【泥乱】黒曜子の苦悩
真柄 葉
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シナリオID:3097
オープニング
「殿下、何かお飲み物を用意させましょう」
「……ああ、頼む」
傍に侍っていたバルディオンが無言で頷くと、部屋を出て行った。
外から戦前特有の高揚感と緊張感が伝わってくる。勇敢で知られるリザードマンたちは、この生死を賭けた戦を見事に戦い抜くだろう。
その中でもギシュム族はとりわけ勇猛で知られている。部屋の調度品一つとっても、他の部族よりもとりわけ無骨で豪気だ。
「私が……アシムベート殿の、子……」
壁に掛けられた武具の数々を見つめていたレイウェストが椅子から立ち上がった。
部屋を歩きながら思い出す。
アシムベートに聞かされた自身の出生の秘密は、まさに青天の霹靂だった。普段であれば、一笑に付す類の戯言である。
しかし、別れ際に見せたアシムベートの瞳。あれは確かに、人が愛おしい者を見る眼だった。そして、その瞳は確かに自分へと向けられていた。
「リザードマンの血が……私の、中に」
レイウェストは部屋に備えられたくすんだ鏡の前に立ち、じっと自分の顔を見つめる。
リザードマンの血が……武闘派と誉れ高きギシュム族の血がこの身に流れている。
しかし、この顔のどこにアシムベートの面影があるのか。
絶世の美女である母の生き写しとも言われた顔は、ともすれば女性と見紛う程に美しい。そのどこにもリザードマンの面影など見られない。
「なぜ、今このタイミングなのだ……」
近々王国の姫と婚姻が結ばれる。
望んで行ったものではないとはいえ、帝国の存続のためにも必要なものだ。
しかし、自分が『混血』だと知られたらどうなるのか。
彼の国は極端な人間至上主義の国だ。異種族や混血は卑下され蔑まれる。最近の王国はこの習慣を見直そうとしているが、永らく根付いた意識は早々変わるものではない。
「隠し通すべきなのか……それとも」
大陸が平和への兆しを見せようとしているこのタイミングで、この不協和音がどのような影響を及ぼすのか。
悪しき慣習を打破するための端緒となるか。それとも、全てを無に帰す引金となるか……。
どうするべきなのか……わからない、私はどうすればいい……誰か教えてくれ……。
「……なぜだ、なぜ彼女の顔が浮かぶ」
そう望んだ先にあらわれた一人の少女の顔。
爛漫に笑い、聡明に微笑む彼女。その立ち居振る舞いは、同じ王族として理想ともいえる姿だ。
もし彼女ならこの秘密をどう扱うだろうか。またとないチャンスだと喜々として受け入れるだろうか……。
「……駄目だ、他人を頼るな。私自らが答えを出し、決めねばならぬ」
鏡の中で歪む自分の顔を一瞥した時、部屋のドアがノックされた。
「殿下、冒険者達が防衛戦の打ち合わせをしたいと申しておりますが、通してもよろしいでしょうか」
ドアの向こうからはバルディオンの声がする。そして、何人もの気配も。
「……3分待て」
バルディオンの声に応えたレイウェストは鏡の前から離れ椅子へと向かった。
無人の部屋に響く靴音を聞きながら椅子についたレイウェストは、静かに瞳を閉じると深く息を吸う。
「……入れ」
レイウェストがそう告げたと同時にドアが開かれ、バルディオンを筆頭に何人もの冒険者達が部屋へ入ってきた――――。
解説
マスターより
リプレイ
一見すれば平静を保っているように見えるその整った顔が、洞察力鋭い冒険者たちの目にはひどく歪んで見えたのだ。
「殿下、お飲み物をお持ちしました」
なんと声をかけるべきか悩む仲間たちに先立ち、ベルク・オスマットが用意していたティーセットを持ってレイウェストの元へ向かうと、淀みのない所作で芳醇なブロッサムの香りが漂う紅茶を淹れた。
