【屍涯】灼けた砂【灼砂】
炙りとろ左門
コメント 4
シナリオID:2350
オープニング
● 血旗はためく空から
ベレス子爵代理アレクシスから届いた一枚の便りは、冒険者が先に得ていた情報を補強するものだった。
同じく領主代行を務めるハーヴェン伯爵夫人キーリはそれを読み終えると、丁寧に畳んで懐へしまう。
「〈屍涯宮〉の死霊術師ラトニアから得られた情報によれば、彼等の首魁が目指すのはガゼルタである、と」
キーリは冒険者たちの前に地図を広げる。そして、リーンエス王国東部に横たわるイグノ砂漠、それを臨む街々のひとつを指し示す。
「これまで彼らの目的ははっきりしていませんでしたが、アレクシス殿はさらにラトニアから情報を引き出すことに成功したようです。……まあ冒険者の皆さんへの借りを返す、ということでしたから、ひとえに皆さんのおかげですね」
アレクシスとラトニアは互いに未だぎこちないものの、リジーという、二人にとって特別な存在を共有しての関係性を構築しているらしい。
「それもまた、皆さんの働きの成果です」
リジーという少女を巡り破滅の運命を辿るかもしれなかった、ベレス子爵領。だがそれは、冒険者たちの健闘によって防がれた。キーリは真っ直ぐに冒険者の面々を見回し、居住まいを正す。
「〈屍涯宮〉の目的を明らかにし、阻止すること。今回の依頼はそれにぐっと近づくことができるものかもしれません。ですので……これはハーヴェン伯領・領主代行からの、正式な依頼です。……シュナイデル卿の思惑に乗り、恩人であるあなたたちを利用する形で、私としては不満ですが」
キーリはここにいない伯父に対し愚痴をこぼしつつ、一枚の資料を追加で広げる。
「アレクシス殿からの情報、そしてシュナイデル卿の話によると、〈屍涯宮〉の構成員の一部がガゼルタへと向かっているようなのです。すでに現地入りしているとの報告もあります」
そのうち名前が判明している死霊術師は、首魁であるセウェルスのみ。他、同程度の実力の「幹部」と見做される者がふたり。
「ガゼルタで何かやろうとしているのか……ラトニアは『星』を手に入れに行ったと言っていますが、肝心の詳細については黙秘していて……ですが、彼らが求めるものです。碌なものではないでしょう」
ひとまずは『ガゼルタの星』についての調査と、死霊術師たちの動向を探ること。キーリはこのふたつをひとまずの依頼目標に設定しつつ、最後にガゼルタの街についての資料を冒険者たちに渡した。
「と、まあ……相変わらず危険な任務であることには変わりはないのですが。ガゼルタの街は、近隣のキサナほどの規模ではないとはいえ、観光地でもあるんです。ついでにゆっくり羽を伸ばしてもらって……どうでしょう?」
● 天底に月を臨む塔
ガゼルタ。リーンエス王国東部にてイグノ砂漠を臨むこの流碧の街は、地下水浸食によって形成されたシンクホールをそこかしこに抱える観光地だ。透き通った地下水が貯まるこの穴は、現地では流星が落ちて出来た穴だと信じられている。
この街の魔術研究機関である『月の塔』は、それを自然現象のひとつであると語るが、正直あまり相手にされていない。魔法について明るくない一般人たちからしてみれば、『月の塔』に住まう魔術師たちは揃って変人であり、また人は夢のある話を好むものだ。教育の場が設けられている貴族の子弟であればともかく、日々を暮らす人々にとっては、小麦がしっかり測れる天秤の発明の方がよほど有難いのだから。
少年は『塔』の上から見慣れた街並みを見下ろす。
「主上、」
ふと声をかけられ、モニーは垂れ布で顔を隠し、振り返った。
「どうしましたか」
「奴らめ、動き出したようです」
暗がりに控えるその女は、モニーの腹心だ。モニーはこの女の情報ならば確かだろうと頷き、反対側へと視線を向ける。
「だ、そうだ。我々には準備がある。申し訳ないがお引き取り願おう、黒鴉殿」
闇に紛れる黒衣に身を包んだ長髪の男は、僅かに顎を引いた。頷いたのか、あるいは反論があるのか、少々分かりにくい。だがそのまま無言で場を辞したのを見る限り、こちらの事情は慮ってくれたようである。
「レイカの群生地だった場所は?」
「汚染が進んでいます。このままでは地下水を通じてこの街に影響が出るのも時間の問題かと……」
「……明日明後日の話ではないにしろ、早めに対策を施したいところだ」
モニーは思わず舌打ちしそうになり、唇を噛む。
「こんな時に限って、星の巡りとは当てにならないものだ」
● 星を追う者たち
「わー! 見てイェリアス! 水底、とっても綺麗だよ!」
セウェルスは水面から顔を出すと、地上で座り込むイェリアスに向かって手を振った。
「はしゃぐな。みっともねえ」
「ああ、イェリアスは泳げないからね」
「泳げるわ! 目立つなっつってんだよ」
幸いこのシンクホールには、セウェルスとイェリアス、そして日陰でぐったりと大の字になっているロドス――〈屍涯宮〉の面々しかいない。とはいうものの、イェリアスには目を輝かせてはしゃぐなどということはしない。理由がないからだ。
「せっかく古巣に里帰りだっていうのに、イェリアスは楽しくないの?」
「古巣なのはてめえと父祖だけだろうがよ。俺たちは後入りだからな」
「そうだっけ? じゃあれはユリアのことか。大昔のことだから、もう顔も思い出せないけど」
セウェルスは水辺から上がると、水を吸った衣服を軽く絞り、濡れた髪をかき上げた。
「ここもはずれだったな。どこにあるんだろ。どっかしらに入り口があるはずなんだけど」
