【緑陰】冒険者たちの日常〜温泉宿編〜
炙りとろ左門
コメント 2
シナリオID:2012
オープニング
● 春宵一刻、想ひ月
辺境都市群、シャルガネ居住区——ミュルグレスたちがエドゥノーグからわざわざこちらに出てきたのには、訳がある。
「ましゅまろ」
小さな呟きは、彼女にしては珍しく弾んでいる。
すべすべ、ふわふわ、もちもち。多くは白だが、最近は淡く色づいたものもある。それらをたくさん食べられる宿があると聞いて訪れたのだ。
「美味しい食べ物の話になると、ミュルグレスは生き生きとするよね……」
ドゥリンは宿帳に一党の名前を書き込みつつ、苦笑する。
ひよこ隊が今日泊まる宿の名は、冒険者向けの温泉宿「春宵」。美しい自然を身近に感じることをコンセプトにしたこの宿は、なんと大森林から出てきたエルフたちの手によるものだという。温泉という魅惑に取り憑かれた彼らは、いち氏族まるごとシャルガネに移住し、そこで温泉宿を経営し始めたのだとか。
宿では、そんな彼らが旅の途上で見聞きしたり、食べたりした料理が振る舞われる。基本的にはシャルガネ風の膳だが、デザートとして楽しめるのだ。そのひとつが、マシュマロ。
「リブラネスタで食べてからすっかり病みつきだよな、ましゅまろ」
「ほんと、あんなに食べてるのに全然太らないのはずるい。ましゅまろ……」
そう言いつつ、ナルシルとリディルの視線は、ミュルグレスに注がれている。すべすべ、ふわふわ、もちもち。
「部屋が取れたよ。見知った冒険者さんたちもいるみたいだし、ゆっくり話せる機会かもね」
ドゥリンは部屋番号が焼き押された木札を手に、冒険者たちが集うロビーをちらりと見る。
「荷物を置いたら、各々自由行動、ってことで」
辺境都市群、シャルガネ居住区——ミュルグレスたちがエドゥノーグからわざわざこちらに出てきたのには、訳がある。
「ましゅまろ」
小さな呟きは、彼女にしては珍しく弾んでいる。
すべすべ、ふわふわ、もちもち。多くは白だが、最近は淡く色づいたものもある。それらをたくさん食べられる宿があると聞いて訪れたのだ。
「美味しい食べ物の話になると、ミュルグレスは生き生きとするよね……」
ドゥリンは宿帳に一党の名前を書き込みつつ、苦笑する。
ひよこ隊が今日泊まる宿の名は、冒険者向けの温泉宿「春宵」。美しい自然を身近に感じることをコンセプトにしたこの宿は、なんと大森林から出てきたエルフたちの手によるものだという。温泉という魅惑に取り憑かれた彼らは、いち氏族まるごとシャルガネに移住し、そこで温泉宿を経営し始めたのだとか。
宿では、そんな彼らが旅の途上で見聞きしたり、食べたりした料理が振る舞われる。基本的にはシャルガネ風の膳だが、デザートとして楽しめるのだ。そのひとつが、マシュマロ。
「リブラネスタで食べてからすっかり病みつきだよな、ましゅまろ」
「ほんと、あんなに食べてるのに全然太らないのはずるい。ましゅまろ……」
そう言いつつ、ナルシルとリディルの視線は、ミュルグレスに注がれている。すべすべ、ふわふわ、もちもち。
「部屋が取れたよ。見知った冒険者さんたちもいるみたいだし、ゆっくり話せる機会かもね」
ドゥリンは部屋番号が焼き押された木札を手に、冒険者たちが集うロビーをちらりと見る。
「荷物を置いたら、各々自由行動、ってことで」
解説
皆さんは休暇を得て、シャルガネの温泉宿に泊まっています。時刻は夜。温泉に入ったり、星を見たり、マシュマロを焼いたり、美味しいご飯を食べたり、囲炉裏端で仲間たちと語らったりしましょう。
目的:ゆっくりのんびり過ごす!
■温泉宿「春宵」
シャルガネ居住区のはずれにある武家屋敷を買い上げて改装した温泉宿です。大森林から氏族ごと移住してきたエルフたちによって経営されています。
【1】温泉を楽しむ
この時期満開の桜を眺めながら露天風呂に浸かることができます。男女別の浴場で、個人や数人で貸切にできる露天風呂もあります。お酒の提供もありますが、湯船で泥酔しないように!
【2】囲炉裏端で語らう/焼きマシュマロを食べる
囲炉裏の火で、色とりどりに淡く色づいた団子のように丸いマシュマロを焼いて食べられます。そのままいただくもよし、何かに挟むもよし。「麿茶」と呼ばれる甘草茶もどうぞ。
【3】中庭で星を見る
白い敷石に溝引きした風情のある庭の縁側から、星空を眺めることができます。
【4】ご飯を食べる
山の幸と海の幸をふんだんに使った宿料理をお楽しみいただけます。デザートは塩漬けの桜を使った桜プリンです。
【5】部屋でゆっくりする
どの部屋からも、桜を見ることができます。部屋で食事を取るもよし、ゆっくりのんびり過ごすもよしです。
■お酒/20歳未満の飲酒描写はマスタリング対象となります
「春霞」:ふわりと春の花香り立つ純米大吟醸。
「星桜」:金箔を振ったロゼワイン。
「令月」:桃の果実酒。ノンアル。
■NPC/どの選択肢においても指名できます。
★魔術師ミュルグレス
ひよこ隊のリーダーです。理知的で落ち着いた雰囲気だけれど、マイペース。ナイスバディ。
★治癒師ドゥリン
ひよこ隊所属の治癒師です。最近頼り甲斐が出てきました。実はイケメン。
★戦士ナルシル
ひよこ隊所属の戦士です。努力家であり自信家。弟妹想いのお姉ちゃん。胸は平野です。
★斥候リディル
ひよこ隊所属のシーフです。不運なんだか幸運なんだか。
■特記
プレイングで指定しなければ、NPCの描写は最低限か、登場しません。
字数の都合でNPCとのやりとりがカットされる場合もございます。ご了承ください。
マスターページは参照しなくても問題ありませんが、上記の他、描写やマスタリングに関する項目があります。
マスターより
温泉はいいぞ
初めましての方は初めまして。こんにちは、炙りとろ左門です。
本シナリオは新米冒険者と行く「【緑陰】」シリーズの第9話です。途中からでも参加可能であり、前話を知らなくても問題ありません。チュートリアル的な位置付けですので、今日からアニエピカをはじめた! という方も是非どうぞ。
本依頼にはOPにも登場したNPC「ミュルグレス」が関連づけられており、挨拶をしたり、必要に応じて応答します。質問の際はコメント冒頭に【Q】をつけてください。
※NPCによる質疑応答については、OPや解説において判断に迷う表現があった場合のみで、基本的にはOPや解説に書かれていることが全てとなります。
それでは皆様のご参加&プレイング、お待ちしております!
