メテオールの降る夜
白葉うづき
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シナリオID:620
オープニング
●
その日、冒険者ギルドに一枚の紙が貼りつけられていた。
依頼書の体を為した紙には場所と、一言だけこう書かれている。
――『星についての感想を求む』。
●
見上げると零れ落ちそうなほどの星が空に瞬いていた。
まるでたゆたう川のように、夢のように。
澄み切った淡い輝きが空でグラデーションを織り成している。
「あ、流れ星」
空から光の尾を引いた輝きが瞬き、消えていく。
その軌跡をなぞり、青年はそのまま指をくるくると回した。
「『無事にマトリクス界に辿り着いた魂が星となって輝き、この世界に還ってくる時は流れ星となって戻ってくる』」
「……」
「『空に届けば喪ったものに会える』。色んな考えがあるし、空に関する御伽噺も研究も尽きないよね」
「それだけ心惹かれる者が多いんだろう。想像も膨らみやすい。身近かつ、どんな勝手な妄想を繰り広げても何も言わない相手だ」
手すりに寄りかかるヴィンツ・ラッテの傍に、背の高い人物がいた。
特に何か答えを求める訳でもなく、ただ気ままなだけの話は続いていく。
「生物は皆死ぬと身体は大地に還り、魂は神々のいるマトリクス界にいく。そしてこのマテリアル界にエーテルとして還ってくるのが一般論だ」
「だから地上に戻ってくる流れ星は亡くなった人、っていう考え方もあるんだよね」
「失った家族を求めて流れ星を追いかけた絵本もあったな」
「実際に追いかけた人の冒険記も読んだよ。まだ続いてるんだよね、砂漠の次はどこに行くんだろ?」
「死んでなきゃいいな。後は……そうだな、星自体が神々という見方もある。リザードマンが天に光を見た、という話から空自体がマトリクス界と考える者も少なくない」
「面白いよねぇ。あ、また流れた」
空に光の筋が流れていく。
この光景を見て、他の誰かも何かを思うのだろうか。
ヴィンツが手元にあった紋具を弄ると、円球状に光が散った。
それは幻のごとく、小さな夜空のように周りで煌めいている。
「オレ、星大好きだよ。だって今日の夜空は今日しか観れないし」
「変化するものはなべて好みだろう、迷い子」
「そうだね」
呼ばれた青年はうっそりと笑った。
「ヒトもモノも空も海も大地もその内に孕んでいる物は全部違う、まったく別の物を積み重ねて存在している。
そこに訪れる変化はその周りの世界を反映してオレたちの前に現れる。しかもその時にしか会えない刹那的な物。
それに出会ってまた自分自身も変わっていく。変化は巡り巡り、また別の大きな変化が目の前に現れる。最高に楽しくない?」
「俺にはわからんね」
「そっかー」
「君、本当に迷宮から生まれたんじゃないか」
「そしたら面白いね!」
「そういえば君は何故来た」
「夜に会いに来た」
体を反転させ、青年は建物の手すりにそのまま背を付ける。
見上げた夜空は雲一つない。
「後、依頼珍しいなーって」
「商売柄、世論は貴重な研究資料だ。君に頼んで街の人らに聞くのもあったが……悪いしな。
それに、様々な星を観たろう冒険者の感じていることも興味がある」
金で繋がる縁が一番後腐れなくて良いしな、と頷く。
「ねえ、ネーベルは? 星好き?」
「言ったろう。『身近かつ、どんな勝手なことを言おうと何も言わない』」
天文台の主はそう言うとフードを被り、明るい夜のような瞳を空に向けた。
「今日は流星群の日だ。一つとして同じものがない、稀有な輝きを存分に楽しむと良い」
その日、冒険者ギルドに一枚の紙が貼りつけられていた。
依頼書の体を為した紙には場所と、一言だけこう書かれている。
――『星についての感想を求む』。
●
見上げると零れ落ちそうなほどの星が空に瞬いていた。
まるでたゆたう川のように、夢のように。
澄み切った淡い輝きが空でグラデーションを織り成している。
「あ、流れ星」
空から光の尾を引いた輝きが瞬き、消えていく。
その軌跡をなぞり、青年はそのまま指をくるくると回した。
「『無事にマトリクス界に辿り着いた魂が星となって輝き、この世界に還ってくる時は流れ星となって戻ってくる』」
「……」
「『空に届けば喪ったものに会える』。色んな考えがあるし、空に関する御伽噺も研究も尽きないよね」
「それだけ心惹かれる者が多いんだろう。想像も膨らみやすい。身近かつ、どんな勝手な妄想を繰り広げても何も言わない相手だ」
手すりに寄りかかるヴィンツ・ラッテの傍に、背の高い人物がいた。
特に何か答えを求める訳でもなく、ただ気ままなだけの話は続いていく。
「生物は皆死ぬと身体は大地に還り、魂は神々のいるマトリクス界にいく。そしてこのマテリアル界にエーテルとして還ってくるのが一般論だ」
「だから地上に戻ってくる流れ星は亡くなった人、っていう考え方もあるんだよね」
「失った家族を求めて流れ星を追いかけた絵本もあったな」
「実際に追いかけた人の冒険記も読んだよ。まだ続いてるんだよね、砂漠の次はどこに行くんだろ?」
「死んでなきゃいいな。後は……そうだな、星自体が神々という見方もある。リザードマンが天に光を見た、という話から空自体がマトリクス界と考える者も少なくない」
「面白いよねぇ。あ、また流れた」
空に光の筋が流れていく。
この光景を見て、他の誰かも何かを思うのだろうか。
ヴィンツが手元にあった紋具を弄ると、円球状に光が散った。
それは幻のごとく、小さな夜空のように周りで煌めいている。
「オレ、星大好きだよ。だって今日の夜空は今日しか観れないし」
「変化するものはなべて好みだろう、迷い子」
「そうだね」
呼ばれた青年はうっそりと笑った。
「ヒトもモノも空も海も大地もその内に孕んでいる物は全部違う、まったく別の物を積み重ねて存在している。
そこに訪れる変化はその周りの世界を反映してオレたちの前に現れる。しかもその時にしか会えない刹那的な物。
それに出会ってまた自分自身も変わっていく。変化は巡り巡り、また別の大きな変化が目の前に現れる。最高に楽しくない?」
「俺にはわからんね」
「そっかー」
「君、本当に迷宮から生まれたんじゃないか」
「そしたら面白いね!」
「そういえば君は何故来た」
「夜に会いに来た」
体を反転させ、青年は建物の手すりにそのまま背を付ける。
見上げた夜空は雲一つない。
「後、依頼珍しいなーって」
「商売柄、世論は貴重な研究資料だ。君に頼んで街の人らに聞くのもあったが……悪いしな。
それに、様々な星を観たろう冒険者の感じていることも興味がある」
金で繋がる縁が一番後腐れなくて良いしな、と頷く。
「ねえ、ネーベルは? 星好き?」
「言ったろう。『身近かつ、どんな勝手なことを言おうと何も言わない』」
天文台の主はそう言うとフードを被り、明るい夜のような瞳を空に向けた。
「今日は流星群の日だ。一つとして同じものがない、稀有な輝きを存分に楽しむと良い」
解説
●目標
星を観る
星を観て感じたことを書く/描く/報告する
●天文台『ヒンメル』
辺境都市群から東、森の中の小高い丘に隠れるよう佇む天文台。天文を観測し、記録や研究を行っています。近くには森と小さく開けた丘、小川と泉があります。
一階はロビーのような広間、二階部分には居住スペースと、天井の開いた部屋に星観察用の紋具(いわゆる望遠鏡のようなもの。全長3mほどの大きさ)。壊さなければ勝手に使っても怒られないでしょう。
外で星を観る場合、山中だからかかなりの寒さが予想されます。
天文台内の炊事場には『勝手に使え』と張り紙があるため、温かいお湯や簡単な食べ物を作って持っていくことも可能です。
●依頼を受ける方へ
「星は~である」のようなきっちりしたものを求めている訳ではなく、ただ素直に感じたままの、いわゆる感想が求められているようです。星が関わっていれば推測でも見解でも何でも歓迎しています。
書く、描く場合はロビーに置いてある羊皮紙とペンが使えます。口で伝える場合にだけ、依頼人は自分から姿を現します。
●NPC(触れられなければ出てきません)
・ヴィンツ・ラッテ
ヴェルクリエの技術者。よく天文台に来ており、防寒着を着て気ままに星を眺めたり紋具を弄っている。すぐ見つかる。
・ネーベル
天文台の主でエルフの占星術師。天文の知識を元にこれからの吉凶を占う。種族関係なく他人を避ける傾向がある。すっぽりローブを纏い、どこかで星を観ている。探すことも可能だが見つかりにくい。
●備考
このシナリオは、流星群を観るシナリオとなります。
タグは「ヴェルクリエ」ですが、どこか任意の場所で星空を眺めることも可能です。
マスターより
お世話になっております。白葉うづきです。
のんびり星を観ましょう。
お仕事を引き受ける場合、プレイング内では報告を省略して構いません。
星を楽しむだけで大丈夫です。
皆さんのアニエピカライフが素敵なものになりますように!