「『月の塔』からは門前払いを食らっちまったからな。一発で通してくれるって自信満々のお前についていった俺が馬鹿だった」
はあ、とイェリアスは溜息を漏らすと読んでいた書物を閉じ、背後で横たわるロドスを振り返る。
「う〜……気持ち悪い……」
「こっちは熱射病気味だしよ。……俺たちはいい加減隠れる場所を探す」
イェリアスは小柄なロドスを担ぎ上げる。セウェルスも水気をタオルで軽く拭き取ると、二人のあとに続いた。
ベレス子爵代理アレクシスから届いた一枚の便りは、冒険者が先に得ていた情報を補強するものだった。
同じく領主代行を務めるハーヴェン伯爵夫人キーリはそれを読み終えると、丁寧に畳んで懐へしまう。
「〈屍涯宮〉の死霊術師ラトニアから得られた情報によれば、彼等の首魁が目指すのはガゼルタである、と」
キーリは冒険者たちの前に地図を広げる。そして、リーンエス王国東部に横たわるイグノ砂漠、それを臨む街々のひとつを指し示す。
「これまで彼らの目的ははっきりしていませんでしたが、アレクシス殿はさらにラトニアから情報を引き出すことに成功したようです。……まあ冒険者の皆さんへの借りを返す、ということでしたから、ひとえに皆さんのおかげですね」
アレクシスとラトニアは互いに未だぎこちないものの、リジーという、二人にとって特別な存在を共有しての関係性を構築しているらしい。
「それもまた、皆さんの働きの成果です」
リジーという少女を巡り破滅の運命を辿るかもしれなかった、ベレス子爵領。だがそれは、冒険者たちの健闘によって防がれた。キーリは真っ直ぐに冒険者の面々を見回し、居住まいを正す。
「〈屍涯宮〉の目的を明らかにし、阻止すること。今回の依頼はそれにぐっと近づくことができるものかもしれません。ですので……これはハーヴェン伯領・領主代行からの、正式な依頼です。……シュナイデル卿の思惑に乗り、恩人であるあなたたちを利用する形で、私としては不満ですが」
キーリはここにいない伯父に対し愚痴をこぼしつつ、一枚の資料を追加で広げる。
「アレクシス殿からの情報、そしてシュナイデル卿の話によると、〈屍涯宮〉の構成員の一部がガゼルタへと向かっているようなのです。すでに現地入りしているとの報告もあります」
そのうち名前が判明している死霊術師は、首魁であるセウェルスのみ。他、同程度の実力の「幹部」と見做される者がふたり。
「ガゼルタで何かやろうとしているのか……ラトニアは『星』を手に入れに行ったと言っていますが、肝心の詳細については黙秘していて……ですが、彼らが求めるものです。碌なものではないでしょう」
ひとまずは『ガゼルタの星』についての調査と、死霊術師たちの動向を探ること。キーリはこのふたつをひとまずの依頼目標に設定しつつ、最後にガゼルタの街についての資料を冒険者たちに渡した。
「と、まあ……相変わらず危険な任務であることには変わりはないのですが。ガゼルタの街は、近隣のキサナほどの規模ではないとはいえ、観光地でもあるんです。ついでにゆっくり羽を伸ばしてもらって……どうでしょう?」
● 天底に月を臨む塔
ガゼルタ。リーンエス王国東部にてイグノ砂漠を臨むこの流碧の街は、地下水浸食によって形成されたシンクホールをそこかしこに抱える観光地だ。透き通った地下水が貯まるこの穴は、現地では流星が落ちて出来た穴だと信じられている。
この街の魔術研究機関である『月の塔』は、それを自然現象のひとつであると語るが、正直あまり相手にされていない。魔法について明るくない一般人たちからしてみれば、『月の塔』に住まう魔術師たちは揃って変人であり、また人は夢のある話を好むものだ。教育の場が設けられている貴族の子弟であればともかく、日々を暮らす人々にとっては、小麦がしっかり測れる天秤の発明の方がよほど有難いのだから。
少年は『塔』の上から見慣れた街並みを見下ろす。
「主上、」
ふと声をかけられ、モニーは垂れ布で顔を隠し、振り返った。
「どうしましたか」
「奴らめ、動き出したようです」
暗がりに控えるその女は、モニーの腹心だ。モニーはこの女の情報ならば確かだろうと頷き、反対側へと視線を向ける。
「だ、そうだ。我々には準備がある。申し訳ないがお引き取り願おう、黒鴉殿」
闇に紛れる黒衣に身を包んだ長髪の男は、僅かに顎を引いた。頷いたのか、あるいは反論があるのか、少々分かりにくい。だがそのまま無言で場を辞したのを見る限り、こちらの事情は慮ってくれたようである。
「レイカの群生地だった場所は?」
「汚染が進んでいます。このままでは地下水を通じてこの街に影響が出るのも時間の問題かと……」
「……明日明後日の話ではないにしろ、早めに対策を施したいところだ」
モニーは思わず舌打ちしそうになり、唇を噛む。
「こんな時に限って、星の巡りとは当てにならないものだ」
● 星を追う者たち
「わー! 見てイェリアス! 水底、とっても綺麗だよ!」
セウェルスは水面から顔を出すと、地上で座り込むイェリアスに向かって手を振った。
「はしゃぐな。みっともねえ」
「ああ、イェリアスは泳げないからね」
「泳げるわ! 目立つなっつってんだよ」
幸いこのシンクホールには、セウェルスとイェリアス、そして日陰でぐったりと大の字になっているロドス――〈屍涯宮〉の面々しかいない。とはいうものの、イェリアスには目を輝かせてはしゃぐなどということはしない。理由がないからだ。
「せっかく古巣に里帰りだっていうのに、イェリアスは楽しくないの?」
