したり、説教を垂れ始めたり、脱ぎだしたり、他人の恋人に絡みだしたり……酒の席のやらかしは、絶対、後から後悔する。
(お酒に負けないように……気をつけ……)
フラグになるような事を心の中で呟くラティアだった。
酔ったのか雰囲気に呑まれたのか、甘えるような仕草でトロンとしているラティアに、新しいワインが注がれる。
「まだ……負けたとは……」
「ここは酔い覚ましに酸味の強いくだものね」
コハクから柑橘類の果肉を渡される。
大事そうに受け取ると、パクっとロの中へと放り込んだ。甘酸っぱい爽やかな香りが広がっていく。
ふと、周囲に視線を向けると、エミリアが依頼主であるリィミアや王国騎士達と何か会話していた。
「あれは確か、エナハルトさん……」
「知っているの?」
「一度、依頼で一緒だったから」
ラティアの視線に気が付いたエナハルトが一瞬だけ、視線を向けると軽く頭を下げた。
出会った時から知っているイケメンではなるが、なお一層、イケメン度が上がっているような気がする。
一方、もう一人の王国騎士イェルドはだいぶと酒が進んでいるように見えた。
卵焼きに手を伸ばしつつ、補足するようにコハクが言う。
「主賓だから回っているみたい」
花見会場に訪れた冒険者達は思い思いの場所で過ごしているようなので、挨拶に回るのは大変かもしれないが、これも王国騎士の仕事の一つなのだろう。
エナハルトから、あの街での出来事や、その後の経緯などを聞き、エミリアは嬉しそうな表情で頷く。
大事な時に諸事情で手伝えなかった事が心の片隅に引っ掛かっていたのだが、彼の話を聞いて、良かったと思う。
「いいことがあったら飲んで楽しまなきゃ!」
「イェルド先輩が嘆いていましたよ、エミリアさんは恐ろしい酒飲みだと」
「そうだぞ。エクエスもかなりいけるからな……この二人と飲み比べはやべぇ」
足元が覚束ない様相でイェルドが告げる。
それなりの酒豪であると自負しているイェルドではあるが、上には上がいる事は知っていた。
特に冒険者連中は底なしが多い。
リィミアが勝ち誇ったように胸を張って言い放つ。
「ならば、そのうち試してもいいかもしれないでござろうか。もっとも、今日は花見を楽しまないと」
やりとりを見守っていたララノアが微笑を浮かべる。
「それならば、歌いましょうか……春の歌などいかがでしょうか? それとも、エクエス様やリィミア様が知っている歌でも……」
「あ……だったら、私が、冒険者の方から教えて貰った歌が」
控えめながらも手を挙げるエクエスの言葉に、ラティアがパチっと目を覚ました。
手にしていたグラスの置き場がなく宙を右往左往する様に、コハクが手を差し出す。
「持っているよ」
「お願いします……」
そして、ラティアは大きな弦楽器を自身の前にしつかりと据え付ける。
花見をもっと楽しむ為に ここは気合を入れて奏でようと思うラティアであった。
●明日からダイエットです!
会場の中でも、満開から僅かばかり散り始めた先咲の一角でフレイヤ・サンライズが弁当を広げていた。
「いやー、もう桜の綺麗な時期だね~」
さらりさらりと緩やかな円を描きながら花弁が舞う。
弁当の中に入りそうだが、まぁ、彩りとしては最高かもしれない。
「って事は、サクランボとか取れたりするのかな?」
嬉しそうに真横に座るベルク・オスマットに訊ねる。
彼女は、まだ重箱を並べている最中というのに、すでにおかずの一つを小動物っぽい仕草で頬張っていた。
「桜は綺麗だが、腹は膨れん。それよりも目の前のご馳走だ!」
花より団子派の友らしい行動に、フレイヤは微笑む。
とっておきの飲み物をスッと差し出した。
「今日の飲み物はフレちゃんお手製ジンジャーエール! やっぱ、これに限るっしょ―☆」
「待ってた!」
持参した酒を取り出そうとしたベルクはフレイヤからのジンジャーエールを受け取る。
独特の香りを楽しみながら喉へと流し込んだ。
「ッハー!」
ベルクの獣耳が流れる飲み物と合わせピクピクと動いていく。
この爽快感は癖になるものだ。程よく暖かい陽気も相まって気持ちが高まる。
そんな飲みっぷりをニコニコと視界の中で捉えつつ、フレイヤは弁当を並べきった。
「今回の弁当の中身は……唐揚げとー、フライドポテトとー、ハンバーグサンドとー、フィッシュフライサンド!!」
朝一から気合を入れて仕込んで来た自信作だ。
肉と魚と芋というカロリー的にも最強の布陣だ。
「あ……勿論、スティック野菜とポテトサラダもあるよ……って、もう食べてるけど!」
説明するよりも早く、ベルクが人参スティックを咥えていた。
狐系の半獣人であるが、その様は兎系かと感じたくなるような前歯の動きが、妙に可愛く見える。
「折角の花見だ。楽しまないとな」
そして、ベルクはお気に入りの酒瓶を手にするのであった。
良い調子で酔いが進んだ頃、ベルクは王国騎士エナハルトの姿をみつけた。
どこかに用があって向かっている最中なのだろうか、それはそうとして、手を全力で振る。
「おや、エナハルト殿ではないか、よく来たの、ついでに食ってけ、そして……飲め!」
「あまり長居は……できませんが……」
やや心配するようにエナハルトは前髪を除けながら応える。
その理由をベルクはすぐに察した。
「ほーん。なるほど、愛しい人を待たせては、な。その心意気は良いが、祝いの席の酒でもあるぞ」
不敵な笑みを浮かべ、並々と注いだ朱塗りの酒盃を押し付ける。
「ベルクさんにもお世話になりましたし。では、少しだけ」
「この両手に花状態で少しとは、真面目か!」
そんな勢いにエナハルトは助けを求めるよう、フレイヤに視線を向けた。
が、そのフレイヤも既にグラスを掲げている。
「まーまー。一先ず、気にしないで……とりあえず、今は楽しも♪」
「お二人とも既にだいぶと出来上がっているようですが……」
「ずっと食べて飲んでだからだよ。それじゃ、かんっぱーい☆」
三人がそれぞれに持った飲み物を掲げた。
飲み終わるまで帰してもらえないのではないかと心配したエナハルトだったが、意外と早く解放された。
気が付いたら、ベルクが穏やかな寝息を立てたからだ。
弁当もほとんど食べ終わっているので丁度良いタイミングでもある。
「まだ、食べれるし、飲めるぞ、われ……は……」
夢でも見ているのかベルクの寝言にエナハルトは苦笑を浮かべる。
一方、フレイヤは少しずつ弁当を片付けながら、そんな友を見守っていた。
ついつい、食べ過ぎた気がして不意に内臓脂肪への罪を感じる。
「さて……明日からダイエットしなきゃ……」
この罪を償うのは大変だと思うフレイヤだった。
●良き桜の縁に
マリィ・スノードロップの髪と同じ色をした花弁が空を埋めるようにふわりふわりと宙を踊りながら、ゆっくりと降りて来る。
その美しさはまるで恋愛小説の一幕のようで、幻想的な光景に思わず見惚れてしまう。
ここに王子様はいないけれど、一人でなかった事は幸いだ。この素晴らしい世界を共有できるのだから。
「カハトラさん、みてください、桜……」
真横に座っている知り合いにマリィは呟いた。
「ああ。空の青と、桜の淡い色が綺麗だ。ところで、アンタの持っているおかずは美味いのか?」
「花より団子、ですね……」
「楽しんではいるぞ」
そう応えてカハトラは酒盃を掲げる。
ふらりと会場に立ち寄った所で、マリィと偶然にも出逢い、花見会場を流れる小川の近くへとやって来た訳だ。
せせらぎに流れる桜の花弁は、まるで水面を染めているようで美しい。
「誤算があるとすれば、酒のおかわりを貰いにいくには、場所が良すぎて、動きたくなくなる事だな」
「これだけ綺麗なら、仕方ないですよ」
クスっと笑うと、ずっと手にしたまま止まっていた卵焼きを口へと運ぶ。一口目から仄かな甘さが広がった。
……が、噛んでから異物を感じる。
マリィは唇へと手を当てた。
「あ……花弁も一緒に食べていました」
「まれによくある奴だな。俺のも、見ろよ」
手にしていた酒盃の中、まるで舟のように花弁が漂っていた。ゆるい風を受けて不規則に揺れる様は、これはこれで可愛げでもある。
穏やかな時間がゆっくりと過ぎていく。
誰かが近くを通る気配を感じて、マリィが立ち上がった。
「一緒に、いかがです?」
声を掛けた相手が誰なのかと視線を向けるカハトラ。
そこには、依頼主であるリィミアが、少し驚いたような顔をしていた。声を掛けられた事が意外だったのかもしれない。
「……それでは、お邪魔するでござろうか」
浮かべた微笑はしかし、どことなく陰りが伺える。