ご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
リプレイ
●
空に幾千もの輝きが瞬いている。光が空に輝く中、レオナルド・ピーフォウルは丘の上でそれを見上げていた。マントとブランケットに身を包み、傍らにはホットチョコレートが白い湯気を立てて準備されている。
風が頬を撫で、木の葉や草が揺れる。ただ緩やかに時間が流れている。
「……」
レオナルドは気の抜けた表情で星を眺めていた。視界の中でひとつ、星が尾を引く。
「何のために流れてるんだろうなぁ、アレ」
光ったと思ったらすぐに落ちて消えてしまう。あれが地上に戻ってきた人? 自分ならあんな風に輝きながら落下するのは勘弁だ。
星が神々としたら、流れ星も神となる。これだけの神が一度に消えている? 紀元前の話じゃあるまいし、今もじゃんじゃん消えているのはヤバイ。タチの悪い冗談のようだ。
どちらにしろマトリクス界から何故落ちる必要がある。地上に降り立っているのか、はたまた何か……そう、大地に引き寄せるような、何かの力が……。
「……ああ」
考察しがいのある思考になりそうだったが、そういえばこれは依頼だ。レオナルドはもう一度星空を見る。
「これを元に占いをするのなら、これからの世界もどうにかなるんじゃないか」
空からは、此処はまだ帰りたい処のようだから。
泉のほとりに影があった。自分以外に気配のない静かな空間で、リディリディ・トゥラ・イェレミースは空を見上げる。
「……」
目の前には星空が広がっていた。何も遮るものがない空は広く、頭を左右に動かしてやっと見渡せる。
(新鮮な景色ですね)
リディリディの故郷は森林であり、見上げても木々の隙間から漏れた小さな空ばかりだった。こうしてゆっくり星を観る機会なんて初めてと言っていいかもしれない。リディリディは目を細め、事前に買い貯めてきた揚げ肉に手を伸ばす。
(皆さんは、これについて色々思うんでしょうか)
これ、というのは星空のことだ。神話、御伽噺、浪漫……そういう類を聞きこそはすれ、彼女自体何かを思うことはない。ただそこに星がある、それだけだ。これも感想ということになるのだろうか。
(それにしてもお肉が美味しいですね)
新商品と銘打っていたが、アタリだ。他にも色々買い込んできたから楽しみである。
美味しいものを食べながら星空を観る。たまにはこんな時間があってもいいと思いながら、リディリディは次のお肉に手を伸ばした。
「キミは星好き?」
「はい、好きですね。綺麗ですし……紋具職人を志したきっかけを思い出します」
天文台の2階、星を観ながらエシギは呟く。隣には、続きは? と促すよう見つめるヴィンツ・ラッテがいた。
「……子どもの時に冒険者さんが見せてくれた、小さなカンテラです」
故郷では星と月だけが夜の灯りで、照明具といったものはなかった。だからこそ、初めて見たカンテラに酷く惹きつけられたのを覚えている。
「その紋具を見た時、星が傍にあったらこんな感じなのかなって思いました」
「羨ましいな。キミは忘れられないモノに出会ったんだね」
「そう、かもしれません」
優しげな視線。不意に生まれた沈黙には星を見上げ、エシギは紙とペンを出す。
「書くとなると、難しいですね……」
「さっき言ってたのを描けばいいんじゃない? オレも気になるよ」
「そうですね……僕の中のイメージに一番近いかもしれません」
あまり覚えていないけれど、その輝きは鮮明に残っている。苦戦しながらもエシギが仕上げたのは、粗末なカンテラの中央に小さく光が灯った絵。
十分星空を眺めた後、ヴィンツが見つけた天文台の主に渡す。昔々の、大切な思い出と共に。
「星を傍に感じたのか。良い出会いをしたな」
フード下の口元が微かに笑った気がした。
「こっちこっち!」
丘の上でエルシー・サリバンが手招く。一番にコハクがひょいひょいと辿り着き、その後ろからゆっくりネーヴェ・グラヌローザとガレシアス=エルムートが追いついてきた。
「良いところを見つけましたね、エル」
「ここならば良い景色が見られそうですね」
「でしょ!」
集合した所で丘の上に敷布を敷いていく。人一人寝られるくらいのスペースを4つ分作り、その上に皆で寝転がった。
「皆さん暖かくしてくださいね」
「ネーヴェ、はい毛布!」
「あら、嬉しいわ。では私の分はコハク様に」
毛布を掛け、頭を中心にして放射状に並んだら準備は完了だ。
目の前に広がったのは数多もの輝き。淡くとろりとしたグラデーションを空で織り成し、時折光が瞬く。
「きれい……」
「ええ、そうね……」
吸い込まれたように目が離せない。しばらくの間、静かな時間が続いた。
「ガレシアスさんの話、聞きたいな」
「では、僭越ながら」
咳払いをし、ガレシアスが始めるのは星座――星の並びを繋ぎあわせ、何かの形に見立てたそれに纏わる神話や伝承。ヒト、あるいは動物、あるいは物が星座となったその経緯は神秘的で、つい想像が膨らんでしまう。それに加え、ガレシアスのゆっくりとした響きは心地よく流れ込んだ。
「私の故郷の話となりますが」
そう前置きして語り出すのは、稀有で美しい空の話。
「ヨルドでは寒い夜、カーテンの様な、紗のような、天をたなびく美しい光が見られます。私たち冬のエルフは天の神衣と呼んで親しんでいました。星々もいっそう輝きを増すように見えたものです」
「へえ……! 天の神衣かぁ」
エルシーの目の前に、想像で生まれた神衣が浮かび上がる。それは鮮やかな輝きを持って光に透け、大空に揺蕩っていた。
――なんて美しくて壮大な景色なんだろう。きゅっと胸が締め付けられる。
「神衣の果てはどこまで続くのでしょう……追いかけてみたくなりますわね」
「もし裾を見つけたら、引っ張ってドレスにしちゃいたいくらい。きっとすごい綺麗だよ」
「はは、それはいい。とてもよくお似合いだと思います」
そう言ってガレシアスは翠緑色の瞳――神衣によく似た輝きを空に向け細める。追放された己ではもう見ることの出来ない景色が、記憶の中で瞬いていた。
ねえ、皆さんと柔らかな声が降る。
「流れ星が流れている最中に3回お願いごとを唱えれば叶う、というものを、皆さんで試してみませんか?」
「わ、いいな。素敵だね」
「願い事を流れ星に託す……ですか。それはいい。……あっ」
ガレシアスの視界に光の軌跡が流れ、咄嗟に願いを告げる。
(弟子たちとの騒々しい日々がこの先も続くように)
今ではすっかり慣れ親しんだ、心地よい時間がこれからも。ネーヴェも同じ流星に願いを込める。
(穏やかな日々が続きますように)
「えっ今流れた?」
「流れましたね」
「流れたわね」
「えー! うう、残念……ネーヴェの横顔が綺麗とか、コハクの声が可愛いとか意識が飛んでたよ」
「まあ」
くすくすと小さな笑い声が聞こえる。エルシーは胸の前で祈るよう手を合わせた。
(流れて、大きな流れ星……お願い、……っ!)
