神匠が迷宮にやってきた
九蓮宝燈
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シナリオID:872
オープニング
●迷宮都市は今日も平和です?
夢の塔。
探索者支援ギルド長エフィミア・リリックは書類の山と格闘していた。
「はぁ~、忙しい。だけど帝国と比べたら、ここなんてまだマシなものよね」
メドゥの指先幹部『貴族喰』ヤコブ・ヴィリアンの大乱を皮切りに、大陸では数々の大事件が起きている。
ドン・ゴーフルがいち早く『黒曜子』レイウェスト・バルダスと手を結び、それにより敵対マフィアの反感を買ったらしいという話もあった。
ディズル大湿地帯では、レイウェストがリザードマンたちの協力を取り付けるために『泥血啜る月吸蟲』の封印強化に奔走したという。
その直後、レイウェストが逝去したとの報が広まり、帝国難民キャンプでは一波乱起きているのだとか。
エフィミアとてそれらの事件の発生に胸を傷めたり、解決にわがことのように安堵したりしている。
しかし現実として、迷宮都市エドゥノーグはその騒乱から遠く離れた場所にあった。
エフィミアの日々の仕事にそれらは大きく影響しない。武具の素材の需要が少し、いやかなり高まったぐらいだ。
何なら先日のカカオフィーバーのほうがよっぽど大事件だったとも言える。
気分を変えるために淹れた紅茶がよい香りをたてる。
残業せねば到底終わらない仕事の山を横目に、今夜くらいは呑みに繰り出していいわよねとエフィミアが考えていたとき、ギルド職員がドアをノックした。
「リブラネスタから書簡です。差出人は――『神匠』ヴィンダールヴル」
エフィミアは紅茶を吹き出した。
●薬草香る湯気に包まれて
「……で? リブラネスタの偉い人が、この街に何の用なの?」
探索者パーティー『挑戦者』。リーダーのあだ名から『勇者パーティー』と呼ばれることの方が多い四人組。
そこの斥候役であるレイン・カミナギは訝し気に依頼書を机に置いた。
「素材が欲しいそうだが、詳しいことはわからん。仕事を頼むにあたって、ここの探索者や冒険者がそれにふさわしい気概をもっているか見たいんだそうだ」
パーティーのリーダー、その蛮勇から敬意と皮肉を込めて『勇者』とあだ名される鉄級探索者ブレイブ・レオンハートが依頼書を拾い上げる。
「『挑戦者』、乗ったぜ。うまく行った暁には、いつになくでけぇ仕事になりそうだ」
レインはブレイブの左耳の耳飾りに視線をやる。レインの右耳にあるのと揃いで、二人の友情の証だ。
「……君が望むなら、俺も協力するよ」
友人が大きな仕事を受けたがるのは、ただ野心だけではないことをレインは知っている。だから、できることはしたいと考えていた。
「あぁ。面談場所はサウナだ」
ヴィンダールヴルは仕事にも遊びにも真剣な人物らしい。エドゥノーグに来たからには名物の浴場で整えたあと、カエルの唐揚げをつまみに一杯キメることを望んでいるそうだ。
なので、サウナでゆっくり話そうじゃないか、という話になっているという。
「ん……そこはブレイブに任せるよ。俺、裸の付き合いとかそういうの、得意じゃないんだ」
できることはする。できないことはしない。レインはそういう性格だった。
「あ、あぁ……無理はしなくていいから。苦手なこと補いあえるのもパーティーだもんな」
ブレイブはレインの性格に理解があった。
「……あとで迎えに行くよ」
短く約束して、二人は別れた。
薬草サウナ。
呵呵、という特徴的な笑い声を響かせ、愉快げに汗ばむ肩を揺らす『神匠』。
ドワーフらしい、百五十センチの小柄な体躯に似合わぬ風格と威圧感がある。
エドゥノーグにおいては手の届かない有名人という扱いだが、リブラネスタでは冒険者との接点の多い人物だ。気さくで話しやすい雰囲気で、タオル一枚という無防備な状況もあって打ちとけることは難しくはない。
「どうしたァ坊主。もうへばったのか?」
しかし、サウナの熱気に耐えられている短い時間のうちにアピールとヒアリングを済ませねばならない。
ブレイブはエドゥノーグを拠点とする専任の探索者で、ヴィンダールヴルとは初対面。打ちとけるまでに時間をかけすぎた。そのせいで汗を流しすぎてしまっていた。
(そういえば……レインのやつ、迎えに来るって言っていたけど、俺のこと見つけられるのかな)
レインは人の顔を覚えられない。普段は耳飾りを目印にしているのだが、サウナに入るためには外さざるを得なかった。
衣類はひとまとめにしてマジカルポケットに収納している。耳飾りもその中だ。
「いや、大丈夫ですよ。まだいけますって……」
強がりを口にするブレイブ。パーティーのためにも仕事をもぎ取らねばならない。レインとはサウナを出てから落ちあうか、こちらから声をかければ済む話だ。
ブレイブが限界まで粘ると決意したとき、どやどやと冒険者達がサウナへと入ってきた。
夢の塔。
探索者支援ギルド長エフィミア・リリックは書類の山と格闘していた。
「はぁ~、忙しい。だけど帝国と比べたら、ここなんてまだマシなものよね」
メドゥの指先幹部『貴族喰』ヤコブ・ヴィリアンの大乱を皮切りに、大陸では数々の大事件が起きている。
ドン・ゴーフルがいち早く『黒曜子』レイウェスト・バルダスと手を結び、それにより敵対マフィアの反感を買ったらしいという話もあった。
ディズル大湿地帯では、レイウェストがリザードマンたちの協力を取り付けるために『泥血啜る月吸蟲』の封印強化に奔走したという。
その直後、レイウェストが逝去したとの報が広まり、帝国難民キャンプでは一波乱起きているのだとか。
エフィミアとてそれらの事件の発生に胸を傷めたり、解決にわがことのように安堵したりしている。
しかし現実として、迷宮都市エドゥノーグはその騒乱から遠く離れた場所にあった。
エフィミアの日々の仕事にそれらは大きく影響しない。武具の素材の需要が少し、いやかなり高まったぐらいだ。
何なら先日のカカオフィーバーのほうがよっぽど大事件だったとも言える。
気分を変えるために淹れた紅茶がよい香りをたてる。
残業せねば到底終わらない仕事の山を横目に、今夜くらいは呑みに繰り出していいわよねとエフィミアが考えていたとき、ギルド職員がドアをノックした。
「リブラネスタから書簡です。差出人は――『神匠』ヴィンダールヴル」
エフィミアは紅茶を吹き出した。
●薬草香る湯気に包まれて
「……で? リブラネスタの偉い人が、この街に何の用なの?」
探索者パーティー『挑戦者』。リーダーのあだ名から『勇者パーティー』と呼ばれることの方が多い四人組。
そこの斥候役であるレイン・カミナギは訝し気に依頼書を机に置いた。
「素材が欲しいそうだが、詳しいことはわからん。仕事を頼むにあたって、ここの探索者や冒険者がそれにふさわしい気概をもっているか見たいんだそうだ」
パーティーのリーダー、その蛮勇から敬意と皮肉を込めて『勇者』とあだ名される鉄級探索者ブレイブ・レオンハートが依頼書を拾い上げる。
「『挑戦者』、乗ったぜ。うまく行った暁には、いつになくでけぇ仕事になりそうだ」
レインはブレイブの左耳の耳飾りに視線をやる。レインの右耳にあるのと揃いで、二人の友情の証だ。
「……君が望むなら、俺も協力するよ」
友人が大きな仕事を受けたがるのは、ただ野心だけではないことをレインは知っている。だから、できることはしたいと考えていた。
「あぁ。面談場所はサウナだ」
ヴィンダールヴルは仕事にも遊びにも真剣な人物らしい。エドゥノーグに来たからには名物の浴場で整えたあと、カエルの唐揚げをつまみに一杯キメることを望んでいるそうだ。
なので、サウナでゆっくり話そうじゃないか、という話になっているという。
「ん……そこはブレイブに任せるよ。俺、裸の付き合いとかそういうの、得意じゃないんだ」
できることはする。できないことはしない。レインはそういう性格だった。
「あ、あぁ……無理はしなくていいから。苦手なこと補いあえるのもパーティーだもんな」
ブレイブはレインの性格に理解があった。
「……あとで迎えに行くよ」
短く約束して、二人は別れた。
薬草サウナ。
呵呵、という特徴的な笑い声を響かせ、愉快げに汗ばむ肩を揺らす『神匠』。
ドワーフらしい、百五十センチの小柄な体躯に似合わぬ風格と威圧感がある。