リプレイ
● 桜湯月夜
「……っはー、此処が楽園か!」
ナハシュは純米大吟醸「春霞」を呷ると、空になった盃を空にかざした。湯煙の向こうに輝くは満天の星と月光を浴びる夜桜。はらりひらりと舞う花びらが露天風呂に落ちる。
3、4人がゆったりと入れる個人用の貸切露天。そこにひとりで浸かり、ナハシュは深く息をつく。はじめのうちこそはしゃいでいたが、冷たく辛く喉を通る酒が喉を落ちること数回、目の前の景色に感じ入っていた。
今夜はひとり。口をつぐめば他にしゃべるものはなく。木々のささめきに、遠くに聞こえるはしゃぎ声。悪くない静寂だ。
思えば最近、観光地でひとりということもなかった。予約を取り損ねてすねているであろう彼の表情を思い浮かべて、くつくつと笑みが溢れる。機嫌を取るにはやはり、土産だろう。そしてこの酒はそれにうってつけだ。酒で機嫌が取れない場合は……その時に考えるとしよう。
酒盃を置いて、肩まで湯に浸かる。部屋に戻って寝るにはまだ早い。
「ベルっていつも貸切にするよね〜」
「そうね。毎度のことながら大変だと思うけど、助かってるわ」
こちらも貸切露天風呂。アルラ・ニグラスとテュリン・ヴィングがそう言いながらかけ湯をする一方で、アリエッタも桜の香りがする石鹸で体を洗う。
「あ、いや、うん。素敵な思い出づくりのためだからね、うん」
一足先に湯に浸かっていたララベル・サン・ディーベルは視線を左右に泳がせる。いつものメンバーとはいえど、目のやり場に困るのだ。
「慣れてきたけど、慣れちゃいけない気がするんだよね……」
ふと視線を逸らした先に、満開の桜があった。そうだ、これを見ていよう。綺麗だし。
「あら、私たちより桜のほうに見惚れてるの?」
テュリンは芝居がかった声音でララベルに近づくと、色づいた両頬に手を添えて振り向かせる。ララベルは慌てて目を瞑った。
「そ、そういうわけじゃなくて」
「テュリン、飲み物の準備ができたわよ」
アルラが持ってきた盆には徳利と人数分の盃。ララベルは助けを求めるようにそれに縋り付くと「つ、注ぐよ! 体が冷えるから肩まで浸かって!」とテュリンの手から逃れた。
「あら、ありがと〜」
アルラは言う通りにしつつ、盃を胸元に引き寄せる。注がれた鮮やかな桃色と金箔は、白い肌によく似合う。
「……わざと?」
「さあ?」
うぐぐと照れるララベルを見て、アルラは微笑む。テュリンやアリエッタの盃も満たされ、ララベルは最後に自分の分を注ぐと乾杯の音頭を取った。
「『花見で一杯』……ふふ、というよりは『花湯で一杯』、かしら?」
乳白色の湯面にひらりと舞い落ちる桜の花びら。それを指し示すテュリン。ララベルはそれを捕まえようと手を伸ばし——何か柔らかいものに触れた。
「ん?」
もみ。ふにゅ。
「あらベル、積極的ね。続きもしてくれるのかし——」
「はわわわわごめん!!!」
テュリンの台詞に、ララベルは顔を真っ赤にして両手を挙げたのだった。
「ふう……」
エミリア・シバは湯のじんわりとした暖かさに思わずため息を漏らした。髪はきっちりと上げており、髪を下ろしている普段の姿とはまた違った印象を与える。とはいえそれを伝えるような人物は近くにいない。貸切だからだ。
「足を贅沢に伸ばせるのは、貸切の特権ね」
檜で組まれた湯船に注がれる湯は、乳白色。湯面には風に乗って運ばれてきた桜の花びらが浮かんでいる。
仕事の疲れを癒すように体全体をマッサージしたあとは、花見酒だ。のぼせないように量には注意しながら、淡い香りを放つ桜を見上げる。
「あら」
その向こうに輝く星々の間を、つ、と光の筋が滑り落ちた。
「……流れ落ちる前に願い事を3回、だったかしら?」
地域によって回数にばらつきはあるが、流れ星が見えなくなる前に言い切れる願いなどそうそうないだろう。悩んでいるうちに見えなくなってしまう、なんてことも多いに違いない。
ふと、瞬きの間に消えてしまう光と、冒険者である自分の命を重ね合わせる。
「だからこそ楽しんで、休めるときは贅沢しなくちゃね」
「フリュー、見て、腕すべすべだ♪」
シャルロット・エクレールは、フリューリングスルフト=ティエラの体についた泡を湯で洗い流す。それに、フリューは得意げに笑う。
「ほっぺももちもちさあ♪」
「ほんとだ〜。最近本当に綺麗になったよね、フリュー」
シャルロットがイュンの泡も洗い流す。何気ない一言だったのだが、フリューはどきりとした。
「そ、そうかなぁ? そうかなぁ〜。ほ、ほらイュン! 拭いてあげるから大人しく……わっ!」
話を逸らそうと、フリューはふかふかの手ぬぐいでイュンの体の水気を除こうとするが、ぷるぷると勢いよく体を震わせたイュンが水飛沫を弾き飛ばし、声を上げた。
「ふふっ。さあ、イュンもフリューも体が冷えないうちに、お湯に浸かろ!」
イュンには桶に湯を貯めて。2人も湯船で足を伸ばす。
「それで、フリュー、相談したいことって?」
「あ、うぅん、と」
フリューは伸ばした足をまた戻して、膝を抱えるようにもじもじとする。
「上がったら、するさぁ」
そんな貸切風呂の隣の部屋で、ナタリア・フィッツジェラルドもまた湯船に浸かっていた。
「あの子を誘えなかったのは、残念だな……」
1人で貸切もまた贅沢だが、やはり誰かと楽しみたいと思うこともある。
湯の効能については節々の痛みや古傷に効くとのことで、ナタリアは両手で掬った湯をまじまじ見つめる。
彼女の知的探求はとどまることを知らない。死んでしまえばそれまで——それは冒険者の多くが、胸に抱いていることでもあろう。
一方大浴場では、サマエラ=フォリウムとベルク・オスマット、そしてミュルグレスが並んで湯に浸かっていた。
「桜とともに楽しめるとは、なんとも贅沢だな……」
「いや、まったく。殿下や将軍にも味わっていただきたいものだな」
サマエラが感嘆の声を漏らしたのに続き、ベルクもそれを首肯する。ベルクは「春霞」を熱燗で、サマエラとミュルグレスもそれぞれ金箔を振った桜色を盃に。
「ミュルグレス、どうだ? 味は」
「おいしい。それに、きれい」
サマエラの問いに、言葉少ななミュルグレスの感想は端的だ。だがその瞳はきらきらと輝いて、その心情を雄弁に語る。
「私はまだ酒の良し悪しはわからないが、そうだな……」
サマエラは盃を軽く掲げ、舞い落ちる桜の花びらを受け止めた。
「風情があるのはわかる。それもあわせて、酒という飲み物なのだろう」
「なるほどなるほど。確かにそうだな」
ほろよい気分のベルクはうんうんと頷いた。とはいえ気分が浮ついているのには自覚があるのか、一度湯を出ると竹椅子に腰掛け酔いを覚ます。
「ふふ、飲み過ぎには注意しないといけないな」
「まったくだ。だが、癖になるな」
湯船で花見酒、湯から上がって酔いを覚まして、ふたたび湯に浸かる。それの繰り返しが、なかなかやめられない。
「とはいえ、そろそろ夕食の時間じゃないか? 遅れては料理人をがっかりさせてしまう」
サマエラは名残惜しくも湯船から上がる。ミュルグレスもその後に続いた。
「ごはん、なにかな」
「鯛が出ると聞いたぞ。味付けが気になるところだ」
「たい」
ミュルグレスが目を輝かせ、ベルクが濡れた体を手ぬぐいで拭く。
「一緒に食べるか。その後、我はまた『花湯で一杯』と洒落込むが……」
「本当に、贅沢な休暇だ」
サマエラは苦笑しつつ、湯殿を出ると浴衣を羽織る。洗いざらしの布の感覚が心地よい。
「ミュルグレス、浴衣の——」
着方は分かるだろうか、とサマエラが振り返った先では、ミュルグレスが帯に絡め取られていた。
● 花より団子?
