解雪の宴 ~フェンガリに届く春の知らせ~
真柄 葉
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シナリオID:2156
オープニング
ロスガリアに訪れた春が過ぎる頃、ここにもようやく春の足音が聞こえ始める。
北壁山脈に抱かれた雪深い村『フェンガリ』。雪豹のハーフビースト達が暮らす小さな集落だ。
「兄様、標石の頭が見えたわ!」
水汲みから戻ったクシェンがクルススの元に駆け寄った。
「そうか。ようやくこの村にも春が来たか」
標石。それは雪深く季節の変わり目がわかりにくいフェンガリに用意された目安石。
この石の天頂が露わになれば、厳しい冬が終わり春が訪れる。
「今年はやるんでしょ、『春狩の儀』と『解雪の宴』!」
「ああ、そうだね。今年は開催したいね」
「やったっ!」
「ああ、でもクシェンは『春狩の儀』の方は駄目だぞ?」
「なんでっ!?」
「なんでって、クシェンは授恵者になっただろ。圧勝するのが目に見えているからね」
「うっ……そうだった」
これ以上ないくらいに落胆する妹を見て、クルススは苦笑する。
「まぁ、それは村の皆相手っていうだけで、冒険者の方達が相手ならお前も参加できるだろ?」
「えっ!」
「折角だし冒険者の皆さんも招待しようと思っているんだ。彼等はこの村の改革に沢山力を貸してくれたからね。それに、祭は賑やかな方がいいだろう? クシェン、冒険者ギルドまで手紙を持って行ってもらえるかい?」
「ええっ、もちろんよ!!」
眼を輝かせる妹の同意を得て、クルススは早速手紙をしたためる。
しばらく会っていない冒険者達は、どうしているだろうか。
クルスス自身、少しだけ心を躍らせながら筆を走らせた。
●
「クルスス村長。失礼します」
クシェンを送り出してすぐ、クルススの家の戸を叩き、一人の女性が入ってきた。
「これはエメさん、どうされましたか?」
それはフェンガリにある極北へ赴くための拠点を守る帝国軍所属の女士官エメだった。
「先ほどクシェンさんに聞いたのですが、村を上げての祭があるとか」
「ええ。去年は色々あってできませんでしたが、毎年春の訪れを祝う祭をやっているのです。ああそうだ、エメさんや駐留隊の皆さんも是非参加してください」
「ご招待感謝いたします。あと、村の皆さんがよろしければ、我々の知人を祭に招待したいのですが、かまわないでしょうか」
「知人、ですか? 冒険者の方でしたら、こちらからお誘いするつもりですが」
と、首をかしげるクルススに、エメは小さく微笑む。
「いえ、巨人族の方です」
「きょ、巨人族……! それは、あの……洞窟の向こうに暮らしているとおっしゃっていた」
「ええ、その彼等です。極北行以来、彼等と交流を続けているのですが、先月の会談時に、こちらの世界の現状を見て見たいと言われまして。いかがでしょう?」
動揺するクルススに、エメは口元を押さえながら問いかけた。
「なるほど……その……危険などは」
「ありません、ご安心ください」
「そう、ですか……うーん」
「冒険者の方々もいらっしゃるのでしょう? もし万が一があっても彼等が居れば問題ないと思いますが」
「……確かにそうですね。わかりました、ご招待させてください」
「ありがとうございます。先方も喜ぶと思います」
にこりと微笑んだエメに、クルススは安堵の息を吐いた。
こうして、二年ぶりに開かれる事となったフェンガリの村祭り。
北壁山脈に訪れた春を祝う祭は、どうやら賑やかなものになりそうだった――。
北壁山脈に抱かれた雪深い村『フェンガリ』。雪豹のハーフビースト達が暮らす小さな集落だ。
「兄様、標石の頭が見えたわ!」
水汲みから戻ったクシェンがクルススの元に駆け寄った。
「そうか。ようやくこの村にも春が来たか」
標石。それは雪深く季節の変わり目がわかりにくいフェンガリに用意された目安石。
この石の天頂が露わになれば、厳しい冬が終わり春が訪れる。
「今年はやるんでしょ、『春狩の儀』と『解雪の宴』!」
「ああ、そうだね。今年は開催したいね」
「やったっ!」
「ああ、でもクシェンは『春狩の儀』の方は駄目だぞ?」
「なんでっ!?」
「なんでって、クシェンは授恵者になっただろ。圧勝するのが目に見えているからね」
「うっ……そうだった」
これ以上ないくらいに落胆する妹を見て、クルススは苦笑する。
「まぁ、それは村の皆相手っていうだけで、冒険者の方達が相手ならお前も参加できるだろ?」
「えっ!」
「折角だし冒険者の皆さんも招待しようと思っているんだ。彼等はこの村の改革に沢山力を貸してくれたからね。それに、祭は賑やかな方がいいだろう? クシェン、冒険者ギルドまで手紙を持って行ってもらえるかい?」
「ええっ、もちろんよ!!」
眼を輝かせる妹の同意を得て、クルススは早速手紙をしたためる。
しばらく会っていない冒険者達は、どうしているだろうか。
クルスス自身、少しだけ心を躍らせながら筆を走らせた。
●
「クルスス村長。失礼します」
クシェンを送り出してすぐ、クルススの家の戸を叩き、一人の女性が入ってきた。
「これはエメさん、どうされましたか?」
それはフェンガリにある極北へ赴くための拠点を守る帝国軍所属の女士官エメだった。
「先ほどクシェンさんに聞いたのですが、村を上げての祭があるとか」
「ええ。去年は色々あってできませんでしたが、毎年春の訪れを祝う祭をやっているのです。ああそうだ、エメさんや駐留隊の皆さんも是非参加してください」
「ご招待感謝いたします。あと、村の皆さんがよろしければ、我々の知人を祭に招待したいのですが、かまわないでしょうか」
「知人、ですか? 冒険者の方でしたら、こちらからお誘いするつもりですが」
と、首をかしげるクルススに、エメは小さく微笑む。
「いえ、巨人族の方です」
「きょ、巨人族……! それは、あの……洞窟の向こうに暮らしているとおっしゃっていた」
「ええ、その彼等です。極北行以来、彼等と交流を続けているのですが、先月の会談時に、こちらの世界の現状を見て見たいと言われまして。いかがでしょう?」
動揺するクルススに、エメは口元を押さえながら問いかけた。
「なるほど……その……危険などは」
「ありません、ご安心ください」
「そう、ですか……うーん」
「冒険者の方々もいらっしゃるのでしょう? もし万が一があっても彼等が居れば問題ないと思いますが」
「……確かにそうですね。わかりました、ご招待させてください」
「ありがとうございます。先方も喜ぶと思います」
にこりと微笑んだエメに、クルススは安堵の息を吐いた。
こうして、二年ぶりに開かれる事となったフェンガリの村祭り。
北壁山脈に訪れた春を祝う祭は、どうやら賑やかなものになりそうだった――。
解説
●目的
フェンガリにて、春の訪れを祝う宴へ参加してください。
●場所
北壁山脈に面する村『フェンガリ』。
雪豹のハーフビースト達が暮らす小さな村でしたが、極北へと至る道がこの村の近くで発見された事により、帝国軍がベースキャンプを設置していたりします。
●人物
・クルスス
雪豹のハーフビーストでフェンガリの若き村長。誠実だけど苦労性の19歳。
・クシェン
クルススの妹でフェンガリ唯一の授恵者。18歳。
外の世界に興味津々な年相応な女の子。足癖が悪いという噂も。
・グリシア/グリシス
クシェンより一つ下の双子の姉妹。共に17歳。
寡黙で博識なグリシア。快活で物怖じしないグリシス。
・エメ
帝国軍所属の女性軍人。25歳眼鏡っ子。
フェンガリにある極北ベースキャンプを預かる人物。
・イスキア
巨人族の青年。巨人族の中でも特に武に優れる人物で、10m近い巨漢。
・ケイル
巨人族の少年。巨人族の中では最年少で身長は約3m。過去に竜の里への水先案内人を務めた。
●行動
・春狩の儀
春の訪れに感謝を込めて行う狩猟大会。
まだ雪深い山に入り、兎や鹿、時には熊なんかも追います。
狩りで得られた肉は、宴の際に振舞われます。
フェンガリからはクシェンが参加します。
・解雪の宴
一冬を越え生きていた事への感謝を込めて開かれる宴会。
フェンガリでは貴重なお酒や、春狩の儀で獲った獲物の肉などが盛大に振舞われます。
・揺満月(ユリミツキ)保護区
先日発見・保護された幻の鳥と言われる『揺満月(ユリミツキ)』の保護と繁殖を目的とした施設。廃屋を利用した屋内飼育場で、まだ数は少ないですが数羽の揺満月が暮らしています。見学可。
・サウナ
帝国軍が設置したベースキャンプにあるサウナ。
帝国皇子殿下や征竜の巫女も入った由緒正しき(?)サウナです。
・極北への道
忌まわしき儀式があったのも過去の話。
極北へと繋がる洞窟がある高台で、村と北壁山脈を一望できる展望台としても雰囲気のある場所です。
●補足
宴に参加していただくだけではなく、裏方として支えていただくのも大歓迎です!