カハトラもマリィも、その理由は分からないが、宴の席で訊こうとするのは野暮というものだ。
「まぁ、もう酒はないが」
空になった酒盃をひっくり返してみせたカハトラにリィミアは声を出して笑うと楽しそうに二人の間に座った。
「桜を眺めるだけでも良いでござるよ。花見だし」
「春は命が芽吹く。花が咲き誇る。生き生きとしているからな」
そう告げたカハトラにリィミアは深く頷いた。
聴こえてくるのは川のせせらぎと、鳥達のさえずり。
「……変わらないものだ」
聴こえない程の小さな呟きにカハトラがポンっとリィミアの肩を叩く。
「冬に置いてけぼりでも食らったような顔だが……春の陽気にあてられるのも、悪かないぞ」
「そうです! いっしょに踊りませんか? きっと楽しいですよ!」
パンっと手を叩いたマリィが、返事を待たない内に、彼女の手を取ると立ち上がる。
引っ張られるように腰をあげたリィミアは桃色の瞳を大きく見開いた。
「踊った事が、なくて……」
自信なさそうに言うが、マリィはぐっと顔を寄せた。
弱気になっている時はなんでも弱気になるものだ。そんな事では春が真に訪れる事はない。
「大丈夫です。ほんのひと時ですが、桜の下で、一緒に春を喜びましょう」
満面の笑みと共に伝えた台詞。
それを受け止め、深く息を吸い込んでから、リィミアは胸に手を当てて頷いた。
「ありがとう……」
この陽気をリィミアはきっと忘れないだろう。
新たな一歩を踏み出せる、そんな暖かいひと時になったのだから。
●桜瞳に出逢う
「楽しみの所、お邪魔しても良いでござるか?」
依頼主であるリィミアの声に、口元につけていた酒杯を降ろすパヴェル・A・サムルガチェフ。
「あぁ、構わないぜぇ」
その返事に同席していた集落の若い娘達がスッと控える。
娘達からすれば、リィミアの存在は長と同等なのだろう。
「姿が様になっているから、最初は集落の者かと思ったでござろうか」
微笑みながら桜色の瞳を向けて来るリィミア。
パヴェルの羽織と着物、そして、角を隠している帽子の事を言っているのだろう。
「ここは風情があっていいぜぇ」
それぞれの手に持った煙管と酒杯を掲げる。
……と視線が座っている席の脇に置いてある甘味に向けられた。
「手が足りねぇがなぁ」
煙管か酒杯かどちらかを置けばいいだけの話だが、それすらも勿体なく感じるひと時だからだ。
「全く、仕方ない者だ」
集落の事を褒められて嬉しかったのか、リィミアが甘味の一つを手に取った。
女性らしい線の細い指だが、手の内に残るタコは彼女が武士である事を告げている。
「ほら、あーんと、してあげるでござるよ」
「俺は赤ん坊じゃねぇぞぉ」
「エルフでない限り、リィミアからすれば、似たようなものよ。それに、こういうのも嫌ではないでござろう?」
いぢわるそうな表情を浮かべて彼女はぐっとパヴェルに寄ると大福を口先に当て付けた。
春らしく苺が入った大福から春の香りが漂う。
見惚れする桜の景色と喉を潤す上等な酒に心癒す甘味。そして、艶やかに流れる黒髪を揺らして迫るリィミア。
折角の好意なのだから受け取らない方が失礼というものだろう。
「据え膳食わぬは……ってのは、この地方の諺だったかぃ」
そう答えながらパヴェルは口を大きく開くのであった。
●桜の中の君と
風に吹かれ舞う桜の花の中、気持ち長くなった髪を結んだミア=リゼルが待ち合わせ場所でソワソワとしていた。
「……着てみたのですが、変じゃ……ない、ですか?」
「桜の妖精かと思いましたよ」
爽やかな笑みを浮かべ、スッと手を伸ばしたエナハルトの台詞に、ミアは足先から耳の先端まで何かが突き抜けるような衝撃を受ける。
変だとは思う。彼が選んだ服を着ているという事ではなく、自身の胸の鼓動が響き渡っている事が。
その音がエナハルトに聞こえないようにと願いながらミアが訊ねる。
「あ、ありがとう、ございますぅ……そ、そういえば! お、お怪我の、具合はどうですか?」
少女の慌てぶりに彼は口元を緩めると、少し距離を取ってからバク宙を返事の代わりに魅せるのであった。
桜並木の中、互いの指を交わし手を繋いで並び歩く二人。
学校や友の事、最近の依頼の事など、どこにでもあるような、けれどもかけがえのないひと時が過ぎる。
「エナハルトさん、お話ししていなかった事が」
見晴しの良い所に辿り着いた先でミアはそう言い出した。
彼は先の出征で、とある女性への想いに区切りをつけた。その場にいたのは他の誰でもない自分自身だ。
心の底から良かったと思う。だけど……。
「ほっとしてしまった自分に気がついたのです……私、優しい子でも、良い子でもないみたいです」
やや表情を落として告白したミアにエナハルトはゆっくりと少女の肩を寄せて抱き締めた。
そして耳元でそっと甘く囁く。
「僕は優しくもない出来の悪い男かもしれません。それでも確かな事は、ミアさんの笑顔が好きな事です。それは答えになりますか?」
それが望んでいた言葉なのか分からない。
だけど、ミアには一つ分かった事があった。
この気持ちが、きっと恋と呼べるものなのだと。
●常在戦場
熱気が鱗を焼く。
本当に焼いている訳ではないのだが、そう表現しても良い位の熱さなのだ。
「ちと、休憩だ。手伝って貰ってわりぃな、サイラス」
年季の入った手拭いを首に巻いている爺が作業の手を止めた。
「気にするな」
短く答えるとサイラスは工房の隅に置いてある椅子に腰を降ろす。
ここは知り合いの鍛冶屋の一つだ。換気用の窓硝子の奥に桜が咲いていた。
「どんちゃん騒ぎに、いかないのか?」
静寂が訪れた工房の外から、花見で盛り上がる人々の声を聞こえてきて、サイラスは爺に訊ねた。
爺はニヤっと口元を緩める。
「いままでやっとったではないか」
「なるほど」
刀を鍛える事は、爺にとってはどんちゃん騒ぎなのだろう。
爺は水筒の一つをサイラスに向かって投げて寄越した。
目測を誤ったのか、あらぬ方向へと飛んでいく水筒を尻尾で器用に受け止めるサイラス。
「おっと。すまんすまん。もう歳だな……まだまだ終われないのに困ったものよ」
「見た所、忙しそうだな」
サイラスはぐるりと工房の中を見渡した。
材料も多く持ち込まれているし、発注のメモも沢山積まれている。
「仲間から仕事が追い付かねぇってよ。それでこっちにも回ってきたって事だ。ほら、前に材料を届けて貰った所だ」
「あー。あそこか」
「こんなに武具作って何するつもりか知らんが。まぁ、商売人の考える事は分からん」
爺が呆れたように言うと、納品予定の箱を指差す。
「あれを運ぶのも一苦労だぜ」
「爺には大変だな。運ぶだけなら手伝うが?」
「サイラスならそう言ってくれると思ったぜ。この後の作業が終わった後で良いから持って行ってくれ。宛先は……」
そう言って爺は適当な紙に行先を記す。
水筒の中身を飲み干し、サイラスは肩を回した。
自身に春休みが訪れることはなさそうだからだ。
●【獗烙】Daughter
桜の中で安寧を得た王国騎士と冒険者の姿に僅かな安堵を得たのも束の間、レティシア・レインフィールは正体が悟られないように変装した上で港町ウシタに訪れていた。
胸の内に広がる焦燥を誤魔化すように、街の情報を収集していた時、偶然にもジード・ランスウッドと出逢う。
「領主様が変わられても、この町にいらっしゃるという事は組織の皆様にとって、余程都合がよろしい地なのでございましょうね」
「成すべき事がある故、な。君もそう思わんか?」
街の状況は悪いの一言だ。
治安も経済も雰囲気も何もかも悪い。良くする為にやらなければならない事は多いとはレティシアも分かる。
「……もし罪無き人々を害するのであれば、私は貴族として、全力で阻止を致します」
「ならば、その矛先は我ではなく、キーリュロフ伯爵に向けるべき事だ」
広がる港をバックにジードは両手を広げた。
「レティシア・レインフィール。貴族の娘であれば、成すべき事は分かっているはずなのに、なぜ立たない。民は優良な貴族に『期待』しているのだぞ」
「……私は一冒険者でございますので」
そう答えながら、レティシアは手巾を握り締める。これはジードからの甘美な話しに過ぎない。
エナハルトは『欠けた』者を集める組織が『メドゥの指先』だと推測しているのだ。
ここで折れてしまっては、手巾の元の持ち主に合わす顔がない。
「そう言い訳しなければならない程の『欠落』を抱えたままだと、いつか破綻するぞ」
「それは忠告のつもりございますか?」
「なに……老婆心というものだよ」
ジードは憐れむような視線を向けてから踵を返す。
