【黒白】紫し空に竜雲の仰ぐ
弓月 蒼
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シナリオID:3486
オープニング
●紫結びし縁の先
『紫水晶』――――と言えば。貴族派でも知られる歴史ある名家である。
侯爵家と言う家格も、治安に優れ領民からの評価も高い領政も。凡そ名声と共に語られる。
その家督が長女クリスタリア・ラズベリルに継承されると発表されたのは、この年明けの事だ。
元より領民からの羨望厚き『紫の君』。古い貴族の慣習を外れた女性領主の誕生についても。
その積み重ねた信頼と実績が彼女を裏切る事は無く、概ね好評の内に領主就任は果たされた。
勿論、貴族界隈からは幾らかの苦言と酷評が投じられたが。それそのものは然程の問題ではない。
「……では、行って参ります」
「ああ、当主としての初仕事となる。くれぐれも竜公……いや、今は竜侯か。若君に失礼無き様にな」
「承知しておりますわ、お父様」
問題はむしろ――――そんな彼女を狙い撃つ様に送られて来た、竜紋を刻んだ一枚の文である。
『貴族派』に属す以上、その盟主からの呼び出しには当然、一定の強制力が伴う。
派閥に属す事で護られているだけの対価は求められて然るべきであり。
実のところ。それ以外にも、『竜』には家中が揉めていた頃に少しばかりの恩もある。
(……また随分と、興味深い事を考えたものですわね)
大型馬車の中で手紙を眺め瞳を細めるクリスタリアに、元より断る気など無かった訳だが。
●『紫政館』構想
翌早朝。『黒鋼竜』侯爵領――――『湖都』ラヴェルギア内『竜』本邸。
その最奥。大円卓には現在、計5人の各界有力者達が集められていた。
「『紫水候』クリスタリア様、ご到着為されました」
「良い、通せ」
応じて通されたのは6人目にして紅一点、『紫水晶』侯爵家当主、クリスタリア。
彼女が盛装の裾を摘み一礼し、席に着くと。入れ替わる様に声の主が席を立った。
「先ずは皆良く集まってくれた。事前配布した資料には目を通している物とする。
その上で率直に問う。これは貴族派盟主としての命ではない。本計画に異論がある者は申し出よ」
「では、及ばずながら質問させて頂きたく存じます」
手を挙げたクリスタリアに、『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトが視線で先を促せば。
頷いた『紫水侯』もまた席を立ち、机に広げられていた資料の一つを指す。
「王国民の識字率向上と学問への習熟を目的とした私塾『紫政館』。
構想は大変興味深く想います。ただ、この計画で利益を出すのは容易では無いのでは?」
「利益は一旦考慮していない。これは"先行投資"――――だ。
何より、この価格帯を超えれば庶民を取り込むという計画の骨子が乱れる」
「不躾ながら、『竜』単独の財政で抱え込むには過負債かと存じますが」
「ちょい待ち。そこは俺様ちゃんと岩爺から補足させて頂戴よ」
手を挙げたのは『渡り鳥』ジオノート・ツヴァイク。『竜』直下の三大商会第二位。
ツヴァイク武装通商協会の若き会長であり、今回の計画の主導出資者でもある。
「先ず、今回の計画はうちが30%、岩爺のとこが10%、残りを『竜』が持つ事になってる。
だから、とりあえず『竜』が今すぐどうこうなったりはしない。ねえ岩爺」
つまり、『竜』からの出資は約6割。その半分を一商会が受け持つとなれば相当の投資だ。
何せこの『紫政館』構想は、最終的に王国全域を対象とすることを目指している。
現時点ではあくまで"構想"でしかないが――――派閥間の反発含め、障害は決して少なくない。
「左様。そして儂もジオ坊も、こいつは勝ち目が有る投資じゃと見ておる訳よ。のう若殿」
「そういう事になる。ゆえ、後は貴公ら次第だ」
杯を向けられたのは、残り2人。過激派を代表して席に着く『黒槍伯』アルガス・コーニッシュ。
そして穏健派を代表する『夜鷹』の継嗣。この場で唯一利害関係に無いジーベック・ファルゲンである。
「一旦持ち帰って良いか。異論はないが、協力の範囲を今直ぐ決めるのは難しい」
「……お話は伺いました。父には報告しておきます」
落ち着いた物腰のアルガスに対し、ジーベックの側には苦慮の色が濃い。
此度彼が派遣されたのは名目上“彼個人が後学の為に話を聞く事”が目的とされそれ以上でない。
それは『夜鷹候』ジルワードの鋭い政治的嗅覚に依る物であり、現『竜』の立場の弱さを意味する。
彼は未だ、有力な貴族派貴族を無条件に従えられる様な立場には居ないのだ。
首肯するアルベイルもまたそれは承知の上。詰めるべき要項もまだまだ多い。
会議は踊るも未だ決さず。結局、構想案の要件確定はまた、後日に持ち越される事と相成った。
●『竜』の再生
正午。同『竜』本邸――――中庭。
「――――で、話ってのは。今夜は夜会なんだろ?」
「その為に、冒険者と縁深い貴公らを呼んだ」
「お前の事だ、既に決めた事を今更どうこうは言わん。が、雛鳥には酷だろう」
「ジルワードが俺の意図を読み違えるとは思えん。ならば、彼は奴の正式な名代だ」
互いに慣れた間柄の、何処か草臥れた様な空気に小さく嘆息を溢す。
これが本題ではない事は分かっているのだ。是非を問わず、『紫政館』構想は実行に移される。
ではこの待機時間は何の為に発生したのか。答えは実に面倒な昨今の貴族社会事情に帰結する。
「……継嗣か」
「そうだな」
『集権派』の台頭に伴い、王国貴族社会は現在誰が敵で誰が味方か誰にも分からない状態だ。
慣習に則れば貴族派盟主は貴族派の貴族令嬢と婚姻を結ぶ物だが、現在『竜』はその全て。
貴族からの縁談一切を保留している。それは過激派貴族である『黒槍伯』も同様である。
「誰が鞍替えするか、少なくとも此処から一年は目処が付かないな」
「先の『乱』の決着で一定評価は得た。今動くならばある程度反発も抑えられよう。
が、『貴族派』が落ち目だと言う見方は変わらん」
内に獅子身中の虫を抱え込めるだけの余裕は最早どの家にも無い。
中央集権化に何処かで歯止めでも掛からない限り、生き残りを掛けた椅子取り遊戯は続くのだ。
「にした所で、なら候補を冒険者から。てのは如何な物か」
「赤き血と青き血は交わるべからず。貴公ならばそう言うのだろうな」
「民に過度な責任を負わせるべきではない。それは貴族が負うべきものだ」
平行線だ。互いの価値観が異なるのだから仕方がない。それでも、忌憚の無い率直な意見である。
古典的とは言え、貴族間の常識に則ればアルガスの言い分の方が正しい。
しかし。国の義務と責任を貴族が負う社会とは、権利の独占と表裏一体である。
いずれ打倒せねばならない慣習なら、その端緒が自分でも構わないとアルベイルは考える。
勿論。一人でどうこう出来る話ではない以上。それを望む者が居るならば……では、あるが。
「貴公の言い分は正しい。だが――――」
「聞かなかった事にする。但し、お前を他貴族がどう評するかは、くれぐれも忘れない事だ」
次代を担う若き領主らの懊悩は深く。けれど時代は既に、確実に、移り変わりつつある。
『黒鋼竜』アルベイルは文字通り。その極北に在る人間だ。十年、二十年、五十年を見越しても。
彼が何を為し何を遂げたかを語ることすら難しいだろう。ただ、一つ確実な事があるとすれば。
今『王国』に在り。権威堕ちたるとされる『竜』は、此処より今一度茨道を往くという事。
保守か、革新か。国家の趨勢と未来を占う『黒鋼竜』の夜会が――――今宵、静かに幕を開ける。
『紫水晶』――――と言えば。貴族派でも知られる歴史ある名家である。
侯爵家と言う家格も、治安に優れ領民からの評価も高い領政も。凡そ名声と共に語られる。
その家督が長女クリスタリア・ラズベリルに継承されると発表されたのは、この年明けの事だ。
元より領民からの羨望厚き『紫の君』。古い貴族の慣習を外れた女性領主の誕生についても。
その積み重ねた信頼と実績が彼女を裏切る事は無く、概ね好評の内に領主就任は果たされた。
勿論、貴族界隈からは幾らかの苦言と酷評が投じられたが。それそのものは然程の問題ではない。
「……では、行って参ります」
「ああ、当主としての初仕事となる。くれぐれも竜公……いや、今は竜侯か。若君に失礼無き様にな」
「承知しておりますわ、お父様」
問題はむしろ――――そんな彼女を狙い撃つ様に送られて来た、竜紋を刻んだ一枚の文である。
『貴族派』に属す以上、その盟主からの呼び出しには当然、一定の強制力が伴う。
派閥に属す事で護られているだけの対価は求められて然るべきであり。
実のところ。それ以外にも、『竜』には家中が揉めていた頃に少しばかりの恩もある。
(……また随分と、興味深い事を考えたものですわね)
大型馬車の中で手紙を眺め瞳を細めるクリスタリアに、元より断る気など無かった訳だが。
●『紫政館』構想
翌早朝。『黒鋼竜』侯爵領――――『湖都』ラヴェルギア内『竜』本邸。
その最奥。大円卓には現在、計5人の各界有力者達が集められていた。
「『紫水候』クリスタリア様、ご到着為されました」
「良い、通せ」
応じて通されたのは6人目にして紅一点、『紫水晶』侯爵家当主、クリスタリア。
彼女が盛装の裾を摘み一礼し、席に着くと。入れ替わる様に声の主が席を立った。
「先ずは皆良く集まってくれた。事前配布した資料には目を通している物とする。
その上で率直に問う。これは貴族派盟主としての命ではない。本計画に異論がある者は申し出よ」
「では、及ばずながら質問させて頂きたく存じます」
手を挙げたクリスタリアに、『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトが視線で先を促せば。
頷いた『紫水侯』もまた席を立ち、机に広げられていた資料の一つを指す。
「王国民の識字率向上と学問への習熟を目的とした私塾『紫政館』。
構想は大変興味深く想います。ただ、この計画で利益を出すのは容易では無いのでは?」
「利益は一旦考慮していない。これは"先行投資"――――だ。
何より、この価格帯を超えれば庶民を取り込むという計画の骨子が乱れる」
「不躾ながら、『竜』単独の財政で抱え込むには過負債かと存じますが」
「ちょい待ち。そこは俺様ちゃんと岩爺から補足させて頂戴よ」
手を挙げたのは『渡り鳥』ジオノート・ツヴァイク。『竜』直下の三大商会第二位。
ツヴァイク武装通商協会の若き会長であり、今回の計画の主導出資者でもある。
「先ず、今回の計画はうちが30%、岩爺のとこが10%、残りを『竜』が持つ事になってる。