「古巣なのはてめえと父祖だけだろうがよ。俺たちは後入りだからな」
「そうだっけ? じゃあれはユリアのことか。大昔のことだから、もう顔も思い出せないけど」
セウェルスは水辺から上がると、水を吸った衣服を軽く絞り、濡れた髪をかき上げた。
「ここもはずれだったな。どこにあるんだろ。どっかしらに入り口があるはずなんだけど」
「『月の塔』からは門前払いを食らっちまったからな。一発で通してくれるって自信満々のお前についていった俺が馬鹿だった」
はあ、とイェリアスは溜息を漏らすと読んでいた書物を閉じ、背後で横たわるロドスを振り返る。
「う〜……気持ち悪い……」
「こっちは熱射病気味だしよ。……俺たちはいい加減隠れる場所を探す」
イェリアスは小柄なロドスを担ぎ上げる。セウェルスも水気をタオルで軽く拭き取ると、二人のあとに続いた。
解説
目的:流碧の街ガゼルタでゆっくり過ごす/調査をする
■できること
【1】観光する:星火の泉で泳いでみたり、土産屋を見て回ったり、宿でゆっくりする
【2】調査する:『ガゼルタの星』や〈屍涯宮〉の面々の動向について調べる
■流碧の街ガゼルタ
リーンエス王国東部、イグノ砂漠付近にある街です。地下水浸食によって形成されたシンクホールをそこかしこに抱える観光地であり、透き通った地下水が貯まるこの穴は、現地では流星が落ちて出来た穴だと信じられています。
水底には淡く輝く小さな石が散らばっており、『ほしのかけら』と呼ばれ、出来の良いものは土産屋にも売られています。
▶︎ 星火の泉(シンクホール)
地下水浸食によって形成されたシンクホールです。透明度の高い地下水が溜まっており、水底には『ほしのかけら』が散らばっています。
▶︎ ほしのかけら
流星のかけらと謳われている輝石で、水の中に沈めると淡い輝きを放ちます。ガゼルタでは、想いを告げる際に首飾りにして贈る風習があります。
▶︎ 『月の塔』
ガゼルタ唯一の魔術研究機関です。街の人々からは胡散臭がられていますが、研究熱心な魔術師たちが集っています。
■主なNPC
セウェルス=マルキアス(アンダーテイカー):耳元に橙色の百合を咲かせる、〈屍涯宮〉の死霊術師です。何か目的があってガゼルタの街に滞在しているようですが……。
ロヴェル=ハーヴェン:現ハーヴェン伯爵であり、〈屍涯宮〉の情報を王国に流すという司法取引のもと、犯した罪の償いをしています。ガゼルタの街にて何かを調べて回っているようです。
▶︎『月の塔』
月の砂(モニー):『月の塔』の主。
■特記
マスターページは参照しなくても判定に影響はありませんが、上記の他、描写やマスタリングに関する項目があります。
マスターより
初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。
本シナリオは「【灰葬】」シリーズの続編、「【屍涯】」第1部「【血旗】」のエピローグおよび第2部「【灼砂】」のプロローグとなります。また新しいお話が始まりますので、継続の方も新規の方も大歓迎です。
ハーヴェンってなんぞやという方は「【灰葬】」シリーズ(全8回)を、セウェルスって誰やという方はあわせて「夏の夜のおばけ退治」をどうぞ。
本シナリオにはNPC「セウェルス=マルキアス」および「ロヴェル=ハーヴェン」が関連づけられており、適宜質疑応答を行います。
それでは皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
リプレイ
● 星の泉にて
ナハシュは目を輝かせ、澄んだ水を湛える星火の泉へ入っていった。砂漠付近の乾燥した気候と熱気で火照った体が冷やされていく。
「っはー! やっぱ夏は水遊びだろ!」
「はしゃぎすぎて怪我をしないように」
はしゃぐナハシュの後に、苦笑気味のヨル・スレイマンが続いた。二人とも水着だ。他にも観光客が何人か、涼をとるために、あるいは土産物目当てにくつろいでいる。
「あの底でぼんやり光ってるのが、『ほしのかけら』ってやつか?」
観光用に開放されているシンクホールは比較的浅いとは言え、一般人が潜れる深さではない。よって水中から、暗がりの底の淡い光を見るのが限界である。
「ここから光を確認できるってことは、相当強い光か、いっぱい落ちてるってことだろうけど……」
ヨルはナハシュの後に続いて軽く潜ってみる。授恵者であるからこそ可能な深さまで潜航すると、その景色の美しさに思わず息を吐きそうになった。
淡い光が岩肌で、水底で煌めいている。まるで夜空の中にいるようだ。
嬉々として大きめの石を探すナハシュの姿を見失わないようにしながら、ヨルは足元でひときわ煌めく、形の良い石を手に取った。そして「自分はもう上がるから」と伝えるべくナハシュの手を取る。
(――あ、)
振り返ったナハシュの、水底の星々を映して瞬く双眸の美しさに、ヨルは油断して口を開いてしまった。
慌てて水面へと浮上していくヨルを見送り、ナハシュは小首をかしげる。その手の中には、すべすべと平たく削れた輝石がふたつ、みっつ。
(流星のかけらか)
星の世界はこの水底と同じように、静かで美しいのだろうか。ナハシュはしばらくこの場を支配する静寂に耳を澄ませてから、ゆっくりと浮上した。
「おーい、大丈夫だったか?」
岸に上がり、ぜぇぜぇと荒い息を吐いているヨルの肩を軽く叩く。
「な、なんとか……君に泳ぎを教わっていてよかった……」