温泉を楽しんだ後は、やはり食事である。商品を運ぶ依頼の途中、ここらで一泊、ついでに贅沢——サイラスは鯛の身をほぐし、綺麗に骨を取った。そしてそれを、そばでご機嫌に「待て」を遂行していた狼に与える。
「魚より肉の方がいいのかもしんないけどねえ」
味付け前なら大丈夫だろうと与えたそれを、大福は「食べ物ならなんでもうまい」と言わんばかりに美味しそうに食べる。自分用に分けたものには塩を軽くかけつつ、大福が楽しそうにしているのを見て、ふと笑みをこぼした。仕事中はいつも留守番をさせているから、これくらいは良いだろう。
「っと、これは渡さない、だーめ」
サイラスはデザートのプリンが盛られた器をひょいと逸らす。大福が物欲しそうにじっとサイラスを見上げた。これはさっさと食べてしまうにかぎる。しょげ返る大福に、サイラスは代わりとばかりに竜花琴を持つ。
「プリンはだめだが、音楽を楽しむくらいはね?」
大広間からかすかに聞こえるハープの音。しかしそれも耳に入らないと言わんばかりに緊張した面持ちの男女が2人、部屋に戻ってきたところで固まっていた。
「……」
ジュスト・ヴェルジーもローザリカ・L・ディオールも、どうして、という言葉を飲み込んだ。温泉を満喫して浴衣を着込み、上機嫌で部屋に戻ってきたところ——部屋を仕切っていた襖が取っ払われていた。
気遣いなのか、はたまた陰謀か。すでに用意された食事を見て、2人は「一緒に食事をするためだ」と結論づけた。
(まだまだ奥深いということか、シャルガネ……)
ローザリカは従業員の奥ゆかしい気遣いにぐぬぬと悔しがる。何がずるいって、部屋がこうなってしまったこともそうだが、ジュストの浴衣姿がなかなか衝撃的だったのだ。なんだこの隙の多い服は。首筋も鎖骨も腕も露出が多い。やめろ僕に見せつけるんじゃない普段は着込んでいるくせにふざけるな。
「ロゼ、いつまで突っ立っているつもりだい?」
ジュストに声をかけられ、ローザリカははっと我に返った。何事もなかったかのように2人向かい合って座椅子に座る。
「正座、っていうのも、なかなか慣れるのに時間がかかったけれど」
ジュストがぎこちなく箸を取るその手を、ローザリカは目で追ってしまう。当然、いつもの手袋をしていない。男性らしい筋張った手に視線がいってしまう。
「……うん。筍料理は歯触りがいいし、このお吸い物も……蛤かな? 上品な味わいで……ロゼ?」
箸を手にしたまま固まっているローザリカに、ジュストは首を傾げた。
「食べられないものでもあった?」
「そ、そんなことあるわけないだろう? 子供じゃないんだから」
反射的に意地を張ってしまったが、時すでに遅し。ジュストは「へえ」とにこやかに笑う。
「じゃあ、それなら俺の分もあげよう。ほら、」
ジュストが箸で摘んだのは、よりにもよってローザリカの苦手な刺身。う、とローザリカは言葉を詰まらせ。
「……ジュストの、意地悪」
その名を呼ぶことで、反撃とした。ほとんど呼ぶことのない名を不意打ちで、完璧だとローザリカはジュストの顔を盗み見る。
ジュストの顔は赤かった。
「——は、」
ローザリカが思わず言葉を漏らした瞬間、ジュストは勢いよく顔を逸らす。これはあれか、照れているのか。そんな反応をされては……なんだかこちらまで照れてしまう。2人して俯くこと数秒の間、静寂に鹿威しの音が響いた。
● とろける甘味、焼きましゅまろ
シルク・メイプルリーフは脇目も振らず集中していた。竹串に刺したマシュマロを、囲炉裏に灯された火の先で慎重に炙る。直火にではなく、火の先でくるくると回しながら炙るのが、焼きマシュマロを作るコツなのだ。なかなか焼けないので火に突っ込むものもいるが、邪道である。この待ち時間も含めて焼きマシュマロ——シルクはシスターとして、正道を進むべきである。
「はむり」
そうして表面にこんがりと焼き色がついたところで、口の中へ。ふんわりとろとろの食感に満面の笑みが溢れる。2個目はとろけたマシュマロに細かく砕いたチョコレートをまぶしてぱくり。苦味と甘味のハーモニー、最高。ふと思いついて、砕いたチョコレートの中に更に砕いたナッツを——これこそ大地の恵み。おそらく先ほどの思いつきは豊穣神の思し召しに違いない。そう思わせる芳醇な味わいだった。言葉こそないものの、シルクのテンションは青天井であった。
その横で、ストレガ・L・リベルガストラはまた違った味わい方をしていた。焼きマシュマロを食すことで材料を推測し、製法にあたりをつける。
「ふむ、ゼラチンか……」
ストレガはよく骨を煮ることで保存している。スライムで代用もできるかもしれない。甘味は砂糖でも水飴でもいいが、妥協できないのは卵白である。余ってしまう卵黄の使い道も一緒に考えなければならないだろう。とはいえ卵黄の使い道は多い。菓子作りをするものにとっては、むしろ卵白が余って困ることが多いのではないか。
ストレガは塩気のある煎餅に焼きマシュマロを挟み、緑茶を啜った。甘味と塩味の絶妙なハーモニーを、緑茶で流してもうひとくち。これはつい食べ過ぎてしまう。
「せ、煎餅……なるほど」
それを見ていたシェルリア・リトヴァールの声に、ストレガははっと我に返った。
「そうなのだ。でも食べすぎると太ってしまうから、注意が必要なのだ」
「ですよね。でもこれは探求なので……そう、探求なので」
シェルリアは目を輝かせて、焼きマシュマロを何で挟もうかと思案しているようだった。先ほどまで「推し二人の温泉旅行」というドゥジンシネタで大妄想を繰り広げていたのだが(温泉の気持ちよさに展開は最高潮を迎えた)、こうして囲炉裏端で焼きマシュマロを食べる2人というのも……イイ!