その願いに応えるよう空に光の筋が走った。すぐさまエルシーは願う。
「大切な人達を守れる強さをもっと下さいっ」
消える前に3回、願い終えた彼女は満足気に笑うが、ふと視線に気づく。
「ぁ……聞いてた?」
「はい」
「声……大きかったね……」
「ええ」
微笑ましげな声でさらに照れくさくなり、エルシーは真っ赤な顔のまま毛布に潜った。
ネーヴェがお茶を淹れ、お菓子も出して、星空の下で小さなお茶会が始まる。
それぞれのカップに注がれたのは明るい夜のような透き通った青。一口飲むと、その温かさが体に染みた。
「今宵の空に因んでみましたの。宜しければレモンもどうぞ」
「ええ。とても良い味です」
「美味しいね……。あのね。強さは、戦いだけじゃなく心と経済力も込みなんだ。欲張りすぎかな」
照れたようなエルシーに、優しい視線が返る。
「素敵な願いだと思いますよ」
「エルの願いが叶うよう、私も応援しています」
「うん。ありがと!」
レモンを絞ればまた新しい色がカップに広がる。樽ジョッキの中の星空を見つめ、エルシーは小さく笑った。
●
「良い天気で絶好の星見日和だな! って外寒っ!!」
「……大丈夫ですか?」
慌てて戻ってきたギド・フェルミにキーゼが声をかける。賑やかなことだ。
「何とか……暖かくなってきたと思って油断したよ。……あれ、良い匂いがする」
「ホットワインですよ。お裾分けしましょうか」
「ぜひ!」
すんすんと嗅げば芳醇な香りが漂っていた。両手で包み暖を取りながら、ギドは顔を上げる。
「ありがとう。そうだ、もし一人なら一緒に見ないか?」
「構いませんよ」
二人は外に出て、適当な位置に腰を下ろす。見上げた空は星で満たされ明るささえ感じた。
「こうして星を味わう、というのも、なかなか洒落たものですよね」
キーゼは星空を映したワインを揺らす。まるで手元に星を捕らえたかのような輝きを傾け、口にした。
「いやぁ、ロマンチックだね」
ギドも真似るようにしてワインを口に運ぶ。
「星にまつわる詩歌はいくつかあるが、何かとロマンチックな話が多いよな。今の話も俺は好きだぞ」
「それはどうも」
ギドはちらりと視線を移す。遠くでは寄り添う影が幾つもあった。
「若いってのはいいねぇ」
ワインと肴を楽しみ、十分星を眺めた後、二人は建物の中に戻る。
ロビーにあったハンドベルを鳴らせば天文台の主が現れた。無言の視線に、ギドは口を開く。
「感想を伝えに来たんだ。俺はね、星空って人のあり方に似てるなって思ったよ」
見つめる視線はその後を促していた。
「目立つのもあれば、暗くて地味なのもあるし、一杯集まってる星もあれば一つだけ離れてる星もあるし。
それぞれ違うんだろうけど、それに気づくためには一つ一つをしっかりと視る必要がある」
向かい合い、理解しようとすることで初めてその形が見えてくるように。
「人の関係と一緒だろ? ……なんてな」
「いや、興味深い」
フードの主が言葉を返した。何も喋らないかと思っていたがそうでもないらしい。
「詩的だが、両に理解がないと難しい考えだ。君の観察眼は鋭いな」
「おお、何だかこそばゆいね」
せっかくだからとキーゼも向き合う。
「こうして今見てる景色と、10年後の景色と、100年後のこの景色と……果たして同じものなのでしょうかね?」
毎年決して同じワインが作られないように、決して同じ星空は拝めないのではないだろうか。
「そうだな……長い記録の中で、二度と見つからない星もある。知らない内に、空も変わっているんだ」
フード姿の主は考え込むよう頷く。
「まあ、そうは言っても……ワインが美味しければいいように、星空もこうして眺められればそれでいいんでしょうがね」
「それもわかるなぁ」
そうしてしばらくの間、天文台内では会話が続いた。熱中するあまり、天文台の主のフードはいつの間にか外れていたらしい。
●
「ほら、冬の夜なんだからもっと着込めよ、風邪ひくぞ?」
「うわーレオありがと! 防寒具、マントぐらいしか持ってこなかったし助かる!」
レオネベルはアステルをもこもこと着ぶくれさせる。ついでにロビーで温かな飲み物を用意してから丘の上へ。
二人並んで座り、見上げた空は星でいっぱいだった。じっと見ていると光の軌跡が何度か過ぎる、
「「流れ星かー」」
同じタイミング、同じ言葉。思わず顔を見合わせて笑った。
「はは、何だよ。思い入れとかあるのか?」
「オレにとっては、流れ星はいのち、っていうイメージが強いんだよな」
「いのちか?」
「そう」
目を丸くするレオネベルをちらりと見てから、アステルは空を見上げる。大きな大きな、美しい星空。
「たくさんの流星の降る、すごい夢をみたんだ。オレをじょーぶな身体にしてくれたのもあの星ときらきらに光る力のおかげだし」
――煌めく流星の下。輝く大樹と不思議な出会い。
「星は喪ったものじゃなくて、これから得られるもの。オレはそう信じてる!」
自信に満ちた表情を浮かべ、アステルはそう言い切って笑いかける。
「そっか、星の夢か」
レオネベルは納得したように頷く。彼と星には浅からぬ繋がりがあると感じていた。
「オレもアステルの考えに賛成だな。だってその夢がこうして今に繋がってるなら、この時間だって星が届けてくれたような気がするし!」
「本当だ! レオ頭いいなー!」
「へへ、だろ?」
「オレは……草原で暮らしてた時のことを思い出したなぁ」
広く大きくて美しい星空、時折空に流れる光。皆と眺めたことを思い出す。
「草原の星、すごい綺麗だよな!」
「だろ? すごいよな!」
「オレも見てみたいなー。レオはもちろん、いろんな人と会えるしな!」
星空について話すうちに、レオネベルはふと呟く。
「オレだと星は想い出になるか。……けど、こうやって新しい想い出も作っていくのも楽しみだよな」
「うん、今日も良い星空だー」
「だな」
報告のため、二人が選んだのは描くこと。羊皮紙とにらめっこしながら自分なりの星を描いていく。
「あんまりうまく描けなさそうだなー……」
「いいんじゃないか? 綺麗じゃなくてもアステルが感じたままでさ」
「確かに!」
心のままに二人が描いた絵は、明るい夜空を映し出していた。
ブランケットを掛け、傍らには夜煌石の穏やかな光を携えて。丘の上で二人のエルフが並んで寝転び、空を見上げていた。零れ落ちそうなほどたくさんの星が夜空で様々な色を見せる。眺めていたイズレンディル・パラリムは、青の輝きを眩しそうに細めた。
「昔は寂しさを紛らわすように見ておりました」
それはまだ、彼が森の中にいた頃の話。
「こうして星を見上げていますと、故郷の森でも同じ星を見上げているんだと思えるのが嬉しいです」
見つめていると、幾つか見覚えのある並びや、あの日の星と似た美しい輝きを見つける。
「空は繋がっていますものね」
間近にも思えるような光に、コルネリウス・アーラは手を伸ばす。指の間で星が煌めいた。
「きっとイズさんの大切な人たちも、貴方を想っていますよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「昔、父さんに聞いたんです。星は何故光るか。……神々が夜も私達を見守る為だって」
「でしたら私達は沢山の神様に見守って頂いているのですね」
星を眺めながら、話を重ねる。
起き上がったイズレンディルが小さな魔法の火を灯した。しばらくすると、柔らかな香りが漂ってくる。
「コルネさん、どうぞ」
「ありがとうございます」
ホットチョコレートを両手で受け取り、一口。優しい甘さが口の中に広がる。
「あの、イズさん」
「はい?」
カップを置いたコルネリウスは、イズレンディルの手を包むようにして自分の手を添える。さっき聞いた寂しいという言葉が、彼女の中で引っ掛かりを覚えていた。
それなら、今は?
「私は、イズさんの傍にいますよ」
「コルネさん……」
優しい彼女はきっと、自分のことを心配してくれている。
「今も、寂しさを感じることはあります。けれど……こうして一緒に過ごしていると、それも感じません」
「! ……それなら良かった。これからも、たくさん一緒に過ごしましょうね」
「はい」
イズレンディルの優しい笑顔に、コルネリウスは安心したよう微笑みを返した。
「コルネさん、冷えてしまいますよ」
「ん、ん……」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。肩を揺らされコルネリウスが目を覚ますと、穏やかな瞳と目が合った。
「す、すみません……そろそろ戻りましょうか」
「ええ」
天文台の主に、故郷の穏やかさを思い出したとイズレンディルは報告する。温かな時間を過ごせたというコルネリウスの言葉には少し驚いたようで、間を置いてから感謝の言葉が伝えられた。
灯りの無い丘で、静かな時間が流れていた。どこか遠くで風や小川がささめき、流れる星からも音が聞こえてくるような空間。
ここに誰もいないわけではない。二人が並び、確かに会話を交わしていた。
『良い匂いですね』
『甘酒、作った。寒くて冷える体に、とっても良いと思って』