話は終わりという事だろう。組織に誘われなかったのは警戒されているからか、あるいは……。
立ち去るジードの背中を、レティシアは無言で見送るのであった。
●結縁の灰狐
ルベア・ベルニの質問にトレイシーは不敵な笑みを浮かべて返していた。
「組織の目的は、既存価値の変容だと思っているよ」
国家転覆なのかと訊ねた内容に、如何にも研究者っぽい解釈の返し。
僅かに思案した後、ルベアはゆっくりと告げる。
「『欠けた』事から逃げたり、向き合っても絶望するだけより、受け入れた上で前に進もうとする方が『欠けてない』人よりも強い事を私は知っているわ。アナタ達も出会ったのがジードでなければ、違う生き方をしていたはずよね」
「否定はしないよ。けれど、過去に『もし』はないのも現実。それはあの子も同じ」
向けた視線の先、リロと呼ばれた少女は――静かに昼寝をしていた。無防備な姿は、まるで赤子のようだ。
用意された紅茶を口に運びながらルベアは言う。
「前に出された神実の茶はただのお茶だった。あれが台木で性質が変わるなら、才能や立場も違う、活かし方が出来るんじゃないかしら」
「なに? 引き抜き?」
茶化すように応えたトレイシーにルベアは視線を流す。
「ジードを裏切れなんてことは言えないけど……」
「まぁ、リロは兎も角、研究員としては、研究の場所が保証されれば、どうでもいいけどね。目的と利害が一致しているからという幹部も多いと思うし、ジード様もその辺りはよく分かってる所だから」
「そんなものなの?」
不思議そうに感じたルベアにトレイシーは両肩を竦める。
「目に見えない盲目的な忠誠より、よっぽど信用できると思わない?」
「寂しい話のように思えるわ」
友情や愛情は目に見えない。だからこそ、その絆が強い事をルベアは知っている。
だが、トレイシーにはそれは『見えて』いないのだろう。それこそ、彼女が『欠けているもの』なのだから。
「研究が一段落したら、どこか紹介してくれると嬉しいな」
「そんな都合よく無いわよ」
思わず苦笑を浮かべるルベアだった。
●
無数の桜の花びらが人々に降り注ぐ。
満開の桜も、散り際の桜も、とても綺麗で……。
一人の冒険者が、楽しそうなひと時が過ぎていくその様を、穏やかな気持ちで記憶に刻んでいた。
この桜のように生きてみたいと、そう願いながら。
きっと、来年もそう思えるような日が訪れると信じながら。
春といえば、出逢いの季節。
桜の可愛らしい色と透き通る空の青さが美しく、陽の光が穏やかなで長閑なひと時を形創っていた。
(素晴らしい春の日にやる事と言えばそう……ナンパだ)
浮いた心でウスターシュ・ド・バティーニュが期待に胸を抱く。
踏み出した希望の一歩と同時に、視線の先、太陽のように輝く金髪金眼を持つ冒険者が向かって来ていた。
(……お嬢さんかな? いや、線の細い御仁なだけも気がするな……)
中性的な容姿はどちらとも見て取れてる。
しかし、悩んでいる間にすれ違ってしまっても勿体ない。美しいものは愛でよと教えてくれた父の言葉を思い出す。
「こんにちは、レディ。春の佳き日によければ私とお茶でもいかがでしょう?」
「えと……ウスターシュさんですよね? 会場にまだお見えになかったようだったので、迎えに来ました」
ニッコリと笑った冒険者は、長い金髪を揺らしながら腕を会場の方へと向ける。
建前上は、冒険者には依頼という事になっているので、会場まで行く必要があるようだ。
ピタリとウスターシュの左側に回ると軽く頭を下げる。
「私はエクエスと言います。冒険者の端くれですが、今日は依頼主であるリィミアさんのお手伝いです」
「そうか。それでは案内を頼もうか」
二人は桜並木の小道を歩き出す。
見事な風景の中、歩幅と時を揃えて進むのは情緒あるものだ。
「桜を見るのは私、初めてで。とても綺麗なのですね」
「同感です。この美しさは有無の物でしょう」
風が桜の花と共に吹き抜けて、ウスターシュは足を止めた。
気がつかなかったエクエスが数歩先に進んでから振り返る。
「次も依頼でご一緒したら、よろしくお願いします」
その言葉に春らしい出逢いの日になったと思うウスターシュであった。
●微笑みは香りと共に
お昼時、人々が行き交うその街の通りに冒険者が二人。
遠くからも判りやすい巨大魚の看板がでかでかと強調された店の前に到着した。
「あ……ここ、あの、おさかな料理のお店だ、ね」
パッと緑色の瞳を輝かせて、サラは横に並び立つだわを見上げた。
「覚えてたのか。そうだな、お前が教えてくれた店だ」
サラと初めて出逢った日の事。
あの時は店に入る事がなかったので、一緒に訪れるのは今日が初めてだ。
だわの言葉にサラは微笑を浮かべる。
「えへへ、忘れてない、よ。だわおにいちゃんとの、思い出のお店、だもん」
今も鮮明に浮かぶのは、凄腕の諜報員だと思っていた彼の事。
怖いというよりも興味が勝った。世の中に、それも手が伸ばせば触れる事ができる距離に、物凄い人がいると感じたから。
「あの時……わたし、だわおにいちゃんのこと、スパイ……なのかな、って、思って。でも、話したら、違った、の」
クスクスと小さく笑いながら、サラは当時の事を離す。
一方、だわは僅かに首を傾げた。
「言ってたな。そんなにスパイに見えたか……」
彼女の勘違いを生んだのは、自身の癖で、スパイでもなんでもない。
道に迷って迷子にでもなれば、より一層、周囲への警戒も高まるし、サラがそう感じるのも無理はないかと思い至る。
「ここの焼き魚が美味くてな。あれから何度か食べに来たものだ」
「あれから、何回も、来て、くれたん、だ」
そっか……と左右の手の指を絡ませながら、サラは滲み出る嬉しさと共に応える。
入口付近に置かれた絵付きのお品書きを覗き込む二人。
実に様々な魚があるようで、一般的な大衆魚から珍しい魚、高級魚まで揃っている。料理の内容も、切り身の生食からオーソドックスな焼き魚やフライはもちろん、すり身を合わせたものや骨チップスまで揃っていた。
「絵が、かわいい」
黄緑色した魚の絵を指でなぞりながらサラが呟く。
店員が描いたものなのだろうが、なかなかセンスのあると、だわは思った。魚の特徴をよく捉えていると思う……特に、その目玉が飛び出ている怪しい魚とか、脚っぽい何かが飛び出ている不気味な魚とか。
そもそも、それらって食べられるのだろうかと陳腐な疑問が浮かんだ。
(まぁ、メニューに出している以上、味は大丈夫なんだろうな)
そんなだわの思いとは別に、サラは楽しそうにお品書きの看板を見続けている。
「こんな魚も、いるん、だ。面白い、ですね、だわおにいちゃん」
率直というのか健気というのか、それとも気丈というべきか、眼玉が提灯のように頭から生えている魚の絵を指差してサラは告げた。
一体全体、どんな料理になって出て来るのか想像できない。活き造りなら、さぞ不気味だろう。
(さて、どれにすべきか……)
気持ちを切り替えて、だわは注文を考える。
手帳を取り出そうとしたその手が止まった。確か、彼女は白い焼き魚が好きと言っていたなと記憶が告げていたからだ。
「白身の焼き魚にするか……ヒラメの塩焼き。俺は、これにしよう」
「わたしも、おんなしものに、しようか、な」
色々な魚料理があるにも関わらず、同じものをサラは選んだ。
気を遣わせてしまったかと心配しただわが声を発するよりも早く、彼女は穏やかな微笑みで告げる。
「……おんなしもの、を、一緒に、食べるの、は……一緒に、来た時だけの、とくべつ、なの」
「そう、か」
だわは頷くと、エスコートするようにサラに手を伸ばした。
その時、店の扉が開き、焼けた潮の香りが流れてくる。今日という特別な日を刻みながら。
●学園モノは君の手に
大きな雄の猪を引き連れて、ルブラ・ソンジュは帰宅の途についていた。
一歩踏み出す度に背負い袋の中が揺れ、画材が音を立てる。その響きが頭の中で幾度も交差し、学園生活のイメージが浮かび上がっていた。
誰もいない放課後の教室。そして、黒板に記してあるのは二人だけが通じる名前……。
「はー。私も、もうすぐ学園生か……緊張、するな」
胸から表出した気持ちが言葉となって宙へと飛んでいく。
この春、ルブラはパンクリアース学園に入学するのだ。緊張しない訳がない。
「試しに試験受けたら通っちゃって、学費もジジ上が大半出すって言ってくれて……」
不器用な人だが、孫には甘々な祖父の顔が脳裏に浮かぶ。
入学したら簡単には退学できない以上、プレッシャーもある。