だから、とりあえず『竜』が今すぐどうこうなったりはしない。ねえ岩爺」
つまり、『竜』からの出資は約6割。その半分を一商会が受け持つとなれば相当の投資だ。
何せこの『紫政館』構想は、最終的に王国全域を対象とすることを目指している。
現時点ではあくまで"構想"でしかないが――――派閥間の反発含め、障害は決して少なくない。
「左様。そして儂もジオ坊も、こいつは勝ち目が有る投資じゃと見ておる訳よ。のう若殿」
「そういう事になる。ゆえ、後は貴公ら次第だ」
杯を向けられたのは、残り2人。過激派を代表して席に着く『黒槍伯』アルガス・コーニッシュ。
そして穏健派を代表する『夜鷹』の継嗣。この場で唯一利害関係に無いジーベック・ファルゲンである。
「一旦持ち帰って良いか。異論はないが、協力の範囲を今直ぐ決めるのは難しい」
「……お話は伺いました。父には報告しておきます」
落ち着いた物腰のアルガスに対し、ジーベックの側には苦慮の色が濃い。
此度彼が派遣されたのは名目上“彼個人が後学の為に話を聞く事”が目的とされそれ以上でない。
それは『夜鷹候』ジルワードの鋭い政治的嗅覚に依る物であり、現『竜』の立場の弱さを意味する。
彼は未だ、有力な貴族派貴族を無条件に従えられる様な立場には居ないのだ。
首肯するアルベイルもまたそれは承知の上。詰めるべき要項もまだまだ多い。
会議は踊るも未だ決さず。結局、構想案の要件確定はまた、後日に持ち越される事と相成った。
●『竜』の再生
正午。同『竜』本邸――――中庭。
「――――で、話ってのは。今夜は夜会なんだろ?」
「その為に、冒険者と縁深い貴公らを呼んだ」
「お前の事だ、既に決めた事を今更どうこうは言わん。が、雛鳥には酷だろう」
「ジルワードが俺の意図を読み違えるとは思えん。ならば、彼は奴の正式な名代だ」
互いに慣れた間柄の、何処か草臥れた様な空気に小さく嘆息を溢す。
これが本題ではない事は分かっているのだ。是非を問わず、『紫政館』構想は実行に移される。
ではこの待機時間は何の為に発生したのか。答えは実に面倒な昨今の貴族社会事情に帰結する。
「……継嗣か」
「そうだな」
『集権派』の台頭に伴い、王国貴族社会は現在誰が敵で誰が味方か誰にも分からない状態だ。
慣習に則れば貴族派盟主は貴族派の貴族令嬢と婚姻を結ぶ物だが、現在『竜』はその全て。
貴族からの縁談一切を保留している。それは過激派貴族である『黒槍伯』も同様である。
「誰が鞍替えするか、少なくとも此処から一年は目処が付かないな」
「先の『乱』の決着で一定評価は得た。今動くならばある程度反発も抑えられよう。
が、『貴族派』が落ち目だと言う見方は変わらん」
内に獅子身中の虫を抱え込めるだけの余裕は最早どの家にも無い。
中央集権化に何処かで歯止めでも掛からない限り、生き残りを掛けた椅子取り遊戯は続くのだ。
「にした所で、なら候補を冒険者から。てのは如何な物か」
「赤き血と青き血は交わるべからず。貴公ならばそう言うのだろうな」
「民に過度な責任を負わせるべきではない。それは貴族が負うべきものだ」
平行線だ。互いの価値観が異なるのだから仕方がない。それでも、忌憚の無い率直な意見である。
古典的とは言え、貴族間の常識に則ればアルガスの言い分の方が正しい。
しかし。国の義務と責任を貴族が負う社会とは、権利の独占と表裏一体である。
いずれ打倒せねばならない慣習なら、その端緒が自分でも構わないとアルベイルは考える。
勿論。一人でどうこう出来る話ではない以上。それを望む者が居るならば……では、あるが。
「貴公の言い分は正しい。だが――――」
「聞かなかった事にする。但し、お前を他貴族がどう評するかは、くれぐれも忘れない事だ」
次代を担う若き領主らの懊悩は深く。けれど時代は既に、確実に、移り変わりつつある。
『黒鋼竜』アルベイルは文字通り。その極北に在る人間だ。十年、二十年、五十年を見越しても。
彼が何を為し何を遂げたかを語ることすら難しいだろう。ただ、一つ確実な事があるとすれば。
今『王国』に在り。権威堕ちたるとされる『竜』は、此処より今一度茨道を往くという事。
保守か、革新か。国家の趨勢と未来を占う『黒鋼竜』の夜会が――――今宵、静かに幕を開ける。
解説
歴史の分岐路。黒き鋼の竜は今、此処からの未来の在り方を問う。
●成功条件
『竜』の夜会が恙無く終幕する。
●失敗条件
『竜』の夜会が恙無く終幕しない。
(流血沙汰を超える荒事は、失敗条件に抵触する物とする)
●『竜』の夜会
冒険者との交流と、その功績を評して開かれる『冒険者主体』の夜会。
本来"元公爵家"の基準を求められる同催しへの参加は、極めて高水準の礼儀作法を必要とする。
が、今回に関しては例外的に度外視される。しかしドレスコードは不動。
概ね立食、談話、舞踏で構成され、それぞれある程度時間が区切られているが、時計はない。
合図は『竜』お抱えの楽団の曲調の変化によって為されるなど、夜会特有のルールが存在する。
尚、非公式の物である為、今回の為に集められた要人達以外の貴族は参加しない。
●『竜』への臣従
騎士、文官、商人を若干名募集。
功績:決戦功績の勲章を一律金を6、銀を3、銅を1と換算。
【黒白】と記された依頼でのMVPは功績3として加点される。
なお、あくまで"応募"条件の為、審査有り。
竜附護衛士 >> 応募条件:功績10以上
黒鋼騎士 >> 応募条件:功績9以上 + Lv40以上
従騎士 >> 応募条件:功績7以上 + Lv30以上
文官 >> 応募条件:功績5以上 + 政治知識Lv5以上 + 資料検索 or 文芸Lv5以上
商人 >> 応募条件:功績5以上 + 商業知識Lv6以上 + 交渉 or 話術Lv6以上
【特記事項】
・過去内定が出ている者は上記条件除外。
・称号『討竜功』を有する者は、別途1つだけ『竜』に独自要求を投げる事が許される。
《内容は問わないが、実現するかは成否判定を伴う》
●『紫政館』構想
王国民の識字率向上と学問への習熟を目的とした私塾『紫政館』の経営構想。
主に基礎教養、政治、世界情勢についての講義を庶民が多少の負担で通える程度の安価で行う。
現在は『黒鋼竜』を筆頭に『紫水晶』、『黒槍』と言った縁のある貴族家が協賛。
自領内への設営協力を行う方針。尚、経営が上手く行った場合の協力者も適宜募集中。
●注意事項
・功績勲章は要装備。未装備だと自称扱いとなります。
・内定済かつ就職希望者は、必ず就職希望を表明して下さい。
・交流することが出来るNPCはOP内で”場に居る"とされている相手に限ります。
・『紫政館』構想への協力表明は、貴族家当主かそれに準ずる者(要公認設定)だけが実行可能です。
マスターより
100度目まして。何時もお世話になっております。弓月 蒼と申します。
エピローグ期間突入!という事で、これよりは皆様の未来の水先案内人を務めさせて頂きます。
祝100運営のお祝いに、『王国』の未来への布石をお送り致します。
貴族派特有の”閉じた"催し物ではありますが、施策への協力は派閥を問うものではありません。
今回に限り礼儀作法も度外視されますので、貴族社会未経験の方もどうぞお気軽にご参加下さい。
【『黒鋼竜』への臣従を希望することが可能なシナリオです。
プレイングにおいて【業種 + 臣従希望】あるいはそのように理解できる文言が記載されており、
合否判定を突破した場合、正式叙任を意味する称号を付与いたします】
リプレイ
●奇貨繚乱
「紫水姉様」
『紫水侯』クリスタリア・ラズベリルを指して、そう呼ぶ淑女は数多い。
『学園』ではそう慕われる数だけの結果を彼女は示して来た。戦果、と言い換えても良いだろう。
けれどこの場に於いて。それは唯一、彼女だけに許された特権だ。
「アウレーリア、どうしました?」
『ネーベルベルク伯爵』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクには疑問があった。
此度の構想。銘に打たれた“紫”の一字。そしてその基本骨子には心当たりが有り過ぎた。
「そう言えば。帝都奪還、おめでとうございます。これで家門の復興も成りそうですね」
「ご無沙汰しております。それで、此度の“紫政館”なるものなのですが……」
義妹の言及に。クリスタリアの微笑が“変わった”事がアウレーリアには分かった。
疑念は元からあったのだ。だからこそ、その変化には怪訝よりも納得の方が勝った。
「何処までが、紫水姉様の引いた絵図ですか?」
「少し情報を提供しただけですよ? まあ……表層部分の半分ほど、でしょうか」
し、っと。口元に人差し指を当て片目を閉じたクリスタリアの姿に。
彼女が此度の会合に“当然の様に最後にやって来た”とされる理由が漸く分かった。
利権を競う際には先手を打った方が優位。彼女の手腕なら最初に席に座っていておかしくない筈。
けれどそう。それよりずっと前に手を打っていたなら話はまるで変わって来る。
「何時から、とお聞きしても」
「先代がお隠れになる前に」
『紫の君』は自家の家臣育成で手一杯。だが“実例と手法”は燻ぶらせるには惜しい。
『黒の後継』には野望と求心力がある。だが“具体的成果”はこれから積み上げる必要があった。
両者の利害は一致し、仕込んだ種は無事芽吹いた。
「ねえ紫水姉様。1つ、アウレーリアからお願い事があるのですが」
お優しい姉様のこと。可愛い義妹分の頼みごとくらい、快く聞き届けてくれるに違いない。
■
「――――これは」
衣装室に用意されていたのは文字通り、色とりどりの盛装である。
『黒槍の従者』Alexandra・Hexe・Claudiaの体躯にぴったりと合う物すら網羅してある。
問題は、Alexandra自身が服飾規定なる物についてあまり精通していないという事だ。
「む……むむ……」
幸い。冒険者として長いAlexandraには貯えがある。腕の良い針子も控えていると聞く。
気に入った一着を買い卸す事など造作も無いが何が良く、何が悪いのかは皆目見当が付かない。
「あの……少しお聞きしても」
それ故。助言を求めて声を掛けたのは彼女なりの成長の証と言えようか。
偶々目線が惹かれた、大人っぽい深緑の盛装を着こなす令嬢の後ろ姿。
「? あ、はい。何でしょうか……あれ、クラウディアさん?」
「え、あ……リサさん」
『討竜功』リサ・ベイカーとの『学園』外での思いもよらない会合。その偶然を面白がるように。
右手首に複雑怪奇に結ばれた銀のチェーンが、小さくシャランと音を響かせた。
