ある日の、踊る子熊亭
七海真砂
コメント 0
シナリオID:2990
オープニング
エラトゥーン都市同盟のリブラネスタには、『踊る子熊亭』という酒場がある。
冒険者ギルド直営のこの酒場は二十四時間営業で、多くの冒険者が昼夜問わず拠点として活用している、そんな場所だ。
「ふふんふーん♪ 今日は何を食べようかな!」
一人一食まで無料となっている制度をフル活用している冒険者のステラは、今日は良いイカが入っていると聞くとペスカトーレを頼む。
踊る子熊亭に出入りしている他の冒険者と雑談しつつ、出来上がってきたペスカトーレを食べていた時だった。
「こんにちは。『預言の魔女』様はいらっしゃいますか」
踊る子熊亭を訪れたローブ姿の少年は、そう言って踊る子熊亭の中を見回した。くりくりっとした大きな瞳でたくさんの人々を見上げるその姿に、『預言の魔女』オペラは心当たりがあった。
「おぬし、確か『預言の御子』とか呼ばれておる子じゃな?」
「わあ、ぼくを知ってますか? うれしいです」
ほんの僅かにオペラが眉を寄せたことに、少年は果たして気付いたのかどうか。
ただ『預言の御子』アベルは嬉しそうに笑ってオペラを見つめた、ように見えた。
オペラが一見、同年代くらいの少年と向かい合っている様子を遠巻きに見つめながら、あれは一体何事かと首を傾げる冒険者に、ステラが説明する。
「簡単に説明すると、そうだなあ――」
アベルは「神様の声が聞こえてくる」と自称している少年だ。それゆえに『神の庭』という組織で『預言の御子』として、組織に参加している人々から大事にされている。
ただし、オペラのように預言の力が本物だと、明確な形で証明されている訳ではない。
「あと『神の庭』ってのがちょっと……」
神の声を信じる人々の集まり、と言えば美しいかもしれない。だが、まるで預言を利用して、人々からお金稼ぎを試みているような……そういう節のある、ちょっとインチキ宗教みたいなキナ臭い集団なんだと、ステラはざっくり要約した。
「それで? わらわに何の用じゃ」
「はい。ぼくはさいきん『ふがいなさ』をかんじています。それで、おなじ預言者のオペラおねえ様のお話が聞いてみたくなったのです」
この『踊る子熊亭』があるリブラネスタは昨今のエスト・ポーラとの対立の末、海上で決戦の時を迎えようとしている……しかしその一連の出来事を、アベルが事前に預言することは無かった。
預言できていたら。
もっと、出来たことがあるかもしれないのに。
「それを不甲斐ないと?」
「はい。オペラおねえ様も、一連の出来事は預言なさってはいなかったと、聞いています。どうしてなのでしょう。かみさまは、ぼくたちを嫌いになってしまったのでしょうか。ぼくたちには何が欠けているのでしょうか」
悲しげな表情をしながら、アベルはオペラの方をじいっと見つめる。
「……その。オペラおねえ様がよろしければ、預言の力について、かみさまについて、もっと二人きりで色々と、お話させていただけないでしょうか」
預言者のことは、きっと預言者同士にしかわからない。
だから二人きりで、とすがるようにアベルはオペラを見つめていた。
冒険者ギルド直営のこの酒場は二十四時間営業で、多くの冒険者が昼夜問わず拠点として活用している、そんな場所だ。
「ふふんふーん♪ 今日は何を食べようかな!」
一人一食まで無料となっている制度をフル活用している冒険者のステラは、今日は良いイカが入っていると聞くとペスカトーレを頼む。
踊る子熊亭に出入りしている他の冒険者と雑談しつつ、出来上がってきたペスカトーレを食べていた時だった。
「こんにちは。『預言の魔女』様はいらっしゃいますか」
踊る子熊亭を訪れたローブ姿の少年は、そう言って踊る子熊亭の中を見回した。くりくりっとした大きな瞳でたくさんの人々を見上げるその姿に、『預言の魔女』オペラは心当たりがあった。
「おぬし、確か『預言の御子』とか呼ばれておる子じゃな?」
「わあ、ぼくを知ってますか? うれしいです」
ほんの僅かにオペラが眉を寄せたことに、少年は果たして気付いたのかどうか。
ただ『預言の御子』アベルは嬉しそうに笑ってオペラを見つめた、ように見えた。
オペラが一見、同年代くらいの少年と向かい合っている様子を遠巻きに見つめながら、あれは一体何事かと首を傾げる冒険者に、ステラが説明する。
「簡単に説明すると、そうだなあ――」
アベルは「神様の声が聞こえてくる」と自称している少年だ。それゆえに『神の庭』という組織で『預言の御子』として、組織に参加している人々から大事にされている。
ただし、オペラのように預言の力が本物だと、明確な形で証明されている訳ではない。
「あと『神の庭』ってのがちょっと……」
神の声を信じる人々の集まり、と言えば美しいかもしれない。だが、まるで預言を利用して、人々からお金稼ぎを試みているような……そういう節のある、ちょっとインチキ宗教みたいなキナ臭い集団なんだと、ステラはざっくり要約した。
「それで? わらわに何の用じゃ」
「はい。ぼくはさいきん『ふがいなさ』をかんじています。それで、おなじ預言者のオペラおねえ様のお話が聞いてみたくなったのです」
この『踊る子熊亭』があるリブラネスタは昨今のエスト・ポーラとの対立の末、海上で決戦の時を迎えようとしている……しかしその一連の出来事を、アベルが事前に預言することは無かった。
預言できていたら。
もっと、出来たことがあるかもしれないのに。
「それを不甲斐ないと?」
「はい。オペラおねえ様も、一連の出来事は預言なさってはいなかったと、聞いています。どうしてなのでしょう。かみさまは、ぼくたちを嫌いになってしまったのでしょうか。ぼくたちには何が欠けているのでしょうか」
悲しげな表情をしながら、アベルはオペラの方をじいっと見つめる。
「……その。オペラおねえ様がよろしければ、預言の力について、かみさまについて、もっと二人きりで色々と、お話させていただけないでしょうか」
預言者のことは、きっと預言者同士にしかわからない。