その手にはしっかりと『星のかけら』が握られていた。小ぶりだが、夜空を閉じ込めたような色をしている。ナハシュの拾ってきた『かけら』はどれも透明な水色の石で、どうやら色の濃淡は石の大きさに左右されるらしかった。
「それはそれできれいだね」
ようやく落ち着いた様子のヨルは、近くの土産屋を顎で示す。
「石は土産屋にも売っているらしいし、頼めば買い取ってもらえたりするんじゃないかな? あ、でも」
と、ヨルは手の中の石をナハシュに見せる。
「これは首飾りにして君にあげる予定だから、売らないでほしいな。綺麗だからね、お守りに」
ナハシュは目を瞬いたあと、じゃあ、と拾った石をひとつ、ヨルの手に握らせた。
「こっちはお前のな」
「……君は律儀だな」
そう言いつつもヨルは微笑み、もらった石の表面を撫でる。
「ありがとう。大事にするね」
● 睥睨する瞳
ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールの二人は、〈月の塔〉を訪れていた。依頼人によれば、この地に古くから存在する魔術の研究機関だという。とはいえ学問は何かを疑うことからはじまるもの、信心深い住民とはあまり反りが合わないようで、煙たがられている――ということを、ここに来るまでに道を尋ねた人々の反応から窺い知ることができた。
〈屍涯宮〉のことを引き合いに出すまでもなく、内覧の許可はあっさりと降りた。どうやら所蔵の一部が一般公開されているらしい。そうして書架をいくつか巡れば、古今東西の魔術の基礎から専門的な分野までがまんべんなく、そして科学的にまとめられている。エーテルによって現出する現象を「そういうもの」として終わらせず、深い理解とともに発展させていく――ジュストはすっかり本の虜になっていた。
夢中になって知識を貪る婚約者の横顔を、放置されているローザリカは少々面白くなさそうに見つめつつ、しかし最終的にはふっと笑みをこぼす。
(この手のことになるとまわりが見えなくなるのは、昔から変わらないな……)
元々読書や学問を好むこの婚約者は、植物に関する魔法を研究している。どうやら先行研究の中に興味深いものを見つけたらしく、ぶつぶつと何事かつぶやきながら頁を繰る。
(しかし……屍涯宮の輩は揃いも揃って地下が好きなのか?)
ローザリカは記憶を辿る。ベレスのことからしても、シンクホールに溜まっているのは地下水だけではないとか、穴が謎空間に繋がっているだとか言われても驚かない。少なくともこの地に魔術的研究機関があるということは、この土地自体になんらかの価値があると見ていいだろう。
ベレスとの共通点といえば、地下、水。そして新たに、星と月。ローザリカは天井を見上げた。塔の一番上は観測台になっているとのことだ。
「一体何を観ているんだろうな」
「『未来』ですよ」
独り言に突然反応があり、ローザリカは思わずびくついた。ジュストも本から顔を上げる。ふたりが振り返ると、そこには黒尽くめの女と、白法衣を纏い顔を垂れ布で覆った子供が立っていた。
「ようこそ、『月の塔』へ。熱心なお客様がいると聞きましてね」
「これは……ご挨拶もせずに失礼致しました」
本を閉じ、席を立とうとするジュストを、白法衣は軽く手で制する。
「構いません。私が勝手に会いに来ただけですから。用事は調べ物以外にもあるのでしょう?」
「……〈屍涯宮〉のこと、それから、『星』について」
その名を出せば、白法衣は大仰に肩をすくめて見せた。
「我々も彼には手を焼いています。しかし、そうですか……彼はその星の名を冒険者にも教えていたのですね」
ふむ、と白法衣は考えるそぶりを見せる。
「そうですね……我々にご協力いただけるのなら、知りたいことをお教えしますよ」
シルヴィア・A・カペルは街を巡り、〈屍涯宮〉の面々の動向を探っていた。セウェルスはかつてそうしていたように人々の認識をぼかす術が使えるあたりなかなか尻尾を掴めないが、他二人の幹部と思しき死霊術師たちに関してはもう少し情報を得ておきたいところだ。
「ったく、世話かけやがってよ」
「ご、ごめんねえ……」
と、シルヴィアの横をローブの二人組が横切った。小柄な方が大柄な方に担いで運ばれている、冒険者たちが行き交う通りであればそうも珍しくはない光景なのだが、ここは観光地だ。そしてすれ違いざまに微かに引いた花の香り――シルヴィアの直感がはたらく。
シルヴィアは振り返った。だが二人もまたシルヴィアのほうを見ており、ばちりと目が合う。
「なんだよ?」
声をかけようとしたところで、大柄な方が振り返った。燃えるような赤い髪と瞳の男だ。
「……君たちがここにいることの意味を考えていたんだよ」
小柄な方が、担がれたままシルヴィアを見る。目元はフードと長い前髪で見えない。
「セウェルスは『星』を探しているらしいけど、水底の輝石のことではないだろう?」
「そりゃ、観光しに来たわけじゃねーからな」
「じゃあ……」
シルヴィアは探るように男を見遣る。すると、男がぐっと顔を近づけてきたので、シルヴィアは思わず一歩引いた。
「一晩付き合ってくれたら、教えてやらねぇこともねーが」
「……あいにく、恋人がいるんだ。それに、そういう明け透けな誘いは好きじゃないな」
「ああ、そう。残念。ロドス、行くぞ」
男は再びシルヴィアに背を向けて歩き出す。
「行くぞも何も、僕は担がれたまんまなんだよねぇ……じゃあまたね」