『……ん。美味しいです』
暗闇にも構わずカップを取り、セロンガード・シュタインドルフは一つ息を吐く。淡い白が空に溶けて消えた。
セロンガードとティトは、この流星群を自然な感性を高めて楽しむため灯りも声も控えて観ていた。それも互いのスキルがあれば容易い。
ティトの膝にはブランケットが掛かっていた。セロンガードの心遣いだ。
『置いて逝かれるのは寂しい、ですね……』
流れる星を見つめ、セロンガードは瞳を細める。自分はまだここに居るのに何処に行ってしまうんだ。立ち止まって、振り向いて、こっちを見て。
『追いかけたくなる気持ち、とてもわかります』
近くにあったはずのものが離れ、届かない場所へ行ってしまう感覚は――よく知っている。
『故郷の、星。とっても綺麗だった……』
傍らから、呟くような思いが伝わってきた。
ティトは帝国の北寄りにある村落で生まれた。極北とも近く雪深いそこは時折、夢や幻といっていいほど美しい澄みわたった星空を見せてくれる。
あれはいつ見た空だったろう。今日のような夜は、何故だか昔のことを良く思い出させた。
(しかし、星の降る夜を丘で過ごす……二人で……いえ、そういう間柄ではないのですが)
最近話題になった御伽噺のせいだろうか、雰囲気の良い場所に二人でいると少し憚られるような気になる。そんな心が伝わったのか、また思念が響いた。
『人が居たら邪魔したくないのもあるし……それと、逆も然り……ね』
『なるほど、確かに』
他人が居る場所で好きなように過ごす、それを邪魔されるのは誰だって良い気がしないだろう。セロンガードたちとて楽しむために灯りと声を絞っている。
(……人が苦手なのもあるでしょうし)
聞かれたら怒られそうな思考は、努めて伝わらないようにした。
頭の中で会話を続け、ティトは二人分の言葉を羊皮紙に纏める。二人の頭上でまた、星が瞬いた。
眺めるよう空を見上げていたセヴラン・クアルトの肩に僅かな重みが掛かる。暖かな毛布だ。振り返ると、目を逸らすアーシェル・G・クラインがいた。
「風邪引かねぇように」
「ありがとう。じゃぁ……僕が持ってきた分は身を寄せ合って一緒に座ろうか」
楽しそうに小さく笑ったセヴランは、そのまま望遠鏡の覗穴を覗きこむ。星が、手が届きそうなほど近くで光っていた。
「星は悠久と刹那を併せもつね。何時何処に在っても同じ光が巡り、故に標となり。かと思えば刹那に零れ落ちる」
望遠鏡をずらして行けば、無限の闇の中から際限なく星が現れては過ぎていく。微かだけれど、確かに光っている。
その後ろ姿を見ていたアーシェルの眉間には、皺が寄っていた。
――あの日、彼の言った言葉が耳から離れない。
セヴランとは種族が異なる。彼と自分には、変えようのない大きな隔たりがあった。
胸に燻る闇を消し去ったら果てていいと本気で思っていた。けれど。
(今は、こいつが独りで寂しそうに笑うなんざ堪えられねぇ)
「アーシェルさん、君も見てみたらいい。良い星だよ」
そう言って離れそうになるセヴランの手首を掴んだ。青い輝きが丸くなる。
「死んだら星になって見守るなんて言わねぇぞ。ぱっとお前の前から消えてなんかやらねぇ」
流れる星にはとうに願った。この命が果てても独りにしてやらない。
「もしも俺が爺になるまでくたばらずにいて、お前に大切な奴がいなかったら……死ぬ時は連れてく。
あの世で一緒なら寂しくねぇだろ」
それは彼なりの覚悟。真っ直ぐで強引で不器用で、心から友情を大切に想った叫び。
じっと耳を傾けていたセヴランは、やがて口元を緩める。
「おや、星の果てまで連れて行ってくれるのかい? でも痛いのは怖いなぁ……優しくしてくれるなら」
喜んで、と音の無い言葉が響いた気がした。
「まぁ、長生きが悪いばかりでは無いんだ。君が繋いだ縁のその先の面影を見る事だって出来るし、生きながら星になる事もできるんだよ」
「生きながら?」
「そう。例えば、君や皆と積み重ねた記憶。それが僕の星になるんだ」
何時何処に在っても同じ、光り輝く導。眩しいものを見るように細めた瞳は、柔らかな光を伴う。
「頑張って生き急がないで。君だって大事な友人なんだから。……ねえ、アーシェルと呼んで良いかな?」
驚いたような気配が手から伝わる。けれどそれは、拒むようなものではなかった。
「軽い食べ物と、温かい飲み物も準備してきたよ」
「あら、用意がいいのね」
バスケットを揺らすエルゼリオ・レイノーラ、そしてノノアは一緒に二階へ上がる。
天井から見える星空はとても美しいものだった。数多の輝きに感動していると、光の尾が一つ走る。
「ノノアさんは魂が流れ星になって還ってくる……っていうお伽話知ってる?」
「そうね……聞いた事は無いけれど、もしあるのでしたら何処かに転生などをしているのかしら」
「流れ星が落ちた先で生まれ変わるってこと?」
「ええ」
それも有り得る話かもしれない。地上に戻ってきたエーテルが新しい生命になるのだ。
「でももし、流れ星の先で失った家族と出逢えるんだったら……。
ボクがまだ小さかった頃に亡くなった母上に逢ってみたいなぁ……」
記憶の中に埋もれた姿はおぼろげに揺らめいている。今逢えたとしたら、どんな話が出来るだろう。
「あ! 別にマザコンとかじゃないからね!?」
「言ってないわよ?」
小さく口元を緩めるノノアに、慌てたエルゼリオは何だか気恥ずかしさが募って頬を掻く。
「今まで母上のこと、他人に話したことなんてなかったのにな」
それなのにするりと口から出てきてしまった。
「何故かはわからないけど、ノノアさんには聞いて欲しくなっちゃった」
不思議な気持ちに首を傾げながら、二人は星を眺める。交代で望遠鏡を覗いたり、温かい飲み物を飲んだり、軽食を食べて。
「ノノアさんは、誰か逢いたい人はいる?」
「そうね」
頬張ったサンドイッチを飲み込み、ノノアは口を開く。
「帝国が崩壊した際、行方不明になった両親と逢いたいわ」
今も探し求める、任務中に袂が分かれてしまったあの人たち。それを聞いたエルゼリオは僅かに目を見開いた。
「ご両親が行方不明……。そうだったんだね……」
「悲しかったり寂しいといったことはないけれど、何処かで生きていたら嬉しいとは思ってるの」
だからこそノノアは諦めてはいない。
「ご両親もこの夜空の何処かで、同じ星を見上げていると良いね」
「ええ。ありがとう、エルゼリオさん」
「そういえば、こんなお話を聞いたことがあります」
それは、星が流れた時に何かをすると願いが叶うというもの。
「本当なのでしょうか」
「とても素敵な話だね」
小さく笑いかけた後、エルゼリオは空を見上げる。
(ノノアさんがご両親と再会できます様に……)
大きな流星が空を流れる。二人の頭上には、いつまでも星が瞬いていた。
夜を歩き、幼馴染であるララベル・サン・ディーベルとテュリン・ヴィングは開けた丘の上で腰を下ろす。ロマンチックなシチュエーションに、ララベルは少し弾んだ気持ちでいた。
見上げると視界いっぱいに星が散らばっていた。瞬いては消え、空にはグラデーションが流れる。
「わあ……キラキラしてて、凄く綺麗……。
やっぱり空の向こうには、あんな風にキラキラした星が一杯の世界があるのかな?」
その世界は辺り一面が星で、灯りの代わりに星が使われているのかもしれない。想像はどんどん膨らむ。
「冒険してたどり着いて、いつかこの目で見てみたいな……テュリン姉はどう思う?」
「そうね……」
星のような輝きを持つ瞳がゆったりと瞬く。
「神秘、と言えばいいのかな。要は明確にこうであると分からないからこそ、容易に届かないからこそ、惹きつける何かがある存在……ってところかしら」
身近な物であり変わることのない空を見せてくれる存在。けれどその高みまで辿り着いたものは、恐らく一人もいない。
「そういう意味じゃ、ベルの冒険もそうしたものじゃない?」
ララベルはこくんと頷いた。確かに挑戦しがいのある冒険の方がわくわくする。
「まぁでも、それでも辿り着いてみたいわね。あの場所へ……その先へ。深奥と呼ばれるその域へ。
魔術を極め、神秘の奥深くに触れてみたいって思うのよ」
テュリンの目的ひとつは、世界に隠された秘密や神秘をこの目で見ること。そこにはより自分を高める何かがあるかもしれない。
「でもね、折角ならベルと一緒に辿り着いてみたいわね。
ベルがどんな風に感じるかは分からないけど、少なくともベルの冒険譚の一つにはなるでしょ?」
不意に向けられた瞳にドキリとする。瞳を見つめながら、ララベルは彼女の手をぎゅっと握った。
「うん、その時は一緒に」
「そうそう、流れ星にお願いすると、願いが叶うんだって」
「そうなの? それじゃ、まず流れ星を見つけないと」
二人で空を見上げ、流れる軌跡を探す。ララベルが見つけた流れ星を指差した。
「ほら、今あそこ、違うよテュリン姉、そこそこ……わっ!?」
バランスを崩したララベルにテュリンが巻き込まれる。感じた柔らかな感触に、赤くなったララベルはぱっと口元を抑えた。
(……今少しだけ、願い叶ったかも?)
