【呑竜】政治討論部と未来を語ろう
紀藤トキ
コメント 1
シナリオID:3294
オープニング
●
パンクリアース学園はいまだ自由登校措置が続いている。講義をするにも不在学生を置いていくわけにも行かず、自習や脇道の雑談などでお茶を濁す講師もいる。その脇道の方が学生にとって面白い場合も多々あるのだが。場合によっては講義自体を中止せざるを得ない場合もあった。
「確かに、我輩の授業はまあ、別にやらぬでも生きていくのに何も問題は無いのじゃがのう……」
そんな講師の一人、ヘルベルト・リヴァマス老が書簡を広げつつ溜息を吐く。王家からの、伯爵としてラマスの統治に当たってはくれないか、という遠慮がちな依頼である。彼の希望を汲み手打ちになった約束を覆さねばならぬ程度に、王国の置かれた事情は厳しいらしい。
「……私の謹慎も、社交に関してだけなので働けと父に言われれば否もなく、最近は寝る時間が覚束ない」
「うちも、名前だけ私が次期侯爵で王都の社交に当たり、兄が実権を握るということで話は付いた筈なんだがなあ」
共にぐったりした様子の新任講師トマス・ダンテ伯子と先輩講師のテオドール・ディンドルフ侯子も、ヘルベルト老の溜息に同調した。しかし、貴族派の「ライゼンナクトの乱」に同調していなかっただけ彼らはマシである。
「タイコモの父上は、ライゼンナクトの乱に同席こそしていなかったが関係はあったようでね。当主は引退し、タイコモが男爵になることが内々でもう決まっている」
「じゃあ、タイコモはもう学園に戻ってはこれないのですね」
「昔のように四人で何かするのは無理だろうな」
確認するようなシオンの言葉に、トマスが頷く。結婚次第、両親を隠居に追い込み細君に領地を任せて学園に戻ってくることを画策していたタイコモだが、事態の急展開にその目はなくなった。
「我輩が戻っても、統治には何の役にも立たんじゃろうが……、そういう話では無さそうじゃしな」
「リヴァマス先生は、先生を辞める?」
「それで祖父が空くからな。おそらく、どこかの代官職が掲示されるのだろう」
貴族が処罰されるということは、王家直轄の領地が増えるということだ。今回の「ライゼンナクトの乱」で功績を挙げたと言えるのはアルベイル・ライゼンナクトのみだろうが、個人としてでなく家系としての彼は処罰を受ける側に属している。他に領地を広げるような功績を挙げた貴族はない。幸いであるのは、問題を起こしたのが貴族派貴族であり、その領地の多くが王都近郊に近いということだろう。国境地帯の大貴族が没落したのであれば問題は更に大きくなったに違いない。
「とはいえ、だ。王国の諸問題が片付いた以上、次は帝国の問題に向かうだろう。それが終われば、今ある『新たな授恵者をどこかの勢力が囲い込むことを禁ずる紳士協定』は終わりを告げる。まあ、すぐにではなくどこかで会合なりが開かれて後、だろうがな」
そうすれば、トマスも知る学友らの幾人かは、今のような自由な冒険者では無くなるのかもしれない。あるいは貴族籍の令息令嬢らも、モラトリアムはいずれ終わりを告げるだろう。
「まあ、それに対して私にできることはない。関係性が学友か、あるいは教師と生徒になるかはさておき、彼らには今までのように接するだけだ」
「我輩もそうでありたかったのだがのう……」
●
まだ自由登校措置の開けぬ中、政治討論部が久しぶりに開かれる。議題はない。いつもの通り、お茶など飲みながら王国内の問題や、諸外国の問題について、あれやこれやと語るだけの緩い会合だ。質問事項があれば、他の出席者や部員達、あるいはトマスら顧問達が話して構わない範囲のことを答えてくれるだろう。
パンクリアース学園はいまだ自由登校措置が続いている。講義をするにも不在学生を置いていくわけにも行かず、自習や脇道の雑談などでお茶を濁す講師もいる。その脇道の方が学生にとって面白い場合も多々あるのだが。場合によっては講義自体を中止せざるを得ない場合もあった。
「確かに、我輩の授業はまあ、別にやらぬでも生きていくのに何も問題は無いのじゃがのう……」
そんな講師の一人、ヘルベルト・リヴァマス老が書簡を広げつつ溜息を吐く。王家からの、伯爵としてラマスの統治に当たってはくれないか、という遠慮がちな依頼である。彼の希望を汲み手打ちになった約束を覆さねばならぬ程度に、王国の置かれた事情は厳しいらしい。
「……私の謹慎も、社交に関してだけなので働けと父に言われれば否もなく、最近は寝る時間が覚束ない」
「うちも、名前だけ私が次期侯爵で王都の社交に当たり、兄が実権を握るということで話は付いた筈なんだがなあ」
共にぐったりした様子の新任講師トマス・ダンテ伯子と先輩講師のテオドール・ディンドルフ侯子も、ヘルベルト老の溜息に同調した。しかし、貴族派の「ライゼンナクトの乱」に同調していなかっただけ彼らはマシである。
「タイコモの父上は、ライゼンナクトの乱に同席こそしていなかったが関係はあったようでね。当主は引退し、タイコモが男爵になることが内々でもう決まっている」
「じゃあ、タイコモはもう学園に戻ってはこれないのですね」
「昔のように四人で何かするのは無理だろうな」
確認するようなシオンの言葉に、トマスが頷く。結婚次第、両親を隠居に追い込み細君に領地を任せて学園に戻ってくることを画策していたタイコモだが、事態の急展開にその目はなくなった。
「我輩が戻っても、統治には何の役にも立たんじゃろうが……、そういう話では無さそうじゃしな」
「リヴァマス先生は、先生を辞める?」
「それで祖父が空くからな。おそらく、どこかの代官職が掲示されるのだろう」
貴族が処罰されるということは、王家直轄の領地が増えるということだ。今回の「ライゼンナクトの乱」で功績を挙げたと言えるのはアルベイル・ライゼンナクトのみだろうが、個人としてでなく家系としての彼は処罰を受ける側に属している。他に領地を広げるような功績を挙げた貴族はない。幸いであるのは、問題を起こしたのが貴族派貴族であり、その領地の多くが王都近郊に近いということだろう。国境地帯の大貴族が没落したのであれば問題は更に大きくなったに違いない。
「とはいえ、だ。王国の諸問題が片付いた以上、次は帝国の問題に向かうだろう。それが終われば、今ある『新たな授恵者をどこかの勢力が囲い込むことを禁ずる紳士協定』は終わりを告げる。まあ、すぐにではなくどこかで会合なりが開かれて後、だろうがな」
そうすれば、トマスも知る学友らの幾人かは、今のような自由な冒険者では無くなるのかもしれない。あるいは貴族籍の令息令嬢らも、モラトリアムはいずれ終わりを告げるだろう。
「まあ、それに対して私にできることはない。関係性が学友か、あるいは教師と生徒になるかはさておき、彼らには今までのように接するだけだ」
「我輩もそうでありたかったのだがのう……」
●
まだ自由登校措置の開けぬ中、政治討論部が久しぶりに開かれる。議題はない。いつもの通り、お茶など飲みながら王国内の問題や、諸外国の問題について、あれやこれやと語るだけの緩い会合だ。質問事項があれば、他の出席者や部員達、あるいはトマスら顧問達が話して構わない範囲のことを答えてくれるだろう。
解説
政治討論部という大げさな名前が付いていますが、何か聞きたいことがあったらPCの誰かかNPCが答えてくれるお茶会です。
他のMSのシナリオとかあのNPCは、みたいな要素は原則としてお答えできません(連動シナリオなど多くの人が知っているような事件や人であれば答えられる場合もあります)。他のことであれば世界観的に見た一般論をお答えします。あくまで一般論ですので、世界の真理とか神とは何か、みたいなNPCの手に余るテーマはお答えできません。
関連NPCが一杯書いてありますけれど、別に誰と知り合いでなくとも飛び入り参加できますので、聞きたいことがあれば遠慮無くどうぞ。
普段参加上限の半分くらいしかいない過疎シナリオなので、誰かの椅子を取っちゃうような心配も無いですよ!(ダイナミック宣伝)
●関連NPC
タイコモ・チー(20)
トマスと一緒につるんでいたヒーラー。いません。
シオン、カナン(20)
シオンがウォーリアで政治討論部部長。カナンがシーフ。孤児院出身のトマスの側仕えです。その辺に居ます。
彼らは授恵者歴がPCよりも長い&その後も研鑽をサボってないのでレベル高めの設定でしたが、くぐった修羅場の差からさすがにPCトップ層には追いつかれました。
サラ・ドルトン(16)
男爵令嬢。己を磨く系意識高め女子。テオドールと婚約中。
テオドール・ディンドルフ(テオ)(29)
討論部副顧問。筋金入りのハフビ大好きなくせに貴族の子。五男。学園派にも公平に当たる。サラと婚約中。
ルカ(21)ラナ(17)
砂漠のオアシスの小部族の兄妹。自主登校期間に里帰りしていていません。
※いつもの注意書き
政治討論部の入部希望者はプレイングでその旨をお書き下されば、称号を付与いたします。
入部は聴講生でも、初参加の方でも大丈夫です。
●政治討論部って何するとこ?