ロドスと呼ばれた少年がシルヴィアに手を振る。シルヴィアはさらに追いかけようとしたが、通りをゆく人々の波に遮られ、あっという間に距離ができてしまった。
情報を集めるため、フリューリングスルフト=ティエラは手を尽くした。スキルを駆使してあちこちを飛び回るうちに、濡れた金色を見つける。
「やぁセウェルス。会いに来たさぁ♪」
親しい友人のように言葉を交わしつつも、二人の間には油断というものがない。
「取引せん?」
「君が街で集めた『星』の情報なら、俺も知ってる。むしろ俺の記憶の方が正確だ」
と、セウェルスは語る。
『創造の火』『破滅の火』と呼ばれる古の魔法、それが『ガゼルタの星』だ。国ひとつぶんの人間の魂を焚べたとも言われているが、あくまで伝承にすぎない――フリューが集めた情報よりは詳しいが、ジュストやローザリカが『塔』の白法衣から聞いた話と同じだ。そしてセウェルスはそれ以上のことを明かすつもりはないらしい。
「そか。あとラトニアのことだけど、元気にしてる。不当な扱いはしとらんさぁ」
へえ、とセウェルスが目を細めた。その瞳を、フリューはじっと覗き込む。
「信用できなくてもええんさぁ。それだけ伝えたかっただけだから。あと、」
そして、セウェルスの濡れた髪を一房手に取った。
「髪、ちゃんと拭かんと風邪ひくさぁ」
フリューはそのまま鞄の中からタオルを取り出すと、セウェルスの頭に被せてわしわしと水分を拭き取る。
「君のお日様みたいな髪と銀色の目、うちは好きかなぁ。ずっと見ていたい色さぁ」
「……そう?」
一瞬、垂れた前髪の間から覗く銀色の瞳の奥に、郷愁が浮かび、消えた。
「フリューは……おひさまみたいな匂いがするよね」
「うん、んん!?」
フリューは慌てて、続けて取り出した手紙の香りを確かめた。同様に衣類にも、香をわざわざ焚きしめたのだが。セウェルスは手紙をひょいとフリューの手から取ると、その場で開く。
「ああああ答えは次の時にね! また会いに行くねアンちゃん!」
まさか目の前で開封されるとは思っていなかったフリューは、気恥ずかしさからそう言い残して去るのだった。
● 水底に眠るもの
「おや」
サマエラ=フォリウムが星火の泉を訪れると、すでにスー・ルーとライオネル・ギシュムが調査にあたっていた。
「ふたりも来ていたのか。もし同様の調査をする者がいれば、手分けしてあたりたいと思っていたところだ」
声をかければ、ふたりも手を挙げて応じる。
「木を隠すなら森の中って言うし、たくさん星があるところを探そうと思って!」
ライオネルが泉の底を指差す。日も落ちれば、水底のぼんやりとした光も日中よりはわかりやすい。
「まあ、星を手に入れる、っていうのも意味がわかんねぇが……いやあいつらの言ってることいつも意味わかんねぇけど」
スールは夜空を仰ぐも首をかしげる。地上から空の星までどれほどの距離があるかは不明だが、『空に溶けし征竜』でもないかぎり手が届かないことを考えれば、『星』は喩えか、星と名付けられた別のものを指すはずだ。
「それなんだが……」
サマエラは先ほどすれ違ったシルヴィアからもたらされた情報をふたりにも共有する。
「『ガゼルタの星』という古の魔法がある、と……塔の管理者と思しき人物から、ジュストとローザリカが話を聞けたらしい」
「魔法?」
ライオネルはショップで売られているようなスクロールや、魔導書を思い浮かべる。
「じゃあ、水の中にはないのかな?」
「いや、そうとも言い切れない。〈屍涯宮〉の死霊術師がなにやら水底を調べている……という話も聞いた」
「つまり、この穴の底に何かがあることは間違いないってことだ」
スールは服を何枚か脱ぐと、ざぶざぶと水の中に入っていく。
「まさか観光で潜ってたわけじゃねぇだろうしな。それに、取りに来るものがわかってんなら、先に取っちまえばいいんじゃねぇの?」
「なるほど! じゃあ急がないとね」
「我々が先に手に入れる……か。もし可能なら、〈屍涯宮〉との取引に使えるかもしれないな」
ライオネルとサマエラも潜る準備を始める。スールは水の代わりに空気を溜めた袋を手に、一足先に水中へ潜る。後から入ったサマエラとライオネルはそれぞれ別の方向を調べ始めた。
しかし、どの穴に潜っても似たような風景が続くばかり。水辺には明かりがあるとはいえ、観光地側からの要請であまり夜遅くまで浸かっていることはできない。
地上で「日を改めようか」とスールとサマエラが話し合っているところへ、ライオネルが水中から勢いよく顔を出した。
「ね、ねえねえ、これ見て!」
慌てた様子のライオネルのそばに寄ってきたふたりに、ライオネルは水底からいくつか拾ってきた石を見せた。
「『ほしのかけら』を掘ってたら、こんな石が出てきたんだ」
『ほしのかけら』と違い、その石は光っていない。が――
「何か刻まれてんな……文字、か?」
スールが首を捻りつつ、石に刻まれた文字のようなものをなぞる。そして、隣にいるサマエラに見せた。
「読めるか?」
「いや……私が知らないだけかもしれないが、見たことのない文字だ」
ふたりの会話にライオネルはぶんぶんと頭を振って頷き、声を潜める。
「『ほしのかけら』が落ちてた、もっと下の層にあって……これしか見つからなかったけど……」
シンクホールの底の石は、潜水技術に長けた者でなければ取りに行くことが難しい。誰かが悪戯で投げ込んだとしても、もっと表層にあるはずだ。
スールとサマエラはライオネルに案内してもらい、文字の刻まれた石が見つかった場所へと潜っていく。あたりに何かおかしなところはないか、息の続く限り目を凝らしたり、触れて調べる。