「なかなかの夜空だな」
「これだけの星は滅多に見られないと思うよ。さすが天文台を構えた場所だけはあるかな」
ヴィナスとカッシアは二階で空を眺めていた。ぽっかりと開いた天井からは零れんばかりの星空が瞬いている。話をしながら傍らの紋具を覗き込む。明るい星もあれば暗い星もあった。
……ただそれだけだ。方角を見る際に導となりやすいか、その程度。カッシアは紋具を離れる。
「ヴィナは、星の感想とかあるか?」
「そうだね……前に読んだ本を思い出すよ」
考えながら、戯れるよう望遠鏡に触れた。
「呪われたお姫様の為に旅の騎士が天空の宝石を探すけど見つからなくて、失意のままお城に戻ったら、騎士の瞳に映る輝く星に気づいたお姫様が、天空の宝石はお空の上にあったって笑った瞬間に呪いが解かれて、二人は結ばれたって話」
星に導かれた美しい物語は、亡くなった母が好きで、あの子も読んでいたのを思い出す。嬉しい記憶だ。ヴィナスは僅かに口元を緩め、空を見上げた。
「確かに宝石箱みたいだね。誰のものでもない宝石も趣深い」
「へえ……確かに興味深いね。……けど星は星だからな。それでお姫様も最初気づかなかったんじゃない?」
手摺りに凭れていたカッシアが釣られるよう見上げた。
美しい緑に光が瞬いている。
純粋に、綺麗だと思った。
「ヴィナの瞳にも星が映ってる」
そう告げると彼は、教えてもらった物語のように瞳を細めた。
「カッシアは星をどう捉える?」
「俺は……意味合いで言えば旅の導きが近いのかな」
星を用いて方角を知る。旅の多い吟遊詩人には必要なものだ。
「最近は気にして見上げるようになったよ。……まあつまり、今まで全然気にしてなかったんだけどな」
「何かきっかけがあったのかな」
言われて考える。そういえば、前に一緒に飾ったガラスも星空色だったか。
「と、とにかく。そこに存在するだけで安心感を得られるっていうのは凄いことだと思うし、星を神聖視する伝承が多いのも頷ける。
……ロマンに欠けた回答だとは自覚してるよ」
「カッシアらしい解釈で俺は好きだよ」
旅の導、祈りの欠片。星に対する想いはそれこそ千差万別だ。
その中でもカッシアの考え方は、ヴィナスにとって好ましい。
「そ、そうか。……ほら、依頼なんだからしっかり見ないとな。感想も求められてるし」
「そうだね」
柔らかい視線に何だかいたたまれなくなり、カッシアは瞳を逸らす。不思議と寒さは感じなかった。
●
しがらみから離れた、人の姿もない場所。夜の中に旋律が流れていた。
それは静かな希望に満ちた行進曲であったり、星の物語を添えた夜想曲であったり。
切なく胸が締め付けられるような調べは葬送曲のようにも思えた。
空から零れる流星群の下、黒髪の青年――ノックス・マグナはリュートを奏でていた。
その目に、耳にしたものすべてを音とし、手慰みのように弾いていく。
星の煌めき、空のグラデーション、流れる一筋の光。囁く草原、擦れる木の葉。
刹那も見逃さぬよう銀の瞳に空を映し、見えないけれど確かに存在する力の流れを感じるよう、彼は指を動かす。
どれだけ音を鳴らしただろうか。何も考えず、感じるままに奏でる彼の音楽はまだ底がない。
旋律が止めばまた別の曲が始まる。星空を観客にした気ままなだけの音楽は、しばらくの間続いていた。
静かな夜に風が木の葉を揺らす音が響く。
大樹海の中、木の枝に登ったテテリカは空を見上げていた。
時折空を跨ぐよう光が飛び、消えていく。
(鳥だ)
咄嗟にテテリカが感じたのはそれだ。遠い空には光る鳥がいるのだ。
力強く飛んでいるのか、力尽きて地に堕ちているのかは分からない。ただあれが鳥だということは知っていた。
傍らの枝が鳴る。横には白い体毛に包まれたテテリカの家族――オニフスベが同じように空を観ていた。
そっと白い体に手を置く。エーテルで繋がった彼から、薄ら意思と感情が伝わってくる。
「星は肉の体を得なかった我ら……? 変わった考えだな」
彼はいつも、学の無い自分より哲学的だ。同時に尊敬もしている。
「テテリカもオニフスベも星の末裔……いや、俺の母も祖母も大婆様も全員ゴブリンだぞ。星ではない」
難解だが、わかりやすいように伝えてくれているような気もした。
「全ては同じものから産まれた……訳が分からないな」
首を捻っていたテテリカだったが、やがて小さく口元を緩ませる。
「……ああ、そうか。俺もお前も同じものから産まれたのか。それは嬉しい」
傍らの家族からも、嬉しそうな気配が伝わった。
空に幾千もの輝きが瞬いている。光が空に輝く中、レオナルド・ピーフォウルは丘の上でそれを見上げていた。マントとブランケットに身を包み、傍らにはホットチョコレートが白い湯気を立てて準備されている。
風が頬を撫で、木の葉や草が揺れる。ただ緩やかに時間が流れている。
「……」
レオナルドは気の抜けた表情で星を眺めていた。視界の中でひとつ、星が尾を引く。
「何のために流れてるんだろうなぁ、アレ」
光ったと思ったらすぐに落ちて消えてしまう。あれが地上に戻ってきた人? 自分ならあんな風に輝きながら落下するのは勘弁だ。
星が神々としたら、流れ星も神となる。これだけの神が一度に消えている? 紀元前の話じゃあるまいし、今もじゃんじゃん消えているのはヤバイ。タチの悪い冗談のようだ。
どちらにしろマトリクス界から何故落ちる必要がある。地上に降り立っているのか、はたまた何か……そう、大地に引き寄せるような、何かの力が……。
「……ああ」
考察しがいのある思考になりそうだったが、そういえばこれは依頼だ。レオナルドはもう一度星空を見る。
「これを元に占いをするのなら、これからの世界もどうにかなるんじゃないか」
空からは、此処はまだ帰りたい処のようだから。
泉のほとりに影があった。自分以外に気配のない静かな空間で、リディリディ・トゥラ・イェレミースは空を見上げる。
「……」
目の前には星空が広がっていた。何も遮るものがない空は広く、頭を左右に動かしてやっと見渡せる。
(新鮮な景色ですね)
リディリディの故郷は森林であり、見上げても木々の隙間から漏れた小さな空ばかりだった。こうしてゆっくり星を観る機会なんて初めてと言っていいかもしれない。リディリディは目を細め、事前に買い貯めてきた揚げ肉に手を伸ばす。
(皆さんは、これについて色々思うんでしょうか)
これ、というのは星空のことだ。神話、御伽噺、浪漫……そういう類を聞きこそはすれ、彼女自体何かを思うことはない。ただそこに星がある、それだけだ。これも感想ということになるのだろうか。
(それにしてもお肉が美味しいですね)
新商品と銘打っていたが、アタリだ。他にも色々買い込んできたから楽しみである。
美味しいものを食べながら星空を観る。たまにはこんな時間があってもいいと思いながら、リディリディは次のお肉に手を伸ばした。
「キミは星好き?」
「はい、好きですね。綺麗ですし……紋具職人を志したきっかけを思い出します」
天文台の2階、星を観ながらエシギは呟く。隣には、続きは? と促すよう見つめるヴィンツ・ラッテがいた。
「……子どもの時に冒険者さんが見せてくれた、小さなカンテラです」
故郷では星と月だけが夜の灯りで、照明具といったものはなかった。だからこそ、初めて見たカンテラに酷く惹きつけられたのを覚えている。
「その紋具を見た時、星が傍にあったらこんな感じなのかなって思いました」
「羨ましいな。キミは忘れられないモノに出会ったんだね」
「そう、かもしれません」
優しげな視線。不意に生まれた沈黙には星を見上げ、エシギは紙とペンを出す。
「書くとなると、難しいですね……」
「さっき言ってたのを描けばいいんじゃない? オレも気になるよ」
「そうですね……僕の中のイメージに一番近いかもしれません」
あまり覚えていないけれど、その輝きは鮮明に残っている。苦戦しながらもエシギが仕上げたのは、粗末なカンテラの中央に小さく光が灯った絵。
十分星空を眺めた後、ヴィンツが見つけた天文台の主に渡す。昔々の、大切な思い出と共に。
「星を傍に感じたのか。良い出会いをしたな」
フード下の口元が微かに笑った気がした。
「こっちこっち!」
丘の上でエルシー・サリバンが手招く。一番にコハクがひょいひょいと辿り着き、その後ろからゆっくりネーヴェ・グラヌローザとガレシアス=エルムートが追いついてきた。
「良いところを見つけましたね、エル」
「ここならば良い景色が見られそうですね」
「でしょ!」
集合した所で丘の上に敷布を敷いていく。人一人寝られるくらいのスペースを4つ分作り、その上に皆で寝転がった。
「皆さん暖かくしてくださいね」
「ネーヴェ、はい毛布!」
「あら、嬉しいわ。では私の分はコハク様に」
毛布を掛け、頭を中心にして放射状に並んだら準備は完了だ。
目の前に広がったのは数多もの輝き。淡くとろりとしたグラデーションを空で織り成し、時折光が瞬く。
「きれい……」
「ええ、そうね……」
吸い込まれたように目が離せない。しばらくの間、静かな時間が続いた。
「ガレシアスさんの話、聞きたいな」
「では、僭越ながら」
咳払いをし、ガレシアスが始めるのは星座――星の並びを繋ぎあわせ、何かの形に見立てたそれに纏わる神話や伝承。ヒト、あるいは動物、あるいは物が星座となったその経緯は神秘的で、つい想像が膨らんでしまう。それに加え、ガレシアスのゆっくりとした響きは心地よく流れ込んだ。
「私の故郷の話となりますが」
そう前置きして語り出すのは、稀有で美しい空の話。
「ヨルドでは寒い夜、カーテンの様な、紗のような、天をたなびく美しい光が見られます。私たち冬のエルフは天の神衣と呼んで親しんでいました。星々もいっそう輝きを増すように見えたものです」
「へえ……! 天の神衣かぁ」
エルシーの目の前に、想像で生まれた神衣が浮かび上がる。それは鮮やかな輝きを持って光に透け、大空に揺蕩っていた。
――なんて美しくて壮大な景色なんだろう。きゅっと胸が締め付けられる。
「神衣の果てはどこまで続くのでしょう……追いかけてみたくなりますわね」
「もし裾を見つけたら、引っ張ってドレスにしちゃいたいくらい。きっとすごい綺麗だよ」
「はは、それはいい。とてもよくお似合いだと思います」
そう言ってガレシアスは翠緑色の瞳――神衣によく似た輝きを空に向け細める。追放された己ではもう見ることの出来ない景色が、記憶の中で瞬いていた。
ねえ、皆さんと柔らかな声が降る。
「流れ星が流れている最中に3回お願いごとを唱えれば叶う、というものを、皆さんで試してみませんか?」
「わ、いいな。素敵だね」
「願い事を流れ星に託す……ですか。それはいい。……あっ」
ガレシアスの視界に光の軌跡が流れ、咄嗟に願いを告げる。
(弟子たちとの騒々しい日々がこの先も続くように)
今ではすっかり慣れ親しんだ、心地よい時間がこれからも。ネーヴェも同じ流星に願いを込める。
(穏やかな日々が続きますように)
「えっ今流れた?」
「流れましたね」
「流れたわね」
「えー! うう、残念……ネーヴェの横顔が綺麗とか、コハクの声が可愛いとか意識が飛んでたよ」
「まあ」
くすくすと小さな笑い声が聞こえる。エルシーは胸の前で祈るよう手を合わせた。
(流れて、大きな流れ星……お願い、……っ!)