だから二人きりで、とすがるようにアベルはオペラを見つめていた。
解説
ちょっとしたイベントシナリオです。
皆さんは今、『踊る子熊亭』にいます。食事をしていたのかもしれませんし、誰かとの会話を楽しんでいたのかもしれません。ステラのように、オペラとアベルの様子を遠巻きに見ているかもしれません。
そんな、ある日の昼下がりの様子を描くシナリオです。
※このシナリオは「ガレット・デ・ロワに毒の罠」「預言の御子」「幸運のたまご」のちょっとした続きになっています。
マスターより
こんにちは、七海真砂です。
よろしければ、ご参加をお待ちしております。
リプレイ
ここは踊る子熊亭。大勢の冒険者が行き交うこの場所に、今ライナ・フレイヴァルツとフロマーシュ・ダイヤドロップの姿もあった。
「マーシュすまないな、もう少し落ち着いた場所が良かったか?」
「いえいえ、賑やかな場所も悪くはありませんしっ。それに、ライナ様とご一緒できる事が大事ですのでっ」
空いている店をようやく見つけて、二人は紅茶とスイーツのセットを頼んでいた。届くのを待つ間、ふとライナが置いた書物を見て、フロマーシュが首を傾げる。
「その本は……?」
「ん、これか? 今度雲霞鳥の巣を調査する依頼があるだろう? 何か事前に知っておけば違うかと思って」
「知識を得て、対策をしておられるのですねっ。その時は、全力でお守りいたしますのでっ!」
どうやら雲霞鳥の生態や歴史について書かれた本を読んでいるらしい。なるほど、と感心した様子で頷き、そう意気込むフロマーシュにライナが「ありがとう、頼りにしている」と応えていると、スイーツセットが運ばれてくる。
「はっ……! せっかく一息つきに来たのに、つい仕事のことを……」
「そういうライナ様も素敵ですけどね。でもせっかくですから、紅茶が冷めないうちに、いただいてまいりましょうっ」
くすくす笑って、二人分並んだスイーツセットを嬉しそうに眺めたフロマーシュが促すと、「こういう時は、甘い物を食べてリフレッシュだな、うん」とライナもまたフォークを取る。
「はぁー……美味い」
苺の生クリームを挟んだロールケーキの甘酸っぱさ、一すくいしたプリンの濃厚でなめらかな舌触り。スコーンにはマーマレードのジャムが良く合い、あれもこれもと食べていくうちに、ついライナの頬が緩む。
「やはり疲れた頭には甘い物が一番だな。マーシュも味見するか?」
「ら、ライナさま!?」
何気なく、一口サイズに切り分けたロールケーキを差し出してくるライナに、フロマーシュは目をぱちくり。
(それは今ライナ様が……!? えとあのせっかくのご好意ですしっ……!!)
「――そ、そそそうですね、いただきます……っ」
あーんと口を開けて、ライナから一口貰うと、フロマーシュもそっとショコラケーキを切り分けていく。
(わわわわたしも、ここはお返ししないと!?)
「ライナ様、こちらを……っ」
と差し出した一口を「うん、これも美味い」と頬張るライナを、フロマーシュはあわあわと赤くなりながら見つめていた。
「では江流さん、報酬のケーキを頂きますね!」
「ああ。どれにする?」
「そうですね、ショートケーキは当然として、ガトーショコラとモンブランと季節のフルーツタルトも」
メニューを前に、ギーゼラは遠慮なくケーキの名前を読み上げていた。じゃあ俺もショートケーキをお茶を、と海神 江流が二人分まとめて注文する。
(いろいろ世話になったような、気を使って貰ったような気がするので、ね。お礼としては、これでも安いくらいだけど)
好きな物を好きなだけ食わせてやりたい、と考えていた江流の気持ちを知ってか知らずか。ギーゼラは運ばれて来たケーキを前にご機嫌でフォークを取る。江流はお茶を一口飲んでから、そっと報告を重ねていった。
「……俺自身の事にはなんら決着がついた訳じゃないけれど、それでも一つ前に進んだようには思うから」
ケーキをもぐもぐ食べながら耳を傾けていたギーゼラは、ふぅんと小さく呟く。
(決着がついた訳じゃないと言う割には、すっきりした顔をしてますけどねぇ)
「まぁ以前のうじうじしてた頃よりはいいんじゃないですかぁ?」
「……そうだな」
ケーキを飲み込んで、告げるギーゼラの言葉に江流は小さく笑う。僕はケーキを貰えればどうでもいいですけど、とまた一口ケーキを運ぶギーゼラの姿に「うん、どんどん食べて」と江流は促す。
「ちゃんと労わないとね。会おうと思えば会えるうちに」
そんな江流の言葉に、ギーゼラはつい笑ってしまう。
(会えるうちに労っておこうだなんて……。必要な時は利用して、いらなくなったらぽいっと捨てて忘れてしまえばいい……そんなものなのですよ僕は)
でも。
それでも会いたいと言ってくれるのなら……。
「会いたければ大怪我をして僕をいっぱい求めてくれるか、報酬のケーキをたっぷり用意してくれないといけませんねぇ」
「大怪我か。誰かの身代わりになって大怪我するかもって時は、ギーゼラちゃんが居る時にするようにするつもりだけどな」
正面から見つめてくるギーゼラに、江流も正面から答える。
(いらなくならないし、忘れたくもないし――亡くしたら悔やむんだよ、俺は)
……きっと。
ギーゼラはそんな風に考えているんだろうな、と、思いながら。
隅の方にある窓辺の席には、エル=バ=ノイアンの姿があった。
依頼と依頼の間、必要な作業や暇を潰すのに、よく座っている席だ。大体一人で活動していたのもあって、向かいの席には誰もいない――それが日常だった、けれど。
今日、その席にはシルヴィア・A・カペルの姿があった。
「依頼成功、おめでとう」
「ああ、おめでとう」
互いに手にしたグラスを合わせ、無事に戻れたことを喜び合う。
生死を賭けるからこそ、無事終われば生を楽しむのが冒険者というもの――シルヴィアは大抵フィドルを奏で歌うけれど、今日はノイアンの方へと手を伸ばした。
「恋仲になる前に伝えた言葉を覚えているかな」
「――次があれば――か」
頷いて、ノイアンはその手を取る。
――次があったらまた踊ってくれるかい?