エドゥノーグにおいては手の届かない有名人という扱いだが、リブラネスタでは冒険者との接点の多い人物だ。気さくで話しやすい雰囲気で、タオル一枚という無防備な状況もあって打ちとけることは難しくはない。
「どうしたァ坊主。もうへばったのか?」
しかし、サウナの熱気に耐えられている短い時間のうちにアピールとヒアリングを済ませねばならない。
ブレイブはエドゥノーグを拠点とする専任の探索者で、ヴィンダールヴルとは初対面。打ちとけるまでに時間をかけすぎた。そのせいで汗を流しすぎてしまっていた。
(そういえば……レインのやつ、迎えに来るって言っていたけど、俺のこと見つけられるのかな)
レインは人の顔を覚えられない。普段は耳飾りを目印にしているのだが、サウナに入るためには外さざるを得なかった。
衣類はひとまとめにしてマジカルポケットに収納している。耳飾りもその中だ。
「いや、大丈夫ですよ。まだいけますって……」
強がりを口にするブレイブ。パーティーのためにも仕事をもぎ取らねばならない。レインとはサウナを出てから落ちあうか、こちらから声をかければ済む話だ。
ブレイブが限界まで粘ると決意したとき、どやどやと冒険者達がサウナへと入ってきた。
解説
●目標
ヴィンダールヴルに漢気をアピールする
もしくは、自由に過ごす
●NPC
リプレイには必要に応じて登場。
・『神匠』ヴィンダールヴル
薬草サウナで探索者・冒険者と面談しようとしている。
PC達が仕事を依頼するに値するかを見定めているようだ。
漢気を示してアピールしよう。
サウナは暑いので長居はキツイ。行動は絞った方が吉。
・エフィミア・リリック
探索者支援ギルド長。夢の塔で缶詰中。
会えるかどうかは微妙。他を当たろう。
・勇者パーティー
ブレイブ・レオンハート
PC達より先にサウナに来ていた。ぐったりしているが、まだ粘るという強い意志を持っている。
レイン・カミナギ
シナリオ最後にサウナに凸ってブレイブを回収していく。
それまでは自由行動。
ノーレッジ・レオンハート&ヒルダ
探索者支援ギルドの資料室にいる。
●状況
迷宮都市エドゥノーグ。
気候は乾燥し冷涼。天候は晴天。
名物はカエル肉料理。
危険を冒して迷宮に潜り、資源をもたらす探索者を慰撫する街。
まず目立つのは『夢の塔』。探索支援ギルド本部の建物。
都市内に散在する迷宮への入口を囲むように公園や歓楽街がある。
そして、あちこちに屋台が出ているため、食べ歩きが可能。
所謂名所と呼ばれるスポットとしては、北部の『花の歓楽街』と、南部の『ドリームロード』と呼ばれる、露店が並ぶ大通りがある。
日中の散策に最適な大公園は、夜には露店が出る。
辺境都市群の古代の上下水道が存在するというお土地柄ゆえに、浴場が充実している。
基本男女別だが混浴の施設があったとしてもよい。
マッサージもあり。
ただし過度なお色気はマスタリング対象。ラキスケで許される範囲で。
薬草サウナに行く人には必ず湯着やタオルが貸し出される。
ダンジョン浅層一階は水生生物が棲息している。
二階は迷宮鼠と呼ばれる人々が住まう。
マスターより
九蓮です。
あんなえっちな雄っぱい見せられたらやるしかねぇだろ。
冗談はさておき。神匠はなにかエドゥノーグに用事みたいですよ。
暑苦しいのはちょっと……という人は街に出てみるといいかも。
勇者パーティーのメンバーやヴィンダールヴルに同行している高弟達を捕まえて聞けば何かわかるかもしれません。
あと、浮かれるあまりブレイブのおまけボイスのネタを使ってるのでよかったら聞いてね! ヴィンダールヴルさんもレインも寿命が延びるくらいイケボですよ。(ダイマ)
リプレイ
●サウナ その一
迷宮都市エドゥノーグ。
古代から脈々と地下水源と下水道設備を受け継いできたこの街では浴場が充実している。
なので、ひとっ風呂浴びてカエルの唐揚げで一杯、というのは定番の観光コースである。
鍛冶のみならず、木工、裁縫、彫金など様々な分野に精通し、『神匠』と呼ばれるまで上りつめたヴィンダールヴルがそれに倣いたいと考えたのは、彼の稚気を失わぬ人柄ゆえであろう。
それを額面通り受け取った者。なにかの試練と深読みした者。スタンスは人それぞれ。
――気概を示してほしい。
ヴィンダールヴルの一言により、人口密度高めのサウナは我慢大会の様相を呈していた。
先頭を切ってヴィンダールヴルに話しかけたのはバクル・バスリー。
「エドゥノーグはどうかな」
バクルはエドゥノーグ迷宮の踏破を目指して魂を磨き続けるリザードマンの部族出身である。今でこそ冒険者寄りの兼任だが、かつては優秀な探索者だった。
「カエルの美味しい店もお任せあれ、だよ」
このあと呑みに行きたいヴィンダールヴルはその一言にニカッと笑った。
「ほぅ。そいつは助かるな! 一軒と言わず、二軒でも三軒でも教えてくれや」
「一晩で回るの?」
「いいや。この街にはしばらく滞在する予定なもんでな。なんなら今晩、案内してくれねぇか?」
ヴィンダールヴルはバクルから店の名前と場所をいくつか聞き出した。
バクルのつぶらな瞳がきらりと光り、表情が少年のそれになる。
「……で、オフにお仕事の話で申し訳ないんだけど、この間見かけたヴィンダールヴルさんの作品について感想話させてもらってもいいかな?」
バクルはかっこいい武器が好きだ。
リブラネスタでヴィンダールヴルが打った刀剣の数々を見てきた。いつもは仕事中だから話しかけるのは遠慮していたが、今日はヴィンダールヴルと話してもよい日なのだ。ならば、存分に語らねばなるまい。
「お前が気に入ったのはどの作品だ?」
ヴィンダールヴルのほうも自身の生きがいの話である。悪い気はしない。
バクルはダマスカス鋼で作られたバスタードソードを挙げる。
刃に絹のスカーフを落とせば重さで両断されるほどの切れ味をもつ。
また、ダマスカス鋼は木目のような模様が浮かぶことが特徴であるが、その剣の波打ち、ところどころ渦巻くような模様は特に美しかった。
「あの刃。もう、素晴らしくてずっと見てられるね! 芸術品を否定はしないけど、実用品として作られた物の数々の工夫は見ていてわくわくするよ!」
「お前、わかってるな。あの模様はなにも美しいから入れられてるんじゃねぇ。あの模様が生まれる鉄がいい鉄だから使われてるんだ」
「あれはやっぱりシグモル産の鉱石を使ったの?」
「そうだ。どうしても他所のだとあの模様が出ないんだよな。色々と試してみてはいるが」
「そうなんだ。自分でも作ってみてるけど、なかなかあそこまでの魅力ある武器にならなくて……」
「どこで引っかかる? ひとつずつ確認していこうか。まず炉は何を使っている?」
アルマ・ヴァレンタインはヴィンダールヴルとバクルの会話を聞いていたが、入っていけそうになかった。
話題が変わるまで少し待ってみようと考え、間持たせに知り合いを探す。
「あーブレイブさん。鉄級認定のときはありがとうー」
アルマが見つけたのは勇者ことブレイブ・レオンハート。
「……あんたはアルマか。処刑天使のときはお疲れさんだったな……。ヤバイことになってたけど、体調は大丈夫か……?」
「ブレイブさんのほうが大丈夫じゃなくない?」
あの時はアルマが処刑天使のホルモン焼きで悪酔いしていたが、今ぐるぐるしているのはブレイブのほう。
サウナというシチュエーション抜きにしても汗をかきすぎているように見えた。
「はい、お水」
こういう人もいるであろうと、アルマはコップを持ち込んでいた。ピュアウォーターで水を注いでブレイブに渡す。
「ありがとな……これでまだ粘れる」
「えー、ほどほどにしなよー」
それにしても、と、アルマはヴィンダールヴルの胸元に目をやる。
(ボクなんかよりご立派なおもちをおもちだー……ぐぬぬ)
濃厚な鍛冶トークに大部分の他の冒険者はついてこられなかったが、二人の話題に一人だけ加わっていける者がいた。
「ところで刀の製法についてだが」
ケン・Z・ブラッドリーである。彼の父は刀匠王一派に属する鍛冶師で、彼自身も父から鍛冶を仕込まれて育っている。そして母方に東方のルーツを持ち、現在首狩刀を愛用している。よって、鍛冶の中でも特に刀に興味をひかれている。
「ぼくも気になるな」
バクルの得物も大太刀である。
「刀のことは先にシグルランに聞きな。俺から話してもいいが、又聞きより本人に聞くほうが情報の精度が高ぇだろう? あいつもそのうち来るんじゃねぇかな」
ケンは思い出した。リブラネスタにシグルランが姿を現し、「ヴィ爺にしごかれた」と言っていたことを。