名前は政治討論ですが政治に限らず、いろいろ質問したり回答したり意見を募ったりできるような場所です。
今回もそんな感じですが、基本的に部室で喋ってるだけみたいなシナリオが多いです。
関連NPCにトマス(元部長で現部長のシオンの雇用主)やリヴァマス(顧問)が良くついてきます。
もっと詳しくという方は少し前のシナリオ「政治討論部の新年へ向けて」に質疑がありますので宜しければご確認くださいませ。
マスターより
お久しぶりです、紀藤です。
忙しさのピークを越えたので、休止を終えてのんびりシナリオを出そうかと思います。
お久しぶり過ぎるので、描写のNG要件とかはもう一度書いておいてくださると事故が減ると思います。
多分、覚えてると思うんですけどね……。
まずはトマスの政治討論部。実はこれまでに20本も出してたんですね。情報の事後処理という意味で【呑竜】の事後シナリオにしました。
のんびり雑談に来ていただくも良し、混乱する世界情勢に質疑があれば、NPCの立場で分ることをお答えします。
過去に中途半端になってしまったリヴァマス爺さんの跡継ぎ候補さんが何をしたいかの話もして貰って大丈夫です。
同じく中途半端になってしまった新人歓迎のお話とかもして貰って大丈夫です。
突っ込みの角度次第では、それらの関連シナリオを出すことにするかも知れません。
どうぞよろしくお願い致します。
リプレイ
●
政治討論部の会合は場所だけ確保してあとは自由集合のようなもので、おのおの他の都合にあわせて集まってくるスタイルだ。準備に関わる者以外は、気を遣ってゆっくりめに訪れる。
「久しぶりだね、トマス先生。少し過ぎたが、誕生日おめでとう」
「おや、誕生日だったのかい? では俺からのこれもお祝いになるかな?」
シルヴィア・A・カペルと海神 江流が、そんな言葉と共に手にした菓子包みを置いていった。
「……ああ、なるほど。今日は差し入れが多いと思ったらそういう……」
「いえ、以前の事を皆さん覚えているからじゃないですかね?」
合点がいったと頷くトマスに、研究室付き事務手伝いとして振る舞うリサ・ベイカーが屈託なく笑う。以前、腹心達が居なくなった際に、部員をもてなす術もなくトマスが右往左往していたのは、もう一年ほど前のことだ。
「そっか。……何かすっごくお久し振りってカンジがするな~」
同じく、研究室付き事務手伝いのエルゼリオ・レイノーラが感慨深げに言う。僅か一年とはいえ、王国貴族となった彼自身にも、王国にも様々な出来事があった。立場は違えどララベル・サン・ディーベルも同じようだ。
「エルゼリオもそうなんだ。僕も何だか久しぶりだよ」
「いろいろあったもんね。学園の外での方が顔を合わせてたりして?」
クスリと可憐に笑う2人は、この部活に係わった当初から比べればずいぶん男らしさを増している。誰が見ても男性だと断言できるかと言えば、まだ異論もあるかもしれないが。
「ルカさんとラナさんも、もう学園には慣れたでしょうか?」
「私は、慣れた。……ました。兄も、大丈夫です」
給湯室では、コルネリウス・アーラがお茶を淹れるラナの手助けをしていた。身柄引き受けの間、手伝いたいとラナが希望したところ「ダンテ家の行儀見習いとしては、人前に出せる作法ではありません」とのシオンの判定により裏方行きとなったらしい。そういわれた彼女の不安を洞察し、おそらくそこが悪かったのかと姿勢の悪さを指摘すると、ラナはへにょりと眉を下げた。
「よく言われます。けど、普段の歩き方と違うから」
砂漠ではフードの陰になるよう顔を伏せると言われれば、確かに侍女の歩き方とは違う。
「そうですね……。本を頭に乗せて歩くと良いそうですが、その前の段階だと。私の家では、子どもの時に背中が曲がっていると、服の背中に棒を入れたりしていましたね」
「え、棒」
「はい。棒です」
貴族の家ではそうしないのかな、などとコルネリウスは首をかしげている。一人で大勢を育てねばならず、目も届かぬ状況とあれば色々と思いつくのだろう。一方、教室中央では何やら大物が出来上がっていた。
「ざっとこのようなものでございましょうか?」
「取りやすくなったと、思うわ」
鎮座するチョコレートファウンテンを前に、満足げに言うハリーヌ・ヨツユビへ、配置を手伝っていたルベア・ベルニが頷く。古参の冒険者であれば所持していることもある品物だが、実際に使用されている姿はなかなかの迫力だ。アレを持ち込んだのは誰であろうかと話題になれば狙い通り、気の利いたハリネズミとして皆の印象に残ることがハリーヌの狙いである。
(もうハリーヌさんのそういう所を知らない部員はいないと思うのだけど)
その貪欲さは自分には無い物で、ルベアにとっては少し眩しい。彼女も持参の菓子類を並べて、お茶の準備が調うのをまつ。今日はこの大物が存在するため、各々が好きな菓子を取りに向かうビュッフェ形式兼用となった。
●
「――久方振りだな。色々大変だったとは思うが、壮健そうで何よりだ」
「元気ではないがね。授恵者の体力が羨ましい」
ナハティガル=ラーから挨拶を受けたテオドールは、疲れの隠せぬ顔で苦笑を返す。
「……先生、学園に戻って来れたんですね。お疲れ様、です」
アンジェが淹れたハーブティに口をつけ、ほっと息をついたテオドールへ2人は、先の南海での事件の顛末を尋ねた。小耳に挟んだとおり、どうやらテオドールがディンドルフ侯爵を継ぐことになるらしい。
「兄からは領の経営が出来れば、名は要らない。命を取り合うよりは分担して協力しよう、などと言われてね……」
今は偉そうにあれこれ差配しているらしい。険悪だった南方辺境伯領との関係も改善しつつあると聞いて、アンジェは胸のつかえがひとつ下りたように感じた。武闘派のディンドルフとしてはカーティスの世代があれくらい戦えるなら、王都絡みの面倒を任せる代わりに家格が上と認めてやっても良い、という感じらしい。
「……ええと、その南方辺境伯さんのお姉さんは……、どうしているのでしょうか?」
「ご夫君亡き今、もう同盟へ戻る理由もないとのことでね。辺境伯が未婚でもあるため、生まれた子の後見に就いたようだ」
このままカーティスが独身であれば、跡継ぎはその子になるだろう。ウィリアム王子が片付いた今、あの辺りの年代の独身貴族にも年貢の納め時は近いのかもしれないが。
「お子さんも、お姉さんもお元気、なのですね」
「ああ。母親に似た男の子だと聞いているよ」
それを知らされる辺り、確かに両家の関係は良くなっているのだろう。アンジェはこくりと頷いて安堵の息を漏らした。
「……グレゴールはディンドルフ一族だったのだろう? 何故、魔術師の塔に幽閉される事になったんだ?」
ナハティガルの言葉に、テオドールは自分が知っていることは少ない、と前置きを置く。グレゴールは彼の祖父の弟に当たるそうで、処分を行ったのは曾祖父だ。余り語られる事も無い話で、テオドール自身も学園講師の職を得る際に始めて彼の存在を知ったのだという。
「跡継ぎ争いの最中に、あまり外聞の良くない死霊術の、それも特殊な才能が明るみに出た。兄弟が結託して彼を『忌まわしいもの』と扱い、居場所がなくなったところを塔へと追放したらしいよ」
「……そうか。後ろめたい手段を弄して復讐を恐れるのは、人間もゴブリンも変わらんな」
下手に市井に残し、余所の婿養子にでもなられれば厄介と考えたのだろう。確かに、あの男ならば身一つでも成り上がっただろうと、ナハティガルは納得した。
●
久しぶりの会合とあって、今日は質疑も捗りそうだ。最近の情勢に疎いと自覚しているララベルは、皆の話を聞けば分るかと、菓子も準備万端、笑顔で待機中である。
(卒業前にまた討論部に参加できて嬉しいです。書記の役割も、もう少しでお役御免でしょうか)
個人的な質問を除き皆のためになりそうな質疑を記録すべく、ゲルダ・クラインは筆を手に動かしていた。準備が一段落したリサも、隣のテーブルに2人分のカップを置いて会話に加わる。
「貴族派貴族が処罰された事で王国も少なからずダメージを負ったようですね。……それでも帝国に比べれば遥かにマシとは言えますけど」
「神の意向といえ、聖剣の一つが流出するとなると残る貴族も反発はするでしょうが、表だって何かを為せるほどではありません。そういった歪みを、メドゥの指先が利用しなければ良いのですが……」
ライゼンナクトの乱についてそう触れたヴィルヘルミナに、レティシア・レインフィールがトマスやテオドールの青白い顔色を伺う。処分を差配する官僚貴族のダンテ家は言うまでも無く多忙であり、乱と無関係なディンドルフ家であっても血縁関係があったかどうかや、商取引なども含めた領地の繋がりを洗い出し、必要であれば手を打たねばならない。