一瞬の油断で命を落とす、明日を確約してくれるものは何もない……そんな世界で長らく生きてきたからこそ、その言葉が妙に印象に残ったのだろう。シルヴィアが言おうとしている事は、すぐに分かった。
酒場の喧騒の中、誰かが奏でる音楽に合わせて共に踊る。呼吸が重なるような感覚は心地良く、心が通じ合っているのを感じる気がした。
「君は綺麗な人だ。外見だけではなく、その心も」
シルヴィアは、ノイアンの持つ深い海のような、夜空のような色合いをした瞳に見入りながら、思わず口を開く。
「窓辺の席から冒険者達を眺める眼差しが優しくて、でも君自身がその中に入る気がないことが伝わってきて……だから踊りに誘いたくなったのだと思う」
でも、穏やかなその表情を独り占めしていたい、だなんて。
そう思うのは贅沢だろうか?
まばたきするノイアンを、大切そうに見つめながら、シルヴィアは思う。
「俺はそういうものではないから、綺麗と言われてもピンとこないんだが……」
綺麗と言うなら、それはシルヴィアの方だろう、とノイアンは逆に告げる。
「外見や、雰囲気のような具体的な何か……というわけではないんだ。ただ……夕暮れに一番星が輝いていることに、偶然気がついた……そんな感覚だった」
淡々と、澱んだ足取りで歩む中、ふと吹き抜けた清涼な風を認識した時のような……そんな美しい心地良さが、今こうして自分の傍らにあることが喜ばしい。
「そうか。ふふ、光栄だね」
彼に綺麗だと言われるのは嬉しい。ただ、己を過小評価する彼が、もっと自分の良さに気付けばいいのに、と願いつつ、シルヴィアは踊る。
遠くに海が見える席で乾杯しているのは、ネーヴェ・グラヌローザとララノア・グラヌローザの姉妹だった。
「ララ、お誕生日おめでとうございます。さ、何でもお好きなものを召し上がって下さいましね」
「ぉ、お言葉に甘えてよいでしょうか……」
ララは今何が好きなのかしら、と興味津々な様子で見つめるネーヴェの前で、ララノアはちょっと緊張しながらメニューをめくり、
「でででは、たっぷりお野菜のシチューにフルーツの盛り合わせを……ふふっ、苺はやっぱりずーっと大好きなのです」
「まあ……」
幼少期に別れた姉妹だけれど……あの頃からずっと変わらないのですよと、笑みを覗かせるララノアの姿に、時を経ても変わらないものがあるのだと……それが嬉しくて、ネーヴェも思わず目を細める。
「そうだ、贈り物がありますの。気に入って貰えると良いのですけれど」
「ぇ! ぷぷぷプレゼントでしゅかっ」
一緒に食事だけじゃなくてプレゼントまで! と目を丸くしたララノアに、ネーヴェは綺麗にラッピングした包みを渡す。
中身は、苺の花モチーフのバレッタだ。
「可愛い……に、似合いますか?」
「ええ、とっても!」
早速フードを外して髪に添えてみるララノアが愛らしくて、ネーヴェは大きく頷き返す。それが嬉しくてはにかんだララノアは、ふと、バレッタについている苺のチャームが二個あることに気付いた。
「……ねーさま、その、一つ貰ってください……あの、お、おそろいを……増やしたくて……」
もじもじしながら、チャームを一つ取り外すララノア。その手からチャームを受け取りつつ、ネーヴェもまた嬉しそうにはにかむ。
「なんだか、私の方が贈り物を貰ってるような気分ですわ」
どこに付けようかしら、と考え始めるネーヴェを見つめながら、グラスに口をつけたララノアは、それを一気に飲み干して頬に触れる。
(ネーヴェ様が姉と分かって……プレゼントまで……現実でし?)
「ゆ、夢ではないですよね? 何だかふわふわで……」
むにむに、と頬を引っ張る。でも夢などから醒める気配は無くて。
「勿論、現実ですとも」
力強く、あたたかく頷いてくれるネーヴェがすぐ傍にいて。
「ねーさま、ララは今、すっごく幸せですっ」
「よかった。……私はいつだって、ララの幸せを願ってますわ」
今だけじゃなく、これからもずっと、と、ネーヴェは微笑みかけた。
リューイ=ヴァレンゴルトとユニス・ソロアーヌ・アクエリリーアは、昼食のテーブルを共に囲んでいた。今日はイカがおすすめだと聞いて選んだ、イカをたっぷり使ったシーフードリゾットや、イカのハーブ炒めなどがテーブルに並ぶ。
「本当だ、美味しいわね」
「ああ」
いつの間にか、共に居るのがすっかり当たり前になってしまった相手……何気ない言葉を交わすのも、こうして食事を共にするのも居心地が良い、とユニスは思う。
(……ごめんなさい。でも)
――ユニスには、かつて結婚を約束していた幼馴染がいた。彼を亡くした喪失感を、今リューイとこうして過ごす時間が徐々に、徐々に埋めていってくれていることが、よくわかる。
わかるからこそ、今はいない彼への申し訳なさに、食事の手が止まる。
「……また、思い出していたのか?」
「……うん」
リューイは、ユニスの過去を聞いている。だから、きっとまた『彼』の事が理由なのだろうと察していた。
(自分が彼女にふさわしい男だと、何かで証明したくなった気持ちはわかる)
この美しい彼女を残して旅立ち、そして亡くなった男のことをリューイも考えてしまう。彼女の唇が、新しい言葉を紡ぎ始めるまで、ぼんやりと。
「ねえ、リューイ……私の心の中にいる、あの人を忘れ去ることはできない。それでもいいの?」
――自分の孤独感を癒やすために、この人を利用している自覚はある。
それでも、ユニスはじっとリューイを見つめながら、右手を伸ばす。
「お、俺をそういう相手として選んでくれたこと自体が嬉しい。これからも、一緒にやっていきたいと思っている」
――傷を舐めるだけの相手として、わざとゴブリンである俺を選んだのだとしても構わない。
それでも、彼女といたいから、リューイは伸ばされたユニスの手を握り返す。
「ありがとう」
触れた掌、そのぬくもりに、ユニスは自然と笑んでいく。その笑顔をリューイはじっと見つめて。
「……食べないと、冷めちゃうわね」
「冷めても、きっと美味い」
やがて、ゆっくりと呟いたユニスの言葉に、二人で一緒に食べる食事なら何だって美味いに違いないと、リューイは告げた。
踊る子熊亭では、一人一食まで無料である。
そう、『一品』ではなく『一食』である。
なので、すみっこの席についたリディリディ・トゥラ・イェレミースは、メニューを開くと、しばらくの間、悩んでいた。
(ここからここまで……全部頼んでも一食、なのでしょうか……?)