「それなら話題を変えるよ。なにか新しい素材か技術が見つかってないか?」
シグルランが「ヤバたん」とかなんとか言っていた。それに、ヴィンダールヴルはなにか素材が欲しいという話だった。
「技術はある。お前らの武器がもっと強くなるのがな。素材のほうは、なさすぎて困っているところだ」
話が本題に近づいたところでサウナの空気が変わる。ケンは戦闘一族の皮膚感覚でその『殺気』のようなものを感じ取った。
しかし、一鍛冶職人として、神匠から色々聞ける機会を逃すのは惜しい。まだ話したいことがあるのだ。
「このあと呑みに行くんだろう。俺もご相伴していいかな」
「おうともよ。話せる奴は歓迎だ」
話題が流れる前に鍛冶トーク第二ラウンドの参戦権を確保しておく。
●とある浴場 脱衣所(男)の風景
アーシェル・G・クラインとアンネエルカは二人でエドゥノーグ観光に来ていた。
迷宮産の珍味珍品を楽しむ前に、まずは旅の埃を落としてから……ということになった。
「エドゥノーグで最も伝統のある古式ゆかしい浴場か……楽しみだな」
「ほんと、楽しみね~」
独り言のつもりだったアーシェルは返事があってびっくり。
隣ではいつの間にかついてきていたアンネエルカがケープのリボンを解こうとしていた。
「ここは男湯だぞ」
「え? 混浴じゃないの?」
どうやら認識の相違があったもよう。
「せっかく一緒に来たのに別々なんて寂しいわ。ね、混浴じゃだめかしら?」
アンネエルカは可愛らしくおねだり。
「他の男がいるからダメだ」
ぐらつきそうになるがアーシェルは断固拒否。大切な仲間に何かがあったらと考えると冷静ではいられない。
「大丈夫よ!」
対してアンネエルカは、愛されて育ったためか他人の悪意を警戒しない様子。
いくらかの押し問答の末、他の客が脱衣所に入ってきてトラブルになるのを恐れたアーシェルが折れる形になった。タオルを広げて持って目隠しにして顔をそむける。その陰でアンネエルカは服を脱ぎ、きっちりタオルを巻く。
「いいか、絶対に俺の側を離れんなよ。それと風呂から出るまで体を隠せ」
「アーシェルさんのお背中を流してあげたいんだもの、離れたりなんかしないわ!」
アンネエルカはその場でくるりと回って体を隠していることをアーシェルに見せる。髪をまとめてタオルで包んでおり、露出したうなじがほっそりと仄白い。
それを見たアーシェルが追加で言い聞かせをしようとしたが、他の客が入ってきたのでそそくさと浴場へ。
アンネエルカが体を洗う間、アーシェルはがっちりガード。
アーシェルの開いた脚や腕の間にアンネエルカがすっぽりと収まる格好だ。勿論触れることはしないギリギリ至近距離である。
後ろをドワーフのグループが通り、神匠が……などと話しているが、聞き耳を立てるどころではない。アーシェルの鋭い眼光がドワーフを威圧する。
「アーシェルさんのお背中を流してあげるわ! ほら、後ろ向いて」
そう朗らかに言うアンネエルカのなんと無垢なことか。警戒心マックスのアーシェルはなんかもう色々キャパオーバーで断る余力もない。
思ったよりすんなりと要求が通ったアンネエルカはニッコニコで広くたくましい背中を洗う。
ふと、スポンジを動かすアンネエルカの手が止まる。
可愛い恰好のまま、まともに戦うために過剰気味に強さを求めるアンネエルカ。なのに、同じクラスのアーシェルの肉体はこうも自分と違うのだろう。
(……やっぱり、男の人なのよね)
「おい、早くしないと誰か来るぞ」
アーシェルに急かされてアンネエルカは我に返る。
湯舟でもアンネエルカはアーシェルによって隅っこに隠されていた。
それでも十分脚をのばせるくらいのスペースを取ってくれたのはアーシェルの優しさか。
「お土産買って帰りましょうね」
アンネエルカの声は細い。さっきのことが頭に浮かび、ぷわ、と意識が遠のく。
「おい、顔が赤いぞ……のぼせたんじゃねぇか?」
アンネエルカの上半身が揺れ、額がアーシェルの胸につく。
「水分補給したらあいつらへの土産を見に行こうな」
アーシェルは具合の悪そうなアンネエルカをお姫様だっこし、湯船から引き上げた。
●サウナ その二
「こんにちは、僕、ララベル・サン・ディーベル……」
「なんだ嬢ちゃん、胸隠さなくていいのか?」
「いや、僕男! 男だからっ!!」
やや小柄で整った顔立ちの少年ララベルはヴィンダールヴルにいきなり女の子に間違われた。
「ヴィンダールヴルさんは何を探しに来たのかな?」
外見は少女のようでも行動は男らしく、ズバリと踏み込んだ。
「一口には言えねぇくらい種類が多いんだ。ただ……いくつか厄介なのがあってな。中層で採れる素材なんだが」
「それは何か教えて! 僕達は力になってあげられるはずだよ」
ララベルは真剣に今までの冒険の話をする。ヴィンダールヴルはリブラネスタで冒険者達の活躍を見聞きしており、ララベルが新進気鋭の冒険者達中でも頭一つ飛びぬけた実績を持っていることも当然知っていた。しかし直にゆっくり本人から話を聞く機会は珍しく、ララベルが見つけたものの中にいくつか食指の動くものが含まれているので興味津々に耳を傾けた。
「お前の腕は確かなようだ。だがちっとばかし説得しねぇといけない奴がいるもんでな。客観的な物差しがあったほうがいいんだ。探索者の認定等級は受けてるか?」
「うんっ! 鉄級を持ってるよ。推薦してくれたのはそこのブレイブさん」
「鉄級ってことは中層で狩れるだけの実力を持ってる、ってぇこったな。そこのデカいの、この嬢ちゃんの腕を保証できるか?」
ララベルの僕、男! というツッコミをBGMに、アルマの介抱で少し復活したブレイブが肯定した。
「えぇ。彼は兼任ですが、迷宮でも十分やっていけますよ。他に鉄級を持ってるのは……」
ララベルの他にバクル、ナハシュ、アルマ、そしてエミリア・シバ。この場にいる中でブレイブが推薦した冒険者を告げ、全員の実力を保証した。また、トゥーリは自分も鉄級を持っており、キーゼもともに認定を受けたと付け加えた。
「そいつは重畳だ」
ヴィンダールヴルは満足げに髭の飾りをいじる。
「……って、えぇぇっ!? ここ男専用じゃないの!?」
ララベルは女性がいることに気づいた。慌てふためくララベルの顔の前に、どん! と物怖じしないヴィルヘルミナの肢体が。ただし、しっかり湯着を着こんでいるので普段より横乳と太腿がおとなしいくらいであるのだが。
「こちらでお見かけするのは珍しいですね」
いつもリブラネスタにいるヴィンダールヴルがエドゥノーグに現れ、ドワーフ王国にいるはずのシグルランがリブラネスタに現れた。暇なのかと思っていたが、何か事情があるのかもしれない。
ヴィルヘルミナがヴィンダールヴルと適当に話している間、ブレイブはエミリアに挨拶していた。
「エミリアおねえさんも来てたんだな」
熱で傷ませないように髪をタオルで包み、湯着を着たエミリアの頬はほんのりと赤く色っぽい。
「神匠はともかく薬草サウナは気になってたのよね」
十数種類もの薬草を蒸らした熱のこもるサウナ。お肌によさそうである。
「そういえばノーレッジちゃんとヒルダちゃんは今夜暇かしら」
「パーティーでの予定はないな。そう言えばララノアは一緒じゃないのか?」
「ララノアちゃんならレインちゃんとデートよ」
「レイン、あいつ……。うらやましいなぁ」
ブレイブが妬ましくもほほえましい情報に頬を緩めていたら、なぜか綿入れを羽織った二人がヴィンダールヴルの前に出た。
セロンガード・シュタインドルフとティトだ。
「漢気を見せるために二人で我慢対決いたします」
これは二人が時々やっているという決闘。
負けたほうは勝ったほうのいうことを一つ聞くというのがルールである。
「気に入った。そういったお祭り騒ぎは好きだぜ」
ヴィンダールヴルの感触は良好。いざ、潔く格好よく決闘開始。
「……いちゃつくのは大概にしろよ……。心の痛みはペインキルで遮断できねぇんだぞ……」
ブレイブが情けなく嫉妬する。また徐々に顔色が悪くなってきているようだ。
セロンガードとティトの前にアツアツのミネストローネが出前されてきた。
どうしてこうなった、助けて! といった風情のセロンガード。
対して、ティトは絶対に負けないという闘志を燃やしている。
(もし勝てたら、どうしよう……?)
いつも一枚上手を行くセロンガードがひざまずいて許しを乞うようなお願いとは……?