また、踊りや歌などの芸事を披露していただくのもいいかと思います。
フェンガリにはまだまだ雪がたくさん残っていますので、この冬最後の雪遊びとかもしていただけます。
マスターより
お世話になっております。真柄 葉と申します。
今回のシナリオは、久しぶりのフェンガリ!
ようやく春が訪れた北壁山脈の麓の村で行われる春祭りへ、ぜひ参加ください!
極北へ行って以来出番のなかった巨人族も遊びに来ています。もし知己の方がいらっしゃったら、この機に思い出話に花を咲かせてみてくださいね!
それでは、今回もよろしくお願いいたします!
リプレイ
長い冬の間に降り重なった雪が重く堆積している。
フェンガリのさらに北、岩と雪しかない世界で、それは始まった。
「北壁山脈での狩りか……随分と久しい」
【双波】で見つけた雪ウサギの背に、ベルク・オスマットはナイフを落とした。
「取り過ぎては生態系に差し支える、ただでさえここは豊かな土地ではないのだから」
北壁山脈の荒涼とした世界。この懐かしき景色に想いを馳せる。
オスマットの住んだ世界も、ここと同じく命の息遣いが感じられぬ無機質な世界だった。
今はどうなっているのかも知れぬ故郷を思う気はないけれど、ふと似た景色に視線が釣られる。
雪深い岩山は危険と隣り合わせ。それは『故郷』での暮らしでいやという程叩き込まれた……はずだ。
「……いかんな、気を引き締めて行かんと」
記憶にない記憶に引っ張られるなと、頭を振り、ベルクは新たな獲物を追った。
●
「へぇ、うまいものね」
クシェンがその手際に感心する。
「獲物がわかればもう少し罠も工夫できるんだがな。まぁ、汎用性のある罠で様子見だ」
答えたスー・ルーが、罠を仕上げ顔を上げた。
「あんまり罠って使わないから新鮮」
「そうか? 俺の方こそ、罠も使わずによくこの極地で狩りができると感心するぞ」
「そう? その辺りは慣れじゃない」
「慣れで獲物がとれるかよ」
「そっちこそ慣れで獲物とってるじゃない。何が違うの?」
「いやいや、二人とも十分すごいから」
平然とそんな会話を繰り広げている二人に驚かされっぱなしのアリオン・リュー。
罠を設置しては小動物を捕えるスー。
ナイフ一本で獲物をしとめるクシェン。
慣れない弓の手ほどきを受け、狩りに臨んでみたはいいが、二人の手際の良さに、まるで出番はない。
「いっても捕まえているのは小動物ばかりだしな。そんなに驚く事じゃないぞ?」
「そうそう、熊とか鹿とかがいればいいんだけど、今日はまだ見てないわね」
そんなアリオンに、二人はさも当然だという様に辺りを見回し獲物を探す。
「あはは……でも、本当に罠の位置取りとか気配の消し方、狩りの時の身のこなしなんて、とてもじゃないけど真似できないよ」
アリオンは、苦笑しつつも二人につき、狩りの様を学ぶ。
三人の狩りはまだ始まったばかりだ――。
●
ララベル・サン・ディーベルは、雪中に潜んでいた。
聞こえてくる音は少ない。
太陽の熱に軋む雪。溶けだした水音――。
命の音が、気配が、まるで感じられない寂寞の山に、じっと耳を澄ませた。
(…………来た)
硬く固まった雪を踏む足音に、ララベルはゆっくりと眼を開ける。
雪の白に同化するような真っ白い毛皮が、十数m先で蠢いていた。
(大きい……!)
それは白い毛皮を纏った熊だった。
冬眠から起きたてなのか、瘦せこけてはいるもののその瞳孔は鋭い。
(獲物を探しているんだ)
越冬の空腹を満たす為に、熊は辺りの命の気配を探っている。
(大丈夫、ここはバレない)
ごくりと音もなく唾を飲んだ。
陣取った位置は風向きを計算し、けして相手に匂いがいかない場所。
そして、この距離。
(一気に仕留める……!)
熊があちらを向いた瞬間、ララベルが飛び出した。
【スキル】を駆使し、一息に熊の背後を取ると――。
「ごめん、恨みはないけど――――」
小さくそう呟いて、熊の首元に当てた刃を引いた――。
●
仕留めた獲物に一喜一憂する参加者の間を抜け、ナハティガル=ラーは深い谷へと入っていく。
「見つけた」
小さく呟いたナハティガルが見上げた先にあったのは、切り立った岩肌をものともせず駆け上がっていく雄山羊の姿。
常人であれば呆然と見上げるだけの崖を、ナハティガルはいともたやすく駆け上った。
彼の気配に気づいた雄山羊が、挑発的に一吠えし、更に崖を登っていく。
しかし、高機動戦闘に長けたナハティガルに、足場の不利はない。見る間に詰まっていく距離に、ついには雄山羊も危機を感じたのか、懸命に距離を取るが、それも――。
「悪いが、糧となってくれ」
『蝶のように舞い、蜂のように刺す』。
ナハティガルは蝶のように足場を跳び距離をゼロにすると、その首元に白顎の一撃を突き刺した。
●
「よっしー! でっかい獲物獲って優勝するぞー!」
「いや、別に優勝とかないからね?」
「へ……ないの?」
「だって、春をお祝いする祭りだもん。勝ち負けとかないよ」
「なんですとぉぉ!!」
クシェンに言われ、がくりと項垂れるサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。
「ま、いっか。でも、大きな獲物獲ったらみんな喜ぶよね」
「うんっ。その分、宴が豪華になるからね!」
「よーし! いっちょやってやるにゃー!!」
二人は協力して獲物を探す。出来るだけ風下に位置し、岩と雪に身を隠し、獲物の痕跡を追う。
「……クシェン、あれ」
「うん……多分鹿の糞。まだ温かそう」
「足跡もあるし、まだ遠くに行って無いはず」
クシェンの同意を得てサフィラは足跡の続く方角へ【双波】を放つ――。
●
「おいおい、魔獣がいるなんて聞いてねーぞ」
仕留めた獲物にナイフを突き立てながら、サイラスが呟く。
狩猟大会へと参加したはいいが、獲物らしい獲物に出逢えなかったサイラスは、どんどんと山の奥へと入っていった。
山肌の傾斜もきつくなり、心なしか呼吸も苦しくなってきた所で、出会ったのがこの大鹿だった。
初めはただの獣かと思ったが、足が6本もある。サイラスはこれ幸いと、討伐に乗り出した。
「とはいえ、素材が手に入ったのは嬉しい誤算か」
苦労の末、討伐に成功した魔獣の皮を剥ぎつつ、使える部位を探していく。
「うーん……骨くらいか。せめて角くらい生やしとけよな」
しかし、めぼしい素材がほとんどない。サイラスは仕方なく肉をそぎ落とすと、使えそうな骨を切りだしていった。
「宴開くみたいだし、肉は使えるか」
骨とは別に選り分けた肉を毛皮で包み、背嚢へと括り付ける。
「よし、こんなとこか。んじゃま、とっとと帰るかね」
残った不要な部分を土に埋め、サイラスは山を下る。
●
「とるのは必要な分だけでいい。残りは腹減った動物が勝手に持っていく。冬が明けたばかりだから、腹をすかせている奴等も多いだろうしな」
「そうね。埋めずに置いて行ってあげましょうか。毛皮は貰っていくけど」
「内臓はいらないか? 必要なければ置いていくが」
スーの問いかけにクシェンは大丈夫だと頷いた。
「よし、それじゃ行くか」
三人は解体した獲物を纏めると、帰路につく。
「ねぇ、クシェン」
「うん?」
道中、アリオンがクシェンを呼んだ。
「狩りを見てて思ったんだけどさ。君はもう十分冒険者としてやっていけると思うんだ。リブラネスタに行ってみたいって前にも言ってたし、冒険者登録ついでによかったら案内するよ」
「えっ、いいの!?」
「もちろん」
瞳を輝かせるクシェンに、アリオンは微笑む。
「都合が付いたら、ギルド経由で連絡してよ」
「うん、ありがとう!」
「なんだ、デートの約束か?」
そんな二人のやり取りに、スーが声をかける。
二人が必死で否定するのをスーが可笑しそうに見つめながら、三人は山を下っていった。
●
「こんにちは、お邪魔します」
廃屋を利用して作られた『揺満月保護区』にセツリが訪れた。
かつて、クシェンが見つけ冒険者達が保護したユリミツキは、この場所で繁殖を目的に保護されていた。
「繁殖の方はどうですか。何か困った事はありませんか」
セツリは飼育員の女性を見つけると、話しかける。
彼女自身、揺満月の保護に一役買った身だ。あの後、小さい命たちがどうなったのか気に掛けていた。
「そうね。まだ繁殖期が訪れてないみたいで、卵は産んでくれていないわ」
「なるほど、鳥の繁殖期は初夏が多いと聞きますが……この子達もそうなのでしょうか」
「かもしれないわね。こっちの夏は遅いから、もう少し後かもしれない」
「それでは、数を増やして『産業』にするにはまだかかりそうですね。……いえ、この鳥の存在自体が啓蒙になるかもしれません」
「どういうこと?」
「当面の産業として、観光業を考えてはいかがでしょう。『幻の鳥が見られる』と知れば訪れる人々がいるかもしれませんし、この子達に触れることで、種の存続が如何に難しいかを知ってもらう事が出来るように思います」
セツリの言葉に飼育員は「なるほど」とゆっくり頷く。