「顔色が優れねーけど、なんかあったのか?」
ベルクの淹れた紅茶に口をつけるレイウェストに、ハヤト=ガラン=ヴォルファングが問いかける。事情を知る他の者が止めようとしたが、レイウェストが首を振り制した。
「すでに知っている者もいるようだが、私の本当の父親がわかった」
「んん? 親父って、皇帝じゃないのか?」
「違う。私の本当の父は――――アシムベート殿だ」
「は? ……おいおい、そいつはマジな話なのかよ」
ハヤトは周りの仲間たちに視線を送ると、皆は一様に口を閉ざしている。その態度が、レイウェストの口にした衝撃の事実が真実だと告げていた。
「将軍と殿下へ防衛線に配備する兵士たちの配分をご相談しようと思っていたのですが……どうやら、それよりも前にすることがあるようですね」
ショックの色を隠せないハヤトに代わり前に出たセロンガード・シュタインドルフは、レイウェストへ向かうと臣下の礼をとり口を開く。
「殿下は、イダ様が神への階を登ろうとしていると知った時も、同じような面持ちをされておりましたね」
「そう見えるか」
「はい、とてもショックを受けていらっしゃる。まるで帝国崩壊より今に至るまでの道のりを凝縮されたような顔をなさっておいでです」
「……そこまで酷いか」
あくまでも臣下としての礼をとりつつ、言葉には辛辣さを滲ませるセロンガードに、レイウェストは沈痛な面持ちで問いかえす。
「お気に障ったのでしたら謝罪を。しかし、今殿下がそのようなお顔をなさっている本当の理由は……父君の正体が判明したからではありませんね?」
セロンガードの質問に、レイウェストの眉がピクリと揺れる。
「……なぜそう思う」
「簡単なことです。この度知れた真実は、殿下にとってとても重要な事柄でしょう。しかし、それを知ったからといって貴方様は足をお止めにはならない」
「……」
「此度の真実の露見もそうでありますが、今までに殿下に起きた出来事は、常人には想像すらできない大事……いえ、『想像の一歩先』といってもいい事柄ばかり。しかし、殿下はそれら全てを乗り越えてこられた。
だからこそ、此度も『選択』を迷う必要はないのではないでしょうか。殿下がヨゼフ皇帝の切り捨てる覇道を否定して、拾うことを選ぶのであれば、出生の真実を開示されるべきです」
「……それがそなたの意見なのだな」
セロンガードは再び礼をとると、差し出がましい真似をいたしましたとレイウェストの前を辞した。
「貴重な意見を聞かせてもらった。礼を言おう」
そう言うとレイウェストは立ち上がり、他の冒険者たちを一望する。
「私は王国の姫君との婚姻を控えている身だ。しかし、かの国は人間至上を掲げる国。この度知れた血の真実は私の立場をさらに弱いものとするだろう。ともすれば、帝国の未来に影を落とすかも知らぬ。
それでもなお、この真実を開示すべきか、それとも秘するべきか……そなたたち冒険者の率直な意見が聞きたい」
レイウェストはもう一度冒険者たちを見渡し、静かに席に着いた。
「バルダスの末裔、そしてギシュムの子。その血に何か恥じることがあるとでも?」
静かに意見を待った次代の帝国皇帝に対し、苛立ちとも冷酷ともとれる抑揚のない声で語りかけたのはグレイブ・ヤードだった。
「皇族の混血など今に始まったことではないし、そんな事を悩むなど500年遅い。そもそも、そんな事を問題にすることこそが今更なのだよ」
「……なるほど、そなたは開示すべきだと」
そう返したレイウェストに頷きもせず、グレイブは話をつづける。
「騒ぐのであればあちらは婚姻の話を持ってきた時点でそれを主張するだろう。しかし、今回はどうか。王国側から詰問でもあったのか。ないのであれば気にする必要など何もない。自身の責任ではない問題に、罪の意識を感じる必要はない。誰が何と言おうと、貴方の持つバルダスの血筋という血統は誰にも否定されぬ真実だ。