一方――――夜会の会場である大会議室では。
「これはアルガス卿。幾久しく、ご健勝なようで何より」
『蒼玉の麗人』シルヴィア・A・カペルが丁寧に腰布を摘まんで一礼を演じると。
声を掛けられた側。暗紺の略礼服に身を包んだ男は、酒杯を掲げ苦笑いを返す。
「『蒼玉』の姫に名指しで呼ばれるとは面映い事だ。『学園』では為すべきを成したらしいな。
俺の方はいつ家を継いだと聞こえるか、未だ楽しみにしているんだが」
「これは手厳しいな。今後も好敵手として宜しく頼みたい物なのだけれど」
「それも含めて、な。お互い良い夜を」
かん、と酒杯が打ち合わされる。それは馴染み同士の気慣れたやりとりではあったが。
同時に、お互い家を背負っての振る舞いでもある。
シルヴィアと『黒槍伯』アルガス・コーニッシュの縁は、少なくともそこらの貴族よりずっと深い。
しかし社交界に於ける交流、特に貴族と貴族のそれは“無礼講”と在っても、尚。
家の在りよう。派閥での立場。自らの立ち位置を示す物。という点で例外足り得ない。
それでも。精一杯友情を示すことが、無意味であるとはシルヴィアは思わない。
「『紫水侯』様、御到着です」
『竜』の家令の声に視線を向ければ。其方には『紫水晶の婚約者』海神 江流に先導された紫水の姫。
クリスタリア・ラズベリルが会場に足を踏み入れた所だった。
かつては平民でしかなかった江流も、様々な紆余曲折の結果リヴァマス伯爵家へ養子入りした事により。
“伯爵家の継嗣”と言う立場を得た今、周囲からも立派な貴族の一員として見られる。
今、江流はその総身で以て『貴族』という立場がどういう物なのか、余す所無く教えられていた。
(なるほど……これは値踏みされるのがどう、何て言ってはいられないな)
方々から視線を感じる。さり気なくも、けれど確実に測られて、いる。
『竜』の私的な夜会ですら“こう”だ。いざ貴族の社交界に出るとなれば比ではあるまい。
けれどそれは同時に。
「誕生日のお祝いが遅れてしまってごめん。
いろいろ考えて、自分で飾りを彫っていたら見事に遅れてしまってね」
「もう……江流様。私はどんな贈り物よりも貴方のその御気持ちが、一番嬉しいのですよ?」
向けた視線に微笑みが応じる。今宵もまた紫水晶の姫君は鮮やかに。艶やかに夜会の花と咲く。
けれどもうその眼差しに気後れする必要はない。対等の立場で、対等の視線を受けて並ぶ事が出来る。
彼にもようやく自分が彼女の隣に立つに相応しいと。そう想えるだけの準備が整ったのだから。
■
『竜』本邸中庭――――中央庭園。
夜会の会場として設えられた大会議室とは異なって。楽団の旋律も遠い静かな夜。
若草色の盛装で着飾った『黒鋼竜附護衛士』ゲルダ・クラインが視線を上げる。
対面凡そ十歩。『竜』に合わせ純黒の略礼服に身を包む『竜の半身』ナハティガル=ラーが佇んでいた。
「……お呼びしてごめんなさい。でも、今話しておくべきだと思ったので」
「ああ。ゲルダは、もう決めたんだな」
「はい」
言葉はそれほど必要無い。互いに、言うべきことは決まっていた。
情はあれ。所以もあれ。ゲルダ自身で決めた。だからと言って彼の迷いを否定する気はない。
「天意を夢で終わらせない為に。流れる血を僅かでも少なくする為に……俺は」
「良いのではないでしょうか」
さらっと返った答えに。思わず瞬いたのはナハティガルの側だ。
ゲルダは、彼女はこの『王国』の唯人優遇に異を唱える立場の筈。
本来、ナハティガルがすべきとした“忠言”とは対立して然るべきだ。
けれど……それは正しく。それでいて、間違ってもいた。
「良い、のか?」
「これから多くの痛みが伴う覚悟は、もう出来ています」
これもその一つ。避けては通れない事。
誰かが諫言すべき事であるなら、それはナハティガルの役割だとも思う。
「……強いな、ゲルダは」
「強くはないですよ。ただ。わたしが狭くしてはいけないと思うんです」
「狭く?」
「諦観は世界を狭くします。仕方ないが降り積もって、常識という壁で視界を括ってしまう」
それはきっと。彼の理想と最も遠い物の見方だ。
個人と数えられる世界を創りたいなら、誰もを孤独にしてはいけない。
「それで、全てが台無しになったとしてもか」
「だとしても」
ゲルダは決して人を妄信しない。彼女は良くも悪くも常に人を測る。
そんな彼女が見込んだ以上は相応の理由がある。不敬を恐れず表現するならば、それは批評に近い。
「わたしが忠を誓いたいと思った方は、決して情だけで物事を選択しないひとだから」
故に揺るがない。彼女が評するはあくまでその行動。積み重ねの総算であるからだ。
●それぞれの誓い
――――『商人』ヴィナスは、自分をあくまで冒険者ではなく“商人”だと定義している。
ローレラウラでも歴史あるアーダベルト商会に属する彼は、如何なる物をも商いとする。
此度に於いては、『紫水侯』の右を陣取る江流に関する外商が彼の役割であり。
その目利きはつい先日まで“平民”であった彼を、『竜』の夜会に溶け込ませる事に成功していた。
その上で、ここから先問題があるとすれば。
(『竜』の御用商会……か)
これから既知の相手であるシルヴィアに商談を持ち掛ける。これは江流の為でもあるが。
同時にこの先の、自らの利益の為でもある。問題はこの場に出席している他の商人の目だ。
此処は“商売敵”の陣中。敵地で堂々と商売すれば、商人としての力を示す演出には十分だろう。
だが、それは同時に挑発と受け取られても不思議はない。商人はとかく縄張りを重要視する。
(……あまり、時間に余裕は無いな)
一つ呼吸を置いて動き出す。自然に、日常会話の延長線上であるように、だ。
「忙しいのかい、随分疲れているようだ」
良ければ、とシルヴィアへ差し出したのは商会で取り扱う混成茶葉“明日への行進”。
彼女には見るからに疲労の色が見て取れた。此処までは、個人としての気遣いの範疇。
「アーダベルト様、細やかな気遣いありがとうございます。
そう言えば先日頂いた誕生日祝いには絞り染めが使われていましたね、シャルガネの商会とご縁が?」
「勿論ございます。亡き母の代から各地で職人の交換留学をしておりますので」
けれど此処からは『商人』としての、“仕事”の時間だ。
既に話の内容は逐一周囲に聞かれていると考えて良い。であればこそ、卒なく。素早く。速やかに。
でなければ横から商談を掻っ攫われる。敵地でする商売とは、いつだってそう言う物だ。
「ジュストジュスト、何やら面白そうなことをしている」
(あれは、海神殿の所の……かな。また危ない橋を渡ろうとする)
略礼服の袖を引っ張られた『討竜功』ジュスト・ヴェルジーが物も言わず瞳を細めるも。
彼に先導される『紳商』ローザリカ・L・ディオールは興味津々の眼差しを向けていた。
「先ず主催者にご挨拶。三大商会の人達と顔合わせしたいんじゃなかったかな?」
「それはそうだけれど……あ、こら手を引っ張るんじゃない! 僕の方がお姉さんなのに……!」
何と無しに未練を帯びた視線を向けながらも、連れて行かれるローザリカ。
そんな一部始終を見ていた『気高き白』コルネリウス・アーラは、壁際で小さく息を吐く。
彼女は夜会の開場前、誰より早く頼み事をした。それは無事叶えられ、今は時を待つばかり。
震える指先を見て、僅かに笑みが滲む。どんな死地に在ってもここまで緊張した記憶は、遂に無い。
恐くはない。と言えば……嘘になる。けれど今しかないとも思う。
ここで一歩踏み出せなければ。もう踏み出すことなんて、出来ないとすら思うから。
■
「領主就任、おめでとうございます。リオネス様はお元気でしょうか?」
「祝辞の御言葉有難く存じます。リオも本当は来たがっていたのですが……御手紙、確かに手渡しますね」
『夜に咲く白月』レティシア・レインフィールから渡された手紙を大切そうに仕舞うクリスタリア。
恐らく次は手紙を“差し出す”側になろう事は想像に難くないものの。これはこれで得難い縁でもある。
彼女の幼馴染の世界は、冒険者たちとの出会いと、リオネス自身の成長によって大きく広がった。
没落し、“貴族でなくなった”事が枷でしかなかった時代を乗り越えて、今に至った以上は。
以前であれば過去の創を抉る対象でしかなかった貴族令嬢の友とも。また異なる絆を育めるに違いない。
そうしてそんな、稀有なる縁と言えばもう一つ。
「……これ、は?」
ジュストに差し出されたそれは、大陸でもそうは見られない青味の強い翠、と言う独特な色彩の花。
数年毎にしか咲かないその花は、けれど「身軽」「個性的」と言ったあまり贈呈にそぐわない意味を持つ。
「……貴方が侯爵家を継ぐと、聞いたから」
ジーベックが差し出した翡翠蘭。品としては何とも言えない選択ながら。
人が誰かに花を贈る時には、其処には何らかの想いが込められている。それを見誤るほど子供ではない。
「要らないなら、捨ててくれても構わないし」
確かに。『学園』では何かにつけ、事あるごとに構いには行っていたけれど。
感謝される様な何かをした憶えはない。けれど積み重なる物は。きっと彼の何かを変えたのだろう。
「いえ、ありがとうございます……卿にも共に歩みたいと願う存在が、一日でも早く現れますように」
「ふん、余計なお世話だよ。次は社交界で」
「ええ。次はいずれ、同じ立場で」
隠そうとして、隠しきれない喜色をローザリカにここぞとばかりに指摘され。
慌てたように表情を隠しながらも。その一輪花を抱くジュストは思わずと笑いを滲ませる。
「ご無沙汰しております。本日はお招きいただきありがとうございます」
「素直に。見違えた、と言わせて貰おう。それと……覚悟は良いか、とな」
他方。主催者として席に座し、皮肉気に口元を歪めてみせたのは『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクト。
その言に、けれどリサは笑って応じる。そう、商人は勝利を確信するから笑うのではない。
あくまで“勝ちを引き寄せる為に”笑うのだと。リサは漸く、その本質へと至りつつあった。
「『同盟』だからこそ出来るお手伝いもあると思いますし、『王家』の眼もありますから」
貴族と『王国』商人だけで固まれば、中立性に疑問を抱かれる。
その視点は正に慧眼。同じ点に悩んでいたアルベイルにとって彼女の提案は渡りに船と言えた。
しかしそれ故に、彼は敢えて偽悪的に問い。そしてリサは真っ向からこう応じる。
「シズルさんから買った商材の代金や、アルガス様からの「借り」とかも返さなければですし?
