【灰葬ED】 ただ御神の統べしらすままに
炙りとろ左門
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シナリオID:1475
オープニング
机の上には一本の小瓶がある。たった数滴で確実に死に至る、毒薬。
イアリが呷ろうと言うのではない。これまで犯してきた罪を精算するのは、この毒ではない。
本当の愚か者は自分だと——分かりきっていることだ。
その上でこのような結末を用意するのは、あまりに。
イアリは手を組み、神に祈った。
民の安寧だけを頼りに生きてきた。
最初は小さかった歪みも、もう誤魔化し切れないほどになって。
積み上げてきたものは、今にも崩れようとしている。
間違えないだけの信仰も、正義も、覚悟も。
まだ少女だったあの日から、取り違えていたのか。
イアリは随分と長い間、その毒瓶を見つめていた。
── ○ ──
「マーガレットの植え付け、ですか」
「うん。ハーヴェンでは春と秋の2回、マーガレットの苗を植え付けるの。キーリもどうかなって」
リリーは花が咲いたように笑う。
「最近、元気ないから。外に出て体を動かすといいんじゃないかなって」
侯爵令嬢に気晴らしと言って土いじりを提案するのはリリーくらいのものだろう。だが、悪い気はしない。
「私でもできるでしょうか?」
「教えるよ! あ、でも、汚れちゃうから……ええと……ごめん、こういうの、よくないのかな? 身分の高い人に」
キーリの婉曲的な問いの真意に気づき、おろおろとしはじめるリリーを見て、キーリはふっと笑みをこぼす。
「大丈夫ですよ。意地悪をしてごめんなさい。でも……外に出るなら、別にしたいことがあって」
「え!? なになに?」
あれがしたいこれがしたいとは普段滅多に言わないキーリの申し出に、リリーは身を乗り出す。
「買いたいものがあるんです」
── ○ ──
「え? 旦那様に言伝ですか?」
ロヴェルの世話人に指名されたノイアックは、そう声をかけられてしばし戸惑う。
「えっと……大婆様のお許しを得ないと。どんな接触も、禁じられているんです。キーリ様からのお手紙やお言葉もですよ。なので、俺にはどうにも……」
ノイアックに話しかけたその背の高い男は、少し迷ったようだったが、正式な手続きを踏むことにしたのだろう、素直に引き下がった。
「あの子が懐くような男だ、どんなものか見ておきたかったのだが……それなら仕方あるまい」
「あ、あの……先にご無礼をお詫びします。あなたは……?」
ノイアックは男を観察する。仕立てのいい服に貴族らしい流麗な発音。ひとつにまとめた長い髪は色が抜けて白く、しかし老いの印でさえその男の雰囲気を損なうことがない。
「シュナイデルという。姪の様子が心配でね」
── ○ ──
ロヴェルは窓際に寄せた椅子に腰掛け、窓の外をぼんやりと眺めていた。逃げ出そうと思えば難しくもない環境だが、そういう気にはなれない。
セウェルスとともにここを去るつもりで頷いたが、迷いがあったのかもしれない。あるいはこの泥濘から抜け出す術を、冒険者たちに求めてのことかもしれないが。
思考はまとまらず、意識は微睡の底を揺蕩う。
ふと、頬を撫でるような感覚があった。懐かしく、馴染み深い香り。ロヴェルはゆっくりと瞬きをひとつして、部屋の中を見回す。
「……ティツィ?」
目覚めた時にはそばを離れていたその気配を感じ取り、ロヴェルはその名を口にする。しかし、応答はない。
いよいよ幻覚かと思えば、渇いた笑いが漏れた。
解説
マスターより
リプレイ
マーガレットの花言葉は、「秘めた想い」そして「真実の愛」。
喪失を経験した者たちが集まる場所だからこそ、そのような意味を持つようになったのか、あるいはそのような意味を持つからこそ、この花が人々の慰めのために選ばれたのか——しかし誰しもが、その花が咲き誇ることを望んでいる。
エリック・ハルトマンとルーカ・ルンガルディエールの2人もまた、園芸道具を抱えて花畑を訪れた。植え替えの手伝いのためだ。
2人とも、園芸経験は浅い。近くで花を植え付けていた住人から一通りの話を聞いてから、昨年植えた苗のある場所へと向かう。
「こういうことにはあまり触れてこなかったので……でも、一緒に頑張りましょう、エリック」
楽しみですね、とルーカは微笑む。それにエリックは小さく頷いた。