「ほら、久しぶりのお仲間だぞ」
セツリが飼育員と話していると、海神・江流は相棒を連れてやって来た。
江流は相棒を保護区へと放し、同族との時間を作ってやると、飼育担当の女性に声をかける。
「飼育員さん、この子達について何かわかった事はあるか?」
「いえ、残念ながら殆どないわね。もっと長期的に観察しないといけないと思う」
「やっぱりそうか……実は俺も今パンクリアース学園でうちの子の生態の観測と研究をしているんだ。まだわかっている事は少ないけど、協力すればこの子達の生態をもっと詳しく知ることができると思うんだ」
「王国の学園と協力?」
「ああ、何をするにもまずは数を増やす必要がある。その為には、この子達の生態を知らないといけない。でも、ここだけで研究するには限界があるだろう? 学園は大陸でも屈指の研究施設だし、きっと力になれると思うんだ」
そう言って、江流は仲間達に近づいていく自分の子を見つめる。
「うまく繁殖出来たら、うちの子にもお嫁さんを見つけて上げられるかもしれないしね」
江流が「これが本音」と漏らすと飼育員は、そういう事なら喜んでと答えてくれた。
●
「……ふぅ、これでよしっ。煙突に詰まったススもこれで大丈夫だね」
久しぶりにフェンガリへと来たエルゼリオ・レイノーラは、早速……サウナのメンテナンスをしていた。
「……懐かしいな。ここでヒルルクさんとレイウェスト皇子と一緒にサウナに入ったっけ」
煤で顔を真っ黒にしながらも、異常の無い事を確認したエルゼリオは、汗を拭いつつ思い出す。
過酷な極北からの帰り、ここに立ち寄り一時の小休止をしたこと。その時に、無礼を謝った事、そして、許された事……。
「はは、あの時は本当によかった」
「お疲れ様です……って、すごい顔ですね」
と、エルゼリオが安堵していたらクルススがやってきた。
「あ、クルススさん! もうサウナは大丈夫だよ。これで火事とか起きないと思う!」
「ありがとうございます。村の者では弄れない部分も多いので助かります」
そう言ってクルススは、エルゼリオにタオルを差し出した。
「そろそろ宴も始まりますよ。参加……の前に着替えた方がよさそうですね」
エルゼリオの惨状を見て、クルススは着替えを用意しますと、自らの家を指さした。
●
「さぁ、大量に作りますよ!」
トーラは【マジカルポケット】で持ち込んだ大量の食材入りの木箱を取り出した。
中身はリブラネスタでとれた魚や貝。そして、王国産の新鮮野菜。出汁の為に干物も用意済み。
帝国軍から借りてきた大鍋に材料を豪快にぶち込んで、いざ調理開始。煮立ち過ぎないように、ゆっくりと火にかけ煮込んでいく。
すると、匂いに惹かれたのかケイルが覗きにやって来た。
「なんかいい匂いだな」
「あ、ケイルさん、お久しぶりです! ふふ、そうでしょうそうでしょう! もうすぐしたらできますからね。わたしが腕によりをかけた『魚介と春野菜のスープ』です! 絶対美味しいですよ!」
「ぎょかい……? なんだそれ」
「おや、知りませんか。えっとですね――」
首をかしげるケイルに、トーラは用意した材料の一つ一つを説明していく。
ケイルも興味を引かれたのか、煮込まれていく鍋の中身を覗きながら、トーラの話を聞いている。
「――さて、そろそろいい感じですね。ケイルさん、味見してみますか?」
そういうと、トーラはおたまにスープを掬い、ケイルに差し出す。
「おぉ、うまい!」
「でしょう! 沢山ありますから、宴ではたっぷり食べてくださいね!」
最後の一滴まで綺麗に舐めているケイルに、トーラは微笑んだ。
●
「団長……ちょっと、想像してた3倍は大きいんですけど」
宴を楽しむ巨人族の二人を見て、シルク・メイプルリーフは驚いた。
初めて見る巨人族は、その……とても大きかった。
「はは、ビビるよな。俺も最初はビビった!」
驚くシルクに、ハヤト=ガラン=ヴォルファングはうんうんと頷いた。
二人は食事に舌鼓を打っている巨人二人に近づく。
「久しぶりだな、巨人族のお二人さん! 俺達もこっちの料理を用意したから食べてくれよ!」
そう言ってハヤトはイスキアの前へ大皿を置いた。
皿に乗るのはハヤトが春狩の儀で獲ってきた鹿だった。丁寧に鹿肉をシルクが調理したものだ。巨人族の二人にはこれくらいの量がないと足りないだろうと、大盛り用意した鹿肉だったのだが――。
「美味かった……もう終わりか」
そんな大皿も巨人の胃には物足りなかったらしい。
イスキアは少し残念そうに、バリバリと鹿の骨をかみ砕く。
「……はは、一瞬かよ」
あまりの豪快な喰いっぷりにハヤトが苦笑していると、ツンツンと背を突かれた。
「団長、ちょっといいですか?」
「うん?」
「あの……ちょっと巨人さんにお願いがありまして――」
と、シルクが顔を寄せてきたハヤトに耳打ちをする。
「――あー、まぁ大丈夫じゃねえか?」
期待の眼差しを向けてくるシルクに返事をしたハヤトは、イスキアに話しかけた。
「なぁ、イスキア。ちょっとお願いがあんだけどよ」
そういってハヤトがイスキアに話したのは――――。
「おぉー、これは絶景ですね!」
立ち上がったイスキアの肩に座り、辺りを見渡すシルク。
「落ちんじゃねーぞ!」
念願かなって巨人の肩に乗ったシルクに、地上からハヤトが声をかける。
「大丈夫ですよー。団長も乗せてもらえばよかったのに」
そう言ってくすくすと笑ったシルクは、イスキアの頭にぎゅっと抱きついた。
そんなシルクを見上げていたのはハヤトだけではなかった――――。
「高い……ですね。首が痛くなってしまいます」
リディリディ・トゥラ・イェレミースは、イスキアの肩でキャッキャとはしゃいでいるシルクをぼーっと見上げて……見上げて……見上げて……ひっくり返った。
「だ、大丈夫ですか?」
こてーんと真後ろに倒れたリディリディにエメが駆け寄り覗き込む。
「あ、はい。大丈夫です……ビックリしました」
「それはこっちの台詞ですよ!?」
よいしょと立ち上がるリディリディに手を貸したエメは、彼女の背についた土埃を払ってやる。
「ありがとうございます……倒れたらお腹がすきました」
「どういう理屈ですか!?」
再びエメのツッコミが入る中、リディリディはふらふらと宴の場に誘われていく。
辺りは雪が残っているだけあってまだ寒い。
暑いのは嫌いだけど、寒いのも嫌い。
それでも、この北の地にわざわざ足を運んだのは、この宴がとても美味しそ……楽しそうだったから。
「本当に大丈夫ですか? 少し震えているようですが……医務室へ連れて――」
「いえ、大丈夫です……それより、温まる飲み物を頂きたいです。具体的にですか? そうですね、お酒とかあれば嬉しいです……」
「え……ああ、ありますよ」
「ありがとうございます……それでは、一樽……いえ、そこまでは求めません。私は節操のあるエルフなので、ほどほどにしておきます。ほどほどに」
不思議そうに首をひねるエメに、リディリディはちゃんと忠告できた。偉い。
●
「元気なようで安心した」
ルチル・プルメリア・グレイハーツは、フェイサル・セイフと連れ立ち巨人族の元を訪れた。
「酒を持ってきたよ。いけるんだろ?」
白い毛皮を纏うルチルがイスキアに向け酒を煽る真似をする。
「折角結んだ縁だ。これからも末永く繋げていきたいからね。受けてもらえるだろう?」
ルチルはイスキアに酒樽を差し出した。
一方フェイサルは、ケイルに話しかけている。
「代わりを持ってきた、たくさん食べてくれ」
「おぉ、ありがとう!」
宴の裏方に回るフェイサルは、ゲストである彼等の食事状況も逐一チェックしていた。
「何か足りないものがあれば遠慮なく申し出てくれ。要望は出来るだけ叶えよう」
「うーん、肉はたくさん食べたから、『野菜』って奴も食べたいな」
「ふむ、いい心がけだ。食事はバランスが大切だからな。すぐに用意しよう」
「バランス?」
「そうだ。体の健康を維持するためには様々な食材を体内に取り込むのが良いとされている。野菜の育つ環境ではないだろうが、せめてこちらにいる間に食べて行ってくれ」
「なんかよくわかんないけど、うまい奴を頼むよ!」
「ああ、善処しよう」
そういって口元に笑みを作ったフェイサルは、早速と調理場へ足を向けた。
●
「はぁ……しみるなぁ」
寒い外気を紛らわす様に、北の地特有の強い酒を胃に流し込む。
珍しい北の宴を堪能するリンタロウ・イナバは、上機嫌に料理を喰らっていた。
「おかわりあるよ。いる?」
そんなリンタロウの元へ、グリシスが酒瓶を持って訪れる。
「おー、気が利くねぇ。ありがたく貰うぜ」
「ねぇ、それって楽器? 見た事ないけど」
お代わりを一気に煽るリンタロウの横に立てかけられていた弦楽器に、グリシスが目を止めた。
「ん? ああ、これは『三味線』ってシャルガネの楽器だ。聞いてみるか?」
「え、いいの?」
「おかわりの礼だ。――さてと」
リンタロウは三味線を手に取り、バチを弾いた。