サウナの温度が数度上がった気がした。
●とある浴場 女湯の風景
サマエラ=フォリウムはエドゥノーグの各浴場を回っていた。
動機はひとえに夜の安寧、すなわち深きよき眠りを得るため。
長風呂、連荘もなんのその。過酷な旅路は彼女に温度への耐性を与えていた。
気泡を発する紋具が仕込まれ、空気の粒と水流で経絡を刺激し硬くなった筋肉をほぐすという触れ込みの浴槽に体を沈める。
この時間帯は沸かしたてらしく湯温が高すぎる感がある。
(いつぞやのドワーフ王国の村を、思い出すな……)
泉質はよかったのだが、その土地に住む人の性質が悪すぎた。冒険者達による一喝により多少性根を入れ替えたように見えたが、あれからどうなったのだろうか。
そう言えば、あそこには微温浴室とは名ばかりの蒸気サウナがあった。想定していた意図とは違っていたものの、あれはあれでよいものだった。
今日は薬草サウナでヴィンダールヴルによるコンペティションのようなものが行われていると聞く。
我慢大会のようなものには加わる気はないが、彼らが出たあとにでも……と考え、しばし水流に身を任せる。
●サウナその三
セロンガードとティトは、飲めば飲むほどに喉が渇く、マシュマロ浮きこってりホットチョコレートを一気飲みしていた。
「セロン、余裕なくなってきてる、よ?」
「ティトこそ。体に障るまえに退いたほうがいいですよ」
二人の体には幾枚もの毛布が巻かれている。じゃんけんで負けたほうが一枚毛布を羽織るというルールでぷち勝負を繰り返した結果だった。
悠人・ラドルファスは勝負する二人とそれを楽しげに見ているヴィンダールヴルを見ていた。狼に似た茶色の目が冷たく細まる。
ヴィンダールヴルがつぶれるよりも長くここにいればいい。
悠人はそういう仕事だと理解していた。
薬草とミネストローネとチョコレートと男の汗の匂いが充満するここは、はらわたと粉塵にまみれる戦場と変わらない――なにも為せずに退くよりはよっぽどいい。
ヴィンダールヴルの鍛えこまれた肉体。あんな猛者が選別までして何かをやらせようとしている。これは普通ではない。
ならばこちらも見極めねばなるまい。彼は死ぬ覚悟をしてまで仕事を受けるのにふさわしい依頼者なのかどうか。
悠人はばふっ、とタオルをヴィンダールヴルの前で振る。ヴィンダールヴルの顔に熱気がぶつかった。
「お前、どういうつもりだ?」
小柄なうえに座った姿勢のヴィンダールヴルが、立っている長身の悠人を見上げる。ヴィンダールヴルは愉悦の表情を崩していないが、見ていた冒険者達の空気が凍る。
「オレもアンタを試す」
ヴィンダールヴルは呵々大笑。立ち上がり、目にも止まらぬ早さで悠人の湯着の襟をつかみ投げ飛ばす。そしてそのまま倒れた悠人の肩ごと頭部を押さえ込む――袈裟固めだ。
「このまま我慢比べといこうじゃねぇか」
煽っていいのは煽られる覚悟のある者だけ。
「いいよ。アンタがバテるのが先か、こっちがダメになるのが先か」
「気に入ったぜ。お前のような跳ねっ返りを納得させる武器が打てりゃ、鍛冶師冥利につきるってもんだ」
おそらく室温より人肌の方が冷たい。この姿勢は別段不利になることはない……と考えたのも束の間。
お互いの息がかかる顔の距離。汗ばむ肌が密着する不快さ。悠人のメンタルが削られていく。
セロンガードとティトは(なんかあっちでも変な勝負始まった)という目で見ていた。
ブレイブは悠人を助けようと思ったが、すでに体がいうことを聞かなくなっていた。
カオスの中、立ち上がったのはキーゼ。
体をタオルで隠し、ヴィンダールヴルに丁寧に挨拶。
「わざわざこのような場所で……つまり、この場でないと見極められないことがあるとみるほうが自然ですよね。例えば、場所が肉体的に負荷が強く、また精神性が求められる、というような」
室内を一周、視線を巡らせる。わざわざ自身を追い込むようなことをするのはアピールとして正しいとでも言いたいのだろうか。
「僕はそろそろお暇させていただきます」
「何かやるんじゃないのか?」
悠人を押さえ込んだままヴィンダールヴルが言った。
「漢気、と言えば聞こえはいいですが……冒険者ならば、自己管理できてこそ一人前でしょう。……それに、この後の一杯を楽しみたいですからね」
「面白ぇ。引き際をわきまえてる奴、限界を越えられる奴。両方必要だがどっちもそろってるようだな」
ヴィンダールヴルはますますご機嫌である。
「ボクもそろそろ出るねー。ヴィンダールヴルさん、いつも強化ありがとう。新技術とやらも楽しみにしてるよ」
ぐったりしてコップを持てないブレイブに、せめてと水をぶっかけて冷まし、アルマが退出。
そして、熱さを忘れて話していたため眩暈がしてきたバクルを、ケンが介抱するために連れ出した。
ゴブリアも限界を迎えてギブアップ。
なんとなく広まった抜けてもいいんだという雰囲気に、徐々に冒険者達が減っていく。
残ったのは勝負中のセロンガードとティト、男の意地で粘っているブレイブ、そしてヴィンダールヴルと悠人の五人。
●化粧品店にて
レイン・カミナギはパーティーメンバーの女子に荷物を取り上げられたあと、ララノアと会っていた。
誕生月の贈り物を一緒に選ぼうという約束をしている。
ララノアはゆっくり街を見るのは初めてだが、レインは住んでいる街なので、歩調があわない。
「手、繋ごうか」
ララノアの歩く速さを感じ取れるように、人混みでもはぐれないように、と考えたレインが提案する。
「どこの店入る?」
「か、髪のお手入れ油を……。香りを一緒に選べたらと思いまして」
ララノアは舌を噛みながら繋いでいないほうの手でフードを引っ張る。
二人は化粧品店に入った。若い女性向けの基礎化粧品の種類が豊富な店で、季節の花が飾られているお洒落な内装だ。
ララノアが最初に手に取ったのはラベンダーの香りがメインになったもの。
「それが好み?」
「ぃえっ……なんでもっ」
ラベンダーの花言葉は『沈黙』『清潔』そして、恋にまつわる神話が元になった『期待』。ララノアはその意味を思い出して赤面した。
次に目に留まったのは薔薇。
「これは……大人でしょうか?」
ララノアはそう言うが、レインは彼女が小さく可憐なだけの少女ではないと知っている。
「少しくらい華があったほうが似合うと思うんだけど」
店員が二人に声をかけ、レインが意図を告げる。店員は鈴蘭をメインにした、透明感のある香りのものをすすめた。ほんの少し華があるのは、わずかに芍薬と麝香を添えているのだとか。
レインは芍薬が東の人々の間では絶世の美女の比喩に使われることを知っていた。ララノアの誕生月である五月の花であり、華やかだが薔薇ほど官能的ではないことも含めて気に入ったが、口に出したのは一言。
「いいと思う」
ララノアも清潔感のある石鹸のような香りが気に入って、贈り物はこれに決まった。
「……この香り……大切にいたします」
そのあと、まだ時間があったので公園へ。
まだ屋台が出ていないためか他に人もいない。
遊歩道に沿って植えられた花水木は今が盛り。
ベンチに腰を下ろししばしの休憩。
「疲れてない?」
「はい……」
想い人と過ごした今日は素敵な日だった。
程よい疲労感と高揚感に身を任せ、ララノアは勇気を出す。
「誕生日には願いが一つ叶うと……目を瞑ってみてください」
言われたままにレインは目を閉じる。
しばらくそうしていると、額に柔らかい感触が。
「貴方に幸せが……たくさん……やってきますように」
レインが目を開けると、いつもはフードと分厚い眼鏡に隠れていたララノアの新緑色の瞳があった。
レインは先ほどの感触の意味を理解した。赤く染まった耳に、首の血管を血が流れる音が聞こえる。
ただただ大きくて持て余すばかりの曖昧だった感情に色がついていく。
ララノアもただでさえ恥ずかしかったのに、レインのうろたえた赤い顔を見てもっと緊張が増す。
レインがなにか言いかけたとき、時を告げる鐘の音が響く。
「ぁ……ブレイブ様……お迎えにっ」
ララノアは眼鏡をかけた。
●サウナその四
レインが薬草サウナのある浴場のロビーについたとき、まだそれらしい集団はいなかった。
「ヴィンダールヴル達はまだ出てきていないよ」
(鉄級のときにご一緒した方で……!)