改めまして今回の『紫政館』構想。『ベイカー商会』も関わらせて下さい」
「卿を在野に据え置いたエスト・ポーラの中枢は、まるで見る目がないな」
瞳を伏せて、満足そうに首肯する。それは彼をして最大限の賞賛と評して構わないだろう。
リサの申し出は文字通りこれが好機とばかりに受け入れられ、その名は計画書の二枚目。
即ち、初期の立ち上げ陣営を除く者の内で最上位に記された。
■
「卿らに紹介しよう。当家は此度、一人の騎士を迎え入れる事となった」
華やかな夜会の最中。その声は大会議室の台上より発せられた。
彼女の名と業績に付随する名声とは。そういった形で公表するだけの価値がある物だからだ。
「ゲルダ・クライン」
「はい」
「貴公が己が主に求める所を述べよ」
それは誓約であり、聖約である。しんと静まり返った舞台上で、一組の主従の声だけが響く。
「わたしは、この国を『だれもが"ひとり"と数えられる』国にしたい。
庶民も、貴族も。皆同じように自分の足で歩いていける国。それには、多くの痛みが伴うでしょう」
「そうだな」
「アルベイル様。それでも尚、この国の根幹を変える為。茨路を御進み下さい」
息を呑む様な静謐の中。本来、自らの主への有り得べからざる言葉に『竜』は薄く笑った。
「了承した。その途上で貴公は何を為す」
「その道を往くお手伝いを。あらゆる痛みも、苦しみも、わたしは厭いません」
それは彼女が自ら決めた。彼女の生き方。
「宜しい。貴公の『黒鋼竜附護衛士』叙任を認める」
――――一方、そんな最中会議室の外。
「それで、ベイカーの令嬢の助言を受けて2つまでは絞り込んだと言う訳か」
「……はい。それで、その。アルガスさんに選んで頂けたら……と」
青と白。2つの盛装を並べて困惑気味に問うAlexandraに。
入り口裏までやって来た『黒槍伯』は理解の色と共に、眉間に手を当て一拍置いた。
「そういった部分も、学ばせていかないとな」
「え、それは――――どう、いう」
「理解はしているのだろう? けれど方策が分からない。ならばそれは俺の責だ」
剣は鞘に収まっていてこそ、とは誰が言ったか。
Alexandraには自分が抜身の剣である自覚がある。規範、礼法、伝統、知識、技巧、多くが足りない。
彼の。彼女の主に相応しい自分にならなければ。その焦燥は早くから感じていた事。
「俺は領主を継ぎ当主となった。今不足が有ろうとその様に振る舞わなければならない。
それはアレキサンドラ。お前と何も変わらない」
けれどアルガスはそれに首を振る。その血は青く、貴きが故に。
学び、歩む意思を損なわない限り。道は揺るがず其処に在り続けるのだから。
「お前に足りない物がある様に、俺には力がない。であれば互いの不足を補えば良いだけの話だ」
「……はい、我が君」
困難は元より覚悟の上。それでも、彼女はこの人をと見込んだのだ。
同じ道先を臨む為の不足ならば、乗り越えて見せようと誓う。その差し出された手に手を重ね。
「それと。強いて言えば、青の方が元々色の白いお前に似合うだろうな」
「――――!!」
趣味嗜好ではなく似合う、と評され体躯が跳ねたAlexandraは。
その、あたかも妖精めいた飾り紐が腰に結ばれた盛装を大切そうに抱き寄せた。
●未来へ臨む分水嶺
夜会を彩る楽曲は色を変え、かくして第二幕。舞踏会は花開く。
「本当は、伝えたい事も。話したい事も沢山あるんだ。今度、聞いてくれるかい?」
「江流様が私に、聞いて欲しいと思って頂ける事なら幾らでも、喜んで」
華やぐように微笑んだクリスタリアが、差し出された江流の手に自らの手を載せる。
2人の舞踊は一際洗練された物で、正しく舞台の主役であるかの如く花の在る物だったが。
舞踏と言う貴族令嬢の本領とも言うべき場面で、『紫水』の姫の拍子に付いていく為に。
一体どれほどの修練を積み上げたろう。その努力は、今こそその結実を遂げていた。
とは言え此度の舞踏会は競技舞踊のそれとは異なる。採点者も無ければ評価もこの場限りのもの。
より直接的な競争が起きる余地はない。例えばそう――――水面下で起きていた“もう一つの戦い”の様な。
「今取り組んでいるのは、高級既製服プレタポルテと庶民でも手が出しやすいコンフェクション。
型紙を共通することでコストを抑え、素材や染め、装飾の違いなどで後から区別をつける」
「量産路線で生産数を稼ぎつつ価格帯を分けて客層の裾野を広げようって算段だねい?」
「そう、そうなんです。いくら学や作法を身に着けても、そぐわぬ姿で門前払い。
『王国』では珍しくもない光景だ。けれど先立つものが無ければ、衣類は整えられない」
「面白い発想だと思うよう。ただそうだねえ、販路は十分足りているかい?」
ローザリカが熱弁を振るう相手は、『竜商』ロックベルト。その呑み込みの早さには呆れるばかり。
事実、間髪入れず戻った問は、新興の“オーブ商会”。引いてはディオールの穴を的確に突いていた。
「……それは」
「ほっほ、宜しい。若き商才は伸ばさねばな。この爺が少し助言をして進ぜよう」
逆に。『竜商』はその商業基盤が“死の商人”であるが故に『王国』内に広く販路を持っている。
其処から得られる知見は、或いはローザリカの商売にとって光明となるかもしれなかった。
「そうですね。大森林の琥珀、花領の薔薇の立ち上げの際に提案したワイン染めも含め。
例えば職人や商人の交換留学の提案などはいかがでしょうか」
「大森林と花の領地の合作ワインの普及……ひいては二国間の文化交流と商業発展にも繋がりますね。
交換留学と言うのは妙案かもしれません」
「おや、二国間貿易とは中々面白い話をしていますね。
ですがご存知でしょうか。『王国』と大森林の交換留学となればこれは王家の許可を擁する案件だと」
他方、穏やかに商談を続けるヴィナスとシルヴィア。その商談に割り込んだのは面識の然程無い相手。
外見年齢だけなら10代、少年と言っても違和の無い青髪童顔の青年だった。
「勿論存じております。ですが人事の責任者としても非常に興味深い話。
出来ればまた後日詳細を詰めて話し合わせて頂ければ――――」
「小耳に挟みましたが、アーダベルトと言えば『同盟』の名商会。
譜代の商業実績は同都市国家に属する物。『王国』を交えた外交貿易に見合うかは難しい所ですよね」
例え“特定貴族領内”だけの話であるにせよ『王国』と『大森林』の国交は薄い。
其処に来て、交換留学となった場合。何か衝突が起きた際、必然外交問題となる。
「宜しければ、お名前を伺っても」
「これは申し遅れました。私、『ツヴァイク武装通商協会』のジオノートと申します。
『王国』内の外交貿易関係の手続きであれば、ご相談に乗れるかと思いますよ。どうぞお見知り置きを」
旧友の商談を見掛け声を掛けようかと一考した江流も。
或いは商談の詰め方を考えていたシルヴィアも、これは今踏み込むべきでないと判断して言葉を噤む。
友人との交流も大切ではあれ。商売を本業とするのはヴィナスのみである以上2人には先行きが読めない。
商売とは公開と秘匿を駆使する戦いである。情報は商人にとって矛であると同時、盾でもあるのだから。
■
本来であれば。主催者である以上は舞踊の一つも披露すべきだろう。
けれど今回の夜会に関して言えば、アルベイルはその役割を半ば放棄する心算でいた。
「『集権派』は玉石混淆、王国の財政は磐石とは言い難い。ですから、私がやると決めました。
“腐敗貴族”の庇護を続ければ貴家も無用な対立を抱え込む事になるかと」
「道理だな。だが、軽々に了承はし兼ねる」
ジュストの言は概ね正しい。が、『集権派』と『貴族派』が対立派閥であると言う一点が大きな壁となる。
何せ本質的に、『貴族派』の弱体化は『集権派』に利するのだ。
「当家は、『紫政館』構想へ協力を表明します」
「……ディオール伯爵令嬢。貴公も同意見か」
「! それは――――……」
元より。ローザリカの本分は商売の側に在り、彼女は余り政争に向く気質ではない。
取り繕う事は上手くなっても、その余裕はあくまで仮面に過ぎないと自覚している。
けれど同時に、彼女は一つだけ決めている事がある。
「彼なら必ずや『竜』侯の御期待に沿う物と……僕は、そう確信しています」
それは彼がもしも彼女を頼るならば。決して、その期待は裏切らないと言う事だ。
「……であればジュスト・ヴェルジー。貴公の前途に応じ俺も譲歩を約束しよう」
「! ……それは、つまり」
「“貴公が王政の腐敗を糾し続ける限りに於いて”、その正義を俺は静観しよう」
それは彼が何より得たかった言質に違いない。『竜』の証言には責任が生じる。
何より。その約定こそは2人分の覚悟で以てこそ、勝ち取れた物であるからだ。
「――――お優しい事」
で、あればこそ。声は2人が御前を退いた直後に響く。赤い盛装の長裾を摘まんで一礼。
けれど、先じて声を掛けた非礼を詫びることは無いままに。
「『紫水候』から話は聞いている。貴公には、個別に時間を取ると伝えた筈だ」
「その甘さで本当にその野心、叶えられるのでしょうか」
「ふむ。アウレーリア、貴公は俺の行いを野心と量るか」
「市民教育の果ては特権階級衰亡、いずれ貴き血は並べて過去の骸と成りましょう?」
じっと見つめるアウレーリアは、彼女なりにその血塗られた道の先を考える。
支配が勝れば弾圧が。権利が勝れば暴動が。自由が勝れば混沌が。学び、の先には崩壊が見える。
『改革』を称するにはあまりに危険過ぎる道程。それは彼女の構想を大きく歪めたもの。
けれどそれは、本当にそれで終わりか。
「だとすれば?」
「『紫政館』構想は“知恵の実を撒く”規範実験だとしたら。
『学園』から広げて一国へ。“その先”があるとしたなら……それは、始原の火となり得る」