ルブラは立ち止まると傍らを付いてくるボゾルグに視線を向けた。
「でも、ぼっさんが一緒なら、大丈夫かな」
呼び掛けに大猪は大きな欠伸をして応える。
そう……気にし過ぎても良くないのだ。折角の学園生活、楽しまないと意味がない。
「……ふひひ。学園って場所、前から興味あったんだよね」
グッと拳を握るルブラ。
学園といえば青春。青春といえば恋愛。これは唆るしかない環境だ。
「中から見られれば、きっと良いドゥジンシが出来るかも……!」
心の中で発していたつもりの本音が知らず知らずのうちに喉を通過して世の中に解き放たれてしまっていたが、幸いにも周囲には誰もいなかった。
春の訪れを知らせる桜の花がルブラを出迎えるように咲き乱れ、その中心に向かって小さく拳を向ける。
「……よし。頑張る、ぞー」
買い込んだ画材を詰め込んだ背負い袋を鳴らし、ルブラは再び歩き出す。
この時、ルブラは知らなかった。これから、学園で自らのコミュニケーションの無さを痛感する事を……。
●欠け落ちた先に
半獣人である事を隠しつつ、メイド姿のクレア・エクレールは港町ウシタのとある屋敷を掃除していた。
依頼主の話によると幾つかの屋敷を購入しており、手入れが必要だと言うのだ。
(仕事が終わったら皆と花見……なんだろうけど……)
チラっと視線を向けて依頼主を見る。
ユーゲン・フォリングと名乗った学者帽の似合う如何にも頭の良さそうな青年だった。
クレアの視線に気がつき、青年は目を合わすと言葉を紡ぐ。
「良い仕事ぶりだ。だが、なぜ、半獣であると正体を隠す?」
観察眼はかなりのもののようだ。
いつでも逃げられるようにエーテルを高めながらもクレアは用意していた台詞で返した。
「王国内での半獣の扱いは知れたものだから」
「……理不尽な事があるのがこの国だ」
青年が踵を鳴らし、近づきながら話を続ける。
「君はそんな世界を壊したいとは思わないかい?」
「その想いに殉じたいなら……と、以前、出逢った人から渡されたものが……」
胸元から取り出したメモ。そこに記された文章を一目見て、青年は息を止めた。
次の瞬間、冷静を置き捨て、クレアに詰め寄った。
メイドキャップと学者帽が同時に落ちる。
「この筆跡……まさか、君は……」
「ヌバッフである女性から貰ったんだ」
見開かれた碧眼が真っ直ぐにクレアをみつめた。
そして警戒するように周囲を一望すると声を落とす。青年を呼ぶ部下の声を微かに響いていたからだ。
「君も『欠けて』いるのなら、組織の一員として僕達と共に行ける」
返事は次に逢う時に――そう言い残して、メイドキャップを拾い渡し、ユーゲンは踵を返した。自身の碧髪を隠すように学者帽を被りながら。
その後ろ姿を見送りつつ、クレアは自身の胸に手を当てる。
(ボクの欠けている事……)
自分にもあるように、きっと青年にもあるのだろう。
埋められない『欠落』が……。
●桜色の世界の中で
赤と金の目を細め、アーシェル・G・クラインはその光景を心の中に焼き付けていた。
大切な仲間達が優しい桃色の世界の中で輝いているように見えていたからだ。
「桜は不思議な花だな。遠くから見るのと近くから見るのじゃ色が、違う……」
一緒に見られるものは何でも綺麗だけどなと誰にも聞こえないように呟き続けた。
足を止めた彼にアンネエルカが手を振って呼ぶ。
「アーシェルさん、こっちです」
「あぁ」
会場で配られている飲み物を抱えて戻ってきたアーシェルから、視線をルフィナ・ヴィオレットに向けてアンネエルカは両頬を抑えながら言う。
「桜は勿論だけれど、私アルフィーさんのお弁当もすっごく楽しみで。欲張りさんかしら?」
「大丈夫よ、アンネ。女の子は欲張りな生き物だもの」
余裕の表情を浮かべてルフィナ・ヴィオレットは応えた。
桜も食欲も同時に満たして何も悪くはない。それにこれは花見なのだ。楽しまないと主催してくれた依頼主にも申し訳ないし、冒険者として依頼を受けた意味がないというもの。
「今なら桜も綺麗だし、今日はゆっくりと楽しもうぜ」
アルフィー・リッパーが張り切って作ってきた弁当を広げつつ、呼び掛ける。
酒の肴ばかりになってしまわないよう、肉と野菜のバランスに配慮した極めて健康的に仕上げた自信がオーラとなって弁当から発しているようで、アンネエルカの期待が溢れ、ソワソワと落ち着かない。
「これ、開けても!?」
と言ってる傍から待ちきれなくてアンネエルカは弁当の蓋を全力で開けた。
視覚というものは瞳を通過して脳に信号で送られるというが、そんな過程をぶっ飛ばして、感情を貫いた。
「とっても可愛いぃ! アルフィーさんでもあり、ルフィナさんでもある猫さん。ふふ、とっても素敵だわ」
猫型にカットされた色々な野菜が仲良く並んでいる。
まるで猫カフェなるものに来たような、そんな衝撃だ。
「食べるのが勿体ないわ」
野菜猫の一つを手にしたルフィナもそんな感想を発した。
しかも、猫一つひとつ、表情が微妙に違うのだ。ただの猫カットではない。作り手が繊細だからこそだろうか。
ルフィナは暫く眺めていたが、いつまでも見ているのもと思い、口の中へと放り込む。
「とっても美味しい! それにお肉とお野菜のバランスが絶妙だわ」
濃く味付けした肉を野菜と一緒にする事で味と見た目も整えているのだ。
肉詰めだけではなく、繰り抜いた根菜の空間をまるで絵具のように挽肉で埋められて表情を作っていた。
野菜が苦手でも食べれるように確りと配慮されている。
「ほら! ちゃんと肉も野菜もバランスよく摂れよ、皆一個ずつにしているんだからな!」
仕切るようにアルフィーが言い放つと、皿に各自の分を持っていくが……言葉とは裏腹にアーシェルには肉を多めに盛り付けている。
その様子に、アンネエルカが何度も頷きながら偉そうに言葉を発した。
「そうそう、こんなに丁寧にお料理を作って貰ったんだもの。お肉だけ食べるわけにはいかないわよね、アーシェルさん?」
意地悪そうな彼女の言葉に、受け取った皿の中身を見つめながら、アーシェルが応える。
「アンネにも言われたら食うしかねぇよな。たまには肉を抑えて野菜多めにするか」
自分からも積極的に野菜へと手を伸ばした。
肉好きの自分の健康を心配して、いつも野菜も食えと言ってくれる弟分に感謝しているつもりだ……でも、やっぱり肉が好きだが。
シャルガネの調味料と砂糖で味を付けた薄切りの焼肉を新鮮な野菜で巻いたものを口に運ぶ。
「……美味い!」
口の中に広がったのは、程よいバランスの甘辛さ。
そこに野菜の香りがミックスされて、舌の上で新たな世界が誕生している。
想像以上の旨さにアルフィーの頭をわしゃわしゃと撫でていた。
「それは、よかった」
成すがままに頭を撫でられている彼にルフィナは誇らしそうに告げる。
「やっぱり、アルフィーは素敵なお婿さんになれそうね。さあ、作ったあなたもちゃんと食べるのよ」
そして、おかずの一つを手に取った。
色の違うパプリカを組木細工のようにわざわざ合わせた肉詰め。これだけで十分な手間が掛かっているとすぐに分かる。だからこそ、作った本人もちゃんと食べて貰いたいものだ。
皆で一緒に食べる事が花見の醍醐味なのだから。
食後のデザートも堪能し、暖かく穏やかな時間が過ぎていく。
「デザートまで美味しくいただいちゃったわ……」
桜の香りがする甘いパンケーキとさっぱりとしたお茶は無限に喉を通りそうだった。
身体中のエーテルが胃に集中してきたのか急に眠気を覚えたアンネエルカがアーシェルの脇でウトウトと揺れている。
ひらり……ふわり……と不規則に漂う桜の花弁が、余計に眠気を誘う。
空も大地も、淡い桜色に染まっていく中、大好きな皆と一緒に過ごすひと時で、満たされていく。
「眠ってしまうのが、ちょっぴり勿体ないくらい……」
幸せと続いた台詞はついぞ、言葉にならず。
そんなアンネエルカをアーシェルは見守り続けていた。春の陽気な天気だが、冬の寒さが大地には残っている。冷えないようにと上着を静かに掛けた。
(いっぱいだな)
この、穏やかで幸せな、かけがえのない時の流れが、とても愛しい。
おかげで胸がいっぱいで食事が進まなかったが。
アーシェルは顔を上げて会場を見渡した。誰もが幸せそうな時間を過ごしている。見知った人も名前さえ知らない人も。
その中に、仲間の一人がいないか探す。
(まだ帰って来ないか……何か巻き込まれていなければいいが……)
仲間達と過ごすこの時が、桜のように散ってくれるなと心から願うアーシェルだった。
静かに寝息を立てているアンネエルカに微笑を浮かべ、ルフィナはぽつりと呟いた。