華奢な体格から想像もつかないほど、食欲旺盛なリディリディ。できるだけ多くの料理を楽しみたい彼女にとって、どこまでが『一食』として認められるのかは非常に重要な問題であった。
「決まったかい?」
カウンターの中から尋ねてくる料理人に、リディリディはおずおずと(本人としては、とびきり思いきって)メニューを指差した。
「あの、ここから……ここまで……でも?」
「……今日最初の食事かい。まあ一食は一食だ」
「!」
察しの良い料理人さんで助かった。そしてどうやらOKらしい。
「残さず食えよ」
「は、はい」
逆に言えば、残さずちゃんと食べられるなら規格外な量でもOK、ということなのだろう。リディリディは嬉々として、お皿が目の前に運ばれてくるのを待つ。
もちろん、やってきた料理は全部綺麗に平らげたのだった。
「あれがオペラさん、ですか……」
名前は聞いたことがあるけれど、本人を直接見たのは初めてだ、とシェルドン・プレクターは呟いた。冒険者になったばかりだとそうかもな、と頷いているのは、自己紹介を交わしたばかりのステラである。
「ロスガリア大陸の、いろんな地域での事件を夢に見る人なんだ。全部神様からの預言なんだってさ。すごいよな」
ある時はリーンエス王国の、ある時は辺境都市群の、ある時はディズル大湿地帯の、とても鮮明な予知夢を見る。このままでは誰かが死ぬ、村が滅びるといった不幸な未来を『今ならまだ変えることができる』と依頼を受けた冒険者が救ってきた。
その実績があるから、依頼などで慣れ親しみのある冒険者達は皆、オペラの能力を信じている。
「なるほど。それであの少年もオペラさんを頼って来たと」
「まー、一般市民の間だと、オペラの予知能力は『知る人は知っている』くらいの浸透具合だろうけどな」
少年・アベルはオペラのことを『知っている』方の一人ということになるだろうか。
なるほど、と頷きつつシェルドンがオペラ達の様子を窺っていると、ナハシュがイカの姿焼きをもぐもぐしながら話に混ざる。
「予言者とか巫女とかってのは、何か聞こえないとそんな落ちつかねえもんなのかね」
「『聞こえるのが当たり前』って思ってる人にとっては、そうなのかもしんねーな。あたし聞こえねーからわかんねーけど」
「俺も聞こえねーからなあ……そりゃ便利なのかもしれねえが、ちょっと情報が多いだけで、それ以上でも以下でもないと思うんだけどな。全部わかる方が逆につまらなくねえ?」
人生、わかると便利な事は確かに多いだろう。だが、全てわかっている人生に面白味は無さそうだというナハシュの言葉に、確かに、とステラは頷いている。
「お、仲間仲間。これ食う?」
「いいの? じゃ一口」
厚切りベーコンのチーズ掛けをお裾分けしつつ、ナハシュはエールをお代わりする。たまにはこんな風に、周囲の客と喋ったりしつつ、気ままな一人飲みってのも悪くない。
そんな彼らの脇を通って、オペラ達の方へゆらゆら近付いていくのは、ジョッキを片手にしたベルク・オスマットだった。
「なんだなんだ、ヒック。見慣れない少年がいるじゃないか~」
エールを既に飲んでいたベルクの息は少々酒臭い。傍から見れば酔っ払いが悪酔いして絡みに行ったように見えるだろうが、ベルクは十分に正気だった。
(さて、どんな思想で近づいてきおったのやら)
アベルが座っている椅子に触れ、残留思念感応で思念を読み取ろうとする。
伝わってくるのは好意――と、それに加えて打算的な、何かを値踏みするかのような思念だった。
(敵意や悪意を持っているわけではない、ようだが――)
純粋な好意だけでも無い。その点が引っかかる。
……と、そこに加えて困惑が伝わって来たのは……ベルクの様子に本当に困っているせいだろうか。
「わらわの客人なのじゃ。残念ながら冒険者ではなくてのう」
「オペラ殿のお客だったか。それは失礼~」
ベルクはオペラと言葉を交わしたのをきっかけに、そっと離れていくと、席に戻りつつ様子を窺い続けることにする。
「ふむ。確かに少々ここでは落ち着かぬか。そうじゃのう……」
二人きりで話したいと告げられたのもあり、オペラが考え込んでいると、レピド・クロサイトが声を掛けた。
「ゆっくり話したいなら、団欒スペースを使うのはどうだ?」
「ああ、それは良いのぅ」
今は割と空いているようじゃし、と頷いて、オペラはアベルと団欒スペースの方へ移動していく。その様子をレピドはじっと見つめていたが、アベルから害意のようなものは感じられない。
(……入口の方も変化なし、か)
レピドは念の為、出入口付近の様子を確認していたが、アベルは本当に一人で行動しているらしく、誰かが動くような様子は見られない。とはいえ、それはそれで、御付きの者などが同行していない事が引っかかるのだが……。
(少し離れた場所にいる、という可能性はあるからな。前に見た報告書によると、信者が悪さする団体のようだし、一応気をつけてはおこう)
ホムンクルスとして生き返ったレピドが世情を知るために読んだ報告書の中に、『預言の御子』に関するものもあった。いろいろな意味で、踊る子熊亭の中にいれば安全だとは思うが……何者かが入って来るような可能性もゼロではないと、念の為に警戒は続けつつ、レピドはそっと、団欒スペースでの会話が聞こえる程度の位置まで移動する。