シルヴィア・A・カペルが教えてくれた。レインは彼女が誰か判別できなかったが、ララノアがフォローした。
「挨拶でもと思ったんだけど、これでも侯爵令嬢だから素肌を晒すことはできないんだ」
シルヴィアにサウナの中に入る意思はないようだ。なら自分が行くしかないとレインは考えた。
「ララノアはここで待ってて」
ララノアの肌を他人の目に晒すことなど考えられないレインは、そう一方的に言い放つと脱衣所に入っていった。
レインはサウナの前でサマエラに会った。サマエラも面談の終了予定時刻に合わせて来ていたらしい。
「レイン、か?」
レインはサマエラの顔を判別できないが、前に見たことがあるような気がするし、向こうは自分を知っているようだと考えた。
「ヴィンダールヴルさんの面談が延びてるんだ」
「ふむ」
事情を伝え、二人で中に入ることに。
サウナの中には五人の人間がいた。
決闘の果てに共倒れになったセロンガードとティト。
仰向けに倒れ、光のない目で虚空を見つめる悠人。
悠人を助けようとして立ち上がったはいいが、力尽きその場に倒れたブレイブ。
はしゃぎすぎた結果限界を超え、膝をつくヴィンダールヴル。
「やりすぎちまったみたいだな。すまねぇが助けてくれ」
話せるのはヴィンダールヴルだけのようだ。
「とりあえず涼しいところへ……誰か、水の用意を頼む」
サマエラはサウナのドアを開け放ち、決闘組の毛布を剥ぐ。
「俺、行ってくる」
レインは給水所へ。
レインは水を配りながらブレイブを探す。
耳飾りがない。レインもサウナに入る時は外せと言われた。
背が高くて体型は筋肉質で……そして橙色の髪はそこに一人しかいなかった。
「ブレイブ、大丈夫?」
「レイン……か? お前、なに女みたいな匂いさせてんだよ」
ブレイブが荒い息に混じって返事をした。
「よかった。俺は君を見つけられた」
いつもは触られるのは苦手だと感じるが、今は彼が生きていると伝えてくる肺の音に安心を覚える。
サマエラに介抱された悠人の瞳に光が戻る。
水分や冷気よりも、深い森を思わせる美女の肌の匂いが効いた。
レインはヴィンダールヴルを見つめていた。
ヴィンダールヴルの顔は知らないが、この場にドワーフは彼一人。
この人が偉い人で、ブレイブが倒れるまで粘ってまで気に入られようとした相手。
「どうした坊主」
ブレイブに無理をさせたという逆恨みを抑え、レインは頭を下げた。
「ブレイブのこと、よろしくお願いします」
ヴィンダールヴルを出待ちしていたシルヴィアは、レインの肩に体重を預けて脱衣所から出てきたブレイブを見て驚いた。
「ブレイブ? 大丈夫?」
長椅子を薦め、飲み物を買ってくる。
無理するタイプだとは知っているが、サウナで無理して危うくなるのは流石に笑えない。
「そういえば、君はなぜ冒険者になったの?」
ブレイブは先日の清姫戦でも無茶をやったと、シルヴィアは知っていた。
「あぁ……。俺の故郷、農村なんだけどさ。不作が続いてな……」
つまり、仕送りのため。そういえば、清姫の依頼は報酬が高かった。あれは清姫が強いからではなく、ドロップ品が高額なため買い取り価格が上乗せされたからだった。
「まぁどんな理由であれ、仕事をするためにはその体が資本になる。だから無理はしないことだ。家族や仲間には君の想いは伝わっていると思うよ」
シルヴィアはショートパンツの脚を組む。注文したときは想定していなかったのだが、納品された衣装を見て露出の多さに驚いた衣装である。しかし着てみると回避型である彼女の戦い方と合っていた。
「あ、でも……」
シルヴィアは太腿をチラ見していたブレイブの視線に気づき、釘をさす。
「下手なことで息絶えるようなら諸々を歌にしてしまうよ?」
「諸々って何だよ」
「レインとの馴れ初めとか」
「やめてくれそれだけはッ!」
すでにエドゥノーグでは『あのレインと一夜を共にした』という尾ひれのついた噂が、ブレイブの勇者エピソードとして語られている。
シルヴィアは愉快げに、しかし上品にコロコロと笑う。
●夜、歓楽街
(銀月を抜くことにならなくてよかったです)
ヴィルヘルミナは腰に下げた愛刀の重みを確かめた。
サウナでは万一のときのことを考えてマジカルポケットに収納していたが、荒事は起きなかった。
せっかく来たのだから食べ歩きでもして帰ろうと、屋台の並ぶ夜の公園へ向かう。
ララベルは今日は仲間を連れていないので、せめて皆にお土産でもと露店を見ていた。
ヴィンダールヴルの欲しい素材は、龍の鱗だという。
まだその素材が採れる場所を調べている途中だそうだが、新しい冒険の予感にわくわくする。
サウナを早々と退出したキーゼはすでに二軒目である。
隣にはナンパでひっかけた女性がいる。地方から出てきたばかりの探索者志望の若い女性で、垢ぬけないが、顔の造形は整っており磨けば光るようなタイプだ。
エミリアはノーレッジ・レオンハートとヒルダと女三人で呑んでいた。
「試験の応援無駄にしちゃってごめんなさいね」
エミリアは一度目の試験のとき、倒したはいいが認定の申請を忘れていた。なので二回目に挑戦し、見事勝利して鉄級の認定を得ていた。
「いえいえ! それより再申請なさらずにもう一度いらっしゃるなんて」
「二回ともきっちり勝たれて、すごいです」
会話をしていると料理が運ばれてきた。
ローストされ薄切りにされたこの肉は、出臍の枝場で見つかった魔獣肉だ。上質な赤身で美容にいいということがわかったらしく、こうして地上で扱う店が出てきていた。
よく冷えたエールで乾杯。
「ところでブレイブちゃんとレインちゃんだけど、男の子としてどう思う?」
エミリアが女子トークを切り出す。
「レインさんはその……優しいですけど、女泣かせって言われてて、第一印象は良くなかったです」
ヒルダが言いにくそうに言う。
探索者の間では、レインは異国情緒のある美形で目立つが、仲良くなっても次の日には掌を返したように冷たくなるので、女癖が悪いという評判だった。
それは彼の顔を覚えられない特性のため、会うたびに初対面扱いしているのが理由だと理解したのはパーティーを組んだあと。
「それ以上に不思議ちゃん過ぎるのが致命的だわ! 女癖の噂はともかく、こっちは誤解の余地ないもの。これ、今朝あいつから取り上げたんですけど」
ノーレッジがマジカルポケットから取り出したのは手作りのぬか漬け。
「デートの手土産にこんな臭うものとかありえない」
再び収納。珍味なのでもらったら嬉しい人も中にはいるかもしれないが、これから出かけるときに渡されれば誰もが困るだろう。
レインは噂ほど悪い男ではないが、恋愛対象としてはない。彼女らの結論である。
「ブレイブは見た目はレインほどじゃないにせよ悪くないと思う。でも奥手だからモテないみたい。で、とにかく家が面倒なのよね」
ノーレッジは同郷の従妹なので、ブレイブの実家を知っている。
「つきあうだけならともかく結婚するってなると厄介だわ。ヒルダ、あんたも肝に銘じておきなさい」
ヒルダはブレイブに依存しているので、いつそっちに傾くかわからないと思っているノーレッジは警告した。
「わ、私は別に……」
ヒルダは肉を喉を詰まらせた。今のところ、異性として好きなわけではないらしい。
「ところでおねえさんにはいい人いないんですか?」
ノーレッジはエミリアに水を向ける。
恋の話に花を咲かせ、女子会は夜遅くまで続いた。
迷宮都市エドゥノーグ。
古代から脈々と地下水源と下水道設備を受け継いできたこの街では浴場が充実している。
なので、ひとっ風呂浴びてカエルの唐揚げで一杯、というのは定番の観光コースである。
鍛冶のみならず、木工、裁縫、彫金など様々な分野に精通し、『神匠』と呼ばれるまで上りつめたヴィンダールヴルがそれに倣いたいと考えたのは、彼の稚気を失わぬ人柄ゆえであろう。
それを額面通り受け取った者。なにかの試練と深読みした者。スタンスは人それぞれ。
――気概を示してほしい。
ヴィンダールヴルの一言により、人口密度高めのサウナは我慢大会の様相を呈していた。
先頭を切ってヴィンダールヴルに話しかけたのはバクル・バスリー。
「エドゥノーグはどうかな」
バクルはエドゥノーグ迷宮の踏破を目指して魂を磨き続けるリザードマンの部族出身である。今でこそ冒険者寄りの兼任だが、かつては優秀な探索者だった。
「カエルの美味しい店もお任せあれ、だよ」
このあと呑みに行きたいヴィンダールヴルはその一言にニカッと笑った。
「ほぅ。そいつは助かるな! 一軒と言わず、二軒でも三軒でも教えてくれや」
「一晩で回るの?」
「いいや。この街にはしばらく滞在する予定なもんでな。なんなら今晩、案内してくれねぇか?」
ヴィンダールヴルはバクルから店の名前と場所をいくつか聞き出した。
バクルのつぶらな瞳がきらりと光り、表情が少年のそれになる。
「……で、オフにお仕事の話で申し訳ないんだけど、この間見かけたヴィンダールヴルさんの作品について感想話させてもらってもいいかな?」
バクルはかっこいい武器が好きだ。
リブラネスタでヴィンダールヴルが打った刀剣の数々を見てきた。いつもは仕事中だから話しかけるのは遠慮していたが、今日はヴィンダールヴルと話してもよい日なのだ。ならば、存分に語らねばなるまい。
「お前が気に入ったのはどの作品だ?」
ヴィンダールヴルのほうも自身の生きがいの話である。悪い気はしない。
バクルはダマスカス鋼で作られたバスタードソードを挙げる。
刃に絹のスカーフを落とせば重さで両断されるほどの切れ味をもつ。
また、ダマスカス鋼は木目のような模様が浮かぶことが特徴であるが、その剣の波打ち、ところどころ渦巻くような模様は特に美しかった。
「あの刃。もう、素晴らしくてずっと見てられるね! 芸術品を否定はしないけど、実用品として作られた物の数々の工夫は見ていてわくわくするよ!」
「お前、わかってるな。あの模様はなにも美しいから入れられてるんじゃねぇ。あの模様が生まれる鉄がいい鉄だから使われてるんだ」
「あれはやっぱりシグモル産の鉱石を使ったの?」
「そうだ。どうしても他所のだとあの模様が出ないんだよな。色々と試してみてはいるが」
「そうなんだ。自分でも作ってみてるけど、なかなかあそこまでの魅力ある武器にならなくて……」