「花は散るから美しいと言うけれど、桜ほど体現している花はないと思うわ。綺麗で、儚くて……まるで春の夢みたいね」
その言葉に同意しながら、アルフィーがごろんと横になった。
「気持ちよくて眠くなってくるな」
「そうね」
横になった彼を上から覗き込むルフィナは笑顔で応える。
見上げる形となったアルフィーから見ると、桜を背景にした彼女は一際に綺麗に見えた。
不意に見覚えのある紫水晶のブレスレットが頭上で揺れる。
意図が分からず目をパチクリとした彼にルフィナが囁くように告げた。
「素敵な贈り物をありがとう。会ってちゃんとお礼を言いたかったの……」
突然のお礼にアルフィーは顔を染める。
「別に……大したことじゃない。でも、喜んでくれたならよかった。幸せにと、願いを込めたんだ」
「ずっと大切にするわ」
微笑みと共にルフィナはブレスレットを胸元に抱き寄せる。
桜は散ってしまっても、この想いはずっと、心の中で咲き続けるように。
●たくさんの縁に繋がって
エヴァン・ピオネロに抱えられるように座っていたアルマ・ヴァレンタインが空を見上げる。
空から沈んでくるように桜の花弁が舞っていた。
「……手紙、届いたかな?」
ある人に送った手紙は今頃、人の手を介して、到着している頃だろうか。
「ちゃんと届いていますよ、きっと」
彼女を抱えている腕に力を込めるエヴァン。
縁が繋いだ大切な思い出、生きた証をあるべき所へ。
そして、その関係者とも言えるエクエス達がロイ・アウレアに案内される形で、アルマ達が陣取った一角に訪れていた。
「アルマさん、すみません。ゆっくりとしている所、大人数で押し掛けてしまって」
苦笑を浮かべて申し訳なさそうに告げるエクエス。
なぜなら――。
「相変わらず、元気そうだな。アルマ」
「アルマさんまで、先輩の馴染みの人だったのですか……」
「え……マジで、この面子の前で一芸するんかよ。聞いてないZE」
「しっかり楽しませるでござるよ、ゲンナイ」
「これは良い記事が書ける雰囲気だ!」
「ロイさん、アルマさん、私達が邪魔だったら遠慮しなくていいですからね」
花見の依頼主と主賓である人達も一緒だったからだ。
もはや、その人数が集まっただけで収拾がつかないような状況だ。
「良いんですよ。皆さんと一緒に楽しめるのが、花見ですから」
ロイが全員を歓迎するように手を広げた。
誰かしらと何かしらの縁が全員にあるというのも凄い話でもあるし。
「ありがとうございます、ロイさん。今回、本当にどうしようかと思っていたので」
逆毛記者の無遠慮な行動にげんなりしながら、受付嬢のアーネリーがロイに言った。
なぜ、例の記者が同行しているのか、事情を知ったロイが首を横に振る。
「強引に押し切られたに違いないってわかりますから。アーネリーさんは悪くない……という事で、余計な事はしないで下さいね。アーネリーさんの仕事が増えるので」
台詞の途中から視線を逆毛記者に向けて凄みを利かせるロイ。
記者はそのオーラに誤魔化すように薄ら笑いを浮かべる。
「も、もちろん! 端っこで静かにしているから!」
そんなやり取りにイェルドが声を出して笑う。
「そうだな。オレの醜態を晒されても困る、しな! ヒック!」
王国騎士が酔っているのは、確かに記事にされるべきではないだろう。
その様子にアルマが呆れながら声を掛ける。
「すっかり出来上がっちゃってる……でも、この分なら肩の荷が降りたってことかなあ?」
「まぁ、そんな所だ。で、アルマの尻に敷かれ……じゃなくて、椅子になっているのは誰だ?」
「ボクの彼氏さんのエヴァくんだよ!」
堂々とした紹介に各自から「お、おぉ……」と声が漏れた。
エクエスが何かに気がついたようでポンと手を叩いた。
「あ……その人が……」
「そう。相手のことを知って自分のことも知ってもらいたい大切な人だよー」
「初めまして、アルマと大叔父からお話は伺ってます。着座したままで申し訳ありませんが」
爽やかな笑みを浮かべる様は、どこかエナハルトにも似て。
イケメン騎士が口元に手を当てて小さく呟く。
「そうか……相手も、自分も、か……」
「エナハルトさんも適度な所で先に行って大丈夫だよ。きっと、待っているだろうから」
ふくみのある笑顔でアルマはそう声を掛けた。
主賓としての仕事もあるだろうが、それはイェルドに任せても問題ないだろうし。
そして依頼主であるリィミアも同意する所であったようだ。
「適度に回った後は自由行動で良いでござろうよ」
「リィミアさんも、ステキなお花見会場をどうもありがとー! 慌ただしかったけど……お宝探しは楽しかったよー」
「恩人に礼を尽くすのは当然の事だから、気にする事はないでござるよ。それに……」
視線をエヴァンに向けるリィミア。
声には出さないが、リィミアは『夢想の宝玉』が魅せた夢の内容を覚えているという。
急に気恥ずかしさをアルマは覚えた。
「リィミアはまだ何も言っていないのだが……」
「うー。恥ずかしさで死にそうだよ」
顔を抑えるアルマにエヴァンがギュッと腕の力を強めて抱き締める。
「大丈夫だよ、アルマ」
仲睦まじい二人の様子に、イェルドがニヤニヤとしながら酒を呷った。
「全く、昼間から見せつけてくれるぜ。なぁ、アーネリー」
「うぅ……そういえば、ロイさん。噂で聞いたのですが、ご結婚されるそうで……その……おめでとうございます」
「ありがとう。アーネリーさんも役職持ちになったと聞いていますよ。おめでとう」
仕事をミスしないように作り上げたメモをロイの助言通り大切にした結果、マニュアル化に大きく貢献したという。
「私、もっともっと頑張ります!」
「頑張り過ぎて無理はしないように、アーネリーさん。ところで、あれから、塔はどうなりましたか?」
「あ。その話し、ボクも聴きたいかな」
ロイの質問にアルマが手を挙げた。
エクエスが見つかった古の塔。クリーパーの攻撃を受けて修復中だったはずなのだが……。
「街の職人達の協力を得て、修理は順調です……ただ……隣接する帝国領でクリーパーが目撃されています」
「……脅威を取り除く必要があるか」
ロイの考えに受付嬢は頷いた。
「領主様も同様に考えておりますが、帝国領という事もあり積極的に動けないという事です。恐らく、冒険者の皆さんに依頼が出るかと思います」
「それじゃ、壮行会も兼ねなきゃね!」
アーネリーの話に新しい冒険が始まるような、そんな気がしたアルマが両手を大きく空に突き上げるのであった。
●二人で過ごす甘い春
ナキルは久しぶりにエクエスと言葉を交わして、互いの成長を称え合い、そして、それぞれにの大切な人を紹介した。
立ち去っていくエクエスと冒険者の後ろ姿を桜と共に見つめ送る。
人が歩んでいく道は不思議なもの。きっと、またどこかで重なる時も来るだろうから、その時、恥じないような自分でありたいとも思う。
「オレ達も行こうか」
気持ちを切り替えて、彼は恋人のエフィルミアに声を掛ける。
エフィルミアは桜よりも満開の笑顔を魅せていた。
「今日の私は主役なので、いっぱいもてなしされてあげよう!」
両手を広げ、どやり顔で宣言する彼女にナキルは弁当が入った包みを僅かに持ち上げる。
「誕生日祝いも兼ねているからな」
その為に朝から気合に気合を捻じ込んで手作りしてきたし、プレゼントも用意してきたのだから。
桜を揺らす風が吹き抜けて、木々から飛び立った花びらと大地を染めていた花びらが、桜色の霧のように広がった。
歓声をあげて数歩先へと進むエフィルミアがまるで絵画のように幻想的に映り、ナキルは息をするのも忘れる。この瞬間が魂に刻み込まれるほどに。
「……ミアの色で沢山だな」
綺麗や美しいという単語ではとても足りないし、詩人のように長々と想いを巡らせられないのがもどかしい。それでも、ナキルはもっとも伝えたい事を選んだつもりだ。
彼のそんな言葉にエフィルミアは大袈裟な身振りをする。
「桜の花を独り占め出来るのは、ナキルくんの特権だよ! どの花より、私が綺麗でしょ」
強気な台詞。けれど、ナキルは納得するしかなかった。
だって、エフィルミアには春が一番似合うのだから。
二人で過ごす穏やかなで甘い時間。
空になったお弁当箱をそのままに、二人は互いに寄りかかりながら桜を眺めて続けていた。
春を知らせる風が駆け抜けていく度に桜が揺れて花弁が宙へと旅立っていく様子は、見ていて飽きる事がない。
「……そうだ、これ。誕生日プレゼント」
頃合かなと思ったナキルが、桜の花びらをモチーフとしたデザインが彫られた箱を取り出すと、優しく手渡した。