それでもなお王国に引け目を感じるのであれば、その紋章を理由とすればいい」
そういってグレイブはレイウェストの右手に刻まれた征竜の印を指さした。
「混じっているのだよ、征竜と。
それが嘘だろうと真実だろうと混血だと騒ぐ連中には、そう言えばいい。神の代弁者が認めたと血だと言ってしまえば、誰も表立った否定はできまいよ」
「なるほど、そなたが私の背を押してくれているのはよくわかった」
レイウェストは無表情に自分を見つめるグレイブに薄く微笑む。
「確かにそなたの言うように、帝国の成り立ちを考えれば、皇室とてどこかで混血している可能性はあるだろう。ただ、それはあくまで過去の話だ。王国との今後の関係を考えればその事実を気にしないわけにもいくまい。
この度の婚姻は思惑はどうあれ、王国の姫が帝国に嫁ぐ形だからまだいい。しかし、仮に未来の私の子孫が王国へ嫁ぐことになれば、それは大きな障害になり得る。王国は王家に異種族の血が混じることを良しとはしない」
「……ふっ、王国に呑まれたければそれでいい」
「無礼だぞ!」と、帝国の臣達に怒気の孕んだ視線を向けられてもグレイブは涼しい顔で言葉をつづける。
「些細な事実を気にして、未来永劫引け目を感じていればいい。だが、年月をかけて継いでいった『もの』は、かつての誰かが託した想いの結晶なのだ。
これ以上は何も言わぬ。何を誇りとしてその胸に抱くか、それは己自身で決めるといい」
レイウェストを視線で射貫いグレイブは、話は終わったと部屋の隅へと身を引いた。
「貴様、殿下に対して何たる態度……! それでも帝国の――――」
「よい。忌憚なき意見は貴重だ」
「し、しかし……」
グレイブの物言いに牙を剥いていたベルクを、レイウェストがなだめる。
ベルクはその深紅の瞳に見つめられ怒気を萎ませると、膝を折った。
「殿下……我も殿下の真実を知った時、とても驚きました。とはいえ、驚いただけにございます。
我はかつて殿下に忠義を捧げし時、こう申し上げました。
帝国に忠義を尽くすのではなく、殿下個人に忠誠を誓いますと。
それは帝国崩壊以降、殿下が成されてきた事に惹かれ生まれたものにございます。そこに『血筋』などという下らぬものなどは介在の余地もございません。我が忠義を捧げるのはこの世にただ一人、レイウェスト・バルダスその人だけでございます」
ベルクは深く頭を下げると、彼の視線を感じながら「未来永劫、御身にこの身を捧げましょう」と改めて宣言した。
「自分もそこのベルクと意見を同じくする者です」
アルベルト・V・シュタールシュヴェーアトが鎧を鳴らしレイウェストに近づくと、膝を折り彼の前で首を垂れる。
「殿下のお父上がアシムベート殿であろうと、殿下にリザードマンの血が入っていようと、この忠義に一切の迷いなどございません。自分は殿下の血統ではなく、高潔なる志に魅かれ忠誠を誓っているのです。殿下には今後も変わることなく、帝国の臣民をより良い方向へ導くためにお力を振るっていただきたい。そして、殿下の為なら、このアルベルトいかなる苦労もいとわない覚悟です」
「そうか、そなたたちの忠義嬉しく思うぞ」
レイウェストはひたすらに首を垂れる二人の臣下を交互に見ながら小さく頷いた。
「では、その方らは血の開示を良しとするのだな」
そう問いかけたレイウェストに、ベルクは小さく「はっ」と答え、アルベルトはさらに言葉をつづけた。
「もちろんでございます。しかし、かの国が殿下の血統を理由に婚姻の破棄を要求してくるのならば、望むようにさせれば良いと考えております。殿下ご本人を見ず、ただ血統しか見ない連中の助けなど無くとも、帝国の奪還は我々臣下の手で成し遂げて見せます!