その願いに応えるよう空に光の筋が走った。すぐさまエルシーは願う。
「大切な人達を守れる強さをもっと下さいっ」
消える前に3回、願い終えた彼女は満足気に笑うが、ふと視線に気づく。
「ぁ……聞いてた?」
「はい」
「声……大きかったね……」
「ええ」
微笑ましげな声でさらに照れくさくなり、エルシーは真っ赤な顔のまま毛布に潜った。
ネーヴェがお茶を淹れ、お菓子も出して、星空の下で小さなお茶会が始まる。
それぞれのカップに注がれたのは明るい夜のような透き通った青。一口飲むと、その温かさが体に染みた。
「今宵の空に因んでみましたの。宜しければレモンもどうぞ」
「ええ。とても良い味です」
「美味しいね……。あのね。強さは、戦いだけじゃなく心と経済力も込みなんだ。欲張りすぎかな」
照れたようなエルシーに、優しい視線が返る。
「素敵な願いだと思いますよ」
「エルの願いが叶うよう、私も応援しています」
「うん。ありがと!」
レモンを絞ればまた新しい色がカップに広がる。樽ジョッキの中の星空を見つめ、エルシーは小さく笑った。
●
「良い天気で絶好の星見日和だな! って外寒っ!!」
「……大丈夫ですか?」
慌てて戻ってきたギド・フェルミにキーゼが声をかける。賑やかなことだ。
「何とか……暖かくなってきたと思って油断したよ。……あれ、良い匂いがする」
「ホットワインですよ。お裾分けしましょうか」
「ぜひ!」
すんすんと嗅げば芳醇な香りが漂っていた。両手で包み暖を取りながら、ギドは顔を上げる。
「ありがとう。そうだ、もし一人なら一緒に見ないか?」
「構いませんよ」
二人は外に出て、適当な位置に腰を下ろす。見上げた空は星で満たされ明るささえ感じた。
「こうして星を味わう、というのも、なかなか洒落たものですよね」
キーゼは星空を映したワインを揺らす。まるで手元に星を捕らえたかのような輝きを傾け、口にした。
「いやぁ、ロマンチックだね」
ギドも真似るようにしてワインを口に運ぶ。
「星にまつわる詩歌はいくつかあるが、何かとロマンチックな話が多いよな。今の話も俺は好きだぞ」
「それはどうも」
ギドはちらりと視線を移す。遠くでは寄り添う影が幾つもあった。
「若いってのはいいねぇ」
ワインと肴を楽しみ、十分星を眺めた後、二人は建物の中に戻る。
ロビーにあったハンドベルを鳴らせば天文台の主が現れた。無言の視線に、ギドは口を開く。
「感想を伝えに来たんだ。俺はね、星空って人のあり方に似てるなって思ったよ」
見つめる視線はその後を促していた。
「目立つのもあれば、暗くて地味なのもあるし、一杯集まってる星もあれば一つだけ離れてる星もあるし。
それぞれ違うんだろうけど、それに気づくためには一つ一つをしっかりと視る必要がある」
向かい合い、理解しようとすることで初めてその形が見えてくるように。
「人の関係と一緒だろ? ……なんてな」
「いや、興味深い」
フードの主が言葉を返した。何も喋らないかと思っていたがそうでもないらしい。
「詩的だが、両に理解がないと難しい考えだ。君の観察眼は鋭いな」
「おお、何だかこそばゆいね」
せっかくだからとキーゼも向き合う。
「こうして今見てる景色と、10年後の景色と、100年後のこの景色と……果たして同じものなのでしょうかね?」
毎年決して同じワインが作られないように、決して同じ星空は拝めないのではないだろうか。
「そうだな……長い記録の中で、二度と見つからない星もある。知らない内に、空も変わっているんだ」
フード姿の主は考え込むよう頷く。
「まあ、そうは言っても……ワインが美味しければいいように、星空もこうして眺められればそれでいいんでしょうがね」
「それもわかるなぁ」
そうしてしばらくの間、天文台内では会話が続いた。熱中するあまり、天文台の主のフードはいつの間にか外れていたらしい。
●
「ほら、冬の夜なんだからもっと着込めよ、風邪ひくぞ?」
「うわーレオありがと! 防寒具、マントぐらいしか持ってこなかったし助かる!」
レオネベルはアステルをもこもこと着ぶくれさせる。ついでにロビーで温かな飲み物を用意してから丘の上へ。
二人並んで座り、見上げた空は星でいっぱいだった。じっと見ていると光の軌跡が何度か過ぎる、
「「流れ星かー」」
同じタイミング、同じ言葉。思わず顔を見合わせて笑った。
「はは、何だよ。思い入れとかあるのか?」
「オレにとっては、流れ星はいのち、っていうイメージが強いんだよな」
「いのちか?」
「そう」
目を丸くするレオネベルをちらりと見てから、アステルは空を見上げる。大きな大きな、美しい星空。
「たくさんの流星の降る、すごい夢をみたんだ。オレをじょーぶな身体にしてくれたのもあの星ときらきらに光る力のおかげだし」
――煌めく流星の下。輝く大樹と不思議な出会い。
「星は喪ったものじゃなくて、これから得られるもの。オレはそう信じてる!」
自信に満ちた表情を浮かべ、アステルはそう言い切って笑いかける。
「そっか、星の夢か」
レオネベルは納得したように頷く。彼と星には浅からぬ繋がりがあると感じていた。
「オレもアステルの考えに賛成だな。だってその夢がこうして今に繋がってるなら、この時間だって星が届けてくれたような気がするし!」
「本当だ! レオ頭いいなー!」
「へへ、だろ?」
「オレは……草原で暮らしてた時のことを思い出したなぁ」
広く大きくて美しい星空、時折空に流れる光。皆と眺めたことを思い出す。
「草原の星、すごい綺麗だよな!」
「だろ? すごいよな!」
「オレも見てみたいなー。レオはもちろん、いろんな人と会えるしな!」
星空について話すうちに、レオネベルはふと呟く。
「オレだと星は想い出になるか。……けど、こうやって新しい想い出も作っていくのも楽しみだよな」
「うん、今日も良い星空だー」
「だな」
報告のため、二人が選んだのは描くこと。羊皮紙とにらめっこしながら自分なりの星を描いていく。
「あんまりうまく描けなさそうだなー……」
「いいんじゃないか? 綺麗じゃなくてもアステルが感じたままでさ」
「確かに!」
心のままに二人が描いた絵は、明るい夜空を映し出していた。
ブランケットを掛け、傍らには夜煌石の穏やかな光を携えて。丘の上で二人のエルフが並んで寝転び、空を見上げていた。零れ落ちそうなほどたくさんの星が夜空で様々な色を見せる。眺めていたイズレンディル・パラリムは、青の輝きを眩しそうに細めた。
「昔は寂しさを紛らわすように見ておりました」
それはまだ、彼が森の中にいた頃の話。
「こうして星を見上げていますと、故郷の森でも同じ星を見上げているんだと思えるのが嬉しいです」
見つめていると、幾つか見覚えのある並びや、あの日の星と似た美しい輝きを見つける。
「空は繋がっていますものね」
間近にも思えるような光に、コルネリウス・アーラは手を伸ばす。指の間で星が煌めいた。
「きっとイズさんの大切な人たちも、貴方を想っていますよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「昔、父さんに聞いたんです。星は何故光るか。……神々が夜も私達を見守る為だって」
「でしたら私達は沢山の神様に見守って頂いているのですね」
星を眺めながら、話を重ねる。
起き上がったイズレンディルが小さな魔法の火を灯した。しばらくすると、柔らかな香りが漂ってくる。
「コルネさん、どうぞ」
「ありがとうございます」
ホットチョコレートを両手で受け取り、一口。優しい甘さが口の中に広がる。
「あの、イズさん」
「はい?」
カップを置いたコルネリウスは、イズレンディルの手を包むようにして自分の手を添える。さっき聞いた寂しいという言葉が、彼女の中で引っ掛かりを覚えていた。
それなら、今は?