「ベリル様はまだ関わることはないのでしょうけれど」
「弟はさすがにな……。あと5つ年長だったなら、資料の整理くらいは手伝わされたかもしれないが」
トマスから、今は学園入学の準備に余念が無いと近況を聞いてレティシアは微笑む。彼が自分達の年になる頃には、世界はもう少し落ち着いているだろうか。
「なんだかこう…色々なことが変わっていくわね。……学園も、どうなるのかしら」
王国全体のことが、どう影響してくるかが気になっているとルベアは言う。平民の受け入れが更に延長される可能性があるのでは、と問われたトマスは考え込んだ。
「これ以上何事も無ければ、予定通り進むと思うが……」
「来月には通常授業も再開されるのでしょう? なるべく早く日常が戻るように、私もこの国のために出来ることはお手伝いしていきたいです」
悲観的な事を考えだすトマスに対し、コルネリウスは前向きであった。出来ることには限界もあり、それ以上に抱え込んで良い事は無い。優秀な戦士である彼女は、個人の限界も思い知っていた。
「そもそも中央集権化が進む、っていうけれど。このあとの王国はどんな国になっていくのかな」
話題を仕切り直したエルゼリオの問いは、漠然としているようで深い。新興貴族の子として勉学に励む彼以上に、政治への知見がある学生はそう多くはなく、つまり彼の疑問に答えうる者も限られる。
「貴族の力は、現在よりも削がれるんじゃないかな。ただ、すぐに帝国のような国になることはないだろうね。代官職を増やすにしても人選や配置で難儀しそうだ」
変革を起こすには人材が足りない。ジュスト・ヴェルジーは正しく問題を捉えていた。王国において『管理職』となれる教育と資格を持つのは貴族のみ。平民で置き換えることができる職分もあるが、大きな決断を下す力はない。それを許したとしても、社会が受け入れない。
「そういえば王家直轄の領地って、ずっと直轄のままなの?」
と、デリケートなところにルベアが踏み込んだ。『今回は』特に領地を広げられるような功績を上げた貴族はいないとのことだが、今後もそういった機会はあまりなさそうだ。だとしたら、いつそれらの領土が配分されるのか、それとも王家が握ったままなのか。
「王家に今回の領地を治めるメリットはない。いずれは配分されるだろうな」
領地がまとまっていればともかく、あちこちに飛び地ができるのは治める側としてもありがたくはないとトマスは説明する。代官を送るにしても、その人数が足りていない。ラマスを治めるダンテ家のように法衣貴族が一時預かりをするにもやはり限界があるのだ。
「というより、法衣貴族からも処罰が下った者がいただろう。政務等々の引継ぎは残っている法衣貴族で分担したり後任を支援する形で何とか回しているという認識で合っているのかな?」
教師とは言え相手は友人でもあり、当人からも外ならともかく部室ではその方が良いと言われ、ジュストはこれまで通りの口調で問う。
「ああ。内々の職務とはいえ、謹慎中の私が駆り出される程度にはダンテ家も多忙だ。余り嬉しい理由ではないが、恩赦が下る可能性もある」
もし恩赦となれば自分も就いたばかりの教職も辞めねばならない、とトマスが苦笑した。
「人材が不足とあれば、これから平民も官僚になり得るのでございましょうか? 例えばカナン様やシオン様が国の官僚となり、ダンテ家の影響力を強める……、のようなやり方も貴族社会に出始めるのでございましょうか?」
「いや、それは難しいだろうな。残念だが、現在の王国の制度であれば2人には私の補助しかできまい」
平民であるハリーヌの期待の籠もった視線に、トマスは首を振る。領地貴族と代官の関係同様、法衣貴族と平民官僚の間にも差がある。有り体に言えば、書類の末尾に書かれるサインの実効力に貴族と平民では厳然とした差がある身分社会が王国だ。重要ポストはたとえ実力があろうとも、貴族でなければ回せない。まして孤児院の出となれば、平民の中でも軽んじられる。
「そういう意味も含めて、王国ならば人材、……か。それならばゴールディのような新興国が発展していくために、必要なことは何だろうか」
「今のゴールディに必要なのは優れた個人よりも多くの民だろうな。国力の母体は何よりも人口だ。人材が不要という意味ではないが」
ゴールディ自体に余分な居住地は無いかもしれないが、帝国への移民許可はまだ続いている。ゴールディのゴブリン達が節度を保つ限り、しばらくは進出する土地に困ることは無いだろう。婚姻で支えられた王国との関係性も、帝国の復興を強力に後押しする筈だ。
「……話を聞いていると王国一強のように見えるが、実際の所はどうなんだ?」
「国という枠組みで考える限り、もはやそこは動きようがない」
ナハティガルの疑問に、トマスはそう答えた。
「そうですね。商業面でも王国は強いですよ。食を抑えているのが大きいです」
「はい。わたしもそう思います」
リサとゲルダという大商人の娘達から見てもそうなる。政治面でも経済面でも、王国という巨人を脅かす国家はもはや存在しない。王国をどうにかできるとすれば、相手は内側か、あるいは世界を変えうる強大な個による暴虐くらいだろう。
「一難去ってまた一難。最近はそればかりですから。魔海竜に竜喰らい、それが終わっても今度は征竜絡みでひと騒動ありそうですし」
トラブルというのは終わったと思っても出てくるものだと、ヴィルヘルミナは考える。とはいえ、帝国をめぐる大騒動はひとまず終焉に向かいつつあるのではなかろうか。
「王家の婚姻を言祝いだ神のお言葉からしても、これまでの事からしても。神々は地上へ介入されない意向ではないかと思います」
レティシアがそう言及した。ここ数年の情勢を眺めれば、神々の降臨相次ぐ割にせいぜいが菓子が流行ったり、庶民の流行が変わった程度だ。となれば警戒すべきは、メドゥの指先だが、悪い意味で自由人の彼らの有り様は、何があっても劇的に変わると言うことはあるまい。
「帝国騒乱が終わった後、パワーバランスが激変した大陸はどんな情勢となるのかな」
エルゼリオが問う。征竜やヨゼフ、イダとエフレムといった強大すぎる個は、現在のところ軒並み人類の敵だ。エフレムは個人の意思が定かで無い面もあるようだが、イダの配下という時点で側としてはあちらになる。彼らの問題が解決した後の情勢は、まだ見えない。
●
久しぶりに会う部員達との挨拶を終え、喉を潤していたトマスの元へローザリカ・L・ディオールが忍び寄る。一応自身の付き人を伴い、シオンに案内されてきたのでそういう意味で忍んでいるわけではない。相談の内容的に、婚約者に聞かれたら恥ずかしいという事のようだ。
「なるほど、そういう話題であればその様子も理解できる。いったい何事かと思った」
認知を迫る女性が現れ法的手段を相談したい、などと言われる可能性も考慮したのだが、と真顔でトマスが言う。ローザリカも想像したのかすんとした。どうやら彼の冗談のセンスは悪い。婚約者がケレス侯爵家の跡継ぎとなるにあたり、ローザリカは自身に求められるものが何であるのか、模索していたようだ。が、ディオールもヴェルジーも領地貴族であり、近い身内には法衣貴族の妻の在り様を聞く相手がおらず、藁にも縋る思いでやってきたらしい。
「家格が侯爵であれば、領地貴族以上に社交が必要になる。敵を作らず舐められず、味方を作るような立ち回りは必須だろうが……」
「……それは、僕にもっとも足りていない部分だな」
「ただでさえ社交界でケレス女侯爵の存在感は大きい。代替わりをすれば一時的に見劣りする事は避けられまい」
「それも理解はしている、つもりだが、他人からはっきり言われると厳しいな……」
容赦のない評価にローザリカの顔色も良くはない。とはいえ、課題が見えるのだから、助言も考えてはいるようだ。
「ケレス女侯爵の存在は比較されるという意味では厳しい相手だが、寄るべき大樹としては頼りがいがある。敵ではないのだ。うまく使うのも手だとは思う」
「最初から頼るのでは、相応しくないと思われないだろうか」
「使える手段を意図的に使うのと、頼るのは似て非なるものだ、と私は思う。頼りにするにせよ、いつどこでどのようにといった部分で正しく判断して依頼をするならば、少なくともケレス女侯爵の中でのローザリカ嬢の評価は落ちないだろう」