それに帝国の臣民も必ずや殿下に付き従いましょう。今まで殿下がその身をもってお見せになった行動は、瀕死だった帝国を奮い立たせました。民のために身を粉にする殿下のお姿こそが、帝国の希望であり象徴であると皆理解しております。ですから重要なのは『血統』ではありません、何よりも民を思い、民のために立った、殿下の御身なのです!」
顔を上げることなくそういったアルベルトに、レイウェストは「うむ」と小さく答える。その声は、わずかに晴れているようにも聞こえた。
「えっと……それじゃ、ボクは王国貴族としての立場から意見を言ってもいいかな」
あまりに熱い帝国の忠臣達の言葉に圧されつつも、エルゼリオ・レイノーラがレイウェストの前へと歩み出る。
「まず、レイウェスト皇子、大変お久しぶりです。……そして、心中お察しいたします」
そう前置きしたエルゼリオは、レイウェストの赤瞳を見つめながら話始めた。
「確かに王国は唯人至上主義を国是としております。異種族への当たりがきついのは、帝国以上……いえ、ロスガリア大陸一でしょう。しかし、それはあくまで国として。一個人の主義主張が全てそうであるというわけではありません」
「ふむ……そなた自身は違うといいたいのだな」
レイウェストに問われエルゼリオはこくりと頷く。
「メアリー王女は実に聡明なお方です。しっかりとしたお考えを持ち、未来を見据えることのできるお方です」
「未来か……」
そう呟いたレイウェストの脳裏には、かつて会った少女の面影とその力強い瞳が蘇っていた。
「王国貴族の貴殿に問おう。私にあの御仁を御せると思うか」
思いもよらぬ質問にエルゼリオは面食らう。
その質問の裏には当人同士にしかわからない駆け引きのようなものがあるのかもしれない。そう感じ取ったエルゼリオは、視線を外し膝を折ると――――。
「『夫婦間の問題』はお二人で向き合い解決されるべきでしょう。世のおしどり夫婦がそうであるように、嘘偽りなく本心を語り合い、真実を共有されるのが最善だと具申いたします」
「……確かにその通りだ。せいぜい尻に敷かれぬよう気を付けよう」
「そうなさるのがよろしいかと――――と、この具申はどうか他言無用に願います。一冒険者の戯言と受け取ってください」
「先ほど王国貴族として、と申したのにか?」
「あ……あはは、皇子も存外意地悪ですね」
顔を上げて苦笑するエルゼリオに、レイウェストもわずかに口元をほころばせた。
「一本取られたついでに、もう一つよろしいでしょうか」
「それは王国貴族としてか? それとも冒険者としてか?」
「では、冒険者として。お話というのはアシムベートさんの事です」
その名を聞いたレイウェストの雰囲気が一気に引き締まる。
「真実が衝撃的であると同時に、ギシュム族とヨゼフ帝の謎めいた関係が腑に落ちました。政治的な事ももちろんあったでしょうが、アシムベートさんは皇子――――愛する息子を人質に取られていたも同然だったのかもしれません。
皇子、彼を死なせてはなりません。アシムベートさんの紅瞳は皇子とよく似ておられます――――お父上を我らで救いましょう!」
「もとよりそのつもりだ」
エルゼリオの言葉を受けて、レイウェストはバルディオンへ目くばせした。
バルディオンは小さく頷くと冒険者を残し退室していく。
「他の者たちも意見を聞かせてくれるか」
バルディオンが退出したのを見計らい、レイウェストはヴィルヘルミナ、ルチル・プルメリア・グレイハーツ、ハヤトを順に見た。
「なら、アタイ達の他に誰も聞いていないようだし、リザードマンとして意見を言わせてもらおうかね」
そういうと、ルチルが前に出る。
「真実を聞いて、最初は驚いたよ。まさかアンタにアタイと『同じ血』が流れているなんてね」
「そうだな。私も驚いた」
「だけどね、よくよく考えれば合点がいく。おそらくだけど、すべては建前だったのだろうね」
「建前だと?」
「ああ。ほとんど顔を合わせたことのない息子のために、あそこまでするんだ。それはけして賢い選択じゃあない。それでも……自由にならない中で、できる限りのことをやろうとしたんだろう」