「大陸全土に火を点けるとなれば、大罪は免れんな」
制度も国家も永遠ではなく、けれどそれが壊れ燃え上がる刹那に嘘偽りはない。
「――――覚悟を問うているのです。もし、貴方が全ての罪を厭わないのであれば。
私は求めます。五十年、百年掛かるとも革命を成し遂げるまで進む意志を」
「この身は元より『竜』。臨む物など、天を於いて他に無い」
「ならば貴方が天を呑まんとする限り。私はこの身も家も忠誠も、悉く提供致しましょう」
百年の計。故郷を亡くした煉獄の旅路の果て、彼女は漸く自身が為すべき事を見出したのだ。
■
舞踏会を他所に夜会へ舞い戻った『黒槍伯』。だが此方は此方でまた異なる難事に直面していた。
「銀月の君から話、となるとあれの……要するに、義兄の事だな」
アルガスの指摘に、レティシアの言葉が止まっていた。腹芸が苦手な令嬢である。
けれど今日のレティシアは何時もとは一味違った。彼女とて確りと覚悟を固めて来たのだ。
「その……後日、領地を訪問させて頂きたいのです。先代黒槍伯様も交えて、お話出来れば……と」
「ああ……そうなったか。なるほど、また頭の痛くなる話だな」
「それは、薄々分かってはいますが! 私も待つだけではなく乗り越えるべき事ですから!!」
拳を握って力説するレティシアの仕草に、止むを得ないとばかりにアルガスが嘆息する。
以前から、彼女と不肖の義兄との間に某か混み入った間柄が在ることは何となく察してはいたが。
貴族が一族に挨拶に来る理由など、そうはない。凡そ間違いはあるまい。
そして義理の姉になる可能性の高い相手からの達ての頼みとあれば――――断る訳にも行くまい。
「……そう言えば、奴はどうした」
ふと気付けば。夜会の主催者が居ない。そんな事は貴族の常識的に余りない話ではあるのだが。
しかし結局のところ。彼の『竜』は閉会ギリギリまで戻って来る事は無かった。
同時刻。『黒鋼竜』本邸、中庭。
その黒衣の青年は、良く見知った森人の娘が普段と違った。
何処か思い詰め、けれどはっきりと決意を込めた眼差しで待っていた時。自らもまた覚悟を決めた。
「――――貴方の傍に、居させては頂けませんか」
決して短くはない時間だった。けれど、コルネリウスにとってはあっと言う間の様に感じられた。
『学園』での日々は、楽しい物ばかりではなかった。学んだこと、知りたくなかったこと。
得たものがあり、失くしたものがあり、迷い、躊躇い、戸惑い、苦しみだってした。
種族の差。寿命の差。立場の差。気持ちに自覚的になってからは考えることも増えて行った。
けれど、それでも諦める気にだけはならなかったのは。
――――多分これが、何も飾る所のない。ただのコルネリウスとしての願いだったから。
「生きる時間が異なるからこそ、今この時、この先を共に生きたいのです」
一番大切なものは、もう決して離さないと、誓った。
コルネリウスが“それで良いんだ”と想えたのは――――あの時、彼が背中を押してくれたから。
それは、彼女が積み重ねた想いを、一番正しく伝えられる言葉。
「貴方を、お慕いしています」
無限にも近い一瞬があった。終わりが無いのではないかと思える空白があった。
「……では、共に探すとしようか」
何を言われたのか分からず、オウム返しで応じた事さえ薄ぼんやりしか残っていないけれど。
「出来得る限り、同じ時を生きる方法を」
泣き出さなかった事だけは、自分を褒めてあげたいと。そう思う。
■
――――そうして夜会が終わり、夜も更けた頃。同じ中庭、少しだけずれた位置。
2人の男が一つの結末に至ろうとしていた。
「協力希望は『同盟商会』に『王国商会』、『中立派』。
『集権派』と『帝国貴族』……これで本当に纏まりが付くのか」
「将来的には、と言う前置きは必要になろうな」
「『王国』は『唯人の国』だ。唯人である事が国民の誇りであり連帯感の源泉。
国民の理解を得られない革新は暴挙にしかならず、人心は離れ理想は遠のく」
対するは、『黒鋼竜』アルベイルとその半身ナハティガル。
それは彼の銀髪鬼からの、彼への諫言である。或いは、苦言と評しても相違無い。
「言わんとする事は分かる。が、一体何の懸念なのだそれは」
「側室は自由に選べば良い。……が、正室に関しては国内外の有力者の子女
そして『唯人』の中から選ぶべきだ」
一瞬、間が空き。呆気に取られた体のアルベイルが暫し熟考する。
どういった経緯で提言に至ったのかは知れずとも。心当たりが無いではない。
「貴公はそれをゲルダ・クラインに言えるのか」
「――――っ、それは……だが!」
「認めよう。貴公の提言は間違っていない。だが、それが正しいのは今だけだ」
真っ直ぐに告げられたその言葉にナハティガルが拳を握る。
「物事には順序がある。今は種を蒔き、芽吹くのを待つべき時だ」
「同意しよう。迅速に為せ、されど拙速であってはならない」
「「……うん?」」
思い掛けない同意にナハティガルが瞬くも。それはアルベイルも同じ事。
或いは、何か、大いなる誤解が生じていないか。長い沈黙の末ナハティガルが問う。
「では、婚姻は」
「当面の所予定はない。無論、未来の確約まではし兼ねるが」
元より忘れがちだが。アルベイルと言う男は物事を過剰に長視野で見る“悪癖”がある。
故、此度の焦燥はナハティガルの早とちりとも言えたが。一方で全くの間違いとも、言い難い。
「いずれにせよ、俺は『竜』としてしか生きる気はない」
「俺は……」
差し出された掌。自らの手を見つめるナハティガルの中には迷いがあり、躊躇いがある。
それはいずれ、いつか。遠い未来。両者の道を別つ火種となり得るのやもしれない。
けれどそれは今ではない。いつかの誓いは、未だ黒き鋼の竜が描く先へと続いている。
重なった二つの手こそは『竜』の主従が此処より共に歩む事を誓う。その証明だと言えた。
眩いばかりの月夜、紫し空に竜雲の仰ぐ晩冬の節。
これは、未だ若き『竜』が天意へと臨む。その始まりの物語である。
「紫水姉様」
『紫水侯』クリスタリア・ラズベリルを指して、そう呼ぶ淑女は数多い。
『学園』ではそう慕われる数だけの結果を彼女は示して来た。戦果、と言い換えても良いだろう。
けれどこの場に於いて。それは唯一、彼女だけに許された特権だ。
「アウレーリア、どうしました?」
『ネーベルベルク伯爵』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクには疑問があった。
此度の構想。銘に打たれた“紫”の一字。そしてその基本骨子には心当たりが有り過ぎた。
「そう言えば。帝都奪還、おめでとうございます。これで家門の復興も成りそうですね」
「ご無沙汰しております。それで、此度の“紫政館”なるものなのですが……」
義妹の言及に。クリスタリアの微笑が“変わった”事がアウレーリアには分かった。
疑念は元からあったのだ。だからこそ、その変化には怪訝よりも納得の方が勝った。
「何処までが、紫水姉様の引いた絵図ですか?」
「少し情報を提供しただけですよ? まあ……表層部分の半分ほど、でしょうか」
し、っと。口元に人差し指を当て片目を閉じたクリスタリアの姿に。
彼女が此度の会合に“当然の様に最後にやって来た”とされる理由が漸く分かった。
利権を競う際には先手を打った方が優位。彼女の手腕なら最初に席に座っていておかしくない筈。
けれどそう。それよりずっと前に手を打っていたなら話はまるで変わって来る。
「何時から、とお聞きしても」
「先代がお隠れになる前に」
『紫の君』は自家の家臣育成で手一杯。だが“実例と手法”は燻ぶらせるには惜しい。
『黒の後継』には野望と求心力がある。だが“具体的成果”はこれから積み上げる必要があった。
両者の利害は一致し、仕込んだ種は無事芽吹いた。
「ねえ紫水姉様。1つ、アウレーリアからお願い事があるのですが」
お優しい姉様のこと。可愛い義妹分の頼みごとくらい、快く聞き届けてくれるに違いない。
■
「――――これは」
衣装室に用意されていたのは文字通り、色とりどりの盛装である。
『黒槍の従者』Alexandra・Hexe・Claudiaの体躯にぴったりと合う物すら網羅してある。
問題は、Alexandra自身が服飾規定なる物についてあまり精通していないという事だ。
「む……むむ……」
幸い。冒険者として長いAlexandraには貯えがある。腕の良い針子も控えていると聞く。
気に入った一着を買い卸す事など造作も無いが何が良く、何が悪いのかは皆目見当が付かない。
「あの……少しお聞きしても」
それ故。助言を求めて声を掛けたのは彼女なりの成長の証と言えようか。
偶々目線が惹かれた、大人っぽい深緑の盛装を着こなす令嬢の後ろ姿。
「? あ、はい。何でしょうか……あれ、クラウディアさん?」
「え、あ……リサさん」
『討竜功』リサ・ベイカーとの『学園』外での思いもよらない会合。その偶然を面白がるように。
右手首に複雑怪奇に結ばれた銀のチェーンが、小さくシャランと音を響かせた。
一方――――夜会の会場である大会議室では。
「これはアルガス卿。幾久しく、ご健勝なようで何より」
『蒼玉の麗人』シルヴィア・A・カペルが丁寧に腰布を摘まんで一礼を演じると。
声を掛けられた側。暗紺の略礼服に身を包んだ男は、酒杯を掲げ苦笑いを返す。
「『蒼玉』の姫に名指しで呼ばれるとは面映い事だ。『学園』では為すべきを成したらしいな。
俺の方はいつ家を継いだと聞こえるか、未だ楽しみにしているんだが」
「これは手厳しいな。今後も好敵手として宜しく頼みたい物なのだけれど」
「それも含めて、な。お互い良い夜を」
かん、と酒杯が打ち合わされる。それは馴染み同士の気慣れたやりとりではあったが。
同時に、お互い家を背負っての振る舞いでもある。