「私は、イズさんの傍にいますよ」
「コルネさん……」
優しい彼女はきっと、自分のことを心配してくれている。
「今も、寂しさを感じることはあります。けれど……こうして一緒に過ごしていると、それも感じません」
「! ……それなら良かった。これからも、たくさん一緒に過ごしましょうね」
「はい」
イズレンディルの優しい笑顔に、コルネリウスは安心したよう微笑みを返した。
「コルネさん、冷えてしまいますよ」
「ん、ん……」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。肩を揺らされコルネリウスが目を覚ますと、穏やかな瞳と目が合った。
「す、すみません……そろそろ戻りましょうか」
「ええ」
天文台の主に、故郷の穏やかさを思い出したとイズレンディルは報告する。温かな時間を過ごせたというコルネリウスの言葉には少し驚いたようで、間を置いてから感謝の言葉が伝えられた。
灯りの無い丘で、静かな時間が流れていた。どこか遠くで風や小川がささめき、流れる星からも音が聞こえてくるような空間。
ここに誰もいないわけではない。二人が並び、確かに会話を交わしていた。
『良い匂いですね』
『甘酒、作った。寒くて冷える体に、とっても良いと思って』
『……ん。美味しいです』
暗闇にも構わずカップを取り、セロンガード・シュタインドルフは一つ息を吐く。淡い白が空に溶けて消えた。
セロンガードとティトは、この流星群を自然な感性を高めて楽しむため灯りも声も控えて観ていた。それも互いのスキルがあれば容易い。
ティトの膝にはブランケットが掛かっていた。セロンガードの心遣いだ。
『置いて逝かれるのは寂しい、ですね……』
流れる星を見つめ、セロンガードは瞳を細める。自分はまだここに居るのに何処に行ってしまうんだ。立ち止まって、振り向いて、こっちを見て。
『追いかけたくなる気持ち、とてもわかります』
近くにあったはずのものが離れ、届かない場所へ行ってしまう感覚は――よく知っている。
『故郷の、星。とっても綺麗だった……』
傍らから、呟くような思いが伝わってきた。
ティトは帝国の北寄りにある村落で生まれた。極北とも近く雪深いそこは時折、夢や幻といっていいほど美しい澄みわたった星空を見せてくれる。
あれはいつ見た空だったろう。今日のような夜は、何故だか昔のことを良く思い出させた。
(しかし、星の降る夜を丘で過ごす……二人で……いえ、そういう間柄ではないのですが)
最近話題になった御伽噺のせいだろうか、雰囲気の良い場所に二人でいると少し憚られるような気になる。そんな心が伝わったのか、また思念が響いた。
『人が居たら邪魔したくないのもあるし……それと、逆も然り……ね』
『なるほど、確かに』
他人が居る場所で好きなように過ごす、それを邪魔されるのは誰だって良い気がしないだろう。セロンガードたちとて楽しむために灯りと声を絞っている。
(……人が苦手なのもあるでしょうし)
聞かれたら怒られそうな思考は、努めて伝わらないようにした。
頭の中で会話を続け、ティトは二人分の言葉を羊皮紙に纏める。二人の頭上でまた、星が瞬いた。
眺めるよう空を見上げていたセヴラン・クアルトの肩に僅かな重みが掛かる。暖かな毛布だ。振り返ると、目を逸らすアーシェル・G・クラインがいた。
「風邪引かねぇように」
「ありがとう。じゃぁ……僕が持ってきた分は身を寄せ合って一緒に座ろうか」
楽しそうに小さく笑ったセヴランは、そのまま望遠鏡の覗穴を覗きこむ。星が、手が届きそうなほど近くで光っていた。
「星は悠久と刹那を併せもつね。何時何処に在っても同じ光が巡り、故に標となり。かと思えば刹那に零れ落ちる」
望遠鏡をずらして行けば、無限の闇の中から際限なく星が現れては過ぎていく。微かだけれど、確かに光っている。
その後ろ姿を見ていたアーシェルの眉間には、皺が寄っていた。
――あの日、彼の言った言葉が耳から離れない。
セヴランとは種族が異なる。彼と自分には、変えようのない大きな隔たりがあった。
胸に燻る闇を消し去ったら果てていいと本気で思っていた。けれど。
(今は、こいつが独りで寂しそうに笑うなんざ堪えられねぇ)
「アーシェルさん、君も見てみたらいい。良い星だよ」
そう言って離れそうになるセヴランの手首を掴んだ。青い輝きが丸くなる。
「死んだら星になって見守るなんて言わねぇぞ。ぱっとお前の前から消えてなんかやらねぇ」
流れる星にはとうに願った。この命が果てても独りにしてやらない。
「もしも俺が爺になるまでくたばらずにいて、お前に大切な奴がいなかったら……死ぬ時は連れてく。
あの世で一緒なら寂しくねぇだろ」
それは彼なりの覚悟。真っ直ぐで強引で不器用で、心から友情を大切に想った叫び。
じっと耳を傾けていたセヴランは、やがて口元を緩める。
「おや、星の果てまで連れて行ってくれるのかい? でも痛いのは怖いなぁ……優しくしてくれるなら」
喜んで、と音の無い言葉が響いた気がした。
「まぁ、長生きが悪いばかりでは無いんだ。君が繋いだ縁のその先の面影を見る事だって出来るし、生きながら星になる事もできるんだよ」
「生きながら?」
「そう。例えば、君や皆と積み重ねた記憶。それが僕の星になるんだ」
何時何処に在っても同じ、光り輝く導。眩しいものを見るように細めた瞳は、柔らかな光を伴う。
「頑張って生き急がないで。君だって大事な友人なんだから。……ねえ、アーシェルと呼んで良いかな?」
驚いたような気配が手から伝わる。けれどそれは、拒むようなものではなかった。
「軽い食べ物と、温かい飲み物も準備してきたよ」
「あら、用意がいいのね」
バスケットを揺らすエルゼリオ・レイノーラ、そしてノノアは一緒に二階へ上がる。
天井から見える星空はとても美しいものだった。数多の輝きに感動していると、光の尾が一つ走る。
「ノノアさんは魂が流れ星になって還ってくる……っていうお伽話知ってる?」
「そうね……聞いた事は無いけれど、もしあるのでしたら何処かに転生などをしているのかしら」
「流れ星が落ちた先で生まれ変わるってこと?」
「ええ」
それも有り得る話かもしれない。地上に戻ってきたエーテルが新しい生命になるのだ。
「でももし、流れ星の先で失った家族と出逢えるんだったら……。
ボクがまだ小さかった頃に亡くなった母上に逢ってみたいなぁ……」
記憶の中に埋もれた姿はおぼろげに揺らめいている。今逢えたとしたら、どんな話が出来るだろう。
「あ! 別にマザコンとかじゃないからね!?」
「言ってないわよ?」
小さく口元を緩めるノノアに、慌てたエルゼリオは何だか気恥ずかしさが募って頬を掻く。
「今まで母上のこと、他人に話したことなんてなかったのにな」
それなのにするりと口から出てきてしまった。
「何故かはわからないけど、ノノアさんには聞いて欲しくなっちゃった」
不思議な気持ちに首を傾げながら、二人は星を眺める。交代で望遠鏡を覗いたり、温かい飲み物を飲んだり、軽食を食べて。
「ノノアさんは、誰か逢いたい人はいる?」
「そうね」
頬張ったサンドイッチを飲み込み、ノノアは口を開く。
「帝国が崩壊した際、行方不明になった両親と逢いたいわ」
今も探し求める、任務中に袂が分かれてしまったあの人たち。それを聞いたエルゼリオは僅かに目を見開いた。
「ご両親が行方不明……。そうだったんだね……」
「悲しかったり寂しいといったことはないけれど、何処かで生きていたら嬉しいとは思ってるの」
だからこそノノアは諦めてはいない。
「ご両親もこの夜空の何処かで、同じ星を見上げていると良いね」
「ええ。ありがとう、エルゼリオさん」
「そういえば、こんなお話を聞いたことがあります」
それは、星が流れた時に何かをすると願いが叶うというもの。
「本当なのでしょうか」
「とても素敵な話だね」
小さく笑いかけた後、エルゼリオは空を見上げる。
(ノノアさんがご両親と再会できます様に……)
大きな流星が空を流れる。二人の頭上には、いつまでも星が瞬いていた。
夜を歩き、幼馴染であるララベル・サン・ディーベルとテュリン・ヴィングは開けた丘の上で腰を下ろす。ロマンチックなシチュエーションに、ララベルは少し弾んだ気持ちでいた。
見上げると視界いっぱいに星が散らばっていた。瞬いては消え、空にはグラデーションが流れる。
「わあ……キラキラしてて、凄く綺麗……。
やっぱり空の向こうには、あんな風にキラキラした星が一杯の世界があるのかな?」
その世界は辺り一面が星で、灯りの代わりに星が使われているのかもしれない。想像はどんどん膨らむ。
「冒険してたどり着いて、いつかこの目で見てみたいな……テュリン姉はどう思う?」
「そうね……」
星のような輝きを持つ瞳がゆったりと瞬く。
「神秘、と言えばいいのかな。要は明確にこうであると分からないからこそ、容易に届かないからこそ、惹きつける何かがある存在……ってところかしら」
身近な物であり変わることのない空を見せてくれる存在。けれどその高みまで辿り着いたものは、恐らく一人もいない。
「そういう意味じゃ、ベルの冒険もそうしたものじゃない?」
ララベルはこくんと頷いた。確かに挑戦しがいのある冒険の方がわくわくする。
「まぁでも、それでも辿り着いてみたいわね。あの場所へ……その先へ。深奥と呼ばれるその域へ。
魔術を極め、神秘の奥深くに触れてみたいって思うのよ」
テュリンの目的ひとつは、世界に隠された秘密や神秘をこの目で見ること。そこにはより自分を高める何かがあるかもしれない。
「でもね、折角ならベルと一緒に辿り着いてみたいわね。
ベルがどんな風に感じるかは分からないけど、少なくともベルの冒険譚の一つにはなるでしょ?」
不意に向けられた瞳にドキリとする。瞳を見つめながら、ララベルは彼女の手をぎゅっと握った。
「うん、その時は一緒に」
「そうそう、流れ星にお願いすると、願いが叶うんだって」
「そうなの? それじゃ、まず流れ星を見つけないと」
二人で空を見上げ、流れる軌跡を探す。ララベルが見つけた流れ星を指差した。
「ほら、今あそこ、違うよテュリン姉、そこそこ……わっ!?」
バランスを崩したララベルにテュリンが巻き込まれる。感じた柔らかな感触に、赤くなったララベルはぱっと口元を抑えた。
(……今少しだけ、願い叶ったかも?)