それはフェンガリの雪景色を音に変えた様な、少し物悲しい音色だった。
太陽の光に、だんだんと草木が芽吹き、生命が冬眠から目覚める……『春』の様子を力強く祝う音色。
リンタロウの音につられたのか、サイラスが楽器を持ち出し音を重ねる。
そして、二つの弦の音にアステルのフルートが加わった。
即興だというのに、見事に交わった三人の重奏がフェンガリの宴を彩る――。
「……はぁ、いい音」
曲が終わり、聞き惚れていたグリシスが呟いた。
「気に入ってくれたんなら、別のも弾こうか。この村の音楽とかあったら教えてくれるか?」
「いいの? それじゃ遠慮なく!」
グリシスはリンタロウへ村に伝わる古い『詩』を伝える――。
●
「ふぅ……やはり、この一杯が至高ですね」
「ふふ、お髭が付いていますよ」
宴には参加せず、二人でサウナを堪能していたキーゼとネーヴェ・グラヌローザは、雪のベンチで火照った体を冷やしていた。
二人はキーゼが用意していた自前のエールを堪能していた。
「――ありがとうございます。さて、もう一周いきますか」
ネーヴェにお髭を拭き取ってもらいながら、キーゼがサウナを見る。
「それも良いのですけど……」
「うん? あの高台がどうかしましたか」
口籠ったネーヴェの視線を追ったキーゼ。その先には『極北への道』がある。
「よろしければ、登りませんか」
「ええ、かまいませんよ。高所で呑む酒も悪くない」
答えたキーゼににこりと微笑み、ネーヴェは彼の手を取った。
●
「久しいね。元気そうで何よりだ」
シルヴィア・A・カペルがエルゼリオと共に、二人の巨人の元を訪れた。
「こちらの宴はどうだい? 賑やかで楽しいだろう」
「そうだな。なかなか新鮮な経験だ」
シルヴィアの問いに答えたイスキアが、辺りを見渡す。
「その高さからなら世界も一望できそうだ。もしよかったら、今度肩に乗せて欲しいな」
と、そんなイスキアにシルヴィアが冗談交じりに微笑んだ。
「なんだ、お前もか。構わないぞ」
「うん?」
突然大きな手がシルヴィアの身体を包んだと思ったら、軽々と持ち上げられた。
思わず驚くシルヴィアを他所に、イスキアは肩に彼女を乗せ立ち上がる。
「……これは」
地上10m程もある高さから見下ろす景色。
これが巨人族の視線なのかと、シルヴィアは感嘆する。
「満足か?」
「ああ、とても」
遠く北壁山脈が見える。その向こうには彼の地がある。
「ああ、そうだ。長老や他の巨人族の為に、ワインと薔薇の砂糖漬けを用意したんだ。よかったら土産に持って帰ってくれないか」
シルヴィアは遥か北を見つめながら、イスキアに言った。
「宴の終わりに用意しておく。長老にもよろしく伝えてくれ」
そう言ったシルヴィアに、イスキアは大きく頷く。
「本格的にこちらとの交流を始めるの?」
一方地上では、エルゼリオがケイルに問いかける。
「そういうんじゃないんだ。ただちょっと見てみたかっただけ」
「そっか……あ、でもいずれ交流を始めるならいつでも言ってよね! ボクでよければ力になるからさ!」
エルゼリオの申し出に、ケイルは礼を言い「そうなるといいね」と答えた。
●
「あまり強くなさそうだし、無理しない方が……」
「……ふふ、まだだいじょうぶです」
肌を赤く染めゆらゆらと体を揺らすレティシア・レインフィールに、クルススが心配そうに声をかける。
彼女は自覚している酒の弱さを克服しようと、少しだけ無茶していた。
「ほんとに大丈夫……? こっちのお酒強いでしょ」
クシェンが心配そうにのぞき込むも、レティシアはニコニコ上機嫌。
「ふふ、だいじょうぶですよ。クシェンさまはいいこですねー……ぎゅってしちゃいましょう」
「へ……へっ!?」
「わぁ……ふかふかですねぇ」
「え、ちょっ! ひあっ!? ふえぇ……に、兄様ぁ~たすけてーー……」
「いや、無理だろう。僕が間に挟まるわけには……」
レティシアに後ろから抱きつかれもふもふされるクシェンは、兄に助けを求めるも無理だと首を振られた。
「あれ、レティシアさん?」
と、そんな三人を見つけたリサ・ベイカー。
リサは狩りでとれた肉の調理を手伝いつつ、その料理法を学んでいたのだが、知り合いを見つけこちらに向かってくる。
「あ、リサさまじゃないですか。ごきげんうるわしゅ~」
「はい、ご機嫌麗しく……って、大丈夫ですか?」
「ふふ、なんのもんだいもありませんわ~」
普段見る事のない先輩の姿に困惑するリサに、レティシアはちょいちょいと手招き。
「いや、結構入ってますよね。お水持ってきますね」
と、引き返そうとしたリサの手を、レティシアが掴む。
「わっ、レティシアさん!?」
「ふふ、リサさまもいつもがんばってて、いいこですねぇ」
有無を言わせぬ力強さで隣に座らされたリサを、レティシアがいいこいいこと頭を撫でた。
蕩けるような笑顔で酒精に身を委ねる先輩の姿をリサはじっと見つめる。
ここ数か月で彼女の身に降りかかった様々な現実を思う……。
「……ふぁ、すこしねむくなってきましたねぇ」
ニコニコと笑顔を振りまきつつも口元に手を当てたレティシア。
「ほら、少し休みましょうね。あまり見せていい姿じゃありませんよ」
そう言って、リサがレティシアを抱え立ち上がった。
「クシェンさん、すみません。少しお家をお借りしますね」
リサはクシェンにそう言い残し、レティシアを抱えたまま宴を離れた。
「うーん、出るタイミング失ったぁ」
二人が去ったと同時にサフィラがやってきた。
サフィラはようやく解放されたクシェンの隣に腰かけると、レティシアが残していったお酒を煽る。
「大丈夫かな……?」
「うん、きっと大丈夫。王国から離れてちょっと気が抜けただけだと思うよ」
「そう、なんだ」
サフィラに言われクシェンが二人の去った方を見る。
「そんな事より、宴を楽しもうよ! 折角、沢山獲物を取ってきたんだしさ!」
そう言って、サフィラはクシェンのジョッキに新しい飲み物を注いでやった。
●
「……不安になるのはわかりますけど、お酒に逃げちゃダメですよ」
「そんな……つもりじゃ」
クシェンのベッドを借りレティシアを寝かせたリサは、横に座り話しかける。
「わたしは……もっとがんばらないといけないんです……そうしないと」
「大丈夫ですよ、レティシアさんは十分頑張ってます。だから……って、寝てしまいましたか」
不安気な呟きは何時しか寝息へと変わっていた。
リサは寝息を立てる先輩の頭を、お返しだとばかりに優しく撫でてやる。
●
フェンガリや北壁山脈を一望できる高台へと登ってきたキーゼとネーヴェ。
「……不思議な話、なんですけれど」
キーゼに体を預けながら、ネーヴェが呟いた。
「以前にもお話した通り、雪原を見ると……怖さが、あって」
ネーヴェはキーゼの衣の端をぎゅっと握る。
「でも、同時に……懐かしさを覚えるのです」
ネーヴェの呟きをキーゼは黙って聞いている。
「学園に通い始めてから文献を読んで知りました。私の名前は『雪』という意味があるそうです。この雪景色と何か関係があるかも……なんて、思ってしまうんです。とはいえ、ちっとも思い出せないのですけど」
苦笑するネーヴェ。そんな彼女の肩に手を回しキーゼは――。
「名は体を表す。あなたにぴったりの由来ですね。私とはまるで違う」
小さく呟いた。
「キーゼさん……あなたは助けてくださいます?」
「何を……というのは野暮ですか。僕に出来る範囲でなら、勿論」
「ふふ、ありがとうございます。あなたとなら、いつか出会える気がします。私の記憶と」
そう言って、ネーヴェはキーゼの肩に頭を預けた。
●
(……うっ、やっば)
サウナの蒸気が視界を揺らす。
湯気の熱気が体を火照らせる。
カーテン一枚隔てた先で、彼の息遣いが聞こえる。
トゥーリは、動けずにいた。
一方、カーテンの向こう側では――。
「実に見事な作りですね、トゥーリ殿!」
トゥーリが発起人となって建設されたサウナに感心しつつ、ハリス・アル・ターミルが汗を流す。
「この極地で熱を逃さぬ工夫、そして燃料や水の確保。さぞご苦労された事でしょう! おかげで、私を含めたくさんの者がその恩恵にあずかれる!」
カーテンを隔てた先で共にサウナを堪能する友人に声をかけるも、なぜか返事はない。
「トゥーリ殿……?」
ハリスはどうしたのかと、名前を呼ぶが――。
――ドサッ。
「トゥ、トゥーリ殿!!??」
向こうから聞こえた音に、ハリスは慌ててカーテンを開けた。
●
薄布一枚しか纏わぬトゥーリを、何とかサウナから出す事に成功したハリスは、声を上げ助けを求めた。
「ハリス、一体何の騒ぎだ」
「おぉ! フェイサル殿、いい所へ! トゥーリ殿がこのような状態に!!」
ハリスの声を聞き駆け付けたフェイサル。はらはらと見つめるハリスを前に、すぐにトゥーリの様子を診察し始めた。
「……完全にのぼせているな。体を冷やした方がいい」
「体を冷やす! わかりました、ではどこか適当な場所へ移動させ――――」
――バシャッ!