探求の方向性は異なるものの、2人はこのとき、道を極めるものとして並んでいた。
「ミルクなチョコレートを絡める、もうとっても甘い! まるで2人の関係性を示しているかのよう……でもビターなチョコレートを使えば、ほろ苦い恋を表現しているようでそれもまた捨て難いですね」
「なるほど、そういう食の表現の仕方もあるのだな……」
味わうだけでなく、言葉にする。食は万世共通の幸福だが、やはり言葉にすることで得られることもある、ということだ。
「はっ……マシュマロを挟む……サンド……2人に挟まれ、愛される苦悩……!?」
「それはちょっとよくわからないのだ」
「あら。貴方達もここに泊りに来たのね」
風呂から上がったアルト=ミルドレッド=バ・ロッサは、囲炉裏端でくつろいでいるひよこ隊の面々を見つけ、そう声をかけた。
「アルトだ」
ミュルグレスがのんびりと応じる。いつも通りのやりとりに、アルトはほっと胸を撫で下ろした。
「ま、こうしてたまには息抜きするのもすごく大事だし良いことよ。奢ってあげるからちょっとは付き合いなさい」
「わーい! やったー! お世話になりますっ!」
ふんと先輩風を吹かせるアルトに、リディルが調子良く応じる。アルトは追加でマシュマロと麿茶を注文すると、ひよこ隊の隣に腰掛ける。
「食べ過ぎには注意しなさいよ? ほどほどにしないと後悔するんだから」
たとえその全てが胸にいく謎代謝システムだとしてもだ。どうして……。
「それにしてもナルシル、あんただいぶ丸くなったわね」
ふと気づいたことをアルトが口にすると、ナルシルはぎくりと肩をこわばらせた。
「そ、その分、運動すれば……」
「輪郭の話じゃないわよ」
気まずそうに目を逸らすナルシルを見て、アルトは小さく笑う。
「最初は喧嘩してたじゃない?」
「こいつら危なっかしくて放っておけねーんだって」
「……そうかもね。うん、あんたたちはまだまだひよっこなんだから。だから……まだ勝手に名前変えたりしないでよね」
先ほど、彼らの変わらぬ態度に安心した。人は成長するし、変わっていく。いつかその時が来ても、今はまだ、この時間が続くように——。
そのやりとりを、実はそばで見ていたトーラは「丸くなった」のくだりで慌てて自分の頬を触ってしまった。ぷにっとしているのは焼きマシュマロを頬張っていたせいだ。くっ。
「ナルシルさんはわかりませんが「おい」ミュルグレスさんは、あれだけ食べているのにどうして太らないのですか……」
途中で反応したナルシルが、確かになという顔をする。
「わたしの場合、主に足から肉がつくので……どうして……うらやまうらめしい……不公平です〜!」
半泣きになりながらも、マシュマロを焼く手は止まらない。美味しいものは正義なのだ。
「大丈夫ですよトーラさん、太ももの肉付きにこだわりを持つ殿方もいます」
リディルがすかさずフォローをいれる。が、トーラはますます悔しがった。
「わたしが欲しいのは! 緩急のある体なんですー!」
焼きマシュマロ、やけ食い。トーラの叫びが悲しげにこだました。
「なんだなんだ、やけ食いか?」
と、そこへ、徳利片手にヴァンゲルス・ロッドがやってくる。
「やけ食いもやけ食いです! どうせ明日は依頼で動くんですから、これくらい許されます!」
もぐぱくもぐぱく。甘じょっぱいマシュマロを頬張るトーラに苦笑しつつ、ヴァンゲルスはミュルグレスに向き直ると軽く徳利を掲げた。
「隣、いいか?」
「うん、どうぞ」
ヴァンゲルスはミュルグレスに手のものを勧めようとして、すでに彼女の両手いっぱいにある焼きマシュマロ串に目を留めた。
「好きなのか?」
「うん。おいしい。食べる?」
「そうだな……たまにゃ甘いモンも悪かねェか。いただこう」
ヴァンゲルスは焼き色のついたマシュマロをひとつ、クラッカーにのせて齧った。とろりとした食感に優しい味わい。ミュルグレスはこう言うものが好みなのかと思えば、すぐに、いや、と考え直す。ミュルグレスはとにかくよく飲みよく食べるからだ。
「どのあたりが気に入った?」
だから、質問を少し変えてみる。ミュルグレスは少し考え込んだ後、小さく微笑んだ。
「みんなで食べるから、美味しいんだと思う」
他人に興味のなさそうなミュルグレスの口からそんな言葉が出てきたことに、ヴァンゲルスは目を瞬いた後、にっと笑い返した。
揃いの浴衣に着替えたシャルロットとフリューも、焼きマシュマロを楽しんでいた。ビスケットにとろけたマシュマロを挟み、かじればしあわせの味が口の中に広がる。
「おいしい〜♪」
「おいしいね……」
しばらく言葉もなくマシュマロと麿茶を味わい、フリューはふと隣のシャルロットの肩に頭を預ける。
「……最近、胸の、真ん中あたりがおかしいんさぁ」
かっと熱くなったかと思えば、締め付けられるように苦しくなったり、花が萎れるように元気を失ったり。そんな中、その場に一緒にいないのに頭の片隅を占める者もあり。身の上に起こっている変化に、フリューは不安を覚えていた。
「フリューはフリューだよ」
そんなフリューの胸の内を、語るを待たずして理解を示すのが、シャルロットだ。
「変わったところも、そのままのところも、大好きだよ」
「シャル……うちも、大好きさぁ!」
フリューはそのままシャルロットに抱きついた。シャルロットはそれを受け止め、フリューの頭を撫でる。
「フリューを変えた人……その人に、例えばこのお菓子とか、作ってあげたいと思う? フリューが嬉しいことを分けたい人なら、きっと大事な人だから、心配ないよ」
「そっか……。作ってあげたいな。嬉しいことも、分けてあげたい。でも一番は……」
その顔を思い浮かべる。
「——困らせてやりたいんさぁ!」
● 満天に咲く想い
ルベア・ベルニは「春霞」片手に星空を見上げながら、物思いに耽っていた。そのまま視線を夜桜に移す。
昔は、春が嫌いだった。
父を喪ったのもこの時期。母が儚くなったのも、こんな星の綺麗な夜だったという。
だからだろうか、春は誰かが居なくなるという記憶と共にある。
「でも……」
ルベアは一口、盃を傾けた。春も悪いことばかりではないと思える出会いがあった。
彼女と共に過ごすことで感じる幸福感は、春のひだまりに似ている。
だから、今は——ちょっとは好きになれた気がする、と。
そうして少しずつ、悲しみは和らいでいく。和らげていくのが、生きるということなのだろう。ひとりで、ではなく、誰かと。
空になった徳利を下げ、土産屋に行こうと立ち上がったところで、ルベアはナタリアとすれ違った。
「おや。君も星見か?」
「ナタリアさんも?」
「ああ……」
ナタリアは縁側から中庭に一歩降りて、切り取られた星空を見上げる。
「星の輝きとは不思議なものだと、常日頃から思っていてな」
「不思議? まあ……確かにそうね」
そこにあることが当然だと受け入れているが、あの輝きの正体はなんなのか。学者によれば、昼間は見えないだけでそこにあるというが……。
「一等星になれなかった者がいるとて、唯一無二の輝きはそこにあり続ける。それも場所が変われば違う輝きが見えるのか、変わっても見えるものは同じなのか……どうだ、不思議だろう?」
謎かけのような問いに、ルベアは答えを持ち合わせない。だが、ナタリアの気持ちはわかった。
「唯一無二の、輝きか……」
煌めく星々は、なにを思って輝くのか。ルベアはしばらく立ち止まったまま、ナタリアと共に星空を見上げていた。