「なかなかの夜空だな」
「これだけの星は滅多に見られないと思うよ。さすが天文台を構えた場所だけはあるかな」
ヴィナスとカッシアは二階で空を眺めていた。ぽっかりと開いた天井からは零れんばかりの星空が瞬いている。話をしながら傍らの紋具を覗き込む。明るい星もあれば暗い星もあった。
……ただそれだけだ。方角を見る際に導となりやすいか、その程度。カッシアは紋具を離れる。
「ヴィナは、星の感想とかあるか?」
「そうだね……前に読んだ本を思い出すよ」
考えながら、戯れるよう望遠鏡に触れた。
「呪われたお姫様の為に旅の騎士が天空の宝石を探すけど見つからなくて、失意のままお城に戻ったら、騎士の瞳に映る輝く星に気づいたお姫様が、天空の宝石はお空の上にあったって笑った瞬間に呪いが解かれて、二人は結ばれたって話」
星に導かれた美しい物語は、亡くなった母が好きで、あの子も読んでいたのを思い出す。嬉しい記憶だ。ヴィナスは僅かに口元を緩め、空を見上げた。
「確かに宝石箱みたいだね。誰のものでもない宝石も趣深い」
「へえ……確かに興味深いね。……けど星は星だからな。それでお姫様も最初気づかなかったんじゃない?」
手摺りに凭れていたカッシアが釣られるよう見上げた。
美しい緑に光が瞬いている。
純粋に、綺麗だと思った。
「ヴィナの瞳にも星が映ってる」
そう告げると彼は、教えてもらった物語のように瞳を細めた。
「カッシアは星をどう捉える?」
「俺は……意味合いで言えば旅の導きが近いのかな」
星を用いて方角を知る。旅の多い吟遊詩人には必要なものだ。
「最近は気にして見上げるようになったよ。……まあつまり、今まで全然気にしてなかったんだけどな」
「何かきっかけがあったのかな」
言われて考える。そういえば、前に一緒に飾ったガラスも星空色だったか。
「と、とにかく。そこに存在するだけで安心感を得られるっていうのは凄いことだと思うし、星を神聖視する伝承が多いのも頷ける。
……ロマンに欠けた回答だとは自覚してるよ」
「カッシアらしい解釈で俺は好きだよ」
旅の導、祈りの欠片。星に対する想いはそれこそ千差万別だ。
その中でもカッシアの考え方は、ヴィナスにとって好ましい。
「そ、そうか。……ほら、依頼なんだからしっかり見ないとな。感想も求められてるし」
「そうだね」
柔らかい視線に何だかいたたまれなくなり、カッシアは瞳を逸らす。不思議と寒さは感じなかった。
●
しがらみから離れた、人の姿もない場所。夜の中に旋律が流れていた。
それは静かな希望に満ちた行進曲であったり、星の物語を添えた夜想曲であったり。
切なく胸が締め付けられるような調べは葬送曲のようにも思えた。
空から零れる流星群の下、黒髪の青年――ノックス・マグナはリュートを奏でていた。
その目に、耳にしたものすべてを音とし、手慰みのように弾いていく。
星の煌めき、空のグラデーション、流れる一筋の光。囁く草原、擦れる木の葉。
刹那も見逃さぬよう銀の瞳に空を映し、見えないけれど確かに存在する力の流れを感じるよう、彼は指を動かす。
どれだけ音を鳴らしただろうか。何も考えず、感じるままに奏でる彼の音楽はまだ底がない。
旋律が止めばまた別の曲が始まる。星空を観客にした気ままなだけの音楽は、しばらくの間続いていた。
静かな夜に風が木の葉を揺らす音が響く。
大樹海の中、木の枝に登ったテテリカは空を見上げていた。
時折空を跨ぐよう光が飛び、消えていく。
(鳥だ)
咄嗟にテテリカが感じたのはそれだ。遠い空には光る鳥がいるのだ。
力強く飛んでいるのか、力尽きて地に堕ちているのかは分からない。ただあれが鳥だということは知っていた。
傍らの枝が鳴る。横には白い体毛に包まれたテテリカの家族――オニフスベが同じように空を観ていた。
そっと白い体に手を置く。エーテルで繋がった彼から、薄ら意思と感情が伝わってくる。
「星は肉の体を得なかった我ら……? 変わった考えだな」
彼はいつも、学の無い自分より哲学的だ。同時に尊敬もしている。
「テテリカもオニフスベも星の末裔……いや、俺の母も祖母も大婆様も全員ゴブリンだぞ。星ではない」
難解だが、わかりやすいように伝えてくれているような気もした。
「全ては同じものから産まれた……訳が分からないな」
首を捻っていたテテリカだったが、やがて小さく口元を緩ませる。
「……ああ、そうか。俺もお前も同じものから産まれたのか。それは嬉しい」
傍らの家族からも、嬉しそうな気配が伝わった。
マスターコメント
流星群の一時、楽しんでいただけたでしょうか。
私も楽しく書くことが出来ました。皆様の夜が素敵なものでありますように。
ご参加いただきありがとうございました!
イベントシナリオ易しい 報酬:標準25 / 4〜25人
2021年03月05日 16時03分32秒 公開
大成功
参加者
相談掲示板
ノノアよ。前々からお約束してたエルゼリオさんとご一緒に行動をする予定ですわ。
エルゼリオ・レイノーラ。参加する人達は宜しくね! ノノアさんと一緒に天文台で星空を眺める予定だよ~。
キャスター、ガレシアスです。今のところ特に同行者はいませんが…故郷ヨルドに伝わる星の逸話にご興味のある方がいらっしゃいましたら、お声がけください。
コルネリウスです、よろしくお願いします。 イズさんと一緒に星見をする予定です。 皆さんにとっても、良い時間になりますように。
エルシー・サリバンだよ。ヨロシクね。 お友達とそのまたお友達と星を眺める事に成りそうだよ。 みなさまも良い夜を。
星に三回願い事言うと叶うとか聞いたコハク、どうぞよろしく(微妙に違う) 今の所独り身だからばしばし誘ってくれると嬉しい、まる
そういえば、顔出してませんでしたね。 適当に炊事場でホットワインでも作ろうかと思ってるので、欲しい人はもらいに来ていただけば。
顔出しが遅くなりましてすみません。 コルネさんとご一緒させて頂き星見の予定です。 綺麗な流星群が見えるそうで、楽しみですね。