シルヴィアと『黒槍伯』アルガス・コーニッシュの縁は、少なくともそこらの貴族よりずっと深い。
しかし社交界に於ける交流、特に貴族と貴族のそれは“無礼講”と在っても、尚。
家の在りよう。派閥での立場。自らの立ち位置を示す物。という点で例外足り得ない。
それでも。精一杯友情を示すことが、無意味であるとはシルヴィアは思わない。
「『紫水侯』様、御到着です」
『竜』の家令の声に視線を向ければ。其方には『紫水晶の婚約者』海神 江流に先導された紫水の姫。
クリスタリア・ラズベリルが会場に足を踏み入れた所だった。
かつては平民でしかなかった江流も、様々な紆余曲折の結果リヴァマス伯爵家へ養子入りした事により。
“伯爵家の継嗣”と言う立場を得た今、周囲からも立派な貴族の一員として見られる。
今、江流はその総身で以て『貴族』という立場がどういう物なのか、余す所無く教えられていた。
(なるほど……これは値踏みされるのがどう、何て言ってはいられないな)
方々から視線を感じる。さり気なくも、けれど確実に測られて、いる。
『竜』の私的な夜会ですら“こう”だ。いざ貴族の社交界に出るとなれば比ではあるまい。
けれどそれは同時に。
「誕生日のお祝いが遅れてしまってごめん。
いろいろ考えて、自分で飾りを彫っていたら見事に遅れてしまってね」
「もう……江流様。私はどんな贈り物よりも貴方のその御気持ちが、一番嬉しいのですよ?」
向けた視線に微笑みが応じる。今宵もまた紫水晶の姫君は鮮やかに。艶やかに夜会の花と咲く。
けれどもうその眼差しに気後れする必要はない。対等の立場で、対等の視線を受けて並ぶ事が出来る。
彼にもようやく自分が彼女の隣に立つに相応しいと。そう想えるだけの準備が整ったのだから。
■
『竜』本邸中庭――――中央庭園。
夜会の会場として設えられた大会議室とは異なって。楽団の旋律も遠い静かな夜。
若草色の盛装で着飾った『黒鋼竜附護衛士』ゲルダ・クラインが視線を上げる。
対面凡そ十歩。『竜』に合わせ純黒の略礼服に身を包む『竜の半身』ナハティガル=ラーが佇んでいた。
「……お呼びしてごめんなさい。でも、今話しておくべきだと思ったので」
「ああ。ゲルダは、もう決めたんだな」
「はい」
言葉はそれほど必要無い。互いに、言うべきことは決まっていた。
情はあれ。所以もあれ。ゲルダ自身で決めた。だからと言って彼の迷いを否定する気はない。
「天意を夢で終わらせない為に。流れる血を僅かでも少なくする為に……俺は」
「良いのではないでしょうか」
さらっと返った答えに。思わず瞬いたのはナハティガルの側だ。
ゲルダは、彼女はこの『王国』の唯人優遇に異を唱える立場の筈。
本来、ナハティガルがすべきとした“忠言”とは対立して然るべきだ。
けれど……それは正しく。それでいて、間違ってもいた。
「良い、のか?」
「これから多くの痛みが伴う覚悟は、もう出来ています」
これもその一つ。避けては通れない事。
誰かが諫言すべき事であるなら、それはナハティガルの役割だとも思う。
「……強いな、ゲルダは」
「強くはないですよ。ただ。わたしが狭くしてはいけないと思うんです」
「狭く?」
「諦観は世界を狭くします。仕方ないが降り積もって、常識という壁で視界を括ってしまう」
それはきっと。彼の理想と最も遠い物の見方だ。
個人と数えられる世界を創りたいなら、誰もを孤独にしてはいけない。
「それで、全てが台無しになったとしてもか」
「だとしても」
ゲルダは決して人を妄信しない。彼女は良くも悪くも常に人を測る。
そんな彼女が見込んだ以上は相応の理由がある。不敬を恐れず表現するならば、それは批評に近い。
「わたしが忠を誓いたいと思った方は、決して情だけで物事を選択しないひとだから」
故に揺るがない。彼女が評するはあくまでその行動。積み重ねの総算であるからだ。
●それぞれの誓い
――――『商人』ヴィナスは、自分をあくまで冒険者ではなく“商人”だと定義している。
ローレラウラでも歴史あるアーダベルト商会に属する彼は、如何なる物をも商いとする。
此度に於いては、『紫水侯』の右を陣取る江流に関する外商が彼の役割であり。
その目利きはつい先日まで“平民”であった彼を、『竜』の夜会に溶け込ませる事に成功していた。
その上で、ここから先問題があるとすれば。
(『竜』の御用商会……か)
これから既知の相手であるシルヴィアに商談を持ち掛ける。これは江流の為でもあるが。
同時にこの先の、自らの利益の為でもある。問題はこの場に出席している他の商人の目だ。
此処は“商売敵”の陣中。敵地で堂々と商売すれば、商人としての力を示す演出には十分だろう。
だが、それは同時に挑発と受け取られても不思議はない。商人はとかく縄張りを重要視する。
(……あまり、時間に余裕は無いな)
一つ呼吸を置いて動き出す。自然に、日常会話の延長線上であるように、だ。
「忙しいのかい、随分疲れているようだ」
良ければ、とシルヴィアへ差し出したのは商会で取り扱う混成茶葉“明日への行進”。
彼女には見るからに疲労の色が見て取れた。此処までは、個人としての気遣いの範疇。
「アーダベルト様、細やかな気遣いありがとうございます。
そう言えば先日頂いた誕生日祝いには絞り染めが使われていましたね、シャルガネの商会とご縁が?」
「勿論ございます。亡き母の代から各地で職人の交換留学をしておりますので」
けれど此処からは『商人』としての、“仕事”の時間だ。
既に話の内容は逐一周囲に聞かれていると考えて良い。であればこそ、卒なく。素早く。速やかに。
でなければ横から商談を掻っ攫われる。敵地でする商売とは、いつだってそう言う物だ。
「ジュストジュスト、何やら面白そうなことをしている」
(あれは、海神殿の所の……かな。また危ない橋を渡ろうとする)
略礼服の袖を引っ張られた『討竜功』ジュスト・ヴェルジーが物も言わず瞳を細めるも。
彼に先導される『紳商』ローザリカ・L・ディオールは興味津々の眼差しを向けていた。
「先ず主催者にご挨拶。三大商会の人達と顔合わせしたいんじゃなかったかな?」
「それはそうだけれど……あ、こら手を引っ張るんじゃない! 僕の方がお姉さんなのに……!」
何と無しに未練を帯びた視線を向けながらも、連れて行かれるローザリカ。
そんな一部始終を見ていた『気高き白』コルネリウス・アーラは、壁際で小さく息を吐く。
彼女は夜会の開場前、誰より早く頼み事をした。それは無事叶えられ、今は時を待つばかり。
震える指先を見て、僅かに笑みが滲む。どんな死地に在ってもここまで緊張した記憶は、遂に無い。
恐くはない。と言えば……嘘になる。けれど今しかないとも思う。
ここで一歩踏み出せなければ。もう踏み出すことなんて、出来ないとすら思うから。
■
「領主就任、おめでとうございます。リオネス様はお元気でしょうか?」
「祝辞の御言葉有難く存じます。リオも本当は来たがっていたのですが……御手紙、確かに手渡しますね」
『夜に咲く白月』レティシア・レインフィールから渡された手紙を大切そうに仕舞うクリスタリア。
恐らく次は手紙を“差し出す”側になろう事は想像に難くないものの。これはこれで得難い縁でもある。
彼女の幼馴染の世界は、冒険者たちとの出会いと、リオネス自身の成長によって大きく広がった。
没落し、“貴族でなくなった”事が枷でしかなかった時代を乗り越えて、今に至った以上は。
以前であれば過去の創を抉る対象でしかなかった貴族令嬢の友とも。また異なる絆を育めるに違いない。
そうしてそんな、稀有なる縁と言えばもう一つ。
「……これ、は?」
ジュストに差し出されたそれは、大陸でもそうは見られない青味の強い翠、と言う独特な色彩の花。
数年毎にしか咲かないその花は、けれど「身軽」「個性的」と言ったあまり贈呈にそぐわない意味を持つ。
「……貴方が侯爵家を継ぐと、聞いたから」
ジーベックが差し出した翡翠蘭。品としては何とも言えない選択ながら。
人が誰かに花を贈る時には、其処には何らかの想いが込められている。それを見誤るほど子供ではない。
「要らないなら、捨ててくれても構わないし」
確かに。『学園』では何かにつけ、事あるごとに構いには行っていたけれど。
感謝される様な何かをした憶えはない。けれど積み重なる物は。きっと彼の何かを変えたのだろう。
「いえ、ありがとうございます……卿にも共に歩みたいと願う存在が、一日でも早く現れますように」
「ふん、余計なお世話だよ。次は社交界で」
「ええ。次はいずれ、同じ立場で」
隠そうとして、隠しきれない喜色をローザリカにここぞとばかりに指摘され。
慌てたように表情を隠しながらも。その一輪花を抱くジュストは思わずと笑いを滲ませる。
「ご無沙汰しております。本日はお招きいただきありがとうございます」
「素直に。見違えた、と言わせて貰おう。それと……覚悟は良いか、とな」
他方。主催者として席に座し、皮肉気に口元を歪めてみせたのは『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクト。
その言に、けれどリサは笑って応じる。そう、商人は勝利を確信するから笑うのではない。
あくまで“勝ちを引き寄せる為に”笑うのだと。リサは漸く、その本質へと至りつつあった。
「『同盟』だからこそ出来るお手伝いもあると思いますし、『王家』の眼もありますから」
貴族と『王国』商人だけで固まれば、中立性に疑問を抱かれる。
その視点は正に慧眼。同じ点に悩んでいたアルベイルにとって彼女の提案は渡りに船と言えた。
しかしそれ故に、彼は敢えて偽悪的に問い。そしてリサは真っ向からこう応じる。
「シズルさんから買った商材の代金や、アルガス様からの「借り」とかも返さなければですし?