二人は口にしないが、それはアシムベートの事だ。彼がどれほど苦悩し、レイウェストに接したか、それを慮りながら二人は言葉を交わす。
「……どうやら、想いはアタイとそう変わらないようだし、少し昔の話をしようか」
「聞こう」
拒否せず耳を傾ける姿勢を見せたレイウェストに、ルチルは小さく微笑んでから話し始めた。
「――――それはかつて、とある王国貴族の娘が旅のリザードマンと恋に落ちた話。二人は深く愛し合い、そして、その愛は結晶となってこの世に生を受けることになった。
当時の王国は今以上に人間至上主義。それも貴族となれば余計にだ。
娘はその存在を隠され、旅人は人知れず消された。
そして、生まれた一粒種は……名を奪われ、正体を伏せられ、教会へと送られた」
朗々と語るルチルの話に、いつしか部屋にいる皆も引き込まれていく。
「本来なら、母の胎から出た瞬間に殺されるべき存在だった。しかし、母の必死の嘆願でその子は生を繋いだ――――それが、アタイだよ」
突然の告白にレイウェストの目が見開かれる。そして、周りの仲間たちもまたその事実に驚きを隠せない。
「だからどうしろというわけじゃあない。自分の正体を暴露して、王国に混乱――――いや、古い思想へ復讐しろだなんて虫のいい話をしているわけでもない。
ただ、アタイはいい育ての親と巡り合えた。自分は幸せだったと口にできる程度にはね。
だけど、アンタはどうだい。そう思えるだけの親子の時間がこれまでにあったかい」
ルチルは改めてレイウェストをじっと見つめた。
誰もが想像を絶する苦難の道を歩んできた少年に、少なからずシンパシーを感じる。だからこそ、ルチルは言った――――膝を折り、最敬礼の姿勢をとって。
「貴殿が親子の時間を取り戻す為に尽力する事を約束しましょう。
子へ碌な愛情を注がなかった男より、不器用ながらも息子を愛していた男の息子であることを……我々、リザードマンの一員である事を誇れるように。
貴殿に流れる血はけして呪いなのではありません」
そういって顔を上げたルチルは、最後にレイウェストを射貫くように見つめると、返事を求めることなく、仲間たちの元へと戻っていった。
「なんだか凄い暴露話を聞いた後で話すのはとてもハードルが高いのですが、ドワーフ王国民として……というより、一ドワーフとして意見を」
ルチルと代わるように歩み出たヴィルヘルミナは、軽く会釈すると話を始める。
「無責任な言い方になりますが、出生の秘密を明かす明かさないでお悩みなのでしたら、どうぞお好きになさってください、としか言えません。
私からすれば、皇子はもう少し我儘に振舞ってもいいと思うくらいですし、仮にも帝国復興の旗頭なのですから、皆を振り回す位が丁度いいんじゃないですか? ……まぁ、皇帝のようにされても困りますけど」
そういって小さくため息をついたヴィルヘルミナ。
「確かに今回の秘密が世に出れば、王国の一部賑やかな方々が盛り上がりそうではありますけど、そんなの勝手に言わせておけばいいんじゃないでしょうか。元々、王室と帝室の婚姻なんて、不穏しかないんですし、今更ですよ」
「そうだな、外から見ればそうなのだろうな」
「そうですね。まぁ、あの王女様ならいっそ、そのあたりの全部を逆手にとって王国内の不穏分子を一掃……なんてしそうですけど」
「確かに、彼女であればできてしまいそうだ。私を使ってな」
そう答えたレイウェストに、ヴィルヘルミナは一瞬突っ込みすぎたかと後悔するも、彼は別段気にした様子もない。
「とにかくせっかく伴侶を迎えられるんですから、今までみたいに背負いすぎず、半分くらい肩代わりしてもらえばいいんじゃないでしょうか」
そういって後ろに下がったヴィルヘルミナは、ハヤトに「お次どうぞ」と目配せした。
「次俺か。うーん、そうだなぁ……とりあえずレイウェスト殿下、あんたはショックだったか? その、父親がおもってた奴と違うってわかって」