フェイサルの助言を受けて、ハリスがトゥーリの身体を動かそうとしたその時、突然、二人の身体に水が降りそそいだ。
「ほら、これで体を拭きな。そのままじゃ凍ってしまうよ」
空になった木桶を置き、ハリスにタオルを投げてよこしたのはルチルだった。
「ちょっと落ち着きな。相方が少しのぼせたくらいで動揺しすぎだ」
ルチルはそれだけを言い残すと、さっさとその場を後にする。
「……まったく、素直ではないな。あれはあれで心配して駆けつけたのだろうに」
去っていくルチルを見つめながらフェイサルが嘆息した。
「とはいえ、脱水も起こしているようだ。これで水分補給してやるといい」
フェイサルはハリスに冷たい水の入った水袋を手渡す。
「後はそうだな、風通しのいい場所へでも連れて行ってやれ。ここで介抱していては、他の者の眼に晒されるぞ」
そう言ってフェイサルは、村の高台を指さした。
●
――トゥーリ殿。
声が聞こえた。
トゥーリはぼやける思考の中、ゆっくりと眼を開けた。
「ハリス、さん……?」
真上にハリスの顔がある。どうやら、膝枕をされているようだった。
「あ……ごめん、すぐに起きるから」
トゥーリは体を起こそうとするもうまく力が入らない。
「無理をしないでください。まだ脱水の症状が抜けきっていないのですから」
ハリスは彼女に手を貸し、体を起こしてやった。
「ありがとう……」
そのまま二人は無言で北壁山脈の絶景に魅入る。
二人は寒さを避けるように、自然と肌を寄せていた。
「……トゥーリ殿」
「え……あ、はい」
名を呼ばれ、思わず畏まった返事をしてしまう。
「私はトゥーリ殿とこれからも共に在りたいと思っています」
「あ……う、うん。ワタシも」
「仲間としてではなく」
「え……それって」
真意を問おうと見上げれば、目が合った。
「これからも私の傍に居てはくれませんか」
「……ワタシでいいの?」
「貴女がいいのです」
「……うん、嬉しい」
トゥーリはハリスの大きな体に頭を預けた。
ハリスはトゥーリの小さな頭を愛おしそうに抱き寄せる。
二人はそのまましばらくの間、じっと景色を見つめていた。
●
高台から、夕焼けに染まる空を一人眺めるのは、ルチルだった。
彼女はこの地に来た一番の目的を果たす為、この場所へと足を向ける。
そして、フェンガリを見下ろしながら……。
――知らなければなるまい。征竜の事を、竜に成るという意味を。
彼女の言葉は、強い風に流され、誰の耳にも届く事はない――。
そして、ナハティガルもこの場所で夕焼けの空を見つめていた。
――この空は何を予兆しているのか。
夕日が白い北壁山脈を赤く染める。
それはまるで……。
――争いの種はそこかしこに埋まっている。大きな動乱が間近に迫っているのかもしれない……。
絶景ともいえるその景色。
しかし、ナハティガルはその絶景の先にある『未来』をずっと見つめていた。
フェンガリのさらに北、岩と雪しかない世界で、それは始まった。
「北壁山脈での狩りか……随分と久しい」
【双波】で見つけた雪ウサギの背に、ベルク・オスマットはナイフを落とした。
「取り過ぎては生態系に差し支える、ただでさえここは豊かな土地ではないのだから」
北壁山脈の荒涼とした世界。この懐かしき景色に想いを馳せる。
オスマットの住んだ世界も、ここと同じく命の息遣いが感じられぬ無機質な世界だった。
今はどうなっているのかも知れぬ故郷を思う気はないけれど、ふと似た景色に視線が釣られる。
雪深い岩山は危険と隣り合わせ。それは『故郷』での暮らしでいやという程叩き込まれた……はずだ。
「……いかんな、気を引き締めて行かんと」
記憶にない記憶に引っ張られるなと、頭を振り、ベルクは新たな獲物を追った。
●
「へぇ、うまいものね」
クシェンがその手際に感心する。
「獲物がわかればもう少し罠も工夫できるんだがな。まぁ、汎用性のある罠で様子見だ」
答えたスー・ルーが、罠を仕上げ顔を上げた。
「あんまり罠って使わないから新鮮」
「そうか? 俺の方こそ、罠も使わずによくこの極地で狩りができると感心するぞ」
「そう? その辺りは慣れじゃない」
「慣れで獲物がとれるかよ」
「そっちこそ慣れで獲物とってるじゃない。何が違うの?」
「いやいや、二人とも十分すごいから」
平然とそんな会話を繰り広げている二人に驚かされっぱなしのアリオン・リュー。
罠を設置しては小動物を捕えるスー。
ナイフ一本で獲物をしとめるクシェン。
慣れない弓の手ほどきを受け、狩りに臨んでみたはいいが、二人の手際の良さに、まるで出番はない。
「いっても捕まえているのは小動物ばかりだしな。そんなに驚く事じゃないぞ?」
「そうそう、熊とか鹿とかがいればいいんだけど、今日はまだ見てないわね」
そんなアリオンに、二人はさも当然だという様に辺りを見回し獲物を探す。
「あはは……でも、本当に罠の位置取りとか気配の消し方、狩りの時の身のこなしなんて、とてもじゃないけど真似できないよ」
アリオンは、苦笑しつつも二人につき、狩りの様を学ぶ。
三人の狩りはまだ始まったばかりだ――。
●
ララベル・サン・ディーベルは、雪中に潜んでいた。
聞こえてくる音は少ない。
太陽の熱に軋む雪。溶けだした水音――。
命の音が、気配が、まるで感じられない寂寞の山に、じっと耳を澄ませた。
(…………来た)
硬く固まった雪を踏む足音に、ララベルはゆっくりと眼を開ける。
雪の白に同化するような真っ白い毛皮が、十数m先で蠢いていた。
(大きい……!)
それは白い毛皮を纏った熊だった。
冬眠から起きたてなのか、瘦せこけてはいるもののその瞳孔は鋭い。
(獲物を探しているんだ)
越冬の空腹を満たす為に、熊は辺りの命の気配を探っている。
(大丈夫、ここはバレない)
ごくりと音もなく唾を飲んだ。
陣取った位置は風向きを計算し、けして相手に匂いがいかない場所。
そして、この距離。
(一気に仕留める……!)