「二人ともここで聞こえるのか。すげーな」
と、後ろから小声を発したのは、シェルドンと一緒に来たステラである。超聴覚を持つレピドやシェルドンだからこその距離で、こちらに背を向けているアベルに気付かれる事はまあ無いだろう。
「――さて、神様の話じゃったな。わらわの神と、おぬしの神は別々の神じゃろうから、あくまでもこれは、わらわの神の話になるが……」
オペラはゆっくり口を開いた。アベルの神とオペラの神が別だと言い切ったのは、オペラの予知夢には必ず『白い鳥』が現れるが、アベルの預言はそうではないらしいことが理由だろう。
「好きとか嫌いとか無いじゃろ。わらわの神は、ただ必要な夢を飛ばしているだけじゃ。預言が無い? ならば預言の必要が無いと、わらわの神がお考えになっただけじゃろう」
そこに好きや嫌いといった感情的な物が挟まる余地は無いに違いない、とオペラは語る。
「そもそも、好きとか嫌いとか曖昧じゃからな。同じ預言であっても、わらわがそれを悪夢だと思えば『わらわは嫌われている』のかもしれん。しかし、その予知夢をわらわが喜ぶなら『わらわは好かれている』となるじゃろう。わかるかえ? 受け止める側の感情の持ちように過ぎぬことじゃよ」
「そう……なのかもしれません。でもオペラおねえ様、ぼくたちに何かが欠けているから、預言をいただけなくなったのだと、そう思ったりはしませんか?」
「うーむ……さっきも言ったが、わらわの神にはわらわの神なりのお考えがあるのじゃろう。ただそれだけの事だと、わらわは思うがのぅ」
オペラは、己に預言を与える神様の事を心の底から信じている。だからこそ、夢に見る預言をすべて信じられるし、自分に与えられた今の役割だって、神様がくれた運命だと信じることができる。
不安そうに語りかけるアベルと違って、ひとかけらの不安もないオペラの発言は、どこまでも一貫していた。
「おぬしはもう少し、おぬしの神を信じてみてはどうじゃ?」
「……そう、ですね。ぼくは、ぼくのかみさまを、しんじてみます……」
少し俯いて、頷き返したアベルは「今日はありがとうございました」と立ち上がる。レピド達がこっそり自分の席へ戻る中、オペラが踊る子熊亭の入口まで見送りに出るのを、そっとベルクが警戒する。
幸いにも、何かが起こるような事は無い……が、
(残念がる気持ちと……これは、諦め……か?)
残留思念感応で、先程とは少し違った思念を読み取ったベルクは少し首を傾げていた。
「お、オペラの客は帰ったか。お前も飲むか?」
「そうじゃな、ご一緒させて貰おうかの」
ナハシュに声を掛けられ、オペラもグラスを持つと、カウンターに並ぶイカ料理と肉料理に手を伸ばす。
「――残念ですね。何かが欠けていると思うような方なら、『こちら側』に来て下さったかもしれませんが――」
その見込みは薄そうだと、どこかで誰かが呟いていた。
「マーシュすまないな、もう少し落ち着いた場所が良かったか?」
「いえいえ、賑やかな場所も悪くはありませんしっ。それに、ライナ様とご一緒できる事が大事ですのでっ」
空いている店をようやく見つけて、二人は紅茶とスイーツのセットを頼んでいた。届くのを待つ間、ふとライナが置いた書物を見て、フロマーシュが首を傾げる。
「その本は……?」
「ん、これか? 今度雲霞鳥の巣を調査する依頼があるだろう? 何か事前に知っておけば違うかと思って」
「知識を得て、対策をしておられるのですねっ。その時は、全力でお守りいたしますのでっ!」
どうやら雲霞鳥の生態や歴史について書かれた本を読んでいるらしい。なるほど、と感心した様子で頷き、そう意気込むフロマーシュにライナが「ありがとう、頼りにしている」と応えていると、スイーツセットが運ばれてくる。
「はっ……! せっかく一息つきに来たのに、つい仕事のことを……」
「そういうライナ様も素敵ですけどね。でもせっかくですから、紅茶が冷めないうちに、いただいてまいりましょうっ」
くすくす笑って、二人分並んだスイーツセットを嬉しそうに眺めたフロマーシュが促すと、「こういう時は、甘い物を食べてリフレッシュだな、うん」とライナもまたフォークを取る。
「はぁー……美味い」
苺の生クリームを挟んだロールケーキの甘酸っぱさ、一すくいしたプリンの濃厚でなめらかな舌触り。スコーンにはマーマレードのジャムが良く合い、あれもこれもと食べていくうちに、ついライナの頬が緩む。
「やはり疲れた頭には甘い物が一番だな。マーシュも味見するか?」
「ら、ライナさま!?」
何気なく、一口サイズに切り分けたロールケーキを差し出してくるライナに、フロマーシュは目をぱちくり。
(それは今ライナ様が……!? えとあのせっかくのご好意ですしっ……!!)
「――そ、そそそうですね、いただきます……っ」
あーんと口を開けて、ライナから一口貰うと、フロマーシュもそっとショコラケーキを切り分けていく。
(わわわわたしも、ここはお返ししないと!?)