「どこで引っかかる? ひとつずつ確認していこうか。まず炉は何を使っている?」
アルマ・ヴァレンタインはヴィンダールヴルとバクルの会話を聞いていたが、入っていけそうになかった。
話題が変わるまで少し待ってみようと考え、間持たせに知り合いを探す。
「あーブレイブさん。鉄級認定のときはありがとうー」
アルマが見つけたのは勇者ことブレイブ・レオンハート。
「……あんたはアルマか。処刑天使のときはお疲れさんだったな……。ヤバイことになってたけど、体調は大丈夫か……?」
「ブレイブさんのほうが大丈夫じゃなくない?」
あの時はアルマが処刑天使のホルモン焼きで悪酔いしていたが、今ぐるぐるしているのはブレイブのほう。
サウナというシチュエーション抜きにしても汗をかきすぎているように見えた。
「はい、お水」
こういう人もいるであろうと、アルマはコップを持ち込んでいた。ピュアウォーターで水を注いでブレイブに渡す。
「ありがとな……これでまだ粘れる」
「えー、ほどほどにしなよー」
それにしても、と、アルマはヴィンダールヴルの胸元に目をやる。
(ボクなんかよりご立派なおもちをおもちだー……ぐぬぬ)
濃厚な鍛冶トークに大部分の他の冒険者はついてこられなかったが、二人の話題に一人だけ加わっていける者がいた。
「ところで刀の製法についてだが」
ケン・Z・ブラッドリーである。彼の父は刀匠王一派に属する鍛冶師で、彼自身も父から鍛冶を仕込まれて育っている。そして母方に東方のルーツを持ち、現在首狩刀を愛用している。よって、鍛冶の中でも特に刀に興味をひかれている。
「ぼくも気になるな」
バクルの得物も大太刀である。
「刀のことは先にシグルランに聞きな。俺から話してもいいが、又聞きより本人に聞くほうが情報の精度が高ぇだろう? あいつもそのうち来るんじゃねぇかな」
ケンは思い出した。リブラネスタにシグルランが姿を現し、「ヴィ爺にしごかれた」と言っていたことを。
「それなら話題を変えるよ。なにか新しい素材か技術が見つかってないか?」
シグルランが「ヤバたん」とかなんとか言っていた。それに、ヴィンダールヴルはなにか素材が欲しいという話だった。
「技術はある。お前らの武器がもっと強くなるのがな。素材のほうは、なさすぎて困っているところだ」
話が本題に近づいたところでサウナの空気が変わる。ケンは戦闘一族の皮膚感覚でその『殺気』のようなものを感じ取った。
しかし、一鍛冶職人として、神匠から色々聞ける機会を逃すのは惜しい。まだ話したいことがあるのだ。
「このあと呑みに行くんだろう。俺もご相伴していいかな」
「おうともよ。話せる奴は歓迎だ」
話題が流れる前に鍛冶トーク第二ラウンドの参戦権を確保しておく。
●とある浴場 脱衣所(男)の風景
アーシェル・G・クラインとアンネエルカは二人でエドゥノーグ観光に来ていた。
迷宮産の珍味珍品を楽しむ前に、まずは旅の埃を落としてから……ということになった。
「エドゥノーグで最も伝統のある古式ゆかしい浴場か……楽しみだな」
「ほんと、楽しみね~」
独り言のつもりだったアーシェルは返事があってびっくり。
隣ではいつの間にかついてきていたアンネエルカがケープのリボンを解こうとしていた。
「ここは男湯だぞ」
「え? 混浴じゃないの?」
どうやら認識の相違があったもよう。
「せっかく一緒に来たのに別々なんて寂しいわ。ね、混浴じゃだめかしら?」
アンネエルカは可愛らしくおねだり。
「他の男がいるからダメだ」
ぐらつきそうになるがアーシェルは断固拒否。大切な仲間に何かがあったらと考えると冷静ではいられない。
「大丈夫よ!」
対してアンネエルカは、愛されて育ったためか他人の悪意を警戒しない様子。
いくらかの押し問答の末、他の客が脱衣所に入ってきてトラブルになるのを恐れたアーシェルが折れる形になった。タオルを広げて持って目隠しにして顔をそむける。その陰でアンネエルカは服を脱ぎ、きっちりタオルを巻く。
「いいか、絶対に俺の側を離れんなよ。それと風呂から出るまで体を隠せ」
「アーシェルさんのお背中を流してあげたいんだもの、離れたりなんかしないわ!」
アンネエルカはその場でくるりと回って体を隠していることをアーシェルに見せる。髪をまとめてタオルで包んでおり、露出したうなじがほっそりと仄白い。
それを見たアーシェルが追加で言い聞かせをしようとしたが、他の客が入ってきたのでそそくさと浴場へ。
アンネエルカが体を洗う間、アーシェルはがっちりガード。
アーシェルの開いた脚や腕の間にアンネエルカがすっぽりと収まる格好だ。勿論触れることはしないギリギリ至近距離である。
後ろをドワーフのグループが通り、神匠が……などと話しているが、聞き耳を立てるどころではない。アーシェルの鋭い眼光がドワーフを威圧する。
「アーシェルさんのお背中を流してあげるわ! ほら、後ろ向いて」
そう朗らかに言うアンネエルカのなんと無垢なことか。警戒心マックスのアーシェルはなんかもう色々キャパオーバーで断る余力もない。
思ったよりすんなりと要求が通ったアンネエルカはニッコニコで広くたくましい背中を洗う。
ふと、スポンジを動かすアンネエルカの手が止まる。
可愛い恰好のまま、まともに戦うために過剰気味に強さを求めるアンネエルカ。なのに、同じクラスのアーシェルの肉体はこうも自分と違うのだろう。
(……やっぱり、男の人なのよね)
「おい、早くしないと誰か来るぞ」
アーシェルに急かされてアンネエルカは我に返る。
湯舟でもアンネエルカはアーシェルによって隅っこに隠されていた。
それでも十分脚をのばせるくらいのスペースを取ってくれたのはアーシェルの優しさか。
「お土産買って帰りましょうね」
アンネエルカの声は細い。さっきのことが頭に浮かび、ぷわ、と意識が遠のく。
「おい、顔が赤いぞ……のぼせたんじゃねぇか?」
アンネエルカの上半身が揺れ、額がアーシェルの胸につく。
「水分補給したらあいつらへの土産を見に行こうな」
アーシェルは具合の悪そうなアンネエルカをお姫様だっこし、湯船から引き上げた。
●サウナ その二
「こんにちは、僕、ララベル・サン・ディーベル……」
「なんだ嬢ちゃん、胸隠さなくていいのか?」
「いや、僕男! 男だからっ!!」
やや小柄で整った顔立ちの少年ララベルはヴィンダールヴルにいきなり女の子に間違われた。
「ヴィンダールヴルさんは何を探しに来たのかな?」
外見は少女のようでも行動は男らしく、ズバリと踏み込んだ。
「一口には言えねぇくらい種類が多いんだ。ただ……いくつか厄介なのがあってな。中層で採れる素材なんだが」
「それは何か教えて! 僕達は力になってあげられるはずだよ」
ララベルは真剣に今までの冒険の話をする。ヴィンダールヴルはリブラネスタで冒険者達の活躍を見聞きしており、ララベルが新進気鋭の冒険者達中でも頭一つ飛びぬけた実績を持っていることも当然知っていた。しかし直にゆっくり本人から話を聞く機会は珍しく、ララベルが見つけたものの中にいくつか食指の動くものが含まれているので興味津々に耳を傾けた。
「お前の腕は確かなようだ。だがちっとばかし説得しねぇといけない奴がいるもんでな。客観的な物差しがあったほうがいいんだ。探索者の認定等級は受けてるか?」
「うんっ! 鉄級を持ってるよ。推薦してくれたのはそこのブレイブさん」
「鉄級ってことは中層で狩れるだけの実力を持ってる、ってぇこったな。そこのデカいの、この嬢ちゃんの腕を保証できるか?」
ララベルの僕、男! というツッコミをBGMに、アルマの介抱で少し復活したブレイブが肯定した。
「えぇ。彼は兼任ですが、迷宮でも十分やっていけますよ。他に鉄級を持ってるのは……」
ララベルの他にバクル、ナハシュ、アルマ、そしてエミリア・シバ。この場にいる中でブレイブが推薦した冒険者を告げ、全員の実力を保証した。また、トゥーリは自分も鉄級を持っており、キーゼもともに認定を受けたと付け加えた。
「そいつは重畳だ」
ヴィンダールヴルは満足げに髭の飾りをいじる。
「……って、えぇぇっ!? ここ男専用じゃないの!?」
ララベルは女性がいることに気づいた。慌てふためくララベルの顔の前に、どん! と物怖じしないヴィルヘルミナの肢体が。ただし、しっかり湯着を着こんでいるので普段より横乳と太腿がおとなしいくらいであるのだが。
「こちらでお見かけするのは珍しいですね」
いつもリブラネスタにいるヴィンダールヴルがエドゥノーグに現れ、ドワーフ王国にいるはずのシグルランがリブラネスタに現れた。暇なのかと思っていたが、何か事情があるのかもしれない。
ヴィルヘルミナがヴィンダールヴルと適当に話している間、ブレイブはエミリアに挨拶していた。
「エミリアおねえさんも来てたんだな」
熱で傷ませないように髪をタオルで包み、湯着を着たエミリアの頬はほんのりと赤く色っぽい。
「神匠はともかく薬草サウナは気になってたのよね」
十数種類もの薬草を蒸らした熱のこもるサウナ。お肌によさそうである。
「そういえばノーレッジちゃんとヒルダちゃんは今夜暇かしら」
「パーティーでの予定はないな。そう言えばララノアは一緒じゃないのか?」
「ララノアちゃんならレインちゃんとデートよ」
「レイン、あいつ……。うらやましいなぁ」
ブレイブが妬ましくもほほえましい情報に頬を緩めていたら、なぜか綿入れを羽織った二人がヴィンダールヴルの前に出た。
セロンガード・シュタインドルフとティトだ。
「漢気を見せるために二人で我慢対決いたします」
これは二人が時々やっているという決闘。
負けたほうは勝ったほうのいうことを一つ聞くというのがルールである。
「気に入った。そういったお祭り騒ぎは好きだぜ」
ヴィンダールヴルの感触は良好。いざ、潔く格好よく決闘開始。
「……いちゃつくのは大概にしろよ……。心の痛みはペインキルで遮断できねぇんだぞ……」
ブレイブが情けなく嫉妬する。また徐々に顔色が悪くなってきているようだ。
セロンガードとティトの前にアツアツのミネストローネが出前されてきた。
どうしてこうなった、助けて! といった風情のセロンガード。
対して、ティトは絶対に負けないという闘志を燃やしている。
(もし勝てたら、どうしよう……?)