もちろん、他にも学ぶべきことはある、とトマスが続けるとローザリカは改めて聞く姿勢をとった。向き不向きでいえば向かないとしても、やすやすと譲るつもりはないのだ。
●
「久しぶり、2人とも最近どう?」
「お久しぶりです。私は相変わらずですね」
「今年はちゃんと卒業できる」
一通り質疑などを聞いてから、挨拶にやってきたララベルにシオンとカナンがそう応じた。暢気な話題に微笑が零れる。世界を飛び回り、大怪物と戦ったり異変を調査したりしていたララベルだけれども、戻ってくれば変わらぬ話題の場所があるのは心地よい。ララベル自身の海辺の宿ももちろんだが、学園もいつしか彼にとってそういった場所になっているのかもしれなかった。
「卒業……。もう、半年もないのですよね。あっという間ですが、進路を考える事が増えました」
聞こえてきた単語に、ゲルダが噛みしめるように呟く。今ここでは生徒として皆に接しているが、卒業すれば色々なことが変わるだろう。実家に帰って家業を継ぐ事を当たり前のように考えていたが、今では彼女自身へ誘いも来ている。そんな話を、親友のリサと交わしていた。
「わたしはどうしようかな。出来ることは、色々ありそうなんだけど」
リサがそのように言うのを聞いて、ゲルダは不意に寂しさを感じた。帝国の問題が終われば、停滞している様々なことが動き出す。環境も変わるし、立場も変わるだろう。冒険者を辞める者も居るはずで、当たり前のように話せていた友人とも、会うことすら難しくなるかもしれない。
(でも、だからこそ。今の時間を大切にしたい。冒険者として過ごした時間、築いた縁は、きっとなくならないから)
どんな未来を自分が、そして友人たちが選んだとしても。ゲルダは芯のある心持で学友達の姿と言葉を記憶に、そして記録にとどめていく。
「私はまだ学びたいこともたくさんありますから。卒業まではこの学園で学ぶつもりですが……」
コルネリウスも、将来の選択肢について考えねばならぬと覚悟を改める。帝都での決戦がこの場の面々の側の勝利で終わった後、超越者の中の超越者とも言うべき顔ぶれが去った後の大陸について、考えておくのは若者の義務とも言えよう。
「それに関しては、俺は大きく動く方だね。叔母のところへ養子入りの話が正式に決まるだろうから」
「そうだろうな。今からやめたなどと言われれば、取り消し作業で私の仕事が増える」
ジュストが疲れた顔でそう呟くと、貴族関係の賞罰に関わる官僚であるトマスが珍しく冗談を口にした。それほどにジュストの様子がおかしかったということでもある。
「それはまずい。顔色に出ているかな?」
「目つきと姿勢だな。私にも覚えがある」
授恵者ならではの方法で無理を重ねれば、心の疲労が溜まるものだ。
「ジュスト。私が言えた義理では無いが、自分のことはなかなか見えない。ひとつ助言するならば、君はもう少し周りの者に頼るべきだ。君には商業分野に強く裏切る心配も無い人材がついているのでは?」
とまで示せば、何を言いたいかは伝わった。結婚前から彼女に負担は掛けたくない、とプライドを見せるジュストに、気づけば周囲は心配するものだろう、とトマス自身を例に示す。そうまで言わせて気づけぬほどに、ジュストは機微に疎い男でもない。
「……これは一つ借り、かな」
「そういう巡り合わせなのだろう。気になるようなら前の私への貸しが返ってきたと思うと良い」
家の上下や利害の関係が無くそれなりに親しい、法衣貴族の子弟、と条件が揃っているのが彼の言う巡り合わせなのだろう。
(みんな、色々大変なんだなぁ……。これからか……)
ララベルが考え込む。自分としては、その先も冒険者を続けていきたいと考えているのだが、身分のある学生はそれに縛られざるを得ないのだろう。他にも話を聞いてみれば、彼のように個人の立場が強い学生もいる。
「ヴィルさんは、これからどうするんです? ええと、色々あると思います、けど」
部室の隅で、静かに自習を進めていたヴィルヘルミナへ、話しかけたリサの念頭に共通の知人が浮かんだ。いささか個人的なことになるかもと気づいて言葉を濁したが、彼女はその配慮にも気づいた様子で頷く。
「身の振り方……ですか、一応予定はなくはないですけど、情勢の流れ次第ですね」
ヴィルヘルミナはいろいろと考えを巡らせつつも、結果的にはそのような話になるようだ。王国の貴賓に個人としての繋がりはあれど、仕えるという関係ではなし。それこそ王国が滅びでもしたら攫って逃げる側になるやもしれない。他にも、自分自身の夢というものもある。
「そう、なりますよね。流れ次第か……、わたしもそうかな」
「そうなのですか?」
「何でも出来ると言えば良いけれど、何をしようか決めかねているとも言えますかね」
この何年かで、リサの何かを買ってくれたらしい人は幾人もいるし、どこにいっても歓迎はされるだろう。あるいは、親友も考えていたように実家に帰るというのも選択肢ではある。このまま冒険者として飛び回っているのも、つまらないというわけではない。
「良いのではないでしょうか。まだ全てが終わった訳ではありませんし。そもそも自分の事で言うなら一つとして終わったと思えた事もありません」
全てが終わって世の中が平和になれば、またドワーフ王を決める競いあいも行われるだろうか。目指す先には、ただ技術を伸ばしても及ばぬ高みにいるだろう友人の姿がある。しかし、世の中には彼女ですら及ばぬ相手もいるらしいのだから、鍛冶の道は奥深い。人生を賭けうるものを二つも見つけられたのだから、ヴィルヘルミナにはここで終わるつもりはない。
「……未来……。皆、行くところがあるんですよね」
「残念ながら、ワタクシに仕官のお声は掛かっておりませんのでございますよ」
アンジェが羨まし気に呟くと、チョコをよそったハリーヌが嘆息する。能力も個性も光るものがあるにせよ、二足歩行のハリネズミが領主になったり隊長になったりできるほど王国は進んでいないようだ。実力主義を掲げる帝国であっても茨の道ではあろう。
「まったく、ハーフビーストに厳しい世の中でございますよ」
「……まぁ、私個人の話をすれば別に貴族でもないし、卒業したらやりたいことも大体決まってるから……」
お子様用椅子でヒューマン用のテーブルにつきながらハリーヌがぼやくと、ルベアがどこか申し訳なさそうに言う。ハーフビーストである事とは別に、ハーフリング並の低身長まで兼ね備えたハリーヌには二重に生きづらい世の中である。
「アンジェは……。しばらくは、このまま、学園と冒険者、だろうけど……」
「そう。以前のように普通に学園で講義が受けられるようになるのが一番良いんだけど」
行く先については白紙だ、と言外に語るアンジェに、ルベアはとりあえずそう答える。
「確かに。学園に通って冒険者としても活躍していれば、いずれお声がかかるのは間違いないことでございましょう」
ハリーヌが自信満々にそういえば、そうなるような気もしてくるから不思議だ。授恵者で、学園を卒業する程度の教養や学識があれば、放っておかれる筈がないのも事実。彼女たちの周囲が静かなのも今だけかもしれない。
●
メインの議論場に軽く顔を出したシルヴィアと江流は、リヴァマス老のテーブルについていた。
「婚約者の話にほぼ内定が出たんです」
「ほう。それはめでたいではないか」
婚約者本人と共に、父とも会ってきたという。父の肩書きが前領主とあり、婚約者が領主の業務を担うあたり、ラマスの領主権に劣らぬややこしい事態があったに違いあるまいが、リヴァマス老はそこには触れなかった。
「短い間とはいえ、自分とてラマスのために考え得る事をしてきたつもりです。今後に連なる提案も進めたく思っていますが、貴族派領主の婚約者とラマス領主の養子は両立し得るでしょうか」
「むしろ、その為に後に引けぬのではあるまいかのう? 平民でも良いとそのお嬢さんや家族が納得したとしても、周囲がそうとは限らぬ。勲章を頂いて居ることは聞いておるが、結婚前に為した実績は多い方が良かろう?」
養子が幾ら居ろうとも、領主の椅子は一つ。スペア等という考えもあるくらいだから、途中で後を継ぐ権利を放棄する分に文句を言われることはあるまい。領民から何故去るのだと文句を言われるほどに好かれるのであれば望むところだ、と老人は言う。
「それに、我輩は貴族社会から逃げるでなく手立てを尽くして戦おうとした君を気に入って居る。そのつもりで渡した物はせいぜい利用して貰わねば、寂しいではないか」
「……ありがとうございます」
若者の多い冒険者の中では年長者の江流も、老人から見れば他の生徒同様に見守るべき子なのだろう。謝意を告げ、気を取り直して冒険者ギルドとラマスの連携についてを提案する。