スコップで苗ごと掘り返し、根に絡んだ用土を軽く落とす。そしてそれを、隣の新しい花壇に植え替えていく。
初めのうちこそ辿々しい手つきだった2人だが、コツを掴んだあとは流れ作業となった。しゃがみこんで行う作業のために、時たま立ち上がって体に血を巡らせる。
「これはなかなか、大変な仕事やなー。にしても、いろんな色がある」
「そうですね。見栄えとか花の向きとか気にしたいですけど、」
エリックの言葉を、ルーカは首肯する。開花はもう少し先だ。しかしすでに蕾が開きかけているものもあり、どんな色の花が咲くのか見えているものもある。
「一番はやはり、優しく丁寧に扱うこと……じゃないでしょうか?」
「せやろな。……ふう。ルーカとなら、一緒にいろんなことができる気がするで——っと、」
エリックは黄色い花びらを見つけ、ルーカに指し示す。
「あの花、ルーカみたいで綺麗やで?」
「おや。……なるほど、髪の色ですか」
「いや、それもあんねんけど……」
エリックは、ルーカを「マーガレットの花のように綺麗だ」と褒めた。ルーカは少し目を見開いてから、はにかんだ。
「ありがとうございます。……そろそろ一度、休憩しましょうか」
何やらこそばゆい気持ちを隠すように、ルーカは住人たちが休憩しているベンチへと踵を返す。エリックはその様子に満足げに目を細めたあと、後に続いた。
賑やかなのは花畑だけではない。街の大通りでもまた、いつもより交わされる言葉が多い。
この時期はおしゃれな植木鉢やじょうろ、ガーデンランプなどが並ぶ。それを売る者、買い求める者で賑わっているのだ。
もちろん、「いつもの品」もある。ハーヴィとユズの師弟は、どちらかというとそちらに気を取られていた。
灰の湖都は火と共にある。いや、人間の生活自体に最早火は欠かせないものではあるのだが——ハーヴィはそういう点からも、この街の住人たちと意見を同じくしていた。
一方、ハーヴィの師であるユズは、火はやや苦手としている。
(……でも、ハーヴィには、言わない)
火が好きだというハーヴィに、そうなんだと軽く相槌を打つにとどめる。師としての意地か、配慮か。どちらにせよ、ハーヴィの意識は露店のランプに向いていた。
「ねぇ見て下さい師匠、良い感じのランプが売ってますよ。お店に飾ったら雰囲気出るんじゃないでしょうか」
「あ、……うん、素敵な、ランプ」
吊り下げられる品々はどれも、装飾に凝ったものだ。ハーヴィはその中からひとつを選んでユズの眼前に掲げる。
「じゃん! これなんてどうです? 黒猫と魔女のランプ、可愛いし女性ウケするんじゃないかなって。ウチの店に来るのは大半が女性客だから」
2人は占い師である。店で占うこともあれば、路上に幕を張ることもある。ユズは差し出されたランプを見て、小さく頷いた。
「良いと、思う。路上占い、する時にも、蝋燭より危なく、ないし。黒猫と、魔女。占いに、馴染み深い」
店に置いても、雰囲気が華やかになるだろう。
「そういえば。ハーヴィ自身は、どのランプが、好き? お店のこととか、関係なく」
「僕の好み?」
尋ねられ、ハーヴィは小首を傾げる。そしてもう一度商品を見回して、青から橙色に遷色する色ガラスのランプを手に取った。
「これとか、好きですね」
「……そっか。青空と夕焼けの色、だね」
ユズは頷き、ふたつのランプを店主に差し出した。
「じゃあ、このふたつ、下さい。こっちは、リボンをかけて」
驚いて目を瞬かせるハーヴィに、ユズは丁寧にラッピングされたランプを渡す。
「……はい、ハーヴィ。誕生日……今月、だよね。少し早いけれど、プレゼント、……受け取って、くれる?」
「えっ、わぁ、覚えててくれてたんですね、嬉しいなぁ! ありがとうございます、大事にしますね!」
「……喜んで貰えて、嬉しい」
サプライズプレゼントに声を弾ませるハーヴィに、ユズは小さく微笑んだ。それぞれランプを片手に、2人は再び歩き出す。もう少し、買い物を楽しんでいこう。
ハルノ・ヒビキとダチュラも植え付けの手伝いを終え、街で買い物をしていた。
「お疲れヒビキちゃん♪ さて、デートと行こうじゃ——」
「ねぇあれ! なんですかね!!」
ダチュラが言い終えるよりも早く、ヒビキはばびゅんと駆け出していた。何やら珍しいものを見つけたらしい。一瞬にして人混みに紛れて見えなくなりそうなヒビキを、護衛役のダチュラは慌てて追いかけた。
「ヒビキちゃん待っ、」
「わー! かーわーいーいー!」