いつも一枚上手を行くセロンガードがひざまずいて許しを乞うようなお願いとは……?
サウナの温度が数度上がった気がした。
●とある浴場 女湯の風景
サマエラ=フォリウムはエドゥノーグの各浴場を回っていた。
動機はひとえに夜の安寧、すなわち深きよき眠りを得るため。
長風呂、連荘もなんのその。過酷な旅路は彼女に温度への耐性を与えていた。
気泡を発する紋具が仕込まれ、空気の粒と水流で経絡を刺激し硬くなった筋肉をほぐすという触れ込みの浴槽に体を沈める。
この時間帯は沸かしたてらしく湯温が高すぎる感がある。
(いつぞやのドワーフ王国の村を、思い出すな……)
泉質はよかったのだが、その土地に住む人の性質が悪すぎた。冒険者達による一喝により多少性根を入れ替えたように見えたが、あれからどうなったのだろうか。
そう言えば、あそこには微温浴室とは名ばかりの蒸気サウナがあった。想定していた意図とは違っていたものの、あれはあれでよいものだった。
今日は薬草サウナでヴィンダールヴルによるコンペティションのようなものが行われていると聞く。
我慢大会のようなものには加わる気はないが、彼らが出たあとにでも……と考え、しばし水流に身を任せる。
●サウナその三
セロンガードとティトは、飲めば飲むほどに喉が渇く、マシュマロ浮きこってりホットチョコレートを一気飲みしていた。
「セロン、余裕なくなってきてる、よ?」
「ティトこそ。体に障るまえに退いたほうがいいですよ」
二人の体には幾枚もの毛布が巻かれている。じゃんけんで負けたほうが一枚毛布を羽織るというルールでぷち勝負を繰り返した結果だった。
悠人・ラドルファスは勝負する二人とそれを楽しげに見ているヴィンダールヴルを見ていた。狼に似た茶色の目が冷たく細まる。
ヴィンダールヴルがつぶれるよりも長くここにいればいい。
悠人はそういう仕事だと理解していた。
薬草とミネストローネとチョコレートと男の汗の匂いが充満するここは、はらわたと粉塵にまみれる戦場と変わらない――なにも為せずに退くよりはよっぽどいい。
ヴィンダールヴルの鍛えこまれた肉体。あんな猛者が選別までして何かをやらせようとしている。これは普通ではない。
ならばこちらも見極めねばなるまい。彼は死ぬ覚悟をしてまで仕事を受けるのにふさわしい依頼者なのかどうか。
悠人はばふっ、とタオルをヴィンダールヴルの前で振る。ヴィンダールヴルの顔に熱気がぶつかった。
「お前、どういうつもりだ?」
小柄なうえに座った姿勢のヴィンダールヴルが、立っている長身の悠人を見上げる。ヴィンダールヴルは愉悦の表情を崩していないが、見ていた冒険者達の空気が凍る。
「オレもアンタを試す」
ヴィンダールヴルは呵々大笑。立ち上がり、目にも止まらぬ早さで悠人の湯着の襟をつかみ投げ飛ばす。そしてそのまま倒れた悠人の肩ごと頭部を押さえ込む――袈裟固めだ。
「このまま我慢比べといこうじゃねぇか」
煽っていいのは煽られる覚悟のある者だけ。
「いいよ。アンタがバテるのが先か、こっちがダメになるのが先か」
「気に入ったぜ。お前のような跳ねっ返りを納得させる武器が打てりゃ、鍛冶師冥利につきるってもんだ」
おそらく室温より人肌の方が冷たい。この姿勢は別段不利になることはない……と考えたのも束の間。
お互いの息がかかる顔の距離。汗ばむ肌が密着する不快さ。悠人のメンタルが削られていく。
セロンガードとティトは(なんかあっちでも変な勝負始まった)という目で見ていた。
ブレイブは悠人を助けようと思ったが、すでに体がいうことを聞かなくなっていた。
カオスの中、立ち上がったのはキーゼ。
体をタオルで隠し、ヴィンダールヴルに丁寧に挨拶。
「わざわざこのような場所で……つまり、この場でないと見極められないことがあるとみるほうが自然ですよね。例えば、場所が肉体的に負荷が強く、また精神性が求められる、というような」
室内を一周、視線を巡らせる。わざわざ自身を追い込むようなことをするのはアピールとして正しいとでも言いたいのだろうか。
「僕はそろそろお暇させていただきます」
「何かやるんじゃないのか?」
悠人を押さえ込んだままヴィンダールヴルが言った。
「漢気、と言えば聞こえはいいですが……冒険者ならば、自己管理できてこそ一人前でしょう。……それに、この後の一杯を楽しみたいですからね」
「面白ぇ。引き際をわきまえてる奴、限界を越えられる奴。両方必要だがどっちもそろってるようだな」
ヴィンダールヴルはますますご機嫌である。
「ボクもそろそろ出るねー。ヴィンダールヴルさん、いつも強化ありがとう。新技術とやらも楽しみにしてるよ」
ぐったりしてコップを持てないブレイブに、せめてと水をぶっかけて冷まし、アルマが退出。
そして、熱さを忘れて話していたため眩暈がしてきたバクルを、ケンが介抱するために連れ出した。
ゴブリアも限界を迎えてギブアップ。
なんとなく広まった抜けてもいいんだという雰囲気に、徐々に冒険者達が減っていく。
残ったのは勝負中のセロンガードとティト、男の意地で粘っているブレイブ、そしてヴィンダールヴルと悠人の五人。
●化粧品店にて
レイン・カミナギはパーティーメンバーの女子に荷物を取り上げられたあと、ララノアと会っていた。
誕生月の贈り物を一緒に選ぼうという約束をしている。
ララノアはゆっくり街を見るのは初めてだが、レインは住んでいる街なので、歩調があわない。
「手、繋ごうか」
ララノアの歩く速さを感じ取れるように、人混みでもはぐれないように、と考えたレインが提案する。
「どこの店入る?」
「か、髪のお手入れ油を……。香りを一緒に選べたらと思いまして」
ララノアは舌を噛みながら繋いでいないほうの手でフードを引っ張る。
二人は化粧品店に入った。若い女性向けの基礎化粧品の種類が豊富な店で、季節の花が飾られているお洒落な内装だ。
ララノアが最初に手に取ったのはラベンダーの香りがメインになったもの。
「それが好み?」
「ぃえっ……なんでもっ」
ラベンダーの花言葉は『沈黙』『清潔』そして、恋にまつわる神話が元になった『期待』。ララノアはその意味を思い出して赤面した。
次に目に留まったのは薔薇。
「これは……大人でしょうか?」
ララノアはそう言うが、レインは彼女が小さく可憐なだけの少女ではないと知っている。
「少しくらい華があったほうが似合うと思うんだけど」
店員が二人に声をかけ、レインが意図を告げる。店員は鈴蘭をメインにした、透明感のある香りのものをすすめた。ほんの少し華があるのは、わずかに芍薬と麝香を添えているのだとか。
レインは芍薬が東の人々の間では絶世の美女の比喩に使われることを知っていた。ララノアの誕生月である五月の花であり、華やかだが薔薇ほど官能的ではないことも含めて気に入ったが、口に出したのは一言。
「いいと思う」
ララノアも清潔感のある石鹸のような香りが気に入って、贈り物はこれに決まった。
「……この香り……大切にいたします」
そのあと、まだ時間があったので公園へ。
まだ屋台が出ていないためか他に人もいない。
遊歩道に沿って植えられた花水木は今が盛り。
ベンチに腰を下ろししばしの休憩。
「疲れてない?」
「はい……」
想い人と過ごした今日は素敵な日だった。
程よい疲労感と高揚感に身を任せ、ララノアは勇気を出す。
「誕生日には願いが一つ叶うと……目を瞑ってみてください」
言われたままにレインは目を閉じる。
しばらくそうしていると、額に柔らかい感触が。
「貴方に幸せが……たくさん……やってきますように」
レインが目を開けると、いつもはフードと分厚い眼鏡に隠れていたララノアの新緑色の瞳があった。
レインは先ほどの感触の意味を理解した。赤く染まった耳に、首の血管を血が流れる音が聞こえる。
ただただ大きくて持て余すばかりの曖昧だった感情に色がついていく。
ララノアもただでさえ恥ずかしかったのに、レインのうろたえた赤い顔を見てもっと緊張が増す。
レインがなにか言いかけたとき、時を告げる鐘の音が響く。
「ぁ……ブレイブ様……お迎えにっ」
ララノアは眼鏡をかけた。
●サウナその四
レインが薬草サウナのある浴場のロビーについたとき、まだそれらしい集団はいなかった。
「ヴィンダールヴル達はまだ出てきていないよ」
(鉄級のときにご一緒した方で……!)