と、スールとサマエラが何かを見つけた。ライオネルが【採掘】で掘った下、薄い岩盤をスキルで打ち砕いた下から覗いたのは――。
(これは……)
見知らぬ文字が刻まれた石は大きく、ライオネルが拾ってきたのはそのかけらだと言うことが窺えた。そして文字は文章を構成しているわけではなく、星の運行表のような『図』の一部として刻まれていた。
三人は一度それを隠してから水から上がり、思案する。
「どうする? 水ん中じゃ書き取りも出来ねぇしよ」
「ああ。かけらを持ち帰り、覚えている限りで書き出すしかないな」
サマエラはスールの思案に一応の対処を提案すると、急いで体を拭いて荷物をまとめた。もしこれが『ガゼルタの星』に関する重要な発見であれば、まだ冒険者ギルド以外には伏せておくのがいいだろう――早急に情報を共有する範囲を決め、〈屍涯宮〉の連中よりも早く次の行動に移らねばならない。
「これ、ラトニアさんに見せてみる?」
ふと、ライオネルが見つけた【かけら】を月明かりにかざす。ラトニアは屍涯宮の一員だが、だからこそそこから得られる情報もあるかもしれない。
「タイミングは測る必要はあるが、ありかもしれないな……」
サマエラはポーチや鞄にいくつかわけて【かけら】をしまう。ライオネルとスールもそれに倣うのだった。
ナハシュは目を輝かせ、澄んだ水を湛える星火の泉へ入っていった。砂漠付近の乾燥した気候と熱気で火照った体が冷やされていく。
「っはー! やっぱ夏は水遊びだろ!」
「はしゃぎすぎて怪我をしないように」
はしゃぐナハシュの後に、苦笑気味のヨル・スレイマンが続いた。二人とも水着だ。他にも観光客が何人か、涼をとるために、あるいは土産物目当てにくつろいでいる。
「あの底でぼんやり光ってるのが、『ほしのかけら』ってやつか?」
観光用に開放されているシンクホールは比較的浅いとは言え、一般人が潜れる深さではない。よって水中から、暗がりの底の淡い光を見るのが限界である。
「ここから光を確認できるってことは、相当強い光か、いっぱい落ちてるってことだろうけど……」
ヨルはナハシュの後に続いて軽く潜ってみる。授恵者であるからこそ可能な深さまで潜航すると、その景色の美しさに思わず息を吐きそうになった。
淡い光が岩肌で、水底で煌めいている。まるで夜空の中にいるようだ。
嬉々として大きめの石を探すナハシュの姿を見失わないようにしながら、ヨルは足元でひときわ煌めく、形の良い石を手に取った。そして「自分はもう上がるから」と伝えるべくナハシュの手を取る。
(――あ、)
振り返ったナハシュの、水底の星々を映して瞬く双眸の美しさに、ヨルは油断して口を開いてしまった。
慌てて水面へと浮上していくヨルを見送り、ナハシュは小首をかしげる。その手の中には、すべすべと平たく削れた輝石がふたつ、みっつ。
(流星のかけらか)
星の世界はこの水底と同じように、静かで美しいのだろうか。ナハシュはしばらくこの場を支配する静寂に耳を澄ませてから、ゆっくりと浮上した。
「おーい、大丈夫だったか?」
岸に上がり、ぜぇぜぇと荒い息を吐いているヨルの肩を軽く叩く。
「な、なんとか……君に泳ぎを教わっていてよかった……」
その手にはしっかりと『星のかけら』が握られていた。小ぶりだが、夜空を閉じ込めたような色をしている。ナハシュの拾ってきた『かけら』はどれも透明な水色の石で、どうやら色の濃淡は石の大きさに左右されるらしかった。
「それはそれできれいだね」
ようやく落ち着いた様子のヨルは、近くの土産屋を顎で示す。
「石は土産屋にも売っているらしいし、頼めば買い取ってもらえたりするんじゃないかな? あ、でも」
と、ヨルは手の中の石をナハシュに見せる。
「これは首飾りにして君にあげる予定だから、売らないでほしいな。綺麗だからね、お守りに」
ナハシュは目を瞬いたあと、じゃあ、と拾った石をひとつ、ヨルの手に握らせた。
「こっちはお前のな」
「……君は律儀だな」
そう言いつつもヨルは微笑み、もらった石の表面を撫でる。
「ありがとう。大事にするね」
● 睥睨する瞳
ジュスト・ヴェルジーとローザリカ・L・ディオールの二人は、〈月の塔〉を訪れていた。依頼人によれば、この地に古くから存在する魔術の研究機関だという。とはいえ学問は何かを疑うことからはじまるもの、信心深い住民とはあまり反りが合わないようで、煙たがられている――ということを、ここに来るまでに道を尋ねた人々の反応から窺い知ることができた。
〈屍涯宮〉のことを引き合いに出すまでもなく、内覧の許可はあっさりと降りた。どうやら所蔵の一部が一般公開されているらしい。そうして書架をいくつか巡れば、古今東西の魔術の基礎から専門的な分野までがまんべんなく、そして科学的にまとめられている。エーテルによって現出する現象を「そういうもの」として終わらせず、深い理解とともに発展させていく――ジュストはすっかり本の虜になっていた。
夢中になって知識を貪る婚約者の横顔を、放置されているローザリカは少々面白くなさそうに見つめつつ、しかし最終的にはふっと笑みをこぼす。
(この手のことになるとまわりが見えなくなるのは、昔から変わらないな……)
元々読書や学問を好むこの婚約者は、植物に関する魔法を研究している。どうやら先行研究の中に興味深いものを見つけたらしく、ぶつぶつと何事かつぶやきながら頁を繰る。
(しかし……屍涯宮の輩は揃いも揃って地下が好きなのか?)