「……そうだな。衝撃を受けなかったと言えば嘘になる」
「まぁそうだよな。いきなりリザードマンとのハーフでしたって言われても、受け入れきれるもんじゃねぇ」
そう言ったハヤトは、チラリとルチルに視線を向ける。すると、ルチルは骨面の隙間から、なんだと無言の圧をかけてくる。
ハヤトは「おー、おっかねぇ」と小声でつぶやくとレイウェストに向き直った。
「別にハーフがどうとかいうつもりはねぇんだ。俺だって、ゴブリンとハーフビーストとのハーフなんて、なかなか珍しい生まれだしな。ガキの頃とか、そりゃもう散々な目にあった。だけどな、俺は別にこの血が嫌いってわけじゃねぇ」
「そうなのか」
「ああ、せっかく両親が分けてくれた血だからな。俺は俺の中に流れるこの血を誇らしいと思ってるし、これからもその思いは変わらねぇ」
「そうか……そなたは強いな」
ドンと胸を叩いたハヤトに、レイウェストはどこかまぶしそうな視線を向ける。
「強いっていうんならあんたの方がよっぽどすげぇぜ」
「私がか?」
「ああ。グレイブも言ってたが、興国の英雄と勇猛果敢なギシュムの血を受け継いでんだ、もう最強だろう? 武を重んじる帝国の皇帝として、これ以上の血筋はねぇし、拍がつきまくるってもんじゃねーか!」
「……なるほど、そういう見方をするのか、そなたは。いや、そなただけではないな」
そういってレイウェストは壁際に引いたグレイブに視線を移した。
「生まれついての『宿命』は変えられねぇが、『運命』ってのは自分で切り開くことができると俺は思ってる。あんたの中に覚悟さえありゃ、その『宿命』すらも武器にできんじゃねぇか?」
「『宿命』すらも武器に……」
レイウェストはハヤトに視線を戻すと、胸に手を当てる。
「これまで散々覚悟決めてきたんだろ? なら今回だって覚悟決めればいい。それにあんたを信じてついてくる奴らがこんなにいるんだ。当たって砕けろとは言わねぇが、信じて進んでみろよ。もちろん、俺もあんたを信じてる一人だぜ」
ハヤトはきつく握った拳を突き出しレイウェストに向けた。
宣誓ともとれるハヤトのしぐさに、レイウェストは小さく微笑むと改めて冒険者たちを見渡す。
「お気持ちを固められたようですね」
その晴れやかな表情を見て、セロンガードが声をかけた。
「では、先ほどお伝え出来なかった私の気持ちを」
「まだ何かあるのか」
「はい、これが本音というやつです」
最敬礼を取ったセロンガードは話をつづける。
「レイウェスト殿下、貴方様は王国の姫君を娶られる。それは王国の陰謀を多分に含んだ政略結婚なのでしょう。しかし、大人しく言う事を聞いてやる必要などありません。理想の姫君を手に入れることのできる者は、理想の英雄と相場が決まっております。
王国が帝国を自国の色に染めようと画策するのであれば、その上から塗りつぶしてやりましょう。
殿下、英雄におなりください。誰にも負けぬ武功を立て、圧倒的な『結果』でねじ伏せてくださいませ」
セロンガードは最敬礼のまま一歩下がり顔を上げると、レイウェストの瞳を見つめそういった。
「……それにしても、エフレム殿はこの事を知っていたのでしょうか」
「なに?」
「いえ、なんでもございません。私は影として、殿下の栄達を見守るのみ。では、バルディオン将軍との打ち合わせがありますので、これにて」
「あ、私も行きます」
レイウェストの前を辞してドアへと向かったセロンガードにヴィルヘルミナが続く。
「雲霞鳥の圧倒的な物量と特性に対抗するには、やはり各個撃破が有効だと思うんですよ」
「となると、分断するための弓兵の役割がさらに重要になりますか」
「広範囲の魔法みたいな大技も用意できればいいんですが――――あ、殿下、諸々落ち着いたらお酒でも呑んで語りましょう。殿下のお口に合うかはわかりませんが、ドワーフ一強くて美味しいお酒を用意しますよ」
そういって頭を下げたヴィルヘルミナは、セロンガードに続き防衛線の計画を練りながら部屋を出ていった。
「私の意思は固まった。我が血脈の真実を公にし、王国へと伝えることとする」