シルヴィア・A・カペルが教えてくれた。レインは彼女が誰か判別できなかったが、ララノアがフォローした。
「挨拶でもと思ったんだけど、これでも侯爵令嬢だから素肌を晒すことはできないんだ」
シルヴィアにサウナの中に入る意思はないようだ。なら自分が行くしかないとレインは考えた。
「ララノアはここで待ってて」
ララノアの肌を他人の目に晒すことなど考えられないレインは、そう一方的に言い放つと脱衣所に入っていった。
レインはサウナの前でサマエラに会った。サマエラも面談の終了予定時刻に合わせて来ていたらしい。
「レイン、か?」
レインはサマエラの顔を判別できないが、前に見たことがあるような気がするし、向こうは自分を知っているようだと考えた。
「ヴィンダールヴルさんの面談が延びてるんだ」
「ふむ」
事情を伝え、二人で中に入ることに。
サウナの中には五人の人間がいた。
決闘の果てに共倒れになったセロンガードとティト。
仰向けに倒れ、光のない目で虚空を見つめる悠人。
悠人を助けようとして立ち上がったはいいが、力尽きその場に倒れたブレイブ。
はしゃぎすぎた結果限界を超え、膝をつくヴィンダールヴル。
「やりすぎちまったみたいだな。すまねぇが助けてくれ」
話せるのはヴィンダールヴルだけのようだ。
「とりあえず涼しいところへ……誰か、水の用意を頼む」
サマエラはサウナのドアを開け放ち、決闘組の毛布を剥ぐ。
「俺、行ってくる」
レインは給水所へ。
レインは水を配りながらブレイブを探す。
耳飾りがない。レインもサウナに入る時は外せと言われた。
背が高くて体型は筋肉質で……そして橙色の髪はそこに一人しかいなかった。
「ブレイブ、大丈夫?」
「レイン……か? お前、なに女みたいな匂いさせてんだよ」
ブレイブが荒い息に混じって返事をした。
「よかった。俺は君を見つけられた」
いつもは触られるのは苦手だと感じるが、今は彼が生きていると伝えてくる肺の音に安心を覚える。
サマエラに介抱された悠人の瞳に光が戻る。
水分や冷気よりも、深い森を思わせる美女の肌の匂いが効いた。
レインはヴィンダールヴルを見つめていた。
ヴィンダールヴルの顔は知らないが、この場にドワーフは彼一人。
この人が偉い人で、ブレイブが倒れるまで粘ってまで気に入られようとした相手。
「どうした坊主」
ブレイブに無理をさせたという逆恨みを抑え、レインは頭を下げた。
「ブレイブのこと、よろしくお願いします」
ヴィンダールヴルを出待ちしていたシルヴィアは、レインの肩に体重を預けて脱衣所から出てきたブレイブを見て驚いた。
「ブレイブ? 大丈夫?」
長椅子を薦め、飲み物を買ってくる。
無理するタイプだとは知っているが、サウナで無理して危うくなるのは流石に笑えない。
「そういえば、君はなぜ冒険者になったの?」
ブレイブは先日の清姫戦でも無茶をやったと、シルヴィアは知っていた。
「あぁ……。俺の故郷、農村なんだけどさ。不作が続いてな……」
つまり、仕送りのため。そういえば、清姫の依頼は報酬が高かった。あれは清姫が強いからではなく、ドロップ品が高額なため買い取り価格が上乗せされたからだった。
「まぁどんな理由であれ、仕事をするためにはその体が資本になる。だから無理はしないことだ。家族や仲間には君の想いは伝わっていると思うよ」
シルヴィアはショートパンツの脚を組む。注文したときは想定していなかったのだが、納品された衣装を見て露出の多さに驚いた衣装である。しかし着てみると回避型である彼女の戦い方と合っていた。
「あ、でも……」
シルヴィアは太腿をチラ見していたブレイブの視線に気づき、釘をさす。
「下手なことで息絶えるようなら諸々を歌にしてしまうよ?」
「諸々って何だよ」
「レインとの馴れ初めとか」
「やめてくれそれだけはッ!」
すでにエドゥノーグでは『あのレインと一夜を共にした』という尾ひれのついた噂が、ブレイブの勇者エピソードとして語られている。
シルヴィアは愉快げに、しかし上品にコロコロと笑う。
●夜、歓楽街
(銀月を抜くことにならなくてよかったです)
ヴィルヘルミナは腰に下げた愛刀の重みを確かめた。
サウナでは万一のときのことを考えてマジカルポケットに収納していたが、荒事は起きなかった。
せっかく来たのだから食べ歩きでもして帰ろうと、屋台の並ぶ夜の公園へ向かう。
ララベルは今日は仲間を連れていないので、せめて皆にお土産でもと露店を見ていた。
ヴィンダールヴルの欲しい素材は、龍の鱗だという。
まだその素材が採れる場所を調べている途中だそうだが、新しい冒険の予感にわくわくする。
サウナを早々と退出したキーゼはすでに二軒目である。
隣にはナンパでひっかけた女性がいる。地方から出てきたばかりの探索者志望の若い女性で、垢ぬけないが、顔の造形は整っており磨けば光るようなタイプだ。
エミリアはノーレッジ・レオンハートとヒルダと女三人で呑んでいた。
「試験の応援無駄にしちゃってごめんなさいね」
エミリアは一度目の試験のとき、倒したはいいが認定の申請を忘れていた。なので二回目に挑戦し、見事勝利して鉄級の認定を得ていた。
「いえいえ! それより再申請なさらずにもう一度いらっしゃるなんて」
「二回ともきっちり勝たれて、すごいです」
会話をしていると料理が運ばれてきた。
ローストされ薄切りにされたこの肉は、出臍の枝場で見つかった魔獣肉だ。上質な赤身で美容にいいということがわかったらしく、こうして地上で扱う店が出てきていた。
よく冷えたエールで乾杯。
「ところでブレイブちゃんとレインちゃんだけど、男の子としてどう思う?」
エミリアが女子トークを切り出す。
「レインさんはその……優しいですけど、女泣かせって言われてて、第一印象は良くなかったです」
ヒルダが言いにくそうに言う。
探索者の間では、レインは異国情緒のある美形で目立つが、仲良くなっても次の日には掌を返したように冷たくなるので、女癖が悪いという評判だった。
それは彼の顔を覚えられない特性のため、会うたびに初対面扱いしているのが理由だと理解したのはパーティーを組んだあと。
「それ以上に不思議ちゃん過ぎるのが致命的だわ! 女癖の噂はともかく、こっちは誤解の余地ないもの。これ、今朝あいつから取り上げたんですけど」
ノーレッジがマジカルポケットから取り出したのは手作りのぬか漬け。
「デートの手土産にこんな臭うものとかありえない」
再び収納。珍味なのでもらったら嬉しい人も中にはいるかもしれないが、これから出かけるときに渡されれば誰もが困るだろう。
レインは噂ほど悪い男ではないが、恋愛対象としてはない。彼女らの結論である。
「ブレイブは見た目はレインほどじゃないにせよ悪くないと思う。でも奥手だからモテないみたい。で、とにかく家が面倒なのよね」
ノーレッジは同郷の従妹なので、ブレイブの実家を知っている。
「つきあうだけならともかく結婚するってなると厄介だわ。ヒルダ、あんたも肝に銘じておきなさい」
ヒルダはブレイブに依存しているので、いつそっちに傾くかわからないと思っているノーレッジは警告した。
「わ、私は別に……」
ヒルダは肉を喉を詰まらせた。今のところ、異性として好きなわけではないらしい。
「ところでおねえさんにはいい人いないんですか?」
ノーレッジはエミリアに水を向ける。
恋の話に花を咲かせ、女子会は夜遅くまで続いた。
マスターコメント
ご参加ありがとうございました!
サウナが混浴かどうか書き忘れててすみません!
この件に限らず、設定で有利不利になることは可能な限り避けねばならないというスタンスで、それは性別も含みます。
質問してくれてもよかったのよ。こちらから凸はプレイングに自由を損なうのでしませんが……。
相談期間が決戦と被ったためか、おまかせの方が多く、アドリブが多いです。
字数に余裕があったこともあり、ヴィンダールヴルさんを大暴れさせつつかなり好きにさせてもらったのですが、気に入っていただけていればいいなと思っています。初見の人はキャラつかめてなかったらすみません! あとカオスごめんなさい!
MVPは我慢大会優秀成績者で。イジってゴメンねのお詫びも込めて。
あとOPのセリフを発注したので、NPCのボイス聞いてね!
イベントシナリオ易しい 報酬:少ない18 / 4〜25人
2021年05月15日 08時05分28秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 うーん、肌を晒すことは出来ないからなぁ……。 サウナから出てきたブレイブに水を持っていくよ。
ひ、ヒーラーの…ララノアのでしっっ えっと…私は…レイン様とお話しできたらと…おもいましでっっ よよよよろしくお願い致しましゅっ
折角ですし、神匠とお話でも思いましたがサウナですか。 別に男性専用でなければ行っても構いはしないのですけど。湯着は貸し出されるみたいですし。
ウォーリアのバクルだよ。よろしくね。 ちょっとヴィンダールヴルさんとお話してくるね!!