熊があちらを向いた瞬間、ララベルが飛び出した。
【スキル】を駆使し、一息に熊の背後を取ると――。
「ごめん、恨みはないけど――――」
小さくそう呟いて、熊の首元に当てた刃を引いた――。
●
仕留めた獲物に一喜一憂する参加者の間を抜け、ナハティガル=ラーは深い谷へと入っていく。
「見つけた」
小さく呟いたナハティガルが見上げた先にあったのは、切り立った岩肌をものともせず駆け上がっていく雄山羊の姿。
常人であれば呆然と見上げるだけの崖を、ナハティガルはいともたやすく駆け上った。
彼の気配に気づいた雄山羊が、挑発的に一吠えし、更に崖を登っていく。
しかし、高機動戦闘に長けたナハティガルに、足場の不利はない。見る間に詰まっていく距離に、ついには雄山羊も危機を感じたのか、懸命に距離を取るが、それも――。
「悪いが、糧となってくれ」
『蝶のように舞い、蜂のように刺す』。
ナハティガルは蝶のように足場を跳び距離をゼロにすると、その首元に白顎の一撃を突き刺した。
●
「よっしー! でっかい獲物獲って優勝するぞー!」
「いや、別に優勝とかないからね?」
「へ……ないの?」
「だって、春をお祝いする祭りだもん。勝ち負けとかないよ」
「なんですとぉぉ!!」
クシェンに言われ、がくりと項垂れるサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブ。
「ま、いっか。でも、大きな獲物獲ったらみんな喜ぶよね」
「うんっ。その分、宴が豪華になるからね!」
「よーし! いっちょやってやるにゃー!!」
二人は協力して獲物を探す。出来るだけ風下に位置し、岩と雪に身を隠し、獲物の痕跡を追う。
「……クシェン、あれ」
「うん……多分鹿の糞。まだ温かそう」
「足跡もあるし、まだ遠くに行って無いはず」
クシェンの同意を得てサフィラは足跡の続く方角へ【双波】を放つ――。
●
「おいおい、魔獣がいるなんて聞いてねーぞ」
仕留めた獲物にナイフを突き立てながら、サイラスが呟く。
狩猟大会へと参加したはいいが、獲物らしい獲物に出逢えなかったサイラスは、どんどんと山の奥へと入っていった。
山肌の傾斜もきつくなり、心なしか呼吸も苦しくなってきた所で、出会ったのがこの大鹿だった。
初めはただの獣かと思ったが、足が6本もある。サイラスはこれ幸いと、討伐に乗り出した。
「とはいえ、素材が手に入ったのは嬉しい誤算か」
苦労の末、討伐に成功した魔獣の皮を剥ぎつつ、使える部位を探していく。
「うーん……骨くらいか。せめて角くらい生やしとけよな」
しかし、めぼしい素材がほとんどない。サイラスは仕方なく肉をそぎ落とすと、使えそうな骨を切りだしていった。
「宴開くみたいだし、肉は使えるか」
骨とは別に選り分けた肉を毛皮で包み、背嚢へと括り付ける。
「よし、こんなとこか。んじゃま、とっとと帰るかね」
残った不要な部分を土に埋め、サイラスは山を下る。
●
「とるのは必要な分だけでいい。残りは腹減った動物が勝手に持っていく。冬が明けたばかりだから、腹をすかせている奴等も多いだろうしな」
「そうね。埋めずに置いて行ってあげましょうか。毛皮は貰っていくけど」
「内臓はいらないか? 必要なければ置いていくが」
スーの問いかけにクシェンは大丈夫だと頷いた。
「よし、それじゃ行くか」
三人は解体した獲物を纏めると、帰路につく。
「ねぇ、クシェン」
「うん?」
道中、アリオンがクシェンを呼んだ。
「狩りを見てて思ったんだけどさ。君はもう十分冒険者としてやっていけると思うんだ。リブラネスタに行ってみたいって前にも言ってたし、冒険者登録ついでによかったら案内するよ」
「えっ、いいの!?」
「もちろん」
瞳を輝かせるクシェンに、アリオンは微笑む。
「都合が付いたら、ギルド経由で連絡してよ」
「うん、ありがとう!」
「なんだ、デートの約束か?」
そんな二人のやり取りに、スーが声をかける。
二人が必死で否定するのをスーが可笑しそうに見つめながら、三人は山を下っていった。
●
「こんにちは、お邪魔します」
廃屋を利用して作られた『揺満月保護区』にセツリが訪れた。
かつて、クシェンが見つけ冒険者達が保護したユリミツキは、この場所で繁殖を目的に保護されていた。
「繁殖の方はどうですか。何か困った事はありませんか」
セツリは飼育員の女性を見つけると、話しかける。
彼女自身、揺満月の保護に一役買った身だ。あの後、小さい命たちがどうなったのか気に掛けていた。
「そうね。まだ繁殖期が訪れてないみたいで、卵は産んでくれていないわ」
「なるほど、鳥の繁殖期は初夏が多いと聞きますが……この子達もそうなのでしょうか」
「かもしれないわね。こっちの夏は遅いから、もう少し後かもしれない」
「それでは、数を増やして『産業』にするにはまだかかりそうですね。……いえ、この鳥の存在自体が啓蒙になるかもしれません」
「どういうこと?」
「当面の産業として、観光業を考えてはいかがでしょう。『幻の鳥が見られる』と知れば訪れる人々がいるかもしれませんし、この子達に触れることで、種の存続が如何に難しいかを知ってもらう事が出来るように思います」
セツリの言葉に飼育員は「なるほど」とゆっくり頷く。
「ほら、久しぶりのお仲間だぞ」
セツリが飼育員と話していると、海神・江流は相棒を連れてやって来た。
江流は相棒を保護区へと放し、同族との時間を作ってやると、飼育担当の女性に声をかける。
「飼育員さん、この子達について何かわかった事はあるか?」
「いえ、残念ながら殆どないわね。もっと長期的に観察しないといけないと思う」
「やっぱりそうか……実は俺も今パンクリアース学園でうちの子の生態の観測と研究をしているんだ。まだわかっている事は少ないけど、協力すればこの子達の生態をもっと詳しく知ることができると思うんだ」
「王国の学園と協力?」
「ああ、何をするにもまずは数を増やす必要がある。その為には、この子達の生態を知らないといけない。でも、ここだけで研究するには限界があるだろう? 学園は大陸でも屈指の研究施設だし、きっと力になれると思うんだ」
そう言って、江流は仲間達に近づいていく自分の子を見つめる。
「うまく繁殖出来たら、うちの子にもお嫁さんを見つけて上げられるかもしれないしね」
江流が「これが本音」と漏らすと飼育員は、そういう事なら喜んでと答えてくれた。
●
「……ふぅ、これでよしっ。煙突に詰まったススもこれで大丈夫だね」
久しぶりにフェンガリへと来たエルゼリオ・レイノーラは、早速……サウナのメンテナンスをしていた。
「……懐かしいな。ここでヒルルクさんとレイウェスト皇子と一緒にサウナに入ったっけ」
煤で顔を真っ黒にしながらも、異常の無い事を確認したエルゼリオは、汗を拭いつつ思い出す。
過酷な極北からの帰り、ここに立ち寄り一時の小休止をしたこと。その時に、無礼を謝った事、そして、許された事……。
「はは、あの時は本当によかった」
「お疲れ様です……って、すごい顔ですね」
と、エルゼリオが安堵していたらクルススがやってきた。
「あ、クルススさん! もうサウナは大丈夫だよ。これで火事とか起きないと思う!」
「ありがとうございます。村の者では弄れない部分も多いので助かります」
そう言ってクルススは、エルゼリオにタオルを差し出した。
「そろそろ宴も始まりますよ。参加……の前に着替えた方がよさそうですね」
エルゼリオの惨状を見て、クルススは着替えを用意しますと、自らの家を指さした。
●
「さぁ、大量に作りますよ!」
トーラは【マジカルポケット】で持ち込んだ大量の食材入りの木箱を取り出した。
中身はリブラネスタでとれた魚や貝。そして、王国産の新鮮野菜。出汁の為に干物も用意済み。
帝国軍から借りてきた大鍋に材料を豪快にぶち込んで、いざ調理開始。煮立ち過ぎないように、ゆっくりと火にかけ煮込んでいく。
すると、匂いに惹かれたのかケイルが覗きにやって来た。
「なんかいい匂いだな」
「あ、ケイルさん、お久しぶりです! ふふ、そうでしょうそうでしょう! もうすぐしたらできますからね。わたしが腕によりをかけた『魚介と春野菜のスープ』です! 絶対美味しいですよ!」
「ぎょかい……? なんだそれ」
「おや、知りませんか。えっとですね――」
首をかしげるケイルに、トーラは用意した材料の一つ一つを説明していく。
ケイルも興味を引かれたのか、煮込まれていく鍋の中身を覗きながら、トーラの話を聞いている。
「――さて、そろそろいい感じですね。ケイルさん、味見してみますか?」
そういうと、トーラはおたまにスープを掬い、ケイルに差し出す。
「おぉ、うまい!」
「でしょう! 沢山ありますから、宴ではたっぷり食べてくださいね!」
最後の一滴まで綺麗に舐めているケイルに、トーラは微笑んだ。