改めまして今回の『紫政館』構想。『ベイカー商会』も関わらせて下さい」
「卿を在野に据え置いたエスト・ポーラの中枢は、まるで見る目がないな」
瞳を伏せて、満足そうに首肯する。それは彼をして最大限の賞賛と評して構わないだろう。
リサの申し出は文字通りこれが好機とばかりに受け入れられ、その名は計画書の二枚目。
即ち、初期の立ち上げ陣営を除く者の内で最上位に記された。
■
「卿らに紹介しよう。当家は此度、一人の騎士を迎え入れる事となった」
華やかな夜会の最中。その声は大会議室の台上より発せられた。
彼女の名と業績に付随する名声とは。そういった形で公表するだけの価値がある物だからだ。
「ゲルダ・クライン」
「はい」
「貴公が己が主に求める所を述べよ」
それは誓約であり、聖約である。しんと静まり返った舞台上で、一組の主従の声だけが響く。
「わたしは、この国を『だれもが"ひとり"と数えられる』国にしたい。
庶民も、貴族も。皆同じように自分の足で歩いていける国。それには、多くの痛みが伴うでしょう」
「そうだな」
「アルベイル様。それでも尚、この国の根幹を変える為。茨路を御進み下さい」
息を呑む様な静謐の中。本来、自らの主への有り得べからざる言葉に『竜』は薄く笑った。
「了承した。その途上で貴公は何を為す」
「その道を往くお手伝いを。あらゆる痛みも、苦しみも、わたしは厭いません」
それは彼女が自ら決めた。彼女の生き方。
「宜しい。貴公の『黒鋼竜附護衛士』叙任を認める」
――――一方、そんな最中会議室の外。
「それで、ベイカーの令嬢の助言を受けて2つまでは絞り込んだと言う訳か」
「……はい。それで、その。アルガスさんに選んで頂けたら……と」
青と白。2つの盛装を並べて困惑気味に問うAlexandraに。
入り口裏までやって来た『黒槍伯』は理解の色と共に、眉間に手を当て一拍置いた。
「そういった部分も、学ばせていかないとな」
「え、それは――――どう、いう」
「理解はしているのだろう? けれど方策が分からない。ならばそれは俺の責だ」
剣は鞘に収まっていてこそ、とは誰が言ったか。
Alexandraには自分が抜身の剣である自覚がある。規範、礼法、伝統、知識、技巧、多くが足りない。
彼の。彼女の主に相応しい自分にならなければ。その焦燥は早くから感じていた事。
「俺は領主を継ぎ当主となった。今不足が有ろうとその様に振る舞わなければならない。
それはアレキサンドラ。お前と何も変わらない」
けれどアルガスはそれに首を振る。その血は青く、貴きが故に。
学び、歩む意思を損なわない限り。道は揺るがず其処に在り続けるのだから。
「お前に足りない物がある様に、俺には力がない。であれば互いの不足を補えば良いだけの話だ」
「……はい、我が君」
困難は元より覚悟の上。それでも、彼女はこの人をと見込んだのだ。
同じ道先を臨む為の不足ならば、乗り越えて見せようと誓う。その差し出された手に手を重ね。
「それと。強いて言えば、青の方が元々色の白いお前に似合うだろうな」
「――――!!」
趣味嗜好ではなく似合う、と評され体躯が跳ねたAlexandraは。
その、あたかも妖精めいた飾り紐が腰に結ばれた盛装を大切そうに抱き寄せた。
●未来へ臨む分水嶺
夜会を彩る楽曲は色を変え、かくして第二幕。舞踏会は花開く。
「本当は、伝えたい事も。話したい事も沢山あるんだ。今度、聞いてくれるかい?」
「江流様が私に、聞いて欲しいと思って頂ける事なら幾らでも、喜んで」
華やぐように微笑んだクリスタリアが、差し出された江流の手に自らの手を載せる。
2人の舞踊は一際洗練された物で、正しく舞台の主役であるかの如く花の在る物だったが。
舞踏と言う貴族令嬢の本領とも言うべき場面で、『紫水』の姫の拍子に付いていく為に。
一体どれほどの修練を積み上げたろう。その努力は、今こそその結実を遂げていた。
とは言え此度の舞踏会は競技舞踊のそれとは異なる。採点者も無ければ評価もこの場限りのもの。
より直接的な競争が起きる余地はない。例えばそう――――水面下で起きていた“もう一つの戦い”の様な。
「今取り組んでいるのは、高級既製服プレタポルテと庶民でも手が出しやすいコンフェクション。
型紙を共通することでコストを抑え、素材や染め、装飾の違いなどで後から区別をつける」
「量産路線で生産数を稼ぎつつ価格帯を分けて客層の裾野を広げようって算段だねい?」
「そう、そうなんです。いくら学や作法を身に着けても、そぐわぬ姿で門前払い。
『王国』では珍しくもない光景だ。けれど先立つものが無ければ、衣類は整えられない」
「面白い発想だと思うよう。ただそうだねえ、販路は十分足りているかい?」
ローザリカが熱弁を振るう相手は、『竜商』ロックベルト。その呑み込みの早さには呆れるばかり。
事実、間髪入れず戻った問は、新興の“オーブ商会”。引いてはディオールの穴を的確に突いていた。
「……それは」
「ほっほ、宜しい。若き商才は伸ばさねばな。この爺が少し助言をして進ぜよう」
逆に。『竜商』はその商業基盤が“死の商人”であるが故に『王国』内に広く販路を持っている。
其処から得られる知見は、或いはローザリカの商売にとって光明となるかもしれなかった。
「そうですね。大森林の琥珀、花領の薔薇の立ち上げの際に提案したワイン染めも含め。
例えば職人や商人の交換留学の提案などはいかがでしょうか」
「大森林と花の領地の合作ワインの普及……ひいては二国間の文化交流と商業発展にも繋がりますね。
交換留学と言うのは妙案かもしれません」
「おや、二国間貿易とは中々面白い話をしていますね。
ですがご存知でしょうか。『王国』と大森林の交換留学となればこれは王家の許可を擁する案件だと」
他方、穏やかに商談を続けるヴィナスとシルヴィア。その商談に割り込んだのは面識の然程無い相手。
外見年齢だけなら10代、少年と言っても違和の無い青髪童顔の青年だった。
「勿論存じております。ですが人事の責任者としても非常に興味深い話。
出来ればまた後日詳細を詰めて話し合わせて頂ければ――――」
「小耳に挟みましたが、アーダベルトと言えば『同盟』の名商会。
譜代の商業実績は同都市国家に属する物。『王国』を交えた外交貿易に見合うかは難しい所ですよね」
例え“特定貴族領内”だけの話であるにせよ『王国』と『大森林』の国交は薄い。
其処に来て、交換留学となった場合。何か衝突が起きた際、必然外交問題となる。
「宜しければ、お名前を伺っても」
「これは申し遅れました。私、『ツヴァイク武装通商協会』のジオノートと申します。
『王国』内の外交貿易関係の手続きであれば、ご相談に乗れるかと思いますよ。どうぞお見知り置きを」
旧友の商談を見掛け声を掛けようかと一考した江流も。
或いは商談の詰め方を考えていたシルヴィアも、これは今踏み込むべきでないと判断して言葉を噤む。
友人との交流も大切ではあれ。商売を本業とするのはヴィナスのみである以上2人には先行きが読めない。
商売とは公開と秘匿を駆使する戦いである。情報は商人にとって矛であると同時、盾でもあるのだから。
■
本来であれば。主催者である以上は舞踊の一つも披露すべきだろう。
けれど今回の夜会に関して言えば、アルベイルはその役割を半ば放棄する心算でいた。
「『集権派』は玉石混淆、王国の財政は磐石とは言い難い。ですから、私がやると決めました。
“腐敗貴族”の庇護を続ければ貴家も無用な対立を抱え込む事になるかと」
「道理だな。だが、軽々に了承はし兼ねる」
ジュストの言は概ね正しい。が、『集権派』と『貴族派』が対立派閥であると言う一点が大きな壁となる。
何せ本質的に、『貴族派』の弱体化は『集権派』に利するのだ。
「当家は、『紫政館』構想へ協力を表明します」
「……ディオール伯爵令嬢。貴公も同意見か」
「! それは――――……」
元より。ローザリカの本分は商売の側に在り、彼女は余り政争に向く気質ではない。
取り繕う事は上手くなっても、その余裕はあくまで仮面に過ぎないと自覚している。
けれど同時に、彼女は一つだけ決めている事がある。
「彼なら必ずや『竜』侯の御期待に沿う物と……僕は、そう確信しています」
それは彼がもしも彼女を頼るならば。決して、その期待は裏切らないと言う事だ。