ローザリカは記憶を辿る。ベレスのことからしても、シンクホールに溜まっているのは地下水だけではないとか、穴が謎空間に繋がっているだとか言われても驚かない。少なくともこの地に魔術的研究機関があるということは、この土地自体になんらかの価値があると見ていいだろう。
ベレスとの共通点といえば、地下、水。そして新たに、星と月。ローザリカは天井を見上げた。塔の一番上は観測台になっているとのことだ。
「一体何を観ているんだろうな」
「『未来』ですよ」
独り言に突然反応があり、ローザリカは思わずびくついた。ジュストも本から顔を上げる。ふたりが振り返ると、そこには黒尽くめの女と、白法衣を纏い顔を垂れ布で覆った子供が立っていた。
「ようこそ、『月の塔』へ。熱心なお客様がいると聞きましてね」
「これは……ご挨拶もせずに失礼致しました」
本を閉じ、席を立とうとするジュストを、白法衣は軽く手で制する。
「構いません。私が勝手に会いに来ただけですから。用事は調べ物以外にもあるのでしょう?」
「……〈屍涯宮〉のこと、それから、『星』について」
その名を出せば、白法衣は大仰に肩をすくめて見せた。
「我々も彼には手を焼いています。しかし、そうですか……彼はその星の名を冒険者にも教えていたのですね」
ふむ、と白法衣は考えるそぶりを見せる。
「そうですね……我々にご協力いただけるのなら、知りたいことをお教えしますよ」
シルヴィア・A・カペルは街を巡り、〈屍涯宮〉の面々の動向を探っていた。セウェルスはかつてそうしていたように人々の認識をぼかす術が使えるあたりなかなか尻尾を掴めないが、他二人の幹部と思しき死霊術師たちに関してはもう少し情報を得ておきたいところだ。
「ったく、世話かけやがってよ」
「ご、ごめんねえ……」
と、シルヴィアの横をローブの二人組が横切った。小柄な方が大柄な方に担いで運ばれている、冒険者たちが行き交う通りであればそうも珍しくはない光景なのだが、ここは観光地だ。そしてすれ違いざまに微かに引いた花の香り――シルヴィアの直感がはたらく。
シルヴィアは振り返った。だが二人もまたシルヴィアのほうを見ており、ばちりと目が合う。
「なんだよ?」
声をかけようとしたところで、大柄な方が振り返った。燃えるような赤い髪と瞳の男だ。
「……君たちがここにいることの意味を考えていたんだよ」
小柄な方が、担がれたままシルヴィアを見る。目元はフードと長い前髪で見えない。
「セウェルスは『星』を探しているらしいけど、水底の輝石のことではないだろう?」
「そりゃ、観光しに来たわけじゃねーからな」
「じゃあ……」
シルヴィアは探るように男を見遣る。すると、男がぐっと顔を近づけてきたので、シルヴィアは思わず一歩引いた。
「一晩付き合ってくれたら、教えてやらねぇこともねーが」
「……あいにく、恋人がいるんだ。それに、そういう明け透けな誘いは好きじゃないな」
「ああ、そう。残念。ロドス、行くぞ」
男は再びシルヴィアに背を向けて歩き出す。
「行くぞも何も、僕は担がれたまんまなんだよねぇ……じゃあまたね」
ロドスと呼ばれた少年がシルヴィアに手を振る。シルヴィアはさらに追いかけようとしたが、通りをゆく人々の波に遮られ、あっという間に距離ができてしまった。
情報を集めるため、フリューリングスルフト=ティエラは手を尽くした。スキルを駆使してあちこちを飛び回るうちに、濡れた金色を見つける。
「やぁセウェルス。会いに来たさぁ♪」
親しい友人のように言葉を交わしつつも、二人の間には油断というものがない。
「取引せん?」
「君が街で集めた『星』の情報なら、俺も知ってる。むしろ俺の記憶の方が正確だ」
と、セウェルスは語る。
『創造の火』『破滅の火』と呼ばれる古の魔法、それが『ガゼルタの星』だ。国ひとつぶんの人間の魂を焚べたとも言われているが、あくまで伝承にすぎない――フリューが集めた情報よりは詳しいが、ジュストやローザリカが『塔』の白法衣から聞いた話と同じだ。そしてセウェルスはそれ以上のことを明かすつもりはないらしい。
「そか。あとラトニアのことだけど、元気にしてる。不当な扱いはしとらんさぁ」
へえ、とセウェルスが目を細めた。その瞳を、フリューはじっと覗き込む。
「信用できなくてもええんさぁ。それだけ伝えたかっただけだから。あと、」
そして、セウェルスの濡れた髪を一房手に取った。
「髪、ちゃんと拭かんと風邪ひくさぁ」
フリューはそのまま鞄の中からタオルを取り出すと、セウェルスの頭に被せてわしわしと水分を拭き取る。
「君のお日様みたいな髪と銀色の目、うちは好きかなぁ。ずっと見ていたい色さぁ」
「……そう?」
一瞬、垂れた前髪の間から覗く銀色の瞳の奥に、郷愁が浮かび、消えた。
「フリューは……おひさまみたいな匂いがするよね」
「うん、んん!?」
フリューは慌てて、続けて取り出した手紙の香りを確かめた。同様に衣類にも、香をわざわざ焚きしめたのだが。セウェルスは手紙をひょいとフリューの手から取ると、その場で開く。
「ああああ答えは次の時にね! また会いに行くねアンちゃん!」
まさか目の前で開封されるとは思っていなかったフリューは、気恥ずかしさからそう言い残して去るのだった。
● 水底に眠るもの
「おや」
サマエラ=フォリウムが星火の泉を訪れると、すでにスー・ルーとライオネル・ギシュムが調査にあたっていた。
「ふたりも来ていたのか。もし同様の調査をする者がいれば、手分けしてあたりたいと思っていたところだ」
声をかければ、ふたりも手を挙げて応じる。
「木を隠すなら森の中って言うし、たくさん星があるところを探そうと思って!」
ライオネルが泉の底を指差す。日も落ちれば、水底のぼんやりとした光も日中よりはわかりやすい。