── ○ ──
「おや、ミュルグレスじゃないか」
星見で一杯と中庭に足を運んだシルヴィア・A・カペルは、先客の姿に目を瞬く。後ろにつまみ片手についてきていた海神・江流もシルヴィアの背中から顔を出し、軽く手を上げて挨拶する。
「ってことはひよこ隊も来てるのか。丁度いい季節にきたな。桜が綺麗な頃合いだし……月明かりに夜桜なんて、風情があるだろ? 楽しんでいくといい。俺の店じゃないけど」
そういう江流の手には、白身魚の刺身に山菜の天ぷら。味付けは塩という潔さ。合わせた酒は純米大吟醸「春霞」。いや、本当は順序が逆で、春霞に合うつまみを見繕ってくれと、シルヴィアに頼まれたのだが。
「せっかくだから一緒にどう? 令月あるし」
こちらは自分用。ミュルグレスは天ぷらをじっと見つめている。いいよお食べ。
3人は並んで縁側に腰掛けると、煌めく星空の下、盃を交わした。
「なるほど、やはりシャルガネの酒にはシャルガネの料理。道理だね」
シルヴィアはシャルガネ出身者である江流の選定に間違いがなかったことを喜んだ。それに、江流は苦笑を返す。
「俺はお前の彼氏でも従者でもねぇんですがね」
「寂しいことを言わないでくれ。彼氏や従者ではないけれど、私が新人の頃から君には世話になっている……大切な友人なんだから」
シルヴィアと江流が依頼ではじめて出会ってから、丁度一年となる。シルヴィアはそのことを伝えて、江流にあらためて感謝の意を示した。
「私も後進を気にかけられる先達でありたいものだ」
そうして、ミュルグレスを見やる。ミュルグレスは天ぷらを咀嚼しながら、ちょっと首を傾げた。
「君たちひよこ隊も、夏には結成一年じゃないか? わざわざ言うまでもないけれど、仲良くね」
「うん」
ミュルグレスは頷き、ふと、ぼうっと空を見上げる江流に気づき、シルヴィアの袖を引いた。
「ああ、あれは……彼女のことでも考えているんだろう。今どうしているのか、とか、土産にはなにがいいかな、とかね」
「シルヴィ?」
「なんでもないよ」
聞き咎めたらしい江流が振り返ったのを、シルヴィアは笑って誤魔化した。
── ○ ──
焼きマシュマロを皿に移し、部屋に戻ろうと廊下を通り抜けようとしたところで、だわは中庭から星が見えることに気づいて足をとめた。
「お空、きれい……」
だわが言葉にしなかった分、後ろをついてきていたサラが感嘆の声を上げた。
「……この辺りで少し、ゆっくりするか」
この子が綺麗だというのなら。だわが縁側に腰を下ろすと、サラも嬉しそうにその隣に座った。
「ね、見て、だわおにいちゃん。桜のはなびらが……ひらひらって、お星さまの下で、踊ってるの」
「そうだな」
だわはふと手を伸ばし、星空に舞う桜の花びらをそっと捕まえた。それをサラに見せてやれば、サラはまた「きれい」と目を輝かせる。
(……こうして一緒に居られるのも、後どれくらいか)
今この瞬間も、故郷が脅かされているかもしれない。守るべき存在を前にしながらも、心はやはり、故郷にある。
その気配を、サラも感じ取ったのだろう。目は何よりも雄弁に心を語るものだ。少しの沈黙の後、だわの荒れた手に、サラの小さな手が重ねられた。
「どうした?」
「あっ、……ご、ごめんなさい」
サラは慌てて手を離す。
「……あの、ね。急に、遠くなっちゃったような、気が、して」
夜空の星ほどに、遠く。花びらは捕まえられても、空の底に手が届くことはないのだ。
「おかしい、よね」
軽く俯き、力無く笑う少女の表情は、不安げで弱々しい。だわはそのまま手を引っ込めた。
「俺は、此処にいる」
せめて言葉だけでもと思えども、それさえ約束できないことを、自分が一番よく知っている。
「うん……うん。えっと。マシュマロ……食べよう? 麿茶も」
「……ああ、いただこう」
まだほのかに暖かいそれを、ふたりで分け合う。
そうして、隣にいるのに。同じ空を見上げているはずなのに——ただ空の底に沈む星々の輝きのみが、変わらずにいる。
「……っはー、此処が楽園か!」
ナハシュは純米大吟醸「春霞」を呷ると、空になった盃を空にかざした。湯煙の向こうに輝くは満天の星と月光を浴びる夜桜。はらりひらりと舞う花びらが露天風呂に落ちる。
3、4人がゆったりと入れる個人用の貸切露天。そこにひとりで浸かり、ナハシュは深く息をつく。はじめのうちこそはしゃいでいたが、冷たく辛く喉を通る酒が喉を落ちること数回、目の前の景色に感じ入っていた。
今夜はひとり。口をつぐめば他にしゃべるものはなく。木々のささめきに、遠くに聞こえるはしゃぎ声。悪くない静寂だ。
思えば最近、観光地でひとりということもなかった。予約を取り損ねてすねているであろう彼の表情を思い浮かべて、くつくつと笑みが溢れる。機嫌を取るにはやはり、土産だろう。そしてこの酒はそれにうってつけだ。酒で機嫌が取れない場合は……その時に考えるとしよう。
酒盃を置いて、肩まで湯に浸かる。部屋に戻って寝るにはまだ早い。
「ベルっていつも貸切にするよね〜」
「そうね。毎度のことながら大変だと思うけど、助かってるわ」
こちらも貸切露天風呂。アルラ・ニグラスとテュリン・ヴィングがそう言いながらかけ湯をする一方で、アリエッタも桜の香りがする石鹸で体を洗う。
「あ、いや、うん。素敵な思い出づくりのためだからね、うん」
一足先に湯に浸かっていたララベル・サン・ディーベルは視線を左右に泳がせる。いつものメンバーとはいえど、目のやり場に困るのだ。
「慣れてきたけど、慣れちゃいけない気がするんだよね……」
ふと視線を逸らした先に、満開の桜があった。そうだ、これを見ていよう。綺麗だし。
「あら、私たちより桜のほうに見惚れてるの?」
テュリンは芝居がかった声音でララベルに近づくと、色づいた両頬に手を添えて振り向かせる。ララベルは慌てて目を瞑った。
「そ、そういうわけじゃなくて」
「テュリン、飲み物の準備ができたわよ」
アルラが持ってきた盆には徳利と人数分の盃。ララベルは助けを求めるようにそれに縋り付くと「つ、注ぐよ! 体が冷えるから肩まで浸かって!」とテュリンの手から逃れた。
「あら、ありがと〜」
アルラは言う通りにしつつ、盃を胸元に引き寄せる。注がれた鮮やかな桃色と金箔は、白い肌によく似合う。
「……わざと?」
「さあ?」
うぐぐと照れるララベルを見て、アルラは微笑む。テュリンやアリエッタの盃も満たされ、ララベルは最後に自分の分を注ぐと乾杯の音頭を取った。
「『花見で一杯』……ふふ、というよりは『花湯で一杯』、かしら?」
乳白色の湯面にひらりと舞い落ちる桜の花びら。それを指し示すテュリン。ララベルはそれを捕まえようと手を伸ばし——何か柔らかいものに触れた。
「ん?」
もみ。ふにゅ。
「あらベル、積極的ね。続きもしてくれるのかし——」
「はわわわわごめん!!!」
テュリンの台詞に、ララベルは顔を真っ赤にして両手を挙げたのだった。
「ふう……」
エミリア・シバは湯のじんわりとした暖かさに思わずため息を漏らした。髪はきっちりと上げており、髪を下ろしている普段の姿とはまた違った印象を与える。とはいえそれを伝えるような人物は近くにいない。貸切だからだ。
「足を贅沢に伸ばせるのは、貸切の特権ね」
檜で組まれた湯船に注がれる湯は、乳白色。湯面には風に乗って運ばれてきた桜の花びらが浮かんでいる。