「……であればジュスト・ヴェルジー。貴公の前途に応じ俺も譲歩を約束しよう」
「! ……それは、つまり」
「“貴公が王政の腐敗を糾し続ける限りに於いて”、その正義を俺は静観しよう」
それは彼が何より得たかった言質に違いない。『竜』の証言には責任が生じる。
何より。その約定こそは2人分の覚悟で以てこそ、勝ち取れた物であるからだ。
「――――お優しい事」
で、あればこそ。声は2人が御前を退いた直後に響く。赤い盛装の長裾を摘まんで一礼。
けれど、先じて声を掛けた非礼を詫びることは無いままに。
「『紫水候』から話は聞いている。貴公には、個別に時間を取ると伝えた筈だ」
「その甘さで本当にその野心、叶えられるのでしょうか」
「ふむ。アウレーリア、貴公は俺の行いを野心と量るか」
「市民教育の果ては特権階級衰亡、いずれ貴き血は並べて過去の骸と成りましょう?」
じっと見つめるアウレーリアは、彼女なりにその血塗られた道の先を考える。
支配が勝れば弾圧が。権利が勝れば暴動が。自由が勝れば混沌が。学び、の先には崩壊が見える。
『改革』を称するにはあまりに危険過ぎる道程。それは彼女の構想を大きく歪めたもの。
けれどそれは、本当にそれで終わりか。
「だとすれば?」
「『紫政館』構想は“知恵の実を撒く”規範実験だとしたら。
『学園』から広げて一国へ。“その先”があるとしたなら……それは、始原の火となり得る」
「大陸全土に火を点けるとなれば、大罪は免れんな」
制度も国家も永遠ではなく、けれどそれが壊れ燃え上がる刹那に嘘偽りはない。
「――――覚悟を問うているのです。もし、貴方が全ての罪を厭わないのであれば。
私は求めます。五十年、百年掛かるとも革命を成し遂げるまで進む意志を」
「この身は元より『竜』。臨む物など、天を於いて他に無い」
「ならば貴方が天を呑まんとする限り。私はこの身も家も忠誠も、悉く提供致しましょう」
百年の計。故郷を亡くした煉獄の旅路の果て、彼女は漸く自身が為すべき事を見出したのだ。
■
舞踏会を他所に夜会へ舞い戻った『黒槍伯』。だが此方は此方でまた異なる難事に直面していた。
「銀月の君から話、となるとあれの……要するに、義兄の事だな」
アルガスの指摘に、レティシアの言葉が止まっていた。腹芸が苦手な令嬢である。
けれど今日のレティシアは何時もとは一味違った。彼女とて確りと覚悟を固めて来たのだ。
「その……後日、領地を訪問させて頂きたいのです。先代黒槍伯様も交えて、お話出来れば……と」
「ああ……そうなったか。なるほど、また頭の痛くなる話だな」
「それは、薄々分かってはいますが! 私も待つだけではなく乗り越えるべき事ですから!!」
拳を握って力説するレティシアの仕草に、止むを得ないとばかりにアルガスが嘆息する。
以前から、彼女と不肖の義兄との間に某か混み入った間柄が在ることは何となく察してはいたが。
貴族が一族に挨拶に来る理由など、そうはない。凡そ間違いはあるまい。
そして義理の姉になる可能性の高い相手からの達ての頼みとあれば――――断る訳にも行くまい。
「……そう言えば、奴はどうした」
ふと気付けば。夜会の主催者が居ない。そんな事は貴族の常識的に余りない話ではあるのだが。
しかし結局のところ。彼の『竜』は閉会ギリギリまで戻って来る事は無かった。
同時刻。『黒鋼竜』本邸、中庭。
その黒衣の青年は、良く見知った森人の娘が普段と違った。
何処か思い詰め、けれどはっきりと決意を込めた眼差しで待っていた時。自らもまた覚悟を決めた。
「――――貴方の傍に、居させては頂けませんか」
決して短くはない時間だった。けれど、コルネリウスにとってはあっと言う間の様に感じられた。
『学園』での日々は、楽しい物ばかりではなかった。学んだこと、知りたくなかったこと。
得たものがあり、失くしたものがあり、迷い、躊躇い、戸惑い、苦しみだってした。
種族の差。寿命の差。立場の差。気持ちに自覚的になってからは考えることも増えて行った。
けれど、それでも諦める気にだけはならなかったのは。
――――多分これが、何も飾る所のない。ただのコルネリウスとしての願いだったから。
「生きる時間が異なるからこそ、今この時、この先を共に生きたいのです」
一番大切なものは、もう決して離さないと、誓った。
コルネリウスが“それで良いんだ”と想えたのは――――あの時、彼が背中を押してくれたから。
それは、彼女が積み重ねた想いを、一番正しく伝えられる言葉。
「貴方を、お慕いしています」
無限にも近い一瞬があった。終わりが無いのではないかと思える空白があった。
「……では、共に探すとしようか」
何を言われたのか分からず、オウム返しで応じた事さえ薄ぼんやりしか残っていないけれど。
「出来得る限り、同じ時を生きる方法を」
泣き出さなかった事だけは、自分を褒めてあげたいと。そう思う。
■
――――そうして夜会が終わり、夜も更けた頃。同じ中庭、少しだけずれた位置。
2人の男が一つの結末に至ろうとしていた。
「協力希望は『同盟商会』に『王国商会』、『中立派』。
『集権派』と『帝国貴族』……これで本当に纏まりが付くのか」
「将来的には、と言う前置きは必要になろうな」
「『王国』は『唯人の国』だ。唯人である事が国民の誇りであり連帯感の源泉。
国民の理解を得られない革新は暴挙にしかならず、人心は離れ理想は遠のく」
対するは、『黒鋼竜』アルベイルとその半身ナハティガル。
それは彼の銀髪鬼からの、彼への諫言である。或いは、苦言と評しても相違無い。
「言わんとする事は分かる。が、一体何の懸念なのだそれは」
「側室は自由に選べば良い。……が、正室に関しては国内外の有力者の子女
そして『唯人』の中から選ぶべきだ」
一瞬、間が空き。呆気に取られた体のアルベイルが暫し熟考する。
どういった経緯で提言に至ったのかは知れずとも。心当たりが無いではない。
「貴公はそれをゲルダ・クラインに言えるのか」
「――――っ、それは……だが!」
「認めよう。貴公の提言は間違っていない。だが、それが正しいのは今だけだ」
真っ直ぐに告げられたその言葉にナハティガルが拳を握る。
「物事には順序がある。今は種を蒔き、芽吹くのを待つべき時だ」
「同意しよう。迅速に為せ、されど拙速であってはならない」
「「……うん?」」
思い掛けない同意にナハティガルが瞬くも。それはアルベイルも同じ事。
或いは、何か、大いなる誤解が生じていないか。長い沈黙の末ナハティガルが問う。
「では、婚姻は」
「当面の所予定はない。無論、未来の確約まではし兼ねるが」
元より忘れがちだが。アルベイルと言う男は物事を過剰に長視野で見る“悪癖”がある。
故、此度の焦燥はナハティガルの早とちりとも言えたが。一方で全くの間違いとも、言い難い。
「いずれにせよ、俺は『竜』としてしか生きる気はない」
「俺は……」
差し出された掌。自らの手を見つめるナハティガルの中には迷いがあり、躊躇いがある。
それはいずれ、いつか。遠い未来。両者の道を別つ火種となり得るのやもしれない。
けれどそれは今ではない。いつかの誓いは、未だ黒き鋼の竜が描く先へと続いている。
重なった二つの手こそは『竜』の主従が此処より共に歩む事を誓う。その証明だと言えた。
眩いばかりの月夜、紫し空に竜雲の仰ぐ晩冬の節。
これは、未だ若き『竜』が天意へと臨む。その始まりの物語である。
マスターコメント
皆様お疲れさまでした。弓月 蒼と申します。
この度はご参加ありがとうございました。この様な結末に至りましたが如何でしたでしょうか。
これにて、『黒鋼竜』のエピソードは一つの結末を迎えた形となります。
これより先の結末については、未だ描かれ得ぬ『王国』の未来に願いを託しつつ。
一部特殊な立場を得た方には、相応の称号を発行しております。
就職を決めた方々には、合致する称号を配布してありますのでお使い下さい。
尚、就職称号は内定称号と重複している場合がありますので、予めご了承下さい。
後夜祭の時代はもう少しだけ続きます。ご縁がありましたら、また次の機会にお会いしましょう。
ロングシナリオ易しい 報酬:多い12 / 8〜12人
2024年03月22日 18時36分32秒 公開
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