「ライナ様、こちらを……っ」
と差し出した一口を「うん、これも美味い」と頬張るライナを、フロマーシュはあわあわと赤くなりながら見つめていた。
「では江流さん、報酬のケーキを頂きますね!」
「ああ。どれにする?」
「そうですね、ショートケーキは当然として、ガトーショコラとモンブランと季節のフルーツタルトも」
メニューを前に、ギーゼラは遠慮なくケーキの名前を読み上げていた。じゃあ俺もショートケーキをお茶を、と海神 江流が二人分まとめて注文する。
(いろいろ世話になったような、気を使って貰ったような気がするので、ね。お礼としては、これでも安いくらいだけど)
好きな物を好きなだけ食わせてやりたい、と考えていた江流の気持ちを知ってか知らずか。ギーゼラは運ばれて来たケーキを前にご機嫌でフォークを取る。江流はお茶を一口飲んでから、そっと報告を重ねていった。
「……俺自身の事にはなんら決着がついた訳じゃないけれど、それでも一つ前に進んだようには思うから」
ケーキをもぐもぐ食べながら耳を傾けていたギーゼラは、ふぅんと小さく呟く。
(決着がついた訳じゃないと言う割には、すっきりした顔をしてますけどねぇ)
「まぁ以前のうじうじしてた頃よりはいいんじゃないですかぁ?」
「……そうだな」
ケーキを飲み込んで、告げるギーゼラの言葉に江流は小さく笑う。僕はケーキを貰えればどうでもいいですけど、とまた一口ケーキを運ぶギーゼラの姿に「うん、どんどん食べて」と江流は促す。
「ちゃんと労わないとね。会おうと思えば会えるうちに」
そんな江流の言葉に、ギーゼラはつい笑ってしまう。
(会えるうちに労っておこうだなんて……。必要な時は利用して、いらなくなったらぽいっと捨てて忘れてしまえばいい……そんなものなのですよ僕は)
でも。
それでも会いたいと言ってくれるのなら……。
「会いたければ大怪我をして僕をいっぱい求めてくれるか、報酬のケーキをたっぷり用意してくれないといけませんねぇ」
「大怪我か。誰かの身代わりになって大怪我するかもって時は、ギーゼラちゃんが居る時にするようにするつもりだけどな」
正面から見つめてくるギーゼラに、江流も正面から答える。
(いらなくならないし、忘れたくもないし――亡くしたら悔やむんだよ、俺は)
……きっと。
ギーゼラはそんな風に考えているんだろうな、と、思いながら。
隅の方にある窓辺の席には、エル=バ=ノイアンの姿があった。
依頼と依頼の間、必要な作業や暇を潰すのに、よく座っている席だ。大体一人で活動していたのもあって、向かいの席には誰もいない――それが日常だった、けれど。
今日、その席にはシルヴィア・A・カペルの姿があった。
「依頼成功、おめでとう」
「ああ、おめでとう」
互いに手にしたグラスを合わせ、無事に戻れたことを喜び合う。
生死を賭けるからこそ、無事終われば生を楽しむのが冒険者というもの――シルヴィアは大抵フィドルを奏で歌うけれど、今日はノイアンの方へと手を伸ばした。
「恋仲になる前に伝えた言葉を覚えているかな」
「――次があれば――か」
頷いて、ノイアンはその手を取る。
――次があったらまた踊ってくれるかい?
一瞬の油断で命を落とす、明日を確約してくれるものは何もない……そんな世界で長らく生きてきたからこそ、その言葉が妙に印象に残ったのだろう。シルヴィアが言おうとしている事は、すぐに分かった。
酒場の喧騒の中、誰かが奏でる音楽に合わせて共に踊る。呼吸が重なるような感覚は心地良く、心が通じ合っているのを感じる気がした。
「君は綺麗な人だ。外見だけではなく、その心も」
シルヴィアは、ノイアンの持つ深い海のような、夜空のような色合いをした瞳に見入りながら、思わず口を開く。
「窓辺の席から冒険者達を眺める眼差しが優しくて、でも君自身がその中に入る気がないことが伝わってきて……だから踊りに誘いたくなったのだと思う」
でも、穏やかなその表情を独り占めしていたい、だなんて。
そう思うのは贅沢だろうか?
まばたきするノイアンを、大切そうに見つめながら、シルヴィアは思う。
「俺はそういうものではないから、綺麗と言われてもピンとこないんだが……」
綺麗と言うなら、それはシルヴィアの方だろう、とノイアンは逆に告げる。
「外見や、雰囲気のような具体的な何か……というわけではないんだ。ただ……夕暮れに一番星が輝いていることに、偶然気がついた……そんな感覚だった」
淡々と、澱んだ足取りで歩む中、ふと吹き抜けた清涼な風を認識した時のような……そんな美しい心地良さが、今こうして自分の傍らにあることが喜ばしい。
「そうか。ふふ、光栄だね」
彼に綺麗だと言われるのは嬉しい。ただ、己を過小評価する彼が、もっと自分の良さに気付けばいいのに、と願いつつ、シルヴィアは踊る。
遠くに海が見える席で乾杯しているのは、ネーヴェ・グラヌローザとララノア・グラヌローザの姉妹だった。
「ララ、お誕生日おめでとうございます。さ、何でもお好きなものを召し上がって下さいましね」
「ぉ、お言葉に甘えてよいでしょうか……」
ララは今何が好きなのかしら、と興味津々な様子で見つめるネーヴェの前で、ララノアはちょっと緊張しながらメニューをめくり、
「でででは、たっぷりお野菜のシチューにフルーツの盛り合わせを……ふふっ、苺はやっぱりずーっと大好きなのです」
「まあ……」
幼少期に別れた姉妹だけれど……あの頃からずっと変わらないのですよと、笑みを覗かせるララノアの姿に、時を経ても変わらないものがあるのだと……それが嬉しくて、ネーヴェも思わず目を細める。
「そうだ、贈り物がありますの。気に入って貰えると良いのですけれど」
「ぇ! ぷぷぷプレゼントでしゅかっ」
一緒に食事だけじゃなくてプレゼントまで! と目を丸くしたララノアに、ネーヴェは綺麗にラッピングした包みを渡す。
中身は、苺の花モチーフのバレッタだ。
「可愛い……に、似合いますか?」
「ええ、とっても!」
早速フードを外して髪に添えてみるララノアが愛らしくて、ネーヴェは大きく頷き返す。それが嬉しくてはにかんだララノアは、ふと、バレッタについている苺のチャームが二個あることに気付いた。
「……ねーさま、その、一つ貰ってください……あの、お、おそろいを……増やしたくて……」
もじもじしながら、チャームを一つ取り外すララノア。その手からチャームを受け取りつつ、ネーヴェもまた嬉しそうにはにかむ。
「なんだか、私の方が贈り物を貰ってるような気分ですわ」
どこに付けようかしら、と考え始めるネーヴェを見つめながら、グラスに口をつけたララノアは、それを一気に飲み干して頬に触れる。
(ネーヴェ様が姉と分かって……プレゼントまで……現実でし?)