ヒビキが瞳を輝かせて見つめるのは、かぼちゃを象った植木鉢だ。それだけならすぐ通り過ぎてしまうものだが、ヒビキが注目したのは、その鉢の縁にぶら下がるように装飾された、真っ白いシーツを被ったおばけだ。
このおばけ、なんと猫耳と尻尾が生えている。ついでにいうならかぼちゃにも猫耳のような突起がある。
つぶらな瞳にヒビキは一瞬で心を奪われてしまった。即決である。
「よしよし、うちの子におなり……」
鉢を大事そうに抱えるヒビキに、ダチュラはようやく追いつく。
「ヒビキちゃん、家具屋に行くんじゃ……?」
「そうでした! で、でもこれも……さっき買ったマーガレットを植えるのに使いますし」
ヒビキが求めるのは、店で使うテーブルやクロスなどのインテリアだ。気を取り直して向かった家具屋でもヒビキはよく姿を消していたが。
「まあ店よりも、ヒビキちゃんの部屋に置く化粧台とか、ドレスケースとか探してーがなぁ」
一息つくために寄ったケーキ屋で、ダチュラはくくくと喉の奥で笑った。なお、ヒビキは目の前のケーキに夢中である。
「ダチュラさんのケーキも美味しそーですね!!」
圧。ヒビキが美味しそうにケーキを頬張っているのを眺めて楽しんでいたダチュラは、気前よく自分のケーキを半分わけた。差し出されたフォークにのった欠片にぱくつくヒビキに、ダチュラは目を細める。
帰り際、ヒビキが露店に気を取られているうちに、ダチュラはネックレスを購入した。贈る相手は、はてさて——。
── ○ ──
キーリとリリーの買い物の護衛としてついてきていたデイジー・ロックウェルは、注意深くあたりを見回す。治安のいい街であるし、滅多なことは起こらないであろうとはいえ、万一に備えるのが護衛の役割だ。
「それで、何を買うのかしら?」
一応目的の確認もしておく。キーリは少し恥じ入るような素振りを見せた後、男性への贈り物を、と呟いた。何を買うかは、見て回って決めるらしい。
2人の散策に付き合いながら、デイジーもまた商品を見て回った。どの店にもオイルランプを売っている一画がある。職人技とも言うべきその装飾の細かさに、デイジーは目を丸くする。
「なかなか見事なものね」
何か買う気は無かったが、ひとつくらい——そう思っていると、覗き込んだウィンドウの向こうに見えた人影に思わず二度見する。
「デイジーさん?」
「ちょっ、ちょっと先行ってて」
すぐそこの角には交代役の護衛も見える。デイジーは一言謝ると、カフェの扉に手をかけた。
「……どうされたんでしょう? 慌てていたけれど」
キーリが目を瞬くと、リリーも小首を傾げる。とはいえ先に行けと言われたことを思い出し、角で交代の護衛と合流した。
「あっ。キーリさん、お久しぶりです。お買い物ですか?」
と、聞いたことのある声がキーリを呼び止める。キーリが振り返ると、通りの向こうからギーゼラが歩いてきたところだった。
「はい、あの……」
「御領主様にプレゼントをと思って」
言いにくそうにするキーリの言葉をリリーが引き継ぐ。それに、ギーゼラはにんまりと笑った。
「へえ、ほう、なるほど。それならアロマが焚けるオイルランプはどうでしょう? あちらにいいお店があったんですよぉ!」
ロヴェルは動けないと聞いている。良い香りはいい気分転換になるだろう。好意的に頷いたキーリたちを引き連れて、ギーゼラは店へと向かった。
「ついでにキーリさんも同じ物を買ってはどうでしょう?」
「私もですか?」
「離れていても同じ香りを纏っているなんてロマンチックじゃないですかぁ」
にまにまとそう返すと、キーリがぱっと頬を赤らめる。本当にわかりやすいお姫様だ。
「も……もう! からかわないでください!」
護衛にも生暖かく見守られながら、キーリは小さなモザイクランプと、紫檀の精油を練り込んだ蝋燭を手に取った。
「あれ? キーリ、それ御領主様の香りだよ? 普段と変わらないけど良いの?」
ぴた、とキーリの動きが止まる。ぎぎぎぎ、とぎこちなく振り返ったその顔は、耳まで赤く染まっていた。
メアがキーリたちと出会したのは、その少し後のことだった。ベンチに座って何やら談笑しているが、メアが心配していたほど悲壮な雰囲気ではない。その膝の上にはラッピングされた包みがある。
それが気になり、メアは近づいて挨拶を交わした。どうやらロヴェルへの贈り物らしい。買い物はすでに終えた——しかしキーリはまだ何か悩んでいるようだった。