「ラマス領内の冒険者の心証はそこまで悪くはないと感じました。ギルドをうまく活用できれば、人材を欲する婚約者の領と冒険者の雇用を確保できるラマスの双方に利点があると思います」
「正規の支部を誘致するのは難しいとは思うけれど、どこかの飲食店に受付を置くくらいならば、学園での部活動の流れを応用すれば結婚の前に出来るかもしれないよ」
双方の事情を知るシルヴィアが落とし所をそう告げる。政治的に言えば、冒険者ギルドは国家と異なる理屈で動く組織だ。領主が全ての権限を持つ王国貴族領に、支部という異物を持ち込むのはハードルが高い。ギルドにとってもラマス郊外の資源の魅力はそこまで高くはなく、彼女の見積もりは妥当だった。
「ふむ。で、君の用件は何であろうか?」
「学園在学中、私はある施策を生徒会役員として提起しました。兄姉制度という物です。これについて、ご意見を窺えればと」
平民学生を信頼できる先輩へ橋渡しする制度の必要性は、以前より増しているとシルヴィアは考えている。老人へ、概要とこれまでの流れを説明する言葉にも力が入った。
「学園全てへ実施するのは無理にせよ、多文化クラスに限定したらと考えてはみたのですが……」
「ううむ。それも難しかろうな」
多文化クラスには既に通っている生徒や教員がおり、その制度を推した貴族もいる。後から兄姉制度を組み込もうとすれば、要らぬ軋轢が生じよう。誰もが賛同する制度ではないと、シルヴィア自身も理解はしていた。リヴァマス老が内務に強いトマスを呼び寄せ、四人で悩む。
「既存の物が駄目なら、新たに作ればよいのでは?」
「それだ」
江流の言葉に、シルヴィアがパチリと指を鳴らす。カペル侯爵家としてならば、道筋はあるだろうとトマスが続けた。
「先日、この部活でも話題にしたが。平民の受け入れに伴い、服飾や住居などに課題が出ている。その施設を作るということならば参入の問題は無いだろう。カペルに賛同できぬ貴族も、同じような物を作れば良い」
何かを新たに作るとしても、兄や姉側となる在校生探しや共同出資家の確保など、課題は山積みである。が、方針としては不可ではあるまい。現在のシルヴィアがカペル侯爵家を差配する立場では無い事を踏まえれば、まずは実家の説得からになるだろうか。
「当家も、出資者に名を連ねるだけであれば手はある。私も当主ではないので話半分に聞いて貰わねばならないがね」
「ダンテ家は中立では無いのか?」
「似たような別口の話にも同額を出資すれば良い。まあ、両方から睨まれる事もあるので、お勧めはしないが」
「酷い裏口だな。普通の家ならば、寄親へ断る事は必須だろうね」
そのような話をしていると、貴族家子弟の他の生徒達も話に加わりだした。あるいは次の世代は、派閥ではなく友人関係からなる連なりが力を持つのかもしれないと、老人は思う。
(その先を見れるのであれば、もう少し長生きしても良いかもしれぬのう)
などと考えつつ、席を立ったリヴァマスを、待っていたらしいレティシアが呼び止めた。
「グレゴール様の、その後についてをお伝えしに来ました」
「ふむ。死んだとは聞いておるよ」
諦観と自責と義務感から、彼女の知る限りの彼の行動と最期についてを言葉にする。老人は口を挟むことなく、時折相槌を打ちながら最後まで聞き終えた。
「……謝罪は貴族として許されないので出来ません、ね」
もし許されてしまえば、楽になってしまうのではないか、とレティシアは思う。あるいは許されてなお罪の意識を持ち続ける方が心が軋むかもしれない。どちらにせよ、彼女はきっと『より辛い方』を望むのだろう。老人は困ったような顔をした。
「あやつと、吾輩は、満足する死についてよく話題としたものだ。グレゴール・ディンドルフは満足して往ったのではないのかね」
「どうでしょうか」
レティシアを気遣っているわけではないと、老人は言う。未来を閉ざされ何も見えぬ中、彼が最後に好きなように生きて死んだのなら、それは羨ましいことでもあるのだ、と。
「王国貴族としては許されんことじゃがも、吾輩は友人として礼を言うとしよう。その言葉を受け取るも受け取らぬも、何かを考えるも打ち捨てるも君の自由じゃよ」
「……はい」
グレゴールの死に様を羨ましげに、善きものであるように言われてしまえば、自分が定めた覚悟も揺らぐ。闇を生きる身に、救いなど無い方が良いのに。生まれた戸惑いを直視できず、彼女は目を伏せた。
政治討論部の会合は場所だけ確保してあとは自由集合のようなもので、おのおの他の都合にあわせて集まってくるスタイルだ。準備に関わる者以外は、気を遣ってゆっくりめに訪れる。
「久しぶりだね、トマス先生。少し過ぎたが、誕生日おめでとう」
「おや、誕生日だったのかい? では俺からのこれもお祝いになるかな?」
シルヴィア・A・カペルと海神 江流が、そんな言葉と共に手にした菓子包みを置いていった。
「……ああ、なるほど。今日は差し入れが多いと思ったらそういう……」
「いえ、以前の事を皆さん覚えているからじゃないですかね?」
合点がいったと頷くトマスに、研究室付き事務手伝いとして振る舞うリサ・ベイカーが屈託なく笑う。以前、腹心達が居なくなった際に、部員をもてなす術もなくトマスが右往左往していたのは、もう一年ほど前のことだ。
「そっか。……何かすっごくお久し振りってカンジがするな~」
同じく、研究室付き事務手伝いのエルゼリオ・レイノーラが感慨深げに言う。僅か一年とはいえ、王国貴族となった彼自身にも、王国にも様々な出来事があった。立場は違えどララベル・サン・ディーベルも同じようだ。
「エルゼリオもそうなんだ。僕も何だか久しぶりだよ」
「いろいろあったもんね。学園の外での方が顔を合わせてたりして?」
クスリと可憐に笑う2人は、この部活に係わった当初から比べればずいぶん男らしさを増している。誰が見ても男性だと断言できるかと言えば、まだ異論もあるかもしれないが。
「ルカさんとラナさんも、もう学園には慣れたでしょうか?」
「私は、慣れた。……ました。兄も、大丈夫です」
給湯室では、コルネリウス・アーラがお茶を淹れるラナの手助けをしていた。身柄引き受けの間、手伝いたいとラナが希望したところ「ダンテ家の行儀見習いとしては、人前に出せる作法ではありません」とのシオンの判定により裏方行きとなったらしい。そういわれた彼女の不安を洞察し、おそらくそこが悪かったのかと姿勢の悪さを指摘すると、ラナはへにょりと眉を下げた。
「よく言われます。けど、普段の歩き方と違うから」
砂漠ではフードの陰になるよう顔を伏せると言われれば、確かに侍女の歩き方とは違う。
「そうですね……。本を頭に乗せて歩くと良いそうですが、その前の段階だと。私の家では、子どもの時に背中が曲がっていると、服の背中に棒を入れたりしていましたね」
「え、棒」
「はい。棒です」
貴族の家ではそうしないのかな、などとコルネリウスは首をかしげている。一人で大勢を育てねばならず、目も届かぬ状況とあれば色々と思いつくのだろう。一方、教室中央では何やら大物が出来上がっていた。
「ざっとこのようなものでございましょうか?」
「取りやすくなったと、思うわ」
鎮座するチョコレートファウンテンを前に、満足げに言うハリーヌ・ヨツユビへ、配置を手伝っていたルベア・ベルニが頷く。古参の冒険者であれば所持していることもある品物だが、実際に使用されている姿はなかなかの迫力だ。アレを持ち込んだのは誰であろうかと話題になれば狙い通り、気の利いたハリネズミとして皆の印象に残ることがハリーヌの狙いである。
(もうハリーヌさんのそういう所を知らない部員はいないと思うのだけど)
その貪欲さは自分には無い物で、ルベアにとっては少し眩しい。彼女も持参の菓子類を並べて、お茶の準備が調うのをまつ。今日はこの大物が存在するため、各々が好きな菓子を取りに向かうビュッフェ形式兼用となった。
●
「――久方振りだな。色々大変だったとは思うが、壮健そうで何よりだ」
「元気ではないがね。授恵者の体力が羨ましい」
ナハティガル=ラーから挨拶を受けたテオドールは、疲れの隠せぬ顔で苦笑を返す。
「……先生、学園に戻って来れたんですね。お疲れ様、です」
アンジェが淹れたハーブティに口をつけ、ほっと息をついたテオドールへ2人は、先の南海での事件の顛末を尋ねた。小耳に挟んだとおり、どうやらテオドールがディンドルフ侯爵を継ぐことになるらしい。