「ゆ、夢ではないですよね? 何だかふわふわで……」
むにむに、と頬を引っ張る。でも夢などから醒める気配は無くて。
「勿論、現実ですとも」
力強く、あたたかく頷いてくれるネーヴェがすぐ傍にいて。
「ねーさま、ララは今、すっごく幸せですっ」
「よかった。……私はいつだって、ララの幸せを願ってますわ」
今だけじゃなく、これからもずっと、と、ネーヴェは微笑みかけた。
リューイ=ヴァレンゴルトとユニス・ソロアーヌ・アクエリリーアは、昼食のテーブルを共に囲んでいた。今日はイカがおすすめだと聞いて選んだ、イカをたっぷり使ったシーフードリゾットや、イカのハーブ炒めなどがテーブルに並ぶ。
「本当だ、美味しいわね」
「ああ」
いつの間にか、共に居るのがすっかり当たり前になってしまった相手……何気ない言葉を交わすのも、こうして食事を共にするのも居心地が良い、とユニスは思う。
(……ごめんなさい。でも)
――ユニスには、かつて結婚を約束していた幼馴染がいた。彼を亡くした喪失感を、今リューイとこうして過ごす時間が徐々に、徐々に埋めていってくれていることが、よくわかる。
わかるからこそ、今はいない彼への申し訳なさに、食事の手が止まる。
「……また、思い出していたのか?」
「……うん」
リューイは、ユニスの過去を聞いている。だから、きっとまた『彼』の事が理由なのだろうと察していた。
(自分が彼女にふさわしい男だと、何かで証明したくなった気持ちはわかる)
この美しい彼女を残して旅立ち、そして亡くなった男のことをリューイも考えてしまう。彼女の唇が、新しい言葉を紡ぎ始めるまで、ぼんやりと。
「ねえ、リューイ……私の心の中にいる、あの人を忘れ去ることはできない。それでもいいの?」
――自分の孤独感を癒やすために、この人を利用している自覚はある。
それでも、ユニスはじっとリューイを見つめながら、右手を伸ばす。
「お、俺をそういう相手として選んでくれたこと自体が嬉しい。これからも、一緒にやっていきたいと思っている」
――傷を舐めるだけの相手として、わざとゴブリンである俺を選んだのだとしても構わない。
それでも、彼女といたいから、リューイは伸ばされたユニスの手を握り返す。
「ありがとう」
触れた掌、そのぬくもりに、ユニスは自然と笑んでいく。その笑顔をリューイはじっと見つめて。
「……食べないと、冷めちゃうわね」
「冷めても、きっと美味い」
やがて、ゆっくりと呟いたユニスの言葉に、二人で一緒に食べる食事なら何だって美味いに違いないと、リューイは告げた。
踊る子熊亭では、一人一食まで無料である。
そう、『一品』ではなく『一食』である。
なので、すみっこの席についたリディリディ・トゥラ・イェレミースは、メニューを開くと、しばらくの間、悩んでいた。
(ここからここまで……全部頼んでも一食、なのでしょうか……?)
華奢な体格から想像もつかないほど、食欲旺盛なリディリディ。できるだけ多くの料理を楽しみたい彼女にとって、どこまでが『一食』として認められるのかは非常に重要な問題であった。
「決まったかい?」
カウンターの中から尋ねてくる料理人に、リディリディはおずおずと(本人としては、とびきり思いきって)メニューを指差した。
「あの、ここから……ここまで……でも?」
「……今日最初の食事かい。まあ一食は一食だ」
「!」
察しの良い料理人さんで助かった。そしてどうやらOKらしい。
「残さず食えよ」
「は、はい」
逆に言えば、残さずちゃんと食べられるなら規格外な量でもOK、ということなのだろう。リディリディは嬉々として、お皿が目の前に運ばれてくるのを待つ。
もちろん、やってきた料理は全部綺麗に平らげたのだった。
「あれがオペラさん、ですか……」
名前は聞いたことがあるけれど、本人を直接見たのは初めてだ、とシェルドン・プレクターは呟いた。冒険者になったばかりだとそうかもな、と頷いているのは、自己紹介を交わしたばかりのステラである。
「ロスガリア大陸の、いろんな地域での事件を夢に見る人なんだ。全部神様からの預言なんだってさ。すごいよな」
ある時はリーンエス王国の、ある時は辺境都市群の、ある時はディズル大湿地帯の、とても鮮明な予知夢を見る。このままでは誰かが死ぬ、村が滅びるといった不幸な未来を『今ならまだ変えることができる』と依頼を受けた冒険者が救ってきた。
その実績があるから、依頼などで慣れ親しみのある冒険者達は皆、オペラの能力を信じている。
「なるほど。それであの少年もオペラさんを頼って来たと」
「まー、一般市民の間だと、オペラの予知能力は『知る人は知っている』くらいの浸透具合だろうけどな」
少年・アベルはオペラのことを『知っている』方の一人ということになるだろうか。
なるほど、と頷きつつシェルドンがオペラ達の様子を窺っていると、ナハシュがイカの姿焼きをもぐもぐしながら話に混ざる。
「予言者とか巫女とかってのは、何か聞こえないとそんな落ちつかねえもんなのかね」
「『聞こえるのが当たり前』って思ってる人にとっては、そうなのかもしんねーな。あたし聞こえねーからわかんねーけど」
「俺も聞こえねーからなあ……そりゃ便利なのかもしれねえが、ちょっと情報が多いだけで、それ以上でも以下でもないと思うんだけどな。全部わかる方が逆につまらなくねえ?」
人生、わかると便利な事は確かに多いだろう。だが、全てわかっている人生に面白味は無さそうだというナハシュの言葉に、確かに、とステラは頷いている。
「お、仲間仲間。これ食う?」
「いいの? じゃ一口」