「これだけでも十分お渡しするのに勇気がいるのですが……その……故郷では、お、夫に……夫となる人に、刺繍を施したリボンを、贈るんです」
それを渡そうかどうか迷っているらしい。
「ロヴェルさんは、上品な色やデザインが合いそうだよね」
メアはさらりと購入前提で話を進める。キーリは少し慌てたが、最終的には小さく頷いた。
一行は近場の装飾店に入る。メアはキーリに付き添いながら、少女が心を語るまで待った。
「……許されぬ罪を犯したとして。私は、それを一緒に背負える妻になりたいのです」
それを、ロヴェルは良しとはすまい。それでも、と言うキーリをメアは優しく肯定する。
「僕に言えることなんて多くはないけど……。あの日二人を見て、僕は本当にお似合いだと思ったんだ」
そう簡単に償える罪ではないにしろ、いつかの日に、二人が幸せになれるように。メアの願いを聞いたキーリは、心を決めたように頷いた。
── ○ ──
扉が叩かれ、イアリは顔を上げた。そして、毒瓶をそっと引き出しの二重底の下にしまう。
執事が冒険者たちの来訪を告げる。急な訪問ではあるが、冒険者たちには随分と世話になった。断るという選択肢をとる理由もない。
ほどなくして、スィーリーンは応接室に招かれた。そこにはすでに、イアリがソファに腰掛けて彼女を待っていた。
「先日ぶりですね。スィーリーンさん……でしたか」
イアリの表情はいつも以上に厳しいものだ。しかし、スィーリーンに対する嫌悪などは感じない。疲労の色を隠すためだろう。
「先日は、無礼なことを……」
切り出したスィーリーンの言葉を、イアリは手をあげて遮る。
「よろしいのよ。……さあ、かけて。御用向きは?」
向き合って座り、スィーリーンは一息挟んで口を開いた。
「……本日は、イアリ様が今後どうなさるおつもりか、聞きに参りました」
「どう、とは」
「私は、イアリ様にもロヴェル様にも、生きていただきたいです。ご自分の罪と向き合い、考え続ける事が罰となり、贖罪になるのではと思います」
この一族は簡単に「死」を選んでしまう。それが自身の命であれ、他人の命であれ。彼らがどんな気持ちでそれを選び続けるのか、スィーリーンには知る由もないとしても。
イアリはスィーリーンの言葉に、黙って耳を傾けていた。
ルチル・プルメリア・グレイハーツは、スィーリーンと入れ替わりになるようにして応接室を訪れる。
「今日はお客様がたくさんいらっしゃるようね」
貴女も含めてあと5人、とイアリは呟いた。
「ああ、手短に済ませるよ。伯爵に会わせてほしい」
「あれの処遇については協議中です」
「その決定に口を挟むようなことはしないさ。ただ、このままでは処刑台どころか裁判官に会う前に、死んでしまいそうだと思ってね」
あるいはそれで手を打つつもりなのか。言外にそう含ませるも、イアリはそれについては無言を貫いた。
沈黙ののち、イアリは人を呼びつける。まさか追い出されるのかと思ったルチルだが、どうやら呼びつけられたのは、ロヴェルの監視役のようだ。ルチルはイアリの意図に気づくと、一礼してから退室する。
ロヴェルは窓際の椅子に腰掛け、外を眺めていた。ルチルの来訪に気づくと一拍遅れて振り返る。その瞳の奥から、炎はまだ消えていない。
「アンタは結局、何がしたかったんだい」
復讐。それはわかりやすい答えだ。契約の履行。それもまた、あるだろう。
「じきに分かる」
大仰なやり方を好む、セウェルスのやり方に合わせた理由。どうやら彼はまだ、舞台から降りる気はないらしい。
「愛する者を忘れろとは言わないが。慕ってる子もちゃんと見てやってくれ。悔いや迷いがあるなら、ね」
「……善処しよう」
セヴラン・クアルトは、ルチルから——正確には彼女の相棒である栗鼠から——もたらされた情報をもとに、その棟の外壁沿いを歩いていた。
ロヴェルがいるという部屋は3階で、彼は窓辺にいたという。地下牢ではなかったことにほっと胸を撫で下ろす。
(まあ……何か、言葉を届けたい訳ではないんだけれど)
今彼に必要なのは、慰めでも、激励でもない気がしていた。それらはまったくの無意味ではないだろうが、彼はどうにも頑ななところがある。
セヴランはロヴェルがいる部屋の真下で足を止めた。そして、愛用の弦楽器を取り出し、軽く調音を施す。
〈湖の詩人〉メイズの遺作は、ティツィに捧げられたものだった。20年越しの弔いと、20年の澱を除くための。