●
「団長……ちょっと、想像してた3倍は大きいんですけど」
宴を楽しむ巨人族の二人を見て、シルク・メイプルリーフは驚いた。
初めて見る巨人族は、その……とても大きかった。
「はは、ビビるよな。俺も最初はビビった!」
驚くシルクに、ハヤト=ガラン=ヴォルファングはうんうんと頷いた。
二人は食事に舌鼓を打っている巨人二人に近づく。
「久しぶりだな、巨人族のお二人さん! 俺達もこっちの料理を用意したから食べてくれよ!」
そう言ってハヤトはイスキアの前へ大皿を置いた。
皿に乗るのはハヤトが春狩の儀で獲ってきた鹿だった。丁寧に鹿肉をシルクが調理したものだ。巨人族の二人にはこれくらいの量がないと足りないだろうと、大盛り用意した鹿肉だったのだが――。
「美味かった……もう終わりか」
そんな大皿も巨人の胃には物足りなかったらしい。
イスキアは少し残念そうに、バリバリと鹿の骨をかみ砕く。
「……はは、一瞬かよ」
あまりの豪快な喰いっぷりにハヤトが苦笑していると、ツンツンと背を突かれた。
「団長、ちょっといいですか?」
「うん?」
「あの……ちょっと巨人さんにお願いがありまして――」
と、シルクが顔を寄せてきたハヤトに耳打ちをする。
「――あー、まぁ大丈夫じゃねえか?」
期待の眼差しを向けてくるシルクに返事をしたハヤトは、イスキアに話しかけた。
「なぁ、イスキア。ちょっとお願いがあんだけどよ」
そういってハヤトがイスキアに話したのは――――。
「おぉー、これは絶景ですね!」
立ち上がったイスキアの肩に座り、辺りを見渡すシルク。
「落ちんじゃねーぞ!」
念願かなって巨人の肩に乗ったシルクに、地上からハヤトが声をかける。
「大丈夫ですよー。団長も乗せてもらえばよかったのに」
そう言ってくすくすと笑ったシルクは、イスキアの頭にぎゅっと抱きついた。
そんなシルクを見上げていたのはハヤトだけではなかった――――。
「高い……ですね。首が痛くなってしまいます」
リディリディ・トゥラ・イェレミースは、イスキアの肩でキャッキャとはしゃいでいるシルクをぼーっと見上げて……見上げて……見上げて……ひっくり返った。
「だ、大丈夫ですか?」
こてーんと真後ろに倒れたリディリディにエメが駆け寄り覗き込む。
「あ、はい。大丈夫です……ビックリしました」
「それはこっちの台詞ですよ!?」
よいしょと立ち上がるリディリディに手を貸したエメは、彼女の背についた土埃を払ってやる。
「ありがとうございます……倒れたらお腹がすきました」
「どういう理屈ですか!?」
再びエメのツッコミが入る中、リディリディはふらふらと宴の場に誘われていく。
辺りは雪が残っているだけあってまだ寒い。
暑いのは嫌いだけど、寒いのも嫌い。
それでも、この北の地にわざわざ足を運んだのは、この宴がとても美味しそ……楽しそうだったから。
「本当に大丈夫ですか? 少し震えているようですが……医務室へ連れて――」
「いえ、大丈夫です……それより、温まる飲み物を頂きたいです。具体的にですか? そうですね、お酒とかあれば嬉しいです……」
「え……ああ、ありますよ」
「ありがとうございます……それでは、一樽……いえ、そこまでは求めません。私は節操のあるエルフなので、ほどほどにしておきます。ほどほどに」
不思議そうに首をひねるエメに、リディリディはちゃんと忠告できた。偉い。
●
「元気なようで安心した」
ルチル・プルメリア・グレイハーツは、フェイサル・セイフと連れ立ち巨人族の元を訪れた。
「酒を持ってきたよ。いけるんだろ?」
白い毛皮を纏うルチルがイスキアに向け酒を煽る真似をする。
「折角結んだ縁だ。これからも末永く繋げていきたいからね。受けてもらえるだろう?」
ルチルはイスキアに酒樽を差し出した。
一方フェイサルは、ケイルに話しかけている。
「代わりを持ってきた、たくさん食べてくれ」
「おぉ、ありがとう!」
宴の裏方に回るフェイサルは、ゲストである彼等の食事状況も逐一チェックしていた。
「何か足りないものがあれば遠慮なく申し出てくれ。要望は出来るだけ叶えよう」
「うーん、肉はたくさん食べたから、『野菜』って奴も食べたいな」
「ふむ、いい心がけだ。食事はバランスが大切だからな。すぐに用意しよう」
「バランス?」
「そうだ。体の健康を維持するためには様々な食材を体内に取り込むのが良いとされている。野菜の育つ環境ではないだろうが、せめてこちらにいる間に食べて行ってくれ」
「なんかよくわかんないけど、うまい奴を頼むよ!」
「ああ、善処しよう」
そういって口元に笑みを作ったフェイサルは、早速と調理場へ足を向けた。
●
「はぁ……しみるなぁ」
寒い外気を紛らわす様に、北の地特有の強い酒を胃に流し込む。
珍しい北の宴を堪能するリンタロウ・イナバは、上機嫌に料理を喰らっていた。
「おかわりあるよ。いる?」
そんなリンタロウの元へ、グリシスが酒瓶を持って訪れる。
「おー、気が利くねぇ。ありがたく貰うぜ」
「ねぇ、それって楽器? 見た事ないけど」
お代わりを一気に煽るリンタロウの横に立てかけられていた弦楽器に、グリシスが目を止めた。
「ん? ああ、これは『三味線』ってシャルガネの楽器だ。聞いてみるか?」
「え、いいの?」
「おかわりの礼だ。――さてと」
リンタロウは三味線を手に取り、バチを弾いた。
それはフェンガリの雪景色を音に変えた様な、少し物悲しい音色だった。
太陽の光に、だんだんと草木が芽吹き、生命が冬眠から目覚める……『春』の様子を力強く祝う音色。
リンタロウの音につられたのか、サイラスが楽器を持ち出し音を重ねる。
そして、二つの弦の音にアステルのフルートが加わった。
即興だというのに、見事に交わった三人の重奏がフェンガリの宴を彩る――。
「……はぁ、いい音」
曲が終わり、聞き惚れていたグリシスが呟いた。
「気に入ってくれたんなら、別のも弾こうか。この村の音楽とかあったら教えてくれるか?」
「いいの? それじゃ遠慮なく!」
グリシスはリンタロウへ村に伝わる古い『詩』を伝える――。
●
「ふぅ……やはり、この一杯が至高ですね」
「ふふ、お髭が付いていますよ」
宴には参加せず、二人でサウナを堪能していたキーゼとネーヴェ・グラヌローザは、雪のベンチで火照った体を冷やしていた。
二人はキーゼが用意していた自前のエールを堪能していた。
「――ありがとうございます。さて、もう一周いきますか」
ネーヴェにお髭を拭き取ってもらいながら、キーゼがサウナを見る。
「それも良いのですけど……」
「うん? あの高台がどうかしましたか」
口籠ったネーヴェの視線を追ったキーゼ。その先には『極北への道』がある。
「よろしければ、登りませんか」
「ええ、かまいませんよ。高所で呑む酒も悪くない」
答えたキーゼににこりと微笑み、ネーヴェは彼の手を取った。
●
「久しいね。元気そうで何よりだ」
シルヴィア・A・カペルがエルゼリオと共に、二人の巨人の元を訪れた。
「こちらの宴はどうだい? 賑やかで楽しいだろう」
「そうだな。なかなか新鮮な経験だ」
シルヴィアの問いに答えたイスキアが、辺りを見渡す。
「その高さからなら世界も一望できそうだ。もしよかったら、今度肩に乗せて欲しいな」
と、そんなイスキアにシルヴィアが冗談交じりに微笑んだ。
「なんだ、お前もか。構わないぞ」
「うん?」
突然大きな手がシルヴィアの身体を包んだと思ったら、軽々と持ち上げられた。
思わず驚くシルヴィアを他所に、イスキアは肩に彼女を乗せ立ち上がる。
「……これは」
地上10m程もある高さから見下ろす景色。
これが巨人族の視線なのかと、シルヴィアは感嘆する。
「満足か?」
「ああ、とても」
遠く北壁山脈が見える。その向こうには彼の地がある。
「ああ、そうだ。長老や他の巨人族の為に、ワインと薔薇の砂糖漬けを用意したんだ。よかったら土産に持って帰ってくれないか」
シルヴィアは遥か北を見つめながら、イスキアに言った。
「宴の終わりに用意しておく。長老にもよろしく伝えてくれ」
そう言ったシルヴィアに、イスキアは大きく頷く。
「本格的にこちらとの交流を始めるの?」
一方地上では、エルゼリオがケイルに問いかける。
「そういうんじゃないんだ。ただちょっと見てみたかっただけ」
「そっか……あ、でもいずれ交流を始めるならいつでも言ってよね! ボクでよければ力になるからさ!」
エルゼリオの申し出に、ケイルは礼を言い「そうなるといいね」と答えた。
●
「あまり強くなさそうだし、無理しない方が……」
「……ふふ、まだだいじょうぶです」
肌を赤く染めゆらゆらと体を揺らすレティシア・レインフィールに、クルススが心配そうに声をかける。
彼女は自覚している酒の弱さを克服しようと、少しだけ無茶していた。
「ほんとに大丈夫……? こっちのお酒強いでしょ」