「兄からは領の経営が出来れば、名は要らない。命を取り合うよりは分担して協力しよう、などと言われてね……」
今は偉そうにあれこれ差配しているらしい。険悪だった南方辺境伯領との関係も改善しつつあると聞いて、アンジェは胸のつかえがひとつ下りたように感じた。武闘派のディンドルフとしてはカーティスの世代があれくらい戦えるなら、王都絡みの面倒を任せる代わりに家格が上と認めてやっても良い、という感じらしい。
「……ええと、その南方辺境伯さんのお姉さんは……、どうしているのでしょうか?」
「ご夫君亡き今、もう同盟へ戻る理由もないとのことでね。辺境伯が未婚でもあるため、生まれた子の後見に就いたようだ」
このままカーティスが独身であれば、跡継ぎはその子になるだろう。ウィリアム王子が片付いた今、あの辺りの年代の独身貴族にも年貢の納め時は近いのかもしれないが。
「お子さんも、お姉さんもお元気、なのですね」
「ああ。母親に似た男の子だと聞いているよ」
それを知らされる辺り、確かに両家の関係は良くなっているのだろう。アンジェはこくりと頷いて安堵の息を漏らした。
「……グレゴールはディンドルフ一族だったのだろう? 何故、魔術師の塔に幽閉される事になったんだ?」
ナハティガルの言葉に、テオドールは自分が知っていることは少ない、と前置きを置く。グレゴールは彼の祖父の弟に当たるそうで、処分を行ったのは曾祖父だ。余り語られる事も無い話で、テオドール自身も学園講師の職を得る際に始めて彼の存在を知ったのだという。
「跡継ぎ争いの最中に、あまり外聞の良くない死霊術の、それも特殊な才能が明るみに出た。兄弟が結託して彼を『忌まわしいもの』と扱い、居場所がなくなったところを塔へと追放したらしいよ」
「……そうか。後ろめたい手段を弄して復讐を恐れるのは、人間もゴブリンも変わらんな」
下手に市井に残し、余所の婿養子にでもなられれば厄介と考えたのだろう。確かに、あの男ならば身一つでも成り上がっただろうと、ナハティガルは納得した。
●
久しぶりの会合とあって、今日は質疑も捗りそうだ。最近の情勢に疎いと自覚しているララベルは、皆の話を聞けば分るかと、菓子も準備万端、笑顔で待機中である。
(卒業前にまた討論部に参加できて嬉しいです。書記の役割も、もう少しでお役御免でしょうか)
個人的な質問を除き皆のためになりそうな質疑を記録すべく、ゲルダ・クラインは筆を手に動かしていた。準備が一段落したリサも、隣のテーブルに2人分のカップを置いて会話に加わる。
「貴族派貴族が処罰された事で王国も少なからずダメージを負ったようですね。……それでも帝国に比べれば遥かにマシとは言えますけど」
「神の意向といえ、聖剣の一つが流出するとなると残る貴族も反発はするでしょうが、表だって何かを為せるほどではありません。そういった歪みを、メドゥの指先が利用しなければ良いのですが……」
ライゼンナクトの乱についてそう触れたヴィルヘルミナに、レティシア・レインフィールがトマスやテオドールの青白い顔色を伺う。処分を差配する官僚貴族のダンテ家は言うまでも無く多忙であり、乱と無関係なディンドルフ家であっても血縁関係があったかどうかや、商取引なども含めた領地の繋がりを洗い出し、必要であれば手を打たねばならない。
「ベリル様はまだ関わることはないのでしょうけれど」
「弟はさすがにな……。あと5つ年長だったなら、資料の整理くらいは手伝わされたかもしれないが」
トマスから、今は学園入学の準備に余念が無いと近況を聞いてレティシアは微笑む。彼が自分達の年になる頃には、世界はもう少し落ち着いているだろうか。
「なんだかこう…色々なことが変わっていくわね。……学園も、どうなるのかしら」
王国全体のことが、どう影響してくるかが気になっているとルベアは言う。平民の受け入れが更に延長される可能性があるのでは、と問われたトマスは考え込んだ。
「これ以上何事も無ければ、予定通り進むと思うが……」
「来月には通常授業も再開されるのでしょう? なるべく早く日常が戻るように、私もこの国のために出来ることはお手伝いしていきたいです」
悲観的な事を考えだすトマスに対し、コルネリウスは前向きであった。出来ることには限界もあり、それ以上に抱え込んで良い事は無い。優秀な戦士である彼女は、個人の限界も思い知っていた。
「そもそも中央集権化が進む、っていうけれど。このあとの王国はどんな国になっていくのかな」
話題を仕切り直したエルゼリオの問いは、漠然としているようで深い。新興貴族の子として勉学に励む彼以上に、政治への知見がある学生はそう多くはなく、つまり彼の疑問に答えうる者も限られる。
「貴族の力は、現在よりも削がれるんじゃないかな。ただ、すぐに帝国のような国になることはないだろうね。代官職を増やすにしても人選や配置で難儀しそうだ」
変革を起こすには人材が足りない。ジュスト・ヴェルジーは正しく問題を捉えていた。王国において『管理職』となれる教育と資格を持つのは貴族のみ。平民で置き換えることができる職分もあるが、大きな決断を下す力はない。それを許したとしても、社会が受け入れない。
「そういえば王家直轄の領地って、ずっと直轄のままなの?」
と、デリケートなところにルベアが踏み込んだ。『今回は』特に領地を広げられるような功績を上げた貴族はいないとのことだが、今後もそういった機会はあまりなさそうだ。だとしたら、いつそれらの領土が配分されるのか、それとも王家が握ったままなのか。
「王家に今回の領地を治めるメリットはない。いずれは配分されるだろうな」
領地がまとまっていればともかく、あちこちに飛び地ができるのは治める側としてもありがたくはないとトマスは説明する。代官を送るにしても、その人数が足りていない。ラマスを治めるダンテ家のように法衣貴族が一時預かりをするにもやはり限界があるのだ。
「というより、法衣貴族からも処罰が下った者がいただろう。政務等々の引継ぎは残っている法衣貴族で分担したり後任を支援する形で何とか回しているという認識で合っているのかな?」
教師とは言え相手は友人でもあり、当人からも外ならともかく部室ではその方が良いと言われ、ジュストはこれまで通りの口調で問う。
「ああ。内々の職務とはいえ、謹慎中の私が駆り出される程度にはダンテ家も多忙だ。余り嬉しい理由ではないが、恩赦が下る可能性もある」
もし恩赦となれば自分も就いたばかりの教職も辞めねばならない、とトマスが苦笑した。
「人材が不足とあれば、これから平民も官僚になり得るのでございましょうか? 例えばカナン様やシオン様が国の官僚となり、ダンテ家の影響力を強める……、のようなやり方も貴族社会に出始めるのでございましょうか?」
「いや、それは難しいだろうな。残念だが、現在の王国の制度であれば2人には私の補助しかできまい」
平民であるハリーヌの期待の籠もった視線に、トマスは首を振る。領地貴族と代官の関係同様、法衣貴族と平民官僚の間にも差がある。有り体に言えば、書類の末尾に書かれるサインの実効力に貴族と平民では厳然とした差がある身分社会が王国だ。重要ポストはたとえ実力があろうとも、貴族でなければ回せない。まして孤児院の出となれば、平民の中でも軽んじられる。
「そういう意味も含めて、王国ならば人材、……か。それならばゴールディのような新興国が発展していくために、必要なことは何だろうか」
「今のゴールディに必要なのは優れた個人よりも多くの民だろうな。国力の母体は何よりも人口だ。人材が不要という意味ではないが」
ゴールディ自体に余分な居住地は無いかもしれないが、帝国への移民許可はまだ続いている。ゴールディのゴブリン達が節度を保つ限り、しばらくは進出する土地に困ることは無いだろう。婚姻で支えられた王国との関係性も、帝国の復興を強力に後押しする筈だ。
「……話を聞いていると王国一強のように見えるが、実際の所はどうなんだ?」
「国という枠組みで考える限り、もはやそこは動きようがない」
ナハティガルの疑問に、トマスはそう答えた。
「そうですね。商業面でも王国は強いですよ。食を抑えているのが大きいです」
「はい。わたしもそう思います」
リサとゲルダという大商人の娘達から見てもそうなる。政治面でも経済面でも、王国という巨人を脅かす国家はもはや存在しない。王国をどうにかできるとすれば、相手は内側か、あるいは世界を変えうる強大な個による暴虐くらいだろう。
「一難去ってまた一難。最近はそればかりですから。魔海竜に竜喰らい、それが終わっても今度は征竜絡みでひと騒動ありそうですし」