記憶にある楽譜をなぞる。だが音楽というものは、記譜通りに音を出せば良いというものではない。そこに綴られた想いを理解してこそのものだ。
メイズが息子のように愛した男に望んだことは、ただひとつ。彼と彼女が、お互いを縛るものから解放されること。
奏でられる手向けの詩は柔らかく優しく、灰の湖に響き渡る。
それは、昨日から明日に漕ぎ出すための舟なのだ。
シルヴィア・A・カペルは、その旋律に覚えがあった。
イアリに許可を得てロヴェルのもとを訪れていたシルヴィアは、一旦言葉を切る。確かにメイズが編んだ詩だ。ロヴェルも気がついたようで、静かに耳を傾けている。
窓の外を見つめているロヴェルの表情は、シルヴィアの位置からはわからない。
ロヴェルに言いたいことはあったし、自身の考えを述べたばかりだ。領主としての責任を果たすように。そして、君に奪われた命を想う人々のために生きて償え——そう締め括るつもりでいたのだが。
(この詩のあとに、言葉は不要だろう)
帰るよ、と一言断りを入れて、シルヴィアは退室した。
「いつか」はきっと、すぐに訪れるのだろう。
演奏が終わってしばらく、ロヴェルは窓際から動かなかった。
と、窓が外から軽く叩かれる。音のする方を見上げると、フリューリングスルフト=ティエラがひょっこりと顔を覗かせた。逆さの状態で。
ロヴェルは何も見なかったことにしようとしたが、フリューがじっと見つめてくるので、仕方なく窓にかけられていた魔法封印を解く。
「窓は入り口ではない」
「でも、君だってあの時窓から入ってきたさぁ?」
「貴公らが玄関を固めていたせいだ。……それにしても今日は、客が多い」
窓桟に足をついて降り立ったフリューの手を取って、ロヴェルは少女を部屋の中へ招き入れる。
「やあっと捕まえたさぁ」
フリューは満足げにロヴェルの手を握ったままでいる。ロヴェルが首を傾げたので、フリューは言葉を続けた。
「うちは、手に入れたもの、手放すつもりはないんよ。君との縁のことさぁ」
あの時語ったことも、ぶつけた想いも、本物だ。
「うちも君にとって、頼れる縁だと思うんさ——だから、生きてね」
軽く扉が叩かれ、フリューは「じゃ!またね!」と窓の外にするりと消えた。赤い尻尾が引っ込んだ瞬間、金髪のハーフビーストの少年が部屋の入り口から顔を出す。
「こんにちは」
ライオネル・ギシュムはやや緊張気味にロヴェルに声をかけた。一緒に監視役も入室しようとしたのを、ロヴェルは短い一言で押し留める。監視役は少し迷ったようだったが、ライオネルを部屋の中に入れると外で待機する。
「誰も彼も、大婆様がよく許した」
「……他にも誰か、来てた?」
開いたままの窓を指さしてライオネルが尋ねると、ロヴェルは一度そちらへ手を伸ばしてから、引っ込めた。
「予感としてはこのあとも誰か来る」
「窓から?」
「いや。できれば扉から入室をお願いしたいが」
部屋の中の澱んだ空気が入れ替えられる。外から吹き込んできた柔らかな風が2人の髪の間をすり抜けていく。
「……どんな魔法を使ったってさ。失ったものは戻らないんだよ」
「そうだな」
「分かってるならさ。今あるものを……そばにいてくれる人を、大事にしてほしい、な」
選んでよ、とライオネルは呟く。
「手放そうとしないで。2人には、ロヴェルさんがまだ必要だと思うよ。それに、どうしたって明日は来るし」
いつか別れが訪れるとして、けれど、それは今ではないはずだから。
最後の訪問者はスー・ルーだった。
街の屋台で買った串焼き肉を紙袋に詰めて、ロヴェルの眼前に差し出す。
「うまい肉を食えば気力も湧いてくるだろ」
暖かい紙袋を、ロヴェルは戸惑いがちに受け取った。それに、スールは内心ほっとする。
「毒とか入ってねえから安心しろよ」
「貴公は、そういうことはしない」
「そりゃどうも」
何やら信頼されている。ロヴェルは紙袋をローテーブルの上に置いた後、ソファに腰掛ける。スールも向かいに座り、しばし他愛のない会話を交わす。命のやり取りをしたというのに、2人の間に流れている空気は穏やかなものだ。
「今日だけでだいぶ人と話した。貴公で5人目だ。皆本当に……好き勝手に言いたいことばかり」
口ではそういうものの、ロヴェルの声音に忌避感は感じられない。
「じゃ、今度はあんたの番だろ」
ロヴェルとティツィの間に欠けたままだったものは、旅の楽士が気を回してくれたらしい。とはいえ、持ち込んだ紙とペンの使い道がなくなったわけではない。