「まあ、星を手に入れる、っていうのも意味がわかんねぇが……いやあいつらの言ってることいつも意味わかんねぇけど」
スールは夜空を仰ぐも首をかしげる。地上から空の星までどれほどの距離があるかは不明だが、『空に溶けし征竜』でもないかぎり手が届かないことを考えれば、『星』は喩えか、星と名付けられた別のものを指すはずだ。
「それなんだが……」
サマエラは先ほどすれ違ったシルヴィアからもたらされた情報をふたりにも共有する。
「『ガゼルタの星』という古の魔法がある、と……塔の管理者と思しき人物から、ジュストとローザリカが話を聞けたらしい」
「魔法?」
ライオネルはショップで売られているようなスクロールや、魔導書を思い浮かべる。
「じゃあ、水の中にはないのかな?」
「いや、そうとも言い切れない。〈屍涯宮〉の死霊術師がなにやら水底を調べている……という話も聞いた」
「つまり、この穴の底に何かがあることは間違いないってことだ」
スールは服を何枚か脱ぐと、ざぶざぶと水の中に入っていく。
「まさか観光で潜ってたわけじゃねぇだろうしな。それに、取りに来るものがわかってんなら、先に取っちまえばいいんじゃねぇの?」
「なるほど! じゃあ急がないとね」
「我々が先に手に入れる……か。もし可能なら、〈屍涯宮〉との取引に使えるかもしれないな」
ライオネルとサマエラも潜る準備を始める。スールは水の代わりに空気を溜めた袋を手に、一足先に水中へ潜る。後から入ったサマエラとライオネルはそれぞれ別の方向を調べ始めた。
しかし、どの穴に潜っても似たような風景が続くばかり。水辺には明かりがあるとはいえ、観光地側からの要請であまり夜遅くまで浸かっていることはできない。
地上で「日を改めようか」とスールとサマエラが話し合っているところへ、ライオネルが水中から勢いよく顔を出した。
「ね、ねえねえ、これ見て!」
慌てた様子のライオネルのそばに寄ってきたふたりに、ライオネルは水底からいくつか拾ってきた石を見せた。
「『ほしのかけら』を掘ってたら、こんな石が出てきたんだ」
『ほしのかけら』と違い、その石は光っていない。が――
「何か刻まれてんな……文字、か?」
スールが首を捻りつつ、石に刻まれた文字のようなものをなぞる。そして、隣にいるサマエラに見せた。
「読めるか?」
「いや……私が知らないだけかもしれないが、見たことのない文字だ」
ふたりの会話にライオネルはぶんぶんと頭を振って頷き、声を潜める。
「『ほしのかけら』が落ちてた、もっと下の層にあって……これしか見つからなかったけど……」
シンクホールの底の石は、潜水技術に長けた者でなければ取りに行くことが難しい。誰かが悪戯で投げ込んだとしても、もっと表層にあるはずだ。
スールとサマエラはライオネルに案内してもらい、文字の刻まれた石が見つかった場所へと潜っていく。あたりに何かおかしなところはないか、息の続く限り目を凝らしたり、触れて調べる。
と、スールとサマエラが何かを見つけた。ライオネルが【採掘】で掘った下、薄い岩盤をスキルで打ち砕いた下から覗いたのは――。
(これは……)
見知らぬ文字が刻まれた石は大きく、ライオネルが拾ってきたのはそのかけらだと言うことが窺えた。そして文字は文章を構成しているわけではなく、星の運行表のような『図』の一部として刻まれていた。
三人は一度それを隠してから水から上がり、思案する。
「どうする? 水ん中じゃ書き取りも出来ねぇしよ」
「ああ。かけらを持ち帰り、覚えている限りで書き出すしかないな」
サマエラはスールの思案に一応の対処を提案すると、急いで体を拭いて荷物をまとめた。もしこれが『ガゼルタの星』に関する重要な発見であれば、まだ冒険者ギルド以外には伏せておくのがいいだろう――早急に情報を共有する範囲を決め、〈屍涯宮〉の連中よりも早く次の行動に移らねばならない。
「これ、ラトニアさんに見せてみる?」
ふと、ライオネルが見つけた【かけら】を月明かりにかざす。ラトニアは屍涯宮の一員だが、だからこそそこから得られる情報もあるかもしれない。
「タイミングは測る必要はあるが、ありかもしれないな……」
サマエラはポーチや鞄にいくつかわけて【かけら】をしまう。ライオネルとスールもそれに倣うのだった。
マスターコメント
お疲れ様でした! 楽しんでいただけましたら幸いです。
MVPはそれぞれの調査にあたった方々を代表しての付与となります。
それではまた、お会いしましょう〜
イベントシナリオ普通 報酬:標準9 / 4〜25人
2022年08月04日 21時30分18秒 公開
大成功
相談掲示板
シーフのフリューさぁ、よろしくね! 行動予定として【2】で調査行動予定。 その中でセウェルスに会う事ができたら、何か話を聞けないかなって思ってる。 その交渉?の話題で、ラトニアが元気でいること、魂食いから助けた事を言おうと思う。 まぁ繋がってるらしいから駄目かもしんないんやけど。 もしいうのダメって意見あれば言うてね。
すまない、挨拶が遅れた。いつもながら感謝している… というわけでなにか疑問点があれば答えよう。大丈夫だとは思うが… シンクホールはそこそこに深い。潜って輝石を撮りにいきたい場合は、装備を整えておくと良い。 それでは、よろしく頼む。
ウォーリアのライオネルだよ。よろしくね。 俺も【2】で調査行動予定。 セウェルスさんに話を聞くのいいと思うよ! ラトニアが元気でいること、魂食いから助けた事も言っていいと思う! セウェルスさんもなんだかんだで心配してるんじゃないかな? 俺がどういう風に調査するかは…まだ考え中…!(むむむ)
ライオネルさんご意見ありがとう! じゃあ伝える方向で行くさぁ! 現地ではよろしくね! ロヴェルさんも元気そうで良かったさぁ!(手をぶんぶん振る