クシェンが心配そうにのぞき込むも、レティシアはニコニコ上機嫌。
「ふふ、だいじょうぶですよ。クシェンさまはいいこですねー……ぎゅってしちゃいましょう」
「へ……へっ!?」
「わぁ……ふかふかですねぇ」
「え、ちょっ! ひあっ!? ふえぇ……に、兄様ぁ~たすけてーー……」
「いや、無理だろう。僕が間に挟まるわけには……」
レティシアに後ろから抱きつかれもふもふされるクシェンは、兄に助けを求めるも無理だと首を振られた。
「あれ、レティシアさん?」
と、そんな三人を見つけたリサ・ベイカー。
リサは狩りでとれた肉の調理を手伝いつつ、その料理法を学んでいたのだが、知り合いを見つけこちらに向かってくる。
「あ、リサさまじゃないですか。ごきげんうるわしゅ~」
「はい、ご機嫌麗しく……って、大丈夫ですか?」
「ふふ、なんのもんだいもありませんわ~」
普段見る事のない先輩の姿に困惑するリサに、レティシアはちょいちょいと手招き。
「いや、結構入ってますよね。お水持ってきますね」
と、引き返そうとしたリサの手を、レティシアが掴む。
「わっ、レティシアさん!?」
「ふふ、リサさまもいつもがんばってて、いいこですねぇ」
有無を言わせぬ力強さで隣に座らされたリサを、レティシアがいいこいいこと頭を撫でた。
蕩けるような笑顔で酒精に身を委ねる先輩の姿をリサはじっと見つめる。
ここ数か月で彼女の身に降りかかった様々な現実を思う……。
「……ふぁ、すこしねむくなってきましたねぇ」
ニコニコと笑顔を振りまきつつも口元に手を当てたレティシア。
「ほら、少し休みましょうね。あまり見せていい姿じゃありませんよ」
そう言って、リサがレティシアを抱え立ち上がった。
「クシェンさん、すみません。少しお家をお借りしますね」
リサはクシェンにそう言い残し、レティシアを抱えたまま宴を離れた。
「うーん、出るタイミング失ったぁ」
二人が去ったと同時にサフィラがやってきた。
サフィラはようやく解放されたクシェンの隣に腰かけると、レティシアが残していったお酒を煽る。
「大丈夫かな……?」
「うん、きっと大丈夫。王国から離れてちょっと気が抜けただけだと思うよ」
「そう、なんだ」
サフィラに言われクシェンが二人の去った方を見る。
「そんな事より、宴を楽しもうよ! 折角、沢山獲物を取ってきたんだしさ!」
そう言って、サフィラはクシェンのジョッキに新しい飲み物を注いでやった。
●
「……不安になるのはわかりますけど、お酒に逃げちゃダメですよ」
「そんな……つもりじゃ」
クシェンのベッドを借りレティシアを寝かせたリサは、横に座り話しかける。
「わたしは……もっとがんばらないといけないんです……そうしないと」
「大丈夫ですよ、レティシアさんは十分頑張ってます。だから……って、寝てしまいましたか」
不安気な呟きは何時しか寝息へと変わっていた。
リサは寝息を立てる先輩の頭を、お返しだとばかりに優しく撫でてやる。
●
フェンガリや北壁山脈を一望できる高台へと登ってきたキーゼとネーヴェ。
「……不思議な話、なんですけれど」
キーゼに体を預けながら、ネーヴェが呟いた。
「以前にもお話した通り、雪原を見ると……怖さが、あって」
ネーヴェはキーゼの衣の端をぎゅっと握る。
「でも、同時に……懐かしさを覚えるのです」
ネーヴェの呟きをキーゼは黙って聞いている。
「学園に通い始めてから文献を読んで知りました。私の名前は『雪』という意味があるそうです。この雪景色と何か関係があるかも……なんて、思ってしまうんです。とはいえ、ちっとも思い出せないのですけど」
苦笑するネーヴェ。そんな彼女の肩に手を回しキーゼは――。
「名は体を表す。あなたにぴったりの由来ですね。私とはまるで違う」
小さく呟いた。
「キーゼさん……あなたは助けてくださいます?」
「何を……というのは野暮ですか。僕に出来る範囲でなら、勿論」
「ふふ、ありがとうございます。あなたとなら、いつか出会える気がします。私の記憶と」
そう言って、ネーヴェはキーゼの肩に頭を預けた。
●
(……うっ、やっば)
サウナの蒸気が視界を揺らす。
湯気の熱気が体を火照らせる。
カーテン一枚隔てた先で、彼の息遣いが聞こえる。
トゥーリは、動けずにいた。
一方、カーテンの向こう側では――。
「実に見事な作りですね、トゥーリ殿!」
トゥーリが発起人となって建設されたサウナに感心しつつ、ハリス・アル・ターミルが汗を流す。
「この極地で熱を逃さぬ工夫、そして燃料や水の確保。さぞご苦労された事でしょう! おかげで、私を含めたくさんの者がその恩恵にあずかれる!」
カーテンを隔てた先で共にサウナを堪能する友人に声をかけるも、なぜか返事はない。
「トゥーリ殿……?」
ハリスはどうしたのかと、名前を呼ぶが――。
――ドサッ。
「トゥ、トゥーリ殿!!??」
向こうから聞こえた音に、ハリスは慌ててカーテンを開けた。
●
薄布一枚しか纏わぬトゥーリを、何とかサウナから出す事に成功したハリスは、声を上げ助けを求めた。
「ハリス、一体何の騒ぎだ」
「おぉ! フェイサル殿、いい所へ! トゥーリ殿がこのような状態に!!」
ハリスの声を聞き駆け付けたフェイサル。はらはらと見つめるハリスを前に、すぐにトゥーリの様子を診察し始めた。
「……完全にのぼせているな。体を冷やした方がいい」
「体を冷やす! わかりました、ではどこか適当な場所へ移動させ――――」
――バシャッ!
フェイサルの助言を受けて、ハリスがトゥーリの身体を動かそうとしたその時、突然、二人の身体に水が降りそそいだ。
「ほら、これで体を拭きな。そのままじゃ凍ってしまうよ」
空になった木桶を置き、ハリスにタオルを投げてよこしたのはルチルだった。
「ちょっと落ち着きな。相方が少しのぼせたくらいで動揺しすぎだ」
ルチルはそれだけを言い残すと、さっさとその場を後にする。
「……まったく、素直ではないな。あれはあれで心配して駆けつけたのだろうに」
去っていくルチルを見つめながらフェイサルが嘆息した。
「とはいえ、脱水も起こしているようだ。これで水分補給してやるといい」
フェイサルはハリスに冷たい水の入った水袋を手渡す。
「後はそうだな、風通しのいい場所へでも連れて行ってやれ。ここで介抱していては、他の者の眼に晒されるぞ」
そう言ってフェイサルは、村の高台を指さした。
●
――トゥーリ殿。
声が聞こえた。
トゥーリはぼやける思考の中、ゆっくりと眼を開けた。
「ハリス、さん……?」
真上にハリスの顔がある。どうやら、膝枕をされているようだった。
「あ……ごめん、すぐに起きるから」
トゥーリは体を起こそうとするもうまく力が入らない。
「無理をしないでください。まだ脱水の症状が抜けきっていないのですから」
ハリスは彼女に手を貸し、体を起こしてやった。
「ありがとう……」
そのまま二人は無言で北壁山脈の絶景に魅入る。
二人は寒さを避けるように、自然と肌を寄せていた。
「……トゥーリ殿」
「え……あ、はい」
名を呼ばれ、思わず畏まった返事をしてしまう。
「私はトゥーリ殿とこれからも共に在りたいと思っています」
「あ……う、うん。ワタシも」
「仲間としてではなく」
「え……それって」
真意を問おうと見上げれば、目が合った。
「これからも私の傍に居てはくれませんか」
「……ワタシでいいの?」
「貴女がいいのです」
「……うん、嬉しい」
トゥーリはハリスの大きな体に頭を預けた。
ハリスはトゥーリの小さな頭を愛おしそうに抱き寄せる。
二人はそのまましばらくの間、じっと景色を見つめていた。
●
高台から、夕焼けに染まる空を一人眺めるのは、ルチルだった。
彼女はこの地に来た一番の目的を果たす為、この場所へと足を向ける。
そして、フェンガリを見下ろしながら……。
――知らなければなるまい。征竜の事を、竜に成るという意味を。
彼女の言葉は、強い風に流され、誰の耳にも届く事はない――。
そして、ナハティガルもこの場所で夕焼けの空を見つめていた。
――この空は何を予兆しているのか。
夕日が白い北壁山脈を赤く染める。
それはまるで……。
――争いの種はそこかしこに埋まっている。大きな動乱が間近に迫っているのかもしれない……。
絶景ともいえるその景色。
しかし、ナハティガルはその絶景の先にある『未来』をずっと見つめていた。
マスターコメント
おつかれさまでした!
皆様のおかげで賑やかな宴となりました!
フェンガリがこんなに賑やかになったのは本当に久しぶりですね。あと、巨人族の二人がかなり人気でビックリしました。また別のシナリオで何かやりたいですね。
皆様、ご参加ありがとうございました!
イベントシナリオ易しい 報酬:標準25 / 4〜25人
2022年05月16日 09時35分49秒 公開
大成功