「伝言くらいなら請け負える」
書き取るから、と伝えると、ロヴェルはスールを見つめて目を瞬いた。
「綴りとか、文字とか書き間違えるかもしれねぇけど」
「それは……まずいな」
スールが用意したインク壺にペン先をつける。
「だから、あんたがちゃんと教えてくれよ」
── ○ ──
ケン・Z・ブラッドリーは、報告書にてこの地で起きた騒動の顛末を知った。ハーヴェンを訪れたのは、街の様子を見たり、何か不始末が残っていないか確認するためだ。
「それでも日常は回ってく……ってことかね」
ケンが予想していたよりもずっと、街の人々は穏やかな生活を送っていた。「表向きの事実」を信じ、領主や伯爵家の面々を心配する声も囁かれるが、大きな混乱には至っていない。
ぐるりと街を見て回った後、ケンは一息つこうと近場のカフェへと入った。
「ん?」
と、何やら、何気なく通り過ぎようとした席に座る人物に違和感を覚えて、ケンは立ち止まる。
それはどうにも、印象に残らない人物だった。男か女か、若者か老人か、どうにも認識が曖昧になってしまう。そしてそれは、ケンの勘では「放置しておけない要素」であった。
「冒険者君はやっぱり、侮れないね」
それはケンを見て笑った。
「あんた……何モンだ?」
気味の悪いその「在り方」に、ケンは無意識のうちに刀に手を伸ばす。ここで抜く気はないが、警戒しておくに越したことはないだろう。
「俺は俺で、我々はそのようにできている。じきに分かるよ、冒険者」
「ちょっとアンタ、何でこんなところで『観光を楽しむ旅人』ぶってるのよ」
デイジーはその姿を見つけて咎めた。そして墓掘り人の隣の席に座ると、流れるようにアイスティーを頼む。
「他所の貴族が自領で何してどうなろうと、どうでも良いけど。アンタが王国に仇なすなら……叩き斬るわよ?」
「怖いな。別に、国には興味ないよ」
「どうかしらね……」
セウェルスは素直な人物だが、すべてを語りはしない。どうにか何か引き出してやろうとしていると、そこへスィーリーンが通りかかった。
「外からお姿が見えたもので」
「今日は何もしないよ」
セウェルスに会話を先回りされ、スィーリーンは目を細めた。
「ヒトは貴方の道具ではないし、世界は貴方だけの為の舞台ではない。……また誰かを利用し、傷付けようと言うのなら、何度でも邪魔は入りますよ」
「それが世界の意思だと?」
セウェルスは微笑んで、紅茶にミルクを注いだ。
くるくる、ぐるぐる。ティースプーンを回せば渦ができる。
「俺は踊るのは得意じゃない。だから、謹んで辞退させてもらっているだけだよ」
ロヴェルとの面会の後、シルヴィアは一休みのための席を探していた。そして出会した人物に少し驚いて、近づく。
「やあ、セウェルス」
「ああ、どうも。うん、あんたのことも覚えてるよ」
にこやかに答えるセウェルスの向かいに椅子を用意して、シルヴィアは笑みを崩さぬままテーブルに肘をついて手を組む。
「私には名乗らなかったのに」
「え。だって、あの場に俺がいるはずないじゃないか」
「礼儀の話をしている。……何か深刻な理由があるかと思ったのに」
「あるかもしれないよ?」
「相変わらずだね」
セウェルスはけらけらと笑ってから、「ごめんごめん」と謝った。
「あんたの分は、奢るからさ」
「あっ、アンちゃん」
軽食を取ろうとカフェに入ったフリューは、セウェルスを見つけて声をかける。
「ん?」
「奇遇やね〜」
フリューはやや強引に相席すると、流れるようにマークを付与した。セウェルスは頭上のそれを見上げる。
「冒険者特有の挨拶……?」
「うん。アンちゃんへのサービス」
「ええ〜。まあいいけど、アンちゃんじゃなくて……」
「セウェルスね。うちはフリュー」
会話のペースを乱され、セウェルスは受け身にならざるを得ない。
「君ってマイペースっていうか……独特な喋り方するよね」
「えっ。アンちゃんほどじゃないさぁ。あれ趣味?」
「趣味じゃないよ。君たちへのサービスさ。砂糖いる?」
運ばれてきたコーヒーをフリューの方へ寄せて、セウェルスは砂糖壺の蓋を開ける。
「いいよ、そのままで」
「……そう」
フリューの答えに、セウェルスは目を細めた。
「ああ、君はそういう性格な気がするよ」
赤い風が脇をすり抜けていった。ヨル・スレイマンはおやと振り返ったが、店内を見渡して、彼女の足取りが軽い理由を悟った。