「わあ! 今、開けてもいいの?」
目を輝かせるエフィルミアの言葉にナキルは頷く。
むしろ、『今』開けて欲しいものなのだ。でないと彼女の驚く顔が見られない。
エフィルミアは蓋をゆっくりと開ける。ふわふわとした桜色の緩衝材の中に、星色の羽ペンと蒼いインクが入っていた。小さな箱の中が、まるで夜桜みたいに思える。
より輝きをましたエフィルミアの瞳が再びナキルへと向いた。
彼は少し気恥ずかしそうに頬をなぞる。
「オレばっかり、ペンを使う度にミアを思い出すのは不公平だろ?」
それはエフィルミアの小さな独占欲だった。
私を一時でも忘れないで欲しいという『我侭』……あるいは、願い。ペンを手にしていたとしても、そこに込められる想いを本人以外、誰も知る由はないのだから。
「誕生日おめでとうな、エフィルミア」
照れたような笑顔のナキルの台詞に、願いが叶っている事をエフィルミアは感じた。
きっと、彼も自身と同じような『我侭』を持っているのだろうから。
エフィルミアはプレゼントを大事にギュッと抱き締める。
「ありがとう、ナキルくん! このペンがあれば私も頑張れるよ!」
そんな恋人の応えに、頑張れるとますます追い付けなくなるなどと思いながら、ナキルは深く頷くのであった。
●風花のひと時
咲き誇る桜。暖かく優しい日差し。爽やかな春の香りを運ぶ風。
それらを全身で感じながらコハクはしみじみと花見会場を見渡していた。
冒険者になり始めた頃は、花より団子な傾向が強く、花に興味はなかったが、少し成長した今なら、この絶景も楽しめるはずだ。
(……あ。お弁当だ)
ララノアが持ち込んで広げ出した弁当をコハクは見逃さなかった。
歓談が進む中、ふらふら~と吸い寄せられるように進み、唐揚げの一つを口に運ぶ。
「美味しい」
「良かったです、コハク様」
齧るように頬張る姿に、ララノアは柔らかい微笑を浮かべた。
そして、他のおかずや飲み物を次々に用意する。
「まだまだ沢山ありますので。ラティア様も遠慮なさらずに。生のお野菜も用意してありますし」
「ありがとう……クーデリアの分も……」
ラティア・ミゼリアが生の人参スティックを緩慢な動作で一つ取った。
それを、小脇で大人しくしているペットのうさぎに渡す。
「あ……」
お腹が減っていたのか、クーデリアは人参をスッと掴むと凄い勢いで食べ始める。 その姿は横に並ぶコハクの姿と重なって、何か愛らしい。
そこへ、エミリア・シバがエクエスと共に到着した。
「エクエスちゃん、ご紹介するわ。お友達のララノアちゃんとラティアちゃん、コハクちゃんよ」
「よろしくお願いします、皆さん」
丁寧に頭を下げたエクエスに、ララノアも深く礼をする。
『夢想の宝玉』に関わる依頼で既に顔見知りだからだ。
「エクエス様、お久しぶりです」
ぴったりとエミリアに並ぶエクエスの姿に、ララノアはにこにことした表情を向けた。
こうやっている姿を見ると、お二人は仲良しさんだな~と感じるのだ。
ララノアの反応を直に感じたラティアが明らかに動揺しながら訊ねる。
「エクエスさんは……エミリアさんとは、その……お、お付き……あ、いえ、やっぱり何でも……」
恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めながらオドオドと台詞を発する途中で耐え切れなくなったラティアは頬を押さえて、声が段々小さくなっていく。
冒険者同士の恋バナは、珍しい事でもないだろうが、こう身近にあると思うと心の準備というものが――。
「ん? 二人は付き合っているの?」
骨付き肉に喰らいつきながらコハクが遠慮なく訊ねた。
その言葉にエミリアがエクエスの肩をぐっと抱き寄せる。
「将来(一緒に旅をする)を約束しているわ。いい子だから、仲良くしてあげてね!」
「はい、 もちろんです。エミリア様、エクエス様」
両手を胸元で合わせてララノアが祝福をする。
エミリアの夜空を感じさせるような髪と、太陽のような輝きを持つエクエスの髪は、こう見てみるとお似合いのように思えてくる。
落ち着いた感じの口調でエクエスがエミリアに訊ねた。
「皆さんもエミリアさんと同じ冒険者なのですね?」
「そうよ。それだけじゃなくて、ララノアちゃんとラティアちゃんとは、おねえさんと合わせて、歌って踊って演奏のできるトリオになるよの!」
「お花見の余興に、してみても……いいかも……しれませんね」
ラティアが小さく頷く。
一通り紹介も済んだし、後ほど一興する事も決まったしという事で、エミリアが楽しそうに手を叩いて宣言した。
「それじゃ、まずは美味しいお酒とララノアちゃんが持ち込んだお弁当、そして、綺麗な花を見て疲れを癒しましょ!」
用意してもらった花見なのだから、楽しまないと勿体無い。
合わせるようにララノアがワインを取り出す。
「そうですね、皆さんで飲むのも……あ、私はお酌だけです……弱すぎて飲むと大変な事になるようなので」
「私も家族から早いといわれているのね」
続いたコハクの言葉にラティアが慌てる。
「私、お酒にはあまり強くないんですけど……せっかくお酌してくれそう……なので、少しくらいは……いいかもしれませんね……」
「それがいいわ、ラティアちゃん。おねえさんとエクエスちゃんだけじゃ、飲み比べになるだけだから」
「……その、酔っ払って変な絡み方とかしたら、ごめんなさい……」
小さくはならないが小さくなりそうな勢いでラティアが言った。
酒を飲んで人が変わるという話しは、ちょこちょこ耳にする事だ。多弁になるならまだしも、泣き出したり、説教を垂れ始めたり、脱ぎだしたり、他人の恋人に絡みだしたり……酒の席のやらかしは、絶対、後から後悔する。
(お酒に負けないように……気をつけ……)
フラグになるような事を心の中で呟くラティアだった。
酔ったのか雰囲気に呑まれたのか、甘えるような仕草でトロンとしているラティアに、新しいワインが注がれる。
「まだ……負けたとは……」
「ここは酔い覚ましに酸味の強いくだものね」
コハクから柑橘類の果肉を渡される。
大事そうに受け取ると、パクっとロの中へと放り込んだ。甘酸っぱい爽やかな香りが広がっていく。
ふと、周囲に視線を向けると、エミリアが依頼主であるリィミアや王国騎士達と何か会話していた。
「あれは確か、エナハルトさん……」
「知っているの?」
「一度、依頼で一緒だったから」
ラティアの視線に気が付いたエナハルトが一瞬だけ、視線を向けると軽く頭を下げた。
出会った時から知っているイケメンではなるが、なお一層、イケメン度が上がっているような気がする。
一方、もう一人の王国騎士イェルドはだいぶと酒が進んでいるように見えた。
卵焼きに手を伸ばしつつ、補足するようにコハクが言う。
「主賓だから回っているみたい」
花見会場に訪れた冒険者達は思い思いの場所で過ごしているようなので、挨拶に回るのは大変かもしれないが、これも王国騎士の仕事の一つなのだろう。
エナハルトから、あの街での出来事や、その後の経緯などを聞き、エミリアは嬉しそうな表情で頷く。
大事な時に諸事情で手伝えなかった事が心の片隅に引っ掛かっていたのだが、彼の話を聞いて、良かったと思う。
「いいことがあったら飲んで楽しまなきゃ!」
「イェルド先輩が嘆いていましたよ、エミリアさんは恐ろしい酒飲みだと」
「そうだぞ。エクエスもかなりいけるからな……この二人と飲み比べはやべぇ」
足元が覚束ない様相でイェルドが告げる。
それなりの酒豪であると自負しているイェルドではあるが、上には上がいる事は知っていた。
特に冒険者連中は底なしが多い。
リィミアが勝ち誇ったように胸を張って言い放つ。
「ならば、そのうち試してもいいかもしれないでござろうか。もっとも、今日は花見を楽しまないと」
やりとりを見守っていたララノアが微笑を浮かべる。
「それならば、歌いましょうか……春の歌などいかがでしょうか? それとも、エクエス様やリィミア様が知っている歌でも……」
「あ……だったら、私が、冒険者の方から教えて貰った歌が」
控えめながらも手を挙げるエクエスの言葉に、ラティアがパチっと目を覚ました。
手にしていたグラスの置き場がなく宙を右往左往する様に、コハクが手を差し出す。
「持っているよ」
「お願いします……」
そして、ラティアは大きな弦楽器を自身の前にしつかりと据え付ける。
花見をもっと楽しむ為に ここは気合を入れて奏でようと思うラティアであった。
●明日からダイエットです!