仕事の疲れを癒すように体全体をマッサージしたあとは、花見酒だ。のぼせないように量には注意しながら、淡い香りを放つ桜を見上げる。
「あら」
その向こうに輝く星々の間を、つ、と光の筋が滑り落ちた。
「……流れ落ちる前に願い事を3回、だったかしら?」
地域によって回数にばらつきはあるが、流れ星が見えなくなる前に言い切れる願いなどそうそうないだろう。悩んでいるうちに見えなくなってしまう、なんてことも多いに違いない。
ふと、瞬きの間に消えてしまう光と、冒険者である自分の命を重ね合わせる。
「だからこそ楽しんで、休めるときは贅沢しなくちゃね」
「フリュー、見て、腕すべすべだ♪」
シャルロット・エクレールは、フリューリングスルフト=ティエラの体についた泡を湯で洗い流す。それに、フリューは得意げに笑う。
「ほっぺももちもちさあ♪」
「ほんとだ〜。最近本当に綺麗になったよね、フリュー」
シャルロットがイュンの泡も洗い流す。何気ない一言だったのだが、フリューはどきりとした。
「そ、そうかなぁ? そうかなぁ〜。ほ、ほらイュン! 拭いてあげるから大人しく……わっ!」
話を逸らそうと、フリューはふかふかの手ぬぐいでイュンの体の水気を除こうとするが、ぷるぷると勢いよく体を震わせたイュンが水飛沫を弾き飛ばし、声を上げた。
「ふふっ。さあ、イュンもフリューも体が冷えないうちに、お湯に浸かろ!」
イュンには桶に湯を貯めて。2人も湯船で足を伸ばす。
「それで、フリュー、相談したいことって?」
「あ、うぅん、と」
フリューは伸ばした足をまた戻して、膝を抱えるようにもじもじとする。
「上がったら、するさぁ」
そんな貸切風呂の隣の部屋で、ナタリア・フィッツジェラルドもまた湯船に浸かっていた。
「あの子を誘えなかったのは、残念だな……」
1人で貸切もまた贅沢だが、やはり誰かと楽しみたいと思うこともある。
湯の効能については節々の痛みや古傷に効くとのことで、ナタリアは両手で掬った湯をまじまじ見つめる。
彼女の知的探求はとどまることを知らない。死んでしまえばそれまで——それは冒険者の多くが、胸に抱いていることでもあろう。
一方大浴場では、サマエラ=フォリウムとベルク・オスマット、そしてミュルグレスが並んで湯に浸かっていた。
「桜とともに楽しめるとは、なんとも贅沢だな……」
「いや、まったく。殿下や将軍にも味わっていただきたいものだな」
サマエラが感嘆の声を漏らしたのに続き、ベルクもそれを首肯する。ベルクは「春霞」を熱燗で、サマエラとミュルグレスもそれぞれ金箔を振った桜色を盃に。
「ミュルグレス、どうだ? 味は」
「おいしい。それに、きれい」
サマエラの問いに、言葉少ななミュルグレスの感想は端的だ。だがその瞳はきらきらと輝いて、その心情を雄弁に語る。
「私はまだ酒の良し悪しはわからないが、そうだな……」
サマエラは盃を軽く掲げ、舞い落ちる桜の花びらを受け止めた。
「風情があるのはわかる。それもあわせて、酒という飲み物なのだろう」
「なるほどなるほど。確かにそうだな」
ほろよい気分のベルクはうんうんと頷いた。とはいえ気分が浮ついているのには自覚があるのか、一度湯を出ると竹椅子に腰掛け酔いを覚ます。
「ふふ、飲み過ぎには注意しないといけないな」
「まったくだ。だが、癖になるな」
湯船で花見酒、湯から上がって酔いを覚まして、ふたたび湯に浸かる。それの繰り返しが、なかなかやめられない。
「とはいえ、そろそろ夕食の時間じゃないか? 遅れては料理人をがっかりさせてしまう」
サマエラは名残惜しくも湯船から上がる。ミュルグレスもその後に続いた。
「ごはん、なにかな」
「鯛が出ると聞いたぞ。味付けが気になるところだ」
「たい」
ミュルグレスが目を輝かせ、ベルクが濡れた体を手ぬぐいで拭く。
「一緒に食べるか。その後、我はまた『花湯で一杯』と洒落込むが……」
「本当に、贅沢な休暇だ」
サマエラは苦笑しつつ、湯殿を出ると浴衣を羽織る。洗いざらしの布の感覚が心地よい。
「ミュルグレス、浴衣の——」
着方は分かるだろうか、とサマエラが振り返った先では、ミュルグレスが帯に絡め取られていた。
● 花より団子?
温泉を楽しんだ後は、やはり食事である。商品を運ぶ依頼の途中、ここらで一泊、ついでに贅沢——サイラスは鯛の身をほぐし、綺麗に骨を取った。そしてそれを、そばでご機嫌に「待て」を遂行していた狼に与える。
「魚より肉の方がいいのかもしんないけどねえ」
味付け前なら大丈夫だろうと与えたそれを、大福は「食べ物ならなんでもうまい」と言わんばかりに美味しそうに食べる。自分用に分けたものには塩を軽くかけつつ、大福が楽しそうにしているのを見て、ふと笑みをこぼした。仕事中はいつも留守番をさせているから、これくらいは良いだろう。
「っと、これは渡さない、だーめ」
サイラスはデザートのプリンが盛られた器をひょいと逸らす。大福が物欲しそうにじっとサイラスを見上げた。これはさっさと食べてしまうにかぎる。しょげ返る大福に、サイラスは代わりとばかりに竜花琴を持つ。
「プリンはだめだが、音楽を楽しむくらいはね?」
大広間からかすかに聞こえるハープの音。しかしそれも耳に入らないと言わんばかりに緊張した面持ちの男女が2人、部屋に戻ってきたところで固まっていた。
「……」
ジュスト・ヴェルジーもローザリカ・L・ディオールも、どうして、という言葉を飲み込んだ。温泉を満喫して浴衣を着込み、上機嫌で部屋に戻ってきたところ——部屋を仕切っていた襖が取っ払われていた。
気遣いなのか、はたまた陰謀か。すでに用意された食事を見て、2人は「一緒に食事をするためだ」と結論づけた。
(まだまだ奥深いということか、シャルガネ……)
ローザリカは従業員の奥ゆかしい気遣いにぐぬぬと悔しがる。何がずるいって、部屋がこうなってしまったこともそうだが、ジュストの浴衣姿がなかなか衝撃的だったのだ。なんだこの隙の多い服は。首筋も鎖骨も腕も露出が多い。やめろ僕に見せつけるんじゃない普段は着込んでいるくせにふざけるな。
「ロゼ、いつまで突っ立っているつもりだい?」
ジュストに声をかけられ、ローザリカははっと我に返った。何事もなかったかのように2人向かい合って座椅子に座る。
「正座、っていうのも、なかなか慣れるのに時間がかかったけれど」
ジュストがぎこちなく箸を取るその手を、ローザリカは目で追ってしまう。当然、いつもの手袋をしていない。男性らしい筋張った手に視線がいってしまう。
「……うん。筍料理は歯触りがいいし、このお吸い物も……蛤かな? 上品な味わいで……ロゼ?」
箸を手にしたまま固まっているローザリカに、ジュストは首を傾げた。
「食べられないものでもあった?」
「そ、そんなことあるわけないだろう? 子供じゃないんだから」
反射的に意地を張ってしまったが、時すでに遅し。ジュストは「へえ」とにこやかに笑う。
「じゃあ、それなら俺の分もあげよう。ほら、」
ジュストが箸で摘んだのは、よりにもよってローザリカの苦手な刺身。う、とローザリカは言葉を詰まらせ。
「……ジュストの、意地悪」
その名を呼ぶことで、反撃とした。ほとんど呼ぶことのない名を不意打ちで、完璧だとローザリカはジュストの顔を盗み見る。
ジュストの顔は赤かった。
「——は、」