「お……確か、アン……墓掘り人だ」
同行していたナハシュの言葉通り、セウェルスは窓際の席に座っていた。ヨルは少し考えた後、近づいて話しかける。
「やあ、相席良いかい? 男ふたりじゃ些か華に欠けるものでね」
「おや、じゃあ俺が華扱いなのかな?」
軽口を叩きながら、3人はテーブルを囲む。
「丁度いい、この店のお勧めの茶と菓子を教えてくれ。ついでに観光スポットも。俺ら此処の観光は初めてなんだよなー」
「観光スポットっていったらバーレン城くらいかなあ」
ナハシュの問いに快く返答しながら、セウェルスは「秋だし、アップルタルトが美味しいよ」と付け加える。
「文句のひとつでもつけられるかと思ったけど」
「今日は仕事じゃないから、こんなものだよ」
セウェルスの言葉に、ヨルは落ち着いて返す。運ばれてきた紅茶の香りと、タルトにふりかけられたシナモンの香りが鼻腔をくすぐった。
「そういや、ヨル、なんか死霊術に興味があるとかなんとか言ってなかったか」
セウェルスの姿を見て思い出したという様子のナハシュが、切り分けたタルトをぽいと口の中に放り込む。
「ん? ああ、そうそう、今ちょっと凝っててね。ああいうのどこで覚えるんだろ。君に教えたのはファウロスって人なんだっけ」
その名が出ると、セウェルスは懐かしそうに笑みを深めた。
「うん。そこそこ有名な死霊術師だったんだけど。まあ、随分昔の人だからね」
「……いくつなんだ? お前」
「えっと……」
ナハシュに訊ねられ、セウェルスは考え込む。勿体ぶっているというよりは、真剣に思い出そうとしているようだ。
「150までは数えるの頑張ってた」
「まあ、半世紀生きる前に自分の歳あやふやな人もいるしね……」
「うん、まあ、俺たちはみんな生まれ年も違うからね。混ざってさあ。で、えっと、どこで覚えるって話だったっけ」
一般的に、死霊術は外法として扱われる。ゆえに、表立って死霊術師だと名乗る者はあまりいない。
「だから、どこっていうのは難しいけど。なんとかの指先って組織には使い手が多いと聞くよ。あと、死霊術を手にしたとして、地域によっては罪人として扱われる場合もあるから、気をつけないとね?」
「そりゃ大変だな」
ナハシュは言葉の上ほど大変とは思っていないようだったが、ちらりとヨルを見る。ヨルはじっと、セウェルスを見つめていた。
── ○ ──
アルフィー・リッパーは買った苗を抱えて街を見て回っていた。マーガレットの植え付けを手伝った後、花の育て方を教わったので、鉢や園芸道具を揃えることにしたのである。
家の周りが花で賑やかになるといい。鉢も可愛いものを買おう——そこまで考えて、「男なのにって思われるだろうか」とそわそわしてしまい、知らずに尻尾が揺れる。悩みつつも買い物袋は増えていくのだが。
「ん?」
ガーデンランプを物色していると、ふと、見知った人物を視界の端に捉えた。サマエラ=フォリウムだ。部門こそ違うが、同じ彩都開拓団に参加している。
「……君か」
サマエラも同じくアルフィーに気づく。何か考え事をしていたようで、やや反応に間があった。
「花を育てるのか?」
「ああ、せっかくだから」
「それはいい。……この街は本当に心地が良くて、見て回るだけでも十分だったのだが。花を買う、か」
この街の住人は、満たすのではなく埋めることを望む。その平穏は、花を植えるという行事にも良く表れている。
(だからこそ)
サマエラは先日の戦いを思い出す。
一連の騒動は冒険者の手で幕引きとなった。しかし、誰にとっても望ましい結果という都合の良いものがこの世に存在しない以上、誰かの安寧は誰かの絶望の上に成り立っている。
であれば、誰も望まぬ結末の方が——時として救済であるとも。
鏡だ。鏡を覗いたせいだ。青い炎。だからこんなことを考える。
「あれ?」
アルフィーの声に、サマエラは引き戻された。アルフィーの視線の先を追う。
服こそ華美ではないが、優美な足運びに気品のある所作。長く伸ばした髪は白いが、手入れが行き届いている。およそ市井においては浮いた存在だった。
「貴族?」
「みたいだ。伯爵家の関係者か?」
「……イアリやロヴェルとは、あまり雰囲気が似ていないが」
そんな会話を拾ったか、あるいは視線に気づいたのか。男は2人を振り返ると、にこやかに微笑んだ。
「貴公らは、伯爵の知り合いかね。……ああいや、失礼。私はシュナイデル。王国騎士だ。それとも、キーリの伯父と言った方が身近に感じられるか?」