トラブルというのは終わったと思っても出てくるものだと、ヴィルヘルミナは考える。とはいえ、帝国をめぐる大騒動はひとまず終焉に向かいつつあるのではなかろうか。
「王家の婚姻を言祝いだ神のお言葉からしても、これまでの事からしても。神々は地上へ介入されない意向ではないかと思います」
レティシアがそう言及した。ここ数年の情勢を眺めれば、神々の降臨相次ぐ割にせいぜいが菓子が流行ったり、庶民の流行が変わった程度だ。となれば警戒すべきは、メドゥの指先だが、悪い意味で自由人の彼らの有り様は、何があっても劇的に変わると言うことはあるまい。
「帝国騒乱が終わった後、パワーバランスが激変した大陸はどんな情勢となるのかな」
エルゼリオが問う。征竜やヨゼフ、イダとエフレムといった強大すぎる個は、現在のところ軒並み人類の敵だ。エフレムは個人の意思が定かで無い面もあるようだが、イダの配下という時点で側としてはあちらになる。彼らの問題が解決した後の情勢は、まだ見えない。
●
久しぶりに会う部員達との挨拶を終え、喉を潤していたトマスの元へローザリカ・L・ディオールが忍び寄る。一応自身の付き人を伴い、シオンに案内されてきたのでそういう意味で忍んでいるわけではない。相談の内容的に、婚約者に聞かれたら恥ずかしいという事のようだ。
「なるほど、そういう話題であればその様子も理解できる。いったい何事かと思った」
認知を迫る女性が現れ法的手段を相談したい、などと言われる可能性も考慮したのだが、と真顔でトマスが言う。ローザリカも想像したのかすんとした。どうやら彼の冗談のセンスは悪い。婚約者がケレス侯爵家の跡継ぎとなるにあたり、ローザリカは自身に求められるものが何であるのか、模索していたようだ。が、ディオールもヴェルジーも領地貴族であり、近い身内には法衣貴族の妻の在り様を聞く相手がおらず、藁にも縋る思いでやってきたらしい。
「家格が侯爵であれば、領地貴族以上に社交が必要になる。敵を作らず舐められず、味方を作るような立ち回りは必須だろうが……」
「……それは、僕にもっとも足りていない部分だな」
「ただでさえ社交界でケレス女侯爵の存在感は大きい。代替わりをすれば一時的に見劣りする事は避けられまい」
「それも理解はしている、つもりだが、他人からはっきり言われると厳しいな……」
容赦のない評価にローザリカの顔色も良くはない。とはいえ、課題が見えるのだから、助言も考えてはいるようだ。
「ケレス女侯爵の存在は比較されるという意味では厳しい相手だが、寄るべき大樹としては頼りがいがある。敵ではないのだ。うまく使うのも手だとは思う」
「最初から頼るのでは、相応しくないと思われないだろうか」
「使える手段を意図的に使うのと、頼るのは似て非なるものだ、と私は思う。頼りにするにせよ、いつどこでどのようにといった部分で正しく判断して依頼をするならば、少なくともケレス女侯爵の中でのローザリカ嬢の評価は落ちないだろう」
もちろん、他にも学ぶべきことはある、とトマスが続けるとローザリカは改めて聞く姿勢をとった。向き不向きでいえば向かないとしても、やすやすと譲るつもりはないのだ。
●
「久しぶり、2人とも最近どう?」
「お久しぶりです。私は相変わらずですね」
「今年はちゃんと卒業できる」
一通り質疑などを聞いてから、挨拶にやってきたララベルにシオンとカナンがそう応じた。暢気な話題に微笑が零れる。世界を飛び回り、大怪物と戦ったり異変を調査したりしていたララベルだけれども、戻ってくれば変わらぬ話題の場所があるのは心地よい。ララベル自身の海辺の宿ももちろんだが、学園もいつしか彼にとってそういった場所になっているのかもしれなかった。
「卒業……。もう、半年もないのですよね。あっという間ですが、進路を考える事が増えました」
聞こえてきた単語に、ゲルダが噛みしめるように呟く。今ここでは生徒として皆に接しているが、卒業すれば色々なことが変わるだろう。実家に帰って家業を継ぐ事を当たり前のように考えていたが、今では彼女自身へ誘いも来ている。そんな話を、親友のリサと交わしていた。
「わたしはどうしようかな。出来ることは、色々ありそうなんだけど」
リサがそのように言うのを聞いて、ゲルダは不意に寂しさを感じた。帝国の問題が終われば、停滞している様々なことが動き出す。環境も変わるし、立場も変わるだろう。冒険者を辞める者も居るはずで、当たり前のように話せていた友人とも、会うことすら難しくなるかもしれない。
(でも、だからこそ。今の時間を大切にしたい。冒険者として過ごした時間、築いた縁は、きっとなくならないから)
どんな未来を自分が、そして友人たちが選んだとしても。ゲルダは芯のある心持で学友達の姿と言葉を記憶に、そして記録にとどめていく。
「私はまだ学びたいこともたくさんありますから。卒業まではこの学園で学ぶつもりですが……」
コルネリウスも、将来の選択肢について考えねばならぬと覚悟を改める。帝都での決戦がこの場の面々の側の勝利で終わった後、超越者の中の超越者とも言うべき顔ぶれが去った後の大陸について、考えておくのは若者の義務とも言えよう。
「それに関しては、俺は大きく動く方だね。叔母のところへ養子入りの話が正式に決まるだろうから」
「そうだろうな。今からやめたなどと言われれば、取り消し作業で私の仕事が増える」
ジュストが疲れた顔でそう呟くと、貴族関係の賞罰に関わる官僚であるトマスが珍しく冗談を口にした。それほどにジュストの様子がおかしかったということでもある。
「それはまずい。顔色に出ているかな?」
「目つきと姿勢だな。私にも覚えがある」
授恵者ならではの方法で無理を重ねれば、心の疲労が溜まるものだ。
「ジュスト。私が言えた義理では無いが、自分のことはなかなか見えない。ひとつ助言するならば、君はもう少し周りの者に頼るべきだ。君には商業分野に強く裏切る心配も無い人材がついているのでは?」
とまで示せば、何を言いたいかは伝わった。結婚前から彼女に負担は掛けたくない、とプライドを見せるジュストに、気づけば周囲は心配するものだろう、とトマス自身を例に示す。そうまで言わせて気づけぬほどに、ジュストは機微に疎い男でもない。
「……これは一つ借り、かな」
「そういう巡り合わせなのだろう。気になるようなら前の私への貸しが返ってきたと思うと良い」
家の上下や利害の関係が無くそれなりに親しい、法衣貴族の子弟、と条件が揃っているのが彼の言う巡り合わせなのだろう。
(みんな、色々大変なんだなぁ……。これからか……)
ララベルが考え込む。自分としては、その先も冒険者を続けていきたいと考えているのだが、身分のある学生はそれに縛られざるを得ないのだろう。他にも話を聞いてみれば、彼のように個人の立場が強い学生もいる。
「ヴィルさんは、これからどうするんです? ええと、色々あると思います、けど」
部室の隅で、静かに自習を進めていたヴィルヘルミナへ、話しかけたリサの念頭に共通の知人が浮かんだ。いささか個人的なことになるかもと気づいて言葉を濁したが、彼女はその配慮にも気づいた様子で頷く。
「身の振り方……ですか、一応予定はなくはないですけど、情勢の流れ次第ですね」
ヴィルヘルミナはいろいろと考えを巡らせつつも、結果的にはそのような話になるようだ。王国の貴賓に個人としての繋がりはあれど、仕えるという関係ではなし。それこそ王国が滅びでもしたら攫って逃げる側になるやもしれない。他にも、自分自身の夢というものもある。
「そう、なりますよね。流れ次第か……、わたしもそうかな」
「そうなのですか?」
「何でも出来ると言えば良いけれど、何をしようか決めかねているとも言えますかね」
この何年かで、リサの何かを買ってくれたらしい人は幾人もいるし、どこにいっても歓迎はされるだろう。あるいは、親友も考えていたように実家に帰るというのも選択肢ではある。このまま冒険者として飛び回っているのも、つまらないというわけではない。
「良いのではないでしょうか。まだ全てが終わった訳ではありませんし。そもそも自分の事で言うなら一つとして終わったと思えた事もありません」
全てが終わって世の中が平和になれば、またドワーフ王を決める競いあいも行われるだろうか。目指す先には、ただ技術を伸ばしても及ばぬ高みにいるだろう友人の姿がある。しかし、世の中には彼女ですら及ばぬ相手もいるらしいのだから、鍛冶の道は奥深い。人生を賭けうるものを二つも見つけられたのだから、ヴィルヘルミナにはここで終わるつもりはない。