会場の中でも、満開から僅かばかり散り始めた先咲の一角でフレイヤ・サンライズが弁当を広げていた。
「いやー、もう桜の綺麗な時期だね~」
さらりさらりと緩やかな円を描きながら花弁が舞う。
弁当の中に入りそうだが、まぁ、彩りとしては最高かもしれない。
「って事は、サクランボとか取れたりするのかな?」
嬉しそうに真横に座るベルク・オスマットに訊ねる。
彼女は、まだ重箱を並べている最中というのに、すでにおかずの一つを小動物っぽい仕草で頬張っていた。
「桜は綺麗だが、腹は膨れん。それよりも目の前のご馳走だ!」
花より団子派の友らしい行動に、フレイヤは微笑む。
とっておきの飲み物をスッと差し出した。
「今日の飲み物はフレちゃんお手製ジンジャーエール! やっぱ、これに限るっしょ―☆」
「待ってた!」
持参した酒を取り出そうとしたベルクはフレイヤからのジンジャーエールを受け取る。
独特の香りを楽しみながら喉へと流し込んだ。
「ッハー!」
ベルクの獣耳が流れる飲み物と合わせピクピクと動いていく。
この爽快感は癖になるものだ。程よく暖かい陽気も相まって気持ちが高まる。
そんな飲みっぷりをニコニコと視界の中で捉えつつ、フレイヤは弁当を並べきった。
「今回の弁当の中身は……唐揚げとー、フライドポテトとー、ハンバーグサンドとー、フィッシュフライサンド!!」
朝一から気合を入れて仕込んで来た自信作だ。
肉と魚と芋というカロリー的にも最強の布陣だ。
「あ……勿論、スティック野菜とポテトサラダもあるよ……って、もう食べてるけど!」
説明するよりも早く、ベルクが人参スティックを咥えていた。
狐系の半獣人であるが、その様は兎系かと感じたくなるような前歯の動きが、妙に可愛く見える。
「折角の花見だ。楽しまないとな」
そして、ベルクはお気に入りの酒瓶を手にするのであった。
良い調子で酔いが進んだ頃、ベルクは王国騎士エナハルトの姿をみつけた。
どこかに用があって向かっている最中なのだろうか、それはそうとして、手を全力で振る。
「おや、エナハルト殿ではないか、よく来たの、ついでに食ってけ、そして……飲め!」
「あまり長居は……できませんが……」
やや心配するようにエナハルトは前髪を除けながら応える。
その理由をベルクはすぐに察した。
「ほーん。なるほど、愛しい人を待たせては、な。その心意気は良いが、祝いの席の酒でもあるぞ」
不敵な笑みを浮かべ、並々と注いだ朱塗りの酒盃を押し付ける。
「ベルクさんにもお世話になりましたし。では、少しだけ」
「この両手に花状態で少しとは、真面目か!」
そんな勢いにエナハルトは助けを求めるよう、フレイヤに視線を向けた。
が、そのフレイヤも既にグラスを掲げている。
「まーまー。一先ず、気にしないで……とりあえず、今は楽しも♪」
「お二人とも既にだいぶと出来上がっているようですが……」
「ずっと食べて飲んでだからだよ。それじゃ、かんっぱーい☆」
三人がそれぞれに持った飲み物を掲げた。
飲み終わるまで帰してもらえないのではないかと心配したエナハルトだったが、意外と早く解放された。
気が付いたら、ベルクが穏やかな寝息を立てたからだ。
弁当もほとんど食べ終わっているので丁度良いタイミングでもある。
「まだ、食べれるし、飲めるぞ、われ……は……」
夢でも見ているのかベルクの寝言にエナハルトは苦笑を浮かべる。
一方、フレイヤは少しずつ弁当を片付けながら、そんな友を見守っていた。
ついつい、食べ過ぎた気がして不意に内臓脂肪への罪を感じる。
「さて……明日からダイエットしなきゃ……」
この罪を償うのは大変だと思うフレイヤだった。
●良き桜の縁に
マリィ・スノードロップの髪と同じ色をした花弁が空を埋めるようにふわりふわりと宙を踊りながら、ゆっくりと降りて来る。
その美しさはまるで恋愛小説の一幕のようで、幻想的な光景に思わず見惚れてしまう。
ここに王子様はいないけれど、一人でなかった事は幸いだ。この素晴らしい世界を共有できるのだから。
「カハトラさん、みてください、桜……」
真横に座っている知り合いにマリィは呟いた。
「ああ。空の青と、桜の淡い色が綺麗だ。ところで、アンタの持っているおかずは美味いのか?」
「花より団子、ですね……」
「楽しんではいるぞ」
そう応えてカハトラは酒盃を掲げる。
ふらりと会場に立ち寄った所で、マリィと偶然にも出逢い、花見会場を流れる小川の近くへとやって来た訳だ。
せせらぎに流れる桜の花弁は、まるで水面を染めているようで美しい。
「誤算があるとすれば、酒のおかわりを貰いにいくには、場所が良すぎて、動きたくなくなる事だな」
「これだけ綺麗なら、仕方ないですよ」
クスっと笑うと、ずっと手にしたまま止まっていた卵焼きを口へと運ぶ。一口目から仄かな甘さが広がった。
……が、噛んでから異物を感じる。
マリィは唇へと手を当てた。
「あ……花弁も一緒に食べていました」
「まれによくある奴だな。俺のも、見ろよ」
手にしていた酒盃の中、まるで舟のように花弁が漂っていた。ゆるい風を受けて不規則に揺れる様は、これはこれで可愛げでもある。
穏やかな時間がゆっくりと過ぎていく。
誰かが近くを通る気配を感じて、マリィが立ち上がった。
「一緒に、いかがです?」
声を掛けた相手が誰なのかと視線を向けるカハトラ。
そこには、依頼主であるリィミアが、少し驚いたような顔をしていた。声を掛けられた事が意外だったのかもしれない。
「……それでは、お邪魔するでござろうか」
浮かべた微笑はしかし、どことなく陰りが伺える。
カハトラもマリィも、その理由は分からないが、宴の席で訊こうとするのは野暮というものだ。
「まぁ、もう酒はないが」
空になった酒盃をひっくり返してみせたカハトラにリィミアは声を出して笑うと楽しそうに二人の間に座った。
「桜を眺めるだけでも良いでござるよ。花見だし」
「春は命が芽吹く。花が咲き誇る。生き生きとしているからな」
そう告げたカハトラにリィミアは深く頷いた。
聴こえてくるのは川のせせらぎと、鳥達のさえずり。
「……変わらないものだ」
聴こえない程の小さな呟きにカハトラがポンっとリィミアの肩を叩く。
「冬に置いてけぼりでも食らったような顔だが……春の陽気にあてられるのも、悪かないぞ」
「そうです! いっしょに踊りませんか? きっと楽しいですよ!」
パンっと手を叩いたマリィが、返事を待たない内に、彼女の手を取ると立ち上がる。
引っ張られるように腰をあげたリィミアは桃色の瞳を大きく見開いた。
「踊った事が、なくて……」
自信なさそうに言うが、マリィはぐっと顔を寄せた。
弱気になっている時はなんでも弱気になるものだ。そんな事では春が真に訪れる事はない。
「大丈夫です。ほんのひと時ですが、桜の下で、一緒に春を喜びましょう」
満面の笑みと共に伝えた台詞。
それを受け止め、深く息を吸い込んでから、リィミアは胸に手を当てて頷いた。
「ありがとう……」
この陽気をリィミアはきっと忘れないだろう。
新たな一歩を踏み出せる、そんな暖かいひと時になったのだから。
●桜瞳に出逢う
「楽しみの所、お邪魔しても良いでござるか?」
依頼主であるリィミアの声に、口元につけていた酒杯を降ろすパヴェル・A・サムルガチェフ。
「あぁ、構わないぜぇ」
その返事に同席していた集落の若い娘達がスッと控える。
娘達からすれば、リィミアの存在は長と同等なのだろう。
「姿が様になっているから、最初は集落の者かと思ったでござろうか」
微笑みながら桜色の瞳を向けて来るリィミア。
パヴェルの羽織と着物、そして、角を隠している帽子の事を言っているのだろう。
「ここは風情があっていいぜぇ」
それぞれの手に持った煙管と酒杯を掲げる。
……と視線が座っている席の脇に置いてある甘味に向けられた。
「手が足りねぇがなぁ」
煙管か酒杯かどちらかを置けばいいだけの話だが、それすらも勿体なく感じるひと時だからだ。
「全く、仕方ない者だ」
集落の事を褒められて嬉しかったのか、リィミアが甘味の一つを手に取った。
女性らしい線の細い指だが、手の内に残るタコは彼女が武士である事を告げている。
「ほら、あーんと、してあげるでござるよ」
「俺は赤ん坊じゃねぇぞぉ」
「エルフでない限り、リィミアからすれば、似たようなものよ。それに、こういうのも嫌ではないでござろう?」
いぢわるそうな表情を浮かべて彼女はぐっとパヴェルに寄ると大福を口先に当て付けた。
春らしく苺が入った大福から春の香りが漂う。
見惚れする桜の景色と喉を潤す上等な酒に心癒す甘味。そして、艶やかに流れる黒髪を揺らして迫るリィミア。
折角の好意なのだから受け取らない方が失礼というものだろう。
「据え膳食わぬは……ってのは、この地方の諺だったかぃ」
そう答えながらパヴェルは口を大きく開くのであった。
●桜の中の君と
風に吹かれ舞う桜の花の中、気持ち長くなった髪を結んだミア=リゼルが待ち合わせ場所でソワソワとしていた。
「……着てみたのですが、変じゃ……ない、ですか?」
「桜の妖精かと思いましたよ」
爽やかな笑みを浮かべ、スッと手を伸ばしたエナハルトの台詞に、ミアは足先から耳の先端まで何かが突き抜けるような衝撃を受ける。