(王国騎士……)
サマエラはその肩書きが意味するところを考える。彼らは王に仕える存在。それが、この地にいる理由。
「いやいや、急がないでくれ。確かに私は中央の意向で来たがね。可愛い姪が悲しまないようにはするつもりだ」
シュナイデルはふっと笑ってみせる。
「めでたし、めでたし。そうなることが望ましい。だろう?」
── ○ ──
キーリは深呼吸をした。街で買った贈り物を、それと気づかれないよう無地の紙袋に入れて。
イアリがようやく、キーリの申し立てを受け入れたのだ。しかしようやく会えると喜ぶ自分がなんだか恥ずかしい。なかなか踏ん切りがつかなくて結局夜半過ぎになってしまったせいもある。
急足で廊下をゆく。異変に気づいたのは、3階へ上がったあたりだった。全ての明かりが落とされているのだ。
嫌な予感に、キーリは駆けた。監視役は部屋の前で倒れており、扉は開け放されている。
「伯爵……!?」
荒らされた室内、抵抗の痕、開け放された窓へと点々と続く血痕に息を呑む。ロヴェルの姿はどこにもない。
誰か呼ばなくては。そう思って踵を返そうとした瞬間、肩に手が置かれた。
マスターコメント
イベントシナリオ易しい 報酬:標準21 / 4〜25人
2021年10月09日 17時10分31秒 公開
参加者
相談掲示板
<OPのルビミスを発見したぶりとろMS> ここまで付き合ってくれてありがとね〜 質問には答えられないから挨拶だけだけど、ま、ゆっくりしていってよ
あ。アンちゃんだ(手を振る(まて っと、フリューさぁ!よろしく! うちは~・・・い、行きたいところいっぱいあるなっ! でもロヴェルさんには会いたいと思う。 事前にイアリさんへ申請して会おうとしてみる。だめだったら、シーフのスキル使ってこっそり会いに行くことも考えているさぁ(ぇ
ギーゼラです。よろしくお願いします。 僕はキーリさんとリリーさんの買い物に同行する予定です。 ロヴェルさんへのプレゼントは、閉じこもっていると気が滅入りますから アロマが焚けるオイルランプとかいいのではないかと思っています。 キーリさんにも同じ物をお揃いで買う事を勧めますね。 「離れていても同じ香りを纏っている」なぁんて、ロマンチックで素敵じゃないですかぁ!
わ〜(手を振る ……アンちゃん…… いつも出してるイベシナより1日短いから、出発時刻には注意してね。それじゃあ、またね〜
No.5
スールだ ハーヴェン、あー…これだと婆さんもになんのか、 ロヴェルの方に会いに行くかと思ってたんだけどよ 面会謝絶ってことぁ会い、会え、会えねぇ状態って事か? 見舞いだっつったらなんとかならねぇかな ならねぇなら、まあ……上るか?外から 低い部屋に居んなら、やってやれねぇこともねぇか
スィーリーンと申します。 よろしくお願いします。 ……会いたい方が多くて迷いますね。 イアリ様とセウェルス様にお会いしたいと思っております。
情報屋のルチルだ。よろしく。 とりあえずどうにかやってロヴェル伯に会いに行こうと考えている。 リスの目を使ったり、幽閉状態によっては人を引き込もうぐらいは思いついてるが…アタイ自身がこっそり入るのは向いてないもんで、協力してくれる者がいれば手を組むのもアリだと考えているよ。
>スー・ルーさん、ルチルさん はっ!ごめんち! うちの方字数足らなくて……こっそり入る為の協力が書けないっごめんさぁ! OP曰く、事前にイアリさんに面会申請する必要あるのかな、と思ったので。申請したら面会いけるかもしれんっ
>フリュー 検討してくれただけでも有難いよ。交渉が一番の近道なら、そっちの方がやりやすそうかね。
No.10
>ティエラ おう?おう、まあ行き先が同じならどっかで会うだろ。 婆さんに頼めば入れてくれるかもってのも確かに言えてるぜ 無理に入るよりは、話付けた方が楽そうだな。俺もそっちで試してみるか。
シルヴィアだ。今回もよろしく。 誰に会いにいくかは未だに迷っている。ロヴェルかセウェルスか……ロヴェルに会いにいく場合は私もイアリに交渉するつもりだ。
ライオネルだよ!よろしくね。 迷ったけど、俺もロヴェルさんに会いに行ってみようかな。 イアリさんに正式にお願いしてみる!
あたしは、キーリの買い物に付いていって、 途中で“アンちゃん”に遭遇かしらね? ま、ゆるっといくわ