ローザリカが思わず言葉を漏らした瞬間、ジュストは勢いよく顔を逸らす。これはあれか、照れているのか。そんな反応をされては……なんだかこちらまで照れてしまう。2人して俯くこと数秒の間、静寂に鹿威しの音が響いた。
● とろける甘味、焼きましゅまろ
シルク・メイプルリーフは脇目も振らず集中していた。竹串に刺したマシュマロを、囲炉裏に灯された火の先で慎重に炙る。直火にではなく、火の先でくるくると回しながら炙るのが、焼きマシュマロを作るコツなのだ。なかなか焼けないので火に突っ込むものもいるが、邪道である。この待ち時間も含めて焼きマシュマロ——シルクはシスターとして、正道を進むべきである。
「はむり」
そうして表面にこんがりと焼き色がついたところで、口の中へ。ふんわりとろとろの食感に満面の笑みが溢れる。2個目はとろけたマシュマロに細かく砕いたチョコレートをまぶしてぱくり。苦味と甘味のハーモニー、最高。ふと思いついて、砕いたチョコレートの中に更に砕いたナッツを——これこそ大地の恵み。おそらく先ほどの思いつきは豊穣神の思し召しに違いない。そう思わせる芳醇な味わいだった。言葉こそないものの、シルクのテンションは青天井であった。
その横で、ストレガ・L・リベルガストラはまた違った味わい方をしていた。焼きマシュマロを食すことで材料を推測し、製法にあたりをつける。
「ふむ、ゼラチンか……」
ストレガはよく骨を煮ることで保存している。スライムで代用もできるかもしれない。甘味は砂糖でも水飴でもいいが、妥協できないのは卵白である。余ってしまう卵黄の使い道も一緒に考えなければならないだろう。とはいえ卵黄の使い道は多い。菓子作りをするものにとっては、むしろ卵白が余って困ることが多いのではないか。
ストレガは塩気のある煎餅に焼きマシュマロを挟み、緑茶を啜った。甘味と塩味の絶妙なハーモニーを、緑茶で流してもうひとくち。これはつい食べ過ぎてしまう。
「せ、煎餅……なるほど」
それを見ていたシェルリア・リトヴァールの声に、ストレガははっと我に返った。
「そうなのだ。でも食べすぎると太ってしまうから、注意が必要なのだ」
「ですよね。でもこれは探求なので……そう、探求なので」
シェルリアは目を輝かせて、焼きマシュマロを何で挟もうかと思案しているようだった。先ほどまで「推し二人の温泉旅行」というドゥジンシネタで大妄想を繰り広げていたのだが(温泉の気持ちよさに展開は最高潮を迎えた)、こうして囲炉裏端で焼きマシュマロを食べる2人というのも……イイ!
探求の方向性は異なるものの、2人はこのとき、道を極めるものとして並んでいた。
「ミルクなチョコレートを絡める、もうとっても甘い! まるで2人の関係性を示しているかのよう……でもビターなチョコレートを使えば、ほろ苦い恋を表現しているようでそれもまた捨て難いですね」
「なるほど、そういう食の表現の仕方もあるのだな……」
味わうだけでなく、言葉にする。食は万世共通の幸福だが、やはり言葉にすることで得られることもある、ということだ。
「はっ……マシュマロを挟む……サンド……2人に挟まれ、愛される苦悩……!?」
「それはちょっとよくわからないのだ」
「あら。貴方達もここに泊りに来たのね」
風呂から上がったアルト=ミルドレッド=バ・ロッサは、囲炉裏端でくつろいでいるひよこ隊の面々を見つけ、そう声をかけた。
「アルトだ」
ミュルグレスがのんびりと応じる。いつも通りのやりとりに、アルトはほっと胸を撫で下ろした。
「ま、こうしてたまには息抜きするのもすごく大事だし良いことよ。奢ってあげるからちょっとは付き合いなさい」
「わーい! やったー! お世話になりますっ!」
ふんと先輩風を吹かせるアルトに、リディルが調子良く応じる。アルトは追加でマシュマロと麿茶を注文すると、ひよこ隊の隣に腰掛ける。
「食べ過ぎには注意しなさいよ? ほどほどにしないと後悔するんだから」
たとえその全てが胸にいく謎代謝システムだとしてもだ。どうして……。
「それにしてもナルシル、あんただいぶ丸くなったわね」
ふと気づいたことをアルトが口にすると、ナルシルはぎくりと肩をこわばらせた。
「そ、その分、運動すれば……」
「輪郭の話じゃないわよ」
気まずそうに目を逸らすナルシルを見て、アルトは小さく笑う。
「最初は喧嘩してたじゃない?」
「こいつら危なっかしくて放っておけねーんだって」
「……そうかもね。うん、あんたたちはまだまだひよっこなんだから。だから……まだ勝手に名前変えたりしないでよね」
先ほど、彼らの変わらぬ態度に安心した。人は成長するし、変わっていく。いつかその時が来ても、今はまだ、この時間が続くように——。
そのやりとりを、実はそばで見ていたトーラは「丸くなった」のくだりで慌てて自分の頬を触ってしまった。ぷにっとしているのは焼きマシュマロを頬張っていたせいだ。くっ。
「ナルシルさんはわかりませんが「おい」ミュルグレスさんは、あれだけ食べているのにどうして太らないのですか……」
途中で反応したナルシルが、確かになという顔をする。
「わたしの場合、主に足から肉がつくので……どうして……うらやまうらめしい……不公平です〜!」
半泣きになりながらも、マシュマロを焼く手は止まらない。美味しいものは正義なのだ。
「大丈夫ですよトーラさん、太ももの肉付きにこだわりを持つ殿方もいます」
リディルがすかさずフォローをいれる。が、トーラはますます悔しがった。
「わたしが欲しいのは! 緩急のある体なんですー!」
焼きマシュマロ、やけ食い。トーラの叫びが悲しげにこだました。
「なんだなんだ、やけ食いか?」
と、そこへ、徳利片手にヴァンゲルス・ロッドがやってくる。
「やけ食いもやけ食いです! どうせ明日は依頼で動くんですから、これくらい許されます!」
もぐぱくもぐぱく。甘じょっぱいマシュマロを頬張るトーラに苦笑しつつ、ヴァンゲルスはミュルグレスに向き直ると軽く徳利を掲げた。
「隣、いいか?」
「うん、どうぞ」
ヴァンゲルスはミュルグレスに手のものを勧めようとして、すでに彼女の両手いっぱいにある焼きマシュマロ串に目を留めた。
「好きなのか?」
「うん。おいしい。食べる?」
「そうだな……たまにゃ甘いモンも悪かねェか。いただこう」
ヴァンゲルスは焼き色のついたマシュマロをひとつ、クラッカーにのせて齧った。とろりとした食感に優しい味わい。ミュルグレスはこう言うものが好みなのかと思えば、すぐに、いや、と考え直す。ミュルグレスはとにかくよく飲みよく食べるからだ。
「どのあたりが気に入った?」
だから、質問を少し変えてみる。ミュルグレスは少し考え込んだ後、小さく微笑んだ。
「みんなで食べるから、美味しいんだと思う」
他人に興味のなさそうなミュルグレスの口からそんな言葉が出てきたことに、ヴァンゲルスは目を瞬いた後、にっと笑い返した。
揃いの浴衣に着替えたシャルロットとフリューも、焼きマシュマロを楽しんでいた。ビスケットにとろけたマシュマロを挟み、かじればしあわせの味が口の中に広がる。
「おいしい〜♪」
「おいしいね……」
しばらく言葉もなくマシュマロと麿茶を味わい、フリューはふと隣のシャルロットの肩に頭を預ける。
「……最近、胸の、真ん中あたりがおかしいんさぁ」