厚切りベーコンのチーズ掛けをお裾分けしつつ、ナハシュはエールをお代わりする。たまにはこんな風に、周囲の客と喋ったりしつつ、気ままな一人飲みってのも悪くない。
そんな彼らの脇を通って、オペラ達の方へゆらゆら近付いていくのは、ジョッキを片手にしたベルク・オスマットだった。
「なんだなんだ、ヒック。見慣れない少年がいるじゃないか~」
エールを既に飲んでいたベルクの息は少々酒臭い。傍から見れば酔っ払いが悪酔いして絡みに行ったように見えるだろうが、ベルクは十分に正気だった。
(さて、どんな思想で近づいてきおったのやら)
アベルが座っている椅子に触れ、残留思念感応で思念を読み取ろうとする。
伝わってくるのは好意――と、それに加えて打算的な、何かを値踏みするかのような思念だった。
(敵意や悪意を持っているわけではない、ようだが――)
純粋な好意だけでも無い。その点が引っかかる。
……と、そこに加えて困惑が伝わって来たのは……ベルクの様子に本当に困っているせいだろうか。
「わらわの客人なのじゃ。残念ながら冒険者ではなくてのう」
「オペラ殿のお客だったか。それは失礼~」
ベルクはオペラと言葉を交わしたのをきっかけに、そっと離れていくと、席に戻りつつ様子を窺い続けることにする。
「ふむ。確かに少々ここでは落ち着かぬか。そうじゃのう……」
二人きりで話したいと告げられたのもあり、オペラが考え込んでいると、レピド・クロサイトが声を掛けた。
「ゆっくり話したいなら、団欒スペースを使うのはどうだ?」
「ああ、それは良いのぅ」
今は割と空いているようじゃし、と頷いて、オペラはアベルと団欒スペースの方へ移動していく。その様子をレピドはじっと見つめていたが、アベルから害意のようなものは感じられない。
(……入口の方も変化なし、か)
レピドは念の為、出入口付近の様子を確認していたが、アベルは本当に一人で行動しているらしく、誰かが動くような様子は見られない。とはいえ、それはそれで、御付きの者などが同行していない事が引っかかるのだが……。
(少し離れた場所にいる、という可能性はあるからな。前に見た報告書によると、信者が悪さする団体のようだし、一応気をつけてはおこう)
ホムンクルスとして生き返ったレピドが世情を知るために読んだ報告書の中に、『預言の御子』に関するものもあった。いろいろな意味で、踊る子熊亭の中にいれば安全だとは思うが……何者かが入って来るような可能性もゼロではないと、念の為に警戒は続けつつ、レピドはそっと、団欒スペースでの会話が聞こえる程度の位置まで移動する。
「二人ともここで聞こえるのか。すげーな」
と、後ろから小声を発したのは、シェルドンと一緒に来たステラである。超聴覚を持つレピドやシェルドンだからこその距離で、こちらに背を向けているアベルに気付かれる事はまあ無いだろう。
「――さて、神様の話じゃったな。わらわの神と、おぬしの神は別々の神じゃろうから、あくまでもこれは、わらわの神の話になるが……」
オペラはゆっくり口を開いた。アベルの神とオペラの神が別だと言い切ったのは、オペラの予知夢には必ず『白い鳥』が現れるが、アベルの預言はそうではないらしいことが理由だろう。
「好きとか嫌いとか無いじゃろ。わらわの神は、ただ必要な夢を飛ばしているだけじゃ。預言が無い? ならば預言の必要が無いと、わらわの神がお考えになっただけじゃろう」
そこに好きや嫌いといった感情的な物が挟まる余地は無いに違いない、とオペラは語る。
「そもそも、好きとか嫌いとか曖昧じゃからな。同じ預言であっても、わらわがそれを悪夢だと思えば『わらわは嫌われている』のかもしれん。しかし、その予知夢をわらわが喜ぶなら『わらわは好かれている』となるじゃろう。わかるかえ? 受け止める側の感情の持ちように過ぎぬことじゃよ」
「そう……なのかもしれません。でもオペラおねえ様、ぼくたちに何かが欠けているから、預言をいただけなくなったのだと、そう思ったりはしませんか?」
「うーむ……さっきも言ったが、わらわの神にはわらわの神なりのお考えがあるのじゃろう。ただそれだけの事だと、わらわは思うがのぅ」
オペラは、己に預言を与える神様の事を心の底から信じている。だからこそ、夢に見る預言をすべて信じられるし、自分に与えられた今の役割だって、神様がくれた運命だと信じることができる。
不安そうに語りかけるアベルと違って、ひとかけらの不安もないオペラの発言は、どこまでも一貫していた。
「おぬしはもう少し、おぬしの神を信じてみてはどうじゃ?」
「……そう、ですね。ぼくは、ぼくのかみさまを、しんじてみます……」
少し俯いて、頷き返したアベルは「今日はありがとうございました」と立ち上がる。レピド達がこっそり自分の席へ戻る中、オペラが踊る子熊亭の入口まで見送りに出るのを、そっとベルクが警戒する。
幸いにも、何かが起こるような事は無い……が、
(残念がる気持ちと……これは、諦め……か?)
残留思念感応で、先程とは少し違った思念を読み取ったベルクは少し首を傾げていた。
「お、オペラの客は帰ったか。お前も飲むか?」
「そうじゃな、ご一緒させて貰おうかの」
ナハシュに声を掛けられ、オペラもグラスを持つと、カウンターに並ぶイカ料理と肉料理に手を伸ばす。
「――残念ですね。何かが欠けていると思うような方なら、『こちら側』に来て下さったかもしれませんが――」
その見込みは薄そうだと、どこかで誰かが呟いていた。
マスターコメント
ご参加、ありがとうございました!
イベントシナリオ普通 報酬:標準15 / 4〜25人
2023年05月31日 11時03分41秒 公開
成功
参加者
相談掲示板
投稿はありません