「……未来……。皆、行くところがあるんですよね」
「残念ながら、ワタクシに仕官のお声は掛かっておりませんのでございますよ」
アンジェが羨まし気に呟くと、チョコをよそったハリーヌが嘆息する。能力も個性も光るものがあるにせよ、二足歩行のハリネズミが領主になったり隊長になったりできるほど王国は進んでいないようだ。実力主義を掲げる帝国であっても茨の道ではあろう。
「まったく、ハーフビーストに厳しい世の中でございますよ」
「……まぁ、私個人の話をすれば別に貴族でもないし、卒業したらやりたいことも大体決まってるから……」
お子様用椅子でヒューマン用のテーブルにつきながらハリーヌがぼやくと、ルベアがどこか申し訳なさそうに言う。ハーフビーストである事とは別に、ハーフリング並の低身長まで兼ね備えたハリーヌには二重に生きづらい世の中である。
「アンジェは……。しばらくは、このまま、学園と冒険者、だろうけど……」
「そう。以前のように普通に学園で講義が受けられるようになるのが一番良いんだけど」
行く先については白紙だ、と言外に語るアンジェに、ルベアはとりあえずそう答える。
「確かに。学園に通って冒険者としても活躍していれば、いずれお声がかかるのは間違いないことでございましょう」
ハリーヌが自信満々にそういえば、そうなるような気もしてくるから不思議だ。授恵者で、学園を卒業する程度の教養や学識があれば、放っておかれる筈がないのも事実。彼女たちの周囲が静かなのも今だけかもしれない。
●
メインの議論場に軽く顔を出したシルヴィアと江流は、リヴァマス老のテーブルについていた。
「婚約者の話にほぼ内定が出たんです」
「ほう。それはめでたいではないか」
婚約者本人と共に、父とも会ってきたという。父の肩書きが前領主とあり、婚約者が領主の業務を担うあたり、ラマスの領主権に劣らぬややこしい事態があったに違いあるまいが、リヴァマス老はそこには触れなかった。
「短い間とはいえ、自分とてラマスのために考え得る事をしてきたつもりです。今後に連なる提案も進めたく思っていますが、貴族派領主の婚約者とラマス領主の養子は両立し得るでしょうか」
「むしろ、その為に後に引けぬのではあるまいかのう? 平民でも良いとそのお嬢さんや家族が納得したとしても、周囲がそうとは限らぬ。勲章を頂いて居ることは聞いておるが、結婚前に為した実績は多い方が良かろう?」
養子が幾ら居ろうとも、領主の椅子は一つ。スペア等という考えもあるくらいだから、途中で後を継ぐ権利を放棄する分に文句を言われることはあるまい。領民から何故去るのだと文句を言われるほどに好かれるのであれば望むところだ、と老人は言う。
「それに、我輩は貴族社会から逃げるでなく手立てを尽くして戦おうとした君を気に入って居る。そのつもりで渡した物はせいぜい利用して貰わねば、寂しいではないか」
「……ありがとうございます」
若者の多い冒険者の中では年長者の江流も、老人から見れば他の生徒同様に見守るべき子なのだろう。謝意を告げ、気を取り直して冒険者ギルドとラマスの連携についてを提案する。
「ラマス領内の冒険者の心証はそこまで悪くはないと感じました。ギルドをうまく活用できれば、人材を欲する婚約者の領と冒険者の雇用を確保できるラマスの双方に利点があると思います」
「正規の支部を誘致するのは難しいとは思うけれど、どこかの飲食店に受付を置くくらいならば、学園での部活動の流れを応用すれば結婚の前に出来るかもしれないよ」
双方の事情を知るシルヴィアが落とし所をそう告げる。政治的に言えば、冒険者ギルドは国家と異なる理屈で動く組織だ。領主が全ての権限を持つ王国貴族領に、支部という異物を持ち込むのはハードルが高い。ギルドにとってもラマス郊外の資源の魅力はそこまで高くはなく、彼女の見積もりは妥当だった。
「ふむ。で、君の用件は何であろうか?」
「学園在学中、私はある施策を生徒会役員として提起しました。兄姉制度という物です。これについて、ご意見を窺えればと」
平民学生を信頼できる先輩へ橋渡しする制度の必要性は、以前より増しているとシルヴィアは考えている。老人へ、概要とこれまでの流れを説明する言葉にも力が入った。
「学園全てへ実施するのは無理にせよ、多文化クラスに限定したらと考えてはみたのですが……」
「ううむ。それも難しかろうな」
多文化クラスには既に通っている生徒や教員がおり、その制度を推した貴族もいる。後から兄姉制度を組み込もうとすれば、要らぬ軋轢が生じよう。誰もが賛同する制度ではないと、シルヴィア自身も理解はしていた。リヴァマス老が内務に強いトマスを呼び寄せ、四人で悩む。
「既存の物が駄目なら、新たに作ればよいのでは?」
「それだ」
江流の言葉に、シルヴィアがパチリと指を鳴らす。カペル侯爵家としてならば、道筋はあるだろうとトマスが続けた。
「先日、この部活でも話題にしたが。平民の受け入れに伴い、服飾や住居などに課題が出ている。その施設を作るということならば参入の問題は無いだろう。カペルに賛同できぬ貴族も、同じような物を作れば良い」
何かを新たに作るとしても、兄や姉側となる在校生探しや共同出資家の確保など、課題は山積みである。が、方針としては不可ではあるまい。現在のシルヴィアがカペル侯爵家を差配する立場では無い事を踏まえれば、まずは実家の説得からになるだろうか。
「当家も、出資者に名を連ねるだけであれば手はある。私も当主ではないので話半分に聞いて貰わねばならないがね」
「ダンテ家は中立では無いのか?」
「似たような別口の話にも同額を出資すれば良い。まあ、両方から睨まれる事もあるので、お勧めはしないが」
「酷い裏口だな。普通の家ならば、寄親へ断る事は必須だろうね」
そのような話をしていると、貴族家子弟の他の生徒達も話に加わりだした。あるいは次の世代は、派閥ではなく友人関係からなる連なりが力を持つのかもしれないと、老人は思う。
(その先を見れるのであれば、もう少し長生きしても良いかもしれぬのう)
などと考えつつ、席を立ったリヴァマスを、待っていたらしいレティシアが呼び止めた。
「グレゴール様の、その後についてをお伝えしに来ました」
「ふむ。死んだとは聞いておるよ」
諦観と自責と義務感から、彼女の知る限りの彼の行動と最期についてを言葉にする。老人は口を挟むことなく、時折相槌を打ちながら最後まで聞き終えた。
「……謝罪は貴族として許されないので出来ません、ね」
もし許されてしまえば、楽になってしまうのではないか、とレティシアは思う。あるいは許されてなお罪の意識を持ち続ける方が心が軋むかもしれない。どちらにせよ、彼女はきっと『より辛い方』を望むのだろう。老人は困ったような顔をした。
「あやつと、吾輩は、満足する死についてよく話題としたものだ。グレゴール・ディンドルフは満足して往ったのではないのかね」
「どうでしょうか」
レティシアを気遣っているわけではないと、老人は言う。未来を閉ざされ何も見えぬ中、彼が最後に好きなように生きて死んだのなら、それは羨ましいことでもあるのだ、と。
「王国貴族としては許されんことじゃがも、吾輩は友人として礼を言うとしよう。その言葉を受け取るも受け取らぬも、何かを考えるも打ち捨てるも君の自由じゃよ」
「……はい」
グレゴールの死に様を羨ましげに、善きものであるように言われてしまえば、自分が定めた覚悟も揺らぐ。闇を生きる身に、救いなど無い方が良いのに。生まれた戸惑いを直視できず、彼女は目を伏せた。
マスターコメント
久しぶりの討論会、楽しく書かせていただきました。
返答するNPCが字数を食っているのは普段通りですね……。
こういうシナリオは、よほどのことがなければMVPとかつけるようなものではないと思いますのでそちらはいつも通りなし。
字数と戦わねばならない程度に盛り上げていただけたので大成功、とさせていただきます。
ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ普通 報酬:標準15 / 10〜25人
2023年11月02日 16時12分15秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
間もなく出発でございますね。 ワタクシはハリーヌ。しがないヨツユビハリネズミでございます。 お茶とお菓子をお持ちするでございますから、皆様どうぞお召し上がりになってほしいのでございますよ。 今回もよろしくお願いするでございます。