レイウェストは残された冒険者たちに自分の意思を言葉にして伝える。
「いい表情になったじゃないか。アタイはアンタの決定を支持するよ」
「ボクも一冒険者として殿下の決定を支持します」
レイウェストの宣言に、骨面を揺らすルチルと王国式の礼をとったエルゼリオが。
「全ては殿下のお心のままに」
「我ら帝国の臣下は、真なる主レイウェスト・バルダス殿下の決断に従うのみでございます」
レイウェストの隣に侍るベルクと、騎士礼をするアルベルトが。
「私からは何もない。そう決めたのなら、そうするといい。それがいずれ貴方の『誇り』となろう」
「そう来なくっちゃな! あんたならきっとできるって信じてるぜ!」
壁際のグレイブと掌に拳を打ち付けたハヤトが。
もちろん、先ほど退室したセロンガードとヴィルヘルミナもレイウェストの決断を尊重するだろう。
レイウェストは改めて背を押してくれた冒険者たちを見渡し、わずかに頭を下げた。
「いらぬ心配をかけた。改めて礼を言おう」
レイウェストは立ち上がり、ドアへと向かう。
「まずは、リザードマンたちの命を脅かす雲霞鳥どもを殲滅する。そして、我が父アシムベートを救おう」
背筋を堂々と伸ばし、床に足音を刻むレイウェストの姿に、冒険者たちは何を思うのか。
「皆、私に力を貸してくれ」
ようやく歩みだした小さく細い背は、いつぞやよりも大きく見える。
冒険者たちは、レイウェスト・バルダスの背を頼もしく見送った――――。
マスターコメント
ミドルシナリオ普通 報酬:標準8 / 6〜8人
2023年07月20日 10時14分05秒 公開
参加者
相談掲示板
ウォーリアのアルベルト・V・シュタールシュヴェーアトだ。 よろしくな。 ・・・お辛い事実を知ってしまった殿下の心情、察するに余りあるところである。 今回は、殿下を力づけるお言葉をおかけしようと思う。
ヴィルヘルミナです。今回はよろしくお願いします。 立て続けに色々な事が起こりすぎですね。波瀾万丈とはこの事でしょうか。 何かしらはお声掛けしようとは考えています。
おーっす! ブレイブファング傭兵団のハヤト=ヴォルファングだ、よろしくな!! んだよ、防衛戦の作戦会議っつーん出来てみたら皇子の奴どー見てもショックな感じだな!? まぁ、アシムベートのおっちゃんも試合した仲だし皇子にも同じハーフとして何か元気づけれるよーなことでも話せたらと思ってんぜ!
グレイブ・ヤードです。 まぁ声掛けはしたほうがいいのでしょうけど
エルゼリオ・レイノーラです、今回はどうぞヨロシクね! ボクもレイウェスト殿下とお話させていただく予定だよ。 出生の秘密についてのショックに加え、メアリー王女との婚姻への悪影響も懸念されてるんだよね……。 メアリー王女なら、例え殿下が異種族との混血でもお心を変えられる事はない――と思いたいけれど。
ベルク=オスマットだ、よろしく頼む。 殿下とお話し…というか我の場合は再度の意思表示となるか。 我は殿下がどのような道を選び進まれようともお傍に侍続けるつもりである。 そこに血筋などと言うくだらないものは介在の余地などないことをな。
情報屋のルチルだ。よろしく。 まあ、レイウェストの事は全く知らない仲でもないさ。 メアリー王女は先進的な思想の持ち主だ。皇子が混血だからといって婚約を白紙に戻すような人柄ではないし、これを契機により王国の改革を進めていきそうにすら思えるが。 頭の固い人間は王国に多いからね…。真実の重みも合わさって、上手く受け止めきれていないのも仕方がない。 最終的に決めるのは他ならぬ自分自身だが…胸にかかっている靄を晴らすぐらいはしておくさ。
「王国は極端な人間至上主義であった(ヒューマンの純血主義)」というのなら 「帝国はそうではなかった(優れていれば混血も是としていた)」ととれるので そこをメインには伝えられるかなとは思っています。 あと最終的な逃げ道として 「征竜の巫女」という特殊なものを得ていることが影響しているかもしれない とはいえるかなと