かっと熱くなったかと思えば、締め付けられるように苦しくなったり、花が萎れるように元気を失ったり。そんな中、その場に一緒にいないのに頭の片隅を占める者もあり。身の上に起こっている変化に、フリューは不安を覚えていた。
「フリューはフリューだよ」
そんなフリューの胸の内を、語るを待たずして理解を示すのが、シャルロットだ。
「変わったところも、そのままのところも、大好きだよ」
「シャル……うちも、大好きさぁ!」
フリューはそのままシャルロットに抱きついた。シャルロットはそれを受け止め、フリューの頭を撫でる。
「フリューを変えた人……その人に、例えばこのお菓子とか、作ってあげたいと思う? フリューが嬉しいことを分けたい人なら、きっと大事な人だから、心配ないよ」
「そっか……。作ってあげたいな。嬉しいことも、分けてあげたい。でも一番は……」
その顔を思い浮かべる。
「——困らせてやりたいんさぁ!」
● 満天に咲く想い
ルベア・ベルニは「春霞」片手に星空を見上げながら、物思いに耽っていた。そのまま視線を夜桜に移す。
昔は、春が嫌いだった。
父を喪ったのもこの時期。母が儚くなったのも、こんな星の綺麗な夜だったという。
だからだろうか、春は誰かが居なくなるという記憶と共にある。
「でも……」
ルベアは一口、盃を傾けた。春も悪いことばかりではないと思える出会いがあった。
彼女と共に過ごすことで感じる幸福感は、春のひだまりに似ている。
だから、今は——ちょっとは好きになれた気がする、と。
そうして少しずつ、悲しみは和らいでいく。和らげていくのが、生きるということなのだろう。ひとりで、ではなく、誰かと。
空になった徳利を下げ、土産屋に行こうと立ち上がったところで、ルベアはナタリアとすれ違った。
「おや。君も星見か?」
「ナタリアさんも?」
「ああ……」
ナタリアは縁側から中庭に一歩降りて、切り取られた星空を見上げる。
「星の輝きとは不思議なものだと、常日頃から思っていてな」
「不思議? まあ……確かにそうね」
そこにあることが当然だと受け入れているが、あの輝きの正体はなんなのか。学者によれば、昼間は見えないだけでそこにあるというが……。
「一等星になれなかった者がいるとて、唯一無二の輝きはそこにあり続ける。それも場所が変われば違う輝きが見えるのか、変わっても見えるものは同じなのか……どうだ、不思議だろう?」
謎かけのような問いに、ルベアは答えを持ち合わせない。だが、ナタリアの気持ちはわかった。
「唯一無二の、輝きか……」
煌めく星々は、なにを思って輝くのか。ルベアはしばらく立ち止まったまま、ナタリアと共に星空を見上げていた。
── ○ ──
「おや、ミュルグレスじゃないか」
星見で一杯と中庭に足を運んだシルヴィア・A・カペルは、先客の姿に目を瞬く。後ろにつまみ片手についてきていた海神・江流もシルヴィアの背中から顔を出し、軽く手を上げて挨拶する。
「ってことはひよこ隊も来てるのか。丁度いい季節にきたな。桜が綺麗な頃合いだし……月明かりに夜桜なんて、風情があるだろ? 楽しんでいくといい。俺の店じゃないけど」
そういう江流の手には、白身魚の刺身に山菜の天ぷら。味付けは塩という潔さ。合わせた酒は純米大吟醸「春霞」。いや、本当は順序が逆で、春霞に合うつまみを見繕ってくれと、シルヴィアに頼まれたのだが。
「せっかくだから一緒にどう? 令月あるし」
こちらは自分用。ミュルグレスは天ぷらをじっと見つめている。いいよお食べ。
3人は並んで縁側に腰掛けると、煌めく星空の下、盃を交わした。
「なるほど、やはりシャルガネの酒にはシャルガネの料理。道理だね」
シルヴィアはシャルガネ出身者である江流の選定に間違いがなかったことを喜んだ。それに、江流は苦笑を返す。
「俺はお前の彼氏でも従者でもねぇんですがね」
「寂しいことを言わないでくれ。彼氏や従者ではないけれど、私が新人の頃から君には世話になっている……大切な友人なんだから」
シルヴィアと江流が依頼ではじめて出会ってから、丁度一年となる。シルヴィアはそのことを伝えて、江流にあらためて感謝の意を示した。
「私も後進を気にかけられる先達でありたいものだ」
そうして、ミュルグレスを見やる。ミュルグレスは天ぷらを咀嚼しながら、ちょっと首を傾げた。
「君たちひよこ隊も、夏には結成一年じゃないか? わざわざ言うまでもないけれど、仲良くね」
「うん」
ミュルグレスは頷き、ふと、ぼうっと空を見上げる江流に気づき、シルヴィアの袖を引いた。
「ああ、あれは……彼女のことでも考えているんだろう。今どうしているのか、とか、土産にはなにがいいかな、とかね」
「シルヴィ?」
「なんでもないよ」
聞き咎めたらしい江流が振り返ったのを、シルヴィアは笑って誤魔化した。
── ○ ──
焼きマシュマロを皿に移し、部屋に戻ろうと廊下を通り抜けようとしたところで、だわは中庭から星が見えることに気づいて足をとめた。
「お空、きれい……」
だわが言葉にしなかった分、後ろをついてきていたサラが感嘆の声を上げた。
「……この辺りで少し、ゆっくりするか」
この子が綺麗だというのなら。だわが縁側に腰を下ろすと、サラも嬉しそうにその隣に座った。
「ね、見て、だわおにいちゃん。桜のはなびらが……ひらひらって、お星さまの下で、踊ってるの」
「そうだな」
だわはふと手を伸ばし、星空に舞う桜の花びらをそっと捕まえた。それをサラに見せてやれば、サラはまた「きれい」と目を輝かせる。
(……こうして一緒に居られるのも、後どれくらいか)
今この瞬間も、故郷が脅かされているかもしれない。守るべき存在を前にしながらも、心はやはり、故郷にある。
その気配を、サラも感じ取ったのだろう。目は何よりも雄弁に心を語るものだ。少しの沈黙の後、だわの荒れた手に、サラの小さな手が重ねられた。
「どうした?」
「あっ、……ご、ごめんなさい」
サラは慌てて手を離す。
「……あの、ね。急に、遠くなっちゃったような、気が、して」
夜空の星ほどに、遠く。花びらは捕まえられても、空の底に手が届くことはないのだ。
「おかしい、よね」
軽く俯き、力無く笑う少女の表情は、不安げで弱々しい。だわはそのまま手を引っ込めた。
「俺は、此処にいる」
せめて言葉だけでもと思えども、それさえ約束できないことを、自分が一番よく知っている。
「うん……うん。えっと。マシュマロ……食べよう? 麿茶も」
「……ああ、いただこう」
まだほのかに暖かいそれを、ふたりで分け合う。
そうして、隣にいるのに。同じ空を見上げているはずなのに——ただ空の底に沈む星々の輝きのみが、変わらずにいる。
マスターコメント
ゆっくり疲れを癒せましたでしょうか! ご参加ありがとうございました〜
桜もそろそろ散る頃、惜しいですね……温泉行きたいな〜
次回の緑陰は再びエドゥノーグへ。
それではまた、お会いしましょう!
イベントシナリオ易しい 報酬:無し25 / 4〜25人
2022年04月06日 10時34分34秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
シルヴィアだ。今回はよろしくね。 友人と星見で一献。シャルガネのお酒を楽しもうと思うよ。 皆にとって良い一日になりますように。
海神江流だよ。今回は宜しくね。 今の時期だと桜もそろそろってところだろうか。 ひよこ隊にもご挨拶しておきたいかな。と言う感じで。