変だとは思う。彼が選んだ服を着ているという事ではなく、自身の胸の鼓動が響き渡っている事が。
その音がエナハルトに聞こえないようにと願いながらミアが訊ねる。
「あ、ありがとう、ございますぅ……そ、そういえば! お、お怪我の、具合はどうですか?」
少女の慌てぶりに彼は口元を緩めると、少し距離を取ってからバク宙を返事の代わりに魅せるのであった。
桜並木の中、互いの指を交わし手を繋いで並び歩く二人。
学校や友の事、最近の依頼の事など、どこにでもあるような、けれどもかけがえのないひと時が過ぎる。
「エナハルトさん、お話ししていなかった事が」
見晴しの良い所に辿り着いた先でミアはそう言い出した。
彼は先の出征で、とある女性への想いに区切りをつけた。その場にいたのは他の誰でもない自分自身だ。
心の底から良かったと思う。だけど……。
「ほっとしてしまった自分に気がついたのです……私、優しい子でも、良い子でもないみたいです」
やや表情を落として告白したミアにエナハルトはゆっくりと少女の肩を寄せて抱き締めた。
そして耳元でそっと甘く囁く。
「僕は優しくもない出来の悪い男かもしれません。それでも確かな事は、ミアさんの笑顔が好きな事です。それは答えになりますか?」
それが望んでいた言葉なのか分からない。
だけど、ミアには一つ分かった事があった。
この気持ちが、きっと恋と呼べるものなのだと。
●常在戦場
熱気が鱗を焼く。
本当に焼いている訳ではないのだが、そう表現しても良い位の熱さなのだ。
「ちと、休憩だ。手伝って貰ってわりぃな、サイラス」
年季の入った手拭いを首に巻いている爺が作業の手を止めた。
「気にするな」
短く答えるとサイラスは工房の隅に置いてある椅子に腰を降ろす。
ここは知り合いの鍛冶屋の一つだ。換気用の窓硝子の奥に桜が咲いていた。
「どんちゃん騒ぎに、いかないのか?」
静寂が訪れた工房の外から、花見で盛り上がる人々の声を聞こえてきて、サイラスは爺に訊ねた。
爺はニヤっと口元を緩める。
「いままでやっとったではないか」
「なるほど」
刀を鍛える事は、爺にとってはどんちゃん騒ぎなのだろう。
爺は水筒の一つをサイラスに向かって投げて寄越した。
目測を誤ったのか、あらぬ方向へと飛んでいく水筒を尻尾で器用に受け止めるサイラス。
「おっと。すまんすまん。もう歳だな……まだまだ終われないのに困ったものよ」
「見た所、忙しそうだな」
サイラスはぐるりと工房の中を見渡した。
材料も多く持ち込まれているし、発注のメモも沢山積まれている。
「仲間から仕事が追い付かねぇってよ。それでこっちにも回ってきたって事だ。ほら、前に材料を届けて貰った所だ」
「あー。あそこか」
「こんなに武具作って何するつもりか知らんが。まぁ、商売人の考える事は分からん」
爺が呆れたように言うと、納品予定の箱を指差す。
「あれを運ぶのも一苦労だぜ」
「爺には大変だな。運ぶだけなら手伝うが?」
「サイラスならそう言ってくれると思ったぜ。この後の作業が終わった後で良いから持って行ってくれ。宛先は……」
そう言って爺は適当な紙に行先を記す。
水筒の中身を飲み干し、サイラスは肩を回した。
自身に春休みが訪れることはなさそうだからだ。
●【獗烙】Daughter
桜の中で安寧を得た王国騎士と冒険者の姿に僅かな安堵を得たのも束の間、レティシア・レインフィールは正体が悟られないように変装した上で港町ウシタに訪れていた。
胸の内に広がる焦燥を誤魔化すように、街の情報を収集していた時、偶然にもジード・ランスウッドと出逢う。
「領主様が変わられても、この町にいらっしゃるという事は組織の皆様にとって、余程都合がよろしい地なのでございましょうね」
「成すべき事がある故、な。君もそう思わんか?」
街の状況は悪いの一言だ。
治安も経済も雰囲気も何もかも悪い。良くする為にやらなければならない事は多いとはレティシアも分かる。
「……もし罪無き人々を害するのであれば、私は貴族として、全力で阻止を致します」
「ならば、その矛先は我ではなく、キーリュロフ伯爵に向けるべき事だ」
広がる港をバックにジードは両手を広げた。
「レティシア・レインフィール。貴族の娘であれば、成すべき事は分かっているはずなのに、なぜ立たない。民は優良な貴族に『期待』しているのだぞ」
「……私は一冒険者でございますので」
そう答えながら、レティシアは手巾を握り締める。これはジードからの甘美な話しに過ぎない。
エナハルトは『欠けた』者を集める組織が『メドゥの指先』だと推測しているのだ。
ここで折れてしまっては、手巾の元の持ち主に合わす顔がない。
「そう言い訳しなければならない程の『欠落』を抱えたままだと、いつか破綻するぞ」
「それは忠告のつもりございますか?」
「なに……老婆心というものだよ」
ジードは憐れむような視線を向けてから踵を返す。
話は終わりという事だろう。組織に誘われなかったのは警戒されているからか、あるいは……。
立ち去るジードの背中を、レティシアは無言で見送るのであった。
●結縁の灰狐
ルベア・ベルニの質問にトレイシーは不敵な笑みを浮かべて返していた。
「組織の目的は、既存価値の変容だと思っているよ」
国家転覆なのかと訊ねた内容に、如何にも研究者っぽい解釈の返し。
僅かに思案した後、ルベアはゆっくりと告げる。
「『欠けた』事から逃げたり、向き合っても絶望するだけより、受け入れた上で前に進もうとする方が『欠けてない』人よりも強い事を私は知っているわ。アナタ達も出会ったのがジードでなければ、違う生き方をしていたはずよね」
「否定はしないよ。けれど、過去に『もし』はないのも現実。それはあの子も同じ」
向けた視線の先、リロと呼ばれた少女は――静かに昼寝をしていた。無防備な姿は、まるで赤子のようだ。
用意された紅茶を口に運びながらルベアは言う。
「前に出された神実の茶はただのお茶だった。あれが台木で性質が変わるなら、才能や立場も違う、活かし方が出来るんじゃないかしら」
「なに? 引き抜き?」
茶化すように応えたトレイシーにルベアは視線を流す。
「ジードを裏切れなんてことは言えないけど……」
「まぁ、リロは兎も角、研究員としては、研究の場所が保証されれば、どうでもいいけどね。目的と利害が一致しているからという幹部も多いと思うし、ジード様もその辺りはよく分かってる所だから」
「そんなものなの?」
不思議そうに感じたルベアにトレイシーは両肩を竦める。
「目に見えない盲目的な忠誠より、よっぽど信用できると思わない?」
「寂しい話のように思えるわ」
友情や愛情は目に見えない。だからこそ、その絆が強い事をルベアは知っている。
だが、トレイシーにはそれは『見えて』いないのだろう。それこそ、彼女が『欠けているもの』なのだから。
「研究が一段落したら、どこか紹介してくれると嬉しいな」
「そんな都合よく無いわよ」
思わず苦笑を浮かべるルベアだった。
●
無数の桜の花びらが人々に降り注ぐ。
満開の桜も、散り際の桜も、とても綺麗で……。
一人の冒険者が、楽しそうなひと時が過ぎていくその様を、穏やかな気持ちで記憶に刻んでいた。
この桜のように生きてみたいと、そう願いながら。
きっと、来年もそう思えるような日が訪れると信じながら。
マスターコメント
お疲れ様でした&ご依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
実にお待たせしました。皆さん、春と桜を楽しまれるようだったので、もろもろ描いていたら、いつもよりも時間が掛かったみたいで……花見、いいですよね~。ちゃんと花見の雰囲気が出たかな~と心配しておりますが、楽しんでいただければなによりです。
一応、NPCと絡むシナリオという事で、新しい情報や関わりも出来て、良かったな~と思っています。
日常シナリオなのでMVPは特に考えていなかったのですが、これまでの関わりやこれからのシナリオ展開で極めて有効と判定した方にMVPを選出致しました。
それでは、改めて、依頼へのご参加、ありがとうございました。また機会があれば冒険者の方々のご参加の程、お待ちしております。
イベントシナリオ(50人)易しい 報酬:標準27 / 4〜40人
2022年04月13日 23時08分19秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
No.1
サイラスだ、よろしくなー とりあえず鍛冶屋でも手伝いに回ろかと
ロイ・アウレアです。よろしくお願いします。 NPCの方々と近況報告とか少し話せたら嬉しいな。 他は特にこれと言った予定は無いので、同行予定の人達とのんびり過ごすつもりです。
アルマだよ、どーぞよろしくねー 同行さんたちとお花見を楽しんだり NPCさんにお手紙だしたりお話したりー…する予定だよ
「ナキルだ、よろしくな。 ちょっと挨拶したら、ミアと花見してる予定だぜ」
エヴァン・ピオネロです。 アルマとロイさんに同行させて貰って、花見をしてます。 よろしく…です!